作家でごはん!鍛練場
朱漣

坂の上の追憶

 武部庄吉が病に倒れたのは、例年になく暑さが厳しかった夏の盛りだった。ひとり息子の修一は連絡を受けると、予定を一週間ばかり繰りあげて帰省した。
 微かな後悔の念が胸をよぎる。修一が高校卒業と同時に就職し、郷里を離れたのは五年前のことだ。母親はその二年後に病死していたから、以来三年間、庄吉はずっとひとり暮らしを続けていたことになる。
 修一は何度も〝一緒に暮らそう〟と誘ったが、この街で久しくクリーニング業を営んできた庄吉は、息子の誘いに応じようとはしなかった。身体が言うことをきく間は、馴染み客との付き合いをやめるつもりはなかったのだ。
 そんな事情もあって、ご近所さんが日頃から暮らしぶりを気にかけてくれていたので、日課の散歩に数日姿を見せないのを心配して様子を見に行ってみると、その日の朝刊を手にしたまま、玄関先で倒れている庄吉が発見されたのだった。
 聞けば春先から、体調がすぐれない日が続いていたらしい。心配した周囲の人たちは病院での検査を奨めたが、笑って相手にしなかったという。
「放っとけばよか。風邪ばこじらせただけじゃ」
 いくら説得しても病院へ行こうとしない庄吉を見かねて、隣家に住む世話好きのおばさんが修一に連絡しようとしたが、庄吉はこれも許さなかった。
「いらんこつば、知らせんでもよか!」
 そうこうするうちに、病状は悪化の一途を辿っていった。
 一昨年に還暦を祝ったばかり、病気らしい病気も知らず、休むことなく個人経営の商売を営んできた肉体に対する過信、まだまだ息子の世話にはならないという自負、余計な心配をかけたくないという配慮……、いずれの思惑も悪意に根ざしたものではなかったが、それぞれが歯車のように噛み合って招いてしまった結末は深刻だった。
 診断の結果は、極度の貧血。その原因を調べる精密検査で、胃の上部に全摘術が必要なほどに進行した癌が見つかった。潰瘍状となった病巣の一部からの出血が、立っていられないほどの症状を引き起こしていたのである。
 正月に戻った時には、変わりなく元気そうだったのに……。飲めもしない酒を無理して呷り、真っ赤な顔で嬉しそうにニコニコ笑っていた父親の姿が思い出された。
 主治医からは即時の入院と早期の手術を打診されたが、庄吉はすぐには首を縦に振ろうとしなかった。
「お客さんからの預かりもんば、片付けてしまわんといかん」
 庄吉が営む店は静かな住宅街の中にある、住まいも兼ねた二階建てだった。一階の一部を仕事場に改装していて、「洗い場」は裏手に設けられていたし、「仕上げ場」は奥まった通りに面してはいたが、外交専門でやって来たこともあって、所在を知らせる看板や受付カウンターなどはなく、傍から見てもそこがクリーニング店だとはわからない。「仕上げ場」に隣接するガレージには、うす汚れた白い箱バンが停まっていて、スライド式のドアには黒い明朝体の文字で、『日乃出クリーニング』と屋号がプリントされていた。
 集荷してきた衣類は、水にも溶剤にも滲まないランドリーペンで名字と日付を書き込んだタグが付けられ、「仕上げ場」にある大きな樹脂製の青いカゴの中に入れられる。部屋の中央辺りには、専用のビニール包装まで済んで配達を待つだけの衣類がずらりと吊るされてあった。
「カゴの中の預かりもんば、そのままにはしとられん」庄吉は言い張った。
 修一は車で二時間ほど離れた街にあるコンビナートの工場で働いていたから、帰省できるのは週末だけだ。仕方なく個別に連絡を取って、事情を説明したうえで配達日を調整させてもらった。そうして、週末になるとナビ代わりの庄吉を助手席に乗せて、箱バンで市内を走り回った。
 配達をしなくてもよくなった平日、庄吉が身体の調子と相談しながら、少しずつ仕事をこなしていった。やがて、カゴの中が空っぽになり、ハンガーに吊るされていた衣類もある程度片付いたのは、夏の後ろ姿が遠ざかる九月末のことである。
 十月に入ってすぐに入院し、ほどなく胃の全摘術が執刀された。心配された転移もなく、およそ一ヶ月のリハビリ入院の後、庄吉は無事に退院した。
 しかし、入院するまでの無理がたたったのと大掛かりな手術のせいで、体力は予想以上に消耗していた。さらに胃切除術後障害に悩まされ、満足に食事を摂れない日が続いた。当然のように食も細くなり、みるみるうちに痩せていった。
 それでも、庄吉は諦めなかった。肉体の衰えを気力で補い、なんとか後遺症を克服しようと懸命に闘っていた。その不屈の闘志が、元の生活を取り戻してみせる、という渇望にも似た熱情に支えられていたことは言うまでもない。

 そんな庄吉を変えてしまったのは、たった一枚の葉書だった。
 いつもと変わらぬ朝の陽だまりの中、それは炬燵に置いた新聞の上に重ねられていたダイレクトメールの束に紛れ込んでいた。その葉書には花文様の切手が貼られ、裏面には薄墨の縁取りがしてあった。何気なく手にして文面に目を落とした庄吉は、しばらく彫像のように動かなかったという。
 その日を境に、毎朝たっぷりと時間をかけて新聞の隅から隅まで目を通すことを日課にしていた庄吉が、新聞を手にすることすらなくなった。まるで飽くことなく続く人々の営為から、無理に目を逸らそうとしているかのように。自らを支えていた大きな何かを失くしてしまった庄吉は、これまでとは別人のように一切の闘いを放棄した。
 正月が過ぎて間もなく、庄吉は誤嚥性肺炎を引き起こして緊急入院した。たまたま医局に居合わせた全摘術の執刀医は、ストレッチャーで運ばれて来た庄吉の姿を見かけて、その変わり果てた姿に目を丸くした。
 半月あまりを病室で過ごし自宅に戻って来た庄吉には、仕事に復帰したいという意欲は感じられず、たとえ望んだとしてもそれが叶う状態でないことは、もはや誰の目にも明らかだった。
 初雷が土中で眠る虫たちを驚かす頃、庄吉は淡々と〝店仕舞い〟を告げた。
「もう身体が言うこつばきかん」
 庄吉の告白は、ほんの少しの戸惑いと深い諦念をもって受け入れられた。家族を支えてきた者が老いて退くことは、いずれは必ず訪れるもので避けては通れないし、その時がそう遠くないことを修一は覚悟していたからだ。
「父さん……、長い間、ごくろうさまでした」
 短い沈黙の後、息子は居ずまいを正して、老いた父親に向かって深々と頭を下げた。

 再び、父子の客先行脚が始まった。
 入院前に先延ばしにしていた配達待ちの衣類が、まだ相当数「仕上げ場」に吊るされたままになっている。店を畳むのなら、すべてを片づけてしまわなくてはならない。その数は前回の半数にも満たなかったが、作業は遅々として進まなかった。庄吉の体力消耗が著しく、一日に配達できる数に限りがあったからだ。
 最初のうち、馴染みの客宅の玄関先まで足を運び、長年の謝意と別れの挨拶などを交わしていた庄吉だったが、一ヶ月を過ぎた頃には助手席で道案内をするだけで、車内から出ることもほとんどなくなってしまった。
 それでも大型連休の前までに、二人は残っていた衣類の配達をほぼ終えていた……。
 車はしばらく前から砂利道を走っていた。路面状態は相当に悪く、土肌が露わになっている部分が目についた。処々にできた窪みには、朝まだきの雨が水溜りを拵えている。
「そこ、を……右、に曲がってくれんか」
 助手席に座った庄吉が、蚊の鳴くような声で頼んだ。
「え? 何、右だって?」
 年代物の箱バンは、いまひとつ感覚が掴めない。慌ててハンドルを切りながら、修一は傍らの老父にちらっと視線を向けた。
 庄吉は窓に頭を寄せて、ドアにぐったりともたれかかっていた。いかにも辛そうに眉間に皺を寄せていたが、それでも道案内だけはきちんとこなしてくれている。
 凸凹の砂利道が舗装道路に変わった。敷かれて間もないアスファルトの路面が雨滴を弾き、持ち直した空模様の雲間から零れる陽射しを拾っては、鈍色の空を映じている。
 真新しい舗装道路は、売り出し中の分譲住宅地の導入路に繋がっていた。道路を挟んだ左手には、造りが似通った建売住宅が軒を連ね、反対側にはまだ整地したばかりの空き地がひろがっていた。その向こうは、今しがた通って来たばかりの砂利道である。
突っ切ると、なだらかな上り坂が続いていた。両側に広く設けられた歩道には赤煉瓦の石畳が敷かれ、沿道にはプラタナスの並木が伸びている。街路樹の数本おきに設置された街路灯は、その先端で二又のアーチを描き、明治時代のガス燈を模した灯具を両手にぶら下げていた。
 坂道に沿って建ち並ぶ家々は、ガレージや中庭付きの瀟洒な造りの一戸建てが多い。家並みの合間を切り取っている小さな児童公園やスーパーマーケット、洒落たレストランなどは、パズルのピースが嵌まるみたく周囲に馴染んでいる。
 閑静な郊外の住宅街。
 修一は坂の頂上へ向かって車を走らせながら、不思議な感覚に捉えられていた。こんな街外れに来たことはないはずだったが、歩道の光景や雰囲気にどことなく見覚えがあったのだ。
 坂を上りきってしばらく行くと、右手にロータリーがあった。中央部分の待機場にはバスが二台停まっている。青色のベンチを据えた屋根付きの停留所が、停車したバス越しに見え隠れしていた。
 ロータリーを過ぎた辺りから、道は左に緩やかな弧を描く。
「あそこに……、向かって、くれ」
 庄吉がわずかに腕を持ち上げて指差す先、カーブ沿いに建ち並んでいる二列八棟の団地群を目にした時、修一の胸の内でわだかまっていた予感が確信に変わった。
 ――間違いない。前に一度、ここには来たことがある。
 それも記憶が曖昧になるくらい、ずっと昔のことだ。おそらく小学校に入る前。だとすると、二十年近くが過ぎていることになる……。
 修一はロータリーをやり過ごして、団地の駐車場に乗り入れた。
「父さん、着いたよ」
 無駄だとは思いつつ、父親に向かって声をかけずにはいられなかった。
 この一枚だけは、庄吉自身の手で客先に届けて欲しかったし、本人もそのつもりでぶかぶかになった一張羅を着ているはずなのだ。だが、修一がそっと様子を窺ってみても、庄吉はぐったりしたまま動きだす気配はない。
 溜め息を吐きながら外に出て、改めて周囲を見回す。いや増す既視感と収まりが悪い違和感、相容れない感覚が入り混じって修一を戸惑わせた。
 駐車場の縁に沿って、取り囲むように幹を並べている大振りな桜の樹々には、確かに見覚えがあった。しかし、曇り空の下に佇む直方体の建物群は、修一の心の底に沈殿する記憶の断片とは少し違っていた。当時の棟はもっと少なくて、奥は空き地になっていた気がするのだ。実際、八棟の団地は造作こそ同じだったが、壁のくすみ具合や雨垂れの濃淡などを較べてみると、手前に近づくにつれて加齢臭が増していくのがわかった。
 スライド式のドアを開ける。
 リアシートの上に、A四サイズのプラスチック製書類ケースが置いてあった。半透明のプラケースの中には、折り畳まれたワイシャツがぴったりと収納されていた。
 ――これで、すべてが終わってしまうのか。
 桜並木が満開の花びらを咲き誇らせていた頃、車内には包装用のビニール袋に包まった衣類が、隙間もないほどぎっしりと吊るされていた。樹々がすっかり薄桃色の衣を脱ぎ捨てた今、そこには書類ケースひとつが残っているだけである。他の衣類と違い、わざわざプラケースを使っている荷姿に庄吉の強い思い入れが感じられた。
 その白い麻のシャツは、庄吉が最後に手がけた一枚だった……。

 あの日、庄吉はシャツ一枚だけのために、「仕上げ場」の床に立った。
 年代物のボイラーを叩き起こし、寝起きが悪い彼をなだめすかして、業務用の蒸気アイロンを立ち上げる。
 前日、「洗い場」に陰干しにしておいたシャツを持ってくると、腰の高さほどのアイロン台の上で軽く捌く。
 父親の仕事振りを目にするのは、ずいぶんと久し振りのことだった。幼い頃のある時期まで、修一は家業を継ぐつもりでいたから、アイロンを巧みに操る庄吉の後ろ姿は懐かしかった。五分足らずの短い時間内でシャツを綺麗に畳み込んでいく一連の動作の中で、皺くちゃにくたびれていたシャツが、卸したてのような張りと艶を取り戻すさまは、何かの魔法を見ている思いだった……。
 庄吉はまず、左右のカフスを両手で丁寧にひろげると、左手で生地を引っ張って伸ばしながら、裏側からアイロンをかけていく。把手を掴んだまま操作できるレバーを指で動かすと、底面から噴き出す蒸気を生地にあてるくぐもった音がすると同時に、周囲に独特の匂いが漂った。
 次に、庄吉は左右の袖にとりかかった。袖は脇下の縫い合わせをつまみ、背中側の袖を上にして縫い目を揃え、まずはカフスの時と同じように両手を使って皺を伸ばす。生地が伸びてしまわないように、アイロンは袖に対して上下に動かしていく。ひと通り袖を終えると、カフスのボタンを留めて袖襞を折り込み、折り目に沿ってそっと押しあてる。反対側にも同じ袖襞ができているので、こちらも肘から返して上から軽く押さえてやる。
 袖の次は衿である。生地と芯地を引っ張りながら、裏表の順番で両側を仕上げた後、庄吉はもう一度シャツをひっくり返して、衿台の真ん中辺りにアイロンを置いた。それから両手で衿先を持って、衿羽を巻きつける仕草をした。こうすることで、襟のラインが綺麗にカールして、畳み込む際に形が美しく整うのである。
 前立ての仕上げは、左と右で違う。右の前立てにはボタンが付いているから、庄吉は直接熱した部分に触れないように裏返しにして、ボタンの裏からアイロンを走らせる。
 左前立てに手をつける前に、後ろ身頃から処理していくのが庄吉流のやり方だった。
 背中を下にしたまま胸をはだけ、霧吹きで充分に湿らせる。後ろ身頃の生地は薄く、アイロンの蒸気だと素通りしてしまうのだ。庄吉は薄い生地を傷めないように、さっと拭く感じで仕上げていった。
 後ろ身頃を終えると、第一ボタンを留めて前立てを重ね合わせる。すると右の前立てが自然に下になるから、庄吉はここで後回しにしていた左の前立てを仕上げた。その後、ひとつ置きにボタンを留め、両手で優しく左右の前身頃をひろげてやって、優しく撫でるようにアイロンを滑らせる。
 皺くちゃでくたびれていた麻のシャツは、庄吉の手によって見違えるようになっていた。どこにも皺ひとつなく、折り目と縫い目に沿って新品の頃の張りを取り戻していた。
 庄吉は手を休めることなく、背筋を伸ばしたワイシャツを裏返した。左右の袖をアームホール(肩の付け根部分)から折り返し、肘の辺りで襟へ向けて直角に折り畳む。何気ない作業だが、カフスと袖襞の型を崩さないようにする手際は鮮やかだ。見頃を左右から折り重ね、裾を十五センチほど折り返したあと、それをさらに半分に畳む。表に返して、厚紙製のカラーホルダーを襟に嵌め込むと出来上がりだった。
 丹念に時間をかけて、自らの最後の作品を丁寧に仕上げていた父親の姿は、今も修一の脳裏に焼き付いていた。庄吉が滑るようにアイロンを走らせたあとのシャツは、その純白の布地の処々に細い光の糸を織り込んだみたいに、淡い輝きを宿しているように見えるのだった。
 戸口に立って、庄吉の動きをぼんやりと眺めていた修一の視線は、惹き込まれるように熱のこもったものに変わっていった。いつのまにか背筋を伸ばしていることにも気づいていない。そこには、長い間ひとつの道にひたすら人生を傾けてきた者だけが手にすることが出来る、凛とした佇まいがあった……。

 ドアが閉まる音がして、修一は我に返った。
「どげんした、行かんとか?」
 庄吉が箱バンに片手をついて立っていた。
「父さんも行くつもり?」
「当たり前じゃ」
 庄吉は眩しそうに目を細めて団地群を見上げていたが、一歩を踏み出そうとした時、痩せた身体がぐらりと傾いた。
修一は慌てて駆け寄ると、庄吉に肩を貸した。
「すまんな」
 そこは、いちばん手前の棟の三階だった。修一に支えられてなんとか階段を上りきった庄吉は、吹き通しの共用廊下の手前で立ち止まった。肩に回していた手を離し、しばらく息を整える。やがて、一張羅の襟元を正したかと思うと、修一に向かって右手を差し出した。シャツを入れているプラケースを「渡せ」、ということらしい。
 何も言わず、すたすたと歩きだした父親の後ろ姿に付いていきながら、修一はその思いのほか確かな足取りに驚いていた。つい先刻まで、息子の肩を借りなくては階段すら上れなかったのである。ここ最近、ずっと続いていた膝から下の震えが、嘘のようにぴたりと止まっている。
 廊下の幅は狭く、人がようやくすれ違えるほどに過ぎない。左手には煤けたクリーム色の壁が連なり、一定の間隔を置いて、ねずみ色の金属製のドアとアルミ製の格子が付いた小窓が並んでいた。
腰壁のような手摺り越しに駐車場を見下ろすと、ペンキが剥げかかった箱バンのルーフが目を引く。
 庄吉が足を止めたのは、数えて六つ目になる扉だった。ドアスコープを中心にして、百円ショップで売っている木製のアルファベットが弧を描き、それを順に辿ると「OZAKI」と読めた。
 庄吉が躊躇いがちに呼び鈴を押すと、扉の奥でかん高い電子音が小さく鳴った。後ろ姿を何気なく見つめていた修一は、父親の肩が緊張で固く強張っていくのに気づいた。
 チェーンを外す音がして、蝶番を軋ませながら重たげに扉が開いた。五十絡みの痩せた女性が、ドアノブを握ったまま半身を覗かせて言った。
「入院したって聞いとったけん、心配しとったんよ。もう大丈夫とね?」
 そこでようやく、女性は庄吉の背後にいる修一に気がついた。
「あら……、どなたかしら?」
 くだけていた口調が改まっている。
 庄吉のことを気遣っている割には、彼女自身が健康そうには見えなかった。血走った目の下にはくっきりと隈ができていたし、たくしあげたシャツから覗く肌の色艶も悪い。それでも身体のどこかに病を得ているわけではなく、芯の部分はしっかりしてそうだったから、そんな風に見えるのは何か心を煩わせていることがあるのかもしれない。
「息子たい」
「あっ、いつも御贔屓にして頂いて、ありがとうございます」
 唐突に、しかもぶっきら棒に紹介されて、修一は慌てて頭を下げた。
「まあ、懐かしいわぁ、ご立派になられて……」
 その口振りから、女性が修一の幼少の頃をよく見知っていることが窺えた。それは修一の頭の中にある、界隈の情景に対する奇妙な既視感とも符合する。
「店ば閉める」
 ちょっと散歩に出かけてくる、家の者に言い置いていくような口調だった。
「え?」
 一瞬、女性は身を固くした。しかし、受け入れるべき現実の感触を確かめているうちに、緊張の糸がほぐれたのか、少しずつ肩の力が抜けていくのがわかった。予感がしていたのかもしれない。
「残念だけど、ご自身で決めたことですものね」
 女性は目元を淋しげに緩めて言った。
「汗かきベソかきの商売も今日で終わりたい」
 庄吉の無理に張り付かせた作り笑いが痛々しかった。
「これからは、息子さんと御一緒に?」
「いやいやぁッ!」必要以上に大袈裟な仕草で手を振り回しながら語気を強めて、
「蓄えはある。息子の世話にはならん」
 相変わらず武骨で寡黙な庄吉だったが、いつもより少しだけ饒舌で、真っ直ぐな気持ちを吐露する父親の姿は、息子にはことのほか新鮮に映った。
「ほれ……」
 突然、庄吉は女性に向かって、手にしていたプラケースを押しつけるように差し出した。
「お客様からお預かりしていた衣類を配達して回っているんですよ」
 庄吉の態度があまりにもぞんざいだったので、修一が慌てて言葉を添えた。
 女性は受け取ったプラケースを何気なく見つめていたが、やがてハッとした目線を庄吉に向けた。
「これは、拓哉の……」
 見る間に眸から涙が溢れだす。
「お二人とも中に入って」
 女性は涙を拭って二人を招き入れようとしたが、庄吉は首を振って拒んだ。
「まだ、配達が終わっとらん」そして、言葉を繋いだ。
「もっと早く、来るつもりやったが。……遅くなって、悪かった」
 それだけをいい終えると、庄吉はさっさと背を向けた。この後も予定がある、というのは明らかに嘘だったが、修一は黙っていた。体力もそろそろ限界に近づいているにちがいない。
「ありがとうございました」修一も慌てて後を追う。
 通し廊下を曲がった処で、老父は壁に身体をもたせかけて息子を待っていた。

 車に乗り込むまでの間、庄吉は息子の肩を借りずに駐車場を歩き通した。階上から二人を見送っているかもしれない件の女性に、余計な心配をかけたくなかったのだろう。他人に弱みを見せることが何より嫌いだったから、最後まで体力の衰えに気づかれまいと懸命だったのだ。
 修一は運転席のドアを開けながら、これが最後のつもりで団地を見上げた。予想した通り、女性の姿が手摺り越しの遠目に見えている。目線に気づいたのか、女性は軽く会釈して小さく手を振った。
 その瞬間だった。記憶の海の底で凍てつく、回想の欠片を閉じ込めていた氷塊が、何の前触れもなく溶けて流れだした。同時に修一の意識の表層に解き放たれた、追憶の数々がとめどなく浮かび上がり、数十年前のある情景となって脳裏に結実する。
 白線が引かれたコンクリートの駐車場は、緑が目に沁みる芝生の広場になった。閑散の中に点在する車は、すべり台やブランコなどの遊具に取って代わった。
 広場の一隅――。楽しげにキャッチボールに興じている二人の男の子がいた。頭ひとつ背が高くて、足許に紺色のブレザーを無造作に脱ぎ捨てているのは修一自身だ。ブレザーも臙脂色の半ズボンも新調してもらったばかり。白いシャツだけは、前日に庄吉が整えてくれたものだった。
 修一が投げる青いゴム製のボールをたどたどしくキャッチしている、水色の園児服を着た男の子。黄色い帽子が芝生の緑に映えて似合っていた。ボールを捕球する度に、団地のほうを見上げては得意げに手を振っていた。見上げる男の子の視線の先、階上から手を振りながら笑っていた若い女性は紛れもなく……。
「父さん、ちょっとここで待ってて」
 踵を返して、修一は団地へ駆け戻った。二段越しに階段を上り、息を弾ませて辿り着いた時、女性はまだドアの外に佇んでいた。
「あの……、何か?」
 戸惑いを隠せないまま、おずおずと尋ねる。
「それ……、父の最後の作品なんです」
 意味がわからなかったらしく、女性はもの問いたげな目線を投げて寄こした。
「商売をやめると決めた後、父はそのシャツだけを二日がかりで仕上げたんです。ずっと前から決めていたんだと思います。傍で父の仕事振りを見ていて、情熱と言ったらいいのか……、込める想いが伝わってきました」
 どうして最後の一枚にこのシャツを選んだのか……、修一はその理由を知りたかった。その答えはきっと、シャツの持ち主である拓哉という青年が持っている。
「あの、それで……拓哉君は、今?」
 女性の腕の中で、プラケースが軋むようにカタリと鳴った。
「……交通事故でした」
 悪い予感がしないではなかった。
「去年、大学を卒業して就職したばかりだったのよ。これから、たくさん親孝行してもらおうって思ってたんだけどね」
 女性は淋しそうに笑った。
「このシャツは、あなたのお父様が、拓哉の就職祝いに買ってくださったものなの」
 庄吉が手がけた最後の作品には、やはり身に着けていた者への強い思い入れが託されていたのだ。
「ずっと前に一度だけ、拓哉と遊んでもらったことがあるんだけど、憶えてらして?」
「いえ……、すいません」
 修一は咄嗟に嘘をついた。
「そう……、残念だわね。でも、拓哉はあなたのことを憶えていたわ。一人っ子で母子家庭だったから、急にお兄さんができたみたいで、よっぽど楽しい思い出だったのね。いつか、あのお兄さんにまた会いたいって、よく言ってたもの。いつかまた会える気がするんだって」
 幼き日々、刹那をともに過ごした男の子の不慮の死。生前、再会することなく別々の道を歩んできた二人が、時を隔てて、いっぽうが人生の幕を閉じることで再び交錯する、その不思議な縁に想いを馳せた時……、修一は頬を伝う涙の感覚に戸惑った。
「拓哉のために泣いてくださるのね」
「いつか……」修一は、尋かずにはいられなかった。「拓哉君が生きていたら、僕は会うことができたでしょうか?」
「どうかしらね」
 伏せた目を上げた時、その眸の中には女性本来の爛漫な明るさが萌していた。
「さあ、もうお行きなさいな」そうして悪戯っぽく微笑んだ。「強がりのお父様を早く休ませてあげてね」
 このまま別れてしまったら、何かとても大事な機会(チャンス)を手放してしまう気がした。
 気力に引きずられて衰えていく父親を立て直すことができるとしたら、それは目の前の女性をおいて他にいない。生きていく大きな柱だった拓哉という存在を失くしてしまった今、それに変わる存在になれるとしたら……。
「待って下さい!」
 修一は、自分でも驚くほどの大声を出していた。

 運転席のドアに手をかけ、車内を覗き込む。庄吉は目を閉じて、蹲るようにして眠っていた。起こさないように気を配りながら、そっと身体を潜り込ませる。
「よろしくお願いします」
 互いに頭を下げた先刻の光景が、修一の脳裏をよぎった。
 一生分の汗をかき、一生分の涙を流したのなら、あとは笑って過ごせばいい。
 低く垂れ込めた灰色の雲の切れ間から、金紗を纏った陽光が射し込み、坂下の街並みを照らしていた。
「父さん、行こうか」
 箱バンがそろりと動き出す。

坂の上の追憶

執筆の狙い

作者 朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 北日本文学賞応募作です。なんとか、四次選考まで残ることが出来ました^^
 とは言え、正直なところ、前回に応募した「黎明」という作品のほうが、作者としては手応えがあったりします。
 相対評価と絶対評価が乖離してしまうと、それはそれで問題なのですが。
 この作品も、もっともっと磨いてあげて、完成度をあげていきたいと思ってますので、皆様の感想をお願いします。

コメント

\(^o^)/
114.255.149.210.rev.vmobile.jp

 意識が朦朧としているので読み違えていたらごめんなさい。
 漢字の開き方が気になります。
例えば「繰りあげ」など、難しいほうを漢字にして「上げ」をかなに開く意味がわかりません。

 会話文の「」の直後に付けるべき句点がありません。表記の仕方を確認してください。

>敷かれて間もないアスファルトの路面が雨滴を弾き、持ち直した空模様の雲間から零れる陽射しを拾っては、鈍色の空を【映じ】ている。

>坂道に沿って建ち並ぶ家々は、ガレージや中庭付きの瀟洒な造りの一戸建てが多い。家並みの合間を切り取っている小さな児童公園やスーパーマーケット、洒落たレストランなどは、パズルのピースが嵌まる【みたく】周囲に馴染んでいる。

>庄吉が滑るようにアイロンを走らせたあとのシャツは、その純白の布地の処々に細い光の糸を織り込んだ【みたいに】、淡い輝きを宿しているように見えるのだった。

 以上の三文の【 】内の語句が変です。古めかしい「映じる」を使っているかと謂えば、「みたく」「みたいに」と随分くだけた稚拙な言い回しを使っているのでズッコケます。

>年代物のボイラーを【叩き起こし、寝起きが悪い彼】をなだめすかして、業務用の蒸気アイロンを立ち上げる。

 こういう擬人法はこの作風にはそぐわないので、やめたほうが良いと思います。ここだけ浮いてます。

 作業工程を詳述されてますが、多分読者には読み飛ばされます。簡潔にまとめることをおすすめします。

>やがて、一張羅の襟元を正したかと思うと、修一に向かって右手を差し出した。シャツを入れているプラケースを【「渡せ」】、ということらしい。

 一瞬「誰に?」と思いました。ここは「渡せ」ではなく「寄越せ」でしょう。

>それでも【身体のどこかに病を得ているわけではなく、芯の部分はしっかりしてそうだった】から、そんな風に見えるのは何か心を煩わせていることがあるのかもしれない。

>伏せた目を上げた時、その眸の中には【女性本来の】爛漫な明るさが萌していた。

 この二文、三人称神視点になってしまってます。要訂正。

>同時に修一の意識の表層に解き放たれた、【追憶】の数々がとめどなく浮かび上がり、数十年前のある情景となって脳裏に【結実】する。

「追憶」と「結実」の意味を調べてください。ここでは使えないことに気付かれるでしょう。

>幼き【日々】、刹那をともに過ごした男の子の不慮の死。

 一度しか会ってないのだから複数形は変です。

 おそらく息子は女性に父親との再婚を前提とする交際(看護や介護込み)を依頼し、女性はそれに応じたのだと思いますが、ラストが唐突すぎる印象です。
 もしかして女性が亡くした息子の父親とは、この青年の父親ということですか? 落ち込み方からするとそんな気もします。ただの知り合いの息子ならそこまで気落ちしませんよね。だったら父親は青年の母親を裏切って浮気していたことになりますので、共感できません。
 そうではなくて、気の毒な母子家庭に同情していただけですか? 他人の息子にシャツをプレゼントまでして。それでも落ち込み方が尋常ではありません。不自然です。
 この未亡人に淡い恋心を抱くようになったのは、妻の死後ですか? とてもそうは思えません。妻の存命中から恋心があったのではないでしょうか? そもそも恋心など一切なく、今現在もないのでしょうか? だったら息子が父と女性とくっつけようとするのはまったくもって余計なお世話です。
 これらの疑問を解消できる納得できる二人の関係性があるのなら、暗示させるのではなくて明示するほうが読後感が良くなります。

大丘 忍
ntoska043001.oska.nt.ngn2.ppp.infoweb.ne.jp

非常に完成度の高い作品ですね。北日本の4次まで行けば、受賞するかどうかは審査員の好みだと思いますよ。
私は医者以外の仕事については無知なので、医者として気づいた点を言います。父が胃がんで手術をするように言われます。早期の手術が必要であると。この場合は速やかな手術、或いは至急に手術するという言葉にすべきですね。医学的に「早期の手術」とは、いわゆる早期がん、つまりがんの初期の状態での手術を意味することが多いのです。この小説の胃がんは貧血を起こすほどの出血があることから、とても早期がんとは思えないのですが、おそらく至急に手術することを勧められた筈です。
洗濯ものを最後に配達した所に関する子供の時の記憶、何とも言えない余韻を残しておりますね。

\(^o^)/
114.255.149.210.rev.vmobile.jp

再訪です。

>修一は何度も〝一緒に暮らそう〟と誘ったが、この街で久しくクリーニング業を営んできた庄吉は、息子の誘いに応じようとはしなかった。

〝一緒に暮らそう〟の〝 〟は通常使いません。「 」を使いましょう。

>十月に入ってすぐに入院し、ほどなく胃の全摘術が【執刀】された。

 医療ドラマで医療関係者の立場から見た場合には「術が執刀された」と書くと思いますが、この作品ではそぐわないと思います。作品によって語句を使い分けましょう。

>その不屈の闘志が、元の生活を取り戻してみせる、という【渇望にも似た熱情】に支えられていたことは言うまでもない。
 
 その不屈の闘志は、『どうしても元の生活を取り戻したいんだ!』という渇望に由来していた。

 で、意味が通りますよね。渇望にも似ているのではなく、渇望しているのです。だから不屈の闘志を燃やしていたわけです。
 
 その不屈の闘志は『どうしても元の生活を取り戻したいんだ!』という渇望に近いような熱情に由来していた。
 
 では変ですよね?

 その不屈の闘志は『どうしても元の生活を取り戻したいんだ!』というほどの渇望ではないけれど、まあそれに近いような熱情に由来していた。

 ということになってしまいます。この辺の微妙なニュアンスの違いを感じ取れますか? 無理ですか?

>何気なく手にして文面に目を落とした庄吉は、しばらく彫像のように動かなかったという。

 誰の目撃証言ですか? 本人からの伝聞ですか? 

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 \(^o^)/様

 丁寧な感想(ご批評)をありがとうございます。
 ちゃんと時間をかけて、読んで頂いたことが伝わります。

 漢字の開きかたについては、これはもうずっと試行錯誤を繰り返しています。
 推敲段階でも、いろいろと書き直したりするのですが、未だに自分の中で「これだッ!」っていう感覚を手にすることが出来ていません。こういう感覚って、ただ習作を書き続けるだけでは、手にすることは出来ないのかなーって、最近では思っています。とは言え、読んで書くしかないんでしょうね。

 【】内の語句についてのご指摘ですが、これも上記と同じようなコメントになってしまいます。正直、ご指摘内容が僕の感覚ではピンときてません^^;
 一応、【みたく】と【みたいに】は音読してみて使い分けているつもりではいたのですけど……。この二つと【映じ】るという語句とのバランスについては、本当に申し訳ないですが、今の僕の力量では理解できませんでした。
 ということは、似たような間違いを繰り返すってことですねー^^;

 擬人法の処も……。そうですか、浮いてしまってますか。
 ご批評を読んでみて、\(^o^)/様は言語に対する感性がすごく鋭い方だとお見受けします。
 まだまだ、僕はそのレベルではないので、ピンと来ないご指摘もあるんですけど、常にそういうアンテナというか感性というか、そういったものを磨く努力が足りてないことを勉強させてもらいました。
 「渡せ」→「寄越せ」然りです。
 視点に関しても、ご指摘の通りですね。推敲が甘かったと反省しております。

 全体の感想に関してですが、お終いが唐突なのは、少しだけ自覚しておりました。今回は草稿が45枚になってしまいまして、僕の通常の削る量からすると倍近かったのもあって、ラストを端折りすぎた感じになってしまいました。全体の構成を考えると、アイロンがけのところをもう少し削って、その分をラストに足したほうが良かったですかね?
 うーん、ただ、アイロンの処はどうしてもちゃんと書きたかった部分でもあるんです。作品の中での必然性というよりは、作者の心の中でのお話なのですが。
 リライトする時には、30枚という括りもないので、もう少し、ラストも書き込めると思っています。
 設定に関しては、ご推察の通り、拓哉の父親は庄吉です。はい、庄吉は修一の母親裏切ってこの女性と関係を持ち続けていました。設定に関しては、人間関係をもっと明確に書き込め、というご指摘かと思います。ご尤もです。リライトの際には是正しようと思います。

 いろいろと貴重なご意見をありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 大丘 忍 様

 お褒めの言葉、ありがとうございます。
 あと、ご専門の医療関係のご指摘、勉強になりました。
 貴重な意見として、リライトの時には参考にさせて頂きます。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 \(^o^)/様

 再訪、ありがとうございます。
 本当に鋭い感性をお持ちで^^;

 【渇望にも似た熱情】に関するご指摘ですが、確かに指摘されてみれば理解は出来ます。
 ただ、書いていて気付くことができるか、というと……たぶん、僕の力量では無理だと思います^^;

 最後のご指摘は、実は推敲段階で相当迷った箇所なんです。
 最終的には、視点が三人称神視点のつもりだったので、問題ないと判断しました。
 音読した時に、僕的には語尾を【~という】としたほうがしっくりしたのです。
 この辺りの感覚も磨かなくては駄目ですねー。

夜の雨
i118-18-72-209.s42.a027.ap.plala.or.jp

読みました。
かなりのレベルで書かれていまして、すごいなぁと思いながら読んでいました。
そしてラストに近づくにつれ、肝心なことが書かれていないので、どう決着をつけるのだろうかと思っていると、書かれていないままに終わりました。

おそらく御作が入選しなかったのは「拓哉の母である女性(A)」と「武部庄吉と妻との関係」「そこに修一がどう関わっていたのか」、ということだと思います。

修一の母が亡くなったのが三年前に病死ということですから、母は、普通なら(A)の存在を知っていますし、庄吉とAはどんな関係だったのか、ということになります。
庄吉はAのところに修一を連れて行っていますしね。
まあ、庄吉が妻に隠れてAと関係を持っていたということも考えられますが、そうなってくると修一をAのところに連れて行ったというところに伏線がいります。
修一をAのところに連れて行かなければならない理由です。

ということで、他にも書きたいことはいろいろとありますが、とりあえず、一回目の感想を置いておきます。

夜の雨
i118-18-72-209.s42.a027.ap.plala.or.jp

再訪、全体の感想

武部庄吉の人生の一端を息子である修一が寄り添っている作品。

一昨年に還暦を祝ったばかりの父の庄吉は、クリーニング店を営んでいたが、病に侵され、店をたたむことになる。
クリーニング店という仕事柄ご近所とは関係が深く、人間関係が出来上がっていた。
このあたりの描き方Aが上手かったですね。

 A>そんな事情もあって、ご近所さんが日頃から暮らしぶりを気にかけてくれていたので、日課の散歩に数日姿を見せないのを心配して様子を見に行ってみると、その日の朝刊を手にしたまま、玄関先で倒れている庄吉が発見されたのだった。<

庄吉がご近所にうまく溶け込んでいるのがAで伝わってきます。
病の描き方も短編なので題材からだとこの程度でよいと思いました。

B>主治医からは即時の入院と早期の手術を打診されたが、庄吉はすぐには首を縦に振ろうとしなかった。
「お客さんからの預かりもんば、片付けてしまわんといかん」<

Bなどを読むと、庄吉の頑固さと誠実な仕事ぶりがわかります。

C>外交専門でやって来たこともあって、所在を知らせる看板や受付カウンターなどはなく、傍から見てもそこがクリーニング店だとはわからない。<

Cの「外交専門のクリーニング店」は「顔なじみ」との関係性を深くするので、設定が上手いと思いましたが、普通のクリーニング店でもエピソードの書き方で、ご近所や馴染みさんとの関係は描けるだろうと思います。

D>>そんな庄吉を変えてしまったのは、たった一枚の葉書だった。
 いつもと変わらぬ朝の陽だまりの中、それは炬燵に置いた新聞の上に重ねられていたダイレクトメールの束に紛れ込んでいた。その葉書には花文様の切手が貼られ、裏面には薄墨の縁取りがしてあった。何気なく手にして文面に目を落とした庄吉は、しばらく彫像のように動かなかったという。<<

このDが重要です。(ラストへの伏線)。
この時にはすでに庄吉は病に侵されていて、修一は週末に車で二時間かけて帰省していた。
修一はコンビナートの工場で働いた。
Dは時期的には庄吉が「胃の全摘術が執刀」された「十月」から「一ヶ月のリハビリ入院の後」と「正月」のあいだなのだから「11月末から12月末」ということになり、そのあと、「正月が過ぎて間もなく、庄吉は誤嚥性肺炎を引き起こして緊急入院した」で「〝店仕舞い〟を告げた。」となる。
それでDは、御作の構成からだと「OZAKI(尾崎)」の息子である拓哉が亡くなった喪中の葉書で、ラストへの伏線ということになり、「〝店仕舞い〟を告げた。」のは、体が動かなくなるからなのですが、「尾崎拓哉」への就職祝いに買ったシャツをクリーニングしたものを届けるのがラストの仕事だったという顛末になる。
>「このシャツは、あなたのお父様が、拓哉の就職祝いに買ってくださったものなの」<

E>>「ずっと前に一度だけ、拓哉と遊んでもらったことがあるんだけど、憶えてらして?」
「いえ……、すいません」
 修一は咄嗟に嘘をついた。
「そう……、残念だわね。でも、拓哉はあなたのことを憶えていたわ。一人っ子で母子家庭だったから、急にお兄さんができたみたいで、よっぽど楽しい思い出だったのね。いつか、あのお兄さんにまた会いたいって、よく言ってたもの。いつかまた会える気がするんだって」
 幼き日々、刹那をともに過ごした男の子の不慮の死。生前、再会することなく別々の道を歩んできた二人が、時を隔てて、いっぽうが人生の幕を閉じることで再び交錯する、その不思議な縁に想いを馳せた時……、修一は頬を伝う涙の感覚に戸惑った。
「拓哉のために泣いてくださるのね」
「いつか……」修一は、尋かずにはいられなかった。「拓哉君が生きていたら、僕は会うことができたでしょうか?」<<

Eは、ほぼラストですが、修一の人柄にふれるよいエピソードですね。
ちなみに御作は主人公が二人いて、一人は「修一」ですが、その彼から見た「庄吉」の生きざまの物語にもなっているので、二人目の主人公は「庄吉」になります。
この父親である庄吉への温かいまなざしが、修一にはあると思います。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

だから前の感想でも書きましたが、「尾崎拓哉と、その母」と「武部庄吉と妻との関係」「そこに修一がどう関わっていたのか」を描く必要があると思います。

で、じゃあどうすればよいかというと、御作はクリーニングの仕事「F」からあとが短編にしたらすごく詳しく書いてあります。この紙面を少なくして、上の問題点を補ったらよいのではないかと思いました。

 F>あの日、庄吉はシャツ一枚だけのために、「仕上げ場」の床に立った。<


以上ですが、御作は細かいところでいろいろと考えさせられるテクニックを使っている良い作品だと思いました。


お疲れさまでした。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 \(^o^)/様

 コメントお返し忘れがありました。
 追憶:過ぎ去ったことに想いを馳せること、結実:努力した結果として成果が得られること。
 確かに僕が使った文節では、適切ではなかったですね。
 追憶→回想・思い出、結実→集まる・一つになる……このくらいの表現が良かったですね。
 勉強になりました。

夜の雨
i118-18-72-209.s42.a027.ap.plala.or.jp

北日本文学賞の選評を読んできました。
なるほどなぁという感じです。
地に足がついた作品が選ばれているようです。
そういった意味では「御作はまだ書きすぎ(または、構想が30枚では無理のある作品)」のような気がします。
主人公と父親の関係。
そこにきて、本筋である父親と尾崎という女性の関係。
またその女性には子供がいて、大学卒業後の就職をしたばかりの時に交通事故で亡くなっている。という展開で、主人公の青年は彼と子供時代に遊んでいる。
作者さんの感想人への返信を読むと、その亡くなった青年は主人公の腹違いの弟にあたるという展開になっています。
まだ、あります、主人公の母は夫が、ほかの女と付き合っていたことを知っていたのか否か。
知っていたとしたら、母の、夫や尾崎という女への確執はどうなのか。
主人公は父が浮気をしていたとして、母の想いをどう受け止めるのか。母や主人公を裏切った父を許せるのか。

上に書いたことが、応募規約の枚数以内に納まるのか。
それも説明ではなくてエピソードで書いて収まるのか、ということになると、現段階でも描き切れていないところがあるので、御作の設定を納得のいく設定にエピソードで書き込むと、100枚近い作品になるのではないかと思います。
選評では、地に足の着いた作品を選んでいるので、御作だと構想が大きすぎてとてもではありませんが、応募規約の枚数には、収まらないと思いました。

以上です。

夢酔人
mno5-ppp931.docomo.sannet.ne.jp

感想を書かせていただきます。
①細部について(重箱の隅をつつくようなあまり本質的ではない指摘かもしれません)。

>庄吉が営む店は ~(中略)~ ずらりと吊るされてあった。

話の本筋とあまり関係のない箇所の描写はあっさりと済ませた方が良いのではないでしょうか。あと一文が不自然に長いように感じました。

>夏の後ろ姿が遠ざかる九月末のことである。
>加齢臭が増していくのがわかった。

擬人法は違和感を生じやすいので、効果的な場合かそうでないかを見極めて使う必要があると思います。

>入院前に先延ばしにしていた配達待ちの衣類が、まだ相当数「仕上げ場」に吊るされたままになっている。
>一ヶ月を過ぎた頃には助手席で道案内をするだけで、車内から出ることもほとんどなくなってしまった。
>それでも大型連休の前までに、二人は残っていた衣類の配達をほぼ終えていた……。

病気という事情があったとしてもかなり悠長な話で、客からすればかなり迷惑な話だと思います。クレームの嵐になっていそうですが、馴染みの客ということで大目に見てくれたのでしょうか。違和感がありました。

>凸凹の砂利道が舗装道路に変わった。~(中略)~ パズルのピースが嵌まるみたく周囲に馴染んでいる。

ひとつ目の指摘と同じく冗長に感じます。ここまで丁寧に描写しなければならない理由がわかりません。
引用しませんが庄吉がシャツにアイロンを当てる場面も同じ感想でした。丁寧に描写していますが庄吉がどんな動きをし、シャツをどういうふうに扱っているのか全くイメージできませんでした。アイロンの箇所だけで読むのに三十分以上かかってしまい、とにかく読むのが苦痛で仕方なかったです。苦痛に感じてしまうのは、話の本筋と無関係な箇所であるため興味を失ってしまうからだと思います。自分が妻以外の女性に生ませた子供に対する思いをアイロン当ての動作に込めていると読解するためには、この時点では情報が少なすぎます。庄吉の丁寧な仕事ぶりを紹介する目的不明の冗長な描写としか読解できません。

>「それ……、父の最後の作品なんです」
>意味がわからなかったらしく、女性はもの問いたげな目線を投げて寄こした。

意味がわからないということはないと思います。息子の死を知らせる葉書を庄吉に送っているわけですから。

>幼き日々、刹那をともに過ごした男の子の不慮の死。生前、再会することなく別々の道を歩んできた二人が、時を隔てて、いっぽうが人生の幕を閉じることで再び交錯する、その不思議な縁に想いを馳せた時……、修一は頬を伝う涙の感覚に戸惑った。

自作の解説のようで、すごく変だと思いました。この一文自体は普通の文なんですけど、作中で自作を解説したらダメなのではないか、本来なら構想段階でノートに走り書きするような内容なのではないか、と思いました。

>「拓哉のために泣いてくださるのね」

修一が拓哉と遊んだことを憶えていないと答えたのにこのセリフはおかしいと思います。

>気力に引きずられて衰えていく父親を立て直すことができるとしたら、それは目の前の女性をおいて他にいない。生きていく大きな柱だった拓哉という存在を失くしてしまった今、それに変わる存在になれるとしたら……。

ここは違和感がすごいです。女性の意向を気にかけていない感じがとても傲慢です。女性からすれば何を今さら、都合が良すぎるわ、と思うのではないでしょうか。拓哉に代わる存在に自分がなれたら、という発想も善意からなのでしょうが、ほぼ初対面と言っても良い相手に対して上から目線で施しをするような態度だと思います。
それより何より、父とこの女性の関係に修一が気付いているのか、気付いているのだとしたらどのタイミングで気づいたのか、さっぱりわかりませんでした。私は作者さんの感想返しの中で事の真相に気付いた次第です。

②全体について
テーマが弱いと思いました。父の介護に適任の人を見つけて一緒に住んでくれるように申し出る、という話でしょうか。主人公父子にとって都合の良い話ですし、しかも施しをしてやるかのような高慢さが鼻につきます(無意識的な高慢さですが)。私としては社会的弱者である独り身の高齢女性の現実を逆説的に突きつけて来るような小説と読解できました。不貞を働いた父に対する修一の評価が明かされていないのもモヤモヤが残りました。修一がほとんど面識のない腹違いの弟の死に対して涙を流すほど心を動かされたのも不思議な感じがしました。終盤に起こる出来事が読者の心を揺さぶろうとする意図をはっきりと感じさせるものであるにも関わらず、伏線が張られていないため全くと言っていいほど機能していない、そんな印象でした。唐突感がすごかったです。重要な情報が不足していると感じました。修一の他者(特に弱者)に対する感受性にも疑問が。
他の人も指摘していますが、冗長な写実的描写の箇所を削り、彼らの関係性のより踏み込んだ描写に紙数を割いた方が良いと思いました。伏線やメタファーといった物語作りの基本的な技術を用いず、時系列にそったシンプルな物語に、物語の本筋と関わりのない細部の文学的に彫琢された描写を適当に肉付けするといった作風は、日本の古典的な文学作品にありがちだと思います。ですからそういう意味では本作は正統的な日本文学の形式に準拠したものと言えるのかもしれません。しかし私はそういった形式に限界を感じています。この形式は、魅力的な物語を組み立てる上で有効な様々な知識を無駄にしていますし、文学的な細部の描写それ自体には美的価値以上のものが含まれず、基本的に役立たずな代物と断ずるほかないからです。

ラピス
sp49-104-16-73.msf.spmode.ne.jp

四次まで行くなんて凄いですね。その作品を読めて有難いです。生意気にも感想を書いちゃいます。

冒頭から葉書が来る辺りまでが駆け足で、拓也の母親と会う辺りから細かく描写してある印象を受けました。
枚数が足りなかったのでしょうか。
短編には短編の書き方が、長編には長編の書き方があるそうです。ご承知だと思いますが、、。
庄吉がいい味だしていて、リアルだし、好感が持てます。ただし、拓也の母親との関係如何では好感度が下がるかも。
修一は主人公にしては、ちょっと訴えるものが弱いように感じました。

失礼しました。さらなる活躍を期待しています。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 夜の雨様

 感想を付けて頂いて、ありがとうございます。
 「設定に基づく人間関係が描ききれていない」、というご指摘は、他の方からも頂きました。
 ご尤もな意見だと思います。
 すべてを盛り込もうとすれば、夜の雨さんもおっしゃっているように、100枚くらいのボルュームになるのかもしれません。

 夜の雨さんから感想をつけて頂いた作品は今回が三作目なのですが、前回頂いた感想の中に「題材(テーマ)の抑えが弱い」とのご指摘がありました。今回の感想の中でも、表現は違っていますけど同様のご指摘を頂いているように思います。書き込むべきところを書かずに、あまり重要でないところを書き込んでしまう……、ということだと思うのですが、書いた本人は、指摘を受けて気づいてしまう始末^^;
 やはり、みなさんが指摘されているように、アイロンがけの部分に紙面を割き過ぎていて、ここを簡潔に書いて余裕が出来た紙面で裏設定の人間関係を少しでも書き込んでおくべきでした。
 アイロンがけの部分は、しわくちゃのワイシャツが綺麗に仕上がる描写を通じて、庄吉の今後の人生を暗示したかっただけなので、もっと簡潔に書いても良かったと思いました。

 書き出した時点では、馴染みのお客さんに最後の洗濯物を配達していく中で、馴染み客の感謝の気持ちや別れを惜しむ心情を通じて、息子がこれまで育ててくれた親に感謝する……だけのお話の予定でした。これだと30枚くらいのお話として無理なくまとめることも出来たと思います。
 僕の悪い癖でして、どうしても書いていくうちに物語が膨らんでいってしまいます。たった30枚のお話で、当初登場予定になかった重要なキャラが二名も追加されてしまったので、まとまりのない仕上がりとなってしまいました。
 手直しする時間もなかったこともあって、僕の中ではあまり手応えなかったんですよねー。
 次回は、もっとシンプルなお話にする予定です。また、手直しの時間もたっぷりとりたいので、今日現在で第一回の推敲まで終えた原稿があります。まだ時間あるので、じっくり仕上げていきたいと思っています。

 ご指摘頂いた点は、リライトの参考にさせて頂きます。
 勉強になりました。ありがとうございました。

アフリカ
sp49-104-18-134.msf.spmode.ne.jp

拝読しました

先ずは四次までって凄いですね

僕は読んでいて違和感とかなかったしラストの盛り上げ方も好きでした。
ただ、読後はやっぱり夜の雨さんも出してますがもう少しなぜ最後の仕上げをそれにしたのか説明があるともっと刺さったのかも知れないと思いました。

ってか、なによりちゃんと考えて書かれてるのが分かって、こりゃ書いてるとき楽しかっただろうな〰️と羨ましくなりました(*´ー`*)

自分が、毎回途中で投げ出しちゃうので改めて凄いです。

これからも頑張ってください

ありがとうございました

瀬尾辰治
sp49-96-9-238.mse.spmode.ne.jp

朱漣さん、読みました。
自分は文学小説というものが分からないので、文学小説を検索してそれを読んだあと、もう一度これを読んでみました。

検索した文学小説(文学小説と記された物の中)には、擬人化あり、読点なし、ひらがなばかり、記号の使い方など。もう、作者それぞれ、書き方は様々でした。

それらを読んだあと、もう一度これを読んでみたところ、考えさせられる箇所があって参考になりました。
読んでいるときには、
 飛行機は着陸しようとしている。
立場を変えると、これなんかもちょっと擬人化ふう?。
それに、女の体を桃のように……。と書いた場合、これは果物化?
若鮎のように……。それは、魚屋化じゃなかろうか? とか、本文とは違ういろいろな事や、書き方が浮かびました。

四次選考通過はすごいですね。
以前、ラジオ番組で聴いて、文学小説は面白くないという先入観があったけど、ちょっと違っていました。
次はどんな書き方なんやろう、とも思いました。

 

u
opt-220-208-9-188.client.pikara.ne.jp

朱漣さま 四次選考通過おめでとう
あたしはこの文学賞知らないのですが、最終選考ということですかね?

あたし朱漣さん、風景描写が巧みなイメージがあります
本作でもその点はなかなか

お父さんがアイロンをかけるシーンがありますが、冗長
そんなに字数費やさなくても、トータル30枚なのでしょ

お父さんと女性と死んだ息子の関係性が良く分からなかった
多分描き切れていないかも

良い作を読ませていただきました

御健筆を

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 夢酔人様

 感想ありがとうございます。
 ひとつずつ、確認させて頂きますね^^
 まずは、「一文が不自然に長い」とのご指摘ですが、僕の場合、第一稿の草稿段階では、一文は無茶苦茶長いです。その方が筆が進むので、最初はとにかく書き進めることを優先して書き上げます。それで、推敲段階で第一稿・第二稿とブラッシュアップしていく段階で文章を短くしていきます。
 で、ご指摘のものは、その段階で手直し漏れしちゃったのかもしれません^^;

 擬人法に関しては、他の方からも指摘を頂いています。
 僕は、割と軽い感じで今まで使ってきてたんですけど、読み手の皆さんがそこまで敏感に反応なさるのであれば、今後は少し考えたいと思います。擬人法の必然性ってないですから。

 お客様に洗濯物を配達するのが悠長ってお話ですけど……。これねー、たぶん夢酔人さんって、都会にお住みの方だと思うんですよねー。間違ってたらごめんなさい。
 クリーニング屋さんも電気屋さんも酒屋さんも、田舎のお店は全国区のフランチャイズに対抗するには常連さんとのお付き合いってすごく大事なんですよね。お馴染みさんとは十年以上のお付き合いだったりすることは珍しくないので、今回の小説の設定の場合では、皆さん融通きかせてくれるものだと思いますよ^^

 情景描写に関しては、僕自身が大好きっていうのもあるし、リアリティーを読み手に感じさせたいっていうのもあるんですけど、いちばん大きい要素は、この作品に限ったことではなくて、僕が描く作品って、全部舞台か「雫町」っていう街が舞台になっているので、情景描写が街の造り込みっていう部分で少しくどい処があるかもしれません。これは、もう申し訳ないとしか……^^;
 アイロンがけの描写は、たくさんの方からご指摘を頂いている通りで冗長だと思います。反省です。

 >意味がわからないということはないと思います。息子の死を知らせる葉書を庄吉に送っているわけですから。
 ↑そうでしょうか?息子の死を知らせる手紙を送っていたとしても、いきなり「父の最後の作品なんです」と言われて、ピンときますか?僕はそんなに勘が鋭い人の方が少ないと思うので、こういう描写を選択した次第です。

 『幼き日々、刹那をともに過ごした男の子の不慮の死。生前、再会することなく別々の道を歩んできた二人が、時を隔てて、いっぽうが人生の幕を閉じることで再び交錯する、その不思議な縁に想いを馳せた時……、修一は頬を伝う涙の感覚に戸惑った』
 ↑この部分が説明臭いというご指摘ですよね。おっしゃる通りだと思います。あとで、少しお話させて頂きます。

 違和感が凄いとご指摘頂いた箇所。これねー^^;
 夢酔人さんが読みとったふうに受け取って欲しくなくて、いろいろと工夫してるんですけどねー^^;
 修一は自分が智哉の代わりになろうなんて、これっぽっちも思っていません。そういうふうに読み取られる可能性があると思ったからこそ、過去のことを憶えていないと咄嗟に嘘をつかせたり、その後で泣かせてみたりしてるんですけど。
 夢酔人さんの読解を避けたくて、付け足した文節が、まさに夢酔人さんが説明臭いと指摘していらっしゃる部分です。
 僕の今の力量では、これ以上砕いた表現にしてしまうと茶番になってしまいます。

 ですので全体を通した感想としても、もう↑の部分がズレてしまっているので、なかなか理解して頂けるのは難しいかなーと思っています。
 伏線や暗喩も使ってますけど、伝わらなかったのは残念です。
 

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 ラピス様

 感想つけて頂いて、ありがとうございます。
 冒頭部分の駆け足感、実は僕も感じていました。なんだか、あらすじみたいな感じですよね。
 本当はもう少し紙面を割いて書き込みたかったのですけど、それをしてしまうとどうしても30枚を越えてしまうので、終盤の描写を優先した結果、拙作みたいな感じになってしまいました。
 今回のラピスさんのご指摘や他の方々のご指摘なんかを目にすると、結局、題材そのものが30枚には収まり切れなかったのかもしれません。
 この経験を来年以降の挑戦に生かしたいと思います。
 ありがとうございました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 アフリカ様

 感想をつけて頂いて、ありがとうございます。
 好意的に読んでくださったみたいで感謝です^^

 皆さんが指摘なさってるように、人間関係の書き込み不足が原因でラストが弱い……ということですよねー。
 あと何人かの方が言及されてる修一のキャラとしての弱さも、設定上の人間関係をきちんと書き込めていたら解消できていたかもしれません。

 皆さんのおかげて、本作に足りないものが明確になってきたので、リライトの際にはきちんと書き込みたいと思います。
 
 アフリカさんは、ごはんの常連さんなので、これからもごはんを盛り上げていってくださいね^^
 御健筆を。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 瀬尾辰治様

 感想をつけて頂いて、ありがとうございました。
 いろいろと検索して頂いたみたいで恐縮です^^;
 擬人法はよく使うんですけど、これからは少し控えたいと思います。
 もうひとつ、あまり使うなと言われていながら僕がよく使うのが、体言止め。
 使うなと言われると、余計に使いたくなる天邪鬼なので困ったものです^^;

 瀬尾さんは、アフリカさんと一緒でごはんの常連さんなので、これからもごはんを盛り上げていってくださいね^^
 御健筆を。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 u様

 感想をつけてくださって、ありがとうございます。
 北日本文学賞は、四次選考の後に最終選考があって、例年上位六篇が選ばれます。そこまでは進めませんでしたけど、前回が三次選考で落選だったので、結果としては大満足です^^

 風景描写は自分でも書いてて楽しいので、お褒め頂いて嬉しいです。
 ただ、好きすぎて書き込み過ぎてしまうこともあるので気をつけます。

 皆さんがいろんな表現で指摘されている本作の問題点をuさんがうまーくまとめてくださっていますね^^;
 リライトの参考にさせて頂きます。
 ありがとうございました。

水野
i114-183-75-23.s41.a012.ap.plala.or.jp

「聞けば春先から、体調がすぐれない日が続いていたらしい。心配した周囲の人たちは病院での検査を奨めたが、笑って相手にしなかったという。」
庄吉の体調がすぐれないことを聞いたのはもちろん息子である修一であり、このことは、上記の引用文で示されている意味を辿れば、おのずと見えてくる答えでもあります。
いっぽう、上記の引用文がどのようにして書かれたかというその意義を辿ろうとすると、聞いたのが誰であり、どのようにして聞いたのかに関しての疑問が浮かびます。無論、「聞けば」の動作主が明確には記述されていないこと、冒頭からこの小説が三人称小説であることを鑑みれば、聞いたのが誰であっても構わないわけです。また、上記の引用文の書かれた目的が単に、庄吉の病に倒れる兆候が前々からあったのだということを読者に知らせるためであれば、「聞けば」の動作主がひとり息子である修一である必然性は薄まります。父親の体調が最近すぐれなかったという事実をこれまで一度も耳にできなかったことによる後悔の念を修一が抱き、それが物語の展開なり文章の歪みなりに現れたとすれば、「聞けば」の動作主が誰であったのかという疑問は重要性を帯びてきます。

「そんな事情もあって、ご近所さんが日頃から暮らしぶりを気にかけてくれていたので、日課の散歩に数日姿を見せないのを心配して様子を見に行ってみると、その日の朝刊を手にしたまま、玄関先で倒れている庄吉が発見されたのだった。」
この表現だとまるで庄吉が死んでいるかのようである、という先入観を差し置いても、このいささか長い一文には違和感が付きまとっているように見えます。「日頃」「日課」「数日」「その日」と「日」が何度も出現していることからという理由は冗談ですが、倒れている庄吉の発見された状況があまりにも抽象的だから、というのは一因であるような気がします。
一つ前の文章では「馴染み客」という表現があり、「そんな事情」という繋ぎ言葉から「馴染み客」≒「ご近所さん」という図式が成り立ちます(「傍から見てもそこがクリーニング店だとはわからない。」という後の表現も、この図式を後押しします)。ただ、この二つの表現を入れ替えても文章が成り立つのかといえばそうではなく、そのまま入れ替えてしまえば、馴染みの客があたかも庄吉の日課である散歩ばかりを気にかけているかのように読めてしまいます。
店を訪ねてもここ数日はいつも不在で、ほかのお客さんの自宅に届けものをしているかと思えば車はある。不審に思った「馴染み客」≒「ご近所さん」が庄吉宅の玄関先を訪ねてみると、朝刊を手にしたまま倒れている庄吉を発見。こうした展開を書こうとすると、今度は「ご近所さん」に違和感が出てきます。結局のところ、それだけ周囲に人がいるのだから、庄吉が数日間ほったらかしにされることはほとんど考えられない、という結論に達するかと思われます。
「その日の朝刊」という表現も曖昧で、数日前の朝刊とも受け取れますし(その場合死んでいる可能性が高い)、「ご近所さん」が倒れている庄吉を発見した日の朝刊とも受け取れます。

また、無知なので私にはわからないのですが、静かな住宅街の中にあり、「傍から見てもそこがクリーニング店だとはわからない」お店に、数ヵ月も市内を走り回らなければならないほどの衣類が掛けられていたのでしょうか。「外交専門」とありますが、この用語が私の疑問を解決するための鍵となってくれるでしょうか。
この用語は先の「馴染み客」とは相容れない気がします。単なるビジネスとしてのお客さん、ということでしょうか。となると「馴染み客」≒「ご近所さん」の図式は成り立たなくなり、倒れている庄吉が発見される状況そのものが成り立たないことになります。「配達を待つだけの衣類がずらりと吊るされてあった。」という表現があくまで個々人の感覚的なものであり抽象的であること、また「ずらりと吊るされてあった」状況を見てそう語ったのが誰であるのかという問題が、ここでもまた浮上してきます。

「何気なく手にして文面に目を落とした庄吉は、しばらく彫像のように動かなかったという。」「これまでとは別人のように一切の闘いを放棄した。」恣意的に選んだこの二つの文章にはそれぞれ「彫像のように」「別人のように」という比喩が使われていますが、こちらに関しても、果たして誰の目線からそう見えるのかという問題が無視されています。
その正体が作者本人であれば話は変わってきて、ではその作者は庄吉とどのような関係にあるのか、庄吉のことをそこまで語ることのできる彼はいったい何者なのか、彼が語っている現在時点から、庄吉と修一のこの物語は過去のどの時点に属しているのかなど、多くの疑問に襲われてしまいます。
「再び、父子の客先行脚が始まった。」という表現から、この物語の語り手が作者本人であることは疑いのないところですが、語り手を重視する私としては、作者が読者に語りかけることの権威、作者の用意した物語を読者に聞かせてやっているのだぞという優劣、また作者本人はそうと気づくことのない欺瞞など、いろいろと考えさせられるところがありました。

鈴原
49.253.106.200.eo.eaccess.ne.jp

こんにちは、あけおめです。
拝読いたしました。雑感など感想を記したいと思います。

父親のキャラクターが魅力的で、息子修一にとってもよい父親なのであったなのだろうかと想起させました。そこが御作の読み始めでひきこまれるきっかけになりました。
わたしは御作は冒頭はよくできているように思いました。

2点だけ気になる点がありました。
中盤、最後の配達先への車の移動シーンと、その後アイロンがけの場面は、妙に長たらしく、だらだらと不要な記述が続くなあと思いながら読みました。
たぶん多くの読者はここの部分において、多少のストレスがあるのではとも推測しました。。
良くないと思えるのは、この長い部分が御作の中央部分でストーリーの流れを中断してしまっていると感じたからです。
たぶん御作は登場人物たちの人となりや関係を描こうとしていたのではと思えるし、それが御作のストーリー主体であるはずなのに、背景・経緯説明となるべき記述が、主体のストーリーを壊してしまったら本末転倒のような気がしました。

わたしの想像では、車の移動のシーンは修一の過去とも深く係わる、題名ともつながる要素であるから少し丁寧に描こうとしたのではと、推測しましたが、蛇足なうえ、文章にも精彩がないように思えました。
アイロンのシーンは量的にも車のシーンよりさらに悪いのですが、よく調べてあるのでここを中盤のクライマックスとして描きたかったのだろかなと思いました。
わたしは、この父親の姿を表わすのであれば、より序盤のうちに読者に伝えるほうが、読者が物語りに入りやすいように思いました。
たとえば50分のドラマ中10分間ほど延々アイロンがけのシーンを教育番組のように挿入したら、かなり怒られる案件になるよな気がします。

また、こういった御作中の車の移動シーンやアイロンがけのシーンについて、審査する側にたってみると、たとえ良く書けているとしても、「あまり読者のことを考えない」作者かなと思えてしまいます。

一方、後半、女性と主人公たちの関係は妙に浅くて希薄に感じるので、
御作はもっと書いたほうが良いところを欠如しており、あまり書かなくてもよいところが熱心に書かれているように思えました。
うがった見方をすると、女性と主人公たちの係わりの部分において、力及ばなかった、またはアイデアがなかった印象をうけました。

後半まずストーリーの構成で妙な印象を受けたのは、洗濯物(作中「プラケース」と呼称されているもの)を受取ったシーンでした。
よく小道具で、思いでの品を手に取る、あるいは受取るシーンかのように書かれているのですが、
クリーニングの洗濯物となると現実的と乖離しているように思えました。
つまり、クリーニング屋を営むとゆう設定において、御作は構成があまりできていない、とゆうより、最初から考えていないような印象を受けました。

女性は洗濯物を受けとると涙するのですが、この女性が洗濯物を発注していないとすれば、普通は拓哉が発注していたものと思うのですが、それが発注直後に拓哉が交通事故で亡くなってしまったとゆうことでしょうか?
本当に女性や拓哉に深い思い入れがあったとしたならば、まずもっと早くから女性にこれを手渡すのではなかろうか。
それが長期間ほったらかしであったとゆうのは説明を要するのではと思った次第です。

作中ではあたかも感動的シーンであるかのように表現されているのですが、わたしの生活感覚からすると、少し異様に思えてしまうのです。
その洗濯物が誰がいつ発注したのか読み取れなかったのでしたが、腑に落ちない点の一つでした。

また、女性から拓哉のことについて修一が感動して涙する場面では、車が坂の上にたどり着くまでまったく記憶になかった人物に対する反応としてはやはり不可思議に思えてしまうのでした。

女性から拓哉のことについて修一が感動して涙するためには、それに相応したストーリーが、より序盤から構成されるべきではなかろうかと思った次第です。

雑感つらつらと書きました。
また作者様の作品を読んでみたいと思います。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 水野様

 感想を付けてくださって、ありがとうございます。
 「聞けば~」の件についてですが、父親の体調に関する情報を耳にしていなかったことに関しては、作中にもあるように修一は後悔の念を抱いています。ですけど、水野さんがご指摘されているような物語の展開や文章の歪み(正確に理解出来てないかもしれませんけど、後で視点の話のところで触れたいと思います)には、影響していないと思うのですが、どうでしょうか?

 「そんな事情もあって~」の件については、この一文だけを抜き出せば、確かに庄吉が亡くなったようにも受け取れますけど、冒頭の情報開示で庄吉は倒れただけで、死んではいないことを開示したつもりでいたのですけど弱かったですかね?
 あと、文章の長さと単語の重複の部分は、ご指摘の通りですね。リライトの際には是正したいと思います。

 「ご近所さん」と「馴染み客」との関係性については、大手フランチャイズではないクリーニング店は、やっぱり近所の人たちはイコール馴染み客である場合が多いです。まあ、近所付き合いの一環っていう意味合いですかね?
 外交専門というのは、代理店で洗濯物を受け付けて、工場で大量処理してコストを安く抑え、代理店へ返送してそこで顧客が洗濯済のものを受け取る仕組みである大手フランチャイズに対して、昔ながらの付き合いをベースに洗濯物を自宅へ取りに行き、店に持ち帰って洗濯して、顧客の自宅へ持って行くシステムのことです。
 実は僕の実家はクリーニング屋さんを営んでいました。大手フランチャイズが幅をきかしてくるずっと前からやっていて、フランチャイズが進出してくるにつれて、やはり経営は苦しくはなったのですが、それでも昔からの馴染みのお客さんとのお付き合いが生活を支えてくれてました。
 数ヶ月も市内を走り回らなければならないほどの衣類というのは、この点はすべてのお店がどうかはわかりませんが、衣類は季節で着るものが違うので、夏場に冬物を長く預けていたりとか、その逆とかがありましたし、家庭での洗濯物って意外と量がありますよ^^

 最後に視点に関してですけど、この作品の視点の基本は「三人称神視点」です。
 僕は水野さんが仰っているように傲慢な作者とまでは思わないですけど、「三人称神視点」は読み手との距離がある、という欠点があるじゃないですか。そういうのがあって、僕はもう少し、読み手側に寄り添いたいという思いがあって、推敲段階で意図的に主語を省略することが多いです。「三人称神視点」だと、修一が何をしても主語として「修一は、が、に」などか必要となってきますけど、省略しても問題ないものは別にしても、省略することによって多少文章として歪みが出ても、読み手との距離を優先させる場合は省略することも多いです。
 この辺りが、感覚が鋭い水野さんには鼻についたのかもしれない……、水野さんのご指摘を読んでそんなふうに考えました。間違っていたらごめんなさい。

 丁寧な感想をありがとうございました。

きさと
p7377122-ipngn33301marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

空想力を鍛える必要があると思いました。ここはもっと具体的にどうだったのだろう、この人はこのとき本当はどう思ったのだろう、などということを作者さん自身がその世界に降り立ってゆっくりつかみとる力です。
「書く」ことを「遠くから見て文字に起こす」ようなことだと捉えていないでしょうか。視点、内容の過剰・不足、表現、整合性などに拘ることも大事ですが、一日中ベッドで空想にふけったような気楽さが感じられないと、それらをいくら良くしたとしても、決定的に良くするのは易しいことではないと思います。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 鈴原様

 感想を付けてくださり、ありがとうございます。
 冒頭部分は好印象で読んでいただけたみたいで良かったです。

 車での移動シーンとアイロン掛けのシーン、冗長でしたか^^;
 アイロンの処は、ホント皆さんから指摘されていて反省しきりです。
 読み手によっては、移動シーンも冗長に感じられてしまうんですねぇ。参考にさせて頂きます。確かに文章自体に精彩がないと感じたのであれば、余計に退屈だったかもしれません。

 プラケースに設定したのは、元々、クリーニング業界のアイロン掛けって仕上がった時点でA4サイズに納まるのが理想と言われているんですよね。それでプラケースだとキッチリ納まるっていうイメージと、いつもの包装より特別感を出したかったというのがあります。鈴原さん的には失敗だったってことですね。

 あと人間関係が描けてなくて、ラストが弱いっていうのも皆さんがご指摘されてる通りですね。改稿時の参考にさせていただきます。

 洗濯物の注文は設定では智哉がしています。深い思い入れがあったら、ずっと早く……とのご指摘ですが、庄吉は智哉の死を知った時点で、自分が店を閉めるまでそう長くない予感がしていて、同時に最後の作品として智哉のシャツに決めたんですね。長期間ほったらかし、という言い方をすれば確かにそうかもしれませんが、庄吉の考え・行動として不自然さはないと思います。

 あと、記憶がよみがえるシーンについては、同じ場所で同じ人が同じ動作をしているという部分が記憶の引き金になった……という設定なのですが、無理があるっていうご指摘ですよね?
 これに関しては、この部分の設定が不自然というよりは、前半部分にもう少し修一との関連性に触れていれば解消出来ると思うので、参考にして改稿に生かしたいと思います。

 また、僕の作品を読んでみたいとのお言葉、素直に嬉しかったです。
 あんまり、頻繁には出すことないですけど、また感想いただけたら幸いです!

朱漣
210.170.105.157

 きさと様

 感想をつけてくださって、ありがとうございます。
 もしかしたら、ご指摘頂いていることを理解できていないかもしれませんけど……^^;
 ご指摘の主旨は、「作者が書こうとしているテーマ・物語と読み手が作品を通じて脳裏に描く物語との乖離」ということでよろしかったでしょうか。この距離を埋める方法として読者がどんな物語を頭の中で描くのか、その空想力が足りてない、と。

 僕はこのサイトを利用するようになって五年くらいになりますけど、最初の頃にあげた「流木の詩」という作品があって、その際のコメントで上記のような指摘をされたことがあります。それまで、あまり深く考えたことがなかったので、僕にとっては目から鱗の指摘でした。それ以降は、読み手に開示する情報の取捨選択、強弱、構成など……一応は、考えて書くように気をつけてはいます。
 それで、きさと様のご指摘が上記であれば、まだまだ僕の努力が足りていないということになります。励みます^^

 ただ、一言だけ「書く」ことを「遠くから見て文字を起こす」みたいな心構えでは、決して原稿用紙に向かっていません。 

きさと
p7377122-ipngn33301marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp

ご返信ありがとうございます。

私の表現が曖昧だったのは申し訳ありません。別の言葉を使うなら「小説世界と現実世界の乖離」という意味のことを指摘したつもりでした。
確かに小説はいくら現実世界を舞台としたものでも結局虚構的な物語になるのが限界ですが、それでもベースとなる現実というものが確かにあって、それをどれだけ小説の中でなお光らせて、それがいかに読み手に響かせることができるか、というのが一つの鍵であると考えています。「リンゴを食べて、皿に置いた」とだけ書くか、「リンゴを食べたら甘くて、皿に置いたら転がった」と書くかの違いみたいな、現実なら起こってしかるべき現象・自然・道理・法則にもっと目を向けた方がいい、ということでした。これは物事を遠目で見るだけではなかなか気付かない(が気付くこと自体は難しくない)ことで、ちゃんと(頭の中で)近寄ってじっくり見つめないとならない。このことを「空想」と表現しました。

朱漣
210.170.105.157

 きさと様

 再度の御訪問、ありがとうございます。
 ご説明を読むと、やっぱり僕の解釈とは微妙に違ってたみたいですね^^;
 なるほどですねー。虚構は虚構と認識したうえでの、現実に近づける努力ですか。
 そのためにどういった修練を積めばいいのか、具体的にイメージ出来ませんけど、確かに大切な要素だと思います。
 勉強になります、ありがとうございました。

群青ニブンノイチ
softbank221022130005.bbtec.net

そもそもこんな湿気ったらしいガサツな人間未満みたいな話を正月から誰が読みたがるものなのか、というその一点から所詮下手糞としか思えないですよね。
この作者とは一切関わらない約束を過去に交わしたものなのですが、真面目に取り組んでいるらしい姿勢だけは買うし、鼻の高い看板ぶら下げてる奴には群青は感想付けないとかクソくだらないこと考える馬鹿はいないはずもないので、端から感心してませんでしたが馬鹿みたいな感想の行列にイライラして仕方がないので適当として約束破りますお疲れ様です人間音痴朱漣。


もう一度言いますが、面白いですか、こんなもん。
誰に読ませたいんですか、こんなもん。
と言うよりも何よりも先に、書いていて面白いですか、作者本人。
くそダサい、のみで終了ですまじで。


つまらないことわかっているから、書けもしない人間模様らしきをそもそも人間音痴なくせに書きたがって、結果まんまとくだらなく墜落させただけのただの下手糞。
主人公、誰ですか。
偶然みたいな書き方得意なのでむしろ思いっきり言っておきますけど、雑なもんほったらかしにしたままお鼻高く格好つけてんなっつうの下手糞。
何を書きたいのかもわかっていないなら、そんな書き欠けなんてさっぱりと捨てちまえこじき。


アイロンが冗長とかここの人たちまじで言ってるつもりなんだろか、まじで馬鹿だと思う。
あんなただのアイロンの場面がどうして必要だったの?
何で書きたかったの?
そういう理由を誰よりも作者自身が簡単に裏切るなっつうのくそみっともない馬鹿が作為なめんな。
おまえは小説なんて何にもわかってないし、まじで見損なう。
小説が何かなんてことは知らないけど、小説を書くってことをおまえは完全に誤魔化してやり散らかしてるくそみっともないだけのド下手糞。
地方公募なんて時代遅れが集る文芸趣味の作文コンペってわたしが勝手に馬鹿にしたがるのさらに後押しするとか馬鹿なんじゃないの。

何でアイロンを書かなければならなかったのか。
それは、絶望的に人間を書けないおまえの生命線でしょ。
何度でも言うけど、おまえは人間感情なんて書けないからあきらめろ。
おまえは人間書くな、モノにあずけろ。

この作品の中で際立つのはアイロンのところだけ。
それがおまえに残された武器だと思った方がいいよ断言してやる。
湿気ったらしことで大人ぶりたいのが小説のつもりならなおさら、直接触れずに丹念に書け。
おまえに人間なんて書けないから絶対。
今後一切直接触るなくそみっともないもの見せんな。


ムカついたならおまえはもう終わり。
やめちまえ下手糞。

fn1
140-227-74-14.vpscloud.static.arena.ne.jp

講評が出ているようですし感想も多いので、素人目線はもう要らないかと思って、私は読ませてもらうだけで書きかけていた感想を凍結していましたが、個人的に今日、仕事をさぼってしまった罪悪感を少しでも払拭するために書いたものを投稿させていただきます(笑)


もし活字化されるような結果であったならば、
アイロンのところの執拗さに、この作品の肝が有りそうだぞ、とは大体の人が感じるとは思います。
今回は、その執拗さが、他の部分と上手く接続されて居ないように見える。

だからアイロン部分の方を問題視するか、他の部分を問題視するか、という話になっているのが感想として多いですね。

でも実は、一番大事なのは、どっちも大事だということを当たり前のように忘れずに、書ききっている意志そのものであって、これが審査を沢山通ったミソなんじゃないかな、と思います。
(本作の作りだと)その接続部にあたる部分にしっかりと意志が反映されているのが如実になっているようだったら、実ったんじゃないかと思います。

まあそれもあまりわざとらしくなると、だめなんでしょうけど。
だから胆力さえ持っていれば、あとは何が実るか楽しみに書き続ければいいんじゃないでしょうか。

無いとは思いますが、
何がいい、何が悪いと、短絡的に考えるようになると、変な小説論が出来上がってしまって足が止まると思います。
たとえば本作の「アイロン部分の執拗さ」にあたる熱量ばかりを意識すれば、いやらしい実験小説みたいな臭いを、どこかいつも感じさせる作風になってしまうだろうし、
そのほかの部分、人間関係や作劇法に拘り過ぎても、本人としては実感の無い、わざとらしい情緒を書くことにやっきになってしまうというワナがあると思います。
どっちかに傾く人は結局、小説というものを書く器が小さすぎるだけであって、
作者さんの器にはどっちも入っているので、次にいけるんだと思います。

私は本作において、ちょっと、後者に志向しているような気配を感じましたが、
同時に、そこに難儀して、話が伝わりづらくなってもいると思いました。
だからといって前者(アイロン描写の熱量)のようなものを過信しすぎることはせずに、
要するにもっとぐちゃぐちゃに掻き混ぜてから醸造されてくるものがゴールだという意識で書き始めれば、どんな最終審査も無視できないものが出来上がると思います。

朱漣
210.170.105.157

 fn1様

 感想をつけてくださって、ありがとうございます。
 アイロン掛けの部分の冗長さは、いろんな方から指摘されていますけど、やはりそれは多くの読み手が感じている以上、自分が書きたかったものだから、の一言だけで片づけるのはやっぱり問題ありかなと思っています。この部分で書きたかったことは、アイロン掛けによって見違えるように仕上がっていくワイシャツを通して、庄吉のこれからの凛と立ち直っていく人生を暗示ししたかったからなのですが、それだけを表現するのであれば、もう少しやりようがあったのではないか、と思っています。
 実はこの部分には草稿段階では「洗い場」で最初から洗濯を始める部分を削っていて、この部分だけでアイロン掛けと同じ分量を書いていたりします^^;
 リライトを想定した時、「洗い場」と「仕上げ場」の描写で、当該作の比率くらいに収めるのが妥当かな、と思っていて、そういう意味で今作のアイロン掛けの描写は冗長だと判断しています。
 あとは今のままだと全体の構成のなかで浮いてしまっているという指摘に対しては、もっと単調にアイロン掛けを描写するのではなく前後の人間関係とうまくリンクさせることができたら、そういう違和感もある程度は緩和されるのではないか、と期待している次第です。
 その辺りのバランス感覚がどうも今の僕には欠けているみたいですので、これからそういったものも培っていければと思っています。

 ありがとうございました。

偏差値45
softbank219182080182.bbtec.net

>この作品も、もっともっと磨いてあげて、完成度をあげていきたいと思ってますので、皆様の感想をお願いします。

あまり参考にはならない感想ですが、、、。
・時代背景が分かるといいかな。そうすることで文章にない風景が見えて来ますからね。
・このストーリーには二つの軸がありまして、一つは職人魂。もう一つは女性、拓哉の一家との人間関係です。このバランスが重要のような気がしますね。読んだ感覚だと7:3程度の比率のような気がしますね。前者は明快なのですが、後者は曖昧です。あえてそうしているのかもしれませんが、個人的にはなにかスパイスが必要のような気がしますね。なんとなく読者としては思い入れが軽い。前半にも拓哉一家とのエピソードが欲しいところかな。とはいえ、視点が修一になっているので、なかなか難しいですね。

朱漣
210.170.105.157

 偏差値45様

 感想を付けてくださって、ありがとうございます。
 いつ頃のお話しなのか……、作者の中でも2020年現在よりも5~10年くらい昔の話、くらいの認識しかなかったです。
 それほど昔じゃないので、見えてくる風景もそれほど変わりないかな、と思います。

 そうですね、元々後半の軸は、後から追加で書き足したもので、前半部分を書いている段階では頭になかったので、伏線とかエピソードとか何にもないままになってしまっています。ただ、このままのお話しで30枚に収めようとすると、やっぱりどこかを削らなければいけないので、その場合はアイロン掛けの部分になってしまうのかな、とは思います。
 いずれにしても、リライトの時には枚数制限ないので、そこは思い切って書き込んでみたいと思います。

 ありがとうございました。
 

鈴原
49.253.104.81.eo.eaccess.ne.jp

こんにちは。拝読しました。「ピングドラム」とゆう言葉に目がとまって。

面白いと思いました。
なかなか読みづらいとおもったのですが、ローテンションのまま淡々と語られる口調はけっこう好みかもです。
良いと思ったのは、御作は弱いながらも「温もり」が感じられる点と思いました。
多くのアマチュアの作品は、たとえば例で、当ページの並びにある朱漣様の「坂の上の追憶」を読んでいただくとわかるのですが、「温もり」がなく、血の通っていないものがほとんどです。

ただ、御作は読んでいて頭に残りにくい感じがします。つまり文章をたどっていても、気づくと何をいっていたのか解らなくなるような感じがしました。
どうしてか考えたのですが、やはり、文章の並びが基本的によくない気がしました。

また、「わたし」が過去の当時の自身を語っていることを最初から明瞭に示したほうが分かりやすいのではと思いました。

たとえば、冒頭、わたしならどうするだろう。勉強のために考えてみました。
たとえば、書き筋やテンションを変えないように書くと、

 その日、夜が明けると積雪が膝丈にまで達していた。それは当時大学受験生であったわたしにとって、ひとつの時代の終わりを象徴する出来事の前触れであったのかもしれない。
 当日、わたしはセンター試験を受けることになっていたのであるが、試験会場である地元大学の経済学部のキャンパスまでは当初父の車で向かう手筈であったものを折あしく車検に出していたために父から四駆でない代車では雪道の運転は不安だと告げられた。一方わたしは当事者であるにも係わらず、なるようにしかならないのだと、むしろどうでもいいとまでうっすらと考えていた。半時間ほどして、いったいどのように連絡が伝ったものなのか近所の疋田さんのご主人が車で送ってあげますよと申し出てくれた。母はしきりに頭を下げながら、すみません、助かりますを連呼し、わたしも申し訳程度にありがとうございますなどと自分なりに心を込めた言葉を口にしていたと思っていたのだが、いま考えると多分ほとんどうわのそらであったような気がする。勉強に打ち込むこともなく、適当に試験受けて、相応の点数を取って、そのうえで願書さえ出せれば後はなんとかなると、そう考えていた。窮極を言えば、センター試験に間に合おうが間に合わなかろうが、さしたる問題ではなかったのだ。間に合わなかったら間に合わなかったで別にかまわなかったのだ。
 雪道を車で送ってもらうときに、疋田さんとの間にどんな会話が持ち上がったものか、もう憶えていない。わたしはこれまで疋田さんの家族とは個人的な交流はなかったし、そのとき実のある会話をしたかも自信がなかった。わたしといえば高校の三年間に他の家の車に乗せてもらうとゆう経験は一年に一度あるかどうかくらいだったし、疋田さんとは特に何も話すことがなく、わたしは車内で貝のように押し黙って、車窓から雪景色を眺めるだけであった。ほとんど言葉を交わすことのない受験生のその態度に、ご主人はどのような印象を持ったであろうか。ただ、車内はほどよく暖房が効いていたことはよく記憶している。今にして思えば、その適度な暖かさは疋田さんの優しさであったのかもしれない。そういえば疋田さんの発言でひとつだけ憶えていることがあった。こんな言葉だった。


などのように書くかもです。

鈴原
49.253.104.81.eo.eaccess.ne.jp

失礼します。「ピングドラム」についてもありました。

今やオウムは本当に過去の話しなのかもですが、さまざまな作品、もっといえば一流の方の作品にまで影響与えた事件でったなと思えました。

オウムそのもがモチーフになったものや、要素の一つとして盛り込まれた作品ですぐに思いつくものは、
大江 健三郎の「宙返り」や村上春樹の「1Q84」(ノンフィクションは除外して)があるし、
サリン事件そのものをモチーフにしたものは、野田秀樹の「ザ・キャラクター」や御作の題名にあった「輪るピングドラム」などがありました。
なんだかんだいってもオウム事件は作品のモチーフとなりうる存在としては大きいものであったのだと感じる次第でした。

なかでも「輪るピングドラム」のすばらしさは他を抜きん出ているように思います。
「1995」とゆう「その日」をピクトグラムで示し、当時事件のあった路線とそれに係わる町を舞台に演じられる悲喜劇など。

良いと思えたのは、対象が「子どもたち」であるとゆう点で、あの1995年の事件の加害者の子どもたちを主人公にすることによって、この作品が深いものであったと思いました。
また、オウムの子どもたちが実は最大の被害者であり、さらにそれを通して現在の日本の子どもそのものが実は「オウムの子どもたち」であったと痛烈に批判しているところは卓越しているよに思いました。
しかし、加害者の子どもたちは、最大の被害者でありながら、彼らは最終的には馬鹿な親たちのように恨みや怨念を取るのではなく、「救済」を選択する。
その救済の表現は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をモチーフとしてもう一枚の救済のレイヤーが重ねられてるところがすばらしいと思ったのです。

作者様はどんなものなのでしょうか。

そうげん
121-83-151-235f1.shg1.eonet.ne.jp

失礼いたします。この感想欄は朱漣さまの作品のものなので、誤って書き込まれているのではないかと心配になりました。
コメントは読みました。『わたしのピングドラム』のコメント欄にて返信させていただきますね。朱漣さま、失礼いたしました。

鈴原
49.253.104.81.eo.eaccess.ne.jp

大変申し訳ありません。書込み間違えました。
上記鈴原の書込みはそうげん様の作「わたしのピングドラム」宛てのものでした。
上記鈴原の書込みはどうかスルーの旨お願いいたします。
申し訳ありません。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

そうげん様 鈴原様

了解しました。
お気になさらず^^

ドリーマー
p7443ee42.tubecm00.ap.so-net.ne.jp

もしかしたら朱漣さんは、もうここを見ていないかもと思いつつ。投稿されてから三週間も経っているので^^;
でも、せっかく読ませていただいたので感想を置いていきます。

読後感は微妙でした。
朱漣さんがこの作品で何を書きたかったのか分からなかったのです。
最初は洗濯職人としての人生を全うしようとする庄吉の心意気(または意地)を、修一視点で描こうとされたのかと思いました。途中まではそのように読めたからです。
ところが女性(拓哉の母)の登場から、話が違う方向に転がってしまいました。女性に庄吉の支えになって欲しいと頼んでジ・エンド? なんのこっちゃです。
だって庄吉は『それでも、庄吉は諦めなかった。肉体の衰えを気力で補い、なんとか後遺症を克服しようと懸命に闘っていた。その不屈の闘志が、元の生活を取り戻してみせる、という渇望にも似た熱情に支えられていたことは言うまでもない』のでしょう。だったら修一が女性に望むのは、「庄吉が再び洗濯職人としての気概を取り戻せるように、力を貸してもらえないだろうか」のはずです。間違っても『一生分の汗をかき、一生分の涙を流したのなら、あとは笑って過ごせばいい』ではないと思うのです。
テーマがぶれた原因は、『僕の悪い癖でして、どうしても書いていくうちに物語が膨らんでいってしまいます。たった30枚のお話で、当初登場予定になかった重要なキャラが二名も追加されてしまったので、まとまりのない仕上がりとなってしまいました』と朱漣さんも分かっておいでですが、これを読んで首をひねりました。
プロットは書かないんでしょうか? たった30枚の作品です。プロットを書けば、話が思わぬ方向に転がることはないはずです(転がるのはプロットの作り込みが甘いんじゃないでしょうか)。

後半で突然現れた女性と庄吉の関係は、作品を読んだ限りでは分かりませんでしたが、これは分からなくて正解だったと思います。
最初、私はかなり好意的に解釈しました。女性の夫は庄吉の親友か恩人なのではないかと。そして夫亡き後、幼い拓哉を抱えて懸命に働く女性を、庄吉は陰ながら支えていたのではないかと。もしかしたら彼女に恋心を抱いたかもしれません。でも妻子を裏切ることはできず、自分にできる範囲で彼女の力になっていたのでは、と思ったのです。少なくても女性の反応は、自分と浮気した挙句に子供を孕ませた男に対するものには思えませんでした。
第一、ご近所さん=常連さんという田舎町で、未婚女性が子供を産んだら噂にならないはずがありません。少なくても庄吉の妻は気付くはずです。修一だって何かしらを感じ取るかもしれません。
もし女性と庄吉の関係が明かされていたら、既婚女性読者の多くが「庄吉なんて、野垂れ死ねばいい」と思うことでしょう(実際、私はそう思いました)。
個人経営のクリーニング店です。おそらく作業も妻と二人三脚だったと思います。その妻を裏切って、浮気をして子供まで作った男に、同情の余地はありません。修一だって事実を知ったら、母と自分を裏切った父を軽蔑するのではないでしょうか。
『気力に引きずられて衰えていく父親を立て直すことができるとしたら、それは目の前の女性をおいて他にいない。生きていく大きな柱だった拓哉という存在を失くしてしまった今、それに変わる存在になれるとしたら……』
もし朱漣さんが修一の立場だとしたら、こんな風に思えますか? 父親を許せますか? 女性を許せますか? 拓哉に哀惜を感じられますか?

皆さんが冗長だとおっしゃるアイロンがけのシーンですが、あれは削ったら拙いと思います。
冗長に感じられるのは、仕上げ作業の工程説明になっているからだと思います。しかも、なんだか健康な庄吉の作業工程みたいです。
夏の作業場はサウナ状態です。そこでアイロンがけをするのは、なかなかきつい作業です。作中の季節は冬ですし、稼働しているのはアイロンだけなので、室内は暑くはないでしょう。でも病後の庄吉には、サウナの中でアイロンをかけるくらい大変だと思います。おそらくアイロン台の前で、身体がふらつかないように、両足を踏ん張っていたのではないでしょうか。立っているのも精一杯のその脚は、ぶるぶると震えていたかもしれません。アイロンからは噴き出すスチームは熱を伴っていますから、そのスチームの熱ささえ、今の庄吉には堪えるかもしれません。またワイシャツは通常糊付けされますから、アイロンをかけると濡れたティッシュが画用紙に変化するかのようにピーンとします。触るとパリッと音がしそうです(もちろん実際に音はしませんが)。でも申し訳ありませんが、朱漣さんの描写からはパリッと仕上がったワイシャツを想像することが出来ませんでした。
最後の仕上げ作業なのですから、亡き息子を想う庄吉の心情が感じられるような、あるいは鬼気迫るような描写をして欲しかったです。そうすれば絶対に冗長さは感じません。むしろこここそが、この作品の一番の読ませ所になるのではないでしょうか。

すみません。書いているうちにすっかり熱くなってしまいました。失礼なことを言っていたらごめんなさい。
北日本は4次通過どころか、万年2次通過止まりの人間の言うことですから、たいして当てにならないかもしれません。
それでも、もし、少しでも参考になることがあったなら幸いに思います。
失礼しました。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 ドリーマー様

 感想を付けてくださって、ありがとうございます。

 いやー、耳が痛い^^;
 まず、「プロットを書いているか」、というご指摘について。
 僕は、普段200枚~500枚くらいの作品を書いてることが多いのですけど、それでもプロットをきちんと最後まで書いたことはないです^^;もちろん、何もない訳ではなくて、メモ書き程度のものはあります。作品のテーマ、簡単な章立て、登場人物の設定くらいは書き出しておきます。
 でも、大抵の場合、ノートに書いてるストーリーの通りには登場人物が動いてくれません^^;
 それで、後半になって帳尻をそれなりに合わせたものが、草稿の第一稿です。で、これをベースにして、伏線を張っていったりとか、必要な情報を追加したりとか、そんなんをやって第二稿ができあがり。あとは無駄な贅肉を落としてあげて脱稿みたいな流れが多いです。
 何度か夜の雨さんにご指摘されてるんですけど、「テーマの抑えが弱い」というのは、こういう作り込み方に問題があるのかなあ……、と最近では考えています^^;

 えーと、それで、今回の作品に関して言えば、プロットもメモもないです。
 最初に書こうとしてたのは、まさにドリーマーさんが仰っている通り「洗濯職人としての人生を全うしようとする庄吉の心意気(または意地)を、修一視点で描こう」としたものでした。このテーマでこのストーリーだと、洗濯職人の最後の作品を仕上げる処がメインとなるので、この部分をきっちり書き込もうとしました。修一目線なので、父親の洗濯職人としての最後の姿を通して今まで苦労して自分を育ててくれた感謝の想いが込み上げる、そういうラストを想定していました。これだと30枚くらいがちょうどいいボリュームだったのかなと思っています。

 ところがご承知の通り、途中から脱線してしまったので、何とも中途半端な出来になってしまいました^^;
 投稿作品のテーマは、父親の残された人生に対する再生(向き合う姿勢の)に軸足が移っているので、いろんな方がご指摘されているアイロン掛けのシーンが冗長だというのは、そう感じて然るべきだと思っています。後者のテーマであれば、アイロン掛けのシーンは、仕上がっていくワイシャツと今後の庄吉の人生(の立ち直り)を象徴させればいいだけなので、結果として紙幅を割き過ぎる結果を招いてしまている、と思ったからです。
 ここをもっと削って、テーマに沿った情報を盛り込んだほうが、作品としての完成度は上がったはずだと思っています。
 30枚の作品としては、ですね。

 もうひとつ、ご指摘されている庄吉と女性との関係についても、皆さんが読み手が共感出来ないとの声が多数ですけど、確かにその通りですよね^^;
 ドリーマーさんが指摘されているようにプロットをきちんと書いていたら、こういう設定にはならなかったでしょうね。
 だれが見たって、とんでもない親父ですもの。当初のテーマであれば、そもそも女性は登場しないですし、後者のテーマであれば、修一の母親はずっと早い段階で亡くなっている設定にしていたと思います。実際、今、取り掛かっているリライトではそういう設定ですし、これにプラスアルファの要素も盛り込んでいるので、この作品が抱えている矛盾点はかなり改善されると思っています。

 来年もまた、北日本に挑戦します。
 ドリーマーさんも北日本に挑戦していらっしゃるとのことですよね?
 御健筆を。

ちくわ
i114-190-106-18.s41.a040.ap.plala.or.jp

すいません、三週間過ぎでまだなんかあんのかって言われそうだけど、ちょっとだけ書きたくなりました。


そうですか、プロットいい加減なのじゃね。
すごく親近感湧きますじゃ。(笑)

ちくわはほぼノンプロットで書いてました。
プロット起こすの面倒だし、書いてたら飽きちゃうだろうし、あとはどうとでもなるな、みたいな感じだったからじゃ。
実際話が進むにつれキャラは自分たちで動いてくしじゃね、自分でもどうなるのかわからないので書いてて楽しいんじゃよ。
なので、強要する気にはなんないのだけど、来年も北日本に向かわれるというならばじゃな、きっちりしたもの書いてみてはどうじゃ?

ちくわはこのお話、余計なものが加わらねば、それだけで穫れたに違いないと思います。
文章の柔らかさや、無駄のない流れは、とても良くできてると思うしじゃね、なによりいちクリーニング店の親父が、死ぬ間際まで自らの技術を奮い、長く支えてくれた顧客のために奮闘する姿というのは、北日本のためにあるようなお話じゃないですか。
共感を産みやすいだろうし、浪花節はいってるしじゃな、実に日本人好みするストーリーじゃ。
40枚を越えて、そこを範囲内に縮めたってことですが、後出しの登場人物こそ切るべきでした。
実に惜しい。
完全に構成のミスじゃ。

ですからどうぞ、外連や誘惑に負けず、堂々と真正面から、30枚というところを見据えて再挑戦して欲しいなと思います。
というか、もうすでに十分解っておられるようなので、余計なお世話ですけれど。

そんでじゃな、アイロン掛けのシーンですけれど、実に見事な出来です。ここ大事じゃ。
退屈だとか要らないって意見もあるようじゃけれど、いろいろ迷ったにせよじゃな、この作品の白眉となる場面ですよね。
この失敗したお話であってもすごく効いています。
最初の通りのお話であったなら、てっぺん穫れたと感じるのは、これがあったからです。
どうぞ大事にしてください。このセンスはあなたの武器じゃ。

ご健筆をお祈りいたしております。

朱漣
fs5ccb60c2.fkol112.ap.nuro.jp

 ちくわ様

 感想を付けてくださって、ありがとうございます。
 ちくわ様もプロットは書かない方なんですね^^;
 僕もやっぱり、キャラクターが転がりだすとワクワクします^^
 あんまり褒められたものじゃないってことはわかってるんですけど……。

 このお話の当初のラストは、亡くなった父親に託されたワイシャツを持って、女性の元を訪ねた修一が、父親の最後の作品を私終えて、父親と女性の関係に想いを馳せる……みたいな感じだったんですけど。
 庄吉と女性の関係に想いを巡らせているうちに、どんどんストーリーが膨らんでいって収拾がつかない感じになってしまいました^^;
 やっぱり30枚に収めるには無理があるお話になってしまいました。

 いろいろとお褒めのコメントを頂いて恐縮です。
 今、皆様の意見を参考にしてリライトに手をつけているのですけど、尾崎母子を削って当初のシンプルな話に戻すか、職人のお話と尾崎母子のお話を両立させるか(母子と庄吉の関係性をきつちり書き込んで)の二択で迷ったんですけど、結局、僕は修行中の身なので、より挑戦的にありたいという理由で、後者を選択させて頂きました。なので、ボリュームは二倍くらいにはなるかと思います。

 あと、30枚を見据えて再挑戦ってお話ですけど、実は、次回の応募作の第一稿は書き終えています。
 前々回に北日本に初挑戦した「黎明」っていう作品のスピンオフなんですけど、この作品に関しては今回の反省を踏まえて、よりシンプルな構成で、きっちり30枚におさまったかなと思います。例によって、プロットは書いてませんけど^^;
 まあ、第一稿なので削って28枚くらいにはなるでしょうから、ストーリーの薄っぺらいところに厚みを出してあげて、仕上げてやりたいです。〆切まで、まだまだ時間ありますから^^

 センスを武器とまで仰って頂いて感謝です^^
 自分でそんなに意識している訳ではないですけど、丁寧な描写は心掛けていることなので、読み手に伝わったことは嬉しい限りです。
 ありがとうございました。

 ちくわ様も御健筆を。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内