作家でごはん!鍛練場
雨希

三つの願い

  私とぽんず君は、同じラノベの新人賞に応募していたのだが、私は一次審査で落選し、ぽんず君はなんと大賞を受賞してしまった。結果発表の日、出版社のホームページを見た私は、思わず机をこぶしでぶっ叩いた。なんだと。あいつが受賞して、私が落選? 悔しかったが、ぽんず君の才能は本物だ。文章に独特な味があって、いかにも上手い文章を読んでいる、と感嘆させられる。目に涙を滲ませて、私は彼にメールを送った。おめでとう、と。ぽんず君からの返信は、「ありがとう。これからも頑張る」というとにかく前向きな文章で、私の落選には一言も触れていなくて、それが憎たらしかった。
 ぽんず君の作品が出版されると、私は十冊買って、庭で燃やした。彼が、そうして欲しいとTwitterで呟いていたからだ。私は彼の作品を読んでいない。選者が絶賛していたから、きっと素晴らしい出来だったんだろう。けれど、最初の数ページで読む気が失せてしまった。彼が受賞前に書いた作品の方が面白いと思った。可愛い女の子がたくさんでてくるコメディなんて、彼には似合わない。どうしようもない境遇の人々が、希望を見出したり見出さなかったりする暗い物語が良いのだ。これから先、ぽんず君はどんな作品を書くのだろうと考えると、なんだかつまらなかった。

 ぽんず君が大学に来なくなったのは、作品が出版されてしばらく経ってからだった。バイトにも出ていないと聞き、心配になった。風の噂で、ぽんず君が彼女にフラれたと耳にした。失恋してふさぎ込んでいるのかもしれない。そこで、私は彼をカフェに呼び出した。同学年のキャント君も一緒である。ぽんず君からのメールの返信は要領を得なかったが、待ち合わせの日に彼は現れた。
 失恋したんだって、と訊くと、ぽんず君は情けない顔でうなずいた。
「それで大学に来てなかったのか?」
 キャント君の言葉に、ぽんず君は首を横に振った。
「そうじゃないんだ。どうしても大学に行けないんだよ。朝起きて、支度はするんだけど、家を出ることができない」
「そうなのか、大変だな」
「保健管理センターに相談した方が良いんじゃない?」
「もう、相談したよ。でも、どうにもならないんだ」
 問題が思っていたより深刻だと知った私とキャント君は、顔を見合わせた。私たちの力では対処できそうになかった。
「いつでも相談に乗るよ。辛かったら言ってくれ」
「ありがとう」
 ぽんず君は少しだけ顔をほころばせた。

 その数日後である。私の元に、悪魔が現れたのは。

 夜、自分の部屋に帰って来ると、部屋の真ん中に美青年が立っていた。何事かと思ったら、そいつは悪魔だった。
「三つの願いを叶えましょう。その代わり、あなたの魂をいただきます」
 銀色の長い髪を吹いてもいない風になびかせ、悪魔は言った。
「なんだって私の所に来たの? 呼び出した覚えはないけれど」
 荷物を置き、椅子に座り足を組んで、私は訊ねた。
「私を呼び出したのは、青木進です」
 青木進というのは、ぽんず君の本名である。
「彼は、二つの願いを叶えた所までは良かったのですが、そこで怖気づいたようです。見逃してくれと言うので、代わりの人間を差し出したら許してやる、と取引しました。そこで、あなたのところに来たというわけです」
「最近ぽんず君の様子がおかしかったのは……」
「無茶な願いを叶えたことがたたったのでしょう。自分で自分をおかしくしてしまったのです」
 なんてことだ。
「もしかして、ぽんず君の願いって、新人賞の大賞をとることだったんじゃ」
「正確には、自分の好きなことで食っていけるようになりたい、という願いでしたが」
「急に彼女ができたのも……」
「自分の想いを彼女に伝えたいという可愛らしい願いでした」
「だからフラれちゃったのか。もっと上手く願わないと」
 私は呆れた。どうしてそんな、しょーもないことを願ってしまうのか。ぽんず君にとっては、重大なことだったのか。
「それにしても、私を犠牲にするなんて、あいつ……」
「別に、青木進があなたの所に行けと言ったわけではありません。叶えたい願いのありそうな人を挙げろと言ったら、あなたの名前を一番に言ったのです」
「私には叶えたい願いなんてないけど」
 ぽんず君からは、そんなに欲求不満な人間に見えているのだろうか。
「あるはずですよ。気付いていないだけで。好きな人とかいるんじゃありません?」
「いるけど……」
 胸がちくりと痛んだ。私は長い間片想いをしている。でも……。
「願いなんてないよ。帰ってよ」
「嫌です」
「なんでよ? 私のところにいたって何にもならないよ」
「……それじゃ、代わりの人間を教えてくれますか?」
「それも嫌」
 悪魔なんかと関わったら、ろくなことにならない。それに、私の所から来たって伝えられるのは嫌だ。
「じゃあ、あなたの所に居座ります。つきまといますよ」
 こんな美青年につきまとわれるのは悪い気がしない。しかし、うっとうしい。
「ちょっと、キャント君に相談する」
 私はLINEを起動した。
――私のところに悪魔が来てるんだけど、どうしよう。三つの願いを叶える代わりに魂をもらうって言うんだ。
 キャント君は、LINEの返信が極端に遅い。返信しないことさえある。気長に待とう。
 ぽんず君にも、メッセージを送った。
――あなたが呼び出した悪魔、私の所に来たよ。また話したいんだけど、いつが良い?
 こちらは、すぐに返信があった。
――それじゃ、明日の放課後、文学部室で
 ぽんず君、大学に来れるんだ。
「さっさと願いを言えば良いんです」
「いーやーだー。私はもう寝る」
 寝るしたくをする私を、悪魔は無表情で見ていた。

 翌日、文学部室に行くと、ぽんず君がソファーで寝ていた。顔の上にタオルをかけ、腕を組み、エジプトのミイラのような格好でじっとしている。
 声をかけると、彼はゆっくりと起き上がった。
 私の方を見て、ぎょっと後退りする。
「悪魔だ」
 私の後ろにいる悪魔に驚いたらしい。ここに来るまでの間、悪魔は周りの人には見えていないようだったが、呼び出した彼には見えるのだ。
「どうすれば良いのかな、これ」
「僕にも分からないよ。魔導の書には、帰ってもらう方法は書いてなかったから」
「ぽんず君が三つ目の願いも叶えてもらえば良いんじゃない?」
「無理だよ。二つの願いを叶えてもらった結果、ろくなことにならなかったのに」
「それくらい、最初から分かってたでしょ。なんで呼び出したりしたの?」
「どうしようもなく嫌になったんだ。このまま、なりたくもない医師になって、激務に追われて人生を終えるのかと思うと。僕は元々、作家志望だったからね。でも、作家も楽じゃなかった。書けば書くほど、精神がすり減るんだ。彼女にもすぐにフラれちゃったし、最後には罵詈雑言を浴びせられたんだよ? まさか、こんなことになるなんて」
 ぽんず君は、苦しそうに顔をしかめた。
 私はため息をつき、そばにあった椅子に座った。悪魔は、本棚に並べてあった漫画を、物珍しげにぺらぺらめくっている。
 スマートフォンが鳴ったので見てみると、キャント君からの返信が来ていた。
――何言ってんだ、おめー。頭でも打ったのか
「現実なんだけどな……。ところで、ぽんず君、今日は大学に来れたんだね。良かった」
「うん、ありがとう。体調が大分マシになったんだ」
「もう、悪魔のことは放っておこうかな。そのうち飽きていなくなるでしょ」
「どうだろうね」
 私は、悪魔の方をちらりと見た。銀色の長い髪を持ち、黒いロングコートを羽織った姿は美しい。
 もしかしたら、もしかしたら、だ。願いを叶えたぽんず君が引きこもってしまったと知らなければ、私は彼と同じ願いを言ってしまったかもしれない。
 私だって、医師になりたくて医学部に来たわけではない。周りの期待に応えただけだ。だから、フルコマや連日の試験、実習で朝帰りなんて生活に耐えられるはずもなく。勉強から逃げ出しては、情けなさを噛み締めている。もし、本当に、自分の好きなこと――小説を書いて生活できるのなら、どんなに良いことか、なんて考えたこともある。けれど、それも楽じゃないんだろう。ぽんず君の苦しみようを見ていたら分かる。自分の才能のなさに直面し、アイデアの枯渇に身もだえ、他人からの酷評に傷付く。書くのが楽しくなくなってしまうかもしれない。
 もし、恋の成就を願ったら。最初は嬉しくても、だんだん、怖くなるんじゃないだろうか。自分の願いで、相手の心を無理に捻じ曲げたということが。きっと、罪悪感と自己嫌悪で、彼と一緒にいられなくなるだろう。
「ぽんず君と私って、似た者同士なのかもしれないね」
「えっ?」
「二人とも、医師になりたくて医学部に来たわけじゃなくて、逃げてばかりだし。恋の相手には振り向いてもらえないし。なんだか、情けなくて悲しいね。悪魔に頼りたくなるのも分かる」
 ぽんず君はうつむいた。
「……いつも、周りの奴らが輝いて見えるんだ。医師を目指して、一生懸命勉強しているやつらの、志や熱い思いが、眩しくて。僕なんかと全然違うんだ、皆。けれど、僕には小説がある。そう思ってた。それなのに、もう、作家としてやっていくのも挫折してしまったよ」
「小説、書けないの?」
「いや。ただ、自分の書くものに自信が持てないだけだ」
「ぽんず君の小説は面白いよ? 私は好きだよ」
「そうかな……」
「魂をこめて全力で書いてる、って伝わってくるもん」
「けれど、僕は、悪魔の力を借りてしまったんだ。受賞した作品を書いたのは、僕じゃないんだよ」
「やっぱり、そうだったんだ」
「僕は、サイテーの人間だ」
 絶望的な声で呟き、ぽんず君は、両手に顔を埋めた。
 私も、彼を見ていられなくなってうつむいた。

「二人とも、情けない顔してどうしたんだ」
 突然、ぱんっと部屋のドアが開いて、キャント君が入って来た。
 私たちは顔を上げ、そして、唖然とした。
 キャント君は、ピエロの格好をしていた。顔にペイントをし、だぼだぼの黄色い服を着ている。そして、手には風船を持っていた。
「今日は、病院の附属幼稚園の運動会なんだなんだ。さっきまで、手伝ってたんだよ」
 私は思わず吹き出した。
「似合ってる、似合ってる。ねえ、ぽんず君」
「ああ」
 キャント君が、持っていた風船をぽんず君に差し出した。
「ほらよ、作家先生。希望の詰まった赤い風船だ」
 受け取ったぽんず君は、しばらく風船を見つめていたけれど、立ち上がった。そして、悪魔の元に向かう。
「最後の願いだ。この風船が、永遠に割れないようにしてくれ」
「分かりました」
 次の瞬間、悪魔は消えていた。
 ぽんず君は、風船を脚でめちゃめちゃに踏みつけた。
「何やってるんだ?」
「救いだよ、これは」
 ぽんず君がどれだけ踏みつけても、赤い風船は割れなかった。

三つの願い

執筆の狙い

作者 雨希

新人賞に応募してもなかなか一次選考を通らず、好きな人に受け入れられないという鬱屈した思いが書かせたのかもしれません。

コメント

あのにます

ぽんず君は願いを2つ叶えても満足出来なかった。
それで、悪魔を"私"によこすんだけどその時の悪魔のセリフに
「三つの願いを叶えましょう。その代わり、あなたの魂をいただきます」
とあります。
なので、最後のぽんず君の願いをかなえた時ぽんず君は死ぬのかと思いました。

もしくは、ぽんず君はすでに魂を取られているんでしょうか。
それとも、悪魔は"私"に対してだけ願いを叶えたら魂をもらう予定だったんでしょうか。

悪魔の願いを叶える"ルール"的な部分をもう少し詳しく知りたいなと思いました。
何もルールがないのに"私"に対してだけ魂を要求していたとしたら不自然と感じたので。

ぽんず君は他愛もないことに最後の願いを使ってしまいますね。
「救いだよ、これは」
怖気づいた自分の心を変える為に、割れない風船を踏みつける事で決意を固めたのかな。
と。

雨希

あのにます様

読んでくださって、ありがとうございました。
悪魔との契約について書かれた先行作品いくつかのイメージで、魂は寿命などで死んだ後に取られる(天国に行けない)ものだという思い込みが私にありました。次からはその辺りを明言しようと思います。

\(^o^)/

 ごはんでは珍しく誤字脱字もなく、表記の仕方も間違えてませんね。文法の間違いも変な文章もわかりにくい文章も何が言いたいのかわからない文章もありませんでした。ごはんでは珍しいことです。ほとんどひっかかることなく一気に読めました。ひっかかったのは一点だけ。

>「願いなんてないよ。帰ってよ」
「嫌です」

 悪魔がここで「嫌です」と言わずに「はい」と言って帰れば、ヒロインの願いを叶えたことになりませんか?

 最後まで読んでの感想。ラストは別におかしくはないけれど、すっきりしない終わり方でした。無理矢理ハッピーエンドにする必要はありませんし、バッドエンドでも良いので、読者の心に響く・刺さる何かがほしいところです。
 ストーリーは一応起伏があるはずですが、すべてがあっさりと淡々と進んで行く印象で、何も心に残らない作品でした。
 読んでて心拍数が上がるようなシーンが欲しかった。悪魔がやって来た経緯を聞いて、『ぽんず君に裏切られた!』とヒロインがショックを受けるシーンを入れると山場になると思います。実は裏切ったのではないとわかって安堵するけれど、今度はぽんず君を疑ってしまった自分に対する嫌悪感に苛まれ苦悩するシーンとか。

 キャラがみんなあっさりしてて、キャラが立ってない感じです。キャラ設定をしっかり考えてから人物描写に力を入れてみましょう。
 ぽんず君とキャント君のニックネームの由来がないとモヤモヤが残ります。ここもしっかり書き込むと、キャラが立ってくるでしょう。
 悪魔がハンサムだからちょっとときめいてしまうのか、あまりにもクール(冷淡・冷酷)すぎて恐怖を感じているのか。現段階では前者のようですが、ヒロインがハンサムな悪魔に全然心を動かされることがないのは、一途にぽんず君を想っているからという設定にすると、『裏切られた!』とショックを受けるシーンが生きてきます。

 ラストシーンを変えないなら、描写を工夫して読者が納得できる・腑に落ちるものにする必要があります。
 とにかく読みやすいので、すべて読んで感想や意見を書いてくれる人は多いと思います。すべてを鵜呑みにはせず、取捨選択してより良い作品作りに役立てましょう。

雨希

\(^o^)/様

とても丁寧なご意見をくださって、本当にありがとうございました。
一発ネタのショートショートとして書いたこともあり、物語の練りかたが足りなかったと反省しております。キャラが立っていない、あっさりしているというご意見は、他の作品でもいただくことが少なくないので、改善できるように努力しようと思います。

二人のニックネームの由来は、「Hunter×Hunterに出てくるポンズが彼の初恋の人だった」「彼の本名が『れない』でそれを英語にした」という設定で、あまり深い意味がないのです……

とても勉強させていただきました。ありがとうございました!

えんがわ

なんとなく流れるように進むのですけれど、それでいて文脈なんだろうか、流れの中で、
きちんとわたしにとってぽんずくんが大切な人だと、それでぽんずくんもわたしほどではないけれど大切に思っている、
という温かさだろうか、気持ちが伝わってきて、
それがなんとなく心地よさになっていると思います。

その心の流れというか、そういうのがとても好きで、唐突にそれをブツッと切り替える、キャント君の感じも好きだし、ピエロだから道化ということかもしれないけれど、その真剣になり過ぎない感じが二人がシリアスすぎる方向に行きそうなところを上手いこと修正していて。

それこそめちゃくちゃに叩き壊したい綺麗ごとのような、空気で出来たような希望ってあるんだけど。
それでも、せいいっぱいやっても、割れない感じも好きだし。
でも、割れるからこそ、希望かなって気も。それは自分の気のせいだろうか。

好きな文章です。
と同時に自分とは違うタイプの文章だなって感じます。

それは雨希さんの個性なんだろうし、そこらへんを無意識でやってんのかな、コントロールしようとすると却って違う風になってしまうのかな、そういうの発揮しながら、嫌味にならないところが羨ましい。

ストレートに伝わるようで、なんとなく言葉の奥に意味が潜んでいるようなそういう味があります。素敵です。

雨希

えんがわ様

読んでくださってありがとうございました!
誉めていただいて、ドキドキして何と返信して良いのか分からず遅くなってしまいました。

意図を深く読み解いてくださって、とても嬉しかったです。

しまるこ
vc134.net183086183.thn.ne.jp

しかし、めちゃくちゃ読みやすいですね。
それでいながら、作者さまの人柄の良さというか、親しみやすさが文章に表れています。いーやーだーの部分がとくにすばらしいと思いました。改善した方がいいなと思ったところは他の感想者の方々と同じです。

雨希
p524176-ipngn200210takamatu.kagawa.ocn.ne.jp

しまるこ様

返事が遅くなってしまってごめんなさい。読んでくださって、ありがとうございました! とても嬉しいです✨

精進してゆこうと思います!

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