作家でごはん!鍛練場
フレディ

ちんぽじ

ちんぽじ
         1
 何気なく思った。
 どうして今までずっと左だったのだろうか。
 疑問に思ったこともなかった。それが当たり前だ、そんな思いが無自覚の沼にどっぷりとつかっていた。
 よし、今日から右にしよう。
 思想ではなかった。
 会社のトイレの小便器で腰を振るとちんちんを右に収めた。

        2
 左を右に変えてからいろんなことが変わった。
 例えば、今、目の前で事務の仕事をしている深田さん。ぽっちゃり形で、鼻が低く、いわゆるおかめのような女性だった。
 これまでの俺だったら明らかなボール。
 バットはピクリとも動かなかった。
 それが、左から右に変えてから、どストライクになった。
 これまでは色が白く鼻筋が通った、いわゆる美人が好みだった。自他ともに認める面食いだった。
 それが、まさか、おかめを好きになる日がやって来るとは・・・。

 待ち合わせの店に入ると深田さんがカウンターから手を振って迎えてくれた。
 カウンターの向こうの店員に生ビールを二つ注文し深田さんの顔を見る。
 ぶさいくだ。
 だが、なぜか、心が休まる。いわゆる、癒される。
 
 ほろ酔い気分で店を出ると自然と深田さんの手を握る。指がぷくぷくだ。赤ちゃんの指のようだ。
 その赤ちゃんのような指でちんちんを摩られた俺は挿入前にいってしまった。
 だが、すぐに、やりかえす。
 こえまでは変なところ潔癖症で自分のちんちんは舐めてもらうくせに女の陰部を舐めることはほとんどなかった。
 それがどうだ。左を右に変えてから、むしゃぶりつくようになった。チュッパチャップスを頬張る幼稚園児のようだ。深田さんはさかった猫のような声を出して果てていった。

       3
 酒を呑み始めて三十年の月日が経つが、モドしたことは一度もなかった。
 それがどうだ。昨日の夜、新入社員の槇原君の歓迎会でそれも会の最中にトイレで粗相をしてしまった。
 これも左を右に変えた影響だろうか。
「お待たせしました」
 店員からソフトクリームを受け取る。
 ここは高速道路のサービスエリア。
 こんなおっさんをバカにしていた。
なにいい歳こいたおっさんがサービスエリアで一人ソフトクリーム食ってんだ、と。
 それが今、そのバカなおっさんに自分がなっている。
 甘いものが無茶苦茶好きになってしまった。これも左から右に変えた影響か。
 ゴクリと喉を鳴らしソフトクリームのさきっちょをペロリと舐める。

 会社に戻ると深田さんが笑顔で迎えてくれる。
 おかめだが、なにかそそられる。
「お先に失礼します」
 声の方を見ると新入社員の槇原君の後姿があった。
 ドキン、とした。その、引き締まったお尻に。

 家に着くと、リビングに妻と娘がいたので四畳半の自室に入る。
 スーツからスエットに着替え部屋を出るとキッチに入り、ラップが掛かった器をレンジ
に入れ、温まると取りだし両手に持って自室に戻る。
 テレビを点ける。
 通称“オネエ”と呼ばれているタレントが現れる。
 これまでは、キモイ、出しゃばるな、失せろ、と思っていたが、なぜか今は違う。
 缶ビールを傾け、おかずを摘んでいるうちに変な親近感まで覚えるようになった。
 全然キモくない。キモくない。キモくない。
 やがて前立腺が反応する。
 箪笥に吊るしていたスーツの上着の内ポケットから使い古した財布を取りだす。
 夏目漱石が三人しか滞在していなかった。
 あっ、思い出した。
 財布に負けないくらいよれよれの鞄をあさるとお目当ての封筒を掴み上げる。
 工場恒例のQC大会に参加し奨励賞をもらったのを思い出した。
 奨励賞とは要は参加賞、内容は箸にも棒にも掛からないが、とにかく「参加してくれて
ありがとう」という賞だった。
 封筒の底を叩くと夏目漱石が三人落ちてきた。
 家を出る。
「どこに行くの?」と言った声など背には届かない。
 
 あった。
 何年か前に接待で使ったことがあった。
 当時会社の業績が落ち込み営業マンと言え度経費の締め付けが厳しく、呑み放題、時間無制限、五千円は非常に重宝した。
 店の前に掲げられている看板には当時と同じ金額が掻き込まれていた。
「いらっしゃ~い」
 太くはあるが高い声が迎えてくれる。
 五分刈りの頭に真っ赤な口紅、無精ひげが顔の下半分を縁どっている。先般、日本を興奮の坩堝と化したラグビーW杯の何とかという日本代表選手の顔を思い出す。
「初めて?」声が太い。
「いや、かなり前に一回来て、それ以来」
「もっと来たってね」と言ってラガーマンは水割りを作ってくれる。
「ツーフィンガーくらいでいい?」
 相変わらず気の利き方が違う。男にはもちろんないが女が持ち合わせているものでもない。
「ええ」
 すぐにグラスがテーブルの上に置かれる。
「もうすぐ、今日最後のショーが始まるから声援よろしくお願いします」
 声は野球部のキャプテン、仕草は紅一点のマネージャーだった。
 ショーが始まった。
 家を出る前にテレビに出ていたデブのオネエが三人、いや、三匹がミニスカートを履いてラインダンスを踊る。
「呑んでるぅ?」
 ステージの三匹に負けないくらいのオネエがやってきてラグビー日本代表と挟まれる。
「ぼちぼちね」
「いい娘いたら言ってね。うちは指名料タダだから」
 延々とショーが続く。
 背油系のラーメンを食べ続けているにもかかわらずなぜか胸焼けしない。
 そして、最後の大トリに本当の女性のような華奢で美しい白人のオネエがでてきた。
 ウエストなどさっきのラインダンスの三匹の太腿より細く、顔かたち、体つき、動き、どれをとっても完全な“女性”だった。
 しかし、なぜかあまり感動しなかった。
 小さい頃から彫の深い、いわゆる、美人が好きで、可愛い娘ぶりっこの日本のアイドルなど全く興味はなく、金髪の外人にあこがれたりした。
 それがどうだろう。
 やはり左から右に変えた影響だろうか。

 ラグビー日本代表に猛烈なキスを頬に受けて店を出る。
 タクシーに乗る金などなかったので駅までの道を急ぐ。
 なんとか終電に間に合い、鏡に映った顔を見ると、モノクロにもかかわらず、大きくくっきりと赤色とわかるキスマークが頬に付いているのに気づき、慌てて手で擦る。
 周りに目を配るがこっちを見て笑っている乗客はいなかった。
 家に着くと日付は変わっていた。
「どこへ行ってたの?」という声など誰からもどこからも掛からない。
 洗面所へそっと入り後ろ手で引き戸を閉める。
 洗面台の鏡に映る己の顔を見る。
 何をしているんだ、と小さく呟き浴室に入る。
 頭からシャワーを浴びる。冷えた体を流れるお湯が気持ちいい。
 うん?
 何気なく胸に違和感を感じる。
 そっと手を添える。
 膨らんでる?
 まさかと思い曇った縦長の鏡を手で擦りまじまじと自分の乳房を見る。
 確かに、微妙に膨らんでいる感じだ。
 もう一度、掌をそっと乳房の上に添える。
 間違いなく、膨らんでいる。
 湯量を上げシャワーを顔に掛ける。
 これも左から右に変えた影響なのかと張本人に問いかけようと視線を落とすと、その張本人の姿が見えない。
 確かに壮年を迎え腹は出た。しかし、そこらじゅうにいる妊婦みたいな腹を抱えた壮年ほどではなかった。
 昔、ある女性に「大きい」と言われたこともあった。偏差値で言えば60まではいかなかったが55から58はあると自負してきた。
 どこへ行ったんだっ、と濡れた海藻を掻きわけるとそいつは出てきた。お菓子の“きのこの山”を連想させた。
 浴室から出ると真っ暗なキッチンに入り冷蔵庫から缶ビールを取りだし自分の部屋に戻る。
 一気に半分ほど呑み干したがわけのわからない興奮が冷めやらない。
 明日も会社なので無理やり布団に入り瞼を閉じる。
 なかなか眠れなかったが、やがて、のろのろ足で睡魔が迫ってきた。
 そして、微睡んでいく意識の中に突然、一人の男が現れた。
 槇原君だった。
「好きにしてください」とプリッと締まったお尻を体に擦りつけてくる。
 あっという間に唇を奪われ“きのこの山”に槇原君の手が伸びる。
 偏差値55に回復した張本人はさらに膨張を続け、そして、前立腺に熱を感じた時、悪夢から解放された。
 額の汗を手で拭うと、まだ、熱を帯びている偏差値55に自分の手を添え左に戻す。
「大きい」
 そう言ってくれた昔の女性の顔を思い浮かべる。

        4
 目を覚ますと真っ先に下着の中に手を伸ばす。
 収まっている。ちゃんと左に収まっている。
 布団から飛び出ると洗面所に入り髭をあたる。
 アフターシェービングローションを顎に染み込ませ、何気なく乳房を触ると、膨らみは無かった。
 
 会社に着くと槇原君がすでに来ていた。
 さわやかな笑顔で「おはようございます」と頭を垂れる。
“さわやか”以外には何も感じない。
 始業のチャイムが鳴り、暫くすると向かいの席の深田さんと目が合う。
 何か言いたげそうだ。
 メールの整理をしようと受信箱を開けると深田さんからメールが来ていた。
 着信時間を見ると今しがた着いたばかりだった。
“今夜食事でも”
 パソコンの画面から目をはずし深田さんを見る。
 おかめが不気味な笑みを浮かべている。
 パソコンの画面に目を移し返信する。
“今日は先約があるんで”
 送信すると、まだ、不気味な笑みを浮かべている深田さんに向かって心の中で叫ぶ。
「この、どブスがっ!!」
       了

ちんぽじ

執筆の狙い

作者 フレディ
zaq77188fc1.zaq.ne.jp

13枚の私小説です。お暇でしたら。

コメント

日程
p407213-ipngn200407sinnagasak.nagasaki.ocn.ne.jp

読ませて貰いました。いやー、色んな思いつきがあるものだあ、と感心しました。
この作品は、世にも奇妙な物語のような認識でいいのでしょうか?
何か作者さんのメッセージがあるのではと色々妄想してしまいました笑

フレディ
zaq77188fc1.zaq.ne.jp

日程さん

拝読頂きありがとうございました。ずっと、長編ばかり書いていたので、たまにはと思い短いのを書きました。難しいですね。たった13枚で起承転結。あくまで私の妄想というか、こんなんあったら面白いかなと思い記しました。

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