作家でごはん!鍛練場
あのにます

彼氏彼氏彼氏彼死

【あいり】
いたっ。
鼻で呼吸が。
失敗して右に曲がった鼻をまたソウルに行って治してきた。
整形報告はこれで何度目だろう、こんな何気ない牧歌的な日常の一部始終も金になる。
Youtubeのわたしのチャンネルにいくつもある投稿動画の、ずーーーっと下にさかのぼるとしょんべんくさい3年前のわたしのすっぴん顔に辿り着く。ぺちゃくちゃ一生懸命自己紹介してくれてるからかろうじてわたしと分かるんだけど名乗らなければ誰だが分からないレベルでブサイクで、そのブサイク見てその時のわたしの方がかわいいって言ってくれる今のわたしにとっては全く以て無意味な知らないおじさんのコメント見て、その顔に未練がない事を再確認する。
化粧しない方がかわいいねとか前の化粧の方がよかったねとか褒めてるつもりで言ってるなら今すぐやめろ、褒めるなら今のわたしの顔化粧ルックススタイルファッションセンス破天荒な振る舞いを褒めてほしい、破天荒な振る舞いは褒めなくていい。
同年代の万年ユニクロかH&M着てる風なお金の無い男の子が物欲しそうな目でわたしの身に着けてるChloéのこれとかイヴサンローランのあれとかDiorのリキッドファンデとかクッションとかクリームとかマスクとかミストとかローズの香りするやつとかLVのモノグラムのトートとか数えきれないくらい雑に食卓テーブルの上に散らばってるJUSTIN DAVISのださいシルバーとかお気に入りのCARTIERのベニュワールとか、じろじろ見るもんだからソウル行ったついでにsupremeのパチモンの帽子とTシャツ買ってあげた。
他にも視聴者プレゼントって事でフェイスパック段ボール5個分と韓国海苔トラック1台分買った。韓国のフェイスパックは日本より安いし成分も大して変わりはないこれ勧めてきたガイドのおばちゃんの肌はつるつるだった。
韓国海苔はドッキリで使うやつで、彼氏が留守の間に家にばらまく。
鼻が治ったら全部食うまで帰れませんっていうドッキリをやる予定で今から凄く楽しみだけど少し買いすぎたかもっていつもドッキリに協力してくれるみさごろうっていうすっぴんがカピバラよりブスなのに神化粧で超美人に変身出来るほぼ同業者にLINE飛ばしたら素っ気無くsimejiのイラスト送られた。
みさごろうはバカでブスだけどノリよくて世界の中での自分の立ち位置とかよくわかってるもんだから変顔とかさせたらガチでやってくれるそういうところがわたしは好きだ、そういう時に1ミクロンでもブリっ子するタイプの子との付き合い方は考える。
Tiktokで全力照れ顔したり全力おこ顔したり全力プク顔したりべろ顔したりしゃくれ顔したり2回戦したり3回戦したりしてくれる子がみさごろうの他に男女問わずあと300人はいる。
その300人の男女はいつでもLINEで連絡が取れる状態にあってInstagramもフォローフォロワーの仲でその中でもみさごろうクラスに仲の良い子は10人程度でその子達とはyoutubeでお互いにコラボしたりドッキリしたりご飯に行ったりダンスしたり整形したり割とエンゲージメント高い。
飲みに行ったりご飯に行ったりしても割り勘という事は滅多になくて誰かが全額、大抵払う、それは別に毎回特定の誰かが払うわけじゃなくてこの前払ってくれたから次はわたしが払うみたいな決まりのないルーズなかわりばんこ。が基本。
彼氏は別。
毎回わたしが払う。



【せのお】
タロットのLovers(恋人)ってあるだろ?あの絵、男が女を見ていて、女が天使を見ている。
男が女を見ているのは肉体に対する性の衝動、女が天使を見ているのは男女のコミュニケーションの感覚の違いを表しているんだって。
逆位置が出た場合はそのままそっぽ向かれて関係が終わっちゃうんだ。
いいよな、そんな関係。
俺、誰かを真剣に愛した事がないんだ、きっと。
だからこのタロットのLovers(恋人)のカードの、意味が分からなくてさ、逆もあるんじゃないかって思ってるんだ。
「せのおくんを見てる女の子はたくさんいると思うよ」
そう見せかけて、本当はその上の天使を見てるんだろ。
むしろ、見ててほしいね。
もし、女も男を見ていたなら、見つめあっていたなら、それは人間の恋愛は動物のそれとなんら変わらない、単なる生殖本能という事になるんだぜ。
すれ違いから始まるロマンなんてない、セックスではなく交尾をして喜ぶのはボノボだけでいい。
俺はさ、みさ、人生には情熱が必要だと思うんだ。
小さい子供のようにあれをしたいこれをしたい、好きなことをして生きていきたい、不自由から解放されて自由になりたい、そういう事を若いエネルギーに任せて成し遂げるには情熱が必要だ。情熱は十分な睡眠と肉食から得られるアルギニンと亜鉛、1日5分のHIITトレーニング、そして愛あるセックスから得られる。
愛あるセックスの無い男は、コミュニケーションに角が出る。
ジヒドロテストステロンの悪影響で内に秘めた暴力性とか残虐性とか性欲異常が歪んだ形で発現する、挙動が不自然になる。
童貞は守り続けると魔法使いになるんじゃなくて、挙動不審になるんだ。
人生に情熱を持った挙動不審者、大いに結構だが成功するにはやはり愛あるセックスが必要になる。挙動不審者が成功した事例は多々あるけど、挙動不審の成功者は皆孤独だ。
内助の功は愛あるセックスそのものだ。
みさ、体の相性ってそういうことだろ。
「どうだろ」
例えば俺が手あたり次第、寄ってくる女に対してボノボみたいにコミュニケーションがわりにセックスしていたら、みさの目には俺の顔がサルみたいに見えているだろう。
「あははは」
俺の顔はサルに似てるか。
「似てない」
何に似てる。
「ファイナルファンタジーのガンブレイカー」
…。愛あるセックスをしないで、挙動不審者になるのを防ぐ方法は何千年も前から研究されていて、それはメディテーション、禅とかヨガとかそういうもので、スピリチュアルな方向に精神を傾けるとジヒドロテストステロンの悪影響を受けにくくなる。
体の相性っていうのは、行為の後にどれだけジヒドロテストステロンが体から引いていくのを感じる事が出来るか、だ。
愛のないセックスや、歪んだ感情を抱いたセックスをすると行為の後にジヒドロテストステロンの分泌を感じる。
そういった意味で、みさが一番相性が良い。
わかる?
「みさの後は気持ち良いって事?」
そういう事でいい。
あいりとのセックスの後は全身が底なし沼に引き込まれたみたいに気分が悪くなる事はみさには黙っておいた。



【みさ】
あたしにとって“親”や“兄弟”は保証人であり緊急連絡先であり債務者であり恩人であり養うべき家族であると同時に荷物だ。
“友達”はこの世界で生きていく為のツールであると同時にツールとは何かの定義を常に見直さなければならない、いわば更新の度にアップデートを迫られるOS、アップデートを怠ったOSはセキュリティの脆弱性を突かれウイルスに侵されて動かなくなるようにその日から機能しなくなる。残念なことにウイルスバスターを使っても壊れたファイルが完全に戻る事がない場合がある、場合によってはOSの初期化を迫られる。
友達の初期化。
ブロックブロックブロック、ブロック。
一昨年、機種変したときLINEのデータが飛んで、買ったバッカの端末ぶん投げる程むかついたのに、今同じことが起こってもどうでもいいと諦められるだろう。
ツールはあくまでツールであり、替えの利かないものではないことを理解すれば人への執着や依存は消える。
某有名モノ申す系youtuberにライブ配信でこれまでの男関係を暴露されて1万とか2万とかのリスナーから“やりみさ”呼ばわりされていた時、被災者のあたしは小気味良かった。
炎上は心拍の高鳴りと心無いアンチのディスと注目されることによる優越感を生じる。
叩かれる事を覚悟して世に出て叩かれて本当に泣かずに居られた子は偉い、あたしの場合はげらげら笑っていた。笑えていた。
およそ男から見向きもされないはずの顔の造形が、主に白塗りと紅でなんとかなってしまう。
挙句の果て体が綺麗とかおっぱいの形が良いとか褒めてもらえるのだからメスとしての承認欲求がブサイクのまま満たされる事が分かった。
愛あるセックスだとか、愛のないセックスだとか、そんなことを語る人もいるけど十分なパーソナルスペースを確保しにくい檻の中に人間のオスとメスを全裸でそれぞれ適当な数放り込めば3日も経たない内に乱交が始まる。
きもいやつは嫌とかハゲは無理とかブスじゃ勃たねえとか好きな人としかできないとか愛があるとか無いとか、それらは全て衣服と距離が生み出す錯覚で、その錯覚が取り払われれば人間は簡単に、誰とでも交われる。それこそボノボみたいに。
セックスとは単にオスが射精に至るまでの性器と性器のこすれあいであり生物がそれを楽しめるように出来ているのは子孫繁栄の為の繁殖システムに他ならないが、恋愛感情とは遺伝子が求めるタイプの異性に対する脳の反応から生み出された脳内麻薬が見せる錯覚であり、錯覚に意味など無い。
その意味のない錯覚に対してあまりにも滑稽な恋愛小説だとか恋愛漫画だとか恋愛ドラマだとかが世の中で幅を利かせているが、これは錯覚に対して錯覚を見せて楽しませるという奇妙な現象だとあたしは考えている。
つまり、錯覚は人を楽しませる。
音楽室のベートーヴェンの肖像画の目が動いて見える錯覚は子供の好奇心を刺激する。
楽しいか楽しくないかは、勘違いで良い。
事実と異なっていたとしても、誰も認知しない事実なんてあってもなくても同じだ。
どうせ錯覚なら、どうせあたしの勘違いなら、楽しめる方がいい。
楽しいという感覚はおそらくこの世界で生きる上での唯一の正解で、無邪気に笑える時間の総合計が死んだとき通算されてランキングに出る、死んでからはいくら課金してもそのランキングが変わる事はない、ガチャしまくってSSR引くみたいなチートはむしろ生きてる間にやるべき、自分の順位に不満があるならもう一度生まれ変わって今度は心の底から笑える人生を送れるように行動するしかない。
そういう競争原理をあの世まで持ち込むのはシビアというか、物質世界に生きる者ならではの愚かさかもしれない。
死ねばきっと、相対的な存在から絶対的な存在である光となる。そう信じている。
絶対的な存在に、競争はない。
そんなような事をあたしはリキッドファンデとかコンシーラーとかチークとかを自分のブサイクな土台に塗りたくっている時に思った。
この顔と体に生まれてきたのは偶然ではなく、必然だ。
女という性に生まれてきたなら、自分の性を最大限に生かして人生を楽しむべきで、具体的には、どうやって金を稼ぐか、その方法が女は男よりも随分とシンプルでかつ手間がかかる。
可愛ければ可愛い程有利、と同時にややこしくなる、あいりみたいな整形monsterは自分の顔を変えていく度に精神構造のデフォルトが変わっていく、デフォルトを変えるというリセットボタン、美人整形は一発勝負だと某クリニックの院長も言っていたがそれほどに外見が与える精神への影響は大きい。何度もやるものじゃない。変形した自分の精神構造に追い付けないのは失敗した顔のせいじゃない、仮に、納得のいく外見が完成したとしても完成したと同時に完成前と精神構造が変わってしまって完成したと同時に納得がいかなくなってしまい結果、整形を繰り返すという悪循環が生じる。
どんな顔に生まれて来ようと人並みに目と鼻と口さえあれば顔の造形の方ではなく精神構造の方をマッチするようにシフトする努力をした方が、精神の健康には良い。
精神の健康の定義はリストカットの数や深さによって決まるものではない。
趣味で前腕をカットしているからといって気が狂っていると決めつけられる程一過性で人の精神構造を語るべきではない。
精神の健康を保ちつつ、自分の外見の歪みと向き合った結果が別人に化けられる程の化粧と変顔だとすればある程度の諦めとコミカルさが人生には必要。そういう精神構造で生まれてきたんだろう。
論理性に性差は無い。
ペニスがついているかついていないか、その程度の違いは単に生殖の為の役割の差であってそれが為に精神構造に大きな差が生まれるわけではない。
差が生まれるとしたら後天的な経験の差でしかなく、男は男、女は女とヒヨコのオスメスの選別みたいに魂が分けられているわけではない。
LGBTとかの存在は良いサンプル。
外見や肉体の機能と精神構造のアンバランスは決して生まれてくる性を間違えて生まれてきたわけではなく、本人はイケメンと思い込んでるのにどうみてもブサイクだったりスポーツが好きなのに運動音痴だったり漫画家なのに絵が下手だったり、その程度の歪みとなんら変わりはない。
むしろ、歪んだまま生まれたのではなく歪みがデフォルトだとすれば正常の位置が相対的であることが分かる。
他者から歪みを歪みと認識させられる事情こそが、精神構造に影響を与える後天的な経験であり、外見に意味をもたらす。
平均はグロスで見た場合の数字でしかなく、個人には一切関係ない。
装いは武器、それが、こういう仕組みの世界に対するあたしなりの挑戦状。



【プラットフォーム】
あいりーんチャンネルのドッキリ動画は再生数100万を越え、急上昇ランク#1を獲得した。
埋もれるほどの韓国海苔の中から“うわっ”とあいりが現れ、せのおを後ろから襲った。
せのおを2カメラの位置まで誘導すると、あいりがバリバリ韓国海苔を食べ始めた。
せのおと2人で韓国海苔を食べている最中にみさごろうが現れる。
みさごろうは茶碗と炊飯器を持っていて、テーブルにどかどかと置いてご飯をよそって韓国海苔と一緒に食べた。


ところがだ。


みさごろうが全然変顔をしないし全然ブスじゃない。
着ぐるみ姿に完全にキメ顔で、いつものみさごろうじゃない。
完全にブリっ子だった。
明らかにせのおに媚びながらごはんを茶碗に装い1枚1枚、ゆっくり韓国海苔を食べるみさごろうを見るあいりの視線は戦時中の新兵をしごく叩き上げ陸軍大尉殿さながらで、いや、大尉殿というよりソ連の南下を恐れる関東軍だった。
戦慄。
これはいつもの動画じゃない、まだ3:00しか経ってない。
韓国海苔を食べる音を楽しむASMR動画ではない、3人揃った絵面はリスナーから見てただただそれだけで豪華なもので、3人それぞれがフォロワー10万人越えの”インフルエンサー”、令和のアイドル、いわば人気者だった。
終わりの11:03までそんな調子で、完食まで韓国海苔を食べているだけの動画だった、コメント欄にはキャラチェンを果たしたみさごろうについて、が多かった。
なんか、せのおとの距離が近いとか。
このあとめちゃくちゃセックスしたとか。
せのおとみさごろうがすごい見つめあってるとか。
もう結婚しちまえとか。
チャンネル主のあいりのあの字も無かった。
あいりとせのおが付き合ってる事を、リスナーすら忘れていた。
パラダイムシフト、世界は変わる、昨日まで悪人だった人物が今日には正義のヒーローに変わる、やりみさ大炎上の事件は今日には完全に忘れ去られていた。
せのおは男女共に人気がある、配信は2011年からやっていて、ニコ生主だった。
古参リスナーは高校生だった頃のせのおを見ている。
プレイボーイなところは変わらない。
あいりは元々せのおのリスナーだった、せのおに認知してもらうために過去には17liveで数十万単位で貢いだ、その為に風俗もやった、もっと効率的に稼ぐ為に自分も配信始めた、Twitter,Instagram,17live,linelive,youtube,あらゆるSNSで活躍していつのまにかインフルエンサーになった、せのおと自分の立場が対等、とまではいかないまでもコラボに漕ぎつけるまでには出世した。
人気者と人気者、若者と若者、美女と美男が付き合うのは必然、自然の摂理であるかのように2人は付き合った、付き合ってまだ3か月だった。
あいりは整形していた、付き合ってからも整形を続けた。
なんで整形するのかとライブで聞かれれば、涙袋を入れたかったし鼻も気になっていたし、あごは友ちゃんみたいなのがいいって高校生の頃から思ってた、おでこにもヒアルロン酸入れたこういう形になりたかった、明日花キララみたいだって言われることもあるけどマネしてるわけじゃない、かわいくなりたかった、元々かわいかった、元々ブスだった、田舎者みたいな顔だった、ソフィスティケイトされたかった、せのおに振り向いてほしかった、なのに付き合ってからもやめられない、そんな感じの回答だった。
せのおは浮気してた。
みさごろうは化粧が上手で、せのおも化粧が上手で、メンズメイクといえばまつ毛とカラコンアイシャドー、目元が大事で、ゴリゴリV系メイクはもう流行らない時代錯誤のリーゼントキメる栃木のヤンキーみたいな存在、かわいさを軸にニュートラルな中性的メイクが基本。
最近は体も鍛えてる。
筋肉系youtuberと呼べる程ではないけど、ストリートワークアウトの動画も挙げてる、上を脱げば細マッチョな自重トレで作った筋肉が浮かび上がる。
配信で稼いだ収入は月収2000万にも上る、モテないはずがない、っていう23歳都内在住、西麻布のタワマン35階。
韓国海苔で埋め尽くされたリビングが、少しずつ顔を出す。
窓から東京タワーが見える。



【ドクターペッパー】
せのおがスーツ姿で、Yシャツの第一ボタンを開けて、謝罪動画をアップした。
一般常識のある社会人から見れば第一ボタンを上げて、ネクタイを締めるべきだ。
配信者とは浮世離れした存在であり現代の傾奇者、一般人とは異なる”乖離脳”を持つ、それ故フォロワー離れに弱い。
自分の価値観と正義はエンゲージメントで決まる。
再生数は何万かいいねが多いかバッドが多いかコメントに何が書かれているか、いちいち下まで全て見ていたら日が暮れる、しかし令和に生きる若者、傾奇者にとって自分が世界に存在する価値はエンゲージメントの他になかった、守りたいのはこれまで築き上げてきたブランディング、キャラクター。
「私があいりさんとお付き合いをしているにも関わらず、みさごろうさんとホテルに行ってしまい炎上した件に関しまして謝罪させていただきます。この度は、皆様にご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした。」
しかしリスナーから叩かれるのは謝罪動画をアップしたせのおではなかった。
乱れた髪がうなだれた、やりみさ大炎上が再び着火した。
せのおがあいりと付き合っているにも関わらずやりみさが接近した、過去のコラボ動画にもせのおと距離が近いやつが多数ある、やりみさの方からせのおの腕組んでる写真ある、とかいろいろリツイート拡散した。
みさごろうのTwitterの更新が止まった。
化粧台の上には気の抜けたドクターペッパーが一晩中置かれていた。



【みさ】
女だてら、ラグビーニュージーランド代表のやる、ハカをやってみた動画を撮影しようと思った矢先に炎上してしまったからハカが出来てなくなってしまった。
いや、炎上した今だからこそハカをやってやろうか、このままエンタメに突入してあいりに向けてハカをやってやろうか、再生数が取れればあたしは構わない炎上を鎮静化させても面白くないが動画のバッドエンゲージメントが多いとコメント欄が荒れやすい。
コメント欄が荒れると登録者離れに繋がる。
最近落ちてきた、10万再生取れるのもやっとでバズるのがまた炎上ネタ。
商法呼ばわりする子も居るけど今回はせのおのファンがしつこい。
登録解除のダメージの方が大きい。
笑えないよね。
炎上してからずっとあいりからLINEが着てる、あいりからのLINEはせのおくんがせのおくんでせのおくんをせのおくんしていた、ホテルにはせのおくんから誘ってきたんだよとか言っておいた、それに対してあいりはわたしのせのおくんをせのおくんしてせのおくんとわたしのせのおくんが、ってきた、負けずに韓国海苔の時せのおくん全然あいりの方見てなかったじゃん本当に付き合ってたの?って言っておいた、せのおせのおうるさいあいりから電話がさっきからガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン鳴ってるけど無視してる、あいりと仲良い女友達からはLINEで説教された、そいつはブロックした、せのおと仲の良い男友達はスタンプであたしをからかってくる、simejiで返す、google AdSenseからメールが来ていた、収益向上のアドバイスらしい、ブスが化粧して変身するだけのチャンネルにどんなアドバイスを最適化したんだろうね、何気なく自分の過去のInstagramを覗く、ポケモンゲットしていた、もっとさかのぼるとタピオカで埋め尽くされていた、Chloéのサングラスかけたあいりが居た、タピオカ持ってた、チーズハットグ、この頃のあたしの化粧超ブス、あいりから電話がガンガン鳴ってる、せのおからLINE着てる、未読スルー、あいりから電話がガンガン鳴ってる、せのおからLINE着てる、未読スルー。
一晩中あいりから電話がガンガン鳴ってる、せのおからLINE着てる、未読スルー。
全てのスマホの電源を落としてあたしは眠りについた、疲れてもいないしこの前の炎上みたいに心拍上がってないしどうもしてないんだけどハカも撮影出来ないしやることがない。
起きてからチャンネルの名前をみさごろうチャンネルからみさちゃんflixに変えた。
みさちゃんflixとして一発目の動画の撮影の為に、韓国に渡ってブスな一重を二重瞼に整形した。
バッドエンゲージメントの荒らしだったけど懲りずに整形を繰り返して3か月が経った、少しずついいねが戻ってきていてさらに3か月経った頃にはあたしの顔は明日花キララみたいになってた、マネしてるつもりはない。
整形動画を上げて生計を立てたこの半年間あいりとせのおはブロックしたし男友達とは誰も会ってないしなるべく人と会ってないしマスクして外歩いている。
半年の月日の経過で炎上は沈静化されて、あいりは料理動画にシフトチェンジ、脆いせのおは未だに謹慎中、あたしのチャンネルのコメント欄は無事”ごろ民”が戻ってきていて平和に盛り上がってる、あたしの顔の変化で精神構造のデフォルトはどんどん変化し、今ではAV女優にもなれるしMDMAもヤレるし他人の男寝取るなんざ朝飯前だ、そんな気分。
そろそろ男が欲しい。
リアルのエンゲージメントが恋しい。
あたしの歪んだ顔と精神構造が、youtubeのカップルチャンネルを舐めるように見漁った。

彼氏彼氏彼氏彼死

執筆の狙い

作者 あのにます
KD111239177114.au-net.ne.jp

令和を生きる若者の生き方とその行動規範のようなものを恋愛感情と炎上をテーマに書いてみました。
一人称と三人称と心理描写とオチと。
文体というか作風は、今まで自分が書いてきた中でガラリと変えています。

コメント

群青ニブンノイチ
softbank221022130005.bbtec.net

劣化速度の速い単語の羅列というのは文章作品としての例えば普遍性のような目的とは真逆にあることとは思うので、こういった場所に投げ捨てるには単純に実験効果として真っ当な体験だとは思うし、同時に大体貧弱な亢進性自家中毒的自殺に墜落するようなものがほとんどだと個人的には思っているのですが、作者的には手応えはどういったものだったのでしょうか。

>一人称と三人称と心理描写とオチ

とのことですが、それは作者的にれっきとした魂胆のもと目的通り、狙い通りに実現されたものなのかどうなのか、ご自身なりにも精査されるなり客観的に読みものとして観察されるべきのような印象はあるような気がします。
もちろんだからこそこういった場所で何らかのリアクションを得たいもののはずなのですが、なかなか感想が付きませんね。

>文体というか作風は、今まで自分が書いてきた中でガラリと変えています。

意欲的な取り組みであるつもりなら、どうしてそれを効果的にリアクションを得ることを目指さないのですか。

あくまでも個人的な印象という話なのですが、例えばこの作品と、すぐ下にある田中さんの作品、まったく似ても似つかないもののようでいてその実、わたしはやっていることはほとんど変わらないもののようなつもりで受け止めているのですが、おかしな言われ方をしているような気がしたならすみません。
個人的にはそんな印象でいる、ということです。

>一人称と三人称と心理描写とオチ

何度も申し訳ないのですが、個人的にはあまり効果的とも、むしろ手抜きのような、筆力不足を誤魔化すための悪手でしかないような印象でいることは、白状しておかなければ卑怯な気がしてしまうのでお伝えしておきます。
設計されたものなのか、便宜的に進行したものなのかはわかりませんが、各章を進むごとに勢い、精度共に低下しているのは明らかなような気がしますし、三人称のパートに至っては人称という体裁以前にただのあらすじに落ちている気がしてしまうのはわたしだけでしょうか。
三人称は、書き手にとって便利ですか。
読み手としては、エスカレーターに乗りながら吹き抜けのホールをぼんやりと見下ろしている、そんな感じでした。
便利といえば、便利なのかもしれませんが、課題に対する回答がそれとするなら、作者自身の成果としては果たしてどうなのだろうか、とはお節介ながらにも感じさせられないでもありません。

あいり、せのう、みさ、と人称を追うごとにその体裁は人称そのものを失っていくように感じさせられなくもないことは、近頃よく見かける“作者の人格を反映させるな”的な指摘における、案外あまりよろしくない有り様のように感じさせられなくもない印象を個人的には思わされたものです。
となると、狙いにある

>一人称と三人称と心理描写とオチ

という目的に対する作者自身の回答はいかなるものなのかと、例えばわたしみたいな言質はご存じのとおり全く印象の悪い屁理屈悪態こじつけの暴言くらいにしか受け止められないものですから、もっとより多くの意見やら批評に晒されてこその企みのはずだとは思うのですが、どうして作品以外のインパクトも含めて、効果的な態度を示そうとはされないのでしょうか。
そんな印象にあってもやはり、すぐ下の田中さんとよく似た態度あるいは性質のように受け止めざるを得ない気にさせられるのですが、どうなのでしょうか。
それほど魅力的な企みであると、高をくくっているということなのでしょうか。
意地悪な言い方をしてすみません。


個人的には、企むものがもはや古臭い、というのが一番の印象でした。
アイデアではなく、例えば親しみ方、のようなことのつもりで言っているのですが、わかりますか。

そういった意味においてはすぐ下の田中さんの方がさらに一枚上手の如く古臭いらしいことは明らかな気がするので、だからといってそれが救いだとは言うつもりは少しもないですし、例えばこの度の作者におかれましては、あいりや、せのうや、みさ、このキャラクターたちをキャラクターとして満喫させてあげられたのだろうか、のような欲求、あるいはやはり物語という住まわせるべき世界のようなことを個人的にはやけに気にしたくなってしまうのですが、それが例えば、

>令和を生きる若者の生き方とその行動規範のようなものを恋愛感情と炎上をテーマ

ということであるつもりであるとするなら、それはキャラクター一人ひとりにとってはまた別のハナシなのではないのか、という気が個人的にはしてしまいます。

あのにます
KD111239176189.au-net.ne.jp

>群青ニブンノイチさん
着眼点というか気付いてほしい部分に気付いてくれてると受け止めています、特に作品の革新的な部分に関して特に
>劣化速度の速い単語の羅列というのは文章作品としての例えば普遍性のような目的とは真逆にあることとは思うので、こういった場所に投げ捨てるには単純に実験効果として真っ当な体験だとは思うし、、同時に大体貧弱な亢進性自家中毒的自殺に墜落するようなものがほとんどだと個人的には思っているのですが、作者的には手応えはどういったものだったのでしょうか。

劣化速度の速い単語の羅列というのがSNSに関しての事だとするなら説明は不要という感じで書いてます、というより説明が必要なタイプの人に説明してもどちらにせよ作品を読むこと自体が難しいというスタンス、普遍性とは真逆ですね。
この作品はそういった意味では明らかに失敗作です。
タイトルから期待される彼氏とのやり取りもSNSに関してのゴタゴタが発生する要因も何もかもが半端に出来てます。しいていえばここで投稿したのはそういうところに気付いてくれた人に指摘してほしかった、あえて言って欲しかった、という事になる。

>設計されたものなのか、便宜的に進行したものなのかはわかりませんが、各章を進むごとに勢い、精度共に低下しているのは明らかなような気がしますし、三人称のパートに至っては人称という体裁以前にただのあらすじに落ちている気がしてしまうのはわたしだけでしょうか。
三人称は、書き手にとって便利ですか。
読み手としては、エスカレーターに乗りながら吹き抜けのホールをぼんやりと見下ろしている、そんな感じでした。

三人称は便利ではありませんでしたむしろ三人称のパートが一番書きにくかった、というより3人登場させて三人称で3人絡ませるみたいなのをもっと書きたかったのに何の絡みも書けませんでした。描けなかった理由を考えた結果、いつもの事なんですが書く前にキャラクターの設定をほとんど作りこんでいなかったからだと考えました。頭の中でキャラクターとキャラクターがセッション出来ないのは単に情報が足りなかったからだと考えました。
そのキャラクターの顔とか性格とか髪型とかファッションまではイメージできたけど
どこ出身で親がどんな人でどんな学校出て学生時代どういう交友関係築いててそもそもなんで配信者になったのかとかなんも情報が無かった。
エスカレーターに乗りながら吹き抜けのホールをぼんやりと見下ろしているという例えはほんとそんな感じですしかもたぶんそのホール無人ですね。キャラクターちゃんと作ってないんです。じゃあなんで1人称シーンでべらべらキャラクターがそのキャラクターらしいことを語ってるのかと申しますと↓

>あいり、せのう、みさ、と人称を追うごとにその体裁は人称そのものを失っていくように感じさせられなくもないことは、近頃よく見かける“作者の人格を反映させるな”的な指摘における、案外あまりよろしくない有り様のように感じさせられなくもない印象を個人的には思わされたものです。

キャラクターの設定を作りこんでいなかったとはいえあいり、せのお、みさはイコール私の人格の反映とはちょっと言い難いです。
私なりに色々理由つけて令和に生きる若者の生き方とかなぜそういう行動をとるのかとかこういう立場の人間だからこう考えるだろうとか、そういうの考えた結論がイコール彼らの人格というか一人称の時の語りですね。

続く

あのにます
KD111239176189.au-net.ne.jp

>群青ニブンノイチさん
続き
>それは作者的にれっきとした魂胆のもと目的通り、狙い通りに実現されたものなのかどうなのか、ご自身なりにも精査されるなり客観的に読みものとして観察されるべきのような印象はあるような気がします。
もちろんだからこそこういった場所で何らかのリアクションを得たいもののはずなのですが、なかなか感想が付きませんね。
(中略)
意欲的な取り組みであるつもりなら、どうしてそれを効果的にリアクションを得ることを目指さないのですか。
(中略)
例えばわたしみたいな言質はご存じのとおり全く印象の悪い屁理屈悪態こじつけの暴言くらいにしか受け止められないものですから、もっとより多くの意見やら批評に晒されてこその企みのはずだとは思うのですが、どうして作品以外のインパクトも含めて、効果的な態度を示そうとはされないのでしょうか。
そんな印象にあってもやはり、すぐ下の田中さんとよく似た態度あるいは性質のように受け止めざるを得ない気にさせられるのですが、どうなのでしょうか。
それほど魅力的な企みであると、高をくくっているということなのでしょうか。
意地悪な言い方をしてすみません。

(笑)
コミュニケーションは相手の印象が100%で、自分は相手の事を思いやって発言したとしても相手に『傷つけられた』と考えられてしまうと、それ以外に相手が抱く貴方のイメージは無くなってしまいます。(もちろん、逆も然りです)
その時、『私はそんなつもりで言ってない』と言って聞き入れてくれるのは顔を知っているリアルの知り合いくらいなもので、顔すら知らない人であれば印象が一度悪くなれば関係性の修復は難しい筈です。
SNSだと、印象悪くなるとすぐブロックされちゃいますから、ブロックされると意見すら相手に届かなくなりますし、相手の意見も見えません。暴言(と勘違いされてしまう意見)をはけるだけはけるのはこういう前時代的な構造の掲示板サイトならではです。
その行為に白黒つけるのは運営の役割なので私は一切それに関しては言及しません。
貴方の行為を否定もしなければ肯定もしませんし、私は貴方に暴言や悪態を突かれたと考えた事は一度もありません。
むしろ、親身になってコメントを残してくれる方だと感謝しています。結構本質的な部分で。
私自身はインパクトを人に与えて目立とうというつもりは一切ありません。
しいていえば何気なく覗いてもらったときに冒頭部分で度肝抜かれて気付いたら全部読んでたみたいな感じの作品を書けないと本物ではないと考えてます。
私が目指しているのは本物です。
群青さんから言わせれば後者の魅力的な企みの方に入るんでしょうか。
そういった意味ではこの作品は冒頭部分も含めて失敗作です。

>例えばこの度の作者におかれましては、あいりや、せのうや、みさ、このキャラクターたちをキャラクターとして満喫させてあげられたのだろうか、のような欲求、あるいはやはり物語という住まわせるべき世界のようなことを個人的にはやけに気にしたくなってしまうのですが、それが例えば、
令和を生きる若者の生き方とその行動規範のようなものを恋愛感情と炎上をテーマ
ということであるつもりであるとするなら、それはキャラクター一人ひとりにとってはまた別のハナシなのではないのか、という気が個人的にはしてしまいます。

この作品の失敗の失敗たるゆえんが多分おっしゃって頂いてるようなことです。

結構なボリュームで感想頂きまして、ありがとうございました。
私に寄せてくださったそれらの感想はご自身でおっしゃるような暴言屁理屈悪態に受け止められるようなものには私には見えません、別に媚び売ってるわけでもありません本心です。

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あいり の冒頭読んで、うんうん、と思いました。
女性の配信者はおっさんの「かわいい」コメとかに、たしかにこんな感じなんだろうな、といつも想像してます。
その通りなのか間違ってるのかはわかりませんが掴まれました。

現代に生きる者の意識を探ろうという真っ当な挑戦はすごい。
現在進行形の社会状況を、まともに咀嚼しようとするだけでも辛いのに。
自身がどう受け取っているか表現する方法の模索にもまた苦難があると思います。
私なんかは多分その辛さから逃げるために小説を使っているヘタレですが、
書くのも読むのもエネルギーを大量消費しそうな現代という題材を選んでいる作者さんに敬意を表して感想は書かねばならないような気がします。

と思ったけどやはりつらくて割と鬱いので、一読した感想だけせめて書いておきます。印象、といったほうがいい程度かもしれません。
私の場合一読目の感想と、何度か読み込んだあと自信をもって書く感想は真逆に近いものになっている事が多いです。

なるべく疲れないように緩く読んだ印象としては

あいり の中には
自分を商品として見ることができる女性的な現実主義が有って、バイオな感じ。

せのお の中には
それと相対する男性的なものとして浪漫や形式的思考、セックス崇拝

みさ はデジタルとサブカルに強そうなことが強調されている。
でも「あいり」と頭の中で再生される声が同じというか。

プラットフォーム、ドクーペッパーも人物のようだけど違いがよくわからない。

そしてそれを言えば全員、結構似てるというか、違いを強調されてはいるんだけど、色違いのパンジーぐらいな印象で止まってしまった。たしかに違うけど、全然別の植物とか動物みたいなものではなかった。


全員作者自身の代弁者だー みたいな嫌味を言うつもりはないですが、
登場人物の差異に興味が持ちにくい感じでした。差異がないのではなく。
自意識を直接に語らせすぎているというあたりにその原因があるのではないかと思いました。
「自意識を語る」という行為自体が同じだから、必然的に平坦な印象なのかもしれません。
一番だめーな言い方をすれば「桐島」方式の「何者」という感じの作品でした。独創性のある小説として完成される為の試みは途中までしか行われていないと思いました。しかし勿論、上記作の頃とはまた違う時代ですので、似たような試みをするというだけでも意義があるし、ネットを中心として生きる現代人の自意識をピックアップする以上、似てしまうのは仕方がない部分があると思います。
あとは感度を高めていくと同時に、いかに小説たらしめていくか、という挑戦なんだと思いますが、それを素直にやっても上記作の後追いになるので、難しいですね。それだけでも意味の無いことではないと思いますが。

あのにます
KD111239177097.au-net.ne.jp

>fさん
お読みいただきありがとうございます。
>あいり の冒頭読んで、うんうん、と思いました。
女性の配信者はおっさんの「かわいい」コメとかに、たしかにこんな感じなんだろうな、といつも想像してます。
その通りなのか間違ってるのかはわかりませんが掴まれました。

その感覚分かっていただけてうれしい限りです。

>現代に生きる者の意識を探ろうという真っ当な挑戦はすごい。
現在進行形の社会状況を、まともに咀嚼しようとするだけでも辛いのに。
自身がどう受け取っているか表現する方法の模索にもまた苦難があると思います。

難しく考えすぎてしまうと何も書けなくなってしまいますので、
そういった意味で一人称パートは役に立ちました。
余計な描写を省いたので本当にそこだけ語ってましたね。

>書くのも読むのもエネルギーを大量消費しそうな現代という題材を選んでいる作者さんに敬意を表して感想は書かねばならないような気がします。

それはどうもありがとうございます。

>と思ったけどやはりつらくて割と鬱いので、一読した感想だけせめて書いておきます。印象、といったほうがいい程度かもしれません。

一読していただいただけでも十分です。

>あいり の中には
自分を商品として見ることができる女性的な現実主義が有って、バイオな感じ。
せのお の中には
それと相対する男性的なものとして浪漫や形式的思考、セックス崇拝
みさ はデジタルとサブカルに強そうなことが強調されている。
でも「あいり」と頭の中で再生される声が同じというか。

そうっすね大体そんな感じじゃないっすかね。
みさはあいりと同じというかオチの部分がその辺の説明になってます。(なってないかもw)

>プラットフォーム、ドクーペッパーも人物のようだけど違いがよくわからない。
すいません、それらは三人称パートのタイトルであり人物ではありません。

>全員作者自身の代弁者だー みたいな嫌味を言うつもりはないですが、
登場人物の差異に興味が持ちにくい感じでした。差異がないのではなく。
自意識を直接に語らせすぎているというあたりにその原因があるのではないかと思いました。
「自意識を語る」という行為自体が同じだから、必然的に平坦な印象なのかもしれません。

そうですね、予定では3人称パートで3人のやり取りというかそういうので関係性とか表現したかったんですけど
全然できなかったので相対的な差異が分かりにくいですね。
その辺が自分の苦手というか今までおろそかにしてきた部分だったんだなーって
この作品を通して再確認しました。

>一番だめーな言い方をすれば「桐島」方式の「何者」という感じの作品でした。独創性のある小説として完成される為の試みは途中までしか行われていないと思いました。しかし勿論、上記作の頃とはまた違う時代ですので、
似たような試みをするというだけでも意義があるし、ネットを中心として生きる現代人の自意識をピックアップする以上、似てしまうのは仕方がない部分があると思います。
あとは感度を高めていくと同時に、いかに小説たらしめていくか、という挑戦なんだと思いますが、それを素直にやっても上記作の後追いになるので、難しいですね。それだけでも意味の無いことではないと思いますが。

おっしゃるように感度を高めていくというか
小説らしい楽しみ方がちゃんと出来るように人物と人物を絡ませていかないといけないなって考えてます。
欠陥品であることは承知の上でも、独創性ある小説であると評価されることは光栄ですが独創性においても一ひねり必要みたいですね。
課題は多いです。

>私の場合一読目の感想と、何度か読み込んだあと自信をもって書く感想は真逆に近いものになっている事が多いです。
時間があればまた何度か読み込んでいただいて真逆な感想も見てみたいですね(^^)
ありがとうございました。

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