作家でごはん!鍛練場
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普通の女

最近の女という女は、どうして自分のことばかりしか頭にないのか。自らの欲求は容赦なく追求ばかりして、他人にはやけに厳しい。しかも、そういうやつに限って、ブスだったりする。
もっとも最近では顔がよい女というのはどこにでもいるようになった。ひと昔と違って女のレベルは怖いくらいに上がっている。でも、そういう見かけのいい女というのは、俺のようなどこにでもいる男から見ても、容姿がいいというだけであってあまり魅力がない。まあ、彼女らは俺のようなやつの意見など、はなから無視するに違いないが。
俺は街を一人で歩いていた。仕事を終えた人たちが街に繰り出す時間帯だ。金曜の夜。街を闊歩する女たちを俺は知らずと目で追っている。
大都会に住む男女というのは、今やほとんどが独身族だ。圧倒的な数のシングルの男女に対して、カップルというのはもはや少数派なのだ。寂しさを背中に沿って歩く、孤独な一人族がこの街のマジョリティなのだ。
何を隠そう、俺も実はその少数派の一人だった。恋人がいたのだ、ほんの数時間前までは。別れた理由は自分でもよくわからない。気がついたら喧嘩していて、いつの間にか別れていたという具合だ。
少数派から大多数派に戻った俺は、街に歩く女たちを見ると、つい批判的な目で見てしまっている。女の誰もがそれぞれにきれいであり、スタイルもいい女ばかりだ。現代というのはそういう時代なのだ。
が、一方で、彼女たちの性格はどんどんと肉食化している。ひと昔前には、男の草食化が問題視されたが、今や男女の差はどんどんと広がっているように思える。女たちは男にとってますます手の届かない存在になってゆくようでもある。
そんな社会的な矛盾も、彼女たちの耳には届かないだろう。むしろ、はたから見るとそういう自分たちで満足している様子が伺える。男を必要としなくなった現代の女たち。
俺は気持ちを晴らしたくて街に繰り出したわけだが、むしろより一層気分は虚しくなるばかりだった。
街の片隅でたまに見かけるスクリーン画面。そこにはどこかの女の顔が映し出されていた。

あなたが求めているのは、自然体な、普通の、わ、た、し・・・。

そこに映っているのは、確かに自然体な顔をした<普通の女>だった。
最近では見かけなくなった顔だ。
普通で、自然体な女というのは、ごく稀にしか見ない。
もはや世界には二つの両極端なカテゴリーしかなくなったみたいだ。一つは<理想的な顔>と体型を兼ね備えた女たち。もう一方はブスな女たち。ブスな女は生まれてから死ぬまで、ブスという枠の中で終わってしまう。いくら最先端のテクノロジーを駆使しても、世間から認められるような理想的な容姿の女性たちにはなれない。諦めるしかない彼女たちだ。
ほどほどの容姿の、いわゆる中間層にいる女たちは、世間が理想とする容姿のグループにいとも簡単に引き上げることが可能となっている。テクノロジーの恩恵を受けるにさほど経済的な負担のかかるものではなくなったのだ。エステなどは、もはや死滅している。
恐ろしくブスでない限り、彼女らはいとも簡単に、<理想的な女>へと変わることができた。それはもちろん社会的弱者からの脱却という側面があった。
俺はスクリーンに映る<普通の女>は、それが最近流行りだした会員制のクラブであることを知った。興味を惹かれ、思わず食い入るように眺めた。
顔に適度の欠陥があり、身体つきも理想的ではなく、ほどよい肉体的な弱点のある、そんな女・・・それが<普通の女>である。
もはや、<普通の女>なんて存在しないと思っていたのに。
明らかにブス派には属していない。理想的な顔とも違う。
性格的に優しいとか、そういう昔ながらの女なのだろうか。
いるわけないよな、と思いつつ、俺はそのクラブへと引き込まれるように足を向けた。そこは若い男から年配まで幅広い層の人間がいた。
何人か女を見かけたが、まぎれもない<普通の女>たちだった。
<普通の女>たちを求めて、こんなにも男たちは群がっている。まだまだこの世も捨てたものではないと、俺は嬉しくなってくる。俺一人だけじゃないんだ、と。
世の中には探せばまだ<普通の女>はかなりいるものなのだ。
でも、競争率は高そうだったし、なにより金額がべらぼうに高かった。それだけ需要があるということなのだろう。俺はすぐに外へ出た。

俺は女と別れたばかりだったためか、まだ家には帰りたくなかった。
あの女は間違いなくブスだった。最初はブスでもかまわないと、本当に思って付き合い始めた。自分の容姿を受け入れて、謙虚に一歩引いてみるとかいう古典的な女像を求めてみたもの、それがまったくの幻想であったことを思い知った。
あなたはわたしにこんなことをいった。あれはしてくれなかった、これを買ってもらえなかった、ということなすこと、すべてが自己中心的な戯言のように思えたものだ。ブスに生まれると社会的に這い上がれない、といわれる所以を垣間見た。
夜の繁華街を歩く。でも、街にわんさかといるきれいな女たちは、優越感ばかりが鼻について目が向かない。あいつらは確かにきれいだが、一度付き合い、手を出したら・・・。
確かに俺が与えるもののない、ごく普通の平凡な男でしかない。そういう男が差し出せるものといえば、健康的な肉体しかない。ああした女は、ああ、おぞましい。自らの欲望を追求するあまり、男の精を貪るのだ。まるで焼肉を食べるように。
繁華街の外れの方に向かう。そこで偶然に女が通りかかった。
みたところ普通の女である。
足はちょっと内股だし、少し太いくらいでもある。くびれ辺りだって、少しくらい肉がついていそうで、いい感じだ。顔は明らかにブスとは違う。でも、<理想の女>とも異なる。鼻は大きめだし、顔の輪郭がきれいでなくて、ズレている。
ああ、こいつは正真正銘の、<普通の女>ではないのか。
こんなところで普通に歩いている。しかも、まわりには連れの姿もないし、一人で歩いている。なんていうこの偶然、と俺は内心嬉しくなる。
通行人もいない今が、声をかける絶好のチャンスだった。
「あの、ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょうか?」
俺は感激した。これこそ<普通の女>らしい返事ではないか、と。
「実はその・・・もしそちらで時間があるのでしたら、ちょっとコーヒーでもどうかと思いまして。ほんの数分でいいんです。あなたとお話しできればいいな、と思いまして。別に怪しいものではないです。正直に思ったことをいってみただけでなんです」
俺にできることはそうやって率直でいることだけだった。自惚れではないつもりだが、自分の容姿はそうまんざらでもないと思っている。
当たって砕けろだった。それでビンタされたり、足蹴りを食らわれるようなら、それもいいさという気分だった。
「なんか正直そうな人ですね。すぐにも人柄は伝わりました。いいですよ。話を聞くくらいでしたら」
俺は内心デカくガッツポーズを決めた。
今夜の俺の幸運が信じられない。
ワンピースの下での女の胸を想像する。これは間違いなく自然の胸だ。
不自然に大きめの胸なのではなく、どちらかというと貧乳に近い。控えめな膨らみがなんとなく懐かしくさえある。この時勢において、手術をしていないとは。
こいつは正真正銘の普通の女なのだ。
俺はずっとこういう女を求めていたんだ。目の前にいるこういう女こそが、欲しかったんだ。そんな想いに俺は駆られていた。
これまでの不運だった30年という時間からの、ようやくの脱出だ。普通の女と一緒になれるかもという、これはまさに奇跡以外のなにものでもない。
信じられない出会いと、数時間前に飲んだアルコールのせいか、俺は酩酊ぎみだったのかもしれない。心から込み上げてくる気持ちに、心臓が高鳴っていた。
嬉しさのあまり、俺は女の手を握りしめて、近くに寄せると、女の首すじに軽く唇を当てた。
と、そのときー。
俺の顔は灯りによって照らされていた。
「ずいぶんと思い切ったことをしたものだな!」
俺は光の当てられた方へと、顔を向ける。そこには制服に身をつつんだ警察官の姿があった。
「それがどいうことか、わかっていてやったのかね!」
俺は呆然としていた。<普通の女>はキョトンとした顔で怯えている。
「公然猥褻罪でお前を現行犯逮捕するぞ!」
俺は暗闇から現れた警官たちに、あっという間に囲まれていた。二人組だ。
「身分証明書を見せなさい!」と、もう一人の女性警官がいった。
男の警官が俺の顔を覗き込んでいった。
「法律が改正されたことは知っているんだろうね?」
俺は頷く。
異性の手を握る、あるいはキスを公共の場である路上ですることは、法の改正によって違法となっていた。これらの行為は他人を著しく刺激させる反社会的行為と見なされるのだ。
今や一般市民はおろか、政界の中枢にまで占めるようになった<理想的な女たち>によって、国会で圧倒的に裁決された新しい法律である。また、どんな危険なウィルスがついているかもしれない、というのも彼女たちの言い分でもある。
あまりに一方的な法律と思われるかもしれないが、現代は女性優位の時代であり、当然ながら彼女たちの言い分がまかり通る世の中だ。
俺は法を犯しているのだった。
手には手錠がかけられた。
周囲には人が集まっていた。ヤジは何かいっているが、俺の耳にはまったく入ってこなかった。俺は後ろで手錠をかけられ、警官に体をがっちりと抑え込まれている。
目の前では女性警官が俺に質問を投げかけていたようだったが、 目に入ってきたのは制服の上からでもわかる大きな胸であった。ワイシャツが盛り上がっている。
メイクをしている。髪もきれいなストレートだ。
眉を吊り上げて険しい表情だが、それでもよけいに美しい顔が目立つ。伸びた足は長くて、スラリとしている。
この女性警官は、<理想の女>であったのだ。
顔を覗き込む。
あっと、思わず声が出そうになる。
俺は一瞬、この女性警察官の顔が、数年前別れた元カノにそっくりだと思えた。元カノは<
理想の女>であった。もう一度、女性警察官をよく見てみる。が、もちろん、元カノでないことは確かだ。
世間でいわれる<理想の女>というのは、みな同じような容姿になってしまっていて、あまり区別がつかないというだけのことだったに違いない。

普通の女

執筆の狙い

作者 5150
5.102.0.111

星新一や筒井康隆のようなショートsfです。
近未来が舞台になっています。
楽しんでいただけたら幸いです。

コメント

日程
p2447147-ipngn200806osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

〈普通の女〉というクラブ名に星新一味を感じて、星さんの大ファンとして痺れました。しかしオチがよく分かりません。最後に出会った普通の女の存在があまり活きていない気がしました。

夜の雨
i223-216-205-231.s42.a027.ap.plala.or.jp

「普通の女」読みました。

御作の文体はハードボイルド、タイプですね。
簡潔で客観的行動描写で主人公の内面を表現しているという感じです。
アクションをつけると、本格的なハードボイルドになりそうです。
内容についてですが、かなり面白いです、私的には受けました。
女という存在に対して主人公のうんちくがすごくいいです。

理想的な女とブス、それに「普通の女」という三種類の女性が男たちを惑わしている近未来の話。
近未来とは書かれていませんが、読んでいるとわかってくる、背景の時代が。
街の情景に近未来的な世界を書きこんでおくと、雰囲気は盛り上がるのではないかと思います。

御作を読んでいてどこが良いのかというと、男と女というものの関係とか立ち位置とか、が、見えてきます。
世の中「男と女」しかいないので、御作で描かれている男と女の話は、興味深い。
女とは何なのか、男とは何なのか。
深いところまでは描かれているとは思いませんが、急所は突いているのではないかと思います。


>俺は一瞬、この女性警察官の顔が、数年前別れた元カノにそっくりだと思えた。元カノは<
理想の女>であった。もう一度、女性警察官をよく見てみる。が、もちろん、元カノでないことは確かだ。
世間でいわれる<理想の女>というのは、みな同じような容姿になってしまっていて、あまり区別がつかないというだけのことだったに違いない。<
―――――――――――――――――――――――――――
このラストですが、わかりにくいオチになっています。

要するに、御作における理想の女の顔は、追及すると同じ顔になるということでしょう。
つまり近未来の大多数の理想の女は、同じ顔をしていたというオチ。
ショートSF的なオチにするには、上のオチよりも街を歩ていていると、すれ違う美しい女がみんな同じ顔をしていた、と書く方がよいのではないかと思いますが。


しかし御作の題材は「普通の女」なので、そこを追及するのが本筋ではないかと思いました。
だから、ラスト近くまではよかったです。
普通の女と付き合える状況になっていったので。

あくまで、主人公が普通の女へのこだわりを追及するお話にした方が、よいのではないかと思います。
その話の過程で、「理想の女」の顔がみんな似た顔になっていた、という個性がない、笑えない設定にした方がよいのでは。

お疲れさまでした。

5150
5.102.0.111

日程さま、コメントありがとうございます。

この手の作品はオチで作品の印象が かなり左右されると思うので、まずはオチの最期の一文をもう少しわかりやすく伝える表現と、そこに収斂させてゆくタメをもう少し練り直した方がよかったのかもしれません。

5150
5.102.0.111

夜の雨さま、読んで頂いて感激です。

あなた様の実に的確かつ本質をついた感想を何度も読み返しています。やりたかったことほぼすべてを読み取っていただいて、観察眼というのはこういうものだと、こちらもまた勉強になります。やはり、読み取る力って、書くときにも強力な武器になるものだと実感しています。

ショートSFって、最近では見かけないので投稿するのはどうかなと思っていたのですが、この手の作品ってオチとそこへ持ってゆく型みたいなものがあるので、再度再考してみたいと思います。

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