作家でごはん!鍛練場
飼い猫ちゃりりん

ごき太を慰めた少女

 第一話『百万回生きたごき太』

 あるときごき太は、大きな屋敷の中で母とはぐれた。屋敷の中を彷徨い、母を探していると、廊下の隅に小さな紙箱があった。中に入ってみると、子供達が寝ていた。その体に触れると、手にべったりと糊がついた。ごき太が歩こうとすると、糊は足にからみつき、もがけばもがくほどからみついた。糊はごき太を包み込み、息も出来なくなった。
「お母さん!助けて!」
ごき太は死んだ。

 あるときごき太は、綺麗な女性の部屋にいた。綺麗好きな彼女は、毎日部屋の掃除をした。彼女が掃除を始めると、ごき太も菓子屑を拾い集めた。
 彼女はいつも香水をつけていたから、部屋はいつも良い香りがしていた。ごき太は、自分も香水をつけてみたいと思った。
「僕にも香水をつけてください」
彼女は隣の部屋から白い缶を持ってくると、シューっとふりかけてくれた。
「ありがとう。すごく気持ち良い」
ごき太は死んだ。

 あるときごき太は、定食屋の厨房にいた。ごき太が皿の上の青菜の陰で休んでいると、おじさんは、ごき太をのせたまま皿を客に出した。ごき太が、「いらっしゃいませ!」と挨拶をすると、客は、「こんなもん食えるか!」と怒鳴った。おじさんは何度も頭を下げてから皿を下げると、ごき太を皿から叩き落とし、「この野郎!」と怒鳴って靴で踏んだ。
「おじさん。ごめんなさい」
ごき太は死んだ。

 ごきたは百万回も生まれ、死んだ。

 あるときごき太は、四人家族のテーブルの下にいた。両親と兄妹がショートケーキを食べていた。家族がお祈りをすると、ごき太もお祈りをした。すると兄が、「ゴキブリがいる!」と声を上げ、母も、「早く殺して!」と声を上げた。でも妹は目に涙を浮かべた。
「虫さんが可哀想」
「どこが可哀想なんだよ!馬鹿じゃね」
「佳代子。害虫は殺しても良いんだよ。理科の時間に習っただろ」
「ゴキブリは不潔だから、駆除しなきゃいけないの。わかった?」
三人はごき太を追いかけ回し、ごき太は命からがら外に逃げた。外は雪が降っていた。雪はふわふわで気持ちよくて、ごき太は深い眠りについた。

 誰かがごき太に、「メリークリスマス!」と声を掛けた。目を覚ますと、そりの上から、サンタクロースがごき太を見ていた。サンタはそりから降りると、ごき太のそばに寄り、雪に上に腰を下ろした。
「プレゼントはなにがいいかな?」
「えっ!僕がもらえるの?」
「もちろんだ」
「ありがとう!でも、なぜ僕がもらえるの?」
「神様に愛されているからだ」
「僕が愛されているの?」
「もちろんだ」
「なら、なぜ、みんな僕を殺すの?」
「さあなぁ。わしにはわからないが。彼らは、それを神様に答えねばなるまい。さあ、プレゼントは何が良いのだ?」
「僕、なにもいらない。ただ…」
「ただなんだ?」
「お母さんにあいたい」
「では乗りなさい。つれていってあげよう」
舞う雪のなかを、ごき太がひらひらと舞い、トナカイの鼻にとまると、そりはごき太を母のもとに運んだ。


 第二話『ごき太と神様の会話』

 そりが天上の世界に着くと、ごき太はトナカイの鼻から飛び立ち、白い花の咲く谷間を小鳥のように飛んだ。すると、「坊や!」と呼ぶ母の声がこだました。ごき太は四方を見渡し、母を探した。すると、懸命に羽ばたくその姿が見えた。母と子は、羽ばたきながらひしと抱き合って泣いた。
「坊や。ごめんね。置き去りにして」
「母さんにあいたかった」
「母さんを許して」
「憎んでなんかないよ。僕、いつも母さんが大好きだった。僕は、あのイブの日のことを、今もはっきり憶えているんだ」
 ごき太は幼き日の思い出を語った。
「あの日、母さんはゴミ処理場の仕事が終わると、保育園まで迎えに来てくれたよね。母さんは前夜祭が終わる時刻を間違えて、着いたときはまだ先生が絵本を読んでいた。その日は凍えるほど寒く、粉雪が舞っていた。でも部屋は暖かく、窓ガラスが曇っていた。母さんは、ガラスの向こうから僕を見ていた。母さんが部屋の中に入らなかったわけを知っている。汚れた服で、僕に恥ずかしい思いをさせたくなかったんだ。
 先生が、最後にみんなで歌いましょうと言うと、僕は一生懸命歌ったよ。こんな風に。
(ごき太は母の前で賛美歌を歌った)
母さんは嬉しそうに笑っていたんだ。寒さに震えながら。
 園長先生が、みんなさんさようならと言うと、僕は母さんの元に駆けて行って、抱きついて泣いた。母さんは僕を抱き締めながら、ケーキが無いことを何度も謝ったよね。でも僕、ケーキが無いから泣いたんじゃない。母さんが可哀想だから、母さんが大好きだから泣いていたんだ」
 母は泣き崩れた。と、そのとき、シャンシャンという鈴の音が聞こえた。二匹のトナカイが雲の中から現れると、サンタクロースがごき太を呼んだ。
「おーい!話中悪いが、神様が君と話したいそうだ」

 ごき太が神の御前に立つと、神は言われた。
「如何なる生物が死に絶えても、お前達は生き延びる」
「どうしてですか?」
「お前達は最高傑作だ」
「なら、人はなぜ僕らを殺すのですか?」
「この世にはただ一種のみ害獣がいる。それは人間どものことだ。憎しみにまみれた不潔な畜生どもだ。
 遠い昔、奴らに火を与えてやった。奴らはその火で、私が愛でる者達に、暴虐の限りを尽くしおった。奴らは、もうすぐその火で殺し合いを始める。最後の一人になるまで、その殺戮は終わらない」
「なぜ殺し合いが始まるのですか?」
「私がそうさせるからだ」
「お願いします。やめてください」
「お前を百万回も殺した奴らが憎くはないのか?」
「憎くなどありません」
「穢れなき者よ。望みを言うが良い」
「人間を許してあげて下さい」
「良かろう。他に望みはあるか?」
「なんでも良いのですか?」
「もちろんだ。私に不可能はない」
「お母さんと一緒に、赤い苺がのったケーキが食べたいのです」
 すると、どこからか母の声が聞こえた。
「坊や。いつまで寝ているの。あなたの好きなケーキがあるのよ」
ごき太が夢から覚めると、朝日に輝く雪の上に、赤い莓がのったケーキがあった。


 聖夜雪
 玻璃窓の影身を隠し
 母は幼き我を見守る

 せいやゆき
 はりまどのかげみをかくし
 はははおさなきわれをみまもる

 『慕尼黑歌集』より


 第三話『ごき太を慰めた佳代ちゃん』

 あるときごき太は、四人家族のテーブルの下にいた。父母と子供達がショートケーキを食べていた。四人がお祈りをすると、ごき太もお祈りをした。すると兄が、「ゴキブリがいる!」と声を上げ、母も、「早く殺して!」と声を上げた。でも佳代ちゃんは目に涙を浮かべた。
「虫さんが可哀想」
「どこが可哀想なんだよ!馬鹿じゃね」
「佳代子。害虫は殺しても良いんだよ。理科の時間に習っただろ」
「ゴキブリは不潔なのよ。だから駆除しなきゃいけないの。わかった?」
三人はごき太を追いかけ回し、ごき太は命からがら外に逃げた。外は雪が降り積もっていた。小さな体はすぐに凍りつき、ごき太は深い眠りについた。

 その夜、佳代ちゃんは自分のベッドで泣いた。降る雪を見つめ、寒さに震える虫のことを想い泣いた。すると、誰かが佳代ちゃんに声を掛けた。
「プレゼントはなにがいいかな?」
「サンタさん!」
「神様は、君の優しい心を喜ばれている。だから欲しいものを言いなさい。どんな願いもかなえよう」
「なんでも良いのですか?」
「莫大な財産、女王の権力、永遠の命でも良いぞ」
「そんなものはいりません。だだ…」
「だだなんだ?」
「ただ、ケーキが欲しいのです」

 佳代ちゃんが夢から覚めると、枕元に、赤い莓がのったショートケーキがあった。それを持って庭に出ると、夜空には星が輝いていた。佳代ちゃんは、星の光を頼りに虫を探した。寒さに震える虫のことを想い、探し続けた。やがて夜空が白み始め、朝日が庭を照らした。雪がきらきらと輝き、一面の銀世界が広がった。
 ごき太は花壇の横で眠っていた。佳代ちゃんは、ごき太のそばに駆け寄ると、その横にケーキを置いた。
「虫さん。ごめんなさい」
佳代ちゃんは賛美歌を歌った。けなげな歌声は天まで届き、神の御心をも動かした。神は佳代ちゃんを祝福し、絶世の美貌を与えたもうた。


 第四話『百万回生きた佳代ちゃん』

 絶世の美貌を与えられた佳代ちゃんは、あるとき大富豪の御曹子からプロポーズされた。彼は佳代ちゃんに、金のネックレスや、宝石が沢山ついた指輪を、いくつもプレゼントした。
「欲しい物は何でも買ってあげる」
「私は何もいりません」
 あるとき佳代ちゃんは、車に轢かれて死んだ。轢いたのは、彼と婚約していた女性だった。

 あるとき佳代ちゃんは、中国の皇帝から求婚された。皇帝は、若くて美しい娘が大好きだった。
「お前に広大な土地を与えよう」
「私は何もいりません」
 ある日佳代ちゃんは、兵隊に捕らえられた。佳代ちゃんは、両腕と両脚をちょん切られ、さらしものにされて死んだ。佳代ちゃんを殺したのは、皇帝の正妻だった。

 あるとき佳代ちゃんは、オリンポスの森に暮らすニンフだった。神々の王ゼウスは佳代ちゃんを溺愛し、黄金の御座のヘラは嫉妬した。
 ある日女神は佳代ちゃんに言った。
「お前に良いものを与えよう。それは、お前を永遠の至福へと導くことだろう」
「女神様。私は何もいりません」
ヘラは、佳代ちゃんの姿をゴキブリに変えた。ゴキブリになった佳代ちゃんは、百万回も殺される運命を、百万回も繰り返すことになった。

 ゴキブリとなり、永遠の時を彷徨う佳代ちゃんは、あるときスリッパで叩かれ、紙にくるまれて棄てられた。無惨に身を砕かれた佳代ちゃんが、精一杯の力をふりしぼって紙から這い出ると、そこは雪の降り積もるゴミ処理場だった。雪はふわふわで気持ち良くて、佳代ちゃんは深い眠りについた。

 しばらくすると、佳代ちゃんは雪を踏む足音に気がついた。足音が止むと、女性の声が聞こえた。
「何の罪も無い子供が、なぜこんな姿に」
「私は不潔なゴミです。害虫なのです。生きていることが罪なのです」
「神に誓って言います。あなたはゴミでも害虫でもありません。神様は、あなたを愛しておられるのです」
「ありがとう。もう、何も恐れず眠れそう」
佳代ちゃんの瞳から涙が溢れた。
「この手であなたを葬ります」
佳代ちゃんは、前脚をわずかに振って、別れの挨拶をした。
 女性は佳代ちゃんをハンカチに包むと、敷地の片隅に立つ木の洞の中に寝かせた。彼女は、佳代ちゃんの亡骸の横に、赤い苺がのったケーキを置くと讃美歌を歌った。その歌声は天まで届き、佳代ちゃんの魂は、神の御国へと召された。

おわり

ごき太を慰めた少女

執筆の狙い

作者 飼い猫ちゃりりん
KD106128156106.au-net.ne.jp

 童話を書いてみました。
 四つの話で一つの物語にしたつもりです。一話が1000字ほどの短い作品です。
 童話を書くのは初めてなので、色々とアドバイスを頂けると嬉しいです。
 なお、『百万回生きた猫』にインスパイアされたことが動機の一つではありますが、内容は全く違います。

コメント

そうげん
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読みました。童話というとき、子供に(も)読ませられるお話ということと把握しています。飼い猫さまに現在お子さんがいられるかどうかはわかりません。しかし自分の子供(幼稚園・保育園、あるいは小学低学年当たり)に寝るときに読み聞かせたり、本を与えたりしてこれを率先して読ませられるかという問題があるように感じました。ごき太の正体はラストであきらかにされます。虐げられる存在として描かれ、死がいつも身近にあることを十分に感じさせる内容でした。たとえばこれを読んだ子供が、大人や作者に対してどんな疑問をもつか、どんな質問をしてくるかを想定するのは、無益なことではないと考えます。この物語を読んだあと、同じような雰囲気を持つ他の作品を果たして子供は読みたがるだろうかとそういうことも考えます。子供に向かってする話としてはどうしても不穏な気配が立ち込めすぎているのです。この作品。読んだ自分自身がもやもやしてしまった気がします。次の作品を楽しみに待ちます。

飼い猫ちゃりりん
KD106128156106.au-net.ne.jp

そうげん様
貴重な御意見を頂き感謝します。
言われてみると、「確かにそうだな…」と思いました。
『百万回生きた猫』は子供から大人老人まで楽しめる童話です。あの様な作品が書ければ良いのですが、無理に決まってますね。

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

童話としては悪くないと思います。物語も練られたものでした。話が分かれていましたが、一貫した物語で現実的なものも読んでみたいかなと思いました。

飼い猫ちゃりりん
KD106128156106.au-net.ne.jp

shion様
お読み頂きありがとうございます。
現実的な物語、ですね。このストーリー一貫したストーリーは中々難しいですね。私の実力では。童話に逃げたのかもしれません。

どんな言葉に変えて
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上でもGの話が。
重なりましたがシンクロニシティですか?

飼い猫ちゃりりん
123-48-134-165.stb1.commufa.jp

どんな言葉に変えて様
シンクロ?どちら様の作品とでしょうか。

どんな言葉に変えて
sp49-97-104-114.msc.spmode.ne.jp

昼野さんの作品ですよ

飼い猫ちゃりりん
123-48-134-165.stb1.commufa.jp

どんな言葉に変えて様
そうでしたか。偶然ですね。読んでみます。

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