作家でごはん!鍛練場
田中

塵と煙

「ただ、静かな場所へ行きたいの。ネオン街で夜空へ迸る嬌声を聞く瞬間、私は、強くそう思う。それか早朝、無関心と切望が入り混じった雑踏の声を聞く瞬間。それか波間、愛しい誰かを深く抱き締めるとき。強く、思う。だけどそれらのどの瞬間も、寂寞を閉じ込めた暗い部屋で咳をするそのたった数秒で、どうしようもなく幸せなひと時にすり替わってしまう」
 黒い波が、まるで嗄声のような音を鳴らしながら、よっては返している。星は見えるだけで、世界を照らさない。
「私は考えるの。愛する人々と共にいる時に、なぜ酷い孤独を感じてしまうのかって。何かを美しいと思うその数秒、なぜ目の前の物体は酷く浅はかに変わってしまうのかって。そしてなぜ、孤独を理解しようと思えば思うほど、人は孤独にはなれないのかって。実際、この世界は恐ろしいほどに、そんなルールで回ってる。独白も、告白も、宣言も、哀悼も、本心であればあるほどにその意味をなくし、塵のようになってしまう。誰かが何万字も費やした小説も、たったの数秒の沈黙に敵わないことすらある」
 僕は月を眺めたまま、彼女の横顔を親指で撫でた。
「ただ言葉に縋るしかない人間は、そういう意味で言えば、この世界では全くの無力だし、塵でしかないんだよ」
 彼女は、そんな事を滔々と話した。彼女の左手で煌々と燃えていた煙草は、もうすぐその生命を終わらせようとしていた。彼女はそれに気づくと、さも愛おしそうに瀕死の彼を咥え、彼の最後の魂を吸い込み、骸を黒い海へと投げ込んだ。彼女が行く先を見届ける前に、彼は暗闇の中へ身を隠した。「資本主義の権化だ」か「彼も本望だよ」のどちらかを言おうと思ったが、結局静かにしていた。少し前に誰かが、「女が話し終わった後は、黙っておくのが吉だ」と言っていたのを思い出したからだ。彼女は骸が消えてった方を少し眺めると、煙草の煙と白息の混じり合った息を吐いた。それは、黒い海に目を向ける事なく、星の輝く空へと走っていった。私はなんだか、神話を見ているような妙な気分になった。
「ねえ君、女性が話し終わった後は『そうだね』って言うのがマナーだって習わなかった?そうじゃなければ、黙って帰るかしないと」
 彼女が僕を見て言った。それを聞いて僕は徐に立ち上がり、永遠に嗄声を上げ続けている黒い海の方へ歩いて行った。ふと、彼女が魂を吸い上げた骸の行方が堪らなく気になったのだ。彼女は何も言わないままだった。
 彼の骸を見つけるのに、そう長くはかからなかった。それは、より返した波の手が届かない場所で静かに眠っていた。その体は惨めなほど短く、ボロボロだった。砂の中で安らかに眠るのが彼の幸せだったのか、波に攫われて誰も知らない場所で漂うのが彼の幸せだったのか、今の僕には計り知れなかった。ただ、骸の数センチ前まで来て、それを攫わない波を見て酷く食傷した気分になった。なぜかは分からない。
 僕が骸の前で佇んでいると、後ろから彼女の近く足音がした。振り返ると、彼女は新しい体からまた魂を吸い取っているところだった。僕は彼女にバレないように、人差し指で彼の骸を撫でた。
「なんで君は煙草を吸う私をそうも蔑んだ目で見るのかしら。私こんな日以外はマナーは守る方よ」
紫煙を纏った彼女は、話している間に何かを思い出したのか、少しだけ顔を歪めた。
「僕はどうしようもない人間だから、救いようの無い物が堪らなく愛おしいんだ。君だって同じだろう、愛しいものが傷つけられたら嫌になるはずだ」
「私が救いようの無い人間だっていうわけ?」
「違う、君は、、、」
「君に愛されることが、救いようのない何かになることだっていうのなら、私は遠慮する」
「君は強い人だよ。だから愛してる。ただ、愛おしく思うことと、愛することは似ているようで決定的に違う」
 彼女は少し逡巡するような表情を浮かべ、それから少し笑った。波がまた一段と大きく嗄声をあげる。ふと足下を見ると、枯れた切った花が一輪、足元に転がっていた。
「だから私は君が好きだよ」
そう言って、彼女は足元の煙草の吸殻に目を向けた。そして横たわる一輪の枯れ花に気づくと、例に倣ってそれをとても愛おしそうに拾い上げた。その花には、花弁が一つしか残っていなかった。
「この子は、どこから来たんだろう」
彼女はそう呟くと、その花弁を引きちぎり、そっとライターで燃やした。その花弁は、焦げた匂いと矯正を放ち、煙となって星空へと向かっていった。僕はひたすらに彼女を見ていた。ライターの炎に照らされた彼女の表情は、僕が見たどんな瞬間より愛おしさに満ち満ちていた。僕は言った。
「君は今、静かな場所に行きたいと思う?」
彼女は短くなり始めた煙草をまた一口吸い、煙に変えた。
「ううん、思うわけないよ、君が隣にいるから」
僕は彼女が堪らなく愛おしくなって、彼女の横顔を人差し指でなぞった。彼女の蒸した煙は、変わることなく空へ昇っていった。

塵と煙

執筆の狙い

作者 田中
KD113154195161.ppp-bb.dion.ne.jp

優しさってなんだろうと考えることが多くなって、一度心にあった情景とか言葉を吐き出したいと思いました。

コメント

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

一度読んだだけでは、読解力がないのでよく分からない。
なんとなくナルシスト感はあるね。

田中
KD113154195161.ppp-bb.dion.ne.jp

偏差値45さん、コメントありがとうございます。それは偏に僕の表現力不足だと思います。こんな駄文に目を通していただいてありがとうございます。ナルシストなのかもしれません笑

ラピス
sp49-104-15-29.msf.spmode.ne.jp

私もナルシシズムの濃霧に先を阻まれて、読み進めることができませんでした。陶酔する気持ちを抑えて書いてはいかがでしょうか?

台詞は日常で口にしても恥ずかしくない内容にしたほうが良いですよ。
それから知人に喋って、意味が通じるか確認されたし。

松岡修子
153.251.149.210.rev.vmobile.jp

意味不明なことを言う女、意味不明なことを考えている男、吸い終わった煙草を海に捨てる非常識な女、なのにこの二人はどうやら愛し合っているらしい。理解不能です。割れ鍋に綴じ蓋を説明するための掌編ですか?

『気絶するほど悩ましい』という曲を参考にしてはどうでしょう? わけのわからないことを言う馬鹿女だけど離れられない馬鹿男の歌です。
二人共馬鹿ならこれくらい突き抜けてるほうが嫌味がなくて良いです。
性悪で馬鹿だけどイイ女、色ボケで馬鹿だけど可愛い男に思えてきます。

中途半端にカッコつけて二人共自己陶酔してるバカップルの話は読んでも楽しくありません。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

うーん。
表現の灰汁をざざーっと流して読んだら、昔の洋画のワンシーンみたいなそういうムードを感じたりして。
それでもちょっとモノクロの字幕映画に近い感じはあるけど。

あの、なんか、やっぱり、思ったのは昔ってこの小説みたいに「タバコってファッション、いや生きる標として、物凄く肯定されてたんだな」っていう。(そりゃ洋画とか、その男女のロマンスとかもそうなんだろうけど)
今の時代だったら、「海岸に投げタバコかよ! なんでぇ!」もあるし、「もうさ健康に悪いだろう」とか、「もうタバコって大人のマナーじゃないだろ勘違いすんな」とか。そんな冷ややかな時代なのかな。大げさだけど。

うーん、自分は喫煙をしないノンスモーカーなんで、そういう今の方が生きやすいのがあるし、やっぱりタバコをお洒落なものとして歌っていた時代には戻りたくないけど、それだけにこの時代に憧れとしてあったタバコの煙に混じった温度、優しさというものにどうしてもそれが今じゃなくても、書きたくなってしまって、それで酔ってしまうようなタバコを「躯」とか言っちゃう気持ちは、少しだけわかるような、感じるような。

表現とかが話題になったけど、それよりも深刻なそのタバコに象徴される価値観の輝きが失われていくこの現代に、この田中さんはこの作風とかこういうのを目指すなら、どこを向かって歩くのだろう。そこにはカッコよく言えば暗澹たるものが聳えているような気もするけど、それでも歩くのか。

なんか変な妄想をしてしまって、楽しんでしまいました。
なんか失礼な読み方だと思うんですけど、ごめんなさい。

田中
KD113154195161.ppp-bb.dion.ne.jp

ラピスさん、貴重なご意見ありがとうございます。もう少し受け入れやすい表現を目指そうと思います。

田中
KD113154195161.ppp-bb.dion.ne.jp

松岡さん、ご意見ありがとうございます。ご紹介して頂いた曲を参考にしてみたいと思います。

群青ニブンノイチ
softbank221022130005.bbtec.net

上のあのにますさんへの感想で引き合いに出してしまった手前、遅ればせながらお邪魔させていただきます。
勝手なことでどうもすみません。

単純に、小説と名乗るなりにはこういったものが通用するような時代は、あるいは需要として広く許してもらえるような時代はとっくの昔に終わっているはずと個人的にはよくよく思わされるものですし、それは何も太宰や三島や夏目がポンコツになって捨て去られて然るべきのようなことを言っているつもりなどは微塵もなく、ただそういった普遍性のようなことに差し出したがる側の人間がこれみよがしにへばりつきたがるような自惚れたような有り様は、差し出される側からすれば鼻つまみモノには違いないよなあ、というかなりガサツだし乱暴な意識の上で言っていることにこそ違いありません。

単純に、読者がいるという意識を前提にするなら、何も書かれていないこととほとんど変わらないのではないのか、というのが乱暴ではあるけれど個人的にはれっきとした一意見のつもりではいます。

表現、という例えばそんな言葉に甘えたような鼻の高さや、そういう印象を単純に思いつかせがちなものが個人的には好きではありません。
その線引きはあるいは単純なものでもなさそうなことはわからないでもないのですが、こういった書き捨て方のようなことは単純に、差し出される側である読者の要求や興味という目的の一つを知りながら、それに目を瞑っただけ、臆病に見捨てただけのケチなのような表現欲求の域を少しも出ていない、という印象であることを言いたいのだと思います。

これは、読み手として存在してほしいはずの自分以外に向けて書かれたものとは個人的には思いたくないような気がする、ということです。

田中
133.9.45.253

えんがわさん、このような作品に建設的な解釈を与えてくださって本当にありがとうございます。本当に個人的で醜い文章を読んでいただいて光栄でした。

田中
133.9.45.253

群青ニブンノイチサン、コメントありがとうございます。まさにおっしゃる通りです。自分の暗鬱な気持ちを吐き出すだけの目的で、この文書を書きました。「人に伝わる」形へ改良していきたいと思います。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内