作家でごはん!鍛練場
アフリカ

巨乳な信仰

『チョッといいですか?アナタは、神を信じますか?』
駅を出て直ぐに呼び止められた僕は、聞き飽きた宗教勧誘に辟易しながら振り返った。
そして、唸る様に洩らした。
『デ…デカッ………!』
信じられない程の巨乳を強調する為に着ていると思われる、張り裂けそうなピチピチのTシャツ。
それを、突き上げる二つの突起に視線が釘付けになる。
同時に沸き起こる酷い違和感と、激しい嫌悪感。
人生で初めての感情に軽い嘔吐感まで覚えた。
『どうしました?』
野太い声に、巨乳から視線を上げて違和感の理由に到った。
割れた顎。
綺麗にシェービングされてはいるが、生来の濃さの為に薄青く残る髭痕。
分厚い唇。
化粧と言うよりコーティングと呼ぶしかない極限に塗り重ねられた白い肌。
男らしく逞しい鼻。
力強さを感じさせる眼力。
そのバランスを更に狂わせる、剰りにも不自然なセミロングの髪。
『あ”っ………』
絶句した。
言葉にならない不思議な感覚に脚がすくむ。
『大丈夫ですか?』
女装した男が覗き込む。
大丈夫では無かった。
男が女装している。
それも、軍隊に居そうな屈強な男が巨大な乳房を誇示し、あからさまにそれを見せ付けている。
美しい少女の様な男性ならまだ許せる。
しかし、これは剰りに酷い。
酷すぎる。
驚愕に閉じてしまった喉に、声を発する事さえ出来なかった。
『だ…だい……だあ……』
僕の意味を成さない言葉に、更に顔を寄せて覗き込む変態男。
新宿二丁目辺りで見掛ける、限り無く女性に近い男性達とは明らかに異なったオーラが、男からは発せられている。
盲目的に何かを信じて、それを誰かに伝えたいと訴える力強い眼力が痛い程、僕を突き刺す。
『大丈夫ですか?』
変態男の逞しい腕が僕の肩に触れる。
『イヤ!イヤ、大丈夫ですから』
僕は辛うじて答えると、腰砕けに座り込んだ場所から立ち上がった。
『これを読んで頂けば我々の目指す道が解ります。』
『イヤ、僕はそういうのは大丈夫ですから』
よろける僕に肩をかしながら変態男が差し出したパンフレットを、片手で遮った。
『神はチチに宿る!!』
変態男が突然に怒鳴った。
『何を?!何を言ってんだアンタは!』
僕は語気を強めた。
変態男のペースに飲まれる訳にはいかない。
訳の解らない信仰心を剥き出しにした豪速球には、無宗教のフルスイングで挑んでやる。
僕は、変態男が怯んだ隙に体を離すと大声で叫んだ。
『アンタは変態だ!そりゃ、別に法に触れる様な事は無いだろう。デカイ乳が好きな奴が居たって良いさ。いや、男は皆、巨乳は好きさ。だけど、それは独りで楽しめ!ぼ…僕を巻き込むのはよせ!』
僕の剣幕に変態男がたじろぐ。
僕との距離を保ち。
肩に掛けているバッグに手を突っ込む。
『何だ?!話術で勧誘出来なければ今度は刃物か?飛び道具か?勧誘は放棄か?ブスりと行くのか?あぁ?』
僕は完全に頭に血が昇り喚き散らした。
変態男は僕の目を見詰めて反らさない。
狂気に満ちた目で僕を捕らえて離さない。
僕は変態男の狂気に負けない様に怒りの鎧を身に纏う。
『殺ってみろ!コノヤロウ!殺ってみろ!』
喚きながら右へ左へステップを踏む。
変態男を撹乱し、ブチのめす為の華麗なステップ。
だが、変態男は見た目に反して身軽で、僕の動きを完全に掌握しているかの様に同じ方向へ身体を動かしている。
『チチが全てを創り。全てを導いています!私は確信しました!アナタは乳を身に纏うべき人間だ!』
変態男が、僕の動きに同調しながら又もや叫んだ。
完全に。
目の前の男は、完全に狂っている。
僕は納得して、左右へのステップを更に速めた。
変態男に捕まれば何をされるか解らない。
相手は完全に狂っているのだ。
『誰か!誰か助けて下さい!警察に連絡してください!』
変態男からは視線を反らさずに叫んだ。
駅前の通りで変態男と対峙する若者が助けを求めたとなれば、日本人なら放っては置けない筈だ。
誰でも良い。
兎に角、警察に連絡してくれれば目の前の変態男は引っ捕らえられる筈だ。
僕は渾身の力を腹に籠めて有らん限りの声で、もう一度叫んだ。
『助けて!変態に殺られる――!』
だが、大勢の人間が僕と変態男のやり取りを目撃している筈なのに誰もピクリとも反応を示す者はいない。
それどころか、僕達をまるで認識していないかのように、睨み合う僕達の横をすり抜けて行く。
『何で助けてくれないのさ!』
僕の叫びが駅前の喧騒に呑まれて消える。
『これが現実です』
変態男が睨みながら言った。
『何の事だよ!』
『人は堕落してしまった。神であるチチから頂いた命を感謝も反省も無く浪費している。見たいものだけを見て、聞きたい事だけを聞いて、信じたいものだけを信じる。人間が堕落した証拠です。』
『お前らのようにか?!』
僕は変態男の突き出た巨大な乳房を指差し叫んだ。
『アナタは、私達が好きでこんな格好をしていると思っているのですね?』
変態男が悲し気な視線で訊いたので、僕は正面からその視線を受け止めた。
変態男が何を言わんとしているのは不明だが
好きで巨乳になっているに決まっている。
張りぼての巨乳擬きにしても、豊胸手術に依る半端者にしても、何かの病気や薬の作用に依る純正乳房であったとしても、異性に対する憧れが過剰成長したに過ぎない筈だ。
イヤなら外せば良いのだ。
好奇の視線に苦しむのなら、その苦しみに耐えるだけの価値が巨乳を纏うことにより見出だせるとは到底思えない。
『好きでヤってるに決まってるだろ!イヤ、それは構わない。お前が巨乳に憧れ巨乳に成りたい気持ちは理解できる……イヤ、理解出来ない! でも、それは個人の自由だ! 好きにヤってくれ! ただし! 僕には関係無い! 僕の性癖に関与するな!』
僕が叫んで男が頷いた。
そして変態男は突然に冷静さを取り戻して、ゆっくりとバッグに突っ込んでいた手を引き出した。
その手に握られている黒い何か……
それは、鋭利なナイフでは無かった。
それは、禍々しい人殺しの道具では無かった。
それは細長い柄の先に丸い鏡がはめ込まれた手鏡だった。
変態男が、その手鏡を僕に向けて問う。
『では、質問します。鏡に写る自分に正直に答えて下さい。真実のあなたをこの鏡に写し出します』

『な…なんだよ……質問に答えたら自由にしてくれるんだな?』
僕の問いに、変態男が頷いた。
『アナタは神を信じますか?』
『イヤ、信じてはいない無神論者だよ』
変態男が頷く。
鏡の中を見詰める。
普段通りの僕がいる。
『アナタは、何かに強く惹かれる自分が好きですか?』
『別に、好きじゃないけど嫌いでも無いよ』
変態男が頷く。
鏡の中を見詰める。
普段通りの僕がいる。
『アナタは支離滅裂と言う響きが好きだ。』
『質問の意図が解らないけど、確かに好きかもしれないな。言葉の響きが好きなのは確かだよ』
変態男が頷く。
鏡の中の自分が、なぜか微笑みを浮かべている気がする。
『アナタは、お城や白粉と言う言葉に非常に興味がある』
『確かに、日本の古城ってシリーズのプラモデルを趣味で組み立てるし、白粉で化粧した舞妓さんとかは単純に綺麗だなとも思うよ。ってか、この質問の意味が解らない。これが俺の真実の姿にどう繋がるんだよ?』
『後少しです』
変態男が頷いた。
僕は辟易しながら再度手鏡を覗いた。
そして、驚いた。
ニヤけた顔の僕が居たのだ。
正に、鼻の下を伸ばしたスケベ心丸出しの僕が居たのだ。
『何? 何で?』
僕の驚愕を無視して変態男が続ける。
『アナタは、桃や餅と言うキーワードを聞くと、それに附属する何かを連想せずには居られない。さあ……アナタの真実の姿をさらしなさい!』
確かに…
疼く……
もどかしい感情が……
嗚呼……
叫びたい……
あの言葉を叫びたい……
叫びたい!
『オシリ!オシリ!桃尻!尻餅!オシリ!』
僕は自分でも信じられない程の大声で尻を連呼していた。
今度は、僕に好奇の視線が集まる。
恥ずかしい……
しかし、だが……
気持ちいい……
何だ?この、とろけてしまいそうな快感は……
僕には変態の素質があるのかも知れない。
違う!
僕は正常だ!
僕の性癖は穢れの無い、健全な愛に繋がるものだ!
目の前の巨乳に固執する変態とは違う!
『お前らと一緒にするな!』
『アナタは私達と同趣の人間です。それは一目で解りました。』
僕の叫びに勝ち誇った様に良い放った変態男に腹が立つのと同時に、隠していた性癖を言い当てられた僕は、言い知れない恐怖を感じた。
もしかすると変態男達が崇める巨乳の神とやらが僕の性癖を暴いたのかも知れない。
巨乳の神とやらは、男達から滲み出る何かを敏感に感じ取る技か何かなのかも知れない。
だとすれば、自分の仕事やプライベートにも役に立つかも知れない。
だとすれば、少し位は話を聞いてやっても良いかも知れない。
『解ったよ……少しだけ話を聞いてみるよ』
僕の言葉に、満面の笑みで答えた変態男が頷く。
そんな僕達の横を通り過ぎる小さな女の子とその母親。
女の子が母親に訊ねる。
『ねぇ…ママ……』
『な―に?』
『どうして、あのおじちゃんはオッパイがバスケットボール位の大きさなの?』
『変態なのね。きっと』
『じゃぁ――あの、お兄ちゃんも変態だね』
『どうして?』
『だって、おじちゃんと同じで、お尻にバスケットボールを入れてるよ』
『じゃあ、お兄ちゃんも変態なのね…』
二人のやり取りが僕達にはハッキリと聞こえていたが腹が立ったりはしなかった。
母子の股間がバレーボール大に膨れ上がっていたからだ。


了)

巨乳な信仰

執筆の狙い

作者 アフリカ

久しぶりに来ました。

知らない人ばっかりだ

コメント

ラピス

お久しぶりです。なんかホッとしました。いや、話ではなくアフリカさんの登場にです。

お話からは目が離せなかった。印象が強烈で、引寄せられるように読みました。

読後すぐは笑っていたのですが、時間が経つにつれて、これは「目糞鼻糞」とか「他人は自分の鏡」とゆー暗喩だし、案外シビアなテーマではないかと思うに至りました。

u

よみました

面白かった

アフリカさんクライム話イメージ強い
でもこんな寓話良い

以前男が穴掘る話
作者さんだったっけ?

こっちのほうが嫌味効いてて良い
デイステルよね?
急きょかいたでしょ?
変換ミス

御健筆を

はるか

 アフリカさま

 拝読しました。
 あっという間に一気に読了しました。でも、コメントが思い付きません。
 穴を掘り続ける話がよかったので、期待して読んだら、あれ? とか思ってしまいました。私には合わなかったようです。

アフリカ

ラピスさん

お久しぶりです
ありがとうございます

いひひっ( ̄▽ ̄;)
嫌みな内容ですよね確かに

でも、見たいものだけを見て
聞きたいことだけを聞いて
知りたいことだけを知って

それも悪くはないかも


ありがとうございます

アフリカ

uさん

ありがとうございます
クライム擬きなのを知ってる方だとすればハンドルを変えたのかな?

これ実はすっごい昔に書いたのでした。

良ければこれも

①【岩城裕子 16歳 【やなやなの小玉】

効果は永遠ではないし、使い過ぎれば相手を失うってことは分かっている。
愛する人が泡ののように弾けて消える。
修正し過ぎた何かに押し潰されてしまう。いや、逆かも知れない。押し込まれる虚構と、そうでない現実。あり得た世界と、その隣にあるあり得なくなった世界。そして、今ここにある世界。
とにかく色々なものが、ありとあらゆるものが、押し潰されて、変形して、歪に押し込まれる。
高圧力で動く思考が臨界点に達して止まる。いや、止まれない。止まれるハズがない。
弾けて消えるまで止まるハズがない。



「市成はダメだよ。止めなよ」
 私は、言ってからバーガーにかぶりついた。パサついたバンズが、口の中の水分全てを持って行きそうでコーラでそれを流し込む。安さが売りのバーガー店。美味しさに文句なんかない。
「なんで? カッコいいし」
 不貞腐れたのか、聡美が覗き込むように私を見てからストローを口に含んだ。ぽってりとした、色気のある唇が僅かに濡れていて私はなぜだか嫌な気分に成った。
「ってか、まわり騒がし過ぎない?」
 言ってから、二人して辺りを見回す。学生が、私達を含めて三組。サラリーマンの男が一人。中年主婦のグループが一組。普段と特に変わらない風景。
「なんで? いつも通りじゃん。 今日の裕子は、なんだか変だよ」
 聡美がコーラを飲みながら首を傾げた。
 確かに、今日の私は変だ。特になにがあった訳ではないが、なぜだか落ち着けない。小さな事に一々納得がいかない。
「だよね、自分でも分かる」
「どうしたの? 何かあるなら相談乗るから。 言って」
聡美がテーブルに身を乗り出して訊ねる。大きな瞳が真っ直ぐに私を見据える。私は、その視線から目を逸らした。
「私の事より、聡美の事でしょ?」
 私の問いに聡美は『だよね』と小さく呟いて、再度ストローを唇で弄ぶ。私は聡美に分かるように、大きなため息を吐いた。
 そろそろ、聡美を私のものにして三ヶ月になる。やなやなの小玉が持つ効力が薄れてもおかしくない時期だと理解もしている。正規の販売店ではなくネットで買ったということも気になる。
 それでも、やなやなの小玉を何度も舐めさせるのは危険だ。
本人の自覚症状は薄いらしいが、結局最後は膨らみすぎて破裂するらしい。そんな事、私には堪えられない。
 ただ、正直に全てを打ち明けても、聡美が素直に受け入れてくれるとは考えられない。私は、永遠に聡美と親友として生きて行きたいだけなのに、現実は家庭環境も学校も違う私達が交わる接点など、どこにもない。やなやなの小玉以外に、聡美の気持ちを引き留めることが出来る筈もない。
「あのさ、裕子」
「なに?」
 私は思考を止めることが出来ずに、漫然と聡美の声に首を傾げた。
「永遠って、どんな時間かな……」
 私を見詰める疑う事を知らない無垢な瞳。無色透明な透き通る声。ストローを弄ぶ細くしなやかな指先と艶やかな唇。傾げる度にふわりと靡く美しく長い髪。この全てを失なう苦痛を想像した事すら無かった自分の甘さを呪う。
「何かの本で読んだけど、永遠って、千畳敷の石畳を天女の羽衣で掃き続けて、その石畳が磨耗して無くなるまでの時間なんだって……でも、なんで?」
月並みの答え。そんなものを聡美が求めていないのは理解しているのに上手い答えは出てこない。
「なにが?」
「永遠って意味を、なぜ知りたいのかな? って、思って」
 私の問いに、聡美は暫く俯いたまま黙っていたが、次に顔を上げたときには真っ直ぐに私を見詰めて答えた。
「私、裕子とずっと親友でいたいの。その為なら、何でも出来るよ。裕子が止めろと言うなら市成君も諦める。だから……」
「だから、何?」
 見詰め返すと、聡美は泣いていた。もしかすると聡美はずっと以前から、やなやなの小玉の効力など切れていて、私の為に騙されているフリをしていたのかも知れない。
  いや、そう考える方が、しっくり来る気がする。私は、急に自分の愚かさに気付かされて、泣きたいほど恥ずかしくなった。
「ごめんなさい。 本当は私、聡美に打ち明けるべき事があるの……あっ…あるの……」
 突然、唇の動きが緩慢になって声が言葉にならなくなる。
手足がばたばたと小刻みに揺れる。
「あが……あがぁ……ぎゅっ」
 身体中の動きが、上手く思考とリンクしない。
 なんだ? 
 なんだ、これは?
 思考だけ鮮明なまま、身体が麻痺していく。
「裕子……ずっと、二人で居たいの私。市成君の事も裕子の反応が知りたかっただけなの。ううん、裕子が嫉妬するのを見たかったの。狡いよね、私」
 身体中の力が抜けていく気がする。いや、逆だ。
 身体中に、形のない何かかが充填されていく気がする。空気のような正体のハッキリしない何かが酷い勢いで私の中に流れ込んで来ているような気がする。
「裕子、大丈夫だよ。この前も裕子は大きく膨らんでから普通に戻った。今度も上手く行くよ。裕子も私が好きでしょ? だから、大丈夫だよ」
 聡美が私の手を握り締めて必死に訴え掛けているのが遠くで聞こえる。
 でも、意識が凄い勢いで膨張収縮を繰り返しているのが分かる。いや、意識だけじゃない。全身の筋肉や、骨、皮膚、髪の毛の一本一本までが、弛緩と膨張を繰り返している。
 意識が遠のく。
 聡美か握り締める、やなやなの小玉セットが納められていた淡い青色の包装箱が、グシャグシャになったやなやなの小玉の包装箱が、視界の端にある。
効能は絶大だ。興味を惹きたい相手に飲ませて「やなやな」と囁き掛けるだけで恋人や親友になれる。それに関わる全ての矛盾を「やなやなの小玉」が都合よく修正してくれる。どんな仕組みでそんな風な事ができるのかは私にはわからない。

 ただ、今、はっきり感じるのは……

私、もうすぐ

 ハ、ジ、ケ、ル



ありがとうございます

アフリカ

はるかさん

ありがとうございます
穴を掘る男ですか…
もしも良ければコチラも

【シグナル】
新人の蒲田守が、救急車両の回転灯のように激しくシグナル(?)を回転点灯し始めたので、私は蒲田に聞こえないように小さく舌打ちしてから自分のデスクを立った。

「どうした? 」

 言いながら蒲田のシグナル(?)を眺めて近付く。今の時代、シグナルの回転や点滅の速さに気を配らなければ部下の面倒はみきれない。案の定、蒲田が青白い顔で答えた。

「か、課長……大田建設の書類に不備が有るらしくて、役所が受け付けてくれないんです」

「どんな、不備だ? 」

「それが……分からなくて」

 蒲田の媚びた視線が私に向く。私は仕方無くデスクに広げられた書類に目を落とした。そして直ぐに、原因を発見した。

「蒲田。道路使用許可は警察の道路使用認定証を添付しないと通る筈が無いよ」

 私の答えに蒲田の頭上に浮いていた15㎝程の赤いシグナル(?)が、青に変わる。心の落ち着き加減まで表せる最近のシグナルは優れものに違いないが、その分私たち中高年の人間には物足りなさもある。全ての感情表現をシグナルに頼ることに抵抗を感じるのだ。

「分かったら、直ぐに訂正して再提出して 」

 蒲田の肩を軽く叩いて自分のデスクに戻る。積み上げられた書類の山に辟易としながらも自分の仕事を再開する。

 それにしても近頃の学卒の連中は直ぐにシグナルを出すと改めて思う。大した仕事も出来ないのにシグナルを出す技術だけには長けていると思う。私が入社した頃には考えられなかった事だ。

 例えば、当時の上司が小窓建設の施工ミスを押し付けようとした時でさえ私は決してシグナルを出さなかった。二億を越える損失が出そうな時にさえだ。シグナルに頼ることなく私は施工をやり直してくれる業者を必死に探した。それを出せば見ている人々から直ぐに察してもらえると分かっていても、いや、分かっているからこそ敢えてシグナルを出したくなかった。
 他にも、会田商会や三島組とのトラブルの時……

「課長、確認をお願いします 」

 思考を遮るように艶やかな声が目の前で響いた。経理の伊坂美幸が頼んでおいた書類を持ってきたのだ。

「直ぐに目を通すから」

 言いながら、伊坂が提出した書類を眺める。視線は書類に落としたが、内容など確かめずに認印を捺して、メモ帳に『今夜は?』と記した。

 伊坂は、それを覗き込むように確認し「ここが、分からなかったのですが」と言いながら確認を促す仕草を真似て、書類の上に出した手のひらに(⚪)シグナルを出した。

「問題は無さそうだね。ありがとう。この件は後で連絡するから」

 私は自分の頭上にシグナル(♂)が出ないように注意しながら伊坂に微笑んだ。油断してはいけない。シグナルが日常化した近頃は、不倫も簡単には出来ないのだ。同期の佐々木などは、顧客の奥さまを見ながらショッキングピンクのシグナル(♂)を出した。ピンクは事実を表す色彩で(♂)は行為そのものだ。どんな言い訳をしようと溢れ出したそのシグナルはその場にいた全員を瞬時に納得させた。佐々木は得意先の奧さまと不適切な関係にある。と、そしてその為に、自ら会社を去ることを余儀なくされた。欲望の類いにマークを使うのは余程の強者うであろう甘い妄想に浸った。勿論、マークが出ないように注意しながらだ。

「課長!課長!」

又もや思考を遮る声。

 目を開けると、蒲田が先程よりも青い顔をして立っている。

「どうしたのですか?  又、役所関係ですか? 」

私の問いに、激しく首を振る蒲田。

「だから、何があったの?」

 もう一度問う私の目の前で蒲田が出す頭上のシグナル(♀∵‰♂∬)が激しく入れ替わり、何かを伝えようとしている。が、私にはその意味が読み取れない。

「ちゃんと、伝えてくれなきゃ分からないよ」

 言い終えたと同時に、聞き覚えのある苦々しい声が響き渡った。

「アナタ!!」

 受付カウンターの直ぐ前に、妻が立っている。左手に持っているのは、一週間前に紛失した筈の携帯電話。伊坂との甘い情事の画像が何枚も保存されている携帯電話。

 必死に探したが見付からなかった携帯電話。

 紛失したと思い込んでいたのは間違いで、妻がアレを握っていると云う結果を考えれば、恐らくは私がかけたセキュリティロックを解くのに一週間の時間が必要だったに違いない。しかし、あれを見られたらのなら言い訳など出来ない。出来る筈もない。

 それでも、しかし、ここは私の職場だ。突然乗り込んで来た妻に良いようにされる訳にはいかない。一応は管理職としての面子もある。

「会社まで、何の用だ?」

 言って、私はデスクから勢い良く立ち上がった。

 そして、受付カウンターに隠れていた妻の右手に握られている恐ろしい程に輝く出刃包丁を見た。

 更に、視線を上げると妻の頭上には今まで見たこともない『殺』と立体的に浮き出たシグナルが激しく真っ赤な回転点滅を繰り返している。

「ほう……文字が出せるのか」

 私は、呟きながら自分の頭上に今どんなマークが出ているのかが気になった。

(おわり)
ありがとうございます

アフリカ

KTさん

ありがとうございます

次はこんなところで書いてみてはいかがでしょう?

キャスティング?かな?

個性濃い( ̄▽ ̄;)ね

アザっす

KT

すみません流石にやりすぎだと思い、削除申請しました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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