作家でごはん!鍛練場
なかがわ

老サンタの空

 腰を下ろすと、金属の感触が尻に当たり、しばらくもぞもぞやってみたが一向に具合の良い位置が見つからない。
 しかたない。
 諦めて、ケツがいてえなぁと内心でつぶやきながらパイプ椅子の背もたれに体を預けた。
 カウンターの中では女性職員達がてきぱきと仕事をこなしている。その前を行き交う男どもは国籍も年齢もさまざまで、俺はむかしに学校で聞いた人種のるつぼという言葉を思い出す。るつぼとやらがどういう物体なのかは知らないが。しかし、なにがしかのカーニバル的な印象を漂わせる「るつぼ」の響きに対しては、ここの空気は地味で事務的なのかもしれなかった。
 縦にも横にもでかい一人と目が合った。合うやいなや、相手は両目尻をかくんと下げて、質問に答えたいみたいに思い切りよく手を挙げてくる。俺は、さりげなく視線を外してからうつむき、目を閉じて寝たふりを決め込んだ。確か……ナントカルーとかいう名前の青年。趣味で始めたという片言の日本語で話しかけてくるのを、五年ほど前まではそれなりに相手をしてやっていたが、今ではすっかり面倒になってしまった。
 しばらく寝息めいた呼吸を繰り返していたが、ルー某が接近してくる気配もないので、うっすら目を開ける。
 手にしている紙片には「88」の数字。末広がりで縁起がいい。今、カウンターが捌いているのが七十番台後半だから、自分の番もそろそろだろう。
 と思っているうちに、眠っていた。
 はたと目覚めると、呼び出し番号は百三十番を通り越していた。慌ててカウンターへ申し出ると、三分ほど待たされてから対応してもらえた。
「手帳をご提示下さい」
 赤革の手帳を差し出す。
 職員はパソコンをカタカタいわせた。それから、何度も、手帳とパソコンの画面を見比べる。そして再度カタカタ、見比べ、またカタカタ。
 なにか問題があるのだろうか?
「ゴンダシゲゾウさんですね?」
「いかにも」
「召集令状が届きましたか?」
「あ、いいや。それが見当たらなくて、他の葉書かなんかと一緒に捨てっちまったかもしれない。まあいまさら日付が変わることもねえだろうと思って今日は来ました」
「ああ、そうでしょうね」
「すまないね」
「ひょっとするとこちらの手違いで連絡が行かなかったのかもしれず、だとすれば大変申し訳ないのですが」
「令状、どうしても必要かね。昨年までは手帳だけで大丈夫だったと」
「そうじゃないんです。ゴンダシゲゾウさん。あなたは除籍されています」
「ジョセキ」
「ゴンダシゲゾウさんは、もうサンタクロースではありません」

 捨てっちまったのはその通知のようだった。
 俺は月に一度くらいしかパソコンを起動せず、何百通と溜まったいかがわしい広告メールをいちいちチェックもせずゴミ箱に移していた。協会からの除籍通知はメールで送信されたらしいから、いっしょくたにしてしまったのだろう。
 女性職員は、しんみりした表情だがやはりてきぱきと手を動かし、俺宛の通知をプリントアウトして手渡してくれた。それで終了だった。
 俺はフロアに戻り再び椅子に腰を下ろす。ケツがいてぇ。ぼんやりと通知の文章を目で追う。話は簡単で、要するに、仕事が出来なくなったからクビなのだった。
 確かに、一昨年は、ようやく最後の一軒を脱出した時には東の空が白くなってしまっていた。昨年は……そう。年明けに届いた書類によって、配りそこねが三件もあったと知った。昨年の担当は新潟で、確かに激しい雪で視界も足元も空路も悪く難儀ではあったが、まさかの配りそこね。やってはならない失敗を、しかも三件だ。
 俺は泣いた。悔しくて泣いた。だがその家の子らは、きっと悲しくて寂しくてもっと泣いただろう。三月には旅行にかこつけて新潟へ行き、ふらふらと歩いてみたが、くだんの家を知らされているわけでもなし全く意味はなかった。歩き疲れてベンチでコーラを飲みながら、決意した。そして今日までの毎日を、マラソンに筋トレに、ひたすら体力増進に努めてきた。今年こそは待っている子ども達を、間違いなく全員笑顔にするのだと。
 努力は報いられなかった。いや、それ以前に取り返しのつかないことを仕出かしたのだから、無意味な努力、悪あがきだった。
「はい、ゴンドウさんひさしぶりです」
 顔を上げると、いつの間にか隣の椅子にルー某が座っていた。俺は権田茂造だと訂正するのも億劫で、曖昧に笑う。
「ゴンドウさんは今年はどこかな? 僕、はじめてニッポンです。そして、あこがれのトウキョウ。トウキョウですよ! すごい。タマっていうところです」
「多摩地区は東京であって東京でないみたいなとこだぜ」
「うん? むずかしい。東京都の中ですよね。トウキョウならいいです、ずっと希望を出してました。ゴンドウさんは」
「俺はこれさ」
 首を掻っ捌くジェスチャーをしてみたが、伝わらなかったようだ。もう俺の仕事は無いんだとよ、サンタクロースは終わりだと言うと、神妙な顔をする。
「つまり、解雇ですね」
「難しい言葉を知ってるな」
「昨年、日本人サンタクロースだったお友達のミツオさんから教えてもらいました。彼も、解雇になった。解雇にされた? そうですか、ゴンドウさんも解雇なんですね」
「連発するなよ。まあ、そういうことだ」
「僕はとっても残念です」
「……しかたない」
 よっこらせと立ち上がり、未練のない風情で「じゃあな」と言って歩き出す。
 自動ドアが開いたあたりで、後ろから「ゴンドウさん」と声を掛けられた。無視もできず振り返ると、こちらを向いてまっすぐ立っていたルー某は、ほとんど直角なまでにお辞儀をしながら言った。
「長い間、お疲れ様でした」
 俺は胸を衝かれて、しばらく立ち尽くした。
 姿勢を戻して目が合った彼に問う。
「名前、なんていうだったかな」
「やだなあゴンドウさん。忘れたらだめですよ。僕の名前はリカルドです」
 頷いて、年季が入ってぼろぼろになった赤革の手帳をポケットから取り出し、そっと投げた。受け取ったリカルドは一瞬困った表情を見せたが、また深々とお辞儀をする。今度は顔を上げるまで待たず、自動ドアをくぐった。俺の名前を覚え直せばいい。


 おとなしく繋がれているトナカイ達から、自分のを探し出すのは一発だ。長年連れ添った絆と言えば格好もつくが、そうではない。見るからに固くこわばった毛並み、細かな傷でいっさいの艶を失った角。
「おまえも年食ったもんなあ、リンネ」
 それだけはまだきらきらと潤んだ瞳で、こちらを見上げてくる。
 リンネと名付けたのは、何年前だったろう。何十年前か。長い研修期間を終えて貸与ではないトナカイを持つことになっても、はじめの間は気恥ずかしくて名前などつけなかった。なぜ名付けようと思い立ったのかは忘れた。散々悩んで、輪廻とかけた響きと鈴を思わせるこれに決め、我ながら、良い名前だと思っていた。最近、キラキラネームというものを知って同類かと赤面もしたが、もう他の呼び方などありえなくなっていた。
 ポールに繋いだ縄を解いて手綱の具合を確かめてから、橇に乗り込む。
「行こうか」
 リンネは頷くように首を小さく振ったが、シャンと鳴った鈴の音は、「どこに?」と問いかけているように、俺には聞こえた。
 どこへ行く?
 行く場所などない。帰る場所など、俺には。
 家なら千葉にある。だがそれは決してホームではなく、それを言うなら、サンタクロースという仕事こそが俺のホームだった。嫁を早くに亡くしやさぐれていた俺が、いわくいいがたい経緯で人に誘われてサンタクロースになり、リンネという伴侶も得て仕事をしてきた。俺の人生といえばそれ以外になく、もはやサンタクロースでなくなった今、どう生きていけばいいのか分からない。
 リカルドの、友人だったミツオという男はどうしているのだろう。まだ若いのなら、第二の人生を模索し歩き始めたかもしれない。俺と同じような爺なら、縁側で茶を啜ったりテレビで漫才を眺めたりしているのだろうか。
 それは違うだろ、と俺は嗤う。折よくリンネの鈴も鳴る。
「そうだなあ。上に行こうか」
 了解したらしい。リンネは首をぐんと伸ばしてから、地を蹴った。風を受け、リンネの鈴が小さく絶え間なく震えている。
 見下ろすと、協会の事務所がぐんぐん小さくなっていく。何頭かのトナカイがこちらを見上げているのが分かった。いくつかの音色で鈴が鳴り、おそらくリンネの友人達が別れを惜しんでいるのだろう。
 やがて空気で出来た壁を通過する感覚がある。俺とリンネは現の側に戻っていて、眼下には太平洋が広がっている。
 リンネは速度も高度も下げない。こちらの日中では響くはずのないリンネの鈴が、シャンシャンと鳴り続けている。
 雲が、足の下にきた。ふわふわと曖昧な白い面に映る俺達の影、リンネの角は天使の翼のようだ。なんだか気持ちが良くなって、鍛えた足腰を踏ん張り橇の上で仁王立ちになる。綱から手を離す。腕を大きく広げる。仕事じゃないのに飛ぶのは、初めてかもしれなかった。空は高く広い。自由とはかくも愉しく哀しいものよ。ひとりごち、そして気が付くと、声を上げて笑っていた。
 その笑い声が落下する勢いで、俺とリンネはどこまでも駆け上がっていく。



 

 
 

老サンタの空

執筆の狙い

作者 なかがわ

リハビリのような感じで書きました。
よろしくお願いします。

コメント

\(^o^)/

 読みやすい文章ですが、わかりにくい部分がありました。これは最後に書きます。サンタの資格を失っても、橇が空を飛ぶのは無理があるように思います。この問題を解決するには、協会の事務員に「空飛ぶ橇は必ず年内に返却してください」と言わせれば良いかと思います。そうすれば疑問を抱きながらラストシーンを読む読者がいなくなります。
 ラストシーンをもっと壮大に描くとさらに良い作品になると思います。

>「手帳をご提示下さい」
 赤革の手帳を差し出す。
 ↓
「手帳をご提示下さい」
 年季が入ってぼろぼろになった赤革の手帳を差し出す。

 後から出てくる「年季が入ってぼろぼろになった」という説明を先に持って来ると、サンタ歴が長いことがわかりやすくなります。

>「名前、なんていうだったかな」
 ↓ 
「名前、なんていうんだったかな」

>頷いて、年季が入ってぼろぼろになった赤革の手帳をポケットから取り出し、そっと投げた。受け取ったリカルドは一瞬困った表情を見せたが、また深々とお辞儀をする。
 ↓
 俺は頷くとポケットから赤革の手帳を取り出し、リカルドにそっと投げる。奴は反射的にキャッチしたものの、一瞬困った顔になった。が、また深々とお辞儀をする。

なかがわ

\(^o^)/さん、感想をありがとうございます。

・橇の返却について
気に留めていませんでした。しかし確かに協会としては、元サンタが好き勝手に飛ばないよう対策するに違いありませんね。
トナカイはともかく、橇は、返却させたくないという拘りもありませんので、書き直すならご提案いただいたような形が良いと思いました。

・サンタ歴について
タイトルに「老」と入れたのが前提になってくれると考えていましたが、何歳でサンタになると決まっているものとも読めませんし(私もそう考えていません)、高齢だから長くサンタをやっているとも限らないか。書いたほうが良かったかもしれません。

・赤革の手帳について
リカルドに投げて渡す場面では、サンタ人生の証的なニュアンスが欲しいので、なにかしら言葉を添えたいです。サンタ手帳はどの年にどの地域を担当したかとか記されているような代物と考えていました。どうにもだらついてしまい結局書かなかったのですが。現状でもここの文章はちょっともたついているかなという気がしていましたが、それこそカウンターで提示する場面などに、描写を分散させればなんとかなるかと気付きました。
また、リカルドの挙動については、直していただいた文章のほうがずっと上等です。「反射的」なんて日常的な単語をなぜ持ってこれなかったのか、自分が恨めしい。

最後に、
・ラストシーンをもっと壮大に
力不足ですと頭を下げるしか出来ません……自覚はありました。くどいのは嫌いだという意識がどうしても強く、言葉足らずと指摘されることが多い。しかしもちろん、今回の場合で言えば、壮大=くどくど書き込むというわけでは決してないと理解はしています。精進あるのみですね。

言われてしまうかなと予期していたのは、ラストシーンについてだけでした。
自分が思っていたより、詰めが甘かったです。

ありがとうございました。

\(^o^)/

 タイトルがネタバレな気がします。読者が読み進めるうちをオチが予想できてしまわないように、タイトルを工夫しましょう。
 タイトルのどこかに「サンタクロース協会」というワードを入れると食い付きが良いと思います。
 サンタクロースを扱ったありがちな内容ではなく、良い作品だと思いますので、改稿して公募に出すことをおすすめします。ありがとうございました。

なかがわ

\(^o^)/さん、ありがとうございます。

タイトルについては、うーんという感じです。
ネタバレというのは「空」とあるからなのでしょうか。オチというべき結末とも考えていなかったので、ネタバレになるという感覚が私にはよく分かりません。
サンタクロース協会という単語で食いつきが良くなるのかどうかも。

ありがちではないというお言葉、大変嬉しいです。
ありがとうございました。

そうげん
121-83-151-235f1.shg1.eonet.ne.jp

クリスマスからずいぶん時間が経ってしまいましたが、「老サンタの空」を読みました。

赤紙、召集令状――戦争!? なんて感じましたが、まさかのメールで連絡通知が来るなんて、なんと現代的なのでしょう。夜の一晩のうちに誰にも見られないまま、担当地域にプレゼントを配りまわってきたのだから、サンタクロースも、トナカイも、実は決して人に見られることのないメタファーとしての存在として、普段からあるんじゃないかって考えると、引退した後、トナカイのひく橇にのって空を駆け回っていたとしても問題ないと感じます。

でも配り忘れられた家の子供は可哀そうですね。一年に一回、子供にとっては確実になにかひとつはプレゼントをもらえるものと期待しているのだから、朝起きてそれがなかった! なんてことになれば、サンタクロースを恨んでしまうかもしれません。翌年の引退通告は妥当だったかもしれません。失敗の許されない仕事ですものね。

この年も配る気満々だったのに諦めなければならなくなった老サンタに、ラストで自由に空を飛んでいた時の心境はどんなものだったでしょうか。あれこれと想像を掻き立てるラストだったように感じました。

なかがわ
119-175-253-201.rev.home.ne.jp

そうげんさん、感想をありがとうございます。
季節を過ぎても読んでいただけて嬉しいです。

メタファーというのは頭になかったので、面白い考え方だなあと思いました。

解雇は妥当ですよね。
夢物語の象徴なのにシビア/だからこそシビア、という意識はありました。かといって妙に辛気臭くなるのは嫌だなとも思っていましたが。

>ラストで自由に空を飛んでいた時の心境はどんなものだったでしょうか。
この感想をいただけたなら、書いた甲斐があるというものです。

ありがとうございました。

御廚年成
M014011161224.v4.enabler.ne.jp

拝読しました。

文章自体は読みやすく、読み切るのに不都合はなかったと思います。
ですが、あっさりし過ぎて解雇されたサンタクロースの心情を描画しきれていないようにも感じます。
御作での重要なアイテムに「赤革の手帳」がありますが、なぜリカルドに手帳を渡したのでしょうか。この心理が理解できませんでした。
御作の最後にそりで飛ぶシーンがありますが、この段階で投げ捨ててもサンタクロースである自身との惜別は表現できたのではないでしょうか。

言いたい放題を申しました。御寛恕ください。
貴兄の御健筆を心より祈念申し上げます。

なかがわ
119-175-253-201.rev.home.ne.jp

御廚年成さん、感想ありがとうございます。

あっさりし過ぎというご指摘ですが、これはひとえに私の癖です。
心情などを書き込みすぎたくありません。
人気のあるプロ作家によるものを読んでいても、あまりに懇切丁寧に説明されすぎて興ざめだな……ということが、私は時々あります。
とはいえ何も伝わらないのでは書く甲斐もありませんので、この傾向が悪癖と陥らない方法なりポイントなりを、模索しています。
鍛錬場に投稿させていただくのも、そのあたりの塩梅を知りたいというのが目的の一番かもしれないと思っていますので、御廚年成さんのご意見も参考にさせていただきます。

赤革の手帳をリカルドに渡したのは、簡単に言えば新しい世代へのバトンタッチ的な意味合いです。
上記した私の癖に加え、それを語るのは主人公のキャラクターではないかな、とも考えます。

ありがとうございました。

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