作家でごはん!鍛練場
山木 拓

暗記している男

「スプモーニをお願いします。」
 カウンターについた女は私に向かって、疲れと落ち着きを混ぜた声でそう発した。私は小さく頷き、まずは女に水の入ったグラスを渡して、そしてタンブラーを取り出した。この女はコンパを終えてここに来ている。直接尋ねたわけではないが、目つきや髪の乱れを見れば、それぐらいはすぐにわかる。バーテンダーとして働いていると、すぐにわかってしまうものだ。そして、ひとりという事は・・・結果は言うまでもないのだろう。

 タンブラーに氷を入れ、カンパリ、グレープフルーツジュース、炭酸水を合わせていく。女はスマートフォンを鞄から取り出し、ぼんやりとそれを眺める。が、何もせずにそのままカウンターに置いた。私はマドラーを回す。空いている店内にカラカラと音が鳴り、女が小さくため息をつく。その息を吐き切ったあたりで、
「お待たせしました。スプモーニです。」
 女はありがとうと呟き、ここで私は女とはっきりと目があった。小綺麗で頭も切れそうなだという印象を受けた。ひとりでここに居るのが少し不思議なくらいだと思っていたわけで、この女の今日のいきさつを推測しようとした時に、扉の鈴が鳴った。
「いらっしゃ、、、」
 私は言葉に詰まった。また来たのだ。この男。いや、また来やがった、この男。今週はもう3回目だ。常連といえば常連なのだが・・・私はこの男が、あまり好きではないのだ。

「マスター、空いてる?」
 見れば分かるだろう。バーの空席を見て全て予約席とでも思うのかお前は。そんな言葉を腹の中におさえつつ、
「お一人で。」
 私がそう確認すると、
「お一人さ。見れば分かるだろう。」
 お前に言われたくはない。席が空いてるかどうかもわからなかったお前に。
「お隣、よろしいですか。」
 そう言って男は女の横に腰をかけた。女は確かに『どうぞ』とは言っていたが、男は女が返答を言う前に座っている。これでは拒否権が無いも同然だ。
 しかしそれにしても、私はこの男があまり好きじゃない。なんというか、どう表現したらいいかわからないが、もう少し噛み砕いて言ってみると・・・、そう、私は、この男があまり好きじゃない。

「マスター、ジョニーウォーカーをロックで。」
 男がそう言ってきたので、こちらもかしこまりましたと口に出さずに、ぎこちない笑顔で応えた。
 二人は会話を始める。
「よく来るんですか?」
「いえ、今日はたまたま。」
「ではどうして。」
「合コンをしてたんですけど、なんだか楽しめなかったので。」
「なるほど。飲み足りなかったのですね。」
「はい。」
 その返答に紛れさせて私は二人の会話の隙間に淡々とジョニーウォーカーを置いた。待たせていないのだから、お待たせしましたとも言うつもりは無い。
 そして当然、男はグラスに口をつける。
「う〜ん、12年以上熟成したモルトを使用した、豊かな香りとコクのある味わいだ〜。」
 ・・・・・また始まった。この男、相変わらずだ。
「お詳しいんですね。」
「いえいえ、ただ酒が好きなだけです。」
 二人は雑談を続ける。会話が盛り上がるでも白けるわけでもなく。

 程なくして、
「マスター、バランタインをロックで。」
 私は再びぎこちない笑顔で応えた。そして再びグラスと諸々を用意する。
「色々と呑むんですね。」
「いえいえ、ただ酒が好きなだけです。」
 そのセリフも2回目だ。それと色々呑むのは事実だろ。
「こちらバランタインです。」
 男はバランタインを口に流し込み、
「40種類以上のモルト原酒を巧みにブレンドし、ライトでもヘヴィーでもない、どこまでも豊かで滑らかな味わいだ〜。」
 ・・・この腐れうんちくも、言って何になるのか。というよりうんちくにもなっていないか。聞いているだけで少しイライラする。

「今度はグレンフィデックをいただこうかな。」
 私はため息を飲み込みながら注文を承る。
「飲むペース早いですね。」
「いえいえ、ただ酒が好きなだけです。」
 そのセリフは万能じゃないぞ。それと微妙に会話が噛み合っていないし。
「こちらグレンフィデックです。」
 男はグレンフィデックを口元でグラスを傾けたのちに、
「伝統的な製造工程はそのままに、特徴であるスムーズでバランスのよい口当たりと洋梨の香りを連想させる上品な味わい〜。」
「・・・本当にお酒に詳しいんですね。」
 ・・・・・女はそう言っているが、詳しいなんてものじゃあない。飲んで一口でこの感想コメントを思い浮かべたわけではない。この男は、そうじゃない。詳しいからこの言葉が出ているのではなく、この男はただ単に、酒関連商品のAmazonの説明欄を全て憶えているだけなのだ。全て。丸ごと。

 しかしまぁ、それだけならば変わった特技あたりで済む話かもしれないが、この男は、
「貴女のスプモーニも少しいただいてもよろしいですか?」
「え、ええ。」
 一口つけて、
「世界NO.5リキュールブランド。様々なハーブや果実を配合して作られた独特のほろ苦い味わいと鮮やかな赤色のリキュール〜。」
 もう一口つけて、
「アルコール度数25%の味わいだ〜。」
 この男はその特技の使い方が下手なのだ。そもそも『リキュール〜』で終わる感想もおかしいし、アルコール度数25%を感じ取れるのもおかしい。炭酸水やらで割っているのだから。
 しかしいつもはこのあたりで女性の方が気味の悪さから席を外しているが、
「お酒がお好きなんですね。」
 この女も何処か馬鹿なのかもしれない。

「マスター、今度はワイルドターキーをいただこうかな。」
 私は逆にこの二人がどんな会話するかを見たくもなっている。注文に応えて迅速にワイルドターキーのロックを注ぐと、男は中の液体を呷る。
「ブランド誕生から変わらぬ8年熟成。歴代米国大統領も愛飲したプレミアムバーボン。原産地:アメリカ〜。」
 アメリカ〜。
「ワインのラベルやキャップシール等の色、デザインは変更となることがあります〜。」
 あります〜。どんな感想だ。酔いなのか頭の悪さなのか、ただの注意書きまでも言い始めている。しかしまぁ、気がつけば4杯もロックでハイペースに呑んでいる。そうなるのも無理はないか。

「マスター、あー、ピスタチオでもいただけるかな。」
 ここに来て初めての固形物。女と一緒にここまで長居しているのも初めてだが、そもそもこの状況でおつまみを頼む事自体初めてかもしれない。
 果たしてこの男がどんな『説明欄』を読み上げてくれるのか、ほんの少しだけ心を躍らせながら、私はピスタチオを皿に盛って手早く提供してみせた。
 男は一粒手をつけて、黙々と、殻を剥く。気が付くと酒なのか時間なのか、口数が減っている。殻の破片が実についていないかを軽く確認し、口に入れた。男は指を擦る。それと同時に咀嚼。
「・・・・・・・・・・。」
 咀嚼を終えた。
「・・・・・・・・・・。」
 ・・・・何も言わない!男は無言!感想もレビューも、説明も、もらす事は無かった!
 無駄で無益な期待をした私が馬鹿だった。ここで何かコメントを漏らしたところで、私には何の得もない。一体私は、何に歓喜し、何に落胆しようとしていたのだ。

 加えて男は、私の胸中の怒りのような怒りでもなさそうな何かを意に介するはずもなく、元々女のために置いてあった水に手をつけた。
「南アルプスの山々に降った雪や雨が、およそ20年の歳月をかけて花崗岩層に磨かれたナチュラルミネラルウォーター〜」
 水はいけるのか!液体ならいける、とかそういう事なのか?
 というか、水の種類までは知らないはずなのにこれを言い当てるとなると、別の才能を感じざるを得ない。

 しかしそういえば、この店でこの男が水を飲んだ事すら初めてかもしれない。そしてここまで酔いが回ってきているのも。それを察知したのか、女は言った。
「一度トイレでも行ってくれば?」
 『ああ』と男が眠たげな声で言うと、女は私に呟いた。
「面白い方ですね。」
 やはりこの女もどこかおかしい。面白いという括りになるのは少し違和感を感じる。それに私はあの男のうんちくのような何かを何度も聞かされているのだ。当然、こちらとしてはあの男のことはあまり好きじゃない。
 男は帰ってきて席についた。
「洗浄感はそのままに、2012年度目標の省エネ基準を達成した貯湯式のニュースタンダードです。基本性能はハイレベル、デザイン性も向上させ、キレイ便座〜。」
 便座までいけるのか。もしかしたら液体に関するものなら何でもいいのかもしれない。しかしいくら関心しても、この男をあまり好きになれないのは変わりがない。

 二人は少しだけ会話をして、二人で席を立った。やはりこの女もどこかおかしい。
「マスター、チェックを。」
 そう言われて私は手早く伝票を男に渡した。
 男は万札を3枚、返してきた。
「ふ、お釣りはいらないよ。」
 どうやら相変わらず金は持っているらしい。

 私はあの男を、嫌いにはなれてない。

暗記している男

執筆の狙い

作者 山木 拓
59-171-167-36.rev.home.ne.jp

見ていただいてありがとうございます。
初作品の初投稿です。元々はコント作家を目指していたので、切なさや情緒、スリル等を一切無視した、コメディー性に振り切ったものを作ってみました。
明らかに違和感のある表現や、文章を映像にイメージできない部分は無いように気をつけています。
感想をいただけると幸いです。

コメント

そうげん
58-190-240-140f1.shg1.eonet.ne.jp

よくあるバーもの(そんなジャンルがあるのかわからないけど)かと思いましたが、謎の男の言動と、マスターのつっこみが面白くって、楽しめました。マスターは男のことが好きではないといいながらも、つぎはどんな説明書きを口にするんだろうと期待している風もあって、読み終わるころにはマスターのラストの一言と気持ちが一致していました。「いやよいやよも好きの内」みたいな心理ですか。読んでいる途中から、パスティーシュ小説で一時期人気のあった清水義範さんの小説にもありそうな話だなと思いました。同時に星新一さんのような切れの良さも感じられます。マスターのつっこみを待つ感覚で、つぎつぎと読み進めることができました。展開の力ですかね。面白かったです。

アル中
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「ミネラルウォーター〜」などの「〜」は間が抜けるのでやめた方がいいです。あと、ワイターはバーボンでアメリカ産は無論、正確に言えばケンタッキー産です。バランタインでも年数で値段が異なります。

山木 拓
59-171-167-36.rev.home.ne.jp

そうげん さん

ありがとうございます。コントを作ってる時はそんな方に良い評価をもらった事がなかったのでめちゃくちゃ嬉しいです。
ツッコミは気を遣って考えていたので本当に嬉しいです。
次も頑張ります。ありがとうございます。

山木 拓
59-171-167-36.rev.home.ne.jp

アル中 さん

ありがとうございます。『〜』の使いどころは色々と見極めていこうと思います。
各銘柄の説明に関して、指摘ありがとうございます。気をつけます。
(アル中という名前だけあって詳しいですね。)
ありがとうございます!

飼い猫ちゃりりん
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山本様
①話がただ単に面白い
 深い意味なんてどうでも良い、って感じがいい感じ
②文章が素直で上手い
 素人はやたらと力んで文章を書く傾向があるが(私も)、それが感じられない。これは簡単そうで難しいことです。
③情報をちゃんと調査する姿勢も良い。

 ただ一点だけ、個人的にほんの少しだけ残念だったのが
「嫌いにはなれない」にして欲しかった。
体操の選手の着地が、ちょっとだけ足元がズレた感じがしました。
「嫌いにはなれてない」は結果の表記です。「嫌いにはなれない」だと、もしかしたら好きなのかも、とか、これからも嫌いになれないかも、とか含みのある感じがするのです。

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

読みました。シュールで面白かったです。コメディーということでその目的通りの小説になっていると思います。

あきら
133-106-72-42.mvno.rakuten.jp

こんにちは。拝読いたしました。

自分も「嫌いにはなれてない」に違和感を持ちました。
口語的な表現に感じますので。
しかし「嫌いにはなれない」だと気に入っているニュアンスになりますので、これもおかしいです。
「嫌いにはなれてない」は意味としてはとてもよくわかります。
「私はあの男を好きにはなれないが、さりとて嫌いにもなれないのだ」だとちょっと長ったらしいというかキレ味悪いですしね。日本語は難しいです。

ところで「コント作家」というのはどういう場で活躍される職業なのでしょうか?
コントの原義はフランスの風刺を含んだ寸劇のことらしいですが、日本ではお笑い芸人がやるアレのイメージが強いと思います。
お笑い芸人を目指されていたのでしょうか?
不案内なものでぶしつけな質問かもしれませんが、この肩書の職業に興味が湧きまして。

作品は面白かったです。
意図はよく伝わって来ましたし、あからさまではないですが、ちょっとした風刺の要素もあって良かったと思います。
三者ともハッピーで終わるのも良いですね。

山木 拓
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飼い猫ちゃりりん

ありがとうございます。深い狙いや意図が無いという事も伝わっていたのでとても嬉しいです。
オチの一言の件、最後のマスターの気持ちは若干雑に考えてしまったので気をつけます。

色々と言っていただいてありがとうございます!

山木 拓
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shion さん

ストレートな感想をありがとうございます。
これからもコメディータッチで書こうと思っています。また読んでください。

山木 拓
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あきら さん

オチの件、上記の返信と同じく雑に考えてしまった次第です。気をつけます。

コント作家の件ですが、これは少しだけ話を盛っただけです。すみません。
お笑い芸人です。全く売れてませんでしたが。
ただ、周りには『放送作家でも目指したら』『芸人とネタを作るような作家になれば』と言われていたのでこういう肩書きにしました。


あらためて、感想ありがとうございます。

昼野陽平
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にやにやして読めました。
男のおバカぶりもいいけど女のほうも受けます。
コントにしたら面白そうとは思うのですが、小説なのでもうちょっとメリハリというか起伏がほしかったかなと思います。
ありがとうございました。

どんな言葉に変えて
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マスターもいろいろと大変なのですね。

飼い猫ちゃりりん
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山本拓様
例えば

三万で釣りは要らないだと。今度こそ軽蔑できると思ったのに。俺を哀れんでやがるのか。全く憎たらしい野郎だ。

みたいな感じではどうでしょうか?
余計なお世話ですね。すみません。

アル中
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おっと、誤読、誤読。
作者様は、勘違いスノブ野郎(プラス美味しんぼ)をコケにした小説をお書きになった。
再読したら、そのバカヤロウがあまりにもバカすぎて、笑ってしまいました。面白かったです。

バーテンさんのツッコミは面白い。ですから、スノブ野郎のウンチクを、もっとバカにした方が
いいです。「ワイルドターキー。これはテネシー・ウィスキーの至宝なんだよね」(この田舎モンが!ワイターはバーボンで、テネシー・ウィスキーはジャック・ダニエルだろうがドアホ!)とか。

20年くらい前、バランタイン20年を銀座でボトル・キープしたら2万か3万でしたね。

山木 拓
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昼野陽平 さん

ニヤニヤしていただけたのなら、それは最高の感想です。
指摘ありがとうございます。どうしてもコントっぽさが残って展開を二の次にしてしまっているのでここは今後の課題です。

ありがとうございます。

山木 拓
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どんな言葉に変えて さん

大変みたいですね。

山木 拓
59-171-167-36.rev.home.ne.jp

飼い猫ちゃりりん さん

そこまで言っちゃうとマスターのキャラがブレて来そうなので、違った展開になった時や別の作品でそのリアクションにしてみたいですね。
参考にします。

ありがとうございます。

飼い猫ちゃりりん
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山本様
余計なことを言ってすみません。無視して下さい。

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