作家でごはん!鍛練場
瀬尾 りん

明くる日のミッドサマー

 蒸し暑い。
 私は目を開けた。仰向けの視線の先は低い天井だ。暗い癖に木目まではっきり見える気がした。目に焼きついているんだろう。
 築三十年のアパートである。住み始めてもう十年になった。だからと言って木目に愛着などない。引っ越そうと何度思ったか知れない。
 一部屋しかない部屋に、布団を敷いて寝ている。夏はエアコンが切れた瞬間から暑い。隙間が多いのだ、きっと。冷えた空気もすぐに逃げ出すに違いなかった。
 枕元を弄ってスマホを探し出すと、指がディスプレイに触れたのか一気に明るくなった。寝起きの目には辛い光量だが、なんとか目を細めて時刻を確認した。 
 午前三時。
 着信一件。犯人はリロ。私はリダイヤルせずにそのまま電源ボタンを押した。画面が暗くなる。
「……」
 眠気はやってきてくれなかった。暑い。六月特有の湿った温度が心地悪く、寝返りをうった。水音が耳につく。
 以前この部屋にはもう一人人間がいたが、七日前に追い出した。こんな風に寝返りをうち、横を向いたらすぐそこに寝顔があった。口を半開きにして、いつも軽くイビキをかいていた。
 リロ。
 馬鹿みたいに端正な顔した男の名前。
 令和になっても、パチ通いと煙草をやめられなかった男。
 あいつが置いた熱帯魚水槽が、未だに私の部屋にはある。たった六畳しかない部屋なのに、水槽の幅は八十センチ程で圧迫感がすごい。絶えずモーターの音と、水が流れる音がしている。水槽の中ではグッピーが普段通りに泳いでいるのだ。
 リロはいつも張り付くようにして、中にいるネオンテトラやグッピーを凝視していた。きれいだと言う癖に掃除をしたことは一度もなかった。私は最初こそ水音が気になったものの、少しすると慣れてしまった。
 リロはこんな風に、大概のことを自分がいて当たり前の風景、にしてしまえる男だった。歯ブラシが増えるとか、食事が二人分になる事だとか。寝る面積が狭くなる事とか。ドアを開けたら、おかえりと言う声がある事とかも。
 お金を借りること、もその中に入っていた。リロはいつも金欠だった。たまに大勝ちした日はステーキ肉やケーキを大量に買ってきたりした。勝った分返そう、という気はなかったように思う。私たちは理由のないパーティを何回もして、貯金は減って行った。
 私は昼間働いている唯の女だったのに、いつの間にか深夜の熱帯魚になっていた。ドレスは窮屈だったし、水槽の中は息苦しかった。それでも毎晩泳いでいた。
 低い音のモーター音が気になり出したのは、丁度一週間前ぐらいの事だ。私は夜の仕事を辞めて、リロに告げた。このままじゃ二人ともダメになると思った。立て直そうと思った。でも。
「なんで辞めちゃったの」
 灰色のスウェットを着たリロは、頭をかいていた。どうするかな、と思案している顔のようだった。
「明日から家にいるの?」
 言いながら煙草に火をつけた。面倒臭そうな顔が紫煙で隠れる。
「ここ、私の家だから」
 そう言った私の声は、情けなくも小さかった。どうして居候のリロに気を使わなければいけないのか、よくわからなかった。考えないようにしていた。
「あっそ。じゃあ出てく」
 リロはそう吐き捨てるように言って、煙草を空き缶の中に捨てた。そしてそのまま本当に出て行った。
 どこに行くのかは知らない。寂しいよりも、なぜかホッとした。私はその日のうちに、余計な事を考える前にリロの持ち物を全部捨てた。彼のいる当たり前の風景、というやつは過去になった。部屋が広く感じた。
 二人分の蒸し暑さから解放された夜は気兼ねなかった。私はどんな風に自分が生きていたのかを思い出した。
「孤独でも、よかったんだよなぁ……」
 なんとかして、頑張って、繋ぎ止めようとしても去るものは去っていく。一人になる事はとんでもなく怖い事だと、リロと生活している間は思っていた。だけど煙草の匂いが消えた部屋で、私はどこまでも自由だった。
 今、私は新しい朝を迎えようとしている。午前三時。あと二時間もすれば、空は白み始める。スマホがまた着信を告げた。こうして偶にかかってくる電話は本当に困っているのかもしれないし、単に舐められているだけかもしれない。どちらでもよかった。
 私は着信拒否をして、漸く最後の風景を捨てた。二度寝して待とう、と思った。
 
 六月下旬の、朝のことを。
 

明くる日のミッドサマー

執筆の狙い

作者 瀬尾 りん
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ミッドサマーと言う単語を見て、これをタイトルにした作品を書きたい!と思って書きました。ミッドサマーはスウェーデン語で「夏至」です。
某ホラー映画とは全く関係ありません笑

コメント

偏差値45
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内容は伝わっているのですが、ありがちなストーリー。
WINKの『淋しい熱帯魚』を思い起こしましたね。
表現力はあるとは思います。
だからと言って、面白いかと言えば、「いいえ」かな。
なにか特別な味付けが欲しいです。

>一部屋しかない部屋に
一部屋しかない住居に、、、、こっちの方が自然かな。

>水槽の幅は八十センチ程で圧迫感がすごい。
たぶん、九十センチでしょうね。規格サイズだから。
貧乏人が「こんなものを買うなぁ」と言いたくなりますね。
グッピーやネオンテトラなら、もっと小さい水槽ても問題ないですからね。

>ミッドサマーと言う単語を見て、これをタイトルにした作品を書きたい!と思って書きました。ミッドサマーはスウェーデン語で「夏至」です。
自分だったら、タイトルは「孤独な熱帯魚」かな。

夜の雨
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「明くる日のミッドサマー」読みました。

わずか1700字ほどの作品でしたが、世界がありドラマがありました。
まず御作の良いところは掌編という長さなのに、生活部分が垣間見られて、そこに疲れのようなものが描かれていました。
この疲れのような部分は何かというと主人公である「私」の住居であるアパートの六畳間の生活。
クーラーを切ると途端に暑くなるすき間だらけの築30年という少し年季が入ったアパート。
そんなところにリロと一緒に暮らしていた。
暮らしていたといっても相手は居候で働く気構えがない。
借金をしてのパチ通いと煙草をやめられなかった男。
私は一週間前にリロを追い出していたが、スマホに着信が入る。
犯人はリロ。
これだけで彼が何を考えているのか、想像がつく。
私の部屋にはリロが残していった水槽がありグッピーなどが泳いでいた。
その水槽を取りに行くという連絡でもないだろうことは、容易に想像がつく。
水槽を掃除したことなどない男であった。

>一人になる事はとんでもなく怖い事だと、リロと生活している間は思っていた。だけど煙草の匂いが消えた部屋で、私はどこまでも自由だった。<

主人公の私は、「着信拒否をして、漸く最後の風景を捨てた。」
「二度寝して待とう、と思った。」「六月下旬の、朝のことを。」

タイトルが「明くる日のミッドサマー」なので、「六月下旬の、朝のことを。」待つということは夏至を待つということになります。
今年の夏至は6月21日でその日から7月6日まで(梅雨の時期)だそうです。

夏至は昼がもっとも長い日なのですが、この昼の長さを主人公の私が待つということにどんな意味があるのか、ということですが。
>二人分の蒸し暑さから解放された夜は気兼ねなかった。<
と書かれていましたので、日本の夏至は梅雨の時期なので、その蒸し暑い梅雨も今年はリロもいない六畳の間の暮らしなので、自由にゆっくりと生活できるだろうという意味にとりました。

●主人公の女性が自立していく前兆だと思います。

お疲れさまでした。

そうげん
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部屋にリロが持ち込んだ熱帯魚の水槽の夜の印象と、かれと一緒に暮らしてからはじめた夜の熱帯魚的生活と、微かな線だけど、価値が等価に置かれてあって、そのなかでいつまでも駆動し続けるモーター音は、主人公の私にとって、いったいどんなものだったんだろうと、読み終えてから思いました。

部屋でなにもしていなくても、時間は緩やかに過ぎていく。わたしたちの人生は、どこに自由があるのかも不明瞭なままに、ただそれとなく、ひたすら前へ前へと進まなくてはならなかったりする。限られた域内である、水槽という箱の中で、朝も昼も夜も、ネオンテトラやグッピーとそれほど変わりのない人生を、私たちも送っているのではないか。

蒸し暑いのは夏至の前日だから? 本格的な夏のはじまる間際だから? でも夏至は、昼の時間がもっとも長くて、陽の気がもっとも満ちているとき。でもその日を境に、半年後の冬至まで、ひたすら一日一日、昼の時間が目減りして、かわりに夜の時間が増えていく。これからの私は、携帯電話(スマホ)も着信拒否にして、生活の中にリロ要素をまったく失くしてしまって、もとあったとおりの静かな生活に戻るのでしょう。

でも、もうそのまま夜の時間が増えていくように、静かな鎮まった時間が押し広がっていくように、私も自分の人生を静かな鎮まったものにしてしまうのかな。とか、そんなことを思いました。

ほんの一時間前に仕事から帰宅しましたが、外は満月でした。フィンランドのテレビドラマ「ニンフ――妖精たちの誘惑」という作品をDVDで持っているのですが、満月とか、夏至とか、あと幻想的な要素とかを含ませた作品で、夏至の夜というと、なんかこの作品を思い出しました。またトランアンユン監督の映画『夏至』はタイトルだけですがかぶっていて、これは昼間の作品ですが、「夏至」をテーマにするにしても、人によっていろんな作品に派生するんだなと思って、楽しんで拝読いたしました。

面白かったです。

瀬尾 りん
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偏差値45様
感想ありがとうございます!なかなか面白く書くのは難しいものです…汗
リロは考えなしなのでこんなデカイ水槽を買って平然と居候の家に置くようなオトコなのです笑 でも水槽買っちゃってお金ないのでお魚は安いです。計画性、皆無!
孤独な熱帯魚ならもう少し主人公をグジグジさせたかなと思います!
タイトルありきなので、タイトルにあった作品が書けるよう今後も頑張ります!

瀬尾 りん
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夜の雨様
いや、私が書きたくて想像して欲しかったこと全て伝わってて小躍りしたい気分です…!ありがとうございます。
ほんとに、主人公の小さな立ち上がりを感じて欲しくて書いた作品です。劇的に変わるわけではないし、ほんの小さな変化だけど明日は来るような。
夏至は一番昼が長い日なので、今まで夜に置かれていた主人公が昼に戻る=自分らしさを取り戻す意味で使いました。

瀬尾 りん
124-159-22-59.ppp.bbiq.jp

そうげん様
>限られた域内である、水槽という箱の中で、朝も昼も夜も、ネオンテトラやグッピーとそれほど変わりのない人生を、私たちも送っているのではないか。
すいません、抜粋させてもらいました。
ここまで考えてなかったけど、すごく納得してしまって……感想で気付かされる事が沢山あります。ありがたい事です。
誰かといる時はそれが当たり前になって、世界が狭くなっても幸せな時間もあって、でも気づいた時にあれ?本当にこれでいいのかなと感じるけど、昔は平気だった独りが怖くなっていたり。
これってもう生きてる内に何度も繰り返す事象なんだよなぁ、と思いながら書きました。
ありがとうございました。

群青ニブンノイチ
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書くこと、書かないこと、のようなことを散々言ってきたのですが、こういった書き方はもはやそんな意味における全く逆さまの誤解のような気がします。

文章を書きたがる人は世の中に大勢いますが、上等なつもりで思い描きたがる文章という方向性ないし雰囲気のようなものについて、こういった傾向に留まる人は多勢を占めるような気がします。
つい使ってしまいましたが、個人的にはこういった行為における”雰囲気”というハマりを許すことが大嫌いで、それは書けなさの非常口のようなものだと思っています。


書けないから、書かない。を書く。

それを良しとしてしまえる”雰囲気”という欺瞞が、多くの書きたがりの得意技です。



一定レベル以下の人にのみアピールの良い文章もどきをいつまで書き続けるつもりなのか。
辛辣かもしれないですが、こんな場所程度においてすら重宝がられない現状について、さらに書きたがるつもりなら危機感を覚えた方がいいような気がします。


こういう文章が何かしらの印象を与えるに足る時代は、もうとっくに終わっていることを知るべきです。
誰にでも書けるからです。


上で箇条書きのボロい講釈を垂れている馬鹿を見てください。
ああいう馬鹿が推し量ったような気になれる程度のことが、ただの書きたがり風情の着目に過ぎないと個人的には当たり前のように思うのですが、どうなんでしょうか。

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