作家でごはん!鍛練場
女衒小僧

スマイル!

「スマイル!」
 教壇の前の席で自作の一発ギャグをイラストを交えてネタ帳に書き込んでいると、教室の後ろで女子たちの華やかな笑いが起きた。振り返ると、ひとりの男子生徒の周りを四、五人の女子生徒が囲んでいる。
 そのなかにケイもいた。あいつと話すときのケイの笑顔を僕は憎んだ。ケイはあいつが喋ることにならなんでも、きゃっきゃと食らいつくタイミングを前のめりになって伺っていて、その瞬間が来たら必死になってサーヴィスのスマイルを送るのだ。ケイはコント好きの女子生徒で、美少女だった。お笑い好きの女子というのはたいていブスで頭も悪いと決まっているが、ケイは別だった。
 あいつは銀縁めがねをかけたサッカー部のエースで、自他ともに認めるハンサムだった。つまり、自分の顔が女に受けるということを理解して、しかもそれを武器にして学校生活を送っているタイプだ。しかも学年で一番勉強ができた。別に成績を競っているわけではないが、いつも僕は二番で上にあいつがいた。
 しかし、そのことは別にどうでもいいのだ、勉強で負けているからといってなんということはない。二次関数だの、立方体だの、オームの法則だの幕府だのは、僕にとってさして重要ではない。肝心なのはみんなの笑いをとること。義務教育という期間に誰にでも与えられる普遍的な知識を自分なりにアレンジして、子供からお年寄りまで全員が吹き出してしまうようなギャグを考えること。それこそが僕の希望だった。
 ケイがまだあいつに夢中になる前、中学一年の夏に僕たちはシティホールで行われたお笑いライブに行き、おおいに笑い、来年の学園祭は二人でコントをやろうと約束したのだった。
 そう、僕の夢はケイとコンビを組んでみんなを笑わせることだ。
 ところが僕は日々、お笑い技術を研鑽しているというのに、ケイときたら、あいつにかまけてばかりだ。来年は高校受験だから今年が最後のチャンスだ。ケイも僕も勉強はできたから実際は三年生になってもステージに立つことは可能だが、ケイは変にまじめなところがあって受験の時期は学業に集中したいだとかいいだすだろうと僕は考えていたのだ。
 危機感を感じた僕はケイの目を覚ましてやらなくてはならないと思った。僕は突然、席を立ち上がりあいつと女子たちの席まで行き、あいつの胸ぐらを掴んで立たせ、てめえ、すかしてんじゃねえぞ、いつもべたべたワックスなんかつけやがって、だいたい、中学で女に目覚めちゃうなんて、たいそうなスケベじゃねえか、おまえ、自分がおもしろいこといってるって勘違いしてるみたいだけど、みんながわらってるのはおまえの顔が良いからだよ……と十分間一気に畳みかけたというのは嘘で、実際はあいつをストレートに敵に回すとやっかいだと思ったので、
「おい、岸本、おまえ朝読書の時間なに読んでる?」
「小説だよ」
 うそをつけ。ぼくはあいつがーー笑いの穫り方というーー本をカバーをつけて読んでいるのを知っている。
「僕ちょっと一発ギャグやるからさ、全員笑ったら、おまえも一発ギャグしてな」と言った。
 あいつは、あのなあ、そういうの俺のキャラじゃねえからなどと言って苦笑いしていた。普段かっこつけていたり、真面目ぶっている生徒は笑いに弱いということを僕は知っていた。奴らはバカになりきれないのだ。
「ばかだねえ、翔太。岸本君がいやがってるのわからないの?」
 ケイがあきれたという風にいったが、僕はケイの口を手で塞いだ。
「岸本君にはジョークも通じないってこと?」
 僕はそう言って学ランのポケットから、耳がでっかくなっちゃったのゴムを取り出して広げて見せた。周りで見ていた男子生徒が笑った。彼らは、勉強もスポーツもできず学校で鬱憤をためているタイプの生徒で、その対極にいる岸本を僕がコケにするのを見て楽しもうとしているのだ。
 岸本はかっこつけだが頭の回る奴で、
「おい翔太、全員笑わせるっていったな、俺は絶対に笑わないから、おまえは勝手にすべっておしまいだよ」と返してきた。
「いいよ」
「ずいぶん自信があるんだね」
 僕は空手の気合いを入れるまねをした。ハッ。その瞬間に屁をした。
 当然だが、この時点では誰も笑わない……と思っていたのだがなんと驚いたことに岸本のやつの口元が緩んで白い歯がのぞいた。
 あいつ、笑いを我慢できないタイプなんだ、と僕は愕然とした。
 岸本が笑わなければ、他の連中も空気を読んで笑いはしないだろう。逆もしかり、僕は岸本ひとりを集中ねらいして笑いの攻撃を仕掛ける作戦をとることにした。
「おい、岸本、さすがにいまのおならが一発ギャグってことはないっしょ、おまえ好きな数字言ってみろよ、ぼくのネタからひとつだけ披露してやる、さあ、ギャグナンバーいくつだ?」
「5987番」
 岸本はそういった。絶対そんなネタないだろう、と周りで見ていた男子が呟く。岸本は自滅してブホッと吹き出しそうだ。自分で言って自分で面白がるやつがいるか!と、つっこみたくなる。
「5987番ね、オッケー行きます」
 岸本は銀縁めがねをくいっとインテリがやるみたいに片手で持ち上げて真剣な顔をつくった。
 あいつは稚拙なギャグを好むようだ、分かりやすい方がいい、と僕は考えた。
 僕はさも、5987番のギャグを披露するという風に、右胸をマウンテンゴリラがドラミングするときの要領でどんどん叩いた。あっあっと吐息を漏らす。アーアーアー……
「バズライトイヤー参上! アーアー……バズライトイヤー参上!」
 ブホっ。岸本が吹いた。
 ブホっ。ケイも吹いた。
 その時のあいつらの顔を君にも見せてあげたいよ。
 岸本とケイが笑った、勝った……。と思ったが、あいつら以外誰も笑っていなかった。
「つまんな、いまの、バズライトイヤーのまね?」と周りにいた男子生徒がしらけたように言う。「俺のほうがうまくできるよ」
 そういって、さっきの僕のネタを変顔をしながら真似た。女子たちがクスクス笑う。
 いつだってこいつらはハイエナだ。自分たちでは一発ギャグのひとつも考えられないくせに、おこぼれだけはしっかり欲しがる。
「ちっ、おまえにゃ負けたよ、そのネタやるからこんど岸本にむちゃぶりされて困ったらつかってみな」と僕は嫌みをいった。そいつは劣等感からか、顔を真っ赤にした。
 てめえ、翔太。殴るぞ。背後からそんな声が聞こえたが僕はかまわず教室をでる。
 ケイがついてきた。ちょっと、翔太。
「俺今日は、早退するよ。先生に言っといて」
「つまらなくなかったよ。吹き出しちゃったもん」
「おまえとあいつしかウケてなかったじゃん」
 そのとき、廊下を走って岸本がやってきた。一冊の本を持っている。
「おい、翔太」
「なに? 全員笑わなかったから一発ギャグはやらなくていいよ」
 そういうと、岸本は首を振って、
「俺、勉強もおまえに勝ってるし、スポーツもおまえよりできるから。だから、笑い穫るのも負けられないんだ、この本を読んで勉強したけど、笑いって奥が深いんだな」
 彼はーー笑いの穫り方ーーを投げ捨てると、見てろ俺の一発ギャグ、と叫んだ。
「三の倍数でかっこいい堕天使になってしまう岸本いきます」
 つかみはよかった、と僕とケイは後に話した。でもその後がまずかった。
「1、2、堕天使、4、5、堕天使」
 堕天使、堕天使といいながら、眼鏡を外してはつける岸本。
 やはり恥ずかしいのか、見ていてなんともおもしろくないのだ。しかたがないので僕はネタを披露している岸本の背後に回ってズボンをおろしてパンツ一丁にさせてやろうとした。
 ところが、岸本はズボンを押さえた。
 ええい、力ずくだ。ズルっという音がした、気がした。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー…」
 何が起きたのか一瞬分からなかった。
 パンツまで一緒におろしてしまい、岸本のあそこが公共の場にさらされたのだった。
 ケイの叫び声を聞いて、教室から他の生徒がぞろぞろでてきて、岸本の悲惨な姿を見た。
「バカ野郎」
 顔を真っ赤にして僕の頭を殴る岸本は女子生徒にかわいいと言われていた。
「いいねえ、ハンサムは」と僕はいい、笑った。
 両手で顔を覆い、手の指の隙間からしっかりと現場を目撃していた好奇心旺盛なケイの肩を、僕はたたいた。
「ケイ、覚えてる?」
「なにを」
「僕たち、お笑いライブをやるって約束したじゃない」
「そうだっけ」
 ケイが僕との約束を忘れていたことは少なからずショックだった。でも、ズボンをはきながら岸本が言った言葉でそんなものは吹き飛んだ。
「お笑いライブ、やろうよ。翔太。今年の学際は二人でコントだ」
「岸本くん、なんか変な方向に目覚めたんじゃないの」とケイ。
「ええ、じゃあさ、コンビじゃなくてトリオじゃだめかな?」
 僕はあくまでケイと組みたかったのだが、
「やーだよ」と舌を突き出して笑った彼女のスマイルが憎めなくて、しょうがねえなぁと頭を掻いた。

後日談
 僕と岸本は学園祭で「キャベツ太郎」というコントを披露して、保護者会や教師から大ヒンシュクをかった。舞台袖ではケイが顔に両手を当てていた。
 コントの内容は、君の想像に任せる。

スマイル!

執筆の狙い

作者 女衒小僧
222.230.118.216.ap.gmobb-fix.jp

10枚です。教室を舞台にした小説を一本書いてみようと思いました。短いですがよろしくお願いします。

コメント

松岡修子
156.251.149.210.rev.vmobile.jp

耳が大きくなるアイテムが登場するまではわりと良かったです。
そのアイテムを出すタイミングが間違ってるし、その後に続くギャグやネタは笑えませんでした。
性器を露出させるのも笑いの質としては低いのでやめたほうが良いです。これが受けたからお笑いのセンスがあると勘違いしてコンビを組んで文化祭出場、という流れは痛過ぎます。
人を泣かせるのは簡単ですが、笑わせるのは難しいですよ。

女衒小僧
222.230.118.216.ap.gmobb-fix.jp

松岡修子さんコメントありがとうございました。

 文章で人を笑わせるのはとくに難しいですよね、感想ありがとうございました。

偏差値45
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お笑い芸人を目指す物語だったら成立するかもしれませんが、そこまでにはなっていない。単純に馬鹿げた青春の一ページということでしょうか。個人的にはテレビを観ないので、ギャグの方は全然分かりませんでした。

松岡修子
85.203.49.163.rev.vmobile.jp

タイトルですが、「俺のギャグで笑ってくれ!」という意味で使ってますか?
スマイルは微笑むという意味ですから不適切です。
「爆笑する」はroar with laughterと言いますが、これをカナ書きにしても意味がわかる日本人はあまりいないと思います。
タイトルを再考しましょう。

しまるこ
KD106180004110.au-net.ne.jp

>僕は空手の気合いを入れるまねをした。ハッ。その瞬間に屁をした。
これは結構好きです。

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