作家でごはん!鍛練場
昼野陽平

引きこもりの冒険

 病的なきれい好きの母の掃除によって、住んでいる家はピカピカだったが、僕の部屋だけは汚い。それは僕がきれいな部屋よりも、荒廃した環境を好むからだ。病的なきれい好きな母とは対照的に、僕は病的な不潔好きだった。そんな母と僕は、以前は衝突したこともあったが、今ではもう諦めたのか、何も言わなくなった。
 部屋には、積み上げた本に積み上げたDVDに積み上げたCD、洗っていない皿や洗っていないコップなどが、散乱している。掃除機をかけたことはなく、積雪のようにホコリや陰毛が積もっており、無数のゴキブリや、大きなムカデが駆けずり回っている。壁にはこの部屋の主のように大きな蜘蛛が荘厳にうごかずにいる。
 ところで、僕の眼前には一足のルーズソックスがある。ルーズソックスは窓から差し込む朝の陽を受けて、妖しく光っている。光っているとはいえ、それはこれまでに吸った精液と恥垢によって、なんとも言えない斑に黄ばんだような色が層をなしていて、どことなくアンティークな趣きさえあった。吸った精液が乾燥して、いぜんのような柔軟さを失い、妙にゴワゴワした手触りだった。
 これは二十数年前に、コンビニで購入したもので、それ以来、もっぱらオナニーに使用している。当時は女子高生や女子中学生の間で、ルーズソックスが流行っていて、誰もが履いていたものだった。僕の内的時間は、あの九十年代の後半あたりで停滞している。九十年代の後半、僕は高校三年生で、学校を中退したのだった。理由は、僕の狂気だった。僕は持病の統合失調症を悪化させ、不愉快な妄想と対人恐怖に苛まされ、発狂一歩手前というくらいになり、高校を中退した。中退する名残りと言えば、女子たちの足であった。あのルーズソックスに包まれた、白く輝く太ももを見れないという事だけが名残りであった。
 これから引きこもりの療養生活を送ることになるだろうと思って、高校に退学届けを提出した帰りに、コンビニへ寄って、ルーズソックスを買ったのだった。コンビニでは、中学生時代の友人の母親(酷く太っていた)が働いていて、ルーズソックスをレジに持っていくのは恥ずかしかった。何か聞かれたら、妹に頼まれたとでも答えようと思った。友人の母親は、特に何も言わず、無表情でルーズソックスをレジ袋に入れて手渡した……。
 家に帰った僕は、ルーズソックスに勃ちに勃ったペニスを挿入し、猛烈にしごいた。そして凄まじい快感とともに、射精をした。こんなに気持ちいい射精も初めてだった。それ以来、二十数年に渡ってこのルーズソックスに射精し続けている。
 僕はいま、三十八歳だった。長きにわたる引きこもりの療養生活で、病状はだいぶ良くなった。しかしなかなか外へ出る踏ん切りがつかなかった。ちなみにコンビニや、近所の河原や、精神病院へ行くくらいには外には出ている。ただ電車に乗ってどこか遠出をするという事をしていなかったのだ。
 そんな僕に転機が訪れた。ゴッホ展だった。僕は自分でも油彩画を描くほどに絵が好きだった。もっともそれは形にはまったよくあるアウトサイダーアートじみたものであった。それでも一時期は画家になりたいなどと思っていた。しかし画家という職業にはある程度、コミュニケーション能力が必要と聞いて、引きこもりの僕は諦めていた。ゴッホが好きなのは彼の激情ゆえだった。
 それで僕は上野で開かれているゴッホ展へと赴くことにした。ちなみに僕の家は多摩地区にある。これは僕にとってはなかなかの冒険だ。目当てはこの展覧会の目玉の一つである糸杉の絵だった。ゴッホの作品中でもっともヤバい画の一つだ。
 僕は大きな期待と大きな不安との両方を感じた。不安というのは、まず外で糞を漏らさないか、ということであった。僕は腸が弱いので下痢をしがちだった。腹痛になった時に近くにトイレがあるとは限らない。それでネットで大人用のおむつを購入した。これで糞を漏らす心配はない。次に不安だったのは人間恐怖だった。外で頭のおかしい奴にボコボコにされはしないかという事だった。それでやはりネットで、催涙スプレーと、折り畳み式のナイフを買った。それくらいで人間恐怖のすべてが解消するわけでは無かったが、なにも持たないよりは大分ましだ。
 そして僕はある平日に、ゴッホ展へと出かけた。ズボンの下におむつを履き、ポケットにはナイフと催涙スプレーを入れて。

 数十年ぶりに電車に乗った。電車の内部は、窓から射し込む陽光でキラキラ光っていた。座席のいちばん隅に座った。すぐに気づいたことは、外はエロスに溢れている、という事であった。短いスカートを履いた女学生に、ピッタリしたジーンズを履き尻の形をあらわにした綺麗なお姉さん、小さい子供をつれた若い主婦の輝く髪、などなどだった。それらをよく見て、これだけでも外へ出て良かったと思った。
 やがて新宿駅に着いた。ここまで来ただけで心身が疲労していた。引きこもりにとって、外はいろいろと刺激が強すぎるのだ。それに運動不足の身体にはこたえる。僕は一休みしようと売店でコーラを買ってベンチに座って飲んだ。心地よい炭酸と甘い糖分が心身を癒やすようだった。ぼんやりと眼前に行き交う人々を眺める。それも性的に刺激するような女性を探す。季節は夏なので女性らは薄着だった。胸元をあけた服、ショートパンツから伸びる白い足。美しいと思った。だんだんゴッホ展とかどうでも良くなってきた。それでもやはり絵を観ようと思った。エロスと芸術の両方を、同程度に好きだと思った。そして僕は、コーラに蓋をして立ち上がった。
 山手線で上野駅に着いたころには疲れ切っていた。帰ろうかと思ったが、どうせここまで来たことだしと思って、気合を入れて美術館へと向かった。疲労した心身に鞭を入れて美術館にたどり着いた。障害者手帳を持っているので入場料は無料だった。
 館内に入るとゴッホの絵はもちろん、ゴッホに影響を与えた画家の絵も並んでいた。最初に並んでいるのはゴッホの初期の絵だった。暗くて重々しい絵。しかしこの頃には既に、例の厚塗りの技法があった。特に惹きつけられたのは、海辺を描いた絵だった。海の波が分厚く絵の具をもられて描かれていて、いかにも波という感じであった。絵をみているうちに心身の疲労をじょじょに忘れていった。
 印象派の影響を受けたころから、ゴッホらしいゴッホが始まる。呪文のようなタッチに、激しくありながらどこか透明感のある色彩、上手ではないし丁寧ですらないが、どういうわけか本物らしく描けているモチーフ。画集で何度も観た絵だが、改めて感銘を受けた。そして偉大な絵は偉大な魂の持ち主に描かれるものだと改めて思った。
 帰りに売店で糸杉のポストカードを購入し、感銘を胸に、帰りの電車に乗った。ふと可愛らしい女子中学生の一団が入ってきて、僕の隣の席に座った。部活帰りなのかみなジャージを着ている。最初はキャーキャーと喋っていたが、やがて居眠りをし始めた。そして頭を僕の肩にのせて完全に寝てしまった。僕は思わず勃起をした。
 
 家に帰って、僕はベッドに寝転がった。疲労していたが、それに見合うか、それ以上の体験をしたと思った。そして外へ出るには、おむつも催涙スプレーもナイフも要らないだろうと思った。
 引きこもるのも良いが、外も楽しい。外にはエロスと芸術がある。
 自分の中の九十年代は、少なくとも終わった、あるいは終わらせよう、そう思って例のルーズソックスをゴミ箱に捨てた。
 そして外で見た性的なものを想起し、ルーズソックス無しで、オナニーを始めた。

引きこもりの冒険

執筆の狙い

作者 昼野陽平
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引きこもりが外に出る話です。
よろしくおねがいします。

コメント

ARAKI
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読ませて頂きました。

読みやすかったですし、なんだかホッコリした気分で読み進めて気付いたら全て読んでいました。

引きこもりではないですが、主人公と同世代で移入しやすかったです。
自分もこういう生活してたらどうなのかとか想像してしまいました。
あと両親や本人と、誰も悲観的になっておらず淡々としてたのも好きでした。

外の世界は確かに刺激が強そうですね。

ラストに、ルーズソックスを捨ててアマゾンで中学生が履いていたようなジャージを購入手前まで進めて買うのをやめた。慌てる必要はない。まだまだ時間はあるのだから。

みたいなラストが自分は思い浮かびました。

なんだか大人版のはじめてのおつかいみたいな独特の面白さがありました。ありがとうございました!

偏差値45
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ニートにしても、ヒッキーにしても、何かをきっかけで卒業することはありますね。
その象徴がルーズソックスからの卒業と言っても良いのかもしれません。
比較的に昼野陽平さんの作品としては排泄物、セックス、殺人、近親相姦などもなく、体調不良ではないか、そんな懸念をしてしまいますね。

たけかわ
120.254.149.210.rev.vmobile.jp

ついに引きこもりを外へ引き出したのはゴッホの絵であるというところがいいですね。
主人公が糸杉の絵はがきを購入する場面が好きです。
特に『感銘を胸に』とさりげなく入っているフレーズがこちらの心にも残りました。
糸杉といえば細い三日月の輝いているのが不思議です。

群青ニブンノイチ
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>病的なきれい好き

って、何だか品詞までねじくれそうな微妙さですねのっけから。
なんて、文盲の屁理屈馬鹿どもにエサを撒くようなことは所詮どうでもいいのですが。



単語やアイテムの高が知れたようなインパクトにすがるばかりで退屈なだけの文章、相変わらずですね。

変態でも障碍でも引きこもりでも好きに書いたらいいです。
好きに書きたいだけだからいつまでも気付きがないし、技術も勘も備わらない。
読まされるこちらの方が退屈でみじめな気分にさせられて、同情すら思いつく気にもなれません。
作品への感想という意味ではないですから、勘違いしたらダメです。念のため。


ルーズソックスで汚らしいことをする人が世の中には存在するらしいことにリアリティなど求めるつもりはないですが、

>そして頭を僕の肩にのせて完全に寝てしまった。

こういうみじめなだけのコントロールの悪さは書きたがる人間としてほぼ絶望的な欲求の汚らしさでしかないような気がして見ているだけで情けなくなります。
もちろん作品としてのテーマや性質の話ではないですから勘違いしたらダメです。
動機としての不潔さが無邪気に透けるようで、これが同じことを仕出かしたがる人間の有り様であるらしいことには、単純に軽蔑しか思いつけません。
何度も言うようですが、ルーズソックスで汚らしいことをする主人公にリアリティも説得力も求めるつもりはありませんが、その周辺を取り巻く普通の人々が馬鹿な主人公と似たレベルらしく無防備である必要も馬鹿である必要もないことは単純なリアリティとして当然のことであって、文章という目的以前に人間を舐めるなと、ただただその貧弱な感性と甘えに不快や侮蔑しか思いつきようがありません。

自分が思いつく世界ですら貧弱に化かして澄ましていられるつもりなら、もうセンスも資格も何もねえからやめちまえ下手糞、と言いたいです。
これって、普通に進言です。
単純に、もはや最低の姿勢と感性でしかないでしょうやめましょう諦めましょう、ということです。


クソみたいな人間を書きたいだけなら、せめてちゃんと学校でうんこ漏らしてクソにされて居場所がなくなった上でも女子の足が名残惜しいだけのクソに仕立ててあげなくてどうするんですか。
お腹が弱いのは何のためなんですか。
主人公報われないですよ、無意味にお腹の調子がよくないだけなんて。
女子の足が名残り? 馬鹿なんですか? もしかしてあなたの実話なんですか? 創作とは思えないほどの退屈さなんですけど、面白いもの、書く気あるんですか?
変態ばかり書きたいんじゃないんですか? ちゃんと悪ふざけ楽しめていますか?
いつもいつも中途半端なエログロもどきに堕ちるばかりだから散々馬鹿にしているんですけど、やっぱりただの中途半端の馬鹿なんですか?
ルーズソックスゴワゴワとかそんなことばかり、創作を舐めんなと言いたいです。


女舐めんなと言いたい。


うんこ漏らした自分のことをクソにするような同級生の太ももに所詮欲情するしかないくそポンコツが、みっともなく情けなくルーズソックスで汚ったないようなことをせずにいられないからこそみじめで変態じゃないんですか? 
そうしてよほどいきいきとみじめにさせてあげられるんじゃないんですか。

>僕は高校三年生で、学校を中退したのだった。理由は、僕の狂気だった。

狂気ですか、統合失調だか何だかにとりあえず謝ってください。
ただの単語で済むなら小説なんていらないでしょう、くだらない。


>そして頭を僕の肩にのせて完全に寝てしまった。


まじで呆れます。
人間舐めるなと言いたい。
キャラクターを舐めるなと言いたいです。
ルーズソックス程度で女畳んだつもりとか、変態舐めるなと言いたい。
おむつで安心とか、ショボすぎて呆れるしかないです。
汚ったないルーズソックス捨てて、外にはエロスと芸術があって楽しいって、ゴッホもとんだとばっちりってものですし、そんなちんちくりんみたいな魂胆をつかまえて狂気とかって、馬鹿なんですか。
読者舐めてるんですか。
ゴッホ、要りますか。
ただの都合みたいになっていませんか。
そんなしみったれた創作がありますか。
京アニ云々の軽口馬鹿中野ですか。
本当につまらないし、下手糞すぎて見ているこっちまで情けなくなってくる。
自分の欲求すらも楽しめないただの貧弱。
情けない。


下にいるゴミクズ加茂や障碍自慢中野と何が違うつもりですか。
みっともなさ同類過ぎて何だか悲惨な感じですけど、大丈夫ですか。

くそ格好悪いです、そもそものセンスから。

(仮)だったりHだったり。
121.134.31.150.dy.iij4u.or.jp

『潔癖』……でしょうか。

ルーズソックス
ルーズソックス
ルーズソックス

ルーズソックス
ルーズソックス。

時代が違うだけに、反対に燃えます。
違う所も燃えそうですが……。

昼野陽平
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ARAKIさん
感想をありがとうございます。
ほっこりしますかね。自分では気持ち悪いかなと思ってました。
悲観的になると話が広がってしまいそうでやめておきました。
ラストはいろいろと悩んだのですよね。あまりいいラストではないかなと思ってます。ジャージ買うか迷うというのも良いかもです。
大人版はじめてのおつかいというのはなるほどとおもいました。言い得て妙です。
ありがとうございました。

昼野陽平
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差値45さん
感想をありがとうございます。
僕にしてはおとなしい作品です。主人公が美術館で痴漢するという展開も考えたのですがこの作品ではやめておきました。
体調不良ではないです笑
ありがとうございました。

昼野陽平
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たけかわさん
感想をありがとうございます。
主人公の狂気がゴッホと共鳴するかなと思ってそうした感じです。
人物画でも輝かせて描く人ですからね笑
ありがとうございました。

昼野陽平・
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(仮)だったりHだったり。さん
また流行ってほしいです笑
ありがとうございました。

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