作家でごはん!鍛練場
便器掃除マン

重三郎よ、なぜお前はまだ生きる?

 ぼくの家は八百屋だった。店の名前は「青果みほ」。この「青果みほ」と、「重三郎(じゅうざぶろう)」という父の名前が、ぼくは戦慄するほど恥ずかしかった。「青果みほ」というあの黄色いアホ丸出しの看板、夕方になってその明かりをつけがてら、「ンガッ~~ぺッ!!」と、歩道に痰をはく重三郎、さらにそれを通りすがりにみかけたことをいちいち報告してくる同級生、あるいはそのバカどものバカ親にみられているかもしれないことを、ぼくはほとんど毎日恐怖していた。自分が生きる場所がここしかないことが何度も信じられなかった。大根、人参、玉ねぎ、じゃがいも……。みんな全員バカみたいだった。ぜんぶ名前も姿かたちもみっともない、アホどもにしか見えなかった。そもそも、重三郎の兄二人は、「栄蔵」と「清蔵」なのに、なぜ重三郎は「重三郎」なのか?なぜ「重蔵」にしなかったのか……?いや、できれば「三郎」にしてほしかった。重三郎にいわれて、大根を運ぶ自分、ニンジンを袋詰めする自分、じゃがいもの土をタオルでふき取る自分……。「青果みほ」の「みほ」は、母の実家の島根県三保(みほ)三隅町からとったという事実。どれもこれも、こんなにもカッコ悪い惨めな事実にまみれた自分が、真奈美ちゃんのおっぱいを吸いたいだなんて願望をもってしまっていることの滑稽と罪深さに、ぼくはときどき鳥肌がたった。そしてその鳥肌を、額と頬っぺたにチクチクして遊んだ。



 平日の手伝いは店を閉めるだけだったが、休みの日は店の開け閉めと、商品の袋づめや配達にも連れていかされた。店を閉めるだけといっても、家の前に並べられた野菜や果物を段ボールやバットに詰めて奥の倉庫へ運ぶ作業はなかなか大変だった。しかも、店を閉める時間は夜の8時で、それが終わったら歯磨きをして、すぐ寝なければならなかった。土曜日だけは「8時だよ、全員集合!」をみるために、9時まで起きてもよかった。冬は雪かきも朝晩一日二回以上した。
 重三郎はぼくに、どんな仕事も絶対嫌々やるなといった。嫌々やると、すぐ怒鳴るか殴られた。だからマジメにやった。でもマジメは嫌じゃなかった。仕事も、体を動かす仕事だったから、学校の授業よりはマシな気がした。でも「青果みほ」は死ねと思った。大根や人参どもにも毎日死ねと思った。なにより、重三郎の「ンガッ~~ペッ!!」は、今すぐ死ねと思った。重三郎は、客とよくケンカした。「もう二度とくるな!とっとと出ていけ!」と、店の外にも聞こえる大声で客を怒鳴った。それをまた誰それのバカ親にみられ、クラス中に広まった。学校の先生にも、交通ルールを守らせろ!コーラ飲みながら歩いてるバカがいるぞ!ちゃんと教育してんのかコラ!と、たびたびクレームの電話をいれた。だから先生たちはみんなぼくに気を遣った。ぼくの誕生日だったその日も、運動会か何かの練習で帰りがおそくなったことで、担任の先生が重三郎にこっぴどくやられた。「なぜ事前に親に知らせない?家は6時には飯を食うんだ!そのまえに宿題しなきゃいけないだろ?8時には寝るんだ!店の手伝いもあるんだ!」それを目の前で聞いて、明日への不安で胸がいっぱいになったぼくを、重三郎は殴った。お前の誕生日なのに、せっかく買ったケーキなのに、なぜそんなマズそうに食いやがるんだ!? さらに翌日、「お前だけ先に帰っていい」と、その担任はわざとみんなの前でぼくに言った。つーか、やるなら重三郎とやれや。子供にあたるなクズ。今すぐ二人で殺し合え。そして必ず二人とも死ね。どっちもぜったい生き残るな。生き残ったら殺す。ぜったい殺す。ぜったい死ねお前ら。ぜったいナイフ買う!ぜったい刺す!ぜったい心臓!心臓は左っ…!?うおおお―!!と、その日の帰り道に目についた虫をぼくは一匹残さずぜんぶ殺した。 


 商売人のくせに、町内会の集まりや、融資をしてくれている銀行からの誘いも、重三郎はだいたいぜんぶ断った。商売は、良いものを如何に安く競り落とすか?の要は仕入れ力と、ある程度の立地と、勢いと、少しの工夫。そして何より「人間力」だと思っていただろうその人間力こそが、重三郎には最も欠けていた。
 やがてバブルがはじけた。近くに大型の幹線道路も整備され、売り上げが一気に落ちた。銀行からの融資も受けづらくなり、それまで役職クラスの行員がぜひ借りてくださいと頭をさげに来ていたのが、自分より10歳も年下の若造行員にかわり、しかも今度はこっちが頭をさげなければならない段になって、重三郎はその役を母に押しつけた。あと十年あった住宅ローンを十五年に引き延ばしたが、それでも実家の家計は火の車だった。大学にいっていた妹の奨学金のほとんどが、実家の生活費と借金の返済に充てられた。実家にはまだ弟がいた。その弟が就職し、実家に毎月3万送金するようになって、さらに毎年10月~3月の冬の期間は、多めの灯油代として妹が別途5万送金しても、まだ足りなかった。このままじゃマズイと、重三郎が起死回生のつもりで挑んで失敗した「しそジュース」の販売のために借りた事業者ローンの高金利が原因だった。
 ぼくはもう破産しろと母になんどもいった。結婚してそれぞれの生活を送っていた妹や弟も、これ以上の送金は無理だといった。でもできれば実家を残してほしいともいった。ぼくは重三郎と母と妻の三人とそれぞれ話し合い、妻と一緒に実家に帰ることにした。そして、妻の稼ぎの三分の一を、家賃の代わりとして、家のローンや借金の返済にあてた。重三郎は、ぼくが妻にばかり働かせているのが気に入らなかった。ぼくはバイトをしている体で、毎朝9時に家をでて、図書館や青森市内中の公園を夕方5時くらいまで自転車で回って時間を潰した。それでもやっぱり、重三郎とぼくはたびたび衝突した。このままじゃ重三郎を殺すと思ったぼくは、妻と実家近くのアパートを借りた。そのかわりもう家に金は入れられない、妹や弟にも送金する余裕はない、だから自分の責任で商売を立て直すのもそうだが、とにかくまずは契約者であるお前本人が直接銀行にいって、金利や返済方法を猶予してもらうなりの交渉をするよう、ぼくは重三郎にいった。
「わかった」といったくせに、重三郎は銀行とのやり取りを案の定ぜんぶ母に押しつけた。しかも、これまで昼から飲んでいた酒を朝から飲むようになってしまい、わずかな配達だけの商売もまともにできなくなって、かわりにパートをはじめた母を毎日怒鳴り散らした。自分の不甲斐なさに失望して、アル中が一気に加速した感じだった。母が家に帰ると、重三郎は酔いつぶれて倒れていた。気を失って頭から血を流していることもあった。ぼくはこのまま重三郎に酒を飲ませ続けろと母にいった。あと、頭から血を流してもそれは悪い血だから、止血しないでそのまま流させ続けろといった。契約者の重三郎が死ねば、家のローンも事業者ローンも一気に片付く。重三郎さえ死ねば、妻と実家にもどって母と三人でやり直せる。死神様どうかこのとおり、今すぐ重三郎をお迎えに上がってください。お願いします……。


 死にそうな気はした。でも母のほうがもう限界だった。なぜだかひどい便秘が続くようになった重三郎の肛門に指を突っ込んでウンコをほじくりだしてから仕事にいき、帰ってきてぶっ倒れている重三郎を起こした途端、「どこさ行ってたんだ!!」と怒鳴られ、それから飯をつくって、洗い物も洗濯もぜんぶ二人分やって、さらに花札も一時間くらい一緒にやらされて、さらに夜中に肩が痛いからマッサージしてくれと叩き起こされる母がまず死んでしまえば、それを追ってたぶん重三郎もソッコー死んでくれるだろう。が、一応ぼくは母の命を優先した。なんども思い返して、母への愛情より、重三郎への憎悪のほうが勝っていると結論していたぼくが強いてそうしたのは、ぼくと逆で、重三郎への憎悪よりも母への愛情が勝っている妹と弟のためだった。ということでぼくは、重三郎と母をまず引き離すために、市内の精神病院に重三郎を強制入院させた。

重三郎よ、なぜお前はまだ生きる?

執筆の狙い

作者 便器掃除マン
150-66-70-84m5.mineo.jp

書いて主張したり表現することよりも、早起き、少食、掃除と、妻を許し、妻に許されること、それらの行為を通じて純粋に湧き上がってくるものだけを書こうと思いました

コメント

PNかぶったので変えました
17.204.49.163.rev.vmobile.jp

 とても面白く、一気に読み終えました。心理描写に優れていると思います。ですが、「こんなことがありました」という内容を書いているだけなので、小説にはなってないと思います。このままだと自叙伝かノンフィクションという印象です。ラストを少し工夫すれば、小説として完成できると思います。ぜひ完成させた物を読ませていただきたいと思います。

>そして何より「人間力」だと思っていただろうその人間力こそが、重三郎には最も欠けていた。

 この文だと、重三郎が何より「人間力」だと思っていたという意味になりますが、重三郎にそんな自覚はあったんでしょうか? そういう思いはあったけど、残念ながら人間力を持ってなかったという事ですか?

>ぼくは重三郎と母と妻の三人とそれぞれ話し合い、妻と一緒に実家に帰ることにした。

 ここで突然妻が出てきたので面食らいました。事前に結婚した事を一行でも書いておきましょう。で、この文だと誰の実家なのかがわかりません。続きを読めば主人公の実家だとわかりますが、不親切なので「妻と一緒にぼくの実家に帰ることにした」とする事をおすすめします。

>そのかわりもう家に金は入れられない、妹や弟にも送金する余裕はない、だから自分の責任で商売を立て直すのもそうだが、とにかくまずは契約者であるお前本人が直接銀行にいって、金利や返済方法を猶予してもらうなりの交渉をするよう、ぼくは重三郎にいった。
 ↓
そのかわりもう家に金は入れられない、妹や弟にも送金する余裕はない、だから自分の責任で商売を立て直すのもそうだが、とにかくまずは契約者であるお前本人が直接銀行にいって、金利や返済方法を猶予してもらうなりの交渉をするように、とぼくは重三郎にいった。

または、
「そのかわりもう家に金は入れられない。妹や弟にも送金する余裕はない。だから自分の責任で商売を立て直すのもそうだが、とにかくまずは契約者であるお前本人が直接銀行にいって、金利や返済方法を猶予してもらうなりの交渉をするように」。ぼくは重三郎にいった。

>死神様どうかこのとおり、今すぐ重三郎をお迎えに上がってください。

「お迎えに上がる」では、重三郎を敬い、死神を謙らせることになります。「迎えに来てやってください」としましょう。「お迎え」は死の婉曲表現として名詞化しているので、「お迎えに来てやってください」なら死神を謙らせることにはならないので、こちらでもOKです。

 読ませる力がおありで羨ましい限りです。素晴らしい。

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

読みやすかったし、それなりに面白かったです。普通のありきたりな真面目な小説だったらかなりいい線を行くような気がします。

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