作家でごはん!鍛練場
水素カフェ

河童のコインランドリー

 ギャンブルを好まない生真面目な父が、高校生の俺を競馬場に連れ出したのは、昨日のことだった。
 ファンファーレが鳴り響き、人々の喚声が湧く中、父はそのレースの馬券を一枚も買っていなかった。
「これもお前の社会勉強だ」
 父は眉をしかめて、馬の着順が決まると同時に、悲喜こもごもの感情を爆発させる観衆を見下ろした。ここにいる多くの人は、競馬を楽しむために来ている。なぜ父はゲームに参加もせずに、彼らの楽しみを見下すのだろう。
「ただ見ているだけなら、俺は帰るよ」
 俺は一瞬怯んだ父に厳しい目を向けた。父の狭量さが許せなかった。地質学者という父の堅苦しい肩書も。

 そして、一日が経った。俺は学校で授業を受けている。地理の先生は黒板にチョークを叩きつけるようにして文字を書きながら、異国の都市について語っている。その話を聞いている間も、俺の頭の中では競馬場の喧騒が聞こえていた。
 俺は生まれて初めて仮病というものを使い、授業の後、学校を早退した。競馬場で大人のふりをして馬券を買ってみたかった。窓口で高校生だとバレないだろうかと考えると、緊張して興奮した。帰ってまず着替えなくては。
 家の玄関に入ると、俺はここに一人、自由なんだ、と強く思った。鞄をテーブルの上に置き、立ち鏡の前で制服を脱ぎはじめた。ふと鏡の中の自分を見たとき、浮ついていた気分が急に萎んで、なぜか自分で自分の身体をナイフで刺しているような気がしてきた。
 俺は父の理想から離れ、彼の嫌いな人間になろうとしている――。
 父の何が怖いというのか。体の大きさや若さや体力なら、父にもう負けない。父を恐れるな。むしろ、進んで嫌われてやれ、と自己暗示を掛け、俺は鏡の前から離れた。
 父は今頃、大学で講義でもしていることだろう。俺は下着姿のまま、堂々と父の書斎に入った。古い木机や、革張りの大仰な回転椅子、気難しい本の並んだ本棚を、一通り眺めた。机の引き出しを開けてみると、切手や文房具類など、大したものは入っていなかった。
 自分がなぜそんなことをしているのか、よくわからなかった。父と戦うのなら、相手のことをまず知るべきだ。そんなことを後から思った。
 一番下の大きな引き出しを開けてみると、古い縦長の木箱があった。由緒のあるもののように感じる。中身が気になった。
 そっと箱の蓋を外してみると、ワカメのような色をした、干し肉のような物体が納まっていた。その輪郭は子どもの手のようだ。
 人間の腕のミイラ――?
 俺はこめかみを人差し指でこねた。これは父が猟奇的な事件に関わっていることを示唆しているのだろうか。いや、施錠もしないでこんなすぐ見つかる場所に保管しているのだから、きっとやましいものではないのだろう。歴史的な遺物かもしれない。しかし、それにしたってあまりに異様だ。指と指の間には、水かきのようなものが見てとれ、それはさらにも俺を奇怪な気持ちにさせた。
 木箱の中をさらに調べてみることにした。白黒印刷された地図が四つ折りの状態で入っている。慎重に広げてみると、赤ペンでいくつかバツが書き込まれているのが目に留まった。余白には父の筆致でメモが残されている。
〈河童の出る場所〉
 不意に腹の底から奇妙な笑いが込み上げてきた。あの堅物な父が、まさか河童などという伝説上の生き物を探しているだなんて。この胡散臭いミイラがその実在の証拠だとでも言い張るつもりだろうか? どうせこういう類の品は作り物だと相場が決まっているのに。
 
 リュックに水筒や、万が一に備えての応急手当セットを入れ、上着の内ポケットには、木箱から見つけた河童の地図をしまった。俺は山に向かうことにした。競馬場に行く計画を忘れたわけじゃない。ただ、優先順位が変わったのだ。父の考えを先に知りたかった。
 俺は地図を頼りに山道を歩き続け、「立入禁止」のロープを跨いで、鬱蒼と樹々の繁る湿った道の中にまで足を踏み入れた。携帯の電波は届かなくなった。額の汗を拭いながら、父はいつもこんな場所を歩いて地質調査をしているのだろうか、と思った。
 やがて前方に緑に濁った溜池が見えてきた。ぴちゃん、と魚の跳ねるような音がする。釣り具があれば釣りができるのに、などと暢気なことを思いながら見つめていると、予想をしていなかったことが起きた。
 ごく自然に、まるで銭湯の客が風呂から上がるときのように、一匹の河童が溜池から出てきたのだ。河童は小柄で、甲羅を背負っており、皮膚はアボカド色だった。手足には蛙のような水かきがあり、顔には黄色い嘴がついていた。頭頂部はちょうど皿のように禿げている。まさしく頭の中で想像していた通りの河童そのものだった。
 まさか河童が実在なんてするはずがない。俺が信じられない気持ちで目を瞬いていると、不意に河童と目が合った。
 本物だ――。
 人間に似てはいるが、顔の構造が明らかに人間じゃない。河童は、ウサギやインコと変わらないくらい表情に乏しく、その頭蓋骨の大きさは人間よりチンパンジーに近かった。あれは人が変装してできる姿じゃない、という事実が、これまでの俺の常識を急激に曖昧なものにさせてしまった。
 彼は日頃から人間を見慣れているのだろうか、俺の姿を見ても驚かず、小脇に籠を抱えながら平然と歩き出した。
 俺は河童の後をつけていった。河童は水かきのついた足でぺたぺたと歩き続け、陸での足運びはいかにも不器用だった。おかげであまり恐怖を感じなかった。
 やがてアスファルトで舗装された車道まで出てくると、河童はちょっと寄り道でもするように、ふらりとコインランドリーの中へと入って行った。
 俺もコインランドリーのそばまで近寄り、中を覗いてみた。河童は籠から服を取り出し、洗濯機の中に入れていた。硬貨も持っていて、どうやら使い方は知っているようだったが、何枚入れればいいのかわからず、悪戦苦闘しているようだった。人間の文明を不思議そうに見る河童の眼差しが印象的だった。
「なあ、おい……」
 少し離れたところから声をかけてみたが、反応はなかった。きっと河童には人間の言葉が分からないのだろう。
 洗濯機の音だけが俺と河童の間に流れる不思議な時間が続き、その長さの分だけ、徐々に俺の中で河童の実在感が増していった。
 河童は服を洗い終えると、さらに乾燥機でそれらを乾かし、籠に戻すと、コインランドリーを出た。
 河童は来た道をそのまま戻っていくようだ。
 俺は洗って乾かしたばかりの服を着て、濁った溜池の中に入って行く河童の姿を想像した。クスッと妙な笑いが込み上げた。彼は洗濯の意味も知らずに、人間の真似事をして、浅はかな好奇心を満たそうとしているだけなのではないか。

「どうもすみません。助けて頂いた上に、服まで……」
 ずっと河童を追ううちに、溜池に近い岩陰で、河童に話しかける耳慣れた声がした。
 父の声だ――。
 少し離れた木陰からそっと窺うと、足を怪我した父が河童に深く頭を下げていた。河童のほうは振り返って俺を一瞥し、そのまま無言で池の中に潜っていった。それから一度も水面に浮かんでくることはなかった。
 俺は父の元に駆け寄った。
「父さん、今の本物の河童、だよな?」
 父は息を飲み、俺をまじまじと見た。
「お前、学校はどうしたんだ」
 俺は内ポケットに入れていた河童の地図を差し出した。
「父さんこそ、こんなところで何をしてるんだよ。大学に行ってたんじゃないのか」
 父は俺の見せた地図に戸惑い、渋い目をしながら手で顔を覆った。
 俺はリュックから応急手当セットを出して、父の怪我の具合を確認した。俺が消毒薬を取り出していると、父は重い口を開きはじめた。
「この山の河童を守るために、地質学者になった」呻くような声だった。「黙ってて、すまなかったな」
「このこと、世間には公表しないの?」
「彼らはそれを望んでいない」
 俺は手当てを終えると、服を着なおした父に肩を貸し、二人で家に向かって歩き出した。
「誰かがこの山を守らなければならない。そのためには金がいるんだ。でも、私は競馬で自分の大金を賭ける勇気もなかった」
「父さん、昨日はそれを俺に言いたかったんだな。この目で河童を見るまで、俺はきっと信じなかっただろうけど」
 父の硬い表情が、少しだけ綻んだ。
 俺は今日、何のためにここへ来たのだろうか。父を嫌い、父に嫌われようとしていた気がする。しかし、今の俺には父が憎めない人になっていた。
 俺は振り返って、濁った緑の溜池を見つめながら、父を助けてくれたあの河童に、今度は無視されない男になりたいと思っていた。

(了)

河童のコインランドリー

執筆の狙い

作者 水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

水素カフェと申します。
今回が初めての投稿になります。

この作品は、私が小説塾の課題として書いた短編小説です。
お題は「あなた自身を主人公にして、何か不思議な短編小説を書いてください」というものです。原稿用紙10枚以内、という制限付きでした。

<描きたかったこと>
高校生の主人公である「俺」が、生真面目な父に反発しながらも、その父が実は河童という不思議な存在と交流があることを知る。その事実をきっかけにして、主人公の父に対する反発心が変化していく様を描くこと。

以上です。
ご意見、ご感想を、お待ちしております。
よろしくお願いします。

コメント

松岡修子
16.210.49.163.rev.vmobile.jp

 誤字脱字はなかったと思います。このサイトでは珍しいことです。お陰で集中が切れる事なく興味深く最後まで読めました。小説として完成していると思います。一箇所気になったのが、

「この山の河童を守るために、地質学者になった」呻くような声だった。「黙ってて、すまなかったな」
 ↑
 ここは改行し忘れですか? 

>俺は今日、何のためにここへ来たのだろうか。父を嫌い、父に嫌われようとしていた気がする。しかし、今の俺には父が憎めない人になっていた。

 子供は本能的に親が好きで、親に好かれようとします。男児が思春期になると父親を越えようとするのはごく自然な感情です。その時にこれまでのように父を好きでいようとはもはや思わなくなったり、これまでのように父に好かれたいとは思わなくなったりするのもごく自然な感情です。それは父への憎しみの感情ではありません。ですから主人公は別に父を憎んでいたわけではないと思います。
(母親への愛情が強過ぎて父親を憎むのは、思春期の感情ではなく子供の感情です)
 なので、
>しかし、今の俺には父が憎めない人になっていた。
 という一文がひっかかります。

 冒頭文からすると、主人公は父親に対して「軽蔑」のような感情を持っていたと思います。
 子供にとって親は絶対的存在ですが、成長すると親も間違いを犯しやすい単なる不完全な人間に過ぎないことに気付きます。その時、親が許せなくて親に対して軽蔑の念を抱き反抗期が始まります。そうやって人は大人になるのだから、思春期に親に対して軽蔑の念を抱くのは普通です。思春期を過ぎ大人になると、互いに間違いを犯しやすい不完全な人間同士だとわかって親を許せるようになり、軽蔑の念も消えます。
 つまり、主人公は少し大人になったんですね。
 と言うわけで、軽蔑と憎しみは別物なので、きちんと区別しましょう。少し手直しして公募に出すことをおすすめします。

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

 松岡修子 様

 コメントをお寄せ下さり、誠にありがとうございます。
 丁寧で率直なお言葉を頂戴し、深い感謝の気持ちでいっぱいです。

 まず、誤字脱字についてですが、元々は小説塾の課題作品ということもあり、プロの小説家の先生に読んで頂くことを想定して書いておりましたので、作品提出前に何度も誤字脱字は確認致しました。その努力が報われたようで、今はほっと胸を撫で下ろしております。

 ご質問の改行についての問題ですが、これは意図的なものでした。
 少し事情を説明致しますと、縦書きの場合は、同じ人物が話していて、間に挟む地文が短い場合、改行せずにそのまま続けたほうが自然に見える場合が多いかと思います。小説塾では、先生にお見せするものは縦書きで提出致しますので、このように予め意図して書きました。ですが、松岡様の意見を伺ってから、もしかしたら縦書きと横書きでは、書式の違いがあるのではないかと思い直しております。もし縦書きの場合であっても、ここで改行しないのはおかしい、と感じられたのであれば、その旨ご指摘頂けますと幸いです。あるいは、横書きの場合にかぎって、改行するべきであるというご意見であれば、その旨も改めてご指摘頂ければ幸いです。

>軽蔑と憎しみは別物なので、きちんと区別しましょう。

 こちらは、私が全く思い至らなかったところで、ご指摘を頂いたことで、大変助かりました。どちらも人の感情を表現する言葉として日常的によく用いられる言葉ですが、私の中では意味の区別がいまいち曖昧であったように思います。そのことが読者様と作者の間の気持ちの齟齬を生み出しうることを今回学ぶことができました。このような当たり前のように思っている基本的な言葉選びこそ、深い注意を向けて臨まねばならないのですね…。
 仰る通り、主人公の父親に対する感情は、思春期特有の親のあら探しからくる軽蔑によるものです。これまでの絶対的な父という存在を自分の中で再定義しなければ、新しい自分のアイデンティティを模索できないという逃げ場のない十代の青年の必然とも言える心理の反映であり、主人公にはまだその自覚こそないかもしれませんが、その意図は、父を憎むことにあるのではなく、あくまで新しい自分を確立することに向かっているのだと思います。言い訳がましく強いて言わせて頂くなら、主人公はそれを心の幼さゆえに「憎しみ」の感情だと錯覚をしていたという解釈は可能かと思われます。ただ、それはあくまで主人公の心の内での錯覚であり、書き手である作者の客観的頭脳までもが錯覚をしていたら、これはなるほどよろしくないと思います…。そういった意味で、ご指摘の通り修正を要する案件だと感じました。

>少し手直しして公募に出すことをおすすめします。

 そのようなお言葉を頂けて、誠に光栄です。ただ、あまりこの作品をどこかに公募するということはこれまで想定していなかったものですから、どのような応募先があるのかも、今のところ私は全く把握できておりません。もし賞に応募することで、何かしらプロの方から講評を頂けるのであれば、この作品を公募に出してみる価値はあるのかな、と思った次第です。まだ手探りの状態ですので、まずはその手の情報をネットで調べることから始めてみようかと思います。

 以上です。
 拙い返信ではありますが、お読み下さりありがとうございました。

u
opt-183-176-82-221.client.pikara.ne.jp

冒頭、面白そうと思ったんだけど。
うん、腰砕けというか? 
いやいや、かけているとは思うのネ。
でも
競馬エピ、親子確執エピ、河童エピを無理やりつなげている。各エピソード浮いてるみたいな(笑

も少し練ったら面白くなるかもネ?
御健筆を

夜の雨
i114-189-82-112.s42.a027.ap.plala.or.jp

読みました。

私も河童は好きで、拙作にもよく登場させています。
おまけに不思議系の話も好きです。
なので、御作は感想を書きやすい作品です。

<描きたかったこと>
>高校生の主人公である「俺」が、生真面目な父に反発しながらも、<

導入部など「主人公の父への反発の想い」が、描けていると思いますが、文章が固い気もします。
ただ「俺」という主人公の一人称なので、この文章の固さは、主人公のキャラクターなのだろうと思いました。
そういった意味ではうまく描けています。

>その父が実は河童という不思議な存在と交流があることを知る。<

原稿用紙10枚という縛りがあるので、父と河童の関係が比較的ストレートでした。
主人公の一人称ということで、「状況が余すことなく描かれているとは、思えませんでした」。
要するに、ここの設定の部分は、エピソードが足らないのではないかと思った次第です。
河童は主人公の父の服をコインランドリーに持っていくほど、交流があるのなら、もっと和やかな雰囲気になると思います。
河童が父の怪我のことを心配していいる様子とかが、あるといいですね。
河童が人間の言葉をしゃべれない設定だとしても、知恵はかなりあると思いますので、仲がよさそうなエピソードがあり、それを見ている主人公の気持ちなどがあるとよいと思う。
まあ、河童の設定も色々あるとは思いますが、例えば野生動物みたいな感じで、人間とは距離を置いているとか。
そのあたりのことも、10枚縛りのせいか、河童がもう一つ描き切れていないように思えました。

>その事実をきっかけにして、主人公の父に対する反発心が変化していく様を描くこと。<

基本的には、「主人公の父に対する反発心が変化していく様」は、書けていますが、下記のように、違和感がある設定になっています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


>「この山の河童を守るために、地質学者になった」呻くような声だった。「黙ってて、すまなかったな」
「このこと、世間には公表しないの?」
「彼らはそれを望んでいない」<

河童を守るために父が地質学者になったのであれば、父が若い時にこの山の河童を見つけたことになります。
そういった長い時間が父と河童のあいだにあるようには思えないので、そのあたりの書き方に注意をする必要があると思います。
また「河童の公表」については、彼らというよりも人間である父が、河童のためにならないだろうと思っている、としたほうが座りが良いと思います。
どちらにしろ、エピソードが少ない。

>俺は手当てを終えると、服を着なおした父に肩を貸し、二人で家に向かって歩き出した。
「誰かがこの山を守らなければならない。そのためには金がいるんだ。でも、私は競馬で自分の大金を賭ける勇気もなかった」<

お金が必要というときはギャンブルはしたらだめです。
ギャンブルは投資ではありません。
まだ、株とかのほうがましですけれど、大学教授なら知り合いに知恵を貸してくれる方は大勢いると思います。

>「父さん、昨日はそれを俺に言いたかったんだな。この目で河童を見るまで、俺はきっと信じなかっただろうけど」<

「父さん、昨日はそれを俺に言いたかったんだな。」この部分、意味が分かりません。たとえばギャンブルで儲けるにしても、どうして息子を連れていく必要があったのか?
息子に河童を助けるために、ギャンブルをして金をどうしても儲けたいという「許しを請うために、競馬場に連れて行ったのか?」。ということになれば、この父親は社会経験が少ないのか、大人の考え方ではないと思います。

>父の硬い表情が、少しだけ綻んだ。
 俺は今日、何のためにここへ来たのだろうか。父を嫌い、父に嫌われようとしていた気がする。しかし、今の俺には父が憎めない人になっていた。
 俺は振り返って、濁った緑の溜池を見つめながら、父を助けてくれたあの河童に、今度は無視されない男になりたいと思っていた。<

御作の流れからすると、このラストでよいと思います。


原稿用紙10枚という縛りがあるために、内容(エピソード)が、不足しているように思いました。
もっと、エピソードを増やして御作を厚くすると良いのではないかと思いました。

お疲れさまでした。

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

>河童のコインランドリー

タイトル:河童とコインランドリーという組み合わせが面白い。
実際内容としてもコインランドリーという文明の利器を
河童が使用する滑稽さはありますね。

>地理の先生は黒板にチョークを叩きつけるようにして文字を書きながら、異国の都市について語っている。

この一文はいいね。うまく表現できていると思う。

しかし、父の行動には不自然さがあります。
>この山の河童を守るために、地質学者になった

ちょっとこの発想は分からない。

>誰かがこの山を守らなければならない。そのためには金がいるんだ。でも、私は競馬で自分の大金を賭ける勇気もなかった

ここで最初のエピソードに触れるわけだけど、行動がマンガチックですね。
そんな勝率の低いギャンブルを考えるわけがない。


>高校生の主人公である「俺」が、生真面目な父に反発しながらも、その父が実は河童という不思議な存在と交流があることを知る。その事実をきっかけにして、主人公の父に対する反発心が変化していく様を描くこと。

これは達成できていると思います。

全体的には、無駄な文章がなく面白く読めました。
あえて言えば、父と河童の絆をより深めるエピソードがあると良いかもしれない。
そうする事で、競馬で大金を賭けることも頷けるからです。

スカイ画廊の父
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 小説塾というのがどういうものかわかりませんし、私自身、プロの方にお金を払って読んでもらったり、小説学校みたいなものには多少通ったことはあるのですが、その馬鹿馬鹿しさに気づいて、けっきょく文章は一人で書くしかないという結論に至った私が感想を残すべきではないといくらか逡巡しましたが、そんなことを考えているうちに筆が勝手に進んでおりますので、私も小説塾の架空の新人塾生として水素カフェさんと机をともにしているつもりで忌憚のない意見を述べたいと思う所存であります。
 この「不思議な小説」を目指して書かれた物が、河童が出てくるから不思議だ、という解釈で描かれているなら、この先の水素カフェさんの書き手としての方向性はけっこうまずいのではと感じます。御作で不思議なのは河童でなくまぎれもなく父親です。夜の雨さんと意見が重なるところもあるのですが、学者のくせに競馬で稼ごうとする馬鹿らしさとか、そこに息子を連れてくという狂った意図だったり、ほかの人間に知られてはいけない河童をコインランドリーなど公共の場の最たる場所に向かわせることを厭わないことや、そもそも河童など放っておいても人間から隠れて生活するだろう生物を「山を守る」とこれまた意味のわからない理由で味方になろうと必死です。
 端的に言ってしまえば、巷でよく言われている、物語を書こうとして人間の描き方が疎かになる、その典型的なものだと思います。しかしその指摘を受けて人間をしっかり描こうとしても人間を描けるようになる人はいそうでいないのです。つまるところ人間の描き方、これはもう才能なんじゃないかと、書き手としては絶望的な法則を見出したりもします。個人的には御作が小説塾で先生や他の塾生からどのような感想をもらったのか、そこに興味があります。ああいうところで忌憚のない意見を述べるのはいささか勇気がいることでしょう。でもああいうところで忌憚のない意見を述べられる人のほうが文章に関しては信頼がおけると私は思います。などと、とりとめのないところでやめておきます。お邪魔しました。

松岡修子
217.253.149.210.rev.vmobile.jp

 一点、見落としがありました。
>眉をしかめて
 とありますが、「眉をひそめる」と「顔をしかめる」を混ぜてしまってますね。

>「この山の河童を守るために、地質学者になった」呻くような声だった。「黙ってて、すまなかったな」

 このように会話文の次に改行せずに地の文を入れる場合は、

「この山の河童を守るために、地質学者になった」。呻くような声だった。「黙ってて、すまなかったな」。

 と会話文の直後に句点【。】を入れる、という説明をどこかのサイトで読んだことがあります。私自身がよく分かってないので(半信半疑なので)、このやり方はあまり使わずに、会話文はたいてい改行するようにしています。
 でもたまに使うんですけどね。
「いやだ」。彼は即座に拒否した。
 みたいな感じで。

 だけど、
「絶交よ!」。彼女は叫んだ。
 これだと妙な感じですよね。感嘆符の後に句点って。だけどそれを言うと、……。も変なんですよね。…って、ピリオドを複数連ねた意味だから。横文字の国では、句点は使わないので、……で終わらせます。日本ではその後ろに句点を付けて……。にするのが決まりなんですけどね。だから、その考え方で行けば、
「絶交よ!」。彼女は叫んだ。
 で正しいんでしょうけど、感覚的に慣れません。

 縦書きの場合、下に余白ができるのを避けるのはわかります。従来の小説ではそうする傾向がありましたね。
 現代は活字離れが進んでいるので、少しでも読みやすく書く工夫をする傾向があります。さっきも書きましたが、会話文は必ず改行するとか、更には会話文の前後には空行を入れるという手法もあります。

 今、基礎レベルなら基礎をしっかり学んで講師の教えに忠実に。原則を知っておくのは大事なことですよね。今、学んでいる塾でOKを貰うためにそうする(余白を作らない)必要があるのならまずはそうしましょう。
 基礎ができたら応用へ。目指している物が純文学なら、型にはまらず芸術性やオリジナリティを追求して自分にしか書けない文体を構築されて行くことが重要です。(読みやすさの追求もそこに含まれます。)

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

u様

 コメントありがとうございます。
 各エピソードが浮いているとのご指摘、これにつきましては、そう感じられても仕方がない、と私自身苦々しく感じていた部分でございます。理想をいえば、各エピソードは有機的に、それぞれを補完し、全体として過不足のない一つの物語世界を構築してしかるべきと考えております。ところが、この作品はまだ作者の力不足でその理想にはほど遠い状態にあります。
 この点につきましては今後の課題とさせて頂きます。具体的には、作品を書き出す前のプロットの段階で設定をよくすり合わせることが肝要だと思っております。この作品については、規定枚数に話を収めることに精一杯で、設定のしっかりとした辻褄合わせにまで手が回っていなかったというのが実情でございます。できていなかったところは、やはりできていない、ということだと思います。ですので、今回ダメだったところは、次回から直す努力をしていこうと思います。
 ご意見を頂けて助かりました。改めまして御礼申し上げます。

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

 夜の雨 様

 コメントありがとうございます。
 たくさんのご指摘を頂戴し、大変勉強させて頂きました。つきましては、ひとつひとつお返事をさせて頂こうかと思います。

 今回私が河童を題材に取り上げた理由でございますが、これは偶然によるところが大きいです。元々昨年の11月から「ショートショートガーデン」というウェブサイトで、400字の短い作品を書き始めたのが私の創作活動の始まりで、本当にまだ素人もいいところの状態です。それはさておき、そちらのサイトには、コンピューターが自動的にお題を生成してくれる機能が備わっておりまして、そこで出てきたのが『河童+コインランドリー』というお題でした。それがきっかけでまず同名タイトルの400字作品を作ったのがきっかけでございます。
 さて、今まで400字しか書いたことがないのに、小説塾の初課題作品でその十倍の長さを書きなさいとの指示がありましたので、私は慌てふためきました。そこですでに書いたことのある自作を膨らませて、まずは一本、短編小説を書いてみよう、と安易に考えた次第でございます。
 夜の雨様はすでに河童を題材にすでに幾度もお書きになっているとのことですので、私としては誠に恐縮の至りでございます。しかしながら、河童というキーワードが結びつけてくれたご縁というものを、有り難くも感じております。


>導入部など「主人公の父への反発の想い」が、描けていると思いますが、文章が固い気もします。

 全てを引用すると長くなりますので、一部だけ抜粋させて頂きます。
 導入部が固い、とのご指摘でございますが、さもありなん、と思います。とても緊張して書きました。次からは、もう少し肩の力を抜いて書いてみようと思います。この作品につきましては初作品ですので、慣れないうちから、慣れるのは不可能というもの。ここは通過点と思い、ぐっと堪えてまずは作品を完成を優先させました。


>主人公の一人称ということで、「状況が余すことなく描かれているとは、思えませんでした」。
>河童が父の怪我のことを心配していいる様子とかが、あるといいですね。

 河童と父の関係性を、主人公がどこまで認識するかということは、この物語の筋において大変重要なところかと思います。ところが、それを伝えるための工夫が足りていない。ごもっともなご指摘だと思いました。字数が許すなら、河童が父に服を手渡すシーンをもっと膨らませたいところでした。


>そういった長い時間が父と河童のあいだにあるようには思えないので、そのあたりの書き方に注意をする必要があると思います。

 こちらも仰る通りかと思います。例えば、河童と父が共同で使用している小屋があったりして、そこに交流の跡が見てとれるなど。何かしら工夫のしようはあったように思えます。

>また「河童の公表」については、彼らというよりも人間である父が、河童のためにならないだろうと思っている、としたほうが座りが良いと思います。

 誠にその通りだと強く思いました。特に今回の作中では、河童は言葉が話せないという描かれ方をしているわけですから、彼らの心の内については父の憶測として語るのが妥当ですね。さもなければ、河童との意思疎通の手段を明示しなければならないと思います。


>お金が必要というときはギャンブルはしたらだめです。

 はい。大学教授という肩書きに相応しくない発想ということで、こちらについては完全に設定の段階での不備と言えると思います。そもそも、この設定は後付けで考えたものでして、私もこれはダメなのではないかと、創作期間中に苦しみました。それでもあえて書いたのは、冒頭の競馬シーンと、結末のシーンをたとえ形の上だけでも繋げておいたほうが良いと判断したからです。たとえ大学教授であっても、人間ですから、追い詰められて判断力を失ってしまうことはあるでしょう。何かしら解釈を入れる余地はあるように私には思えました。逆に、もしも冒頭のシーンに何ら物語的必然性がなかったとなると、これは作品としてより大きな致命傷になりうると感じたのです。(だったらそういうことは書く前にプロットを作ってよく考えておきなさい、と言われてしまいそうですが、そこに思い至らないのが素人の恐ろしいところでございます。)


>「父さん、昨日はそれを俺に言いたかったんだな。」この部分、意味が分かりません。たとえばギャンブルで儲けるにしても、どうして息子を連れていく必要があったのか?

 こちらにつきましても、理由は同上でございます。後付けで考えたことなので、無理が出てきてしまいました。元々冒頭の競馬のシーンは、主人公と父の関係性を端的に提示するためだけに考えられたシーンでした。そして、そのまま最後まで書いてから自分で通して読み直してみたところ、これはマズい、と強く感じ、慌てて手を入れた次第でございます。その時は、父が息子を連れてきた理由も一応は頭の中で考えましたが、どちらにせよ、本文に書かれていないことなので、ここで述べても意味がないことと思います。


>御作の流れからすると、このラストでよいと思います。

 ありがとうございます。私の力不足で、本当は描ききれていないというのが実情かとは思いますが、読者の皆様は思いのほか物語の読解力があり、私の言わんとするところをうまく読み取ってくださる傾向があるように私は思います。おそらくは、過去に読んでこられた良い作品と照らし合わせて、この作者はきっと不得手なりにもこういうことが描きたいのだろうと、温かく汲み取って下さっているのだと思います。


>原稿用紙10枚という縛りがあるために、内容(エピソード)が、不足しているように思いました。
>もっと、エピソードを増やして御作を厚くすると良いのではないかと思いました。

 はい。書いてみてわかりましたが、十枚に物語を詰め込むのは、とても難しいことです。ダメだとわかっていても、何かを犠牲にしないと完成しない、という創作のジレンマを何度も味わいました。根本的な解決方法は、そもそも十枚の枠に相応しい内容を的確に選ぶことかと思われます。そういう意味では、この『河童のコインランドリー』という作品は、最初から十枚という上限に相応しくない内容だったのかもしれません。あるいは、私の描き方によってはちゃんと収まるのかもしれません。そのあたりは私もまだ不慣れですので、よく感覚がつかめていないところでございます。これから数をこなして、ページ数感覚を身に付けていきたいところでございます。

 以上です。
 まだもしかしたら取りこぼしがあるかもしれませんが、差し当たりこれにて返信コメントとさせて頂きます。
 貴重なアドバイスを頂き、多くを勉強をさせて頂きました。
 深く御礼申し上げます。

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

 偏差値45 様

 コメントありがとうございます。
 拙い私の作品を好意的に読んでくださっているのが伝わり、嬉しく思いました。幾つかご指摘を頂戴しておりますので、さっそくお返事をさせて頂きたいと思います。

>タイトル:河童とコインランドリーという組み合わせが面白い。
>実際内容としてもコインランドリーという文明の利器を
>河童が使用する滑稽さはありますね。

 多くの作家先生が、タイトルは作品の顔であり、とても重要なものだと仰っておりますので、興味を持って頂けるものであったなら、嬉しく思います。
 また、河童の身振りの滑稽さを想像して楽しんで頂けたなら、描いた甲斐がありました。妖怪というと、どうしてもおどろおどろしい見た目が先に思い浮かびますが、どうして河童のようなユニークな面白い見た目の妖怪が、これほどメジャーなものとして今も日本文化に根付いているのか、少し不思議に感じるところでございます。いずれにせよ、先人の生み出した文化に便乗して創作ができるのは、有り難いことだと思いました。

>>地理の先生は黒板にチョークを叩きつけるようにして文字を書きながら、異国の都市について語っている。
>この一文はいいね。うまく表現できていると思う。

 お褒め頂きありがとうございます。なるべく情景が目に浮かぶように動作を含めて描いたのが良かったでしょうか。

>しかし、父の行動には不自然さがあります。
>>この山の河童を守るために、地質学者になった
>ちょっとこの発想は分からない。

 こちらは本文に説明がありませんので無理もないご指摘と思います。山の生態系を守るためには、自治体レベルでの環境保護活動が必要になります。そのときに河童がいるからとは公に言わずに、地質学的な根拠から地域の政治を動かすために、大学教授という立場を活かして政治家に渡す資料を作るのが父の目的だった、というのが私がぼんやりと想定していた設定でございます。ですが、字数制限のためにカットしました。

>>誰かがこの山を守らなければならない。そのためには金がいるんだ。でも、私は競馬で自分の大金を賭ける勇気もなかった
>ここで最初のエピソードに触れるわけだけど、行動がマンガチックですね。
>そんな勝率の低いギャンブルを考えるわけがない。

 一つ前のコメントでも詳しく説明させて頂いたのですが、これは当初予定していなかった設定でして、後から冒頭シーンと結末シーンを(形の上だけでも)結びつけておく必要を感じ、無理に「父は自暴自棄になった結果、競馬に走った」というある種、暴力的な設定を付け加えたために生じた不自然さでございます。当初はむしろ大学教授らしく、「数学を理解せずに馬券を買う大衆を軽蔑する」という描き方をしていました。そんな父を見て、息子は強く反発心を抱くという流れです。ただ、それだと描きたいラストにはうまく繋がってくれませんでした。むしろ河童のためなら頭がバカになってギャンブルをも厭わなくなる父のほうが、すぐに息子と和解できる気がしました。

>>高校生の主人公である「俺」が、生真面目な父に反発しながらも、その父が実は河童という不思議な存在と交流があることを知る。その事実をきっかけにして、主人公の父に対する反発心が変化していく様を描くこと。
>これは達成できていると思います。

 主人公の気持ちが何も変化しなかったら、小説としては欠陥品になるのではないかと、この点についは最初から考えておりました。なので、結末の部分に一連の出来事を終えた後の主人公の内省を持ってきたのは良かったのかなと感じております。

>全体的には、無駄な文章がなく面白く読めました。

 文章の無駄を削ることに関しては、随分と苦心致しました。特に時間経過の描写は難しかったです。今回はストレートに「次の日」といった端的な言葉で処理していくことを選びました。地理の授業シーン、山道の移動シーンなども、当初は色々と書き込みましたが、バッサリと削りました。それでも、主人公、河童、父の三者が揃ってからのシーンはさすがに削りすぎたかと感じております。とは言いつつも、前ふりがしっかりしてないのに結末だけ厚く描いても、それはそれでダメだとも思います。結末こそ端的に短くするのが理想ではないかと、個人的には考えております。

>あえて言えば、父と河童の絆をより深めるエピソードがあると良いかもしれない。
>そうする事で、競馬で大金を賭けることも頷けるからです。

 父が競馬場に行こうと思ったきっかけを河童が直接与えてくれるような内容にできていれば、もっと力のある筋が生まれたかもしれませんね。このアイデアには、なるほどと、首肯致しました。

 以上でございます。
 改めましてこのような未熟な作品に、温かく貴重なご意見を頂けましたこと、御礼申し上げます。

水素カフェ
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 スカイ画廊の父 様

 奇譚のないご意見、ありがとうございます。私は薄井ゆうじ先生の通信型の小説塾を選ばせて頂きました。小説塾を受講するのは今回が初めてでございます。ですので、先生と直接お会いしたことはありませんし、他の生徒さんがどのような作品を書かれているのかも、私は全く存じ上げておりません。そして、すべてが初体験でございます。
 小説塾と言っても、色々な教室があると聞き及んでおります。私も、事前にある程度はネットで調べてみました。小説塾に通ってみてどうだったか、ということにつきましても、多少はネットの意見に目を通しました。その結果、私が感じましたのは、感想が両極端だということです。いいと言う方は、とてもいいと満足しているし、逆にダメだったと言う方は、かなりの嫌悪感をもって小説塾の存在を否定されています。そういった意見を拝聴し、私としては最初から食わず嫌いもよくないと思い、とりあえず先生に師事することを選んだ次第でございます。私が今先生から学んでいることは、小説を書く上での基本的な所作と言いますか、カギカッコの使い方や、改行の入れ方など、まだそのようなレベルのことでございます。今回は特に最初の一歩ということもあり、あまり深い話には立ち入ろうとはせず、まずは物語を書く楽しさを知って下さい、とのことでした。
 小説塾を受けて良かったか、ということに関しては、私はまだその意見を述べられる段階にはないと思いますので、コメントを差し控えたいと思います。

 さて、河童が不思議、というより、そもそも主人公の父親がしっかりと描けていないために、そちらの(ダメな)不思議さが目立ってしまい、それがこの作品の致命的な落ち度になっているとのご指摘と、そのように私は受け取りました。まさしくこの作品の中で、父の人物像には歪みが生じてしまっていると、私自身も感じているところでございます。それが才能のなさからくるものなのか、あるいは今後の努力によって補われうるものなのか、それについては私は現段階では何も申し上げられません。直近の自己分析につきましては、前のコメントで詳しく述べさせてもらいましたので、もしご興味がおありでしたら、お読み頂けますと幸いです。

 最後に、先生の講評がどのようなものだったか、ご興味があるとのことですが、すべて引用すると非常に長文となりますので、箇条書きにて、ご容赦下さい。

・印字方法に間違いがあるとの指摘。
・一般的な用法としての言葉選びや使い方の間違い。
・最後に(了)と入れること。

 これらは、すべて納得のいくご指摘でした。
 また作品全体について、

・冒頭の競馬シーン、授業風景のシーンは、本当に必要だったのか。それぞれ、疑問に感じたが、全く理由を見つけられないわけでもない、と思い直した。
・話としては面白かったが、後半にさしかかってからの物語の処理がもったいなかった。
・主人公が、河童に無視されない男になりたいと思った、という形で締めくくるのであれば、その<河童に無視された>という感覚を、もう少し強調したほうがよかったのではないか。
・全体的に、(初作品としては)うまく書けていたのではないか。次回からは、あまり緊張せずに、書いてみてください。

 とのことです。
 ご参考になりましたでしょうか?

 以上でございます。
 厳しくも鋭いご意見を頂き、身が引き締まる思いが致しました。
 深く御礼申し上げます。

水素カフェ
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 松岡修子 様

 二度目のコメントありがとうございます。拝読させて頂き大変勉強になりました。

 まず、「眉をしかめる」のご指摘、誠にありがとうございます。完全に私は見落としておりました。元より「眉をひそめる」と「顔をしかめる」につきましては、以前に私自身もネットで調べたことがあり、知っていたことなのです。にもかかわらず、このようなうっかりミスをしてしまい……非常に悔しい想いでございます。

 改行につきましては、松岡様のお話に終始納得を致しました。今回の作品についていえば、先生のご指示ですので、縦書きの場合は改行はしないほうが良さそうです。(ただし、先生もそれが「絶対に正しい」と仰っているわけではありません。また、文の所作法は時代と共に変遷していくものだ、という含みも持たせた上で論じられています。)

 横書きの場合は、無理に続けて並べずに、潔く改行を入れるのが妥当であると思いました。しかし、それも時と場合によるのかもしれません。

>「いやだ」。彼は即座に拒否した。

 この短い文に限ってみれば、これはごく自然に読めてしまいます。
 ちなみに、この「。」の使い方については、私は今まで知りませんでした。
 こうして眺めてみますと、

「いやだ」。彼は即座に拒否した。
「いやだ」彼は即座に拒否した。

 「。」を入れたほうが、明らかに見やすいと感じます。これは新鮮な発見でございます。場合によっては、これもアリなのではないか、と感じる説得力がありました。ですがその一方で、

>「この山の河童を守るために、地質学者になった」。呻くような声だった。「黙ってて、すまなかったな」。

 この場合は、かえって「。」が悪目立ちをしているように見受けられます。このあたりの差異を原則的に論じるのはなかなか難しそうです。

「この山の河童を守るために、地質学者になった」
 呻くような声だった。
「黙ってて、すまなかったな」

 としたほうが、まだ全体として無難かな、と私は感じました。
 そもそもなのですが、一人の人物が続けてカギカッコを使って話すこと自体が原則としてよろしくないのかもしれません。一人の人物が一度話し終えたなら、次のカギカッコは当然別の人物であるというのが、文章における暗黙の約束事かと思われます。もし、どうしても同一人物が続けて話さないといけない事情が読者に自然と伝わっているなら、読者はその意図を汲み取って能動的に正しく読んで下さるのだと思いますが、その場合は、ちゃんとそのような前フリが作中にあってしかるべきかと。

>「絶交よ!」。彼女は叫んだ。
「絶交よ!」彼女は叫んだ。

 これを比べてみますと上文の「。」は流れを邪魔をしているように見えてしまいますね。このような例外もあるのは、大変興味深いです。
 「!」は動的で、「。」は静的なイメージがありますので、この二つを並べてしまうと、ちぐはぐな印象を受けてしまうのかもしれません。この場合は「。」がないほうがしっくりとくると、私は感じました。

>……。も変なんですよね。

 そうですね。こちらも、文章の前後の流れの中で、「。」の有る無しを適宜判断するべきなのかもしれませんね。余韻を持たせたい時は、「。」がないほうがニュアンスが出るように思えますし、むしろ沈黙をここで一度区切りたい時は、「。」を入れたほうがしっくりくるような気も致します。

> 縦書きの場合、下に余白ができるのを避けるのはわかります。従来の小説ではそうする傾向がありましたね。

 はい。先生もそのように仰っておりました。

>現代は活字離れが進んでいるので、少しでも読みやすく書く工夫をする傾向があります。さっきも書きましたが、会話文は必ず改行するとか、更には会話文の前後には空行を入れるという手法もあります。

 ライトノベル系のウェブ小説を覗いてみますと、ほとんどの作品が空行を盛んに入れています。おそらくは、横書きではそれが読みやすいということで自然と定着したのではないかと推測します。しかしながら、書籍化されたほうの同作品を見てみますと、今度は縦書きの作り直しになりますので、やはり(出版社の?)修正が入り、従来の小説作法に準拠するか、それにできるだけ寄せた形式に変わっているように思います。

>今、基礎レベルなら基礎をしっかり学んで講師の教えに忠実に。原則を知っておくのは大事なことですよね。今、学んでいる塾でOKを貰うためにそうする(余白を作らない)必要があるのならまずはそうしましょう。

 はい。私もそのようにするべきだと心得ております。まずは先生の言わんとするところを理解できるように努めたいと思います。なんと言いましても、プロとして経験豊富な先生ですので。

>基礎ができたら応用へ。目指している物が純文学なら、型にはまらず芸術性やオリジナリティを追求して自分にしか書けない文体を構築されて行くことが重要です。(読みやすさの追求もそこに含まれます。)

 今後の目指す作品の方向性はまだ定まりませんが、もっと多くの作品を書き続けながら、模索していきたいと思います。「自分らしい文体」というものは、まだこれから何度もブレることと思います。いずれは自然と一つの様式に収束していくのでしょうが、その時期が来るまでは焦らずじっくりと鍛錬を続けようと思います。

 以上になります。
 細かいところまで見て頂き、また的確な指摘の数々を頂き、深く感謝申し上げます。
 今後ともお付き合い頂ければ幸いです。

スカイ画廊の父
sp49-98-142-227.msd.spmode.ne.jp

 再訪すみません。昨日は少し厳しい書き方になってしまったかもしれませんが、>今後の努力によって補われうるもの であることを私も強く願います。仮に人間がたいして描けなくとも文章を書く術は幾らでもあると思います。
 ところで偶然にも私もむかし薄井さんの指導を受けたことがあります。拙作に対しての指摘は少々の誤字脱字を直された程度で、総括として「作品は一言で纏められないとダメだ」と仰られたので私は薄井さんとの方向性の違いをはっきり感じて辞めることにしたのです。のちに、「一言で纏められないもの」に烙印を押される薄井さんの小説がどんなものなのか、乃至は「一言で纏められる」ものなのか気になって一応読んでみましたが、けっきょくのところ、なんだか村上春樹の超縮小再生版のようなあまり私には面白くもないもので最後までは読めなかったのだと思います。
 教えを請うとか学校に通うのはひとつの道として決して悪くはないと思いますが、つまるところ、いかに自分にとって良い人と出会えるか(そういえば私も一人だけ気の合うというか、厳しい意見を言う人でしたが出会えて良かったと思える人がいました)、というところが大切だと感じます。返信不要です。

松岡修子
60.230.214.202.rev.vmobile.jp

「Aのセリフ」の次に続けて「Aのセリフ」と続くのは絶対にアウトですね。御作の場合は、「父の短いセリフ」地の文「父の短いセリフ」ですから問題ないと思います(あくまでも素人考えですが)。
 と言うのは、セリフが長くなる場合、「Aのセリフ」地の文「Aのセリフ」と分割して表記するという手法があるからです。
 カギカッコの中では基本的に改行をしませんね? ですが長ゼリフになると、改行ナシになって読みにくくなってしまうから、途中で地の文を挟むわけです。

「この山の河童を守るために、地質学者になった」
 呻くような声だった。
「黙ってて、すまなかったな」
 父が俺に謝るなんて! 父さんは偉い先生で、子供の俺に謝った事なんてこれまで一度もなかったのに……。

 こんな感じで誰のセリフなのかを明確にしておけば、読者の混乱を防げると思います。

 2面に私の連作短編があるので、良かったら感想をお願いします。一作めと二作めにはアラが多いのでスルーして、三作めの後日談(多分25枚程度)だけ読んで下さい。 
 作中の青年の心の声『み使い、グッジョブ!』は『天使、グッジョブ!』に訂正します。

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

 松岡修子 様

 コメントありがとうございます。

> カギカッコの中では基本的に改行をしませんね? ですが長ゼリフになると、改行ナシになって読みにくくなってしまうから、途中で地の文を挟むわけです。

 なるほど、と思いました。必然性があって、そうしなければならないのだというのがわかりますね。物語の次元でも、一般的に同じ姿勢や表情のまま語り続ける人というのはいませんから、ある程度長く語ったら、その人は今はどんな様子で話しているのか教えて欲しいという読者側の要請もあることと思います。

>「この山の河童を守るために、地質学者になった」
 呻くような声だった。
「黙ってて、すまなかったな」
 父が俺に謝るなんて! 父さんは偉い先生で、子供の俺に謝った事なんてこれまで一度もなかったのに……。
>こんな感じで誰のセリフなのかを明確にしておけば、読者の混乱を防げると思います。

 この工夫は大変勉強になりました。アドバイスありがとうございます。
 セリフの直後であれば、フォローのやり方は何かしらあるという認識が芽生えました。特にこのような客観描写の後の内面描写なら自然に馴染ませることもしやすいかもしれません。というのも、二つの客観描写でセリフを挟んでしまうと、なぜその客観描写を一文にまとめてしまわなかったのか、という作り手の野暮ったさが目立ってしまうからです。やはり、できる限りは必然性のある文章を心掛けたいですね。

>2面に私の連作短編があるので、良かったら感想をお願いします。一作めと二作めにはアラが多いのでスルーして、三作めの後日談(多分25枚程度)だけ読んで下さい。 
>作中の青年の心の声『み使い、グッジョブ!』は『天使、グッジョブ!』に訂正します。

 すみません、結局三作品全部を読んでしまいました。そして、3回のコメント枠を使って書くというちょっと非常識な分量の講評も残してまいりました。目を通して頂ければ幸いです。

 以上です。
 また何かありましたら、よろしくお願い申し上げます。

松岡修子
139.211.49.163.rev.vmobile.jp

>3回のコメント枠を使って書くというちょっと非常識な分量の講評も残してまいりました。
 他の人がどう思うかはわかりませんが、私は大歓迎ですよ。大変参考になりました。あちらに返信しましたので、ご確認くださいね。

 水素カフェさんのように向上心のある方はどんどん伸びて行かれると思うので、次回作も愉しみにしております。
(向上心がなくて褒められたいだけの人たちはまったく伸びませんから、彼らの作品を読んでアドバイスや感想を書いても全部無駄になってしまって虚しいんです)

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

 松岡修子 様

 返信、確認致しました。
 お力になれたようで何よりです。
 私の『河童のコインランドリー』は、これで一区切りつけて、次回作の執筆に入りたいと思います。

ふじたごうらこ
KD182251188013.au-net.ne.jp

水素様、SSGから遊びに来ましたよ。コインランドリーのシーンで河童から無視されるところは変なリアリティがあり、読んで楽しいシーンでした。でもたった10枚なのにエピソードが多く逆に作者の意図がぼやけてしまったように思えます。私なら童話好きなので河童のやりとりメインで大半を使い父との確執は添え物にしちゃうかもです。読ませていただき有り難うございました。

水素カフェ
108.21.232.153.ap.dti.ne.jp

 ふじたごうらこ 様

 わざわざこちらまで見に来て下さりありがとうございます!
 SSGからの初来客、とても嬉しいです。心が和みます。

(ショートショートガーデンをご存知ない方、もしお読みでしたら内輪の話で申し訳ありません…)

 タイトルにもあったコインランドリーのシーンが印象的に描けていたなら、嬉しいです。そして河童という存在はやはり人気がありますね。タイトルに河童を入れて率直に正解だったと思います。

 さて、エピソードが多いとのご指摘がありますね。そうかもしれません。毎日400文字で作品を書いていると、計算上はその10本分の長さがあるわけで、当初私はけっこうな量のエピソードが入ると思ったのです。でも、その感覚はどうやら間違っていたようです。「400字ショートショート」と「短編小説」は別ものだと考えたほうが良いですね。例えるならテレビのCMは20秒くらいならちょうどいいけど、そのノリを30分続けることはできない、みたいな感じでしょうか。予め尺に見合った戦略を立てないといけません。それが今回の収穫の一つです。

 コメントを残して下さりありがとうございました。
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