作家でごはん!鍛練場
えほんやさん

カメレオン純

「一般1900円で、女性が1200円かぁ、男は女より700円も高いなんて、何だか凄く損した気分だな。何だよ、レディースデーって。レディースデーの日に映画を観るのはやめよう。また今度だな。」

水曜日のレディースデーに映画館に訪れ、自分が大学生であるにもかかわらず学生証を忘れたため、女性よりも700円も高い料金を払わなければならないという事に激しい憤りを感じ、ポップコーンの香りが充満する薄暗い建物を後にするこの男の名前は、山口純。
男っぽくもあるが女とも受け取れるこの
「純」という名前を、深く気に入っている。現代の社会では主に「性別」や「国籍」などをひとつひとつ区別する傾向にあり、それによって扱いに差が生じてしまう事がある。
男は男らしく。女は女らしく。そういった事を1番に嫌う純は、男らしくも女らしくもないなんとも新鮮な自分の名前が大好きだった。

翌日、おっちょこちょいな純は、その日は1限から学校があるという事を忘れ、朝ギリギリに目覚め、朝食も摂らずに大急ぎで家を出た。
なんとかいつもの電車には間に合ったが、電車に乗った瞬間、いつもと違うちょっとした違和感を覚えた。7時30分の電車であるにもかかわらず、電車内には体が押し込まれるような、混雑した様子が無いのだ。はっとして辺りを見回すと、自分が乗っている車両には女性しか乗っていなかった。そう、純は焦りのあまり女性専用車両に乗り込んでしまっていたのだった。
恐るおそる隣の女性の方に目をやると、怪訝な様子でこちらに顔を向けてきたため、次の駅で普通車両に乗り換える事にした。

いざ次の駅で停車し、混雑率の高い車両に乗り換える。先程の女性専用車両の快適さとはうってかわって、息つく間もない地獄のような電車に揺られながら、学校までの道のりを行くのである。純はこの時ほどこんなに女に生まれたらと思う事は無かった。
学校に着いた純は、貧血で倒れそうになっていた。なんだか頭も痛く、体調が悪い。朝なのにもう既に体がフラフラだ。せっかく早起きして混んだ電車に乗ってきたので1限の授業は受けようと思ったが、それ以降の授業は休む事にした。
帰りの電車は全く混んでいなかったので、座ってうとうとしながら最寄りの駅まで揺られる事が出来た。家に帰ってソファーに横たわりながらテレビをつけると、昼のワイドショーがやっていた。何やら街頭インタビューで主婦たちに夫への不満を聞いて回っているらしい。しかしインタビューに応じる主婦たちの不満というのは、酷いものだった。旦那が臭いだの、もっと稼げだの、いなくなれなんて......。
夫と妻の立場が逆ならば、大問題になるだろう。男には何を言ってもいいというのか......。
ワイドショーのせいで何だか更に気分が悪くなったので、純は家を出て、近所を散歩する事にした。良い天気だったので、日光を浴びれば心も晴れるかもしれない。そう思って玄関のドアを開けると、空は雲に覆われ、グレーに染まっている。ポツリポツリと雨も落ちてきているようだ。その様子はまるで、今現在の純の心境や体調とそっくりなものであった。先程駅から帰って来た時には晴れていたのに、こんな短時間でガラリと雰囲気を変えるこの大空に、純は少し羨ましさを覚える。
自分もこの空のように、自由自在に性別を変える事が出来たなら、映画も安く観れるし、朝空いている車両にも乗れる。さらにはワイドショーで貶される立場になる事もないだろう。
.........。

そんな馬鹿げた事を考えていないで、さっさと昼寝でもして体調を回復しようと思う純であった。朝早くから起きていたため、自分の部屋のベッドで夕方まで眠ってしまった。

「う、う〜ん。あ、あれ?あれ?え?」

純は眠りから目覚め、伸びをしながら声を出した時、自分の声の違和感に気づく。
自分のモノではないような、高く、透き通った声。突然発生した自分の体の異変に、寝ぼけている暇など無かった。

「あ、あれ〜、どういうことなんだ?」

高くなった自分の声を改めてひとつひとつ確認するようにボソボソと呟きながら、自分の部屋を出る。その時、自分が空を見上げながら、願った事をふと思い出した。嫌な予感が込み上げてきた純は、急いで洗面所の鏡の前まで足を運ぶ。すると鏡の前に姿を見せたのは、今まで十数年間魂と共に生きてきた男の体ではなく、身長もひと回り小さくなり、全体的に丸みを帯びた、女の体だった。純は気が動転した。夢に違いないと思い、力いっぱい拳を握りしめ、自分の頰を殴ってみる。涙が出るほど痛かった。
どうやらこれは現実らしい。純は自分が女になりたいと願うあまり、本当に女になってしまったのだ。
自分はこれからどう生きていけばいい、第1、今まで知り合った人たちに、俺が純です、なんて信じてもらえるはずがない。そんな事を考えていると、両親の事が頭に浮かんだ。そうだ、自分のこの姿では両親にすら信じてもらえず、もうこの家に住む事すら出来なくなるだろう。
というか、今この場で両親に見つかったらまずい。そう思った純は、急いで自分の部屋へと戻った。
自分の部屋に戻った純は、一度深呼吸して冷静になり、これからの自分のいく末を考えてみた。今まで生きてきた人間とはもうこれまでと同じように接する事は出来ないだろう。というかそもそも自分が山口純であるという事すら信じてもらえるわけがない。しかしどうだ。仮に万が一信じてもらえたとして、こんな異常な体は世界でも唯一無二であるため、研究の対象となり、まともな人生は歩めないだろう。
純は先程の自分をひどく憎んだ。女になりたいなんて願わなければ。自由自在に性別を変えたいなんて願わなければ。
男に戻りたい。男に戻りたい。男に戻りたい。
......。
そんなにうまくいくはずがない。そう思い、純は深い溜息をついた。

「はぁぁぁ。あ、あれ?」

先程昼寝から起きた時と同じように、声に違和感を覚える。ひょっとすると、と思った純は部屋を飛び出し、もう一度洗面所の鏡の前に立った。すると、予感は的中した。純は元通り男の姿に戻っていた。ゴツゴツした体に、先程よりも高い身長。立派な喉仏。純は心の底からほっとした。これで今まで通り人と関われる。研究対象となる事も無い。今まで通りの毎日だ!
そう思うと、先程までの非日常な出来事が嘘のように思え、これからはまた今まで通りの退屈な日常がかえってくるのかと思うと、少し残念な気持ちになった。
先程まであんなに焦っていた純は、あろう事か今度は女になりたい、なんて呑気な事を考え始めた。女になった時にもっと色々な事を試せたはずだ。女にしか出来ない事もあったはず。
自分は勿体ない事をした。もう一度女になりたい。女になりたい。女になりたい。
............。

鏡の前でそんな事を思っていると、自分の体は瞬時に先程と同じ女の姿に変わっていた。
純は驚きを隠せなかった。どうやら、自分は自分の意思で性別を行き来する能力を身に付けたらしい。その後、何度も試してみたが、純の思った通りだった。

翌日、純は、女の姿で外へ出た。これは、女性専用車両に乗るためである。堂々と女性しかいない車両に乗り込んでも、文句を言われる事が無い。それどころか、周りの女性に不審な目で見られる事も無い。唯一の違和感といえば、自分の着ている服が男性服だという事くらいだが、少しボーイッシュな女性だと思えば、さほどおかしなことではないように思えた。やっている事が男女逆ならば、自分は女装など言われ、周囲の好奇の目に晒される事になっていたかと思うと、ここでも男である事の生きづらさを感じ、深く憤りの念を覚えるのであった。
純は満員電車に揉まれる事も無く、貧血になる事も無く、ただただ無事に、目的地に到着した。純は、自分が今まで羨望の対象としてみていた世界に溶け込めたような気がして、今までにない、非現実的で刺激的な衝撃を受けた。
電車を降りた純は、人気のない場所を探した。
目の前を歩いていた女性が突然男に変身したら、その信じられない光景に周囲の人々は度肝を抜かす事だろう。勿論、人間というものは非現実的な出来事が発生した時、その心境を他人と共有したがるものだ。百歩譲って、友人や家族などという身内の人間に話すだけなら、信じてもらえずに終わるだけだろう。しかし、自分の変身シーンを目の当たりにした複数人が、その詳細を事細かにSNSに綴ったらどうだろう。複数人がそれぞれ発した気まぐれなデマが、偶然時間も場所も内容も一致する訳がない。
だからなんとしてでも純は変身シーンを他人に見られるわけにはいかなかった。かといって、このまま女性のままでいるわけにはいかない。この近くの大学に通う山口純という人間は、れっきとした男性だからである。性別が違えば、それはもはや同じ人物ではない。それがたとえ、記憶や考え方が同じであってもだ。
純はこの時ほど何処かの海洋生物に生まれ変わりたいと思った事は無かった。しかし、自分が人間に生まれた以上、今やるべき事は、人気のない場所を探す事だ。本来ならば公衆トイレが1番それに適した場所であるはずだが、今の姿は女性なので女性トイレに入ることになるのに、出る時は男性になってしまうので、トイレというアイデアは、没だ。
駅から大学までのルートを少し外れ、めっきり人通りの少ない裏道に入った純は、小さな路地裏を見つけ、そこで変身した。純は、自分の姿がちゃんと男になっているかをスマートフォンの内カメラで確認し、大学へ向かう。
今日は体調が良かったので、純は学校に着くなり友達と談笑を楽しんだ。会話といえば他愛も無いもので、満員電車きちぃーだとか、眠い、とか、そんなものだった。いつもの純であれば、心の底から共感出来たに違いない。しかし、今日の朝の純は女性である。性別も違うと、共感出来る話題も違うのか、と、感心すると共に、男女両方の価値観が分かったような気がして、この時ばかりはみんなに対して少しだけ優越感を持つのであった。

「みんなで映画行くんだけどさ、純もいかね?」放課後に友達の1人から映画に誘われて、純は水曜日の出来事を思い出した。レディースデイのことだ。あの余計なシステムのせいで、観たい映画を未だに観れていない。忌まわしき記憶が蘇ると共に、今なら自分が得する立場に立てるという事も思いついたのだ。

「わり、今からバイト。」

純は適当な理由で友達の誘いを断り、1人になった。スマートフォンで今日がレディースデイの映画館を必死に探したのだ。すると、最寄りとは逆方向の、2つ隣の駅に、丁度いい映画館を見つけた。再び登校前に行った路地裏に入り、女性の姿へと変身を遂げる。そしてスマートフォンで自分の姿を確認した後、駅に向かうのであった。
映画館に着いた純は、妙に緊張していた。一時的に女性の姿になっているとはいえ、本当は男性なのである。いわば自分が嘘をついて料金を千円近く安くしてもらおうとしている事に対し、少なからずの罪悪感に駆られるものであった。さらに、店員に嘘がバレたらどうしようという、途方も無い不安の念を抱いていた。しかし、女性の姿をした自分が男性だろうと疑われる事などなく、無事に割引料金で映画を鑑賞し、上映が終わる頃にはそんな気持ちなどとうに忘れて、得した気分になっていた。
観たかった映画を割引料金で見る事が出来、良い気分でストーリーを振り返りながら映画館を後にする。外は既に薄暗く、夕闇に包まれていた。家とは反対側の方向に来ているため、早く帰らないと電車が混んでしまう、と考えた純は男に戻る事無く、女の姿のまま電車に乗り込んだ。幸い電車はさほど混んでいなかったが、最寄りに着く頃には、体が疲労でくたくたになっていた。純はこの時初めて、自分が女の姿のままであることに気づいた。いつもよりも体が疲れていたからだ。やはり女性というものは体力が無く、男性の時の疲労度とは段違いだった。
女性である事は良い事尽くしだと思っていた純にとって、これが初めて見つけた男である事のメリットだ。家に帰る前に、男に戻ってから玄関を開ける。幸い、もう周りは真っ暗になっていて、気づく人間など1人もいなかった。

翌日、土曜日だったので授業が無かった純は、相変わらず女性割引のレストランを探しては、遠出をするのであった。純は、一昨年くらいにTwitterで話題になっていた、女性オンリーのイタリアンレストランの事を思い出した。もしも自分が男性のまま生きていたら、一生その店の料理の味を知る事無く、その生涯を終える事になっていただろう。大袈裟な考え方だが、そう思うと行かない選択肢は、頭の片隅にも無かった。早速店の所在地を調べると、どうやら自宅から電車で1時間ほど離れた所にあるらしい。
早速純は家を出た。勿論女性の姿に変身を済ませて......。

土曜日の電車は空いていて、純が端っこに座っても、まだちらほらと空席が目立つ程であった。純はこの時、昨日の反省を思い出した。
そうだ、女性の姿でいると疲れやすいのだ。
目的地に着いてから変身すれば良かったと、少し後悔するのであった。

改札を出ると、訪れた事の無い駅の景色は新鮮だった。西口を出てそこそこに栄える商店街をすたすたと歩く。これ程人通りの多い街では、変身する場所を見つけるのにもひと苦労だったに違いない。純は自分の選択が正しかったと胸をなでおろすのであった。
やがて大通りの一角に店を構える、例のイタリアンレストランを見つけた。お洒落な外観はやはり、いかにも女性向けという感じだ。純は店の前に立て掛けてある、小学校の頃を彷彿とさせる黒板を小さくしたようなボードを見つけた。そこに書いてあるのは店のメニューだった。
アペリティーヴォ・・・
アンティパスト・・・
プリモ・ピアット・・・
セコンド・ピアット・・・
コントルノ・・・
ドルチェ・・・
カッフェ・・・
ディジェスティーヴォ・・・

聞いた事もない料理名にぞっとしたが、値段はやはり女性限定の店なだけあって、安いには安い。店の扉を開けると、女性のウエイトレスにこやかに挨拶され、奥の席へと案内された。やはり店内にいる客といえば女性のみで、さらには厨房にも女性しかいないという、変わった店だった。
純はスパゲティーを注文すると、すぐさまスマートフォンに視線を落とし、自分の世界に没頭する。自分も一時的に女性になっているとはいえ、本当の姿はここのいるいかなる女性たちとも違う。周りに同性の人間が1人もいないと、やはり心細く、居心地が悪いものであった。
食べ終えたらすぐに店を出ようと決めた純は、注文したスパゲティーが早く来ないものかと、右足を揺すって待っていた。
スマートフォンを見ながらスパゲティーが来るのを待ち、やがて厨房の方をちらちらと見ると、何やら周りから視線を感じる。四方八方の客の目線の先にあるものは、純の貧乏揺すりと、大きく開いた足だった。純は何故自分がちらちらと人から見られるのか、最初は分からなかったが、やがてはっと気付いた。
自分の下半身の動作は、女性として気品に欠ける行為なのだ。今まで男性として生きてきた純にとって、そのような指摘をされた事はない。しかし、それが女性になった途端、勝手が変わってしまうのだ。純は急いで足を整え、行儀よくし、咳払いをした。すると待ちわびていたスパゲティーがようやくウエイトレスの手によって運ばれた。純は早く店を出たかったので、勢いよくスパゲティーに食いついた。するとやはり、先程と同様に視線を感じる。純はうんざりしてしまった。女性という生き物は、これほどまでに制約が多く、これほどまでに生きづらいものなのか..........。
自分は女性として生きるという事に幻想を抱いていたのかもしれない。しかし本当は、男性だろうが女性だろうが、社会で生きていくことはそう簡単ではなかったのだ。
純がそんなことを考えている時、店の奥の方から何やら頭がきんとするような叫び声が聞こえた。

はっとして大きな声がする方に顔を向けると、そこには中年の女性が2人、向かい合っていた。
どうやら口論になって、やがてそのうちの1人がヒステリックを起こしつ発狂した、とまあそんなところだろう。よくもまあこのような飲食店で大きな声で喧嘩が出来るものだ、と呆れた純は再び自分の食事を再開しようと視線を外した。その時だった。何やらおぞましい物を見た気がして、再びそこに目を向ける。純の嫌な予感は的中した。なんと先ほどヒステリックな叫び声をあげた中年の女性が、ナイフを片手に振り回していたのだ。周りを見渡すとそれぞれの客が自分の席を立ち、店の端に避難している。
事態は純が最初に思ったよりも深刻で、危険なようだ。予期せぬ緊急事態に、純は恐れ慄いた。頭に血がのぼって理性が吹き飛んでいる今、あの中年女性は何をしでかすか分からない。自分が巻き添えを食う前にさっさと店を後にしようと思った。実際、純と同じように考えていた女性客は多く、先ほどまでいっぱいだった店内はほとんど空に近い状態になっていた。
自分も早く避難しようと思った純であったが、ふとした考えが頭をよぎる。大半の客は逃げることが出来ても、先ほどのウエイトレスをはじめとする店員たちは逃げることが出来ない。それは、今にもナイフで刺されそうになっている口論相手の女性客を置き去りにして逃げるなどという事は、店の人間として絶対に出来ないからだ。

今から警察を呼んでも、到着する頃にはひとつの人間の命が失われているかもしれない。しかし、相手は刃物を持っている。自分にどうにかできる問題ではない。そんな事を考えながら状況を見つめていると、純は素晴らしい事を思いついた。刃物を持っている客は女性だ。力で敵うのは男性しかいないだろう。ところがこの店には女性しかいないし、店の外から男性を呼ぶ暇などない。そこで、純は男である。いや、漢である。ここで自分が立ち上がらない理由など無かった。色々な危険を考慮しながら、純はみんなを助ける方法を模索し、遂には実行に移すことにした。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

純はいきなり、キンキンとした素っ頓狂な叫び声をあげる。すると店内の女性たちは驚いて純の方を振り向く。勿論、刃物を持った女性も例外ではない。例の女性が自分の方を向いたの確認した純は、大急ぎで脳内に思考を巡らす。



男になりたい!男になりたい!男になりたい!
男になりたい!男になりたい!男になりたい!
男になりたいんだ!!!


段々と姿を変貌させる純を、女性は刃物を片手に持ったまま呆然と見つめる。隙あり、とばかりに女性の元へ駆け寄り、男性ならではのフルパワーでナイフを持つ手を殴る。


「うわ、はぁ!!!」


女性は刃物を床に落とし、片手を抑えてしゃがみ込んだ。そんなタイミングを知ってか知らぬか、警察が店内に駆け込み、例の女性を取り押さえた。そう、事態は収束した。死人どころか怪我人を1人も出さなかったのは、警察ではなく、純のおかげと言っても過言ではないだろう。

やがて警察とともに店を出ると、商店街の人たちがたくさん駆けつけており、お祭り騒ぎであるかのようにガヤガヤとしていた。ついさきほどまで人が命に危険に晒されてていたというのに、呑気なものだ。純は何も考えずに空を見上げた。丁度昼時の青空はやけに眩しく、まるで命の危険を顧みず、人助けをした純にスポットライトを当ててくれているかのようだった。

警察署で取り調べを受け、やがて純は無事に家に帰ることが出来た。被害を受けそうになっていた口論相手の女性からは、感謝もされた。警察署を出るときも、家の前に到着したときも、純は決まって空を見上げた。自宅に着く頃には既に夕方になっていたが、空は一貫して青く澄み、明るく純を照らしてくれた。自分もこれからは、この空のように一貫した人間になりたいと思う純であった。
空に、自分もお前のようになって見せると約束し、玄関のドアを勢いよくあける。


「ただいまーー!」


「おかえりーー!遅かったわね!!」


家族の声がこだまする。人にとって幸せな事というのは、非日常な刺激を受ける事や、特別な力を持つ事ではないのかもしれない。毎日の何気ない出来事。それを幸せと思える心を持つことだったりしてーー。



あれから10年近く歳月が過ぎたが、純は一切例の特殊能力を使わなくなった。自由に性別を行き交う事が出来るようになって分かった事がある。自分が現状に満足することが出来なければ、何に変身しようが、永遠に満足する事は出来ないだろう。大切なのは、今の自分をしっかりと受け止め、逆境に立ち向かっていく勇気だ。
男性として生きることに、日本人として生きることに、不満があるのなら、原因を断ち切れば良い。ただ、それだけだ。



大学を卒業した純は、政治家の秘書として働いている。その政治家というのは、あの時助けた口論相手の女性だ。命の危険も顧みず、身を捨てて自分を助けてくれた純に、女性は尊敬の念を抱いたらしい。そうして純はスカウトされ、現在の職業に就くことが出来た。
今でこそ秘書として働いているが、やがて地盤が整えば、政治家としての道を歩みたいと、純は考えている。

全ての人が不当な差別を受けないように。
みんなが幸せに暮らせるように。

カメレオン純

執筆の狙い

作者 えほんやさん

男は男らしく。女は女らしく。そんな言葉が大嫌いな青年が起こした奇跡の物語。 地球上に存在するあらゆるものに「らしさ」を求める現代社会に対するアンチテーゼとして生まれた作品です。

コメント

見習いさんH

性別問題ですか。
私にとっても大きな問題です。いや、別にニューハーフじゃねえけど。

純くん、格好いいですね。

>水曜日のレディースデーに映画館に訪れ、自分が大学生であるにもかかわらず学生証を忘れたため、女性よりも700円も高い料金を払わなければならないという事に激しい憤りを感じ、ポップコーンの香りが充満する薄暗い建物を後にするこの男の名前は、山口純。

ここなんですけど、なぜか、『この男』の部分を読み落として、「結局、この人はどちらの性別なのさ!」となっていました。いや、私の失敗なのです。んが、何度読んでもそうだったので、何か構造的に問題があるのかもしれません。『建物を後にする』の後に句点か読点を打つとか。
ちなみに、学割のことですよね? これも、ピンと来なかった原因です。学生の時に映画観に行ってなかったってバレますわ……。

性別問題ですね……。
日本はまだ差別が少ない方なんしょうね?
男性視点で書いたり女性視点で書いたりするだけでもビビっている私にも厳しい問題であります。
海外には、本当に命懸けという国もあるみたいですし……。
多くは語れませんが、考えさせられました。ありがとうございました。

あ、文章は読みやすいですが、ちょっと情報過多で疲れたかな?
全然、他人の事を言えませんが、ちょっぴりそう思えたのでちょっぴり追記でした。

えほんやさん

見習いさんHさん、アドバイスありがとうございます。ご指摘の通り、句読点や情報量など、読みやすいように、修正していきたいと思います。とても勉強になりました。

あのにます

主人公が性別を自由に変える能力が欲しい!
と願ったきっかけがレディースデーの値段の違いと女性専用車両の存在などに差別を感じて
獲得した能力という設定が日常よく目にするもので分かりやすい。

これが「何人だから差別された」とかで石投げられてるところに人種が生まれ変わるとか
だったら全くリアリティないですからね。
能力を得たきっかけが日常的なところがいいと思いました。
以上です。

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