作家でごはん!鍛練場

寧音 ネオン

寧音―ネオン―

 その日は土砂降りで、雨は窓を突き刺すような猛威を振るっていた。
 迎えに行くと言ったのに、梓は俺の家まで来ると言った。俺は居間のソファーに座りながら激しい雨を横目に梓を待っていた。
「和基お待たせ、あ! おばさんこんにちは!」
 玄関の音と共に、甲高い梓の声がする。傍に母さんもいたのだろう、いらっしゃいと嬉しそうな声がした。
「ひどい雨だよな、濡れてないか?」
「へーき! カッパに傘、完全防備だもん!」
 梓はにっこり笑った。
「俺もそれくらいしていかなきゃ濡れるよな……」
「そうだね、結構山の中だし」
 俺は、前回いつ使ったか分からないカッパを取り出し身に着ける。すると母さんが居間にやってきた。
「本当に行くの? 結構ややこしい山道なんでしょ? また違う日にしたら?」
 天候が天候なので母さんは心配して言う。
「今日じゃなきゃ意味ないんだ、な、梓」
「うん。ごめんねおばさん、ちゃんと二人で帰ってくるから」
 梓は申し訳なさそうに、母さんに頭を下げた。
「分かった、気を付けていってらっしゃい」
 母さんがそう言うと、俺たちは揃って長靴を履いて玄関を出た。


 徒歩で二時間ほどかかるだろう距離を俺と梓はひたすら歩く。途中、細い山道に差し掛かるので車では行くことが出来ない。もし車で行けたとしても、俺達はずっと歩いて行くだろうなと前に話したこともあった。
 目的地は、山道をひたすら上り、少し下った所。小さな墓石がポツンと立っている。刻まれている名は楠田寧音。今日は寧音がいってしまってから一年が立つ日。
「あら、こんな天気なのに来てくれたのね……」
 すぐに後ろから懐かしい声がした。寧音のお母さんだ。整った顔立ちに少し色素の薄い瞳がどことなく寧音に似ている。
「今日は大事な日ですから」
「寧音くんに会いに来ました」
 俺と梓はそれぞれお辞儀をする。
「あの子に二人もこんな良い友達がいるなんて本当、知らなかったわ。だってほらあの子、ろくに学校にも行けなかったから……」
「楠田さん……」
 楠田さんの表情は徐々に曇っていく。
「俺達、本当に寧音に会えて良かったって思ってます。色々助けられて、色々話をして、今でも鮮明に覚えています」
 俺は悲しそうな楠田さんを横目に、寧音の墓石に向かって強く言った。
「ありがとう、これからもあの子の友達でいてあげてね」
 楠田さんは涙を拭いながらそう言った。
「もちろんです」
「私も」
 俺達は深く頷いた。

 俺達が寧音、楠田寧音に会ったのは、正確に言えばちょうど一年前のこの日。でも正確に言えば、の話。それが事実なら会った日に死んでいることになる。それも事実といえば事実。俺たちは本当に、現実離れした不思議な出会い方をした。




一年前の高校二年の夏、俺達は終業式を終え、学校から帰る途中で、明日から夏休み、そんな頃だった。

「あーあ、成績最悪だよ。二年になって急に数学難しくなるんだもん……」
 学校の帰り道、梓は成績表とにらめっこしながら悪態をつく。
「確かに難しくなったかもな、俺も数学のテスト悪かったし」
「は? 九十点取っといて言うセリフ? まあ和基は医者の息子だし、将来高浜の家を継ぐんだから当然かなぁ?」
 梓は嫌味ったらしく呟いた。
「別に息子とか関係ないだろ? 医者は目指してるけどさ」
 俺の実家、高浜家は代々医者の家系で、俺も一応医者を目指している。小児科医志望で、小さな子供を救ってあげられる医者なるのが目標だ。
「でも何で小児科志望? もっと色々あるじゃん医者の種類ってさ……」
「それは梓が……」
 と言いかけたところで俺は口ごもった。やばい……。
「私? が何?」
 梓はきょとんとした目で俺を見る。
「いや、何でもないよ。ただ、小さい子が病気で死んでいくのが嫌なんだよ」
「ふーん」
 梓は納得いかないというような顔だ。危ない危ない。俺が小児科医を目指すきっかけになったのは梓だ、なんて本人には恥ずかしくて言えない。
「見つけた……」
 その時だった、後ろから透き通るような、男性の声がしたのは。
「え?」
 俺と梓はとっさに振り返る。
「高浜和基君に、佐野梓ちゃんだよね」
 その少年は探し物を見つけたように嬉しそうな顔をして微笑んだ。長身で、少し色素の薄い目に茶髪がかった長い髪をしていた。
「……君は誰?」
 俺は梓を後ろに下がらせ、頷かずにそう尋ねた。
「僕は楠田寧音、歳は十八。驚くのも無理ないよね」
「何で俺たちの名前を知ってるんだ?」
 俺は怪訝な面持ちで聞いた。
「それを話したいんだけど、長くなるからさ、どっか場所を変えないかな?」
「……分かった。でも、俺一人でいいか?」
 本当はついて行くべきではない、でも本能がなぜか俺を頷かせた。
「和基!?」
 梓は当然ながら驚く。
「梓は先に帰ってろ、後で話すから……」
「和基!」
「大丈夫だから、な?」
 梓にそう言い聞かせ、俺はにっこり笑って見せた。
「分かった……、後でちゃんと聞かせてね!」
「おう」
 そう言うと、こちらを気にしながらも、梓は自宅のほうに歩いて行った。

「楠田君、だったっけ?」
「寧音でいいよ、どこか店に入ろうか……」
 そう言うと、学校の前の喫茶店に俺たちは入った。



「もう一度聞くけど、君は高浜和基君、そしてさっきのポニーテールの女の子は佐野梓ちゃんで間違いないよね?」
 席に着くなり寧音はもう一度俺たちのことを確認する。
「……そうだよ、で、本題。何で俺たち事知ってるんだ?」
「すみません、アイスコーヒー二つお願いします!」
「おい!」
「長居するんだから、何か頼まないと。コーヒー好きだよね? それと、和基でいいよね」
「あ、うん」
 そんなことも知ってるのか、俺は寧音をじっと見つめる。
「そんな怖い顔しないでよ。でも、これからする話はもっと君をそんな顔にさせちゃうかもね……」
「え?」
「単刀直入に言うよ。佐野梓、梓ちゃんは八月十七日に死ぬんだ」
「……え?」
 思考が止まった、え? 今こいつなんて言ったんだ?
「今日が七月二十三日だから、後二十五日後にね」
「何で……!」
「交通事故だよ。その日梓ちゃんは買い物に出かけてる途中に車にはねられる」
「どこにそんな根拠が!」
「現場には青い包みのプレゼントらしきものがあったらしい」
 寧音は俺にかまわず続ける。
「お店の人に書いてもらったであろう宛名は和基」
「!」
「君の誕生日のプレゼントだったと思うよ。粉々になってたらしいけど、時計だったって」
「時計……」
 俺がずっと欲しがってた物。それより梓が死ぬ? 嘘だろ……?
「俺の……せい?」
「君のせいじゃないよ、でも君のためのプレゼントを買いに行って彼女は死んだ。それは間違いないけどね」
 寧音の目は冷たい。
「……百歩譲ってその話が本当だとして、お前は何者なんだ? 何でそんな事が分かる?」
 俺は必死に冷静になろうとした。そして一番の疑問を寧音にぶつける。
「未来から来たからだよ、正確には未来の僕の意識の実体化って感じかな?」
「……は?」
「聞こえなかった? 僕は未来、といっても三か月後から来たんだよ」
「……本気で言ってるのか?」
 俺はからかわれてるんじゃないかと疑う。未来から来た? なんだそれ……。
「疑うのも無理はないよね。じゃあ、明日のことを当てようか? 君は明日クラスの女の子に告白されるよ」
「は?」
「君、黒髪で地味だけど顔整ってるし、頭は良いしモテるんだろうね、背は低いけど」
「背が低いのは余計だ」
実際俺は、百六十センチの梓より少し高い程度だ。というか、夏休みに入るのにそんなはずないだろうと思っていると、
「でも君はその告白を断るよ」
「え?」
「想い人がいるから」
「……何でそんなことお前に!」
「僕とおんなじ目をしてるから」 
 俺は一瞬固まった。一緒?
「じゃ、お前も……」
「そうだよ、梓ちゃんが好きだよ」
 寧音の表情はなぜか少し切なく見えた。
「でもお前ら面識なんて……」
「まあ僕の完全な片思い、一方通行。僕は君たちと同じ学校の三年生だよ」
「え?」
「まあ、五月ごろから行ってないけど」
 寧音は少し目を細めて言った。
「じゃ、僕の言うことが信用出来たら駅前の公園に明後日の昼頃来て。まあ、大抵僕はそこにいるから」
 寧音はそれだけ言って、会計伝票を持って店を出た。
「おい!」
 閑散とした喫茶店は、カランカランという店のベルと、店員の声だけが響いた。



 次の日、俺は特にすることもなく、読みかけの本をパラパラめくっていた。昨日のことを梓にどう説明するか考えながら。すると携帯の着信音が響いた。深川奏と画面には表示されている。クラスメイトの女子だ。番号は確か体育祭の時に交換した覚えがあった。俺は目を見開いた。
「……もしもし」
「もしもし、……高浜君? 急にごめんね。ちょっと伝えたいことがあって……」
「え、何?」
「あのね、本当は昨日言おうと思ってたんだけど、私二学期に転校するの」
「……え? 本当?」
 転校の驚きと同時に、告白じゃなかったことを安堵している自分がいた。でもそれはすぐに覆される。
「で、ね……。転校する前に、高浜君に伝えたいことがあって……」
「え?」
 俺の心臓が跳ねた。
「私、一年生の時からクラス一緒で、その時からずっと、その……高浜君のことが好き、だったの」
 彼女の精一杯の告白も、今の俺には答えが考えられないほどの動揺に侵されていた。
「そうだったんだ、ありがとう。でもごめんね、俺、好きな人がいるんだ」
 せめて本当のことを話そう、そう思い俺は口を開いた。
「そっか、いいの、ダメもとだったし……」
 わざと明るい声で話しているのが分かる、優しい子だ。
「でもすごいな、告白なんか俺、絶対できない。尊敬するよ」
 心から俺は電話越しに彼女に告げた。俺には一生できそうにない。
「そんなことないよ、私も転校っていうきっかけがあったからこそだし……」
「ううん、すごいよ」
「ありがとう、元気でね高浜君。高浜君の想い、伝わること祈ってるね」
「深川さんも向こうでも頑張ってね。ありがとう」
 俺がそう言うと、じゃあ、と言って電話は切れた。

「何で……」
俺はしばらく電話を離せないまま放心状態になる。寧音の言う通りになった。俺は寒気がした。じゃあ、本当に梓は、梓は死ぬのか?
するとすぐにまた電話が鳴った。画面には梓と表示されている。
「もしもし梓!?」
 俺は慌てて電話に出る。
「もう! 昨日の男の子の事、どうなったか話してくれるって言ったから昨日ずっと連絡待ってたんだからね!」
 電話越しに梓はカンカンに怒っている。
「悪い悪い……、忘れてた」
 本当は頭が混乱して、どう説明するか一晩悩んでいた。
「梓、今日時間あるか?」
「え? あるけど……」
「なら、学校の前の喫茶店に今から来てくれないか? 話すからさ」
「分かった! すぐ行くね!」
 梓は弾んだ声でそう言うと電話は切れた。
「ふう……」
 気が重い、嘘をつくのは。
 
 寧音と話をした喫茶店に俺は先に着いて席に座る。
「お待たせ!」
 五分ほどして梓が店に入ってきた。
「とりあえず何か頼もうか」
 俺はメニューを梓のほうに向けた。
「じゃあ、アイスミルクティー」
「了解、すみません! アイスミルクティーとアイスレモンティーをください」
 そう言うと近くの店員さんのかしこまりましたと言う声がした。
「今日はコーヒーじゃないの?」
 梓は不思議な顔をする。勿論梓も俺がコーヒーが好きな事を知っている。
「……なんとなく、今日はレモンティーな気分なんだよ」
 ふと、寧音のことを思い出してアイスコーヒーを頼めなかった。
「ふーん」
 梓はお冷を飲みながらまじまじと俺を見た。
「で? 昨日何があったの?」
 今日の本題。俺は寧音が未来から来た事、そして未来での俺達と仲良くなったから声をかけた、と話した。勿論嘘だ。
「み、未来? 和基頭大丈夫?」
 まあ、もちろんそんな反応になるだろう。俺も信じている自分が怖い。でも、今日の告白の事、本当に寧音が言ったとおりだった、信じるしかなかった。
「……実はさ、俺今日深川さんに告白されたんだ」
「え?」
 急な話に梓は目を見開く。
「でも昨日それを、明日君はクラスメイトから告白されるよって、寧音に言われたんだ」
「未来が、当たったって事……?」
「そういう事。だから信じるしかないって思ってる」
「未来人……、本当に現実には信じられない話だよね。でも和基の未来が予想できたって事は本物なんだよね……」
 梓は眉間にしわを寄せ、頬杖をつく。すると間もなくして注文したドリンクが運ばれてきた。俺はとりあえず口にする。
「寧音がさ、自分のことが信じられるなら、明日駅前の公園に来てほしいって言ってたんだ」
「行くの?」
「行こうと思う、わざわざ俺達を探してくれたんだからさ」
「そうだよね、未来で仲良くしてんだもんね、悪い人じゃないんだろうねきっと……」
 梓はミルクティーをすすりながら床に視線を置いたまま言った。
「私も行く!」
「え?」
「和基の言う通り、わざわざ探して会いに来てくれたんでしょ? なら私も行かないと!」
 梓は、ね? と首をかしげた。
「……分かった。じゃあ、明日の昼一時、一旦お前の家に行くよ」
「了解!」
 梓は頷いた。



 次の日の午前一時、俺と梓は指定された公園へ向かった。するとそこには噴水に腰かけている寧音の姿があった。そして俺たちに気づくと、足早に駆けてきた。
「来てくれたんだね、それに、梓ちゃんも……」
 寧音は切なそうに梓の顔をじっと見つめる。
「当たったよ寧音、一昨日お前が言った事」
 俺は寧音の視線を遮るように梓の前に立ち、そう言った。
「そ、来てくれたってことは信じてくれたって事だよね」
「ああ」
「寧音さん、本当に、未来から?」
「寧音でいいよ梓ちゃん」
「うん、じゃあ寧音くんでいい?」
「いいよ、いつもそうだったしね」
 そう言いながら寧音は急に考え込むように腕を組んだ。
「んーそうだな、今日の朝、梓ちゃんのお父さんが遅刻しそうになったでしょ?」
「え?」
「前に聞いたことがあるんだ、めったに遅刻しないお父さんが慌てて大変だったって」
「うん、合ってる……」
 梓は目を見開く。
「本当に、未来から来たんだね」
「って言っても三か月後位からだけど。しかも俺自身じゃなくて未来の意識の実体化って感じなんだよね」
 寧音はにこっと笑う。
「実体化……」
 梓は考え込むように眉間にしわを寄せる。
「でも、この時間にも寧音さんはいるってことですよね……」
 梓に言われてはっとした、そうだ、確かに……。寧音はなぜかびくっと肩を跳ねさせた。
「いるよ、いるけど……今は外国に行ってるんだ。僕、お爺ちゃんがフランス人でさ、今は家族旅行中」
 寧音は笑った、それがなんとなくわざとらしく見えた。俺だけだろうか。
「そういえば髪も目も色素が薄いよね」
 クウォーターってことか。背が高いのもそのせいか。
「じゃあ今は一人?」
 梓が心配そうに尋ねた。
「うん、そうだよ」
「そっか、寂しいね。あ、そうだ!」
「何?」
「明日、隣町でお祭りがあるんだけど一緒に行かない?」
「お祭り?」
「ああ、花火大会か」
 毎年この時期に隣町で開催される花火大会。いつも人がいっぱいで俺は小学生以来行った事はなかった。
「いいね、行こうか」
「ね、その事も未来で起きたの?」
 梓は身を乗り出すようにして寧音に聞いた。
「そんなことはなかったかなー。僕お祭り行ったことないし」
「え? そうなの?」
「まあ、最初は外国に住んでたから、そういうのに縁がなかったからね」
 なぜか寧音は目をそらす。
「行ってみたいな、楽しそうだ」
「じゃ、決定! 明日の夜六時にここに集合でいい? 電車で二駅ほどだから」
「分かった、待ってるよ」
 寧音は微笑む。そして俺達は寧音に別れを告げ、公園を後にした。

「お祭りかー私小さいころあんまり行けなかったから、嬉しいな!」
「梓は祭りの日、毎回熱出してたもんな」
 梓は幼少のころ、身体が丈夫ではなく毎日のように病院通いをしていた。その辛そうな梓を見て、少しでも子供を救える医者になりたいというのが俺の目標だったりする。
「そうそう、泣きながら行くって言ってお母さん困らせたっけ……」
 梓は少し眉間にしわを寄せながら笑った。
「あ、そうだ。せっかくだし、浴衣きていこうかなー」
「浴衣? そんなの持ってたっけ?」
「親戚のお姉さんに去年もらったの!」
「へえー……」
 梓の浴衣か、見てみたい気もする。
「和基は?」
「俺は私服でいいよ、浴衣も一応母さんが勝手に買ったのがあるけど」
「えー、着て行こうよ! せっかくだし、ね!」
「う……」
 こういう時の梓の上目遣いはやばい。俺はタジタジになっていた。
「分かったよ……。あ、それなら」
「え? 何?」
 突然の俺の声に梓はきょとんとする。
「俺も前、従弟にもらった浴衣があるんだけどさ、そいつ背が高くて癪だけど寧音だったら着られるかなって思ってさ」
 そう言うと梓はパッと顔を明るくして、
「いいね! 三人浴衣で行こう!」
 嬉しそうに言った。
「じゃあ一旦公園に寧音を迎えに行って、俺の家で着替えてもらうか」
「そうだね!」
 梓は嬉しそうだ。だけどなぜか俺の心は晴れないでいた。



 次の日の午後六時、俺と梓が公園に行くと、既に寧音はいた。
「寧音くん!」
 梓が大きく手を振って寧音を呼んだ。
「梓ちゃん、和基」
 寧音はこちらへゆっくり歩いてきた。
「浴衣、可愛いね。和基も日本男児って感じで似合ってるよ」
 寧音は笑う。梓は紺色に白の花が散らばっている落ち着いた浴衣に、髪を上でお団子にしていた。俺は黒っぽい浴衣に紅色の帯の浴衣。いたってシンプルだ。
「男児って子供じゃねーか……」
 俺は苦笑いをした。
「ありがとう! 実はね……」
 梓もにっこり少し照れ臭そうに笑うと、寧音に浴衣のことを話した。
「え? 僕のもあるの?」
 寧音は面食らったような表情をした。だがどこか嬉しそうだ。
「俺の従弟のなんだけど、背丈的に寧音に合うかなと思って……」
「着てみたい!」
 寧音は身体を前に乗り出した。浴衣に興味があったのだろうか。
「じゃあ、今から和基の家に行こう、そこで着替えようよ」
「うん」
 そして俺達は俺の自宅へと足を運ばせた。

「母さん? いる?」
 俺は自宅に着くなり母さんを探した。すると、黒髪を後ろでいつものように束ねた母さんが居間から顔を出した。
「和基、お祭りに行ったんじゃなかったの?」
「そうなんだけどさ、前にもらった浴衣あったじゃん、あれ出してくれる?」
「いいけど、貴方には大きいわよ」
「分かってるよ、着るのはこいつ」
 そう言って、寧音を自宅に上がらせた。
「まあまあ綺麗な男の子!」
 母さんは驚いた様子で寧音をまじまじ見る。
「初めまして。和基君と同じ学校の楠田寧音って言います」
 寧音は深々とお辞儀をした。
「初めまして和基の母の芳子です。和基にこんな友達がいるなんて知らなかったわ!」
 母さんはなぜか嬉しそうにしている。
「学年は一つ上なので」
「そうなの? 通りで大人っぽいわね……」
「いえ、そんな……」
「母さん、浴衣」
 永遠と続きそうな会話を俺は断って、ため息交じりに言った。
「はいはい、分かってるわよ」
 そういって母さんは二階へと上がっていった。
「梓は居間で待っててくれる? 俺の部屋で着替えてもらうから」
「分かった!」
 梓はワクワクしながらソファーに座った。

 俺は二階の階段を上がってすぐの自分の部屋に案内した。
「うわー見事に参考書や医学書ばっかだねー」
 寧音は辺りを見回す。それとは裏腹に俺は、寧音に確かめたいことがあった。
「寧音……」
「何? 急に改まって……」
「この祭りの事、未来になかったって言ったよな?」
「……ないよ。祭りに行くなんて人生初めて」
「未来を変えて大丈夫なのかよ!」
「和基はやっぱ賢いね、うまく隠そうとしてたのに……」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
「大丈夫、大した支障は出ないよ」
「根拠は?」
「そんなものないさ、でも、僕今すごく嬉しいんだ。未来での君たちと出かけるなんてなかったからね」
「え?」
 俺は目を見開く。
「仲良かったって……」
「……それはたまたま知り合って登下校一緒にしたくらいだよ」
 寧音の目がわずかに泳ぐ。寧音は時々そんなそぶりを見せる。
「和基ー、あったわよ!」
 しばらくして、母さんの声がした。俺は部屋のドアを開けて浴衣を受け取った。
「はい、この浴衣なんだけど着てみて」
「わー綺麗なストライプの浴衣だねー」
 寧音の浴衣はストライプが入り、少し緑がかったものだった。帯は深緑でなかなかおしゃれだ。
「じゃ、俺は梓と居間にいるから着替えたら下りてきてくれる?」
 そう言って部屋を出ようとした時、
「和基……、着方分からないんだけど……」
 寧音の困ったような声が降ってきた。
「まじか」
 そういえばこいつクウォーターかなんかだったっけ? 日本の事とか疎いのか? 俺はそんなことを思いながら、
「しょうがないな、手伝ってやるよ」
 しぶしぶ寧音の浴衣を手に取った。
「こうやって、こう帯を締めるんだよ」
 俺は手際よく寧音の着付けを終えた。
「すごいね和基、僕、浴衣着た事なかったからさ」
 寧音はにっこり笑った。
「サイズぴったりだな、悔しいけど……」
「無駄に背だけはあるからね、僕は」
 寧音はまた笑った、けど今度は少し切なそうに見えた。
「行こう、梓ちゃんが待ってるよ」
「う、うん」
 俺は寧音に引っ張られるようにして部屋を出た。寧音は階段を下りながら、
「でも見事に参考書だらけの部屋だったねー」
 と、少し嫌味たらしく言った。
「仕方ないだろ、医者って結構勉強大変なんだから」
「分かってるよ、頑張ってね」
「お、おう、てかお前は将来何に……」
「梓ちゃん、お待たせー!」
 俺の問いはかき消され、寧音は梓のいる居前へと入っていった。
「うわぁ! 寧音くんかっこいい! 似合ってるよ!」
「本当、残しといてよかったわ! 髪は少し束ねたほうがいいわね、ほら、これでいいわ!」
「そっちのほうが浴衣に合ってて、夏っぽいしいいかも!」
「ありがとうございます!」
 居間には母さんもいて、梓と母さんの黄色い叫びが聞こえた。
「準備できたなら行こう、遅くなるから」
 俺は居間を覗き込むようにしてそういうと、玄関へと歩く。
「寧音君、お揃いの下駄もそこにあるからサイズが合ったら履いて行って!」
 奥から母さんの声がした。寧音は下駄に足を入れる、するとぴったりと入った。
「ぴったりです! お借りしますね!」
 はーいと、母さんの声がすると、寧音は嬉しそうに足元を眺めた。
「じゃあ、行こうか」
 俺も下駄を履いて寧音と梓の顔を見た。梓も草履をはいた。
「うん!」
「楽しみだね!」
 二人は頷いた。
「場所は、二駅先だから急ごう」
 時計はもう七時前を指していた。

 駅に着くと、そこには浴衣の女子や子供連れの親子がたくさんいて、それぞれ祭りが行われる大きな公園に歩いて行った。
「近くに大きな公園があるんだ、行こう」
 俺が寧音と梓にそう言うと、二人は頷いて歩き出した。

 俺たちが公園に着いた頃には、祭りはすでに大盛況で、まさに人ごみという感じだった。
屋台が左右に綺麗に一列に並んであり、種類も様々だ。
「寧音、梓、なんか食べるか? お腹空いただろう?」
 俺は財布をポケットから取り出した。
「私はポテトにしよっかな、和基いいよ、自分で出すから!」
「俺は屋台といったらたこ焼きだな。寧音は?」
「ねえ、あの赤いやつ何?」
 寧音は興味深そうに、ある屋台を指した。
「ああ、あれはりんご飴って言って、正直あんまりおいしくな……」
 そう言い終わる前に寧音はりんご飴のところまで走って行った。
「そんな大きいの買って……」
 俺は苦笑いする。でも、誰もが一度は食べたくなるのは分かる。俺も子供の時、あの赤い綺麗なものに目を引かれて買ってもらった記憶がある。でもりんごが酸っぱくて、結局最後まで食べられなかった。
「甘い! でも硬くてりんごが酸っぱい……」
 寧音の表情はだんだん不味そうな顔に変わってきた。
「美味しくない……」
「はは! だから言っただろ? またそんな大きいの買うしさ!」
「ふふ! でも和基も昔不味いって残してたよね!」
 梓がクスクス笑った。そういえばこいつもいたんだっけか。
「和基残したの? 勿体ない! 僕は全部食べる!」
 なぜか対抗心満々の寧音は、必死にりんご飴にかぶりついていた。
「そういえば八時から花火あったんだっけ?」
「うん! すごく綺麗な花火が何発も上がるの! 絶対見ようね!」
 梓はすごくワクワクな顔で言った。
「花火! 見たいみたい!」
 寧音も同じ顔をしている。
「あーでももう七時五十分か、見られる場所あるかな……」
 俺は時計に目をやる。
「ふふふ」
 すると梓が不気味な笑みを浮かべた。
「二人ともこっち来て!」
 急に梓は小走りで走り出した。
「梓!」
 俺と寧音は必死に追いかける。
 五分ほど走って梓は止まった。そこは小坂のような所。周りに木が茂っていて、上から祭り会場が見渡せた。こんな町中にこんなところがあったなんて。
「ここからなら花火がとっても綺麗に見えるの!」
「よく知ってたな、こんな場所……」
 俺は息を切らしながら言った。すると、
「いつか和基に教えてあげようと思ってたんだけど、和基毎年祭り誘っても断るんだもん」
 と、梓は困ったように笑った。
「でも今日来れてよかった! 寧音くんも!」
「梓……」
「ありがとう、梓ちゃん」
「あ! もう始まるみたい!」
 その時、開始の合図と思われる花火が一発上がった。それは緑の綺麗な花火だった。
「うわぁ! 綺麗!」
 その合図を機に、花火は何発も打ち上げられた。色とりどりの花火、金色の流れるような花火、キャラクターをモチーフにした花火と様々だった。
「本当に、綺麗」
 声を荒げることなく、寧音はぽつんとそう呟いた。花火のせいなのか、寧音の色素の薄い肌や髪のせいなのか、とても儚く見えた。
 一体いくつの花火が上がっただろうか、首が痛くなるほど、俺もその綺麗な花火に釘付けになっていた。そして最後の花火が消えた。
「はー、やっぱり綺麗だね! ここの花火最高!」
「本当に綺麗だった! 梓ちゃんがこの場所を知ってたおかげでよく見えたしね!」
 寧音はとても嬉しそうにそう言った。
「和基は……どうだった?」
 梓はそう言って、少し心配そうに首をかしげた。
「すごい良かったよ、来年も来ようか」
「う、うん!」
 梓は、なぜかすごく嬉しそうに大きく頷いた。
「勿論、寧音くんもね!」
「え? あ、うん、もちろん」
 そう言って寧音は笑った。でもどこか寂しそうに見えた。その理由を、当時の俺は知る由もなかった。
「じゃ、帰るか」
 俺は軽く伸びをした。
「ねえ、おばさんに何か買って帰ってあげようよ!」
「そうだな、母さんイカ焼きが好きだからそれ買って帰るわ」
 そうして俺達は母さんへのお土産を持って、帰ることにした。
「梓、送ってくよ」
「え? いいよぉ、すぐそばだし」
 俺の家の方が祭り会場から近いため、俺は梓にそう言った。
「駄目だよ梓ちゃん、こんな時間に危険だよ! 僕も行くよ!」
「……じゃあ、お願いしようかな」
 梓は少し困ったように、でも嬉しそうにそう言った。
「はー、楽しかった! お祭りがこんなに楽しいなんて!」
「寧音くんお祭り初めてだったしね!」
「まあ、家族の関係で外国暮らしが長かったからね……」
 まただ、寧音の目がわずかに泳いだ。
「和基? どうしたの? 怖い顔して」
「ん? いや、何でもないよ……」
 何だ? この違和感は。

 五分ほどで梓の家に着いた。梓はありがとうと言って自宅へと入っていった。
「寧音」
「ん? 何、和基?」
「今日、家泊まれよ」
「え?」
 寧音は目を大きく見開いた。
「どうせ家には誰もいないんだろう?」
「……そうだけど」
「じゃあ、泊まれよ」
「でも、悪いよ」
「そんなことない、母さんも喜ぶさ」
「いや、でも……」
「いいから」
「和基!」
 俺は半ば寧音を引っ張るようにして、家へ連れて帰った。

「ただいま」
「おかえりなさい、あら? 寧音君!」
「母さん、今日寧音家に泊まるから、こいつの家族、旅行で誰もいないんだって」
「まあ、それは大変ね! いいわよ、寧音君ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます……」
 寧音は深く頭を下げた。
 そして俺は、とりあえず自分の部屋に寧音を上がらせた。
「和基! どういうつもり?」
 寧音は声を荒げる。まあ、当然の反応だろう。
「先に風呂入ってこい、それから話す……」
「和基!」
「いいから」
「分かった……」
 寧音はしぶしぶ頷いた。そして、着替えを貸してやると、寧音は部屋を出た。
 
「和基、出たよ……」
 十五分ほどして、寧音は風呂から出てきた。俺の貸したズボンが短かったのか、寧音の足首がわずかに見える。
「はは、やっぱり俺のじゃ小さいな……」
 俺は苦笑いする。
「そんな事より、僕を泊まらせた理由を聞かせてよ」
「……お前と二人で話したかったんだよ」
「え?」
「お前、何か隠してるだろ?」
「!」
 寧音の肩が跳ねる。これで確信は持てた、寧音は俺達に何かを隠してる、か、嘘をついている。
「特に家族の事や、俺達との関係の事を喋る時、お前の様子がおかしい」
 俺は寧音の顔をじっと見つめる。逆に寧音はこちらを見ようとしない。
「……やっぱりすごいね和基は」
 急に口を開くと、寧音は観念したように笑った。
「家族が旅行中ってのは嘘、日本にちゃんといる。それに外国暮らしも嘘だよ。ちなみに君たちと登下校したことがあるっていうのもね」
「何でそんな嘘……」
 俺は寧音が嘘をつく意味が分からなかった。
「それは、今は言えない」
「今はってどういうことだよ……」
「梓ちゃんにもちゃんと聞いてほしいからね」
「……」
「八月四日、一時にいつもの公園で待ってる。梓ちゃんも連れてきてね。そこで全部話すよ」
「……分かった、八月四日だな」
「うん」
 寧音は深く頷いた。
「とりあえず和基もお風呂入ってきなよ」
「ああ」
 俺は若干腑に落ちないまま、着替えを持って部屋を出た。

 俺が部屋へ戻ると、母さんが敷いていったであろう寧音の布団があった。
「君のお母さんが用意してくれたよ」
「そうか、もういい時間だし寝るか」
 時計はもう十二時を過ぎていた。
「それにしても、今日は楽しかったなー、あんなに楽しかったの久しぶりだよ」
 寧音は大きく伸びをしながら微笑んだ。
「それに……」
 すると寧音は俺をじっと見た。
「何?」
「愛されてるね、和基」
「え? 誰に?」
「誰にって、梓ちゃんにだよ」
「!」
「必死に探したんだろうね、今日の花火の穴場スポット。和基に見せたくて」
「……」
「それに、いつも和基のこと見てる」
「……何でそんなことが分かるんだよ」
「俺がいつも梓ちゃんを見てるからだよ。でも、梓ちゃんの瞳にはいつも君が映ってる」
 寧音は切なそうにそう言った。
「悔しいな、梓ちゃんに想われてるなんて」
「梓が、俺を?」
 俺は大きく目を見開いた。
「うん、梓ちゃんは間違いなく君が好きだよ」
 寧音は今度は俺の目を見て言った。
「……それも未来で見たのか?」
「秘密。おやすみ」
 そういうと寧音は布団へともぐりこんだ。その後、俺たちは一切会話をしなかった。
 指定された八月四日まで、俺達と寧音は一切会わなかった。連絡先も知らないし、いつもの公園にもいなかった。
 八月四日の午後一時、梓を連れて公園に行くと、寧音の姿があった。
「寧音くん!」
「梓ちゃん、和基、久しぶり」
「本当久しぶり! 花火以来だもんね!」
 梓は嬉しそうだ。
「早速だけど寧音、話してくれるか?」
「……僕が未来から来たっていうのは本当、意識の実体化みたいなものだっていうのも本当。でも、家族が旅行中ってのは嘘。君たちと仲が良かったっていうのもね……」
「じゃあ、何で未来からわざわざ私たちに会いに来てくれたの?」
「うーん、それは僕の口から言うより、後で和基に聞いてほしいな」
「和基、知ってるの?」
「ああ」
「前にはぐらかされた、今現在の寧音はどこにいるんだ? 旅行は嘘なんだろ?」
 俺はこの時代の寧音がどうしているのか気になった。鉢合わせでもして混乱したらどうするんだろうと。勿論家族も。
「病院だよ」
「病院!?」
 俺と梓は同時に声を上げた。
「病気なんだ、心臓の。もう治らない、近々死ぬことになってる。それに和基の未来の事も、全部三か月後のあの世から見てたから知ってたんだ」
 俺と梓は言葉を失った。これで説明がつく、病院に寧音や家族がいれば出くわすことはない。日本のことが疎いとか、クウォーターだからとかそんなんじゃなくて、なかったんだ、寧音は何も、したことがなかったんだと分かった。
「家族も病院にいるよ、って言っても父親はいないから母親だけだけど。僕一人っ子だし」
 寧音は笑った。その表情が切なすぎて、胸が痛くなった。
「病院に行っていいか……?」
「うん、むしろ行ってあげてほしい。そろそろ僕の意識と彼の意識が合体するはずだから。僕はもうそろそろ消滅しちゃうからね」
「和基、行こう!」
「ああ」
「市立病院の二○三号室だよ」
「分かった!」
 そう言って俺達は寧音を残して一目散に病院へ向かった。

「寧音!」
 俺は病室のノックも忘れるほど、我を失っていた。
「あら? どちら様?」
 そこには寧音と同じ色素の薄い髪をした女性がいた。多分母親だろう。
「和基、梓ちゃん!」
 寧音の表情がパッと明るくなった。
「寧音、お友達?」
「うん、とても大切な友達なんだ」
「そう、寧音にもそんな友達がいたのね、初めまして、寧音の母の楠田美波です」
「初めまして、寧音君の同じ学校の高浜和基、こっちが佐野梓です」
「そう……。来てもらって早速で悪いんだけど、この子の着替えや身の回りのものが切れてるから取りに行こうと思って、しばらくその子の傍にいてあげてもらえないかしら……」
「私も行きましょうか? 一人じゃ大変ですよね?」
 梓は楠田さんにそう言った。
「そう? 助かるわ、じゃあお願いしようかしら」
「ごめんね梓ちゃん」
「いいよぉ、すぐ戻ってくるから待っててね!」
 そう言って楠田さんと梓は病室を後にした。

「俺達との事、覚えてるか?」
「うん、ついさっき急に君たちとの思い出が頭の中に入ってきて、とても幸せだったよ。
楽しかったね、花火も、りんご飴も食べたっけ?」
 寧音は、はにかんだように笑った。ちょっと待て、今知ったってことは……
「じゃあお前今全部知ったってことは……」
「うん、僕死んじゃうんだね」
 寧音はベッドに視線を落としてそう言った。俺は胸が締め付けられる思いだった。
「いつかは、分かってるのか?」
「今日みたい」
「え?」
 俺は固まった。
「あー、いつか死ぬのは分かってたはずなんだけど、今日かー」
 寧音の表情は緩んでいる。でもどこか震えていた。
「寧音」
 俺は病院に響かない最低の声を振り絞って、その名を呼んだ。
「え?」
 寧音は俺のその声と表情に、面を食らったような顔をしていた。
「我慢するな」
「……何のこと?」
「怖いだろ、本当は死ぬほど怖いんだろ?」
「怖くないよ、元々この病気は治らないって分かってたし」
 寧音は必死に否定しようとする。
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ」
 寧音は俺と目を合わそうとしない。俺はそんな寧音をぎゅっと抱きしめた。
「!」
 寧音の身体は硬直している。それよりも何て細くて折れそうな身体なんだと思った。俺より大きい癖に。
「……和基。そんな事、するの、ずるいよ……ぇう、う、あぁぁぁぁぁぁぁ!」
 寧音は俺の肩で思いっきりその胸の痛みをまき散らした。俺も泣きそうになるくらいの悲痛な叫びだった。俺はただ黙って、その肩に寧音の体温を感じた。

一時間くらいそうしていただろうか。寧音は顔を上げた。
「バカ寧音、ちゃんと泣けるじゃん」
 俺は寧音の茶髪をくしゃくしゃっといじる。
「バ和基……!」
 寧音の目は少し赤く腫れていた。だけど、どこか晴れ晴れしたような顔をしていた。
「どうして寧音はあの世から実体化することが出来たんだ?」
「僕にもわかんない。神様が情けをかけてくれたのかもね……」
「それなら寧音を死なせたりしないで欲しかったよ!」
 俺は掌を握りしめる。
「でも、そのおかげで梓ちゃんを救える。梓ちゃんを失った和基も、僕は見たくないんだ。梓ちゃんの事頼んだよ、ぜったい死なせたりしたら駄目だからね」
「分かってる、誓うよ」
「和基」
「僕に会いに来てくれてありがとう」
「ああ。お前の事、絶対忘れない」
 俺はもう一度寧音を抱きしめた。

 その後すぐ、寧音の体調が急変し、寧音はそのまま帰らぬ人となってしまった。
泣きじゃくる楠田さんと梓をよそに、俺は一人唇を噛みしめた。

 寧音が言っていた梓が死ぬ予定の日は、梓を俺の家に呼んで、二人でずっと過ごしていた。そして無事次の日を迎えることが出来た。

 寧音のお葬式も済み、梓も大分落ち着いた頃、俺は梓にすべてを話すことにした。
「梓ちゃんは八月十七に日に死ぬんだ」
「え?」
「俺が寧音に初めて会った日、本当に言われた言葉そのままだよ」
「寧音がそれを教えてくれた、いや、教えに未来からわざわざ来てくれた」
「私、そんなの聞いてない!」
「うん、今初めて言ったから」
「でも、なんで!? 私寧音くんと会ったことなかったのに!」
「あいつさ、俺らの学校に通ってたんだって。三年の始めまで」
「え?」
「入学式の日、偶然お前を見て、可愛いなって思ったんだって」
「最初はそれだけだったけど、毎日食堂や廊下で見るお前の笑顔とかにだんだん惹かれていったって言ってた」
「私、全然知らなかった……」
「まあ、未来の意識が実体化する、なんて話も普通は信じられないけどさ」
「いたもんな、寧音はここに」
「うん……いた。一緒に花火見た、りんご飴、ぉいし……くないって言って食べてた……!」
 梓は途中から泣きじゃくっていた。
「うん」
「私は、寧音くんに命をもらったんだね、命の恩人だよ」
「俺にとってもだよ」
「どういう事?」
「好きな人が死ぬなんて、耐えられないもんな、それを救ってくれた」
「え?」
「寧音に言われた、僕とおんなじ目をしてるって」
「それってどう言う……」
「梓が好きな目」
 梓は恥ずかしさに面を食らったような表情をして固まっている。
「好きな人を死から救うなんてさ、かっこよすぎるわ、敵わねえなぁ……」
 俺は腕で顔を覆い隠した。
「ね、和基! 今からプレゼント買いに行こう!」
「え?」
「時計、結局買えなかったからさ三個」
「三個?」
「和基と私と寧音くんのをお揃いで」
「そうだな。それ、いいな」
 時計を買いに行こう、時間をくれた寧音に。俺は黒、梓はピンク、寧音は緑のお揃いを買った。
「寧音、見えるか? 梓はちゃんとここにいるよ。ほらこれお前の時計!」
 俺たちはそれぞれ時計を身に着けて空にかざした。僅かに空気が揺れた気がした。

寧音 ネオン

執筆の狙い

作者
pkhk004-173.kcn.ne.jp

短編の練習に書きました。
随分前の物ですが、稚拙な文章で申し訳ないですが至らないところ、指摘いただけたら幸いです。

コメント

u
opt-183-176-82-221.client.pikara.ne.jp

あたしはラノベとか何とかよくはわからないのですがナンダカ本作シナリオみたいな書き方だなーナンテ思ってしまって
アニメとかにしたらいいんじゃないの? 小説としては?てな感じなのですがあたしが最後まで読めたのは冒頭に謎を設定しているから
でもいらないエピ満載まだるっこしい
最初の謎読者求めてる
ただ絵的にみると祭りとか花火とか
やはりアニメ映画つまり映像的かな?
回収しているけど落ちは斬新さはない
マア台本的には良いんじゃない
御健筆を

pkhk004-173.kcn.ne.jp

u様。
ご感想ありがとうございます。
ご指摘のように、台本のようなアニメのような感は否めないですね…。

小説のような奥深いものを書けるように精進したいと思います。
ありがとうございました!

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