作家でごはん!鍛練場

梅闇

 注文した甘酒を受け取りに、私はある一軒の古びた造り酒屋を訪れていた。
 珍しく雪のちらつく凍える日で、
「用意できるまで上がって待ってれば」
という幼馴染の言葉に、普段なら遠慮するところを、言葉に甘えて私は中で待たせてもらう事にした。
 それまでその家の前までは何度か行った事があるが、中に入るのは初めてだった。
 茶色に変色した杉玉が吊るされた玄関の引き戸を開けると、薄暗い中、几帳に飾られた着物が目に入った。
その着物を見た瞬間、闇夜にひっそりと咲く白梅の、微かな匂いがしたような気がした。
柔らかな錦紗の濃紺とも墨とつかない地色に、裾に控えめに白梅が描かれている、そんな色留袖だった
 私は何故だかその着物に心を奪われた。
 柱時計がボーンと鳴った。
 太い梁が剥き出しの、ゆうに築百年は越すという、重厚な木造建物の持つ迫力に私は何やら畏れに近いものを感じていた。私一人きりだった。しんとした家の中で、私は一人で着物と対峙していた。時が止まっているかのようだった。ほんのひと時が永遠にも感じられた。
用意ができたと呼びに来た幼馴染に、
「素敵な着物ね」
と言うと、彼女は全く興味がなさそうに、
「そういえば、あなた着物好きだったわね」
と言った。
「叔母のものなの」
「若死にした人の着物だから、なんだか縁起が悪いみたいで着る訳にもいかないし、飾りに掛けとくぐらいしか使い道がなくて」
と心底、迷惑そうに彼女は答えた。
さらに彼女は、
「そんなに気に入ったなら羽織ってみたら」
と言った。
 羽織った瞬間、とろりと着物が床に落ちた。滑らかな生地だった。
随分と身幅が狭い着物だった。若死にしたという人の着物にしてはひどく地味な、六十代ぐらいの人が着るような柄ゆきだった。ふと彼女の叔母はどういう人だったのだろうと興味が沸いた。私の脳裏にある一人の女性の姿が浮かんだ。撫で肩の臈たけた小柄な女性の後ろ姿だった。闇の中、その俯いた横顔が、ゆっくりとこちらを振り向こうとしている。
「なかなか似合うんじゃない。よかったら持って帰ったら?」
と言われて私は我に返った。丁重に断って、注文した甘酒三本だけを持って帰った。
 家に帰ってからも着物の事が頭から離れなかった。
 コップに注いだ甘酒の、白い麹の一粒一粒が白梅を連想させた。ほんのりと日本酒の香りがする、どろりとした濃い甘酒だった。

 珍しく雪の多い年だった。何年かに一度降るか降らないかという雪が、二度、三度と降っては地面に積もった。
日常の何やかやに追われているうちに、いつの間にか、陽の暖かさを感じる事が多くなった。気が付けば立春だった。ある晴れた休日、ふと散歩にでも出ようかと私は近くの徳島公園を歩いていた。大きな看板が目にとまった。徳島城博物館のものだった。
「幽霊画展」確かそのような看板だった。
 それまでただ通り過ぎるだけだった博物館を、何故だか覗いて見たい気がした。
 白壁の立派な造りの建物に入り、受付でチケットを買い求めると、特別展は入って左側のようだった。
 たまたま最終日の、閉館ぎりぎりだったせいか,中はがらんとしていた。
 売店のスタッフが暇そうに欠伸をしていた。
 薄暗い展示室に入った途端に陰気な気配がした。
 展示室には、様々な寺院などから集められたという、掛け軸や草双紙が並んでいた。
 私は展示室の端から順に観て行った。
 ガラスケースの向こうに沢山の幽霊たちの掛け軸が並んでいた。
 足のない髪を振り乱したいかにも幽霊と言ったものから、凄惨な美しさを感じるものまで様々だった。
 順々に観て行って、とある肉筆画の前まで来た時に、私は思わずあっと声を上げそうになった。
 そこには、幼馴染の家で見た、梅の裾模様の着物と全く同じ柄ゆきの着物を着て、丸髷を結った一人の女性が描かれていた。その顔が幼馴染にそっくりだった。それは一見、絹本に描かれた普通の美人画のように見えた。
 よく見ると落款にわずかに血の痕のようなものが滲んでいた。
 私がずっとその絵の前で佇んでいるのを見て、気の良さそうな初老のボランティアガイドの男性が近付いて来た。
「その絵が気になりますか?」
と聞かれて、私は、
「ええ」
と答えた。
「これは幽霊なんですか?」
と尋ねると、
「幽霊っぽくないですよね」
と男性は答えた。
「あるお寺から借りたものなんですが、そこでは幽霊画と伝えられているそうです」
「何でも祟るとか……」
と声を潜めて教えてくれた。
 私がずっとその絵を眺めているので、やがてボランティアガイドの男性はどこかに行ってしまった。
 見れば見るほど、幼馴染にそっくりだった。
 いつぞや私が思い描いた通りの、小柄で色白の美しい女性像だった。
 気が付くと閉館時間間際だった。
 売店のスタッフは、早々と片づけを始めていた。
 私はそっと博物館を後にした。
 博物館を出ると、すっかり陽が落ちていた。
 薄闇の中、私は歩いて家路に着いた。
 SL機関車の前を通り過ぎ、歩いていると、ふと梅の木が植わっているのに気が付いた。
 私は近くまで行ってみた。
 夜陰に紛れて、白梅が一輪、可憐な花を咲かせていた。寒かったせいか今年は開花が遅れているようだった。梅の匂いを嗅いだ。小さくても確かに梅の匂いがした。

 幼馴染が寝込んでいるとの話が漏れ聞こえてきた。
 私は見舞いに行った。
 玄関を入ると、几帳に掛けられた着物がなくなっていた。
 重苦しい木造建築の空気感の中、彼女は布団に横になっていた。
 もともと華奢な方なのが、さらに痩せたようだった。
 色白の小造りな顔がどこか透き通るようで、ますます博物館で見た幽霊画にそっくりになっていた。
「来てくれたの」
と彼女は弱弱しい声を出した。
「私もこのまま死んでしまいそうな気がする」
といつも勝気な彼女が珍しく弱音を吐いた。
 博物館で見た幽霊画の事は黙っていた。
「やっぱり若死にした人の着物なんか羽織るものじゃないわね」
と彼女は尚も言った。
「実は、あなたが帰ったあと、私もあの着物を羽織ってみたの」
「考えすぎよ。ただの風邪よ」
と私は言った。
「いいえ、私は死ぬんだわ。叔母も最初はただの風邪だったらしいし」
「あの着物、寸法も私にあつらえたようにぴったりだったわ」
と彼女は言った。
「気のせいよ。」
「あまり喋ると体に悪いわよ」
と、私は見舞いの品を置いて彼女の家を後にした。
 
帰り道、思わず笑いがこみ上げてきた。
 私には確信があった。
 私が帰った後、彼女も必ず着物を羽織るだろうと。
 ちょっとした仕返しのつもりだった。
 縁起が悪いと言う着物を平気で羽織ってみろと勧め、似合いもしない着物を「似合うんじゃない」と言う彼女の無神経さが嫌だった。私は色黒で、どちらかというとふくよかな体型だった。
 そして彼女の病気がただの風邪だと言う事もわかっていた。
 やがて本当の春が来て、梅の花が満開になった。
 あの着物がどうなったか、その行方を私は知らない。

  

梅闇

執筆の狙い

作者
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意地悪な気分で書きました。よろしくお願いいたします。

コメント

日程
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読ませていただきました。
ごめんなさい、僕の読解力がなさ過ぎて結末の意味がよく分かりませんでした。こんなこと聞くのは野暮とは分かっているんですが教えて下さい。私、の仕返しって一体?着物が消えたわけとは?
文章としては、文末が「た」で終わるフレーズが多い気もしましたが、今作に関しては古い時代の風情があってよいのではと感じました。

偏差値45
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オカルトの話かな、と思いきや、そうではなくて人の思い込みの話。
もっと言えば、人間関係ですね。
表面的には平穏なのだけれども、内面的では陰湿なものがありますね。
主人公は、どこか嫉妬、妬みの感情があるような気がしましたね。

全体的には文章力もあって、読むことに苦労はなかったです。
とはいえ、ストーリー的には、ご都合主義が多いかな。
で、バランスが少々が悪い気がしますね。
主人公に対してもう少しバッドエンドの終わり方ぐらいでちょうどいいかな。
つまり、「人を呪わば穴二つ」のようなものです。

ラピス
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私は以前、「花闇」というラノベ話を作成して地方文で受賞した事があります。タイトルが似ているので、惹かれました。

文章がとても上手いだけに、なんてことない話なのが残念でした。

私という人称のときは、冒頭で男か女か分かるようにしたほうがいいですよ。

幼馴染みが、主人公の太めの体型を揶揄ったと最初から分かるように書いたほうがいいです。共感できます。
わざと分からないように書いて、小さなミステリーにしたのかも知れませんが。。。主人公の心理描写が、かなり足りないと思います。

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日程さま

お読みいただきましてありがとうございました。
仕返しというのは、幼馴染みの思い込みの激しい性格、勝気な性格を知っていて、あえてわざと着物を着るように仕向けたということです。
わかりにくくてすみませんでした。

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ラピス様

ありがとうございます。男か女かわかるようにした方がいいという点、参考になりました。すみません、ちょっとした意地悪心でなんてことのない話にしたかったのです^ ^

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偏差値45様

ありがとうございます。
友達ではない、かと言って単なる知り合いというには付き合いが深すぎる大人の微妙な関係の女性たちの話です。バッドエンドにしなかったのは好みです。
さらっと書きたくて。お読みいただきましてありがとうございました。

夜の雨
i223-216-205-231.s42.a027.ap.plala.or.jp

「梅闇」拝読しました。
なかなか良いですね。
文末の語尾以外は完ぺきではないかと思います。
語尾は「だった。」「した。」とかが多くて、せっかくの格調のある文体と味のある内容に「傷」をつけているように思いました。

まあ、今回の語尾は注意すれば簡単に直るので、次はよろしくお願いします、という感じです。

内容について。
いやぁ、面白くて、味わい深いです。
面白いというのは、「仕返し」という御作の流れの中で、仕掛けがしてあるところですね。
主人公の幼馴染の「叔母」が着ていたという着物。
この叔母が若死にしているのですよね。
これが、キーワードです。
着物は見た者の「時が止まってしまう」ほどの代物で、羽織ると滑らかな生地でとろりと着物が床に落ちる。
きっと、着る者を着物が選ぶのでしょう。
ということで、着物に魂がこもっている、と言っても差し支えない。
似合っているので持って帰れと勧められるが、主人公は自分の器量がわかっているので丁重に断る。

立春の日に博物館で幽霊展をしていたのだが、その中の肉筆画にあの着物を着た幼馴染がいるのを見て驚く。
もちろん似ていただけなのだろうが、彼女にそっくりな女性が着物を着ているのを見て、彼女にこそ似合っているのであって、主人公には似合っていない。
姿かたちが違う。
その主人公に着物を持って帰れとは、ということで、これが「オチ」へとつながっている。
幼馴染が病気ということで見舞いに行けば、寝込んでいた彼女は「着物を着た」ので「このありさま」と死への発言。
お見舞いの帰り道に主人公はただの風邪と見破っているが「仕返し」になったとほくそ笑む。

まあ、着物の似合う美しい幼馴染は性格が勝気らしく「似合っていない物を似合っていると言って、持って帰れとか」の「無作法をする」そういった「無神経」なところがある。

「味わい深い」
こちらは、ひとつひとつの文字が選び抜かれて連結しているという感じですね。
その美しい日本の文体と内容が合っていて、そこに登場人物の個性がドラマを創り上げている、とお見受けしました。

「梅闇」という作品を読んでみたわけですが、こちらの作品は肉付けするといくらでも膨らんでいくような作品ですね。
登場人物を増やして、それぞれの立場からこの「着物」にまつわる話を展開させれば、かなり書きこめるのではないかと思いました。
もちろん、今回の登場人物を掘り下げてもよい。

ほか
御作を読むと雪にまつわることがいくつか書かれているところがありましたが、これって「ゆきのまち」の「公募」とかを意識していたのではありませんかね?
一言書いておくと、御作は「仕返し」が題材になっていて、その背景に美しい文体があります。
「雪」はその文体の一部だと思いました。
「ゆきのまち」の公募を狙っているのなら、「雪」を、題材に近いところに置く必要があると思います。
題材にする必要はないと思いますが、その題材を支えるものに「雪」をおくとよいのでは。
と、余計なところまで膨らんでしまう作品でした。


良いものを読ませていただき、ありがとうございました。

may
pw126233153249.20.panda-world.ne.jp

はじめまして。拝読しました。文章がお上手なので最後までどうなるんだろうと思って読めました。オチで種明かしされていたのであー、なるほどねとほくそ笑みました。
意地悪な気分で描かれたとのこと、意地悪さ十分伝わりました。着物を羽織る呪いとでも言いますか、たしかに誰かに着させた後飾ってあっただけのものを自分も着てみたくなったりしますよね。
女同士のねちっこさドロドロ妬みみたいな怨念は恐ろしいですね笑
若死した人の着物を、似合うから持って帰っていいよと勧める幼なじみの意地悪さ。
それに応えて仕返しする自分の闇の深さ。
梅や雪が舞台を彩っています。
面白かったです。ありがとうございました。

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夜の雨さま

お読みいただき、また丁寧なアドバイス恐縮です。
ゆきのまちではないですが、別の公募に出そうとしてやめた作です。私はどうも話を展開させるのが苦手でして…
なかなか創作に向き合う気持ちになれませんが、お言葉をありがたく受け止め自分のペースでやります。お読みいただきありがとうございました。

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may様

お読みいただきありがとうございます。
意地悪さが伝わってよかったです。
喧嘩するわけではないですが、女性同士ってよく考えたらあれって思う事がありまして。私は鈍い方なんで後からモヤッとする事が多く、書いてみたらこんな感じになりました。
お言葉大変ありがたく受け止めます。
お読みいただきありがとうございました。

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