作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

止まらぬ笑い

 朝、目覚めると、階下から何やら騒々しい音が聞こえて来た。
 僕はパジャマを脱ぎ、学生服に着替え、下に降りた。
 そこで、さっきから聞こえて来る騒音の正体が分かった。それは、家族の笑い声だった。

 アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ

 と、台所にいる母と、食卓で朝食を取っている父と妹が3人それぞれに笑い声を立てているのである。
「どうしたの、何がそんなにおかしいの」
 と僕が聞いても、3人とも返事をしない。
 母は笑いながら僕の茶碗にご飯を盛りつけているし、父は笑いながら新聞を読み、娘は笑いながらスマホをいじっている。
 何が笑いの原因なのか分からない。
 しかも、何分経っても笑いが止まらないようなのである。
 僕は食事を済ませ、洗面所に入った。歯を磨き、トイレに入っている間も、家族が笑い続ける声が聞こえて来た。
 僕はだんだんその不気味さに耐えられなくなって、逃げるように外に出て、登校した。

 驚いたことに、道ですれ違う人たちも、皆笑っていた。
 曲がり角を曲がってこちらに向かって歩いて来る中年男性も笑っていたし、犬の散歩をしている老人も笑っていた。

 アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ

 みんな、そんな風に豪快に笑っていた。
 私はそれらを見て見ぬ振りして、足早に歩き去った。
 
 校門に向かって、多くの生徒たちが歩いていた。
 自分もその流れに乗って歩く。
 四方八方から笑い声が聞こえて来る。
 アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ
 前の生徒も横の生徒も後ろの生徒も、皆笑いながら歩いている。
 自分だけが笑っていない。

 教室に入ると、先に登校していた生徒たちはやはりみんな笑っていた。
 アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ
「おはよう」
 と僕が言っても、皆、腹を抱えて笑い続けている。
 担任が入って来た。彼も笑っていた。
 教壇に立ち、笑いながら出席を取る。
「さ、佐藤アーッハッハッハッハッハ、た、高橋アーッハッハッハッハッハ」
 と言った具合にである。
 一時間目は数学の授業だったが、数学の教師は最初から最後まで笑いながら授業をしていた。
「サイン、コカイン、タンアーッハッハッハッハッハ、ひとよひとよにアーッハッハッハッハッハ」
 と言った具合にである。
 二時間目は国語の授業だったが、国語の女教師もやはり笑っていた。
「花の色はうつりにけりなあアーッハッハッハッハッハ、わがみよにふるながめせしまにいアーッハッハッハッハッハ」
 もうまともに授業を受けられる気がしなかった。

 僕は耐えきれず、3時間目の授業をさぼって体育館の裏に身を隠した。すると、学校の周囲の民家や商店街から、笑い声が怒涛のごとく沸き起こって来て、世界全体が狂気の渦に飲み込まれてしまったかのようだった。

 アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ

 自分一人だけが笑っていない。そのことが、とても異常なことに感じられて、孤独にさいなまれた。
 最初は、笑っている人たちが異常に見えていたのに、今では笑っていない自分が異常に感じられる。
 この孤独と恐怖から逃れる唯一の方法は、自分も笑うことなんだと、その時気づいた。
「アハ、アハ、アハ」
 と最初はぎこちなく作り笑いをした。
 しかし、いったん声に出して笑うと、それほど恥ずかしいことでもないように思えて来た。ただ、声に出して、横隔膜を震わせればいいだけなのだ。基本的に深呼吸と同じ要領なのだ。ただ、小刻みに、少しスピードを速めてやればいいだけ。
「アハ、アハハ、フハハハ、イヒヒヒ、エヘヘヘヘ」
 そうだ、その調子だ、と自分を励ます。
「アハハハ、アハハハハハ、アーハッハッフハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ」
 寄せては返す波に揺られる心地よさとでもいうのだろうか。サーファーが波を捉えた時の快感ってこんな感じなんだろうなと思った。
 アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ、アーッハッハッハッハッハ
 僕は涙が出るくらい笑っていた。そして、きっと、世の中の誰よりも、生き生きと、大きな声で笑った。
 そして、このまま笑いながら死ぬかもしれない、そう思った時。
「おい、桐島。こんなところで何やってるんだ、授業中だぞ」
 と体育教師の北野が声をかけた。
 あれ、笑ってない人がいる。
 不思議に思いながら、僕は北野を人非人を見つめるように見つめた。笑いながら。
「この野郎。何笑ってるんだ。授業中だと言ってるだろうが」
 そう言って、北野は僕に近づき、頬をびんたした。
 それでも、僕は笑いを止められなかった。頭の中では笑うのを止めなければと思っているのに、笑いを止められなくなっていた。
 北野に手首をつかまれ、保健室に連れて行かれた。
「ちょっとこいつ様子がおかしいんで、見てくれませんか」
 と北野に頼まれて、養護教諭が私の額に手を当てた。
「熱はないわね」
 僕は、ふと、このやり取りがあまりにも滑稽に思えて来て、ますます笑いに歯止めがかからなくなった。
「困ったわね。とりあえず、安定剤でも飲ませましょうか」
 と養護教諭が僕に薬と水を渡そうとした。
 僕はそんなものでこの狂気が鎮まるはずがないと分かっていたので、それらを払いのけ、ダッシュして保健室から飛び出した。
 笑いながら走って、裏山を上った。
 自分で自分の頬を殴った。痛いのに笑いは止まらなかった。
 木々の間に岩があった。僕は笑いながら自分の頭をそれに打ち付けて、正気を取り戻そうとした。
 激しい衝撃と目眩に襲われて、僕はその場に倒れた。
 しばらく気を失っていたのかもしれない。
 目が覚めると、自分の笑いは止まっていた。もう日が暮れかけていた。
 夕暮れの静けさに耳を澄ました。
 すると、グランドの隅を歩いていた野球部員がアーッハッハッハッハッハと笑い出した。
 僕は恐怖に身をすくめた。また同じ悪夢が繰り返されようとしているのかと怯えた。
 しかし、数秒後、その生徒の笑いは止んだ。普通の会話の中で普通に笑っただけのことらしかった。校舎に戻ると、まだ数名の生徒たちが残っていたが、皆、時々笑う程度で、笑い続けているわけではなかった。
 世界に秩序が戻ったのを僕は確認し、安堵した。

 一件落着と言いたいところだが、そういうわけでもなかった。
 それ以来、僕は普通に笑うことが出来なくなったのだ。
 一種の神経症とでも言おうか。
 あの悪夢のような一日を体験した日から、笑いは僕にとって喜びや安堵の表現ではなく、恐怖と戸惑いと混乱の象徴になってしまったのだ。
 日常生活を送る上で、周囲の雰囲気に合わせて笑わなければいけない場面というものはあると思うが、本当にここで笑っていいのか、それとも笑うべきでないのか、深く考えてしまう癖がついてしまった。そんな風にして笑ったとしても、それは本当の笑いではないと思う。
 いつしか生きることに疲れ果ててしまい、僕は人と付き合うことを極度に避けるようになっている。
 そんな僕を、周りの人たちは冷たく暗い人間だと思っているようだ。

止まらぬ笑い

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
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私は時々、周りの人たちが楽しそうに笑っていても何が面白いのか分からず、孤独感にさいなまれることがあります。

コメント

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

 拝読させていただきました。

 笑いが悲しい時ってありますね。

 テレビを観ていて、芸人のひと言に笑っている時、家族が誰一人笑っていないとなんだか虚しくなったりします。
 
 どちらかというと、私の笑いのツボは息子と似ているのですが、息子は今、独り暮らしをしているので、同じ事で笑い合える相手がいません。
 夫と娘とは、あまり笑いのツボが合わないことが多く、専らお笑い番組では一人笑いです。
 
 笑いのツボって人それぞれだと思いますが、テレビで芸人が体を張って笑いをとっていても、眉を顰める人もいれば大笑いする人もいて、それはその人それぞれの生きかたとか、価値観が違うのでしかたがないかな……と思いますが、世間一般が同じ事柄に賛同することってなかなか難しいんだなってつくづく思います。

 人に話題を振る時も、この話は夫にウケそうとか、この話は娘にウケそうとか、一緒に暮らしているとだいたいわかるもので、要は、対象となる人に興味を持って観察していれば、自然に会話の糸口も見えてくるし、こういう話をすると、楽しいんじゃないかとか考えるようになって、それは相手も同じで、相手の事を思えば、自然と相手も自分を思ってくれるもので、なので作者様も、少しだけ人を観察してみることからはじめてみては……などと思いました。

 読ませていただきまして、ありがとうございました。

 

加茂ミイル
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日乃万里永様、感想ありがとうございます。

最近、ふと、世の中の人って笑い過ぎなんじゃないかなって思うことがあって、それもまたこの作品を書くきっかけになったのかもしれません。
仕事場で仕事中なのに笑いすぎなんじゃないかって思えるような人もいるのですが、
笑っていないと顔が怖くなるから数分おきに笑っているのかな。
緊張感をほぐすために、特段面白いことがなくても笑う人もいるのかもしれません。
笑いの理由はただ面白いからというだけでなく、その場を和ませるためという理由で笑うこともあるかもしれません。
それらは全く別の物で、面白いから笑っているのと、その場にいる人の感情を和ませるためでは、
その二つを取り違えると大変なことにもなりかねません。
その場を和ませるために笑ったつもりが、「何笑ってんだよ。何が面白いんだよ」と反感を買っては困りますよね。
世の中は、その二つの笑いが入り混じっていて、その場の微妙な空気を察知しながら、笑い方も調節しないといけないのかなって思うと疲れます。
現代において、笑いというのは単純に楽しいから笑うというものではなく、その場の空気をコントロールするための、繊細な作業なのかもしれません。

偏差値45
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気になった点は、
>アーッハッハッハッハッハ
という笑い方ですね。 もう少しバリエーションがあっても良いと思います。

>私は時々、周りの人たちが楽しそうに笑っていても何が面白いのか分からず、孤独感にさいなまれることがあります。

その分、自由を得ているのだから良いと思いますよ。
笑いのポイントは人それぞれ違うので、気にすることもないのです。
例えば、「お笑い番組」=「つまらない番組」と解釈している私は、
相当世間とはズレがありますからね。

ストーリーとして思い浮かぶワードは、同調圧力、空気を読むこと。
時として周囲の人たちと同調することも大事ですが、
時として無視することも大事ですよね。
その辺の判断は実に難しいところです。
御作ではそんなことを言いたかったのでしょうか。

加茂ミイル
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偏差値45様感想ありがとうございます。

>同調圧力、空気を読むこと。

この作品の主人公は、どうして周囲の人間たちが笑っているのか理解できませんでした。
あくまでも小説なので極端な設定にしていますが、
他人の笑いに対して私自身が現実に感じた疎外感と、この話の主人公が体験した世界は、それほど大きな違いはないと思います。
他人とのコミュニケーションというのは、これはもう頭で考えるとぎくしゃくして神経症気味になりそうな気がします。
笑うところなのかどうなのかというのは、もう雰囲気に合わせて決めるしかないのかもしれません。
相手の話の内容をちゃんと聞かないうちから、ここはたぶん笑うところだと判断して笑う人もいると思います。
聞いて内容を理解することと、笑うという行動は必ずしもそれほど深い因果関係にあるわけではないかもしれません。
他人の話はあくまできっかけであって、笑うスイッチはその場の状況に応じて簡単にオンオフ切り替えられるかどうかが大事なのかもしれません。
面白いから笑うのか、笑うべきだから笑うのか、笑うことで何かいい結果が得られるから笑うのか、様々なパターンは考えられると思います。
雰囲気に流されて笑うのが一番楽かもしれません。

ぷーでる
KD106132122147.au-net.ne.jp

世の中、意味もなく笑う人っているんですよね。日本人は特に。
恐らく、笑う門に福来る。という言葉が関係しているのかも。
皆で、っていうのは保守的とも思います。
国内だけであれば、通じますが海外では通りません。
近年は、グローバル化が進んでいるので、それは、変だという人が多くなると思います。
今まで通り、おかしくもないのに笑っていたら、いつの間にか取り残されてしまうでしょう。
これからは、自分の意思をしっかり持った方が強くなれる時代だと思うよ。

ぷーでる
KD106132122147.au-net.ne.jp

つけたし
外国人がいる、職場だとそういう同調的な事が少ないです。

加茂ミイル
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ぷーでる様感想ありがとうございます。


>世の中、意味もなく笑う人っているんですよね。日本人は特に。

誰かが仕掛けた笑いに対して、身を前に乗り出して手をぱんぱん叩きながら笑うのって、あれは日本人特有のものでしょうか?
あの行動を見ていると、どことなく強迫観念的な感じがして、怖いんです。
笑うだけじゃなくて、手を叩く必要あるのかなって疑問に思います。
あれはどういう意味があるんでしょうね?
面白いことを言ったことを評価する拍手のようなものなんでしょうか。
でもそれだとちょっと上から目線な気がしますね。審査員みたいで。
私、考えすぎでしょうか。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

笑いも正義も「頑張ろうニッポン」も最初のうちは素敵なのですけど、みんながこれは素晴らしいからこうやろう、と一斉に声を上げると、却って不気味で気持ち悪いニュアンスのようなものを感じたりします。
思考が停止しているような。

この作品の不気味さを決定的に増しているところは、
みんな笑っているけど、主人公に「僕たちのように笑わないといけないよ」とは決して言っていない。
ここにあると思います。
主人公は内面の中で「みんなと一緒でなくてはいけない」ような圧力を勝手に感じ、自分の今の孤独を変えるためには「笑わないといけない」と信じて、誰に勧められるわけでもなく、自分からそうしようと入っていった。

でも、その心理はとても良くわかります。
「もしかしてこうした方が良いんじゃないかな?」となんとなく思って、そっち側に身を寄せてしまう心。
学校が舞台ですけど、美術の絵の課題とか自分もそういう所あったし。

差別とか戦争とかのムードとか、世相とか社会とか、考えさせらます。


主人公が自然とほほえむことが出来る日が来たら、嬉しいですよね。

自分は無理してわからない笑いに挑戦して慣れようとするより、少しでもくすっとなるような自分のツボというのを発見して、そういうのを少しずつ広げていって、その中で生活していくのが無理ないかなって思うんですけど。

そういうのをなかなか許さない環境。というのもまた分かる気がします。

加茂ミイル
i223-217-95-68.s42.a014.ap.plala.or.jp

えんがわ様感想ありがとうございます。

この主人公のように、笑いを義務ととらえて、訓練の末に他の人と同じ笑い方を身に着けると、今度は周囲の反応が自分が思っていたのと違う、ということもないでしょうか?

私自身、周りに合わせて無理に笑ってみたものの、そうすると今度は自分が期待していたのと違う反応が周囲から返って来るという、そういう寒々しさも体験しました。

それが、この作品の、自分が笑うようになったら今度は周囲が笑わなくなったという展開に表現されています。

笑いと言うのは、理屈だけでは説明できない、複雑な要素の絡み合いなのかもしれません。

前後の文脈、状況に応じた笑い方、音量、笑っている時間、身振り、視線、その後の表情の変化、その後どういう話につなげるか、などなど、あまりにも多くの要素が絡んでいるような気がします。

夜の雨
i114-189-82-112.s42.a027.ap.plala.or.jp

この作品かなり不気味です。
どこが不気味なのかと考えると「みんなと同調」しなければならなくなる。
というところにあるのでしょうか。

現在「新型肺炎」がメディアを賑わしていますが、何やらこの新型肺炎の不気味さと御作が同調しているような気がします。

「止まらぬ笑い」がどんどん広がっている様子が御作には書かれていますが、「新型肺炎」もどんどん広がっていて、収まる気配がありません。

この不気味さ、そういった意味では御作は現在の「いま」を描いている作品だといえます。

構成や登場人物などの役割もよかったです。
笑いを止められぬ凡人たち。自ら笑いの中に飛び込んだ主人公。そして体育教師の北野や養護教諭のように、笑いの渦の中に閉じ込められていない者。

構成は導入部の家族の笑いから学校での笑い、そして主人公が同調して笑いが止められなくなったところで、北野や養護教諭のような笑いに同調しない人物たちの登場。

そして世界が秩序を取り戻したあとの主人公だけが取り残された哀しみ。

よく書けていると思いました。

お疲れさまでした。

加茂ミイル
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夜の雨様、感想ありがとうございます。
いつも参考にさせていただいております。

ところで、一つ、思うところがありました。
それは、

>そして体育教師の北野や養護教諭のように、笑いの渦の中に閉じ込められていない者。
>北野や養護教諭のような笑いに同調しない人物たちの登場。

この部分の描写の仕方なのですが、
自分としては、北野と養護教諭は「笑いの渦の中に閉じ込めていらない者」として描いたのではなく、
この人たちも実はついさっきまで他の人たちと同じように笑っていた、
つまり、北野が登場する直前までは主人公以外の人間は全て笑っていたのであり、
主人公が笑えるようになったとたんに、急に誰も笑わなくなった、という不思議さを描こうとしました。
つまり、主人公が笑えるようになった瞬間に、世の中の笑いがストップしたわけです。
これは私自身が経験したことのメタファーで、
みんなが笑っているから自分も笑わなきゃと思って周りの真似して笑ったら、
「おめえ何笑ってるんだよ」みたいな感じで、自分の笑いだけ間違った笑いみたいに受け取られたことがあったからです。
みんながハッハッハと快活に笑っているのに、自分だけ、「クックックック」と怪人のような笑い方をしてしまったからかもしれません。

ですから、北野や養護教諭に周りに影響されず笑わないという特別な素養があるわけではなく、
主人公が笑うようになったら、突然世界が変わった、しかも、主人公に対してよそよそしくなったという風に読者に受け取ってもらえるような書き方をすればよかったと思います。
そのためには、北野が登場した瞬間に、「そういえば、周囲から聞こえていた笑いも聞こえなくなった」という説明を書くべきだったかなと思いました。

ぷーでる
KD106132135137.au-net.ne.jp

手を叩きながら笑う〉その人によって意味は異なるかもしれません。支配性のある人なら皆も笑え的な意味かもだけど、そうでない人は、楽しいあまり手を動かさずにはいられないのです。例えたら何かを達成して万歳してしまうような心理?その人によってさまざまかもしれません。

加茂ミイル
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>ぷーでる様。

はしゃいでいるような心理なのでしょうかね。
興奮をすると、足をばたばたさせずにはいられないとか、それに似たアクションなのかな。
感情を体で表現する人もいますよね。
面白すぎて体で表現しないと気が済まないってことなんでしょうかね。
私がやる気ないだけなのかもしれません。

ぷーでる
KD106132125086.au-net.ne.jp

子供なら正直なので分かりやすいかもしれませんね。

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