作家でごはん!鍛練場
文学猿

ごま油(掌編)

「ごま油」


空っぽになったごま油の容器が、油独特のテカリと手触りをもって彼の手の中に納まっている。彼は乾いた眼で手の中のそれをじっと見つめた。
彼の母親がその日、その時に限ってごま油の予備を切らしていたというのは彼にとっての最大の誤算だった。
なんたって既に、熱く熱せられたフライパンの上で白米は卵と共に絡まりながらジュウジュウと弾ける音を上げていた。ので彼は一刻も早く菜箸を持ち、そのフライパンの中身をかき回さなければならなかった。早くしないと焦げついてしまう。
しかし彼には、その事がどうも無理そうであるように感じられた。
ごま油。
熱せられたフライパンの上でジュウジュウと弾けている白米と卵の上に「ツーッ」と細い線を描きながら二周しなければならない。もちろんフライパンの上を菜箸でかき回す前にだ。
けれどもごま油は見つからない。予備がどこにも無いのだ。彼は使い切られたごま油の瓶を床の上に転がした。


日曜日。彼は常温で、どうしようもなく重たい頭を引っ提げながら、何とかしてチャーハンを作り上げようとしている。
キッチンのシンクには洗い物が溜まっている。致命的な量ではない。シンクの底が見えない程度。その上にキッチンに面した窓からの光が被さる。正午前の明るくて、真っ直ぐで、目の奥を刺していじめるような光。そんな光はシンクの皿に張られた水の少しの濁りと何かの沈殿を明るく照らし出した。

彼はそんなキッチンを片付けたり、事前に材料をカウンターに並べたりすることも無く、唐突に、卵を割りそれを昨日の残り物であるところの白米とボールの中で和えてしまった。そして、その勢いで、予熱していたフライパンにそれらを「ドン」と落とし込んだのだ。

しゃがみ込んでごま油の予備を探す彼の頭上でフライパンの上の白米と卵はジュウジュウと音を上げ続けていた。彼の膝が接するキッチンの床もこれまたザラザラしている。
彼が戸棚の下段を開けても、冷蔵庫を開けても、どこにもあのツルツルのフィルムで包まれたごま油のプラスチックボトルは見つからなかった。また、床下収納も同様だった。床下収納には何年も出入りをしていないらしい一塊の空気と共に蚤の市のようなガラクタ類が押し込まれていた。
彼は立ち上がり、母親に向かってごま油の所在を訊くため声を張り上げようとした。が、直前でそれは無意味なことだと気が付いた。キッチンと繋がるリビングに今日は誰もいない。そして明かりもつかないままの家は、静かに冷え込んでいた。
フライパンの上で弾ける音が心なしか小さくなっていた。彼は既にキッチン中を全て探し尽くしていた。それでもごま油は見つからない。

彼はおかしいなと思った。彼の母親はキッチンにあらゆる物の予備を準備していた。いつ何が亡くなってもいいように、だ。
事実、彼がごま油を探すと、沢山の調味料やらなんやらの予備が戸棚からは現れた。塩や醤油はもちろん、ナツメグやらバルサミコ酢やら八角についても予備が母親によって準備されていた。ごま油だけが無かった。
彼はもう一周、キッチンを探し始めた。今度は探し漏れが無いように、棚やら冷蔵庫やらに仕舞い込まれている調味料を全部、床に並べていった。
灯油販売車が家の前を音楽を流しながら通り過ぎていった。
彼は並べ続けた。
正午になったせいか、あるいは太陽が雲に隠されたせいか、窓からの光は差し込まなくなっていた。水が張られた食器皿は薄暗いシンクの底で時々垂れてくる蛇口からの水滴を水面として受け止め続けていた。
彼によって調味料たちが大挙して床の上に並んだ。開けっ放しになった戸棚の中は奥が覗き込めないほどの真っ暗になっていた。
こうして並んだ調味料たちを見ていると彼は、ここが急に静かになったように感じた。まるでよく晴れた街の真ん中みたいに。ガスの燃える音だけが、ずっと頭上から聞こえる。
ただ唯一、空っぽになったごま油の瓶だけが床の上に乱雑に転がされている。彼は何となくそれを手に取った。ごま油の瓶はとても軽かった。存在そのものを否定するくらいに軽かった。こうも重さが無いので、彼の意識はその表面が持つ油独特の手触りにどんどん吸い寄せられていった。手の中でごま油の瓶が回される。
彼は瓶のフィルムを剥がした。ピリピリと包装の裂ける音とともに剥がれた。彼はそれを彼の近くにあったゴミ箱の中に押し込んだ。

包装が外れると、ごま油の瓶は単なる黄色いキャップのついたペットボトルになってしまった。油独特の手触りはどこにも無い。
部屋が薄暗い。生真面目に並んだ調味料たちは一様に薄い影を作った。彼はごま油の瓶に対する興味を急激に失い、再びその「元ごま油の瓶」を床に投げ捨てた。元ごま油の瓶は頓珍漢な音を立てて、しばらく床の上をころころと落ち着きもなく転がっていた。彼の手はしつこくベタついていた。
彼は手を、調子を確かめるみたいに二、三回開閉した。手はぼんやりと熱を持っている。そのせいで彼はより自分の身体がけだるくなっていくのを感じた。
“このごま油は暗所ではごま油ではなくなります“
彼の口は冷蔵庫にもたれ掛かりながらこんな文章を呟いていた。
そう口が動いた後で、これはなんだろう?と彼は思った。一体どこから来た文章なんだ?
きっと、さっきのごま油のフィルムに書いてあった注意書きだ。それを無意識のうちに憶えていたんだ。と彼は推測した。
でもさ、
“このごま油は暗所ではごま油ではなくなります”
こんな事ってあるのだろうか?
もしこの注意書きが正しいとしたら、戸棚に仕舞われてたごま油もそのごま油の予備もみんな、ごま油ではなくなってしまった。そういう事なのだろうか?暗所に仕舞われてたせいでダメになってしまったのだろうか?実際のところどうなんだろう……。

彼のすぐ近くにあるスチール製の細長いゴミ箱が有能そうに淡く光った。彼はそれをじっと睨んでいるような顔つきをしていた。
再び、灯油販売車が家の前を音楽を流しながら通り過ぎていった。彼らはどのくらいの灯油を売ってきたのか。
そうして彼らが行ってしまう。そのあとのキッチンは閉鎖された遊園地みたいに救いようもなく静かになった。
彼は這うようにしてゴミ箱に近づいた。彼の膝と腕とが無頓着に調味料の列に当たり、いくつかの瓶が倒された。
彼がゴミ箱の蓋にすがりつくように触れると、その表面はとても冷たく、ツルツルとしているように感じられた。彼の手が持っている行き場のない熱を吸い取っているようにも感じられた。彼はゴミ箱の蓋を取り払った。ゴミ箱の中には紙屑やらチラシやらが一杯に入っていた。だから匂いはしなかった。というか完全に近いほどの無臭だった。中身だけではどこに設置されていたかが分からない程にキッチンのゴミ箱的特徴を欠いていた。
それで彼は、清潔そうななりのゴミ箱の中に手を突っ込んで、かき回し、ごま油の瓶に引っ付いていた包装を探した。彼は食べ物を必死になって求める野良犬か何かに見えた。懸命に顔を突っ込んでいる。なんだか空気を求めるみたいに。
どうやっても彼はゴミ箱の中にごま油の包装フィルムを見つける事が出来なかった。
彼は本当に必死だった。けれども自分自身ではなぜこれだけあの言葉の出自が気になるのか、という事について客観的に説明する事が出来なかった。あるいは既に、自分がゴミ箱を漁っている理由を忘れてしまっているのかもしれない。
どこからか小さい「ピー、ピー」という電子音と「カッチ」というスイッチ音が聞こえた。けれども彼は一切、顔を上げる素振りさえも見せなかった。ゴミ箱が漁られるカサカサという紙の音だけが虚ろにキッチンに響いた。
そうして彼は物事に対する最後の抵抗として、ゴミ箱を逆さまにして全ての中身を床にぶちまけた。これで少しは探しやすくなる、と彼は思ったようだった。

彼は床に這いつくばりながら、包装紙やチラシの群れをかき分け続ける。ゴミ箱の中身は整列した調味料の列の上にも思慮もなく降り注いだ。彼の身体が調味料のビンに当たる度に、ビン類はゴツンという鈍い音を立て床に倒れた。
彼はしばらくして、おもむろに手を止めた。気づき辺りを見回すと、彼はキッチン中でゴミにまみれながらひとりだった。もはやごま油の包装フィルムが見つかる余地なんてものはどこにも無かった。
キッチンの隅でゴミ箱がぞんざいに倒されている。彼にはその空っぽになったゴミ箱が何か大切な言葉を抱え込み、死んでいったようにも見えた。

彼が手を止めてしまうと本当に、完全に静かだった。薄暗さが家全体に根を下ろしている。
鼻を衝く焦げ臭さ。そして、
蛇口から水滴が一滴、
シンクの底にある水を張った皿は水滴を受け止め、共振したような波紋をつくった。
それでも決して、音は立てない。
彼は言葉を飲み込み、ただボンヤリと壁を見つめた。

 Fin.

ごま油(掌編)

執筆の狙い

作者 文学猿
p6695076-ipngn30501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

三年前に一人称で書いた作品を三人称にて書き直してみました。

三人称で書き直したのは、一人称ver.で欠けていた描写の簡潔さを補うためです。また読み直した時、一人称verは「僕」の心情が強く出過ぎたために全体の雰囲気を損なっていたような気がしたからでもあります。


逆に、一人称verで重点を置いていた「フィルム」の文句についての「僕」の考察やある種の回想?は三人称verでは大きく居場所を削られ、影として少し残る位のモノになってしまいました。そのせいで文学作品としてはやや厚みに欠けるきらいがあるような気がします……。(どうですかね?)

今回、初めて三人称に挑戦するにあたり描写(特に音など)に注意を払ったつもりです。削れるものは意識して削りました。そのせいで文章として分かりにくいといった部分が無自覚に出てきているかもしれません。
そういった箇所や
こんなのは三人称小説として可笑しいぜ!といった点がありましたらご指摘を頂きたく思います。

*まだ高校生の若者ですどうかお手柔らかに……

コメント

大丘 忍
p1611005-ipngn200303osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

ざっと読んでみたところ、登場人物は彼しか、つまり彼一人しかいなかったように思いましたが読み違いでしょうか。若し彼一人の登場であれば当然話者は彼に成りますから、基本的には一人称と変わりはないと思いましたが。つまり一人称と三人称の違いは感じられませんでした。

スカイ画廊の父
sp1-72-0-46.msc.spmode.ne.jp

 創作に対する視点に好感を持ちました。ごま油が切れているのにも関わらず、先に具材を入れてしまって途方にくれる、というだけの話ですが、そんなどうでもいいようなところに執着する描き方は良いと思います。
 人称を変えたことによる効果というより、主人公の内面にあまり立ち入らず、俯瞰するような視点に力を入れたのが功を奏したのだと思います。主人公が何を考えているのか判然とせず、頭がおかしいのではないかと疑ってみたり、ごま油の注意書きなどのいっけんなんてことのない物事が奇妙な風景として立ち上がっています。
 ただ、まだ語り手がだいぶ不安定というか、どこまで立ち入るのか、俯瞰するのか、何を語るのか、といったことをこれからの創作においては明確に意識していく必要があると私は思います。

夜の雨
i223-216-205-231.s42.a027.ap.plala.or.jp

「ごま油」読みました。

掌編にふさわしい内容ですね。
主人公がチャーハンを作るために、ごま油を探すという話なのですが、キッチンでの奮闘ぶりが描かれていました。
克明に描かれているわけですが、主題に向かって紳士でした。
主題はあくまで「ごま油」なので、それに関する行動を起こす主人公の情けなさが描かれているところが、ナイスです。

>また読み直した時、一人称verは「僕」の心情が強く出過ぎたために全体の雰囲気を損なっていたような気がしたからでもあります。<

御作の元の作品を読んでいないのでわかりませんが、今回の作品はうまく描かれていると思います。

>逆に、一人称verで重点を置いていた「フィルム」の文句についての「僕」の考察やある種の回想?は三人称verでは大きく居場所を削られ、影として少し残る位のモノになってしまいました。そのせいで文学作品としてはやや厚みに欠けるきらいがあるような気がします……。(どうですかね?)<

御作は短いので、比較対象として「元の一人称作品」も、一緒に掲載しておけばよかったのでは。
今回の作品だけで見れば、特に問題はないと思いますが、「文学作品としてはやや厚みに欠けるきらいがあるような気がします」と、書かれても、もうひとつピンときません。
三人称でも分量と濃さ次第では、厚くもなると思いますが。

>今回、初めて三人称に挑戦するにあたり描写(特に音など)に注意を払ったつもりです。削れるものは意識して削りました。そのせいで文章として分かりにくいといった部分が無自覚に出てきているかもしれません。<

特にわかりにくいと言ったところはありませんでした。

>開けっ放しになった戸棚の中は奥が覗き込めないほどの真っ暗になっていた。<
この表現ですが、普通は戸棚を整理(空に)すれば、奥まで光がとおった、というような内容になると思います。

>彼は常温で、どうしようもなく重たい頭を引っ提げながら、何とかしてチャーハンを作り上げようとしている。<
ここでの「常温」の意味がわかりませんでした。


鼻を衝く焦げ臭さ。 ←これはフライパンのチャーハンが焦げている匂いと思いますので、ラストあたりの文章にしたら締まると思います。
要するに、「ごま油」を探していて、肝心のチャーハンを焦がしてしまったという笑いにもっていかれます。


以下、細かい指摘です。

>彼の母親はキッチンにあらゆる物の予備を準備していた。いつ何が亡くなってもいいように、だ。<
亡くなって ←無くなって

>彼はもう一周、キッチンを探し始めた。今度は探し漏れが無いように、棚やら冷蔵庫やらに仕舞い込まれている調味料を全部、床に並べていった。<
彼はもう一周、キッチンを探し始めた。 ←彼はもう一度、キッチンを探し始めた。

こんなところですかね。
全体によく書かれていたと思います。
描くべき内容と、作品の分量が合っていたのではないですかね。

お疲れさまでした。

文学猿
p6695076-ipngn30501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

大丘忍様コメントありがとうございます。
確かに、登場上人物が「彼」一人の作品では三人称と一人称の間に明確な差は無かったなと改めて思いました。
今度は三人称の練習として、登場人物が複数人出てくる話を書いてみようと思います。
ご拝読ありがとうございました

文学猿
p6695076-ipngn30501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

スカイ画廊の父様コメントありがとうございます。
創作に対する姿勢に好感を持つと言われてとてもうれしかったです。本当に。
スカイ画廊の父様のそのコメントを読んだ瞬間に、椅子からさっと立ち上がってその場でくるっと一回転する位にはうれしかったです。真面目な話。その奇行を見ていたと思われるカフェの方々の気持ちを考えると今でもとても胸が痛みます。
この作品は実はレイモンド・カヴァーの「愛について語るときに我々の語ること」を読んでそれに影響を受けたもので、このようなコメントを頂けたという事はカヴァーのやっていた事を一割くらいはなぞることが出来たのかもしれません。
コメントからとても丁寧に読んで下さったのだなというのが感じられました。
ありがとうございます。

文学猿
p6695076-ipngn30501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

夜の雨さん丁寧なコメントと細かい指摘どうもありがとうございました。

内容で特に分かりずらいところは無いと言われてとりあえず安心しました。そういうのは自分では分からないものだと思っていたので。
一人称verも併記するという事も検討はしました。ですが一人称verを公開することで皆さんからの轟轟たる批評の嵐に遭い、焦げてしまったあの炒飯が如くむごい醜態を晒すことは想像に難くない、と判断したわたくし文学猿めの独断で、「これはさすがによしておこう」という感じになりました。ハッキリ言ってとても食えるような代物ではないのです。

>開けっ放しになった戸棚の中は奥が覗き込めないほどの真っ暗になっていた。<
この表現ですが、普通は戸棚を整理(空に)すれば、奥まで光がとおった、というような内容になると思います。

僕には、この作品に登場する「戸棚」について、とてもとても暗い深いモノであるという認識がありました。まるでとても混沌とした無意識のように。「そこでは何が起こってもおかしくはないんだぞ」という事で、ごま油が非ごま油的なものになるという事も起こりえるのかもしれません。
それをもっと強調して書かないと確かに不自然ですね。普通の戸棚は中身を全部引っ張り出したら光がとおるものですものね。確かに。

>彼は常温で、どうしようもなく重たい頭を引っ提げながら、何とかしてチャーハンを作り上げようとしている。<
ここでの「常温」の意味がわかりませんでした。

どうしようもなく頭がボンヤリすることってありませんか?特に寝起きとか。
そういう時僕は、自分の頭の中が常温で放置された桃の缶詰みたいにドロッとしているように感じるのです。
改めて見るとここの部分の表現は親切ではないですね。もっと彼の状態に対する説明を尽くすような形で改稿してみます。

とても参考になりました。ありがとうございます。
文学猿

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