作家でごはん!鍛練場
かろ

メロンさんに会うために

 『メロンさんに会いに』


急いで学校から帰宅すると僕は部屋のカギを掛けた。べつに掛けたところで誰も気にしない。
僕は今からゲームをする。お菓子やジュースはいらない。
時間を確認すると17時36分。間に合った。
窓から見える街路樹は葉っぱが一枚も見当たらない。エアコンはつけておこう。
右手の母指内転筋を軽くもみ、埋め込まれたマイクロチップの感触を確かめる。そして目を閉じ一息はく。
スマートフォンを持った左手に汗が滲んでいる。僕は、剣を持って構える勇者のアイコンをタップした。画面が黒くなる。そして
『Travelers~あなたの旅日記』
そう表示されフェードアウトしていく。次に画面中央に青い円が点滅し、その下に
「マイクロチップをかざしてください」と表示された。
僕はスマホに右手をかざした。チリンと音がした。スマホからではなく僕の頭の中から音がした。目の前が真っ暗になる。
今日はメロンさんに会えるかな?

村のBGMが鳴りだした。のどかな音楽。鳥の鳴き声も聞こえる。
「ようこそおいでくださいました、かろりさま。旅のご無事を祈っております」
村の教会のシスターが僕を見つめていた。さあ今日も冒険をするぞ。

村にはたくさんのプレイヤーであふれていた。年齢もさまざまで小学生ぐらいのプレイヤーもいたし、腰の曲がったおばあさんのプレイヤーもいた。僕と同じ高校生くらいの人もいた。

僕と同じといっても実際はわからない。なんせ僕の姿はTravelers~あなたの旅日記、トラあなの世界では25歳に設定してある。そして性別も設定できるから、きっと男でも女性でプレイしている人もいるはずだ。

僕の頭のターバンが風でかすかな音をたてる。地面の土には草も生え、小さな虫もいる。春のような陽気だ。

初めてプレイした時は驚いた。小学校のころ夢中でプレイしたVR、そんなものではなかった。

実際にここにいるんだから。

背中にはこん棒の重みを感じるし、すぐそばの民家からシチューの匂いも漂ってくる。窓から家の中をのぞくと小太りなおばさんが台所で鍋をかき混ぜていた。
その頭の上には『カンザ』と緑色の文字で浮かんでいて、それは『NPC』(ノンプレイキャラクター)を表すものだ。

民家の外には大きな壺が置いてある。僕はしっかりとのぞいた。中には金貨が入っていた。100円玉や500円玉ではない。中央に王様の顔が掘ってあって『8』という数字が浮かんでいる。8ゴールド。手に取るとずっしりと重かった。

僕は腰にさげた四角い貯金箱のような小さな箱に金貨を入れた。入れた途端、重みは無くなった。

そろそろかな?

頭の中で現実世界の時刻を思う。『18:00』文字が浮かび確認すると、僕はその文字を消した。約束の時間。

頭の中で思えば、色々なメニューを開くことができる。

僕は『友だちリスト』を開いた。

メロンさんはまだログインしていなかった。

昨夜のことだ。
夕食やお風呂を済ませた後、僕はまた部屋にこもった。夕食のカレーライスはほとんど噛まずに飲みこみ、風呂は髪にシャンプーをし、その泡で体を洗った。湯船には流し残った泡が浮かんでいた。

髪も乾かさず部屋の鍵をかけすぐにトラあなにログインした。

ラーンの村。一番最初の村。

昨日はトラあなの発売初日でサーバーの接続障害もあったし、何よりこのゲームのプレイの仕方がわからなかった。二日目の今でも分からないけど。

本当に大勢のプレイヤーがいて、まるで花火大会の人出のようだった。それは言いすぎか。

話し声もすごかった。
「おお、なんだよこのゲーム。現実そのままじゃん」
「あそこの宝箱取った?」
「お~い、こっちこっち」
「やくそう意外とうまいな。苦いと思った」

僕は村長に会いに行こうと思った。
「村長に会いにいけばいいっぽいよ」
そんな話声が聞こえたからだ。

村長の大きな屋敷にたくさんのプレイヤーが向かって行く。すると、そのプレイヤーたちが突然消え、また現れるプレイヤーもいた。
僕も村長の屋敷内に入った。周りの人達が消えた。
ムービーイベント的なものか。そう思った。

村長の屋敷の中はほとんどが木で造られていた。壁には剣が飾ってあったし、重そうな鎧も置かれていた。
僕はメイドに話しかけた。少し緊張した。
「あの、そ、村長さんは?」
どこにいますか?が言えなかった。
「あらこんにちは。村長さんならそのドアの奥よ。用があるなら静かに入ってね」
僕は木製のドアをノックした。2回にしようか3回にしようか迷ったけど2回にした。
「どうぞ」
ドアの奥から声がした。僕はそっとドアを開け中に入った。

村長は僕に顔を向けずにベッド越しに立っていた。近づくとベッドにはブロンドの女の子が寝ていて、額にタオルを当てていた。目をつぶっていて息遣いが苦しそうだった。

その少女は『ルア』と言うらしい。お昼に山に咲くお花を摘みに行ったところ、魔物に噛まれたらしい。その魔物は山に住む主のような存在で、噛まれるとそのうちミイラになってしまうのだそうだ。

「わしの誕生日にあの山のお花をとルアは内緒で……ううう……。旅のおかた。たのみがあるのじゃ。あの山の山頂のどこかに、月に照らされた間だけ咲くムーンフラワーという花があるそうじゃ。それを煎じて飲めば魔物の呪いが解けるという。わしはもう歳じゃ。村の者も腕に自信があるやつはおらん。どうかムーンフラワーを摘んできてはくれまいか?」

「あ、はい」
僕は小さくうなずいた。べつに嫌なわけじゃない。ルアを助けたい。でも恐かった。僕は今までケンカもしたことがないし、ましてや魔物と戦ったこともない。

僕は村長の部屋を出た。メイドは台所でお皿を洗っていた。旅のヒントにならないかと書斎を見ようと思った。

書斎にはいくつもの本棚にたくさんの本が並んでいた。部屋の奥の壁に小さな写真が貼ってあった。笑顔で笑うブロンドの女性だった。裏を見ると『ランラン』と書かれていた。

村長の屋敷を出るとまたたくさんのプレイヤーが現れた。

さてどうしようか。

僕は村長から受け取ったゴールドでこん棒とターバンを買った。武器屋のおじさんが装備を教えてくれた。鏡で自分の姿を見たら現実の僕の姿じゃなかったから変な感じもしたし、ターバンを巻いてもらって冒険者って気にも少しはなったけど恥ずかしかった。



 やくそうを2個買ったらもうゴールドはほとんど残っていなかった。さっきまでは晴れていたのに空には灰色の雲が覆い、そして動いていた。手に届きそうだった。

 よし。

 僕は村の外へ出て魔物と戦ってみることにした。村の中ではあいかわらずたくさんのプレイヤーがあっちに行ったりこっちに来たりとにぎやかではあった。
 村ののどかなBGMを聴きながら僕は一歩村の外へ出た。右手にこん棒を持つ。

 BGMが変化した。ゆるやかな傾斜のある広大な草原。降り出した小雨に草の匂いがよりいっそう感じられた。
 そしてあちこちでプレイヤーが魔物と戦っていた。斧を重そうに振りかざす女性や素手で殴る男性、一撃で魔物を倒し、落としたゴールドを腰の箱に入れている者、なかには「いてて」と言って村に戻っていく者もいた。
 その時僕の後ろからポワンポワンと音がした
 振り返ると緑色のスライムが跳ねながら僕に向かってきているところだった。大きかった。バランスボールほどの大きさのスライムが一段と大きく飛び跳ねた。僕は尻もちをついた。
 BGMが切り替わった。それはわかったけど、その時には僕はスライムの体当たりを受けた。本当にバランスボールのように弾力があって僕は背中を地面に打った。
 びっくりした。そして恐かった。空中に数字が浮かんでいる
 HP12/15
 一瞬で判断した。ダメージ3だと。そんなふうに頭で思ったわけではない。判断した。
 僕はこん棒を両手で持ってかまえた。野球は下手だけどそんなかまえになった。スライムはプルプルしたまま様子をうかがっているようだった。よし。
 おもいっきりこん棒を振った。手ごたえはあったけど反動でこん棒が少し押された。
 緑色のスライムは緑色の草原を転がった。転がりが治まるとまたポワンポワンと僕のほうに向かって来た。僕はもう一度こん棒を振った。またもしっかりとスライムにヒットした。だけど手が滑ってこん棒を投げ出してしまった。
 スライムは転がっていき、ポワンと消えた。
 自分の息遣いを感じた。疲れたわけではない。驚きと緊張と恐怖に僕は息切れしていた。草原のBGMに戻っても僕はその場に立って動けなかった。腕には擦れた草と泥が付いていた。

「大丈夫? はい、これ」

 それがメロンさんとの出会いだった。メロンさんは僕にこん棒を手渡し、にこっと笑った。
昨日の、小雨の降る草原でのことだった。


「ありがとうございます」
 そう言って僕はこん棒を受け取った。メロン色をした頭の上に『メロン』と字が浮かんでいた。僕の頭の上には『かろり』ってあるんだろうな。
 そんなことを想いながら見たメロンさんは大人の女性に見えた。でも何歳なのかは全然分からなかった。
実際の僕は16歳。来月17歳になる。一つだけしか違わない三年生たちですら大人に見えるし、それ以上の年齢となると僕がしているアルバイトのハンバーガーショップ先の『水月』さんが21歳だったかな。もう完全に大人。
年齢は高校生までしかよくわからなかった。
「それにしてもすごいゲームだよね。何からなにまで本物じゃん」
「僕もびっくりしています。実際に痛みも感じるし」
 僕は自分の腕の土を払った。。
「なんか村長のところ行ったら、あの山に行ってくれって言われたの」
 向こうに見える山を指すメロンさんの指がきれいだった。
「ムーンフラワーを取りに行くんですよね」
「そうらしいんだけど。ま、お互いがんばろうね」
 またにこっと笑ってメロンさんは草原を走っていった。メロン色をしたショートボブの頭がメロンに見えた。
「メロンさん」
 僕は大きな声で、走っていくメロン色のショートボブの女性の名前を呼んでいた。

 ログアウトをして布団に入ってもなかなか寝つけなかった。
 あの後メロンさんと『友達』になったこと。一緒にスライムやゴブリンを倒しながらレベル上げをしたこと。
スライムが3びき出てきた時は大変だったこと。二人で逃げようとしたら回り込まれたし、ヘトヘトになったメロンさんはやくそうを持っていなかったこと。僕が手渡したやくそうを「ありがとう」と膝に手を置いて飲んだあと「苦っ」と言ったこと。
僕のターバンを見て「あたしも欲しい」と言い、防具屋でターバンの色選びに10分以上かかったこと。
なぜ『かろり』という名前なのと聞かれ、朝寝坊した時用に置いてあるカロリービスケットをたまたま思い出したからと答えたこと。
「なんでメロンさんは『メロン』さんなんですか?」
「メロンが好きだから。ただそれだけ。ひねりがまったくないの。へへ」
 と言った声がとても僕は好きだったこと。
 明日18:00にまた一緒にゲームをしようと約束したこと。

 そんなことを電気の消えた真っ暗な部屋の天井を見つめながら思い返した。目を開けていても真っ暗で、目をつぶっても真っ暗なままいつの間にか眠っていた。



 18:32。
「ごめん、かろり。遅れちゃった」
 脳内チャットを通してメロンさんが話しかけてきた。
「待ったでしょ? ごめんごめん」
「いや、僕も今インしたばっかです」
 実際は時間つぶしに村長の書斎にある『冒険の手引き書』を読んで知識を積んでおこうとしていたけど時間ばっかりが気になって全然頭に入らなかった。そして遅刻した理由というか、メロンさんは現実世界では何をしている人なのだろうと思った。
「村の入口に集合ね」
 そう言われ村の入口に向かうと大勢のプレイヤーの中で、飛び跳ねながらこっちに手を振るメロンさんの姿が見えた。僕はというと、小さく手を振り返した。少し恥ずかしかったから。
 僕たちは、ルアに呪いを解くムーンフラワーを摘みに山に向かった。今日はメロンさんはやくそうを5つも持ってきていた。


 村から草原の中を伸びる一本道をメロンさんと二人で歩く。時々魔物を倒しては「レベルなかなか上がらないね」とか「弱点はあそこじゃないかしら」とゲームの話題ばかりが続く。
 17年間の人生、僕はこんなに一人の女性と接したことがなかった。ゲームの中では少しだけ現実よりも話せることができている気がする。ゲーム上の設定が25歳だからかもしれない。
 メロンさんに歳を聞いた。
「あたしは22歳よ」
 そう言ったけどそれはゲームの設定年齢だろう。だってぼくだって「25歳」って答えたんだから。
 道なりを進んでいくとボロボロの木でできた道しるべが建てられていた。左は『ササラ海岸』。で、右が『ブルーニャ山』とあった。
「こっちね」
 メロンさんは右の道を進んだ。あとを追う。
道は山をらせん状に反時計回りにできているっぽかった。
群れカラスが4体現れ、メロンさんの髪を細長いくちばしがつつく。
「なによこれ」
 メロンさんは頭の上で木の棒を振り回したけど、群れカラスは近づいては離れまた急降下を繰り返した。僕は肩を何度もつつかれた。僕たちはいったん逃げた。
「ちょっと敵強いわね。こんなんじゃ山頂までたどり着けないわよ」
僕たちがやくそうを飲み息を整えているとイベントが発生した。
山から傷を負ったプレイヤーが何人も降りてくる。その中に明らかに僕たちとはいでたちの違う集団が自信満々の顔で山を下りて行った。
「なんかとんがった帽子かぶっている人とか杖を持った人いましたね」
「あ、魔法使いとか僧侶じゃない? あたしたち無職だもの。どっかに転職できる場所があるんじゃない?」
どっちみちやくそうも数少ないし、僕たちは一度ラーンの村へ戻った。

村に戻り僕たちはもう一度村長のところへ向かった。
 あいかわらずルアは寝込んでいた。少しほほがこけたように見える。村長と僕たちはルアの部屋をいったん出て応接間に向かった。
「あの、ブルーニャ山に行ったんですけど、敵が強くて山頂まで登れないのです」
 僕が言うとメロンさんが
「どこかに転職のできるところってありませんか?」
 と付け足した。すると村長が
「それなら教会にいる『ヒヒリ』シスターに聞いてみてはどうか?」
 僕たちは村の教会へ向かった。なかなかすんなりお話が進まない。ま、ゲームってこうだよな。そんなことを考えながら。

 教会にもたくさんのプレイヤーがいた。みんな同じペースで進んでいる感じ。メロンさんはヒヒリシスターに事情を説明した。静かな優しい声でヒヒリシスターは言った。
「こちらで転職ができますよ」
「やったー」
 僕とメロンさんは顔を見合わせて喜んだ。
「ですが……」
 ヒヒリシスターはうつむきながら続けた。
「転職をするには身を清める『ササラの塩』が必要なのですが……、このところ魔物の数が増えてきたせいでササラの塩を取りに行くことができず切らしているのです。すみませんがもし転職を希望……」
「取りに行こう、かろり」
 メロンさんはヒヒリシスターの話を最後まで聞かずに教会を駆けだした。僕はシスターに頭を下げメロンさんのあとを追った。

 道しるべを左に折れしばらく進むと潮の香りと一緒に真っ白な砂浜と薄い水色の海が一面に広がっていた。
「潮ってどれよ」
 浜辺でもたくさんのプレイヤーがあちこち動き回っていた。僕たちも必死にサララの塩を探した。
「ないなあ」
 その時頭の中でピポピポピポーンと音が鳴った。続けて
『大変申し訳ございません。ただいまササラ海岸で不具合が起きています。メンテナンスを行いますので22:00よりゲームを一時中断とさせていただきます。プレイヤーのみなさまには大変ご迷惑をおかけします。復旧しましたらアプリ画面にてお知らせいたします。何卒ご了承くださいませ』
 浜辺で大ブーイングが起きた。僕もいらだった。いいところだったのに。
「まあしょうがないじゃん。これもゲームの楽しいところよ」
 メロンさんがそう言ったので僕もそうだな。と思った。
「今日はもう遅いし、また明日しようよ。明日また18:00はどう?」
 僕は困った。明日はハンバーガーショップのバイトがある。終わるのは21:00。でもバイトがあるなんて言えない。
「明日ちょっと用事があって。21:30ころならログインできるかも」
「そっか。じゃあそのころもしできたら一緒にしよう」
「あ、先進めててくださいよ」
 本当は一緒に進めたかったけど。僕のために待っていてもらうのも悪い。
「そう? わかった。また今度なんかしようね。じゃあおやすみ」
 メロンさんはその場で青い煙に包まれてログアウトした。ログアウトしたその場所の白い砂は一粒も動いていなかった。
 


 自動ドアが開くと、首のマフラーを巻きなおすお客と一緒に、店内のゆったりとしたカフェのBGMが聞えなくなるくらいの強い風の音がした。
「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」
 僕はステンレス台の前に立って店内の時計を見た。19:57。さっき見た時は54分で、あれから5分はすぎていると思ったのにまだ3分しかたっていない。そんなことばかり繰り返していた。
 頭上の液晶が鳴った。『テリヤキバーガーセット』の緑色の文字がディスプレイに映っている。その文字に願望が重なる。
『バーサーカーソード』そしてあの世界では文字が空中に浮かんでいるのに。
 バイトを始めて3か月。僕はどのくらいテリヤキバーガーを作って包装紙に包んだだろう。そんなに多くはないか。レベルでいったら6とか? そんなことを考えながら
「テリヤキです」
 とレジのほうへ滑らせた。そして時計を見る19:59。
 あと一時間。長い。
 今日はいつにもましてバイトに対するやる気がなかった。早くトラあなにログインしたかった。今ごろメロンさんはササラ海岸でササラの塩を取って転職しているはずだ。
 そしてもう一つやる気のない理由があった。今日は同じバイトの先輩の水希さんとシフトがかぶっていない。17:00にあがったっぽかった。僕よりすこしだけ先にここでバイトを始めたって言っていた。たまに休憩がかぶった時は、お店の商品を店員割引で買ったポテトやハンバーガーを食べきれずに僕にゆずってくれた。一度だけおごってくれたこともある。そしていつも僕はうまく会話をすることができない。何を話していいかわからない。
 大学生だと言っていた。僕には大学の世界のことはまったくわからないから推測になっちゃうけど、勉強の時間割みたいなのも高校とはちがうんだろうなと考えている。
 お店の赤いユニホームを着た水希さんはすらっとしていて、キャップから垂れる結んだ茶髪の首筋が白いのを僕はいつも調理場からこっそり見ていた。
 「お先に失礼します」と言って帰るときの水希さんは、しっかりした、きりっとしたようなユニホーム姿とちがい、少し幼くなったような、僕ら高校生とはちがった大人の子供っぽさのかわいらしさがあった。唯一、勝っているという言い方をするなら、僕の身長が少しだけ水希さんより高いことぐらい。
 僕はオーダーされてくるハンバーガーを作った。焼けたパティにピクルスを載せケチャップのボトルを逆さまに持ち、押す。
 プスーっと音がしてケチャップはいくつもの小さな点となってパティに飛び散った。補充する。

 タイムカードの打刻を見るとカードが上がりきらないうちに僕が引っぱったせいで
インクが上下に伸びていた。更衣室での着替えではズボンに脚を通そうとしたらよろけてそばの椅子に太ももを打った。我慢していたトイレを済ませ、手は水でさっと濡らしてズボンでぬぐうかたちで洗った。
「お疲れさまでした」
 従業員専用の裏手から出て自転車に乗る。暗くて鍵が差しづらかった。またがってペダルよ漕ぐ。
 澄んだ夜に信号機の赤や緑の色が濃く見えた。家まで12分。急いだ。冷たい向かい風を急いだ。


「ご飯は?」
 階段を駆け上りながら下から母の声がする。
「食べてきた」
 一応少しだけ大きな声で言う。母に聞こえているかはわからない。そんなことより今は何時だ?
 僕は部屋に入り鍵をかけ、脱いだ学生服を敷きっぱなしの布団に放り、学校のジャージを装備した。いや、着た。その間に時計を見るのを忘れない。21:18。
 僕はスマホを手に持ちトラあなにログインした。

 真っ白な砂浜には今日もたくさんのプレイヤーがいた。不具合は治っていると昼間学校の休み時間に確認してある。
 昨日よりも薄い水色の波は強かった。波は浜辺の近くで白くなって押し寄せ、僕の立っているわずか数センチのところで引き返していった。
 友達リストを開く。空中に映像が浮かぶ。僕のたった一人のゲーム友達はどうやらラーンの村にいるらしい。一息吐いてから言った。
「こんにちは」
 本当は「こんばんは」なんだけど、浜辺は曇り空ではあったけど昼間。5秒ほどたって
「こんにちは」
 というメロンさんの声が聞こえた。
「どこまで進みましたか?」
「あ、えーっと、ササラの塩取ったよ。そこまで」
「そうなんですか。どこにあるんですか?」
「えーっとね、ひみつ」
 カモメに似た鳥が上空で「グギーッ」と鳴いた。
「教えてくださいよ。てか転職しました?」
「それがまだなの。今そっち行くから待ってて」
 浜辺には魔物が一匹も見当たらなかった。とてもきれいな海岸だ。
僕はメロンさんを待っている間、浜辺に落ちている貝がらできれいなものはないか探した。自分の勇気に限りなく可能性を感じないけど、もしかしたらその勇気が湧いてくることがあるかもしれない。好きとかじゃない。感謝の気持ち、「ありがとう」として。
 赤い手のひらほどの巻貝。
 僕は割れないように布に包んで道具入れに入れた。

「お~い」
 声のほうを振り向くと、メロン色をしたショートボブのメロンさんが浜辺をこっちに向かって走ってくる。変な走り方だなと思った。砂浜に脚を取られて、あ、これは転んじゃうんじゃないか。と一瞬思ったけど、片方の膝を砂浜についただけで転ばなかったからよかった。
「おまたせ」
 右脚の青い旅人のズボンに白い砂が付いているのもかまわずに得意げにメロンさんは僕の前で背筋をのばした。
「では、ササラの塩はどこにあるでしょう?」
 いじわるな顔をしてメロンさんは言う。僕は浜辺を見渡してみた。一面に広がる白い砂浜と薄い水色の海があるだけだった。
「降参です」
「早いね。少しは考えなさいよ。まったく。正解はジャガジャガジャガージャン。この砂全部がササラの塩なんです。残念でした」
 え? これが? ただの砂じゃないか。
 と思い、声に出たのは
「だったらとても簡単じゃん。こんなんだったらヒヒリシスターでも村の人と取りにこれるじゃん」
「だから早く取って村へ戻ろう」
 メロンさんがそう言ったけどなんだか目があやしかった。まあでも急ぐか。
 僕はササラの塩を取って村のほうへ歩いた。その時
「ま~~~て~~~」 
 巨大なタコの大木ほどのある足が僕の行く手をふさいだ。その足を目で追って行くと海の中から巨大な丸い頭が出てきた。
「どこへ持っていくんだ? ここの浜辺は俺が500年間かきつづけた汗でできた、いわば俺の分身だ。欲しかったら1万ゴールドよこせ」
「そんな大金ありませんよ。少し分けてください」
 僕はササラタコにお願いした。
「ならばここから一歩も先へは進ません」
 僕は困った。メロンさんを見ると無表情だった。たしかにこの塩はササラタコ自身が長年かけてきれいな白い海岸にまでした大切なものだ。タダで下さいでは失礼だ。でも、これがないと転職できない。
 ササラタコはべつに僕に危害を加えようとしているわけではないらしい。
 僕はその場に立ったままどうすればいいかわからなかったし、メロンさんも何も言わなかった。時間が過ぎていく。
 太陽が僕を照り付け、ササラの浜から照り返す熱を感じる。僕のこめかみを汗が流れる。
 その汗が浜に落ちた。
 シューッと音がして僕の汗が浜の上でほんのほんのわずかな塩になった。そしてササラタコは言った。
「わかったか。そうやって俺が500年かけて作り上げた塩の浜辺だ。それがわかればもういい。持っていけ」
 ササラタコは海に帰って行った。
「よかったね」
 そう言うメロンさんも額に汗をかいていた。
「すみません。こんな暑い思いをさせてしまって」
「いやいいの。中にはササラタコを力ずくで倒そうとしたプレイヤーもいたよ。みんなケガしてたけどね」
 そうなのか。僕は、悪くない魔物もいるんだな、と思い、ササラタコの気持ちが少しわかったような気がし、反省するみたいな気持ちで村へ歩いた。メロンさんが青い空を見上げながら目をつぶり
「お腹すいた」
 と言った。
 

 ラーンの村に戻りまず教会に寄って、そのあとしたことはご飯を食べることだった。オンラインゲーム『トラあな』ならではの食事システム。
 HPはやくそうなどで回復できるが、お腹ゲージまでは回復できない。現実世界のように空腹だと思うように思考や行動ができない。
 ゲーム発売当初から今日までの3日。僕はまだ食堂に入ったことがなかった。それはメロンさんもらしい。道具屋で買った「パン」や「ミルク」、見たことのないフィールドにある甘く赤い木の実や、村長のお屋敷で働くメイドからもらった「特製ラーンソーダ」を飲みながら冒険をしていた。早く先へ進みたかったから、食堂でゆっくりなんてしていられなかったから。
 ではなぜ今僕とメロンさんがラーンのフードコーナーにいるかということ。
教会でササラの塩をヒヒリシスターに渡すと
「では希望の職業を選択してください。一度決定するとレベル30になるまで転職はできません」
 と言われ、空中に『戦士』『僧侶』『魔法使い』『武闘家』と浮かんだ。僕たちは悩み、ご飯を食べながら考えようということになったのだ。
 村の小さな泉の木陰に木のテーブルと椅子があり、僕たちはそこへ座った。泉はとても透明で、苔が覆う古木が水面から顔を出し、そこに白黒の鳥がとまり鳴いていた。
 なんかデートっぽいな。僕は緊張を隠そうと、さっき巻きなおしたばかりのターバンをもう一度巻きなおした。
 メロンさんは空中を指でスライドさせ
「食べたことのない物もあるわよ。なに? この『ラーンドーナツ』って。おいしそう。あたしこれにする」
「じゃあ僕もそれにしよっかな」
「なんでよ。他にも変わったメニューあるじゃん。つまんないじゃん」
「いや、べつにつまんないとかそんなんじゃなく」
「もう。いいからん~とね、かろりはこれね」
 スライドさせメロンさんが僕に選んだのは『旅人丼』。そして続けざまに
「生卵はいるの?」
 と言い、僕はどっちでもよかったから「はい」と答えると、メロンさんは空中をタップした。
「じゃあ転職どうするか考えま……」
 メロンさんが言い出した時、「おまたせしました」と店員が食事をテーブルの上に置いた。
「うわ~すごい」
 空中画像よりもきれいな実物の七色のラーンドーナツがお皿の上でプルプルと左右上下に揺れている。金色のソースがとろりとかけられていて、緑色のかつおぶしのようなものがまぶされている。
 僕のほうにはどう見ても牛丼のような旅人丼がある。まあ牛丼好きだからいっか。
 生卵を割ると、どろりと緑色をした液体が出てきた。まいったな。
 お互いのご飯を一口ずつ交換して食べ、「牛丼だね」とメロンさんは言い、もらったラーンドーナツの七つの色のうちの青はさっぱりとした甘さだった。
 メロンさんの唇が金色のソースでキラキラしていた。
 僕たちは食後に『ラーンソーダ~柑橘系~』を飲みながら『職』について話し合った。
「さて、職どうする?」
「そうですよね。まあ定番だと僕が戦士でメロンさんが僧侶かな」
「う~ん、あたし僧侶いやなんだよね。回復役でしょ? かろり僧侶やってよ」
「え? 僕は男だし、やっぱ戦士が」
「今の時代、そういう男がだとか関係ないでしょ。あたしは武闘家がしたい」
「まあ、他のプレイヤー誘って行ってもいいわけだし。僕戦士で、メロンさんが武闘家は?」
 メロンさんはストローでラーンソーダを吸い、腕を組んだ。
「う~ん、他のプレイヤー誘うこともあるかもしれないけど、やっぱりかろりが僧侶でいいんじゃないかな?」
 いつの間にか古木にとまっていた鳥がいなくなっていた。まあ、レベル30になったら転職すればいっか。どうせ、いずれ全部の職コンプリートすることになるしな。
 お会計のボタンをタップし、腰にぶらさげたゴールドボックスを確認すると残金が減った。それよりも。
 メロンさん女性なのに武闘家がしたいって。少しだけ隠された性格が見えたような気がした。
 

「それでは目をつぶって下さい」
 ヒヒリシスターに言われ、僕とメロンさんは並んで目をつぶった。でも一瞬だけ薄目を開けるとステンドグラスのカラフルで幾何学的な模様の前で衣をまとった小さな銅像が光り出したので、また目をつぶった。
「身と心を清めし者に、今、転職の光をあたえたまえ~」
 ササラの塩だろう、頭と肩にかけられ、厳粛なBGMのもと体が上のほうへ吸い込まれていくような感覚に陥った。
「目をお開け下さい。あなた方は新しい職に生まれ変わりました」
 メロンさんを見ても特に変わったふうには見えなかった。僕たちはヒヒリシスターにお礼を言って教会を出た。

「さ、武器と防具を買うわよ」
 メロンさんは『鉄のツメ』の色選びと、『武闘家の腰まき』の丈の長さ調整に20分を要した。僕はというと、左手に『木のたて』右手にはおもちゃのようなピンクの『キュートステッキ』。体には仙人が着るような布切れを羽織った。暑いからちょうどいっか。
 ブルーニャ山にムーンフラワーを取りに行く準備は整った。
「もうこんな時間ね。また明日にしよっか」
 そう言われたので時間を確認すると23:57。もうこんなに時間が経っていたのか。早くブルーニャ山に行きたいけど明日も学校だ。
「そうですね。また明日にしましょう。明日も僕21:30ころじゃないとインできないですが……」
「あたしも明日は家帰るのが20時過ぎるから、21:30にしよう。明日が楽しみ」
 そう言ってメロンさんは僕に向かって装備した両手ツメをかまえ、「シャーッ」と攻撃するしぐさをして笑った。本人は満足気そうだったけど、僕にはおてんばな猫に見えた。


 アルバイト先に到着し、裏口から中に入ると寒さが一気にやわらぐ。通路にはいくつにも重なり合った新品の紙コップが段ボールからはみ出し、だらりと垂れ下がっていた。タイムカードの台には僕がここへ入った時から置いてあるクマのぬいぐるみがあって、「おはよう」と言った気がした。ゲームみたいだなと思った。
 今は15:53。「おはよう」ではないけど「おはよう」。タイムカードを押してスタッフルームに入る。
 ドキッとした。赤が目に飛び込む。そしてさらに。
 ハンバーガーを持ちながら水希さんが振り向いて僕に「おはよ」と言った。「おはよう」の『う』がなかった。
「おはようございます」
 と僕は言って、慌てて男子ロッカーに駆け込む。そして後悔。
 なにやってんだよ。言わなきゃいけなかったろ。。
 自分に猛烈にダメ出しをしながら着替える。そして脳内映像を再生する。
「おはよ」と言って振り向いた水希さん。いつぶりだろう会うのは。もう一週間近く会っていない気がする。僕にとっては長い期間。
 まず赤いユニホームの色が目に飛び込んで、そして衝撃的だったのは背中までの茶髪が黒いショートボブになっていた。そこに一言声をかけるべきだったろ。まて、まだ間に合う。
 僕は急いで着替える。このさい首のボタンは後で留めよう。
 時計を見る。15:58。時間が過ぎるのが早い。ロッカールームから出る。
「水希さん髪切ったんですね」
 自分の声が上ずっていることでさらに緊張する。紙コップを持ちながら
「そうなの」
 とだけ言って、ほほ笑みながら髪をさわりだした。もう一声いこう。
「似合ってますよ」
「ありがと」
 そして僕の頭は真っ白になった。そのあとが続かず僕は調理場へ向かった。後悔の連続で僕はアルバイトを開始した。

 調理場から見える水希さんの赤い帽子から、きれいにそろった黒髪が下り、細く白い首が赤いユニホームにおさまっている。
 どんな理由で水希さんは髪を切ったのだろう。そして僕はひとつの仮設、妄想ではあるが、打ち立てた。
 もしかして水希さんはメロンさんなのではないか?

 んなわけねーだろ。

 僕の中の誰かが言う。またもう一人が、いやいや、可能性はあるぞ。と言う。
 もしメロンさんだった場合、これはものすごいことだぞ。『ものすごいことだぞ』で具体的にはよくわからなかったが。さりげなく「水希さんってゲームやりますか?」と聞いてみるのも一つの手だ。が、聞く時間がない。休憩はとったから、このあと水希さんは帰ってしまう。では水希さんは何時にバイトをあがるのだろうか。あとでシフト表をこっそり見てみよう。
 時間の流れは速くなったり遅くなったりを繰り返した。

 シフト表を確認するまでもなかった。18:00すぎ。水希さんは緑色のマフラーをしながら一度お客用の入口から入ってきて「おつかれさまでした」と言い、バイトをあがった。目が合ったのは一瞬で、また出ていくうしろ姿はメロンさんに見えなくもなかった。

 休憩中、僕はシフト表を確認した。というのは、今後のシフトをだ。
 まず、今日水希さんが18:00にあがったということは、昨日メロンさんが言った「明日は家に帰るのが20時過ぎる」と言ったことにもつじつまが合う。どっかで買い物をして帰ることからも考えられる。
 そして僕はスマホのメモ帳に明日からの水希さんのシフトを簡単に写した。日付はいらない。明日からだから覚えておけばいい。
 なんだか僕は悪いことをしているような気がした。でもしてしまう。時間だけをというか、数字だけをメモる。明日は土曜日。僕も水希さんも明日はお休みになっている。そして次の日……。
 ガチャっと音がして、僕はとっさにポテトを口に運んだ。
「おつかれ」
 店長だった。


家に着いたのが21:22。明日は学校もバイトもない。今日は夜更かしができる。窓には街灯に照らされた葉のない枝が白く見え、根元のほうは輪郭がぼんやりとしていた。
さて、メロンさんに会いに行くぞ。
 僕は右手をスマホに当てログインした。

 ラーンの村の入口は今日もプレイヤーでいっぱい。毎日毎日人であふれてにぎやかだ。
「こん」
 メロンさんの声がした。待っててくれたんだ。
「こんにちは。すみません、遅くなっちゃって」
「そんなのいいから。じゃあ今日はブルーニャ山に行くよ」
 チリリンと音がして僕はメロンさんに誘われた。
『パーティーを組みますか?』
 という文字が空中に浮かぶ。僕は目で『はい』を選び頭の中でタップした。
「入口ね。今行く」
 すぐに変な走り方でメロンさんがやってきた。メロン色のショートボブ。水希さんなのかな? まさかね。
 村を出て一本道を進む。
「一回敵と戦ってみようか。あたしモンスターに攻撃くらうからさ、回復してみて」
 そうか。
僕は昨日僧侶になった。無職状態でレベル11。そのまま僧侶にレベルを引き継いだから呪文をおぼえている。回復呪文『フーワ』と防御力を高める『マモロ』。たしかに試してみたい。
 僕たちは『キャットルー』に戦いを挑んだ。BGMが変化する。
 メロンさんはじっと動かなかった。僕はメロンさんの後ろで様子をうかがう。
 キャットルーの目が黄色く光り、肉球をメロンさんに向けた。肉球が炎をまとった。
「ジュジュマ!」 
 キャットルーが叫び、バレーボールほどの火の玉がメロンさんを襲う。
「きゃっ」
 メロンさんの腰巻が焦げ、メロンさんが前かがみになりながら呼吸が荒くなった。
 急がなきゃ。メロンさん大丈夫ですか?
 そんなことを考えながら僕は右手のキュートステッキを空に掲げた。すると右手が緑色に包まれ「フーワ」と唱え、メロンさんめがけて振った。
「あら。すごい。もとにもどってる」
 メロンさんは背筋をのばし、自分の両腕を眺めた。その時僕はなんだかうれしくなった。僕の力がメロンさんに役立てられたこと。
「やったわね。お返しよ」
 メロンさんは両手の鉄のツメをかまえ、「ミキサークロー」と言ってキャットルーを引っ掻いた。キャットルーは尻もちをついてポワッと消えた。
 キャットルーを倒してもまだメロンさんはその場で技を出したままの姿でポーズを決めていた。口がニヤっとしていた。
「決まりましたね、メロンさん。すごいですよ」
 その後もくるっと回転して締めのポーズをとった。メロンさんって意外とお茶目なんだな。
「さ、僧侶さん頼むわよ。いざブルーニャ山へ」
 二手に分かれた道を右に進む。以前は倒せなかった『群れカラス』もメロンさんのミキサークローで倒すことができた。山を左回りに進んでいくと岩肌に小さな子供一人ほどが通れそうな穴があった。
「なんですかね、これ?」
「なんだろね。モグラの敵とかでるんじゃない?」
 でもなにも出てこなかった。山の中腹までやってくると僕たちは一度切り株に座って休んだ。遠くに、白いササラ海岸が見える。道具屋で買ったおにぎりを食べた。メロンさんはタラコが好きだと言っていた。そして「卵焼きも欲しいね」とつぶやいた。

 山頂には木が一本も見当たらなかった。きれいな芝に点々と白い花が咲いていた。
「これがムーンフラワーかしら?」
「でも村長さんが言ってましたよね。月が出ている時しか咲かないって」
「おかしいわね」
 僕たちは山頂を歩いてまわった。
「あれ何だろ?」
 メロンさんは崖のほうにある丸い石柱を指差した。その先にはラーンの村が見渡せる。石柱まで行ってみることにした。
 石柱は朽ちていてひびが入っていた。よく見ると
『ランラン』
 と直線的に彫られていた。これって村長の書斎に飾ってあった写真の、ブロンド女性の名前じゃないか?
「あら。ここにも穴がある」
 メロンさんは石柱の裏で、さきほど見た同じくらいの穴を発見した。
 その時ムービーイベントが始まった。

 昼間の青空がたちまち夜に包まれ、きれいな月が現れた。そして石柱の前に淡く黄色い花が3つ光っていた。お供えされたお花のように、そっと静かに置かれていた。
「これかしら? ムーンフラワーって」
「そうですね。これですよね。このお花でルアが助かるんですね」
 僕はムーンフラワーを手に取った。

「ゆるせん。わたしの愛するランランをけがす者はだれだ。見捨てた者はだれだ」

 濃い紫色の影が現れ、次第にその姿が鮮明になっていく。
「うわっ」
 僕らは声を出していた。
 赤く鋭い目でこちらをにらむ人型をしたコウモリが石柱の上に立っている。
「ゆるさん。絶対にゆるさん」
 おどろおどろしいBGMになった。『山の主ジェイド』と表示されたコウモリ人間が空中を飛び交い、メロンさんに鋭い爪で切りかかった。メロンさんは武闘家の服を切られ、肩から血が滲みだした。
「いたい……」
 僕はフーワを唱え、メロンさんを回復する。僕も攻撃に加わりたかったけど回復が優先だった。
 なおもジェイドはメロンさんを攻撃する。『吸血』をくらい、メロンさんの服が徐々に赤く染まっていく。回復が大変だ。そうだ。
「メロンさん、一度自分でやくそうを飲んでください」
「えっ? 今からあたしのミキサーク……」
「いいから早く!」
 僕の大声に、メロンさんは無言でやくそうを飲みだした。よし。
 僕は『マモロ』を唱えた。青い光の壁がメロンさんを包む。ジェイドが夜空を旋回し再びメロンさんに切りかかる。
「あら」
 ジェイドの攻撃はメロンさんの武道着をふわりと揺らしただけだった。
「ナイスかろり」
 メロンさんが構える。
「ミキサークロー!」
 ジェイドの黒い翼に3本の切れた線が見える。バランスを失ったジェイドは飛べずに地面に降り立った。
「ゆるさん。ゆるさん。わたしのランラン」
 ジェイドが紫の煙を吐きながら叫び、僕に向かって突進してくる。
 やばい。どうしよう。
 僕は足がすくんだ。
「やっとこの場面が来たわね。とっておきの」
 メロンさんは胸の前でツメを交差させてうなった。
「うああああああ」
 そして僕に突進してくるジェイドに細かく足をステップさせ大きくジャンプした。
『サンダークロー!』
 メロンさんは頭上から両手を振りかざした。そのツメの軌道が雷のように白く閃光した。
 ジェイドの体に電流が走ったような音がしてジェイドは僕の数歩手前で前のめりに倒れた。
「なんですか。技、隠し持ってたんですか?」
 メロンさんはニャっと笑い、また変なポーズを決めた。その姿が月に照らされている。
 倒れたジェイドの体から濃い紫の煙が抜けていく。そこには人間の姿をしたジェイドの姿があった。
「大丈夫ですか?」
 僕たちはジェイドに駆け寄った。
「ありがとう。どうやらわたしは山の主に心を乗っ取られてしまっていたらしい」
 ムービーが始まった。どうやらジェイドの回想シーンらしい。僕の頭の中に映像とジェイドの声が響く。きっとメロンさんも同じはずだ。


 わたしとランランは恋人同士だった。そして結婚をする予定だった。
 わたしは結婚資金を貯めようと一年間隣町で働いた。そして資金も貯まりラーンの村へ戻った。だが、そこにはランランの姿がなかった。
 わたしは村長にランランはどうしたのか尋ねた。すると村長はこう言った。

 死んだと。

 結婚式のブーケをムーンフラワーで作ろうとブルーニャ山へ花を摘みに行ったらしい。帰りが遅いランランを心配した村長が山頂にやってくると、そこには山の主に襲われていき絶え絶えのランランが倒れていたそうだ。そして
「これをジェイドへ」
 と言って息を引きとった。持っていたのはムーンフラワーだった。

 それを聞いたわたしは山の主を討伐しに行くと決めた。だが村の者は誰一人わたしに賛同しなかった。自分も殺されてしまうのではないかと。
 村長も同じだった。村を守らねばならぬと言って。自分の娘を見捨てたのだ。
 そう、村長はランランの父親だ。
 わたしはランランの亡きがらをこんな村に眠らせておきたくないと、この山頂に墓を建てた。そして何日も泣いた。
 そんな時山の主が現れ、わたしにこう言った。
「憎いか。村の者が憎いか。人間が憎いか」
 わたしは山の主に魂を売った。ランランの眠るこの山頂を汚す者は滅ぼすと。


 ムービーが終了した。物悲しいBGMとともに山頂を風が吹き抜けた。
「ジェイド……ジェイド……」
 墓石から女性の声が聞こえる。
「ジェイド。憎まないで。みんなを憎まないで。わたしは幸せよ」
「どうしてこんなことが幸せなんだ? これのどこがお前の幸せなんだ?」
 墓石を見つめ、ジェイドが言った。
「だって、今もこうやってわたしのお墓の前にムーンフラワーがお供えされてるじゃない?」
「え?」
 ジェイドは墓石にお供えされた黄色く光るムーンフラワーを見て言った。
「それはわたしがお供えしたものじゃない」
「知ってるわ。これはルナよ。わたしとあなたの子供。あの子がしてくれてるのよ」
「わたしたちの子? お腹に身ごもっていたのか?」
「そう。あなたが隣町に行ってる間、順調にお腹が大きくなっていったわ。そして生まれたの。あなたが来る前に」
 ジェイドは口を開けたままだった。
「ねえ。なぜここにムーンフラワーが置かれているか分かる? わたしがお願いしたの。おじいちゃんの誕生日には毎年ムーンフラワーを届けてって。だから一個はわたしがルナのために用意したもの。あとの二つはルナがわたしと、そう……パパへって」
 ジェイドは墓石と3つのムーンフラワーを眺め、その目からスーッと涙が流れた。
「ルナ。ううう。わたしはなんてことを……自分の娘に。ルナに……」
「まだ間に合うわ。そこの旅人さんに1つ届けてもらって。優しい子に育ったでしょ?」
 墓石は動かなかった。ジェイドは苦しみながら立ち上がり、墓石に供えられたムーンフラワーを一つ手に取りメロンさんに渡した。そして墓石の前に倒れ込んだ。
「もう一度だけ、一目でもルナをこの目で見たかった……」
「大丈夫。ここにいればまたルナがやってくるわ。そしてここからはラーンの村が見渡せるわ。ここで一緒に見守っていましょう二人でルナを」
「ランラン……」
 ジェイドの体が黄色い粒となって消えていく。そして月も消えた。


 ブルーニャ山を下りる。途中の小穴を見てメロンさんが言った。
「この穴はルナが魔物に会わずに山頂まで行くためのルートなんだね。でもいったいどうやって造ったんだろう、このトンネル」
「そうですね。元からあったのかもしれないし、ランランさんの力でできたのかもしれないし。まあ、そこは謎のままでいいのかもしれませんね」
「そうね」
 僕らはなんとなく言葉少なめに歩いた。僕がジェイドの立場だったらどうするか考えてみた。愛する人が魔物に襲われて亡くなった。誰も魔物退治に賛同しなくても僕一人でいくだろう。でも、たしかに村にはいたくないな。僕も魔物に魂を売っちゃうのかな。そんなことを考えていると
「ルナって本当優しい子だよね。大人の事情はどうであれ、想いを伝えようと素直にお花を摘みになんか行っちゃって。かろり、走るよ。早くムーンフラワーをルナへ届けてあげよう」
 変な走り方で坂を走っていくメロンさん。メロンがゴロゴロと坂道を無邪気に転がっていくように見えた。

 村長の屋敷に到着する。メイドがメロンさんの手に持っているムーンフラワーを見て
「村長。旅のおかたがムーンフラワーを持ってきてくれましたよ」
 と言いながら、ルナが寝ている部屋に入っていく。村長が部屋から出てきてドアを閉めた。
 メイドが台所でムーンフラワーを煎じて調合している間、僕とメロンさんはダイニングキッチンのテーブルに腰かけて村長と話をした。やかんから沸騰する音が聞こえる。
「そういうことがあったのか。そう、わしはあの時山の主の討伐を断った。自分の娘がやつの手によって殺されたのにもかかわらずじゃ。実はわしもまた山の主と契約を交わしていたのじゃよ。山の主は自分をこのままほっとけば村の者を魔物たちに襲わせないと」
 僕は何も言えなかった。村長が続ける。
「わしはこの村を守りたかった。村長として。そして実際何年間も魔物が現れない平和な山だった。数年前まではな。」
 台所でメイドが言った。
「村長。ムーンフラワー茶ができました。ルナに飲ませてきます」
「よろしくたのむ」
 そしてまた僕たちに話し始めた。
「ジェイドにはわしに変わって村長になってもらいたかった。そしてランラン。自分の娘が殺されたというのに……ううう。わしは。わしは」
 村長は泣き崩れた。
「おじいちゃん」
 声のほうにはメイドと一緒にルナが立っていた。
「おそくなっちゃったけど、お誕生日おめでとう」
 その小さな手にはムーンフラワーに似た、黄色いお花の折り紙を持っていた。
「布団の中でこっそり作ったの。本物じゃなくてごめんね」
 ルナは村長に向かって手渡した。
 村長は泣きながらルナを抱きしめた。

 ルナの体調はすぐに良くなった。ルナはブルーニャ山の山頂の絵を描いた。きれいな月の下に石のお墓。お墓の上にはやさしい顔をしたコウモリ。そして3つのお花。そして僕に小声で
「おにいちゃん、あのおねえさんのこと好きなの?」
 と言った。メロンさんは村長とまだ話していた。僕が驚いていると
「ないしょにしてあげる」
 と笑って、ルナはメイドのところへ行った。
「さ、かろり。行こうか」
「え? どこに?」
 すると村長が代わりに行った。
「この前貿易商がこの村にやってきてな。どうやら各地で魔物の行動が活発になっているそうじゃ。その貿易商はササラ海岸の先の『バラット』という港町からやってきたと言った。そこへ行けばこの世界が今どうなっているのか、それともしかしたらあなた方の旅の目的もわかるかもしれん」
「そういうこと」
 メロンさんはテーブルのコーヒーを飲み干し、鉄のツメを装備した。

 村長の屋敷を振り返ると、村長とメイド、そして口もとに指を一本立てるルナが僕たちを見送っていた。
「ルナ、なんで『シーっ』ってしてるんだろ」
 メロンさんが不思議そうに言ったけど
「なんでしょうね」
 と僕はごまかした。
 時間を見ると現実世界は1:36を示していた。
「え。もうこんな時間? もう寝なきゃね。また明日にしよう、かろり」
「そうですね。また明日インしますか?」
「うん。何時になるかわかんないけど」
 実際に時間を見たからか、メロンさんはあくびをした。僕もつられてあくびをした。
『おにいちゃん、あのおねえさんのこと好きなの?』
 ルナの言葉を思い出した。


 好きになっちゃった。僕はメロンさんを好きになっちゃった。
 布団を抱くようにして寝ながら考えていた。ゲームの中で出会った友達。さっきログアウトしたばっかりなのに、もうメロンさんと一緒に冒険したいと思っている。ゲームの中で出会ったとはいえ、メロンさんもこの日本のどこかで生活をしている人だ。
 実際のメロンさんはどんな人なんだろう。何をしている人なんだろう。今ごろもう寝ているかな。お風呂に入っているかな。
 僕は風呂に入っていない。
 もし、もしだけど。実際に会うことができたとしても、きっと幻滅するだろうな。僕は高校生なんだから。
 もしメロンさんが高校生だったら? いや、トラあなを一緒に冒険してみて、メロンさんは年上のような気がする。それはメロンさんも分かっているだろう。設定上25歳にしてある僕の年齢が、実際はもっと下だと。だって僕はため口で話せていないんだから。
 エアコンはさっきから乱れず一定の音と風を出している。
 アルバイト先の水希さんを思い出す。髪をショートボブにしていた。メロンさんは水希さんなのでは?という考えも一時はあったが、メロンさんと水希さんは性格が違う。まあ、ゲームではキャラを作っているかもしれないし、それが素の状態だとも考えられる。ゲームの髪型が気に入って、現実の世界でも同じショートボブにした、う~ん。
 落ち着いた感じの水希さん。お茶目なメロンさん。
 メロンさんが好き。でも、きっと実際に会えることはないだろう。会う勇気もない。
 今日は考えるのをやめてもう寝よう。結局眠ることができたのは、それから3時間たってからのことだった。

 夢だと自分で分かっていた。これは夢なんだと。
 僕とメロンさんは遠くまで続くササラ海岸の白い砂浜(ササラの塩)を走っていた。夢の中でも僕はメロンさんの後ろから追いつこうと走っていた。夢だから画面がアップになって
先を走るメロンさんのこめかみを流れる汗がアニメのようにスローモーションで輝きながら垂れる。
 走っても走っても僕はメロンさんに追いつくことができない。暑苦しい海の香りの混じった空気を吸っては吐く。
「待ってくださいよ。もう走れませんよ」
 そう言ってもメロンさんは止まらなかった。何も言わずどんどん先へ先へと走っていく。そしてついに見えなくなった。僕は海岸に取り残された。
 そこで目が覚める。でもびっくりはしていなかった。夢だと分かっていたから。それでもなんだか嫌な気分だった。

 一階に降り、顔を洗い歯を磨くとよりいっそう目が覚めた感じがする。父は居間で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。お互い朝のあいさつもしない。べつに仲が悪いわけではない。そして母はどこかに行ったのだろう、気配が感じられなかった。
 ご飯を茶碗によそってテーブルに置かれたハムエッグを食べる。醤油と黄身とご飯を口に運び、二三噛んでわかめの味噌汁で流し込む。そして冷たい麦茶を食道に通す。
 僕の家では冬でも麦茶。
 台所に食べ終えた食器を置いて二階の部屋に戻る。時計を見ると11時を過ぎていた。
 メロンさん、インしてるかな?
 今日はこれまでと違った。ワクワクしていない。むしろ緊張している。
 心臓の鼓動をはっきり感じながらインする。

 トラあなが発売されてからの初めての土曜日。いつもより村にはたくさんのプレイヤーがいる。
 空中にフレンドリストを開く。でも、メロンさんの顔は薄く表示され、ログインしていないことを僕に知らせた。
 今日は隣の港町『バラット』に行く予定だ。でも、僕一人で先に進めてもいいものなのだろうか。個人個人のゲームなんだからべつに縛られる必要もない。でも。
 少し待ってみよう。
 そう思いながらブルーニャ山のふもとでレベル上げをし、お昼は一人でラーンドーナツを食べた。
 少し待っていようと思っていたけど、結局5時間待ってもメロンさんはログインしなかった。
 ゲーム内ではすっかり夜になり、空にはチラチラと大小の星が浮かび、のんびりとした一日の終わりのようなBGMを聴きながら、村の民家の窓の明かりを眺める。
 先進めようかな。バラットまで行ってみよう。
 そう思って村の入口までやってくると声をかけられた。
「あの……」
 長い茶髪の色白な女性だった。そして僕はドキッとした。
 その女性の頭の上に『ミズキ』とあった。
 いや、まさかね。
「ムーンフラワーを取りに行きたいのですが、手伝っていただけませんか?」
 一瞬どうしようか迷ったけど、まあもう一度プレイしてみるのもいいか。
「いいですよ。僕もう取っちゃったんですが、それでもよければ」
「え。いいんですか? ありがとうございます」
 僕はミズキさんと『友達』になった。でもなんだかメロンさんに悪い気もした。そのほかに戦士の『マシン』さんと武闘家の『まさ』さんとも友達になった。ミズキさんは魔法使いだった。


 4人でパーティーを組みブルーニャ山を登る。僕はこの先のストーリーが他の人達にネタバレにならないように会話に気をつけた。
 メロンさんと二人で攻略したブルーニャ山。やはり4人だと楽に感じる。途中の群れカラスも、オノを装備したマシンさんの『薪落とし』やミズキさんの炎魔法『ジュジュマ』でなんなりと倒すことができた。
「なんかあったら俺にまかせろ」
 マシンさんは男気のあるかたで、ゲーム内の設定年齢は30歳。そしてちょっぴりスケベ。
「俺が守ってやるよ。へへ」
 と冗談交じりにミズキさんへ言った。ミズキさんは何も言わなかったけど、落ち着きを払いながら笑っていた。僕は冗談でもそんなこと言えない。
「マシンちゃんまたそんなこと言ってるのかよ、まったく」
 まささんとマシンさんはどうやらずいぶん仲がいいらしかった。まささんも30歳に設定していた。マシンちゃん、まさと呼び合っていた。
 21歳の設定のミズキさんはどうやらこういったRPGのゲームはあまりやったことがなくてわからないそうだ。自分の手が魔法の炎で包まれた時は「きゃっ」と言ってびっくりしていたし、敵を倒したあとに落ちている、金貨についた泥をていねいに手で落としてからゆっくりと腰の箱にしまった。メロンさんはフッと口で息を吹きかけて箱も見ずにしまっていたよなあ。
 どことなく水希さんに似ている気もする。口数が多いわけではないけど、まったくしゃべらないわけでもない。クールなわけでもない。
 4人で山の主ジェイドを倒し、僕はもう一度ムービーを見る。4人で話をしながら村へ戻った。夜が明け出した紫色の空だった。
 村で僕は3人と別れた。『友達』になった。また一緒にプレイしようぜ。そう言われうれしかったし、4人プレイも楽しかった。だけど、メロンさんに申し訳ないなという思いは常にあった。
 フレンドリストを開くとメロンさんはログインしていた。いつログインしたんだろう。したなら一言声をかけてくれればいいのに。
「こんです」
 僕はメロンさんに声をかけた。
「こん」
 声の感じではいつもと変わりなかった。
「さっきまで他の人のムーンフラワーを手伝ってました。メロンさんは何をしていますか?」
 すぐに返事は返ってこなかった。どうしたのかな? しばらくして
「ごめん。今フレとレベル上げしてるの」
 え。よく見るとフレンドリストのメロンさんのアイコンの横に人型をしたアイコンが3つあった。メロンさんもパーティーを組んでいた。
「先進めてて。また時間が合えば一緒にあそぼ」
 そう言われ僕は
「わかりました。またです」
 と元気に言った。元気に言ったのは僕の強がりだ。さみしくなったことを悟られないように言った答えた。
 ゲームは自由にプレイするのがあたりまえだ。ペースを合わせる必要なんかどこにもない、それは頭の中ではわかっている。
 僕の妄想の中で、メロンさんは他の僕の知らない人たちと楽しそうにプレイしている光景が浮かんだ。得意気にサンダークローを繰り出すメロンさん。どこかの木陰で休憩をしながら他のプレイヤーと談笑するメロンさん。
 その表情は僕が見たことのないメロンさんの顔だった。
 そんな妄想をしながら僕はササラの海岸で、この前拾った赤い貝がらを海に投げ捨てた。そしてログアウトした。


 アルバイト先に到着したのは朝9時前だった。休憩室では男の先輩が備え付けのテレビを見ていた。
「おはようございます」
 と言って僕は、壁一つ隔てた男子更衣室に入って着替え始めた。
 テレビからは朝のニュース番組が、充分に僕まで聞こえてくる。スキーの大会でだれだれが銀メダルに終わったとか、雪の中駅伝が行われたとか言っていた。
 着替えを終え休憩室の椅子に腰かける。今日のバイトは水希さんと少しだけかぶっている。今ごろカウンターで仕事をしているはずだ。
 テレビがCMに切り替わった。男と女の二人が走っていて、険しい岩山、広大な草原、海の広がる海岸と、場面が切り替わっていく。緑色のスライムもいた。トラあなのメインテーマとともにナレーションが入る。
『あなたの冒険を、想いを、感動を日記に』
「さ、行くか」
 男の先輩が独り言のように言いながらテレビを消した。トラあな、知らないのかな?
 そして今ごろメロンさんはどうしているだろうと思った。それともう一つ。
 厨房に入るとどうしてもカウンターを見てしまう。「おはようございます」と言いながらステンレス台や棚の間から姿を探す。
 いた。
 水希さんがカウンターで接客をしていた。メモっておいた時間では、今日は9時から13時まで水希さんとかぶっているはずだ。4時間。
「ポテトもう2やって」
 忙しそうにハンバーガーを包んでいる店長にいきなり言われた。

 11時を過ぎたころ、少しだけお客の足が減ってきた。お昼のピーク前のまったりタイム。僕はトマトをスライスしたり、減ったチーズ、ケチャップを補充しながらカウンターの話声を盗み聞きすることに全力で集中した。水希さんと、同僚の女性がおしゃべりをしている。よりによってBGMがリラックス系からジャズに変わった。
「みずっち、あ……ラーどこ……買っ……?」
 脳内で補完する。
『みずっち、あのマフラーどこで買ったの?』
『モテナス。あそこの3回にさ新しくできたお店があるの』
 おそらく会話の補完は正しくされているだろう。僕は一度だけモテナスに靴を買いに行ったことがある。隣のそば屋は何度も行っている。
 冷凍庫を開ける。冷凍されたいくつもパティがビニールに入っている。ガサガサとビニールを開ける。
「わたし……、最……トラあ……始……」
 ん?
 僕は作業の手を止めたけどもう遅かった。補完できなかった。
「店内でお召し上がりですか?」
 透き通る水希さんの声が聞こえる。
今『トラあな』って言わなかったか? 僕にはそう聞こえたぞ。うわー何やってんだよ。なんでこのタイミングでパティの用意してんだよ。
自分を恨んだ。

運がいいことに、13時に僕は休憩に入った。ちょうど水希さんが帰り支度を更衣室でしていた時だった。
運が悪いことは、同僚の女性も一緒に着替えをしていることだ。そして女性更衣室から聞こえてくる話し声はヒソヒソしていて聞き取れなかった。それでもなんとか情報をつかみたいと、僕はポテトをゆっくり噛んで音が鳴らないようにした。塩の味しかしなかった。
そして二人は「おつかれさま」と言って帰って行った。全然話せない。
ポテトとテリヤキバーガーの匂いに二人のいい匂いが混じった。

 15時にバイトをあがる。今日は晴れているけどやっぱり寒い。自転車にまたがってこぐと耳が冷たかった。帰り道僕は考える。
 水希さんがトラあなをしているかもしれないという曖昧で不確定な情報。そして今から帰ってプレイするトラあなで、僕はどうすればいいかわからないこと。今ごろメロンさんは他のプレイヤーと冒険しているかもしれない。
 会話をまともにしたことのない水希さんと、たくさん話したけど僕はいちフレンドでしかないであろうメロンさん。その二人の間をフラフラする僕。
 僕の中で軍配は上がらなかった。自分が不誠実に思えた。


 あまり履かないジーンズを脱ぎ、あまり使っていない服入れにしまう。ジャケットはイスの背もたれにかけた。学校のジャージを着る。僕の装備は学生服とこの部屋着兼用のジャージで充分だ。
 いつもなら部屋にこもるなりすぐにログインする僕だったけど、今日はためらっている。メロンさん、どんどん先すすめちゃったかな?
 まだ外は明るかったけど、すぐに日が沈むだろう。窓際に近づいて外の様子を見る。捨てられた空のペットボトルが道路を転がっていた。
 色々考えてもしかたないか。
 僕は思いきってトラあなにログインした。

 正反対の強い日差しが、ラーンの村の入口に立つ僕を照らす。フレンドリストを開くとメロンさんは今日も他のプレイヤーとパーティーを組んでいたし、ミズキさんはまたマシンさんやまささん、あともう一人と組んでいた。
 あいかわらずの混雑の中で、僕は一人ぼっちだった。
 誰にもあいさつをせず、僕は入口を出て『バラット』の港町を目指すことにした。
 ササラ海岸を歩き、やがて海岸の行き止まりまでやってくると洞窟があった。
 この洞窟を抜ければいいのかな?
 洞窟に入ると空気はジメジメとしていて地面も濡れていた。歩くと靴が少し滑ったし、天井から水滴が落ちてきて僕の腕に当たったときはヒヤッとしてびっくりした。
 洞窟内はところどころ間隔を置いているたいまつの炎で、薄暗くはあったが見渡せる。あちこちでプレイヤーが倒れ気絶していた。中にはやがて姿が消えるプレイヤーもた。
きっと教会に戻されたんだろう。
 どうしよう。僕は僧侶だし、今はパーティーを組んでいない。洞窟内は苔の生えた泥の
かたまりがうようよ動き回っていた。
 洞窟内のだれかとパーティーを組む気にはなれなかった。そんなことをしたらますますメロンさんとの距離が遠くなってしまう気がしたから。
 泥の敵『ドロンパ』は、どうやら目が見えないらしい。岩壁にぶつかっては方向を変え、走るプレイヤーの足音、濡れた地面の水音を聞き分けて襲っているらしかった。
 僕はゆっくり歩いた。歩くというより、足を浮かせず滑らせて進んだ。そしてドロンパが近づいてきた時には動きを止める。遠くに見える外の光、洞窟の出口まで走ればすぐなのに、このペースだとけっこう時間がかかりそうだ。
 ゆっくりとゆっくりと進む。
 蒸し暑い洞窟内。苔の匂い。体がジメジメとする。
僕は渇いた喉をうるおそうと道具袋からラーンソーダの瓶を取り出そうとした。
 あっ。
 手が滑り、瓶は濡れた地面に落ち水音を立てた。
 周りのドロンパがいっせいに僕のほうを向いた。僕は走り出していた。後ろから「ボワ~ボワ~」と声を上げドロンパが追ってくる。進む先からも何体も体を方向転換させたドロンパが向かってくる。
「こん」
 メロンさんの声だった。
「何してるの? あたしは今バラットにいるよ」
「こん。僕は今」
 逃げながらメロンさんの声に脳内で答える。
「ササラの先の洞窟に……うわっ」
 戦闘のBGMに切り替わった。やばい。囲まれた。驚いた。そこには6体ものドロンパの集団が僕一人を取り囲んでいた。
「え? 一人で洞窟進んでるの? 何やってるのよ。そこ……。すぐそっち行くから逃げてて」
「ドロンパに囲まれちゃいました」
「え。 えとね。アレいくら残ってる? あるでしょ? ゴールド。金貨」
 メロンさんも慌ててしゃべっているのが分かる。
「あ、はい。うわ~」
 ドロンパが大きな口を開け、掃き出した泥で僕の顔がまみれた。顔をざっとぬぐい片目で腰の箱を見る。
「金貨を遠くに投げて音を出せばそっちにドロンパ動くから。そのうちに逃げて」
 箱の上には12ゴールドの表示が浮かぶ。
僕は箱の中から金貨を取り出し、何枚も投げた。どこに投げたかなんてよく分からない。金貨は岩壁や濡れた地面で「キーン」と音を立てた。
ドロンパは一瞬動きを止め、金貨の音のするほうへ突進していった。
僕は水で濡れた地面にもかまわずその場に座り込んだ。おしりが濡れ、染みた。
「大丈夫? もうすぐ着くから」
「ありがとうございます。なんとか。でも」
 腰の箱を確認してつづけた。
「あと2ゴールドしか残ってないです」
「まったく。その場でじっとしてて」
 そしてメロンさんからパーティー申請があった。僕は『はい』を選んだ。
 出口の白い外の光にメロン頭のシルエットが浮かぶ。そして黒い影からメロン色へ変化し、右左と金貨を投げ、音を反響させながら走ってくるメロンさんが見えた。
 あいかわらず変な走り方で変な投げ方だったけど、とても頼もしく見えた。

 洞窟の外もまた浜辺で、あちこちにヤシような木が生えていた。一メートルほどの大きなヤドカリがかわいらしい顔を出しては引っ込め、点々としている。
「バカだね。洞窟を一人で進もうなんて。声かけてくれればいいじゃない」
 肩を担がれながらメロンさんに言われた。
「そうなんですけどね。なんか声かけづらくて」
「なんで?」
「いや、他とパーティー組んでたから」
 ぼーっとする頭と、固まりかけていく泥が付いた見えずらい視界の中で僕は言った。
「……バカだね、まったく」
 メロンさんはそれしか言わなかった。
 海水で顔を洗う。メロンさんが布切れを僕に渡してくれたけど「ありがとうございます。でも大丈夫です」と言って僧侶の服で顔の海水を拭きとったら泥まみれの僧侶の服で、また顔に泥が付いた。結局メロンさんから布切れを借りた。布切れは洗濯してお返しすることにする。
「あそこよ。バラット」
 メロンさんが指す白い指の先に、石の壁で囲まれた街があった。高い木造の建物が見え、船の汽笛の音と一緒に黒い煙が昇っていく。
「とりあえずバラットでジュースでも飲もう」
「あ、でも」
「うん。おごるわよ。倍で返してもらうから」
 太陽の光でメロンさんの顔が見えなかったけど、笑っている気がした。


「おっ、にいちゃんごめんよ」
 色とりどりの魚を入れた木の箱を運ぶ日焼けした男性が、僕をよけていく。帆をたたんだ漁船からは何人もの威勢のいい声が飛び交い、カモメに似た鳥が「グギーっグギーっ」とうるさかった。
 バラットはすごいにぎわいだった。さすが港町。
 街の中心にある商店街では魚もそうだけど、どこかの町から運ばれてくる果物や服、武器までもがラーンの村とは比べ物にならないほどに取り揃えられ、お客が行きかっていた。
「とりあえずどっかで休もう」
 メロンさんと僕はおしゃれできれいなドリンクショップではなく、潮で風化した古めかしい木造の喫茶店に入った。僕の服が泥だらけだったからかもしれない。
「せっかくだから味わいのあるお店にしよう」
 とメロンさんが言って選んだお店だった。
 薄暗い店内の窓際のテーブルに僕たちはついた。蜘蛛の巣が張りめぐらせた窓は、どっかの映画のセットにでも出てきそうなほどで、入り込む光にほこりがチラチラと反射している。
 歳のいったおばあさんが無言で水の入ったグラスを二つテーブルに置いた。
「えと、あたしはアイスコーヒー。あ、アイスコーヒーってありますか?」
 おばあさんは伝票に文字を書いたのできっとあるのだろう。そもそもメニューはないのだろうか。ま、いいや。
「じゃ、僕も」
 おばあさんはカウンターに戻っていった。店の奥には鼻を赤くした年配の男性が酒らしき瓶を持ったままテーブルにうつぶせになり、白髪の女性の前にあるサンドイッチには手がつけられている様子もなかった。
「他の店の方がよかったですかね?」
「何言ってるのよ。いいじゃない。冒険らしさがあって」
 運ばれてきたアイスコーヒーをメロンさんはブラックで飲んだ。僕は普段アイスコーヒーは飲まない。ましてやブラックでは苦くて飲めない。ガムシロップを入れると子ども扱いされそうだったから、せめてミルクを少量入れた。ミルクの入った小さな銀の瓶は使いまわされたのだろう、ミルクの白いすじが垂れたまま少し固まりつつあった。
「助けてくれてありがとうございます。メロンさんはこの街もう来たんですもんね?」
「うん。このあと町長のところに行けばいいんだよ。あたしはそこまで進めてる」
 もっと進めてると思ったけど。
 メロンさんは「暑いね」と言いながらアイスコーヒーをすすり、僕はコーヒーに入れたミルクをかき混ぜた。黒に白い模様が漂い、そして混ざり合った。

 コーヒー代はメロンさんが出してくれた。僕はレジでお会計しているメロンさんの後ろでなにもしないまま立っていた。自分がかっこ悪いなと思った。
 店のおばあさんは何も言わず、無表情のままメロンさんにしわくちゃな手でお釣りを渡した。そのおばあさんの後ろの棚にはほこりをかぶった白黒の写真が飾ってあった。若くたくましい男性が笑顔で笑っている写真だった。

 町長の家は街の高台にあった。振り返ると街全体が見渡せ、きれいな海が島を取り囲みどこまでも広がっていた。
 町長の大きな家から漁師らしき男たちが二人出てきた。手には立派で大きな青い魚を持っていた。すれ違いざまに二人の話し声が聞こえる。
「なんだよ。これでもねえのかよ。これでも高級魚だぜ」
「まったくだよ。だいたいそんな魚ほんとにいるのかよ」
 そう愚痴をこぼしながら二人の男は去っていった。
「あたしは内容知ってるから」
 メロンさんに促され、僕は町長の家の門をたたいた。
「はい」
 ドアが開き、きれいですらりとした長身の女性が立っていた。
「あ、あの。旅をしている者なんですが。えと、お話を」
「あ、はいはい。旅のお方ですね。こちらへどうぞ」
 長身の女性に連れられて、僕たちはカーペットが敷かれた階段をのぼっていった。シャンデリアを初めて見た。
「あなた、旅のお方よ」
 長身の女性が、ある部屋の前で言った。
「入ってもらえ」
 どうぞと促され、僕たちは部屋の中へ入った。
 中央のソファで頭を抱えながら一人の男性が座っていた。広い部屋には本棚、机、高価な壺。僕は自分の四畳半の部屋を想像した。
「どうぞ。こちらにおかけになって下さい」
 僕たちは町長の対面のソファへ腰かけた。
「ようこそバラットの港町へ。この街はたくさんの貿易で栄えています。なにか旅のお役に立てることがあったらなんでもおっしゃってください」
 実際僕は、自分の旅の目的が分からなかった。今の段階では、目的を知るための冒険とも言える。
 ラーンの村での出来事と、それからこの街に来ることになった経緯を町長に言った。
「そうですか。では一つ頼みを聞いてはくれませんか? 成功の暁には、この世界で使える『船のパスポート』をお渡しします。きっと冒険のお役に立てると思います」
 僕はうなずいて、そのお願いを聞いてみた。
「この街では20年に一度、漁の安全と繁栄を祈る『バラット祭り』を行っているのです。そのお祭りにはバラットの海で獲れる『シーバレント』と呼ばれる珍しい魚を奉納しているのですが……。その20年に一度の今年、祭りがもうすぐだというのにめっきり獲れないのですよ。なのでその魚を捕まえた者に『船のパスポート』をお渡ししようと」
 若い町長は天井を見上げた。
「先ほども二人の男が青い魚を持ってわたしのところにやってきました。でも違う。たしかにすばらしい魚でした。でも違うんです……。わたしも子供のころ、20年前にその魚を見たきりです。とても美しい青い魚でした。今でも目に浮かぶ……。どうか旅の者、お願いです。シーバレントを獲ってきてくれませんか?」

 僕とメロンさんは町長の家をあとにした。高台の道を降りながらメロンさんが言った。
「あたし釣りしたことないんだよね。かろりはある?」
「ありますよ」
「お、頼もしい。じゃあ釣り方教えてね。いっぱい釣るんだから」
 僕が釣りをしたのは小学生の時だ。しかも近所の川でフナを。


 あれからメロンさんとは、レベル上げをしながらお金を貯めようとした。この『お金貯め』が大変だった。釣りをするための『旅の釣りざお』がなんと5000ゴールドもしたからだ。
 毎日メロンさんがログインするわけではなかった。一緒に冒険しつつも、やっぱりお互いに現実の話はしなかったし、メロンさんはもしかしたら社会人として働いているのかもしれない。メロンさんとは「シーバレント釣り」は一緒に行こうと約束してある。
 僕のほうはあいかわらず学校に行って、たまにアルバイトをして、家に帰ってはゲーム。だいたいこの3パターンしかない。

 ある日僕はマシンさんから冒険に誘われた。「一緒にお金貯めないか?」と。そこにはまささんもいたし、ミズキさんも誘おうということでまた4人で集まった。みんな釣りざおを買うところでストップしているらしかった。
「まいったよな。敵倒してもそんなお金落ちてないし。どっかいい金策場所ないの? マシンちゃん」
 まささんが草むらに寝そべっている。
「そうだよな。これじゃあ時間がかかっちゃうよな。実際だったら競馬で儲けちゃうよ、俺なら」
「いつもはずれてばっかじゃん」
「まあな」
 マシンさんとまささんは本当に仲がいい。僕は聞いてみた。
「マシンさんとまささんって、いつから知り合ったんですか?」
「あ、俺たち? 言ってなかったっけ? まあリアルで一緒の職場で働いてるんだよ」
「そうなんですか」
 そういうパターンもあるんだな、と思った。
「かろりはリアルで何してる人?」
 まささんに言われてドキッとした。学生って答えるのもなあ。
「僕はアルバイトをしています」
「そうなんだ。で、ミズっちは?」
 それ以上深く聞かれなかったけど、ミズキさんをミズっちってマシンさんは呼んだ。やっぱり『みずき』って名前は『みずっち』になるんだな。
「え? わたしですか? わたしは……わたしもアルバイトです」
 ミズキさんは額の髪をかき上げた。長い黒髪が時間差で揺れる。
「そうなんだ。ほんと不思議だよな。ゲームの世界で俺らこうやって一緒にプレイしてるんだもんな」
 いつもおチャラけていてそれでいて男らしいマシンさんだけど、意外と冷静な人なのかなぁと思ったし、ミズキさんは水希さんなのかなともちょっぴり思った。
 
 情報が入ったのは、僕ら4人でバラットのおしゃれなドリンクショップで休憩していた時だった。トイレに行ったミズキさんが戻ってきて、声をひそめた。
「聞いてください。今トイレで他の人が話しているのを聞いちゃって。この街から北に行ったところの別の海岸にたくさんの座礁船があるらしいんです。そこにたくさんの『鉄くず』とかいろいろ落ちているんですって。それを売ればお金になるらしいです」
 背もたれに深く体をあずけていたマシンさんが立ち上がり
「やるじゃんミズっち。よし行こうぜ」
 みんなですぐにレジに向かう。マシンさんはリーダーに向いているなぁ。

 バレットから北に進む。北に進むといっても、切り立った岩山を反時計回りに避けるように進んだ。平らな道がやがてでこぼこになり、落石した石がいくつも落ちていて歩きにくかった。
 バレットから20分ほど歩いただろうか、だんだんと岩山が視界から遠ざかり始めた。潮の匂いが濃く感じられた。
「あっ。あった」
 ミズキさんの高い声に激しい波の音が重なる。
 これまた映画でしか見たことのない、朽ちた大きな木造の船が浜辺に打ち付けられていた。穏やかなバレット側の海岸とは違い、北側の海岸は風も強く、荒い波が座礁船に押し寄せる。
「なんか不気味なところだな」
 まささんがツメを構えながら浜辺を進んでいく。
 横倒しになった座礁船の船底に穴が開いていて、僕たちはそこから侵入することにした。船内はかび臭く、湿った木の床はギシギシと音をたて、船壁を無数の虫がちょろちょろ
と動いている。そして横倒しになっている船内は歩きづらかった。
 マシンさんが原型の分からない木の板をどかすと、そこは二段ベッドがいくつも置かれていた。船員たちの就寝場所だろうか。
「キャーっ」
 ミズキさんの折れてとんがった魔法使いのぼうしの先が僕に当たった。
「うわっ」
 マシンさんも声をあげた。朽ちた壁から外の光が流れ込む。
 そこにはやぶけた服とガイコツがあった。頭骨は歯を結んだまま僕たちのほうを向いて
いた。
「なんだよ、これ……」
 まささんが言ったけど、誰もそのあとに何も言わなかった。
 その時ガイコツから声がした。脳内に聞こえる。
「そこにいるのは……おお……やっと助けがきてくれたか。船長を…船長を……」
 声は途絶えカチンと音がして、見ると頭骨のすぐそばに錆びた鍵が落ちていた。
「これは? 船長室の鍵か?」
 マシンさんが鍵を拾い、僕たちは船長室を探した。
 船員たちの就寝場所から廊下に出て少し歩くとすぐに船長室は見つかった。ためしにマシンさんがドアを開けようとしたけど開かなかった。
「やっぱこれか?」
 そう言ってマシンさんは拾った鍵を鍵穴に差し込んだ。
「開けるぞ」
 みんな黙ってうなずいたので、僕もそうした。
 横倒しのせいで、マシンさんは開けたドアを両手で持ち上げたまま
「先に入れ」
 と僕たちにうながした。まささんが入り、ミズキさんが入り、僕が入った。そのあとマシンさんが部屋に滑り込み、支えがなくなったドアがバタンと閉まった。
 机や棚が斜めに倒れ、たくさんの書物が散らばっていた。
「ここが船長室か……」
 みんなでおそるおそる室内を探索する。僕は机のほうを探した。
 机の陰に埋もれて、細長い背もたれの椅子があった。そこには海賊の船長がかぶってい
るような帽子の下に古びた本のようなものがあった。
「本がありました」
 みんなが僕のほうに集まり「どれどれ」とまささんが僕の持っている紙を取って読んだ。
「『〇月〇日。嵐が去って10日目。まだ島は見つからない。食料ももうすぐ尽きてしまう。
船員たちには申し訳ない』……これ、航海日誌だな」
 まささんが続ける。
「『一人二人と倒れていく。海賊として生きてきたこんな私たちに、せめて船員だけでも。神よ、お助け下さい』『おお、神よ。なんという。近くを通った旅の船が私たちを救出してくれた。感謝します。だが、わたしはこの船に残る。この船もまた私の同志。すまないみんな。亡くなった者と一緒にわたしはこの船とともに生きる。死んでもなお』」
「海賊船なんですね。かっこいいような、怖いような」
「まだあるな。『わたしはもうすぐ死ぬだろう。書き残すのは最後になるだろう。わたしとともに戦ってくれた船員たちよ。またいつかあの世で一緒に航海できることを望む。そして、愛するエミリア。お前にはなにもしてあげられなかったが、この海からいつもお前を想っている。~キャプテン・ロウズ~』」
「悲しいお話ですね」
 ぽつりとミズキさんが言った。


「それで結局鉄くずはどこにあるんだ?」
 そうだった。僕たちは金策のために鉄くず拾いにやってきたんだ。でも、もしかしたら
海賊船だから、お宝なんかがあったりするかもしれない。
 僕はまささんから航海日誌を受け取ってもう一度読み返してみた。他の3人はまた室内
を探し出した。
 キャプテン・ロウズ。彼はいったいどんな気持ちでこれを書いたのだろう。船員たちと
の絆、船という生き場所、愛する人への想い。おや?
 ペラペラとめくっていると、最後のページの手前で紙がひっかかった。そこにすすれた
写真がはさまってある。手に取り見てみると、若い女性の笑った写真だった。
 どこかで見たことがあるような……。
「お~い、宝箱があるぞ」
 まささんの前にはクーラーボックスほどの苔まみれの宝箱があった。
「え? これだけ? もっとお宝入ってるんじゃないのかよ」
「このブローチがもしかしたら高く売れるってことじゃねーか?」
「でも、なんだか気が引けるな」
「そうですよね。船長の大事な宝物かもしれないし。」
 3人の話し声を聞きながら考える。この写真の女性……あ!
「そのブローチ貸してください」
 僕はまささんからブローチを奪い、
「さ、行きましょう」
 と言ってドアを出た。後ろから「おい、おい」と声がした。
 船底の開いた穴から外に出ようとしたときだった。

「おい。お宝を置いていけ。この船は今から俺たちのものだ」
 海賊服を着たガイコツたちが船の出口をふさいだ。
「この船はこのわし、キャプテン・ミクロ様のものとなるのだ~」
 5体のうちの中央のひときわ大きいガイコツが歯をカチカチさせながら言い、ガイコツたちが襲って来た。
「来たな魔物め」
 一体のガイコツ子分がミズキさんに向かって骨を投げた。
「いたっ」
 ミズキさんの魔法のぼうしがはじけ飛んだ。まささんがミキサークローで応戦する。
 僕はみんなに「マモロ」をかける。2体を倒し、疲れているマシンさんに「フーワ」を唱える。「あり」とマシンさんは言ってまたオノで攻撃した。
「おのれ~」
 キャプテン・ミクロは怒り出した。両手の剣を回転させながらまささんに襲い掛かる。まささんの体が船壁に吹き飛び、鈍い音を立てた。なおもまささんに襲い掛かる子分が剣を振りかざした。
 回復が間に合わないと判断し、僕はまささんをかばった。
 背中が熱い。僕は切られたのか?
 マシンさんが子分を倒す。「大丈夫?」とミズキさんが僕に駆け寄ってきた。「大丈夫で
す」そう言って僕はやくそうを飲んだ。少しだけ切り傷がやわらいだ。
「ジュジュマ」
 ミクロに向かってミズキさんが魔法を唱える。炎のかたまりがミクロを包む。
「効かぬわ」
 ミクロがまた歯で音を鳴らした。大声で笑っている。マシンさんがまささんを横目で見た。
「まさ、行くぞ」
「あいよ」
 二人が駆け出した。木の床がギシギシと鳴る。
まささんが「サンダークロー」を放ち、ミクロに電光が走る。そこへすかさずマシンさんが
「脳天割り」と言ってジャンプしながらミクロの頭にオノを縦に振った。
 ピキピキとミクロの頭にひびが入って割れた。
「ふう、決まったな。これ練習してたんだよ」
 マシンさんがニヤっと笑う。かっこいい。
メロンさんもきっと強くなっているだろうな。僕もメロンさんと合わせ技やりたいな。
 船壁に背をもたれかけ、そう思った。這う虫なんか気にならなかった。

 バラットの海がオレンジ色に染まるころに僕たちは町に戻った。
「どこ行くんだよ?」
 みんなに言われながら僕はその場所に向かった。市場の人混みを抜け、おしゃれなドリ
ンクショップの前を通り過ぎる。
 潮で風化した木製のドアを開ける。「いらっしゃいませ」は聞こえない。
 4人掛けのテーブルに着く。奥には今日もおじいさんたちが酒に酔い、薄暗い店内はど
んよりとしていた。
 白髪のおばあさんが無言で水を4つ置き、その場で立っていた。
「あの……北の海岸にある座礁船に行ってきたんです」
 僕はおばあさんに向かって言った。細く虚ろな目でおばあさんは見ていたけど、そのままだった。
「これ、北の座礁船で見つけてきたんです」
 写真を見せる。そのときおばあさんの目が大きく開いた。僕は続けた。
「海賊船の船長室にあったんです。航海日誌にはさまっていました。もしかしておばあさんは『エミリア』さんですか?」
 おばあさんは震え出した。そして奥にいた酔いつぶれていたおじいさんたちが動き出し、言った。
「せ、船長……。船長が……。船長~」
「キャプテン・ロウズ。ロウズ船長は亡くなっていました」
「おお……船長…せ…。キャ、キャプテン……」
 おじいさんたちはテーブルに突っ伏した。
「またいつか一緒に航海しようと航海日誌に書いてありました。そして、エミリアさん。船長がこれを」
 僕は白髪のエミリアさんにひまわりに似たブローチを見せた。エミリアさんはしわくちゃな手でブローチを手に取りつぶやいた。
「ロウズ……ロウ……ズ」
 僕たちがお店を出ようとすると、船員だった一人のおじいさんが海賊船で使っていた『釣りざお』をくれた。帰り際に見たエミリアさんは、航海日誌にはさまっていた写真のように、ひまわりに似た笑顔で「ありがとう」と言った。その後ろの棚に飾ってある『ロウズ』さんの写真。キャプテン・ロウズ。
 外の日は落ちていた。


 僕のスマートフォンは今まで『トラあな』のアプリが入っている機械として機能していた。あとは親やバイトの連絡、また数少ない友達とのやりとり。だからやっぱりメイン機能としては『トラあな』が主だった。
 それが今日、もう一つ重大な機能が加わった。うん。そう言える。
『roin』だ。
 ついさっきのことだ。数時間前。
 バイトの休憩中、僕はスマホでトラあなの公式サイト『トラあな情報局』を閲覧していた。そこでは運営から送られてくるさまざまな情報を閲覧することができる。サーバーの不具合情報や、発売にあたっての運営からの感謝のコメントがトラあなのイラストとともに載せられていた。
 そしてイベントの告知もあった。それは
『聖なるトラあなクリスマス』
 というイベントだった。12月に入ったばかりだし、もう少し先のことだったけど僕は一字一句ていねいに目で追った。詳細はまた後日ということだったが、ルアやランランさん、人間の姿のジェイド、若かりし頃のエミリアさんがサンタの赤い帽子をかぶっているイラストが載っていた。
 どんなイベントなんだろう?
 僕は休憩室でテレビも点けずにその記事を二度三度と閲覧した。あ、それと、僕はアイスコーヒーのブラックに挑戦をし始めた。もちろんミルクは入れずに。メロンさんと同じ飲み物を好きになりたい思いからだった。
四度目の見返しをしようとした時だった。
「おつかれさま」
水希さんが赤いキャップを脱ぎながら休憩室に入ってきた。僕はスマホを持ったまま振り返り「お疲れ様です」と言った。
「あ」
水希さんが言ったけど、なんの『あ』かピンとこなかった。
「それ。『トラあな』じゃない?」
 水希さんは僕のスマホに顔を近づけた。僕は混乱して何も言えなかった。
「わたし今これやってるの。え? もしかしてやってるの?」
 水希さんは興奮気味に言った。
「あ、はい。え? 水希さんもやってるんですか。どこまで行きました?」 
「どこまでって、今わたしはバレットの港町で『釣りざお』をもらったとこ。それで、それで名前はなにでやってるの?」
「かろりです」
「え~!」
 休憩室内に水希さんの大きな声が響いた。
「ちょっとうるさいぞ」
 店長が厨房からやってきてひと言言って去っていった。極端にヒソヒソ声になりながらも水希さんは目を大きくさせたまま続けた。
「え~『かろり』なの? もしかしてマシンさん知ってる?」
「もしかして、ミズキさん?」
「そう。え~、もう。かろりなんだあ~」
 そして水希さんは僕の休憩が終わるまで帰らず、二人でトラあなの話をした。会話時間最長記録だった。そして
「roin交換しようよ」
 と言われ、お互いのスマホを重ね合わせた。水希さんのスマホは赤だった。

 なりゆきはどうであれ、僕は今roinの画面を開いたまま床に置き、部屋の中であぐらをかいている。その画面には白猫が「よろしくね」と言っている、通称『ハンコ』と、僕が返信した土下座をしている男性のハンコがある。他のハンコにすればよかった。
 ドキドキしたし、緊張もしたし、天にも昇る気持ちだった。そして本当に水希さんは『ミズキさん』だった。
 だけど。だけど。
 僕の妄想の中のメロンさんの顔が悲しんでいた。

メロンさんに会うために

執筆の狙い

作者 かろ
pd28bca9b.tokynt01.ap.so-net.ne.jp

来ないと言いながらまた来てます。すみません。
僕も去年なろうに投稿した作品です。自分では楽しかったのですが、いろいろよろしくおねがいします!

コメント

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

拝読させていただきました。

とても面白かったです。

長い小説は、「作家でごはん」では一気に読めないので、「なろう」のほうで読ませていただきました。

物語はとても良いのに、評価がそれに値しないのは、かなしいですね。

エブリスタなどで、賞に応募してみたりしてはいかがでしょうか?
他にも賞に応募できるサイトがあれば……。
なんとかプロの目にとまれば、良いですが……。

後は、多くのかたに読んでもらうために、私も気づいたのですが、たった一行の宣伝文一つで、ゼロが一になるというか、読みたいと思わせる題名とコメントってとても大事で、たとえば御作であれば、題名を少し変えるだけで、だいぶ多くのかたに読みたいと思わせるのではないかと思います。


2020を迎え、今年はとても変わった年になるそうです。

最近私もユーチューブに嵌っているのですが、関さんのチャンネル登録しました。
そこで、御作の冒頭に書かれている内容を見て、とても驚きました。
かろさんて、わかってる人……?
ですがここではあくまでも創作ということで……。

読ませていただきまして、ありがとうございました。

かろ
pd28bca9b.tokynt01.ap.so-net.ne.jp

日乃万里永様
お久しぶりです!
初めて長めに書きました。読んでくださってありがとうございます。
日乃さんの言うように宣伝文と題名とても大事だとサイトで調べていたのですが、宣伝文は何回か変えましたが題名は変えずにでした。
人気のジャンルや検索されやすいワード、時間帯、曜日などいろいろありました。書き方も最初は空行使ったのですが、どうもスムーズにいかなくて。アクセスの経過なども気になったりして色々勉強になりました。
どれを読もうかの時のインパクトとか、注目されるようなところに目を向けるのが足りませんでした。
面白かったと言っていただいてうれしく思います。
内容については実際のメカニズムなど構築されていなくて、矛盾点もいっぱいなのですが読んでくださる方がいてがんばれました。毎日投稿することも目標だったので字のミスとかもっとこうすればとかあったのですが、自分本位すぎたかなって。
読んでくださる方がいるってことは本当に励みになりました。がんばります。
嬉しいお言葉ありがとうございます!

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