作家でごはん!鍛練場
スカイ画廊の父

トランプに対する一抹の考察

 こんな色の夜空を見たことがなかった。宝石で例えればアメジスト。深夜一時過ぎだがかすかに明るい。闇の奥にささやかな光をぎりぎりのところで留めているような空だった。みたいな夜空はありえなくて、あったとしても見ている当人の気持ちによるところが大きいから、我々は彼に何か良いことがあったに違いないと風景ではなく感情を読み取るわけだけど、それを情景描写と一般的に呼ぶのならあり得なくもない。
 終電を逃し、隣町の駅へと歩いていた。と、理解不能な一文がここで来る。周囲には住宅団地が広がり、ぽつぽつと街灯が道に沿って続いている。住宅団地とは何か。住宅地と団地ははっきりとした境界があるはずで、風景はまるで違ってくる。光のあるところから光のあるところへと足を進める。明るいところに出るたび、羽虫の影が目の中にひらひらとはためく。街灯のことであろう、ここで羽虫を出すのはセンスがある。夏かそのあたり湿度の高さもわずかに感じ取れる。
 右手には白い金網があり、その向こう側に線路が伸びている。もう電車は走っていない。さきほど住宅地か団地のなかに彼はいたはずであるが、ここで急に線路沿いに出たのである。
 この街のなかに思いがけず現れた空洞。線路が伸びるその方向にはビルの明かりが幾つも重なっている。と、ここで語り手による修正がなされ、線路に出たのではなく、線路側から彼に向かって現れたことが示唆される。段階的には、作品にひとつ非日常的な要素が加わりつつある。
「ずいぶん丁寧に仕立てられているね」
 人の気配など無いのに、声だけが僕の耳に届く。声が気配に先行することなど何も珍しいことではない。そろそろこの文章の虚構性に気づくべきかもしれない。
 足を止めた。
 だれ、という声を待たず、居場所を教えるかのような口笛が聞こえた。その音に誘われて、僕の視線は線路のうえを滑る。この状況で「だれ」と発することができるのは作者だけであって普通は「えっ」とか若しくは声など発さないだろう。
 誰か立っている。
 鉄道信号機の電柱に背中を預けるようにして、人間のような姿が見える。
 空気のなかに滲んだような赤信号の灯りで、黒い影の動きを捉えることができた。
「そのスーツ」
 声の主は顎を動かして、僕が着ている服を指し示した。長い髪が揺れた。正体は分からないが、女であるらしい。と、視覚で性別を認識したわけだが、実際のところその遥か前の時点で、声による分析が出来ていたわけであり、虚構に「時差」が生じはじめている。
 その女らしき存在の言うとおり、僕は上等な燕尾服を着ている。もっとも美しい角度の襟元に、蝶ネクタイを付けている。ひどくわかりにくい描写は許していただきたい。僕みたいな年齢の人間には似つかわしくないほどの高級品だ。両親に頭を下げてお金を半分以上出して手に入れたものだった。
「キミのようなジェントルマンが、なぜこんなところで一人なんだい? そんな黒い服で夜道を歩くなんてーーここから居なくなってしまいたいの?」
「仕事着なんですよ、これでも」
 無視して通り過ぎることもできたはずなのに、口を開いていた。するりと、吸った息を吐くかのように、そのまま余計なことまで口に出してしまいそうになるほどに。女が発した言葉の、特に末尾に彼は何も違和感を抱くことなく、「終電を逃した」ことなど記憶か彼方に追いやられ、とにかく服の説明をしたいらしい。
「へえ」
 ふと、小さな光が輝いた。女の人差し指に火が点る。その指を口元の煙草にゆっくりと押し当てる。手慣れた動きだった。そういうものなのだろう、と思った。そういうものではないだろう。
「私がなぜここに居るのか、尋ねてみたくならないのかい?」
「貴方のほうから話しかけてきたので」
「うわ、そんな返事? 素直に驚いてくれる人間が、この頃めっきり減ってしまったものだね」
 少しふてくされたような声。確かに、何を見ても頑なに驚こうとしない人間は一定数居る。僕自身も、今までの仕事で幾度もそいつらに悩まされてきた。「そいつら」の中に自分が含まれていることには気づかないのだろうか。
「まあ、個人の自由とか言うじゃないですか、ここ最近は特に。貴方がそこに居るのも、貴方自身がそこに居たいと思ったからですよね」
 不躾な物言いだと解っているのに、僕の口は突き放すような口調のまま変わらない。個人の自由。便利な言葉だ。僕が今の生き方を選んだとき、ありとあらゆる人間から聞かされてきた言葉。
「それで他人の自由を尊重しているつもりかい? 他人の存在を認めてやるのは誰にでもできるだろうさ。口だけで認めるだけならね」
 まぶしい。
 煙草を持っていないもう片方の手から新たに光が放たれ、女の全身を照らし出した。
 ベティちゃんの黄色いTシャツにジーパン。
 僕の想像を裏切ってきたかのようなラフな出で立ち。
 そして燕尾服の僕は一体何者なのだろう、と自分で自分がわからなくなる。
「変な人、ですね」
 そんなことしか口に出せない。
「その仕事着とやら。キミも一般市民とは程遠い存在のように見えるけど。変わり者どうし、ここで少しおしゃべりでもしようじゃないか」
「あの、僕、急いでいるので」
「急いだところで、着いた先で眠るだけだろう?」
 その通りだった。僕は眠りたいだけで、何も急いでなどいなかった。そして目覚めることもないのだから、いつ眠りにつこうが、もう関係のないことだった。意味深な文章が唐突に来ると、これ以降は手がつけられなくなる。

「手品を、ご覧になられたりしますか」
「私の得意分野だよ」
「空がへんに明るいのは、貴方が仕掛けたものですか」
「キミならタネを見抜けるだろう。手品師なら」
「案外、意地の悪い人ですね。そんな台詞、一度でいいから口にしてみたかったですよ」
 女の冗談に思わず苦笑いを浮かべてしまう。女の方も控えめに笑みをこぼしているようだ。男と女でなにか秘密を共有しあったかのようで胸の奥がくすぐったい。
 女は口笛を吹き始めた。『オリーブの首飾り』だった。その音色を耳にするのは僕だけ。女は僕のためだけに、その澄んだ音をはかなく漂う闇に遊ばせた。手品ごっこに励んだ僕を茶化しているような響きが妙に心地よくしみわたる。小馬鹿にされているようでありながら、憤りの感情が衝いて出てこないのが不思議だ。
「どうすれば、貴方のようになれたのでしょうね」
 気がつけば、そんなことを尋ねていた。たった今出会ったばかりの、不法侵入しているこの女性に。
「どうした? 全てを擲ったかのような質問だね。キミが私になれるはずがないだろう。私がどう足掻いても、キミになれないのと同様にね」
「そんなこと、知ってます。解ってます。だから解らなくなったんですよ。一人で、どうにかしていかなければならなかったんです。僕のことは、僕自身でなければ分からないはずで」
 咳き込んだ。思いも寄らない身体の部分から言葉が突き抜けた。誰にも見られたくない部分を見られたような気がした。電子レンジで加熱して脱気したあとの食品包装のように、
僕の感情はある部分だけが火傷しそうなほど熱いくせに、くちゃくちゃに萎びていた。
 こんなとき、大抵の人間が見せる曖昧な微笑みというものを、この女性はしなかった。彼女は僕に冷厳な視線を向け、僕の心のなかに見つかった甘えや弱さを刺し貫いてくる。
「キミは私になりたいわけじゃないね。キミという存在そのものを辞めたがっているだけだよ。自分自身に期待を寄せることができなければ、この『眩象』を招き入れることはできない」
 あらゆる物事は起こるべくして起こる。
 少なくとも、ターフグリーンのテーブルの上で起きる出来事はすべて必然。
 僕の掌の中で起きる「奇跡」とやらも、ただ観客たちが真実を知らないだけ。
 そんな必然を、この女性はいとも容易く毀してくる。今まで知らずに来た真実を、僕の目にありありと映し出して見せる。
 煙草が最後の朱い光を放つ。二本の指で挟んで口から離し、前方に投げ捨てたと同時に一気に燃え上がって消失した。
「この世で可能なかたちで、可能な限りで、夢を観るがいい。こんな色の夜空があったのだということを、心の中にしまい込んでおくがいいさ」
 そして、彼女も姿を消した。
 なにか言い残したことがあったような気がするのに。
 息を吐いた。僕もなんだか喫いたい気分になった。

 行間で挟んだのはあくまでもこれが彼による一連の妄想の可能性があるからだ。彼女は現実にはおらず、ただ彼が帰り道に想像した夢のようなものに過ぎない。
 駅前のドン・キホーテでトランプを買った。黄色のレジ袋を手に提げて店を出た。まだ始発電車が来る時間には早すぎる。冒頭の理解不能な一文がここで解ける。
 人通りの少ない市街地の歩道。アニメのコスプレをしていると思われる白人の男が、バス停の側にあるベンチに座って、スマートフォンを片手に電話している。車道の上をタクシーが走り抜けるエンジン音が後を引くように消えていき、静まり返る。自分の靴底が立てる音だけに集中する。
 僕は梶井基次郎の『檸檬』を思い出した。洋書店の棚にレモンを置いて、爆弾を仕掛けたつもりで店を出るという有名な下りがある。僕ならこの街のどこにレモンを仕掛けるだろう。そして、そいつが爆発したとき、この社会はどんな合理的な説明を重ねて僕に有罪判決を言い渡そうとするのだろうか。そんなこともわからないのか。君は器物損壊やら殺人未遂等で牢屋行き、実にシンプル。『檸檬』などその程度に過ぎない。
 モーニング無料と書かれたのぼり旗が置かれているのを目にしたので、雑居ビルのなかにあるマンガ喫茶へ入った。
 無料なのはフライドポテトだけだった。メロンソーダをパソコンデスクに置き、燕尾服の上着をハンガーにかけて、リクライニングチェアに腰を下ろす。ぐぐ、という寝息が隣の個室から聞こえてきた。蛍光灯の照明で、僕の影がパーテーションに映り込んだ。
 買ってきたトランプを取り出す。
 オーバーラップされた無地のフィルムを剥がし取る。
 紙箱のフタを開けてデッキを手に取る。五十四枚の厚みは僕の指に馴染み深いものだ。
 大きなスペードのAがあり、Kまで順に並んでいる。クローバーへ、ハートへ、ダイヤへとスートが順に並び、最後にジョーカーが二枚。
 その二枚を抜き取って、テーブルの上に置いた。
 髪の長い魔女の、微笑する横顔が相対する。
 あれはそういうことだったのさ、と僕はひとりで納得した。
 スマートフォンで時計を見ると5時だった。そろそろ駅に向かって歩き出せば始発に乗って帰れそうだ。
 僕は一枚のジョーカーを手に取り、黒いメカニカルキーボードのスペースキーとV,B,Nのキーとの隙間に挿し込んだ。そしてもう一枚のジョーカーを、燕尾服の胸ポケットの中に入れた。
 心臓のすぐ側にこのジョーカーを忍ばせておけば、僕に新たな夢を観る力を与えてくれるような気がした。
 マンガ喫茶を出て、駅を目指す。
 外は白みがかっていた。
 街が正気を取り戻していくなかで、僕の足はひたすら前へと進んでいた。

トランプに対する一抹の考察

執筆の狙い

作者 スカイ画廊の父

さきにこちらに投下しておりました作品を改稿しております。

小説を書くことが好きである、という彼の気持ちを汲んで、私が引き継ぐことになりました。

コメント

群青ニブンノイチ

待ち人来ず、といった隙間にただタチが悪いだけの邪魔者がお邪魔します。

小説だの文学だのとつまらないことに拘泥したがる人がここでは後を絶ちませんし、そういうところなのだからむしろ当たり前なのかもしれませんが、これは悪くない方のやつだと思いました。

小説らしくない、と一口に言っても様々な意味がありそうで、個人的には書き出しからしばらくの間、妙な女が現れる辺りまでの書きぶりについて、例えばわたし以外のここにいる人たちがどう見受けるのか、想像したものなのか単純に気になるなあ、といった気持ちにさせられたものです。

誤解ならそれでも構わないのですが、恐らくわたしが感じさせられたようなことを想像する、あるいは共感を手繰り寄せられる人はそうは多くない気がして、そういった感じが例えば小説だの文学だのと自らあれこれしたがることのみじめさ、そのまぬけさを端的に想像させれられなくもない、といった意味において、皮肉ではなく仕様書とか作法といったそのパロディを眺めさせられているような読感ではありました。
要するには、パッと見の印象とは裏腹にシンプルなものを思わされた気がしています。
感想が得られないのは、この場所の嘘、のような気が個人的にはしています。

>あらゆる物事は起こるべくして起こる。

これを帰結として眺めたがるなら、創作という課題に尽きるとても個人的な目線を問われる気がして、シンプルでいいです。

お話そのものの閉じ方についてあまり興味が持てなかったのは、読者としてわたし個人の薄情さに尽きることなんだと思います。

スカイ画廊の父

群青ニブンノイチさん
感想ありがとうございます。

ここで私が書くものを投稿しても反応はあまり得られないだろうというのは、はじめからある程度予想していたので、逆にパロディみたいにしてしまえという想いがあったのだと思います。
拙作の最後のほうは、指摘されてみて初めて気付かされたというか、気を抜いていたり手を抜いていたりいや単純に筆力のない証なのか、たしかにもうすこしできただろうと、後悔先に立たずであります。

水野

推理されるべき謎が書かれた小説はいくつか存在しますが、作者が丹念に用意した謎に最後まで付き合うことのできる読者はよほど親切な方々なのだと思います。私個人としては、なるたけ小説というルールに則りかつ、それを覆してしまう可能性のあるものを書いていきたいという思いがあります。何をしてはならないのかが意識されて書かれたものは、そうでないものとは明らかな痕跡の違いがあるだろうからです。

「終電を逃し、隣町の駅へと歩いていた。と、理解不能な一文がここで来る。」などに見られるメタ的視点がすでに使い古されたものであるということを、この語り手(作者ではなく)はどこまで意識できているのでしょうか。彼は疑いなく、自分の考えたことが可視化された一連の文章を誰かが読むのだという可能性を考慮に入れていますが、そもそも書物と読者という関係性は虚構でしかありえません。自分の考えたことが可視化された一連の文章を、第一発見者として自分がまず読むのだという優劣の判断が、先に引用した文章には見え隠れしています。こうした判断が一種の羞恥の感覚として、どこまで語り手の声に反映されているかに関しては興味があります。

「アニメのコスプレをしていると思われる白人の男」という描写に対して、この小説に潜む限界を感じずにはいられません。今までの経緯からして、この語り手は自分自身に、なぜ自分はその男の恰好をアニメ的であると判断したのか、問いかけることもできただろうからです。唐突にそうした男の描写が挟み込まれることによる意味の中絶性には目を惹かれますが、圧倒的なディティールの欠如が、他の多くの文章作品と特徴を一にしています。

女の吹いた口笛を『オリーブの首飾り』だとすぐさま聴いてとったように、なぜ白人男の恰好をどのアニメに使われていた衣装であったかを見てとることが、この主人公にはできなかったのでしょうか。彼の恰好がアニメ的であるとわかっておきながら、なぜこの主人公は梶井基次郎の『檸檬』を思い出すのでしょうか。小説において何が優先されるべきであり、何が排除されるべきであるかという賢明な判断が、ここには表れています。そうした賢明さをどこまでパロディ化できるかが、次の改稿では焦点となるでしょうか。

スカイ画廊の父
sp1-72-9-242.msc.spmode.ne.jp

水野さん
感想ありがとうございます。

「僕」という語り手、その語り手を「君」と呼びかける語り手、さらに水野さんが書かれた感想をひとつの視点と捉えると、メタ視点の多重構造が出来上がります。ただ作中で語り手が二人いるという作者の設定自体、水野さんの慧眼をもっても読み取れなかったということは、語り手の多重化ははじめから失敗しているのでしょう。>そうした賢明さをどこまでパロディ化できるか といったところにまでも筆が届いていませんでした。したがって私がカリフラワーさんの感想欄に書いたような「規制」、つまり水野さんのいう「何をしてはならないか」、逆に言うと「何をすべきか」ということが拙作に意識されたのかというと、上記の通り自信を持って意識したと言えないのが事実です。

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