作家でごはん!鍛練場
モモンガもん

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「裁判長、ひとこと宜しいでしょうか。僕はこの事件に関して、深い責任を感じています」
 
四月
 この春、晴れて僕は大学生になった。という喜びは、特に芽生えていない。親の勧めるがまま、神奈川にある国立大学に進学させられた。といっても、親のコネだけで入学できる時代は終わり、学校、学習塾に加え自宅では一日五時間という自習時間を経て、無事に合格したわけであった。
 ただただ国立大学に入れという宿命を、身長170cmという上背のない僕の両肩に、背負わされ、何事もなかったかのように春はやってきてしまった。この先の大学生生活が、僕にとって有意義なものになるか、甚だ疑問ではある。
「このビラの数、凄くね?」と右隣の席に座る男子学生が、さらに右隣りに座る男子に声を掛けていた。長めに伸ばした髪がウェーブし緩やかに波打っていた。これがパーマというものなのか、少し濃い彫りの深い顔立ちだった。
 初登校となる今日、キャンパス内のいたるところでサークルの勧誘ビラ配りが行われていた。彼はそのビラの数に興奮していた様子だった。
「凄いね」と、話しかけられた男子は戸惑いの相槌を打った。
「君は何枚貰ったの」と畳みかけるように僕の右隣りの学生が張り切った。全くの初対面の彼らの会話は、生産性がないようにも見える。
お互いの親睦や友好を深めようとした、建設的なやり取りではなく、ただ一方が、サークルの勧誘ビラの枚数の多さだけで、自身のマウントの有利状況を見せつける、そんなやり方だ。
「いや、僕は全然貰ってないよ。あんまり声かけられなかったから」
「あーそうだよな、そんな感じするもんね君は」ここで、彼の中で優劣がはっきりついたのか、満足そうに頷き前方に視線を戻した。右隣りの彼はその間、僕の方へ一切見向きもしなかった。
 その疑問を投げかけたのは後ろに座る女子学生だった。
「ねぇねぇねぇ、さっきからそのやり取り見てたんだけどさ、なんで左の彼にはその話振ってあげないわけ?」
 ロングヘア―の巻き髪を弾ませ、目鼻立ちの整った、云わば綺麗系の女子学生が割って入った。屈託のない笑みがこぼれ落ちそうなほど、楽しげに笑っている。なにが楽しいのか、僕は薄々気付いていた。
「あれでしょ、左の彼の方がカッコいいから自分よりビラ貰ってなさそうな右の子に話聞いちゃったわけだ」口に手をあてて、声を忍ばせて聞く辺りは相手を慮っているのか、もしくは神経を逆なでするためにワザとらしい素振りの為なのか、他人の行動は僕には読めない。
「はぁ、なに急に。お前には関係ねーだろ。男同士の会話なんだから」真後ろから飛んできた美女の指摘にうろたえたのか、男同士の会話というなら、なおのこと僕が含まれていないことを指摘されそうだな、と僕は感じた。
「じゃあ左の彼にだって聞くべきじゃない。君もなにか言ったら?」と、美人はチラと僕に視線を寄越してきた。案の定と言うべきか、やはり彼女のこの下らないやり取りに油を注ぎに来たわけだ。
 僕はうんざりする。いくら親が望んでいたであろう大学進学とはいえ、入学早々に勧誘ビラの枚数比べに付き合わされるとは思いもしなかっただろう。
「あら、いい経験になったわね。何事にも経験よ。一人暮らしも大学生活も、いい経験になるわよ」と、この件を伝えれば母はきっとそういうだろう。自分の幼いころから取るに足らないことさえも大きな経験を積んだわねと、大袈裟に喜んでいた母の顔が眼に浮かぶ。
「そうですよ、なんで僕にだけ聞いてくるのか不思議に思っていたんですよ。左の彼には聞かないのはなんだかおかしいなって」と右右隣りの彼も声をあげた。政治家に対する不満をやっとのことで声に出していえた、そんな安堵の表情が滲んでいる。
 僕は非常に面倒なことに巻き込まれていると自覚する。なにが悪かったのか、新入生ガイダンスを聞くために始業よりも四十分早く教室へ入った。思っていたよりも席が埋まっていたが空席が目立つ場所に目を付けて、僕は前後左右が空いた場所に腰を落ち着けた。特に声を掛けるでも掛けられるでもなく時間が過ぎるのを大人しく待っていた。友人を作る最大のチャンスだと言われる今日のこの瞬間に、僕はチャンスを自ら放棄した。親に言われるがままここにやってきた、特に友人を作ったりだとか、サークル活動に励だとか、校内一の美女と付き合うだとか、目標や目的が一切なかった。
 これ以上彼らと時間を無駄にしたくなかった僕は、机の下に置いてあったカバンを膝の上におき、開いた。中から綺麗に整えてあった用紙の束を取り出す。机の上におく。右手を添えて右隣りに滑らせる。
「良かったら、あげるよ」と僕はいう。右の学生の貰った倍はゆうに超えるであろうビラの束に、右の学生は苦虫を噛みつぶしたような表情に変わった。後ろの彼女は腹を抱えて、必死に笑い声をあげるのを堪えていた。右右隣りの彼は晴れやかな表情が、胸のうちに溜まった鬱積が取り除けたことを物語っていた。
「だって、これだけカッコいい彼が、ビラを貰わないわけないもんねぇ」
「そうですよ、だからあなたは左の彼に聞かなかったんですよね」
 縦横から揶揄の声は上がったが、これからの大学生活に禍根を残すような陰湿さはなかった。彼に対する称賛ともとれるいじり方だった。この四人が言葉を交わすためのデモンストレーションを彼が率先して行動したようなそんな雰囲気が僕の方にまで漂ってきてしまった。
「あたしは秋田ゆかり、女だからって遠慮しないでね」と彼女は自己紹介した。女だからって遠慮しないでねという言葉は、テレビの中だけに存在する言葉だと思っていた僕は、都会ではごく当たり前に聞ける言葉なんだと驚いた。田舎から上京してきた僕にとって彼ら都会人は新鮮に映る。
「僕は佐津間(さつま)隼人(はやと)です」右右隣りの彼も自己紹介を済ます。素朴な顔は田舎で育った芋のような印象の薄さを醸し出していた。残りは右の彼だけだ。
「はぁ、なんだよこの雰囲気は、俺も自己紹介しなきゃなんねーカンジ? 俺は早乙女守だ」と彼も二人にならって自己紹介を済ませた。
「おい、お前は何て言うんだよ」早乙女が左肘で僕を小突いた。
「え?」当然、僕はとぼけた。友達などいらない、そう親にそこまで要求されていなかったからだ。
「いやいやいや、この流れで自己紹介スルーするのは無理っしょ」と秋田が呆れた。そして、あぁ、この感じは、と僕は思い出す。高校時代のクラスメイトが同じような空気感を出していた、あの時感じたものと同じだった。これは空気読めよ、というやつだった。
「海原流(うなばらりゅう)」高校時代の苦い経験を繰り返すまいと、人並みの付き合い程度はしようと僕は改心した。あのとき周りの意見を無視し続けたことで、僕は苛めという結果を引き起こしてしまった。
 上履きを隠され、体操服を破かれ、トイレで盗撮に遭い写真をバラまかれた。全てたいしたことでもなかった。
 身体を傷つけられるわけでもなく、心がチリッと火傷するくらいの感覚だった。誰かに相談しようとも解決の糸口を見つけようとも思わなかったけど、親に勘付かれてしまった。体操服が洗濯物に出てないという習慣的な事象から母親が不審に思ったのが始まりだった。
 母の行動は素早く、僕を介さず学校に出向き僕の教室までやってきてロッカーを漁った。破れた体操服をみつけると、「これはお母さんが洗いすぎてこうなったんじゃないわよね」と確認してきた。PTAの役員をつとめる母は大事にすることはせず、何か僕にも至らない点があった、と結論付け僕への苛めはなくなった。
 解決した反面、僕や母に関わると面倒だということが校内中に広まり、高校生活で友人ができることはなかった。同じ轍を踏むわけにはいかない。
「なんか海の男って感じだな、お前の名前は」早乙女が笑う。
「あんただって早乙女とか女っぽい名前じゃん」秋田がすかさず早乙女をからかう。
「まだいいですよ。僕なんて佐津間っていう名前だからサツマイモってからかわれるんですよ」佐津間は本当に芋のようにのっぺりとした凹凸の少ない顔を悲しそうに振った。
 なにかこの空間にだけ、友情という脆く儚い幻想が張り付いているような錯覚を僕は覚えた。友情なんてありえないし、煩わしいだけだ。これは表面上の付き合いで、お互いを出汁にして卒業まで都合のいいように扱う関係だと僕は睨んだ。
「そっちで仲良くなるのは勝手だけど、僕にはそういうの必要ない。もうすぐでガイダンスが始めるし集中させてくれよ」
「何コイツ。これってフリだよな?」早乙女の眼が輝く、いたずらっ子のような不敵な眼差しだ。早乙女は僕が差し出した勧誘のビラから適当に数枚抜き出し、「俺たちで新歓に行こうぜ」と切り出した。
「いいよ、実はあたし女とつるむより男とつるんでた方が楽しんだよね」秋田はサバサバとした感じで告白した。別に女子が女子だけとつるまなくてはならない法律などないのに、さも規律に違反しているかのような物言いが、少し可笑しく感じた。
「僕も行きます。ビラが配られなかった悔しさを、新歓で晴らしてみせますよ。実は僕にも特技がありまして」と佐津間が揚々と語りだした。ちょうどそこで講師が教室に入ってきて、僕の待ちわびていたガイダンスが始まった。

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執筆の狙い

作者 モモンガもん
pl47599.ag2525.nttpc.ne.jp

ミステリー作品として、新人賞への応募を目指しています。
書きだしですが、それぞれのキャラクターの差別化が上手くいっていれば良いかなと思い、ご意見いただけたら幸いです。
よろしくお願いいたします。

コメント

ラピス
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ミステリーと聞いて出てきました。私も今年、ミステリー作品を仕上げて応募しました。仲間だー。

書ける方だと思います。

しかし、出だしが平凡つか興味を惹かれません。
文学ならこれで良いかも知れません。が、エンタメなら、主人公が興奮状態にあるシーンから始めたほうがよろしいかと。
キャラ立ては難しく、私も出来ないのですが、、、貴方のキャラにも凡庸さを感じました。(だからといって変人にする必要はないのですが。)
主人公を受身にしないほうが緊迫感が生まれ、物語が進むんじゃないかと思います。

テイキョウ
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貶して悪いけど、意味不明。サークル勧誘ビラの多寡をあなた、自慢してたのですか。単なるゴミでしたよあたしには。国立大学に親のコネが通じるわけがない、と思うのですが。

モモンガもん
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ラピスさん

お読み頂きありがとうございます。
なるほど、書き出しの部分が平凡という事ですね。
もう少し捻って書いてみようと思います。

主人公についても、検討させていただきます。ご意見ありがとうございました!

モモンガもん
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テイキョウさん

お読み頂きありがとうございます。
意味不明、ですか。手厳しいですね。
ビラはあくまでもお話、でしたのであまり本気に捉えられても…とは思います。

国立大学に親のコネ、という指摘、大変参考になりました。ありがとうございます!

大丘 忍
p1611005-ipngn200303osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

ミステリーなら冒頭に何か事件が起きることを暗示しておくべきでしょうね。単にビラの数では興味を引きません。

モモンガもん
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大丘 忍さん

お読みいただきありがとうございます。
ご指摘参考にさせて頂きます。

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