作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

聖域からの眺め

  智子は30代の半ばまで、一般的な食生活をしていた。
 ごはん、みそ汁、おかず、飲み物といったスタンダードな組み合わせの時もあれば、パン、カレー、うどん、ラーメンという日もあった。
 外食も頻繁にしていた。気分転換の意味もこめてファーストフード店にも頻繁に通っていた。
 そんなことは、でも、現代に生きる誰もが行っていることである。
 罪悪感は感じなかった。

 ありのままを言えば、智子は普通の人以上にジャンクフードが好きだった。
 スナック菓子の袋を一度に一人で3袋も食べ、その上インスタントラーメンを2食連続で食べた。もはやおいしいのかどうかも分からなくなっていた。ただとにかく口に詰め込んで飲み込みたかった。そして、一時間ほどするとお腹がいたくなり、下痢をした。
 人にこのことを話すと、びっくりされた。やはり普通ではないらしい。こんな自分が摂食障害なのではないかと疑った。
 そんなことをしているので、食費にもかなりの金額を使い込んでいることが分かった。平均して月7,8万は食費に使っていた。独身なので稼いだ金は自分の好きなことに使えるという身分ではあったが、手取りで15万なのにエンゲル係数が高すぎた。
 どうしても仕事で疲れた通勤途中には、ふらっとレストランに立ち寄ってしまう。そこで安易に舌つづみを打ち、ディナータイムなので高い金額を支払うことになる。その帰り道、コンビニに立ち寄って口直しのお菓子を買う。夕食はおいしかったのに、何故か口直しをするのである。これは一体どういうことだろう。おいしいものを食べてもそれで満足できず、またさらに別の味覚を楽しみたくなる。まるで古代ギリシア人だ。腹十分では精神状態が安定しない。食べすぎて胴体がはちきれそうな膨張感に襲われながらそのまま倒れこんで寝る。朝起きると、何だか胃腸の調子が悪い。昨日食べ過ぎたであろうことは分かっている。朝食は抜きにしよう。そして駅に向かう。ところが、駅ナカのコーヒーショップでモーニングセットを提供している。その看板を見ると、朝の気分転換として食べてみたくなる。そして食べる。安易に舌鼓を打つ。そんな日々を送っていた。

 そんなある日、智子は自分がただ食べているだけの動物に思えて来た。
 それにはおそらくきっかけがあった。
 実は智子には一緒にグルメを楽しむ友人がいた。
 その友人と時々一流レストランでランチを楽しんだりした。
 しかし、回数を重ねるうちに、「高い値段の割にはそんなにおいしいわけではないかもしれない」と感じるようになった。
 何せ一食五千円もする割には、味の方がスーパーの総菜と比べてさほど違いがないように感じられて来たのである。それは自分の味覚の問題かもしれない。もともと庶民の味覚に慣れているので、高級な味に親しみが湧かないのかもしれない。
 もちろん、雰囲気を楽しんでいるというのはあった。華やかなインテリア。マナーの行き届いた給仕たち。だが、回を重ねるにつれて、そういったものにも新鮮さを感じなくなってしまった。飽きて来たのかもしれない。しかし、友人の方は全く飽きずに、次はこのホテル、次はこのホテル、と常に新鮮さを感じているようだった。
 
 それまで智子にとっては、「おいしさ」というものは人工的に作られるものがほとんどであった。
 まさに利益を追求する食品産業に飼いならされていたわけである。
 人間という生き物はこの地上に姿を現してから長い歴史を通して、自然のものを口に入れて食べて来た。自然のままで提供されるおいしさを味わって幸福感に包まれていたのである。そのような食生活においては、体に悪いものをまずく感じ、体に良いものをおいしく感じるという味覚が正常に働いていたのだろう。
 しかし、現代になり、商業主義的な世界が構築されると、栄養よりも味を追求した商品ばかりが多く出回ることになる。技術も発達したから、低コストで容易においしくないものをおいしく作り変えることが出来る。さらには見た目というものも大事らしい。場合によっては、中身よりも形や色が商品として優先される場合もあるらしいのだ。何といううわべだけの世界であろうか。智子はネットの記事やブログでそういった事実を知るにつれて、これまでの自分が、ただ舌を喜ばせるだけで体に悪い食べ物にだいぶ依存していたことに気づいた。
 そんな中で、智子は健康的な食生活を実践している仙人の存在を知った。山奥で、自然由来の食事を実践しているという。智子はその仙人に是非会いたくなった。だが、距離的にかなり遠い場所に住んでいた。時間もなかなかとれず、実際に尋ねる機会が見つからなかった。だが、休暇を利用してその仙人のもとを訪ねることが出来るチャンスがついに訪れた。

 仙人は、東北のとある山村のあばらやで暮らす40歳の男性だった。
 見渡す限り緑一色に埋め尽くされた僻村の駅から農道を一時間半歩いた。その駅も、電車は一日に2本しか発着していなかった。
 途中、切り立った崖に沿ってでこぼこの小道を恐る恐る進む場所もあった。
 そうやってたどり着いたその高原は、とても見晴らしがよく、眼下に広がる田畑も、遠くの山脈も、緑の中にぽつんと佇む小さな集落も美しかった。
 さらに道なき道を進んで、ようやく仙人が住むロッジハウスが見えて来た。
 智子は玄関のドアをノックしようとした、その時、先に扉が開いた。
「ようこそ。知者の楽園へ」
 と迎え入れるその男性は40歳とは思えない、好青年の風貌だった。どう見ても、20代半ばくらいの肌の明るさなのだ。
 私は中に招き入れられた。いわゆる10畳ほどのワンルームで、その中にベッド、キッチン、洗濯機などあらゆる生活のための用具が無駄なく設えられてあった。
 飾り気はないが、無駄のない美しさというもので部屋が綺麗に飾られていた。しばらくそこにいるだけで心が洗われるような気持ちになった。
「ところで、さっき、私がドアをノックしようとした時……」
 と智子が尋ねると、仙人は、
「ああ、ここで暮らしていると、そういうのが分かるようになるんです」
「つまり、気配で分かったのですか?」
「気配と言うのともまた違うんですけどね」
 仙人は清らかに微笑んだ。とても美しい笑顔だった。こんなにきれいな男性は都会で見たことがない。もし通勤途中の道ですれ違ったら、思わず見とれて、一目で恋に落ちてしてしまうかもしれない。しかし、その一方で、その美しさは何か一般の人々とは相いれない要素で満ちていて、規格そのものが違うよそよそしさのようなものもあった。それは下界に住む者と天上界に住む者との隔絶を思わせた。
 仙人はコーヒーを沸かした。湯沸かしにはIHを使用しているようだ。
「電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機といった家電製品もあるんですね。ここには電気が通っているんですか?」
「私もある程度の年齢までは都会で過ごしていたので、どうしてもこういった家電製品に頼るところはあるんです。電源はソーラーパワーを使用しています。ここはとても日当たりがいい場所で」
「太陽光発電ですか」
 仙人がそういった文明の利器に頼っているからと言って、別に幻滅するような気持ちは智子にはなかった。何も原始的な生活をすることが仙人の目的ではなかったからだ。仙人が掲げている理想は、ストレスフリーな日常なのである。そのためには家電製品はあってしかるべきなのである。家電製品を使えるなら、使えばいいのである。ロハスやスローライフに目覚めたからと言って、何もかもを極限まで自然との同化にこだわる必要はない。火打石だって、ある意味、自然に対する抵抗の側面はある。原始的であっても文明に依存していることには変わりない。結局現在の人間は文明にある程度依存しなければ生きて行けない生物なのだ。その点は無理に否定しなくてもいいのである。
「それで、本題に入りたいのですが」
 と智子が言うと同時に、仙人は豆の香りひきたつコーヒーを彼女の前に置いた。
「天上界の食生活についてですね」
 と仙人は向かいのソファに座りながら言った。
「はい」
「あなたの過去一か月間の食生活の履歴をメールで確認させていただきました。正直、これはひどいですね」
 そうはっきり言われて、智子は苦笑した。自虐的な笑いだった。
「確かに少しずつよくなって来てはいますが。ジャンクフードを食べる回数は量は減ってきています。数日ごとに反動はありますけどね。全体的に伝統的な和食に変わりつつありますね。これはいいことです」
「ありがとうございます」
「しかし、健康的として推奨されている食事内容でもまだ、現代人の舌に幸福感を感じさせるために、いろいろと無駄な食材が使用されている場合は多いです。ジャンクフードに比べたらまだマシというだけで、やはり健康には必要のない要素を多く含んだものが健康的なメニューとして提供されているようなことは多くあるんです」
「ジャンクフードよりマシな程度のものが健康的なメニューとして提供されている場合も多いということですか?」
 仙人は悲し気にうなずいた。
「現代人の多くはもう飼いならされてしまっていますから、おいしくなければ食べれなくなっているんです。現代に生きている世代の人間は、生まれた時から食生活がバラエティに富んだ世界で生まれ育っていますから、食事というものは楽しくなければいけないものになっているんですね」
「そのおいしさには問題があるのでしょうか?」
「中毒性、依存性のあるものが多いですね。アルコールのように前後不覚になるような麻薬作用は呈さないにしても、じわじわと健康を犠牲にしたり、精神面に不都合を生じさせるような軽度の害悪をもたらす食材は頻繁に使用されているように思います。軽度とは言っても、害悪というものは蓄積されるものです」
「仙人は何を食べているんですか?」
「私は玄米だけを食べています。10年間、ここでそのような食生活を続けて来ました」
「玄米だけで生きられるんですか?」
「全ての人間がそうと言えるかどうかは私には分かりません。ただ、私自身は10年間、玄米だけで生きて来られました。私を見て判断していただければと思います」
 智子は20代のように美しい健康的な肌をしている目の前の男性を見て、全ての答えがそこにあるような気がした。
「でも、玄米にも無い栄養素というものがあって、それは他の食品から摂らなければいけないと書いていましたが」
 と智子は聞いた。
「私は玄米しか食べていませんから、専門家が一日に摂らなければいけないと提唱する栄養素の全てを摂取出来てはいないかもしれません。しかし、事実として、10年間は生き延びてこれましたし、特にこれと言った病気には罹っていません。風邪もひいていません」
 そして、何よりも、美しかった。下界の人間たちは必死になって自分を美しく見せようと飾り立てる。だが、たいていの場合は、うわべで飾り立てた美は同じようにうわべだけの人間を惹きつけるに過ぎず、その本質の醜さを隠し通すことは出来ない。そんなうわべだけの人工的な美しさをほめたたえたりするのは、結局、何が美しく美しくないのかを深く考えない、手っ取り早く手に入る快楽なら何でもいいからとにかく欲しがるだけのつまらない人間たちのように智子には思えていた。
「すごい……」
 と智子は仙人が身をもって体現したスローライフの効能に感心した。心震えるほどの感動と言っていいくらいだった。そして、自分が進むべき道を仙人が提示してくれているように見えた。光さえ見えた。目の前にいる美しい仙人がその光源だった。
「私もやってみたいです」
 と智子は興奮ぎみに言った。
「しかし、簡単なことではありませんよ」
「はい。それは承知の上です」
「指導には料金がかかりますが、それでもよろしいですか」
「いくらくらいですか」
 料金の額を聞いて、智子は少し考えた。意外と高額だったからである。
「私が料金をいただくのは、いずれこの周辺に理想郷を建設するための資金にしたいからです」
「理想郷?」
「はい。自給自足の楽園を建設するのです。そこで行われるのは健康的な食生活だけではありません。選ばれた賢人たちのみが享受できる高度に精神的な生活をも実践するつもりなのです」
 仙人は机の引き出しから一枚の大きな紙を取り出して智子に見せた。それには理想郷のイメージ図が描かれていた。
 中央に大きな広場があった。それは、この理想郷が皆の共有物であることを象徴しているように思えた。
 そして、各戸の家が環状に並び立っていた。各家が隣接し、一つの円環となってつながっているのだ。
 とは言え、びっしりひしめき合っているのではなく、各戸には家の四方にぐるりと巡らされた大きな庭があった。プライベートは十分に保証されていた。
「このコミュニティは一つの円環の形をしていますが、さらにこのコミュニティを一つの単位として、それぞれのコミュニティを数珠繋ぎにした円環を作り上げます。そうして、この理想郷はどんどん拡大して行きます」
「それは世界に広がって行くのでしょうか?」
「いえ、そういったことは想定していません。このコミュニティは選ばれた一部の賢者のみで構成されるにとどまります。あなたもこれまでの人生を生きて来てご存じでしょうが、世の中の多くの人間は邪悪な生き物で、どうしようもない存在です。そういった分子が紛れ込まないように注意しなければなりません」
「私のような人間が参加してもいいのでしょうか?」
「あなたには賢者の霊が宿っている」
「私に?」
「はい。そもそもこの地に足を踏み入れたこと自体が、それを証明しています。汚れた血が体を巡っている人間たちは、ここに足を踏み入れることすら出来ませんから。私が想定している理想郷は、私やあなたのような選ばれた人間のみによってひっそりと運営される共同体になります」
「私のような人間が選ばれた存在なのでしょうか? つい最近まで、ひどい食生活で堕落していたんですよ」
「大丈夫です。もっと自分に自信を持ちなさい。そもそも、あなたがこれまでの自分の乱れた生活を心から反省して、正しい道に進もうと発心しただけでも、あなたが選ばれた賢者である証拠です。たいていの人間は、堕落した生活をやめることが出来ないばかりか、疑うことすらしません。隣の人がやってるから、みんなやってるからという理由で、自分たちの生活習慣の正当性を疑いません。そして、自分たちとは違う、新しい生き方に目覚めた一部の人間を敵視し、排除します。その人が実際に健康になっても、その健康さを素直に認めず、そこに何か不気味な宗教じみたうさんくさがあるように思おうとします。自分たちの方がどんどん腐って行っても、その醜さを肯定します。自分たちが依存しているものは、権威が問題ないと認めているのだし、科学的にも正しく問題がないから、だから続けているんだと思い込もうとします。そして、病気になります。すると、医学を頼ります。彼らは常に権威に逃避します。そして、体が悪くなれば医者を頼ればいいのだから、自分はこれまで通りの生活を続けようと考えます。そうして、また病気になるの繰り返しなのです」
「私はひどい生活をしていたのに、そういえばこれまで大きな病気にはかからなかったです。運が良かったのでしょうね」
「おそらく、あなたは大きな病気に罹る寸前で、目覚めたのだと思いますよ。だから、ここに来た」
「なるほど。そういうめぐりあわせがあったのでしょうかね」
「それに、あなたはひどい生活をして来たわりには、肌の色も体形もそれほど崩れているわけではない。あなたには生まれつき、賢者の霊が備わっていると思われます。だから、これまでのことは反省するにしても、あまりそのことで深く悩まず、現在目覚めることが出来たことの喜びを素直に受け入れた方がいいと思います」
「そう言われると、前向きになれます。ありがとうございます」
 こうして、智子の新生活が始まった。
 彼女は仙人の指導とアドバイスに従いながら、生きるために最低限のことしかしなかった。人間が生きて行くのに、必要なものは本当に少しなのだと知った。そして、五感を装飾する物が少なければ少ないほど、人間は幸せになれるのだと気づいた。
 昔仲の良かったグルメ友達が今の自分を知ったら、きっと嘲るに違いなかった。彼女たちが慣れ親しんでいる、目も舌も喜ばせる付加価値たっぷりの料理を食べられない生活を見て、きっとここは牢獄なのだと勘違いするだろう。しかし、覚醒した智子から見れば、むしろそんな友人たちの方が狭い檻の中で肥え太らさられた安価な家畜なのだった。
 下界で生きていた時は、がらくたを買い集めるために、朝から晩までストレスフルな労働をし、そのストレス解消のために、がらくたを買い集めた。何という悪循環だったのだろう。下界には、クソみたいな人生を送るためにクソみたいな労働に従事している人間が何と多いことだろう。そして、クソみたいな人生をクソであることに気づかないようにするために、人間は自分の知性の働きを鈍らせるような低級な娯楽を見つけることに余念がない。ただ、その繰り返し。その繰り返しだけなのだ。
 彼らはみんな自分に自信がなく、孤独なのだ。それなのにプライドだけは一人前。自分が吐き気がするほどつまらない人間であることを心の底ではうすうす気づいてはいるが、気づいていない振りをしようともがいている。そして、そんな現実を直視しないために、感覚を麻痺させる手段が常に必要なのである。
 せめて自分たちがつまらない存在であることを認められたら、もう少しは賢者の生き方に近づけるかもしれない。
 だが、多くの人たちは「自分って幸せだなあ」という優越感に浸ることを諦められないので、ひたすら自分を一時的に満足させる新鮮なサービスを手に入れることを絶え間なく繰り返す、そんな輪廻の中でもがき回っているのである。
 彼らが幸福なのは、その新鮮さが続く間だけ。その新鮮さは必ず間もなく消える。だからまた新しい体験を求めて動き回る。彼らにとっては何もかもがその新鮮さにだけ価値がある。五感を通して感じられる喜びも、愛も。
 だから彼らは今日も疲れ果てて眠れる時間が来るまでがらくたを求めて走り回る。
 そんな地獄絵図の様子を、智子は仙人と共に過ごす聖域の片隅からただ心静かに見下ろしていた。

聖域からの眺め

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
i223-217-95-68.s42.a014.ap.plala.or.jp

人間にとって幸福とは何かということについて自分なりに考えてみました

コメント

ぷーでる
KD106132126167.au-net.ne.jp

前に比べて、良くなったね。
仙人のところへ訪ねて、悟りを開いたって感じかな。

加茂ミイル
i223-217-95-68.s42.a014.ap.plala.or.jp

ぷーでる様ありがとうございます。

そんな感じですね。
世の中の普通というものにどうして合わせられない人間というのもいて、
そういう人はその人なりの道を歩むしかないのかなっていう思想を反映しているつもりです。

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

ジャンクフード:栄養価のバランスを著しく欠いた調理済み食品のこと。

・ファーストフード店、代表例としてハンバーガー。
これは肉、パン、それ以外にも玉ねぎやレタスなどの野菜もあることもある。

・仙人の食べ物、玄米。米のみ。

どう考えても玄米の方がジャンクフードのような気がしますね。


また、仙人の理想郷について言えば、あやしすぎる。
インチキ宗教を思い起こしますね。

それで、どんなオチがあるのか? と言えば、ない。
「なんだかなぁ」という感じですね。

>人間にとって幸福とは何か
これは人によって違いますね。
生きる為に食べるのか、食べる為に生きるのか。私は後者ですね。

とある酒豪が病気の為にお酒を呑むことやめるように医師に告げられました。
しかし、その酒豪はお酒をやめることはしなかった。
当然、病気は悪化して酒豪は死んでしまいました。
でも、それで良いのです。なぜならその方が幸福だったからです。

加茂ミイル
i223-217-95-68.s42.a014.ap.plala.or.jp

>偏差値45様

>生きる為に食べるのか、食べる為に生きるのか。私は後者ですね。

私は前者に憧れているんです。
生きるためだけに食べたいんです。

カリフラワーの存在価値について考える人
dhcp.nipne.ro

一読した感想として、ルサンチマンによる諧謔小説、に思えた。しかしながら、そのように読めてしまったのは、やや妄想に過ぎるというか、的外れかもしれない。けれども、もし、万が一私の馬鹿馬鹿しい妄想がそれなりに当たっているのだとすれば、この作品は、決して悪い意味ではなく、もっと馬鹿馬鹿しく書くべきだ、と思う。そういう類の馬鹿馬鹿しさの中にきっと光るものが生まれるように思う。

加茂ミイル
i223-217-95-68.s42.a014.ap.plala.or.jp

>カリフラワーの存在価値について考える人

ルサンチマン、ある意味そうかもしれません。
まず、私は料理をするのが下手です。下手というかやる気がおきません。
何か作ろうとして食材を買い込んでも、目的の物を作ってしまったらたくさん余ってしまって、それをどう次に使えばいいか分かりません。同じものばかり作ってても飽きるし、冷蔵庫も小さいし、そもそも料理が出来る環境ではありません。
レシピの種類が多ければいろいろ機転が利くのかもしれませんが、私は一度目的のものを作ったら、それでもう十分で、繰り返し料理しようという気が起きません。
洗い物が出来ません。もう面倒くさくて、一回やったら数週間はもう出来なくなります。
洗い場は汚い状態です。小さなシンクに食器が放置されているし、食べかすの粒のようなものが流れ切らずにシンク全体を埋め尽くしています。明日きれいにしようと思いながら、何日も放置しています。
数日ごとにスーパーに買いに行くのもの面倒です。とは言いながら毎日のようにスーパーに立ち寄ってはいるのですが、頭の中でスーパーに行かないといけないと考えるのがストレスみたいです。何気なく立ち寄るのは大丈夫みたいなのですが。スーパーやコンビニに買い出しに行かないといけないとかねえてから考えすぎて頭の中に強迫観念が渦巻くのがストレスみたいなのです。
そういういろいろな思いから、今回の作品を書くことになったのかもしれません。

ぷーでる
KD106132137246.au-net.ne.jp

好きな物を、口にし続けても、近所のじいさんは、遂に94才。たばこ😃🚬💨を吸いまくり。
健康食品とは何なのだろうか?
今日も、超元気だよ。
好きなようにするのが、一番だと思う。

加茂ミイル
i223-217-95-68.s42.a014.ap.plala.or.jp

>ぷーでるさま

好きなように生きていられれば、ストレスから解放されて、健康でいられるかもしれませんね。

人それぞれ体質が違うから、その人に合った食生活をするのが一番いいのかもしれません。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内