作家でごはん!鍛練場
櫻井

冬の中の人間の営み

 白い冠を被った山々は居丈高に麓に住む我々を圧迫するその作用がもたらす結果は冬の間長々と続く我々の憂鬱だ。空を鋭く切る音を響かせながら吹き荒れる冬の木枯らしと、何もかもを白く埋め尽くし生活を甚だ不便なものとしてしまう過酷な積雪。そういった自然のもたらす圧威は物理のレベルの超えもっと根源的な段階、心理のレベルで人々を陰鬱な感情に浸らせてしまう作用を持っているのだ。裏日本の懊悩の何もかもを象徴するような陰気極まる冬の到来に、私は思わず乾いた溜息を吐いた。それは自然の悪辣に対するせめてもの抵抗である。
 その日私は駅前の裏通りの細い路地を歩いていた。道の中心に一列になって設置された消雪パイプは周囲に赤錆の臭いのする水を振りまいている彼らは路面の凍結を防ぎ積雪の害を食い止める為に設置されているのだが、おかげで歩行者にとっては少々邪魔くさい。油断しているとすぐに飛沫がズボンの裾を濡らしてしまう。濡れた部位は水分の蒸発に伴う吸熱作用によって、寒風の吹き荒れる中ますます冷たく冷えてしまうのだ。私のみならずその作用を厭うているのは皆同じだろう。私は時に大股で歩いたり腿を上げたりしながら、パイプの描く水により成る放物線を踏み越え足元の悪い路地を進んでいった。ところどころ朝の放射冷却により一層冷やされ凍りついた路面がある。こういった場所は恐ろしく滑るので質が悪い。その上私は昔から平衡感覚のあまりいい方ではないのだ。全く、雪というヤツは文字通り、我々の生活を足元から不便なものにしていくのである。太平洋側や南国の連中はしばしば降雪という現象をうらやましがるが我々からするととんでもないことである雪は間違いなく厭うべきものだ。毎年何人独力で雪かきを行おうとした孤独な老人が、屋根から滑り落ち骨折したり時にはそのまま雪に埋もれて命を失っていると思っているのだ。雪とは自然界におけるもっとも酷薄な淘汰圧の一種である。しかしながらあの雪の白さには例えば<砂>のようなシンプルな美の萌芽があるということは、認めても良いことなのかもしれない。際限なく街の風景を俯瞰的な視座で分析してみれば、中には雪が作り出す美しい光景の断面がないわけではないのだろう。けれども美しい光景などほんの一部である。雪は舞っている時は混じり気のない白に見えるが積もりだすと途端に憂鬱な鼠色へと変色してしまうものだ。雪は裏日本特有な風景の陰鬱を、いっそう重苦しいものにするばかりである。
 消雪パイプの流す冷や水を浴びせかけられぐちゃぐちゃに融解した小賢しい雪片を、ブーツのつま先で蹴飛ばしながら歩き続けること十分私は目的地についていた。その目的地とは駅前のこじゃれたアパートである。いかにも彼女のように金に困っていない独り身の若い女性が住むのに、うってつけそんな外貌を持ったアパートである。私は玄関の先にあるパネルを押したすると電子音に変換された彼女のどことなく甘い声色がパネル越しに響いてくる。私は一旦脳内に沈殿した陰鬱な感情を振り払いつとめて陽気な声色で「三井です、開けてくれる?」と彼女に尋ねた。彼女は妙に間延びした声で答えると門先の扉の鍵を開けてくれた。私はそこから中に入りエレベータ―に乗り八階のボタンを押した。そう言えば、彼女の部屋を訪れるのは随分と久し振りだなそんなことを考えながら私はエレベーターを下り彼女の部屋の門前まで行きインターフォンを押したするとすぐに彼女は出てきた。彼女はどこかみだらっぽい笑みを浮かべ私を出迎えた。私を部屋に通すと彼女はまめまめしく私に奉仕してくれた。羽織っていた外套を受け取るとすぐに部屋の隅の洋服掛けに移してくれたし、すっかり冷えた体を暖めるように告げながら熱いコーヒーを出してくれたりした。私は小さく頭を下げ礼を言いながら、彼女と共に居間の炬燵に潜り他愛もない世間話に花を咲かせた。「近頃景気はどうなんだい」だとか「会社の方は上手くいってるのか」だとか、本当にどれもこれも当たり障りのない話を続けているうちに、暖房の熱により私の体はすっかり熱を取り戻していった。すると今度は、情欲の熱がムラムラと高まってくるのだ。私は会話にふとその気配を漂わせてみた。彼女はたちまちのうちに私の意を介し、むしろ私よりもずっと積極的に私を閨へと誘った。当然私は乗り気なのだから躊躇いも断りもしない私たちは順繰りでシャワーを浴びた。最初は私が熱湯を頭からかぶり全身の垢をこそげ落とし、次は彼女の番である彼女が浴びている間私は寝室のベッドの縁に座ってじっと彼女が来るのを待った。もう何度も経験しているとはいえこの時のじれったさといったら中々言葉による形容の効くものではない。時間が間抜けなくらいに引き延ばされる中、情欲の焔ばかり置き去りにされどうにも落ち着かないのだ。それでも待っていれば時というのはやってくるもので、彼女は派手な赤色の下着を身につけ私の前に姿を見せた湯上りのため彼女の白い肢体にはほんのりと赤みが差しておりそれが私を何となく安心させるのだ。その安心とは湯だまりのように深々として温もりに溢れたものである。もっと若かった頃もっとスレていた頃なら性交の直前で安楽を感じるなどとても考えられることではなかった。けれども今の私は性交という行為に関し高揚というよりは安楽を覚えてしまうのだ。これは自分でも説明のつかない心のうちの深い部分での作用である。
 それはさておき、私たちは二人してフカフカのベッドに体を埋め肢体を絡ませあった。彼女、柚子は豊満な肉体の持ち主であり、総身に満遍なく柔らかな肉がついていた。私は彼女の肉の弾力を確かめるかのように諸手を腰に回してギュッと彼女を抱きしめた。すると彼女の方もまた私の愛情にこたえるかのように、真っ赤な舌先で私の体を丹念に舐め回し始めるのだ。彼女は日常生活でも性交の際でも相手の男に尽くすことが好きなようだったおそらくは天性の性分なのだろう。そしてそれは私にとってはありがたいことである。奉仕されれば私の方も心の奥の心地よい充実感がますます高まってくる。私は彼女の下着を脱がせると繊細な仕草でそれを脇に置き勃起した陰茎を彼女に陰部に挿しこんだ。すでに念入りに愛撫は行っている。その秘地はすっかり濡れそぼっており微かに開いた彼女の口元から甘い嬌声が漏れた。彼女はますます強く私を抱きしめ私と一体になろうとした私の方もそれを受け入れ彼女に口づけをした。ぬめった彼女の舌が口腔に挿しこまれる私も彼女の舌に自分の舌を絡めることでそれに応えた。ますます愛が深まり凝結していく。彼女の体温が肌を抜け体内にまで染み込んでくるかのようで私は非常な安楽を覚えた。私もまた彼女同様思わず赤子めいた惚けた表情を臆面もなく晒した。微かに甘ったるい声も漏れた。そうして、陰嚢から陰茎へと熱い迸りがこみ上げてきて私はまもなく射精した。
 
 果てた私が萎えた陰茎を彼女の膣から引き抜くと、彼女は舌先で陰茎の先の精液を舐めとってくれた。私はお返しと言うことで枕元のティッシュボックスから紙を数枚取りだし彼女の膣から零れ落ちる精液を拭きとってやった。すっかりお互い拭い終わったあと柚子は私の前で人懐っこい笑みを浮かべてくれたそれを見て私の胸のうちにまた新しい愛情の火がついた。私は手触りのいい毛髪に包まれた、彼女の頭をそっと撫でた。彼女はクスクスと少し気恥ずかしげに笑いそれに返してくれた。
 射精とは通常虚脱感を伴う行為だが現在の私はそれをちっとも感じていやしない。温かい泥の中で眠るような充足感が体を満たすばかりだ。私は彼女に対する自然な愛情に身を任せ、繊細な愛撫を彼女の体に加えた。彼女は私の行為を受け入れ惜しげもなく媚態を晒す。お互い笑っても笑い切れないくらい微笑がこみ上げてくる。乾き冷え切っていたはずの心は、今ではすっかり熱い湯水の底である。

 私が彼女の部屋を出たのは翌日の朝だった。先に起きた私はシャワーを浴び彼女の部屋の冷蔵庫の具材で簡単な朝食を作ったそして起きてきた彼女と共に、他愛もない世間話にしばらくの間花を咲かせたのち去っていったのだ。私は何ともすがすがしい健康的な気分でアパートの廊下に靴音を響かさせた。
 外に出ると雪が降っていた。空を見上げてみると相も変わらず分厚い鉛色の雲で空は閉ざされている決して晴れ間がのぞくことはない。地面を見落としてみるとこれまた相も変わらず、消雪パイプが錆び臭い水を辺りにまき散らしている。その水をたっぷりと浴びて、道端の積雪はすっかり形が溶け崩れている私はそれらの雪片を相変わらず鬱陶しく感じながら蹴飛ばして歩いていった。途中路地を横に曲がり表の大通りに出た。私が子どもの頃はこの通りも大勢の人で賑わっていたものであるけれども今日の大通りは閑散としており人の通行は何ともまばらである。しかも今日は休日だというのに。
 仕方のないことではある。この街も私同様老いてきているのだ若い者たちはどんどん県外へと流出している。私にはその心理が痛いほどよく分かった私もまた若い頃には何度も何度も県外への脱出を望んだものだったのだ高校生の頃だって両親の邪魔さえ入らなければ県外の大学へと進学するつもりだった。しかし現実とは非情なもので種々の事情により私は四十三になった今でもこの町に縛られている。人間四十過ぎればもう人生も折り返しとなり、新しい道を開拓するのではなく進んできた道をいっそう堅持することばかり考えるようになる。私もまたそういった人間の一人で、十八年間地元の出版社にまめまめしく尽くしようやく手に入れた地位と信頼を今更手放す気にはなれないのである。
 私は歩きながら、向こうに聳え立つ山々の稜線を見上げた。この町は盆地のただ中にあり四方を山に囲まれている。絶えず自然の天険からの圧迫を受けているのだ。別に山の標高だけではない雪や風もまた人間に自然の酷薄を思い知らせてくる。自然とは表情がないゆえ誰よりも表情豊かだ。我々はそこに主観の絵の具を無意識のうちに塗りたくってしまう。大学生の頃講義で和辻哲郎の『風土』について習ったが彼の主張もあながち間違いではないのだろう。裏日本の陰惨な風景はそこに住む人間をも陰気にしてしまうのだ私もまたその一人でありだからこそ若さを推進力として、険しい山々を超えていく若者たちに時として羨望を抱いてしまう。私はうつむきがちに道を歩いているうちに柚子の肌の暖かな体温を想起し始めていた。幻想の中の彼女の肌は何よりも艶めかしく感ぜられる。昨晩抱いたばかりの女をもう恋しがり始めるなど、年寄りのアンニュイもそろそろ重篤なものになってきたとついつい自嘲してしまうが、だとしても仕方なくはあるまいか。裏日本の冬には交接の微熱が必要なのだ。

 年寄りの憂鬱の特徴とは不意に訪れてくることなのだろう。そんなことを考えながら歩いているうちの駅まで着いた。私は駅前の広場を通り抜け駐車場の入り口へと向かおうとしていた。タイル張りの駅の床もすっかり雪に覆われており酷く歩きづらい。実際歩いている途中、すれ違った老人の一人が転倒してしまったりした。私は彼に対し手を差し伸べ彼もまた私の手をギュッと握った。老いた彼の手はカサカサと乾ききっておりその上氷のように冷たい。起き上がった老人は皺だらけの喉を震わせ、私に礼を言うとその場を去っていった。そういった彼の仕草はどれもこれも悲しい弱々しさに満ち満ちている。それはどこか、死と衰微の気配を感じさせるものだ。
 歩いている途中私は、一人の少女を見つけた。
 私が彼女に注目したのは彼女が不自然に重たげな荷物を持っていたからである。彼女は非常に大きく、それでいてすっかり膨らみ切ったナップサックを脇においてベンチに座っている。その瞳はどこか虚ろで顔色もあまり良くない。直感的に私は彼女のことを家出少女だなと感じた。彼女の風貌から漂う雰囲気には、同年代の少女のそれとは一線を画すスレ切ったものがある。それは彼女が非日常的で不安定な生活をそれなりに永く続けている証左のように私には思えた。そう言えば今日後私には予定がない。依頼を受けている原稿の締め切りも当分後で、少なくとも今日明日二日は何もしなくても十分である。私は半ば好奇の念を半ば欲動の働きを覚え彼女に声をかけた。彼女は当初戸惑っていた私の示そうとしている言外の意を次第に解していき、期待に目を輝かせ始めた。よほど庇護に飢え渇いていたのだろう。その表情には体を売ることへの躊躇や怯えは感じられず、むしろ無邪気なくらいの幼気なキラめきが見られた。私は彼女と共に駐車場へと向かい、そのまま彼女を助手席に乗せ家へと帰った。
 助手席に座った彼女は車の暖房器具の前に手をかざし冷え切った指を暖めていた。私はその様子を横目で眺めながらふと彼女の頬がひび割れていることに気づいた。赤みの差した頬のひびは私にとって彼女の面立ちのあどけなさを強調しているかのように思えた。私はハンドルを握りながらも、ゆっくりと自分の心中で官能の火が高ぶっていくのを感じた。

 部屋に着いたあとの彼女の態度は案外落ち着いたものでありそこからはこれから体を売り払うことについての緊張は感じられない。私は彼女に食事でも作ろうかといい彼女はそれを二つ返事で受け入れた。相応に長い期間ロクにものを食べていなかったことが容易に想定される。私はキッチンに向かいありあわせのもので三品ほど作り彼女に提供した。彼女はそれを妙にゆっくりと長い間時間をかけて臓腑の中に落としこんでいった。私は居間のソファに座りビールの缶を傾けながらその様子を見つめていた。白い泡が口の中で弾けていく感覚が、なんとも心地よかった。
 微酔がゆっくりと体の中を廻っていくのがよく分かる。四合缶一本なのにやけに今日はよく酔いが廻っていくものである。暖房を効かせ過ぎたのかもしれない。別に寝不足だったというわけではないが酩酊の感覚が強くまぶたが重い。このようにフラフラとし始めた私に対しすっかり食事を終えた少女は落ち着かない様子だ。どうにも所在なさげに見える。私は仕方ないから千鳥足で風呂場に行き湯を張ってやった。そうして風呂に入るよう言った。着替えはあるのかと尋ねると彼女はうなづいた。まもなくして給湯器が十分湯の張られたことを告げ、彼女は風呂場へと赴いていった。一人残された私は居間でテレビを見ながら二本目のビール缶を開けた。休日だというのに何も面白いニュースはやっていない。私は呑気に大口を開けあくびをした。どうにも平穏と退屈とは似て非なるもののようである。平穏とは波乱万丈の中の束の間の有閑であり、退屈とは虚無的な停滞の中で波乱を求める心理である。二つは案外正反対の性質を持っているようだった。
 まどろみの中で時間の感覚もまた曖昧になってくる。重いまぶたが垂れていくままに任せていると、ふと私を呼ぶ声が響く。声の主は少女であり「おじさん、風呂あがりましたよ」と彼女は私に告げた。ゆっくりと両目を開き私はうなづいた。湯上りの彼女の髪からはシャンプーの香料の匂いがした自分で持っていたものを使ったのだろう。私が持っているものとは違う安物の匂いであるそこに私は何か少女の打てば崩れるような稚拙と貧弱とを感じてしまう。とかく私は起き上がり自分もまた湯船に浸かることにした。私はそれまでの間彼女に待っているように命じた。彼女は猫のように丸い瞳で私を見上げながらうなづいた。私はタンスから着替えを取りだし浴槽へと向かい肩まで湯船にうずめた。あの少女が入ったあとだからか湯は少しぬるくなっている。けれども酔い心地で火照った体にはそのぬるさが染み入ってくるように感ぜられるのだ。気づけば心地の良い睡魔がさざ波にように絶えず押し寄せてきて、私はすっかり意識を失ってしまった。

 目覚めた直後私は身震いした。寒気のためだった。相応に長い時間眠りに就いていたのだろう、湯はすっかり冷めてしまっている。こんな湯の中に浸かっていてもただただ体が冷えるだけである私は浴槽から出てシャワーを浴び、体を念入りに上がった。そうして浴室を出た。私は少女を居間で待たせていることを思い出し手際よく服を着替え居間へと向かった。しかしながら居間には誰もいなかった完全なるがらんどうのままである。私は驚きすぐに部屋中を探してみたがすっかりもぬけの殻だ。荷物だってなくなっている。
 トイレにでも行っているのか?しかしトイレの鍵はかかっていない。私はますます当惑した。いったい彼女は、どこへ行ってしまったのか?なんとも気分が落ち着かず、腕組しながら居間に戻ってみると、私はテーブルの下のカーペットの上に、一枚のメモが落ちていることに気づいた。柄は明らかにキャラものであり私の持っているメモ帳とは違う。拾い上げて読んでみると、拙い筆跡でこう書かれていた。「ご飯とお風呂、ありがとう。さようなら」
 ――土壇場で、心変わりしたのだ。おそらくもう彼女はとっくに部屋を出ておりどこか遠い場所に去ってしまったのだろう。彼女は一方的に私との契約を打ち切ったのだ。
 怒りを覚えることはなかった元々非合法な契約だったのだ。騙された方が悪いのであり後から何を言ってももう何も変わることはない。それに私は別に金銭的な損失を受けたというわけでもない。念のため彼女が去ったあと自室の作業場にしまった財布をチェックしてみたが、金は盗られてはいなかった。本当に、突発的に逃げだしたのだろう。
 それにしても愚かな娘だ。まさか処女ではあるまい既に貞潔など誰かに売り払った経験があったはずである。私と契約を結んだ時彼女はそういった表情をしていた。本当に気まぐれのままに出て行ってしまったのだ。しかしながら外は酷寒であり、生きていくのは甚だ厳しい。せめて春がくるまで冬限定のしのぎとして蛹のようにここに閉じこもっていればよかったのだ。しかれども彼女は、フラフラと蝶のように窓の外へと逃げだしてしまった。その薄羽はまだ未完のものであるというのに。無謀であり損益の計算も不自由なのだ。全く持って馬鹿な話である。
 その上、この間の抜けた空白はいったいどうしたことだろう。せっかく埋めたはずの予定がきれいさっぱり霧散してしまった。柚子を抱こうにも彼女は社会人である。私と逢っている暇はないだろう。いよいよ途方に暮れ、苦しまぎれに商売女との交接も考えたがそれは明らかに得策ではない。おそらく射精後に余韻は残らず、むしろ死にたくなってくるくらいの虚脱感が私を脅かすだろう。風俗嬢は表情を持つゆえにその仮面であると分かりきった豊かな表情は、無表情以上に客の心に鋭く突き刺さる。それならば自己完結させてしまう方がまだマシだ。結局のところ代替案は思い浮かばない。それならば……仕方がないから、仕事でも進めよう。労働とは退屈だが、時に今という時間を忘れさせてくれる作用を持つ。老いた私はそのことを骨身に染みてよく理解している。それにでも、縋りついてみよう、と思っていたのだが……これがまた笑えてくるくらいに捗らないのである。
 ペン先は石のように停滞してしまい動きは極めて少なく、一瞬頭の中で適当に思える一文が閃いても、それらは原稿用紙に記述された途端みるみるうちに精彩を失ってしまう。これほど書くという作業に苦労したのはアマチュアの頃以来ではないだろうか。最早懐かしいほどだ。あの頃の苦渋といえば思い出したくもないほどだというのに。にっちもさっちもいかない。前も後ろも厳重に閉ざされた門ですっかり塞がれてしまって、もう完全に袋小路だ。いよいよ私は突発的にペンを机の上に放り投げ、作業室の隅にある寝台の上に寝転がりスマホでネットサーフィンを始めた。
 ネットサーフィンは非生産的行為の頂点にあるような暇つぶしだと私は思っている。そのくせタブを開いては閉じ開いては閉じを繰り返すあの作業には妙な中毒性がある。しかも猥雑な電子の海を漂い続けると私の頭にもその猥雑が移り、気分がカラカラと乾いてきて単純かつ卑俗な欲望が次々と再生産されてくる。その欲望の作用に任せて私は無意識のうちに自分の股間へと手を伸ばしていた。自慰をするなどいつ以来だろう。しかもこの自慰はネットサーフィン以上に虚無的な行為だ。空のコップに空の瓶を傾ける程度にはこの行為には意味がない。そんなことは分かっているのだが、今は虚無こそ私に必要な意義というものなのである。
 部屋の中は恐ろしく静かで薄暗い。聞こえるのは私の息遣いと性器をしごく音だけ。私はささくれだった自分の性器から目を背けるようにまぶたを閉じ、闇の中にあの少女の裸体を描いた。前景化された幻影に無我夢中で心を傾けると、脳はかろうじて昂揚を覚えてくれる。その結果として、陰茎には半透明な白い精液がこみ上げてくる。
 閉め切られたカーテンの向こうでは今も空から絶え間なく雪が注いでいる。風景は相も変わらず、そのとぼけた無表情を隠そうともしていない。

冬の中の人間の営み

執筆の狙い

作者 櫻井

比較的短めです。所々あるべき場所に句読点が施されていませんが、意図的なものであり抜け落ちの類ではありません。よければご感想お願いします。

コメント

はるか

 櫻井さま

 拝読しました。

 冒頭から、消雪パイプについての、ここ、

>道の中心に一列になって設置された消雪パイプは周囲に赤錆の臭いのする水を振りまいている彼らは路面の凍結を防ぎ積雪の害を食い止める為に設置されているのだが、おかげで歩行者にとっては少々邪魔くさい。油断しているとすぐに飛沫がズボンの裾を濡らしてしまう。濡れた部位は水分の蒸発に伴う吸熱作用によって、寒風の吹き荒れる中ますます冷たく冷えてしまうのだ。私のみならずその作用を厭うているのは皆同じだろう。私は時に大股で歩いたり腿を上げたりしながら、パイプの描く水により成る放物線を踏み越え足元の悪い路地を進んでいった。

 上手な描き方だなあ、と思いました。
 そして文体、いいですね、独自性があります、普通に書いちゃったらこうはならない、例えば、上記の内の、さらにここ、

>濡れた部位は水分の蒸発に伴う吸熱作用によって

 部位。伴う吸熱作用。この硬さ、櫻井さんの文章の、こういう質感を味わうこと自体が気持ちいい、もう、ストーリーとかテーマとか、そういうの以前に、こういった文章を追うことだけで読んでよかったと思えてしまいます。

 あるいは、ここ、

>パイプの描く水により成る放物線を踏み越え

 ここなんかも、ザ・サクライって名付けたくなるくらいのさくら色、じゃなくて、さくらい色なんですよね。

 上記に引用させていただいた文章に、たまたまよく似た、雨上がりの道についての文章を、これまたたまたま最近目にしたのですが、それはひどい悪文で、赤ペンを、力を込めて握りたくなるような苦しさを覚えながら読まされました。書かれてる内容は、たまたま割りと似ていたんですが、文章次第で、浮かんでくる街路等に対する印象がこんなにも違うものかと、すみません、これは脱線でありましたけれども、そんなふうに思いました。つまり書き手さまの筆は、味があり、かつイメージ喚起力も高い、そして読んで気持ちのよい筆である、と感じた次第です。

 さて、内容でありますが、上記に感想させていただいたような筆で、降雪が、じゃないですね、変換が違います、交接が描かれています、陰気な、日本海側の、閉ざされた冬、そこで交わる、人間的な、というより、肉的な交接が描かれている。冷たく、あまりにも冷たく、非人間的なまでに冷たい中に、ぽっと灯る人肌のぬくもり、しかし、そのぬくもりは、ささやかで、なんと、それもある意味、人間的ではないので、語り手にとってはかなり人間的なのですが、ザ・サクライなる筆が、ある種のジャズ音楽みたいに紡ぎ出すそれは、なんだか客観に大きく振れていて、行為を語っている語り手が己の、それ相応にディープと言えなくもない行為を、〈どこか冷たく、(温かいものとして)眺めていて〉、読み手にとっては、微妙に人間的ではなく、読んでいて、消雪パイプを思ってしまうのでありまして、そのズレみたいな、違和感みたいな、切なさみたいな、儚さみたいな、ホタルの光みたいな淡さが、特に家出少女の、消えゆく雪片みたいな置き手紙〈ご飯とお風呂、ありがとう。さよなら〉なんかに滲んでいて、すっごく、非常に、文学だなと、よろしいなと、絶妙にいいな、と感じた次第です。アルペンガリヨンよりいいかも、とか、私は感じてしまいました。北と南をブレンドしてる感じがいい。冷たさの中の温かさなんだけど、そこで終わらず、その温かさの中の冷たさが感じられるのですね、とてもいい感じでした。

 青春文学が描く青春のリアルは、溌剌さや爽やかさのみならず、併存するところの不毛さや怠さであるわけですが、中年文学――という言葉を使わせていただくなら――、それが描くものは、虚しさや寂しさややるせなさであるようで、ときには狂おしさにも似た冷えと乾きであったりして、それが裏日本の風土とも重なり、よるトシナミを、家出少女に照らされたのち独りで自分を温める、とか、なるほど、そんなふうに帰結するのだなあ、と、発見するように認識いたしました。人肌恋しき裏の冬、なんでありますね。人肌によりても温めきれない孤独みたいな存在性を、真に温めうるものは、いったい何なのでありましょうか。

>裏日本の冬には交接の微熱が必要なのだ。

 ってことなんですよね。微熱。なんか、希求、みたいな。求愛行動なんですよね、ホタルの光るのも。

 句読点について。意図的なものであることは、それが随所においてなされていることでそうとわかります。最初に感じた違和感が読んでるとなくなりますね。文体、って、そういうものですよね。テンポよく歩いて、立ち止まりそうになったとこで背中を衝かれて、また歩き、また失速するころ、また衝かれる、みたいな。衝かれて疲れる感じはなく、面白いな、と、書き手としては感じつつ、おっとと、おっと、みたいに、あるべき段差のなさにむしろアクセントを感じながら、読み手としては先を読まされました。効果と個性、出ているかと思われます。

 じっくり読めばまだまだ発見がありそうですが、一読してかなり満足してしまったので、もったいないから二読目は先にとっときます。

 とてもよかったです、作者さんの中でどうなのかはわからないけど、アルペンガリヨンもかなりよかったけど、私は、個人的には、こっちのほうが好きかもしれません。面白かったです。ありがとうございました。

櫻井

>はるかさん
 
 ご感想ありがとうございます。自分が話を通して伝えたかったものを、汲み取っていただけたようで何よりです。「中年文学」という表現、的を得ているなと感じました。何というか、実際に裏日本の雪国に住んでみると分かると思うのですが、あの町はひどく老いています。若さを感じさせる断面がほとんどありません。坂口安吾の短い随筆に、「諦めている子供たち」というものがあります。タイトルからして内容が透けて見えてくるようですが、私などはあの随筆にとても共感出来ました。そういった、あの地方の持つ寂れた雰囲気と、作品のテーマがよく馴染んだからこそ、評価していただけるようなものが書けたのかもしれない、そう考えたりもしました。
 
 あと、性描写ですが、あれは中上健次の猿真似だったりします。この前初めて中上健次の小説を読んだのですが、その性描写に割く文量の多さに衝撃を受けました。けれどもその筆致は極めて精緻であり、生々しい写実性に満ちています。明け透けな性欲の気配や、小賢しい露悪趣味は欠片もありません。そこにはもっと切迫した現実が描かれていました。私はこれを機に、性描写というものの奥深さに気付かされました。それで自分の小説の中にも取り込めないかと思ったのです。当然のことながら、中上健次のレベルには遠く遠く及びませんが。
 
 もう一つ、文体ですが、自分でも段々気に入ってきました。どうも、あれが一番肌に合っているようです。それに、おそらく多少はオリジナリティもあります。本気でプロフェッショナルを目指すなら、作家に限らず画家でも漫画家でも、オリジナリティは最も重要な素質の一つです。もっと突き詰めて、自分の中で昇華させていこうと思っています。

 以上になります。改めて、ご感想ありがとうございました。
 

\(^o^)/

 硬い文章で綴られた作品ですが、俗っぽいあるいは稚拙な言葉や言い回しが散見されるので、統一しましょう。

>こじゃれたアパート
 ↓
瀟洒なマンション

後の文に「八階」とあるので、アパートではなくマンションだと思います。

>どこかみだらっぽい笑み
 ↓
・どこか淫靡な笑み
・蠱惑的な笑み

>陰茎を彼女の膣から引き抜くと、
 ↓
・陰茎を彼女の中から引き抜くと、
・陰茎を彼女から引き抜くと、

>私は手触りのいい毛髪に包まれた、彼女の頭をそっと撫でた。彼女はクスクスと少し気恥ずかしげに笑いそれに返してくれた。 

 一読して「それ」が何かわかりませんでした。以下のようにするとわかりやすくなります。
 
私は手触りのいい毛髪に覆われた彼女の頭をそっと愛撫した。彼女はクスクスと少し気恥ずかしげに笑い、それに応えてくれた。 

>射精とは通常虚脱感を伴う行為だが現在の私はそれをちっとも感じていやしない。
 ↓
・射精とは通常虚脱感を伴う行為だが今の私はそれを少しも感じてはいない。

「大人になった現在の私」ではなく、「たった今、射精したばかりの私」と解釈したので「現在の私」ではなく「今の私」としました。

>十八年間地元の出版社にまめまめしく尽くしようやく手に入れた地位

 これを感じさせる文章、作品を目指しましょう。

>自然とは表情がないゆえ誰よりも表情豊かだ。
 ↓
・自然には顔こそないものの、誰よりも表情豊かだ。

>そんなことを考えながら歩いているうちの駅まで着いた。
 ↓
・そんなことを考えながら歩いているうちに駅に着いた。
・そんなことを考えながら駅まで辿り着いた。

>実際歩いている途中、すれ違った老人の一人が転倒してしまったりした。
 ↓
・歩いている途中にすれ違った老人
が転倒した。

>それはどこか、死と衰微の気配を感じさせるものだ。
 ↓
・それはどこか、生命力の衰微を感じさせるものだ。
・それはどこか、生命体としての衰微を感じさせるものだ。

>そう言えば今日後私には予定がない。

「今日後」とは何でしょうか?

>(略)期待に目を輝かせ始めた。(中略)その表情には体を売ることへの躊躇や怯えは感じられず、むしろ無邪気なくらいの幼気なキラめきが見られた。

 先に「目を輝かせ」とあるので重複を避けたのだと思いますが、「キラめき」とカタカナ混じりにする必然性を感じません。かと言ってこの文脈では燦めきも煌きも不適切ですので、ここは「きらめき」とするのが適当かと思われます。

>部屋に着いたあとの彼女の態度は案外落ち着いたものでありそこからはこれから体を売り払うことについての緊張は感じられない。

人間を奴隷として売り払う、人間を売春婦として売春宿に売り払うことはあっても、この文脈では「売り払う」は使えません。この売春は、売却ではなく賃貸ですから。

>私は居間のソファに座りビールの缶を傾けながらその様子を見つめていた。(中略)四合缶一本なのにやけに今日はよく酔いが廻っていくものである。

四合とは720mlですが、裏日本にはそんな大容量の缶ビールがあるんでしょうか?

>荷物だってなくなっている。
 ↓
荷物もなくなっている。

>(略)気分がカラカラと乾いてきて単純かつ卑俗な欲望が次々と再生産されてくる。
 ↓
気分がカラカラに乾いてきて単純かつ卑俗な欲望が次々と再生産されてくる。

>風景は相も変わらず、そのとぼけた無表情を隠そうともしていない。
 ↓
風景は相も変わらず、そのとぼけた表情を隠そうともしていない。

 前のほうで「自然とは(中略)表情豊かだ。」と書いているのに、「風景は(中略)無表情」では矛盾が生じます。

 あえて句読点を打たなかったそうですが、良い効果を上げているとは思えませんでした。ですがそういう実験的試みは面白いものですし、いろんな手法を試すことは素晴らしいことだと思います。
 原稿を何度も何度も見直して、文体に統一感を持たせるよう心がけましょう。

櫻井

>\(^o^)/さん
 ご感想ありがとうございます。指摘されてみて誤字脱字とか、細かなミスが多かったようで、青ざめました。今度書くときはもう少し繰り返しチェックしてから投稿しないとだなと感じましたね。

 あと、私の表現や語彙選択についての代替案を出していただけていますが、すみません、多分ひとつも採用しません。あなたと私ではセンスが違うようです。何というかあなたの代替案からは、豊かな文学性の萌芽を感じられないんですよね。オリジナリティのきっかけとなるもの、そう言い換えてもいいかもしれません。どれもこれも月並みで無難な気がします。学校教師の添削に似てるかもなと思いました。
 大体、些末な齟齬にこだわったり、大意は通っている表現で、やたらと文法に厳密になったり、国語のテストで点取るためにはそういうのも大事でしょうが、文学作品ではねえ。志賀直哉が太宰治の『斜陽』における、登場人物の言葉遣いを批判したことがあります。これは太宰本人のみならず、同じく無頼派の坂口安吾からも批判されました。坂口は「志賀直哉なる人物が、いかに文学者でないか、単なる文章家にすぎん」と述べています。あなたも志賀と似たような、退屈な批評精神を発揮していやしませんか?私にはそう思えました。硬い文章で、稚拙だったり俗っぽかったりする表現がダメというのも、ちょっと分かりかねますね。単なる固定観念だと思いますし、そう言った語彙選択により、作品から醸し出される雰囲気が著しく害せられるとも、やはり思えません。違和感を感じる人は感じるのでしょうか。俗っぽい語彙はしばしば文体に生活感を与えてくれます。作品のテーマ的に、生活感は不可欠な要素のはずです。違うというならもっと、具体的な論拠を提示していただけないと困ります。

 まあ本来なら、せっかくいただけたご感想にケチつけるのは憚れることですが、ここは作品を書く鍛錬だけでなく、読む鍛錬、感想を書く鍛錬も目的としているとのことです。なので、蛇足かなとは思いますが、一応指摘させていただきました。どうか失礼をお許しください。私はただ忌憚のない意見を述べているだけなのです。

 以上となります。ご感想ありがとうございました。

 

\(^o^)/

>あなたと私ではセンスが違うようです。
 もちろん、違います。

>何というかあなたの代替案からは、豊かな文学性の萌芽を感じられないんですよね。どれもこれも月並みで無難な気がします。学校教師の添削に似てるかもなと思いました。

 私は「豊かな文学性」としてのお手本を示したわけではありません。御作には初歩的な間違いが多いから正しているだけです。

>大体、些末な齟齬にこだわったり、大意は通っている表現で、やたらと文法に厳密になったり、国語のテストで点取るためにはそういうのも大事でしょうが、文学作品ではねえ。

 国語のテストには正しい日本語表現が求められるが、文学作品なら初歩的な間違いだらけでも大意が通っている表現で十分だとお考えなんですね。「些末な齟齬」とありますが、文法を間違えるなんて物書きとして恥ずかしいとは思わないんですか? それじゃ公募には通りません。

>志賀直哉が太宰治の『斜陽』における、登場人物の言葉遣いを批判したことがあります。
 
 太宰は上流階級の言葉遣いを知らないから恥をかきましたね。太宰の知識不足、取材不足です。三島由紀夫からも突っ込まれてましたね。当然です。太宰がしっかり取材していれば、『斜陽』はもっと素晴らしい文学作品になっていたでしょう。美しい言葉遣いの教科書代わりにもなったことでしょうに、もったいないことです。

>あなたも志賀と似たような、退屈な批評精神を発揮していやしませんか?私にはそう思えました。

 いいえ。あなたの妬み根性があなたにそう思わせているだけです。

>硬い文章で、稚拙だったり俗っぽかったりする表現がダメというのも、ちょっと分かりかねますね。

 いいえ、そうは言ってません。事実、私は硬い文章で綴った作品の中で、あえて俗っぽい言葉を使うことによって効果を上げていますし。ですが、あなたの用いた俗っぽいあるいは稚拙な言葉遣いは、この作品の中で良い効果を上げておらず、むしろ御作の世界観をぶち壊してしまっているので注意したまでです。

>十八年間地元の出版社にまめまめしく尽くしようやく手に入れた地位
>これほど書くという作業に苦労したのはアマチュアの頃以来ではないだろうか。

 とありますので、この主人公はプロの編集者とか文筆家という設定ですよね。学生ならいざ知らず、文章のプロなのにこんな文章しか書けないなんてリアリティがありません。作品として破綻・失敗しています。
 御作を初めて読んだとき、「初歩的な国語力と語彙力のない人が必死で背伸びして純文学を書こうとして大失敗してるな」と思いました。俗っぽい言葉ですが一言で言うと「イタいな」と思いました。そして豊かな文学性も感じられませんでした。私はただ忌憚のない意見を述べているだけなのです。

 まずは初歩的な国語力を身に着け、語彙力を増やしましょう。読書量が不足しているようなので、素人作品ではなくプロの書いた良書を読みましょう。
 語彙力テストで検索するといろんなテストが出てきますので、ご自分のレベルを確認してみてください。ちなみに私はあるテストでは夏目漱石レベル(上位 0.18%)でした。

九丸(ひさまる)

拝読しました。

裏日本の晴れ間のない冬空にからめて、男の性格が良く書けていると思いました。読みにくくもありませんでした。まぬけで高慢で友達もいなさそうな男なんですかね。

良く書けているなあと思ったのが、
『トイレにでも行っているのか?しかしトイレの鍵はかかっていない。私はますます当惑した。』
荷物がないのに、メモを見つけるまで気がつかないあたりや、

『 それにしても愚かな娘だ。まさか処女ではあるまい既に貞潔など誰かに売り払った経験があったはずである。私と契約を結んだ時彼女はそういった表情をしていた。本当に気まぐれのままに出て行ってしまったのだ。しかしながら外は酷寒であり、生きていくのは甚だ厳しい。せめて春がくるまで冬限定のしのぎとして蛹のようにここに閉じこもっていればよかったのだ。しかれども彼女は、フラフラと蝶のように窓の外へと逃げだしてしまった。その薄羽はまだ未完のものであるというのに。無謀であり損益の計算も不自由なのだ。全く持って馬鹿な話である。』
未成年? 抱こうとして逃げられたのに、(外見分かりませんが)オヤジに抱かれるなんざまっぴらごめんって考えに至らずに、上記のような思考にたどり着くあたりが、すごく男の性格をあらわしてるなあと。
怒ってないと言いつつ負け惜しみのようで、短い間の思考の変遷が上手いです。

気になった点を。
奉仕好きな彼女。一緒にお風呂に入って、「お背中流します」じゃないんですね。あと赤い下着。テンプレ過ぎのような。

消雪パイプについて
『ところどころ朝の放射冷却により一層冷やされ凍りついた路面がある。』
これって、道の途中でパイプがない箇所があったということでしょうか? 日中の晴れ間以外夜通し流しっぱなしのイメージあります。穴の間隔からいっても、パイプの途切れ目でもなければ、そんな凍った箇所はないと思うのです。

『濡れた部位は水分の蒸発に伴う吸熱作用によって、寒風の吹き荒れる中ますます冷たく冷えてしまうのだ。私のみならずその作用を厭うているのは皆同じだろう。』
これは上手く書けているとは思うのですが、ブーツはいてて裾が濡れて吸熱作用って違和感あります。普通の人は単に濡れてびしゃびしゃで冷たいと感じると思うのです。しかも、足元の風は濡れた路面の水分で乾燥してない。要は足元の風では乾かないし(もちろん、わすがには乾きます。でも吸熱作用まで感じるか?)、ブーツはいてれば体温で乾燥なんてこともないし、肌に触れるわけでもない。
個人での感想なら良いのですが、『私のみならずその作用を厭うているのは皆同じだろう。』この一文の『作用』がひっかかりました。
描写が丁寧なので、ちょっとした違和感が余計に目立つ気がするのです。
もちろん間違ってはいないのでしょうが違和感なのです。

上手いし勉強になりました。
失礼しました。

櫻井

>\(^o^)/さん
 再訪どうもです。どうやらあなたにとって不快に感ぜられるような返信をしてしまったようです。そこについては謝罪します。
 とはいえ、それとあなたが書いていることには、依然として納得出来ませんが。
 私はこれで三作目の投稿です。一作目と二作目は四人の方からご感想をいただけました。それらは肯定であれ否定であれ、どれも自分で納得のいくものが多かったのです。しかし今回、あなたの感想だけは正直あまりピンと来ません。その理由は先程の返信で述べた通りです。むしろ今回の返信は、ますます私の確信を強めました。
 例えば以下の部分
>  太宰は上流階級の言葉遣いを知らないから恥をかきましたね。太宰の知識不足、取材不足です。三島由紀夫からも突っ込まれてましたね。当然です。太宰がしっかり取材していれば、『斜陽』はもっと素晴らしい文学作品になっていたでしょう。美しい言葉遣いの教科書代わりにもなったことでしょうに、もったいないことです。
 
 やっぱり些末主義に囚われた人間の書いたものに見えます。『斜陽』を読んで、その高度な文学性に目もくれず、言葉遣いを叩く人物は、批評眼が欠如していると言えるでしょう。だから坂口や太宰は志賀を批判した訳ですから。そもそも「美しい言葉遣いの教科書代わり」というのも、失笑ものですね。『斜陽』は今の時点でも十分美しいですし、そこは三島だって認めていました。あなたの文学観が短絡的なのでは?上流階級の言葉遣いを忠実に再現しているか否か、そんなことであの作品の評価は歪みませんよ。
 他の部分も読みましたが、やはり学校教師の添削以上のものではないと思いました。語彙力云々の発言も、やはり失笑ものですよ。あなたの代替案で使われてる語彙で、比較的難しいのは瀟洒、淫靡、蠱惑くらいでしょう。私がいくら浅学だとしてもこの程度は全部知ってます。瀟洒については他の人の作品の感想を書く際に使っています。そしてこれらの語彙は私の作品にはマッチしてません。考えてみてください。家出少女に逃げられて自慰を始める中年の話ですよ。そんな話に、瀟洒だの淫靡だの、安っぽいアクセサリーですよ。私はあまり好まないセンスです。

 まあこんなところでしょうか。あとお願いがあるのですが、これ以上の再訪はよしてください。別に再訪してもいいですが、その場合私は返信しません。理由は意義がないように思えるからです。どうせあなた、私が何を言っても受け入れないでしょう?最初のご感想の時点でうすうすそれは感じましたが、再度のご感想で、確信に変わりましたね。自分の小説なら上手くいってるだの、私の語彙力は漱石級だの、プロにならないアマチュアの分際で自己評価高いですよねえ。こういった人って大抵価値観が凝り固まっている上にプライドも高いから、自分の非を認めることが出来ないんですよ。だから何言っても水掛け論にしかならないんですよね。という訳で、再訪はおやめ下さい。お互い不利益にしかなりませんから。

 以上となります。
 
 
 
 
 

櫻井

>九丸(ひさまる)
ご感想ありがとうございます。自分とは、視点の切り口が違う箇所が多々あり参考になりました。
 男のキャラクター性などは、その代表例です。自分で書いている時には、この男の交友関係などはあまり考えていませんでした。ただ漠然と、孤独な男なのだろうと。それに実は、傲慢とも考えていませんでした。一般的な独身中年男性くらいの倫理観を想定していましたが、ご指摘を受けてみると、確かに傲慢な考え方と言えるかもしれません。彼だって、少女が逃げた直接の理由は、売春に気後れしたからと考えていたのでしょうが、思考の方向は少女の愚かさに向かうばかり。図らずも、男の傲慢を表すシーンになっていたようです。
 
 気になられたという点についてですが、確かに女が男と一緒に風呂に入らないのは少しおかしいかもしれませんね。書いてる時はその発想に至りませんでした。書き直すことを検討してみます。女の奉仕好きを表すには、良い描写になるの思いますし。
 あと放射冷却や、裾の部分は、一応実体験に基づいています。消雪パイプって、配置によっては路面を満遍なくカバー出来ていなかったりします。他にも水圧にブレがあって、チョロチョロとしか水の出てないパイプもあったりします。なのでそういった風に解釈していただけるとありがたいです。まあ本当は、ここで説明するのではなく作中で描写するべきなのですが。
 裾のところですが、濡れた部分に風が当たると、結構冷たく感じられたりはします。ただ自分はあまりブーツを履いていなかったので、あなたのおっしゃるような事情が分かっていませんでした。長靴だと一旦雪が入っても、時間が経てば少しは乾いた記憶がありますが、ブーツだと変わったりするのでしょうか。もう少し検討してみようと思います。

 以上となります。自分と読み手との感覚の隔たりを感じさせられる箇所の多い、為になる感想でした。あまりひとりよがりになり過ぎないよう、気をつけて行こうと思います。改めてご感想ありがとうございました。
 
 

\(^o^)/

>『斜陽』を読んで、その高度な文学性に目もくれず、言葉遣いを叩く人物は、批評眼が欠如していると言えるでしょう。

 おっしゃるとおりです。そして私は『斜陽』の文学性を無視してはいませんし、「文学性がない」と否定してもいません。私は前回、「太宰がしっかり取材していれば、『斜陽』はもっと素晴らしい文学作品になっていたでしょう」と書きました。つまり、私はここで『斜陽』は素晴らしい文学作品であると認めています。

>そもそも「美しい言葉遣いの教科書代わり」というのも、失笑ものですね。

 残念ながら『斜陽』は、上流階級の美しい言葉遣いの教科書代わりにはなり得ませんね。

>『斜陽』は今の時点でも十分美しいですし、そこは三島だって認めていました。

 まるで私が「今のままでは『斜陽』が美しくない」とでも言っているかのように印象操作しようとするのはやめてください。迷惑ですし、卑怯です。

>あなたの文学観が短絡的なのでは?

 あなたに読解力が足りないのです。私が言ってもいないことをさも言ったかのように言いがかりをつけるのはやめてください。それを誹謗中傷と言うのです。卑怯な真似はやめてください。迷惑です。

>上流階級の言葉遣いを忠実に再現しているか否か、そんなことであの作品の評価は歪みませんよ。

 おっしゃるとおりです。私はそんな主張はしていません。なのにまるで私がそんな主張をしているかのように印象操作しようとするのはやめてください。迷惑ですし、卑怯です。

>他の部分も読みましたが、やはり学校教師の添削以上のものではないと思いました。

 やはりあなたには読解力が足りませんね。私はあなたの間違いだらけの文章をまともな言葉遣いに書き改めただけです。まるで私がそれを「学校教師の添削以上のものである」と主張したかのように印象操作しようとするのはやめてください。迷惑ですし、卑怯です。

>あなたの代替案で使われてる語彙で、比較的難しいのは瀟洒、淫靡、蠱惑くらいでしょう。

 それがどうかしましたか? 私は御作の俗っぽい稚拙な言葉遣いをまともな言葉遣いに書き改めただけです。難解な言葉遣いに書き改めたわけではありません。それをまるで私が「難しい単語に書き改めた」と主張しているかのように印象操作しようとするのはやめてください。迷惑ですし、卑怯です。

>「瀟洒」「淫靡」これらの語彙は私の作品にはマッチしてません。

 この主人公は文章のプロなわけですから官能小説も読むでしょうし、読まないとしても「淫靡」程度の語彙はあるでしょう。なのに「みだらっぽい笑み」とは馬鹿丸出しですよ? 頭の悪い中学生レベルです。文章のプロならそんな言葉は使いません。あなたは主人公の手による文章として御作を書いています。そしてこの男が文章のプロであることを表現しようとしているわけですが、見事に失敗しています。
 この男なら話し言葉としてなら「こじゃれた」くらいは使うかもしれませんが、硬い文章を書いてる中で突然こんな語を使ったら作品がぶち壊しになることくらいわかるでしょう。文章のプロなんですから。だけどあなたにはそれがわからない。
 それはあなたがまだ物書きとして未熟だからです。と言うより初歩的な国語力がないからです。背伸びするのはやめましょう。今のあなたには文章のプロが書いたという設定の文章は書けません。身の程をわきまえましょう。

>瀟洒だの淫靡だの、安っぽいアクセサリーですよ。私はあまり好まないセンスです。

「瀟洒」「淫靡」という単語は安っぽいアクセサリーで、「こじゃれた」「みだらっぽい」なら高そうなアクセサリーなんですね。謎のセンスです。あなたと同じセンスの人ってあまりいないと思います。

>どうせあなた、私が何を言っても受け入れないでしょう?最初のご感想の時点でうすうすそれは感じましたが、再度のご感想で、確信に変わりましたね。
>プロにならないアマチュアの分際で自己評価高いですよねえ。こういった人って大抵価値観が凝り固まっている上にプライドも高いから、自分の非を認めることが出来ないんですよ。だから何言っても水掛け論にしかならないんですよね。

 長々と自己紹介、お疲れ様です。まさに私があなたに対して言いたかったけど遠慮して言わなかった言葉の数々です。あなたは自分の非を認めることができない意気地なしです。だから屁理屈をこねて私を誹謗中傷し、まるで私が間違っているかのように印象操作しようとしているのです。間違いだらけの自分を正当化するために。
 
『斜陽』は文学的価値が高いから(上流階級の言葉遣いを間違えていても)認められました。それに太宰はあなたのような初歩的な間違いを多々犯したわけではありません。『斜陽』には文学的価値がありますが、御作には文学的価値はありません。だから『斜陽』を引き合いに出して自分の間違いを正当化しようとするのはやめましょう。自分を太宰に、自作を『斜陽』になぞらえ同列に語るなど思い上がりも甚だしい。失笑モノです。
 あなたの主張は屁理屈に過ぎないので、なんの説得力もありません。あなたより知能の低い人なら、あなたの屁理屈に騙されてくれるでしょうけどね。言葉を操る物書きであるにもかかわらず、そんな非論理的なことを言う自分を恥じてください(物書きでなくても、十分恥ずかしいことですが)。
 何よりも卑怯者の自分を恥じてください。そして他人様を誹謗中傷するのはやめなさい。誰にもそんな事をする権利はありません。それにガイドライン違反でもあります。

 Aが言ってもいないこと・主張してもいないこと、それに対して反論するのは、『Aがそんなことを言った、主張した』と周囲に思い込ませてAが悪者ということにしようとする卑怯なやり口です。あなたは長々とそういう誹謗中傷を執拗に繰り返しているのです。自分の間違いを認めたくないから。

【過ちて改めざる是を過ちという】
 座右の銘にしてください。意味がわからなければ自分で調べて、少しでも成長する糧としてください。

日乃万里永

拝読させていただきました。

言葉の一つ一つにセンスを感じました。

私は、それほど語彙が豊富ではありませんし、エンタメ思考ですので、どうしてもストーリー重視で、読みやすいものを
好みます。
ですので、私は御作の読者としては、ふさわしくないと感じました。

ですが、言葉の言い回し一つ一つに気を配る姿勢に関しては、見習わせていただきたいと思います。

先日は、お忙しい中、拙作にご感想くださいまして、本当にありがとうございました。
拙い感想でもうしわけありません。

読ませていただきまして、ありがとうございました。

どう足掻いても凡人

申し訳ないが、序盤しか読んでおりません。
大きな指摘は3つです。
1.段落をもっと増やすべき…作者さんのセンスなのかもしれませんが段落が少なすぎて読みにくく感じました
2.句読点が圧倒的に足りない…これは作者さんのセンスだとしても許容できません。小説は読んでもらって初めて意味を成します。読者を追い払うような行為はやめて頂きたい
3.難しい言葉を乱発していますが、きついです
読んだ範囲内での指摘を並べます。ほとんど句読点の指摘です。三角マークは修正するかどうかは人による、という部分です

△居丈高に麓に
…に、が二つ連続で並ぶのはあまり良くないと思う
・白い冠を被った山々は居丈高に麓に住む我々を圧迫する
…文末に句点がない
・道の中心に一列になって設置された消雪パイプは周囲に赤錆の臭いのする水を振りまいている
…文末に句点がない
・太平洋側や南国の連中はしばしば降雪という現象をうらやましがるが我々からするととんでもないことである
…句読点が足りない
・毎年何人独力で雪かきを行おうとした孤独な老人が、屋根から滑り落ち骨折したり時にはそのまま雪に埋もれて命を失っていると思っているのだ。
…言いたいことは分かったが、主語が長すぎて読みにくい。言いたいことも伝わりにくい
・消雪パイプの流す冷や水を浴びせかけられぐちゃぐちゃに融解した小賢しい雪片を
…これは一つの文章として区切るべき。出ないと文章が長くなりすぎる
・歩き続けること十分私は目的地についていた
…読みやすく改善する必要を感じる
・いかにも彼女のように金に困っていない独り身の若い女性が住むのに、うってつけそんな外貌を持ったアパートである
…読みやすくなるよう改善しましょう
・私は玄関の先にあるパネルを押したすると電子音に変換された
…句点がが要ります
・私は一旦脳内に沈殿した陰鬱な感情を振り払いつとめて陽気な声色で
…読点が要ります
・彼女は妙に間延びした声で答えると門先の扉の鍵を開けてくれた
…読点が欲しい
・私はそこから中に入りエレベータ―に乗り
…~り~り、と、~i、を2回繰り返しており、それが違和感になっている
・そう言えば、彼女の部屋を訪れるのは随分と久し振りだな
…句点が必要
・そんなことを考えながら私はエレベーターを下り彼女の部屋の門前まで行きインターフォンを押した
…~iを二回繰り返しており、そして句読点が足りない
△彼女はどこかみだらっぽい
…文章に少し違和感。しかし作者さんのセンスなのでこれはこれでアリかもしれない、と思ったりする
・私を部屋に通すと彼女はまめまめしく私に奉仕してくれた
…最初に主語を持ってきたほうが分かりやすい
△すっかり冷えた体を暖めるように告げながら
…告げる、の使い方が違う気がする。しかしこれも作者さんのセンスなのでアリかもしれない、と思いました
・暖房の熱により私の体はすっかり熱を取り戻していった
…すっかり~いった、はおかしい。
△情欲の熱がムラムラと高まってくるのだ
…[のだ]に少し違和感を感じました。まあ、ここは作者さん次第ですね
・私は会話にふとその気配を
…[ふと]の使い方がおかしいように感じた
・私の意を介し、むしろ私よりもずっと積極的に
…この文章構成に違和感を感じる
・当然私は乗り気なのだから躊躇いも断りもしない
…句点がない
・次は彼女の番である
…句点がない
・時間が間抜けなくらいに引き延ばされる中
…体感のことでしょうか。もしそうならそうだという説明が欲しい所です
・彼女は派手な赤色の下着を身につけ私の前に姿を見せた
…[彼女は派手な赤色の下着を身につけ]身に着けた状態で、ということをこの言葉で説明するのは悩ましい。あと、句点がない
・彼女の白い肢体にはほんのりと赤みが差しておりそれが私を何となく安心させるのだ
…読点がない
△その安心とは湯だまりのように
…[とは]の[と]が要らない
△心のうちの深い部分での作用である
…作者のセンスなのかもしれないですが、自分は少し違和感を感じました

文章を読んで作者さんにはかなりのセンスを感じました。おそらく作者さんはかなりの文才を秘めた方なのでしょう。中でもユーモアのセンスは抜群で、自分は大好きです。しかし文章力がセンスに追いついていないようなので、文章を工夫すればもっと面白さが伸びるように感じました。この調子で腕を磨いていけばとてもいい文章が書けるようになると思います。ぜひ頑張ってください

\(^o^)/

 訂正があります。

>上流階級の言葉遣いを忠実に再現しているか否か、そんなことであの作品の評価は歪みませんよ。

 おっしゃるとおりです。なのにあなたは、まるで私が「上流階級の言葉遣いを忠実に再現していないから『斜陽』には文学的価値がない」と主張しているかのように私を非難しています。ですが、私はそんな主張はしていません。印象操作しようとするのはやめてください。迷惑ですし、卑怯です。

 それから何か勘違いしてらっしゃるようですが、私は自分の語彙力が高いとは思ってません。別のテストでは全問正解して「語彙力の神」という結果が出ましたが、別にたいしたことはありません。物書きならこれくらい当たり前だと思ってますから。
 ではなぜ私は、自分のレベルを書いたのか? 自慢するためではありませんよ。こんなのなんの自慢にもなりませんからね。それは、あなたが私を侮辱するからです。あなたがテストを受ければ自分のレベルがわかりますね? そして私のレベルと比較していただきたかったからです。
 あなたは持ってはいけない間違ったプライドを持っているから、自分の間違いを認められないのです。ですが、客観的な評価・具体的な数字があれば、自分がどの程度のレベルなのかがわかるでしょう。そうすれば自分が私に舐めた口を聞ける立場の人間ではないことも自覚できると思います。

 あなたには初歩的な国語力がなく、語彙力が低いのです。そして文学性の高い物語を書く力もありません。あなたは恥知らずにも他人様に言いがかりを付けて誹謗中傷し、卑怯なやり口で他人様の名誉を毀損し、人権を蹂躙した不法者なんですよ。正しく自己評価し、しっかり反省しなさい。
 尚、これらの事実はすべて、これまでのあなたの発言から明らかなことなので、誹謗中傷には当たりません。

 それから、「忖度」とか「お世辞」とか「手心を加える」とか「持ちつ持たれつ」とか「本音と建前」とかも、ボキャブラリーに加えておくと良いですよ。身の丈を知るために。

櫻井

>日乃万里永
 ご感想ありがとうございます。言葉の使い方をお褒めいただけありがたい限りです。まだまだ拙いですが、一応個人的なこだわりみたいなものは持って書きました。それを認めてもらえらというのはやはりありがたいものです。感謝します。

櫻井

追記
申し訳ありません。日乃万里永さんの名前の引用のところで、敬称が抜けてました。完全にうっかりしてました。以後気を付けます。

櫻井

> どう足掻いても凡人さん
 ご感想ありがとうございます。個人的には許容範囲と思っていたところが、あなたの批判点になっているなと感じました。まだまだ洗練が足りなかったようです。
 句読点の少なさ、人によってはおかしく感じられるであろう言葉遣い、難しい語彙の多用、どれも文体の構築のために、意識的に行なっていることでした。この文体は、元々私の二つ前の投稿作で用いられたものです。横光利一の『機械』や『時間』を参考として、文体の持つテンポを重視してみました。私自身でも気に入り始めており、自分の文体にしようかと考えているのですが、まだまだ未熟ですね。文体の特徴を維持しつつ、読者に違和感を感じさせない文章を目指そうと思います。
 あと難しい語彙の使用ですが、これはやはり減点対象になってしまうのでしょうか。有名な文学作品でも、この作品より語彙の難しいものは多々あります。それでもそれらの作品には未だ多くのファンがついています。そう考えるとこの作品の語彙くらいなら許容範囲じゃないかなと、自分では思っていました。

 以上となります。センス自体は認めてもらえたようで、一安心です。これからも精進を続けていこうと思います。 

群青ニブンノイチ

太宰も村上春樹もちっとも趣味ではない人間が言うことです。
他人のふんどし問答には付き合うつもりはありませんが、安吾ばかりは単純にチャーミングだと思っている人間です。


依然にもこの作者には感想を書いた覚えがあるのですが、所詮伝わっていなかった、なんて言い草もないでしょうか、スタイルでもセンスでも興味でもなんでもいいです、所詮自らのエゴばかりに拘泥する文章というものは鈍感に尽きるものだなあ、と改めて思わされた気がしています。

>豊かな文学性の萌芽 

なるものが何なのかはよくわかりませんが、一先ず個人的な見栄のふんどしで満足したがるだけなら、せめてもう少しお行儀よくするべきではないのかと、少なからず軽蔑を思いつかずにはいられない気がします。
何しろ、面白いですか、これ。
興味深いですか、表現として、お話として。


最初の段落だけで充分のような気がします。
こんなことが文章表現として突き詰めたい姿勢であるなら、個人的には小説なんてものはもはや無価値に墜落しても仕方がないような気がしてしまいます。
差し出したがる者の一方的な罪でしかないような気がしてしまう。

どんな表現をしようが、そんなことはどうでもいいです。
語彙だろうが比喩だろうがメタだろうが、勝手にすればいいです。
小説って何だと思いますか?
表現って、何ですか?


いろんなスタイルはあるんでしょう。
ジャンルでも何でもいいです。
この作者が良しとしたらしい文章表現、そうあるべきとしたらしいもの、例えば最初の一段落目をお借りします。


> 白い冠を被った山々は居丈高に麓に住む我々を圧迫するその作用がもたらす結果は冬の間長々と続く我々の憂鬱だ。空を鋭く切る音を響かせながら吹き荒れる冬の木枯らしと、何もかもを白く埋め尽くし生活を甚だ不便なものとしてしまう過酷な積雪。そういった自然のもたらす圧威は物理のレベルの超えもっと根源的な段階、心理のレベルで人々を陰鬱な感情に浸らせてしまう作用を持っているのだ。裏日本の懊悩の何もかもを象徴するような陰気極まる冬の到来に、私は思わず乾いた溜息を吐いた。それは自然の悪辣に対するせめてもの抵抗である。


わたしがこの景色を文章としてもっともその欲求を叶えてくれるカタチとして、親切に、贅沢に、客観をもって、内包させて通用するものとして差し出すべく思いつきたくなるような文章は、例えば、


ああ、くそさみい。


程度のものだったりします。
良い悪いだの上手下手のようなことを言っているのではないので勘違いしたらダメです。
個人的に期待値高く、読みたくなるのはどっちか? となれば、

ああ、くそさみい。

のほうがはるかにそそられるものであったとしても問題なかろう、と言っているだけです。
つまり、あなたが居丈高に主張されたいらしい「センス」ということには違いないのだと思います。
ですが、やはり勘違いしてほしくないのはそれを選択させる根っこの部分、差し出す者としての話、ということなのですが、わかりますか。


わたしは作者が書きたがる冗長な景色を、平仮名数文字に翻訳したくなります。
何が言いたいのかというと、この文章を好まない人が何をもって好まないのか、それが例えば「ああ、くそさみい」のみからこの冗長なまでの景色を想起せずにはいられないような良質な表現欲求とか、あるいは単純に品性のようなものが、この創作態度であったり意思からは明らかに欠落していることを理屈として表するとまでは至らなくても、肌感覚としてちゃんと察してしまうからなのだと個人的には感じさせられているということです。

この作者の創作に対する欲求あるいは動機は前作同様、折悪しく我欲に傾きがちなばかりの下品の域を脱していないように感じさせられます。
その欲求の向く方向、という単純な話をしています。
納得いかないでしょうし、反論もあることでしょうが、そもそも説得力がないのは明らかなようですし、やめておいた方がいいような気がします。

何しろ内容がくだらないですし、単純にリアリティとして紐づかない景色は素直に親しめません。
渋谷だろうが日本海だろうが、たらふく荷物を抱えた家出少女なんて、もはや昭和が舞台でもそぐわない気がします。
体験に基づいています、と言われても所詮大した意味も価値も持たない気がします。

斜陽とか、そんな立派なものを引き合いに出して弄ぶのはナンセンスに過ぎる気がするのでやめた方がいいような気がします。
文豪の矜持に対して失礼、とわたしのような人間が代弁しても許されるくらい、あるいは迷惑のような気すらするのですが、どうなのでしょうか。

この作品の退屈さや中身の無さについて、さも文学らしく曖昧に逃避して許されるようなことを、例えば太宰だの安吾だのとその系譜に帰属したがるかのようなに気安く振舞うのは、むしろ鈍感が仕出かすただの侮辱のように思えないでもない気がするのですが、どうなのでしょうか。
主人公、どうして物書きという設定なんですか。
もしかして、わざとなんですか。
なんて、そんな馬鹿馬鹿しさすら思いつかされないでもありません。

つまり、そんな冗談がしっくりくるほど、何だかくだらない主張を執念深く重ねられているなあ、と眺めさせられています。

表現の冗長さ、作品としての中身のなさ、無駄に執念深い主張ももちろんのような気がしますが、その原因は言うまでもなく同じ場所に根を生やしているように感じさせられるのですが、どうなのでしょうか。



あと、本当にこれはただのお節介なのですが、わたしの幾つか上に投稿されている感想にあるような枝葉末節について四の五のするような指摘は、この手の作者にはもっとも意味のないことのような気がします、というか、感想者は読力にかなり問題を抱えている印象をそこかしこでお見受けするので、ご自身でよく観察された方がいいように感じさせられています。
コミュニティに同じく参加するものとしての一意見です。
指摘として他者に言い切って然るべきレベルには到底お見受け出来ない気がするのですが、どうなのでしょうか。
ハンドル名を加味するべきなら、なおさらその言質には注意されるべきのような印象を受けますが、いかがでしょうか。
よろしければご一考ください。

どう足掻いても凡人

作者さん、返信ありがとうございます
難しい言葉の仕様に関してなのですが、使って悪いといは言いません。むしろ作者さんの作品では使った方が味がでるといえます。
しかし作者さんはこのテクニックを十分に使いこなしているとは言えません。
このテクニックは諸刃の剣です。使い方を間違えれば読者の頭に?マークが浮かんでしまうでしょう
作者さんは難しい言葉の使用に成功した作品ばかりを見ていて、失敗した作品をあまり見ていないのではないか、と思います。一度、失敗した作品を読んでみてください、まあひどいものですから。
おすすめは新訳版のティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイです。この新訳版は本当に訳者が酷い。本当に酷すぎるので、一度読んでみてください。そうすればあなたの使っているテクニックがどれほど恐ろしいものかよくわかるでしょう。
失敗例を見て、自分の持っている剣を改めて見つめなおしてみてください。そうすればきっと今よりもいいものが書けるはずです。まあ、作者さんなら失敗例を見なくても改善できる気がしないでもないですが

かもみー

上の人も言ってるけど、
文章量に比して情報量が乏しい

文体ってのは、表面的なものではなくて(機械的に分析できるものではなくて)、何を書いているのか、何を書かないのか、といったことの連続だと思う

自分の文体を持ってる人ってのは多分、何を徹底的に描写すべきか、何をばっさり捨てるべきか、そういった判断がしっかりできている人じゃないかな

言葉を重ねたり句読点をどうにかしても、言わんとしていることは変わらない
珍しい文章も最初は唆られるけど、すぐに飽きてしまう

ドリーマー

拝読しました。

>所々あるべき場所に句読点が施されていませんが、意図的なものであり抜け落ちの類ではありません。

どういう意図で句読点を抜いたんだろう、と思いながら読みました。
読点はともかく、句点がないのは読みにくかったです。一文が長いと含まれる情報量が多くなりがちです。そのため私の貧相な頭では、読みながら整理しきれず、その度に読み返す必要がありました。また、

>A道の中心に一列になって設置された消雪パイプは周囲に赤錆の臭いのする水を振りまいている B彼らは路面の凍結を防ぎ積雪の害を食い止める為に設置されているのだが、Cおかげで歩行者にとっては少々邪魔くさい。

例えば上の文は、AとBは消雪パイプが主語ですが、Cは歩行者が主語になります。一文の中に主語が二つあるということは、視点も二つあるということなので、読んでいて違和感を覚えます(ついでにパイプを「彼ら」と擬人化しているのも個人的には微妙でした)。

公募なら確実に、読者に不親切で文章構造もおかしい、と思われかねないだけに、意図が気になりました。

ストーリーについては九丸さんの感想に近かったです。
なんだか、残念な男だなぁと。残念な男の残念さ加減を描くのが鍛練目的なら、充分に描けていると思いました。
特に残念なのは、家出少女が家について来たのを、これ幸いと事を成そうとする件ですね。彼女をビッチだと決めつけ、ビッチなら手を出してもOKという発想に、主人公の傲慢さを感じました。
個人的には少女に逃げられたことで、主人公に何某かの心境の変化があったらいいなと、そういう結末が好みです。
最初から最後まで主人公が全く変わらず、成長も後退もしていないと、作者はこの話で何を書きたかったんだろう、と思ってしまうからです。もっとも私が読み取れていないだけかもしれませんが^^;

読み違えていたらすみません。自分のことを棚に上げて勝手なことを書きましたが、少しでも参考になれば幸いです。
失礼しました。

櫻井

>群青ニブンノイチさん
 長文です。けれども私からすると、あなたが私の文章に対してしてくれたのと同じように、とても冗長で、ごく簡潔にまとめたくなるようなご感想です。例えば――「お前のことが気に食わない」でしょうか。
 私の作品だけ批判するならともかく、他のご感想まで叩くのは結構なことですね。まああなたは、瀬尾りんさんの作品の感想欄や伝言板でも大暴れしているエゴの塊のようですし、その程度厭うことないのでしょう。
 自分の批評眼が劣ってるという発想には絶対に至れないその姿勢、図々しさにはある種の感銘すら覚えます。あなたは自分自身の読力をよほど高く評価なされているようですが、私にとっては一切ためにならない感想でした。あなたが見下している他の感想の方がよほど参考になりました。あと言質に気をつけろというのは高度なユーモアか何かでしょうか。あなたほど無茶苦茶な言動をしているのなんて他にほとんどいませんよ。人の振り見て我が振り直したらどうです?

櫻井

>どう足掻いても凡人
 再訪ありがとうございます。どうも自分の認識が浅かったようです。確かに自分は今まで、成功例しか読んだことがありませんでした。あなたのおっしゃる通り、失敗例にも多々触れた方がいいのかもしれませんね。もう少し突き詰めた、深いレベルで考えてみようと思います。

櫻井

すみません。また名前のところの敬称が抜けていました。失礼をお許しください。

櫻井

>かもみーさん
 ご感想ありがとうございます。そうですね。上でも述べた通り、そこは改善しようと思います。
 あと

>自分の文体を持ってる人ってのは多分、何を徹底的に描写すべきか、何をばっさり捨てるべきか、そういった判断がしっかりできている人じゃないかな

 これについては同意です。自分の中で「良い文章」の規範、価値判断の基準というものを有している人こそ、優れた物書きなのでしょう。そしてその基準を作る為には、たゆまぬ鍛錬と試行が大切になってくるのだと思います。自分ももっと努力していきたいですね。

櫻井

>ドリーマーさん
 ご感想ありがとうございます。やはり具体例を出していただけると参考にしやすいですね。ただ個人的には、例として出してもらった一文は、そこまで気にならなかったかな……と。というか、Cの文は主語ないですよね。「歩行者にとっては」は、副詞節だと思いますし。もちろん瑕疵に過ぎず、あなたの仰っていることの大意は十分伝わってきます。消雪パイプを「彼ら」としている点など、自分でも、「それら」の方が無難といえば無難かと思いましたし。
 ちなみに句読点を抜こうと思ったのは、二作前の、「アルペンガリヨン」という作品で似たようなことをして、そっちは読みやすいと言ってもらえたからです。それで味を占めてこっちでも使ってみたのですが、今度は読みづらかったのでしょうか。確かに自分でも句読点を抜くのはやり過ぎかなと少し感じていました。(「アルペンガリヨン」の方は、絶対抜いた方が正解だったと思っていますが)再検討してみます。

 話についてですが、元々冬と性交というテーマで何か書こうと思っており、結果出来たのがこれでした。仰る通り、この話を通して主人公の男は全く成長しません。むしろひなびた雪国の中で、ただゆっくりと老いていくだけです。そういったテーマを、性の要素を交えて書いたつもりです。ただ自分としては、男の傲慢さをそこまで強調する気はありませんでした。もちろん、残念な男として書こうとは思っていたのですが、受け取られ方が少し違いました。こここそ本当に直しておくべき箇所なのでしょう。小説でも漫画でも、主人公の倫理観はかなり大切な要素ですから。

 以上となります。改めて、ご感想ありがとうございました。
 
 
 

群青ニブンノイチ

> 長文です。けれども私からすると、あなたが私の文章に対してしてくれたのと同じように、とても冗長で、ごく簡潔にまとめたくなるようなご感想です。例えば――「お前のことが気に食わない」でしょうか。


大丈夫でしょうか、全然違いますよ。
あなたの書いた下手糞で独りよがりの文章のことを言っているだけなので、あなたがご自身の人格についてどう受け止められているかといった不安のようなことはわたしには少しも関係もありませんし、興味こそありません。

ご自身がただ今されている返信のスタンスをよく確認して下さい。
そういった具合に目先の効きが悪いから、文章も目論見も粗末なんです。
どう足掻いても某は作品の狙いを見た時点でただのくそだと見切りましてスルーしていたのですが、案の定姑息な輩でしかなかったことは周知の事実であって、まともな人なら疾うに気付いていることですらあります。
そんな愚か者におべっかを振舞いつつ安息に持たれたがる下手糞を眺めるのは、こちらとしては見た目そのままとしてやはり確たるものがありまして、実に愉快な、滑稽な有り様です。


いいですか?
下手糞にはちゃんと理由があるんです。
下手糞にはそれがわからないから、例えばわたしのような者が言うことすらも理解することが出来ませんし、よもやの人格攻撃被害のようなことを訴えるにかまけて尚のこと自らの下手糞と読めなさを白状する、とどめを刺すような愚行を晒して恥じらう素振りもなくいられるんですね。
まったく滑稽なことです。


何を言っても無駄なんです。
格好付けたい気持ちはわかりますが、所詮それはあなたの都合でしかなく、事実はただの下手糞という有り様であって、あなたの言葉の一つ一つにはその片鱗という臭みがちゃんと漏れてしまうんです。
例えばそれが、あなたがすがりたかったらしい人格とか、そんなところに根差す性質のようなものが醸してしまうことに他ならないはずなんですね。

つまり、わたしはそういう性質こそを読んでいるんです。
読もうと、常に努めています。
何しろ、言葉はその人が書くものですから、舐めるなくそ馬鹿、と遠慮なく言わせてもらいます。
あなたにはわからないことですから、不可解に、不愉快に感じてしまうのも無理はありません。
ですが、結果として反発するか、客観に努めるかは他でもないあなた自身についてのことなので、わかりますか? やはりわたしの見立て通りということに違いなさそうだ、ということなってしまうんですね。
無理をすることはないです、わからない人にはわからないことですし、残念かもしれませんがこれが結論です。

馬鹿になぐさめられて安らいでください。
所詮下手糞が、くだらないプライドのために客観を惜しみたがるつもりなら、そこまでということです。

おつかれさまでした。

櫻井

>群青ニブンノイチさん
 彼の書く文章を読んでいると、分かってくることが一つある。要点をまとめるのが下手糞なのだ。文意を的確に相手へと伝える能力が、明らかに劣っている。例えば、以下の部分

 >どう足掻いても某は作品の狙いを見た時点でただのくそだと見切りましてスルーしていたのですが、案の定姑息な輩でしかなかったことは周知の事実であって、まともな人なら疾うに気付いていることですらあります。

 どうして急に、どう足掻いても凡人さんの話をし始めるのか。その意図を汲み取ることは難しい。姑息だのなんだの、彼は私に何を伝えたかったのだろう。裏に何かしら事情があるのだとしても、そんなことを私が知っているはずもない。それが彼には分からないようだ。まずこの時点で彼は、小説を書く上の基礎である、「読者の立場に立って、物事を考えること」が出来ていないのである。よくそれで他の人を下手糞と罵れるものだ。自分は相手に対し、物事を客観視することの大切さを説いている割に、まず自分がそれを出来ていないのである。独り善がりの増上慢に陥った者は、皆誰も同じ過ちを繰り返すものだ。その典型が彼なのである。惨めったらしくて見ていられない。彼の書いた文章は他にも稚拙な点が多々見られる。例えば文章のラストで、私に対するとどめの言葉に「舐めるなくそ馬鹿」を選んでいるのは中々に酷い。筆者の人格に根差す性質云々が、ものの見事に醸し出されている。センスが幼稚で語彙力の劣った、くそ馬鹿の駄文である。繰り返し述べるが、どうして彼は自分のことを棚に上げ、他の人を下手糞と罵れるのだろう。よっぽどおめでたい思考回路をしていなくては、そんな発想にはとても至れない。
 \(^o^)/同様、もう私は彼の再訪を許すつもりはない。何を書いても一切無視するつもりだ。理由は当然時間の空費だからである。彼は揺るぎない信念を持っている。「自分は絶対的に正しく相手は間違っている」という信念だ。我執だとか妄執と言い換えてもよいのかもしれない。こういった手合いの輩には何を言っても効き目がない。どんな名教師でも、猿に算数の公理を教えてやることは出来ないのと同じだ。どうせ意味がないのなら、最初から取り合わなければいいだけのことだ。もっと時間を有意義に使う方法はいくらでもある。しかしながら、彼のように、伝言板で暴れまくり無為に時間を空費していた人間には、そんなことは分からないのだろうが。


 
 

放浪マック

 作品を読んで途中から自然と斜め読み。理由は退屈で面白くないから。引き込まれなかったから。
 感想欄のやり取りでまた、この作者はイタイ、と感じ、あまりのイタさに思わずコメント。
 普段、どうでもいいと思う作品にコメントは残さないのですが……。
 作者が不快に思っているらしい方々の感想には、有益なことが書かれていますよ。最近ここに、こういう方々が出現しているのかと、少し驚いています。
 寄せられた感想やご自分の作品を、もっと客観的に眺めた方が宜しいかと。
難しい言葉を使うかどうかではなく、文章に味があるかどうかがポイントです。そこを勘違いすると、イタいだけです。
 文学、文学と言われておりますが、楽しめない文を書いて文学と言われても、極めて説得力がありません。そこ、よく考えた方がいいと思います。

櫻井

>放浪マック
それ「鍛錬場」の感想欄で言うことじゃないですよね。人格攻撃ならツイッターか5chの掲示板でやってください。そもそも私の感想欄で暴れた連中、他の作者さんのところでも暴れ散らかしてる筋金入りですからね。そいつらと同族になりたいなら好きなコメントをどうぞ。

全治不可

もったいない
ホントもったいない

あなたに読解力があれば素直に読むという至極あたりまえのことができれば、
文の裏に流れる真意を読み取るという読む醍醐味を知り得る方なら、
如何に重要且つ有益な意見だったことか疾く理解できたでしょうに。

高いばかりの実のないプライドも、そこに至りたいたいう野心の裏返しであるはずが、吸収できるものなら貪欲に吸収してやる、たったそれだけの基本の姿勢がとれない時点で物書きとして、特に駆け出し未満の若輩には鼻くそほどの価値もないものでしょうに。

も一度読んでごらんよ

カッカして自分を落としまくってる今、あなたを掬うのはあなた自身だよ

酷評されてるのは何故か

どこか

落ち着いて読んでごらん

放浪マック

 人格攻撃? 人格を攻撃した覚えはありませんが。作品が退屈、面白くない、引き込まれないと正直で直接的な感想を書くと、このサイトでは人格攻撃になるのでしょうか? 自分だったら、読者が面白くて楽しめたかどうかが一番気になりますが。
 暴れてる人たち?
 自分はここの通ではないので、詳しいことは分かりません。ただ、そういった先入観なしで見て、結構いい指摘を頂いていると思うのに。
 感想欄の文章を見てご覧なさいよ。よほどそちらの方が、味のある文章になっています。
 因みに、文章には人格が出ますよ。結構みんな、無意識にそれを読み取ることができます。
 返信不要です。これで最後にします。

櫻井

>全治不可さん
そうですね。正直カッとなってました。思い返してみると大人げなかったですね。反省してみます。

中野サル信長

櫻井さんって前に良い感想頂いた方ですよね
ごはんは素人の感想です
学校いかないと物になりませんよ

櫻井

>中野サル信長さん
 素人の感想が全く無意味ってのは極端だと思います。結局は玉石混交じゃないですか。役に立つものを主体的に選択していけばいいだけのことです。まあここは、積極的に感想欄荒らしにくる、キの字のつく輩が常駐していますが。(はるかさんの感想欄とか酷い有様ですからね)
おそらくあなたなりの善意だったのでしょうが、ここに作品投稿しながら、ここの存在意義を全否定するようなことを言うのは、ちょっとどうかと思います。
 

中野サル信長

再訪します。
ここは素人のマーケティングだと割り切ればいいのです。
そもそも作家でごはんはプロになれるノウハウはありません。
プロの視点がないあなたがなぜ珠玉混合だと言えるのですか? そこが根本からおかしいのです。
僕はごはんを素人のマーケティングの場と割り切ることにしました。プロになっても投稿しますがあくまでマーケティングです。
断言しましょう。人間合格は群像新人賞と芥川賞を受賞し本もベストセラーになるでしょう
それでも作家になるより作家でい続ける方がはるかに難しいのです。

櫻井

>中野サル信長さん
 あなたの言ってることも一理あるとは思います。ここのレベルはプロからすると、幼稚園児のままごとみたいなものなのでしょう。ただ成功の為の道筋は、人それぞれのはずですし、そこに一々、訊かれてもないのに口出しするのは、おせっかいじゃないですか?スポーツ選手のルーチンワークみたいなものですよ。スタイルは人に言われて決めるものじゃありません。あなたのいうプロからの添削というのは魅力的ではありますが、私にはそんな金はありませんし、ひとまずは自分のペースでやっていこうと思います。

小川
KD106180044028.au-net.ne.jp

こんにちは、小説から、
哀愁を感じますね。
読者に行間を与える資質の
持ち主はなかなかいないかな…。

文章も、貴族独特の文章を感じる。
格調高く感じて、…

そして、個という存在の
色は、自分色に着色して、
反対色に睨みあう。
透明な色が、
非難をあびている感じかな…。

今どき、珍しい資質のもちぬし。

ま、
素晴らしい文章を書けるから、
大器晩成型だと思う。

小説というより、詩人のほうが
才能ある感じかな。

あと、
芸術、文学で飯を食うのが間違い。

私は文学とは、異質な部分に憧れを
得る、つまり、恋に抱くことと似ている
と思う。

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