作家でごはん!鍛練場
紅生姜

信頼

 夜は、一人で過ごすには寂しすぎた。ポケットにねじこんだ五百円玉は、小学生の頃に比べて軽く感じる。冷たい地面から逃げるように立ち上がれば、愛莉が俺の手に指をからませて引き留めた。男をよく知っている蛇のような目をして、俺を見上げる愛莉。
 ……そうだ。愛莉も、小学生の頃と比べて小さく感じる。あんなに、大きくて大人に見えていたのに。年の差なんて、ふたつぽっちだとあっという間に埋まってしまうものらしい。血のように赤いグロス。年齢にしては大きな胸。今は、こんなにも、小さい。

 気まぐれに唇を落とす。
 考えていたよりもたいしたことはなくて、落胆した。さらに絡まってくる指。それに任せようかと一瞬だけ考えたが、すぐにほどいた。きっとまた、落胆することになりそうで。
 ネオンが眩しい。賑やかな夜の喧騒は、寂しさを忘れさせてくれた。

「坂上、もう飯食った?」
「いや、まだだけど」

 ゲームセンターから井上が小走りにやってきて、得意気に戦利品のお菓子詰め合わせを見せてきた。さすが、毎晩お金をつぎこんで腕を磨いているだけのことはある。

「俺だけじゃ厳しいんだけど」
「貰う。いくら出せばいい?」
「百万」

 嘘だろ。俺、ポケットのも合わせて二千五百円しか持っていないんだが。
 驚いたのが顔に出ていたらしい。井上は俺を指差していっそ清々しいほど大笑いした。

「嘘だって。いらねーよ。いつか、なんかで返してよ」
「ん」

 笑われたのが気にくわなかったので、井上の好きなうまい棒をとった。悔しそうな顔をしていたが、早い者勝ちだ。栄養が偏るとか、そういう真面目なことは気にしないようにしている。ここのみんながそうだから、というよりは、自分なりの両親への抵抗だった。俺は、お前ら二人が帰ってこないせいで、こんなに不健康な生活を送ってるよ、っていう。ガキ臭いのは百も承知だ。だけど、他に方法が思い付かなかった。

 横にいたはずの愛莉は、いつの間にか消えていた。
 きっと、今夜の相手を探しに行ったのだろう。愛だの恋だの、そんなもの以前に、あいつも俺も、井上も。そして、きっとここにいるみんな。寂しさを紛らわすためにいるのだから。紛らわし方は人それぞれだ。

 後ろから、勢い良く石が転がってきて、グシャリという音と共に、井上のお菓子詰め合わせを潰した。

「ナイスヒットぉ!」
「あははははは、さすが結城先輩」
「だろ?」

 まずい。振り返ると、北の高校出身の奴等がたむろっていた。
 この辺りの最大派閥で、俺たちの属する南とは不仲。よく小競り合いが起きている。治安が悪いとか色々言われてるが、本当は殴り合いの喧嘩になることは珍しい。
 寂しさを見ないように、北の連中は喧嘩をすることが多い。だがそのほとんどは北の中でされることで、南と本気の喧嘩は、そこまで起こっていない。大事になって警察に世話になりたいわけじゃないからだ。

 見たところ五人……いや、ひょっとするとまだいるかもしいれない。

「いのう、」

 え。と言おうとして。
 俺は無駄だと悟る。井上の目の奥には激情があった。
 逃げるという選択肢はないのだろう。冷えた頭でそう考えながら、俺は気づかれないようにため息をついた。井上がおかしな行動をする前に歯止めをかけられる存在がいたほうが、まだマシだ。井上は少し感情的になりすぎるところがあるから。

 拳を固く握った。

☆……☆

「あいつら、電池持ってやがった……」

 電池を握りこんで殴るとか、それはちょっと卑怯なんじゃないかと思う。体のあちこちが痛い上に、口の中を切ったせいで鉄の味がして、不機嫌になる。

「……」

 井上は俺より悲惨で、道路に転がっているのを後で回収しなければいけない。最近牛乳飲んでないみたいだし、どこか折れてるかも。あいつの耳が、たくさんピアスをつけているせいで凶器に見える。俺の耳には一個ずつしか穴を開けていないが、痛かったのだけは覚えている。
 痛みは嫌いじゃない。

 勝ったからといって、ゲームみたいにドロップアイテムが出るわけでも、懐が温かくなるわけでもないが。時間だけが溶けていく。

 逃げていった連中を見て、嬉しそうに笑い、そのまま地面に寝転がった井上。
 たぶん、こうして時間を溶かして傷を得るのが好きな井上の根っこは、北と繋がるものがあるんだろう。俺が北じゃなくて井上たち南と絡んでいるのは、そっちのほうが好きだったからだ。

 喧嘩を売られるのを待っている南も、大差ない集団だとわかっている。
 本当は、両親が俺のことを見ることなどないことをわかっているのと同じで。

 目をそらしているだけだった。

 そろそろ、井上を起こしてやろう。
 側にいって手を貸すと、勢いをつけて井上が立ち上がった。

「やっぱり俺、お前と一緒に戦うのが一番気持ちいい」

 井上は、よく笑う。冗談も言うし、俺がどう返していいかわからない、今みたいなちょっと気恥ずかしい言葉も口にする。俺にとって井上は、大事な人間だ。だけど、代わりがないわけじゃない。寂しさを忘れさせてくれるなら、愛莉でも北の連中でも、俺は平気でつるむだろうから。
 居心地は悪くないけど特別良いわけでもない。

 そんな風に考えているから、無防備な井上の笑顔は自分の汚いところを見せつけられているようで嫌いだ。それならまだ、井上の言う通り喧嘩をしたほうがいい。
 井上は、別に返答を求めていたわけではないらしく、俺が迷っているうちにまたゲームセンターに足を向けた。そこで時間と一緒にお金も溶かして、将来役に立つかもわからない、たぶん役に立たないような技術を身に付ける。

 井上のやっていることは、学校に行ってすることと、似ているなと思った。

 俺は夜の喧騒に背を向けて、みんなよりも少し早く家に戻る。ひょっとすると、家で両親が待っていてくれるんじゃないか。そんな考えを持っていたのは小学生の頃までだが、それまでの生活リズムが一定すぎて、俺は12時を過ぎると眠くてたまらなくなるから。

 やけになって家に帰ろうとせず、2時くらいに北に見つかってボコボコにされたのは中学のとき。それから、俺は12時より前に帰ることにしている。

 家に帰ると、母親の靴と、知らない男の靴があった。父親はいなかった。
 それを見ても何も感じなくて、井上たちが早く帰らないのはこれが原因なんだろうとだけ、思う。風呂だけ入って、細々としたことをすると、すぐにベッドに潜り込んだ。
 耳はふさがず、音は頭から遮断して目を瞑る。

 すぐに眠気が襲ってきた。

☆……☆

 学校へは行く。行かずにどこかで時間を潰してもいいが、どうせ暇になる。
 テーブルに置いてあったお金を財布にいれると、靴をはく。二人の男と一人の女の靴がある。怒鳴り声はしないし、三人とも寝ているのだろう。とっくにどちらも愛は冷めているのに、まだ同じ屋根の下で暮らしている。

 歪な家族だ。
 今のところ、その歪みがなおる予定はない。

 同じ苗字を名乗っているだけの二人がいる家をあとにして、自転車に乗った。朝の澄んだ風に清められているような気がするから、自転車通学は苦ではない。雨のときはレインコートが体にまとわりついて気持ち悪いけど。

「さーかーがーみー」
「……井上おはよ」

 井上が並んだ。
 家が近いわけでもないし、学校へは一時間目から顔を出さなくてもいいのに、高確率で一緒に登校する。

「昨日は喧嘩付き合わせてごめん。痛いところない?」
「ある」

 気を遣ってないと言ってやろうとは思わない。あると言ってもないと言っても、こいつはどうせ罪悪感の欠片も抱いちゃいないし、当然のようにまた俺を喧嘩に引っ張り出すから。

「じゃあ、今度うまい棒おごってやる」
「謝罪の値段が安すぎる」
「じゃあいらない?」

 そうは言っていないだろう。「テリヤキバーガー味」と言えば、また井上が目を細めた。
 その笑顔を見たくなくて、話題を変える。たいした会話の種を持ち合わせていなかったから、昨日考えたくだらないことを話すことにした。

「ーーだから、ゲームセンターでやることと、勉強は似ているなと思った」

 ふうん、と井上が相槌を打つ。
 それっきり会話は終わりになるかと思ったが、意外なことに、井上は俺の会話に乗っかることにしたらしい。

「でもさ、時間と金で将来役に立つかわからないものを得るっていうのは他のことでも結構言えることだろ。大事なのは得たものじゃん? 役に立つかは置いといてさ」

 確かに、他のことでもいえる。すぐに浮かんだのが学校なだけらしい。
 例えば時間とお金をかけて、相手を口説き、恋人を得るとか。

「ゲームセンターでは菓子が貰える。学校ではテストの点数が貰える。でも点数は食べられないから、ゲームセンターでゲームをしていた方がいい。よし、学校やめてゲームするか?」

 結局ゲームをしたかっただけらしい。
 冗談だろうから、少しスピードを上げて学校へ行く意思を示した。

「はえーよー」

 速いと言いつつも余裕で横についてくる井上。警察に注意されるのも面倒だからスピードを落としてやる。二人とも目立つ格好をしているせいで、目に留まりやすく注意されやすい。
 コンビニに止めて朝飯を買うと、二人で食べた。
 いつから井上とこんなに一緒にいるようになったかは覚えていない。

 かなり昔からのような、つい最近のような。

 ーーそういえば。

「友達に時間とお金をかけて得られる物ってなんだろうな」

 勉強なら、点数。
 ゲームなら、景品。
 喧嘩なら、傷。
 気になる人なら、恋人。

 井上のことは友達だと思っているし、井上も友達だと思ってくれていることを疑ったことはない。ふと口から出た言葉に驚きながら、でも自分の中で納得する。
 俺はずっと、寂しさから目をそらしたくて井上とつるんでいた。

 だけどそれは得るものじゃない。
 目をそらすことは、逃げているだけだ。

 だからといって、友達に時間とお金もかけても何も得られないとは思っていない。そんな味気ないことしかやっていないのだと認めたくない。何かを見落としている気がして、落ち着かなかった。
 俺はきっと、これが気になっていたのだ。

「そりゃあ、信頼だろ~」

 いつものふざけた声音なのに、井上の目は真っ直ぐに俺を見つめている。心の奥をのぞかれているようで体がすくんだ。

「信頼?」
「そう。相手が自分に心を開いてくれるように、薄い繋がりが濃くて確かな物になるように、時間とお金を重ねていくんだよ」

 のぞかれるどころか、俺が心を開いていないことを見透かされているようだった。

「ってことでー、おにぎり一個ちょーだい」

 おにぎりを隠すこともできないほど素早く、井上の手がシャケのおにぎりを掴む。

 五百円玉も、学校の価値も、初恋も親も殴り合いの喧嘩も。
 何もかもが軽く、些末なことになっていく世界で。

 井上の存在が日に日に俺の中で重くなっていく。

「……この重いやつが、信頼か」
「え?」
「なんでもない」

 言ったらこいつはどうせ笑うから。
 笑うなら、今度は二人一緒に笑いたい。




 まだ朝なのに、夜が楽しみだった。

信頼

執筆の狙い

作者 紅生姜
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書き初めでテーマが決まってなかったのですが、書き終わったので。
中学を卒業して、こんな青春?もあったら良かったなーと妄想。
男子の友情?に憧れてまた妄想。です。

コメント

夜の雨
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「信頼」読みました。

作者さんが思っている事、書こうとしていることはナイス。
悪たれの中学生の青春が描かれていますから。
御作の友情は、主人公の坂上よりも、悪友の井上のほうに人間味があります。
この井上の人間味に主人公は憧れ、つるんでいるわけです。
彼女らしい愛莉よりも、二人の友情は篤い。
だから愛莉は二人がそろうと、ドロンしちゃうわけです。

学校や北との喧嘩、家庭などが、背景に描かれていて、そのどれにも坂上と似たり寄ったり、またはそれ以上に過酷な井上の世界がある。
井上にはそういった背景があり、傷もあるので人間的に深いのだと思います。
坂上は、そういった深い井上に友情やら信頼を重ねているのでしょうね。

主人公の坂上は少しぐれているけれども中学生らしくて、その青春が描かれていると思います。
こういった中学生の青春物は案外少ないのではありませんかね。
だから、その分貴重です。
大人には書けない文章であり、小説なので、このあたりの「商品価値は高い」と思います。

>男子の友情?に憧れてまた妄想。です。<
妄想の割に、よく書けています。
文章も上手いです。


良いものが書けると、どんどん公募とかに出せばよいのではありませんかね。

それでは、頑張ってください。

お疲れさまでした。

紅生姜
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夜の雨様

温かいコメントをありがとうございます。
井上が人間的に深い、という言葉にはっとさせられました。
私はライトノベルなど、登場人物を記号的に(ツンデレ、など)でとらえることが多く、書くときも記号を意識して、人物の行動に矛盾がないようにすることが多いのですが、今回は登場人物を記号的に書かなかったな、と思っていました。
私の書く人間は機械的だと言われることが多かったので(記号的な手法が……というよりは、私の力不足なのですが)記号的に人間を処理するよりも、考えずに書く方が自分に向いているのかもしれない、と思えました。

ありがとうございました。

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