作家でごはん!鍛練場
ふわふわサク

血塗られの母歯茎に愛しき美々よ

ポップコーンパーティー

頭のおかしい弟が母をうっかり殺しちゃって、その死体をタレントの最悪が食べつくしたなどと泣きながら言うので、マツザワとかハセガワとか精神病院に彼を入院させたほうが良いのか私は真剣に考えた。
でもママは確かに行方不明だしパパはバンコクにいて、まあ電話やスカイプをすればいいんだけど家族のことは基本放置の人なのだ。で私が頑張らなきゃ頑張らなきゃって、これまた頭のおかしいママのコントロールに躍起になっていた十代の頃のように背伸びして振舞わないといけないんだけど実際もう二十八で。家庭内の巨悪・ママがいなくなったんだから別に私はもう戦う必要がなくなったんだと脱力してしまった。
愛、とは何ぞや。家には存在しなかったものだ。全ては終わってしまったような気がする。となり駅のもしもしピッコロ台と意味不明が丘の間で世界が完結していた子供の頃は、木立に囲まれた庭園住宅の静けさも、駅前通りの雑踏のその先も、生け垣で作られた巨大迷路の行き止まりみたいに単純だったのに。
愛、とは何ぞや。私は寂しい。いつでも凄く寂しい。記憶なんて残っていたってどうしようもないのだ。私は穢れた大人になってしまった。女子、とか言ってはつらつ感を強調しても若干無理のあるアラサーで、イラストレーターとの打ち合わせで「学ランふんどし」なんて卑猥な単語をさらっと出しても鼻から煙を堂々と出せる親不孝な娘だ。
結婚してない。
結婚致しておりません。
駅から徒歩十分。
駅から我が家は徒歩十分。
もうこれはこのあたりで止めよう。収集が付かなくなって全部歌にしたくなるから。会社帰りに地下鉄の駅に向かうと、外堀の木々を爽やかな風の吹き抜けるスウィーティストデイオブメイ。一歩一歩身を任せて心は空っぽの諦観、都心の夜の静けさは重みがある。
足元を見ながら考える。高級車にはねられてけがをして酷い思いをするのは、軽自動車ではねられるより良かったことだろうか。んなわけない。どっちも最悪だ。仕事と家族の事を愚痴るたびに考える。私だってPMSで辛くて、拳で思いっきりぐりぐりすると気持ちいいというレベルで表情筋が疲れている。先行きの見通しが立たないのだ。いつかは子供も欲しいけど。
ああ、ないかな何か。死ぬ気になってやれば出来そうな事であり、かつ気分を好転させるものはないか。そこらへんのベンチに腰掛けてスマホを取り出す。今日はずっとマナーモードにしていた。一件の着信を見て私は一瞬訳が分からなくなった。
私から私に電話。
良く分からなくなってしっかりと番号をなぞると、下一桁の数字に一を足した番号からの着信だった。
「なにこれ、気持ち悪い」
着信を消去してバッグにスマホをしまい、再び駅に向かった。ママは一体どこをほっつき歩いているのだろう。エキセントリックなところのある人だったけど。一昨年家をリフォームした時にNISHIYAMAと今風の苗字だけの表札にした我が家からは住所と家族の名前が消えて、情感が益々なくなり冷たく冴えている。さあ一杯飲んで帰るか。

翌朝駅に向かって都心方面のホームに着くと、準急が通過していくところだった。比較的空いている退避の各停から一旦降りて発車を待つ通勤客のスポーツ新聞の見出し、女学生の鮮やかなイエローのワイヤレスイヤホンがぼやけがちな朝の色彩を引き締める。
今日も朝から打ち合わせで、もうやだよ、学ランふんどし君。部を挙げて売り込む新ショタキャラ学ランふんどし君のラフ画をマイクロSDに忍ばせて、もしも今なんかの事情で死んで、ナギサカヲル君風の美少年が肩に学ランをかけてふんどしをミヤザワリエみたいにちらつかせるこの絵を見られたら非常に恥ずかしいことだと思う。お嫁に行けないわ。でももっと誇りを持って一致団結して新しさを提示しているんだというモチベーション高いレベルで保たなきゃって思うんだけど、うじうじと。私って所詮かまってちゃんだ。うざいよねこういうの。
「間もなく四番線から各駅停車発車致します」
駅員さんの大きな声を聞いて私は車内に乗り込み、要領よく奥の空いている空間をゲットできた。地下区間に入る三十秒ぐらい前、ビルの壁に今ではたまにしか見ないグラフィティーで『オッハー』と描いてある。それを見ると快晴の日など泣けてきてしまう。嬉しくて。他の乗客もきっとそう思っているはずだ。

ランチは元同僚で現フリーライターの藤間ちゃんと食べる約束をしていたが、デザイン事務所から3Dのモックがなかなか上がってこなくて結局お流れになってしまった。申し訳ないメールをしたのちに気づくとショートメールが入っていた。
 それはまた末尾+1からで、拒否リストに入れようかと思ったけど「酒池肉林、ホテルグランアルテ紀尾井町にてAM12時より。詳しくは電話で」という文面の最後の詳しくは電話で、という部分が私の好きなロボアニメのプラモデルのCMっぽくて少し笑えた。
「詳しくは電話で」低い声で言ってみると、いないと思っていた後輩の大橋がいて、「なんすかそれ、流行ってるんですか」とか言ってきたので、
「うるせえ」とヒールで蹴る真似をした。
 
 惨憺たるランチを滑稽な値段で胃袋に流し込んだ後、わたしはオフィス街の小さな公園の喫煙コーナーに向かった。電話を手に取り末尾+1にかけた。とりあえず酒池肉林がなんなのか聞くのと、もう連絡はやめてというのと、二つの事が頭をぐるぐるしゲップした瞬間に電話に誰かが出た。
「もしもし」と言うと、
「ああ、この番号は、西山つばさ様ですね」
 と深夜のファミレス店員のちょっとババアみたいなアニメ声がした。
「あの、いたずら電話やめてほしいんですけど。SMSとか」
「あーん、いたずら電話などではございませんっ。ノン、ノン、ノン。浦賀京介様のバースデーパーティーですわ」
一瞬脳髄が脱落して崩壊しそうなめまいを感じながら気持ち悪くて死にそうになった。一生二次元で生きてろババア、と思いながら私は言葉をようやく発した。
「誰ですか、その人」
「あーん、何にもご存知ないんですか?この電話の持ち主の京介さまは身長183cm、体重62kg、容姿端麗、タータンチエックのナポレオンジャケットが似合う今どきの十七才っ、と言うのは表向きの顔で、実は麻薬密売組織の裏ボスでございますのほほほ」
 私は困惑した。明らかな狂人に電話番号と本名を握られているのだ。この状況に立ち向かうというよりも気分は明らかに真逆で、一瞬でも早く会話を終わらせて何事もなかったように仕事に戻りたいと願った。
「じゃああなたは、なんなんですか」
「うふふ。私は、電話番兼、スパイですわ。人の秘密を暴いては困らせて、ただ放置するだけの悪質なお・ん・な。あなた、弟さんの事で悩んでるでしょ」
「そんなことありません。ほんとマジで切りますよ」
「悩んでます。おととい保健所に匿名相談したでしょ。親殺しの変人さんなのね、ぷっぷー」
 惨めさで顔がみるみる紅潮するのを感じて声が電話から漏れていないか辺りを見渡したが、親父や不良OLがぷかぷかと煙を吐いているだけの平和な空間のままだった。たけるのことで金でも恐喝するつもりなのか。
「とにかくあなたに来ていただきたいのです」
「……なんでわたしなの?」探るように私は言う。
「もう、いちいちうっさいなあ、諦めな。京介様の番号から1引いた人も呼んであるからとりあえず来て。あなたの番号の2つマイナスの人よ。じゃあ今夜12時にラウンジでお待ちしておりますわ。それではごきげんよう」

 退社後私は渋谷の漫画喫茶で時間をつぶし、23時半になるとタクシーを拾い紀尾井町に向かった。読んだ漫画は頭の中に全く残っていなかった。二千円ぐらい運転手に渡し重厚なロビーに入り、やけに華のあり過ぎるいけばなが目を引く。電話をかけようか迷ったが女はすぐに分かった。あの浮いているチャイナドレスの女に間違いない。
 間違いなく変である。しかもそのチャイナドレスの安っぽいこと。ドンキのパーティーグッズ売り場で購入したような粗悪そのものの生地の光沢、微妙な丈で周りはみんな女を避けている。
 また人相が悪い悪い。眉と紫のアイシャドウで囲んだつり目の間が5センチは離れていて、痩せぎすでなんていうか息が臭そう。
 髪型は下町のヤンキーおばさんチックにヘアカラーしたソバージュで、パール感ありすぎなベースメイクも、リップもラメっぽく下品。よくこいつここに泊まってられるなと私は思う。
「ぐふふ」
 悪魔のような笑顔を見せて歯を見せて笑うと、差し歯の作り変え中らしく牙のように削り取られた歯が不気味で、ますます息が臭そうだ。
「つばさ様」
 そのルックスで話し声は甘ったるいものなので人が良いのか悪いのか良く分からない。
「今夜はお楽しみよ、京介様は最上階のスイートにいらっしゃるわ、さあ行きましょう」
 上品な身なりの老婆が車椅子を男に押されてわたし達の前を通りがかった。顔は呆けて明らかに認知症だ。どっかの金持ちが老人ホーム代わりに住まわせているのだろうか。謎だ。どうしてこんな妙なものばかり見るのだろう。怖いようなわくわくするような高揚をかすかに感じ私は女についていった。
 エレベーターの中で重い沈黙が続く。あららもうひとつ思い出しちゃった。そういえばここのホテル、モデル上がりの女優の長山葉世子がビニール袋に包んだ使用済みのパンティをころっとロビーで落として転がって、どっかの駐日大使がそれを拾って長山の手の甲にキスをしたのがきっかけで、セレブ国際婚に発展したとか。葉世子のころりんこパンティ事件とか意味不明なことが週刊誌に書いてあったなあと私は思い出した。
 そんなお馬鹿の聖地みたいなこの高級ホテルの一室で私はいったい何をするのだろう。でも、おめでたいって基本的に良いことよね。長寿も結婚もおめでたい。はたして酷い目に会うのか。最高の思いをするのかとにかくハッピーバースデー、京介という人物に会ったらとりあえずおめでとうと言わないといけないのに私は花も買っていない。
「すみません、わたし何も用意していなくて本当にごめんなさい」
「あーん、いいのいいの気にしないで。体で払ってもらうから」
 と言うと女は突然注射器を取り出しわたしの上腕部にに突き刺して、中の液体を注入した。
「痛いっ、いったーい、何するんですか」
 痺れるように筋肉が痛み、私は声を荒げる。
 その刹那、体の中に何かが拡散するような、血がいっぺんに引くような感覚を覚えて一気に息を吸うと森の奥で深呼吸をしているような冷たさを感じ、私はびっくりした。何を打たれたのか分からないけれど素敵に頭は冴えて、女の言うことを何もかも忠実に聞こうと私は達観した。
「あ、あ、あ、あ、あーーーん、申し遅れました。私は荒川静香。金メダリストと同姓同名よ。顔も似ているでしょう」
 ぜーんぜん似ていない。性格のきつそうな感じは通じるものはあるけど、と思っているのに表面上は全面的にフランクな気持ちを瞬時に装い、
「瓜二つです」
 と私はうなずいていた。

 両開きのドアが開くと、こめかみにスタッズがついているバーテン服の男がシャンパンを配っていた。どうやって付けているの?皮下インプラントかなにかだろうか。人体改造に疎いわたしにはよくわからない。歓談する声が遠くから聞こえて、なんか甘いような変な匂いがする。
「昔これのおかげで戦争があったわ」静香が笑いながら言った。京介が麻薬の密売組織の人間なのは本当なのかもしれない。私は良く分からないけど、ていうか本当にさっきから良く分からないのだ!歓談に混じってかすかに耳につくのは、昔のソウルミュージックの思いっきり泣けるような、確かI love to loveって曲。なんとなく胸にこみ上げるものがあって俯くと曲はbad weatherに変わる。湿度が高い。だんだん汗ばんできて私はジャケットを脱いでシャツのボタンをひとつ外す。
 やっとホールにたどり着いたと思ったら、真っ裸のスキンヘッドの全身白塗りの男達が十人位、置かれた洋式便所に考える人のように俯いて腰掛け、その姿勢のままいっせいに私を見つめた。
 「わっ」
 怖くなってシャンパンのグラスを落としていた。華奢な音を立ててグラスが割れると、さっきのこめかみインプラントの男がほうきと塵取を手にやってきて神経質な感じで一息に片付けて、濡れた男を白いハンカチで拭いて無表情に去っていった。便器の男達はもう視線をこちらに向けていない。
 恐怖心が抜けず、
「わたし、京介さんにご挨拶したら帰ります」
「駄目よ。今日は特別な見せ物があるから。さ、中に入りなさい」
 肩を静香に強く掴まれて、私はリヴィングにつながる扉を開ける。顔にかかった静香の息は臭くなくて柔軟剤の匂いがした。チャイナドレスを大切に洗っているのかもしれない。まさか柔軟剤飲んだりしてないよね、この人。
人が意外とたくさんいて私は少し驚いたが、どいつもこいつもなんかいんちき臭い。ケネディ大統領みたいな男とエリザベステイラーみたいな白人の女達が英語で喋っている。ダサいけど一応高そうなドレス。日本人はいないのかと見渡すと、貧弱な髪の毛を七三に分けた小太りの男がいた。なんかこの人、生き辛そうと直感で私は思う。結構強い天然パーマを一生懸命ブローしている姿がすぐに目に浮かんできて笑えた。
 はっはっは、ざまあみろ、こんな外人だらけのところにいてさぞかし緊張しているに違いない。けっけっけ。分厚い眼鏡をかければステレオタイプな昭和の日本人像にかなり近いだろう。静香がつかつかとその男に近づいていくのに私も着いて行った。
「紹介するわ。こちらは沢谷信彦さん。京介様の携帯電話の末尾から1を引いた番号の持ち主です。こちらは西山つばささん、プラス1よ。あなた達に来てもらったのはね、来てもらったのは」
 静香が突然笑い出した。
「ぎゃははーうふふ、うっふんひっひっひ、かかかかか、はは、うっくくっ、来てもらったのはぁーっ」
 私と沢谷は思いっきり固まった。どうしたんだろう一体。壊れちゃったのかな。
「来てもらったのは、結婚っ、ぶはははははあ、結婚して、もらうためなのよぉ!弟さんの事なんて、忘れてぇ~」
 最後は絶叫になって静香は床に崩れ落ちた。そしてまだ体を痙攣させて引き攣りながら笑っている。馬鹿じゃねえのこいつ。揃いも揃ってなんでこんな茶番してるのかねえ、私はイライラしてきて煙草を吸いたくなった。
「京介さんはどこですか」
 というと、後ろから、
「ここだよ」
 と声がした。振り向くと、オーラが明らかに違うレベルのイケメンが不機嫌そうに左の口角を上げて笑っていた。王子、まさしく清朝の王子様が生き残って現代風に美容整形を施してさらに金と時間をかけて玉のように美しく磨き上げられたような、結晶そのものだった。
「はじめまして。訳わかんないこと、してるなって思ったんでしょ。つばささん」
 タータンチェックのセットアップが嫌味なぐらい似合っていて私は感心した。それと沢谷!人間としてのレベルが違いすぎ。普通の人とチンパンジーぐらい違う。
 人が特殊メイクして全身毛ボーボーで真っ赤なオケツしてサル山に入ったって、犬が家族の一員として会話することがないようにサルにはなれない。そういう不幸が京介から感じられた。
「すみません、私お誕生日なのに何もしてこなくて」
「いいのいいの!今日は本当の誕生日じゃないから。退屈で死にそうだからこんなことしてるだけ」
 学校とか、行ってるわけないか。まさかねえ。
「弟の月命日に誕生日会はやっているんだ。意味はありそうで特にないんです。ただ単に騒ぎ、普通の騒ぎじゃもう物足りなくてさ。ああ退屈で死にそう」
 というと、失礼、と京介は合図をし、すると粉の乗った銀のトレーを静香が差し出した。それはラインが綺麗に作られていて、京介は片方の鼻を指で押しながら全部吸引する。
「もうね、壮絶な無駄に人生を賭けたい気分なんだよね。金と時間なら腐るほどあるし。じゃあ死んじゃえばって思ったでしょ今。死なないよ。僕は絶対、死なないんだ~。だ・か・ら、君達を殺しちゃう」
 と言うと胸元から瞬時に取り出したナイフで沢谷に切りかかった。
「わっ」沢谷の鼻先が切り落とされて、鼻の軟骨と毛穴の皮下部分のピンクがあらわになって、外人たちは大喜びして誰かがクラッカーを鳴らした。
「ぱぱぱぱパーティー、パルプンテ」
 と静香が叫び私の耳にいきなりナイフを突き立てた。痛いのか何なのか良く分からなくって私はとりあえず女の子らしく泣く。金切り声を思い切り上げて!
「きゃーーーーーーーーーーーーっ」
 その刹那音楽がいきなり変わってMichael Jacksonのbadが大音響で流れ始めた。するとリズムに合わせて外人たちが自分の着ているものを引き裂き始め、少しずつあらわになっていく毛深い胸やまんまるのプリンとしたヒップ、そのうち乳首もアンダーヘアもむき出しで外人たちは踊り始めた。
 すると京介と静香はナイフを注射器に変えて私達の体を次々刺しては液体を注入して、痛くてしびれてそのうち体が五倍ぐらい膨らみつつ軽くなり、気づいたら髪の毛を引っ張られて床の上をボロ雑巾のように引きずられていた。自分の血のあとを眺めながらこういう巨大習字みたいなの新春かくし芸でよく見たなあとおぼろげに思い出し、懐かしさで失禁した。
「今から嬲り殺される?それともこれを飲んで意識を失っているうちに死ぬ?」
 と濃いピンクの錠剤を手のひらに載せて静香が微笑む。宇宙一醜い笑い顔が怖くて私はまた叫び、その叫びはロビーを駆け抜け、東京中の地下鉄網を潜り抜けて、千葉から成田でジャンボに乗ってアメリカまでたどり着いて、スペースシャトルから宇宙に届いたような気がする。
 頭のなかで脳みそがぐらんぐらんゆれてる。
 そこで私は掲示板で見た最も醜悪で残酷なレイプ、処女を刃物の上で騎乗位させたり乳首を刃物で切り落としたりと暴虐のかぎりをつくした結果妊娠までさせたという書き込みを思い出して、家族が、母がそんな目に合うのあらば私がすべて引き受ける!と決意した。
「飲みます。あんたも飲むでしょ」
 沢谷は京介にボコボコに蹴られ白目を剥きながら小さく肯いた。さっきのスタッズ男が水を持ってきて、私たちが飲み終わると真夜中の青白いビル街を見渡せる場所まで引きずられ、そのうちテレビを消すときのように私の意識は途絶えた。

私は、ミニスカートの制服に着替えていたんです。皮膚が日焼けで黒くなりすぎて太いんだか細いんだかよくわかんない足をさらけ出して。でも子供特有の皮膚の柔らかさというものはあったように思います。

―いったいあなたは何をそこでしていたのですか


地下街のような、広くて、清潔な感じ。今でいうと開業したばかりの副都心線の駅みたいなところで、制服を脱ぎ捨てて、南北戦争の頃のようなドレスを着て学校の友達と延々と歩いていました。

―コルセットはしていたのですか

いいえ。

―何が見えますか

無印。無印のくせにカラフルな雑貨が並んでいます。私たちが喜んで買いそうな。フランフラン、ではありません。まぎれもなく無印良品です。
嘘、間違えちゃった。港北のIKEAですねここは。でも、おかしいな。

―何がおかしいんですか

私の母ののりこが綺麗な赤と黒の鯉になって、悪魔みたいにべらべらしゃべり続けます。私は息苦しくなってのりこをぶっ殺して解体してお刺身にしました。

―IKEAはどんな様子でしたか

わたし好みとしか言いようのない、モダーンな感じの部屋ディスプレイの前でこんな部屋だったら気分が上がるーと思っていたら、まった、のりこが付いてきて美容皮膚科行った一週間後みたいなつるつるのお肌をしているので、ママ、綺麗になったね、と言いました。するとネチネチと、つばさちゃん、女の子の部屋の壁紙は薄いピンクでカントリー調のカーテンが風にふわふわしているのが一番清楚で可愛いわよ、って言うんです。

―話は変わりますが福袋は買わなかったのですか

お正月ではなかったので買えませんでした。みんなは馬鹿みたいに並んでいたんですけど。そんな事よりも結婚式の前日、のりこと大喧嘩して、いつも使っている電車の駅員さんが私のことをレイプし続けて、これは殺されるって思ったんですね。お母さん、私がこの家出るから許してね、許してねって喉がつぶれるほど叫びつづけました。もう大声で泣きながらです。のりこは、困った顔で私のことを眺め続けていました。

わたしは許してもらえませんでした。

「あんあんあんあん、あ、あ、あ、あ、あーっあーっあーっあーっ」

人間はどこまで覚醒できるのか、その極北を見たいと願っているポーズだけかつてしていた私は普通のOLだが、今の状況は尋常ではなくて、私は膣に固定された細長いディルドを挿入されたまま両足を何人もの男に開かれて、抱えられた体を上下にピストンされて強制的に感じさせられている。もはや気持ちいいのか何しているのか分からなくりそうな微妙なラインの上を綱渡りしているのにもかかわらず愛情を感じ、口はフェラチオしているか唾を飲まされているか濃密なくちづけをかわしているかのどれかだ。口の中に濃厚なザーメンをひじり出されるのが、とてつもなく下品でプライドが地に落ちて人間をやめた瞬間に感じた。
 これが私のウエディングパーティー。家族を捨て世界一穢れた花嫁として、沢谷さんに嫁いでいきます。パパママありがとう。産んでくれて育ててくれて本当にありがとう。頭にナイフ刺さったままだけどね。沢谷さんは、勃起したまま女の御輿に担がれて凄くいきいきしている。向こうの方でフラッシュがピカピカ光るそのたびに、私は霞んだ目で動物の幻を見る。
 乱交乱交、大乱交。
 いや、良くみると動物ではなかった。ゆるやかな四拍子とフラッシュに合わせてさっきの裸の外人たちが組み体操しているのだった。
 ワンツースリー、亀
 ツーツースリー、ロバ
 スリーツースリー、象
 フォーツースリー サイ
 ファイブツースリー、猫
 シックスツースリー、鳥
 セブンツースリー、龍
 エイトツースリー、牛
 ナインツースリー、犬
 テンツースリー、ペガサス……

 とても綺麗だ。そして股間が暖かく気持ちがいい。帰りたい帰りたい帰りたい。意味不明が丘2003。最高にとろけそう。今は何年?20XX年なんてダサすぎてなんか笑っちゃう。私は覚醒し過ぎて自分が誰なのか忘れた。穏やかな音楽が流れている。変なコードだが不協和音が心地よい。 
 強いムスクの薫りが今は嫌いじゃない。ずっとこうしていたい。沢谷さんが女達に窓から突き落とされた。あ、死んじゃった。あ、あたしの夫が死んじゃった。じゃあ未亡人だわねあたし。今日から喪に服して毎日セックスに励みます。
 男たちが私を抱えたまま少しずつ窓際に進んでいる。私も捨てられるの?なーんて短い未亡人時代。5分もなかったかも、さあ、殺して。生きたまま焼かれるよりは高いところから突き落とされる方がましだ。ちくしょう、飲んだら死ぬ錠剤なんて嘘つきやがって。あいつらどこ行った。誰って王子と口臭女だよ。
 その時、
「警察です、はい止まって~動かないで」
 拡声器で大きな声がした。囁くように軽い悲鳴を女達があげて、組み体操のペガサスが体を支えきれず崩れ落ちた。右腕を掴まれて振り返ると静香がいて「こっちよ」と私をさらに部屋の奥に誘導した。非常口の緑のサインだけが頼りで私はよろけて静香に寄りかかる。
「しっかり歩きなさい」
 と静香は言うが、誰のお陰で丸裸で頭にナイフ刺して階段を登っているのか。こんなのは毎月のお遊びってあんたたちいい加減にしてよ、と私は怒りだした。
「そんなに怒らないで、あんたは元に戻してあげるから。さあ屋上よ」
 外にでるととても寒い。ヘリの爆音が夜明けのビル街にこだまして、遠くの超高層ビルの航空障害灯がきれいだった。京介が後部座席に乗っているのが見えて、どこを隠したらいいのかとっさに判断がつかず、とりあえずアンダーヘアーを両手で隠してヘリに乗った。
「はい、これ」
 ブランケットを手渡されると京介は煙草を吸っていたので、「一本下さい」と言った。冷たい、削り取られたような顎を斜めにしてシガレットケースから一本出して私の唇に差し込んで火をつけた。一息つくとまだ目玉が揺れているような気がしてぼーっとしていると静香は缶コーヒーを私に手渡した。
「綺麗だったわ。あなたも組み体操も」追っ手はこない。
「ヘリを出して」扉を閉めると静香は言った。ああこの人たちって生粋の夜の住民なんだ。朝焼けだと見た目が思っていた以上に汚い。整形中毒みたいにバランスが変で表情がこわばっている。削りすぎた顎のラインが唇の大きさとマッチしていなくて気味が悪いし、二重のラインがまだ生傷でまぶたから脂肪を少し抜いてから手術したらしく小さな切り傷がえぐい。
 おそらく中央線にそってヘリは飛行を続け、新宿にさしかかったあと杉並あたりの住宅密集地をしばらく飛んだと思ったら大きな公園が見えた。郊外の若々しい風景の先に山が見える。大きくヘリが方向を変えるとこの世で一番綺麗な茜色の富士山が大きく見える。何百年も変わることなく神々しい姿を見せる日本の霊峰富士山、ヘリは富士山に向かっている。
 さらに速度を上げエンジン音が凄くてわたしたちは言葉を発することもなく窓の外を凝視する。またカーブして昇降を繰り返すうちに完全にどこに向かっているのかつかめなくなった。緑、高速道路、橋や川、景色が箱庭のようだ。私は疲れてきてまぶたを閉じた。

 少しずつ下降する気配を感じて目を覚ますと、コックピット越しにに見えるのは丘の上に聳え立つ白い巨大な建物で、そこに向かっているのは間違いない。短い旅が終わる。ゆっくり、ゆっくり建物に近づく。屋上に接地する衝撃が頭に響いて痛かった。
 プロペラが回転を弱めていく。
「ここはどこですか」窓から眺めながら私は尋ねた。
「病院よ、精神科の。怪我の治療のついでにしばらくそこに入院して薬抜いてきて」
 ドアが開かれると同時に静香はわたしの背中を足で蹴って外に突き飛ばす。両手で身体をなんとか庇い顔を上げると、白い服を着た男たちが五人いてわたしを取り押さえた。どこに連れて行くの帰りたい帰りたい帰りたい、と声を上げると「こっちの世界で新たなあなたを構築していけばいいのよ、そうね五年ぐらいかけて」とオネエ言葉で誰かが言った。  
 
 新幹線をご利用いただきましてありがとうございます。列車はまもなく新横浜に到着いたします。お出口は左側です。新横浜を出ますと次は品川に止まります。
 いつ聞いても心地よい車内放送だ。長旅の終了をeleganceに告げる中年女性の声のサイン。昔雑誌でロンドン地下鉄の車内放送音声担当の女性がインタビューされていたが、声による案内は標識並みにデザインされたものでなければならないのだろう。
 私はこれから新横浜駅で降りて母親の待つ意味不明が丘の実家に帰ろうとしている。新横浜に近づくにつれて列車のスピードは落ちて、都市近郊の騒々しい街並みをガラス窓いっぱいに映し出したあともう少しで鶴見川を越える。超えた。
 無感動である。極限まで細分化された住宅密集地を徐行して走り抜けると私は戻りたくなかった、としっかり感じた。その時、一匹のリスザルが前方から走り出して私の座席までやってきて、となりの空いているシートに乗って私を威嚇してきた。
「バカヤロウメスブタ、オカスゾ、ハゲ」
「ちょっと待って、これあげるから」
 わたしは病院から退院するときにスタッフからもらったチョコチップクッキーを猿にあげた。
「ぴぴちゃん、ぴぴちゃん、何処にいるの」
小太りな有閑マダムあるいは銀座のママ風の熟年女があたふたと重たそうな体をくねらせて自動ドアをあけてこちらの車両に乗り込んできた。
「ぴぴちゃん、いた!」と女は私の席にやってくると一瞬ぎょっとして、ご迷惑をおかけしましたと言ってリールをサルの首につけて逃げるように去っていった。
 自分の姿を窓ガラスにほんのり仰ぐと、丸坊主で手術痕がはっきりと映った。うたた寝しているうちにウイッグを落としてしまっていた。新横浜までは時間がない。幸い手荷物は殆どないのでウイッグをかぶり直し軽くセットした。隠し通さないといけないこともある。
 処女膜再生手術の怪。ふとそんな単語が頭をよぎるが手術したのは耳の刺し傷と堕胎で、電パチを何度も当てられてあの日の記憶は五百年前のもののようだ。
 過去、私は汚された。しかしそれはもう私の脳内にしか存在しない、夢かドラッグが見せる幻のように捕らえ所のないものだ。
 過去、私は淫らに性を消費した。しかしそれは食欲旺盛な中高生のように健康的な、スポーツのような運動行為で特に深い意味はなかった。私が誰かに求められた、それだけのことだ。
 現在、私は不幸でも幸福でもなく新横浜駅のグレーがかったホームに降り立ったひとりの女だ。
 おかえりなさい。ビルも道路もあなたを祝福していません。
 おかえりなさい。車も地下鉄もあなたを嫌っています。
 おかえりなさい。デパートやルミネがあなたが帰ってこなければ良かったのにと言っています。
 おかえりなさい。父も母もまた失敗しましたねと言っています。
 みんな呪っているんだよ!勇気なんて出さないで!アヤセハルカからのお願いです。
 横浜線の車内液晶いっぱいに流された私への悪意は誰かが送信しているにちがいない。こんな放送が毎日流れているわけがない。あいつらにちがいない。
 この数年間、富士の山中の精神病院に監禁され投薬されつづけていた。夜誰もいないガッチャン部屋で毎夜華やかなパーティーの妄想と、口臭女と王子と私の乱交の情景が、視覚を、そして聴覚を淫乱に脳みそを刺激して、復讐の血まみれか和解の友情か、それともただのすれ違いだったのか。私は朝まで堂々巡りの絶望感を味わいながら自慰に耽っていた。
 もっとも日光なんて射さないし昼は強い処方薬と電パチの麻酔でふらふらだから昼夜の認識も危ういものだ。事故、あれは事故だったと思い込もうとしたがやっぱ一言で言うと悔しいのである。
 電パチは記憶を消すための奴らの差し金だったに違いなく、一応成功して頭の中ではまるで江戸時代の物語のように感じられるけど、会社どうなってるんだろう。入院してるんだから失踪にはならないだろうけど、私は数年間空白な上、幻聴幻覚持ちになってしまったようだ。聞いてください、私は今自分が幾つかも分からないんですよ。あの二人の残虐なお遊びのせいで。
 警察、両親、弁護士会。どこに訴えればよいのだろう。わかっている。すべて無駄だ。数年間も結婚適齢期も戻ってこない。電車は気がつくと中山の近くを走っていて緑が眩しかった。
 かつて学生時代にLGBTQのパレードに友達と参加した。坂の多い神南あたりの垢抜けた街並みを陽光降り注ぐ中歩いて楽しかった。レズビアンでもないのに七色のフラッグを冗談で手旗信号のように振っていたら「あんたレズタチぃ?」と貧乏くさいがりがりの女装子に聞かれて可笑しかった。
 あ、脳の中の何かが一時的に私に感情を引き起こすが今現在とはまったく関係がない……。
 そのことに気がつくとまた切なくて引きずり込まれるような憂鬱……。
 涙がこぼれそうになって乗り換え駅に到着するとすぐに末尾プラス1に電話しようと思うが京介ももう25くらいになって落ち着いていることだろう。そもそも飛ばしの携帯ころころ変えて適当に遊んでいたに違いない。
 私鉄の各停乗り場にたどり着く頃思うには、数年前の自分はなんか出鱈目なことがしたく、また日常から抜け出したくてミラクルな出会いを求めていただけだった、ただそんだけで、思う存分楽しんだ代償が、ああ、それも違う、代償なんかではなく十分楽しんだのだということだ。お望み通り楽しんで、希望や願望を精一杯叶えたのだ。失敗なんかではない。ハメハメあへあへと普通のOLじゃ出来ないような奇跡的な体験をしたのかも、しれない。
 そういえば今は急行が停まる時間帯だったな、と気づいたが電車を降りるのが面倒でそのまま各駅停車に乗った。空いている。神奈川ってこんなだったっけ。サイズの大きすぎるパンツを古いダイエット広告のように穿いているような、すかすかした感じを受ける。昔、上に首都高が走っているような真夜中の大通りをひとりで歩いた時のような、大きなフレームに覆われているような感覚を覚えながら、電車は一駅一駅のろのろと曇天の下向かう。私の知らないうちに人口が減ったのかもしれない。
 急行の停まる駅に着くたびに乗客は増えて、もしもしピッコロ台からはまあまあの乗車率となって先ほどの寂しさはなくなった。人がいる。それだけで温かく心が和む。
 しかしまあこの電車のノロいこととといったら。知らない間にもしもしピッコロ台は地下化されて複々線工事も完了したみたいだがまた急行に抜かされた。相変わらずダイヤを組み立てる能力がこの鉄道会社には欠如しているようだ。 
 やっと最寄り駅につくと結構な人数が私と共に下車したけれど当然ながら誰の顔も知らない。階段を降り改札を出る。するとコンコースがまた広々と整備されて随分と立派に私の街は生まれ変わっていた。
 庶民的な、要は大ざっぱな接客で周辺住民に忌み嫌われていた電鉄系駅前スーパーはどっかの高級スーパー風に改装されていて、マルシェじゃねえよ馬鹿野郎、と私は毒づきながら放置自転車の籠にゴミを捨てた。そして右に曲がり緑園通りの商店街を車に注意しながら歩き、パスタ屋の角を曲がって我が家までの静かな住宅街を密やかに進む。あそこはリコちゃんの家だった。あのマンションはさっちゃんの。みんなお嫁に行っちゃった。さようなら。
 大きな楓の木が一本立っているその先小さな児童公園があって、はあ、どんな顔して母と弟に会おうと考え始めて憂鬱な気分が増し家の正面にきたら、建物は黒こげになって燃え朽ちていて、KEEPOUT!立ち入り禁止!神奈川県警と看板が立っていた。すぐ前の電信柱にはアラビア語教えます、と汚い貼り紙で個人の携帯番号と住所が記されていた。
 空はビニール袋を被ったように半透明で、距離感を無くして私はめまいを感じよろけた。
 
ハッピーラブカーニバル

僕は、空が好きだ。ふわふわと流れる雲を眺めながら、昼間からちょっとお酒を飲むのが好きだ。
特に春になると、別にお花見がどうこうという訳ではなく、明るい公園の芝生の上で肌寒くなるまで飲んだりしている。
「あらあら、たけるちゃん、お出かけなの」
ママの声がした。あー関わりたくない。うちのママは存命中地元でピンクの婆さんとか、意味不明が丘のメリーさんと呼ばれている。こいつと話すと全てが甘ったるくてカラフルなお菓子の世界に変ぼうしてしまうから大嫌いだった。世界観が違うのだ。しかもそのお菓子同士には細かい格付け、マカロンカーストがあって、それぞれ可愛い外観の癖にいがみ合って意地悪しあっている。同じ家で暮らして十九年になるが。やはりこいつとはなじめん。なんか、平行線なのだ。
当たり前だが人はおのおの違う倫理観や価値観で生きていて別個の存在のはずだが、ピンクの棘やピンクのペーパーナイフで僕をずたずたにし続けた。無理矢理介入して自分の気が済むとレースのブラジャーの紐をちらり見せて去る。
「ざまプラーナテラスにお出かけしてくるわね」
二度と帰れないように、電車のレールを切断したい。
「なんですのそれは。あらあらワイヤーでリュックを自作したのね。そーんな訳の分からないガラクタよりも、パパが送ってくれたプラーダのリュックが似合うわよ。あらあら、お面でせっかくの可愛いお顔が隠れちゃうわ。今日はとっても気持ちいい陽気だから、ママのこと、愛して頂戴ね、おほほほほ」
「触るな」
と、振り向いた瞬間に全てのワイヤーがパーンと弾けて、ママの耳と目玉と鼻の穴と喉と頸動脈に刺さってしまった。
「あらあらーーーーー」
ママことピンクの婆さんの最後の言葉は、あらあら、だった。
違う違う事故なんだ。でも僕は明るい玄関先でママを殺してしまったのだ。慌ててお面越しに様子を伺うと、操り人形が放置されているみたいにママは死んでいた。
頭のどこかが僕に話しかける。犯人はお前、西山たけるだ!お前は母殺しの犯人とバレたくない一心で、凶器の通学用リュックをワイヤーで作った。それはのりこさんが捨てられなかった、一昔前にクリーニング屋でもらったハンガーで、その日にのりこさんが近くによってくる事を見越してだ。そしてお前はいつも通りお面をかぶり外出しようとした!
それもそうかも知れないけど、僕は2ヶ月もかけて心を込めてあれを作ったんだ。愛の塊だったんだ 。殺すつもりで作るもんか。二つの考えが脳内でぐるぐるになってきた。殺したの事故なの殺したの事故なの殺したの事故なの、どっちーーーー。
事実として、ママは死んだ。ではお供えをしなくては。キッチンへ壁伝いに行って、ママが大好きだったブランドチョコを取ってくる。なんだかいつもの家がよそよそしく僕を囲んで、もうすでに牢屋に入れられちゃったみたいだけどあくまでも事故ですから、でも殺しちゃったんだけど、またそれか。そしてラストエンペラーのオープニングで、死んだ皇太后の口に巨大な真珠を埋め込むようにママの少し生暖かい頭を膝の上に載せて硬直した口を力任せに大きく開けて二十四個全てのチョコレートを入れた。
僕のママ、享年五十二歳。お前のママ、昭和の娼婦みたいなメイクしてるよな、といじめられた事を思い出して僕は少し泣く。恨みの行き場がなくなってしまった。そして、ブルーのアイシャドウと真っ赤な口紅をして、大量のチョコを口に含んだママの遺影をスマホで撮った。液晶越しに見るママの顔は、チョコの食べ過ぎで死んじゃったと言っても通りそうなものだった。
ともかく。僕は目玉を一回転させて猛スピードで考える。つばさお姉ちゃんが帰ってきたらどうしよう。お姉ちゃんは十二時頃いつも少し酔って帰ってくる。ママがどっかいったまま帰ってこない事にすれば、お姉ちゃんも喜ぶ、程じゃないにせよ二、三日は警察呼んだりはしないだろう。彼女もだいぶ苦しめられてきたから。パパは帰国するまでに納骨済ませておけば、全て他人事のように淡々としているに違いない。バンコクからはあと二か月帰らないし。
ママの亡骸はクローゼットの中にすっぽりと収まった。大好きなピンクの服に囲まれてさぞ幸せなことだろう。悠々自適の学生生活の始まり始まり。その時妙な文章が頭に浮かぶ。初キスはキモいロン毛男だった、汗の臭いぐっと濃くなる季節素敵だ、と。慌ててノートに書き込む。


パパとママの意向で入学したこの無難でカマトトな感じの大学は、十九歳にして養老院にいるようで生暖かかった。そんなことやってどうなるんだ、その一言で僕の進路は決まってしまった。どうにもならないかもしれないが、僕の無数にある未来の一つは握り潰された。先行きはとことん不透明だし、なんだか抱えていた大志、あるいは高く振り上げた拳は自分の腹に叩き込まれた。
その頃からだろうか、僕は自傷が好きになった。アイスピックで皮膚に穴をあけて何か収納出来そうなスペースを作ったり、腕の毛の一本一本引き抜く事に没頭したり。最近は極限まで深爪にするのにはまっている。女性を喜ばせたいのだ。
のぞみ号が高速走行するのを八号館まえの芝生広場で眺めながら、指を切って血文字で脅迫文を書いていた。誰のためにだろう。リュックは壊れたので高島屋のローズキッチンの紙袋に教材をいれて学校に来た。ここまでは意味急と地下鉄を乗り継いで四十分程かかる。ふっとズボンの股間部分が破けているのに気がついて少し恥ずかしく思う。いつだって僕は恥ずかしい。女の人をまだ知らない。僕はエロ動画のような乱れた性愛ではなく、清く結ばれたい。
「おい変質者」
顔を上げると、二人しかいない友人の双子の弟、たかやがいた。
僕はなんか切なくなって、
「これを読め、僕からのラブレターだ」
と、突発的にわけのわからない事を言ってしまった。
「お前この脅迫文洒落になんねーぞ。怖すぎ。しゅんや見なかったか」
「見ない見ない」
二人はよくあの新幹線をネタにトリックアートを撮影して喜ぶ。のぞみは速い。この街から西の街までたったの一時間半だ。もう自傷の時代でもないし。胸にJR東海って刺青でも入れてやろうか。ママも死んだし。遺産どれくらい入るか楽しみ、わくわく。
その反面悲し過ぎて踊りだしたくなる衝動をこらえていると、たかやとお揃いの服を着たしゅんやがやってきた。
「あ、今日はピカチュウだ。お面コレクション今度見せろよ」
女子が媚びた目玉を見せてしゅんやに近づいてきたがそれを巧妙にかわし、
「向こうの工学部の方でロケやってるって」
「誰」と僕とたかや。
「最悪、だよ。ブス底辺タレントの。超ブス。おまけに体重九十キロあるってよ。なんかとち狂って女優デビューするらしい」
第一回国民的おブスタレントオーディションで選ばれた奇跡のブス、最悪。なんも出来ない、面白いことも言えない。その存在は、お呼びでない人をどこまでもゴリ押しすることで、どのクラスのタレントまでのし上がっていけるのかの社会実験ともいわれ、誰がバックにいるのか謎だらけで注目されているのだがアンチがくそ多い、というより日本中を敵に回している。でも僕はそんなに嫌いじゃないかも。
おふざけで生理用品のCMに起用した企業の製品はアジア全域で売り上げを落として、女性蔑視のお笑い広告キャンペーンだとフェミニズムの団体が怒り出し、社長が引責辞任するほどの騒動になったことが記憶に新しい。
「今、キスシーンの相手役を学生の中からオーディションするとかで向こう結構人いるぜ。行こうよ」
売りが転落人生---初体験でのレイプ、パパ活、整形失敗、ドラッグ依存、コロッケ売春、隠し子---、と強烈なルックスだけのタレント、バラエティー番組でモザイクをかけて放送されて男芸人数名にボコられる時に爆発的に視聴率を上昇させるそのタレントに僕は会ってみたいと思った。日本でたった一人だけのあなたのファンですって伝えたい。
「僕も行く」

着くと、とにかくテレビに映りたい者、学外の人なども百名ぐらいだろうか、撮影隊に囲まれた最悪の向かいに列を作っていた。白い五階建ての工学部の窓からは身を乗り出してその一部始終をスマホで映すものもいる。
列の最後尾につき、審査を三人で待っていると、ADがやって来てオーディションの概要の書かれたA4の紙を渡しに来た。読むと、最悪が最も心打たれるプロポーズの言葉を放った相手が勝者、ということだった。
「俺なら、早くテレビから消えてください、だなー」としゅんやが言うとたかやが、
「一秒でも早く死んで下さい、って俺は言うよ」
本心から、この人嫌いじゃない。本当は世間で言われているほど悪い人じゃないと思う。
ただ伸ばしただけの重いストレートヘアをセンターで分け顔の輪郭をごまかしているが、豊満な二重顎は隠せない。脂肪で埋まった小さな目に無理矢理つけまつげをして肌は鈍く光るが肌理は整っている。鼻の脇に一センチ程のほくろがあり、唇は片方に引きつり、ブスとは言っても気品溢れるブスなのだ。新世代ブスタレント最悪、僕の初めての人になってほしい。
徐々に僕の番が近づく。みな罵詈雑言を浴びせているが僕は違うのだ。
「さあ次のお面の人」
「はい。最悪さん、あなたは孤高の人。本物のあなたを一目見て、僕は、恋に落ちてしまった。あなたのためにとっておきの宝物を用意しています。僕は、意味不明が丘に住んでいるんですが、行き遅れの姉を追い出して、二人で暮らしましょう。仕事なんて辞めて下さい。」
最悪は象の王様が起きだすように重たい一重瞼を開けて言葉を発した。
「宝物って、何」
「それは、僕のママの死体です」
「その死体。本物かしら」
ラブオイルのようにねばねばと話す歯並びは乱れていて、八重歯が牙のようだ。ちょっとこれは引く。
「ええ、本物ですとも。是非我が家においでください」
「なんか、オカザキキョウコみたいでシャレオツ。ちょっくら行ってきまーす」
駅前でタクシーを拾い、僕たちは意味不明が丘へ向かう。

秋の雛祭り真夏のお正月みたいに間抜けだが僕は単純にうれしい。車の中で僕らは語らう。
「あなたなんでお面付けているの」
「人が怖いからです」
「私は人じゃないわ。時代が望んだただ消費されるだけの幻像よ。さあ顔をお見せ」
「駄目です」お面は無理矢理剥がされた。
「あらっ意外に可愛らしい顔なのね。私、貴方となら結婚してもいいかも」
最悪は挑発的に胸の谷間を強調させ、僕が緊張しながらも手を伸ばすと身を引く。そしてスカートの裾を少しずつ上げて肉感的な太ももを披露して、茂みのあたりまで上げてまた下げて微笑んだ。
僕のモノは完全に勃起していて裏筋が布地に擦れて、痛い。カウパーを徐々に滲ませて、最悪は瞳を輝かせてそれを見ていた。
家について鍵を開けるや否や彼女は僕を抱きしめた。その力の恐ろしく強いこと。
「あたし、最近欲求不満なの」
僕のかちんこちんに硬直したものをそれまた恐ろしい力で握り、そのまま僕は射精しそうになった。こんな平凡な一般庶民の住む家の、いまいち片付いていない玄関先で女性に触れる経験はしたくなかったので、
「さあ、二階へどうぞ。ママの死体を」
と喘ぎながら言う。最悪嬢が一段上る度に階段は軋み家が壊れるのではないかと心配にもなったが、パパとママの寝室のドアを開けて、そしてクローゼットを開けて僕は驚いた。ママは二十五才程若返りピチピチギャルのようにダッチワイフのように死んでいた。口には大量のチョコがぶちこまれたままで、最悪嬢はそれを感情のないまなざしでじっと眺めている。
「鼻血、出てるわね。眠っているみたい。しっかしあんたの母親若作りだねえ」
「死んで若返ったみたいです。五十二才なんですけど」
彼女は手を伸ばしママの亡骸のほほに触れた。
「ふーん死体って、なんか生肉で作ったリカちゃん人形みたい。穏やかな顔してる。あ、そうだ。この死体の前で、思いっきり無礼な事、したいわん」
「無礼な事って、何ですか」
「トロくさいこと言ってんじゃねえよ。セックスに決まってんだろ」
いきなり頬を強く殴られた勢いで僕は吹っ飛びパパのベッドの上に着地した。
「あたしはねえ、レイプみたいなセックスが好みなんよ。野獣みたいに汁まみれになってね。さあ、あたしのおぱんぽんをお舐め」
最悪嬢は世界一醜い笑顔でパンティを脱ぎ捨てて、僕の顔の上に飛び乗った。
「止めてください僕、童貞なのにい」
苦しい。鼻が、口がおぱんぽんで塞がれて息ができない。初めてのエッチな体験がこんなに濃厚なものだなんて。最悪嬢に満足していただくために一生懸命口や舌を動かして、鼻水と唾液と粘液まみれになっているうちに、僕は気を失った。

「ハッピバースデイ、トゥーユー、ハッピバースデイ、トゥーユー……

 そこの部分だけ子供の癖に嬌声を使い、伸びたテープのように甘ったるい合唱が何度も反復する。幸せそうな子供が色とりどりの電球に彩られた、幼稚園児の食べ残しのような食卓を囲み、ドリーミーに歌いつづけるヴィジョンだけこびりついて離れない。平気で甘えて父親のひざに座るような、無神経で性的なものを内に秘めて大人に媚びている女児が、嫌な笑顔をしている。
 朦朧とした意識の元では、もうすぐパパがべろべろに酔っ払って家に帰ってくるから部屋に鍵をかけないととわかっている。でもかけても結局開けられて何度も何度も侵入されちゃう。それに今日はプレゼントがもらえる日だから。怖いのに体を動かすことができずに、待ちながらエロティックな気分になる。
「ママと間違えてるんだ」と思うけど、何も言えない。
 体が発する熱気が気配として伝わってくる。アルコールで完全に勃起することのない硬さの、洗っていないペニスの臭いが何度も顔に纏わりつき、背けたくても動けなくてそのうちにパパは僕の上に覆いかぶさり腰を揺らす。無理やり口の中に押し込む。不快極まりないのに股間のあたりがとろけるように良くなって、ふ、と目を開けると最悪はママの死体とレズビアンプレイを繰り広げていた。
 びっくりして再び気絶するとまた鍵の事が気になって、そのうちに巨体のパパが僕の顔をペニスで陵辱し、しびれるように、頭が熱く血液が逆流するかのように激しい興奮を伴う頭痛がして、目覚めると憂鬱で怖い。夕暮れだった。僕のものは完全に勃起している。しごいてみると夢の中のセックスのほうが気持ちよくって現実が馬鹿らしくなりまた眠る。
 するとまたパパが鍵をかけた部屋に影のように、気体のように隙間から侵入してきて、僕の顔に唾を吹きかけてペニスを押し付けつつ、挿入すべきでない穴まで刺激し、気持ちよくて動けなくて声が出せない。
 今度はパパはゼリー状になって僕の股間を柔らかく包み、上下左右に刺激して振動したりするので、僕は何度もイカせ続けられて発狂しそうで誰とエッチな事をしているのかすら一瞬忘れてしまった。
ああ、忘れていたのに!
 でも愛おしい、僕だけのパパ。暴力的で愚直なパパ。
 パパ、愛している、抱きしめて、殺したいっ。
最悪はママの死体をチョコごと食べてしまっていた。
「うーん死体のチョコがけってなかなか美味ね」
「そんなもんですかね」
「わたし、帰んなきゃ。また会いましょ、んじゃね」
遠く丹沢の山並みに夕日が沈んでいった。

学校帰り、駅の裏に児童公園があって、僕らはたまにそこでブランコを漕いでお菓子を食べる。君は僕の友達か、と、たかやとしゅんやに問うた。
「気味悪い事聞くんじゃねえよ変質者」
「百万円くれたら死ぬまで友達でいてやるよ」
僕は、
「五万円だったらどうだ」
と尋ねる。
「四、五年だろ」
「そうだ。卒業するまでの友達、かっこ、仮だな」
「じゃあ、ここに五万円あるから友達、かっこ、仮になってくれ。その代わり僕に全力投球しろ。奴隷になれとは言わない。何があっても友達として振舞え」
「お前なあ」
たかやが振りむいて着地して、
「只のキチガイならまだしも、そういうウェットなところが人を遠ざけるんだよな」
「でも俺たちはつかず離れず、要注意人物を観察する、ぐらいの感覚かもね」
そして二人同じタイミングで「最悪とやったのか」と聞いた。僕はそれを無視した。
「すげえなあ、あんな化け物に童貞捧げちゃったんだなー」
「良かったか」
「うるさい僕はまだ、童貞だ」
「ははは。そろそろ帰るか。じいちゃんが店番しろってうるせえから」
「双子の八百屋って地元じゃちょっと有名なんだぜ。お前も野菜ちゃんと食えよ。じゃあな」
二人は帰ってしまった。僕も、とぼとぼと駅に向かった。ああ、あいつらの家に居候させてもらえないかな、と思う。なんか、暖かそう。一体うちはいつからピンクの装飾で胡麻化す、嘘の塊みたいになってしまったんだろう。
意味不明が丘駅前の高級スーパーで惣菜を適当に買いいくつかの坂を登ったり降りたりしながら思う。あの家売って、あいつらの地元にちょっといい感じのマンションでも買おうかな、と考えながら鍵を探していたら後ろから、不信感と厳しさを合わせた女の声がした。
「こんにちは。最近、お母さんの姿見ないけど、どこか旅行なのぉ」
画一的な街並みが広がり、かつての新興住宅地の意味不明が丘は住民間のつながりもわりと希薄だ。基本的な挨拶以外の会話が交わされることなんて稀なのである。とりあえず隣の遠藤さんのご主人は広尾のラジオ局に勤めていて、いまはシニア社員として深夜の緊急放送を担当している事ぐらいしか知らないし、子無しなので幼なじみ的なものもなく、良くわからん浮いた存在だった。ってうちもだけど。
「色々、今はあるでしょう、ちょっと心配なのよね」
「最近母はふさぎ込んじゃって。更年期らしいです」
「あらー、そうなの。私も辛かったのよね。良く効く漢方があるの」
「そうですか、それでは」
会話を切り上げ、家の中に逃げるように入る。

大学生は忙しいのだ。レポートに予習、きちんと授業には出席。将来についてしっかりしたヴィジョンを持たないと。ママの事なんてすっかり忘れて慌ただしく生活をしていたある日、ドアのチャイムが鳴った。
「西山たける君だね。話を聞きたいんだ。単刀直入に言うと、お母さんを殺害して死体を遺棄したんじゃないのかい」
意味不明署の刑事がやって来て僕を責める。
「僕は何も知らないんです。嘘じゃありません」
「ちょっと、家の中を見せてもらうよ。令状出てるから」
遠藤がどうやら通報したようで、二十人程の警官が我が家に入ってきた。ちくしょうあのババア。
「止めてください、出ていけ」
「君はタレントの最悪と関係があるようだね。ちょっと署まで来てもらおうか」
海物語のサムのお面の僕は羽交い絞めにされてしまった。
「家に帰してください、学校に行かないと」
「おかしな点がいくつもある。話を聞かせてもらうよ」
くそ。
パトカーに乗せられつつ僕は怒りのあまり、警官達を一人一人裸にして革のベルトで締め上げて宙吊りにし、ガソリンを浣腸をすることを想像する。死ね死ねバーン!
「お面はつけたままの方が都合いいな」
「観念したようだな」
お前ら、僕の頭の中ではケツオパンポン奴隷だ。しかし現実にはがりがりの僕は意味不明署に連行されるようであった。

疑惑の大学生と殺人タレントS
なんと有名タレントが殺人に関与していた―――――
意味不明が丘の主婦失踪事件の詳細が徐々に明らかになってきた。横浜市キラキラ区の主婦・西山のりこさん(五十二)が姿を消してから一か月、ついに神奈川県警が家宅捜索に踏み込んだ。県内の大学に通う息子の少年Aは逮捕されたものの黙秘を続けている。お面をいつも付けて生活しているとの事で精神鑑定もなされている模様。一方、タレントSの便からはのりこさんの前歯のインプラントが発見された。「私は食べていない」とSは供述。Sの出演CM、テレビ番組は十二日から一斉に放送自粛され、彼女の解雇は時間の問題か――――。
僕の顔写真は一斉にネットに上げられてしまった。もうお面なしでは生きていけない。

サマーナイトフラワーズ

私が家を開ける事が多かったのは事実ですので、息子の件でどのように批判されても仕方のないことだと感じております。しかしかけがえのない我が子に出来る金銭的な事や教育などは人一倍熱心に取り組んで参りました。とは言っても結果として完成されたのはお面を被って日々生活する気味悪い息子でしたが。
一部報道で私が彼に性的虐待をしていたとされていますが、事実無根です。彼の妄想です。あれは子供の頃から妙に性的に成熟しておりましたので、洗濯機に入れる前の私や妻の汚れた下着の匂いを嗅いで脱衣所で自慰に耽っておりました。当然私はぶちました。けしからん子だと。妙な振る舞い、たとえば、昼食の八宝菜の具の大きさをメジャーで計ったりしますので、この子は異常な何か先天性のものを持っているのではないかと大きな病院に検査にも行きましたが何もありませんでした。
どうしてこんなことになってしまったのか。私は愛する妻と息子を一度に手の届かないところへ持っていかれたのです。神様は乗り越えられない試練を与えないと言いますが、私は起こった事実に直面出来ずにこの南国の地から日本への帰国を故意に長引かせております。
残った姉ももう大人ですので、不謹慎ながら私は家庭という監獄から解放されたような感覚を、正直持つこともあります。はっきり言ってあのお面を被った息子とは距離をおきたい。今はただ法の裁きを待っていて、手を下したのがよそ様ではなく妻で良かったのだ、とすら感じておるのです。
このように罪深い私ではありますが、彼や彼の姉が名門中学に合格した日、一報を聞いた時は嬉しくて、親子二人三脚で頑張ってきた甲斐があったと我が子の寝姿を眺めながら嬉し涙をこぼした時もあったのです。
やはり完全に私の教育方針は間違っていたのでしょうか。怒りのあまり手を上げたり、彼の所持物を壊したりすることも多かった。彼の十六才の誕生日パーティーの最中、些細なことから口論になって私はガラスの灰皿で彼を殴ってしまった。その直後に彼は自殺未遂をしました。
翌朝血まみれになった息子の部屋を掃除する時に、ああ、私のこれまでの行いは失敗だったのだと痛感しましたが、どのように軌道修正すれば良いのかが分からない。所詮彼との関係は平行線でした。また、後悔しているのは彼が小学受験に失敗した時に、父さんはこんな学校の校章を見たくはないと言って公立小の入学式に行かなかった事、将来は何になりたいか尋ね、弁護士と答えなかったため血が出る程ぶちのめして一晩中裸で外に放置したことなど、いくつも悔やんでも悔やみきれない事がございます。
でも老いた私は息子が怖い。
次に殺されるのは私なのかもしれないというのもありますが、何時しか意思の疎通も出来なくなった化け物になった彼が怖いのです。
あの子がどのようにして有名タレントと関係を持ったのかわかりません。何度も申し上げているように本当に知らないのです。私の仕事には彼女は関係ありません。
世間様をこんなにお騒がせして大変申し訳ございません。
ただこれだけは申し上げたいのは、私も妻とはもう二度と会えないという、被害者でもあるのです。これ以上の報道、取材はお断り申し上げたく存じます。


プリティリトルプリンセス

ここは、なんて汚くて、臭いところなんでしょう。最悪の胃の中で、わたくし、子供を産む前に戻って、カールしたロングヘアをなびかせて、パリラ、ヒールで綺麗にターンするの。ターンするたびに時間は逆戻りしてパリラーァ、ララルゥーわたくしは女学生の頃に戻りました。
毎日都電で見かけるあの方に恋をして、ふと体が触れあった時などぽっと顔が赤くなるのを感じて恥ずかしいような、気まずいような、でもあのお方への憧憬が月並みに言えば胸をくるしくさせて。花粉の季節でもないのに少しだけ目が潤んでいたわ。そうね、色で例えるなら淡いピンクと水色と黄緑のしましまリップスティックって感じかしら。
そうわたくしは穢れを知らない少女でございました。お花を摘んだり、フルーツを剥いたり、ピアノのお稽古をしたり。お母様のお手伝いをして、お父様に褒められたり。でもね、こんな日々は永久に続かないの、何故なら、わたくしはもっともっと幸せになるからよ!
そう、わたくしはお嫁さんになるの。そこで王子様のような殿方と結ばれて、可愛い赤ちゃんを生むのよ!
わたくしの王子様はどこかしら。あっあぶない、最悪が昨日食べた豆大福に躓きそうになったわ。本当にここは酷いところ。暗くて、嫌な、不潔な路上をさまよっている。なぜかしら、少しだけ悲しみがよぎって、いやいやいや。わたくしは頭を振るのよ。幸せになりたいだけ。不全感が本当は抜けないの。ていうか、本当は全て失敗だったとしたら。
ここが死後の世界なのね。
きっと最悪嬢も、本当は幸せになりたいだけ。わたくしが死んでしまった以上彼女の幸せを祈って栄養になります。
なーんて、冗談じゃないわ。ワルノナカノワルの差し金ね。たけるちゃーん、どうしているの。わたくし、生き返ってあのことは事故だと証言したくても、もう死んじゃったから出来ないのね。愛する息子が、世間様から追われて叩かれて、人生終わった人間に。
「あー、あたくしのせいでーーーーーーえ」
ワルノナカノワルは心の最奥の部分に住んでいるから、新幹線代を稼ぐために五人の男の相手をしなくちゃいけないなんて。生前のわたくしは結婚するまで性を知らなかったのよ。かなり過酷だわ。少し歩くと『ゆうかく』があった。ピンク色の内蔵がおぱんぽんの形をしていてえげつない。そこが入口なのね。わたくしのように食べられた女がそこで必死になって働いているのかしら。胃液に溶かされないために。あー恐ろしい。
勇気を出してそこに入ると。ナツキマリ、みたいな婆さんがいて片腕がなかった。
「あんた、出勤遅いよ!早く客の相手をしな。うちはピンサロだから口だけで五十ドル稼げる所なんて他にないよ。しっかしなんだねそのエロさの足りない恰好は。ホットパンツに裂け目を入れてヒップを強調させるんだよ。Tシャツの裾をインしちゃダメダメ。ブラのすぐ下で結びなさい。さあさあお客様がお待ちだよ。部屋にお行き」
「きゃー」
一番目の客は、あのときの殿方ですわ。17才のまま変わらず、端正なお顔立ちは夢で見たまま。わたくしは自分の格好や年齢を心から恥じ、夢の中のあなたを、お慕い申し上げておりました、と少女のように泣いてしまった。
そしてとても素敵なひとときを過ごしました。
二番目のお客様は、パパでございます。「のりこ、どうして私たちは、こんな風になってしまったのだろう」わからない。正直、わからない。わたくし達の育った環境は別に病んでなかったように、思う。
だとしたら偶然、ある日突然わたくし達夫婦に悪の感情が芽生えたのでしょうか。パパとわたくしは行為に及ばず抱きあって一時を過ごしました。でも五十ドルはちゃっかり頂きました。
三番目のお客様は「世間様」でございました。お部屋に入ってこられた瞬間に言い様もない圧を感じて、いらっしゃいませ、と言った瞬間にわたくしのお口は耳まで裂けました。
「なんだいその口は。全く使えないね、退職金百ドルやるから出ていきな」婆さんにつき倒されてわたくしは道端に倒れこみました。
稼いだお金は家族のためにちょっといいお肉とお刺身でも買うことにして、わたくしは歩く。歩いても歩いても小舟のように、と昔のはやり歌を口ずさんだら、小悪魔が「走りゃーええやん」とささやいて飛んで行きました。いいえ、血豆が出来ても歩きます。すると、小腸を越えて大腸を越えて最悪のアナールに近づくにつれて、ワルノナカノワルのゴミ屋敷が見えてまいりました。
「お話がございます」
肉が割れ黄緑と黄色の混じった巨大な目玉が現れてとても強い風が吹いて、わたくしのロングヘアーはぼさぼさになってしまいました。
「そなたは、西山のりこだな」
アナールの肉が盛り上がってわたくしをぶん殴る拳になりました。
危ない、と思った。その刹那凄まじい悪夢が輝きを伴ってあたくしの体を貫き。幾万もの花びらの中をフローティングしています。上昇しているのか下降しているのか。分からないままわたくしは南の島でのダイビングにちょっと似ている、と思いました。そうしたら今度は光の包帯に全身を巻かれたまま少しづつ締め上げてさらに殺されると怖くなったら北海、おそらくは最悪の膀胱に厳戒に閉じ込められる囚われの身になってしまいました。
「わたくしを元に戻して頂戴。つばさちゃんのお弁当も、たけるちゃんのお部屋のお掃除もお洗濯もわたくしがしてあげないと。みんな困ってしまうわ」
「そうだろうか。まずはこれを読み聞かせてやる。たけるが十六才の誕生日に血まみれになりながら二時間で書き上げた短編小説だ」
「あらあら、たけるちゃんにそんな才能があったなんて。わたくし、驚きだわ」

屠殺志願

人は死に時を選べないというのは全くの嘘、偽りで、自由に死を選択することが出来る。三十五才の誕生日に自らの頸動脈を切り裂くことも出来れば、四十才の誕生日に十四階の自宅から飛び降りたり、傾倒した作家の命日に腹を裂き死ぬ事だって出来る。今日の人身事故、明日の首吊り、自死を選択する人の精神は誇り高くノーブルだ。少しのやる気と根性があれば死ねる。だからあんたも死ね、西山のりこ。


精液
精液

精液
精液

のりこ

それは
恍惚、願い、欲情そのもの

何百人もの男がその鏡台の前で精を放ち乾燥し堆積したものが蝋の塊のように累々と雫を形成し悲惨に装飾されたもの、その前で僕とのりこは少しの距離を置いて自慰に耽っていた。中年ののりこの女陰から立ち上るえぐみのある液体はこの寒い部屋で気化し弱いスチームのように揺らぐ影を薄く作っていた。僕はその不愉快で憂鬱な香りを嗅ぎながらも粘度の高い汁で湿らせた男根の裏筋を微かになぞり続けることがどうしても止められない。先走りが止まらなくて滑る指先の匂いをふと嗅ぐと、懐かしい初夏のスダジイの花を思い出す。そのまま指を口に含んで塩気と射精の気配を楽しんでいるとマスター、都市の舞台裏の一角に位置するマスターベーションバー、上質な内装材が洋酒の瓶の美しさを際立たせるバーのスタイルの良い寡黙なマスターがのりこの股座からグラス一つ分の距離を置き、寒さのあまり鼻をすすりながら、でもしっかりと腐ったバームクーヘンのようなのりこの香りを深呼吸して堪能している。
カウンターに座っていたロングコートを着込んだ毛むくじゃらの客の男が突如立ち上がり乱雑に自らの一物をしごきながら僕らの間を通り鏡台までたどり着くとそこに勢いよく射精した。男は着衣を整え去っていった。のりこと僕は立ち上がりその緩やかに降下する雫を我先にと舐め回し、置いてきぼりのマスターは再びカウンターに立って下半身裸でコックリングを付けて強制的に勃起させたものの先端から透明な露をたらしながら飲み物を作っていることが僕には気配で分かる。
どうせそうなんだろ。
「君の店で売っている玉子型のオナホールとはなかなか悪趣味ね、バタイユパクったのバレバレよ」のりこと僕はザーメンと唾液の味が嫌になるほど濃厚なキスをして、鏡を見ると青白い僕の唇に赤い口紅がくっついてこれはもう心の中から消せない痕跡だと感じた。その刹那僕は猛スピードで雁首を刺激して、それだけで果てた。気がつくとマスターは僕の一撃をホットワインのグラスの中に首尾よく収め、奥に戻りそれを少しずつ口に含んでのみ干してからのりこに言った。
「夫人、社会奉仕活動はまだ軌道に乗っていないようですね」
「貴方はもう男根切断なさい、マスター。もっと女性の地位と尊厳を重視なさい」
クリアになった頭で僕は仕事に出かけなければと、傍らに死体のようにだらしなく置かれたコムデギャルソンの分厚いコートを羽織り、カウンターに紙幣を置いて外に出た。

街で一番目立つ装飾のポルノショップで、極上のいい女、もはや私のライバルは人間ではなくバービー人形と豪語する女優の出演作を今日の目玉として、路上公開された巨大なスクリーンに投影すると汚い酔っ払いがやってきて金も払わず見入っている。お前のヴァギナは黒くてでかくて美味しそうだ。コンドーム、コンドームはいかがですか。ああ貴方には必要ありませんね。性交する機会などないでしょうから。そこの薄汚い殿方。
「クリトリスが見える」
「そうなのです。この女のクリトリスは唐辛子のように赤く尖り先端から甘い汁を垂らすのでモザイクでは隠しきれないのです」僕は雄弁になってポルノコミックやオナホール、バイブレーターなどを次々と並べたてて夜の繁華街で販売する。
身長百九十センチはあろうかという巨大な汚い男は裾の短いチノパンツの股間を形がくっきりと分かるほど硬直させて、その一番感じる部分には黄色いしみが薄っすらと滲み、何週間も履き続けていることが分かる。生地のアナールとしみの部分の香りを堪能したい。裾腋臭の汚い巨大な男。腋臭男の濃厚セックス。蜜などではない。カウパーはあくまでも生臭く人間的な情感を伴う厭らしい液体、嫌悪と愛情が入り混じったような尿道から糸を引くそれは只の粘液。
粘り気。
「またこんな商品を並べて、女性を何だと思っているの」
気がつくとのりこが反ポルノ運動の腕章を付け家庭的な主婦を演じ、ぽたぽた愛液を垂らしながらそこにいた。膣に何か仕込んでいるわけではなくのりこはヒステリックにいかれている。
「撤去しなさい、こんな店社会から根絶すべきです、子供が見たらどうするの、みんなrapeしたくなるでしょ」とヒステリックに叫んだ。
「違法なことは何にもありません」
「ガソリンを浣腸して火をつけてやろうか、この青二才、オナホールをよこせ」と巨人。
「こんなポルノを見ていたら子供は偏差値が二十は下がってしまうわ」
僕は怖くなって男にローションと筒状の柔らかいシリコンを震えながら渡す。白人のように巨大なペニスにローションを塗りたくると男は挿入してくちゅくちゅくちゅと沢山の男のザーメンを浴び続ける女優の映像を斜視の茶色い目で「はー、はー、はー、あーイクっ、イクっ、イクっ」と白目を向いてのりこの反ポルノ運動の象徴である腕章にぶっかけた。サッカーチームバルサの紋章のような絵の描かれたact ageinst blue film……のりこの紋章にこびりついた精液を必死に舐めまわすと赤い口紅ののりこも果てて潮を吹いて赤ちゃんが生まれたのかと一瞬僕はびっくりした。

マスターベーションバーで物好きな客がコンドームの中に射精したものをゴミ箱からこつこつと集めた大量のザーメンで浣腸されて、濃い茶色に半透明の白が上質な和菓子のように分娩台の下に広がった。のりこの拳で僕は今処刑されようとしている。屠殺されなさいポルノキッド。僕のアナールに少しずつ、真っ赤なマニュキアを深爪に施したのりこは実はレズビアンで、アナールの奥が切り裂かれて、マスターがナイフで僕の頬を傷つける。
「お客様、コンドームの中に射精したばかりの精液をフレッシュなフルーツにたっぷりとかけて召し上がるのが一番美味しゅうございます」
「ポルノは、社会悪です。絶対に根絶しなければなりません」
のりこが僕の直腸を握って一回転させたならアナールから内蔵がひじりでるだろう。只の夢でありますようにと願いながら射精したい。しかし檻のような貞操帯でカチカチになったペニスに触れることを禁じられているので前立腺が気持ち良すぎる瞬間ぶちりと引きちぎられた。ぼろぼろの僕はぽろぽろ涙を流して、
「エッチな本やDVDを販売して、本当に申し訳御座いませんでした。これからは更生して皆さんの性処理道具になります」と無理やり言わされてしまった。
「指を切って血判を押して誓いなさいポルノキッド。そしてそれを朗読するのですな」
「もう二度とポルノには関わりません。許して下さい。ザーメンとカウパーを飲ませて下さい」マスターの巨大なペニスで顔を三度殴られて唇を雁首がゆっくりとなぞる。カウパーの細い銀の糸。
「死になさい」鼻の穴に射精されて思いっきり僕は咳き込んだ。のりこは僕の内蔵をアナールから取り出すことにすっかり夢中になっていて、「ポルノはいけません。この内蔵で世界一大きなヴァギナ型のオナホールを作りますよ。それに巨人が射精して。この街に大量のザーメンの雨が降り、健全な青少年が芝生広場で逃げまどうのよ」

「おほほほほ、顕微鏡でザーメンを観察して精子を観察することなんかに何の意味もないわ。Nonsense 精液は雲です、半透明のごみ処理ビニール袋です。死体を入れる袋です。ポルノキッドは只の肉袋になりました。そこに馬や象のザーメンを集め注入して腹を一杯に満たし、蒸し焼きにしてお通しにするのです。人肉と精液の入り混じった濃厚なエキスをカプセルに入れて、スーツの男たちの酔い覚ましにするのよ。反ポルノ運動は終わりません。ビジネスマンのおならのような体臭とザーメン、ほら御覧なさい、雲がっ、セックスしてる。子供が見たらどうするの、不謹慎よ、やんごとなきお方の亡くなった日に、雲がっ、セックスを」
のりこは、風景画を描くアーティストになった。雲の代わりに精液の噴出と雫が描かれている名画の名は希望の光だった。

「どうだのりこ。お前の業の深さが分かったか」
「ああ、たけるちゃんは、わたくしを殺したくて、わたくしに殺されたくて。ああ、涙が止まらないわ。なんて気持ちの悪い小説なんでしょう。でも、あたくしというものは、子供が少し自分の意思にそわなくなったぐらいで、責任放棄する、悪魔で鬼畜の要素を、空ーっぽの笑顔でごまかす、最っ低の偽善者だったのね」
「では地獄で煮えたぎる油と液体窒素を交互にかけられ続け二万年過ごさなければならない」
「ごめんねたけるちゃん、許して」
 胸一杯のありとあらゆる感情を込めて叫ぶ口には馬糞を強引に押し込まれて、それを飲み込むたびにしわしわの植物に体は変化していき、きこりの気まぐれでのこぎりで痛めつけられて、とても汚い、汚くて荒くれた男達が立ち小便をする目印としてさらに三万年すごしいつしか大樹になり、気づけば意味不明が丘の駅前のバスターミナルの中央で生い茂る巨木となり、排ガスで汚染されて枯れるかどうかのぎりぎりのラインで、日々女子高生がミスドに入り談笑するのをただ眺め、無視というより存在自体を意識的に認識されることのないモノとして五万年すごしました。
 計十万年、経過致しました。

ムーンデザートメイクミークライ。

いい加減に書いたものというのは、本当に見抜かれてしまうのだろうか。僕は性欲が盛んだった時期に書きなぐった文章を思い出して考える。その時形になるものと、筆者の心情、眠い、腹減った、コンビニ行きたいけど遠い、でも書く!なんて事は考えていることを表情から読み取れないポーカーフェイスみたいに至って単純なこと。乖離があるのである。ヨガをやった後に何も考えないようにガイドされて屍のポーズをとっている時だって、あー晩御飯どうしよう、喉乾いたなーとか。
みんな真剣に全力投球して生きてんのか。
僕は適当かもしれない。
拘置所で僕は同性愛者の疑いがあるからと独居に入れられてしまった。僕のセクシャリティーは曖昧で、パパの下着の匂いと最悪嬢のおぱんぽんの匂い、どちらも酷い物だった。でもぐっとくる臭さというか発情をそそるような匂いが有るのは事実で、それを僕はまだ感じたことがない。
臭いに鈍感なのだろうか。ぼくはまだ清童だ。
高い天窓からの月の光しか差し込まないこの薄暗く五月なのに冷える牢獄で一人、差し入れにもらったハーモニカを吹いていた。体育座りで小さくなって。即興で作った歌のタイトルは、にんげんになりたい、だ。人としての自由を、人としての愛情を、人としての幸せを願い、かなしい調べ、少しイヨマンテの夜に似ているこの調べを僕は気に入って何度も吹いた。
うっすらと涙が滲み、家族の事を思う。もうママには未来永劫会えないのだ。あの趣味の悪いピンクのワンピースで坂道を登る後姿を見ることもない。高すぎるヒール、年齢にそぐわない明るいカラーの白髪染め、物凄い厚化粧。全て愛おしくさえ感じるのだ。
「変態小僧、飯だ」
ドアの隙間から差し出されたトレイには茶色の漬物と麦飯と味噌汁だけ乗っていて、機械的に僕はそれらを腹にいれた。少し眠ろう、あと一回だけ、にんげんになりたいを吹いたら。
煎餅布団にくるまっていると、ほほの辺りをやわらかく何かがリズミカルに触れる感じがして、眠りかかっていた僕は目を覚ました。月の光を遮るように何かがぶらぶらと上から伸びていた。
「あたしよ」
天窓から見えたのは愛しい人の姿だった。ほほに触れたものはロープだったのだ。
「これで体を縛りな、あたしが持ち上げてあげるよ」
「最悪さん」
言われたようにロープをラフに巻きつけると、僕の体は宙に浮かんだ。がりがりで良かった。ロープが体に食い込む感覚が心地よい。僕のミューズが迎えに来てくれた。何という幸福。やっぱり僕らは森のお城で結婚するのだ。皆に祝福されて。
さよなら牢獄。天窓から完全に出るすと僕のいた独居房は一階で、逃げるのは余裕だった。
「元気だった、寒くない」
「大丈夫です。最悪さん、助けに来てくれてありがとうございます。僕は嬉しい」
涙が出てきた。
「あんたを匿ってくれる人を紹介するから、そこでしばらく過ごしてきて」
銀河一醜く微笑むと、彼女は僕の唇にそっと触れた。
「お面を途中で手に入れなさい。あんたは立派な犯罪者だから、生きていくのも大変だよ。分かっているね」。
ああ、事故である事が証明できれば
でも遺体は最悪嬢が食べてしまったからどうすればいいんだろう。
彼女はそんな僕の心のブレを見抜いたようで、
「まさかあたしを売るつもりじゃないだろうね。あんたは心根の優しい子だと思っているんだよ。だからあんたを助ける。少し世間の荒波にもまれたほうがいいけどね」
「はい」
「これから紹介するお方にきちんと御奉仕するんだよ」
小走りに警察署を後にすると、黒塗りの高級ワンボックスが止まっていてドアが静かに自動で開いた。すると中からびっくりするレベルのイケメン、派手なタータンチェックのセットアップを着て細いネクタイをルーズに締めている若い男と、なんだか安っぽいチャイナドレスを着た女がゆっくりと降りてきた。
二人は眼帯をしていて、鼻に着いた白い粉を乱暴に拭き取り、鼻水を派手に啜った。
なんだこいつら。
「失礼」そういうと若い男が露骨に鼻をほじり、でっかい鼻くそを綺麗な指で取り、ぴっ、とこっちに飛ばした。
「うきゃきゃきゃきゃきゃ、ひっひっひ」
二人とも腹を抱えて笑う。その品のないことと言ったらもう酷い物だ。僕は怖くなってお守り代わりにポケットの中のハーモニカを握る。チャイナドレスの女が近づいてきては僕の顔を穴が開くほど眺める。女は巨大な黒いコンタクトを入れていて宇宙人みたいだ。怖い怖い怖い。
「ああああーん、なっかなかの上玉じゃないですかぁ、京介様、これは丁寧に飼育して立派な奴隷に仕立て上げないと」
「おや、僕の死んだ弟を彷彿とさせる物があるよ。どうやら君のほうが年上のようだが」
そういうと京介は僕の手を取ってキスする、と思ったら、
「痛いっ」
思いっきりかみついた。
「ぎゃははっははっは、キッス、するとでも思ったぁ。さあ行くぞ目隠しをしないとね」
最悪はスタッズの沢山ついた革製のマスクを手に持つと無理やり僕にかぶせた。
「最悪さん、僕、どうなっちゃうんですかぁ」
「知らないよ、あたしは芸能界に復帰しないといけないんであんたの事はこれまでよ」
車内に放り込まれると不安のあまり身震いがした。しばらく三人は談笑し、時折大きな声で馬鹿笑いをした。タバコの匂いがする。
「あーん、耳栓して貰わないといけないですわ。全く手がかかるなあ。殺しちゃおうか」
そういうと女はウレタン製のやわらかな耳栓を僕に挿入した。牢屋にいたほうがマシだったかもしれない。
煙草の臭いと体臭が混ざって異様に大人っぽいような、不潔な香りに満ちた車内で、僕はかんがえるのを止める決心をした。静かな空間で隣に座る京介が頭を撫でてきた。思わず身を固くしていると太ももの上を枕にしたようで、頭蓋骨の硬さと髪の毛の柔らかさが安い生地の囚人服越しに伝わってきた。彼のまだあどけない体臭を感じると、僕はどこに行くとしても大丈夫かもしれない、とかすかな希望のようなものを見いだした。
車は高速に乗ったようで体の感覚が明らかに変わった。凄く飛ばしている。時折車線変更するとレザーのシートが滑って心地よい。荒いのだが、女、確か静香と言った女は運転がとてもうまかった。
晩飯の時間から推測すると意味不明署を後にして二時間は経っているだろう。徐々に尿意を催してきた。声に出してそれを伝えなくてはどうにもならないのに、自分自身に何かの戒めを課しているようで何も言えない。
最悪嬢は本気でテレビ復帰するつもりなのだろうか。殺人ブスタレントに需要なんてあるのだろうか。でも近頃はお笑い芸人でも顔をガチガチにいじくり倒して「いじってまんねん!」とか言って笑いをとる心の乱れたご時世だ。手記でも書けば売れると踏む悪徳代理店マンみたいのがいてもなんらおかしくはない。また遠い人になっちゃったな。僕の「大好き」はどんどん消え去ってしまう。しゅんやとたかやは一度面会に来てくれたが、
「じいちゃんが、もうこれ以上お前に関わるなっていうから、これが最後だ」
「ごめんな。元気でね」
その言葉だけをのこして去っていった。少し寂しそうな顔だった。深い深い孤独。そりゃそうだ。実の姉と父ですら僕のところに来ないのに、来てくれただけでスペシャルサンクスだ。
車は下道に下りたようで、速度が低下したのち少し止まった。どこかの市街地に来たらしい。信号待ちの頻度が高くなり、京介が膝から起き上がった。そして僕の耳栓を外し、なにか鼻ですする音がした。
「おはよう、って言っても分からないか。午前四時二十五分、もうすぐ日が昇るよ」
と耳のすぐ近くでささやき、微かに僕の耳を舐めた。
「あ」
すると耳たぶに思い切り噛みつき、「止めてください、痛い」というと、
「これからもっともっと痛い思いをしてもらうからねー、お前の飼い主さまのところにこれから連れていく。おまえは僕らに人身売買、つまり奴隷として売られたんだ」
「きゃはははははーぁん」静香が笑う。
「もっとも君は痛いのも結構すきみたいだから、楽しくやっていければいいがね。おい、何か言えよ」
ほほを強く叩かれた。僕はむかっとして、
「何かって、突然の事すぎて訳がわかりません!」
「いいかお前は一生地下社会で生きていくしかないんだよ。そんなことぐらい、分かるだろ」
「はい」
『まもなく、到着します、目的地まで、あと五分です』ナビが告げた。
「しっかりかわいがってもらうんだよ」というと彼らは去っていった。

アイマスクを外すと一日の始まりを告げる光の気配に包まれた、一面の田園風景だった。遠く山の稜線がくっきりと見える素晴らしい夜明けだ。鳥のさえずりが聞こえ環境的には申し分ないとても素敵な田舎だった。田んぼのヘリを軽自動車が走っていく。足元には花々が豪快に咲き乱れている。僕はここでどうなるんだろう。世界はこんなにも美しいのに。
「いいところだろう」
知らない男の太い声がして振り向くと、四十歳ぐらいの作業服を着た、ごつごつしているが素朴で子供二人ぐらいいそうな農村そのものの男がニヤニヤして立っていた。
「こっちに俺の家族がやっている定食屋があるから、取りあえず朝飯でも食え。俺の事はご主人様って呼べよ」
この人が、僕のご主人様か。言われるがままついていくと、築二十五年位の母屋の一角が定食屋になっていて、建物の周りには小川が流れていた。ここは、田んぼの中の集落らしい。飯食ったら色々してもらうからな、と言い残してご主人様は厨房に入っていった。
くつろいだ感じの木製テーブルと椅子で僕はご飯がくるのを待っていた。すると焼き魚のいい香りがしてきてなんだか幸せな気持ちにすらなっていた。
「飯食ったら、色々してもらうからな」
立派な朝定食が出てきて僕は貪り食った。食事が終わるとその場で囚人服を無理矢理ぬがされ奥に連れていかれた。
「パンツも脱げ」そしてトゲトゲのついた首輪を着けられて「椅子に手をついて四つん這いになれ」と次々と命令された。
「尻を突き出すんだよ、もっと高く、そうだそのポーズのままでいろよ」
しゅっとした音がしてアナール周りの毛を剃っている感覚がしばらく続いた後、冷たい水でシェービングフォームらしきものを流すと少しだけかみそり負けの刺激があった。
「よし、奴隷の刻印をつけないとな。何があっても動くなよ」
ご主人様はそういうと、歯医者のような音が数回して、アナールの周りに何か針が刺さったような激痛が走った。「あっ」
「動くなって言ってんだろ、作品が台無しになっちまう」
もしかして刺青を入れられているのかも。アナールそのものではなく周りが痛い。五分程たつとご主人様はマシーンの針をかえたようだった。
「今から色を入れる。今までのは筋彫りだ」
はっきり言って五倍は痛くなり、尻を突き出したまま必死で耐えていると、
「お前のアナールの周りに牡丹の花びらをつけてやったぞ」
と、ご主人様は満足げにいう。やっと、終わった。
「菊門に牡丹、そのうちに尻にでっかい唐獅子を入れてやるからな。見てみろ、鏡を床に置いてまたがるんだ」
僕は言われた通りにすると、真っ赤な花びらが僕のアナールのまわりに彫られていた。今にも飛び出しそうなリアルな牡丹。「ああっ」余りのショックに震えが来た。ピアスも入れたことがないのに。
「どうだ、綺麗だろう」
ご主人様は僕の中に指を第一関節まで入れてぴくぴく動かした。
「や、やめてください」
「これはここまでだ。次はここに座れ」
満面の笑みを浮かべて古い木製の椅子を指さした。力が抜けて柳のように腰かけると、ご主人様は細く尖った鉄製の肉串しのようなものを手に取りそれをライターであぶった。
一点に集中するような厳しさと恐ろしさを備えた表情になり僕の足元に座ったと思うと、乳首に消毒ジェルをつけて少しつぼみを転がすように弄る。場の緊張感に合わない心地よさに目を瞑った瞬間、針を突き刺し一気に貫いた。そして針を抜くタイミングでリング状のピアスを手際よく付けて、
「奴隷の刻印、第二だ」と笑う。
ご主人様の股間が膨張しきって作業服が窮屈になっているのが認識できた。サディスト。小説では読んだことがあったけれど。少しじんわりと痛みが広がり、僕は落ちるところまで落ちたのだ、そんな感傷に浸りながら、
「駄目になってしまった」と、つぶやいた。
もうこれ以上恐ろしいことが起こりませんようにと願うが、僕の願い通り、肉のオナホールになっている。願望が叶ったのだ。
でも。
ご主人様は僕の股間を弄った。
「かわいいな、まだ女も知らなんで」
そういうとさっきの鉄串を手に取って睾丸に刺そうとする。
「駄目です、それだけはやめてくださいっ、無理です」
僕は飛び上がり逃げた。しかしどっちに逃げればいいのか分からず右往左往してしまった。するとご主人様はおびえる僕のほほを思いっきり叩き、
「おめえ、奴隷なんだよ。おとなしく座れ!」と怒鳴る。
「お願いします、頼むからやめてください、ぎゃーーーっ」「じたばたすんな」
左の睾丸に圧迫感をともなう激痛がはしる。そしてまた異物感が貫き、みると直径七センチ程のリングが僕の大事な睾丸にセットされていた。
「いたいよぉ」
僕は悲しくて泣いてしまった。すると、ご主人様が僕の睾丸ピアスをちろちろと舐めて、
「最高にエロい奴隷になったな。よく頑張ったな」
と言って、縮こまった陰茎を口に含んだ。僕は泣き続ける。でもなんか心地よく、少しずつ僕のものは膨張し、ご主人様の口の中で果てた。

ご主人様に妻子はなく、年老いた母親が、行楽で訪れる客相手の定食屋を切り盛りし、彼はイチゴのハウス栽培を生業としていた。朝早く出て行き、昼には帰ってくる。
「うちのは、変態やけん、すまないね。あんたしっかり食べや、痩せとーよ」
老母は良くしてくれた。僕は首輪を常に着けられて、スタッズの沢山ついたレザーマスク、勃起した男根を受け入れるだけの大きさの穴の開いたものを身につけて、朝晩少し冷える気候を全裸で受け入れていた。
首輪にはチェーンが付けられて、飼育されている納戸の中で一番太い柱から二メートル程以上は動けず、トイレは小児用のおまるで足して、老母は晩になるとそれを片付けに来た。
汗まみれのご主人様が軽トラでハウスから帰ってくると、作業服の中で蒸れた臭い男根を口に挿入される。別に酷いことを言われるわけでも無く、彼が果てるまでの辛抱をすれば良いだけの事だったので、美味しい定食を毎日食べ、暇なときはポータブルテレビでヒルナンデスを見れば良いだけの楽ちん極まりない生活を受け入れていた。
ピアスは、徐々に痛くなくなった。お尻の左側に二週間に一回、刺青を入れられた。唐獅子だ。前に彫ったところの薄皮が、痒みを伴いながら剥け落ちるたび、新しい奴隷の痕跡をつけられ続け、夏空に季節が移ろう頃、僕は久しぶりに外に出た。
「奴隷市。知らねえだろあるんだよ、そろそろお前、飽きた」
初めてきた時と同じように目隠しをされて、車に夜中乗った。新しいご主人様に僕は売られていく。誰にも会わないで拘束されているうちに、少しだけ淡い恋のようなものをこの生活に見いだしていたのに。僕の商品価値がなくなる年齢になるまで転売されつづけるのだろうか。牛のようだ。そんな事を考えながらうとうとしているうちに、車は止まった。
逃げ出さないように手錠と足枷を付けられて、担がれて地下に下りた。ビートの激しい音楽が流れる中目隠しを外されると会場にはたくさんのマニアックな男達と、奴隷達がいた。信じられないような罵詈雑言を全身に刺青されて、アナールから玉串のようなものが何本も垂れ下がる筋肉質の奴隷。乳首と性器と太ももに大きなピアスを付けられてチェーンでそれぞれは繋げられて、分娩台の上でアナールを自ら拡張する奴隷。こいつも全身に刺青を入れられている。
「ほお、睾丸ピアスとは、なかなか愛らしい物ですな」
仮面をつけた肉厚の変態紳士がご主人様に声をかけた。
「俺の、最高傑作です。こいつのアナールを見てやってください。おいお前、四つん這いになって尻を突き出せ」
僕は、言われた通りにした。
「おお、なんて美しい唐獅子牡丹でしょうか。浣腸はしますか」
「四リットルぐらいは飲み込みますよ」
えっ、そんな事、したことないのに。
「では、主催者が牛乳浣腸を用意しているので、ステージの上に行きましょう」
僕は無理やり大観衆の前で足を拡げられて、レザーのベルトでがっちり固定された。
「おおすっげえ」
「おいあいつまだ十代だぞ、上玉の浣腸ショーだ」
美しいアナールに一堂の目が釘付けになっているのが分かる。
「坊や、少しずつ注入してあげるからね」紳士がいう。
もう、抵抗しても無駄なんだ。巨大な注射器に入れた牛乳をまず一リットル、少しお腹が痛い。次に、一リットル。「ダメです、もう出そうです」「今プラグを入れるからな」と、アナールに栓をされてしまった。 ご主人様と紳士は笑いながら僕のお腹をもみしだく。プラグは特殊な構造になっているようで栓をしながら注射器でまた一リットル入れられてしまった。
「ああ、もうだめ、出ちゃう出ちゃう」
「さいごの一リットル」
僕は壊れた。
「あひいあひい、お腹お腹、出ちゃうよよよよよよ」
「それ、今だ!」
プラグが外された瞬間、大量の便と真っ白な牛乳が天高く噴水のように弧を描くのが微かに見えた。
「ああああああ」
歯ががくがくする。
「大洪水だ」
ぶしゅうぐちょ、ぐちょ、ぶりりりり、ぴゅーい、ぶるぶる、ぶる。自分が崩壊するのを感じながら僕は、にんげんになりたいを口ずさむ。アナールからの噴出はまだ止まらない。はあはあ、にんげんに、なりたい。奴隷たちが僕の出した白濁液を四つん這いになって必死で飲んでいる。皆が拍手喝采をする。
「素晴らしいショーだ」
アナールが開きっぱなしになったのを感じながら僕は、人間になれた気がした。
…………

「先生、どうでしょうか」
私は、自死して二十年を経た教え子の母親を、群馬県の山あいの精神病院に訪ねた。私は彼が学んだ私立高校の国語教師を務めあげ、退職して十数年たった。男に媚びる嫌らしい目つきで老婆が微笑む。
「今回の作品は、ひときわアヴァンギャルドですな、お母さん。たける君の精神が鋭敏に新解釈されて、永久に不滅の人間像が抉り出されている。でも、もうこれ以上ご子息に囚われることはないんじゃないですか」
「わたくしは、鬼畜な母親です。たけるを殺したも同然です。彼が亡くなる直前に紡いだ屠殺志願の拡大解釈を命ある限りやり遂げること、それがわたくしのライフワーク。ご存知でしょう」
「でも、二十年は長すぎる。お母さん、私は今回をもってこちらに来るのを最後にしたいと思っています。体力の限界を感じました」
「そんな、じゃあ誰にわたくしの原稿を読んでもらえばいいのかしら、悲しいわ。せんせ、そんな事おっしゃらないで。たけるの記憶を共有できる方が、一人、二人と減っていくわ。お姉ちゃまはお勤めで忙しいし、パパはたけるを殺しておいてバンコクからドバイに住まいを移して」
「祈りましょう、たけるくんのために」
老いた母親はサポート期限のとうに過ぎた古いOSのパソコンで原稿を書く。精神病院の白くぼんやりと明るい空間で患者たちが群れをなす中、白髪のロングヘアーでピンクのもこもこフリースのセットアップを着た厚化粧ののりこさんは目立つ。フリースペースにいる私達の隣では高齢の患者が煎茶に砕いた煎餅をゆっくりと入れてそれをふやかして、何やら語りながらスプーンでくちゃくちゃ食べる。
彼の死を防げなかった事は、私の教員生活の中で一番心痛み後悔を生み、けして記憶からは消せない。しかしもう山奥まで車を運転するのも大変だし、何よりものりこさんの痛々しい姿を見るのがつらいのだ。
私の記憶の中ののりこさんは、名門校の華やかな父兄たちの中でもひときわ鮮やかな、大輪の花を纏った動くお人形のようだったのに。精神病院から支給されるお小遣いで購入できる安物の化粧道具では老いた表情を隠すのは無理である。しかし、七十才手前ののりこさんは下界に降りる事を拒む。
「どこでボタンを掛け違えたのかしら。ひひひ。さあ原稿を書かないと」
彼女は自分の世界にこもってしまった。さようなら、さようなら。私は席を立った。

血塗られの母歯茎に愛しき美々よ

執筆の狙い

作者 ふわふわサク
KD106128184105.au-net.ne.jp

家族の病を描きたく思い執筆致しました。
露骨な性表現と悪夢的な物を比喩として、新たな強さと後味の悪さからくる強烈なインパクトを残すのが狙いです。

コメント

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

一応全部読みました。奴隷のところがおおもしろかったです。独特なインパクトのある後味もありました。
書きたいことを書いたのかなという一見支離滅裂に思える感じだったのですが、これはこれで悪くないのかなとも思います。

ふわふわサク
KD106128190007.au-net.ne.jp

お読み頂き本当にありがとうございます。
かなり読者を限定する小説だと思っていましたので最後まで読んで頂けて心から嬉しいです。
暖かいコメントありがとうございます!!
執筆の参考に致します。

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