作家でごはん!鍛練場
アルベール・カモュ

マスト ~しなければならない

 西暦20XX年。
 東京に謎のウイルスが蔓延した。
 ロックダウンが発令され、県境は封鎖され、移動の自由は失われた。
 東京都民は、最初、自分たちが政府によって封じ込められたことに激しい反感を覚えた。
 そのため、政府や都知事に対する世論は不支持が支持を大きく上回った。
 しかし、ある日のこと。
 一人の主婦がカレンダーを見ながらぼんやりとこんなことを思った。
「もうすぐ8月になるというのに、まだウイルスの流行は終息しないのね。本当に怖いウイルスだわ。例年、夏には夫の実家に帰省する計画だったけど……はっ!」
 そう、主婦はその時、とても重大なことに気づいたのである。
「ロックダウンされていれば、帰省する必要がない、というかそもそも帰省すること自体不可能!」
 そう叫びながら、喜びのあまり、ソファから跳びあがった。
 その直後、自分のこの行動を後ろめたく思い、周りに誰もいないのを確認して、ホッと胸を撫でおろした。

 実家に帰省しなくて済む。
 しかも、ロックダウンという都合のいい言い訳もある。
 このことに気づいた大多数の都民たちは、狂喜乱舞して、現政権を支持する側に回ったのであった。

 リビングで、主婦はさりげなく夫に尋ねた。
「ねえ、あなた。夏は実家に帰省する予定だったじゃない?」
「ああ、でも今年は無理だろ」
「そうよね。ロックダウンされてるものね。残念だわ」
「しょうがないだろ。来年には解除されてるだろ」
 そう言われて、主婦は、また暗い表情になった。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「ううん。何でもない」
 そう言って、主婦は夕食の準備に取り掛かった。
 ルンルンルン♪
 主婦は気を取り直すと、来年のことはともかく、今年はとにかく地獄行きの切符を買わずに済んだことで陽気になっていた。 
「どうした。今日はやけに機嫌がいいな」
「そう? 私にはあなたがいればいいの。他は何もいらない」
 普段そんなことを思いもしなかった主婦だったが、ついそんな言葉が口から出た。夫と実家の組み合わせに比べれば、夫単独の方がまだマシというくらいの意味だったかもしれない。それほど、帰省せずに済むことが嬉しかったのである。この際、どんなリップサービスでもしてあげられそうな気がした。
 夫の方も、理由は分からないが、妻の機嫌がいいのは気分のいいことだった。
 謎ウイルスは回り回って、こんなささやかな幸福を人類に与えたようだ。まさに、試練の中で出会った幸福とでも言うべきか。
 
 主婦は緊張する手で夫の実家に電話をかけた。
「帰省したかったんですけど、今年は謎ウイルスが流行して、私たちも無症状の保菌者かもしれず、お母様がたにおうつししてはいけないと思って」
「本当に憎らしいウイルスだわねえ。でも、あんたたち若い連中からうつされたらこっちもたまったもんじゃないし、しょうがないから今年はあんたたちは東京でじっとしていなさい」 
 常にどこか命令口調の義母である。まるで、東京都民が悪者であるかのようなニュアンスも含まれているように聞こえる。そして、そんな言い方をしている自分が正義の味方のような態度。いちいち腹立つ。
「それはそうと、来年こそは孫の顔が見たいもんだねえ」
 とどめの一撃だった。
 主婦は心の中で、「クソババア」とつぶやいた。

 八王子のある安アパート。6畳一間のワンルームで、一人の男子大学生がベッドの上にあおむけになって、テレビから流れて来る謎ウイルス情報に耳を傾けていた。
「速報です。6月の感染者数はいったん減少したものの、7月に入ってまた一日の感染者数が3桁を記録しました」
 男子大学生はただただぼんやりとテレビのスクリーンを眺めている。
「毎年、夏休みは実家に帰っていたけど、今年は帰らなくていいのかな」
 とふと考えた。
「ていうか、帰れないよな。ロックダウンされてるんだし」
 ぼんやりした考えが、次第にはっきりした計画へと形を変えて行った。
「そうだ。帰らなくていいんだ。今年は帰らなくていい! これは素晴らしいことだ!」
 と彼の瞳はらんらんと輝き出した。
 彼は大学に入ってから、夏と冬は実家に帰省していた。
 しかし、彼は両親とはもともと仲が悪く、5分も会話をすれば、雰囲気が険悪となり、30分もしないうちに一触即発の危機に陥りそうになることもある。いい気分で風呂に入ろうかなと思ってから風呂に入る準備が出来るまでの間に大喧嘩になる可能性はあるし、夕食の準備にとりかかってから食卓に料理が並ぶまでに口も利かない関係になっている可能性もあるのである。
 世の中で最も血の関係が濃い親子の間でこんなことになってしまうのは、おそらく、親が子に対していつまでも支配的な感情を持ち続けるからだろう。既得権益というものはいつまでも新興勢力を抑えつけようとするし、新興勢力は既得権益と無関係に自分の道を進みたがる。親はそういった自分の地位保全の感情と子への愛情を取り違えることが多い。だから、子供の意見がどんなに正しくても、自分の権威に挑戦するように感じた時には、絶対に許さないのである。その老醜めいたプライドたるや、子への自然な愛情よりもはるかに強いのである。

 大学生が、純粋に親を想う気持ちから、たまに良かれと思って何がしかの意見を口にすれば、それだけで両親はカチンと来るらしいのだが、大学生本人としては自分の発言の何が彼らを怒らせるのか分からない。こういう時ほど、純粋な良心を汚されたという気分になることは他にない。そういうことを幼児の頃から経験して、自分の意見を言えなくなる子供もたくさんいるだろう。この世界で子供の心を一番傷つけるのは、他でもない自分の親なのである。
 両親ともども低学歴だったため、子供である大学生にはいい大学に進むことを期待した。
 結局、大学生は2流程度の国立大学に入ったのだが、それでも低学歴の両親にしてみれば、手の届かないレベルの偏差値だった。しかし、両親はその結果にどこか物足りないものを感じていたらしい。自分の子供ならもっといい大学に入れたはずだ、みたいな思いがあったようだ。日頃から父は自分が今の時代に生まれていれば一流大にも入れただろうみたいな話を始めるのである。父が大学進学出来なかったのを時代のせいにするのは、戦後の貧しい時代を考えれば確かにうなづけるのだが、一流大などというつじつまの合わない誇大妄想はやめてほしい。もし父が大学生の二流大進学を素直に喜んでくれるような父だったら、大学生は今ほど人生を不幸に感じていなかったかもしれない。
 両親は、大学生が大学に合格した時点で、そこから先の人生は大学生の好きにさせてよかったのではないだろうか。
 しかし、両親は、死ぬまで大学生の進路に口出しするつもりでいた。
 大学合格の次は上級公務員にならなければならないと指示し、上級公務員になったら、奴隷のように自分の言うことを聞く嫁を迎え、かわいい孫を産ませ、その孫を可愛がりながら余生を楽しむ。そして息子夫婦と同居し、彼らの安定した経済力で老後の面倒を見てもらう。
 そんな計画が両親の中には絶対的な予定表として君臨していたようで、その実現のためには何としても息子を自分の思い通りに管理しなければならなかったのだ。 
 だが、大学生は本当は大学を今すぐ中退してでも、音楽の道に進みたかった。音楽の道で生きて行けるなら、別に20代半ばで死んでも本望だった。だが、もちろん、音楽の道に進むといって、不安がらない親などいないことも彼は知っていた。しかも、才能などなかった。ただ、情熱にうかされてぼんやりアーティストになる夢を見る幼稚な青年だった。だから、自分もまた地に足のつかない親不孝者であることに罪深さを感じていた。
 しかし、自分の人生は自分で決めたいという気持ちはなかなか捨てられなかった。思い切りレールからはみ出したいという狂気に似た感情にさえ襲われたりもしていた。それが親との間に感情的な対立を生み出していた。
 アイデンティティの崩壊にさいなまれると、自分と両親のそれぞれの価値観のどちらが正しいのか分からなくなった。
 両親は自分の心の中に棲み着いていて、たとえ自分が実家から500キロ離れた東京で暮らしていても、彼らは常に遠隔操作で大学生の人生を操っていた。
 子供の頃から汗水たらして働いて来た真面目な両親の姿を見ていた大学生は、親を悲しませるようなことはしたくなかった。
 自分さえ生まれてこなければ、彼らもあんなに一生懸命働く必要もなかっただろうにと思うと、自分の存在が罪深く思え、とても自分の好きなように生きようとは思えないのだった。しかし、自分が生まれなくても結局彼らは汗水流して働いていたかもしれないと思うこともある。自分が生まれなかったら、他の子供が生まれていたかもしれない。結局は彼らは何人子供を産むという風に運命づけられていて、それに応じた欲望をもってセックスし、それに応じた労働を課されることになっていたのだろう。
 大学生は両親の人生の苦労に報いるために生きなければならないのだという何とも悲しい囚われの人生観を抱いていたのだが、人の親というものは知らず知らずのうちに、子供のそういう優しさにつけこんでいるものである。
 しかし、大学生の方も大人になるにつれて、自分の両親が、かつて思っていたほど尊敬に値する人物ではないということに次第に気づくようになっていた。
 確かに両親は辛い思いをたくさんして来た。しかし、その辛い思いを乗り越えて、人間的に成長した跡よりも、心がねじれて腐った人間になったような跡の方が目につくのであった。
 両親はいつも互いに互いをけなし合っていた。
 大学生は最初、父が権威主義で母を抑圧しているのだと思っていた。だが、大人になるにつれて、女の意地の悪さといったものを母が十分に隠し持っていることに気づき始めると、本当に悪いのはどちらなのか、最初に喧嘩をふっかけているのがどちらなのかが分からなくなって来たのである。
 昔は父が母を怒鳴りつけているのを見て、父が母をいじめているのだと思い込んでいた。
 しかし、自分も年齢を重ねるにつれて、母がいつも家族に対して挑発的な言動をしたり、自分の言いたいことばかり一方的に喋りまくって相手の感情や気持ちには一切配慮していなかったり、世の中の人間の悪い裏の部分ばかり見つめようとしていたり、同じ愚痴を何度も何度も年がら年中繰り返していたり、長男の妻の欠点ばかりあら探しして絶対に良い所を誉めようとしなかったり、どんなくだらない意見でも自分の意見が通らなければ我慢できないし、自分の間違いを認めずに理屈に合っていなくても他人のせいにこじつけるし、近所で優秀な学生がいると、それをまるで自分の子供のように自慢するような言い方で話したりするという謎の言動を見せたり、それでその学生より劣っている自分の息子がどういう気分になるかについては一切気遣わず、他人の手柄まで自分の手柄のように話して、そんな母こそ実は父以上に権威主義な人間だったのではないかといったことなどに気づき始めてから、だんだん母のことがかわいそうと思えなくなって来たのであった。
 長男もこの母とはもう20年ほど口をきいていないようだ。最初は長男の反抗期がいつまでも続いているのかと思っていたが、長男がそこまで嫌がるほどの何かが母の側に原因としてあったのかもしれない。それを踏まえて考えると、やはり母の方にも人間として何か邪悪で醜いものが潜んでいるのかもしれない。
 父と母の仲が悪いのはどちらに原因があるのか分からない。
 だが、もともと両親の結婚は望んだものではなかったらしい。
 父もお見合いで別の人を選べばよかったと言っていたし、母も父と結婚しなければ良かったと言っていた。
 そういう後悔の思いは世の中の多くの人は抱えていることかもしれない。
 だが、それを子供の前で言ってはいけない。
「そんな環境で子供産むな」と子供の方は思うだろう。
 本当に子どもを愛しているなら、死んでも口にしてはいけない。
 言えてしまうなら、それは子供を愛していないからだろう。こういう人たちの子供の愛し方はだいたい、表面的なものに過ぎないのだ。
 そういう禁句を子供の前で言ってしまうような出来の悪い人間だから、ろくな結婚相手が見つからなかったのだろう。
 相手以前に自分がろくでもない人間であることに気づくべきだったのだ。
  
 大学生は、両親が死ぬまで影のように自分の人生について来て、自分を管理しようとしていると感じていた。
 自分のことを愛している、自分のことが心配だ、と言いながら、それは管理したい、操りしたい、所有したいという支配的な欲求に依存して生きていることを意味しているのではなかろうか。子供が親に依存するのは、自立するまでの20年ほどだが、親の方はそれよりもずっと長い期間にわたって感情的な部分で子供に依存し続けるのである。それはほとんどストーキングレベルのしつこさである。その点では親の苦労よりも子供の苦労の方がはるかにきつい。子供はほとんど親の奴隷になるために生まれて来たようなものである。
 自分が本当に犬や猫などのペットなら、そういう支配・被支配の関係は成り立つかもしれない。
 だが、人間の場合は、子供の思慮や知性の方が親を上回ることもある。子供の目に親が下等動物のように映ってしまう時もあるのだ。
 学歴うんぬんについてはあまり言いたくないのだが、やはりしっかりと学問を修養して来なかった両親とは、話が合わないし、根本的な世界観・人生観・道徳観が違うから、こちらの善意を悪意に誤解されることも頻繁にある。
 それに、両親はどことなく、「お前は大学に進んだのを自分だけの手柄だと思うんじゃないよ。私たち両親が努力してお前たちを大学に入れてやったんだよ」というようなオーラがにじみ出ているのが子供として辛い。
 両親にとっては、子供がどれだけ苦労して進学したかということについては実はあまり感動しておらず、彼らが感動しているのは常に自分のことについてだけなのだ。自分たちの苦労話に酔ったりして、息子の大学進学もその涙なくして語れない苦労話のエピソードの一部のように扱っている。
 しかし、当の大学生からすれば、大学進学は自分の努力のたまものだし、経済的な面では両親に感謝もしているが、しかし、あくでも主役は自分であるべきなのだ。だから、出来れば自分の性格や能力に合った進路を選びたかった。だが、そうすると、常に両親が前に立ちはだかって、お前の進む道はそちらじゃない、こっちに進めと命令するのである。これが一生続くのかと思うと、大学生はふと自殺も考えたりする夜もあった。
 こういった点からも、親子の間で、それぞれの人生観がかみ合わないというすれ違いが発生しているのだった。
 実家に帰省する度、だんだん喧嘩の度合いが激しくなって行く。
「この両親は自分のことを本当は憎んでいるんじゃないのか」
 とさえ思えて、悲しい。
 帰るたびに、互いの間にある疑念や敵対心は強まって行くようだった。
 こんな思いをしてまで実家に帰る必要があるのか、と大学生は疑問に思っていた。
 そんな時に、東京がロックダウンされ、県境をまたいでの移動が禁止された。
 大学生は心に数年ぶりの春がやって来たような思いだった。
 見渡す限りの花畑が広がり、そこで穏やかな夏を過ごせそうだった。
 本当は喜んではいけないことなのかもしれない。
 謎ウイルスはいつ自分の命を奪いに来るか知れない。
 だが、そう思いつつも、やはり、実家に帰省せずに済むというのは、言葉に出来ないくらい嬉しいのだった。

「うん。残念だけど、今年は帰省は諦める。その分、公務員試験の勉強するよ。そっちも体に気をつけてね」
 残念そうな演技をするのは比較的楽だった。
 ロックダウンというちゃんとした言い訳があるので、余計な嘘をつかずに済んだからだ。
 あとは少し声のトーンを落として、ゆっくりめに話せば、残念そうに聞こえるのだった。
 大学生の本棚には公務員試験の参考書は一冊も置かれていなかった。
 音楽関係の雑誌やら楽譜やらが所せましとぎっしり並んでいるだけだった。
 彼はその中から陽気なレゲエ風の曲を選び、ギターで伴奏を奏でながら、これ以上になく自由な気分で歌った。

 今回のロックダウンがこの主婦や大学生にとって好都合だったのは、あくまでも高齢の両親のためを思ってという理由で説明できることだった。
 もし、主婦の都合とか、大学生の都合ということであれば、両親たちはどんなに法律に反していようと、「政府の言うことなんか無視して帰って来い! 親子の絆の方が大事だろう!」と叱りつけただろう。
 しかし、今回は高齢者自身が感染の恐怖に怯えているため、このロックダウンとそれによる帰省の禁止を高齢者自身の側がすんなりと受け入れたのであった。
 人類史上、ここまで完全に帰省を拒否できる理由を他に見つけられただろうか?
 
 主婦も大学生も、謎ウイルスを心から恐れていたし、日頃から対策を欠かさなかった。
 しかし、謎ウイルスよりももっと恐ろしい何かが自分の人生に常に潜んでいたことに改めて気づかされたのであった。

マスト ~しなければならない

執筆の狙い

作者 アルベール・カモュ
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西暦20××年、謎ウイルスが東京に蔓延した。その時、家族は、自分は、どうなるのか……

コメント

ドリーム
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時勢小説ですね。
東京がロックダウンして喜ぶ主婦、毎年夫の実家に帰省していたのに口実が出来て、これまで帰省するのが苦痛だったのに分かるような気がします。さてどうなると思い気や何故か、関係のない大学生が出て来たのですか?
読み直したのですが主婦と大学生との関係はが分かりません。
また大学生が大学受験するってどう言う意味でしょう。
せっかくいい感じで進んでいたのに主婦はどうなったのでしょう。面白かったのに残念です。

偏差値45
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帰省するのは、楽しみの一つ、と思っている人が多数派ではないか、とは考えます。
もちろん、その逆があっても良いのですが。
基本的に人間は自由な存在なので、帰省したくなければ、別の理由を付けても自分の意思に従う。だから謎ウイルスが有ろうが、無かろうが、関係ない気がしますね。

人間関係は、好意的な人物は近くなり、嫌悪的な人物には遠くなる。
それが自然な成り行きのような気がしますね。

やりたいこと、やらされていること。意外ときちんと理解していない人が多いですね。
人間は視野が狭くなると、大きな間違いをしている。本当は自由な選択肢があるし、
より幸福に成れるのだが、無知は不幸なのだろう。

全体的には小説というよりも、随筆に近い気がしますね。
文章そのものは読みやすいです。

shion
KD027083171050.ppp-bb.dion.ne.jp

ロックダウンによる主婦と大学生の帰省を描いたなかなかおもしろい話だと思います。主婦や大学生の心境は確かに共感できる部分もあるのですが、登場人物が考えていることと現実の相手は本当に同じなのだろうかとも思いました。失礼します。

アルベール・カモュ
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ドリーム様、感想ありがとうございます。

自分はまだ物語の構成とかを上手く練ることが出来ず、その点ではとても未熟なのです。

>また大学生が大学受験するってどう言う意味でしょう。

大学生は公務員試験を受験する予定になっています。

>せっかくいい感じで進んでいたのに主婦はどうなったのでしょう。面白かったのに残念です。

とりあえず、主婦は毎年精神的苦痛だった実家への帰省から今年は解放されてめでたしめでたしというくらいの話です。
ここから展開させるほどの構想力がまだ私には足りないみたいです。

やはり自分にはまだ読者の期待に応えられるだけの引き出しの数が足りないのだと思います。
もっとたくさん本を読みたいと思います。

アルベール・カモュ
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>偏差値45

>帰省するのは、楽しみの一つ、と思っている人が多数派ではないか、とは考えます。

そうかもしれない、と思いながらも、帰省を嫌がっている人々を主人公にした話という形で書き通してみました。

ちなみに、検索サイトで、「帰省したくない」と「帰省 楽しみ」のキーワードで検索してみたところ、
前者の方が約2千万件、後者の方が約1千万件ヒットしたみたいでした。

「帰省」だけで検索すると、約5百万程度のヒット数でした。

帰省と苦痛をセットで感じている人がものすごく世の中には多いんだなと思いました。

>より幸福に成れるのだが、無知は不幸なのだろう。

あるいは、知らない方が幸福という可能性もありますよね。
選択肢が少ない方が、迷わなくて済むから。
あまりにも選択肢が多いと、可能性というものばかりが膨らんで、「本当はなれたはずの自分」と比べて現状に不満を覚えるかもしれませんからね。
可能性が少ない方が現状を受け入れやすいという意味では現実の人生を楽に生きられるのかもしれません。
そういう意味では一本のレールの上だけを歩む人生は、いわゆる凡人には最高の生き方なのかもしれない。
レールから外れて人生を謳歌出来るのはほんの一握りの天才か狂人だけなんだろうね。

アルベール・カモュ
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>shion様

確かに、主人公の視野の狭さゆえに、この物語のような感じ方をするのかもしれません。

この大学生は世代の違いに適応できないだけでなく、たぶん、同世代の人間とも共感できない部分がたくさんありそうな気がします。
自分の殻に閉じこもっていそうです。
世代関係なく、たぶん、自分と自分以外の全ての人間という対立構造が背景にありそうです。
この話に出て来るような両親とも、上手くやれる人間はいるかもしれません。
ただ、「帰省したくない」のキーワードでヒットした人達の悩みを読んでみると、やはり、実家に毒親がいて、帰るたびにひどい言動を浴びせられるという苦しみが切々と語られておりました。
帰省が楽しいというのが、本来あるべき家族の姿だと思います。
帰省する人達っていうのは、だいたい、旅行もかねて楽しんでいるんだろうなと思いますし。
ただ、帰省したくない、というのはあまり堂々と口にして言えることではなく、それゆえ、そういった思いを胸にひそかに隠し持っている人もたくさんいるだろうなと思います。
帰省は楽しい! というフレーズは、口に出して言いやすいですけどね。

アルベール・カモュ
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>偏差値45様

>ちなみに、検索サイトで、「帰省したくない」と「帰省 楽しみ」のキーワードで検索してみたところ、
前者の方が約2千万件、後者の方が約1千万件ヒットしたみたいでした。

「帰省したくない」と比較するにはやはり「帰省したい」の方がふさわしいかなと思い、
再度「帰省したい」で検索してみたところ、「帰省したくない」とほぼ同数のヒット数でした。
五分五分ってところですかね。

夜の雨
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「マスト ~しなければならない」読みました。

導入部の主婦パートの部分は、コロナウィルスで主人の実家に帰省しなくてよくなった主婦が喜ぶエピソードが書かれていて、つかみはOKだったのですが、そのあとの大学生のパートになると、何やら説明になっていますね。
プロットみたいです。
その説明かプロットに書かれている内容はよいので、これをエピソードで展開すればと思います。
それと主婦と大学生が関連していないので、大学生の兄の嫁が導入部の主婦という設定にすればいかがですか。

狙いはよいと思います。

それでは、頑張ってください。

夜の雨
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再訪です。

>それと主婦と大学生が関連していないので、大学生の兄の嫁が導入部の主婦という設定にすればいかがですか。<

とりあえずこういう設定にしてですね、主婦が夫に「弟さん実家に帰省するのかしら」というように持っていけばよいと思います。
それで夫が弟に電話をかける。
帰省しないことがわかり、それじゃということで兄の家、または居酒屋などで飲み会をすることになる。
主婦も大学生も浮かれているので、「あら、えっさっさ~」という感じで大盛り上がりです。
大学生はカラオケも披露して「うまいのじゃない」といわれて、いよいよ、大学を卒業したら音楽の方に進みたいとか、飲み会で言い出す。
兄は親の路線に載せられてストレスが溜まっているので弟に「頑張れ、おまえならできる、俺の夢は親に潰されたが、おまえは自由に生きろ」とか言われて、のりのりの展開。

それから数日してどういうわけか、三人ともコロナに感染したりして、笑えない、オチ。

以上です。

アルベール・カモュ
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夜の雨様感想ありがとうございます。

>大学生の兄の嫁が導入部の主婦という設定にすればいかがですか。

なるほど、そうすると二つのエピソードがつながりますね。

夜の雨様の考えた話だと、話に流れや展開があって面白いですね。
確かに私の書いた大学生のエピソードは説明になっているようです。
反省します。

主婦の話の展開についてですが、
最近はテレワークが流行っているので、
「私たちも今後はテレワークで帰省させていただきます」
みたいな感じで徹底抗戦するとかはどうでしょうね。
帰省はワークなのかという疑問も生じると思いますが。
この主婦にとってはワーク以上の苦行または拷問ですから、気持ちも分からないではないですよね。
テレビ電話で帰省っていうと、実家をなめているみたいですけど、テレワークっていうと何か納得させられません?
無理かな。

アルベール・カモュ
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どうでもいい話なんですけど、テレワークにかけて「照れワーク」っていうタイトルで話書いたら面白いの書けそうですかね?
テレワークやってみたら、真正面から自分や相手の顔が画面に映し出されるから、かえって照れ臭いみたいな。
会社ではあまり関わらなかったけどずっと気になっていた人が画面に出て来て、テレワークを通して見つめ合う関係になってしまったとか。恥ずかしくて相手の目を見れないとか。画面の枠の中に拘束されて逃げ場もないしみたいな。
テレワークやったことないんで感覚が分からないんですが。
十分割くらいされれば顔も小さくなるのかな。
二分割くらいだと、めっちゃ巨大に映し出されないですか?
モニタの大きさにもよると思いますが、4Kだったらモニタでかいですよね。
実際に見るよりも、かえって大迫力で精細に映し出されてしまうような気がするんですけど、どうなんでしょうね。
顔映されるの恥ずかしいから、アバターにしようっていう動きが強まって行って、アバターでテレワークする世の中を描くとかね。
顔映されるのだとしたら、解像度320×240くらいにしてほしいな。

アルベール・カモュ
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何かもうテレワークの中の社員たちがどうぶつの森みたいなキャラになって、
VRの中のオフィスの中をかわいく歩き回って仕事するっていうのどうでしょうね?

考えてみたんですけど、相手を認識するため以外に本人の顔って必ずしも仕事上必要じゃないんじゃないかなって気がして。
つまり、アバターでも、数種類のアバターを何人かが共有するとかじゃなくて、
絶対に他人が真似出来ない排他的な唯一の特徴を持つアバターを一人が一つ保有出来れば、
生身の人間の顔じゃなくてもセキュリティ上運用可能じゃないのかな。

アバターに加えて指紋認証とか生体認証とか加えれば可能じゃない?

そっちの方がずっと仕事も楽しくなるような気がするんだけどなあ。

ただ、生身の人間とアバターとの切り替えが難しいかも。その人間が本当にテレワーク上のアバターと一致するのかどうかっていうのを見極める作業が必要になってくるかもね。

何かいろいろ難しいけど、その分小説のネタになりそうな要素が豊富な気もする。

らむれーぞん
p214.net059084059.tokai.or.jp

最初の主婦の話に対して、大学生の話が長すぎると感じます。最初の話に対して二つ目の話をより詳しく書くというのは、読者に対してこれからどういう話が展開されるのか分かりやすく伝えられるためいいと思います。しかし、大学生の話をここまで掘り下げるなら、主婦の話はぶっちゃけいらないのではないでしょうか。後から考えると主婦の部分がなんか薄い感じがします。この点は、前の方も言っているとおり、主婦と大学生に何らかの関係性を持たせることである程度解消すると思います。その場合、大学生が、主婦の義弟(主婦の夫の弟)だと、二人して同じ夫婦(主婦の義理の両親であり、大学生の両親)の事を愚痴るということになります。結果、この話題の一般性という、この話の重要な部分において説得力を欠くことになるため、そこはもう少し工夫すべきかなと思いました。

また、大学生の、母に対する愚痴の部分(「しかし、自分も年齢を重ねるにつれて、母がいつも家族に対して挑発的な言動をしたり、」からのところです。)が、特に長いです。ほかのところもそうですが、この部分は特に「削っても読者への伝わり方があまり変わらない文章」が多かった気がします。書いている途中に書きたいことが増え、結果的に文章量が増えるというのは、自分もよく陥ります。しかし、読者としては、似たような内容が続くと疲れますし、その前までの文章とのつながりが分かりにくくなってしまいます。そこを意識して削ると、もっと読みやすくなると思います。
さらに、大学生の部分に作文カロリーが集中していることで、「この部分はキャラクターではなく作者の意見なのではないか」と感じてしまいました。

最後に、コメント欄の話なのですが、作者様は
>再度「帰省したい」で検索してみたところ、「帰省したくない」とほぼ同数のヒット数でした。<
とおっしゃっていましたが、帰省したい人はわざわざツイートなどをしないが、帰省したくない人はその旨をツイートして共感を得たいからツイートする。よって「帰省したくない」の検索結果が増えるというサンプルセレクションバイアスが発生していると思います。実際は帰省を苦痛と思ってない人はもっと多いと思いますよ。

アルベール・カモュ
i223-218-110-5.s42.a014.ap.plala.or.jp

らむれーぞん様感想ありがとうございます。

私は構成がすごく苦手で、バランスのとれた構成を計算して書こうとすると左脳が活発になるせいか、
その分右脳の、直感的な部分が劣勢になってしまい、想像力が不活性化してしまうところがあります。
それは日頃からそういう性格が強く出る人間で、
あまり予定を立てずに行動した方が楽しいんですね。
予定を立てて行動すると、何となく予定の上をなぞっている感じが強くなってしまって、
義務を果たしているような気分になりがちです。
それでも、この計画通りにやれば上手くいくんだ、無難に楽しめるんだ、と思えば、
そういう風に楽しむことは出来ます。
でも、小説を書く時にはある種の衝動とかそういうのも書く原動力になるので、
思考優勢で書くと、論文ぽくなりそうになってしまいそうです。
でも、結局それを執筆でやると、その瞬間の感情を支配しているものの割合が多くなってしまいがちだと思います。

サンプルセレクションバイアス。
初めて知りました
舌がもつれそうになるので、サンセバとかに略してもいいでしょうか?
英語で言うと、サンポーゥスレークシュンバイゥスみたいな感じで一続きで滑らかな発音になるのでしょうか。
英語は英語の発音だと言いやすいと思うのですが、日本語で長い英語言うのて難しいですね。
サンプルからセレクションに移るところのルとセの間のところで舌がもつれてしまいそうになりました。
意味は試作品を選択する先入観ということでしょうか?
確かに、人に共感してもらいたいことをあえて書く傾向ありますよね。
孤独だからこそ知ってもらいたい傾向あるだろうから、不満を抱えている「行きたくない」系の方がたくさん書かれると思います。
当たり前田に楽しいことをわざわざ口にしませんよね確かに。
でも、最近のSNSを見てて思うんですけど、「勝手に一人で楽しんでればいいんじゃないの」って思えるようなことでもわざわざ自分から頻繁に発信している人も多くないですか?
SNSの世界だとむしろ「こんなに楽しんでま~す」みたいな幸せアピールの方が不幸アピールよりも多いような一面もある気がします。
だって、不幸な自分を知られたくない、隠したいって人多いと思うんです。
特にSNSの世界って、リア充な自分を見てもらいたい願望強い人多い気もするんですよね。
あと、ブログで愚痴書いても、たぶん、あんまり高評価受けないような気がします。
嘘でもセレブみたいな感じで自分の輝きをおすそわけしてあげたい系のインスタみたいなの方が人気出そうですよね。
そういうことを考えると、共感してほしい孤独系も多いと思いますが、こんなに輝いてる自分を知ってほしい系のもすごく多いから、バイアスも相殺されるのではないかという気もします。

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