作家でごはん!鍛練場
日程

世界平和を君に乞う

『万引きとは何か』そう問われれば僕は迷うことなく人生と答える。僕は呼吸をするように万引きをする。働く気なんか毛頭ない。
そんなことしたら無駄に疲れてしまう。僕は自分の損になることはしたくない。そもそも自分の意思で生まれたわけではないのに生きる為の努力はしましょう、なんて勝手すぎると思う。うん、絶対そうに違いない。僕は何か間違ったことを言っているだろうか?世の人々は僕のことをクズ人間と罵倒するが、個人的にはクズで結構コケコッコーという感じだ。
だからこの日も僕は迷いなくスーパーを訪れた。
 ひどく暑い日であった。アスファルトや歩道に停められた車から、めらめらと陽炎が立ち上る。行きかう人々が半袖シャツに汗をにじませる中、僕は分厚い上着をまるで雪国から来た人のように羽織っていた。もちろん万引きのためである。恰好こそ不自然であるが、が、それを除けば僕は万引きをするとき常に自然体だ。おどおどして挙動がおかしくなることは一切ない。いつものようにスーパーに入って高価なものを手際よく上着の懐に隠し持ち、堂々と店をでる。
今日も見つからずに済んだ、そう思っていた。
「ちょっと、し、君何してんの?」
スーパーを出てすぐに後ろから肩を掴まれ、びっくりして振り返るときに体が力む。
「今、絶対万引きしてたでしょ。見てたから」
きめ細やかな白い肌に大きな瞳。少しウェーブがかかったブロンドの綺麗な髪の毛。その色味を引き立たせるような純白のワンピース。
ハッとする程の美少女が僕を見つめて立っていた。
「何だよ、あんたには関係ないだろ」
その台詞は声が裏返ったし、何よりいかにもモブっぽい。そう、どれだけ僕が気取った思想を持ったところで、所詮可愛い子には弱い。
「店に返しなさい、通報するよ?」
ロリ系の声かと思いきや意外とクールな声で、ギャップ萌え確定路線である。
だが僕も今は惚れている場合ではない。
「ごめんなさい。今すぐ返すので今回だけはお店に秘密にしておいてください」
すぐさまスーパーに戻ろうとして誠意を見せようとする。
すると美少女は僕の腕を強く掴んで、厳しい顔をした。
「駄目、許さない」
はい、まあそうでしょうね。
「だけどね、君が私のお願いを聞いてくれるなら特別に許してあげる」
よく見ると彼女の顔にはかすかな笑みが浮かんでいる。
「……」
んん??なんだそれは、おかしいぞ。この子は何を言っている?
漫画かアニメでしか聞いたことのない台詞に、僕は真意を測りかねて言葉に詰まった。しかし僕は彼女の話し方で何となく思う。どうやらこの子はわざとこんなことを言っているのだろうと。彼女からは圧倒的な顔面偏差値に裏打ちされた、したたかな自信を感じる。ここまで思考はわずか0.2秒。僕の明晰な頭脳は素早く回転する。
「何をすればいいんですか?」
美少女はしてやったりという顔をした。
「それじゃあちょっと一緒に来てよ」そう言って彼女は僕の手を握る。とても柔らかい。僕の明晰な頭脳は歓喜した。
眩しい太陽の中に日陰を探して、ひとまず僕と彼女は木々の影になった公園のベンチに腰掛けることにする。彼女は両手を膝に乗せて行儀よく座った。セミがせわしなく鳴き、子供が数人鬼ごっこをしていて公園は賑やかだ。
「えっと、じゃあまず君の名前を教えてくれるかな」
彼女が改まって切り出した。
「はい!加藤 真矢、16歳、趣味はカフェ巡りです!」
ここ最近で1番生きのいい声を出した自信がある。
「はい、ご丁寧にどうもありがとう。ていうか何なの、そのOLみたいな趣味は」
彼女は絵画の女神のように綺麗にほほえむ。
童顔からこぼれる笑みは想像以上に可愛かった。僕は少し火照りながら、ホントは趣味じゃなくて時間潰しの為ね、と心中でぼやく。
「えっと、高校には行ってないの?」
「毎日スーパーに行って日々の糧を得る。仮にそれを教育と呼ぶのなら……」
「はい、つまり中卒ね」
おふざけがスルーされた僕は悲しんだ。
「それで、何なんですか?僕にして欲しいことっていうのは」
恥ずかしくなって慌てて話を戻す。
「君にね、頼みたいことがあるの」
彼女が至近距離に近づく。シャンプーのいい匂いがふわっと鼻腔に広がった。僕の心臓はオーバーヒート寸前だ。もちろん気温のせいだけではない。太陽との距離が今より近づいたら地球もきっとこんな感じになるんだろうな、と無駄なことを考えることで冷静さを保とうという高等戦術。
「今から私の家に来てくれない?」
失敗。核付近からマントルが噴出し、地球は無事に火の玉になる。
「どどど、どうしてですか?」
僕なんかが何のために、の意が含まれたインコ以下の日本語が辛うじて口をついて出る。僕の全身はフィーバータイムであった。
彼女は大事なことを言うかのように、ごくりと唾を呑んだ。
「急な話だけど私ね、今アキナリさんと一緒に住んでるの。彼はね、昔、幼女誘拐事件で捕まった人」
「……」
セミが死滅する。地球は急激な氷河期に突入した。

 家族のことを考えると、今でもむず痒いような気持ちに陥る。僕が家出をしたのは半年前のことだ。両親は大変仲が悪かった。父と母は互いに浮気を繰り返して、僕が中学生に上がった頃には夫婦関係はもはや成立してない状況だった。そんな夫婦が離婚に踏み切らなかったのはもちろん一人息子である自分の存在があるからだ。両親は共に彼らの唯一の期待である僕に勉強するよう強く促し、僕は中学受験をして地元の名門私立学校に進学させられた。だが僕はそれほど勉強が得意ではなかった。中途半端な成績の息子を見るたびに両親は呆れたような、失望したような顔を見せた。僕にはそれが嫌でたまらなかった。加えて小学校の頃の友達と完全に分かれてしまい、自分が新しいコミュニティになかなか馴染めなかったことも憂鬱の原因だった。
とはいえ2人とも実の親であり、僕は自分を私立に入れた親に対して、大きな恨みや怒りの感情を持っているわけではない。ただ、家がずっと窮屈で仕方がなかったのは確かだ。自分がいない方が両親も自分も楽なのではないかと長く思い続けていた。そんな悶々とした感情を抱えた中学3年生の時、両親と過去最大の大喧嘩が起こる。当時通っていた私立校にエスカレーター式で進学を望む親に対して、僕は家を出て働きたいと強く主張したの。当然親は猛反対した。だが僕は、否定されればされるほど刃向かいたくなってしまい、頑なに親の言うことを拒んだ。だがそれだけではただの反抗期で終わり、この後一人で生活する決意には至らなかったであろう。僕が人生最大の決断である家出に及んだのは、1年前に地元を去った無二の親友がいたことによる。

「ごめんね、そんなに驚かないで」
完全に凍りついた僕を見て彼女は申し訳なさそうに言った。
「いや、もう意味わからなさすぎて」
そのままの正直な感想。なんだよこれ、ハニートラップどころの騒ぎじゃない。彼女は一体何者なんだ。僕はハンカチを取り出して、まさかこの時期に出るとは思わなかった冷や汗をふく。
「私ね、1年前くらいからアキナリさんに養ってもらってるの。全然悪い人じゃないから大丈夫。だけど、私あと少しでアッキーの家を出ないといけないの。私もう幼女じゃないからアキナリさん興味を失っちゃったの」
彼女は訳がわからないことをさらりという。もちろん内容も飛躍しすぎだが、僕としては別の所に引っかかっていた。
「う、嘘だろ。もったいなさすぎるそれは!」
自分で言うものでもないが、僕は少し変なのかもしれない。
驚いた理由を解説しよう。
前提として僕は圧倒的巨乳派である。それは確認するまでもないことだ。だが同時に僕は貧乳の尊さというのも充分に理解しているつもりだった。おっぱいがおっぱいである限り、たとえサイズが変わろうとその存在価値は等しく、多種多用なおっぱいがあるからこそ、あらゆるおっぱいに個性と華がある。つまりおっぱいがおっぱいであることにおっぱいが持つおっぱいとしての役割があり、その普遍的ぱいぱい観念は何を持ってしても崩されるものではないことは重々承知しているつもりだった。だがしかしこのアキナリというロリコンの男は、女をロリかロリではないかという2つの領域でのみ分類しているようだった。この美少女、たしかに歳だけで言えば僕と同じくらいの年頃のようでそろそろロリとは言えなくなる年齢であるが、おっぱいの方はそれほどの発達が見られず、一般的にはロリとして充分通用するだろう。だがアキナリはおっぱいを以てしても彼女のロリ性を認めない。彼は僕の理解の範疇を超えたロリ観念を持つ、究極のロリータコンプレックスなのかもしれない。
僕はアキナリという男を勝手に妄想してその心理を探求する。
「ちょっと、もったいないって何よ、てか今何考えてんの?話聞いてた?何なのよ、その反応は」
しばらく話そっちのけで、気色悪い妄想にふけっていた僕に、彼女は少し怒ったような顔をした。しかし心底腹を立てているようには見えない。それに気を良くして『なんだよ、君が可愛いんだから当然の反応だろ』と歯が浮くような事を言いかけ、やっと僕は突っ込むべきところが確かにそこじゃなかったことに気づいた。
「ごめんなさい。あなたとアキナリさんはどういう間柄なんですか?そして僕はそれにどう関係しているんですか?」
急に真顔を取り繕う。彼女はそんな僕の豹変ぶりに笑った。彼女は意外にゲラなのかもしれない。可愛い。
「アキナリさんは私となんの関係でもないよ。アッキー……あ、アキナリさんとは性関係も無いし暴力を振るわれたりもしてない。ちょっと関係性は違うけどまあ親みたいなもんだと思ってくれたらいいよ。全然誘拐とかじゃないから。とある事情で知り合ったんだけどね。あ、そのことは後で言う。そんなことより君にね、頼みたいことがあります」
彼女はあちこち話が飛ぶ癖があるようだ。僕は、暑さで肌がべたべたしてきたので、万引き用のでかい上着を脱ごうとする。一方彼女はなぜだか居住まいを正していた。それから予想だにしない言葉を発し、ベンチに額が付くほど深々と頭を下げる。
「真矢くんに私の彼氏になって欲しいです」
勢いよく降ろした上着のチャックが、思いっきりシャツに噛んだ。

 僕にとって桜は盟友とも言える存在だった。小学校の頃から仲が良く、僕が私立中学に入ってからもその仲が疎遠になることはなかった。
お分かりの通り僕は女を見る時はまず胸から入る。それから顔と尻を見て、最後に性格を見る。僕は自分がクソスケベ野郎であることは自覚しており、自らを痴漢予備軍と命名しているほどだった。
しかしその点桜との関係は違った。桜は痩せ体型でおっぱいも小さく、顔もそれほど可愛いとは言えなかった。そんな彼女と仲がいいのは、性格の相性が非常に良かったこと、そして何よりも置かれていた境遇が似ていたことが大きい。境遇が似ているといっても、桜は僕よりも数倍深刻な状況にあった。桜の両親は離婚していてシングルマザーなのだが、母親が付き合っている男が家に遊びに来るたびに、桜はそいつにセクハラを受けるという。もちろん桜は母に相談はしていた。しかしその男が地元ではそれなりに大きい食料品店を経営している、この辺ではかなりの金持ちであることに加え、人前で表立った性的なことは一切しないので、母親は桜の相談にはいつも渋い顔をした。だから桜はそんな日常をぐっと堪えて、時々感情が溢れ出そうなときに僕と、二人の家の中間にある神社のふもとで、未来について語り合うのだ。
「私さ、家出しようと思ってるんだよね」
「まじかよ。俺らはまだ中1だぞ」
まだ時間は五時だが外は暗くなり気温も下がってきている。だが僕も桜も、なかなか家には帰ろうとしない。
「でも私一人で生きたいの。私は誰かの物じゃない。誰にも惑わされずに、誰にも邪魔されずに私だけの人生を生きたい」
夕暮れの街灯の下、恐ろしいほど強い桜の眼差しは今でも目に焼き付いている。僕はその眼光に少し怯む。
「その意思は本当に、まじで尊敬する。だけど冷静に考えて桜に何ができんだよ。まずどうやって生きていくつもりなんだよ」
実際のところ僕は彼女が現状を独力で打開して、自分から離れていくことが怖かった。
桜の目が一瞬光を失い、暗い表情になる。
「真矢はいいよね」
「何が」
桜が何を考えているのかわからない。
「真矢の3Dアート、絶対世に出せるよ。私にもそんな技術があればきっと1人で生きていけるのに」
桜は時々僕の絵を描く力を羨むことがある。僕はあまり人に見せることはないが、立体アートというものを大の得意にしていた。桜にだけは時々見せていたが、僕は2Dの紙に、恐ろしく鮮明な3Dの世界を描くことができる。
「俺は一人で生きていける気はしないけどな」
僕は自分が桜ほど強い人間でない事を自覚していた。
両親の仲の悪さに見ぬふりをして、四六時中女の胸ばかりを見つめているのが自分なのだ。
「真矢は早くいい人を見つけた方がいいよ。誰か守る人ができたら、その人のために何か出来るようになったら、真矢は超強くなるよ」
桜は僕が女にべらぼうに弱い事をよく知っていた。僕の性格をよく知った上で、桜はその原因を愛情不足によるものと指摘する。
彼女曰く、自分も人にとんでもなく甘えたくなる瞬間があるのだという。もっとも僕はそんな桜を見たことがないが。
「いい人ねぇ。果たして俺ほどの男に見合う女がこの世に存在するものだろうか」
わざとらしくため息をつく。
「ほんとはその真逆のこと思ってるんでしょ、ホント無駄に強がりなんだから」
どうやら桜に誤魔化しは通用しないようだ。
僕はぐうの音も出ない。
「うえい」
だから僕はおっぱいを触った。
うっ……無言でみぞおちを殴られる。毎回殴られてるため耐性も付いてきているのだが、それに比例してパンチの威力も上がってきている。
「……なあ、最近部活はうまくいってるのか?」
腹を抑えた僕は重い話が続くのを避けるため、学校の話題へと話を逸らした。僕はまだ桜の家出の話が、ある程度冗談であると思っている節があった。
しかし中2の秋の終わりに、桜は本当に消えてしまった。

 「ちょっ、取り敢えず顔を上げてください」
炎天下の公園での、いきなりの美少女の懇願に僕は動揺を隠せない。それでも彼女はお辞儀の姿勢を崩そうとしなかった。僕は彼女の肩を掴んで無理やり上体を起こそうとする。
不意にその手首を握られた。顔を上げて、上目遣いに僕を見た彼女の瞳は潤んでいる。あまりに至近距離で、ワンピースの下のピンク色の乳首が見え隠れした。彼女は泣いている為か少し鼻にかかった声。
「私じゃ、ダメ?」アニメでも近年稀に見ぬ可愛さである。
美少女のラブリーさに僕の心臓が燃え盛り敗北のゴングを告げる。はい萌え死にとか光栄です。神さまどうぞ僕を勝手にしてください。
「真矢くん、お願い。駄目ですか?」
僕の人生にこんな瞬間があるはずがない。どうやらこれは夢のようです。ほら、あそこに天使が見えるよ。ハハ、ハロー、ミス天使。
しかしミス天使は僕にお構いなくさらに話を続ける。
「このことはアッキー……アキナリさんも了解してくれてるの。もちろん私も働きます。お願いです、よろしくお願いします」
ミス天使は僕を揺らし始めた。ああ、これはきっと魂を抜く作業だ。僕と天使による感動的な昇天物語。僕は見事に天国に辿り着けたとさ。めでたしめでたし。ただ、僕はこの感動的なクライマックスの中で1つだけ気に入らないことがあった。
「あの、さっきからアッキーって呼んでるの何でなんですか」
僕のことはシッヤーっとか呼んでないのにアキナリばっかり。てかアキナリおっさんのくせに何様なんだよ、一体。
かすかな嫉妬が、辛うじて僕と下界を繋ぎとめたのだった。

 桜が消えた後、僕は毎日自責の念に苛まれていた。自分には桜を救うことができなかった。彼女は結局最後まで一人で悩んで、一人で現状を打開しようとした。それにひきかえ僕は何なんだ。今の生活に甘んじて惰性で日々を過ごす。将来の展望も無ければ、今を楽しむ工夫すらもできていない。毎日おっぱいの大きなAV女優で性欲を満たして、後に何も残らず虚しくなる日々。惰性に溺れる己が情けなくて仕方がなかった。このままではいけない、強くそう思った。桜が持っている強さを自分も欲しかった。だから僕は家を出た。中3の夏休みでの親への反抗は、思えば自分への不満の裏返しだった。親との壮絶な口喧嘩を繰り返した僕は、結局親の許しを得ることが出来ずに、ほぼ勘当も同然で一人きりの生活をすることになった。この時弱冠14歳。持ち物は財布と筆箱と、これまでに描いてきた十数点の絵のみ。桜の言う通り自分の絵の才能を信じてみよう、そんな気持ちからだった。僕はなけなしの金で地元を離れて、1番近くの地方都市に出向いた。そこで公園2泊毎に、ネットカフェで1泊するという自己ルールを決め、新たな生活が始まった。

 「アッキーって、そこそんな気になるの?」
彼女はうるんだ瞳を拭い、苦笑した。
「他にもっと聞くこといっぱいあったでしょ」
「いや他のところに突っ込んだらなんか、色々壊れそうな気がして」
只のガキを騙すためだけにこんな手の込んだハニートラップがあるはずもなく、これまでのこと全部を真剣に考えたら目眩がしそうだ。
「じゃあなんて呼んで欲しいの?」
「うーん、真矢♡みたいな」
「は?」
こいつ頭おかしいんか、という顔をされる。一瞬、世界が静止したような気がした。
「すみませんでしたっ」
秒で謝罪。調子に乗ると大抵ろくなことがない。ただこういう態度が、彼女が僕を騙すためにやっているのでないと感じられる。
「ま、いいや」
許してくれたのかどうか声色からはわからない。
「とりあえず家来てよ」
彼女はベンチから腰を上げ、デニムの汚れをパンパンと払う。それを見て慌てて僕も立ち上がる。そろそろお尻も熱くなってきたところだ。
しかし彼女はすぐには動き出さなかった。気をつけの姿勢で遠くあさっての方向を向いている。
「どうしたの?」
彼女は固まったままだ。そのまま僕の方を見ずに話しかけてきた。
「真矢くんはどうして万引きをするの?」
突然の話題転換にとまどう。
「ああ、えっとそれはですね、……」
僕は無駄なジェスチャーを付けつつ、自分流万引き論を展開した。
「……と、いうわけなんですよ」
「嘘」「え?」
間髪入れずに否定されて戸惑う。
「万引きの理由がそんなに捻くれてる訳ないじゃん、本当のこと教えて」
「いや、それはもちろんお金が無いっていうのが一番の理……」
その瞬間、彼女は目にも留まらぬスピードで僕の上着の懐に腕を伸ばした。
「あっ」かわす暇も無かった。
彼女の白い腕が素早く僕の懐から逃げて行く。
「ほらね」
彼女は険しい表情で手に掴んだものを見つめている。
そこに、10万円を超える現金が握られていた。

 あらゆる物が雑多に並べられた狭い店内の中で、店のオーナーが真剣にデッサンを見つめている。
「これ、本当に君が描いたの?」
「はい、そうですけど」
僕は戸惑いながら頷いた。
「へぇ、君凄いね」
店主は感心したように僕の顔をまじまじと見つめる。それが少し照れ臭くてなんとなく店主から顔を背けた。
この日、僕は「なんでも買取屋」と称する店に来ていた。少しでも生活の足しにするために、家から持ってきた3Dアートを売りさばく為であった。その店内は電化製品や、よく分からない雑誌で満ち溢れている。換気扇が耳障りな音を立てる中、店主はウンウンともっともらしく頷く。
「これなら五千円で買い取りますよ」
「え、本当ですか!?」
僕は心底びっくりした。桜はよく褒めてくれるが、描き始めのころ親に3Dアートを見せて、「こんなの描いてる暇あったら勉強しろ」と貶された経験がある為、自分自身での評価はあまり高くなかった。
だから3Dアートが高く売れるということは、価値観が変わる位の衝撃だったのだ。
「だって凄いじゃないの、この鳥。どう見たって紙の外に飛び出てるもん。これ売れたら次はもっと高い値段で買い取ってあげるよ」
店主は本気で感心している様子だった。
「じゃ、じゃあこれもどうですか!」
興奮した僕は今日は売る気のなかった、とっておきの絵を店主に見せた。それは豊満な女性の裸体を描いたものである。
「はー」店主は感嘆の息を漏らすと、騒がしい換気扇には気も留めず紙を近づけたり離したり、僕の絵を集中して眺めている。
一通り見終わった店主はそっと絵を置くと、大きく僕のほうに身を乗り出した。
「君、ほんとに凄いね!これはどっかでモデル雇って描いたの?」
「童貞です」「聞いてないわ」
素早いツッコミだった。その通りである。

美少女は僕の10万を超えるお金を、扇ぐようにパタパタと振っている。
「このお金は何?」
彼女は形のよい眉を吊り上げ険しい顔をした。
「いや、それはその」
僕は慌てる。
「それはバイトで稼いだお金なんだよ、だから関係ないです」
「さっき働く気なんか全然ないって言ってたじゃん。 どういうこと?」
「えっと、昔はバイトもちょっとやってたかなー」
我ながら言い方が白々しい。
「このお金も盗んだものなの?」
「……」
答えることが出来ずに僕はとうとう押し黙る。その間彼女は一瞬何かを言いかけ、やっぱり何も言わずに最後は僕にお金を返した。
「家、行くから」
僕がだんまりを決め込むのに怒っているのか。抑揚のない声でそう言うと、やっと彼女が歩き始めた。僕は何も言わずに付いて行く。
久々に子供のはしゃぐ声が聞こえたような気がした。

 心臓がドクドク鳴っている。
僕の一物は電柱顔負けにバチバチに直立していた。なぜなら目の前にうすーい服のなまめかしい女がいるからである。
あれから僕の絵は順調に売れ、とうとうモデルを雇えるほどにお金が貯まった。
ウンウン、これは仕事の為仕事の為♫
中々しっかりめの言い訳を手に入れた僕は、とびきりの美女を雇った。ぼんきゅっぼんの、僕の性癖どストライクのお姉さんである。空想で描いていたような人が現実に現れたのだから、興奮するのは当たり前である。格安で借りたスタジオにいるのは美里さんと僕と、やる気のなさそうな警備員だけであった。
「美里さん、本当にセクシーですね。ドキドキしちゃいます」
僕はあえて正直な気持ちを話すことで興奮を抑える作戦に出る。
「あらそう、ありがとう」
堂々とした、自信のある口ぶりであった。
「僕、最初にモデルにできたのが美里さんで本当に良かったです!」
ロングヘアをかき上げる仕草には、もはや神々しささえ感じる。
「そう言われたら私も嬉しいわ。でも私の妹はもっと可愛いのよ」
美里さんは大きく手を広げて言った。
「え、美里さんって妹がいたんですね。美里さんより可愛いってそれもう女優さんかなんかじゃないですか?」
「いやいや、年離れててまだ中学生なのよ。あれ?ていうか真矢くんと同い年だよ」美里さんは笑って言った。
「ほんとですか!それなら今度紹介してくださいよ!」
「えー、どうしよっかなー」
「お願いします、一生のお願いです」
「まあ考えといてあげるよ」
美里さんが目の前にいた興奮で手が震え、絵の出来はイマイチであったが、美里さんは、「真矢くんマジで凄い」とめちゃくちゃ褒めてくれた。
僕が一人の生活を始めてから一番楽しい日だったかもしれない。

 彼女が足を止めたのは、よくあるマンションの一室だった。
「ここ?」僕は恐る恐る尋ねる。
「うん」 「その、アキナリさんは居るの?」
「多分」 「まじで中入るの?」
「入るよ」 「え、なんで俺が入んないといけないの?」
「だから彼氏なんだから紹介しないとダメでしょ」
「ま?それ本気で言ってんの?」
「ま!もう覚悟を決めてよ」
彼女は紅くて柔らかそうな唇を尖らせている。
一方僕はチキり出していた。よく考えたらこんなのやべえ怖い。美少女のことは残念だが、危ない事には踏み込まずやっぱり帰ろうかなとさえ思い始めていた。
その時である。ドアノブが回り玄関の扉が開いた。
出てきたのは寝癖の立った髪に眼鏡を掛けたジャージ姿の男。
一見どこにでもいるニートであった。
「アッキー、どこ行くの?」ニートに彼女が声をかけた。
「おぅ、おぅ」
「だからどこ行くの?」
「おぅ?ああ、ちょっと撮影会に……って!おぅ、そいつ誰だ?」
「私の彼氏です」
美少女は僕の腕を掴んで頭を肩に寄せてきた。
「おぅ、おぅ。おめでとう!これからはユキもすべからく大いなる旅路を歩みたまえ」
「ちょっと、なんか軽すぎない?真矢くんに挨拶でもしたらどうなの?」
「あ、初めてお目にかかります。加藤真矢と申します」
突然振られた僕は思わず早口になる。
「おぅ、辻秋成です。よろしく、おぅ、じゃあまた後で」
アキナリは直ぐに背を向けて何処かに行ってしまった。
僕はどうしていいのか判らず所在なく立ち尽くす。
「ねえ、早く帰って来てよ!」
「おぅ、おぅ」
返事はしているが聞こえているのかどうか怪しい感じだ。
「もう、全く……」
彼女はなんだか、ダメ息子にやきもきするお母さんのようだ。
「ねえ、あれが例の誘拐犯の?」
思っていたのとだいぶ違ったせいか、なんだか現実感がない。
「そうよ。前はもうちょっと私に優しかったんだけど、あの人自分の興味がなくなったら、すぐあんな感じになるのよね」
彼女はどことなく不満げだ。
「あと気になったんだけど、君の名前はユキって言うの?」
ああ、そうだ忘れてた。彼女は独りごちる。
「島根雪。16歳です」軽く会釈をしてユキは言った。
「よろしく!」
僕はユキが自分と同い年だったことに、ちょっとだけ安心する。アキナリも思ったより普通そうな人だったし、これはわんちゃんあるかもな。早くもそんなことを考え始める。
「えっと、それでこれから僕はどうしたらいいの?」
「稼げ」 「はい?」
「私を養うためにお金を稼げ」 
「なっ」
急な命令口調は完全に下心を見透かされたようにしか思えない。
すでに僕がある程度、自分の言うことを聞きそうなことを見抜いたのだろう。鋭い女である。ただし僕にとっても異論はない。
「分かった。だけど僕の家は人が二人住める大きさじゃないし、すっごい散らかってる。どうしたらいい?」
「私もアッキーから少しお金をもらってる。一緒に借りよ、アパート」
なんだか話が急速に進んでいる。ユキにアキナリ。何から何までわからないことだらけだが、僕はもう少し流れに身を任せてもいいような気がしてきた。ユキはかわいいし。
「でも万引きはもうしないでね」
ユキはかわいくない鋭い目つきを僕に向ける。
「分かった。万引きはもうしない。自分でお金を稼ぐ」
「それからアキナリさんのことは警察には言わないで。世間的に見たら悪い人なのかもしれないけど、私にとっては大切な人だから」
「もちろん言わないよ」
実際悪い人どころじゃねーけどな、と突っ込みたくなるが口には出さない。
「ありがとう。物分かりがいい!さすが真矢くん」
「当たり前だよ!さすが真矢くん」
僕も同じく自分を褒める。しかしどさくさに紛れてユキの胸に伸ばした手は、思いっきり弾かれるのであった。

 絵を売ることで地道にお金が溜まってきた僕は、そろそろ冬の気配を感じることもあり、公園暮らしをやめてマンションを借りることにした。
僕には学がなく親を頼ることもできないので家を探すのに難航したが、その分自らの力で家を借りられたことは感慨深いものだった。僕は自らの住処を手に入れてから、本格的に自分だけの空間で3Dアートを作成し、それで得たお金でコンピュータをはじめ、必要な物を買い揃えた。最近ではメールで変わった依頼が入るのだ。リアルな動物の絵や立体的な天使の絵。直近では、部屋を大きく見せるための壁一面の大きな壁画を描いてくれ、というものまであった。
生活がある程度安定してくると、思い出されるのは桜のことだ。自分と同じく家出少女となった彼女は今どうしているのだろう。何をしてどんな生活を送っているのだろう。なんとかしてもう一度桜に会うことはできないものだろうか。僕は想いを馳せる。
だが連絡手段がない僕にとって、桜の居所を掴むのは無理な相談だった。パソコンを買ったことでメールは開通したが、僕は桜のメールアドレスを知らない。二人とも携帯電話や、最近発売されたというスマートフォンとやらも持っていなかった。僕のパソコンには「皆川桜」に関連する無数の検索履歴だけが空しく残っている。
それでも本業の方は順風満帆で、最近ではメールでちょこちょこ依頼が来るようになっていた。それをこなしていく日々のさなか、意外な人物からメールが届いた。美里さんからだ。
「真矢君、お久しぶり♪この前はありがとね!私真矢君が描いた絵をいっぱい写真撮ってたと思うんだけど、それ妹に見せたらすごいびっくりしてて、私も欲しいって言ってるの。ちょっとだけプライベートで妹と会ってくれないかな??」
僕はすぐに返信した。もちろんオッケーである。
美里さんより美人の妹とお知り合いになれるだって?なんだそれは。願ったり叶ったりじゃないか。早速テンションが上がってくる。自分でも思う、単純な奴だ。だけど人間なんて単純であるに越したことは無い。これは僕の持論である。
せっかく上がったテンションを無駄にしないように、僕は新しい3Dアートの製作を始める。
最近のマイブームは家電だ。家は借りたものの、家電は最小限のものしか買っていない。洗濯機や冷蔵庫は高いので、全部紙に書いて張り付けている。いわゆるトリックアートと呼ばれるものだ。
そのため一見僕の家は物で満ち溢れているように見える。実際にはパソコンと机と製図道具くらいしかないのだが。
それで今から何を書こう? そうだ!
僕が書き始めたのはおしゃれな観葉植物だ。美里さんの妹を家に連れ込める場合まで想定しておくのが、デキる男ってもんだろう?

 アキナリが出かけたのは行きつけのメイド喫茶である。このメイド喫茶は合法のちゃんとした所ではあるのだが、かなりサービスが過激で、みだりに違法店に通って足がつくことを恐れるアキナリには持ってこいの場所であった。15歳以下にしか興味のない彼にとって、法律は天敵ものであるのだ。メイド喫茶に着いたアキナリはいつものように、お気に入りのティアラちゃんとおしゃべりをして、その間に大量の写真を撮る。アキナリは店では極めて紳士的な対応をとり、ティアラちゃんに指一本触れることさえしない。
みだらなことをしたいのであれば、やはり違法店にいかねければならない。ここで特別にアキナリが昔よく通っていた3パターンの違法店を紹介しよう。
 1つめは一番軽く、「JKと散歩デート!!3時間2万円!」というサービスで、これは割高であるが女の子の質が良い。付き添い人の男が常に一人つき、女の子側の安全性が比較的高いため、アキナリのストライクゾーンである中学生が多く在籍しているのも魅力だった。2つめはJK作業場である。これはガラス張りの空間の中で、折り鶴を作ったり靴下を編んでいる女の子たちを間近で見ることができるというサービスだ。かなり謎の深い内容のように感じるかもしれないが、店側が風営法を何とかかいくぐろうとした結果なのだ。
ただこれはこれで、檻の外から中を見ている感覚があり、また違った興奮を楽しむことができる。
最も過激なものは最後の3つ目、JKお悩み相談所だ。
近年誕生したばかりの新しい形態の店で、一見ネット広告を見ただけではいやらしいことは一切書いていない。そのページはさながらカウンセリング業務のような内容だ。
『社会人になってストレスを抱える貴方へ。心のピュアな女子高生に悩みを相談してみませんか?きっと心が癒されることでしょう』
内情はただの水商売であるのだが、摘発を免れるために料金は2重の形態をとっている。
まず、客は店頭でカウンセリング代金として規定の額を徴収される。こちらは半分近くが店側のお金だ。そのあと女の子とガラス越しのカウンセリングルームで、客がその子にやって欲しいこととその料金の交渉を個人的に行い、双方が承諾したら奥の別室に行き何かしらのサービスを行う。この段階はあくまで個人的なやり取りということで、店側は関与していないとの姿勢を貫いている。1日の業務が終わったら、女の子が個人的にもらったお金については基本自分のものとなるが、場所代として数割をお店側が受け取ることになっている。つまり女の子からすればお客さんからどれだけお金を引き出せるかが腕の見せ所で、生活に直結する。このシステムのためJKお悩み相談所の女の子は、顔の可愛い子からそうでもない子までまちまちだ。しかし顔の保証こそないものの、世間に蔓延る未成年風俗店のなかで現在唯一、交渉次第で本番がやれるかもしれない店なのだ。
と、ここまで違法店について熱く語ってきたが、正直なところアキナリが今後違法店に出向く可能性はほとんどないといえる。かつてはアキナリも迸る性癖を抑えることができないものだったが、20代の後半に差し掛かった辺りから次第に気持ちをコントロールできるようになってきていた。これも全部ユキのおかげかもしれない。ロリータコンプレックスを引き摺っていたかつての自分なら、一人きりでいる女の子に平気で話しかけるような行為を繰り返していたことだろう。
 ティアラちゃんとのふれあいを堪能して、足取り軽くアキナリは帰路につく。おっと。大事なことをすっかり忘れていた。ユキの旦那だ。あれが彼女がずっと探していたという少年か。パッと見た感じでは何がいいのかよく分からなかったが、それは俺が付け入るところではない。ユキがあれほど信頼しているのだから不安なところはあれど、にこやかに送り出してあげるのが俺の役目だろう。
しかしユキは俺のことをなんて紹介したんだろうか?
彼氏かな、元彼。彼氏だったらちょっとうれしいぞ。
アキナリはへらへらと鼻の下を伸ばす。すると鼻毛が出た。

 「いやー、中学生は雇えないよ。君家出でしょ?きっとお母さん心配してるよ。はやく家に帰ってあげなよ」
覚悟はしていたが、やはりここでも無下に断られる。
「そうですか……分かりました」
個人経営のコンビニから出た皆川桜は、曇天の空を見上げてぎゅっと下唇を噛んだ。
現金は残り少なくなっている。なんとかはやく職を見つけなければ。だが中学生の女を雇ってくれる店はそう簡単には見当たらない。
俯き加減で歩いていると風が吹いて、髪が彼女の視界を覆い隠した。
手で払いのけたその毛先は驚くほど油分を失っている。
ああ、恰好も早くちゃんとしなきゃ。
すっかり汚れが目立つようになったガウンで体を包み、桜は乾いた冷たい木枯の中をひっそり歩く。
大人は嫌いだ。大人はみんな口を揃えたように同じことしか言わない。私の親も人生も何も知らないくせに、全てを見知ったように「私」を語り、心配しているふりをして、そのくせ私に何もしてくれない。
だが何よりも桜は、自分がそんな大人に頼らなくては何もできない存在であることが辛くてたまらない。
桜はガウンの袖を強く握りしめる。
もう私は覚悟を決めなくてはいけない。私は自分の力でこの世界を生き抜く。その為には手段を選んでいられないんだ。曇り空の公園。
桜はベンチに腰掛け、昨夜あらん限りに集めた風俗店の資料をカバンから取り出す。割れた右手の爪には見向きもしない。
無造作に取り出された紙は、風に煽られバサバサと耳障りな音を立てる。桜は風に靡くビラを食い入るように見つめた。

 日照りの強い帰り道、蒸し暑さを感じたアキナリはコンビニに立ち寄ってアイスクリームを買った。炎天下の中、冷たいバニラが舌の上で濃厚に溶けて、すこぶる美味である。
大きな歩道の熱くなった鉄の柵に腰掛けて、アキナリは頭を冷やす。ユキは今後どうなるのだろうか。なんだかんだ言っても、アキナリはユキのことが心配だ。推しというより親気分である。初めて会った時の彼女は、今では考えられないくらい不安定で、脆い子供だった。あの時ユキを保護してやる気持ちになったのは、彼女が可愛かったことだけが理由ではない、たぶん。誰かが彼女を救ってやる必要があったのだ。ユキは自分の確固たる意志を持ち合わせていた強い人間だった。しかし不幸というのは、そんな人間に限って降り注いでしまうものなのかもしれない。ユキは本当に大変な苦労をしていたのだろう。一緒に暮らし始めてからそれがよく分かった。
アキナリは自分が幼女しか愛せない人間でよかったと思っていた。もし自分が普通の人間であったならば、きっと彼女を手放したくないと思ってしまっていたに違いない。しかしながら、彼女が本当に求めているのは俺ではない。そんなことは、アキナリは一〇〇も承知していた。
ユキがなるべく俺に負担をかけないようにしようとしていることを感じると時々悲しくなることもあるが、きっとそれが彼女の生き方なのだ。俺がどうこうユキに指図することは間違っている。だからアキナリは真矢とかいう得体のしれない少年のことも、無条件で受け入れてやろうと思っていた。あとは俺にできることは、今後も犯罪に手を染めることはせずに、ユキに胸を張って恩人だと言われるような人間になることだけだろう。
溶けたクリームがコーンを伝い地面に滴り落ちる。慌てて残ったアイスを口に入れて、アキナリは柵から腰を上げた。

 「ねえ鞄には何が入ってるの?」
ユキと共にアキナリの家にお邪魔した僕は、リビングの床にリュックを下ろしていた。クーラーのきいた室内が心地よい。女の子が一人住んでいる彼の家は、ユキが手入れしているためか男の家とは思えぬほど綺麗でかわいらしい作りだ。今さっき借りたトイレですら、花柄のトイレットペーパーに花柄の便座カバーという様である。
僕は座布団に腰を下ろして、リュックの中を開ける。
「ほとんどパソコンだけかな、今んとこ」
「へー、パソコン持ってるんだ。何用?」
「仕事用」
「恰好つけちゃって。仕事って何してんの?」
あまりあてにはしていないといった顔である。
「前はよく絵を描いて売ってたんだけど最近は描いてないなあ」
「そうなんだ、描いてよ」ユキは軽々しく言ってくる。
「やだ、面倒くさい」
「でも金を稼がないといけないでしょ?それにどんなの描いてるか見てみたい」
「うーん」そう言われると書かないわけにはいかない。
「じゃあ私この家を出るための準備しないといけないからしばらくそこで待って絵でも描いてて」
ユキはいそいそと部屋から出ていった。
なんだよ、もう働かせる気かよ、と不平を抱きながら僕はしぶしぶパソコンの電源を入れる。「Illustrator」のソフトを起動しようとして、ふとメールが届いていることに気づいた。依頼を断るようになってからほとんど僕のもとにメールは来ていない。稀にくるメールといえばエロサイトの架空請求くらいのものだ。どこの誰だよ、なんてぼやぼやとメールを開けた僕は声を失った。
メールの主は桜だった。


 フェルナとは、ローマ神話の美と幸せの女神だという。そんな神様をモチーフにした店「JKお悩み相談所フェルナ」こそが、桜の勤め始めた店の名前だった。
面接を受けたときは年齢を偽って高校生として登録したのだが、いざ入ってみると高校生だけでなく中学生も在籍していたので、桜は『ワカバ』の名で登録し、そのまま中学生として勤務することにした。
オーナーはごく普通の人だった。絵画集めが趣味という金持ちの陽気なおじさんで、桜からすれば普通過ぎることが逆に怖かった。
店は繁華街の裏路地にあり、付近の建物は居酒屋か、バーか、スピリチュアルな怪しいお店が多かった。フェルナは一見するとそんなスピリチュアルなお店の一つで、この付近の店の中では小ぎれいに見える方であった。だが桜が店内で行う仕事といえば、占いでも相談でも何でもない、ひたすら男の相手である。始める前は、風俗なんてものは勤めさえすれば何とかなるものだと勝手に思っていたが、やってみるとそう甘いものではなかった。
まず客がなかなかつかない。フェルナでたくさん稼いでいる子は、ほとんど羽振りのいい常連さんがついている。彼女たちは過剰ともいえるほどの愛嬌を振りまき、自らが率先してサービスを行った。だから追加でお金を貰えたり、そうでなくとも次の指名を取り付けている。そんな戦いの場であるから、顔がいいわけでもなく愛想もよくない桜に客がつかないのは当然のことなのかもしれない。顔があまりよくない子の中には、本番をオッケーにしている子もいた。本番オッケーの子にはお客さんに分かるように顔写真にさりげなくマークが入るようになっているので、オッケーにすれば一定のお客さんは間違いなくつくのだが、桜はどうしても本番はやりたくなかった。桜は本番をやることが汚らわしいことだという考えを持っているわけではなかったが、本番をやってお金を稼ぐことは「私」である必要性が感じられなかった。女なら誰もが使える最後の手段に出ることは、自分が自分であることを裏切ることになる。というのは建前で、男性に対する極めて恐ろしい記憶のため、桜に性行為の拒絶反応があることが大きかった。
本番なしでどうにかしてお金を稼ぐために、桜は自分の性格を偽って極めて明るく振舞った。どんなに気持ちの悪い客にも、どんなに気色の悪い注文にも、桜はなるべく笑顔で答えた。今まで紡いできた「桜」の記憶を、その際はそっと胸の奥にしまい込んだ。
家はオーナーの知り合いの怪しい不動産の男から借りた。オーナーは好きにはなれない人物だが、基本的には桜に親切にしてくれた。家を借りたときも、絵師に頼んで部屋に巨大な壁画を描いてもらったことを上機嫌に語っていた。桜に借りることができたのは一番安い六畳一間の汚い部屋だけだったが、気にもしなかった。夏になると蒸し暑くて眩暈がしそうになったが、桜は扇風機一台買わずにできる限り出費を節約して、お金をため続けた。
一人きりで働き続ける日々のなかで、桜はたまに両親のことを考えることがある。
実の父親は自堕落な男だった。酒を飲み、ろくに働きもしない。母親はそんな父を周囲に隠していた。あたかも普通のサラリーマンであるかのように近所には風評していた。幼いころの桜は無精な父の姿を隠すことが不思議でたまらなかった。一度なぜ嘘を言うのかを母に尋ねると、みっともないからだと言われた。あんたも絶対友達に言っちゃだめだよ、と。桜の母は、世間体というものを過剰なまでに気にしている節があった。だが真面目な家庭という風体を装うことにも限界が訪れる。
桜が小学校4年生の時に両親は離婚した。桜は母に引き取られたが、父は多額の借金を抱えていたようで、桜の養育費を払うどころではなかった。家は母の両親が援助して買ったものであったから引っ越しはせずに済んだが、貯蓄は減る一方なので、間もなく母は水商売を始めるようになった。ほぼ毎日夜8時に家を出て、朝方まで帰ってこない。当時桜は母が何をしているのかあまり分かっていなかったが、以前にもまして母の疲労の色が濃くなっていることだけはよく分かった。母と一緒にご飯を食べることがなくなった。普段の生活で母と話すことが極端に少なくなった。桜の中で、母が自分にとってどういう存在なのかがどんどん分からなくなってゆく。そしてある時、疲れ切った顔で家に帰ってきた母から、桜は忘れられぬ言葉を聞いてしまう。
「今日の男も子連れは嫌だってよ、まったく。あんたがいるとなんでも不自由だねえ」
母はこの時かなり酔っていたし、おぼつかない話を聞くに、今日の男は相当いい男だったらしい。しかしだからこそ桜は母の台詞には本音を感じてしまった。
ああ、私はいらない子供なんだ。はっきりそう感じた記憶。何物にも揺るがぬ圧倒的な虚無感だった。自分がモノを見る目で酔った母を見下ろしていた光景が、今でもフィルムのように彼女の網膜に焼き付いている。
この日から約1年半後、母はようやくスーパーを経営する年上の男とお付き合いを始めることになった。
「あんたのお父さんと違って、よく働く、お金もたっぷり持っている素晴らしい人だ」母はこんな風にその男のことを自慢した。しかし桜は母の言葉はお金のことにしか触れていないから、本当にその男が本当の素晴らしい人なのか疑いを持っていた。
それでもともかく我が家が貧乏から脱出できるのは嬉しいことだし、母がこれまでのように過酷に働かなくて済むようになるなら別にいいなと思っていた。ところが、それが都合の良すぎる考えだったことがすぐ後に分かる。あの男が初めて家に来た時の事を思い出すと、今でも桜は震えが止まらない。
奴は少し太った大柄の、人のよさそうな人物だった。
「桜、トドロキさんが来たわよ。挨拶しなさい」
母は玄関から桜に声をかける。
「は、はじめまして。皆川桜です」
すぐに玄関へ出て、戸惑いながら挨拶をする。ジャージ姿で大きなカバンを背負ったトドロキは、口を大きく開いてよく通る声で言った。
「お、君が桜ちゃんか。可愛い子だねえ。今何年生?」
「中学1年生です」
「今が一番楽しい時期だねえ。いいねえ」
何がおかしいのかトドロキは、はっはっはと大きな笑い声を立てた。
桜はどうしていいのかわからず戸惑った顔を浮かべる。
「ちょっと愛想の悪い子だけど根はいい子なのよ」
見かねた母は咎めるような顔で、もっと笑顔にしてなさい、と無言の合図を送ってくる。
仕方なく桜は引きつった笑みを浮かべた。
その後トドロキと母と桜は三人で夕食を囲むことになった。
「いやー、やっぱり陽子さんの作るハンバーグは一味違いますな。はっはっは」
トドロキは終始上機嫌だった。
「トドロキさん、その大きな鞄には何が入ってるの?」
トドロキが鞄を開けようとしたとき母が尋ねた。
「ああこれは」トドロキが60㎝はありそうな大きな物体を出す。
「ソビエト連邦が1960年代に開発した、水中戦のための特殊な銃のプラモデルなんだ。僕はプラモデルが好きでねえ」
「へえ、格好いいですね!」
母が白々しい大げさなリアクションをとる。
二人の会話はどうもかみ合っておらず桜はトドロキにまだ心を許せていなかったが、またこれから母の手作り料理が食べられるようになるならトドロキと暮らすのも悪くはないと思っていた。
その晩夜遅くまで酒を飲みかわす母とトドロキを置いて、桜は一人自室に戻る。早めにお風呂を済ませて、寝る前に本を読んでいた。
いつものように今日という一日が終わるはずであった。
十二時を過ぎたころであっただろうか。そろそろ桜が本格的に眠気を感じてきたところで、突然ガチャと音を立てて何者かが部屋に入ってきた。
その大きな影はトドロキだった。トドロキは晩御飯を一緒に食べた時とは違って無表情に、じっと桜の方を見つめてきた。
「何ですか……」声にならないくらい細い言葉が出た。とてつもなく悪い予感がする。
トドロキは無言のまま桜の部屋に身を滑らせてゆっくりドアノブを締めると、そのまま桜に向かって体ごと倒れこんできた。
「嫌っ!」汗とアルコールの混じった身体の臭いがひどく気持ち悪い。桜の全身から拒否反応が出ていた。
「はいはい、おじさんは怖くないからー。大人しくしろよお」
彼女一人では対抗できないことを知ってか、トドロキが最初に発したその言葉は、弄ぶような嘲笑を含んでいた。
トドロキは桜の細い体を、両腕で鷲掴みしてベッドに押し付ける。
桜も抵抗しようとするが、押し付けられて身動きをとることができない。疲れが出て力が弱まってきたところで、トドロキは片腕を背中から外して、彼女のズボンに手をかけた。ゴム紐の寝間着はその手を押しとどめる力もなく、いとも簡単に桜の下着を露わにする。トドロキはいつの間にか、下半身をむき出しにしていた。芋虫のような形をした黒いトドロキのそれは、血管が浮き出るほどに怒張していた。
トドロキは無造作に彼女の下をまさぐると、下着を投げ捨てて屹立した自分のものを当てる。間を置かずに来る裂けるような痛み。
「お母さん、助けて……。真矢……」
股間から血が流れた。

 トドロキが部屋を出て、彼女の家から車で去っていったのは、恐ろしい瞬間からたっぷり1時間が過ぎようとしている時分だった。
桜はしばらくの間、ベットから起き上がることができなかった。自分の身の上に起きたことを理解しようとするのに精一杯で、頭がうまく働かなかった。なぜだか自分の意志とは無関係に涙が頬を伝う。
この事は母には言ってはいけないと思った。母にすべてを話すのはとても怖かった。それが正しい道なのは頭では分かっていたがとてもそんな気にはなれない。
桜はまず自身の体の血を拭き取った。それから自らの体液とトドロキの精液のこびりついた異様な匂いのするシーツを丸めてベッドの下に押し込む。触るのも汚らわしく出来ることなら今すぐに捨ててしまいたかった。男特有の汗の籠もった部屋の空気を変える為に窓は全開にしておく。
ひとまずの作業が終わっても、自分の体がどうなってしまうのかが不安で、トドロキがもう一度やってくるのが怖くてこの夜は眠れなかった。
 次の日桜は、学校をさぼって図書館へ出かけた。自分の身に何が起こったのかをちゃんと調べなければと思ったのだ。
「中学生」「性行為」「強姦」まずは様々な本を収集した。
本に載っている様々な事例から、桜の体験に当てはまるものがたくさん見つかった。それらの本を読んで分かったことは、自分がトドロキにレイプをされたこと、妊娠は恐らくしていないこと、幸い自分に後遺症はなく子宮も無事であることである。
もちろんこれは警察に言うべきことなのだろう。だが桜は自分が男にレイプされた可哀そうな女となるのが怖かった。
世の中には中学生だろうと彼氏とセックスしてる子なんて大勢いる、だから私もその一人だと思えばいいんだ。桜はそうやって自分の身に起きたことを許容した。これからトドロキにさえ会わなければいいんだ。トドロキにさえ近づかなければ。
そう自分では納得しても、実際に母にも誰にも相談できないのは辛いことでもあった。
本当は真矢には言いたかった。自分に何が起こったのか、私はどうしたらいいのか、とりとめもないことを喚いて吐露したかった。
けれども桜は、真矢の前で自分がそんな姿を晒すことはどうしてもできなかった。真矢とは週に1回会っていたが、桜は明るい姿を取り繕って、トドロキに出会う前と変わらない様子を心掛けるようにしていた。男は2週に一回程度しか家には来なかったが、いつでもすぐ後ろにトドロキがいるのではないかという強迫観念が桜を掴んで離さない。
「トドロキが居るときは家には帰らない」母にはそう伝えた。
「どうして?」と問われて、「胸を触られた」と答える。
すると母は、「ただの冗談でしょう、気にしすぎよ」とさも大したことではないかのように言った。桜には母の態度から、安定した生活を失いたくないという彼女の願望が見え隠れしているようにしか見えなかった。やはりどうしても、桜は母に全てを話すことはできなかった。
それから桜の生活は大きく変わってしまった。トドロキが家に来た日は恐ろしくて家に帰ることができない。桜は真夜中に町を取り留めもなく歩いたり、コンビニで雑誌を立ち読みしたりして時間を潰し、朝方にようやく帰宅した。寝不足のまま学校に通い、授業中に寝ることが増えた。
「桜、最近顔色悪くないか?」
ある日いつもの神社の下で、真矢にそんな心配をされた。
「えーそんなことないよ、大体こんなもんだって」
すでに日は暮れて、路上は冷たくなり始めていた。桜はその闇を払うように、できるだけ明るい口調で言った。
「俺見たんだけど一昨日の夜さ、桜すげー遅い時間にコンビニにいなかった?」
一昨日はトドロキが家に来た日で、確かに桜はコンビニで長らく時間を潰していた。でもどうしてそれを真矢が。
「えっ、いや……」うまい言い訳が思いつかない。
狼狽が伝わったのだろうか。真矢はいきなり桜の手首を掴んできた。
「桜、前にお母さんの彼氏がいやな奴とか言ってたよな?胸を触られたとか。まだ何か困ってることがあるなら教えてくれないか?」
真矢の眼差しは真剣だった。桜はその剣幕に1歩後ずさりする。
なぜだか体が震えていた。どうして私は震えているのだろう。真矢が怖いのだろうか、いやそんなことはない。真矢のことは一番信頼している。そう、だからこそ真矢に自分の闇が暴かれてしまうのが、そうして真矢が自分から離れてしまうのが怖いのだ。
「平気だよ!あの人はただのプラモデル好きのおっさんだから。最初に会った時もなんか水中で使う銃とかを大切にしててバカみたいだったんだから!それより真矢もどうしてそんな所にいたの?」
桜は反射的に話の矛先をそらし、真矢の手を払った。
「俺は親と喧嘩したんだ。勉強しろってばっかり口煩くて、絵を描いてるだけで文句言ってくるし本当にめんどくさい」
真矢は口を尖らせている。
「そうなんだ」自分が振った話だが、桜は自らの悩みがあまりに周囲と異質なことを再認識して真矢にある種の嫉妬を覚えた。
「私も、もうすぐ家を出るから」冗談ではなく本当に。
真矢が困惑してしまいそうだから後半の言葉は飲み込んだ。
「もう少し我慢しようぜ、お互いに」
「うん」
真矢は頭の後ろで手を組んだ。少しでも私に気楽さを与えようとしている。真矢はとても優しい、それはわかっている。
だが桜は、これ以上今の生活を我慢するなんて絶対にできなかった。

時折、思い起こすような強い記憶はこのくらいのものだ。その後の誰にも頼ることができない逃避行などはいくら辛かろうと、トドロキに怯えずに済むだけマシだった。
過去を想起すると、結局今はそれほど悪くはないような気分になる。
家には二度と帰れない。今更後には引けないのだ。どんなに辛いことでも乗り越えてやる。私にはそれができるんだ。
そうやって自分を励まして日々を生きて、いつの間にか桜が家を飛び出した日から1年が経とうとしていた。

「これはこれは、お久しぶりです。今日は寒いですねえ」
オーナーは店に入ってきたアキナリの姿を見て愛想よく声をかけた。
「おぅおぅ、今日もよろしく」
アキナリもなかなかの上機嫌である。
この違法店フェルナは彼の行きつけのお店だった。
この時点で既に、アキナリは過去に2度の誘拐事件を起こしている犯罪者である。これだけ聞くと彼は相当やばい客のように思えるが、アキナリは幼女を尊ぶ崇拝系の変態であるため店の女の子たちに嫌がられることは少なく、むしろ店側からすればありがたいお客さんであった。
「今日のご指名はどうなさいますか?」
オーナーが女の子たちの顔写真を持ってくる。
「そうだなぁ。おぅ、久しぶりにミクちゃんにしようかな」
「かしこまりました。それではカウンセリングルームのほうへご案内いたします」
「おぅおぅ」
アキナリは慣れた足取りで相談室へと入り、ミクちゃんと対面する。
「あら!アキナリさん、久しぶり!」
にこやかに手を振ってくれるミクちゃんは、ロングヘアにつけた赤いリボンがよく似合う可愛らしい少女である。
「おぅ、おぅ!おふぅーおふ!」
アキナリのテンションも爆上がりである。早速ミクちゃんと写真や着せ替えのプランの料金の交渉をしていく。ミクちゃんはお金のやり取りをする前でさえアキナリに愛嬌たっぷりの神対応だったので、アキナリは奮発したお小遣いをプレゼントした。
「それじゃあ、奥の部屋に行こ!」
ミクちゃんはぴんと腕を伸ばして、可愛らしい仕草でアキナリを案内してくれる。
「おぅおぅ!」
アキナリは口元デレデレでミクちゃんについてゆく。
その時である。くぐもった女の子の悲鳴が壁の向こうから微かに聞こえた。なんだ、今のは?
アキナリは一瞬立ち止まり、耳をそばだてた。すると続いて何か大きなものが壁にぶつかる音がした。さらには男と、女の子の悲鳴。
明らかにただ事ではない。一体何が起こっているんだ。

 午後5時半。桜がフェルナに向かう途中のことである。おなかが減った彼女は少し寄り道をして大通りのコンビニに向かっていた。
がむしゃらに生きるいつもの日常。そこで桜は真矢を見た。
車道を挟んだ反対側の道を真矢は歩いていた。その隣ではお人形さんのように可愛らしい女の子が笑っている。彼女は控えめなイヤリングとネックレスを付けていて、それがとてもよく似合っていた。
桜は立ち止まって、ただ二人の影を追い続ける。真矢の姿が見えなくなっても桜は二人の歩いた先に、まるで無人島から遠ざかる船を追うように必死に目を凝らしていた。
立ち尽くす桜の耳に、道を行きかう人々の雑踏が煩く入ってくる。
桜の足に何かがぶつかった。目を向けると小さい子供である。
母親と思われる女の人が急いで近づいてきた。
「ごめんなさい、子供が」
彼女の眼には、どうして歩道の真ん中で突っ立ってるんだ、と非難する気持ちが映っている。
「あ、すみません」桜は慌てて歩道端の街灯に寄る。
いつの間にか外は薄暗くなっており、街灯は淡い光を放っていた。
あああ。正体のわからない感情が桜の胸になだれ込んでくる。
真矢の隣にいた女の子は誰なんだろうか。同じくらいの年頃だったから普通に考えれば学校のクラスメイトか。一点の闇も見当たらないような綺麗な子だった。桜の全身から悪いものが溢れ出てくる。
多分あんな子は愛想もよくて、性格の良い友達がたくさんいて、財産のあるいい男と結婚して、私のような人間と一生触れ合うことはなくて、もし私のような人間が近寄って嫌なことをしても、困った顔を浮かべながら、どうしたの?と優しく尋ねてくるのだろう。
真矢は見たことがないくらい楽しそうな顔をしていた。きっと私に合わせて学校が楽しくないふりをしてくれていたけど、本当は真矢は学校でもうまくやっているのだろう。あんなに可愛い子が隣にいたんだから間違いない。ああ、学校なんて見たくもないや。眩しすぎて目が痛みそうだ。私が通うのは彼女らが一生通ることがないであろう暗い裏路地なんだどうせ。
あんなに会いたかった真矢を見つけることができたのに、どうして私はこんな気持ちでいるんだろう。
心に大きな穴が空いてしまって気持ちを切り替えることができない。
その後どうやってフェルナにたどり着いたのか、桜の記憶は全く飛んでいた。気持ちの整理がつかぬまま桜は仕事の準備をする。
 こんな日に限ってすぐに客が入った。本音としてはしばらくは誰とも会いたくない気分だったが、せっかく入った仕事を断るわけにはいかない。
カウンセリングルームに入ってきたのは黒染めをしているのか、やけに頭髪の黒々とした中年のおじさんだった。おじさんは変な人で、やけに回りくどい喋り方をするので放心状態の桜の耳には全然言葉が入ってこない。はい、はい、と微笑を浮かべながら頷くのが精いっぱいだった。
「よし、それじゃあそろそろ奥の部屋に行こうか」
おじさんが桜の手元に1万円を置いて立ち上がった。
「あ、はい」
桜は話半分の状態のまま引き攣った笑みを浮かべる。
この日のカウンセリングルームの奥の部屋は建築の都合もあって、フェルナの部屋の中で一番狭い部屋だった。おじさんと桜は、ほとんど体を密着させた状態で向き直る。
すぐにおじさんは桜の身体を触り始めた。
「しかしダメな子だね、ワカバちゃんは」
いきなり説教じみたことを言う。一通り身体を触り終えたおじさんは、次に桜の太腿を舐めだしていた。
気持ちが悪い。鳥肌が立ちそうだ。こんなオプションさっき本当に許可したものか怪しいが、波風を立てたくない桜はじっと我慢する。
「こんなことしてたらことしてたらお母さん悲しむよ?もっとマトモに働くべきじゃないのかな?」
頭を桜の身体にこすりつけながらおじさんは言う。こんな男の言うことなど聞き流すべきなのは分かっていた。しかし頭のうちで自分の存在について考え続けていた桜は、おじさんへと苛立ちも相まって、思わず自らの心肝を声にしてしまった。
「母は……私のことは愛していません」
おじさんが驚いたように顔を向ける。
「はあ?何を言ってんだよ、君は。お母さんが自分の娘が可愛くないはずがないでしょう?分かってないねえ、かわいそうに」
少女を説教してあげるよい大人ぶろうとしているつもりか知らないが、自分より遥かに下の者を嘲り楽しんでいる本性が透けて見える。
自分の事なんか何もわかっていない鬱陶しい大人を前にして、心奥に秘めた桜の思いが堰を切ったように溢れ出す。
「違います。母が愛しているのはあくまで自分の娘です。だからそれは『私』じゃないんです。私がこんなことしてると知れば、母は絶対悲しむけど、それは自分の娘がよくないことをしたからです。『私』がどうなっても、母はきっと何も思わないんです」
話しながら自分が今どんな顔をしているのかも分からない。
唐突に反論をまくし立てる桜に、おじさんは束の間ひるんだ表情を浮かべたが、それからすぐに悪魔のような笑みに変わった。
「そっかあー。それじゃあ今僕がワカバちゃんを犯しても誰も何も思わないんだね?」
男の意図に気づいたときにはもう遅かった。
桜は男の手で口を封じられ、両腕で羽交い絞めにされる。
かつてのトドロキの恐怖が鮮明に蘇り、桜の全身が異常に痙攣した。同時に涙が溢れてくる。‶私は何も変わることができないんだ。〟
「もう少し奥に行こうか」
そう呟いた男は桜の身体を持ち上げると、いきなり部屋の壁に向かって突進した。
どん。
男の顔面が思いっきり壁に激突し鈍い音を立てた。一番狭いこの部屋の壁にはオーナーの趣味で作られた、部屋を広く見せるトリックアートがある。壁画を描いた絵師の腕前はすごく、何度もこの部屋に来ている桜でさえ騙されそうになるような出来であった。
男がこのトリックアートに惑わされたのは天の助けだ。
桜は顔面を抑えている男から逃れて部屋の外へと脱出しようとする。
しかし気を取り直した男が喚きながら桜の足首を掴んだ。
「きゃっ!」その手から逃れられずに桜は大きく転倒する。後ろで男が立ち上がる所作を感じた。ああもうだめだ。桜は目を瞑る。
 刹那、ドアを破壊する轟音が聞こえ、瞑った目に感じる光が急に強くなった。目を開けた先には見知らぬ若い男が立っている。
「コルァ、クソ爺何してんだよ」
若い男は言葉の剣幕そのまま、猛獣のごとき速さでおじさんに襲い掛かった。喚きながら抵抗するおじさんはあっという間に男に取り押さえられる。
「てめえ、今度ロリに手え出したらぶち殺すからな」
今度、と言いながら今にも殺しそうな勢いである。ちょうどその時、足音がしてオーナーをはじめ数人の男たちが部屋に駆けつけた。もしオーナーたちが部屋に姿を見せなかったらどうなっていたか分からない。
ともかく店の男たちによって二人は引き剥がされ、彼らは共にフェルナへの出禁を言い渡された。
「俺はこの子を助けてやっただけだ!」
若い男は最後までそう訴えていたが、店の外へと追い出された。
おじさんの方も怪我がないことが分かると、店の者たちに店先の路地まで連れていかれた。
「ちょっと君来なさい」
騒ぎにひと段落がつくと、桜はオーナーに呼び出された。
「一体何があったんだ」
桜はオーナーに事の顛末を語った。
「んー、なるほどなあ」
オーナーは難しい顔をした。
「君には申し訳ないんだけど、うちは厄介事なしでやってるから、今日限りで店を辞めてもらってもいいかな?」
言葉遣いこそ丁寧であるが有無を言わさぬ口調であった。
桜はただ頷くしかなかった。第一に気持ちとして、もう続けられる自信がなかった。
「退職金は無いけど今日の部屋代は君にあげるよ」
オーナーは最後にそう言い残した。
桜は身一つでフェルナの外に出る。すっかり暗くなった路地では居酒屋に明かりが灯り、賑わいを見せていた。もう9時を回っている。
これから私はどうしたらいいんだろう。
桜は自分の先が見えずに途方に暮れていた。
ああ、いっそのこと私は死んでしまったほうがいいのかもしれない。
酷い思考に陥りながら、おぼつかない足取りで帰路に就いたその時である。
「ワカバちゃん、だっけ?」
男の声がした。店での自分の名前を呼ばれてどきりとする。
桜は警戒しながら後ろを振り返る。
「さっきはごめんね。びっくりしたよね」
先程おじさんをぶん殴った、あの若い男がそこにいた。

僕には気がかりなことができていた。頻繁にやり取りをしていた美里さんと、その妹の美樹ちゃんからのメールが近頃一切途切れたのだ。結局美樹ちゃんを家にもてなす妄想はまだ実現できていないが、彼女と一緒にご飯に行くことは叶った。実際に会った美樹ちゃんはとてもとても可愛い上によく気もあった。プレゼントした絵は大いに喜ばれ、僕のテンションも爆上がりだった。美里さん姉妹と、またどこかで会いましょうとの約束まで取り付けることができた。さらに僕は美里さんに内緒で、美樹ちゃんと二人きりで遊びにも行った。今や友人のほとんどいない僕にとって、2人はかけがえのない存在であった。補足すると2人は胸も大きい。二人からのメールが途絶えたことは非常に心配で夜も眠れぬほどであった。
 連絡が取れないまま半月が経過して、ついに僕は我慢ができなくなった。僕はある晩家を出て、近くの公衆電話に向かった。
以前に美里さんの電話番号は聞いていたので、とりあえず彼女に電話をかけてみることにしたのだ。
プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルル……
美里さんはなかなか電話に出てくれない。電話ボックスの中はすこぶる静かで、自分がいら立ちを感じていることが肌で分かった。
それでも僕は辛抱強く電話を待つ。
「はい……」ついに出たのは美里さんの声だ。僕はひと安心する。しかしその口調には少し元気がないような気がした。
「あ、美里さん、突然すみません、加藤真矢です。あの……」
「美樹が死んだ」
「え……」
「美樹は殺さたよ。糞みたいな男に連れ去られて、犯されて、殺されたんだ」
「……」
頭が真っ白になる。何も言葉が付いていかない。
「ごめん」
受話器の向こうで美里さんがすすり泣く音が聞こえた。
「真矢君は美樹と仲良くしてくれたんだよね。警察はただの家出だとか言って全然捜査してくれなかったんだよ。美樹は男に犯されて、必死に逃げようとして、逃げれなかったんだよ。私は美樹がかわいそうで仕方ないよ。死ねばいいんだよ。美樹を何とも思ってないようなクズは」
美里さんの言葉が直接、腹の底に落ちていくような感覚がある。
彼女の言葉は重く真実味があった。同時に僕の中に何も信じたくない心が働いて、まるで受話器を持つ手だけがどこか別の場所に行ってしまったようだった。
「……お悔み申し上げます」
どんな言葉を皮切りに電話を切ったかも覚えていない。

辻秋成。男はそう名乗った。
彼は挨拶もそこそこに、いきなり上体を屈めて桜の顔を覗き込んできた。
桜はその行動に反射的に体をのけ反らせる。
するとアキナリは悲しそうな顔をした。
「かわいそうに。ワカバちゃんは大変な思いをしてきたんだろうね」
桜は防御姿勢を崩さない。
「何ですか?急にそんなことされたら誰でも逃げるのは当たり前だと思いますけど」変な同情をかけられたくなかった。
「違うよ、俺に怯えてるんだよ、ワカバちゃんは。自分のことを助けた男ですら君は信用できないんだよ」
「……」
桜は何も言い返すことが出来なかった。男の言うことは、桜がいつも隠しているはずの核心を突いていた。
「だ、だからそれが何なんですか、あなたは何がしたいんですか!どういう目的で私に構うんですか!」
早くどこかに行って欲しい。
「心配しなくていい、俺は君に何も望まない。目的か……強いて言えばそうだな、俺の望みは世界平和くらいだね」
何を言ってるんだこいつは? 桜がその真意を測りかねて難しい顔をしていると、アキナリは奇妙なタイミングで強烈に明るい笑い声をあげた。

『今月8日昼、○○市のアパート駐車場で、背中に刺し傷のある血だらけの女子児童が倒れているのを近くの住民が発見し、通報した。警察官が現場に駆け付けたところ、女子児童は既に死亡しており、事件発覚の4日前に行方不明の捜索願が出されていた杉浦美樹さん(15)であることが確認された。県警は9日、住所不定、無職の國森正和容疑者(42)を殺人及び死体遺棄の疑いで逮捕した。國森容疑者は「(女の子が)自分の言うことを聞かずに反抗したので殺した」と容疑を認め、女子児童への性的暴行についてもほのめかしているという。』
図書館に置かれていた最新の新聞に事件のことが載っていた。
僕は妙に体の力が抜けて新聞から目を離して天を見上げる。
不意に猛烈な哀しみが体に押し寄せてきた。これまで僕は気づかぬふりをしていたが、今となっては認めざるを得なかった。〝自分は美樹のことが好きだったのだ。〟桜と離れ離れになってしまったことで生じた心の穴を埋めていたのは、紛れもなく美樹の存在だった。
僕は図書館を出てふらふらと街を歩く。おぼつかない足取りでよろめいていると、前から自転車に乗ったおばさんに迷惑そうにベルを鳴らされる。けれども僕はそのベルにすら驚くことができなかった。感情がどうしようもないほど停滞していた。
その後何日経っても、僕はあれほどやる気に充ちていたはずの、絵を描く気力さえ出なくなってしまった。書きたいものがなくなったのである。
少し前までは、絵を描いてお金がもらえることが快感だった。しかし今となってはキャンバスを見ることも苦痛である。
外を出歩くたびにすれ違う、「普通」の人間をみると、僕は強烈な悪寒に襲われる。当たり前の日々を送る人々に対して沸き起こる化物みたいな劣等感だ。僕には今、親と慕える人物がいない。生活を共にする友達はもう星になってしまった。絵と引き換えに金を手に入れてそれで暮らす毎日。これは果たして意味があるのだろうか。これまでたくさんの絵を描いてきて腕を磨いて、もうある程度満足した。もはや金以外のために絵を描き続ける理由がわからない。仕事をしているとき以外は、かつて親といたころと何のかわりもない生活をしている。学校が仕事に変わっただけだ。結局自分は何がしたいのか、僕は見つけることができなかった。
薄暗い部屋の中には、ぐちゃぐちゃに壊された絵の残骸だけが、無造作に散らばっている。
僕はその中心で、何も成さず、静かに朽ちてゆく。

 アキナリはその日、桜の家まで勝手についてきた。しかも何がそんなに気に入ったのか知らないが、それから頻繁に桜の家を訪れるようになった。桜は始め彼の来訪を心の底から煙たがっていたが、アキナリはそんな桜の態度に嫌な顔一つせず毎回何かしら生活の助けになる物を持ってきてくれるので、だんだん申し訳ないという気持ちが芽生えてきた。
そんな時分に、例のごとく桜の家にやって来たアキナリは言った。
「桜ちゃん、働かなくていいから俺の家で一緒に暮らさないかい?もちろん体の関係なんか求めないからさ」
「嫌です」
「どうして?」
「嫌は嫌だからです」
アキナリはなぜか困ったような顔をした。
「桜ちゃん、君は自分ひとりで頑張ろうとしすぎてるよ。もう少し周りの人を頼らないと。そりゃ他に頼る当てがあるなら俺じゃなくてもいいんだけどさ。第一もうお金の入りがないでしょ?」
そう言われると桜は言葉に詰まった。今の桜は仕事をしておらず、現状この一年で溜めた貯蓄を切り崩して生活している。アキナリが持ってくる日用品を素直に受け取っているのも、生活に不安があるからだった。
「桜ちゃんが俺と暮らすのが駄目な理由っていったい何なんだい?」
アキナリの口調はどこまでも穏やかだった。
駄目な理由……
改めて問われるとよく分からない。アキナリがいい人であるということはここ最近の対応で分かってきたし、かつてオーナーから女の子を大切に扱う評判のいい客ということも聞いていた。何より知り合いでも何でもない自分のことを、身を呈して守ってくれた恩人であるのだ。ある程度の貯蓄はあるとはいえ、いつまで家賃が払えるか分からない状況を考えると金銭的にも非常にありがたい。ではなぜ、自分は即答で断ったのだろう。
そう考えると、桜は自分が男に対して恐怖心という癒えぬ傷を抱えてしまっていることを認めざるを得なかった。
では私はこのままでいいのか。男に震えたままこの生を歩んでそれでいいのか。
アキナリの申し出を受けることで、場合によっては二度と立ち直れないような傷を受けてしまうリスクがあることも当然分かっていた。分かっているけど桜は、それでも前に進みたい。
「アキナリさんと……一緒に生活がしたいです」
気づけば桜は泣いていた。どうして泣いているのか、自分でもわけが分からなかった。

 僕の生活は、日夜インターネットで美樹の事件を調べることに終始した。むろん毎日そんな新しい情報があるわけもなく、実質何もしていないも同然である。時が癒してくれるはずであった心の穴は、埋まるどころか自分には何も残っていないんだという思いをさらに強くした。立ち直れる気がまるでしない。何かを起こす気力も起こらない。
そんな日々の転換は、思わぬところから巻き起こった。
僕がもはや中毒のように、美樹の事件を調べていた時だ。この日は、美樹を殺害した國森容疑者が使っていたという、幼女発見、共有のためのサイトについて調べていた。現在は発覚して凍結されたサイトであるのだが、そのサイトの画像がネットに一部載っていた。
それはサイトを使っていた人々のユーザーネームが曝された画像。その名前の一つに僕の眼が止まった。『轟く!APS愛好隊.vip』
とどろく?なんだ?どこかで聞いたことがある。そうだ、桜にセクハラをしてたとかいう奴の名はトドロキだ。トドロキがこのサイトに?そんなまさか。流石にただの偶然に過ぎないだろう。僕は妄想を打ち切ろうとする。しかし妙に心に引っかかり、謎のワード、APSについてネットで調べてみる。
『APS水中銃(Avtomat Podvodnyy Spetsialnyy APS)は、ソビエト連邦が1960年代に開発した特殊作戦用水中銃である』
出てきた情報に背筋がぞっとした。水中銃……。たしか桜はトドロキが水中銃のマニアだと言っていた。間違いない。トドロキはこのサイトに登録していたんだ。このユーザーネームがトドロキだと仮定すると連想が繋がってゆく。
いつも気丈なのに、トドロキが家に来るようになってからどこか弱弱しかった桜。家に帰らず夜遅くまでコンビニにいた桜。そして真矢に相談もせず何かから逃れるように家を飛び出してしまった桜。
僕の頭の中ですべてが結び付き閃光が走った。
桜は恐らく、トドロキに性的虐待を受けていた。
脳天まで血が上り、体が凄まじく熱くなる。とても自分の深読みのし過ぎとは思えなかった。
トドロキを殺してやりたい。
そして叶うことならばやはりもう一度、桜に会いたい。

《現代》
 僕はいったんパソコンを閉じて呼吸を整えた。
今日一日でいろんなことが起こりすぎている。万引きで捕まったと思ったらいきなり美少女に告白され、どういう訳か現在僕はアキナリという犯罪者の家の中にいる。すでに手に負えない事態なのに、さらに2年間も連絡が取れなかった桜からメールが来ているだと?
一体全体どうすればいいんだよ。
落ち着こうとは思うが、なかなか気持ちを整えることができない。それでも僕は震える指先で、パソコンのメールを開く。
『真矢君へ
久しぶりの連絡できっとすごく驚いてるよね、桜だよ!中学生の時は何も言わずにいなくなっちゃってごめんね。あの時は我慢できないことがたくさんあってどうしようもなかったんだ。でも今はもう私は元気だから大丈夫!あと真矢にはとても感謝してるよ。辛い時も真矢ならどうするかって考えたらなんか元気になれたな(笑)そういえばちょっと前に真矢を町で見かけてね、中学校超楽しんでそうな感じですごい安心したな~。またその内会おうね(笑)このメールいつ送れるかわかんないけど読んだら返信ください。それじゃあまたね! 皆川桜より』
メールを読み終わった僕は「皆川桜」の文字を、目がチカチカするほど見つめた。あれほど探しても手がかりの無かった桜が今こうして僕にメールを送ってくれている。柄でもないが感動で泣きそうだ。しかも日付は今日のつい先程である。僕はユキに絵を描けと言われたことなどすっかり頭から消え、桜への返信を考え始めた。
真剣に彼女の事を想うにつれて僕は我に返ってくる。
僕はこんなところにいる場合じゃない。桜と話がしたい。
『本当に久しぶり桜!今どこにいるんだ?』
そんな短いメールだけを送り、居ても立ってもいられずに僕が立ち上がった時、ちょうどユキがリビングに戻ってきた。
僕は荷物をまとめながら早口で言う。
「ユキ、ごめん。やっぱり俺はユキと一緒には暮らせない。他にやらなきゃいけないことができた」
「え、どうしたの急に?」
ユキは今にも飛び出しそうな様子の僕を見て、驚いたように手を合わせた。その仕草がまた可愛い。正直なところユキの事をもっと知りたい気持ちも強い。人生においてこんな可愛い子に逆ナンされる機会なんてもう二度とないだろう。
だけど僕は、それでも桜に会いたい。
「ずっと連絡が取れなかった親友からメールが来たんだ。申し訳ないけど俺は今すぐその人に会いたい。また戻って来れそうになったら戻ってくるから一旦家に帰らせて」
僕はリュックを背負って今にもリビングから出ようとした。
「ねえ待ってよ」
ユキが慌てて僕の傍にやって来る。
「私のこと、嫌になったの?」心配そうに手を握ってくる。
可愛い、すこぶる可愛い。ただし僕の心は動かなかった。
「本当にごめん。でもこの友達は俺にとって本当に大切な人なんだ。ユキを裏切ることは申し訳ないと思ってるけど、俺は行きます」
これ以上ユキの反応を伺おうとはしなかった。僕は上着のチャックを上げながら玄関に走る。そして今にも飛び出そうとしたとき、突然の嗚咽を聞いた。咽頭が壊れてしまったようなしゃがれ声だった。
僕はびっくりして後ろを振り返る。そこでは廊下にもたれたユキが、肩を震わせて泣いていた。
僕は急なことに戸惑い、なんと声をかけるべきか分からない。
所在なく立ち尽くす僕に、ユキが目を腫らして言った。
「真矢、久しぶり。私は桜だよ」

 整形手術がしたい。桜がそんなことを言い出した時は驚いた。アキナリと共に暮らすようになってから桜は徐々に落ち着きを取り戻し、ふとした時に笑顔を見せることも増えた。元気が出てきたと安心していたので、まさか桜がそんな願望を持っているだなんて思いもしなかった。
アキナリは今桜と一緒に居られるだけで、尊さにイってしまいそうなくらい満足を覚えている。
だから特に必要のない桜の整形願望には反対した。
「桜ちゃんは今でも十分可愛いと思うぜ。もっと自分に自信を持とうよ」
「どうもありがとう。だけど私は自分を変えたいんです。外見が変わればすべてが変わる訳じゃないことは分かってるけど、変えれるところはどんどん変えていきたい」
「うーん」アキナリは判断に迷った。
実はこう見えてアキナリは高学歴なのだ。アキナリが現在こうしてニートをしていられるのも大学院生時代に株で大もうけしたからである。そのためアキナリの友人も優秀な奴ぞろいで、腕のいい整形外科の友達もいることにはいた。しかし桜に整形外科を紹介することは果たして正しい行いなのだろうか。
悩ましい所はたくさんあったが、最終的にアキナリは桜に整形外科に連れて行ってやることに決めた。やはり彼女の人生は彼女の好きなようにさせてやりたかった。
お金はある程度援助してやるつもりでいたが、桜は自分の貯金で払うと言って聞かなかったので、アキナリもそれに従うことにした。
それから整形外科の友達に桜が未成年であることを含めて相談する。ありがたいことに友達の懇意で、16歳未満にもかかわらず高価な施術を割安で受けされてもらえることになった。社会の規律にルーズな辺り、アキナリと仲がいい所以である。
施術が終わった後、桜と対面したアキナリは目を丸くした。元々の顔のパーツがよかったのだろう。目元と口元をいじっただけで、桜は驚くほど美少女に生まれ変わっていた。これほど激変するのであれば自分もイケメンにしてもらおうと思い友達に尋ねてみた所、「彼女は正直ものすごく稀有な例だよ。うちの広告に使いたいくらい。秋成はおとなしく止めといた方がいいよ」と苦笑いされた。
お金こそ無くなったものの、桜はそれから一回りも二回りも元気になった。アキナリもその様子を見て、整形手術をやらせてあげてよかったと安堵する。ついでに言えばアキナリの眼の保養効果も数ランク上昇した。つまりはいいことずくめだったということだ。
 ところがつい最近また桜の様子がおかしくなった。アキナリはだんだん桜の変化を敏感に理解できるようになっていたので、彼女に相談される前に直接尋ねてみた。
「桜ちゃん、今なんか困ってることあるでしょ」
桜は目を丸くした。
「すごい。よく分かったね」
「まあなんだかんだ半年の付き合いだからね」
アキナリは鼻高々とそう答えたが、単純に半年前に比べて桜の表情が豊かになってきていることが大きかった。
「実は2週間前、小学生のころすごく仲が良かった男友達をみかけたんだけどさ、その人がスーパーで万引きしてたの。しかも私、同じスーパーでその現場を2回も見ちゃったの。ほっとけばいいのかもしれないけど、たぶん私その人のことが…………好き」
「何だって」
予想外の悩みにアキナリは当惑する。
「そ、それは、結局桜ちゃんはどうしたいの?」
「万引きをするような人だとは思ってなかったんだけど、もし万引きが習慣になってるならちゃんと注意したい」
心配そうな桜の顔を眺めて、アキナリはつくづくいい子だなあ、と思わされる。同時に彼女にここまで心配される男の子に少し嫉妬を覚えた。
「分かった。俺が少し調べてくる。場合によっちゃ桜に代わって注意してきてあげるよ。どんな子か教えて」
「えーっと……。紙とペン持ってない?」
アキナリが言われた通り紙とペンを持ってくると、桜はかなりの速さでペンを走らせ始めた。
出来上がったのは男の子の肖像画だった。その余りのクオリティーの高さにアキナリは目を見張る。
「すごいな、よくこんなに覚えてるな。ていうか桜ちゃんめちゃくちゃ絵うまいんだね」
「うん、その男友達に結構教えてもらってたから」
「ふーん」
アキナリは彼女の何気ない言葉に自分の機嫌が悪くなるのを感じた。駄目だ、どうも自分は桜の事が好きすぎるみたいだ。
ともかく次の日アキナリは、桜が幼なじみを見かけたというスーパーで張り込みを開始した。実のところそう簡単に見つけることができるとは思っておらず、アキナリの気は抜けていた。
ところが、張り込みからなんと1時間もしないうちに、桜の絵と同一人物と思われる少年が現れたのだ。
アキナリは慌てて彼の後を追う。少年はもう7月だというのに大きなジャンパーを羽織っていて明らかに怪しい。
鮮魚のコーナーで男の子の足が止まった。彼はウナギのパックを2つ手に取ると、それを買い物かごに入れるか悩む素振りをし、最終的には売り場に戻した。いや、違う。ウナギのパックが1つ消えている。どうなっているんだ、いつの間に。
少年はスーパーの高級品を手に取っては、それらを次々と魔法のように懐へしまった。彼の挙動を注意深く観察しているはずのアキナリでさえ、その瞬間を見定めることができないレベルの神業だった。これは絶対に常習犯だ。アキナリは確信する。
だがこれだけでは終わらなかった。少年はレジに向かい、カゴに入れた商品の支払いをした。その時、彼は硬貨を一枚落とす。
「あ、すみません」「いいですよ」店員さんが硬貨を拾おうと屈んだ刹那、少年は目にもとまらぬ速さでレジの紙幣を抜き去った。その動作があまりに華麗で、何の紙幣を何枚盗み取ったのかはまるで分からなかった。だが窃盗したことは恐らく間違いない。
これは酷い。いくら何でもこんなクズが桜の彼氏になることなんて絶対に許せない。アキナリはついに我慢することができずに、少年にずかずかと歩み寄った。そして今にも声をかけようとしたその時、ふとある疑問が頭に浮かんだ。
〝どうして彼はこの店でばかり万引きをするのだろう〟
アキナリが見た所、この少年の窃盗の技量は極めて高い。こんな小さなスーパーなんかで万引きを繰り返すよりもっと効率のいい場所がたくさんあるはずだ。それにもっと大きなスーパーも近くにあった。まさか……
アキナリは少年に声をかけるのを止め、すぐさま家に帰りインターネットを開いた。

「ユキ??どうして桜の名前を知ってるんだ?」
僕はユキの口からでた言葉が容易には信じられない。全く理解が追い付かない。
「真矢、さっきのメールを送ったのも実は私だよ。いつか真矢に送りたいと思って書いてたの。真矢がさっきトイレ行ってる間にメールアドレス勝手に調べたんだ。回りくどいことしてごめん」
「いや待って、それはいいんだけどユキが桜ってどういう……」
僕はユキの顔を見つめてハッとした。
成長のためか顔はずいぶん変わっているが、確かにユキの顔には桜の面影があった。一体、どういうことだ?
「もしかして桜の兄弟のかたですか?」
僕はなぜか敬語で恐る恐る聞いてみる。
「いえ、本人です」
ユキが笑う。僕が戸惑っているとユキはさらに爆笑した。
「メールを送ったのは真矢が私の事どう思ってるのか知りたかっただけ」
「何それめっちゃ恥ずかしいじゃん」
「そんなことより真矢変態発言いっぱいしてるからね。全然変わってなさ過ぎて逆にびっくりした」
「いや桜は変わりすぎな」
僕らは笑いあった。僕はいつの間にか、今話している相手が桜であることを受け入れていた。この話し方、この会話の感じは紛れもなく桜だ。
「じゃあそもそも俺に対して別人のふりをしたのはなんで?」
桜がどうしてこうなったかは相当気になる所だったが、僕はまず他の疑問から解決していくことにする。
「万引きの事を問い詰めたかったから」
「そうなのか」
「絶対真矢を更生させなきゃと思って。アッキーにも自分で直接尋ねた方がいいって言われたから」
「万引きの事は本当にごめん」
僕は体を折り曲げて深々と頭を下げた。ところが桜は僕の謝罪には構わずに話を続ける。
「私さ、窃盗のこと聞いた時の真矢の反応が気になって、真矢がメールを読んでる間に真矢が万引きした店のこと調べてみたんだよね」
僕は思わず顔を上げる。しまった、と表情が出てしまったかもしれない。
「私知らなかったよ。真矢が窃盗しているスーパーって、トドロキが経営してたんだね」

 『憎しみ』僕の万引きの原動力はこの言葉に詰まっている。
美樹を凌辱した犯人と同じような輩が、何事もないように社会でのうのうと生活していると考えるだけで腸が煮えくり返りそうになる。自分は美樹を守ることが出来なかった。だから桜だけは、桜だけは何としてでも僕が救わないといけない。
僕の気持ちは異常に荒ぶっていた。けれど、トドロキを殺害しとうとは考えなかった。その程度の冷静さは辛うじて保っていたのだ。
だから僕はトドロキを破産させる計画を目論むことにする。僕はトドロキが隣の地区でスーパーを経営していることだけは、桜から聞いて知っていた。まず初めにトドロキが経営しているスーパーの場所を突き止めた。
それからはかつて絵を描いていた時間を、全て万引きや窃盗の練習をする時間に当てた。もともと手先が器用だった僕は、みるみる内にその技術が上達していった。
『万引きとは何か』そう問われれば僕は迷うことなく人生と答える。自分のことはどうでもよかった。トドロキの人生を破滅させるためだけに、僕は犯罪を続けた。
いつの間にか物を盗むことに僕は何の抵抗も感じなくなっていた。おかしい状態だと分かってはいても、自分では止めることができなくなっていた。心の奥底では、自分の事を止めてくれる人間を求めていたのかもしれない。美少女に肩を叩かれたとき、どういう訳か僕は安堵を覚えたのだ。

僕は桜に全てを知られてしまったことを悟った。
「俺はトドロキの事が許せなかったんだ」
「もういいんだよ」
申し訳なさそうに桜が大きく首を振った。
「実は万引き以外の計画が全部上手くいかなくて」
僕は自分の失敗を思い出してしょんぼりする。
「何なの、その計画って?」
「でっかい紙に超巨大スーパーを描いて、あいつのスーパーの隣のビルに貼り付けることで、そっちに人を引き付け客足を減らす作戦」
「まってそれは頭悪すぎる」
「インクが足りなくて挫折した」
「あ、紙はあったんだ」
「家にあった画用紙を繋ぎ合わせた」
「知ってたけど真矢ってホントに狂ってるね」
桜は爆笑したが、僕を見つめる瞳はなぜか潤んでいる。
「どちらかといえば天才です」
天才を自称していく僕に、桜は真面目な顔で話した。
「ありがとう真矢、私は立ち直ることができたから大丈夫。これからは新しい人生を歩むことができるから。だから真矢が犯罪を続ける方が私はつらいよ」
桜は未来を歩んでいる。僕はそのことが涙が出るほど嬉しかった。
「じゃあホントにもう万引きなんかいらないや。桜が居てくれるだけで俺は構わないんだ。また会ってくれてありがとう」
「私は真矢には何もしてやれ………」語尾が崩れて聞き取れない。
泣き顔を見られたくないのか俯く桜。その両肩に僕は手をかける。
「俺たちがよく話をした神社、あそこでよく神様に願ってたんだ。もう一度桜と話したいって」
桜は頭を下げたまま頷いている。
「また神様にお礼言っとかないとな。ありがとうございます、僕のことはもう構いません。後は世界平和でもよろしくお願いしますって」
「は?」桜が顔を上げた。
まずい。桜を笑わせたくて、わけの分からぬ冗談を言ってしまった。
僕は何か言葉を続けようと慌てて口を開く。
「フフッ」桜が唐突に笑いだした。
「どうしたの?」マジで理由が分からない。
桜は頬に流れ落ちる涙をぬぐった。
「世界平和って真矢、アッキーと同じこと言ってるなーって思って」
僕は顔が赤くなるのを感じた。
俺ってアキナリと同じワードセンスなのかよ。
「そんなに世界平和を望むなら叶えてあげよっか?」
桜が冗談っぽい目をして言った。
「神様仏様桜様、拙者は世界平和を君に乞う」
「ねえ馬鹿じゃないの」
僕と桜は声を出して笑う。真剣な話もいいけれど、桜とはふざけ合うのが一番楽しい。
「それで、これからどうしたい?」
話にひと段落着いたところで僕は訊ねた。
「分からないの。私は過去を背負いすぎた気がしてる」
前向きな姿は伝わってくるが、それでも桜は昔の事を話すと少し表情が曇る。桜は僕よりもずっと長い間、両親と離れて暮らしてきたのだ。きっと辛いこともたくさんあったことだろう。
だから僕は桜のおっぱいを触った。
例のごとく速攻で弾かれる、予定だった。
しかし桜は少しも僕を拒絶しようとはしなかった。唇をきゅっと結んで、僕のことを縋るように見つめている。
何故だろうか、そのいたいけな瞳を眺めていると、僕は不意に彼女を抱きしめたくなった。
恐る恐る、僕は桜の肩に手をかける。
すると桜は自分から体重を僕に預けてきた。待て待て柔らかいぞ、完全に胸が当たってるぞ。いいのかこれは?
「大丈夫?」戸惑いと興奮を覚えつつ、桜の耳元で囁いた。
「ごめんね真矢。私、1人じゃダメだった」
桜が僕を頼っている。
「誰だってそうだよ」
今までに見たこと無いほど細い桜の体を、僕は力強く抱きしめた。
                


『世界平和を君に乞う 完』

世界平和を君に乞う

執筆の狙い

作者 日程
p3315144-ipngn201106osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

万引き少年が盗みを働いて、美少女に見つかってしまうお話です。
本気で作家になりたくて、人の強さと弱さを真剣に描きました。

コメント

ライトスパナ―
p3315144-ipngn201106osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

面白く読ませていただきました!サクサク読めるのが好印象ですね。
重いテーマを、早いパラグラフ展開でうまく消化できていると思います。しいて言うならエピローグ的なものが欲しいと思いました。

日程
p3315144-ipngn201106osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

ライトスパナーさん

ありがとうございます!思ったように読んでいただけて嬉しいです。エピローグ、作ってみようと思います。それともし疑問点、課題点が有ればお聞きしたいです!

放浪マック
202.190.93.30

前の二つのコメント、自作自演? コメントのIPアドレスがまるで一緒って……、あり得る?

夜の雨
i223-216-205-231.s42.a027.ap.plala.or.jp

導入部を少し読んでみたのですが、話は面白く書かれているようです。
つまり、読ませる力はあるのではないかと思います。
文章はかなり読みやすい。
まあ、御作は一人称で書かれていて、それが合っているのかどうかは、現時点ではわかりませんが。
主人公の内面だけと違い、景色や状況の説明に描写なども入っていて、三人称の方が合っているのかもしれないとか思いました。
導入部の数行で主人公の人生哲学が書かれていたりするので、興味は惹かれます。
話は若い人向けのエンタメ、ラブ系のようですね。
ただ、御作は原稿用紙110枚ほどありますので、内容が軽いままだと先を読み進めにくいので、締めるところは締める必要はあるとは思いますが。
そういった意味では、Aのヒロインの台詞などは、いい感じでした。
この先、どうなるのかと思わせます。
まあ、どちらにしろ、ラストまで読まないことには、よいのか悪いのか、わかりませんが。
もしかしたら御作は「エンタメ、ラブ系」よりも「文学系とかシリアス系」とかに向いている内容かもしれませんしね。
そのあたりも含めて、御作ラストまで読んでみたいと思います。

ここまで読みました。
――――――――――――――――――――――――――――
●A

彼女は大事なことを言うかのように、ごくりと唾を呑んだ。
「急な話だけど私ね、今アキナリさんと一緒に住んでるの。彼はね、昔、幼女誘拐事件で捕まった人」
「……」
セミが死滅する。地球は急激な氷河期に突入した。
―――――――――――――――――――――――――――――

17日の深夜までには読了して、感想を書けると思います。

自作自演について。
作者さんやる気満々のようですが、こちらのサイトはIPがわかるようになっていますので、無理はしないように。
マウスポインターを名前のところにもっていくと、IPがわかる、ほか、コピーをとってもわかります。
しかしあれですね、この自作自演はもしかしたら、IPがわかると知っていてわざとやったのですか、何しろ御作は主人公が万引きをする話から展開していますので。
何やら関連しているようにも思いました(笑)。


それでは、よろしく。

日程
p3315144-ipngn201106osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

夜の雨さん

感想は弟ですね。正確には今は僕のパソコンではなくて、以前に読んでもらったので宣伝の為に書いてもらいました。バレていてめちゃくちゃ恥ずかしいです、すみません。身内工作は2度としません。
ちなみに弟に課題点聞きたかったのは本当なのですが無視されています。悲しいです。これからもよろしくお願いします!

日程
p3315144-ipngn201106osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

放浪マックさん

ご指摘ありがとうございます。元々深い意味もなかったことなので2度とやらないです。鍛錬の場で小賢しいことをしてすみません。

夜の雨
i223-216-205-231.s42.a027.ap.plala.or.jp

「世界平和を君に乞う」読了しました。

読み始めたときに感じた「エンタメ、ラブ系」に「ヒューマンドラマ」の味付けをプラスした作品ですね。
御作を読んで作者さんは「文学系とかシリアス系」も書けるだろう方だと思いました。
というのは、人間ドラマも描けていました。
また、構成がかなり複雑で練り込んでありました。
したがって、推理小説も書けるだろうと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

それで御作をラストまで読んで「今回のつくり方」は、「良い点」と「問題点」が重なっていると思いました。
良い点は上にも書きましたが、構成が練り込んであり推理小説に近いような展開でした。
ところが、これが問題点にもなっていると思います。
というのは、御作は原稿用紙110枚ですが、登場人物が多くてそれぞれにドラマを持たしているので、人間ドラマが描けているのですが、深く入り込めていないのではないかと思った次第です。
ドラマをシンプルにして、主人公である加藤 真矢からの視点で導入部からラストまで描いていれば、結構深く入り込めたのではないかと思います。
または、中編とか長編でこの物語を書くとかです。
この内容だと中編とか長編にするべきではないかと思いました。

ほか、「杉浦美樹」のエピソードが弱いと思いました。
主人公の加藤 真矢との関係とかはわかりますが、エピソードの書き込みが足らない。
話の展開では、ぎりぎり問題はなかったと思います。

あと導入部の軽い入り方ですが、そのあとの展開とは味付けがだいぶ違いますね。
ただ、特別違和感があるのかといえば、そうではなかったですけれどね。
笑いもある作品なので。

文章はかなりうまいです。
>本気で作家になりたくて、人の強さと弱さを真剣に描きました。<
ということですが、作者さんの人間や世界観の描き方などを考えると、実力的には手の届く方ではないだろうかと思います。
まあ、作家になるには実力だけではなくて、世の中の構造とかが関わってきますけれどね。
出版社も小説が売れていないようですが、このあたりは世の中の構造とかが関わっていて、それらを越える実力と、アイデアと運を持つ必要があるようです。

視点について。
加藤 真矢のパートは一人称で書かれていますが、一部三人称視点が混入しているところがありました。
どこの部分か忘れましたので、気が付けばまた、再訪して書きます。
――――――――――――――――
加藤 真矢  16歳
島根雪    16歳
皆川桜    16歳
杉浦美里(姉)
杉浦美樹(妹)15歳
アキナリ(辻秋成)
――――――――――――――――
主要登場人物だけでもこれだけいます。
ほかに脇役で重要な役目を持っている「トドロキ」もいます。
キャラクターの個性はバランスよく描かれていたと思います。

それでは、これからも頑張ってください。


お疲れさまでした。

夜の雨
i223-216-205-231.s42.a027.ap.plala.or.jp

再訪です。

>加藤 真矢のパートは一人称で書かれていますが、一部三人称視点が混入しているところがありました。
どこの部分か忘れましたので、気が付けばまた、再訪して書きます。<

調べてみましたが、おかしなところはありませんでしたね。
私が勘違いした理由は、御作が多人数の複数視点の描き方で書いているからだと思います。


それでは、失礼しました。

日程
p3315144-ipngn201106osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

夜の雨さん

読んでいただきありがとうございます!
前後するとこありますが、ご意見を貰った部分の所感を書いていきます。

仰る通り短編に収めようとしていることに少し無理があるようです。友人にも「無駄な所がなさ過ぎて逆に圧迫感がある」と言われたりしました。原稿用紙何枚分くらいがいいでしょうか?

美樹ちゃんは元々ユキと混同させるフェイクと為に用意した人物だったのですが、プロットを完成させたときには重要人物になってしまったので登場シーンを作るか正直かなり迷いました。登場シーンを入れなかったのは、真矢君と美少女のデートシーンとなると前半以上に軽い文章になってしまうので、物語の雰囲気が変になってしまうことが不安だったからです。しかし友人にも指摘されており、まだ迷っています。

導入を軽くしたのは、単純に読んでもらえないと思ったからです。今の時代YouTubeやゲームを始め手軽に楽しめる娯楽が増えているので、文章なんかに目がいかないんじゃないかと。実際僕も中学高校に比べて小説を読む頻度が落ちました。そのことを考えてこれまで書いてきたものと比べて大幅に文体を変えてみました。夜の雨さんも感じているように後半は元のスタイル(書きたかったよう)に戻したのですが。

これほど多くの人物の視点で文章を書いたことがなかったので、深く書けなかった部分が沢山ある気がします。本当はアキナリの誘拐編も書きたかったので。んー、それは要らないですかね?

文章力が褒められたのは初めてなのでとても嬉しいです。ショートショートばかりを書いていた人間なので長い物語そのものに自信がありませんでした。作家になるなんて夢のまた夢だと思い続けてきたので主さんの言葉はとてもとても励みになります。

最後になりますが改めて、こんな素人の文章を見て頂きありがとうございました。
夜の雨さんはコメントを書く才能があると思います。最近コロナで友達と会う機会が減ったせいで下落していたやる気が満ち溢れてきました。もし夜の雨さんも何か作品を書いておられるようでしたら是非読ませていただきたいです。また良ければ、僕は今度ショートショートも上げる予定ですので見て貰えたら感涙に咽び泣きします。

放浪マック
202.190.93.30

日程さん
最初に少し意地悪をしてしまったので、真面目な感想を書きたいと思います。
1.文章(力)はよいのですが、その文章力を活かす感性がだめだと思います。安直な言い方をすれば、表現がださい。随所にそのような箇所があります。もっとも、最近は軽めの文章の方がうけがよいようで、別サイトで人気を博しているものは、文章そのものがだめなものも多くあります。よって、自分の感性が古い、あるいはおかしいのではないかと心配になることも度々です。しかし最近のラノベ系は、一発屋でも売れたらOKという観点で書籍化する場合もあるようで、その裏では作家を育てる意識が非常に薄いと言われます。真面目な出版社、編集者は、おそらく日程さんのような感性の文章には触手を刺激されないと思います。
 例えばのっけから、【個人的にはクズで結構コケコッコーという感じだ。】という文があります。正直ここで、読むのを止めようと思ったのですが、意地悪してしまったので、我慢して最後まで読みました。【結構コケコッコー】も恰好よくありませんが、【という感じだ】がだめ押しになっています。細かいようですが、こうした文章を一つ一つ見直すべきだと思います。もう一度読み直し、少しでも引っ掛かりを覚える箇所は、時間がかかっても丁寧に全て直してみるとよいと思います。一度これをやると、次からは直す箇所が減ります。慣れてくると、本当に小さな修正だけで、長い文章が成り立つようになります。要は、数回は徹底して直してみる、というのが大切です。
2.セリフが浮いています。自分の書いた文章を時間を置いて読むと恥ずかくなることはよくありますが、他人の文章を読んで恥ずかしくなるのは珍しい、というほどです。
 例えば、
「でっかい紙に超巨大スーパーを描いて、あいつのスーパーの隣のビルに貼り付けることで、そっちに人を引き付け客足を減らす作戦」…… もっと凄いのが、まだたくさんあったような気がしますが。
 この台詞のあとで、「まってそれは頭悪すぎる」という台詞が出てきますが、作者の頭が悪いと思わせる文や台詞が散見されます。文章力を鑑みれば、作者は決して頭の悪い人ではないと思えるのですが。この辺りはセンスが必要で、どうやってセンスを磨くかと問われると答えるのが難しいのですが、次はどんな台詞にするか、それだけを数日間考えていると、意外な答えが見つかったりします。これは、ストーリー展開にも言えることで、安直に物語を進めてしまうと、安直な結果に終わりがちです。(特別な才能を持つ人は別ですが)
3.視点移動。一人称だとか三人称だとか、細かな作法はどうでもよいですが、視点が変わる箇所で違和感があります。違和感があったらだめでしょう。一人称で進み、突然三人称に変わるのですが、最初は伝聞内容を主人公視点で書いているのかと思い、しかしそれが違うことに気付くところで、違和感が発生しています。それが何か所もあります。こうした一人称と三人称を混ぜたもので、上手く書けているものを、これまで見た記憶がありません。一人称で書き続けるのは結構辛いので、物語に広がりを持たせるためにこうしてしまったのではないかと想像しますが、苦し紛れで失敗しているような気がします。
4.たくさんだめだしをして申し訳ありません。赤ペン添削をしたら、真っ赤になってしまい、これはだめだよと原稿を突き返す必要があるくらい、問題だらけです。しかし構成は、まあまあいけています。通常、これがだめな人が多いのですが、日程さんは逆ですね。雑ではありますが、終盤でなるほどと思わせる意外性に、座布団一枚でした。その部分でやや生意気ながらも感心したので、少し細かい指摘をさせて頂きました。
 これらの指摘は、決して意地悪ではありません。とにかく何年かかっても、一つの作品をしつこく直してみて下さい。それで何かが見えると、自分は信じています。(人によってはだめなものに拘らず、捨てて次を書きなさいと言いますが、それでは次も同じになりがちです)
 もし軽い趣味で書いているのであれば、余計なお世話でした。

日程
p407213-ipngn200407sinnagasak.nagasaki.ocn.ne.jp

放浪マックさん
まずは読んで頂きありがとうございます。中々自分の作った小説を見て貰う機会がないので至極嬉しいです。

1.【個人的にはクズで結構コケコッコーという感じだ。】の箇所等は主さんの仰る通り、ラノベ系の軽い文章をイメージしたものです。僕はこれまでラノベをほとんど読んだことが無くむしろ異世界転生だのハーレムだの馬鹿にしていたのですが、近年のライトノベル人気は目を見張るものがあるため、一度偏見や拘りを捨てて今作のような書き方を試みてみました。しかし僕自身に余りライトノベルの造形が無かった為、ダサい文章になってしまったようです。反省します。センスのあるライトノベルというものを読み漁り、そのエッセンスを学んでいきたいと思っています。

2.セリフは中高生ということで敢えて頭悪めにしてるのですが駄目でしょうか?
特に女友達ですが「まってそれはしぬ笑笑笑笑笑笑笑笑」のような意味不明なLINEが日常、人を問わずよく見られるので、会話レベルはこの程度がリアルな所かなと考えました。

3.視点移動は仰る通りだと思います。
元々真矢は現在視点では一人称、過去視点では三人称としていたのですが、アキナリや桜の三人称視点が加わっていくうちに、真矢まで三人称にすることがしんどくなり、すべて一人称に変更しました。ここの変更を、「真矢」を「僕」に直しただけでかなり適当にやってしまったので気持ち悪い部分が発生してしまいました。これは慎重に修正していこうと思います。

4.ありがとうございます、赤ペン添削して欲しいくらいですね笑
今回の『世界平和を君に乞う』は、いつもと違う慣れない書き方で、場面展開が早い上視点となる人物も多い挑戦作だったので思うようにいかない所はたくさんありましたかが、それだけに学べることも多いのではないかと思惟しています。
これから次作を書きつつ今作を読み返して、何か気づきがあったら適宜修正していく所存です。
意地悪などとんでもなく、数々の貴重な意見をいただき放浪マックさんには殊の外感謝いたします。ありがとうございました。

may
pw126193067067.28.panda-world.ne.jp

いやー、面白かった。
退屈させない展開がずっと続き、最後までワクワクしながら読みました。
万引き少年の話かと思いきや人間の闇や性欲、生い立ちの苦労、ただの中学生ではないしんどさ、良い人かと見せかけた悪人とその逆。
愛、心の繋がり。
色んな要素を含ませて膨らんでいく物語。
伏線の回収もお見事でした。
たった一つ、少年の特技3Dアートだけは取ってつけたようなご都合主義かなとは思いましたが、それも不自然じゃなく描かれていたのですんなり入りました。
桜とユキ、良いキャラクターですね。
アキナリもなんだかかんだで後半好きになりますしトドロキのクズっぷりも悪役として好きでした。いや、好きというか、悪役があくまで悪役に徹するからこそメリハリが効いています。
ラストまで読んで、物語のタイトルにも納得でした。良く構成された、生きた物語だったので惹きつけられるし読みやすい。
次回作もすごく読みたい気持ちになりました。
ありがとうございました。
もう二回、三回と読み返してみますね!

日程
p407213-ipngn200407sinnagasak.nagasaki.ocn.ne.jp

may
読んで頂いてありがとうございます。
褒めていただいて嬉しすぎます!
もう本当に嬉しいです!自分でも気になる所はちょくちょく修正していましたが、3Dアートの所は言われて初めて気づきました。たしかに結構重要な要素ですし違和感のないようにもう少し掘り下げてもよかったと思いました。褒められると単純なのでやる気出てきました、自作も頑張ります!

ついでにエピローグできたので載せます。

日程
p407213-ipngn200407sinnagasak.nagasaki.ocn.ne.jp

               
エピローグ1

 「真矢くん、久しぶり!」
繁華街の隅で居心地が悪そうに佇んでいた真矢君に、あたしは笑顔で声をかける。
「おふっ、美里さん!」こちらに気づいた真矢君がこちらを見て目を泳がす。ヒップ、脚、そして胸へと。
この日あたしは真矢君のため自信のあるギンガムチェックのオフショルを着てきていた。彼が予想通りの反応をしてくれたので満満々足だ。けれど今日真矢君に来てもらったのはデートの為ではない。あたしはすぐに真剣な顔に切り替える。
「来てくれてありがとうね。ずっと謝りたかったの。この前は真矢君の電話に酷いこと言ってごめんなさい」
ずっと気にしてしたことだった。
「こちらこそすみません。この度は心からお悔やみ申し上げます」
真矢君は、柄にもない真面目な挨拶を返してきた。
あたしは無理に笑顔を作る。
「大丈夫だよ、真矢君。私はもう元気だから」
「美樹ちゃんには本当にお世話になりました」
そう言う真矢君の眼は、谷間にショルダーバックの掛かったあたしの胸にロックオンしていた。
「僕は美樹ちゃんと一緒に動物園に行ったことがあってその時のことは忘れられません。僕は本当に馬鹿な奴だったけど美樹ちゃんは本当に優しい子で……」
真矢君が必死に話していることは分かっていた。しかしダメだ。あたしはどうにも堪えられない。
「フフッ」
話の途中で吹き出してしまった。
「えっ」真矢君はびっくりしたように話を止めたが、あたしはそれでも身を捩り続けていた。
「だって美樹がね、真矢君とデート行ったら、喋ってる時も私の胸ばかりガン見してるって文句言ってたの。今真矢君の視線を観察してみたらホントにその通りなんだもん」
最近美樹の日記を見つけて、妹が真矢君のことを相当気に入っていたことを知った。当時は冗談だと思っていたが、美樹があたしに「真矢君はもしかしたら私じゃなくて、私の胸のことが好きなのかもしれないわ」と真顔で語っていたのは、彼女の本気の悩みだったのかもしれない。そう思うと美樹は本当に可愛らしい妹だ。
ふと真矢君の方を見ると、こんな事を指摘されてさぞ恥ずかしがっていると思いきや、何もない所をみつめてなぜかニタニタした顔を浮かべていた。
「いま全然関係ないこと考えてたでしょ?」
彼は気づいてないかもしれないけど、真矢君が変態なことを考えている時はすぐに分かる。 
「え、いや、そんな」
空想の世界から戻ってきた真矢君は、分かりやすく顔を赤くした。こうなれば自分から正解発表をしてくれたようなものだ。
「真矢君ね、たぶん自分が思ってるより顔に出てるよ」
真矢君は決まりが悪そうに体を揺らしている。その様子はなんとも滑稽で、もっと苛めたくなったがさすがに可哀想だと思い直す。
「だけど真矢君と話してたら元気になれるわ。大好きよ」
計算されたウインクはあたしからのサービスだ。
「そ、そんなあ」
真矢君はデレていることを隠そうともしない。
あたしが彼の様子をニヤニヤと眺めていると、側にあったカレー屋からいい匂いが漂ってきた。
時計を見ればもうすぐ13時だ。
「さ、お腹すいたしランチ食べに行こ」
真矢君に声をかけて歩きだそうとする。
「美里さん、ちょっと待ってください」
そこを真矢君が呼び止めた。心なしか急にその声が緊張している気がした。
「これ」
彼がカバンから取り出したのは1枚のキャンバスだった。描かれているのは二人の人物の似顔絵。一人はあたしともう一人は……もう一人は、今すぐにでもあたしに明るく喋りかけてきそうな美樹だった。あたしが大好きな美樹の仕草、表情。鮮やかに切り取られた1枚の思い出が、美樹が消えてから必死で塗り固めてきたあたしの感情の関を決壊させようとしている。
「そんな……真矢君、ありがとう」
声が震えている。様々な想いがとどめなく溢れ出し、胸が熱くなる。
絵の中で幸せそうに微笑む姉妹の姿は、瞳の中では、まるでたくさんの美しい色をごちゃまぜにした水彩画のように滲んでいた。

  エピローグ2

 太陽が照りつける地面は思った以上に暑い。アキナリは自分が厚着をして外に出たことを幾ばくか後悔した。
桜は昨年、ついにアキナリの家から巣立っていった。
一時は幼なじみの少年とルームシェアをする、と言っていた桜だが結局落ち着きを取り戻して、その後もうしばらくアキナリの家に居続けていた。
それからアキナリは桜に勉強を教えることにした。中学の卒業資格を持っていなくても、満16歳以上であれば高卒認定試験を受験できることを伝えると、桜の眼が輝いたからだ。
「じゃあアッキー、これから私に勉強を教えてよ」
しょうがないなあ、そう答えたアキナリだったが、本当の事を言えば桜のために自分が何かしてやれることが嬉しくて仕方がなかった。
 桜は真面目に勉強をして、19歳の夏とうとう高卒認定試験に合格することができた。4月から働く新しい就職先も見つかって、今では遠い地で一人暮らしを始めている。
再び自分だけの生活に戻ったアキナリは、桜が最後に残した感謝の手紙を宝物のように大切に保管している。桜の手紙を読むと、今でも涙が止まらない。詰まる所、自分は桜の事が「好き」なのだ。
俺はロリコンなんだ、と自分に言い聞かせて何も考えないようにはしていた。桜が16を超えた辺りからは敢えて冷たく接したりもした。それでも共に生活していく中で、だんだん自分の情が桜に移っていくのを止めることができなかった。
「おぅ、俺はロリコンだから桜ちゃんがどっか行っても何とも思わないから、じゃあねバイバイ」
桜を好きになることが苦しすぎて、最後までこんな台詞を彼女に吐いてしまった。そう簡単に気持ちを割り切れないことは自分が一番よくわかっているのに。
やっと理解できたことがある。かつて引きこもりだった自分は、人間、なかでも自分の理解の及ばない存在である、女性に傷つけられることを極端に恐れていた。俺は先天的に幼女が好きなのではなく、自分を傷つけることのない相手として幼女を選んでいたのだと。
だから心から信頼していた桜が居なくなってしまった時は胸が締め付けられて、苦しくて、痛くてしょうがなかった。
それでもアキナリは、こんな気持ちになれたこと自体、桜に感謝していた。
「桜が俺から離れて起こったこの胸の苦しさ、これが愛だったんだな。俺は産まれてから30年も生きてきたのにちっとも分からなかった。俺は桜にそれを教えてもらったよ、ありがとう」
そんな台詞を言って、桜に素敵、と言ってもらえるような最愛の人を紹介する。それが今のアキナリの目標であり、楽しみだ。
「よし、合コン気合い入れるぞ」
気持ちを高めて腕をまくる。空は輝いていた。

日程
p407213-ipngn200407sinnagasak.nagasaki.ocn.ne.jp

エピローグ3

 降りしきる雪が若葉色のトレンチコートを白く染めあげる。
私が自分の実家を訪れたのは、実に十数年ぶりだった。
「まあ……桜」
玄関の外に立つ桜を見た母は、心の底から驚いた顔をした。
「10年でこんなに綺麗になって。母さん嬉しいよ」
私はわざとつっけんどんに答えた。
「お母さん、久しぶりに会ったふりしなくてもいいよ。お母さんが私の結婚式をのぞきに来てたこと知ってるから」
「ああ、そうなのかい」
母は決まりの悪そうな顔をした。
それから言いにくそうに口を開く。
「桜、子供のころは本当にごめんよ。母さんどうかしてたよ。お金が無いってことは人を狂わせるのよ」
「もういいんだよそれは」
母の言い訳はあまり聞きたくなかった。
「あんたがどこで何してんだかちっとも分からなくて、母さんは心配で仕方なかったのよ」
「心配してくれてどうもありがとう」
言葉通りの意味が半分、皮肉が残り半分。
「そんなことより今日はお母さんが再婚するって聞いたから祝いにきたのよ」
母はしみじみとため息をついた。
「悪いわねえ。でもね、今度の相手は本当に素晴らしい男の人だから」
「うん、全然知らないけど私もそう祈るね」
母は私の言葉に嬉しそうな顔を見せた。
「桜も会ってみるといいわ、きっと仲良くできるはずよ」
自分の娘がかつて元パートナーに酷いことをされたと大体わかっているはずなのに、再び平然と会わせようとするこの無神経さである。
「それはやめとくわ」
言葉に呆れが少し混ざる。
「そう……。また気が向いたら桜の旦那さんも一緒に遊びに来てね。母さんいつでも待ってるから」
「一応考えとくよ」
そろそろ寒いから家に帰りたい。
「服が真っ白になってるわよ。部屋に上がらないでいいのかい?」
母が心配そうに尋ねてくる。
「うん、今日は用事があるからもう帰るね」
「そうかい、残念ね。雪に気をつけて」
「雪は大好きだから、大丈夫」
何にも染まらない、真っ白なところが特に。
私は母に手を振って、来た道を戻ろうとした。
「待って桜」母が名残惜しそうに呼び止める。
「何?」母の意図が分からない。
「桜、旦那さんと助け合って、幸せな家庭を築きなさいよ」
母は一音一音を噛みしめるように言った。
‶幸せな家庭を築きなさいよ〟
母の眼差しは見たことが無いほどに真剣だ。
男に積年翻弄される母の姿は見飽きるほどにみてきた。私はその言葉が母の心からの願いであることを知っている。
「うん、わかった」
私は瞳を閉じて大きくうなずく。
「お願いよ、母さんの一生のお願い」
母は右手を桜に突き出した。温かい家に居たはずの母の手が痙攣している。
私は何も言わずに母の骨ばった細い小指を、自分の小指と固く結んだ。
重なった母娘の手の上に、真っ白な雪が、音もなく舞い降りる。

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