作家でごはん!鍛練場
夜の雨

Zoo(奇跡の動物園)

 峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。
 風花はハンドルを指先でコツコツと叩きながら運転している。指先でリズムをとっているようにも見えるが、考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。
 風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」
 陽一はセミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親を見上げた。
「ママも一緒に暮らすの?」
「何言っているのよ、あたしはあんたのパパとは離婚しているのよ。だから、あんたのおじいちゃんとかおばあちゃんは、あたしには赤の他人で関係ないの。おじいちゃんとかおばあちゃんは、パパとは関係あるから、これからあんたの面倒を見てもらうの、わかった?」
「わかんない……」
「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
「うん……。それでママはどうするの?」
「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」
 陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
 風花は、五歳になる息子の陽一を車で別れた夫の実家に送り届ける途中だった。
 森を縦断している国道の向こうに実家がある。
 離婚して一年は陽一と一緒に暮らしてきたが、アパート一間の生活からいつまでたっても脱出できないので、陽一を別れた夫の実家に預けて風花は生活を何とかする気だった。
 夫の両親には一度会ったことがある、二人とも温厚で風花は組みやすいと思っていた。
 だから子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである。
 車が峠を下り始めると「あと500メートルで夢里町です」と、カーナビの音声が聞こえた。
「夢里町は、心に傷ついた者がやってきても、癒されるような町で、とりわけ町の入り口にある夢里動物園は憩いの場でお勧めですよ」カーナビの音声が若干弾んでいる。
「何?……」風花は今までのカーナビでは経験したことがない違和感を感じたが、別段いやな感じはしなかったので、アプリが更新されたのかと思った。
 レンタカーはたまに乗ることはあるが、大したものだと感心した。
 車は深い霧の流れを、ライトを点けながら峠をゆっくりと下っていった。
 霧の中から突然「Zoo」という文字の看板が風花の目に入った。
 風花は車の速度をさらに落とすと、看板をじっと見た。
「Zoo」の横に、夢里動物園と書いてある。
 標識もあり「夢里町」とある。
「お子様との思い出にいかがですか」とカーナビの音声が聞こえたとき、風花は助手席にいる陽一に視線を向けた。
 陽一はぼんやりと霧の向こうを見ていた。
 そういえば、陽一と自分には楽しい思い出はあっただろうか……。
 風花は子供の顔を見て、ハンドルを切り横道に入った。
「陽一、動物園によって行こうか」風花は幼い息子に声をかけた。
 陽一は不思議そうな表情で、母の顔を見た。
 動物園が何なのか陽一にはイメージできないのかもしれない、漠然と動物たちがたくさんいるということは理解できるようなのだが。
 風花は霧が薄れゆく夢里動物園の駐車場に車を停めた。
 車から降りると、足元はしっとりと濡れていた。
 孔雀を描いた大きなアーチを越えて中に入ると、日差しが風花の顔を照らしたので「気持ちいい」と、伸びをすれば、隣でも陽一が伸びをする。
 料金所はなくて入り口には猫の着ぐるみがグルーミング(身繕い)していて、前を通ると「にゃぁ」とあいさつをした。
「無料なのですか?」と訊ねると「にゃぁにゃぁ」と、返答した。
 風花は変わった趣向だなぁと思わず微笑を浮かべ、陽一を見ると、猫に手を振っていた。
 人気はほとんどなくて貸し切り状態だった。
 図柄を描いた地図には、トラ、ゾウ、キリン、猿、ペンギン……、いく種類もの動物がいた。
 動物はのんびりとくつろいでいた。
 ペンギンなどは注意力が散漫なのかよちよち歩いていたかと思うと、濡れた石の床に足を滑らせて尻餅をついた。
「陽一、あの動物の名前はわかる?」
「うん、ペンギンだよ」
 風花は陽一を動物園に連れてこなくてもペンギンの名前を知っていたので、安心した。子供は放っておいても育つのだ。
「ペンギンね、大きくなったら、ペギラになるんだよ」
「ペギラ?」風花は、何だろうかと思って、訊ねた。
「ペギラはね、40メートルにもなって冷凍光線を吐いて、ビルや車、町を凍らせるんだよ」
「えっ? 怪獣なんだ」
「うん、ペンギンはペギラの子供だよ」
「どうしてそんなことを知っているの?」
「パパに教えてもらったんだ」
 やっぱりと、風花は思った。怪獣おたくの夫だった。
 ラクダのトロンとした目を見ていたら、風花まで眠くなりあくびをする始末だったが、隣で陽一もあくびをしていた。
 陽一は動物たち、一頭ずつ熱心に覗いていく。
 あまりにもしっかり見ているので、風花はいままで陽一を動物園に連れてきたことがなかったのを悟った。
 そういえば動物園に来た記憶というものがない。風花もまた、両親に連れられて来たことがなかった。
 風花はふと両親の顔を思い出した。
 若い時の父母の顔、それから一つ一つの記憶の中にいる父母の顔、笑っている顔もあれば悲しんでいる顔やら怒っている顔、いろいろな表情が脳裏を横切った。
 長い間、逢っていない。結婚する時も故郷には帰らなかった、それは反対するからだろうと思ったからだ。
 その心の中にあった不安みたいなものが、現実になり離婚した。
「それ見ろ」と父は言うだろうか「帰っておいで」と、母は言うだろうか……。
 遠い記憶が鮮明によみがえる。
 あの故郷の道は舗装されただろうか。学校へ行くとき、田んぼや畑が続くでこぼこの土の道を自転車でガタゴト走った中学時代。サドルの尻が痛くなった記憶がある。高校生になり、駅前の駐輪所に自転車を停めて、二両編成の電車で高校に通った。
 土のにおいやら、雨のにおい、風のにおいまでもが感じられたあの町。
 友達の顔が目に浮かんだ、そういえばバレンタインのときは電車の中で先輩にチョコをあげたっけ、その彼はどうしているだろうか、などイメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る。

 風花は昔を思い出し、時には童心に戻り、動物たちを陽一と一緒に見て回った。
 いままでは生活に追われていて、動物園など来る余裕がなかった。
 それは言い訳かもしれないが、子供を別れた夫の両親に預ける段になり、後悔がぬるぬると出てくる。

 楡の木が影を伸ばしてきた。
 もう、半日もこの動物園にいる。陽も蔭ってきて、北風が風花の長い髪を乱した。
「よういち――」
 風花は子供に声をかけた。
「いこうか」
 陽一は未練があるようだった。振り返って母親を見たが、再びオランウータンに目をやった。オランウータンは哲学者が宇宙の真理でも考えるような難しそうな表情で、頭を両手で抱え込んでいたが、いきなり、陽一にアッカンベーをして、驚かした。陽一はオランウータンのあまりの変化に頭の中が真っ白になりかけた。いや、真っ白になったほうが幸せだったかもしれない。この動物園から出ると、母親との別れが待っているのだ。、陽一は、母親との別れを前にして、不安で心が、パンクしそうだった。その陽一の手を、風花は冷たい手で握った。
 ふたりで動物園の出口に向かって、ゆっくりと歩く。
 放し飼いにされている孔雀が、自慢げに大きく羽を広げていた。
「ママ、きれいだね、あのとり」
「うん、そうだね、孔雀というんだよ」
 孔雀は羽を二、三度はためかすと、扇のように羽を左右に振りながら、道案内をするかのようにおもむろに歩き始めた。
 陽一が孔雀のいく方向へ視線を向けると、なにやら大きな塊のような物がある。ゾウガメだった。
 子供の視線に気づき、行ってみようかと風花は声をかけた。彼女とて、陽一と少しでも一緒にいたいのだ。

 ゾウガメのところには、飼育員らしい男も立っていた。
 ふたりが行くと、陽一にゾウガメさんに乗りますか? と声をかけてきた。
 陽一はゾウガメがあまりにも大きいので、ためらいの表情をして母親を見あげた。
「大丈夫だよ、このゾウガメさんはおとなしいから」
 飼育員は笑顔を見せながら、陽一をカメの甲羅に乗せた。
「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」
「そうなんですか」
 風花の硬い表情が、いくぶん柔らかくなった。
「ぼく、どうだぁ、カメさんの背中は温かいだろう」
 日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。
「うん、ポッカポッカだよ」
「このカメさんさ、乗るだけでも幸せになるんだけど、動き出すと大変だよ、まあ、いままでにひとを甲羅に乗せたまま、このカメさん動いたことはないけどね」
「どう、大変なの?」
 子供が訊ねたとき、カメが首を大きく伸ばすと、のそのそと動き出した。
「うわぁ、動いたぁ!」
 男は、大げさと思われるほどに、すっとんきょうな声をあげた。
「うごいたうごいた」
 目を丸くして、口を尖らせながら陽一は、うれしそうな声をあげた。
 カメは今しがた鳴りはじめた園内放送のマイクから流れる軽快なマーチにあわせるように、よちらこちらと、園内を進んでいく。
 陽一のはしゃぐ姿を見て、風花までもが笑みを浮かべた。
「お母さん、あの子はきっと、今日お母さんとこの動物園に来たことを一生忘れませんよ」
「ありがとうございます、わたしたち母子(おやこ)にとって良い思い出が出来ました」
 風花は男に一礼をした。
 彼女は唇をかみ、手に持っていた木綿のハンカチを強く握り締めていた。

 風花と陽一が夢里動物園を去ったのは、それからしばらく経ってからである。
 男が仕事を終えて事務所に戻ってくると、園長がご苦労さんといった。
「園長、大丈夫ですかね、あのお母さんは」
「少しは元気になったようだね、しかし園内カメラで見ていて驚いたよ、見るからに疲れた表情をしていたからね、あのお母さんは」
「はい、わたしも園長から連絡を受けて心配をしていましたが、少しは元気になられたようなので、安心しました。しかし、打ち合わせ通りうまくいきましたね」
「そうだね」
 園長と飼育員は笑った。
 若い母親がひとりで、子供を連れて動物園に来ることはよくある。しかし、今日のお客は、ほかの人とは様子が違っていた。ぼんやりとしていて、疲れているのがありありとわかった。それで、園長と飼育員が、ゾウガメの散歩の時間に合わせて、ひと芝居打ったという訳だ。この夢里動物園の動物たちは、決められた音楽がマイクから流れると、自分たちの飼育小屋に戻るように仕込まれていた。園内カメラを見ながら、園長と、飼育員が即興で『幸せの話』を作ったのだ。
「園長、帰りに居酒屋で一杯やりますか」
「そうだね、おいしい酒が飲めそうだよ。だけど孔雀があの母子をゾウガメの方に連れてこなければ私たちの幸せの話もうまくいかないところだったね」
「そうなんですよ、ゾウガメの準備をしている間に、母子連れが動物園から出てしまわないかと心配しましたが、よかったです。園長が孔雀をあの場所に放してくれたからうまくいきました。それにしてもタイミング良くゾウガメの方に来たし、いつの間に孔雀をあのように仕込んだのですか?」
「私は知らないよ、君が孔雀を仕込んだのじゃないのか? だって、ゾウガメと孔雀は君が担当じゃないか」
 二人は顔を見合わせてしばし考え込んだが、どうして孔雀があそこにいたのかはわからなかった。

 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。

 風花は車を走らせていた。
 陽が隠れ冷え込んでくると、雪が降り始めた。
 森を縦断している国道から外れて、数キロ先に別れた夫の実家があったが、止まらずに走り抜けた。
「ママ、まだつかないの?」
「とっくに過ぎたよ」
「えっ?」陽一は背後を見たが、雪空が見えるだけだった。
「ママ、どこに行くの?」
「いいところよ、ママも陽一も幸せになれるところ」
「ママと一緒にいられるの? ねぇ、ママと一緒にいられるの?」
「そうだよ、ずっと一緒に暮らすのよ」
 陽一は笑みを浮かべて、風花の膝に手を置いた。
「幸せの国へ向かうのだよね。さっきね、ゾウガメさんにお願いしたんだ。ママとずっと一緒にいられるようにって」
「本当、ママうれしい、陽一の気持ちを分かってあげられなくてごめんね。ママ、自分のことしか考えていなかったわ」
「幸せの国って、どんなところなのかな?」
「うふふ、幸せの国と言っても悪い魔女や大魔王、それにゴブリンもいるから冒険をするのよ。そこで、幸せを勝ち取るの」
「魔法の剣がいるよ」
「大丈夫よ、陽一は幸せになる力をゾウガメさんからもらったからね、それにママもついているわ」
 風花と陽一は顔を見合わせて、にやりと笑った。
 カーナビがクリスマスソングを鳴らし始めた。
 風花がハンドルを指先でコツコツ叩きながらリズムをとると、陽一がカーナビのクリスマスソングに合わせて歌う。風花も歌い、車の中が華やぐ。
 先ほどから降り始めた雪は本降りになり、あたり一面を白い世界に染めていく。
 車はまっしぐらに、風花の故郷へと向かっていた。



      了。

Zoo(奇跡の動物園)

執筆の狙い

作者 夜の雨

若い母親と幼い息子との別れが動物園での奇跡に未来が開くというような、不思議系ヒューマンドラマです。
年末ということで温かいドラマを投稿しようと思いました。

全くの新作ではありませんが、元作からかなり書き込みました。

作品の狙いは「不思議系ヒューマンドラマ」の創作です。

コメント

そうげん

読み終えました。とても幸せな気持ちになるハートウォーミングな物語でした。
夜の雨さまはすでに何年も執筆経験のある方ですし、読み手がどういう風に感じながらテキストを辿っていくかという心理の流れも熟知したうえで、展開を調節されているのがわかるからこそ、読み手としては、素直に物語の流れに従いながら、十分に魅力的なこの作品を堪能することができました。

夢里というトポスがふしぎな力を持っていて、傷心している母の気持ちも穏やかに解体してあらたな希望を与えるところまでもっていった。そこには動物園のスタッフの機転があったのだろうけれど、この物語のやわらかい雰囲気を受けて感じることは、母子がこの土地に足を運んだことも運命であれば、もうひとつ大きな冒険へ踏み出すかと、母親に踏ん切りをつけさせたのも今回の出来事を受けてのことであるし、ふしぎな力が働いたんだと自分で自分に言い聞かせて、この物語の魅力の中に一種のファンタジーがあったとみていたくなりました。

あと、わたしは自分では車の運転をしませんし(免許は持ってます)、ほかの人の車に乗せてもらう時も、最新のカーナビシステムの搭載されているものに乗ったことはないのです。ですので、名所案内みたいなことをしてくれるシステムの実例を耳にしたことがないので、自分は作中にこれを書くことはなかなかできないと思います。だから、カーナビの音声ガイドの詳細がこの小説を読んだときに、自分にとっては新たな情報を得ることにもなって、そのこともこの作品を読んだことで得られた貴重な体験になりました。

そういえば、すべらない話のなかで、過去に、まっちゃんの話で、六本木からしきりに首都高に乗せようとしかけてくるカーナビの話を耳にしたことがありました。運転しない人間にとって、車の中での出来事って、けっこうわからないものなんですよね。

そのこともこみで、面白かったです。

はるか

 夜の雨さま

 拝読しました。

 書き手さんの作品を拝読したのは二作目で、前回のものはミステリー系のヒューマンストーリーだったように記憶しているのですが、今回のものは不思議系のヒューマンドラマだったのですね。

 不思議系のヒューマンドラマ、というと私が思い出すのは『流星ワゴン』です。父と子の話でした。あれは尺が長いので、母や祖父や、父と子の周辺の人々のヒューマンドラマでもあったかと。視点人物が一人称で語っていたように記憶しているのですが、今手元に本がなくうろ覚えです。御作は尺が短いので、周辺人物のヒューマンドラマは展開しておらず(←それでも漂ってはいるあたりが素晴らしい)、母と子のドラマに絞られていて(←短い尺の中において必然、かつ賢明な選択であるかと思われます)、視点も三人称で書かれているし、『流星ワゴン』とはもちろん違うのですが、不思議系ヒューマンドラマという点で、また、その雰囲気において、あの名作を彷彿とさせるものであったように感じました。あたたかいですね。そのあたたかさを、よりあたたかいものにするため、出だしで母親は、対比的にくすんでいる。

 カーナビの案内、そのあたりから、不思議な空間にいざなわれてゆき、そして、種明かし、が、しかし、明かされてなお明かされきれない不思議なモヤにつつまれるようにして、車は、降り始めた雪の中、至るべき現実に向かって進んでゆく。車でやってきて、車で去ってゆく、という見せ方もよいな、と感じました。

 種明かし、という点では、今作もまた、ミステリーであったといえなくもない。優れた物語は、ミステリーの構造を内包している、と、村上春樹さんも書いておられました。不思議が、より不思議に深化してゆく中で読み手は、?マークを放ち続けます。それが解き明かされて、何かをのみこみます。でも、そこで終わらない。なぜなら、今作は、というか前作同様に今作も、人間の物語であるからですね。この話は、終わり方がとてもよい話だ、と私には思えました。人智をこえた何かが親子を抱いてくれてるような。これは、ヒューマンドラマだけど、ヒューマンドラマに留まってはおらず、地上階で展開するヒューマンドラマは、地下階に配置された模様によりハンドリングされていた、とも見るべき、多層的な物語であったように読めました。奇跡をうみだすパワーは、たぶん深いところにあるのだと私は思います。

> 峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。

 一文目で、主体に見えている景色が提示されました。主体の視点にすんなりと入り込むことができました。この一文だけで読み手は物語の中に入れるわけです。無駄がないセンテンスですね。この、最初のセンテンスでは、一人称の物語かな、とか思うのですが、すぐ次のセンテンス、

> 風花はハンドルを指先でコツコツと叩きながら運転している。指先でリズムをとっているようにも見えるが、考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。

 ここで、三人称なのだな、と、わかりました。登場人物に重なった視点は、引き戻されて、登場人物とその周囲を客体的に見直します。視野が開けました。でも、一文目で主人公の視点に重なれたがため、主人公の気持ちに重なることも継続できています。主人公のイライラを感じることができる。三人称への、無理のない導入だな、と感じました。さて、風花なる主体はドライブ中であります。いくぶんかイライラしながら。イライラしながら運転していた、とのみ書くのではなく、ハンドルを指先でコツコツ、と、イライラのありさまを、絵が浮かぶように描いていますね。最小限のセンテンスでそこまで描いている。この時点では、まだ私は、風花を若い女性、というくらいにイメージするだけです。そして、次のセンテンス、

> 風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。

 他者の登場。関係性がほのみえるように、まずは視点主の視界に浮かぶ他者の特徴を描いています。そして、

>「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」

 という台詞ですね。あんた、という呼び掛け、おじいちゃん、おばあちゃんという単語が関係性に目鼻をつけます。パパで、かなり決定的ですね。説明ではなく、自然な台詞によって関係性が示されました。やはり無駄がありませんね。

> 陽一はセミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親を見上げた。「ママも一緒に暮らすの?」

 視点を他者に移して、主人公の外見を描きます。ママ、これで、ふたりの関係性が確定しました。が、すぐ次のセンテンスで、

>「何言っているのよ、あたしはあんたのパパとは離婚しているのよ。だから、あんたのおじいちゃんとかおばあちゃんは、あたしには赤の他人で関係ないの。おじいちゃんとかおばあちゃんは、パパとは関係あるから、これからあんたの面倒を見てもらうの、わかった?」

 離婚していることが判明。これも自然な発話により表されている。地の文章による解説ではなく。このあたりが非常に自然で、しかも無駄がなくタイトな展開で表されている。陽一も、思ったより幼いらしい。ってことは風花もまだ若い。ここまでいくつのセンテンス? と思うなら、限られた字数に込められた情報量の多さに驚かされます。

 だなんて、出だしのところは、書き手でもある読み手ならではの読み方で、つまりは、何かを学ばん、みたいな構えで読ませていただいていたのですが、

>「わかんない……」
「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
「うん……。それでママはどうするの?」
「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」

 と、迸るような台詞が、ふたりのキャラを描き続けるものだから、場合じゃないよね、と、以降は、学ばんとする姿勢を放棄して、純然たる読み手として作品に浸ることとあいなりました。

 つづきます。

はるか

 夜の雨さま

 つづきました。

> 車が峠を下り始めると「あと500メートルで夢里町です」と、カーナビの音声が聞こえた。
「夢里町は、心に傷ついた者がやってきても、癒されるような町で、とりわけ町の入り口にある夢里動物園は憩いの場でお勧めですよ」カーナビの音声が若干弾んでいる。

 これ、不思議の一丁目ですよね。

>「お子様との思い出にいかがですか」とカーナビの音声が聞こえたとき、

 不思議な現象ですね。


> 風花は子供の顔を見て、ハンドルを切り横道に入った。

 あとから思うと、ここで横道に逸れて本当によかった。

> 料金所はなくて入り口には猫の着ぐるみがグルーミング(身繕い)していて、前を通ると「にゃぁ」とあいさつをした。
「無料なのですか?」と訊ねると「にゃぁにゃぁ」と、返答した。

 風変わりな動物園。不思議の二丁目。

>「うん、ペンギンはペギラの子供だよ」
「どうしてそんなことを知っているの?」
「パパに教えてもらったんだ」
 やっぱりと、風花は思った。怪獣おたくの夫だった。

 夫がよぎるわけですね、ペンギンを見て。それを、さりげない対話で見せている。

> そういえば動物園に来た記憶というものがない。風花もまた、両親に連れられて来たことがなかった。

 と、実の父母に思いは移って。主人公も寂しい育ちをしているのでしょうか。因果はめぐってしまうのでしょうか。

> 若い時の父母の顔、それから一つ一つの記憶の中にいる父母の顔、笑っている顔もあれば悲しんでいる顔やら怒っている顔、いろいろな表情が脳裏を横切った。

 こんな感じで、人間の匂いが漂い始めます。

> 長い間、逢っていない。結婚する時も故郷には帰らなかった、それは反対するからだろうと思ったからだ。その心の中にあった不安みたいなものが、現実になり離婚した。「それ見ろ」と父は言うだろうか「帰っておいで」と、母は言うだろうか……。

 このあたり、上手いな、と思いました。父なら言いそうなこと、母なら言いそうなこと、よくわかります。私も言われたような覚えがあるな。リアリティのある言葉だってことですね。

> あの故郷の道は舗装されただろうか。学校へ行くとき、田んぼや畑が続くでこぼこの土の道を自転車でガタゴト走った中学時代。サドルの尻が痛くなった記憶がある。高校生になり、駅前の駐輪所に自転車を停めて、二両編成の電車で高校に通った。

 いいですね。情景が浮かびます。

>土のにおいやら、雨のにおい、風のにおいまでもが感じられたあの町。友達の顔が目に浮かんだ、そういえばバレンタインのときは電車の中で先輩にチョコをあげたっけ、その彼はどうしているだろうか、などイメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る。

 ここもよいな、と感じたのですが、「イメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る」は要らないように思いました。二両編成の電車の音やら、あげたチョコレートの匂いやらを具体的に書いたら、もうそれでいい、というふうにも思いました。短い尺だと、描写を厚くするにも限度があるのでしょうね、だからついついはしょって解説風な言いまわしでまとめてしまう、ということが起こりやすいような気もします。冒頭で、あれだけ説明なしで、キャラクターや関係性を表してみせた書き手さんにおいてすらだに、中盤でいくらか説明口調になってしまう? わけで、短編が抱え込んでいる難しさを認識したように思いました。

> 楡の木が影を伸ばしてきた。

 時間の経過を示す一文、いいですね。

>陽一は、母親との別れを前にして、不安で心が、パンクしそうだった。その陽一の手を、風花は冷たい手で握った。

 切ないですね。牧歌的な動物園のただ中において、時の経過が、来るべき別れの匂いを運んでくる。子供はつらいだろうなあ。大人のエゴの犠牲になっちゃうんだなあ。そしたら……、

> 孔雀は羽を二、三度はためかすと、扇のように羽を左右に振りながら、道案内をするかのようにおもむろに歩き始めた。陽一が孔雀のいく方向へ視線を向けると、なにやら大きな塊のような物がある。ゾウガメだった。

 何か、が、起こりましたか、ね?

 つづきます。

はるか

 夜の雨さま

 つづきました。

> ゾウガメのところには、飼育員らしい男も立っていた。ふたりが行くと、陽一にゾウガメさんに乗りますか? と声をかけてきた。

 他者、また、登場。

> 飼育員は笑顔を見せながら、陽一をカメの甲羅に乗せた。「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」

 へえ。幸せに、子供が、幸せに。

>「ぼく、どうだぁ、カメさんの背中は温かいだろう」日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。「うん、ポッカポッカだよ」

 ここ、いいですね、もしかしたら、いちばんいいシーンだったかもしれない。ポッかポカの背中にまたがる子供。ここらあたりで、パパの背中に、みたいなこともちょっと浮かんだり。あたたかな背中。

>「うわぁ、動いたぁ!」男は、大げさと思われるほどに、すっとんきょうな声をあげた。
「うごいたうごいた」目を丸くして、口を尖らせながら陽一は、うれしそうな声をあげた。

 うーん、いいですね。

>「お母さん、あの子はきっと、今日お母さんとこの動物園に来たことを一生忘れませんよ」

 効きますね、この台詞。

> 男が仕事を終えて事務所に戻ってくると、園長がご苦労さんといった。
「園長、大丈夫ですかね、あのお母さんは」
「少しは元気になったようだね、しかし園内カメラで見ていて驚いたよ、見るからに疲れた表情をしていたからね、あのお母さんは」
「はい、わたしも園長から連絡を受けて心配をしていましたが、少しは元気になられたようなので、安心しました。しかし、打ち合わせ通りうまくいきましたね」
「そうだね」
 園長と飼育員は笑った。

 と、種明かし。が……、

>「そうだね、おいしい酒が飲めそうだよ。だけど孔雀があの母子をゾウガメの方に連れてこなければ私たちの幸せの話もうまくいかないところだったね」
「そうなんですよ、ゾウガメの準備をしている間に、母子連れが動物園から出てしまわないかと心配しましたが、よかったです。園長が孔雀をあの場所に放してくれたからうまくいきました。それにしてもタイミング良くゾウガメの方に来たし、いつの間に孔雀をあのように仕込んだのですか?」
「私は知らないよ、君が孔雀を仕込んだのじゃないのか? だって、ゾウガメと孔雀は君が担当じゃないか」
 二人は顔を見合わせてしばし考え込んだが、どうして孔雀があそこにいたのかはわからなかった。

 ここですね、孔雀の不思議(……ということなら、孔雀を、その羽の色艶や、翼を広げたときの大きさなんかを、もっと描写しておいてもよかったかも。書き手さんなら、無駄のないタイトな言葉で印象的な描写ができるでしょうから)。

> 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。

 なんと! 人智をこえましたね、不思議の天王山ですか。

>園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。

 そういうことってありそうですよね。人間の意識も、動物の行動も、深いところで描かれている大きな模様の、相似的な一片なのかもしれない。土地のパワー、みたいなのは、そのことと同義であったりするのかもしれない、で、このあと、こっから先、エンディングに向けての道のりがとてもよかったです。

> 風花は車を走らせていた。陽が隠れ冷え込んでくると、雪が降り始めた。森を縦断している国道から外れて、数キロ先に別れた夫の実家があったが、止まらずに走り抜けた。

 奇跡が起こりましたね。カーナビが、入り口の着ぐるみ猫が、孔雀が、亀が、飼育係と園長が、夢里町という土地が、あるいはその日のモヤが、モヤが明けての陽光が、そうしたあれやこれやが、いっしょくたになって母親の意識を変えたのでありましょうか。母親は、イケメン捕まえて玉の輿、というくすみかたを晴らして、今、どこかに向かっている。

>「そうだよ、ずっと一緒に暮らすのよ」
 陽一は笑みを浮かべて、風花の膝に手を置いた。

 奇跡の起こるその前、運転の邪魔だとされたその手がふたたび膝に。

>「うふふ、幸せの国と言っても悪い魔女や大魔王、それにゴブリンもいるから冒険をするのよ。そこで、幸せを勝ち取るの」

 その心意気や、よし。

> カーナビがクリスマスソングを鳴らし始めた。風花がハンドルを指先でコツコツ叩きながらリズムをとると、陽一がカーナビのクリスマスソングに合わせて歌う。風花も歌い、車の中が華やぐ。

 あのコツコツじゃなくて、このコツコツ。イライラは去って、リズムが車内を満たした!

> 先ほどから降り始めた雪は本降りになり、あたり一面を白い世界に染めていく。
 車はまっしぐらに、風花の故郷へと向かっていた。

 よい景色ですね。真っ白な大地を貫いて、真っ直ぐにのびる道。

 捨てるのでなく、育む、のですね、母は子を、と同時に、育まれもするのかもしれないけれど。実母や実父との関係性を生き直すこともできそうです。さて、今年も残すところあとわずか、と、物語から覚めて私は思いました。私も、捨てずに、育みたい、夢を。いつかは咲かせるその夢を、今は大事に育みます、悪い魔女や大魔王、はたまたゴブリンに出会ってもね、それを克服して、いつかは夢を……、だなんて気持ちになれました。原稿用紙に換算してわずか二十枚程度の短い尺の中に、これだけの情感を醸し出す展開を無駄なく詰め込めているあたりがすごいなと感じました。

 ありがとうございました。

あかね

ママが、とても母親としてはよろしくない様に感じました。疲れている、のかもしれませんが前半自分の都合ばかり語られています。子どものことはどうでもいいような母親が、ゾウガメの奇跡に触れて、どうして心境が変化したのか、そこがあまりしっくりきませんでした。自分の子どもの頃の回想は分かりますし、良かったですがそれだけじゃ足りないくらい、序盤母親に感情移入できなかった。
風景描写は良かったと思います。モヤモヤした気持ちに通じる霧の森ていう設定も丸。動物園の飼育員さんたちの企みも丸。人間味がありよかったと思います。小説としてのテーマは私は好きでした。だからこそもっと母親息子の関係性を深めて欲しかったなあと残念がっています。

偉そうに失礼しました。

KT

これは昔読んだ記憶があって、けっこう感動しましたね。今は時間がないのでまた後日、元作と比較しながらじっくり読ませてもらいますね。

えんがわ

雰囲気が良いですね。

たぶん、お客さんが少なく、逆境にあるだろう動物園がそれでも、にこやかに楽しませようと頑張っていて、それが親子に伝播していく感じが、熱が伝わっていく感じが、なんとなく良いなって。

説明が多いかなっていう印象はあります。
時折固い部分があって、もうちょっと柔らかな表現やエピソードを中心に書かれたら、空気をもっと味わえたかなって。

序盤の、母の態度というか息子への情の無い感じが強調されまくってて、そこで話のそれからの流れがちょっと不自然に感じるというか、ほだされるのが早すぎるというか。
それでも関心のフックにはなっているので、好き嫌いはあると思う特徴だろうけど、ちょっと自分は苦手かな。もちょっと普通でもどうかなって。

全体的に穏やかというかロイヤルというか、なんか落ち着いてじわりと温度を感じる流れみたいなのは、楽しかったです。

夜の雨

そうげん さん、ご感想ありがとうございます。


>読み終えました。とても幸せな気持ちになるハートウォーミングな物語でした。
夜の雨さまはすでに何年も執筆経験のある方ですし、読み手がどういう風に感じながらテキストを辿っていくかという心理の流れも熟知したうえで、展開を調節されているのがわかるからこそ、読み手としては、素直に物語の流れに従いながら、十分に魅力的なこの作品を堪能することができました。<

今回の作品は昔こちらのサイトに投稿した改稿作品ですが、改稿前の作品は動物園内の部分のエピソードが中心で、ほかの状況は形だけの説明で書いていました。
今回はその説明の部分も盛り付けして背景を書き込んだので「掌のような作品」が、短編のような形になったのではないかと思います。

>夢里というトポスがふしぎな力を持っていて、傷心している母の気持ちも穏やかに解体してあらたな希望を与えるところまでもっていった。そこには動物園のスタッフの機転があったのだろうけれど、この物語のやわらかい雰囲気を受けて感じることは、母子がこの土地に足を運んだことも運命であれば、もうひとつ大きな冒険へ踏み出すかと、母親に踏ん切りをつけさせたのも今回の出来事を受けてのことであるし、ふしぎな力が働いたんだと自分で自分に言い聞かせて、この物語の魅力の中に一種のファンタジーがあったとみていたくなりました。<

「Zoo(奇跡の動物園)」という作品は「子供がゾウガメの甲羅に乗り幸せになるというか母親と一緒に暮らせるようになる」という奇跡が起こる設定なのですが、そうげん さんが指摘されている「もうひとつ大きな冒険へ踏み出すかと、母親に踏ん切りをつけさせたのも今回の出来事を受けてのことであるし」ココ何ですよね、重要な設定は。
この一週間ほどで何度か書き直したのですが、構成などのバランスを考えると「母親の背景をある程度描いて、彼女のドラマが必要だなと思うに至りました。
そして子供と一緒に母親も冒険する必要があるので、故郷に帰り両親に、そして育った町に相対さなければならない。
というような方向で進めると、今回のような流れとラストになるというわけです。

>あと、わたしは自分では車の運転をしませんし(免許は持ってます)、ほかの人の車に乗せてもらう時も、最新のカーナビシステムの搭載されているものに乗ったことはないのです。ですので、名所案内みたいなことをしてくれるシステムの実例を耳にしたことがないので、自分は作中にこれを書くことはなかなかできないと思います。だから、カーナビの音声ガイドの詳細がこの小説を読んだときに、自分にとっては新たな情報を得ることにもなって、そのこともこの作品を読んだことで得られた貴重な体験になりました。<

>>車が峠を下り始めると「あと500メートルで夢里町です」と、カーナビの音声が聞こえた。
「夢里町は、心に傷ついた者がやってきても、癒されるような町で、とりわけ町の入り口にある夢里動物園は憩いの場でお勧めですよ」カーナビの音声が若干弾んでいる。
「何?……」風花は今までのカーナビでは経験したことがない違和感を感じたが、別段いやな感じはしなかったので、アプリが更新されたのかと思った。<<
このカーナビの音声部分なのですが、この時にすでに、「奇跡」が起き始めていたという設定です。
「夢里動物園」に風花と陽一を呼び込むために「夢里町」が「不思議な力」をもって、車のカーナビに影響を与えていたという展開で、カーナビのアプリが更新されたわけではありません。
小説を書いていると、いろいろなアイデアが浮かんできます。

>そういえば、すべらない話のなかで、過去に、まっちゃんの話で、六本木からしきりに首都高に乗せようとしかけてくるカーナビの話を耳にしたことがありました。運転しない人間にとって、車の中での出来事って、けっこうわからないものなんですよね。

そのこともこみで、面白かったです。<

「カーナビ」などは普通に情報を伝えるだけではなくて、人間臭いエンターティナーにすると、かなり面白くなるのではないかと思いますね。


そうげん さん、ありがとうございました。

上松 煌

夜の雨さま、こんばんは
 拝見しました。
この作品は、「長さはこんなものだから、ざっと流せばいいよな」という感じで軽く書き流した作品では?
常日頃、見事に読みこなした感想を下さる、あなたの作品とは思えませんでした。

 冒頭の母親「風花(ふうか)」の投げやりで冷酷な態度。
    >>「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」<<

って、おれにはわかりませんでした。
確かに数字なら1+1=2、しかしながら子供にとってパパとママは足して2になる存在でなく、あくまでパパは1人、ママも1人のかけがえのない存在なのです。
このお話しでそれに素直に「うん」と言う陽一に痛ましさが募りました。

そしてこれ。
    >>「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」<<

 このセリフ。
女を丸出しにするな!将来の打算を口にするな!おまえ、母親だろ!母性はないのか!無償の愛はないのか!おまえの子育ては将来のセーフティか?と、おれは発狂寸前になったのです。
まぁ、最後のハッピー・エンドに雪崩れ込むための、ちょっとキョーレツな前フリなのだろうとは思いましたが、中盤でそれが突然、

   >>子供の視線に気づき、行ってみようかと風花は声をかけた。彼女とて、陽一と少しでも一緒にいたいのだ<<

との記述になったのには驚きました。
その前に、
   >>子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである<<
という、リセットっぽいセリフに、
   >>そういえば、陽一と自分には楽しい思い出はあっただろうか……<<
親として酷薄だったであろう、人道とはかけ離れた母親像。

 嘘だろ!おまえの心の動きには自分の子供を思いやり、いきなり祖父母に預けることへの心の痛みや後ろめたさ、謝罪や来し方への後悔がない!とおれはイカッたのであります。
しかも「夫の両親」で「組みしやすい」と上から目線。
「親しみやすい」とか、「理解を得られそう」ではないのです。
AIみたいなカーナビにも違和感ですし、>>夢里町<<という、もろファンタジー路線も、現実的視線なのか夢物語なのかとスタンスに迷いました。

 その後、自分の来し方や両親の思い出などが語られますが、>>童心に帰って<<動物を見て回るほどの思い出ではない。
つまり、母親自体、豊かな人間的心が育まれるほどの家庭に育っていなかったということでしょうか?
おまけに肝心の離婚についても記述がない。
「夫の心は今は風花になかった」とか、「多少の違和感はあってもうまくやっていけるはずだった」などの言葉が一言あれば、ああ、ダンナの不倫かとか性格の不一致かとか、理解と同情のしようがあるのですが、そうした背景もない。
読みやすく短いだけに、中身も非常に薄いのです。
言うなれば、この作品には夜の雨さまの良さが出ていない。
残念です。

 そして、極めつけは動物園職員たちの取ってつけたような善意。
これは逆にこの作品を貶めている気がする。
いろいろ説明的な記述やセリフがあっても、どうしてもご都合主義的なニュアンスは否めないのです。
夜の雨さまなら、最初から伏線や匂わしで引っ張れるはずだ。
人為ではなく、最後まであなたらしい「不思議」「奇跡」「超常」で行った方が、きれいにまとまる気がしました。

 

夜の雨

はるかさん ご感想ありがとうございます。



『流星ワゴン』全く知りませんでした。重松清さんの小説なのですね、テレビドラマ化されていますが。
児童小説も書かれているようで、重松清さんは幅が広いです。

拙作の導入部の風花という女性の描き方ですが、小説は変化するところが面白いのではないかと思っています。それで極端に描きましたが、このあたり読み手により感じ方が違うようです。
風花の背景についてですが、改稿前の作品は掌編でしたので全く描きませんでした。
今回風花の背景を描くことで、作品に奥行きを持たせようと思い、元夫やその両親、そして風花が帰郷するところである実家の父と母や友人、町の雰囲気を描きました。
そのうえで、夢里町の奇跡と動物園の話を本筋として書くと形になるのではないかと思った次第です。

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 カーナビの案内、そのあたりから、不思議な空間にいざなわれてゆき、そして、種明かし、が、しかし、明かされてなお明かされきれない不思議なモヤにつつまれるようにして、車は、降り始めた雪の中、至るべき現実に向かって進んでゆく。車でやってきて、車で去ってゆく、という見せ方もよいな、と感じました。

「カーナビの案内」はすでに夢里町の奇跡が始まっていたという設定になっています。
テリトリーに呼び込むためのカーナビの案内です。
「車でやってきて、車で去ってゆく」という設定につてですが、ラストはほかにも書いていまして、風花が元夫の実家に立ち寄ったところ、自分の両親も「風花が陽一とやってくるということで」いたし、夫も目の前に現る。
フルメンバー一堂に登場、もちろん陽一もいて、ハッピーエンドというラストも創りました。
元夫が風花との離婚届けを役所に出していなかった。
そして元夫は夢をかなえてドラマを創りシリーズ化されていたので、生活も安定。
万々歳という話でまとめてあります。
ちなみにどんなドラマのシリーズ化というと「Zoo(奇跡の動物園)」という物語だったという話。
これだとやりすぎだなぁと思い、「車でやってきて、車で去ってゆく(故郷に帰る)」という設定にして、奥行きを残しました。
ということで「Zoo(奇跡の動物園)」という拙作で、3つほどのパターンを書きました。

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 種明かし、という点では、今作もまた、ミステリーであったといえなくもない。優れた物語は、ミステリーの構造を内包している、と、村上春樹さんも書いておられました。不思議が、より不思議に深化してゆく中で読み手は、?マークを放ち続けます。それが解き明かされて、何かをのみこみます。でも、そこで終わらない。なぜなら、今作は、というか前作同様に今作も、人間の物語であるからですね。この話は、終わり方がとてもよい話だ、と私には思えました。人智をこえた何かが親子を抱いてくれてるような。これは、ヒューマンドラマだけど、ヒューマンドラマに留まってはおらず、地上階で展開するヒューマンドラマは、地下階に配置された模様によりハンドリングされていた、とも見るべき、多層的な物語であったように読めました。奇跡をうみだすパワーは、たぶん深いところにあるのだと私は思います。

こういう具合に書いていただくと、いろいろとイメージが浮かびますね。
物語は「設定」が「二重三重」の構造になっていると、それらが絡み合って、深くなっていくのではないですかね。
そこに人間ドラマや「特殊な背景」があると、面白くなると思います。
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このあとの感想では流れに沿って細かく見てくださり勉強になります。

> 風花はハンドルを指先でコツコツと叩きながら運転している。指先でリズムをとっているようにも見えるが、考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。

>>風花なる主体はドライブ中であります。いくぶんかイライラしながら。イライラしながら運転していた、とのみ書くのではなく、ハンドルを指先でコツコツ、と、イライラのありさまを、絵が浮かぶように描いていますね。<<

> カーナビがクリスマスソングを鳴らし始めた。風花がハンドルを指先でコツコツ叩きながらリズムをとると、陽一がカーナビのクリスマスソングに合わせて歌う。風花も歌い、車の中が華やぐ。

 あのコツコツじゃなくて、このコツコツ。イライラは去って、リズムが車内を満たした!


ここはまさに狙い通りに読んでくれています。風花の行動を描写することでストレスがあるように書きました。
また、ラストの「コツコツ」は導入部の対比で書いています、よくぞ細部まで読み取ってくれました。

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> 風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。

 他者の登場。関係性がほのみえるように、まずは視点主の視界に浮かぶ他者の特徴を描いています。そして、

>「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」

 という台詞ですね。あんた、という呼び掛け、おじいちゃん、おばあちゃんという単語が関係性に目鼻をつけます。パパで、かなり決定的ですね。説明ではなく、自然な台詞によって関係性が示されました。やはり無駄がありませんね。

いかにわかりやすいセリフを書くかということで、状況がパッとわかるように書きました。
このセリフから風花が投げやりな感じの女に見えますが、この後で陽一が風花の膝に手を置いたりしています。そして風花は「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
ということになっていて、そう悪い母親ではないと作者の私は思っているのですが。
まあ、あまり優しい言葉をかけると陽一に里心がつきますからね。
この導入部の時点では、「ライオンの親が子供を谷底に落とす」というような距離の取り方に近いです。

どちらにしろ導入部のセリフは、母親である風花が息子の陽一と距離を置くためにきつい言い方をしています。それでも陽一は母である風花が好きであるという設定です。
これは普段風花が陽一をかわいがっているからにほかありません。
それと状況がわかるように書きました。

時間をおいて、続きを書きます。

偏差値45

>峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。

冒頭、ここは長いので二つの文に分離して書いた方が伝わりやすいかも。

>ツーブロックのヘアースタイル
>セミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親

あまり髪型にこだわることもないかな。
しかし、髪型で性格を表現しているならば、別ですが、短い表現の方がいいかも。

全体的には、心境の変化ということなのでしょう。
それと、摩訶不思議な見えないチカラが見え隠れしていますね。
その源泉を明示または暗示してみても良いのではないか、とは思いましたね。

夜の雨

はるかさん、続きです。


> 車が峠を下り始めると「あと500メートルで夢里町です」と、カーナビの音声が聞こえた。
「夢里町は、心に傷ついた者がやってきても、癒されるような町で、とりわけ町の入り口にある夢里動物園は憩いの場でお勧めですよ」カーナビの音声が若干弾んでいる。

 これ、不思議の一丁目ですよね。

>「お子様との思い出にいかがですか」とカーナビの音声が聞こえたとき、

 不思議な現象ですね。

これら「カーナビの音声」は、前の感想でも書きましたが、すでに夢里町の奇跡が始まっていたという設定になっています。
テリトリーに呼び込むためのカーナビの案内です。


> 風花は子供の顔を見て、ハンドルを切り横道に入った。

 あとから思うと、ここで横道に逸れて本当によかった。

この時点で、風花は「ライオンの親が子供を谷底に落とす」というような距離の取り方ではなくて、優しく子供を思う母の姿に変わっていたということになっています。



> 料金所はなくて入り口には猫の着ぐるみがグルーミング(身繕い)していて、前を通ると「にゃぁ」とあいさつをした。
「無料なのですか?」と訊ねると「にゃぁにゃぁ」と、返答した。

 風変わりな動物園。不思議の二丁目。

普通の動物園という発想だと面白くないので、猫の着ぐるみを出しました。

>「うん、ペンギンはペギラの子供だよ」
「どうしてそんなことを知っているの?」
「パパに教えてもらったんだ」
 やっぱりと、風花は思った。怪獣おたくの夫だった。

 夫がよぎるわけですね、ペンギンを見て。それを、さりげない対話で見せている。

細かいところに、よく気がつきますね。
元夫のキャラクターを出しておいたほうが良いかなと思いました。

> そういえば動物園に来た記憶というものがない。風花もまた、両親に連れられて来たことがなかった。

 と、実の父母に思いは移って。主人公も寂しい育ちをしているのでしょうか。因果はめぐってしまうのでしょうか。

これは風花の背景を描き、作品に奥行きを出す必要があると思いました。
両親はラストで書いてある「悪い魔女や大魔王」ということになります。
ただ、この「悪い魔女や大魔王」というのは、風花の本気モードではありません。
あくまで陽一と一緒に故郷で頑張るという伏線です。

> 若い時の父母の顔、それから一つ一つの記憶の中にいる父母の顔、笑っている顔もあれば悲しんでいる顔やら怒っている顔、いろいろな表情が脳裏を横切った。

 こんな感じで、人間の匂いが漂い始めます。

本来なら、この辺りはエピソードで書くべきなのですが、あまり過去(故郷の思い出)のことに紙面を割くと、本筋である「奇跡の動物園」のエピソードが浮いてしまいます。
父母のことは、あくまで風花の背景にすぎません。

> 長い間、逢っていない。結婚する時も故郷には帰らなかった、それは反対するからだろうと思ったからだ。その心の中にあった不安みたいなものが、現実になり離婚した。「それ見ろ」と父は言うだろうか「帰っておいで」と、母は言うだろうか……。

 このあたり、上手いな、と思いました。父なら言いそうなこと、母なら言いそうなこと、よくわかります。私も言われたような覚えがあるな。リアリティのある言葉だってことですね。

結婚といっても、みんながみんな結婚式場で祝福されるわけではありません。
両親と不仲の場合は連絡しないこともあります。
拙作の場合は、そういった関係だったということになります。

> あの故郷の道は舗装されただろうか。学校へ行くとき、田んぼや畑が続くでこぼこの土の道を自転車でガタゴト走った中学時代。サドルの尻が痛くなった記憶がある。高校生になり、駅前の駐輪所に自転車を停めて、二両編成の電車で高校に通った。

 いいですね。情景が浮かびます。

風花という彼女の情景を、リアルにイメージしました。

>土のにおいやら、雨のにおい、風のにおいまでもが感じられたあの町。友達の顔が目に浮かんだ、そういえばバレンタインのときは電車の中で先輩にチョコをあげたっけ、その彼はどうしているだろうか、などイメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る。

 ここもよいな、と感じたのですが、「イメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る」は要らないように思いました。二両編成の電車の音やら、あげたチョコレートの匂いやらを具体的に書いたら、もうそれでいい、というふうにも思いました。短い尺だと、描写を厚くするにも限度があるのでしょうね、だからついついはしょって解説風な言いまわしでまとめてしまう、ということが起こりやすいような気もします。冒頭で、あれだけ説明なしで、キャラクターや関係性を表してみせた書き手さんにおいてすらだに、中盤でいくらか説明口調になってしまう? わけで、短編が抱え込んでいる難しさを認識したように思いました。

なるほど、書くべきところを選別しなければならないですね。
たしかに「イメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る」というような抽象的な内容よりも「二両編成の電車の音やら、あげたチョコレートの匂い」を具体的に書いたほうが、良いですね。

> 楡の木が影を伸ばしてきた。

 時間の経過を示す一文、いいですね。

>陽一は、母親との別れを前にして、不安で心が、パンクしそうだった。その陽一の手を、風花は冷たい手で握った。

 切ないですね。牧歌的な動物園のただ中において、時の経過が、来るべき別れの匂いを運んでくる。子供はつらいだろうなあ。大人のエゴの犠牲になっちゃうんだなあ。そしたら……、

ここは、別れが迫ってきたというところですので、時間の経過に絡んで、風花の手の冷たさを描きました。

続きます。

夜の雨

はるかさん、続きました。

> 孔雀は羽を二、三度はためかすと、扇のように羽を左右に振りながら、道案内をするかのようにおもむろに歩き始めた。陽一が孔雀のいく方向へ視線を向けると、なにやら大きな塊のような物がある。ゾウガメだった。

 何か、が、起こりましたか、ね?

孔雀が重要な役割をしています。
風花と陽一がこの夢里町の動物園を訪れたときに

>孔雀を描いた大きなアーチを越えて中に入ると、日差しが風花の顔を照らしたので「気持ちいい」と、伸びをすれば、隣でも陽一が伸びをする。<

ということで、ほかの動物たちではなくて、孔雀は動物園の不思議を象徴する生き物というか火の鳥のような役割をしているということです。

ーーーー
A> ゾウガメのところには、飼育員らしい男も立っていた。ふたりが行くと、陽一にゾウガメさんに乗りますか? と声をかけてきた。

 他者、また、登場。

> 飼育員は笑顔を見せながら、陽一をカメの甲羅に乗せた。「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」

 へえ。幸せに、子供が、幸せに。

>「ぼく、どうだぁ、カメさんの背中は温かいだろう」日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。「うん、ポッカポッカだよ」

 ここ、いいですね、もしかしたら、いちばんいいシーンだったかもしれない。ポッかポカの背中にまたがる子供。ここらあたりで、パパの背中に、みたいなこともちょっと浮かんだり。あたたかな背中。

>「うわぁ、動いたぁ!」男は、大げさと思われるほどに、すっとんきょうな声をあげた。
「うごいたうごいた」目を丸くして、口を尖らせながら陽一は、うれしそうな声をあげた。

 うーん、いいですね。

B>「お母さん、あの子はきっと、今日お母さんとこの動物園に来たことを一生忘れませんよ」

 効きますね、この台詞。
ーーーー

飼育員の登場AからBまでが、作品の「本筋の肝」のところです。
ほかのところの設定は変えることは可能ですが、ココは、重要なところですので、変えるわけにはいきません。

ーーーー
>「そうだね、おいしい酒が飲めそうだよ。だけど孔雀があの母子をゾウガメの方に連れてこなければ私たちの幸せの話もうまくいかないところだったね」
「そうなんですよ、ゾウガメの準備をしている間に、母子連れが動物園から出てしまわないかと心配しましたが、よかったです。園長が孔雀をあの場所に放してくれたからうまくいきました。それにしてもタイミング良くゾウガメの方に来たし、いつの間に孔雀をあのように仕込んだのですか?」
「私は知らないよ、君が孔雀を仕込んだのじゃないのか? だって、ゾウガメと孔雀は君が担当じゃないか」
 二人は顔を見合わせてしばし考え込んだが、どうして孔雀があそこにいたのかはわからなかった。

 ここですね、孔雀の不思議(……ということなら、孔雀を、その羽の色艶や、翼を広げたときの大きさなんかを、もっと描写しておいてもよかったかも。書き手さんなら、無駄のないタイトな言葉で印象的な描写ができるでしょうから)。
ーーーー

ここですね、孔雀の不思議(……ということなら、孔雀を、その羽の色艶や、翼を広げたときの大きさなんかを、もっと描写しておいてもよかったかも。 ← これは勉強になります。
孔雀が重要な役割をしているので、描写をしっかりとしなければだめですね。
ーーーー
> 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。

 なんと! 人智をこえましたね、不思議の天王山ですか。

>園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。

 そういうことってありそうですよね。人間の意識も、動物の行動も、深いところで描かれている大きな模様の、相似的な一片なのかもしれない。土地のパワー、みたいなのは、そのことと同義であったりするのかもしれない、で、このあと、こっから先、エンディングに向けての道のりがとてもよかったです。
ーーーー

このあたり説明になっているのがなんとも残念なところですが、エピソードで書くとなると、これはまた大変です。かなり書き込まなければならない。
ーーーー
> 風花は車を走らせていた。陽が隠れ冷え込んでくると、雪が降り始めた。森を縦断している国道から外れて、数キロ先に別れた夫の実家があったが、止まらずに走り抜けた。

 奇跡が起こりましたね。カーナビが、入り口の着ぐるみ猫が、孔雀が、亀が、飼育係と園長が、夢里町という土地が、あるいはその日のモヤが、モヤが明けての陽光が、そうしたあれやこれやが、いっしょくたになって母親の意識を変えたのでありましょうか。母親は、イケメン捕まえて玉の輿、というくすみかたを晴らして、今、どこかに向かっている。
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ラストの頭ですので、今までのエピソードのもやもやを一気に蹴散らすがごとくです。
ということで、要になっている「夫の実家」を「止まらずに走り抜けた。」これは、風花が変わったということになります。
吹っ切れたということになりますね。

続きます、次がラストです。

夜の雨

はるかさん、ラストです。


>「そうだよ、ずっと一緒に暮らすのよ」
 陽一は笑みを浮かべて、風花の膝に手を置いた。

 奇跡の起こるその前、運転の邪魔だとされたその手がふたたび膝に。

>「うふふ、幸せの国と言っても悪い魔女や大魔王、それにゴブリンもいるから冒険をするのよ。そこで、幸せを勝ち取るの」

 その心意気や、よし。

> カーナビがクリスマスソングを鳴らし始めた。風花がハンドルを指先でコツコツ叩きながらリズムをとると、陽一がカーナビのクリスマスソングに合わせて歌う。風花も歌い、車の中が華やぐ。

 あのコツコツじゃなくて、このコツコツ。イライラは去って、リズムが車内を満たした!

> 先ほどから降り始めた雪は本降りになり、あたり一面を白い世界に染めていく。
 車はまっしぐらに、風花の故郷へと向かっていた。

 よい景色ですね。真っ白な大地を貫いて、真っ直ぐにのびる道。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

風花と陽一、母と幼い息子の心が一つになるところです。
だから「陽一は笑みを浮かべて、風花の膝に手を置いた。」ということになります。

「悪い魔女や大魔王」は風花の母であり、父であるのですが、これは面白おかしく風花が息子の陽一に話しているだけで、実際は自分の両親だし、孫の陽一も連れてきたとなると、父と母はほくほくということになると思います。
まあ、小言はいろいろといわれると思いますが。

そしてラストの「車はまっしぐらに、風花の故郷へと向かっていた。」ということで、「まっしぐら」は、風花たちの気持ちを表現しています。
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 捨てるのでなく、育む、のですね、母は子を、と同時に、育まれもするのかもしれないけれど。実母や実父との関係性を生き直すこともできそうです。さて、今年も残すところあとわずか、と、物語から覚めて私は思いました。私も、捨てずに、育みたい、夢を。いつかは咲かせるその夢を、今は大事に育みます、悪い魔女や大魔王、はたまたゴブリンに出会ってもね、それを克服して、いつかは夢を……、だなんて気持ちになれました。原稿用紙に換算してわずか二十枚程度の短い尺の中に、これだけの情感を醸し出す展開を無駄なく詰め込めているあたりがすごいなと感じました。
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はるかさんへ
作家になる勉強は人間の成長にもつながるので、プロを目指す目指さないを別にしても、良いものだと思います。
生活基盤をしっかり作った上で、夢を追い求めるのが精神的にも安定するかな。
作家になる方法は、大手の出版社の公募に入選するほかにも、ネットの自主出版とかあるようですし、YouTubeを利用しての方法とかもあるのではないかと思います。

感想、ありがとうございました。

はるか

 夜の雨さま

 再訪させてください。

 二点について書かせてください。

一、風花が、子供の気持ちを考えない悪い母親なのではないか? 冒頭でのくすみっぷりがあんまりである、というような感じ方に対する異論。

二、悪い母親の豹変ぶりに、読み手が納得しうる理由がなく、ご都合主義に感じられる、というような読み方に対する異論。

 まず、一です。一のような感じ方は、表層的な感じ方であるな、と私は感じます。人には意識のほかに無意識というものがあります。風花は、意識の上では、子供を捨てようと考えています。疲れきった心が選択した究極の選択です。母親としての本能に逆らうこの選択を、なんとか補強するために、風花は、偽悪的なまでに、悪辣なことを意識します、別れた夫の両親に我が子を押し付けるのだ、やつらがくみしやすいからだ、自分は自由になりイケメンを捕まえて玉の輿に乗っちゃうのだぞ、と。こんな考えが本気なわけはありません。その証拠に彼女は、不思議なカーナビアナウンスに惹かれてハンドルを切ります、動物園に向かっての横路に入ります。ここに彼女の無意識が表れています。彼女の無意識は、とうのむかしから、陽一と離れたくなんかなかったのです。当たり前です。離婚という大決意をリアルに実行し、生活にも疲れ果てた、正気を失ったその心を、その歪んだ意識を、作品は、冒頭で、黒く、はっきりと黒く強調して描いているのですが、これは本能や無意識、つまりは本心、に逆らって、悪魔的な意識で突っ張っている風花を巧みに描き出しているわけです。ところが、この表層的な、無理矢理作り出されたところの意識を、本心と読んでしまう読み手もいるらしい、これはたぶん、黒さを黒く、作品が巧みに描いていたがゆえであるかと思われます。コツコツとハンドルを叩く風花の本心、これを感じとる感性は、本来ならば、すべての読者に備わっている、と、私には思われます。が、しかし、ここは鍛練場なので、どんなよい作品の中にも指摘するべき瑕疵はあるはずだ、そこを指摘して、作品の弱点を喝破することこそが互いの鍛練に資することなのだ、という善意に基づいた、あるいは一部だけ悪意に基づいているかもしれない思い込みによって、読み方が偏ってしまうのではないかと私は想像します。自分でお金を払って購入した本なら、そのテキストを、もっと違った読み方で、読み手は読むと思うのですが、指摘するべき瑕疵を相互のために見つけてあげよう、というモチベーションを持った読み手は、浅いところに配置された言葉に影響されて、奥まったところにある言葉や、言葉と言葉の間を、あるいは呼吸を読み落としてしまうのかもしれません。だなんて記すと、私、嫌われちゃうかもしれませんが、でも、ここは鍛練の場とのことなので、書き手の鍛練のみならず読み手の鍛練の場だ、とも思うので、つまりは読み手を軽く見てはいないし、自分もひとさまの作品を真摯に読みたいと感じているので、以上のような、私の読み方を再訪して記すことにいたしました。

 つづきます。

はるか

 夜の雨さま

 つづきました。

 二について。風花の変節について、合理的な理由がない、という読み方についてですが、彼女が自らの無意識に帰着する理由は、当然のことながら合理的な何かによるものではありません。夢里町の奇跡によるものです。道理を超えているからこそ奇跡なのです。ゾウガメの背中に乗っただけで、とか、飼育係たちの企みに乗せられて、だとか、そういう読み方をしてしまうと、理由が弱いだとか、ご都合主義的な変節だとか、そんなふうになってしまいますが、彼女の意識が剥がれて無意識が顔を出したのは、人為的な何かゆえなのではもちろんなく、里の奇跡、すなわち、モヤや、それが晴れたあとゾウガメの背中をあたためた陽光や、カーナビの不思議なアナウンスや、ちょっとおかしな着ぐるみ猫のグルーミングや、仕込み得ないはずの孔雀の道案内や、飼育係たちの意識にのぼったお芝居の考えや、そうしたあれやこれや、人智を超えたマジカルなものにより引き起こされた、合理的ではない何かによるものなわけです。そのように作品は語っている。これは、ちょっと、あるいはサブリミナルなものなのかもしれないけど、地下階に属するものでもあるわけだけれど、作品がそれをちゃんと語っているからこそ、私たち読み手は、作品を面白いな、よいな、と感じられるわけです。夢里町の奇跡を、合理的ではない何かを、引き起こしたのは、たぶん、風花の、子供を愛する無意識です(人間であるところの飼育係たちは、カメラに映った風花の疲れ果てた様子に突き動かされたわけですが、夢里町の自然や、事の成り行きもまた、風花のgravityに引かれるようにして、奇跡を起こしたというわけです)、風花が志向したからこそ、天地万象は力を貸してくれたのだと私は思います。この呼応、これが気持ちいいからこそ、この作品は、あたたかいのです。そう思います。作品の中に、ときには言外に、言葉そのものではなく、言葉の配置により、あたかもpoemのごとく表された深い情報に、本来ならば、すべての読み手はアクセスできるはずだ、と私は思います。実際アクセスしているのでしょう、だから、ぬくもりをぬくもりとして感じうるわけです。でも、それを頭で分析しよう、割りきろう、と意識を働かせた途端に生じてしまうわけです、書き手でもある読み手のバイアスが。このバイアスは、一部を除いて善意に基づくものと思われます。だからこそ、そのような読み方そのものについての感想もまた、感想欄にてコメントすることが、相互の鍛練に資する、と考えて以上を書かせていただきました。間違った読み方なんてないと思います。ただ、間違った判じ方があるだけです。判断することなくneutralに読みさえすれば、御作は、その奇跡を、不条理であるがゆえの奇跡を、雄弁に物語ってくれます。

 以上、一も二も、この作品の醍醐味に関する部分であり、一や二ゆえに、この作品は素晴らしいのだ、と私は思います。意識の二重構造と、その構造の差異をアウフヘーベンする夢里町の、合理的ではない奇跡、このふたつ、一見、のみこみづらい、わかりにくくも感じられるこの深みをなくしてしまったら、単なる、子を思う普通の母親による、普通の動物園探訪記になってしまうのです。深さがあるからこその表現なわけで、プールから水を抜くようなことは、作品を殺してしまうことになります。だから私たちは、書き手でもある読み手の私たちは、書かれていることを読むのではなく、表されていることを読まなくてはいけないと思います。表層しか読まない読み手には表層しか書けません。逆にまた深淵を読める読み手こそは、深淵を書くことができるのです。だから、この作品の作者は、深いところが書ける書き手は、深いところを読むことができるのだと思います。すぐれた読み手はすぐれた書き手に成りうるし、すぐれた書き手はすぐれた読み手に成りうるのだ、と感じることができたのも収穫でありました。ありがとうございました。

群青ニブンノイチ

まず思うのは、馬鹿でなければわからないはずもない作品の程度というものに対して、おためごかしたようなくだらない感想書きをもはや定番としか見立てようがないキャラクターたちが次々と連なってやり散らかしているという、茶番にすら適わないような悪質で低能な有り様に心底呆れます。

普通かつ平均的な感覚で言うなら、あかねさんの感想が妥当かつ真っ当というものではないでしょうか。


基本的に文章表現が拙い上に、人間感情に途轍もなく疎いらしいキャラクター造詣が作品以前に書き手のスペックそのものをのっけから疑わせます。
キャラクターの容姿、情報として必要ですか。
絶対に欠かせない情報ですか。
そのつもりならもっとセンスを磨くべきと思いますし、そもそも必要なものとは到底思えません。
五歳の子どもに茶髪なんてワードを与えるセンスが嘆かわしいです。ヤンキーですか。後ろ髪長いですか。
セミロングヘアーでベージュって何ですか、昭和ですか。イヌですか。
自信がないなら触れないこと。
もしくは情報収集に最低限でも努めること。

つまり、すれっからしみたいなセンスの悪い性悪昭和イヌ女がのっけから強制ヤンキー仕立ての幼い息子につれない捨て台詞を吐く、という場面から始まっていることに作者自身が気付いていないのですから、人間感情に疎いというのは作品やキャラクター云々以前に読者が人間であるという理解にこそ疎いということを言っているのですが、わかるでしょうか。

未熟かつセンスのない余計な描写のおかげでのっけから捻じ曲がったような景色を思いつかされた読者は、少しも作品世界に興味も共感も思いつけないままずるずるずるずると付き合わされる展開が続きます。
共感というのは、あるある、ということであってもなくてもこの作者にはおよそ理解出来かねることかとは思うのですが、あるある、とかそんなことではないということを前提に言っているということは明らかにしておきたいと思います。
つまりやはり、この作者が一番苦手とする、望んでも手に入らないセンスという問題について、ということになるのだと思います。
説明しても徒労に終わることと思うので割愛します。

このお話は、決して報われるはずもない気まぐれなすれっからしの母親とそのために遣わされた小道具的息子が、ファンタジーとかいうおためごかしの皮を被っただけのその実取って付けたようなお節介を不確定な背景の下自己満衝動的にやらかすトンデモ動物園を舞台にまたしても不幸のどん底に突き落とされるのに決まっている、という絶望の予感しか思いつかせない、何度も言いますがただのすれっからしの性悪昭和イヌ女が際限なく繰り返す愚かな翻意の予感のその一部、という何がヒューマンで温まるのか少しも共感出来ないだけの、ひたすらにあらゆる要素の拙さばかりが悪目立ちして読者を辟易させるだけの実に感度の鈍い、成長感度の枯渇した実に心許ない有り様の見本、のようなものなのだと思わされます。


この作品に主人公はいません。
なぜなら、一番に作者がそれを理解していないからです。
小説とは恐らくお手軽な妄想作文などではないはずなので、最低限の舞台条件を担保せずに書き散らしたような些末さは絶対に作品全体の印象として露出して当然のものなのだと思います。
この作者は、何を、どのようにして書くか、そのために必要なこと、設計、といったようなことについて作者として最低限担保するべき模索を完全に見誤っている、というよりは完全に放棄しているとしか思えません。あるいは単に無自覚ということにすぎないのかもしれません。
指摘してもおそらく理解できないことは明らかなので、なかなかに絶望的な状態のように思わされます。
書きたがるのは個人の自由なので好きにしたらいいとは思うのですが、所詮向き不向きがあるのは仕方のないことだと思います。


つまり、作者の程度についてはどうでもいいのですが、それに対する馬鹿げた感想の連なりには心底呆れます。
どんな自傷行為なのか、理解に苦しみます。
馬鹿な感想を書けば、自分の作品に対する読者からの期待こそを猛烈に墜落させるどころか、いらぬ偏見さえ思いつかせかねない、読者が付かない、というそんな簡単なことも参加者として理解出来ないのでしょうか。
まったくもって不思議です。


意味も対象も全く違いますが、感想的には「不思議系ヒューマンドラマ」らしきには上手く着地出来たようです。
すみません、面白くないですね。
調子に乗りました。


各々ちゃんとやってください。
馬鹿馬鹿しくて見ていられません。

朱漣

 拝読しました。

 ハートウォーミング・ストーリーとして良質な物語だと思います。
 シナリオ、というかアウトラインとしては、素敵なお話しでした。

 ただ、読んでいて、何となく違和感というか、ザラザラ感がずっと付きまとってくるんです。
 原因は何なのかなー、いろいろ考えてみたのですが、一番の原因は、お母さんの人物造形にあるような気がします。
 ちょっと軽すぎるというか、とっても愛しているらしい息子を別れた夫の親に預けようとしている、という前提ですよね。
 にしては、動物園に着く前の車中でのやり取り、もしくは回想シーンでもいいですが、そういう結論に至った葛藤がないとちょっとピンと来ない。人物が軽く見えてしまう。
 冒頭のお母さんに違和感があるので、動物園でのエピソードだけで、息子を手放すのをやめて、一緒に暮らす決意をする、という心理変化も、軽いというか説得力にかけるというか。

 前半に描かれるはずの葛藤の何某かと、動物園でのエピソードに暗示的なリンクとかがあって、お母さんの心情の変化(これって、結構ドラスティックな変化だと思うんです)を読者に納得させる一助にする、みたいな工夫があっても良かったのかなぁ、と思いました。
 人生を左右するほどの大きな決断を短い枚数で語っているので、エピソードを順々に重ね合わせるだけじゃなくて、そこに有機的な共鳴効果みたいなものが欲しかったです。

 それで、何を言いたいかと言いますと、とっても素敵な骨格が出来上がっているので、もう少し書き込んで50枚~80枚くらいの作品に仕上げたらどうかなーっと。
 作品が持っているちょっと不思議感を持続したままで。
 それが出来たら、凄い名作に仕上がるのではないでしょうか?
 それだけの可能性はある作品だと思います。

群青ニブンノイチ

鼻息の荒いような長文再訪してる人がいますが、そんなことに手を焼かなくてもまともな読み手なら当たり前にわかることですから、いらぬお世話のような気がするのですが、どうでしょうか。
一体誰のための「異論」なのやら、などと些か疑わしい気持ちにさせられなくもないのが”読める”という感覚こそを示すような気がしなくもないのですが、どうなのでしょうか。

普通にわかるから、それが下手糞なんですよと言ってるだけです、まともに読める人は。
当たり前の話です。

毎度屋

貴様こそまともじゃねえんだよ、この妄想のあばずれ。
偉そうにいうなら、受賞歴公開してミヤガレ、キチガイ。

\(^o^)/

 私はこの話を読んで感動できませんでした。母親の気が変わったのは息子の幸せを心から願った結果的でもなく、先に出した自分の結論が間違っていたと反省したからでもなく、不思議な町の持つ力で操られているだけだからです。
 母親は園長と飼育員の粋な計らいのお陰で『息子とにとっての幸せとは何か?』と考え、改心したとするほうが物語としては感動的です。

 作中で飼育員は「亀が動いたら願いが叶う」という作り話を母子にしていません。きちんと書いておく必要があります。そうでないと落ちの文章との整合性が取れなくなるからです。

 三人称の作品なのに、「どこかイライラしている自分がいた。」と一人称の書き方になっています。

「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
 この説明ではわかりません。
「うん……。それでママはどうするの?」
 この説明でなぜわかるのか謎です。

 夫の両親には一度会ったことがある、二人とも温厚で風花は組みやすいと思っていた。
 これは「与(くみ)しやすい」の間違いでは?

 料金所はなくて入り口には猫の着ぐるみがグルーミング(身繕い)していて、前を通ると「にゃぁ」とあいさつをした。
 ここはグルーミング(毛繕い)では? 猫ですから。

「運転がしにくいじゃないのさ」という言葉遣いをするような女性なら、「無料なのですか?」ではなくて、「無料なんですか?」と音便化させて言います。

「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」
 動物園の飼育員なら僧職者や教職者のような堅苦しい言い方は避けて、「生きているんですよ」、「幸せになるんです」と音便化させて言います。

「よちらこちらと」とは謎の言葉です。ここで突然、謎の言葉を使う必要を感じません。この謎の言葉が作中で重要な役割を果たしているわけでもありませんし。

 この作品は二段落ちになっていますが、一段めがくどい印象です。もっと簡潔に書くことをおすすめします。

 この作品は三人称神視点です。書き手は主人公だけではなく登場人物全員の事情も心理も知っています。ですから、 
 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前にそれ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。
 では整合性を欠きます。

 心優しい男たちが示し合わせてとっさに作った作り話だったのだが、夢里動物園にいる長寿のゾウガメの甲羅に乗った子供は幸せになり、さらにそのカメが歩くと子供が願いが叶うというのは真実なのだ。彼らはそのことを知らずに一芝居打った。
 実は、亀に乗る前から母子が幸せになるドラマは始まっていたのだ。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡は起き始めていた。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいだったのだ。

 読み比べてみてください。こうすると二つの段落の整合性が取れることがわかると思います。

「幸せの国へ向かうのだよね。(後略)」子供なら(特にこの母親の息子なら)、「向かうんだよね」と音便化させて言います。

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よみました
感想と最後に一つだけ夜雨さんに質問

感想諸氏のコメント流し読み
おおかたの意見が母親風花がひどい、くず だったのですが
たぶん邪悪な台詞部分だけしか読めていないように思う
彼女の細かな所作には子を思う気持ちが描かれているように思う?
例えば>「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた
例えば>陽一と自分には楽しい思い出はあっただろうか…… 風花は子供の顔を見て、ハンドルを切り横道に入った。「陽一、動物園によって行こうか」風花は幼い息子に声をかけた。

たった2個所です
母親を真正の悪者にしていいのかという作者さんの〈ためらい〉がみえる  あるいはハピエンドは作者さん自身にはわかっているので・・・・・

そこであたしの提案
前半部をもっともっと邪悪に描いてほしい(台詞だけじゃなく)

カーナビの案内で「陽一、動物園によって行こうか」風花は幼い息子に自分から提案するわけよね
優しい母ジャン だめです(笑

陽一に動物園をねだらせましょう
風花ママ「チッしょうがないわねえ。今日であんたとも最後だからマッいいか。でも入園料は後であんたの爺ちゃんに請求するからね」くらいに邪悪にww
ビフォアーとアフターの差が大きいほどカタルシスも大きくなる
ただ他の感想でもあがっていますが風花ママが改心するエピこれでは弱いかも
そこは腕のある夜雨さんなら何とかなるのでは

次にゾウガメとクジャクの種明かしについて
園長と飼育係が画策するわけですが
ここ人間が登場しない方が(介在しない方が)いいのではないか?
あたしだったらこの部分亀と孔雀に喋らせますね 
だって動物園に誘ったのカーナビだし 最新IT機器と動物 対比が出ます  
(不思議系ヒューマンドラマ)と銘打っているんだし

あたし以前のハンネの時から夜雨さまにはありがたい感想アドバイスいただいていますので、今回チョット長めの感想でした

あと質問です
今回は旧作とのこと
これの前にあげたオカルト系ミステリイーも旧作ですか?
というのも、それより以前に読ませていただいた御作、文章的にも構成的にも洗練されていたという感があったんです
ほんで前作と本作なんか文章劣化・構成単純と思ったんですスミマセン
御健筆を

夜の雨

あかねさん、ご感想ありがとうございます。


>ママが、とても母親としてはよろしくない様に感じました。疲れている、のかもしれませんが前半自分の都合ばかり語られています。子どものことはどうでもいいような母親が、ゾウガメの奇跡に触れて、どうして心境が変化したのか、そこがあまりしっくりきませんでした。自分の子どもの頃の回想は分かりますし、良かったですがそれだけじゃ足りないくらい、序盤母親に感情移入できなかった。<

導入部の風花の会話内容だと、たしかにとんでもない自己中女だなぁということになると思います。
さぞかし不愉快だったと思います。
しかしそれは狙って書いています。
なかなかの女(女優)だなぁと作者は思っています。
それで風花の本心はどこにあるのかというと、決して導入部の自己中の会話そのままの女ではないと、作者としては設定しました。
しかし、あかねさんにはそれが伝わらなかったということなので、やはり導入部の風花の描き方に問題があったのかもしれません。

ーーーー

 峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。
 >>風花はハンドルを指先でコツコツと叩きながら運転している。指先でリズムをとっているようにも見えるが、考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。<<

子供との別れが近づいてきたので、そのことで考え事をしていてイライラしている、子供にどう接して話をしょうかという展開です。焦りというか、苦渋というか、それで、下記のような投げやりな言葉を幼い陽一に言ってしまった、ということになります。
本来なら、幼い陽一に優しい言葉をかけてやらなければならないのですが、風花という女は不器用なのですね、だから相手に不快感を与えるような会話しかできなかった。
しかし子供の陽一は、普段の母親の優しさを知っていたので、母を慕っているという内容が、下記に続きます。

 風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」
 陽一はセミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親を見上げた。
「ママも一緒に暮らすの?」
「何言っているのよ、あたしはあんたのパパとは離婚しているのよ。だから、あんたのおじいちゃんとかおばあちゃんは、あたしには赤の他人で関係ないの。おじいちゃんとかおばあちゃんは、パパとは関係あるから、これからあんたの面倒を見てもらうの、わかった?」
「わかんない……」
「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
「うん……。それでママはどうするの?」
「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」
 陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
 風花は、五歳になる息子の陽一を車で別れた夫の実家に送り届ける途中だった。
ーーーー

問題の上の風花(母)と陽一(幼い息子)会話等を読めばわかると思いますが、風花が自己中の会話を陽一に投げていても、陽一が母である風花をきらっている様子がありません。
もしええ加減な母なら子供の「会話内容やしぐさ」に母をきらっている様子が伺えるはずです。
>「よかった、ぼくママ大好きだから」
>陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
「陽一が風花の膝に手を置くと」だから、母親に対してスキンシップを取っている、なので、母に好意がある。
「目は笑っていた。」となっているので、風花は陽一を嫌ではなくて好意を持っている、ととらえられると思います。
「よかった、ぼくママ大好きだから」と陽一は言っているしね。
ということで、この母と幼い息子の母子関係は壊れていない、信頼関係が深いところである、ということになります。
従いまして、風花の投げやりな会話内容は100%そのままではなくて、言葉に表現されていない裏がある。
それは、幼い息子の陽一が母と別れて父親の両親(陽一からだと祖父母)と暮らすことになれば、寂しいこともあるかもしれないので、少しでも強くなるように「上の車の中での会話は、突き放した内容になった」ということです。

だから、この後、夢里町の動物園の看板を見たときに、風花は母親らしいことをする展開になります。
ーーーー

 森を縦断している国道の向こうに実家がある。
 離婚して一年は陽一と一緒に暮らしてきたが、アパート一間の生活からいつまでたっても脱出できないので、陽一を別れた夫の実家に預けて風花は生活を何とかする気だった。
 夫の両親には一度会ったことがある、二人とも温厚で風花は組みやすいと思っていた。
 だから子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである。

たしかにこの内容だと風花は自分のことしか考えていないじゃないかと思うかもしれませんが、ここで息子の陽一とべったりというような内容を書くとドラマになりません。
「ドラマには対立が必要」だと思います。
対立があるからドラマは面白いし、動くのだと思います。
起承転結の構成の中でエピソードが展開していきますが、導入部から仲良し親子だとインパクトが弱いのではないかと思います。
「この母親、自己中でかなりええ加減」だから「子供がかわいそう」←したがって、「この先物語はどうなるのか?」ということになり、話が展開していきます。
ーーーー
続きます。

夜の雨

あかねさん、続きです。

>風景描写は良かったと思います。モヤモヤした気持ちに通じる霧の森ていう設定も丸。動物園の飼育員さんたちの企みも丸。人間味がありよかったと思います。小説としてのテーマは私は好きでした。だからこそもっと母親息子の関係性を深めて欲しかったなあと残念がっています。<

風景描写は不思議な動物園へといざなうために、霧とか雪とかの設定を使いました。
この手の話は雰囲気が大事なので。
動物園の飼育員や園長には人間味を持たせました。
「母親息子の関係性」は、導入部は上に書いたような意味付けです。
動物園の中では、親子関係は後半に続くようにうまく描かれているのではないかと思います。

今回あかねさんの感想を読みまして、作者の狙い通りに読んでいただけたなと思っていますが、何しろ短編の中に情報を詰め込んでいたり、また、表現できていない部分もあるので、読み手のあかねさんが、拙作に不満をもつのもうなづける次第です。

あかねさん、ありがとうございました。

夜の雨

KTさん、ご訪問ありがとうございます。

>これは昔読んだ記憶があって、けっこう感動しましたね。今は時間がないのでまた後日、元作と比較しながらじっくり読ませてもらいますね。<

元作は『奇跡の町の動物園(9枚)』というタイトルです。
かなり以前の作品になります。
今回の作品と比べるとシンプルです。

お時間のある時にでも、読んで感想をいただけるとありがたいです。

それでは、よろしくお願いします。

夜の雨

えんがわ さん、ご感想ありがとうございます。


>たぶん、お客さんが少なく、逆境にあるだろう動物園がそれでも、にこやかに楽しませようと頑張っていて、それが親子に伝播していく感じが、熱が伝わっていく感じが、なんとなく良いなって。<

 人気はほとんどなくて貸し切り状態だった。 ← たしかにお客が少ないので経営的には苦しくなりますね、リアルで考えると。
作者としましては‘峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。‘こういった幽玄な雰囲気漂う世界の動物園なので、お客が少ないイメージで設定しました。
アメリカ映画などを観ていますと、車に乗った若者たちが左右に何もない長い一本道を走っていますと、突如としてフロントガラスにカラスか何かの鳥が衝突して運転手の若者が驚いてハンドルを切り、事故を起こす。
近くに町はあったが……。
というような展開で、物語はホラーの世界に突入です。
「逆境にあるだろう動物園」という設定も込みで物語を考えると、拙作はさらに複雑で奥が深くなりますね。
ゾウガメの幸せの話もまったくの作り物で、しかし、話としてはそれなりに幸せの物語になるので、園長と飼育員が子供連れのお客を見つけては声をかけていた。
それがネットで噂になり、過疎化の動物園に客が殺到する。
ペンギンには足の裏に何かを張り付けておいて、歩いていると転ぶようにするとお客が喜ぶ。というか、ペンギンも偉い災難なお話で。
経営難のリアル動物園込みで物語を考えると、それはそれなりに面白くなるかもしれません。

>説明が多いかなっていう印象はあります。
時折固い部分があって、もうちょっと柔らかな表現やエピソードを中心に書かれたら、空気をもっと味わえたかなって。<

ちょっとまとめすぎたかな、その時に表現が固くなったのかもしれません。

>序盤の、母の態度というか息子への情の無い感じが強調されまくってて、そこで話のそれからの流れがちょっと不自然に感じるというか、ほだされるのが早すぎるというか。
それでも関心のフックにはなっているので、好き嫌いはあると思う特徴だろうけど、ちょっと自分は苦手かな。もちょっと普通でもどうかなって。<

序盤の内容については「あかね」さんへの返信で詳しく書いたのですが、風花の不器用なところなどを伏線を張って書くとなると、やはり、今回の長さ(短編)では、無理があるかもしれません。

>全体的に穏やかというかロイヤルというか、なんか落ち着いてじわりと温度を感じる流れみたいなのは、楽しかったです。<

ありがとうございます、そういった優しい言葉が風花には必要なのですね(笑)。

拙作の返信が落ち着いたら、また、みなさんの作品の感想を書きたいと思っています。




えんがわさん、ありがとうございました。

夜の雨

上松さん、ご感想ありがとうございます。


>この作品は、「長さはこんなものだから、ざっと流せばいいよな」という感じで軽く書き流した作品では?
常日頃、見事に読みこなした感想を下さる、あなたの作品とは思えませんでした。<

今回の作品は元作があったのですが、そのときにかなりの感想をいただいていまして、全部チェックして問題があるところを手直しして拙作を書きました。
ただ、元作の問題点を修正するだけでは意味がないので、主人公である風花の背景を書くことにしました。
それで仕上げたわけですが、なかなか気に入る内容にならなかったので複数のパターン(ラスト)を書きあげました。
今回の作品自体は5日ほどで書いていますが、その前に新作を書こうと七転八倒していたので、それらの期間も入れると2週間以上かかりました。
なので「軽く書き流した作品」では、ありません。
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 冒頭の母親「風花(ふうか)」の投げやりで冷酷な態度。
    >>「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」<<

って、おれにはわかりませんでした。
確かに数字なら1+1=2、しかしながら子供にとってパパとママは足して2になる存在でなく、あくまでパパは1人、ママも1人のかけがえのない存在なのです。
このお話しでそれに素直に「うん」と言う陽一に痛ましさが募りました。

このお話しでそれに素直に「うん」と言う陽一に痛ましさが募りました。 ←これが狙いで書いています。「陽一が痛ましい」にもかかわらず、陽一は母の風花には「膝に手を置いたり」「大好き」だとか言って、コミュニケーションをとろうとしています。
この母子の関係だとインパクトがあります。
それを狙って作者の私は、書いているわけです。
しかし、この導入部はよく読むと、裏があります。
どういう裏かといいますと「あかね」さんへの返答で詳しく書いてある通りです。
すみませんが3つ上の「あかね」さんへの返答を読んでください。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

そしてこれ。
    >>「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」<<

 このセリフ。
女を丸出しにするな!将来の打算を口にするな!おまえ、母親だろ!母性はないのか!無償の愛はないのか!おまえの子育ては将来のセーフティか?と、おれは発狂寸前になったのです。
まぁ、最後のハッピー・エンドに雪崩れ込むための、ちょっとキョーレツな前フリなのだろうとは思いましたが、中盤でそれが突然、

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上松さんの上の疑問は「あかね」さんへの返答で詳しく書いてあります。
一言でいえば「不器用な生き方(接し方)」しかできない女だったということであり、この状況(子供を元義理の両親へ預ける)では、子供に優しく接するよりも、突き放した接し方のほうが良いだろうと思ったというような感じですね。
子供の母親への対応を読めばわかると思いますが、陽一は母である風花が嫌いではありません。
慕っています、大好きなのです。
ということは、普段の母である風花は陽一に優しいということになります。

   >>子供の視線に気づき、行ってみようかと風花は声をかけた。彼女とて、陽一と少しでも一緒にいたいのだ<<

との記述になったのには驚きました。

これが、普段の母(風花)ということです。

その前に、
   >>子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである<<
という、リセットっぽいセリフに、
   >>そういえば、陽一と自分には楽しい思い出はあっただろうか……<<
親として酷薄だったであろう、人道とはかけ離れた母親像。

それだけ追い詰められた生き方をしていたということになります。
もし拙作の母と子供が経済的にも恵まれて、風花の夫も優しくてしっかりした人物なら離婚もせずに日々楽しく暮らしていたという展開になります。そうなると、今回のドラマは成立しません。
もちろん夫婦仲がよくて子供も幸せに暮らしていたが、ある日夫が交通事故で、または癌で帰らぬ人になった。それで風花が夫の両親に相談にいく途中で「夢里町の動物園」にちょっとしたきっかけで訪れた、というような方法もありますが、それは拙作の「奇跡の動物園」といういくつかの物語の一つのパターンにすぎません。


続きます。

夜の雨

上松さん、続きです。


 嘘だろ!おまえの心の動きには自分の子供を思いやり、いきなり祖父母に預けることへの心の痛みや後ろめたさ、謝罪や来し方への後悔がない!とおれはイカッたのであります。
しかも「夫の両親」で「組みしやすい」と上から目線。
「親しみやすい」とか、「理解を得られそう」ではないのです。
AIみたいなカーナビにも違和感ですし、>>夢里町<<という、もろファンタジー路線も、現実的視線なのか夢物語なのかとスタンスに迷いました。

ドラマの登場人物、導入部からまともな考え方(好感度の高い人物)の主人公でももちろん良いのですが、導入部とラストでは「変化」していたというのはアリだと思います。
拙作の風花はもともと陽一には優しい母でしたが元義父母のところに預けなければならない必要性を感じたから陽一に一時的にきつく当たったわけです。

>しかも「夫の両親」で「組みしやすい」と上から目線。
「親しみやすい」とか、「理解を得られそう」ではないのです。<

読み手が風花に対して怒り心頭になる可能性はあると思って書いております。
小説(ほか、映画やドラマ)は対立しないと面白くないので。
カーナビについては、「奇跡の動物園」のテリトリーに近づいたので、影響を受けたということです。動物園に寄るように仕向けられたというような展開です。

 >>その後、自分の来し方や両親の思い出などが語られますが、>>童心に帰って<<動物を見て回るほどの思い出ではない。
つまり、母親自体、豊かな人間的心が育まれるほどの家庭に育っていなかったということでしょうか?
おまけに肝心の離婚についても記述がない。
「夫の心は今は風花になかった」とか、「多少の違和感はあってもうまくやっていけるはずだった」などの言葉が一言あれば、ああ、ダンナの不倫かとか性格の不一致かとか、理解と同情のしようがあるのですが、そうした背景もない。
読みやすく短いだけに、中身も非常に薄いのです。
言うなれば、この作品には夜の雨さまの良さが出ていない。
残念です。<<

今回の作品のほかにも題材は同じで一部内容が違うものを書いてあるのですが、それだと夫の関係などもつじつまが合うように書かれています。
ちなみに夫は創作活動(シナリオ作家)をしていたというラストで、妻と子供を養わなかったので離婚という選択になったという流れです。
ラストで夫の家に行くと彼が離婚届けを役所に出していなかったというコメディのような展開になっています。夫はシナリオ作家として成功していて、彼の書いたシナリオがシリーズ化されていた。
その話が『Zoo奇跡の動物園』だったというオチです。
ちなみに風花が陽一と来るということで、彼女の両親も呼ばれてきていたという丸く収まる話になっています。

>そして、極めつけは動物園職員たちの取ってつけたような善意。
これは逆にこの作品を貶めている気がする。
いろいろ説明的な記述やセリフがあっても、どうしてもご都合主義的なニュアンスは否めないのです。
夜の雨さまなら、最初から伏線や匂わしで引っ張れるはずだ。
人為ではなく、最後まであなたらしい「不思議」「奇跡」「超常」で行った方が、きれいにまとまる気がしました。<

「動物園職員たちの善意」は「動物園」の「奇跡」とも関係しています。
これらが問題(だめ)となると、作品の題材が成立しません。

ありがとうございました、今回の作品はすでにあった作品を膨らまして書いたので、無理があったということも考えられます。

上松さん、叱咤激励ありがとうございました。

夜の雨

偏差値45さん、ご感想ありがとうございます。


>峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。

冒頭、ここは長いので二つの文に分離して書いた方が伝わりやすいかも。

長いというほどでもないと思いますが、もし二つに分離するとしたら、下記のようになりますかね。

>峠を越えると眼下は霧が漂っていた。

>薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見える。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

>ツーブロックのヘアースタイル
>セミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親

あまり髪型にこだわることもないかな。
しかし、髪型で性格を表現しているならば、別ですが、短い表現の方がいいかも。

偏差値45さん、これらの髪型の表現ですが、私も悩みましたので、こうやって指摘されると「やっぱりなぁ……」と、思ってしまいます。
拙作は短編なのでどうしてこういった髪型にしているのか、というような生活の背景が書かれていません。
やはり上のような髪型を書いてしまうと、その背景である生活部分も書く必要が出てくるのではないかと思ったりします。
今回は短編だし髪型で性格を表現とか、他の意味合いを持たすところまでのエピソードがないので、詳しく書く必要はなかったかなと思っています。

>全体的には、心境の変化ということなのでしょう。

風花はもともと優しい母親だったので、それを動物園でのゾウガメの話が後押しをしたというような展開ですね。

>それと、摩訶不思議な見えないチカラが見え隠れしていますね。
その源泉を明示または暗示してみても良いのではないか、とは思いましたね。<

「摩訶不思議な見えないチカラ、その源泉を明示または暗示」なるほど、それは必要だったかもしれません。深いところが見えてきますからね。
拙作シリーズ化の予定はありませんが、もしシリーズ化する場合は「源泉を明示または暗示」すると、背景が見えて面白いですね。

偏差値45さん、ありがとうございました。

鯛茶漬け美味し

拝見させていただきました
文章の始まりが「風花は」とか「陽一は」とかが多すごるように感じました
単調な文章と感じてしまうので、もっと色んな主語から始まってもいいと思いました

あかね

辛口な、コメントにご丁寧な返信ありがとうございます。読み手として至らなかった点がわかりました。深読みもっとしたいと思います

夜の雨

はるかさん、再訪ありがとうございます。

下記二点については、あかねさんへの返信で詳しく書いていますので、読んでもらえば理解できると思いますが、こちらに「ほぼ同じもの」を貼り付けておきます。

一、風花が、子供の気持ちを考えない悪い母親なのではないか? 冒頭でのくすみっぷりがあんまりである、というような感じ方に対する異論。

「風花が、子供の気持ちを考えない悪い母親」 ← 度入部の風花のセリフ(会話)はたしかに「ひどい」のですが、子供の陽一が母の風花をきらっておりません。
風花という女は不器用なのですね、だから相手に不快感を与えるような会話しかできなかった。
しかし子供の陽一は、普段の母親の優しさを知っていたので、母を慕っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。
 >>風花はハンドルを指先でコツコツと叩きながら運転している。指先でリズムをとっているようにも見えるが、考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。<<

子供との別れが近づいてきたので、そのことで考え事をしていてイライラしている、子供にどう接して話をしょうかという展開です。焦りというか、苦渋というか、それで、下記のような投げやりな言葉を幼い陽一に言ってしまった、ということになります。
本来なら、幼い陽一に優しい言葉をかけてやらなければならないのですが、風花という女は不器用なのですね、だから相手に不快感を与えるような会話しかできなかった。
しかし子供の陽一は、普段の母親の優しさを知っていたので、母を慕っているという内容が、下記に続きます。

 風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」
 陽一はセミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親を見上げた。
「ママも一緒に暮らすの?」
「何言っているのよ、あたしはあんたのパパとは離婚しているのよ。だから、あんたのおじいちゃんとかおばあちゃんは、あたしには赤の他人で関係ないの。おじいちゃんとかおばあちゃんは、パパとは関係あるから、これからあんたの面倒を見てもらうの、わかった?」
「わかんない……」
「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
「うん……。それでママはどうするの?」
「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」
 陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
 風花は、五歳になる息子の陽一を車で別れた夫の実家に送り届ける途中だった。
ーーーー

問題の上の風花(母)と陽一(幼い息子)会話等を読めばわかると思いますが、風花が自己中の会話を陽一に投げていても、陽一が母である風花をきらっている様子がありません。
もしええ加減な母なら子供の「会話内容やしぐさ」に母をきらっている様子が伺えるはずです。
>「よかった、ぼくママ大好きだから」
>陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
「陽一が風花の膝に手を置くと」だから、母親に対してスキンシップを取っている、なので、母に好意がある。
「目は笑っていた。」となっているので、風花は陽一を嫌ではなくて好意を持っている、ととらえられると思います。
「よかった、ぼくママ大好きだから」と陽一は言っているしね。
ということで、この母と幼い息子の母子関係は壊れていない、信頼関係が深いところである、ということになります。
従いまして、風花の投げやりな会話内容は100%そのままではなくて、言葉に表現されていない裏がある。
それは、幼い息子の陽一が母と別れて父親の両親(陽一からだと祖父母)と暮らすことになれば、寂しいこともあるかもしれないので、少しでも強くなるように「上の車の中での会話は、突き放した内容になった」ということです。

二、悪い母親の豹変ぶりに、読み手が納得しうる理由がなく、ご都合主義に感じられる、というような読み方に対する異論。

(上の返答に続く)だから、この後、夢里町の動物園の看板を見たときに、風花は母親らしいことをする展開になります。
で、「夢里町の動物園の看板」を見させたのは「夢里町が起こした奇跡」であり「車のカーナビ」が、奇跡に反応して風花を誘導したという展開です。
ということで「伏線」はちゃんと張ってあるということです。

はるかさん、ありがとうございました。

夜の雨

群青ニブンノイチさんへ。

「ご感想ありがとうございます。」とは、書けないですね。これは感想ではない。相手を不愉快にさせる目的で書いただけの内容です。


>まず思うのは、馬鹿でなければわからないはずもない作品の程度というものに対して、おためごかしたようなくだらない感想書きをもはや定番としか見立てようがないキャラクターたちが次々と連なってやり散らかしているという、茶番にすら適わないような悪質で低能な有り様に心底呆れます。<

何が書いてあるのか、わかりにくい。
一文の中にごちゃごちゃ情報を書きすぎ、だから、わかりにくい。
ただ、相手を不愉快にする目的だということはわかる。

「馬鹿」「くだらない」「やり散らかしている」「茶番にすら適わないような悪質で低能な有り様に心底呆れます。」 ← なに? これ? ご自分がどんな文章を書いているのか、考えてみよう。


>普通かつ平均的な感覚で言うなら、あかねさんの感想が妥当かつ真っ当というものではないでしょうか。<

あかねさんには、わかりやすく返答しておきました。
理解してくれたようです。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そのほかのあなたの書き込みは、「相手を不愉快にするのが目的」の内容なので、返答する必要はないでしょう。

以上です。


そのほか。

「群青ニブンノイチ」さんは「でしょ」さん、でしょ。
あなた私とは関わらないとか、ご自分から宣言したのじゃないの。
私が書いたのじゃないよ、あなたが書いたのです。
だから、私は、約束を守っているでしょ。

ご自分から約束を破ってどうするの。


お疲れさまでした、でしょさん。

群青は

でしょ夏間釣は真っ当な感想を書いたワ

群青ニブンノイチ

いえ、れっきとした感想ですし、あなたがこしらえたものに対するものですし、あなたが決定することではないです。
読んだ人が思い感じることなので、わたしの感想もまた、読んだ人が受け止めることなのでしょう。

下手糞を下手糞と言った、つまり感想です。
あなたの鼻の高さも自慢も得意もそんなこと知りません。
下手糞を下手糞と言ったまでです。

おつかれさまでした。

夜の雨

朱漣さん、ご感想ありがとうございます。

 >ハートウォーミング・ストーリーとして良質な物語だと思います。
 シナリオ、というかアウトラインとしては、素敵なお話しでした。<

ありがとうございます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 >ただ、読んでいて、何となく違和感というか、ザラザラ感がずっと付きまとってくるんです。
 原因は何なのかなー、いろいろ考えてみたのですが、一番の原因は、お母さんの人物造形にあるような気がします。
 ちょっと軽すぎるというか、とっても愛しているらしい息子を別れた夫の親に預けようとしている、という前提ですよね。
 にしては、動物園に着く前の車中でのやり取り、もしくは回想シーンでもいいですが、そういう結論に至った葛藤がないとちょっとピンと来ない。人物が軽く見えてしまう。
 冒頭のお母さんに違和感があるので、動物園でのエピソードだけで、息子を手放すのをやめて、一緒に暮らす決意をする、という心理変化も、軽いというか説得力にかけるというか。<

>そういう結論に至った葛藤がないとちょっとピンと来ない。人物が軽く見えてしまう。<

 離婚して一年は陽一と一緒に暮らしてきたが、アパート一間の生活からいつまでたっても脱出できないので、陽一を別れた夫の実家に預けて風花は生活を何とかする気だった。
 夫の両親には一度会ったことがある、二人とも温厚で風花は組みやすいと思っていた。
 だから子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである。

と、書いてありますが、夫との離婚理由とか風花と陽一の生活とか、陽一を預けるまでに至った流れとかですかね。
動物園内とのバランスもあるので、説明で書くなら原稿用紙1枚程度で収まると思いますが、エピソードで書くとなると全体の構成を考える必要とかが出てきます。

>>「風花の人物造形」ならびに「心理変化」について。

「風花が、子供の気持ちを考えない悪い母親」 ← 度入部の風花のセリフ(会話)はたしかに「ひどい」のですが、子供の陽一が母の風花をきらっておりません。
風花という女は不器用なのですね、だから相手に不快感を与えるような会話しかできなかった。
しかし子供の陽一は、普段の母親の優しさを知っていたので、母を慕っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。
 >>風花はハンドルを指先でコツコツと叩きながら運転している。指先でリズムをとっているようにも見えるが、考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。<<

子供との別れが近づいてきたので、そのことで考え事をしていてイライラしている、子供にどう接して話をしょうかという展開です。焦りというか、苦渋というか、それで、下記のような投げやりな言葉を幼い陽一に言ってしまった、ということになります。
本来なら、幼い陽一に優しい言葉をかけてやらなければならないのですが、風花という女は不器用なのですね、だから相手に不快感を与えるような会話しかできなかった。
しかし子供の陽一は、普段の母親の優しさを知っていたので、母を慕っているという内容が、下記に続きます。

 風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」
 陽一はセミロングヘアーでベージュに髪を染めた母親を見上げた。
「ママも一緒に暮らすの?」
「何言っているのよ、あたしはあんたのパパとは離婚しているのよ。だから、あんたのおじいちゃんとかおばあちゃんは、あたしには赤の他人で関係ないの。おじいちゃんとかおばあちゃんは、パパとは関係あるから、これからあんたの面倒を見てもらうの、わかった?」
「わかんない……」
「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
「うん……。それでママはどうするの?」
「あたしは、いい男を見つけて玉の輿に乗るわけ。人生一発、逆転よ」
「ふ~ん……」
「何よ、そのおならみたいな返事は、ママ頑張ってね、とか、笑顔で言えないの。本当に、あんたはパパに似ているわね。顔だけはイケメンなんだから。まあ、将来はその顔でオンナを泣かすといいわ」
「ママ、もしかしてぼくを捨てるの?」
「まさか、捨てたりなんかしないよ」
「よかった、ぼくママ大好きだから」
「捨てるのじゃなくて、置いておくの。あんたが出世したらママを幸せにしてね」
 陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
 風花は、五歳になる息子の陽一を車で別れた夫の実家に送り届ける途中だった。
ーーーー

問題の上の風花(母)と陽一(幼い息子)会話等を読めばわかると思いますが、風花が自己中の会話を陽一に投げていても、陽一が母である風花をきらっている様子がありません。
もしええ加減な母なら子供の「会話内容やしぐさ」に母をきらっている様子が伺えるはずです。
>「よかった、ぼくママ大好きだから」
>陽一が風花の膝に手を置くと「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた。
「陽一が風花の膝に手を置くと」だから、母親に対してスキンシップを取っている、なので、母に好意がある。
「目は笑っていた。」となっているので、風花は陽一を嫌ではなくて好意を持っている、ととらえられると思います。
「よかった、ぼくママ大好きだから」と陽一は言っているしね。
ということで、この母と幼い息子の母子関係は壊れていない、信頼関係が深いところである、ということになります。
従いまして、風花の投げやりな会話内容は100%そのままではなくて、言葉に表現されていない裏がある。
それは、幼い息子の陽一が母と別れて父親の両親(陽一からだと祖父母)と暮らすことになれば、寂しいこともあるかもしれないので、少しでも強くなるように「上の車の中での会話は、突き放した内容になった」ということです。

だから、この後、夢里町の動物園の看板を見たときに、風花は母親らしいことをする展開になります。
で、「夢里町の動物園の看板」を見させたのは「夢里町が起こした奇跡」であり「車のカーナビ」が、奇跡に反応して風花を誘導したという展開です。
ということで「伏線」はちゃんと張ってあるということです。


続きます。

夜の雨

朱漣さん、続きました。

 >前半に描かれるはずの葛藤の何某かと、動物園でのエピソードに暗示的なリンクとかがあって、お母さんの心情の変化(これって、結構ドラスティックな変化だと思うんです)を読者に納得させる一助にする、みたいな工夫があっても良かったのかなぁ、と思いました。
 人生を左右するほどの大きな決断を短い枚数で語っているので、エピソードを順々に重ね合わせるだけじゃなくて、そこに有機的な共鳴効果みたいなものが欲しかったです。<

心情の変化は動物園での出来事と風花の過去に関係しています。
下記です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 陽一は動物たち、一頭ずつ熱心に覗いていく。
 あまりにもしっかり見ているので、風花はいままで陽一を動物園に連れてきたことがなかったのを悟った。
 そういえば動物園に来た記憶というものがない。風花もまた、両親に連れられて来たことがなかった。
 風花はふと両親の顔を思い出した。
 若い時の父母の顔、それから一つ一つの記憶の中にいる父母の顔、笑っている顔もあれば悲しんでいる顔やら怒っている顔、いろいろな表情が脳裏を横切った。
 長い間、逢っていない。結婚する時も故郷には帰らなかった、それは反対するからだろうと思ったからだ。
 その心の中にあった不安みたいなものが、現実になり離婚した。
「それ見ろ」と父は言うだろうか「帰っておいで」と、母は言うだろうか……。
 あの故郷の道は舗装されただろうか。学校へ行くとき、田んぼや畑が続くでこぼこの土の道を自転車でガタゴト走った中学時代。サドルの尻が痛くなった記憶がある。高校生になり、駅前の駐輪所に自転車を停めて、二両編成の電車で高校に通った。
 土のにおいやら、雨のにおい、風のにおいまでもが感じられたあの町。
 友達の顔が目に浮かんだ、そういえばバレンタインのときは電車の中で先輩にチョコをあげたっけ、その彼はどうしているだろうか、などイメージが音とにおい、手触りを伴って脳裏を横切る。

 風花は昔を思い出し、時には童心に戻り、動物たちを陽一と一緒に見て回った。
 いままでは生活に追われていて、動物園など来る余裕がなかった。
 それは言い訳かもしれないが、子供を別れた夫の両親に預ける段になり、後悔がぬるぬると出てくる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 それは言い訳かもしれないが、子供を別れた夫の両親に預ける段になり、後悔がぬるぬると出てくる。  ←上のラストで風花の後悔があります。

そのあとは、「オランウータン」の話を挿入してから、ゾウガメへの流れです。
このオランウータンのエピソードも重要な役目をしています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 楡の木が影を伸ばしてきた。
 もう、半日もこの動物園にいる。陽も蔭ってきて、北風が風花の長い髪を乱した。
「よういち――」
 風花は子供に声をかけた。
「いこうか」
 陽一は未練があるようだった。振り返って母親を見たが、再びオランウータンに目をやった。オランウータンは哲学者が宇宙の真理でも考えるような難しそうな表情で、頭を両手で抱え込んでいたが、いきなり、陽一にアッカンベーをして、驚かした。陽一はオランウータンのあまりの変化に頭の中が真っ白になりかけた。いや、真っ白になったほうが幸せだったかもしれない。この動物園から出ると、母親との別れが待っているのだ。、陽一は、母親との別れを前にして、不安で心が、パンクしそうだった。その陽一の手を、風花は冷たい手で握った。
 ふたりで動物園の出口に向かって、ゆっくりと歩く。
 放し飼いにされている孔雀が、自慢げに大きく羽を広げていた。
「ママ、きれいだね、あのとり」
「うん、そうだね、孔雀というんだよ」
 孔雀は羽を二、三度はためかすと、扇のように羽を左右に振りながら、道案内をするかのようにおもむろに歩き始めた。
 陽一が孔雀のいく方向へ視線を向けると、なにやら大きな塊のような物がある。ゾウガメだった。
 子供の視線に気づき、行ってみようかと風花は声をかけた。彼女とて、陽一と少しでも一緒にいたいのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

>>陽一はオランウータンのあまりの変化に頭の中が真っ白になりかけた。いや、真っ白になったほうが幸せだったかもしれない。この動物園から出ると、母親との別れが待っているのだ。、陽一は、母親との別れを前にして、不安で心が、パンクしそうだった。その陽一の手を、風花は冷たい手で握った。<<

陽一の心境は「母親との別れを前にして、不安で心が、パンクしそうだった。」になっています。

それに対して「その陽一の手を、風花は冷たい手で握った。」と、まだ突き放しています。 ← しかし、この冷たい手は、ぬくもるギリギリ一歩手前の手なのです。なにしろ、夢里動物園で半日(時間経過)いて、風花の心は解ける一歩手前だった、ということになります。

この後「孔雀」の登場で、変化します。風花が陽一と一緒にゾウガメを見に行くことになるからです。
つまりココは、「起1承2承3承4 転5転6転7転8結9」の構成でいうところの、「オランウータン」のエピソードが「承4」であり、「孔雀」の登場が「転5」「ゾウガメ」のエピソードが「転6」になるわけです。
半日いて風花の心が溶けかかっているところへ、孔雀からゾウガメへと続き、そこでインパクトがあり、心境の変化となります。

「転7」が動物園の事務所での園長と飼育員の話。
「転8」が「夢里町に宿る不思議な力」の話。
「結9」ラスト、車で風花の故郷へ。

上のような流れで、風花が陽一を手放さななくなった心境の変化に問題はありません。

 >それで、何を言いたいかと言いますと、とっても素敵な骨格が出来上がっているので、もう少し書き込んで50枚~80枚くらいの作品に仕上げたらどうかなーっと。
 作品が持っているちょっと不思議感を持続したままで。
 それが出来たら、凄い名作に仕上がるのではないでしょうか?
 それだけの可能性はある作品だと思います。<

たしかに「50枚~80枚くらいの作品」というか、エピソードを書き込めば、「背景や未来を込めて」しっかりとした作品になる可能性はありますね。

朱漣さん、ありがとうございました。

朱漣

 夜の雨 様

 丁寧な解説、ありがとうございます。
 なるほど、作者様の返信を頂いた後で、御作を読み返してみると、納得できる部分は多々ありました。
 工夫をこらしてらっしゃることもよくわかりました。

 しかしながら、それはやはり解説いただかないとわからない処に、御作の問題はあると思います。
 もちろん、読み手の読解力不足(わたくし、ですね^^;)も一因としてあるかと思いますが、僕の返信の中で解説してらっしゃることをどれだけの読み手が理解できるでしょうか?
 書き手の解説が必要な作品は、その時点で作品としては成立していないのではないでしょうか?
 夜の雨様がどういう読者を対象としていらっしゃるかはわかりませんけれど、もっと読み手に寄り添って欲しい……、と思いました。
 生意気なことを言って、すいません。

夜の雨

\(^o^)/ さん、ご感想ありがとうございます。


 >私はこの話を読んで感動できませんでした。母親の気が変わったのは息子の幸せを心から願った結果的でもなく、先に出した自分の結論が間違っていたと反省したからでもなく、不思議な町の持つ力で操られているだけだからです。
 母親は園長と飼育員の粋な計らいのお陰で『息子とにとっての幸せとは何か?』と考え、改心したとするほうが物語としては感動的です。<

>母親の気が変わったのは息子の幸せを心から願った結果的でもなく、先に出した自分の結論が間違っていたと反省したからでもなく、不思議な町の持つ力で操られているだけだからです。<

なんでもかんでも不思議な町の力でまとめられますね、\(^o^)/さんの発想だと。
一応ゾウガメのエピソードがあって、そこで母親の気持ちが変わったということになります。

「起1承2承3承4 転5転6転7転8結9」の構成でいうところの、「オランウータン」のエピソードが「承4」であり、「孔雀」の登場が「転5」「ゾウガメ」のエピソードが「転6」になるわけです。

「転7」が動物園の事務所での園長と飼育員の話。
「転8」が「夢里町に宿る不思議な力」の話。
「結9」ラスト、車で風花の故郷へ。

半日動物園に陽一といて、風花の心が溶けかかっているところへ、孔雀からゾウガメへと続き、ゾウガメの甲羅に陽一の乗るエピソードで風花の気持ちに変化があるわけです。
● 風花が陽一を手放さななくなった心境の変化に問題はありません。

下記の場面です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ゾウガメのところには、飼育員らしい男も立っていた。
 ふたりが行くと、陽一にゾウガメさんに乗りますか? と声をかけてきた。
 陽一はゾウガメがあまりにも大きいので、ためらいの表情をして母親を見あげた。
「大丈夫だよ、このゾウガメさんはおとなしいから」
 飼育員は笑顔を見せながら、陽一をカメの甲羅に乗せた。
「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」
「そうなんですか」
 風花の硬い表情が、いくぶん柔らかくなった。
「ぼく、どうだぁ、カメさんの背中は温かいだろう」
 日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。
「うん、ポッカポッカだよ」
「このカメさんさ、乗るだけでも幸せになるんだけど、動き出すと大変だよ、まあ、いままでにひとを甲羅に乗せたまま、このカメさん動いたことはないけどね」
「どう、大変なの?」
 子供が訊ねたとき、カメが首を大きく伸ばすと、のそのそと動き出した。
「うわぁ、動いたぁ!」
 男は、大げさと思われるほどに、すっとんきょうな声をあげた。
「うごいたうごいた」
 目を丸くして、口を尖らせながら陽一は、うれしそうな声をあげた。
 カメは今しがた鳴りはじめた園内放送のマイクから流れる軽快なマーチにあわせるように、よちらこちらと、園内を進んでいく。
 陽一のはしゃぐ姿を見て、風花までもが笑みを浮かべた。
「お母さん、あの子はきっと、今日お母さんとこの動物園に来たことを一生忘れませんよ」
「ありがとうございます、わたしたち母子(おやこ)にとって良い思い出が出来ました」
 風花は男に一礼をした。
 彼女は唇をかみ、手に持っていた木綿のハンカチを強く握り締めていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 >作中で飼育員は「亀が動いたら願いが叶う」という作り話を母子にしていません。きちんと書いておく必要があります。そうでないと落ちの文章との整合性が取れなくなるからです。<

\(^o^)/さん、拙作の表面ばかり見ているから、深いところに目が届かない(考えがいかない)のです。
たしかに『飼育員は「亀が動いたら願いが叶う」という作り話を母子にしていません』
しかし「転8」のところで「夢里町に宿る不思議な力」で「そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。」と、書いてあります。
問題はそれが「B」につながるのかということになります。
飼育員が園長と作った話をしなくても、子供の陽一には「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」ということで、「カメが動くと子供が願ったことが叶う」ということが、「伝わっていた」ということになります。
>>無人島に若い男と女が船の遭難で流れ着いて、その島に二年いて、救助されました。
こう書くと、二人が愛し合いましたとか、余計なことを書かなくても「あれから二年がたち、二人が救助されたときには子供もいた。
という内容でも、おかしくないでしょう。
Aという文章とBという文章があると、Cという内容の文章ができるということです。<<
●要するに伏線を張ってあるかどうかです。●
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
A  「転8」が「夢里町に宿る不思議な力」の話。
 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
B>「幸せの国へ向かうのだよね。さっきね、ゾウガメさんにお願いしたんだ。ママとずっと一緒にいられるようにって」<
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 >三人称の作品なのに、「どこかイライラしている自分がいた。」と一人称の書き方になっています。<
●確かにそうなのですが、作者はわかって書いています。やはりまずいよなぁ。

>「あんたもばかね、1+1は2になるでしょ。ということは、あんたはパパが育てなきゃならないということなのよ。これでわかったでしょ」
 この説明ではわかりません。
「うん……。それでママはどうするの?」
 この説明でなぜわかるのか謎です。<
●\(^o^)/さんは、筋が通っているかいないか、ということを書いているのでしょ。
もちろん筋は取っていません。これは風花が陽一に圧力をかけた(無茶を言った)ということです。

続きます。

夜の雨

\(^o^)/さん、続きました。

 >夫の両親には一度会ったことがある、二人とも温厚で風花は組みやすいと思っていた。
 これは「与(くみ)しやすい」の間違いでは?<
●ありがとうございます「与し易い(くみしやすい)」です。

 >料金所はなくて入り口には猫の着ぐるみがグルーミング(身繕い)していて、前を通ると「にゃぁ」とあいさつをした。
 ここはグルーミング(毛繕い)では? 猫ですから。<
●その通りです。

>「運転がしにくいじゃないのさ」という言葉遣いをするような女性なら、「無料なのですか?」ではなくて、「無料なんですか?」と音便化させて言います。<
●私は男ですが、現実に拙作で使いました。
他も同じ。

>「よちらこちらと」とは謎の言葉です。ここで突然、謎の言葉を使う必要を感じません。この謎の言葉が作中で重要な役割を果たしているわけでもありませんし。<
●別に問題があるとは思いませんが、「カメは今しがた鳴りはじめた園内放送のマイクから流れる軽快なマーチにあわせるように、よちらこちらと、園内を進んでいく。」雰囲気はよいと思いますよ。

 >この作品は二段落ちになっていますが、一段めがくどい印象です。もっと簡潔に書くことをおすすめします。<

 この作品は三人称神視点です。書き手は主人公だけではなく登場人物全員の事情も心理も知っています。ですから、
 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。
 では整合性を欠きます。

 心優しい男たちが示し合わせてとっさに作った作り話だったのだが、夢里動物園にいる長寿のゾウガメの甲羅に乗った子供は幸せになり、さらにそのカメが歩くと子供が願いが叶うというのは真実なのだ。彼らはそのことを知らずに一芝居打った。
 実は、亀に乗る前から母子が幸せになるドラマは始まっていたのだ。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡は起き始めていた。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいだったのだ。

 読み比べてみてください。こうすると二つの段落の整合性が取れることがわかると思います。
●拙作のほうが読みやすい。御作は、一文の中に情報を詰め込みすぎているし、長いですね。


\(^o^)/ さんは、文章関係のお仕事でもしているのですかね?
いろいろと詳しいですけれど。


\(^o^)/ さん、ありがとうございました。

夜の雨

朱漣さん、ご丁重にありがとうございます。

 しかしながら、それはやはり解説いただかないとわからない処に、御作の問題はあると思います。
 もちろん、読み手の読解力不足(わたくし、ですね^^;)も一因としてあるかと思いますが、僕の返信の中で解説してらっしゃることをどれだけの読み手が理解できるでしょうか?
 書き手の解説が必要な作品は、その時点で作品としては成立していないのではないでしょうか?
 夜の雨様がどういう読者を対象としていらっしゃるかはわかりませんけれど、もっと読み手に寄り添って欲しい……、と思いました。

ごもっともです。
もっと、わかりやすく書く必要がありますね。

ありがとうございました。

夜の雨

鯛茶漬け美味しさん、ご感想ありがとうございます。

>拝見させていただきました
文章の始まりが「風花は」とか「陽一は」とかが多すごるように感じました
単調な文章と感じてしまうので、もっと色んな主語から始まってもいいと思いました<

小説の勉強をする前は「シナリオ」の勉強をしていました。
どうも、その癖がいつまでたっても抜けないようです。

鯛茶漬け美味しさん、ありがとうございました。

夜の雨

u さん、ご感想ありがとうございます。


感想と最後に一つだけ夜雨さんに質問 ← 了解しました。

>感想諸氏のコメント流し読み
おおかたの意見が母親風花がひどい、くず だったのですが
たぶん邪悪な台詞部分だけしか読めていないように思う
彼女の細かな所作には子を思う気持ちが描かれているように思う?
例えば>「運転がしにくいじゃないのさ」と言ったが、目は笑っていた
例えば>陽一と自分には楽しい思い出はあっただろうか…… 風花は子供の顔を見て、ハンドルを切り横道に入った。「陽一、動物園によって行こうか」風花は幼い息子に声をかけた。

たった2個所です
母親を真正の悪者にしていいのかという作者さんの〈ためらい〉がみえる  あるいはハピエンドは作者さん自身にはわかっているので・・・・・

>>そこであたしの提案
前半部をもっともっと邪悪に描いてほしい(台詞だけじゃなく)<<

カーナビの案内で「陽一、動物園によって行こうか」風花は幼い息子に自分から提案するわけよね
優しい母ジャン だめです(笑

陽一に動物園をねだらせましょう
風花ママ「チッしょうがないわねえ。今日であんたとも最後だからマッいいか。でも入園料は後であんたの爺ちゃんに請求するからね」くらいに邪悪にww
ビフォアーとアフターの差が大きいほどカタルシスも大きくなる
ただ他の感想でもあがっていますが風花ママが改心するエピこれでは弱いかも
そこは腕のある夜雨さんなら何とかなるのでは

なるほど、風花ママは、これぐらい強烈にしないとだめですね。
というか、映画やドラマなどでしたら、ありますよね、これぐらいは。
「改心するエピ」は、しっかりと書かなければですね。

>次にゾウガメとクジャクの種明かしについて
園長と飼育係が画策するわけですが
ここ人間が登場しない方が(介在しない方が)いいのではないか?
あたしだったらこの部分亀と孔雀に喋らせますね 
だって動物園に誘ったのカーナビだし 最新IT機器と動物 対比が出ます  
(不思議系ヒューマンドラマ)と銘打っているんだし<

確かに、ゾウガメと孔雀にしゃべらすのもありですね。
まあ、そうなると、夢里町の不思議な力はだいぶわかりやすくなる。


>あたし以前のハンネの時から夜雨さまにはありがたい感想アドバイスいただいていますので、今回チョット長めの感想でした<

ありがとうございます、後程御作にも感想を書きに行きますが、作品が長そうなので、時間はかかるかもしれません。

>あと質問です
今回は旧作とのこと
これの前にあげたオカルト系ミステリイーも旧作ですか?
というのも、それより以前に読ませていただいた御作、文章的にも構成的にも洗練されていたという感があったんです
ほんで前作と本作なんか文章劣化・構成単純と思ったんですスミマセン<

「これの前にあげたオカルト系ミステリイーも旧作ですか?」 ← はい、旧作です。

「前作と本作なんか文章劣化・構成単純と思ったんです」 ←それは、スケールの大きさと時間のかけ方が違うからです。
今回の作品は「三語即興文」プラスαの作品です。
複雑で練りこんである作品は、時間をかけて創った後で寝かしていますね。


u さん、ありがとうございました。

\(^o^)/

>半日動物園に陽一といて、風花の心が溶けかかっているところへ、孔雀からゾウガメへと続き、ゾウガメの甲羅に陽一の乗るエピソードで風花の気持ちに変化があるわけです。

 母親は冒頭、子供を元夫の両親に預けるつもりでした。
 途中、母子が動物園に行ったのは町の持つ不思議な力のせいです。孔雀があそこにいたのも町の持つ不思議な力のせいです。ゾウガメに乗った子供が幸せになれるのも町の持つ不思議な力のせいです。そのゾウガメが歩いたら子供の願いが叶うのも町の持つ不思議な力のせいです。ついでに園長と飼育員が作り話をしたのも町の持つ不思議な力のせいです。
 その結果、母親は心変わりをして子供を元夫の両親に預けることをやめました。だから母親が心変わりしたのは町の持つ不思議な力のせいです。これでは感動できません。

 本当は優しい母親なんですよね? だったら不思議な町の持つ力なんかいりません。走行中に「○○動物園まであと何キロ」という看板を登場させれば良いのです。優しい母親なら、『最後の楽しい思い出作りに動物園に連れて行ってあげよう』と思いますよ。
 園長と飼育員が作り話をしたのも町の持つ不思議な力のせいだそうですが、それでは感動できないので二人の自発的意志として生かすことができます。そうすれば貧困で心身ともに疲れ切っていたシングルマザーが、心優しい人たちの親切と機転によってより良い解決策をみつけて母子ともに幸せになるという感動的な作品になります。

 子供向けの作品ではなく大人向けの作品ですよね? 離婚や貧困という深刻な問題が、「不思議な町の持つ不思議な力でアラ不思議、すっかり解決〜」というご都合主義的展開では大人の鑑賞には耐えません。
 現実社会はシビアです。貧困問題を抱え心身ともに疲労困憊しているシングルマザーに対し「子供への愛情を見失わないように」、シングルマザーの周囲の人たちへは「シングルマザーにはあなたたちの親切と手助けが必要」という大切なメッセージを込めるほうが感動的で実際的です。

>飼育員が園長と作った話をしなくても、子供の陽一には「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」ということで、「カメが動くと子供が願ったことが叶う」ということが、「伝わっていた」ということになります。

 いいえ、なりません。この子供はエスパーですか? 違いますね、普通の子供です。「自分の願いがかなったのは亀が動いたからだ」と結論付ける理由など皆無です。もしそんな非論理的な結論を出す子供がいたとしたら、かなり知能に問題アリです。
 オチの「カメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。」を生かすには、先に飼育員が作り話を母子にしておく必要があるのです。飼育員がその作り話をしていないからこのオチはオチとして効果的ではないのです。なぜこの事がわからないのかが不思議でなりません。ご自分の失敗(大事な部分を書かなかった事)を認めるのがイヤでゴネてるようにしか見えません。

母親「無料なのですか?」
飼育員「百年以上生きているのですよ。(中略)幸せになるのです」
子供「幸せの国へ向かうのだよね。(後略)」
 これらのセリフは「無料なんですか?」「百年以上生きているんですよ。(中略)幸せになるんです」「向かうんだよね」と音便化させるのが自然です。これに対し、

>私は男ですが、現実に拙作で使いました。他も同じ。

 反論が反論としてまったく成立してませんよ。こんな不自然な言い回しはするよりはしないほうが良いのです。こんな言い回しはリアリティがないので読者がシラケます。『いったいいつの時代に書かれた話なんだろう? 作者はご高齢?』と。
 私は『作者はリアルで他者と話す機会がほとんどないのかな』と思いました。茶髪のシングルマザーやその子供が日常生活で、動物園の飼育員が接客中にどんな口調で話すのかを聞く機会がないのだろうな、と。だからリアリティのない言い回しでセリフを書いてしまったんだろうな、と。
 読者に余計な事(作者の年齢や日常生活)を考えさせてはいけません。気が散りますから。作者なら読者には作品に集中してほしいのでは?

>拙作のほうが読みやすい。御作は、一文の中に情報を詰め込みすぎているし、長いですね。
 あなたの書き方では【整合性を欠いている】のです。整合性を欠いたままでは完成度の低い作品で終わりです(しかもご都合主義)。だから整合性が取れるように手直ししてみました。その文章が長すぎると思うのなら、分解すれば良いだけのことです。

 くだらない意地を張るのはやめましょう。見苦しいだけです。上達したいなら自分の間違いや失敗を素直に認めて訂正しましょう。それが上達への第一歩です。

小次郎

情景が、ぱっぱっと読んでいると浮かび上がってきます。さすがだなと思いました。
ただ、誤読してしまい、幸せの国というのは天国かなと思ってしまいました。読解力なくてすみません。

九丸(ひさまる)

拝読しました。

最初から母親の葛藤がみえかくれしているように感じました。
そんな読み方をすると、動物園はきっかけでしかなく(町に入ることも含め)、でも、幸せには必要なきっかけであり、そんな必然的な不思議が上手く折り重ねられているんだなあと。
良いお話ですね。

気になった点を。
 『だから子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである。』
前段での流れでわかるのでいらないかなあと。

『 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。』
これより下全部、個人的に書き過ぎているように感じました。完全に僕の好みですが。もうちょい不思議の余韻と幸せな結末についての濁した余韻が欲しいというか。上手くいえないのですが。

失礼しました。

夜の雨

\(^o^)/ さん、再訪お疲れ様です。


>半日動物園に陽一といて、風花の心が溶けかかっているところへ、孔雀からゾウガメへと続き、ゾウガメの甲羅に陽一の乗るエピソードで風花の気持ちに変化があるわけです。

 母親は冒頭、子供を元夫の両親に預けるつもりでした。
 途中、母子が動物園に行ったのは町の持つ不思議な力のせいです。孔雀があそこにいたのも町の持つ不思議な力のせいです。ゾウガメに乗った子供が幸せになれるのも町の持つ不思議な力のせいです。そのゾウガメが歩いたら子供の願いが叶うのも町の持つ不思議な力のせいです。ついでに園長と飼育員が作り話をしたのも町の持つ不思議な力のせいです。
 その結果、母親は心変わりをして子供を元夫の両親に預けることをやめました。だから母親が心変わりしたのは町の持つ不思議な力のせいです。これでは感動できません。

そりゃあ、エピソード抜きで上のような文章を羅列しただけでは「これでは感動できません。」ということになるでしょう。
拙作には、エピソードが書いてあるでしょう。そのエピソードの積み重ねにより、ドラマは展開します。
あなたはそのエピソード抜きで話をして「これでは感動できません。」と言っているのです。
話をすり替えています。

だからお互いのやり取りが進展しない。


 本当は優しい母親なんですよね? だったら不思議な町の持つ力なんかいりません。走行中に「○○動物園まであと何キロ」という看板を登場させれば良いのです。優しい母親なら、『最後の楽しい思い出作りに動物園に連れて行ってあげよう』と思いますよ。

下記Aが走行中のエピソードです。
「不思議な町の持つ力」が作用しているといっても、それはカーナビが案内しているにすぎません。
母子に突然「宝くじが当たりました」と、一億円をプレゼントしたわけではありません。
不思議な町の持つ力といっても、風花に動物園に行く、きっかけを与えただけです。
そのエピソードがAです。
ーーーーーー
A

車が峠を下り始めると「あと500メートルで夢里町です」と、カーナビの音声が聞こえた。
「夢里町は、心に傷ついた者がやってきても、癒されるような町で、とりわけ町の入り口にある夢里動物園は憩いの場でお勧めですよ」カーナビの音声が若干弾んでいる。
「何?……」風花は今までのカーナビでは経験したことがない違和感を感じたが、別段いやな感じはしなかったので、アプリが更新されたのかと思った。
 レンタカーはたまに乗ることはあるが、大したものだと感心した。
 車は深い霧の流れを、ライトを点けながら峠をゆっくりと下っていった。
 霧の中から突然「Zoo」という文字の看板が風花の目に入った。
 風花は車の速度をさらに落とすと、看板をじっと見た。
「Zoo」の横に、夢里動物園と書いてある。
 標識もあり「夢里町」とある。
「お子様との思い出にいかがですか」とカーナビの音声が聞こえたとき、風花は助手席にいる陽一に視線を向けた。
 陽一はぼんやりと霧の向こうを見ていた。
 そういえば、陽一と自分には楽しい思い出はあっただろうか……。
 風花は子供の顔を見て、ハンドルを切り横道に入った。
「陽一、動物園によって行こうか」風花は幼い息子に声をかけた。
ーーーーー

 園長と飼育員が作り話をしたのも町の持つ不思議な力のせいだそうですが、それでは感動できないので二人の自発的意志として生かすことができます。そうすれば貧困で心身ともに疲れ切っていたシングルマザーが、心優しい人たちの親切と機転によってより良い解決策をみつけて母子ともに幸せになるという感動的な作品になります。

誤読していますよ。
拙作をよく読んでください。
C>>園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。<<
Cのことを言っているのだろうと思いますが、Cの前に伏線のエピソード「B」があります。
要するに、「夢里町に宿る不思議な力」といっても、登場人物の行動に関わらせています。
だから、「心優しい人たちの親切と機転によってより良い解決策をみつけて母子ともに幸せになるという感動的な作品になっている」と作者は、思っています。
Bのエピソード抜きでドラマは進展していません。
ーーーーー
B

 風花と陽一が夢里動物園を去ったのは、それからしばらく経ってからである。
 男が仕事を終えて事務所に戻ってくると、園長がご苦労さんといった。
「園長、大丈夫ですかね、あのお母さんは」
「少しは元気になったようだね、しかし園内カメラで見ていて驚いたよ、見るからに疲れた表情をしていたからね、あのお母さんは」
「はい、わたしも園長から連絡を受けて心配をしていましたが、少しは元気になられたようなので、安心しました。しかし、打ち合わせ通りうまくいきましたね」
「そうだね」
 園長と飼育員は笑った。
 若い母親がひとりで、子供を連れて動物園に来ることはよくある。しかし、今日のお客は、ほかの人とは様子が違っていた。ぼんやりとしていて、疲れているのがありありとわかった。それで、園長と飼育員が、ゾウガメの散歩の時間に合わせて、ひと芝居打ったという訳だ。この夢里動物園の動物たちは、決められた音楽がマイクから流れると、自分たちの飼育小屋に戻るように仕込まれていた。園内カメラを見ながら、園長と、飼育員が即興で『幸せの話』を作ったのだ。
「園長、帰りに居酒屋で一杯やりますか」
「そうだね、おいしい酒が飲めそうだよ。だけど孔雀があの母子をゾウガメの方に連れてこなければ私たちの幸せの話もうまくいかないところだったね」
「そうなんですよ、ゾウガメの準備をしている間に、母子連れが動物園から出てしまわないかと心配しましたが、よかったです。園長が孔雀をあの場所に放してくれたからうまくいきました。それにしてもタイミング良くゾウガメの方に来たし、いつの間に孔雀をあのように仕込んだのですか?」
「私は知らないよ、君が孔雀を仕込んだのじゃないのか? だって、ゾウガメと孔雀は君が担当じゃないか」
 二人は顔を見合わせてしばし考え込んだが、どうして孔雀があそこにいたのかはわからなかった。
ーーーーー

続く。

夜の雨

\(^o^)/ さん、続きました。

C
 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。

 子供向けの作品ではなく大人向けの作品ですよね? 離婚や貧困という深刻な問題が、「不思議な町の持つ不思議な力でアラ不思議、すっかり解決〜」というご都合主義的展開では大人の鑑賞には耐えません。
 現実社会はシビアです。貧困問題を抱え心身ともに疲労困憊しているシングルマザーに対し「子供への愛情を見失わないように」、シングルマザーの周囲の人たちへは「シングルマザーにはあなたたちの親切と手助けが必要」という大切なメッセージを込めるほうが感動的で実際的です。

リアルで物語を書くと、拙作は「Zoo(奇跡の動物園)」ではなくて、まったく別物になります。


>飼育員が園長と作った話をしなくても、子供の陽一には「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」ということで、「カメが動くと子供が願ったことが叶う」ということが、「伝わっていた」ということになります。

 いいえ、なりません。この子供はエスパーですか? 違いますね、普通の子供です。「自分の願いがかなったのは亀が動いたからだ」と結論付ける理由など皆無です。もしそんな非論理的な結論を出す子供がいたとしたら、かなり知能に問題アリです。

だから、あなたは誤読しているのです。
子供はエスパーではありません、普通の子供です。
「Zoo(奇跡の動物園)」ということで「夢里町に宿る不思議な力」が子供(陽一)へ伝えた。
といいましてもね、「夢里町に宿る不思議な力」は子供(陽一)に、きっかけを与えたにすぎません。
陽一がゾウガメの甲羅に乗るところのエピソードDには
「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」
とあります。
「このカメさんさ、乗るだけでも幸せになるんだけど、動き出すと大変だよ、まあ、いままでにひとを甲羅に乗せたまま、このカメさん動いたことはないけどね」
「どう、大変なの?」
 子供が訊ねたとき、カメが首を大きく伸ばすと、のそのそと動き出した。
「うわぁ、動いたぁ!」
 男は、大げさと思われるほどに、すっとんきょうな声をあげた。
「うごいたうごいた」
 目を丸くして、口を尖らせながら陽一は、うれしそうな声をあげた。
と、書いてあります。
これらの内容から、陽一のEの発言につながった。
E>>「幸せの国へ向かうのだよね。さっきね、ゾウガメさんにお願いしたんだ。ママとずっと一緒にいられるようにって」<<


要するに、飼育員が陽一に直接言わなくても、その状況から陽一は察した。
それで「ゾウガメさんにお願いしたんだ。ママとずっと一緒にいられるようにって」というようになるわけです。
「その状況から陽一は察した。」 ← 「夢里町に宿る不思議な力」が、きっかけを与えた、ということです。
ーーーーーーー
D
 ゾウガメのところには、飼育員らしい男も立っていた。
 ふたりが行くと、陽一にゾウガメさんに乗りますか? と声をかけてきた。
 陽一はゾウガメがあまりにも大きいので、ためらいの表情をして母親を見あげた。
「大丈夫だよ、このゾウガメさんはおとなしいから」
 飼育員は笑顔を見せながら、陽一をカメの甲羅に乗せた。
「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」
「そうなんですか」
 風花の硬い表情が、いくぶん柔らかくなった。
「ぼく、どうだぁ、カメさんの背中は温かいだろう」
 日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。
「うん、ポッカポッカだよ」
「このカメさんさ、乗るだけでも幸せになるんだけど、動き出すと大変だよ、まあ、いままでにひとを甲羅に乗せたまま、このカメさん動いたことはないけどね」
「どう、大変なの?」
 子供が訊ねたとき、カメが首を大きく伸ばすと、のそのそと動き出した。
「うわぁ、動いたぁ!」
 男は、大げさと思われるほどに、すっとんきょうな声をあげた。
「うごいたうごいた」
 目を丸くして、口を尖らせながら陽一は、うれしそうな声をあげた。
 カメは今しがた鳴りはじめた園内放送のマイクから流れる軽快なマーチにあわせるように、よちらこちらと、園内を進んでいく。
 陽一のはしゃぐ姿を見て、風花までもが笑みを浮かべた。
「お母さん、あの子はきっと、今日お母さんとこの動物園に来たことを一生忘れませんよ」
「ありがとうございます、わたしたち母子(おやこ)にとって良い思い出が出来ました」
 風花は男に一礼をした。
 彼女は唇をかみ、手に持っていた木綿のハンカチを強く握り締めていた。
ーーーーーー

 >>オチの「カメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。」を生かすには、先に飼育員が作り話を母子にしておく必要があるのです。飼育員がその作り話をしていないからこのオチはオチとして効果的ではないのです。なぜこの事がわからないのかが不思議でなりません。ご自分の失敗(大事な部分を書かなかった事)を認めるのがイヤでゴネてるようにしか見えません。<<


と、ここまで書いて、自分のミスに気がつきました。
たしかに\(^o^)/ さんが、今回書いているように、「カメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。」を生かすには、先に飼育員が作り話を母子にしておく必要がありますね。

これは失礼しました。

続く。

夜の雨

\(^o^)/ さん、続きました。ラストです。

 前回の感想 → >>作中で飼育員は「亀が動いたら願いが叶う」という作り話を母子にしていません。きちんと書いておく必要があります。そうでないと落ちの文章との整合性が取れなくなるからです。<<
これだと、上に私が説明した理屈で筋が通ります。
今回の\(^o^)/ さんの説明は前回とは違います、今回の説明でわかりました。
前回とどこが違うのかというと、今回は、拙作にある文章通りの
「カメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。」
が書かれていたからです。

ちなみに、どうして私が、こんなミスをしたのかも分かっています。
「Zoo(奇跡の動物園)」は昔書いた『奇跡の町の動物園(9枚)』の改稿作でして、クリスマスに間に合わすために5日ほどで書き、作品を寝かさずに投稿したのであちらこちらに、細かいミスをしたということです。
こちらのミスもそのうちの一つです。
\(^o^)/ さんが指摘してくれなかったら、気がつきませんでした。
ありがとうございます。
ーーーーー

母親「無料なのですか?」
飼育員「百年以上生きているのですよ。(中略)幸せになるのです」
子供「幸せの国へ向かうのだよね。(後略)」
 これらのセリフは「無料なんですか?」「百年以上生きているんですよ。(中略)幸せになるんです」「向かうんだよね」と音便化させるのが自然です。これに対し、

>私は男ですが、現実に拙作で使いました。他も同じ。

 反論が反論としてまったく成立してませんよ。こんな不自然な言い回しはするよりはしないほうが良いのです。こんな言い回しはリアリティがないので読者がシラケます。『いったいいつの時代に書かれた話なんだろう? 作者はご高齢?』と。
 私は『作者はリアルで他者と話す機会がほとんどないのかな』と思いました。茶髪のシングルマザーやその子供が日常生活で、動物園の飼育員が接客中にどんな口調で話すのかを聞く機会がないのだろうな、と。だからリアリティのない言い回しでセリフを書いてしまったんだろうな、と。
 読者に余計な事(作者の年齢や日常生活)を考えさせてはいけません。気が散りますから。作者なら読者には作品に集中してほしいのでは?

ーーーーーー
E
「運転がしにくいじゃないのさ」という言葉遣いをするような女性なら、「無料なのですか?」ではなくて、「無料なんですか?」と音便化させて言います。

「お母さん、このカメはね、百年以上生きているのですよ。カメが百年以上生きると神が宿り、その甲羅に子供が乗ると、幸せになるのです」
 動物園の飼育員なら僧職者や教職者のような堅苦しい言い方は避けて、「生きているんですよ」、「幸せになるんです」と音便化させて言います。
ーーーーーー
Eですが、\(^o^)/ さんは決めつけていますが、これって、必ずそうなるというものでもありません。
だから「私は男ですが、現実に拙作で使いました。他も同じ。」と、まとめさせていただきました。


>拙作のほうが読みやすい。御作は、一文の中に情報を詰め込みすぎているし、長いですね。
 あなたの書き方では【整合性を欠いている】のです。整合性を欠いたままでは完成度の低い作品で終わりです(しかもご都合主義)。だから整合性が取れるように手直ししてみました。その文章が長すぎると思うのなら、分解すれば良いだけのことです。

 この作品は三人称神視点です。書き手は主人公だけではなく登場人物全員の事情も心理も知っています。ですから、 
 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。
 では整合性を欠きます。


 心優しい男たちが示し合わせてとっさに作った作り話だったのだが、夢里動物園にいる長寿のゾウガメの甲羅に乗った子供は幸せになり、さらにそのカメが歩くと子供が願いが叶うというのは真実なのだ。彼らはそのことを知らずに一芝居打った。
 実は、亀に乗る前から母子が幸せになるドラマは始まっていたのだ。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡は起き始めていた。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいだったのだ。

 読み比べてみてください。こうすると二つの段落の整合性が取れることがわかると思います。

*「整合性」は、 「矛盾がなく一貫性のあること・ズレがないこと」という意味です。

で、私の文章ですが、どこが「整合性を欠いている」のか、わかりませんが。
矛盾しているとは、思いません。
ーーーーーー

 くだらない意地を張るのはやめましょう。見苦しいだけです。上達したいなら自分の間違いや失敗を素直に認めて訂正しましょう。それが上達への第一歩です。

間違いと気づいたところは、前の返信でも書いていますが、素直に認めてします。
別に意地を張っているわけではありません。
今回も、返信を書いている最中で気づかせてもらったこともあり、その時点で、素直に納得しています。
まあ、\(^o^)/ さんの書いていることで、私が理解できていないところまでは、認めるわけにはいきませんが。


\(^o^)/ さん、お疲れさまでした。

夜の雨

小次郎さん、ご感想ありがとうございます。

情景が、ぱっぱっと読んでいると浮かび上がってきます。さすがだなと思いました。
ただ、誤読してしまい、幸せの国というのは天国かなと思ってしまいました。読解力なくてすみません。

小説を勉強する前はシナリオの勉強をしていました。
それで情景が浮かぶような文章になっていると思います。

幸せの国というのは天国かなと思ってしまいました。 ← 小次郎さんからご指摘を受けて、なるほどと思いました。天国はある意味、幸せの国かもしれません。
魔女や、大魔王、ゴブリンはいませんが。

小次郎さん、ありがとうございました。

夜の雨

九丸(ひさまる) さん、ご感想ありがとうございます。

>最初から母親の葛藤がみえかくれしているように感じました。
そんな読み方をすると、動物園はきっかけでしかなく(町に入ることも含め)、でも、幸せには必要なきっかけであり、そんな必然的な不思議が上手く折り重ねられているんだなあと。
良いお話ですね。<

動物園は確かにきっかけですね。
そこからだんだんと母と子が幸せになるエピソードが広がっていくのですが。

気になった点を。
 『だから子供を預けて、自分は新たなる人生を歩む考えなのである。』
前段での流れでわかるのでいらないかなあと。

>陽一を別れた夫の実家に預けて風花は生活を何とかする気だった。<
これとダブっていますね。ご指摘ありがとうございます。

>『いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。』
これより下全部、個人的に書き過ぎているように感じました。完全に僕の好みですが。もうちょい不思議の余韻と幸せな結末についての濁した余韻が欲しいというか。上手くいえないのですが。<

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 夢里動物園にいる、長寿のゾウガメの甲羅に子供が乗ると幸せになるという。そのカメが動くと子供が願ったことが叶うということは、たぶんあの飼育員も園長も知らなかったのだろう。
 いいや、それ以前に母子が幸せになるドラマは始まっていた。夢里町という町に二人が近づいたときから奇跡が起き始めていたのだ。園長達が幸せの話を作ろうと思ったのも、孔雀が母子をゾウガメに気づかせたのも、この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。

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ここの説明自体なくして、エピソードの中にうまく溶け込むように書き、謎めいた余韻を残したほうが良いですね。
どうも、余計な説明を書いてしまいました。

九丸(ひさまる) さん、ありがとうございました。

見習いさんH

読ませていただきました。
他の方のコメント欄はあまり拝読できていないですが、読ませていただいたので感想を……。

えっと、聞きにくいのですが……実話がベースのお話ですか……?
陽一さんはお母さんの方がお好きなのかなぁ。
幸せになれるといいですね……。

読ませていただいて嬉しかったです。
ありがとうございました。

\(^o^)/

 びっくりするほど読解力がないんてすね。私は誤読などしていませんよ? 私はこの子供はエスパーてはないと主張しているのです。ところがあなたにはそれがわからない。私がこの子供はエスパーだと誤読していると思い込んでいる。
 あなたの読解力と理解力が低いために一度では理解できないようなので、辛抱強く接してきましたが、もう呆れ果てました。
 これだけわかりやすく説明しているのに、作品の整合性が取れていないことにも気付けない、矛盾にも気付かない。そんな人にまともな物語は書けません。日本語も不自由ですし。
 あなたには何を言っても無駄なので今後はあなたの作品には感想を書きません。時間の無駄ですから。もう疲れました。

 長々とコピーを貼り付ける悪癖は直しましょう。きっと大勢の人が迷惑してますよ? 必要な部分だけ切り貼りすれば良いのです。
 もしビジネスメールでそれをやるなら迷惑ですし、「この人、仕事ができないんだな」と思われます。以後、気をつけてください。

どう足掻いても凡人

ほんのり温かいお話ですね。個人的にはペギラネタが良かった、うん。
まあそれはいいとして、総評すると、この作品は1人称と3人称がごちゃ混ぜになっていて分かりにくいです。
では、以下に指摘を載せます。三角マークは直すかどうかは作者次第の部分です

・峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。
…眼科は、というワードがおかしい
・考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。
…誰がイライラしているのか分からない
△風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
…洋一の名前を出してから説明が欲しい。それと、洋一が子供だという説明も欲しい。
・孔雀を描いた大きなアーチを越えて中に入ると、日差しが風花の顔を照らしたので「気持ちいい」と、伸びをすれば、隣でも陽一が伸びをする。
…文章を二つに分けた方が読みやすい
△無料なのですか
…いきなり言葉遣いが変わったので驚いた。敬語に変わるのはよくあることだが、今回は性格までもが変わったように感じた
△あまりにもしっかり見ているので、風花はいままで陽一を動物園に連れてきたことがなかったのを悟った。
…文章構成に小さな違和感がある
・そういえば動物園に来た記憶というものがない。風花もまた、両親に連れられて来たことがなかった。
…最初の一文が風花の思考だということを、最初の一文内で分かるようにしてほしい。もしそれが嫌なら次の文章を改善するべき
△サドルの尻
…このワードは改善した方が良いと思う
・日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。
…風花の視点では分からないはず

夜の雨

見習いさんHさん、ご感想ありがとうございます。

>えっと、聞きにくいのですが……実話がベースのお話ですか……?
いいえ、架空の話です。こんな幸せのきっかけを作ってくれるな「不思議な動物園」があると、いいなぁと思って書きました。

>陽一さんはお母さんの方がお好きなのかなぁ。
幸せになれるといいですね……。
内容の通りです、陽一は母の風花が大好きです。

>読ませていただいて嬉しかったです。
ありがとうございました。<
クリスマスということで、見習いさんHさんにも何か良いことがあるといいですね。

見習いさんHさんの「セクシー編? 二話」には、後で感想を書きますが、他の方にも感想を書くので、年内ということになると思います。

それでは、よろしくお願いします。

夜の雨

\(^o^)/ さん、


 >びっくりするほど読解力がないんてすね。私は誤読などしていませんよ? 私はこの子供はエスパーてはないと主張しているのです。ところがあなたにはそれがわからない。私がこの子供はエスパーだと誤読していると思い込んでいる。<

\(^o^)/ さん、自分に都合よく論点をずらしていいますよ。
問題のやり取りは下記でしょう。よく、読んでね。

夜の雨
>飼育員が園長と作った話をしなくても、子供の陽一には「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」ということで、「カメが動くと子供が願ったことが叶う」ということが、「伝わっていた」ということになります。

\(^o^)/ さん
 いいえ、なりません。この子供はエスパーですか? 違いますね、普通の子供です。「自分の願いがかなったのは亀が動いたからだ」と結論付ける理由など皆無です。もしそんな非論理的な結論を出す子供がいたとしたら、かなり知能に問題アリです。

夜の雨
だから、あなたは誤読しているのです。
子供はエスパーではありません、普通の子供です。
「Zoo(奇跡の動物園)」ということで「夢里町に宿る不思議な力」が子供(陽一)へ伝えた。
といいましてもね、「夢里町に宿る不思議な力」は子供(陽一)に、きっかけを与えたにすぎません。
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「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」だから「カメが動くと子供が願ったことが叶う」というのが、「Zoo(奇跡の動物園)」という物語です。
それをあなたが誤読して
>普通の子供です。「自分の願いがかなったのは亀が動いたからだ」と結論付ける理由など皆無です。もしそんな非論理的な結論を出す子供がいたとしたら、かなり知能に問題アリです。<
という。

A●「自分の願いがかなったのは亀が動いたからだ」=「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」ということです。
もちろん、この不思議な力は母子に「幸せになる」きっかけを与えたにすぎません。

私が、「あなたは誤読しているのです。」と、書いたのは、「この夢里町に宿る不思議な力のせいであった。」と私が書いているのに、それを抜きにしてあなたは『いいえ、なりません。この子供はエスパーですか? 違いますね、普通の子供です。』と、的外れなことを書いた。
だから『子供はエスパーではありません、普通の子供です。』と、そこの部分はあなたと私は同じ意見だと、言う意味で書きました。

Aの部分をあなたは抜きにして拙作を読んでいるから、誤読するのです。

話の流れを読むと理解できるはずです。これで、わかってくれましたか?


 >>あなたの読解力と理解力が低いために一度では理解できないようなので、辛抱強く接してきましたが、もう呆れ果てました。
 これだけわかりやすく説明しているのに、作品の整合性が取れていないことにも気付けない、矛盾にも気付かない。そんな人にまともな物語は書けません。日本語も不自由ですし。<<

えっ? 大丈夫ですか、上のようなことを書いて。問題は私にあるのではないと思いますが。

 >>あなたには何を言っても無駄なので今後はあなたの作品には感想を書きません。時間の無駄ですから。もう疲れました。<<

今後、私の作品には感想を書かないということを確認させていただきました。
私もありがたいです、おたがいに時間を大切にしましょう。

 >>長々とコピーを貼り付ける悪癖は直しましょう。きっと大勢の人が迷惑してますよ? 必要な部分だけ切り貼りすれば良いのです。
 もしビジネスメールでそれをやるなら迷惑ですし、「この人、仕事ができないんだな」と思われます。以後、気をつけてください。<<

「ビジネスメール」なら、顔文字の名前はやめましょう。
「ビジネスメール」に、「あなたの読解力と理解力が低いために一度では理解できないようなので、辛抱強く接してきましたが、もう呆れ果てました。
 これだけわかりやすく説明しているのに、作品の整合性が取れていないことにも気付けない、矛盾にも気付かない。そんな人にまともな物語は書けません。日本語も不自由ですし」
こんなことを書いたらコンプライアンスに引っかかるでしょう。
ネットでも、相手のことを考えて書いたほうが良いですよ。

お疲れさまでした。

夜の雨

どう足掻いても凡人さん、ご感想ありがとうございます。


>ほんのり温かいお話ですね。個人的にはペギラネタが良かった、うん。
まあそれはいいとして、総評すると、この作品は1人称と3人称がごちゃ混ぜになっていて分かりにくいです。<

温かい話を目指して書きました。
ペギラネタは思い付きで書きました、ペンギンが尻餅をついたエピソードにプラスαーしました。
「1人称と3人称がごちゃ混ぜ」 ← 勢いで、書いてしまいました、本人も書いたときに自覚がありました。

>では、以下に指摘を載せます。三角マークは直すかどうかは作者次第の部分です<

・峠を越えると眼下は霧が漂っており、薄ぼんやりとした流れの中に、ときおり森の木々が見えた。
…眼科は、というワードがおかしい

「眼下」というと、高いところから見下ろすというような意味だと思うのですが、これって飛行機とか山などから見下ろすというようなことに使えますよね。
「goo国語辞書」で調べましたけれど、例題と拙作の場面を比較しましたが、特に問題であるというようにはとらえられませんが。

goo国語辞書より。
見下ろした辺り一帯。「眼下に広がる田園風景」 「丘の上から湿原が眼下に一望できる」


・考え事をしているときの癖で、どこかイライラしている自分がいた。
…誰がイライラしているのか分からない

これは書いた本人が自覚しています。
また、他の方にも指摘されています、ご指摘ありがとうございます。

△風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
…洋一の名前を出してから説明が欲しい。それと、洋一が子供だという説明も欲しい。

>風花は横目で濃い茶髪にツーブロックのヘアースタイルの陽一を見た。
「なぁ、あんた。向こうに着いたらおじいちゃんおばあちゃんとうまくやるんだよ。何しろあんたのパパを産んだ張本人たちだからね。責任を取ってもらわないと」<
という流れなので、陽一が子供だということは、すぐにわかると思いますが。
陽一という名前の前に「濃い茶髪」と書いたのは、印象付けるためです。
どうして個性のある髪の情報を書いたかというと、風花と陽一の背景が頭の中にあり、それを書くつもりでいたからです。
結果的には背景まで書くと長くなるので、今回の長さにしました。

・孔雀を描いた大きなアーチを越えて中に入ると、日差しが風花の顔を照らしたので「気持ちいい」と、伸びをすれば、隣でも陽一が伸びをする。
…文章を二つに分けた方が読みやすい

母の風花と子供の陽一を一体化するために、一文で二人を入れました。
二つに分けると、母と子供が離れてしまいます。
拙作は母子のきずなが重要なのです。

△無料なのですか
…いきなり言葉遣いが変わったので驚いた。敬語に変わるのはよくあることだが、今回は性格までもが変わったように感じた

導入部と言葉遣いが変わったということでしょうか。
他人に話すので、敬語になりました。
「無料なのかにゃあ」と、書けば受けましたかね。陽一には受けるかもしれませんね。

△あまりにもしっかり見ているので、風花はいままで陽一を動物園に連れてきたことがなかったのを悟った。
…文章構成に小さな違和感がある

「悟った。」をほかの言葉に変えたほうが良いですかね。
この一文自体もっと練ったほうが良かったかな。

・そういえば動物園に来た記憶というものがない。風花もまた、両親に連れられて来たことがなかった。
…最初の一文が風花の思考だということを、最初の一文内で分かるようにしてほしい。もしそれが嫌なら次の文章を改善するべき

その通りですね。
最初の一文が誰を指しているのか、はっきりとわかるように書くべきですね。 
>そういえば風花は動物園に来た記憶というものがない。彼女もまた、両親に連れられて来たことがなかった。<
というような、感じですかね。

△サドルの尻
…このワードは改善した方が良いと思う

ちょっと直接過ぎましたか。

・日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。
…風花の視点では分からないはず

>「ぼく、どうだぁ、カメさんの背中は温かいだろう」
 日光浴をさせていたので、ゾウガメの甲羅はほんのりと温かい。
「うん、ポッカポッカだよ」<
これ、どうなのでしょうね。
一応三人称視点で書いています。
たしかに風花寄りの三人称で書いては来ましたが。


どう足掻いても凡人さん、ありがとうございました。

\(^o^)/

 まず、あなたの作ったこの話のあらすじ。
 母親は別れた夫の実家に息子を預けることに決め、車で息子を連れて行くところ。
 二人は不思議な町の持つ不思議な力によって奇跡の動物園へ導かれる。不思議な力に操られた孔雀によって、母子はゾウガメのもとへと誘導される。すると不思議な力に操られた飼育員が「このゾウガメに乗った子供は幸せになれる」という話をする。息子がゾウガメに乗るとゾウガメは動き出す。
 息子と半日ゆっくり動物園で過ごした母親は心変わりし、息子と共に自分の実家で暮らすことにした。

 私が初回に書いた内容
 母親の気が変わったのは息子の幸せを心から願った結果的でもなく、先に出した自分の結論が間違っていたと反省したからでもなく、不思議な町の持つ力で操られているだけだからです。

 母親が心変わりしたのは不思議な力のおかげです。不思議な力がなければ動物園には行かなかったのですから。さらに不思議な力に操られた孔雀や園長や飼育員がいなければ、息子はゾウガメに乗ることはありませんでした。息子が幸せになれた(母親と今後も一緒に暮らせることになった)のは不思議な力を持つゾウガメに乗ったからです。

>「夢里町に宿る不思議な力」は子供(陽一)に、きっかけを与えたにすぎません。

 あなたは「きっかけを与えたにすぎない」と言いますが、何度も不思議な力に頼らなければ母子は幸せにはなれなかったのですから、感動できませんでした。

 以下、私の提案する内容。
「母親は別れた夫の実家に息子を預けることに決め、車で息子を連れて行くところ。「○○動物園マデあと○km」の案内板を見た母親は、最後の思い出作りのために息子を動物園へ連れて行くことにした。
 憔悴し切った母親の様子を見た園長と飼育員は気の毒に思い、母子を笑顔にするためにという作り話を考えて閉園時刻間際に一芝居打つ。「このゾウガメに乗った子供は幸せになれる。そしてこんな事は滅多にないけれど、もしゾウガメが歩いたら、子供の願いが叶う」と言って子供をゾウガメに乗せる。すると閉園を知らせる音楽が流れ、自分の檻に戻ろうとしたゾウガメが歩き出したので息子は大喜び。
 そんな息子の姿を見た母親は息子の幸せのためにより良い解決策を考えつく。二人の乗った車は別れた夫の実家ではなく、母親の故郷へと向かっていた。
 実は、園長と飼育員が母子のために考えた作り話は本当のことだったのだ。なぜならあれは奇跡の動物園なのだから。当の園長と飼育員はそんなことを全然知らなかったのだが」

 とするほうが感動的です。なぜなら「息子を思う母親の深い愛情」から【自発的】に動物園に連れて行った様子と「周囲の人々の【自発的な】温かい気遣い・声がけという実際の行動」が盛り込まれているからです。
 ですがあなたは自分の作った話のままにしておきたい。不思議な町の不思議な動物園の【不思議な力】に拘っているからです。読者の感動を薄めてでも不思議な話のままにしておきたいのです。読者ファーストではなく作者ファースト。つまり自己満足系オナニー作品ですね。どうぞご自由に。だけどプロット段階で失敗してるんですよ、あなたの作品は。

 念の為言っておきますが、私は最初から「私の提案どおりに書き換えなさい」とは一言も言ってませんからね? 被害者面するのはやめてくださいよ? むしろ私が被害者です。「話をすり替えている」「誤読している」などと誹謗中傷されたのですから。
 長々とコピペしてそれを自分の都合の良いように並べ替え、言い訳して屁理屈をこねて、「話をすり替えている」のはあなたの方です。もしかして悪気なく、無意識のうちにそうしているのかもしれませんが。私の話を「誤読している」のもあなたの方です。あなたはかなり思い込みの激しい人だから。あなたは何度言ってもわからない人だから、これらの事実をあなたが自覚することはできないでしょう。だからこの件に関してはあきらめます。頑固な老人の相手をするのはもううんざりなんです。言語センスも古過ぎます。

 くだらないイヤミを書いてる暇があったら読解力を養いなさい。顔文字でビジネスメール? 馬鹿なんですか? 私のアドバイスに従って長々とコピペするのはやめたようですね。これで大勢の人たちが苦痛から解放されると思います。やればできるじゃない。これからは言われる前に気付きなさい。ああ、あなたには無理か。

夜の雨

\(^o^)/ さん。


\(^o^)/
2019-12-23 09:49
49.239.70.232

 あなたには何を言っても無駄なので今後はあなたの作品には感想を書きません。時間の無駄ですから。もう疲れました。

えっ? 上の件は、嘘でしたか。

以上。

佐治

以前、「念」(病院でタイムスリップする話)にて高い評価を頂いた、佐治です。
現在、少し体力的に問題があるので簡単に書きます。後にもう少し詳しく書かせて頂きます。
夜の雨さんの作品は、どう展開されるのかが分からないところがあり、そこが面白い。
楽しく読めました。

細かいですが、
「どうしてそんなことを知っているの?」
は、
「そんなの誰が言った?」
みたいな方がいいかも。

夜の雨

佐治さん、ご感想ありがとうございます。

細かいですが、
「どうしてそんなことを知っているの?」
は、
「そんなの誰が言った?」
みたいな方がいいかも。


>「えっ? 怪獣なんだ」
>「うん、ペンギンはペギラの子供だよ」
>「どうしてそんなことを知っているの?」
>「パパに教えてもらったんだ」
 >やっぱりと、風花は思った。怪獣おたくの夫だった。

この場面ですね。
実はこれと似た場面をリアルで経験しているのです。
以前住んでいたところでご近所の母と子供(陽一と同じ年齢ぐらいの女の子)の会話を聞いたことがあったのが、浮かんだり、印象深かったので記憶にとどまっていました。
詳しいことは忘れましたが、女の子の言葉遣いが悪かった。
その家庭では使っていないような言葉を使った。
それで若い母親が「どこで覚えたの?」とか言ったような感じです。
子供は「○○ちゃん」とかいう内容でした。
子供が悪い言葉とかを使ったときに、その言葉を友達との会話から覚えた場合、母親は、どのような対応をとるのかと思うと、「そんな言葉を使ったらダメ」とかの、子供の友達を否定する対応をしなかったですね。
もし、この母親が子供に対して「ダメでしょう、そんな言葉を使ったら」とか言いますと、子供は友達と遊びにくくなりますからね。

で、上の場合ですけれど、どうなのでしょうね、「やっぱりと、風花は思った。怪獣おたくの夫だった。」とあるので「そんなの誰が言った?」でも、違和感はないのですが。

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8月29日の作品ですね。

「念」(病院でタイムスリップする話)
再読しました、私の感想込みで読みました。
やはり独特の味がありました。
何やら「ぞわぁ……」と、する感じ。
新たに感想を書くとしても、以前の感想とほぼ同じになりますね。
掌編でもかなり奥行きがあるような感じがしましたが、エピソードと背景を肉厚にするとかなりの作品になると思いますが。
人間関係のエピソードをしっかりと書き込むと、良いと思います。
主人公と二人の妻。そして二人の子供。
父親と兄と主人公の人間関係。
タイムスリップは重要ですが、御作は人間を描くと深くなります。

出来が良い場合は公募に出して、その結果で感想がいる場合は、こちらのサイトを利用するとよいと思います。

お体のほう、ご無理なさらないように。何事も健康でなかったら進みませんよ。

それでは、感想ありがとうございました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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