作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

進化の過程においては生き残ることが唯一の善である

 私は何をやっても充実感とか達成感と言ったものが得られない人間でした。
 学生の頃は成績優秀でしたが、将来なりたい職業というものをどうしても心に思い描けなくて、結局、大学は出たものの、就職活動は全くしませんでした。
 大学を卒業してから3年の間、私は実家住まいのニートでした。
 両親は働いていましたから、私を養うことが出来ていました。けれども、私はベッドにあおむけに寝ころび、天井をぼんやり眺めながら、「こんな自分のためにどれだけ生活費がかかっているのだろう」と考えることもありました。その金額を稼ぐのにどれくらい労働しなければならないのかと思うと、やはりいつまでも親に頼っていられない気持ちになるのでした。その点では私にはまだ人間性とか理性が残っていたのだと思います。
 もともと勉強の方は真面目で、それなりの成績もとっていたし、やれば出来る人間であることは確かなのでした。
 けれども、どういうわけか、心の一部に魔物が棲みついたみたいで、自分の部屋に引きこもる以外、何か行動を起こすということが全く出来ませんでした。実際の社会の中で人と関わって何かをするということに対する恐れと怯えは尋常ならざるものがあったのです。
 ある日、テレビを見ていると、長年引きこもり生活をしていた青年が、心機一転、レストランのウェイターに挑戦するという番組が放映されていました。その青年は私と比べて学歴も相当劣る人間でしたが、外に出て何か行動を起こしているというただそれだけで、自分なんかよりも1万倍も立派な人間に思えるのでした。
 ちょうどその時、私は珈琲を飲んでいました。珈琲のアロマは私をいつも癒してくれました。珈琲は私の親友でした。余計なことは何もいわず、ただ無言で私の心の悩みの全てを理解し、慰めてくれました。
 そうだ、珈琲関係の仕事をしてみるのはどうだろう、と私はその時考えました。
 26歳になっていました。
 そろそろ行動を起こさなければ自分はこのまま腐敗して行く一方という恐怖がありました。
 そこで私はインターネットの求人の募集を見て、理想の仕事場がないか探しました。
 すると、近所のカフェで店員を募集していました。
 私は応募する前に、一度その店を訪れて、雰囲気を確認しました。
 すると、店長らしき40代くらいの男性がいたのですが、とても優しい顔をしていて、物腰も仕草も柔らかく、この人となら一緒に仕事をしたいと思えました。
 さっそく私はその場でアルバイトの志願しました。店長は感じのいい微笑みを浮かべて、履歴書を持っていらしてくださいと答えました。私はその通りにしました。面談は和やかに進み、その場で採用が決定しました。
 私は大学合格の時以上に有頂天になり、その日家に帰って両親に報告しました。両親は目に涙を浮かべて喜んでいました。あたかも、死人がよみがえったかのような光が、住み慣れたリビングの空間に満ち足りていました。

 勤務一日目、私は店が支給した制服とエプロンを着用しました。
 自分が生まれ変わったようでした。社会の一員としての誇りと輝きが身内から沸き起こって来るような感覚を覚えました。
 私は、自分という存在が、それまでの自分よりも何倍もはっきりとした、明確で強い形を有しているような感じを覚えました。
 社会に必要とされ、その必要に応える。そうすることで、初めて自分はこの世界に生きていると言えると思えるようになりました。
 私は明るくなりました。笑顔も増えました。まだ給料はもらっていませんでしたが、貯金箱の中に貯めていた数千円を手にしてデパートに赴き、両親にハンカチを買ってプレゼントしました。いてもたってもいられなかったのです。
 それからは、親子3人で夕食を囲む日が続き、笑い声の絶えない食卓になりました。それまでは、私一人、深夜に起き出して冷蔵庫を漁っていたものです。
 
 バイトを始めてから1週間が経った日のことです。
 店長は私に珈琲の淹れ方を教えました。私は喜びのあまり、跳びあがりそうでした。大好きな珈琲を淹れるという仕事を任さられる、これほど光栄なことが他にあるでしょうか。
 店長は手取り足取り、私に淹れ方を教えてくれました。
 豆に湯をかける時の店長の熱いまなざしには、内心、怖いとすら思えるほどの真剣さがこもっていました。
「分かった? じゃややってみて」
 と私は器具一式を渡されました。
 私は先ほど店長がやった通りにやってみました。すると、
「違うんだよなあ」
 と、それまでの店長とはどこか違う、露骨に不機嫌そうな言い方をするのでした。
「もう一回やるからちゃんと学んで」
 と言うので、私は緊張しながら店長のやり方を細大もらさず観察していました。
 そして私はその通りにやってみました。
 しかし、
「だから、違うんだって! どうして分からないのかな。イライラする!」
 と、ほとんど怒鳴りながら責めるのでした。手が出るまであと一歩という危険な雰囲気を醸しながら。
 私は、突然人格が豹変したような店長のその態度と、それから店長を失望させている自分の情けなさに、パニックになってしまいました。
「もういい。君にはこの仕事は任せられない。掃除でもしてて」
 と言うので、私は素直にハイ、と答えて、逃げるようにトイレ掃除に取り掛かるのでした。私はブラシで便器にこびりついた糞を落としながら、胸が黒い霧のようなものに蔽われるのを感じていました。

 店長の別の面を見てしまったその日、私は両親と一緒に夕食を取る気になれず、途中のファーストフード店で夜を過ごしました。
 もしかして、やばい展開になって来たのかなあ、と不安になって来ました。
 私はスマホで、パワハラというキーワードを検索してみました。すると、ものすごい数の件数がヒットして、世の中がパワハラという行為で溢れかえっていることをそこで初めて知ったのでした。
 これじゃあ他の店に転職しても同じようなものなのかなあと思うと、安易に今働いているカフェを退職する気にもなりませんでした。
 もやもやした不安を抱えながら、私は翌日も出勤しました。
 店長の態度は先日の暗い雰囲気を引きずっていました。そこにはある種の冷酷で、意地の悪いものもむき出しになっているのでした。そして、それは極度にまで肥大化していました。こちらの出方次第では許すと言った寛容さは微塵も感じられません。
 その時、私は、店長が私の不手際に一時的に怒っているのではなくて、これがこの店長の本当の顔だったのだということに気づいたのでした。
 最初に見せたあの温和で優しい表情の店長は仮面だったのでした。
 彼は、本当の顔を見せるきっかけを探していただけなのでした。それがあの珈琲を淹れる指導だったのです。指導にかこつけて、彼は悪魔の本性を現したのです。
 私はこれといった失敗をしたわけではありませんでした。初心者にしては、普通にこなしたと思います。店長は結局、私の何がいけなかったのかを具体的には示しませんでした。ただ突然イライラをぶつけ、そして人が変わったように意地悪を開始したのです。
 客のいる前で私を罵倒したりするようになりました。客だってそんな光景を見て楽しいわけがなく、眉をしかめたり、心配そうにしていたのですが、店長は客も自分と同じように私を非難していると思い込み、自己満足していたのでした。
 店長は私をバカとかうすのろとか使えねえ奴とかさんざん見下したあげく、カウンターの陰で私の足を踏みつけたりしました。
 もうやめよう、と思いました。
 それで、私は辞職届を店長に提出しました。
 すると、突然店長は表情を変えて、私の前で土下座するのでした。
「すまなかった。お前にひどいことをしすぎた。許してくれ」
 などと謝るのです。
 私は気持ち悪くなって、辞表届をテーブルの上に置いて、そのまま逃げようと思いました。
 すると、店長は後ろから私に抱き着いて来て、
「全部、お前が好きでやってたことなんだ。俺、不器用で、自分の感情を伝えるのが下手なんだ」
 と言いながら、私の頬を舌でなめずり回すのです。
「やめてください。僕、そういう趣味ありませんから」
 と私は拒否するのですが、空手で鍛えて来た店長に抗う術もなく、ついに私は獣の前に差し出された獲物同然に、服を脱がされ、いきり立った男根を肛門の中に押し込まれることになったのでした。
 私は泣きながら、何度もやめてくれと哀願しました。しかし、猛り狂った店長を押しとどめるものは何もありません。
 いつの間にか店長は私のペニスを咥えていました。私はこともあろうか、そんな店長に同情がこみあげて来て、どうせここまで凌辱されたのなら、いっそのことどこまでもこのみじめな店長と共に堕ちてしまえばいいというような気分になり、成り行きに抗おうとする気持ちさえ消え失せていました。
 果てた後の店長はしばらくの間私の体に腕を巻き付けていましたが、しばらくするとゆっくりと立ち上がって、どこかへいなくなってしまいました。
 私は服を着て、もう二度とここには戻らないつもりで店を後にしました。

 数日間、私は部屋の中で鬱状態で引きこもっていました。
 両親は私がせっかく始めたバイトを急に辞めることになってとても悲しんでいました。
 全てが元通り、闇に閉ざされました。
 いえ、全てが元に戻ったならどれだけ良かったでしょう。今、私の体には永遠に消えることのない傷がしっかりと刻まれてしまったのです。
 毎晩のように、店長が夢に出て来ました。
 現実で起きたのとは違う形でですが、店長は私をやはり犯し、傷つけました。
 汗まみれになって目覚める深夜、店長が私の中に悪霊のように棲みついていることを嫌と言うほど思い知らされるのでした。
 しかし、それ以上に私を精神的に追い詰めたのは、そんな憎むべき店長の肉体を、私の肉体が愛してしまっているということでした。
 狂気に彩られた血まみれの欲望の中で。

 私はある日の夜、そっと部屋を抜け出し、自分がかつて働いていたカフェに向かいました。
 閉店直後のカフェにはまだ人の気配がありました。
 私はドアを開けました。
 すると、中に店長がいました。彼は私を見て笑顔を浮かべました。
「戻って来たんだね」
 と彼は言いました。
 私は微笑みながら、静かにうなずきました。
 そして、私が彼に近づくと、彼も小走りに私に近づいて来ました。
 彼が両手を広げて私を抱きしめようとしたその瞬間、私は後ろに回していた手を前に振りかざし、ナイフの刃を彼の首筋に突き刺したのでした。
 
 私は珈琲カップを手に、床にうつぶせに倒れている店長のもとにしゃがみ込みました。その頸動脈から一定間隔で噴き出している血しぶきをカップで受け止め、100ミリリットルほどの量まで貯め込むと、それをごくりと飲み込みました。
 私は自分で警察に電話をかけました。
 5分後、近くの交番から警察が駆け付けました。そして私の両手に手錠をかけ、パトカーに押し込みました。まるで怪物でも見るような目つきで。

 留置場の冷たい布団の中でふと考えたことは、もう働いて稼がなくても、一日3回の食事にありつけるということでした。そう思うと、これまで心の中を満たしていた不安が一気に雲散霧消してしまうのは何とも皮肉なことでした。働かなくても食べて行ける。もちろん、いろいろな課題はあると思うけれど。
 何をやってもうまく行かない、人を苛立たせ、人から傷つけられるだけの人間があくまでも生にしがみついて生きようとするならば、その末路はこういうところに落ち着くのかもしれません。
 何にしても、人間という愚かな生物は、つまりは食べるために悩み、苦労を抱えるのでしょう。しかし、これからの自分には食だけでなく、衣食住全て保証されています。もう人生の悩みなんて存在しないことでしょう。表向きは罪人ですが、実質的には貴族と言ってもあながち間違いではないような気がします。
 ただ、あえて気になることがあるとすれば、塀の中で相性のいいパートナーに出会えるかどうかという、その一点だけです。

進化の過程においては生き残ることが唯一の善である

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
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人生の意味って何なんだろうって深く考えることはありますか?

コメント

アフリカ
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お疲れ様です

最近あんまり来なくて読むことも少なかったので、せっかくだから感想入れときます〰️

犯されても求めてしまう。
よくある展開ですね……
でも、なんとなく分かるかな……

先日、好きな人に前戯してたら
急にさめた。
そしたらその人は突然目覚めた感じになって挿入して今すぐにって、凄くいやらしい表現で懇願したんです。
今までそんな事ない可愛いらしい感覚だったのに突然のエロいモード。
結局は僕の中でさめた温度は上がらなかったんだけど、それから連日その事ばかりが意識を支配するというか気になって気になって仕方なくなって……

人生の闇もだけど、目の前の愛情もままならない毎日です。

難しいのは自分以外の人の気持ちはコントロールできないって事実を僕自身が認められないことかな…

まあ、頑張ってください

ありがとうございました

大丘 忍
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私にはよくわからない心理ですが。
ところで、刑務所に入れば働かなくて飯を食わせてもらえるのですか?

偏差値45
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>進化の過程においては生き残ることが唯一の善である

これね……。うーん。ホモサピエンスの話かな、と思ったけど、ホモの話でした。

いつになく真面目に書いていると思ったわけですが、
やはり、加茂ミイル作品でしたね。その点は裏切りません。
なぜか、そこが面白いですね。(作品としてではありませんけど)

さて、感想です。
文章は以前にも増してすらすらと読めたと思います。
ストーリーも成立していまし、悪くはありません。
とはいえ、共感は出来ません。
社会的に適合しにくい人も居るだろう。感情を伝えることが苦手な人も居るだろう。
しかし、性的衝動に走る人や他人を刺す人は皆無でしょうからね。

>人生の意味って何なんだろうって深く考えることはありますか?

人間が存在する意味がないのと同様に人生も意味がないですね。

加茂ミイル
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>アフリカ様感想ありがとうございます。

人間の心の中は複雑で、生の肉体的欲望を、道徳観念とか、プライドとかが抑制していたりして、
本当の自分が何を求めているのかをちゃんと自分が理解しているかどうかおぼつかないところがありますよね。
肉体的欲望を抑制しているのは、ある意味、社会の道徳観念みたいなものだと思うのですが、
その道徳観念に基づいて自分の感情や思考が成立している場合、それはその人個人の意思でもあると思います。
それが肉体的欲望の方向性と相反する場合、ややこしいことになると思うのですが、
そのややこしさが、ある種、その人が属する文化というものを形成しているのかもしれません。

加茂ミイル
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>大丘忍様感想ありがとうございます。

>ところで、刑務所に入れば働かなくて飯を食わせてもらえるのですか?

いろいろな作業はあると思うので、

>働かなくても食べて行ける。もちろん、いろいろな課題はあると思うけれど。

という形で、いろいろな課題という言葉でその部分を補完させてもらいました。
ですから、ここでの働かなくてもというのは、外の世界での労働のことで悩まなくてもいいということです。
刑務所における労働は、それは自分で探すものではなく与えられるもので、その意味では自分から動かなければいけない外の世界の労働とは違うものとして主人公には捉えられたのです。
外の世界における就職とか労働というのは、ただ働くというにはあまりにもいろいろな要素が絡まり過ぎていて、
その点が主人公には耐えられなかったわけです。

加茂ミイル
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>偏差値45様感想ありがとうございます。

>社会的に適合しにくい人も居るだろう。感情を伝えることが苦手な人も居るだろう。
>しかし、性的衝動に走る人や他人を刺す人は皆無でしょうからね。

そうでしょうか?
ドキュメンタリー番組なんか見てても、世界中のあちこちで小説より奇なりな出来事が発生していると思います。
それに、皆無というのは、100%ないということですか?
歴史上のいろいろな事件を調べてみてください。
常識からはかけ離れた行動をする人間が起こした事件がびっくりするくらいたくさんあると思いますよ。

>人間が存在する意味がないのと同様に人生も意味がないですね。

偏差値さんは人生に意味を求める瞬間はある?

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

再訪失礼します。

>それに、皆無というのは、100%ないということですか?

それは数字の話ではなく、共感性においての話です。
宝くじの一等賞に当たる人はいるでしょうけど、
実際、そのような人物に会ったことはない。そのようなものです。
たとえ、十万円程度をもらったとしても人生においてなんの影響もないです。
従って宝くじを買う人には、共感ができないのと同じですね。

>常識からはかけ離れた行動をする人間が起こした事件がびっくりするくらいたくさんあると思いますよ。

それはあるでしょうけど、実感はない。
例えば、中華まん。肉まん派とあんまん派があるわけですが、
自分の好みではないのは認められないのと同じですね。

>偏差値さんは人生に意味を求める瞬間はある?

人生の意味? それ自体が過去問なのです。
従って求める瞬間はないです。

加茂ミイル
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>偏差値45様、再訪ありがとうございます。

偏差値さんの考え方は筋が通っていると思います。
揺るぎない哲学のようなものを感じました。

すもも りんご
116-65-240-38.rev.home.ne.jp

何で私のこと知っているの?
と思えるくらいリアルでした。
共感できないという人もいます。
それは正論です。
が、しかし心の中では妄想し架空の行為を実行していることもあります。
ここの店長のように一見ではわからない心の奥を表しているのです。
人間の心は複雑です。
社会一般常識と個人の心の中は違います。
店長の行為がどうしても許せないのです。
しかし店長の行為だけでは殺人まで進みません。
悔しさや恐怖が残るだけです。
耐えきれなければ自分が死ぬだけです。
心は店長の行為で傷つけられたが体は許してる。
自分の体は店長の体になってしまった。
それが許せなく殺人をして血を飲む理由だと思います。
刑務所の暮らしは自分の死を選ばず店長の死を選んだ。
それでも生きることの理由つけです。
こう解釈しました。
間違っていたら、ごめんなさい。

加茂ミイル
i125-205-104-206.s42.a014.ap.plala.or.jp

>すもも りんご様感想ありがとうございます。

自分はこんな人間であるはずがない、という心の部分と、
機械的に反応してしまう肉体的快楽の部分の葛藤と言いましょうか。
本来こうあるべきだった自分が、そうでなくなってしまったという思い。
その理由は店長の自分勝手な行動にあるのか、それとも、あるいは、ひょっとすると快楽を感じてしまった自分が一番いけないのか、という迷い。
悪いのは誰なのか、どの部分なのか。
もう分からないとなった時に、自分を苦しめ、迷わせるその存在そのものを消し去るしかないという気持ちになることが人にはあるかもしれません。
主人公はそこまで追い詰められていたという風に考えることも出来ます。
また、常軌を逸したところまで追い詰められなければ人は殺人など犯さないでしょう。
常軌を逸した状況になったから、主人公は店長を殺したのでしょう。
血を飲むシーンは、ある種のサスペンス映画的な演出としての意味合いが強いのですが、
もしそこに何らかの深い意味を色付けするとするならば、
また、作者自身が何故そういう場面を書こうとしたのかという心理分析をするならば、
それは、主人公が店長によって奪われたものをその血を持って奪い返すということなのかもしれません。
血を飲むことは、完全に店長という存在を克服した、勝利の宣言の意味合いがあるかもしれません。
刑務所暮らしについては、すももさんのおっしゃる通り、主人公の中にあくまでも生への執着があったからこそ、彼が無意識に選択した場所と言えるかもしれません。

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