作家でごはん!鍛練場
ダイズ

 あたりはすっかり夜であった。車窓から流れて見える景色はどれも真っ黒で、はっきりと自分の顔が反射してそこに映る。時々そこに映る外の街灯が蛍みたいに見えてとても季節外れな気持ちになった。 
 僕が乗っている車両は人が一人もいなく、電車が走る音が強く鳴り響いていた。駅に着き、窓が勢いよく開いた。そしてまた閉まり、緩やかに走り出した。僕はそのまま流れていくホームを眺めていたが、降りている人は一人しか確認することが出来ず、この電車に人はほとんど乗っていない事がわかった。そろそろ次の駅だろうかと、僕は外を見る。見えたのは自分である。僕は自分と目があったまま顔を自分に近づけていく。やっと外の蛍たちに焦点があった。窓に横顔をつけて電車の向かっている先を一生懸命覗くと、暗闇の中で異様に明るい光を放っている駅が見えた。僕は座り直し、視線を向かいの窓にうつした。ちゃんと締めてきた筈の黒いネクタイが右に曲がっていたので、左に少しずらす。電車が止まり、一斉にドアが開く。たくさんのドアが開くものなので、どのドアから出ようかと迷いながらも、結局一番近くのドアから外に出た。ホームには誰もいなく、僕の後ろを電車が過ぎ去っていった。暗闇の中を走っていく様は遅い流れ星のように綺麗で僕はずっと電車の後を目で追っていった。やがてあたりが静かすぎる事に気がつき、周りを見渡した。そこは誰一人いなく、寒さも相まってキーンとした空気が流れていた。改札を出るとそこにはコンビニが一つと小さい焼き鳥屋さん一軒であり、非常に閑静な街であった。遠くで電車の走る音がまだ聞こえる気がした。人が住んでいないような静かな住宅街を真っ直ぐ歩いていった。革靴の音がコツコツと響くのが少し気になり、なるべく音が出ないように歩いていた。
 すると同じ革靴の音が急速にこちらに近づいてくるのがわかり、後ろを振り返る。
 高校の同級生のタカシであった。
「久しぶり!一駅前で間違えて降りちゃって歩いてきた。それにしても何年ぶりだ?変わんないなぁシンジも」
彼の大きい声はこの静かな街に不釣り合いであり、僕は少し周りを見渡した。
 「久しぶり、4年ぶりくらいか?お前も変わんないなぁ」
 僕たちは進路に向き直り、並んで歩いた。久しぶりに会うせいもあって、僕達は少しぎこちなくて、何を話していいかさえわからなくなっていた。それでも久しぶりに見る同級生の顔は懐かしくて、安心した。僕は歩いている間何回も彼の顔を盗み見した。



 先週、親友が死んだ。 
 
 死因はバイクでの交通事故らしい。僕はその知らせを聞いた時、遊園地でお昼を食べている最中だったと思う。付き合っていた彼女と初めて遠出したデートだった。しかしお昼を食べている最中にタカシから連絡が来た。そこには「これってシュンスケじゃないよな?」という言葉とともに、ニュースの記事の画像が添付されていた。

 〜二十四歳歳男性、深夜にバイクで走行中、後ろから乗用車に追突され死亡が確認された。追突した車はその場から去り、現在も逃走中〜

 僕はその日の記憶はあまり思い出せない。ただ彼女には内緒にして一日を楽しく過ごせた事は間違いなかった。彼女はシュンスケとは無関係の人間であったから、言ってもしょうがないと思った。楽しみにしていたデートを台無しにするわけにはいかないと彼女に伝える事は辞めたのであった。あの日彼女と別れてからの記憶は鮮明に覚えている。やっと我に帰れた瞬間であった。僕は物心ついてから涙を流す事がない人間だったが、親友の死に直面し、初めて涙を流した。涙を流しながら家まで歩いた。たまに横を通る車がとても怖く感じて、途中で座り込んだりもした。
 
 次の日、僕は事故現場に献花を置きにいった。知り合いが死ぬなんて事は初めてなので、どんな花を置くのか、置き方はあるのか、など沢山のことを調べた。そんな事を調べている自分はまだまだ大人ではないと思った。
 現場に行くと、そこには既に沢山の献花が置いてあった。ジュースやお菓子も置いてあって、持って来ればよかったなと後悔した。僕は元々置いてあった献花に倣って同様に献花を置いた。
 暫くそこに立っているとそこに一人の警察官がやってきた。
 「お兄さん、被害者の方の友達?」
 「はい」
 「被害者の方ね、随分引きづられたみたいで、あっちの方で見つかったんだよね」
 そういって100メートル先の赤い看板を指差した。
 「で、ここが衝突した場所。皆さんここに花置かれてるんですね。それにしてもまだ若いのにねえ」
 僕は看板の方をぼーっと見ていた。赤い色がやけに目に刺さる。 
 警察官が歩き出そうとしていたので呼び止めた。
 「すみません、犯人ってまだ捕まっていないんですか?」
 警官はこちらを振り返る。 
「もう記事とかに出てると思いますけど今日捕まったんです。まだご存じなかったですか。酒気帯び運転だったみたいで、酷いですよね…お兄さんも本当に気をつけて下さいね」
 警察官はそういって歩き出した。しかしふとこちらを振り返る。
 「でもこの場合、気をつけようもないですね」
 そう言って警察官は献花をチラッと見て去っていった。横の道路から轟音のような車の走る音が耳をかすめていく。
 僕はそこから百メートル先のシュンスケが見つかった場所に向かって歩いた。赤い看板がどんどん近づいてきた。その看板はラーメン屋さんの看板であることがわかった。シュンスケはラーメンが大の好物であったからきっとここでラーメンが食べたいって思っていただろうか。暫くここで一人取り残されたシュンスケは意識があったのだろうか。もしかしたらすぐに助けてくれればこんなことにはならなかったのかもしれない。助けを叫んでいたのかもしれない。そう思うととてもこの場所にはいられなかった。僕は立ち去ろうとした。そこで何か硬いものを踏んだ。足をどかしてみると何かの金属の部品だった。よく見ると僕の周りには細かい部品がたくさん落ちていた。看板を見ながら歩いてきた僕には、これらの存在に気づけていなかった。僕はこれがシュンスケのバイクの部品であることはすぐわかった。赤色のバイクをよく走らせていたシュンスケ、そこには破片や、粉のように細かくなっている赤色のものがあった。他にも小さいねじがたくさん。

 「この道であってるよな?」
 タカシは夜の静けさを切り裂くように、僕に話しかけてきた。 
 「うん、確かここまっすぐ行って左に見えてくるはず」 
 僕たちは二人ともシュンスケの話をすることができなかった。の彼の話をしてしまえば、シュンスケは過去の人間になってしまうと思っているからだ。喪服まで着て、そのお通夜に向かっているというのにまだ信じられない自分がいた、タカシもきっとそうだろう。僕たちは仕事がどうであるとか、彼女がいるいないとか、同じクラスだった丸山さんが整形したとか、くだらない話題を静かな街で響き合わせていた。
 「シンジ、ネクタイ曲がってるぞ」
 そういってタカシは少し笑みを浮かべながら僕のネクタイを左にずらした後、中央に戻した。だがタカシは突然何かを思い出したかのような顔をした。
 「そういえばあれ持ってきた?お香典ってやつ。俺持ってきたんだけどよくわかんなくて」
 そういってカバンからお香典袋を取り出し、僕に見せてきた。 
 「これで大丈夫かな。こんな事初めてだからさ、よくわかんなくて。あとお焼香ってどんな感じなのかわかる?失礼なくちゃんとできるかな…」
 よく考えると僕もわからなった。お通夜なんて滅多にあることではない。僕が最後に行ったお通夜は物心つく前で覚えていなかった。いい大人であるのに、僕たちはお通夜のマナーや流れなどを知らなかった。 
 「俺、親に聞いたから多分大丈夫。タカシのもきっと平気だよ。それに何か間違っててもシュンスケは笑ってくれるだろ。お前らバカのまま変わってないって」
 「そうだな」
 会ってからようやく自然にシュンスケの名前を出すことができた。だが言った瞬間少し後悔する。僕たちは同時にシュンスケの顔を頭に浮かばせ、会話が途切れた。僕たちのすぐ横を車が猛スピードで通り抜けた。僕たちはその去っていく光をただ眺めていた。
  
 斎場についた。そこには沢山の人が見えた。中には高校の同級生がたくさんいる塊もあった。僕たちはあえてそこにはいかず、受付を探した。何やら葬儀屋のような人が案内をしていたので、二人でその通りに進む。お香典を渡し、名前を書いた。そして人が並んでいるところに誘導されたので僕らは列の後ろについた。なぜか分からないが、心臓の鼓動が強くなっていった。トイレに行きたくなった。でもこの列から乱れてはいけないような気がした。シュンスケがいるだろう部屋の入口前まで来た。お経の声が聞こえてくる。僕もタカシも斎場に着いてからまだ一言も話していなかった。ただただ前を向いてしっかりと列に並んでいた。徐々に進み部屋に入った。前にはシュンスケの顔写真が大きく飾られ、シュンスケのお兄ちゃんや、弟、両親、そしておばあちゃんらしき人などが座っており、来る人に毎回お辞儀を返していた。他にも親戚だろうか、たくさんの方々座ってシュンスケの写真を眺めていた。僕もタカシも圧倒されていた。息ができなかった。目の前にこうしてシュンスケの遺影が飾られ、お経を読まれ、皆に見守られているこの状況に、僕は、いや僕たちは初めてシュンスケの死を感じた。お経が「彼は死んだ。受け入れるんだ」と僕にしつこく説いてきた。そうして圧倒されている間にもう次が僕たちの番になった。シュンスケの遺影はとってもまぶしかった。目をそむけたくなるほど光り輝いていた。僕たちの番がきた。前の人たちに習い、シュンスケの家族にお辞儀をした。お母様とは顔見知りなので目が合った後、少し長いお辞儀を僕らにしてきた。僕らはお焼香を済ませ、その部屋を出た。まだ会話すらしていない僕たちに、同じ部活だったリクが話しかけてきた。
 「よう、久しぶり。変わんないな。しかしびっくりだよな。お前ら特に仲良かったもんな。この後シュンスケの顔見ていけるらしいからまだ帰んなよ。高校の懐かしいやつらもみんな来てるからこっち来いよ」 
 しばらく声を発していなかった僕たち二人はあいまいに頷き、リクの後をついていく。着いたときに見えた同じ高校の同級生たちがたくさんそこにはいた。皆お互いを懐かしみ、そこの空間は常にザワザワとしていた。聞こえてくる話は、仕事のことや、高校の頃の思い出話、風貌が大人っぽくなっただとかそんな会話ばかりで、まるで同窓会のようだった。しかし時折思い出したかのようにシュンスケのことを話し、涙を浮かべているような顔をした。僕は少しいやな気持ちになった。それは彼らに対してではなく、この状況でそんな見方しかできない自分にだった。僕はシンジやリクに何も言わずにその場を離れた。リクは僕をちらっと見たが、トイレに行くのだろうと思ったのか、すぐに向きなおした。シンジもそこから離れてようと歩き出したが、僕についてはこなかった。
 そして一人で壁に腰かけていると、また列ができていくのが見えた。僕はその列に並んだ。僕の前にはシンジが並んでいた。シンジは僕に気づくと、小さくこうつぶやいた。
 「ちゃんと顔見て、お別れしてこような」
 僕はまっすぐシンジを見て頷いた
 列に並んでいると、シュンスケの顔を見終えた人たちが涙を流しながら次々と列の横を戻っていった。並んでいる人たちもその人達をみてか、鼻をすすり始めた。だんだんと僕はシュンスケに近づいていく。何度みてもシュンスケの遺影は眩しくて目が痛くなった。僕はその痛みにぐっとこらえた。目に並んでいるシンジの番になった。シンジは三秒ほど棺を覗き、僕と目を合わせることなく、足早に僕の横を通りすぎた。僕の番になった。シュンスケとの思い出がブわっと蘇ってきた。最近何年も見てない僕は少しも現在の彼を想像することができなかった。少しは大人っぽくなっているのだろうか、僕はそんなことをわざと思いながら思いながら心を落ち着かせ、棺を覗き込んだ。
 息をのんだ。シュンスケの顔はとても面影を感じれるようなものではなく、事故のせいか、顔はゆがみ、傷を隠すためか、厚化粧を施されていた。僕の知っているシュンスケではなかった。それでも耳にあるほくろがあったり、優しそうな目元がシュンスケだった。シュンスケであってしまった。僕は彼に心の中で別れを告げ、戻っていった。戻っている途中から涙が止まらなかった。あの空間は僕にはまぶしすぎて目が痛くてしょうがなかった。斎場をでてすぐ横の人気のないところにいき、ひざまずいてしまった。僕は声を出して泣いた。抑えても抑えても声が出てしまった。本当にシュンスケは死んでしまった。シュンスケは本当に動かなくなってしまった。認めたくなかった現実をすべて受け入れなくてはならないと思った。どんなに視界がかすんだところで夢から覚めることはなく、涙の冷たさが僕に現実なんだと知らせてきた。 
 斎場に戻るとそこはシーンとした空気で、所々からすすり泣く音が聞こえた。さっきまであんなに話していた高校の同級生たちも静まり返り、どこか一点を見つめていた。 
 タカシの姿を探したが、見当たらなかった。

執筆の狙い

作者 ダイズ
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命について考えることがありましたので、それをテーマにして書かせていただきました。

コメント

すもも りんご
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かなり力を入れて書かれているのが伝わってきます。

ダイズ
KD175134156167.ppp-bb.dion.ne.jp

すももさん
ありがとうございます

may
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流し読みしました。失礼ですみません。
友人が死んだにしては淡々と書かれているので正直ちょっと感情移入しづらかったかな。
最初導入の景色描写や電車の寂れた感じは喪を予感させたのでよかったとは思います。
ただ人の死がテーマなのでもっと哲学的な何か掘り下げが欲しいです。
死に直面した僕の軽いエッセイ的な印象をうけました。

ダイズ
KD175134156167.ppp-bb.dion.ne.jp

コメントありがとうございます。
勉強になります。

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