作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

権田医院診療録 潤滑

「奥さんの場合は、更年期障害ですね」
 やっぱりそうか。更年期。あまり認めたくはないけれども、女がどうしても通り過ぎなければならない人生の曲がり角。
 私は、生理が終わりかけた五十才前頃から体調を崩した。イライラする。肩がこる。一番困るのは、カーと熱くなって汗ばみ、しばらくするとスーと引く症状である。
「カースー症状ですね」
 権田医師はカルテにカースー(+)と書き込んだ。
「カーときて、スーと引くのでカースー症状と言うのですよ」
 正式な医学用語ではあるまいが、言い得て妙である。
「更年期は、これまで分泌されていた女性ホルモンが出なくなって起こります。だから、その治療としては、女性ホルモンの内服、つまりホルモン補充療法(HRT)が一番確かなのですがね」
「ホルモン剤を飲むのですか?」
 ホルモン剤はなにか怖い気がする。
「そうです。これからずっとホルモンを補い続けます。HRTはアメリカでは盛んですね」
「そんな大層なことではなく、漢方薬で何かありますか?」
「更年期障害に使う漢方薬はいろいろありますが、ファーストチョイスは加味逍遥散(カミショウヨウサン)です。漢方療法をご希望なら、まず、これを試して見ましょう」
 いかつい顔に似合わず、権田医師の声は優しかった。
 加味逍遥散を貰って二ヶ月、症状はかなり改善している。このような症状は気分次第で強く感じたり軽く感じたりするので、心理的な効果も否定出来ないが、それでもカースー症状は殆ど苦にならなくなっていた。
「具合はどうですか?」
「おかげさまで、調子はよくなりました」
「そうですか。ずっと続ける方が良いので、休まず薬を続けて下さい」
 権田医師はカルテを看護師に渡した。
 実は、もう一つ相談があるのだ。
「あのー」
「まだ何かありますか?」
 権田医師は渡したばかりのカルテに手を伸ばした。
 あるのだ。でも言いにくい。私は看護師に目をやった。それを見て権田医師は看護師に手を振った。看護師は隣の処置室に消えた。
「さて、どんなことでしょう」
 権田医師が向き直った。
「実は、私の主人はいい年をして、あっちの方が達者でして……」
「はあ、それは結構なことですが」
 五十台半ばの夫は週に二回は要求してくる。
「でも、あのときに痛くて、困っています」
「コイツスシュメルチェンですな」
 権田医師は呟くように言ってカルテに横文字を書き込んだ。
「あ、性交痛ということですよ」
 権田医師は慌てて言い直した。医者の表現は直接的である。
「なにか方法が、ありますやろか」
「おーい、潤滑、一本」
 権田医師は処置室を振り返って叫んだ。
 看護師が白い歯磨きのチューブのようなものを持ってきた。
「これを使ってみて下さい」
「これをどう使うのですか?」
「その時に、先っぽに塗ると滑りがよくなります」
 夫は唾液を塗っていたが、その代わりに使うのだ。なんだか、夫婦の寝室を覗かれたようで気恥ずかしかったが、試してみる価値はあると思った。

「へー、こんなもんがあるんか」
 夫は珍しそうにチューブを眺めた。チューブの蓋をあけ、ゼリー状の中身を指先に取ってみる。
「ただの、ゼリーやないか」
 成分が何か知らないが、それ用のゼリーであることは間違いない。夫はそそり立つ大砲の先端に唾をつける要領で塗りつけた。
「唾よりはええやろう」
 確かに唾よりはいい。つるりと入って痛みはほとんど無いし、長持ちする。
「どうや、具合は」
 夫は満足そうに腰を動かした。
 コイツス何とかという痛みは全くなかった。何年ぶりかだろうか。私もおもわず上り詰めてしまった。この分なら、夫が要求すればいつでも叶えてあげても良いなと思った。
 近所の奥さん連中と雑談しているとき、そっちの方に話がいった。
「うちとこ、さっぱりあきませんねん。まあ、この年では痛いだけやから、私はその方がええんやけどね」
「うちとこも、あきませんわ。うちの主人の年齢なら、月に一回や二回はふつうですやろ?」
 まあ、大体が回数が減ったことの不満である。それに比べたら、私の夫は元気なものだ。週に一回か二回はするのだから。特に、ゼリーを使うようになって益々元気になっている。週に二回、時には三回のことも有る。
「わしがしてくれと言わんようになったら御臨終が近いと思ってくれ」
と夫は言うが、まさか八十歳過ぎまで出来るとは思わない。
 まあ夫が要求することは、これは体も精神も健康である証拠だと思っているし、私に不満があろう筈はない。回数のことは伏せて、痛みは潤滑ゼリーで解消される事だけを教えておいた。皆はこれに関心を持ったようであった。

「具合はどうですか?」
 権田医師が訊ねた。ゼリーの事だろう。
「おかげさまで、痛みは無くなりました」
 私は顔を赤らめながら言った。
「それは結構」
 権田医師がにやりと笑った
「最近、潤滑が欲しいという患者さんが増えましてな。まあ、これがお役に立てば結構なことやと思ってます」
 潤滑は、単に滑りを良くするという意味の潤滑だけではなく、夫婦間の人間関係の潤滑という意味もあるのだろう。
 近所の奥さん連中が、どんな顔で権田医師に潤滑の話をしたのかと思うと、私もにやりと笑ってしまった。
                  了

権田医院診療録 潤滑

執筆の狙い

作者 大丘 忍
p1611005-ipngn200303osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

権田医院シリーズです。思い当たる方はこれを試してください。

コメント

通りすがり
p568229-ipngn200510osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

写実主義は立派な文学ですよネトウヨさん

ノンレム睡眠
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文章も物語も、綺麗に纏まっているなという印象を受けます。
お父さんお元気なようでなによりですね。

上松 煌
softbank126159219217.bbtec.net

おれは最近のごはん作品には怒りばかりで、途中で放り出してしまうので、感想は書かん。

86にもなった大丘エロジジイが小説の意味すらわかっていない作品???臆面もなく出してきたのにはブッ飛んだぜ。

賤しくも文筆を志す者が、その年になっても小説の基本すらわかっていない。

小説は自己の心情をいかに読者に伝え、どこまで理解と共感をもらえるかだ!

そのために架空世界を設定し、面白く、あるいは深刻に誘導し、考えさせ、時としては反発させ、最終的にはなるほどなぁという納得と共鳴に導きたいと望む。その高度な精神性の世界なのだ!!!飽きれるワ!ウマレ変わっても文章かくな!

通りすがり
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あのなあ上松。自分に都合が悪いことを
架空の幡ニッケルにすべて押し付け知らん顔する。
それでも誇り高き日本人か?
言い訳がましく、おまえこそ偉大なる
扶桑が国の臣民にみえねえよ。
恥を知って腐れ心臓治療にはげめよ。

こんなこと抜かせば、こっちも幡ニッケルと梅毒脳ミソで決めつけるんだろう。
被害妄想もいいかげんにしねえと、狂人扱いだぜ。

こんなことはともかく大丘さん、手練れの文章でいつも感心しております。

通りすがり
p568229-ipngn200510osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

上記のコメントは私ではないですね
運営さんなりすましが横行しているのでいい加減ログイン制にしたらいかがですか?
データベース構築してこれ程度の規模であれば管理もそこまで難しくないと思うんですが

ペペロンチーノ
sp49-98-155-154.msd.spmode.ne.jp

成りすましたって、いずれはボロがでるから気にすることないですよ。ただ、上松さんみたいに、自分が書いておいて「成り済まし朝鮮人!」って決めつける厚かましいのはねえ。幡京ニッケルとやらが荒らしているなら、アク禁されてて書けないはず。もうなすがままです。
大丘さんもやなヤローに因縁つけられてますね。懲りずに名文章綴り続けてください。

上松 煌
sp49-106-217-207.msf.spmode.ne.jp

 おれ=上松煌はアク禁のため、他のアクセス方法でこれを書いています。
在日の幡京ニッケルの偽レスに惑わされるのもバカらしいです。
名前の上にカーソルを置けば判明しますが、複数持っている場合も考えられますので、個人個人が惑わされないことでしょう。

 ともあれ、大丘さんは大迷惑ですね。

かじ・リン坊
124-110-104-4.shizuoka.fdn.vectant.ne.jp

とても面白く読ませていただきましたが、「ホルモン剤を飲むのですか?」ホルモン剤はなにか怖い気がする。のあたりが、ちょっとご都合主義な感じで端折りすぎている感じがしました。いかがなものでしょう?

大丘 忍
p1611005-ipngn200303osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

かじ・リン棒様

読んで頂き有難うございます。
ホルモンというものは本来は体内に分泌される物質で、生体の機能を調節する物質ですから、それを外から服用するのはなにか生体のバランスを乱すような印象を受けます。それは事実なのですが、医学的根拠に基づいて使用するなら、効用が副作用を上回ることに成ります。
例えばアレルギー疾患に対して副腎ホルモンを使うような例ですね。
しかし、素人はこのことをあまり知らないので、ホルモンを飲むことは何か副作用がきついのではないかと誤解してしまうのですね。
治療に良く用いるホルモンは副腎皮質ホルモン、甲状腺ホルモン、などですが、更年期療法にも女性ホルモンはよく使われております。
この小説で、ホルモン剤を飲むことに疑問を感じたのはこのことですね。
このように、一般的にホルモンを飲むのは不自然に感じるのは素人としては当然であろうという前提でした。

p772014-ipngn200906tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

>思い当たる方はこれを試してください。

これ↑医師法に引っかからない? 匿名サイトで自分が医師だと証明できるわけでないのに……。
小説内ならともかく実際に勧めるのはまずいですよ。

大丘 忍
p1611005-ipngn200303osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

熊様

読んで頂き有難うございます。

素人(非医師)が雑談で、「○○が血糖を下げるようよ」「そんなら私も試してみようかな」
というような会話を交わして、○○を試してみたところで医師法には抵触しません。
ちなみに私は医師免許を持っております。

テイク
KD106133051240.au-net.ne.jp

コメント失礼します。
それなりに楽しく読ませていただきました。
料理に例える高級料理がプロだとするとお味噌汁のような感じでしょうか。

大丘 忍
p1611005-ipngn200303osakachuo.osaka.ocn.ne.jp

テイク様

読んで頂き感想を有難うございます。

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