作家でごはん!鍛練場
オカノ

拝啓 月の下で輝く人へ

僕は今、病室にいる。
いわゆる不治の病というやつで、医者からは余命半年と言われた。
それから5ヶ月が経つ。
最近は具合が良くなくて、ベッドの上から動けなかった。
だけど、今日はいつもより調子が良かった。
なので、病院の周りを散歩することにした。
僕はスリッパを履き、病室を出る。
病院を出た時、スポットライトで照らされているように、春陽が僕に射し下ろした。
病院の、桜は見事に咲き誇っている。
去年と同じように。
桜を見た後、僕はベンチに座り、春の風を感じた。
しばらくして、病室に戻りベッドに腰を下ろす。
僕は、しばらく目を閉じて、去年のことを思い出していた。

一年半前

「旭、また小説書いてるの?」
僕の耳元で甲高い声が響く。
その声の主は、幼なじみの月島 紗夜だった。
彼女は、スタイルもルックスも完璧で、オマケに頭も良い、学校中の憧れの的だ。
何をやっても平凡な僕とは大違い。
「そうだよ。」
「また、コンテストに出すの?」
「うん、また大賞を取りたいからね。」
そう、これが僕の唯一他人に自慢出来るところ、文才が他人よりも少し秀でていることだ。
実は、本も数冊出している。
本名の日向 旭ではなく、好きな作家の名前をとって、佐野 かなえとして活動している。
このことは、紗夜含め数人しか、しらない。

「ちょっと、見せてよ。」
僕の返答を聞かずに、彼女は原稿を奪い取った。
いつもの事だ。
だから、抵抗はしない。
「やっぱり面白いね。」
軽く読んだ後、彼女は言った。
「どうも。」
僕は、素っ気なく答える。
「これ、コンテストじゃなくて、本にしてもらえばいいじゃん。」
「いや、本にするやつはまた別で書いてるから。」
「えー、もったいない、新作出たらまた買うからね。」
「ありがとう。」
僕が初めて出した本は、一番最初に彼女にあげた。
「ねぇねぇ」
僕の肩を叩く。
「今日、この後暇?」
「うん、暇だよ。」
「じゃあさ、一緒に帰ろ、今日、森野 一の新作が出たから本屋さん寄りたくて。」
「いいよ、ちょうど僕も欲しい本あるし。」
「やったー、ありがとう。」
僕達は、家が近いのでよく一緒に帰る。
僕から誘う事はないので、いつも彼女から言ってくる。
だから、主導権も彼女だ。
彼女が行きたい所を言ってそこに僕がついていく、これがいつものパターン。
これは小さい時から変わらない。
「でも、もう少し原稿を進めたいから、少しまって。」
「もちろん。」
少し経って、僕は適当なところで原稿を書くのをやめた。
「ごめん、待ってくれてありがとう。」
「ううん、大丈夫だよ。」
「じゃあ、帰るか。」
「うん!」
僕達は、下駄箱で靴を履き替え、校門を出ると、簡素な風景が広がっている。
秋には、黄色絨毯のように、銀杏並木が広がるのだが、今はもうすっかり散ってしまった。
そんな道を歩きながら、他愛もない話をしていると、駅前の本屋に着いた。
ここは、品揃えがいいので、よく学校帰りにたちよる。
お目当ての本だけ買って帰ればいいのだが、興味を引く本が沢山あり、つい長居してしまった。
これが僕の悪い癖だ。
紗夜も、気になる本があったようで長居に付き合ってくれた。
本屋を出る頃には、外は暗くなっていた。
「今日は、ありがとう。」
「こちらこそ、待たせてごめん。」
「ううん、私も見たい本あったから大丈夫だよ。」
彼女には、少し申し訳ないと思った。
「旭、あともう1箇所行きたい所あるんだけどいい?」
「時間あるからいいよ。」
「ありがとう、あのさ、あの河川敷行きたいんだけど。」
「あそこか、わかった。」
あの河川敷というのは、僕達の家の近くにあり、小さい時から僕か紗夜が何か辛いことがあった時に行って相手を慰める所だ。
また、彼氏にでも振られたのだろう。
河川敷まで歩いている時、彼女の表情が心做しか暗く見えた。
河川敷につき、彼女は仰向けで寝っ転がった。
今日は満月だったようで、街灯の光がいらないほど、明るい。
そんな月を、しばらく眺めた後、僕は話を切り出した。
「で、今日はどうしたの?また、彼氏に振られた?」
「ううん、違う。」
「じゃあ彼氏と喧嘩した?」
「それも違う。」
意外な回答が続いた。
「そもそも今、彼氏いないよ。」
「そうだっけ、ごめん忘れてた。」
「もー。」
「じゃあ、何なの?」
「実はね...。」
聞いた瞬間、僕は耳を疑った。
「えっ、今なんて言った。」
「だから、私病気なの、不治の病ってやつみたい。」
からかっているのかと思ったが、彼女の表情を見てると本当のようだ。
「いつわかったの?」
「昨日、私、最近よく転んだりしてたでしょ。」
「うん。」
「それで、あまりにも転んだりするから病院に行ってみたら、病気だったみたい。」
「そうなのか。」
気が利く言葉が思いつかない。
「あと1年...、もってあと1年だって。」
「え?」
この時、一瞬僕から視覚と聴覚が失われた。
目の前が何も見えなくなり、川の流れる音も、虫のなく音も聞こえなくなった。
これからの人生、こんなことはないと思う。
感覚を取り戻した後、すぐに彼女の方を見た。
彼女は、顔をひきつりながら笑っている。
そしてこう言った、
「でも心配しないで、そんな明日すぐに死ぬわけじゃないらしいから、死ぬ時はちゃんとお別れするよ。」
「じゃあさ、死ぬまでに何かやりたいことある?」
自分でも、なんでこの言葉が出てきたのか分からない。
僕の思考回路が完全におかしくなっていたのだろう。
彼女は驚きながらも答えた、
「やりたいことは沢山あるよ、旅行も行きたいし、花見とか夏祭りも行きたいし、美味しいものも沢山食べたい、でも一番やりたいのは、小説を旭と書いてみたいな。」
「最後のやつ、なんで僕と小説書きたいの?」
「だって、私と旭が出会ったのも小説のおかげだからだよ。」
「そうだっけ?」
「私達が、小学3年生の時に、私が図書室に行くと旭は1人で怪人二十面相っていう普通小学生が読まないだろっていう本を読んでたの、そこで私はあなたに興味を持って話しかけた、それ面白いのって、そうしたら面白いよって言ってそれで終わればいいんだけど、旭信じられないことを言ったの、覚えてる?」
「覚えてないな。」
「旭ね、まぁ君にはこの面白さは分からないだろうけど、って言ったの。」
「僕、そんなこと言ったんだ。」
「そう、だからなんだこいつ、って思って二度とそんなこと言わせないように怪人二十面相シリーズ全部呼んだの、その後その話をしたら、旭心開いてくれたみたいで仲良くなったの。」
「そうだったね。」
正直、そのことを僕は覚えていなかった。
僕は、人との出会いというのをあまり気にしないけれど、彼女は出会いから大切にしているのだと感じた。
「だから、旭と小説を書きたいの。」
「わかった、じゃあ一緒に書こうか。」
「ありがとう。」
「残りの時間を僕に少しでもさいてくれるなら、協力しないわけが無いじゃないか。」
彼女は、笑いながら泣いていた。
ありがとうって何回も言いながら。
その後、僕達は家に帰った。
帰ってすぐ、僕はコンテストに出すための原稿を破り捨て、出版社の人に電話しばらく執筆を休止すると言った。
僕の時間を、彼女と小説を書くために使おうと思ったからだ。
その後、僕はすぐに寝た。
出版社の人から電話が何回もかかってきていたが無視した。


次の日、僕はいつもより早く家を出た。
紗夜と待ち合わせしているからだ。
少し早くついて待っていると、僕を呼ぶ声がした。
もちろん、紗夜だ。
昨日の暗い顔とは逆に、笑顔で手を振っていた。
「ごめんね、待った?」
「ううん、今来たとこ。」
僕達は、ゆっくりと歩きだす。
「昨日のことは、みんなには秘密でお願い。」
「わかってるよ。」
「病気のこと言うと、みんな私を惨めだなって言う目で見るでしょ、そうなって欲しくないから。」
「そうだね。」
その後、普通に話していたら
「ラブラブだね〜。」
とからかってくるやつがいた。
翼だった。
彼は、僕と紗夜の数少ない共通の友達だ。
「違うよ。」
「へー。」
「信じてないな。」
「いや信じてるよ、信じてる。」
翼は、よく茶化して来るので、あまり乗らないのが得策だ。
そこからは、3人で学校に向かった。
授業中、今日はなんだか集中出来なかった。
昨日、あんなことを言われれば当然といえば当然のことだが。
昼休み翼が話しかけて来た。
「旭、お前今日元気なくないか。」
意外と勘が鋭い。
「あー、昨日全然寝てなくて。」
「お前、嘘ついてるな。」
「ついてないよ、なんでそう思うの?」
「お前、今日月島と一緒に登校してたよな、帰り道一緒に帰る所はよく見るけど、登校の時は初めてだ、だから何かあったのかなって思って。」
洞察力もすごい、将来、探偵になった方がいいんじゃないかと思う。
「考えすぎだよ。」
「いや考えすぎじゃない。」
翼は、自分がそうだと思ったことは曲げない。
言い訳が考えつかなくなった。
「時田君。」
翼が他の女子に呼ばれた。
翼はそっちの方に行った。
間一髪だ。
放課後、紗夜にこのことを話した。
「もう少しで、君の病気がバレるところだったよ。」
「危なかったね、でも時田くんなら話してもいいかな。」
「そういう事だったのか。」
教室扉の方から声がした。
そっちを向くと、翼がたっていた。
「時田くん。」
「お前、盗み聞きしてたのか。」
「いや、こうするしかなかったんだ、許して。」
僕と紗夜は目を見合わせた。
紗夜がウィンクをした、多分話していいよということだろう。
「お前、どこから聞いてた?」
「最初から全部。」
「なら、もう話すことはないかな、それが全て。」
「そうなのか。」
そう言うと、翼は少し黙り込んだ。
そして、
「じゃあ、3人で思い出作らね?」
と言った。
「そうだな、何する?」
「じゃあ、毎日1回3人で写真を撮るっていうのは?」
「いいね。」
「よし、月島は?」
「いいよ、私のためにそんなことしてくれなくて。」
「何言ってるんだよ、友達との思い出を作るためだよ。」
「なら、賛成だよ。」
「よし、決まり。」
やっぱり、翼は友達思いだと感じた。
「じゃあ、早速1枚、はいチーズ。」
その日は3人で一緒に帰った。
僕達は、とても仲が良くちょっとした話題で盛り上がることが出来る。
そうしたら、いつの間にか僕達が別れる十字路に
着いていた。
ここで、翼は反対の道に行く。
「じゃあな。」
「じゃあね。」
「また明日。」
紗夜と2人になった。
「やっぱり、時田くん面白いね。」
「そうだね。」
「時田くんさ、だいぶ変わったね。」
「そう?」
「変わったよ、小学校の時なんて全然周りと話さなかったじゃん、それなのに今はクラスの人気者だよ。」
確かに、翼は変わった。
翼は、小、中学生の時は休み時間はずっと下を向いてるようなやつだった。
でも、これには理由があって翼は、いじめられてたから人が怖かったんだ。
だけどこのことは、いじめがかなり陰湿だったから、知ってる人はかなり少ない。
「ああ、確かに高校生になって変わったな、なんか運命的な本に出会ったとか言ってたよ。」
「へー、そうなんだ、今度なんの本か聞いてみよ。」
「そうしよう。」
「私も、そうやって人の心を動かせる本を書きたいな。」
「じゃあ、そういう本を書こうよ。」
「うん、そういえば時田くんに小説のこと言ってないね。」
「原稿が出来たら、1番最初に見せようよ。」
「いいねー、よし、じゃあ早速明日から書こう。

「うん。」
家に帰ってから考えた。
本当に小説を紗夜と書くことが本当に紗夜にとって幸せなのかと。
翼と3人で遊んだりする方がいいのではないだろうか。
しばらく考えていたが答えは出なかった。
答えが出ないのなら、やっぱり彼女の言う通り小説を一緒に書いた方がいいという考えで落ち着いた。


今日は土曜日、昼から用事があるのでそれまでは、本を読んでいることにした。
もちろん、用事とは紗夜と原稿を書くことだ。
読む本を探すために本棚を漁っていると、やけに黄ばんでいる本を見つけた。
名前は、The Little Prince、星の王子様の事だ。
これは、僕が小学2年生の時に初めてお小遣いを貯めて自分で買った本。
当時は、読んでも何を言っているのかわからなかった。
まだ、時間はあるしこの本を読んでみることにした。
ずっと、読んでいなかったので、ページをめくる度に、パリパリと音がする。
最初は本棚に寄りかかりながら、流すように読んでいたが、いつの間にか机に向かい1字1句逃さずに読んでいた。
部屋のカーテンの隙間から太陽に光が差し込み、僕の顔に当たった。
僕は、ハッとした。
慌てて時計を見る。
時計の長針と短針はそれぞれ12をすぎていた。
約束が12時だから、完璧遅刻だ。
僕は、部屋を飛び出た。
急いで、靴を履き図書館へ向かった。
図書館が目視できる場所に着くと紗夜が待っていた。
少し怒っているようだ。
「もう、旭遅いよ。」
「ごめん。」
「旭が待ち合わせに遅刻するなんて珍しい、どうしたの?」
「ちょっと、本に夢中になってたんだ、本当にごめん。」
「じゃあ、ジュース1本で許してあげる。」
「わかった。」
紗夜は、いつもの笑っている彼女に戻っていた。
しかし、自分でも驚いている。
たった、160ページしかない本に、なぜ3時間以上もかかってしまったのか。
だが、今はそんなことを考えている暇はない、息を整えるのに必死だからだ。
息を整え、僕達は図書館の中へ入った。
今日は、休日なのでいつもより、人が多い。
僕達は、近くの適当な椅子に腰をかけた。
椅子に座るとすぐに紗夜は、鉛筆と原稿用紙を机に並べた。
「どういう感じの小説を書きたいの?」
「それが、今迷ってるんだよね。」
彼女が少し顔を傾けて言った。
「何と何で迷ってるの?」
「恋愛にするかミステリーにするか、なかなか決められなくて。」
真逆じゃないかと思った。
僕はどちらを勧めれば良いか考えた。
僕はミステリーものは1回書いたことがあるか、恋愛ものは1回も書いたことがない。
だけど、ここで僕がミステリーを書いたことあってアドバイスしやすいからと言ってそれを書かせるのもなにか違う。
いっそのこと恋愛とミステリーを掛け合わせる、なんてことも考えたが内容が想像できなかった。
探偵が恋をする?被害者の奥さんが被告人に好意をいだく?そんなの僕にはかけない。
僕が漫画の主人公みたいに頭を回転させて考えているとさっきの言葉に続けて紗夜は言った。
「決めた、私、恋愛小説を書く。」
「いきなり、どうして決まったの?」
僕は、少し驚きながら聞いた。
僕が色んなことを考えている間に彼女はどうやって解決したのだろうか。
「私さ、今まで何人かの人と付き合ってきたじゃん。」
いきなり何を話し出すのかと思った。
「確かに、昔からモテてたからね。」
「でも今まで1人も、この人と離れたくないって人と出会ったことがないの。」
「僕は付き合ったことがないから分からないよ、どういうこと?」
「よくこの時間が続けばいいのにって言う小説あるでしょ、私はそう思える人に出会ったことがないの。」
僕は単純な疑問を持った。
「なるほど、でもそれと恋愛小説を書きたいのってなんの関係があるの?」
彼女は微笑みながら答えた。
「つまり、私のしたい理想の恋愛を書きたいってこと。」
「なるほどね、理解。」
言葉では、わかったように言いながらも、何人も付き合って来て理想を叶えられていないのか、男を見る目がないんじゃないかと少し腹黒い考えをしてしまった。
まぁ、恋愛をしたことが無い僕が、とやかく言うことではいのだが。
「本当に理解した?恋愛したことない旭くんにわかるのかなぁ。」
彼女は少し、からかうように言った。
僕は恋愛をしようとも考えたことがないので、
特にイラつくこともなかった。
恋愛小説なんて、今までに何万冊も出版されている、それを読めばいい話だ。
リアルより、よっぽど美しく書かれている。
「分かるよ、恋愛小説も多少読んだことあるからね。」
「小説とリアルは違うんだけどなぁ。」
「仮に違うとしても僕は、そんなことに時間を費やしたくないんだ。」
「ふーん。」
紗夜は、少し膨れた。
でも、しょうがない話だ。
僕は、普通に友達とも話すし、ゲームもしたりする、けれど恋愛には全く興味がない、と言うより怖い。
普通だったら、紗夜という美人が目の前にいるのだから、可愛いなとか、付き合いたいなと思うのかもしれない。
だけど、僕は幼なじみの残りの人生を少しでもいいものにしてあげたいと言う気持ちで彼女と小説を書こうとしている。
「恋愛ってどうやってするものなの?」
素直な疑問をぶつけてみた。
「うーん、例えば、この人可愛いなとか、一緒に出かけたいなとか、そういうことじゃないかな。」
「思ったことがないな。」
「こんなに可愛い人が目の前にいるのに?」
紗夜が前かがみになりながら言う。
「えっ君って可愛いの?」
確かに可愛いと思うが、素直に言うのも嫌なので、とぼけてみた。
「ひっどーい。」
紗夜は、言葉とは逆の表情をしていた。
「それよりも、小説の原稿書こうよ。」
僕は、スルーして原稿を書くように促した。
「はいはい。」
紗夜があっさり受け入れる。
「本当はプロットを書くんだけど、面倒だから、構成を箇条書きで簡単に書出して。」
「分かった。」
そう言うと、彼女はゆっくりと書き出した。
僕は、その間、図書館を見て回った。
僕は、この図書館に、懐かしさを感じる。
小学生の時は、よく紗夜と来ていたが、中学生になると、彼女が部活に入ったので一緒に来れなくなり、それ以来僕も来ていなかった。
新しい本が、追加されていること以外、特に変わっていない。
僕は、暇を潰せる本を探すことにした。
整理番号通りに並んでる本の上を指でなぞり、適当な本に取って、紗夜が待つ机に戻った。
彼女は、没頭していてが戻ってきたことに気づかない。
とってきた本を、ペラペラとめくりながら読んで待った。
僕の体が揺らされた。
横で、
「旭、起きて、起きて。」
という声が聞こえてきた。
声の方向を向くと、紗夜がこちらを見ている。
どうやら、僕は寝てしまっていたようだ。
「あー、ごめんごめん。」
「もー、私が真面目に書いてる時に。」
紗夜は、顔を膨らませていた。
「本当ごめん、書けた?」
「書けたよ。」
「見せて。」
「はい。」
原稿用紙を僕の方にスライドさせた。
目を通し、物語の大枠を理解した。
彼女が書きたい小説はこうだ。
主人公は、高校生の女の子。
その世界では、一生に1人しか想いを伝えることが出来ない。
つまり、その人が、将来の結婚相手。
その恋が実らなければ一生、独身。
その主人公は、学校の先輩に恋をしている。
だけど、その先輩が自分を好きか確信が持てない。
もう1人、登場人物がいて、そいつは主人公と幼なじみの男子。
彼は、その主人公の事が好きで、そのことは主人公も気づいている。
主人公は、本当に好きな人を選ぶのか、確実な方を選ぶのか。
これを、見て僕は、正直読んで見たいと思った。
この気持ちを伝える前に、僕はひとつからかってみることにした。
「君は、こんな厨二病みたいな恋がしたいの?」
「違うよ、私はこの中に出てくる、先輩と幼なじみが主人公にやってくれるようなことをして欲しいの。」
彼女は、怒っているのか、恥ずかしがっているのかどちらかよく分からない表情で言った。
「なるほどね、俺はこれ読んでみたい。」
「本当に思ってる、顔が馬鹿にしてるよ。」
「本当だよ。」
「わかった、じゃあこれを書いてみる。」
「よし、じゃあ次はタイトル決めようか。」
「そうだね、うーん、どうしよう。」
正直僕は、あまり恋愛小説を読まないのでタイトルを提案することは出来ない。
紗夜が、口を少し固く結んで考えていた。
そして、突然口を開く。
「『アンビバレント』っていうのはどうかな?」
「いいと思うよ、相反するっていう意味でしょ?
これにピッタリだよ。」
一見、ミステリー小説にありそうなタイトルだが、僕にはやけにしっくりと来た。
「やっぱり、私天才かも。」
紗夜は、冗談混じりに行った。
「まぁ、そうだね。」
僕は、何となく彼女に合わせた。
「じゃあ、次はどんどん文章を書いていこう。」
「うん。」
「原稿用紙に書く?それともパソコンで打つ?」
「私、パソコン持ってないよ。」
「僕が、今日持ってきてるから、貸せるよ。」
「本当?でも私は原稿用紙に書くからいいや。」
「わかった。」
紗夜、文章を考えだした。
僕は、さっき取ってきた本の続きを読むことにした。
しばらくして、僕の携帯がなった。
画面を見ると、堂島と表示されている、担当編集の人だ。
僕は、席を外し図書館の外で電話に出た。
「もしもし。」
「あっ、日向くん、何回も電話したのになんで出ないんだ。」
「すみません、気づかなくて。」
「気づいていただろ、それよりしばらく休むってどういうことだ。」
堂島さんは怒っていた、声だけで十分にわかるほどに。
「言った通りですよ。」
「そういうことじゃない、わけを言いなさい。」
「それは言えないです。」
「なぜだ、君は僕を信用していないのか。」
堂島さんの声がどんどん低く冷たくなっていく。
「いいえ、そういう訳じゃないんです。」
「じゃあ、話してくれよ、君は将来有望なんだから、わけも分からないことで休ませられない。」
少し、熱の篭った声に変わった。
「分かりました、堂島さんなんで信用して話します。」
「よし、話してくれ。」
「実は、もうアイデアが思い浮かばないんです。」
僕は、嘘をついた。
「そんなの、どんな小説家にだってあることじゃないか。」
「そんなこと?そんな簡単に言わないでくださよ、今までの文豪だってそれが理由で死んでる人もいるんですから。」
僕の言ってることが嘘だとしても、堂島さんが言ったことは腹立たしかった。
「す、すまんかった、私が軽く言いすぎた。」
「いいえ、こちらこそ、すみません。」
「日向くん、締切を伸ばすというのでは、ダメか?」
「1年半後でも、いいですか。」
「1年半?ちょっとさすがにそれは長くないか。」
「これを認めてくれなければ、僕は今後一切書きません。」
さすがにこれは僕が傲慢だった。
だけど、もし紗夜が死んでしまった後に書くのなら、これぐらいの猶予がないと僕は絶対に書けない。
「分かった、担当編集として君の望みを受け入れるよ、編集長には僕が何とか誤魔化しておく。」
「すみません、ありがとうございます。」
「じゃあ、1年半後にいい作品が見れることを楽しみにしてるよ。」
「はい。」
画面の赤いところを押した。
僕は、本当にいい人に囲まれていると思う。
誰も僕の事を否定しない、受け入れてくれる、ありがたいことだ。
僕は、紗夜の待つ席に戻った。
「電話誰だったの?」
「あー、編集者の人。」
「なんか、あったの?」
「いや、ちょっとした事務連絡。」
「ふーん。」
紗夜には、休止してることは言えない。
言ったら絶対、もう1回書くように言われるし、私のせいだと自分を責めるだろうから。
「どこまで、書けた?」
「あんまり、書けてないよ。」
「ちょっと見せて。」
「はい。」
僕は、軽く目を通した。
入り、比喩、地の文、これら全てが上出来だった

「いいと思うよ。」
「本当、嬉しい。」
紗夜は、少し頬を赤くしながら、喜んだ。
「そろそろ帰るか。」
「そうだね。」
時計の針は、短針は4を通り過ぎ、長針は12に近づいていた。
僕は、読んでいた本を本棚に戻した。
階段を降りると、紗夜が帰る支度を終えているので、僕はハンドサインで、先に外に出ているように促した。
リュックをとり、ドアの近くにある、自動販売機で約束通り彼女の好きな、オレンジジュースを買って外に出た。
自動ドアを出ると、カーブミラーに反射した、西日が僕の顔に当たった。
僕は、思わず目を細める。
光の通り道を手で塞ぎ、目をあけると、2人分のシルエットがあった。
よく見ると、紗夜と翼だった。
なぜ、翼がここにいるんだ。
「なんで、翼がここにいるんだ。」
そのまま口に出ていた。
「なんでって、これから毎日3人で写真撮るって言ったろ。」
「あれ、でもお前まだテニスの練習じゃないのか?」
「あー、腹痛いってサボってきた。」
「次期、キャプテン候補がそんなことしていいのかよ。」
僕は、少しおちゃらけながら言った。
「大丈夫だよ、そんなことより、こっちの方が大切だろ。」
「お前、珍しくいいこと言うね。」
「珍しくってなんだよ。」
「もー2人ともやめなよ。」
僕達3人は、お互いの顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、撮るか。」
「そうだな。」
「はい、チーズ。」
「おっけー、これで2日目、ミッションクリア。」
「そういえば紗夜、これ?」
僕は買っておいたオレンジジュースを投げる。
「あっありがとう。」
「まぁ、約束だからな。」
「あっそうだった、ねー、聞いてよ翼、旭今日1時間以上遅刻したんだよ。」
「それは、酷いな旭、見損なったぞ。」
僕達は、こんな話をしながら帰った。
家に帰り、やることを済ませベットに入った。
今日の出来事を振り返っていたら、これからの紗夜とのことを日記に残そう、突然こんなことを思いつく。
誰かが言っていた。
人の一生でひとつの小説を書くことができる。
ならば、紗夜との思い出を小説にしよう。
そのためには、彼女との思い出を残しておく必要がある。
だから、日記に残す。
僕は、早速机に向かい今日の出来事を書いた。
夜の静けさは、妙に日記を書くのに集中出来た。
そしたら、いつの間にか2ページ分も書いてしまっていた。
なんだか、眠る気分では無くなったので、本でも読むことにした。
僕は、何となく3冊を選ぶことにした。
2冊を選び、最後の1冊を選んでいると、月光が窓を屈折して一冊の本を刺す。
なんとも神秘的で不思議だ。
しかもその本は、星の王子様。
朝も読んだ本だ。
小説を多く読んでる僕からしたらこの展開はメルヘンすぎる。
だか、僕はそのメルヘンチックな事に乗っかってみた。
最後の1冊は星の王子様にした。

一晩中、読み続けいつの間にか太陽か登っていた。
目を覚ますため、階段を降り洗面所に向う。
寝ていないので、足元がふらついている。
顔を洗っていると、インターホンが鳴った。
こんな朝早くに誰だよ。
ドアを開けると、翼が立っていた。
「よっ。」
僕は、ドアを閉めた。
「おい、何で閉めるんだよ。」
翼が、ドアを叩いている。
もう一度、ドアを開け
「こんな朝早くになんだよ。」
と少し冷たい声で言った。
「いや、今日部活休みだから久しぶりに遊びに来た。」
「まぁ、追い返すのも面倒だから上がれ。」
「サンキュー。」
翼は、なんの躊躇もなく入ってきた。
「旭のお父さんたち、また海外出張か?」
「そうだよ。」
僕の両親は、商談のために一年中世界を飛び回っている。
会えるのは、年にに2、3回だ。
翼に先に僕の部屋に言っているように促し、僕は飲み物を取りに行った。
ほとんど、何も入っていない冷蔵庫から、ペットボトルを2本取りだし、部屋に戻った。
「はいよ。」
翼に、ペットボトルを投げる。
「おっサンキュ。」
「で、遊ぶって言っても何するんだよ、俺の部屋には、本しかないぞ。」
「お前の部屋、やっぱり本多いな。」
僕の言葉を無視して、至極当然の事を口にした。
「まぁ、一応プロの小説家だからな。」
「一応って謙遜するなよ、累計発行部数300万部の天才高校生小説家だろ。」
何故か、翼が誇らしげに言った。
「天才ってほどのものじゃないよ、僕は書きたいものを書いてるだけ。」
「書きたいものを書いてるだけで売れるってさすが、天才だな。」
翼は、僕の話を聞いていたのだろうか。
その後、遊びに来たはずなのに、特に何をする訳でもなくただ話しているだけで午前中が終わっていた。
「翼、昼どうする?」
「あー、どうしようか。」
「僕が作ろうか?」
「マジ、ありがとう。」
僕が、階段を降りていると、インターホンが鳴った。
今日は、来客が多いなと思いながら、ドアを開けると紗夜がいた。
今日は、休みのはずなんだが。
「紗夜。」
「あっ、なんか紗夜って呼ぶの久しぶりに聞いた。」
「そうだったっけ?それでどうしたの?」
「あー、ちょっと遊びに来ただけ。」
なんで、こんな思いついたように2人同じタイミングで遊びに来るんだよという本音を隠して、
「あっそういうこと、翼もいるけどいい?」
「うん、大丈夫。」
「そうか、上がって。」
「お邪魔します。」
翼より少し、図々しさがなかった。
「紗夜、昼食べた?」
「まだ、食べてない。」
「じゃあ、ちょうど翼のも作るから食べる?」
「本当?ありがとう。」
そう言うと、紗夜は階段を上がっていた。
僕は、チャーハンを作り部屋へ持っていった。
階段を上がっている最中に、笑い声が聞こえたのでどうやら盛り上がっているようだ。
ドアを開けると2人の視線が僕に集まる。
「おっチャーハンか。」
「そうだよ、あと、はい。」
僕は、紗夜にペットボトルのオレンジジュースを渡した。
「あっありがとう。」
「じゃあ、いっただっきまーす。」
翼は、バカでかい声と共にチャーハンをかきこみ始めた。
「じゃあ、私も頂きます。」
翼もこれぐらい落ち着いて食べられないのだろうか。
「旭、お前料理上手いな。」
「ほんとだ、美味しい。」
「もっと料理できないキャラだと思っていたのに。」
「1年間、ほとんど自分で作ってるんだから嫌でも上手くなるよ。」
というかなんで料理できないキャラだと思っていたんだ。
小説家を引きこもりニートか何かと勘違いしているか。
まぁ小説家にはこういう偏見はよくある、怒るようなことでもない。
「確かに、月島より上手いんじゃね?」
「失礼ね、私だって女子なんだから料理ぐらいできるわよ。」
「2年前、紗夜の家行った時お前墨みたいなコロッケ作ってたよな。」
太ももに激しい痛みを感じた。
紗夜の方を向くと、殺し屋のような目付きで僕のことをつねっていた。
「なーんだ、やっぱり月島料理できないのか。学校中の憧れの的にもできないことがあるんだな。」
翼もうやめてあげて、紗夜のHPがもうなくなってしまう。
「わかったわ、じゃあ私が今から料理作ってあげる、旭キッチンと食材使っていい?」
紗夜がムキになり出した。
こうなったら、止められない、翼何やってんだ。
「ああ、いいよ。あんまりものないけど。」
それを聞くと、颯爽と部屋を出ていった。
「おい、俺まずいことしたかな?」
「お前、相当やばいことやったぞ。お前も知ってるだろ、ああなったらもう手を付けられない。」
「確かに、昔からそうだったな。」
翼は、大きく肩を落とした。
こうなったら、時の流れを待つしかない。
しばらく、怯えながら待っていると、紗夜が戻ってきた。
紗夜は、笑っていた。
目が死んでいたが。
「何を作ったの?」
翼が恐る恐る聞く。
「オムライスよ。」
「おっオムライス。」
「不満?」
「いいえ、そんなことありません。」
彼女の言葉に圧があった。
「どうぞ召し上がれ。」
オムライスを見てみると、卵の部分は上手くできていた。
これは期待が持てそうだ。
「頂きます。」
2人で声を揃えて言う。
1口、口に入れる。
甘い、ケチャップライスが甘い、オブラートに包まなければ、もはやライスではなくて、砂糖の塊だった。
翼も固まっている。
僕達は、目を合わせアイコンタクトをとった。
「紗夜、塩って入れた?」
「入れたよ、結構たっぷり。」
「えっ塩ってどんなやつに入ってた?」
「四角いケースみたいなやつに。」
そういう事か。
僕は、理解した。
答えは単純。
彼女は、塩と砂糖を間違えていた。
でも、ちゃんと砂糖とテープが貼ってあったはずなのだが。
こんな、ギャグ漫画みたいな間違えするかね。
塩は、あのよく見る、赤いキャップがついてるやつだ。
塩だったとしても入れすぎだろ。
「紗夜、それ砂糖だよ。」
「えー、嘘。」
紗夜は頭いいのに、どこか抜けているところがある。
「月島、これ思ってたよりいけるぞ。」
「別に無理して食べなくていいわよ。」
「誰が無理して、飯食うかよ。」
「ほ、ほんと?」
「おう。」
僕は、翼が少しかっこよく見えた。
かっこよくて、思いやりがあるって非の打ち所がない。
と、思ったのはいいのだが、その後翼は1時間トイレにこもった。
やっぱり無理してたのか。
俺の感心を返して欲しい。
「で、紗夜本当は何しに来たの?」
「やっぱり、旭は騙せないんだね。」
紗夜は作り笑いをした。
「実はね、明日から入院することになったの。」
「えっ?」
僕の部屋が深海のように静まり返った。
「あっ、でも検査入院だよ。」
紗夜は、慌てて取り繕った。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫、ちょっとこの前の数値がおかしかっただけ。」
「そうなんだ。」
気の利く言葉が思いつかない。
僕は、紗夜の病気のことを詳しく知らないから、彼女の言っていることを信じるしかない。
「それでね、入院中、暇そうだから旭から本借りていこうと思って。」
「それは、いいけど君の家にも沢山本あるんじゃない?」
「あるけど、全部内容覚えちゃってるから見ても面白くないんだ。」
「そういう事か、なら好きなの選んで。」
「ありがとう。」
そう言うと紗夜は、僕の本棚から本を選び出した。
僕の本棚には、ほとんど昔の文豪の本しかないのだが、気に入るものはあるのだろうか。
彼女が選んだ本は、小林多喜二の蟹工船、織田作之助の雨、樋口一葉の大つごもり、この3冊だ。
偶然かもしれないが、この3人は比較的若くしてなくなっている。
しかも、大つごもりは樋口一葉が死ぬ直前の14ヶ月で書いた作品の一つだ。
なぜこの3冊にしたのか聞こうと思ったがその言葉が声になることはなかった。
「旭、あともう1冊選びたいんだけど、おすすめある?」
「おすすめか。うーん。」
考えながら、ふと机を見ると、青い表紙の本が目に入った。
昨日、読んだまま片付けるのを忘れていたようだ。
僕は、この本を貸すことにした。
「これは、どうかな?」
「あっ、星の王子様だ。すごく有名なやつじゃん。読んだことないけど。」
「じゃあ、読んでみてよ。」
「うん、じゃあこの本を借りるね、ありがとう。」
紗夜は、喜んで受け取ってくれた。
いつもの、彼女の太陽みたいな笑顔で。
「そういえば、このこと、ご両親知っているのか?」
「知ってるよ、でも帰っては来れないって。」
「そうか。」
紗夜の親も、僕の親と同じように、一年中世界を飛び回っている。
彼女の家は僕の家よりも、もっと大変で1年に1回会えるか会えないかぐらいだ。
だから、昔はよくどっちかの家に泊まりに行ったりしていた。
「まぁ、地球の裏側にいるからしょうがないよ、私こういうの慣れてるし。」
「じゃあ、明日1人で行くのか?」
「そうだよ。」
「なら、僕もついて行くよ。開校記念日で休みだし。」
「そんなの、旭に悪いからいいよ。」
「いいよ、どうせ僕暇だし。」
僕は、今幼なじみを助けたい、この気持ちだけで動いていないような気がする。
その気持ちどんな感情なのかは、分からないけど。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな。」
「うん。」
「クラスのみんなには、なんて説明するんだ?」
「うーん、食あたりとか言っておけば、気づかないでしょ。」
「適当すぎるだろ。」
「大丈夫だって。」
ちょっと、こいつクラスメイトバカにしてるだろと思った。
それとも、楽観的にとらえているのだろうか。
まぁ、どちらでもいい。
ガチャっと音がして扉が開いた。
翼が、トイレ地獄から生還したようだ。
彼にも、僕が今聞いた話を話した。
「そうか、じゃあ毎日見舞い行くからな。」
「ほんと?嬉しい。」
僕の時より喜んでいるような気がする。
少し、嫉妬した。
その後、また雑談をし、ミッションの3人で写真を撮るをクリアして、2人は帰っていった。
適当に夕食を済ませ、僕は今日も日記を書いた。
日記を書いている最中、何度も思い出し笑いをしてしまった。
いつも当たり前の静寂が今日は、やけに寂しく感じる。
僕は、二重窓を開け窓枠に腕を置いた。
目を瞑っていると、時より夜風が僕の頬に当たり通り過ぎていく。
この風に乗せて僕の心配事をどっかに連れて行ってくれないだろうか。
しかし、風は冷酷だ。現実と同じように。
何も解決してくれない。
僕は、そんな夜風に愛想をつかし、窓を閉めて、ベットに入った。

次の日、僕はいつもの時間に起き、紗夜の家に向かった。
小学校の時通い慣れた道、見慣れた落書き、過去のことを思い出していると、紗夜の家に着いた。
僕は、インターホンを押す。
紗夜がいつもの甲高い声で返事をする。
彼女が、ドアから出てきた。
「おはよう。」
「おはよう。」
彼女の表情からはこれから病院に行くのだという気配が感じ取れなかった。
それだけ、笑っていた。
「じゃあ、行くか荷物持つよ。」
「紳士的だね、ありがとう。」
「まぁ、当然だよ。」
近くのバス停から、大学病院に向かう。
受付でしばらく待たされ、病室に向かった。
個室だった。
金持ちめと心の中で思った。
すると、
「今、金持ちめって思ったでしょ。」
見抜かれた。
翼に続き、探偵第2号誕生かと思った。
「まぁ。」
「君だって、印税でいっぱい稼いでるでしょ。天才高校生小説家さん。」
「天才じゃないって、それに印税はほとんど本とか職場環境の改善に使っちゃうからあんまり残ってないよ。」
「真面目くんだね。」
「そうかな。」
「私だったら、もっと自分が楽しいことに使いたいな。」
彼女は勘違いしている。
僕にとっては、本読むこと、小説を書くことが楽しいことなのだ。
僕は、僕が今思ったことをそのまま言った。
すると紗夜は、
「それは、旭には沢山の時間が残っているって考えているからだよ。」
と返してきた。
彼女は続けて、
「でも、君が寿命を全う出来るとも限らない。もしかしたら、明日死ぬかもしれない。その時、君の走馬灯には、読書してる時と、小説を書いてることしか出てこないんじゃない。それってあんまり面白くなくない?」
と真剣に言った。
「ちょっと心外だな。」
僕は紗夜の発言に少しイラついた。
「別に悪い意味で言ったつもりはないの。私はつまり沢山思い出があった方がいい人生だったって思えるんじゃない?って言いたかったの。言葉足らずでごめん。」
彼女の表情が暗くなった。
「ごめん、俺もそこまで察せなかった。」
「じゃあ、許してあげよう。」
なんで、俺が許されているのだろうか。
「でも、私は小説書いてる旭好きだよ。」
紗夜は、頬を紅潮させながら言う。
僕は、なんて返していいか分からず、無言で頷くだけだった。
その後、紗夜は検査のために病室を出た。
僕は、ギシギシ音がするパイプ椅子に座る。
そして、読みかけの本を取り出し、読んでいた。
病室の扉が開く。
紗夜が帰ってきたのかと思ったら、翼だった。
「おっ旭来てたのか。」
「まぁな。」
「月島、どこ行ったの?」
「検査。」
「そうか。」
僕は、本から目をそらさずに答えた。
翼は、病室の中をウロウロしている。
「何してるの?」
「いや、なんか月島が心配でよ。」
「検査入院だから大丈夫だよ。」
「だよな。」
「お前も座れ。」
「ああ。」
僕は、この間も本から目を離していないが、内心は紗夜のことが心配だ。
だけど、僕達は、今この状況をどうすることもできない。
余計な心配を紗夜にかけないのが、1番の得策なのだ。
翼は、椅子に座ってからずっと小刻みに足を揺らしている。
それから、10分ぐらいして、紗夜が帰ってきた。
「あっ、時田くん来てくれたんだ。」
「当たり前だろ。あとこれ、りんごな。」
「嬉しい、ありがとう、そこに包丁とまな板あるからみんなで食べようよ。」
「じゃあ、僕がむくよ。」
「旭、ありがとう。」
「サンキュー、旭。」
僕達は、紗夜のリクエストで、うさぎの型に皮をむいて食べた。
食べ終わる頃には、もう外は、黄金色の夕陽が反対側の病棟の白壁に照り返していた。
「じゃあ、もうそろ帰るか。」
「そうだな。」
「じゃあまた明日来るよ。」
「うん、じゃあまた明日ね。」
翼が、先に歩き出したが、急に止まりおもむろに携帯を取り出した。
「今日写真、撮るの忘れてた。2人ともこっち向いて。」
シャッター音がした。
「オッケー、月島じゃあまた明日。」
僕達は、病室を出た。
帰り道、僕達の間に特に話すことはない。
幼なじみであり、親友のお見舞いの後に楽しい話をする気分でもないからである。
「じゃあな。」
「じゃあね。」
僕は、そう挨拶すると、再び歩き出した。
「なぁ、旭。」
翼に、呼び止められる。
「どうした?」
「お前、月島のことどう思ってる?」
「どうって、幼なじみ。」
「本当か?」
「うん。」
「そうか。」
彼は、そういうと自分の帰る方向に向かって歩き出した。
翼が何を言いたいかは、分かったが僕はその期待通りの答えを言えないから、無難な解答をした。
家に帰り、僕は、日記を書いてると彼女に聞かなければいけないことを思い出した。
携帯を取り出し紗夜にメールをする。
彼女にメールするのはいつぶりだろう。
「小説の原稿どうするの?」
返信はすぐに来た。
「原稿持ってきてるから病室で書くよ。」
「あんまり無理するなよ。」
この1行を送り、彼女からスタンプが送られてきた。
僕は、既読だけつけ携帯を閉じた。

次の日から毎日学校帰りに病院に言った。
そして、他愛もない話をして帰る。
この生活を繰り返した。
翼は、部活があるので、面会終了時間ギリギリに来ることが多い。
金曜日、僕がいつものように病院に行くために帰る支度をしていると先生が話しかけて来た。
「日向君、このプリント月島さんに届けて貰っていい?」
「いいですよ。」
「あと、ついでに今週授業でやったところ教えておいて貰ってもいい?」
「分かりました。」
「ありがとう、助かるわ。」
僕は先生とこの会話をしながら、僕が教えるより紗夜が自分で教科書見た方が早いのではないかと思ったが、それは胸に留めておいた。
バスに揺られながら、病院に向かう。
無言で病室に入る。
「あっ、旭。」
「はい、これ。」
先生から預かったプリントを渡す。
「どうも。」
「あと、僕が君の先生をしろって。」
「えー、旭先生できるの?」
紗夜がからかってきた。
「まぁ、確かに学年1位の君にこんな学年5位の僕が教えられることなんてないかもしれませんけどね。」
特大の皮肉を込めて言った。
よくよく考えたら皮肉になっていない。
「ごめんごめん、冗談だよ。」
「でも、君の方が僕より頭いいのは事実だからな。」
その後、僕はノートを見せながら教えた。
正直なんの手もかからない。
1度説明すれば全部できてしまう。
こんなに、頭いいやつがあと1年しないうちに死んでしまうなんとも、もったいないことだ。
いや、そんなことは考えてはいけないと1人で反省する。
「これで、終わり。」
「あー、疲れた。旭教えるの上手いね。」
「いや、君が飲み込みが早いんだよ。」
紗夜は、うふふと笑った。
勢いよく、扉が開く。
「おっ今日も旭来てたか。」
「当然だな。」
「そうだな。」
電話がなった。
「ごめん、堂島さんから電話かかってきた。」
「ああ、編集者の人ね。」
「そう。ちょっと抜ける。」
僕は急いで、電話ができる場所まで行った。
「もしもし、日向です。」
「あっもしもし、日向くん調子はどうかな。」
「ぼちぼちです、今日は何の用ですか?」
「実はな、『空の向こうで、君を待つ』が映画化されることになったよ、」
僕は目を見開いた。
「空の向こうで、君を待つ」は僕のデビュー作だ。
「ほんとですか?」
「本当だ、おめでとう。」
「ありがとうございます。」
僕は、天にも登るほどの喜びだった。
「公開日は、5月25日だ。」
「分かりました、ありがとうございます。」
僕は、電話を切り急いで病室に戻った。
「旭、そんなに慌ててどうしたの?」
紗夜と翼が驚いている。
「実は、僕の小説が映画化されることになったんだ。」
「えっほんと、おめでとう。」
「旭、お前やるな。」
2人はすごく喜んでくれた。
「公開日は5月25日だって。」
「私、生きてたら見に行きたい。」
あんまり笑えないジョークだ。
「生きてるよ。」
その後は映画の話で持ち切りになった。
その日の帰り道、翼が少し寂しそうな顔で話した。
「なんか、俺2人にどんどん先を行かれてるような気がするよ。」
「そんなことないと思うぞ。」
「いや、月島は今を生きようと必死に頑張ってるし、お前だって小説家として売れてるし。」
「お前だってテニスがあるじゃないか。」
「俺のテニスなんて大したことないよ。」
「いいか、翼。誰が自分より先に言ってるかっていうのを気にするな。人間は確かに他人と比べたがる生き物だ。だけど、他人と比べても何もいいことは無いし、ただ心が痛むだけよ。」
「そういうものなのかな。」
「そうだよ。」
「じゃあ俺は自分の道を進むよ。周りを気にしない。」
「よし、それでいい。」
こんな偉そうなこと言ってしまったが、俺が1番他人と比較してるかもしれない。

今日は、学校がないので朝から、お見舞いに行った。
扉を開けると、紗夜は窓を開けて風に当たっていた。
「あっ旭おはよう。」
「おはよう。風邪ひくぞ。」
「大丈夫だよ。」
僕はいつものように本を読む。
「ねえ、旭ちょっと来て。」
「何?」
僕は立ち上がり、窓のところまで行った。
「空見て。」
僕は指示通りに空を見る。
紺碧の空が広がっている。
「旭はこの空どう見える?」
「どうって、普通に広々した空だよ。」
「そう、私はとても窮屈に見える。」
いきなり何を言い出すのだろう。
病院に長くいるので、気持ちが落ち込んでいるのだろうか。
紗夜は、窓から下にある駐輪場を見ながら言った。
「確かに、空は広いと思うけど、その先には数え切れないほどの星がある。人間は、その中の地球っていうひとつの星で生活している、これって無力な事だと思わない?広い宇宙の中の小さな星の空を広いって言ってるこれは、私は窮屈でつまらないことだと思う。」
いきなり、壮大な話をしてきた。
僕には彼女の意図が掴めない。
しばらくの沈黙が続く。
カーテンが揺れる音だけが聞こえている。
「よく分からないよね、ごめん朝からこんな話して。私病院に長くいてちょっとおかしくなっているのかも。」
僕は、空を見ながら誤魔化すことしか出来なかった。
これは、彼女から出された宿題なのだろうか。
決して学校では出されることのない問題、どんな小説を読んでも見つからない答え、導きだし方すらも分からない。
しばらくして、紗夜はベットに戻った。
「なぁ紗夜、お前すぐに死なないよな?」
なぜだか分からないけれど、漠然とした不安に襲われた。
「どうしたの、いきなり。私なにか死亡フラグ立てた?」
「真面目に聞いてるんだ。」
「大丈夫だよ。そんな簡単に死なないから。信じて。」
「勝手に死んだら許さないからな。」
「なに、私の事そんなに心配してくれるの?」
「当たり前だろ。幼なじみで親友なんだから。」
「嬉しい。」
彼女は、口角を僅かに上げて言った。
「ちょっと、屋上行かない?」
僕は、首を縦に振った。
階段を登り、扉を開けるとやはり紺碧の空が広がっていた。
「やっぱり、屋上は気持ちいいね。」
両手を開いて、目一杯腕を空に伸ばしながら言う。
「そうだね。」
「『ここに来ると、辛いことを全部忘れられる』小説でもよく言うけど、あながち間違っていないね。」
「今は、河川敷にも行けないしね。」
「そうなんだよ、あそこが1番落ち着くんだけどね。今度病院抜け出して行こうよ。」
紗夜は、内緒話みたいに声を小さくして言った。
「色んな人に怒られそうだからやめて置くよ。」
「怒られてもいいじゃん。」
「優等生とは思えない発言だね。」
「別に、私優等生じゃないし、学校ではそうやって振舞ってるだけだよ。旭の前でしか本当の私を出せない。すごく、窮屈。」
「知ってるよ、本当は君は制服のまま川に飛び込むような人種だからね。」
「間違ってないけど、バカにしてるよね。」
「うん、してる。」
紗夜は、口を膨らませた。
怒っているという印なのだろう。
「あーいたいた。」
若い女性の声がした。
見た目からしておそらく看護師だろう。
「あっ、検査でしたっけ?」
「そうよ。」
「すいません、忘れてました。」
紗夜は、頭に手を当てながら言った。
「ごめん、旭ちょっと先に戻ってて。引き出しに原稿入ってるから読んでおいて貰える?」
「わかった。」
そういうと、紗夜は看護師に連れられて屋上を後にした。
僕も、少しして病室に戻った。
彼女に言われた通り、引き出しから原稿を取り出す。
原稿が置いてる横にある、鍵がかけられる引き出しが少し空いている。
興味本位でその引き出しを開けてみた。
メモ帳が入っている。
表紙をめくると、ある言葉が僕の目に飛び込んで来た。
「辛い。」
この言葉を皮切りに入院の辛さが何行にも渡って書かれていた。
1枚だけでなく何枚も何枚も。
扉が開いた。
慌てて、隠そうとしたら、メモ帳を落としてしまった。
紗夜かと思ったが、看護師だった。
看護師は、あっ、という表情を浮かべる。
「それ、中身見たの?」
「は、はい。これの中身知ってるんですか?」
「ええ、知ってるわ。私がこの前体温測りに来た時に書いてたからね。」
「これどういうことですか?」
「あなた達がいる時と、いない時で大分雰囲気が違うの。」
「よくわからないです。」
「彼女ね、いつも窓の方を向いてるの。」
「そうなんですか。」
「なんか、抜け殻みたいになって何も話さない。
でもね、君達が来ると活き活きしてるっていうか、本当の彼女らしくなるのよ。」
「正直、僕にはどっちが本当の紗夜かわからないですよ。活き活きしてる時が本当の彼女なのか、このメモ帳に書いているように繊細な彼女なのか。」
僕は俯きながら言った。
「そうね、でもあなたならどちらが本当の彼女でも受け入れてあげられるでしょ?」
「分かりません。繊細な彼女にどうやって接すればいいか。」
「繊細な人を傷つけないようにすることは確かに間違ってないわ。でも、それを考えすぎると余計に傷ついてしまうし、君も大変でしょ。それは彼女も望まないことだと思うわよ。」
「そういうものなんですかね。決めました、僕はどっちが本当の紗夜だったとしても受け入れます。」
「かっこいいわね。さすが彼氏さん。」
「そんな、関係じゃないですよ。僕はただの幼なじみです。」
看護師は、軽く微笑むと薬をおいて出ていった。
僕は、メモ帳を戻し、原稿を読んだ。
少し、字がぐらついていた。
病気の影響だろうか。
僕が、知らない間に彼女の病気は少しずつ進行しているのか。
さっきの決意が揺らいだ。
分かったいた事だったが、その現実が目の前に提示されると言葉に表せない感情が込み上げてきた。
「言葉に表せない」この言葉は実に便利だ。
どんな時にでも魔法の言葉。
だが、それと同時に逃げの言葉でもある。
現実を見たくない時、この言葉を使うことでその現実から距離を置くことが出来る。
言い換えれば、現実を直視したくないということだ。
卑怯で臆病者。
この言葉がピッタリだ。
そして、その言葉が今1番似合うのは、僕。
彼女の嘆きから逃げようとしている。
翼なら、こんな言葉では逃げないだろう。
僕は、翼が言っているような彼の前を歩いているような人間じゃない。
前を歩いていいようなでも人間じゃない。
こんなことを考えていると、いつの間にか涙が出ていた。
多分、悔しさ、情けなさが込み上げてきたのだろう。
しばらく、泣いて気持ちを落ち着かせた。
それから、少しして、紗夜が戻ってきた。
「ごめん、大分待たせたね。」
「ううん、大丈夫だよ。」
正直、どうやって接していいか分からないが、普段と変わらないように取り繕った。
「ああ、そういえばね、今先生と話してきたんだけど、明日退院できるって。」
「よかったね、じゃあ明日はちょっと早く来るよ。」
「うん、ありがとう。」
「あと、原稿良かったよ。」
「ほんと、よかった。」
紗夜は、安堵した表情を見せた。
その後、翼が来て軽く話して帰った。
日記を書きながら、僕はいつもと違う感情を抱いた。
言葉にならない感情。
またこの言葉を使ってしまった。
僕は、つくづくダメな人間だと思う。
書き終えたあと、僕は1人で河川敷向かった。
途中にある電柱の光は、僕を照らしてくれない。
全てに見捨てられた気分だ。
河川敷につき、僕は仰向けで寝っ転がった。
ここだけはいつも変わらない。
優しい月の光が包み込んでくれる。
目を瞑り、気持ちを落ち着かせ、再び家に帰った。
少しの時間、あそこに行くだけで気持ちが楽になる。

拝啓 月の下で輝く人へ

執筆の狙い

作者 オカノ
softbank060112004224.bbtec.net

今回、初めて投稿させて頂きます。
未熟者ですが、読んで頂けると幸いです。
文字制限が4万文字だったので、長編小説の1部を投稿します。
よろしくお願いします。

コメント

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

読みました。魅力的な文章だと思います。
小説を区分した時、文章、会話、物語、情景描写と僕はわけて考えているのですが、それぞれを高いレベルに持っていくのが大事かと素人ながら考えています。
読んでいて面白かったのですが、もう少し場面の情景描写があるとイメージが膨らみやすいかなと思いました。

オカノ
pw126182227051.27.panda-world.ne.jp

コメントありがとうございます。
ご指摘頂いた所を見直しながら、書き直したいと思います。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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