作家でごはん!鍛練場
藤伊ウトイ

マーミョン

 坂田守さかたまもることマーミョンにとって、〝約束〟とは、決して反古にしてはならぬものである。
 もちろん、交わした約束を守るのは至極当然の事であるし、通常であれば別段驚く程ではないだろう。
 しかし彼の場合は、約束を絶対に破らないのだ。
 実際彼はこれまでの人生において、書面による契約から口約束に至るまで、双方が合意した上で取り交わされた約定を違えたことは一度として無い。
 内容の重要性は鑑みず、善悪の判断も無く、信仰や道徳的な思想もそこにはない。
 〝約束したから〟というただそれだけの理由で、彼はこれを為すのだ。
 この人格を、正常であると判断する者はいないだろう。

『マーミョンは多少無口だが、約束を守るとても良い子である』という認識でいた周囲の人間達がその本質に気づいたのは、彼が九歳、つまり小学三年生の頃だった。

「なぁマーミョン、じゃん拳するべ」
 紅葉舞う秋口の、とある放課後の事。当番の教室清掃をしていたマーミョンに、同級生の児童が声を掛けてきた。娯楽の少ない田舎町で生まれ育った子らにとっては、じゃん拳も立派な遊びの一つだった為、彼は快くその誘い乗った。
「そうだ、じゃん拳で負けた方が罰ゲームをするってことでどうさ。マーミョンもその方が楽しいべ?」
 マーミョンはじゃん拳だけでも十分に楽しめたのだが、断る理由もなかった為に頷く。
 その後、暫し協議を重ねた二人は、負けた方が担任の桑沢教諭にカンチョウをする事で合意した。
 この桑沢という男は、学生時代をラグビーに費やした大柄な男で、三十代の身でありながら、その体躯は当時の活躍を思わせる立派なものであった。怖いもの知らずな男子児童達ですら、この男にだけは悪戯を仕掛けない。
 そんな男に、じゃん拳で負けた方が特攻を仕掛けるのだ。しかもこのカンチョウ、一回ではない。十回という約束になっている。
 このハイリスクな賭けに、彼の胸は高鳴った。無意識に握り込んだ拳の中にじっとりと汗が浮かぶ。ただ手を付き出すだけの遊戯が、罰ゲーム一つでこんなにも輝くのか。マーミョンは、震える自分の身体を抱き寄せた。

 そして運命は、マーミョンに赤札を渡した。







 職員室でテストの採点をしていた桑沢は、そろそろ自身の受け持つ学級の清掃点検をせねばと席を立った。古めかしい校舎の為、歩く度に木製の床がぎしりと鳴る。
 廊下に出た桑沢は、スポーツ選手を彷彿とさせる軽快な足取りで足を進める。その直ぐ後ろに彼の臀部を神妙に見つめる少年が立っている事に、彼は気づいていなかった。

 生涯現役をモットーに、未だに社会人リーグでスクラムを組んでいる桑沢は、他の同世代の男に比べて体幹や反射神経に殆ど衰えをみせていない。しかし、流石に臀部に指を突っ込まれる事を想定した訓練はしたことがない。もとい、そんな訓練は存在しない。

 シンと静かだった廊下に、桑沢の絶叫が響き渡った。

 その後、臀部を擦りながら何とか立ち上がった桑沢は、直ぐ側で無表情に立つマーミョンを見つけ、激昂した。彼の怒りは凄まじく、マーミョンがその場で三度謝罪をしても感情が収まる様子はなかった。
 桑沢はその小さな犯人を引き摺るようにして指導室に連れ込むと、たっぷり一時間掛けて、マーミョンを怒鳴り付けた。
 その中には当然、「何故こんなことをしたのか」という問いも挟まっていたのだが、じゃん拳の約束の中に〝動機は語らずべからず〟とあった為、執拗な尋問の中にあってもマーミョンは同級生の名を上げなかった。
 しかし、謝罪だけは丁寧に重ねたおかげで、しばらくすると流石の桑沢も矛を納めた。
「おい坂田、二度とあんな馬鹿な真似するんじゃないぞ。お前は成績も良いから、今度やったらどうなるか分かるな?」
「すいません」
「じゃあ今日はもう帰れ」
 そう言って立ち上がった桑沢は、扉に向かうべくマーミョンに背を向けた。

 二度目の絶叫が指導室の窓を震わせた。

 若干九歳にして、マーミョンの心は鋼のような強靭さを兼ね備えていた。兵役経験のある祖父と同じ屋根の下で暮らしていたことが、彼の人格形成に大きな影響を与えたのだろう。〝約束は破るべからず〟とは、祖父に口を酸っぱくして言われていたことなのだから。

 あの日、二度目のカンチョウの後に頭を張り飛ばされたマーミョンは、それでも隙を見て、時には油断を誘い、また日を改め、遂にはカンチョウ十回を完遂した。
 五度目のカンチョウなど、家庭訪問に来た桑沢に青い顔で頭を下げていた母親を囮に背後を取った程の徹底ぶりである。

 このカンチョウ事件の末、周囲の人間はようやっとマーミョンの人格に何処か問題があることを悟ったのだった。

マーミョン

執筆の狙い

作者 藤伊ウトイ
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いつ、どんな人間が、何故、どんなことをして、その結果何が起こったのかという基本を、楽しませながら読ませるにはどうすれば良いか考えて執筆しました。
面白いか否か、文体や文章構成のアドバイスなど、忌憚無くご意見をお聞かせ下さい。

コメント

松岡修子
85.203.49.163.rev.vmobile.jp

面白く読めました。文章は読みやすくて良いと思います。
小説は論文とは違うので、論文の展開の仕方ではなく、小説の書き方(読者が楽しめる展開の仕方)で書きましょう。
無駄な空行が多いので、必要な箇所だけに絞りましょう。一行で十分です。

>坂田守さかたまもることマーミョンにとって、〝約束〟とは、決して反古にしてはならぬものである。

ふりがなは、坂田守(さかたまもる)や坂田守《さかたまもる》のようにカッコでくくりましょう。 

〝約束〟など、作中の随所に〝 〟が用いられてますが、日本語の小説には用いないのが一般的です。「 」や『 』を使いましょう。

 ラスト一文がオチなのに、冒頭部分で、
>この人格を、正常であると判断する者はいないだろう。
 と書いてしまっているのがマズイです。
 冒頭はマーミョンが約束を必ず履行するという事実だけを書いて、読者に『マーミョンは誠実で素晴らしい人格者である』とミスリードを誘うように書くと効果的です。
 さらに、低学年の頃に理科の授業で植物の種をもらった際に、「毎日必ずお水をやること。先生との約束ですよ」と言われたので、種を庭に蒔いてからというもの来る日も来る日も雨の日も水をやったという一見微笑ましいエピソードを入れておくと後々効いてきます。あれは、そういうことだったのか……と。

本論の冒頭で、
>周囲の人間達がその本質に気づいたのは、彼が九歳、つまり小学三年生の頃だった。
 と書いてしまわないほうが良いと思います。読み進めるうちに「え、マーミョンてもしかしてヤバイ奴なんじゃ?」と気付かせるほうが物語として面白くなります。

じゃん拳はジャンケンとするほうが読みやすくなりますし、この作風にも合うと思います。

>紅葉舞う秋口

秋口とは秋になったばかりの頃のことです。紅葉はまだ散りません。

浣腸をカナ書きするときは、カンチョウではなくカンチョーとするのが一般的ではないかと思います。

>そして運命は、マーミョンに赤札を渡した。
この赤札とは、『花より男子』における赤札のような意味合いで使ってますか? だったらやめたほうが良いです。『花より男子』を知らない人には意味不明だからです。赤紙(召集令状)と思えばなんとなく意味は通じますが、赤紙ではなく赤札と書いてるので読者にはモヤモヤが残ります。

 改稿してからショートショートコンテストに応募されることをおすすめします。川端康成の『掌の小説』収録の「百合」を想起しました。良作です。

椋丞
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ざっとですが読みました。
矛盾している面白さって事なのでしょうか?
「おい坂田、二度とあんな馬鹿な真似するんじゃないぞ。お前は成績も良いから、今度やったらどうなるか分かるな?」
「すいません」
「じゃあ今日はもう帰れ」
これは約束に入る気がするのですが、なぜか彼は守りません。

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

いいね。単純だけど、面白い。
冒頭、うざいくらいの状況設定が後になって活きてくるね。

p772014-ipngn200906tokaisakaetozai.aichi.ocn.ne.jp

強調括弧は〝〟だろうが『』だろうが何の問題も無い(使い勝手はともかく)。だが、混同混乱を避けるために「」と分けているってのが根幹。そのため、同じ使い方をしているのに違う括弧を使うのは混乱の元なのでアウト。統一しましょう。



 〝約束したから〟というただそれだけの理由で、~

 『マーミョンは多少無口だが、約束を守るとても良い子である』という認識でいた周囲の人間達が~

 その中には当然、「何故こんなことをしたのか」という問いも挟まっていたのだが~
 
上の3つの括弧は同じ使い方をされているから統一が必要。

松岡修子
188.250.149.210.rev.vmobile.jp

再訪です。

「おい坂田、二度とあんな馬鹿な真似するんじゃないぞ。お前は成績も良いから、今度やったらどうなるか分かるな?」
「すいません」

上の人が「矛盾してる」と書いてますが、これはマーミョンがただ謝っただけなので、約束には当たりません。だから矛盾は生じていません。

ですが、「お前は成績も良いから、今度やったらどうなるか分かるな?」が引っかかります。
「お前は成績が良いから、今度またカンチョーなんかしたら、その時はどういう事になるかぐらい分かるよな?」という意味ですか?
これは成績の問題ではなく、地頭の問題です。だから、「成績も良いから」ではなく「頭が良いから」とするべきだと思います。
だけど先生には成績の良さと頭の良さの違いがわからなかったから、そんなことを言ってしまったんでしょうか?

椋丞
softbank126117173120.bbtec.net

>上の人が「矛盾してる」と書いてますが、これはマーミョンがただ謝っただけなので、約束には当たりません。だから矛盾は生じていません。

そういうことではなくて心理的な話をしたわけです。
まあ、〝〟がダメとか仰られる方なので無理もないかな(^_^;)

松岡修子
169.253.149.210.rev.vmobile.jp

椋丞さんへ

心理的な話とは、「主人公は約束を必ず守る児童だからそれ以外の点においても模範的なはず。だからたとえ約束などしていなくても、先生から注意されたことは今後絶対にするはずがない」という意味ですか? 

群青ニブンノイチ
softbank221022130005.bbtec.net

これ、いちいち読んだだけの何かが書かれていますか。

想像する限りでは作者が恐らく目指すなり思い描いたらしいものはわからなくもないのですが、たぶんですが、それについて適当と思える手法のようなもの、あるいは最低限必要な構造的役割のようなことをあまり理解出来ていないっぽなあ、という印象を個人的には受けました。

>ただ手を付き出すだけの遊戯が、罰ゲーム一つでこんなにも輝くのか。マーミョンは、震える自分の身体を抱き寄せた。

この作品の中で、恐らく作者なりの作為に作用するべく存在している文章はこの一文だけで、しかも作者自身はもちろんの如くそんなことには気づいていないと、わたしは勝手に思っていますが、恐らくそれほど不正確な想像ではないのではないでしょうか。
さもなければ、この程度の仕上がりに落ちるはずもない、という意味で言っています。


作品としてのジャンルというか性質、もしくは性格と言った方が正確なのかもしれませんが、そういった印象はわからなくもないからこそということなのですが、こういったお話に対して作者として何より欠かしてはならないものは、キャラクターへの思い入れとか愛情のようなことではないのかと、個人的には何よりも先に思うものです。
それは、なぜこれを書きたかったのか、という単純な問いと何も変わらないことなのだと個人的には考えるものなのですが、どうなのでしょうか。
>楽しませながら読ませるにはどうすれば良いか
楽しませる、というその目的について何を楽しいと思わせたいものなのか、その見通し方そのものから疑わしい、ということを言っているつもりなのですが、わかりますか。


つまり、今現在のカタチが作者なりには正確なものであるらしいと考えるなら考えるほど、まだ何も始まっていないと、個人的には当たり前のように思わされるということです。
先に引用させていただいた一文がつまりなぜそういう意味と考えられるのか、それがわからなければ作者には恐らく伝わる話ではないだろうと思いますし、やはりこのお話は所詮何も書かれないまま終了するしかないのだと思います。

道端で野良猫を見かけた、程度の日記とそれほど変わらない気がするというのは言い過ぎでしょうか。
ただの見殺しみたいなものだ、のようなことを言っているつもりなのですが、腹が立つようでしたらすみません。

えんがわ
M014008022192.v4.enabler.ne.jp

雰囲気が好きです。
マーミョンってあだ名かな。好きな言葉のセンスです。また偏屈な彼が友達から好かれていることが、ちゃんと滲んだりもしますよね。

五度目の後、かんちょう五回、厳格な警戒態勢の中、どんなシチュエーションでかんちょうが放たれたのか、書かないところが上手いですよね。なんか想像しちゃいますもん。

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