作家でごはん!鍛練場
すもも りんご

太陽を包む光冠の夢と悪夢

 普通の暮らし
 仕事で朝早くから緊急出動しビルのエレベーターを点検する。故障原因がわかったので、エレベーターの天井にある点検口から入り薄暗い裏側で作業する。作業は順調にできて終了した。外に出てみると今日の天気は晴れだ。地球温暖化の影響があるのだろうか?
 夏でもないのに太陽の光が強く感じる。
 明日から三連休だ。汚い穴倉の仕事から解放される。帰宅の車は慣れた道順を走っていく。途中の商店街の狭い歩道はいつもより人や自転車が多い。自転車は車と人を避けながら車道と歩道の区別を無視して走るので危険だ。休みの前でそれぞれ予定があるから急いでいるのだろう。
 予定のない自分は仕事が終わるとアパートの部屋に帰るだけである。自分の性格は新しいことに消極的である。変化のない毎日は平凡な時間を繰り返すだけだ。ささやかな楽しみは帰宅の途中でパンを買うことだ。この辺は味に自信のあるパン屋が多い。どこの店にするのか迷いながら車を運転する。商店街を通り抜けた交差点の角に特別有名なパン屋がある。この店にしようと決めた。車は店の近くまで来た。店に入りきれない人が列をつくり歩道まで続いている。
 この店は昔ながらの石かまどに薪を焚いてパンを焼く。火加減が難しく職人の技が必要だ。店主である熟練した職人は欧州のギリシャ人からパン作りを習った。師匠のギリシャ人は太陽の光を利用して火をおこしパンを焼く。太陽に感謝して火を大切しなさいと教えてくれた。職人は教えを守り、独立した時、師匠と共に太陽の光で火をおこした。その種火を使いパンを焼く。種火は消えることなくパンを焼き続ける。パンは火の熱で気にならない程度の焦げがつく。その焦げが味を引き立て独特の薫りを放つ。味が評判になり客が遠くからも来て、我先に奪い合うように買っていく。パンが無くなると一度、店が閉まる。その間に主人だけがかまどの火を調節して熟成発酵したパン生地を最高の状態でまた焼き上げる。そのパンを棚に並べて準備が整うと午後の夕方に店を開く。その二回目の開店を待つ客が吸い込まれるように入っていく。
 いつも帰宅の時間までパンが残っていて欲しいと思うが店の混み具合で寄るかを判断するしかない。今日は特に混雑するくらい人がいる。目的のパンを買うことができるだろうか?狭い駐車場はたむろする人が多く、車を止める場所がなかった。諦めるしかない。それでも自分の口は美味しいパンを食べたいと要求している。路上で少しだけ待ったが駐車場に入れなかった。直ぐに諦めて車を動かし帰宅の道を帰ろうとした。
 車はパン屋の前の信号が赤になったのでまた止まった。パン屋から人が出てくるのが見える。パン屋の横に椅子とテーブルがある。パンを買えた人はまだ並んでいる人の目線を感じながら無料のコーヒーを紙コップに入れて木製の長椅子に座り旨そうに食べていた。ハンドルを握りながら羨ましく思っているとパン屋の入口の人の列が急に無くなった。売り切れの文字を見てがっかりした声が聞こえた。
 無理してパン屋の駐車場に入れなくてよかった。駐車場の入口前で長い時間を待つと後続の車が狭い道なので進めず渋滞してしまう。仮に駐車しパンを買うのに並んでも売れきれじゃ食えない。車の運転席であれこれ考えていたら信号の赤が青になっていた。後続車がいらいらして小さめのクラクションを鳴らした。慌てながらアクセルを踏み込み車は進んだ。その時、信号を無視した自転車が突然、横から飛び出してきた。
車が動きだしているので接触したかと思い「あ、」と声が出るくらい驚き、額に汗を掻きながらブレーキを踏む。摩擦の音でタイヤがキィーと叫び、車はガクンと揺れながら止まった。後続の車は一斉にクラクションを強く鳴らす。この混乱は自分のせいじゃないと云ったが聞こえる筈もない。原因をつくったのは自転車に乗っているナガラ、スマホの若い女だ。と叫んでもクラクションの音しか聞こえない。女はなにもなかったように行ってしまった。仕方がなく後続の車にハザードランプで謝罪の合図をした。
 危なかったが事故を起さなくて運がよかった。都合の良い方に解釈して気を取り戻した。女も悪いが、本当はパン屋の行列に気を取られていた自分が原因だったかもしれない。いつもは慎重に運転して左右、前後、必ず確認をする。不注意が動揺を誘った。車は自分の意思に反して後ろから押し出されるように動いていった。気が付くと先ほどのことで右折するはずの交差点を見過ごし、仕事帰りに通る渋滞の少ないコースから外れていた。 
 運転しながら自分を慰めるのに何度も「ま、少し危なかったけど他人に迷惑をかける事故でないので吉とするか」と、ぶつ、ぶつ、呟いていた。過去に経験した嫌な事件の時は潔白なのに黒と判断され犯罪者のように扱われた。みんなからお前は犯罪者だと断定される。助けてくれる友人もいない。自分に確たる自信がないので他人の影響が受けやすい。何かあると心が乱れ冷静に対処することができなかった。あくまでも無実を強く主張して、罪を否定すべきであった。巧妙な罠だと知らず心と体が傷つき逃れることができない泥沼に落ちた。
 それと比べると気が楽だ。クラクションを鳴らされたことくらいなんともなく平気だと自分に言い聞かせた。
 このような気持ちになったことが不思議である。スマホの女の危ない行為に驚き、そしてブレーキを踏んで難を逃れ気楽になった。今までは運と不運があったなら不運が付きまわっていた。生きる希望が失せて恐怖で死を覚悟したこともあった。今回は事故にならないように自分自身でうまく解決した初めての経験である。偶然であっても嬉しく感じる。
 時間が経てば経つほど車は道の渋滞で進まず、一方通行の車線変更が難しくなる。この辺りの道路は迷路のように複雑だ。 
 もたもた運転しているといらいらした後続車にまたクラクションを鳴らされる。さて、どうしようかと迷った。迷いながら直ぐに戻るより、このまま走り続けた方が気晴らしなると思い始めた。
 今、帰っても寝るまでゲームをし、目を疲れさせるだけで一日が終わる。わいわい、がやがやと繁華街を楽しむ仲間もいない。部屋に帰っても暇を持て余すだけだ。
 今日ぐらいはドライブしよう。とにかく、ただ遠くを眺めるだけでもよい。
 のろのろ運転の車は進み、道の渋滞が少し緩和した。運転に余裕ができて、この辺で見晴らしの良い場所を探すことにした。探しながら、いろんな事の思いが浮かんでくる。気楽に会って話せる友人がいないのは何故なのか?当然、彼女と呼べる相手もいない。自分自身だけが取り残されている。自分が人を信じられない事の結果であろう。自分だけで解決できそうもない疑問を問いかける。結局、求めると裏切られる。求めないと孤独になる。信じる、信じないは対象があってこそ成り立つ。心がわからないのが他人である。そういう結論なら漠然とした何かを信じて考え方を変えたらどうだろう。とにかく仲間をつくり集団の中に紛れ込んだらどうなるのか?自分は目立つような性格でないので案外、気が楽かもしれない。物事を深く考えないで集団の意見に同調するだけでよい。
 車だって同じだ。混雑している道で出口がわからない時、深刻に考えないで無理な方向転換しない。みんなが同じ方向に走るから自分も走る。事故を起こすより良い。考え方を変えて他人を恐れずある程度受け入れると新しいことが始まると思うようになった。しかし集団に取り込まれて自分を失うことも想像できる。孤独の恐怖を捨てた場合は集団の欲を受け入れなければならない。集団の欲を達成するために個人を犠牲にすることがあるのだ。
集団の中で無理やり合わせようとしても結局、元の自分に戻る。自分の孤独で寂しい忘れられない過去を全て清算できない。
 今は一人で自由な時間がたっぷりあって好き勝手なことができると考えよう。気楽、気楽と心に言い聞かせると本当に気楽になるだろうか?自問自答するがわからない。葛藤が続く。
車は街外れの藻岩山付近に来た。さて、どこか休める場所がないかと左右を見ながらハザードをチカチカさせ、低速で運転した。歩道に若い女性がいてこちらを見ている。
目と目が合ったので、車を駐車する場所を聞こうとして窓を開けた。少し声を出したところで痴漢に間違われる。女は急に大声を出し、痴漢です助けて、この車の男を捕まえてと叫んだ。周りの歩いている人が振り向いた。こちらも慌てて車を動かし、とにかく道路をぐるぐると回った。
 途中、パトカーのサイレンが鳴ったので内心、びくついてハンドルを握り直した。幸い、大きな駐車場があった。何も悪い事をしてなくても車から離れたかった。女がこの車に乗っている男が痴漢ですという意味の言葉を思い出すからだ。もともと罪はないし車から離れていると言い訳ができるような気がする。そのために車から降りた。そこへ制服を着た、いかつい人がきて有料です。一日駐車券を買ってくださいというので訳が分からなく緊張した。制服姿は警察官というイメージがあったからだ。少し間をおいて駐車場の係員なので安心して金を払った。払ってから冷静になり一日と言われも、もう夜に近い。内心、金、取るの?と疑う。看板に大きく無料と書いてある。
 看板を近くでよく見ると観光バス無料、一般車有料と書いてあった。車で休むだけと思いつつ一日駐車券代を払ったので何時間止まっても料金が同じだ。とにかく車のドアを開けて降りたのに間違いはない。
 駐車場内を歩いても、「この車の男が痴漢です」女の声がまだ耳に残っている。身に着いた癖で何もしてないのに逃れることを選択する。他人に身の覚えのないことで攻撃され犯罪者になった過去の事件がトラウマのように思い出すからだ。
 過去の自分は先が見えない重苦しい孤独の連続だった。その時は自分自身を取り戻す時間をつくることなど考える余裕もなかった 
 今も孤独であるがあの時ほどの苦しみはない。怯えて無駄な苦労が続く過去に戻りたくない。今から何か新しい事を求める自分の心境の変化でそれらを断ち切れるかも知れない。禍を転じて福と為すかと自分に言い聞かした。
 観光地で旅人に接するのは悪い事でない。初めは見知らぬ人の傍にいるだけで良い。人そのものに慣れたら積極的な行動をする。その行為こそが固い殻を破り新しい出会いや発見があると予感する。とにかく周りの人の動きに合わせて歩き始めた。
 ここは藻岩山で札幌の街並みを見わたせる展望台がある人気の観光スポットだ。観光客らしい人々がぞろぞろと歩いている。若い女の子のグループもいる。なんとなくついていきたくなった。グループについていくだけで観光客になった気分である。グループの人達に合わせ同じ方向の目線でゆっくりと周りを見る。同じグループになった気分である。
 隣接のバス専用駐車場からも大勢の人が来て、外国人観光客のかん高く聞きなれない会話が響く。まだ大勢の団体観光客には同化できない。孤独な自分に戻ってしまう。
一人では会話ができないので黙っていると多人数の団体の声がうるさく感じる。耳障りな混雑を避けようとすることで自然に体が押されて仕方がなく早くなる。気がつくと頂上行きのロープウエイーの駅に着いていた。
 ゴンドラが発車するので乗ってくださいと職員の声が急かす。もう後戻りできないと覚悟し、切符を握りしめて団体が乗る前に急いでゴンドラに飛び込む。狭い空間に人がたくさんいる。その中にいる一人いるは自分だ。過去には他人が近づくだけで怖かった。だが不思議でその感情が心に浮かばない。ただ狭い空間で大勢の人が吐き出す息や咳が嫌だった。
 ゴンドラが動き出し、上に行くほど景色が広く、遠くまで見渡せた。景色は周りの喧騒を忘れさせ、自分を取り戻す手助けをする。
 札幌の街並みは直線が美しく大地に浮いているように見える。街並みを横切る大きな川が下流の出口の日本海に流れる。川を挟んで大小様々な建物が道路とともに石狩平野に広がっている。目を閉じて想像すると川の水の流れ、道路の車の流れで台地がいかだのように揺れているように感じる。大きな地震を思い出した。あの時、大地は激しく揺れた。そういう物理的な揺れではなく。心に浮かぶ気持ちの良い揺れだ。直ぐに悪いほうに考える悲観的なことは忘れよう。
 オリンピックのマラソンが予定される札幌は遠い夕張の山々に囲まれて北海道地方の中心都市をつくっている。
 澄んだ空に映し出される街は世界中から観光客が集まるだろう。その準備で忙しいようで平和な暮らしの営みが聴こえてくるようだ。しかしこの営みはいつまで続くのだろう。戦争が起きたらだれも来なくなる。戦争でなくても突発的なものでもありえる。みんなが楽しい時間を過ごしても常に一人だったので悲観的な思考が捨てきれない。心が迷っている時は遠くの景色を見よう。
 ゴンドラが頂上の展望台に着き、視界がさらに広くなった。先ほどの団体も次の便で到着した。景色は美しいが、人の息を避けるために展望台から離れたかった。展望台の周りをうろうろすると、尾根の山道に沿う散策路があった。木々に囲まれて雑草の茂る目立たない道である。獣に会いそうで不安だが、勇気を出して入口にはいり、進んで行く。 
途中、クマに注意の看板が目に入った。一瞬、頬が凍りのように固くなった。 
 それでも歩いて行くとぽっかり穴の開いたような空間があり、緑の額縁で囲ったような景色が見える。少し離れた所に二、三組の男女がいたが気にならなかった。小さな木のベンチに座り、ただ遠くだけに視点を合わせる。人が少ない静かな所にいると、ササや木の枝の葉っぱが音を出して揺れている。もうすぐ薄暗くなるのにキラキラと光も反射している。緑に映る太陽光に鳥の鳴き声などの自然音が調和して光と音の心地よい風をうけた。
 時間が経ち、夕日の赤い光が一直線に伸びて背の高い大きな建物に反射する。暗くなる前に景色を少しの時間だけ見ようと思ったが、変化する美しい視界であきなかった。クマの看板を忘れるほど、意外にも時間が早く流れた。
太陽はゆっくり沈むと思っていたが赤くなると急に大地から落ちるように沈む。同時に夕日に映し出された建物の影が消えた。
 薄暗くなっている空を見上げると赤く染まっている雲も消えていた。
 周囲を鮮やかに赤く染めた輝く瞬間の光景は美しく印象的であったが、それも一瞬で消えて暗くなり、一日が終わる事を告げる。今日は無事に終わった。明日はどうなるのだろう。人生の頂点がこのまま過ぎ去るようで儚く思え、惜しむ心が帰るのを躊躇わせた。
 たまにゆったりし、時間を無視しても良いと何度も自分に言い聞かせた。本当は気心の合う人と景色を見ている姿が理想かも、と心に浮かんで消えた。
やがて、空が青い黒色になり、いちばん星を誘い出す。空の星は音がなく静かである。しかし星の光をよく見るとキラキラ動いて騒々しく存在を主張している。目線を大地に移すと駆け抜けるような速さで辺りがさらに暗くなり、離れている街並みの夜景が手で掴めるほど近くまで迫ってきた。
 再び目線を空に向けると、いちばん星の輝きが一瞬、消えたように感じる。地上の建物の窓や街路灯が明るく輝きだすせいだ。
 夜の留まりの明るさは、昼間の仕事の喧騒を忘れさせる。人々はその明りに誘われて出会い、別れを繰り返し、暮らしの変化を求めて時間を費やす。それが人々の疲れを癒し、酒や食べ物で楽しくさせ一日の結末をつくっていく。やがて街灯以外の大きな建物の明かりが消えていった。
 さらに時間が流れ、街並みから人々の姿が少なくなっていくように感じる。夜更けに従って、それぞれの寝床に戻り、街の喧騒が嘘のように静かになっていくのだろう。
 地上が暗くなって改めて空を見上げると、いつものように太古の時間を示す星が無数にひかり、過去があるから現在、未来があると主張している。今いるこの地球は太陽の光が八分でたどりつく。全てのものが昼間に光を浴びる。そして夜になり大地が光を遮り、自らの影で過去の光を映しだす。それが夜空の星である。その星の痕跡が太陽の光と交互に繰り返し未来をつくる。
 あれこれ考えているとあっという間に時が経ち、うす暗い街灯を頼りに山道を戻り、あわててゴンドラの下り最終便に乗った。ゴンドラのガタン、ゴトンと下る動きに体を合わせ、遥か遠くの道明かりを見ながら、自分を含めた人びとの揺れる心を想像した。
 人は夜がくると眠り、一日の暮らしが終わる。その眠りは明日からの暮らしの始まりで未来を信じて夢を見る。そして夜が終わり太陽の明るさで目を覚まし、気がつけばあたり前のように空気を吸って生きている。何かの原因で空気が吸えなくなるなど考える筈がない。普通に生きているのだ。
 太陽が発する光の速度で走っても、この世の空間が端から端まで二百三十億光年以上もかかる大宇宙の中で、太陽があり月があり地球がある。この地で普通に生きて暮らしているのだ。ちっぽけな存在が大宇宙の中で暮らしていける事、それは奇跡であり夢のように感じる。
 人はその夢の中でさらに夢を見る。そして希望を抱く。だから生きていけるのかなと思った。
 自分の中にしっかり夢を持ち、実現できる人もいるだろう。しかし、多くの人は他人の影響を受けて、その夢が叶ったり、叶わなかったりする。
人々はそれぞれの個性があり、暮らす生き方など様々だ。道理にかなった夢もある。平凡に飽き足らず、途(とん)でもない夢を抱き悪夢をまき散らす欲深い暮らしをして人生を送る者もいる。
 善人も悪人も沈む太陽を希望に変えて夢を抱き、昇ってくる太陽を待っている。
 来週もまたここにこよう。にこにこえがおになった。←すこしあそびました。
 藻岩山の駐車場をでて家に向かった時間は日が変わる前の十一時過ぎになっていた。腹が空いたので深夜営業をしているストアーのキングデドンドンホウキで食糧を買うことにした。店は品物が通路にはみ出すくらい雑多に置かれ、家電や服、食料、おもちゃ、何でもある昔のデパートのようだ。その中をうろうろしていると十人ほどの集団がいた。無言で何かを待つように棚の前に並んでいた。棚には何もない。一人三個までの紙が貼ってあるだけだ。日が変わってしばらくすると店員がきて品物を並べていった。みんなが買うから同じようにトイレットペーパー、ティッシュペーパーを三個買った。これらを車に置いてから小物を買うと思った。食料品をかごに入れて小物がある棚にやってきた。たくさんあった小物は三個だけあった。それをかごに入れた。後から来た人はがっかりして空になった棚を見ている。その人の姿は印象的な服を着ていた。魔法使いのように頭は三角で体は足まで隠れるマントのようだ。頭巾とマントは一体になっている。色は真っ黒で目と鼻、口、一部の皺くちゃな頬以外は全部隠れている。その顔は特殊メイクされたように感じる。
 歓楽街のすすき野に近いのでショーの衣装姿に見えた。可哀そうになり一個を譲った。「いいのですか?黒のマスクがないと困るのです」と感謝された。マスクぐらいでたいそう喜んでいるのが不思議だった。色が黒のマスクだったので衣装に合っているからか?無理やり納得した。黒のマスクだから売れ残り、黒のマスクだから喜び感謝される。正直にいうと花粉症の自分は黒のマスクが嫌だ。先に白いマスクを買うべきだった。他のマスクがないので仕方ない。 
 時間は深夜の三時になる。そろそろ戻ろうかと思い車に乗った。札幌の中心部は深夜でも多少の賑わいがある。おそらく飲食店で働いていた人が帰宅するのに歩いているのだろう。自分のアパートの部屋に戻り、買ってきたカップ麺を食べた。腹が満たされ蒲団に入ると今日のことや過去のことを思い出す。

過去の濡れ衣

 明日は小樽に行って海に沈む太陽を見よう。そして夜の海岸の漁火と空の明るい星をさがそう。よい休日なるように感じる。同時に小樽の海岸を想像していると過去の消し難い鮮烈な記憶もまた甦る。夢の中で迎えた楽しい時間と自分の厳しい現実を思い出す。
夢の中では希望が持てた。しかし現実は自分の存在を主張することができなく希望を捨てた苦い経験である。
 高校二年の頃クラスで研修旅行が計画された。歴史の町小樽と地域の気候を利用した余市のニッカウヰスキー工場の見学だ。会計責任者を任されたのは発案者であるが半ぐれの手下の奴だ。そいつがゲーセンで遊んでいた時に高校の卒業生であった本物の半ぐれに売れないバンドのチケットを押し付けられた。結果は売れなかった。チケット代の金額だけ取られた。その金は集めた研修旅行代金であった。半ぐれの先輩は怖いので盗まれたことにして犯人を仕立てる。その犯人になってしまったのが自分である。無実を証明することが出なかった。親が立て替えて収めたが犯人扱いされ卒業まで孤独になる。
 傷ついた心で高校を過ごし、耐えることを学んだ。その長い時間で自分の厳しい状況を回避した。進学を希望したが親に反対される。例え合格しても金銭を自分で調達するのは無理である。進学を諦め心にけじめをつけ規模の小さい企業に就職をした。独自の技術で産業機械のメンテナンスを専門にする会社だ。言葉は必要ない。油まみれになりながら仕事をするだけだ。ある程度仕事を覚えたらビルのエレベーター保守部門担当になった。モニターをチェクし何かあったら直ぐに駆けつける役だ。暇で何もない時にモニター画面を覗くといろいろな人々の表情を映し出している。全体の多くは狭い空間で無表情である。中にはちょっとエッチなことをするものもいる。
 見た目は普通の社会人だが上司と部下、男と女複雑な人間関係をモニターの画像に映す。少し社会のことを知ったが今までと同じで孤独であることに変わりない。仕事を離れ自分だけの時間になると、どうしても他人の言葉に心が傷ついたのを思い出し嫌な気分になる。
事件が起こる前までは関わる集団の中で気の許せる親しい友人がいないだけであった。寂しいだろうと言われるが孤独な一人は目立たない存在だけで何の害もない。孤独は平常心を保つマントのような服である。常に亀の甲羅のように自分を守っている。
だがあの事件で自分を守っていたはずの孤独が剥がされる。冬に裸で外に放り出され雪の上で震えているような姿だ。容赦なく集団の攻撃が始まった。助ける人は誰もいない。自ら弁明せざるを得ないが最初から結果ありで罪を否定しようが聞いてもらえない。一人で真実を語っても皆を納得させることができる言葉も演技力もない。追い詰められて最後に誰かが仕組んだ罠にはまり苦しさで認めてしまう。その結果、人格を否定される。
 責められる自分の姿が鏡にはっきりと映っている。
 その記憶に入り込むと自分の名前さえ言えなくなる。
 授業が絡んでのことから始まる事件が原因で孤立状態になっていく。事件前は目立たぬ孤独だった。これからは本当の孤独の主役になっていく。
 クラス全員は身の覚えのない証拠を出して罪を認めるべきだと迫ってくる。
 自分の意思に反して悪いほうへ向っていく。
 否定しても断定され罪を詰られる。
 僕の名前は消され、罪の名だけが聞こえる。
 何度も心の中で僕は滝沢光という名前があると主張しても違う呼び方が返ってくる。
 蒲団に入り、いつの間にか寝てしまった。夢を見た。夢の中で繁華街を歩いていると和紙で作った行灯が見えた。
 光はその前を通ると人が座っていたので、何気なく顔を向けたら「そこの学生さん、顔色が悪いね、何か悩み事があるのかな、占ってあげよう、五千円でいいよ」と声をかけてきた。「僕はお金ないので」と小さい声で断った。
 光は突然、声をかけられ、胸がドキドキするので足早に歩き気がついてみるとアーケードの商店街は終りに近づいている。
 人の気配も疎らで、アンティークと書いている古い看板がある店先で年代物の素朴な木で作った背もたれが無い丸い椅子に腰をかけている人がいた。光が通ると「待っていたよ」と声をだした。
 突然の声、しかも「待っていた」に光は驚いて振り返り、その姿を良く見た。全身黒装束の服を着て、しかも頭巾までもが黒く、顔を覆い目だけでている状態で異様な姿に体が硬直し、足が前へ進めなくなった。ふと、どこかで見たことがあった。思い出せない。
「ここを通るのはわかっていた。お前の過去を占ってあげよう」「過去を占う?やっぱり占い師ですよね。意味がわからない。占い師だったら僕はお金が無いので、だめです」
普段、人に話ができない光は過去を占うという変な言葉にはっきり断る事ができた。
「わしは占い師ではない。太陽コロナの化身じゃよ」「コロナ?」光はその響きに驚いた。
言葉は直ぐに発せられなかったが「あのコロナですか?」と思い出したように聞いた。
「そうじゃ、お前がわしを呼ぶから来たのじゃ」
「え、僕が呼んだ?過去を占うという事はどういう事ですか?僕は十八歳なのでそれ以前のことですか?それだったら占いじゃないね。僕を騙すつもりですね」
「いや違う。お前とは古い時代を入れると三回会っている。お前が今、一番期待と不安をもっている直ぐの将来を教えてあげよう。社会人になった時の姿さ」
 光は混乱したけれど太陽コロナの化身だと不思議な事をいうので話を聞かなければならなかった。
「今から少し未来のことが知りたいなら、もっと遠い未来の時間に行くのじゃ。その未来からは全てが過去の出来事になる筈じゃ」
「未来に行ったり過去に戻ったりできるのですか?デタラメ云っているのでしょう」
「本当じゃ、夜空の星座を見たことがあるか。太陽系以外の満天の星たちは全て過去のものだ。星からすると今ここにいるお前は未来に存在するものだ。星座の星たちが、お前と同じ現在なら星座が存在しないかも知れない。星座が存在しないと現在の地球や、お前も存在しないだろう。存在している事は不思議だが人間の感知する能力は光線より早い。つまり、今ある生命は過去、未来、現在と時空を超えて存在しなければならない。だから未来に行って過去を見る事ができるのじゃ。」
「そうですか。何がなんだかつじつまが合わなく意味不明のまま自分の未来に行くなんて怖いのですが、とても知りたいです。今まで人間として生きて来たと思うのですが自分自身が人間である確信がないのです。こんなに人が大勢いるのに他人の事が全くわからないのです。それで自分の事もわからなくなってきたのです」
「お前は生きている事に間違いない。しかし人間として生きている事に自信が持てないだろう」
「そうです。たった今の時間の事でも現実か虚実か確かめられないのです。僕と同じ考えで共通の話をする人間がいないのです、どんなに大勢の人がいても自分の心を伝えられないし、人の心も伝わってこないのです。僕自身は人間の姿をしているけれど本当はサッと消える泡に思えるので不安で胸が痛くなるのです。本当はなにか、教えてください」
「一万年以上前の話だが人間はお前のように単独で暮らしていた。サルのような機敏さがなくゴリラのような力もない。中途半端な大きさで他の動物より弱く強者のえさになっていた。人間はドングリなどの栄養のない木の実を生で食べていたので肉食動物と戦うことができなかった。ある時お前のような人間がいて妻と暮らしていた。その人間がお前だ。そこに猛獣がきて襲った。妻のお腹には子供がいる。人間は自分の命を懸けて戦った。人間は怪我をしたがやっとの思いで猛獣を追い払った。でも今度襲われたら妻と一緒に命がないだろう。わしは可哀そうになりその人間に火のつけ方を教えた。人間は枯草を燃やし木の枝を燃やしてドングリの木の実を焼いて栄養化を高めた。そして食べた。寒い夜は暖を取り温まった。その話を聞きつけ他の人間の家族がやってきて仲間になった。そこに猛獣がまたやってきて襲った。苦戦したが仲間と共に戦い火を使い勝利した。さらに人が集まり、ボスが決まり長い間に勢力を伸ばし、この地球を支配した。人間は頂点に立ち国家をつくった。そして国家の欲で戦争まで起こす。また地球温暖化の恐れもいとわないで他の動物の生命も危うくする。太陽だけが許される核融合まで手を出した。このままでは人間だけでなく他の生物も滅び地球が危ない。孤独で暮らしたときの苦悩を思いだせ。地球は人間だけの生命が暮らす場所でない。他の生命も暮らす場所である。共生せよ。さもないと生命同士の勝者がない戦いが始まる。もし戦いが始まったら勝って共に生きる道を賢者の思考で捜せ。わしも人間の破滅は望んでいない」と言って太陽コロナ消えた。
光は二色の光線の輝きを浴び、反射して全身が包まれ目が眩み、周りが見えなくなった。顔を下げて手や足を見ると光線の粒が滝の流れのように零れ落ちている。やがて光線が無くなり周囲に目をやると残っているのは古ぼけた木作りで背もたれのない丸い椅子だけだった。
 そして目が覚めた。全身体がだるかった。小樽は無理だと思った。熱を測った。体温計は三十七度を示している。デジタル時計を見た。朝の六時だ。日を見たら火曜になっている。
体が重いのでとても仕事ができない。会社に電話を掛けた。職員は誰もいなくガードマンがでた。「熱が出て病院に行きますので休みます。と伝えてください」「はいわかりました。伝えておきます」午後から近くの内科病院へ行った。年寄が多くあちこちで咳が聞こえ長い間待たされた。やっと終わり病院を出た。仕事帰りの時間と同じなってしまった。でも商店街の道は人と自転車、車が極端に少ない。変だなと思いながらパンを食べたくなったのであのパン屋にいった。人がいない。ガラス越しに石窯の方を見た。燃えている様子が無かった。種火も消えていた。どうしたのだろう。不思議に思った。仕方がない。藻岩山の駐車場まで行こう。レストランが有った筈だ。駐車場に着いた。バスも車も一台もいない。ロープウェイも止まっている。仕方がなく部屋に帰った。病院で注射したので一時的に熱がさがった。しかし家に帰った頃、体調が悪くなった。熱を測ると三十八度あった。やっと蒲団を敷いて寝た。夢を見たようである。

奈死の界
長く細い一本道が続いている。
私は歩いた。
なぜか私は女になっている。―
どこへ行くのかわからない。
遠くの前の方に彼がいた。
見知らぬ大勢の人と歩いている。
待って、待ってよ、大声で呼んでも返事がない。
速足で歩いても追いつかない。
更に道を歩くと一本のつり橋があるところまで来た。
橋は峡谷の断崖絶壁を結んで渡る唯一の手段である。
私は二本のロープで繋がっているだけの橋を渡る勇気がなく不安が募っていた。
足元の木の板は二本のロープから下がっている細い紐で一枚、一枚、固定されていた。
どう見ても頑丈そうでないので風が吹くと揺れそうで怖い。
彼が渡っているので心配したが風はないので安心した。
時々、彼がこちらを向いて手招きをしている。
私も渡ろうと決心して足を進めた。
橋は風がなくても大勢の人が渡っているので上下に揺れている。
私は恐怖で足が震えるのを感じた。
断崖絶壁の下を見ると川が流れている。
川の傍には無数に黒い塊のようなものが見える。
時々、黒い塊から赤く長い棒のようなものが出てくる。
雨が降ってきた。
滑りやすいのでもう進めない。
まだ渡り始めたばかりなので戻ろうとロープにつかまり足を方向転換した。
後ろからきた大勢の人は戻れないぞ、早く渡れと怒鳴っている。
その後ろには白い虫ついていて人間が泣き叫んでいる。
激しく咳をしている。
その咳で白い虫が飛び散り他の人間に襲いかかっている。
怖くて、また歩いて進んだ。
いつ落ちても不思議でない。
彼の姿も見失っていた。
下を見ると橋から落ちた人が川の岸で泣き叫んでいる。
まだ生きているようだ。
その落ちた人に獣のような黒い塊達が集まってきた。
黒い塊は赤い舌を人にからみつけた。
人は断末のような唸り声をあげた。
と同時に赤い舌が外れ、人が川に放り出される。
溺れないように手をバタバタと揺らして川面に浮きながら流されていく。
流れる先の川下を見た。
川は途切れている。
川の水はどこに消えると思ったら大きな穴に吸い込まれていた。
流された人も穴に吸い込まれている。
穴の奥は川の水をいくら吸い込んでも溢れない奈落の底だ。
後ろから来た人に急かされた私は落ちる不安の恐怖と戦いながらやっと橋を渡った。
渡った所は峡谷の中間で狭いながら寺が建っていた。
向こう側に行くには寺を抜けてもう一本のつり橋を渡るしかない。
門がある。
線香の匂いがする。
門を通り抜けようとした。
門の前には大きくて鬼のような形相をしている僧が二人いた。
一人は左手を拳にして、へその辺りにかまえ、右手は開いて遮るようなかまえだ。
もう一人の僧は真逆の手の格好だ。
私はそちらの橋わたりたいので通してくださいと頼んだ。
僧は雷が落ちてくるような激しい声でお前は通れないと言った。
怖くなって立ち竦むと他の大勢の人も集まってきた。
皆は通せと叫んでいる。
僧は益々大声で怒鳴っている。
雨が激しく降ってくる。
門の前は人で混雑してきた。
怒鳴あいの押し問答が続くが誰一人、門を通れない。
二人の僧が両手を天に向けて挙げると強烈な音がして雷が落ちた
橋は崩れ寺も消えた。
僧はいない。
門だけがある。
大勢の人が門を通り抜けた。
その時、峡谷の間にある足元の岩が揺れた。
雷で岩に亀裂が入り崩れ落ちようとしている。
そしてついに崩れた。
大勢の人が悲鳴をあげ川に落ちて流され底のない穴に吸い込まれていく。
私は恐怖で目をつぶる。
暫くして目を開けた。
悲鳴も普通の会話も聞こえなくなった。
周りの景色もなく霧のような雲の上に立っていた。
何か音が聞こえるような気がして耳に手を当てた。
耳がない。
私は夢中になって霧のような雲を払いのけた。
あるはずの足もなく体が浮かんでいる。
雲の下に小さな家の部屋が見える。
中央に青白い顔をした人が寝ていた。
微かに胸が動いて呼吸をしているようだ。
体は石のように硬直しているが生きている。
周りを囲むように数人が立っている。
声は聞こえないが泣いているようだ。
私は瞬きをした。
一滴の涙がでた。
石のように寝ている人も一滴の涙を浮かべていた。
胸の僅かな動きが止まった。
私の体も消えてきた。
別れの時が来たようだ。
ありがとうの言葉が心に浮かんだ時にすべてが見えなくなる。
やがて考えることもできなくなった。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

悪夢は終る
つづく

太陽を包む光冠の夢と悪夢

執筆の狙い

作者 すもも りんご
116-65-240-38.rev.home.ne.jp

再チャレンジです
書いている時は眠くないけど読むと眠いなぜでしょう

コメント

marin
121-85-76-244f1.hyg2.eonet.ne.jp

Excellent!
I can't wait to read the second.
I wish you good luck.

すもも りんご
116-65-240-38.rev.home.ne.jp

本当ですか
ありがとうございます
頑張ります
旅行できたことがあるのですか
札幌はよい所です
また来てください

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内