作家でごはん!鍛練場
そうげん

いつか見た国、憶えていること

「いつか見た国、憶えていること」




   +1+


 スタンドライトをつけ、天井の照明を暗めに絞ると、小物の並んだ机の上がこまごました陰影を作りだす。ペン立て用のガラスコップからは何本ものペンの突起が伸びていて、そのひとつひとつが黒い影を落としている。ときを刻む卓上時計の針の動きに目が留まる。そのまま右に視線を振ると、重ねた用紙類が、机のわきに電話帳二冊分くらいの厚みに積みあがっている。整理もせず、雑然と重ねたなりだった。
 淹れたばかりのセイロンティーを口にする。紅茶の温かさが身体にしみる。持ち手にも温もりがあった。眠さは感じるが、まだ休みたくない。来栖(くるす)の原稿を読むことにしていた。原稿を渡されたのは、五日も前のことだった。かれは昔の料理人仲間である。技術一筋で生きるはずの職人がペンを手にすることが珍しい。なにが書かれてあるか気になったが、きょうのきょうまで封筒を開けなかった。丹念に読むには疲れすぎていた。きょうだって朝から晩までみっちり働いて、やっと明日が休みという日程なのである。
 仕事終わりに、客が余した25年もののグランクリュワイン、エシェゾーを一杯飲ませてもらった。アルコールよりも、こなれて、まろやかな風味に酔わされた。若いときにはばらばらだったはずの要素が、長い年月のうちに複雑に絡み合い、一体化して、なにか別物に変化していた。単純な言葉でしかいえないのが残念だけれど、風味は芳醇そのものだった。タンニンのしぶみも、赤い花の香りも、酸いも甘いも渾然一体であった。
 電車で帰ってくるときも、余韻に浸っていた。周りはスマホに指を走らせる人ばかりだった。軋む車輪の音と振動、左右に揺さぶられる少なからぬ遠心力が、車両のなかのわたしたちにかかる作用のすべてだった。無数の人の押し黙る空気にすら、何かを伝える力があった。わたしは酔っていた。わるい気分のするものではなかった。
 停車した駅ホームに降り立ったときには、のぼせた顔に当たる夜気が心地よかった。もう夕食も終わっただろう、夜の10時過ぎに、住宅街を歩く人はいなかった。街灯のさす前方に小さな影の走ったのは、さいきんまた増えてきた野良犬か野良猫だろう。あるいは酔った目が見せたまぼろしだったかもしれない。
 来栖のことを思い出したのはそんなときだ。原稿を渡されたときに彼はいっていた。『考えてもわからない。自分は本当に居たのか。まぼろしにしてしまいたくないんだ。読んで感想を聴かせてくれないか。』
 彼の顔は憔悴しきっていた。悩んで、苦しんで、もがいた結果だろう。彼のことを痛ましいと思う気持ちはあった。しかしながら、渡されてすぐに読むだけの気力がこちらにはなかった。
 いまなら読める。わたしは封筒からA4サイズの原稿を取り出した。
 一枚目は白紙で、二枚目から細かな活字がびっしりと並んでいた。



   +2+

 この夏も日本は暑かった。日向に出れば、肌は一日でこんがり灼けそうだった。むしろ煙まであがりそうだ。そのくせ、むしむししていて、息苦しさまでつのってくる。縁台を出して腰掛けながらうちわにスイカまでがセットだった、田舎の昼下がりを思い出す。あのころ一緒に腰かけた祖母はもう居ないし、縁台をしまっていた実家そのものが潰えたし、この国の程度を増した暑さがもはやそんな過ごし方を許さない。時代は変わったね、と嘆くことしかできない。
 高高度からの太陽の直射を味わうたびに、二十年前に歩いた五月のマルセイユを思い出す。三日間の体験だった。たった半日で首の後ろの白Tの隙間に半月状の日焼けができた。シャワーを浴びるときにひりひりしたあの痛みすら、いまでは懐かしい。

 見上げる遠方の丘の上、バジリカ聖堂の頂点に金色に輝く立像がある。雲一つない蒼穹に、かっと燃える太陽の高さ、輝きは地中海特有のものだ。太陽の光よりも神々しい、立像の金色の光が、ありとあるものを照らすように見えた。心拍数をあげながらせっせと丘を登った。たっぷり時間をかけてたどり着いたあと、丘の上から周囲を展望すれば、狭くはない土地に無数の建物の犇めいているのがわかった。起伏に富んだ街並みは、赤や茶や黄色っぽい色の屋根で統一されている。ミニチュアのようにこまこまと整っているのがかわいらしい。
 どうして高いところに信仰の中心を求めたのだろうと、当時のわたしは疑問に思った。「人を見下ろす位置に在ると、人間は尊大になるからいけない」と、かつての友人はいった。高いところに昇るのは感心しないという言葉は、わたしにダメージを与えた。それ以降、リヨンのフルヴィエール寺院にしょっちゅう通っていた自分は、その度に内心に罪悪感を覚えたものだ。聞かなければよかった。どうして友人はあんなことをいったんだろう。人はそれほど堕落しやすい存在だというのか。
 五月のマルセイユは光に満ちていた。茄子紺色の影が舗装路の上に落ち、光と影の境界がくっきりとしていた。あいまいなものはない。空気はからっとしていた。海は藍色に近く、港湾部には白い岩地がまぶしく光っていた。港にはアコーディオンを演奏する人がいた。多くの街や村で見かける大道芸だった。男の前の器には、小銭やお札が入っていた。アコーディオンは鍵盤のこともあれば、ボタン式のこともあった。楽器には年季が入っていた。
 羨ましかったのはどの建物も風格を備えていることだった。三十年、四十年住めば駄目になるような、ガタの来やすい木の家に住むことが日本では多い。空き家になって見栄えのしないことにもなる。コンクリートの建物は百年前に建てられたものでも、外装を補強して、内装を調えれば、人は気分を変えて移り住むことができる。規則的に壁から切り出されて整列する窓も、バルコンの形状や色や質感といったデザイン性で魅せてくれるものが多い。道に面して同じトーンで窓が続いているから、見上げるのもいちいち面白い。こちらが異邦人だから面白いのか。現地の人には見慣れた光景なのか。あるいはうんざりしているのか。緑の鉢植えを出しているところもある。蔦を這わせているところもある。ある部屋は窓を半開きにして、ある部屋は全開にして、その内側に遮光性の布を垂らしている。窓そのものの開けられるときもあって、目が合うと手を振ってくれる人まである。街に出迎えられた気がしてうれしい。この黒髪、この顔立ちだから、アジア人だとすぐにわかるんだろう。日本人はすぐにわかるらしい。どこがとあげるまでもなく、ぼんやり見れば、それとわかるそうだ。「どこから来た?」と訊かれるよりも、「日本人か?」と尋ねられることのほうが多かった。
 港湾を歩いていると、異国に来ていることを思い出す。海のない県出身で、ことさら海を見なかった自分にとって、調理師学校に通っていた年に通い詰めた大阪南港の海遊館行きは、海を見る貴重な機会だった。ジンベエザメの泳ぐ大水槽の前のベンチで何時間も座って過ごした後、冷えてきた夕方の風に吹かれながら、黒みを帯びた南港の海に臨んだ。余裕のあるときは、もうすこし潮風に吹かれていたいと、八時、九時まで粘った。独り暮らしの部屋に戻りたくなかった。あのときの、あの気持ちはなんだったのか。たしかに毎日の生活は味気なかった。それより、将来への小さな期待が目の前の大きな希望に飲み込まれたからに思う。いまの楽しい気持ちを、もっと長く味わいたい。僕をその前から立ち退かせないでほしい。わがままだったか。南港の暗い海を見下ろしながら、ありとあることを考えていた。
 マルセイユの三日間にかぎらず、フランス最後の日に感じた切なさのうちにも、その気持ちは強かった。これで終わりか、と思った。これからは味気ない生活がいつまでも続くのだと予感した。二十年以上がたった。味気ないどころか、ちょっとした面白さも、興味も、関心も、フランスでの日々に比べれば、かすんでしまう。それでもこれはこれでいまも楽しいんだから、精一杯楽しもうと内心を鼓吹するところがある。道を歩いていて、ケバブの焼ける匂いに食欲をそそられる感覚が、いまの生活のどこにある? たこ焼き屋すらが、街頭から消えて久しい。夜は、居酒屋から、焼き鳥屋から、食堂から、うまいものの匂いがしてくる。しかし炎天下に食欲をそそる活気のあふれる匂いが、この近辺のどこにあるか。かつては楽しかった街歩きも、いまの味気なさはみじめでみすぼらしい。潤いも楽しみも希薄な生活のなかでは、想像の中で自分を楽しませ、自足するしかない。おのずと、本を読むことが増えた。

 たった一年をそこに過ごしたというだけで、その国に愛着を持った。基礎的なことを知らないからこそ、知ってみたくなった。ならば国の成り立ちや、風土や、習慣や、文化や、芸術について学ぶのがいい。この二十年、あいまいにしてきたことばかりで、しっかり手に取って学んだことといえば、その国の近代文学のいくつかを目にしてきたことくらいだった。はじめは入りやすいものをと考えて、新潮文庫版の『レ・ミゼラブル』の五巻本と『赤と黒』の上下巻に取り掛かった。どちらが先であったのか、いまでは思い出せない。主要な都市を訪れていたこともあって、どちらの作品にも、行ったことのある地名が無数に出てきた。ユゴーの描く一世紀前のパリの描写は、いまと変わっている部分、変わらない部分のどちらもが見事に入り組んでいて、どこか不気味さを漂わせる夜のパリの街が感じられて、面白かった。バリケードを築いて対抗するユリウスたちの行動力を見て、日本でときおり行われるデモ活動とはずいぶん趣の違うことに気付いた。火炎瓶を投げたり、暴力で鎮圧したりというのは、すでに60年代にこの国ではほとんど終わってしまったように感じる。いまでは遺されている小説群のなかにところどころ見受けるくらいのものだった。埴谷雄高、高橋和巳、大江健三郎、あと誰か――。
 暴力はいけないと教わり、自分でも納得していって、大人になる。子供の頃はほぼ毎日いざこざを起こしていた。喧嘩もいい争いもしょっちゅうで、先生からおしかりの言葉を連ねられた手紙を、必ず親に渡すようにといわれて、悔しい気持ちを抱きながら、夜に親に見せたものだった。当然烈火のごとく叱られるのだが、自分の主張に変更が加えられないのだから、ついにその根性の修整されることはなかった。いま振り返っても、あの当時からなにも変わってやしない。一貫性を保っているからこそ、いまでも生きにくさは感じている。生きにくい世の中を描いている、主人公たちと彼らの生きる社会との葛藤のストーリーに胸を打たれる。そういった経験が可能な文学にこそ、親しみを覚えた。もっと読みたいと思い、つぎつぎに手に取った。
 求める気持ちのつよいとき、スポンジが水を吸収するように、面白いくらいに体験が吸収されていく。いまある自分を形作っている大半は、このときの読書の経験によるものだった。読む前と読む後でこれが変わったと明示することはできそうにない。ただ、読むことに、より親しめる自分が作られていったことだけは勇気をもって宣言することができる。読書はかつての感情や出来事の本質を掘り返してくれるけれども、本当にこの部分にまで届いてほしいという心底まで下りて行ってくれることはない。痒くても手が届かない部分をどうするかが課題であった。文字をつづることを始めて見ると、そのわずかな経験からでもいえることがある。人の書いたものに接すること以上に、自分からキーを叩いて文字を並べていくことによって、内部に潜む物事に明確な形を与えることが可能になる。元来目に見えなかったものに、形をとらせることによってなにが得られるか。とにかく頼りのないものに、ぐらつかない明らかさを付与することができる。こちらがさらに手をくわえない限り、変化することのない、なににも流されることのない、確たる力を、事物そのものに与えることができる。これは大きい。
 マルセイユのことも、わたしが書かなければこの世の中に形をとってくれることはなかった。書くことは物事を能動的に肯定することと見たい。わたしはなにを肯定したいのか。肯定したいことだらけである。存在感の希薄さに耐えきれなかった。存在感の希薄さは、日常から記憶へと至る通路に、年々、ぶあつい霧がかかっていくようなもので、そのうち消えてなくなってしまうのではないかと危ぶまれたのだ。
 十五年まえに一度、フランスでの思い出をもとに文章を書いたことがあった。そのときどきに記憶に残るシーンを日記の形式を借りて記していった100枚ほどの作品だった。あのころはまだ書くことになれていなくて、文字を記すことでいっぱいになっていた。考えをまとめながらゆっくりと文章を綴っていく中に見出す親しみという点で、いま振り返れば不足があったように思う。たぶん、この十五年の歳月がうまい具合に記憶を寝かせてくれたんだろう。ゆるやかに流れる一本の大河のように、こなれて、なめらかになって、記憶に伴う懐かしさに限りない親しみを憶えている。これが加齢によるこなれ方であるとすれば、いまは亡き祖母が、いつも部屋で椅子に座ってひとり考えたり思ったりしていたことの多くはそんな風な懐かしさだったのではないか。もっとこなれて、もっとなめらかな、ゆるやかに流れる大河のような追憶に身を任せていたのではないか。自分もいずれそこまでの域に到達することができるだろうか。生きてさえいれば。



   +3+

  

いつか見た国、憶えていること

執筆の狙い

作者 そうげん

追憶はどういった形式で描くのが適しているだろうかと思いながら、「思うままに」書いてみることにしました。アラビア数字をつかっているのは意図的なものですのでご指摘には及びません。

コメント

はるか

 そうげんさま

 拝読しました。

 失われた日々、街、人々、異国の景色。そうしたものへの追憶。歳を重ねて、不確実になってくる自分の存在が、追憶に照らして描かれてるような。あれから二十年が過ぎ去って、今、自分はどこにいるのだろう?
 来栖さんもそうなんでしょうね、たぶん、自分の不確実さを、なんとか補強するために、存在を担保するために、書いた?
 書くことは、自分の存在を確かめること?
 心許ない自分を、自分が、自分と認めるために書いている?

 と、そのようなことを、素直に、ストレートに、日記的に表した作品であるな、とか感じました。あるいは、ぜんぜん日記的なものではなく、日記的に思わせるべく創作された小説なのかもしれませんが。ともあれ、一人称語り手の、飾り気のない気持ちが、しっかりと伝わってきたような。

 何者でもない自分をもて余しているような、そんな感じ、よくわかるように思います。

 読むこと、書くことの、語り手にとっての、のっぴきならない意義みたいなものを感じました。

 さて、追憶ですね、回想、この見せ方、私もいつも思うのですが難しいですよね。思い出す、とか、そういう言葉を使わずに、すっと回想シーンに着水して、で、自然な感じで水から上がる、みたいな書き方、いろんなやり方があるのだろうけれども、出入りをうまくしないと、こんがらがっちゃったりするし、かといって、あまりにも分かりやすく、ここから回想です、みたいに区切っても美しくないし、やっぱり回想シーンへの出入りは難しいですよね。
 マルセイユや、大阪南港や、語り手の追憶、読み手の目にも映るような鮮やかな追憶でありました。

 描写が上手いな、と思ったところを引用させてください。

(以下引用)> 五月のマルセイユは光に満ちていた。茄子紺色の影が舗装路の上に落ち、光と影の境界がくっきりとしていた。あいまいなものはない。空気はからっとしていた。海は藍色に近く、港湾部には白い岩地がまぶしく光っていた。港にはアコーディオンを演奏する人がいた。多くの街や村で見かける大道芸だった。男の前の器には、小銭やお札が入っていた。アコーディオンは鍵盤のこともあれば、ボタン式のこともあった。楽器には年季が入っていた。(引用終わり)

 ところで、関係ないかもしれないけど、『恋は雨上がりのように』という映画、ないしはアニメ、または原作としての漫画をご存知でありましょうか? あれに登場する、四十五歳だったかな、の、ファミリーレストランの雇われ店長は、かつて小説家を目指していた中年男性なのであります。四十代の危機が描かれてるんですね。で、その人は、足を怪我して陸上を諦めなくてはならなかった女子高生(ファミリーレストランのバイトの子です)に関わることで、再び作家を目指し始めるんですけど、そうげんさんの今回のを拝読して、『恋は雨上がりのように』を思い出しました。アニメなら、YouTubeで全話が観られるようです、ちょっといい話だったりしますよ。

 ありがとうございました。

群青ニブンノイチ

二章目の空行は必要ですか。
若干戸惑いを感じさせられましたが読み進めればちゃんとコントロールされている分、むしろ作者自身の挑み方に鈍らな手加減を思いつかされました。誤解のようでしたらすみません。
同じ意味で、大阪のエピソードも間違っていないようには感じさせられますが、気持ちよくはない、というただそれだけの感覚において配置が美しくないのではないか、と個人的には感じさせられています。

それはその他の箇所にも関連して感じさせられる、要するにこの作品全体の印象ということに決して無関係なことではないのだろうと個人的には感じさせられています。

自分本来の居場所を離れて改めてその認識を深める、といった価値観の掘り方のような語り口は常套の如く見かけがちなものですが、個人的にはこの作品にどうにも親しめそうな気がしないのはやはり、離れてなお、二十年の月日を経てなお物憂げに現在の退屈とひねた追憶をたったの一年(すみません)の体験に逃がして安く嘆きたがるその感受性であったり思考そのものの浅薄さや単純さ、日常という何ごともなさのようなことへの感謝こそが全く希薄であるような気がして、共感の思いつきようがないからなのだと思います。
個人的にわたしがフランスで暮らしたことがないから、ということとは関係のないことだと勝手に理解してのことなので、不愉快なようでしたらすみません。

こなれてなめらかに、とのことでしたが、個人的には小利口になっただけの鈍くしおれた観察、といった印象でした。
何しろ何を読まされたのか、単純に読者として要求したいコストパフォーマンスのようなものをヒラヒラと裏切られたような感触でいますから、むしろ改めてジャンルということをお聞きしたいような気分です。
この作品が読者に向けて書かれたものであるなら、一体何でしょうか。
いずれにしろ、あまり興味深いモノのようには思えません。

普段の読書でも、個人的には導入からものすごく期待値を込めて読み始めるタチなのですが、入り口からワクワクさせられるエピソードなり文体なり言葉が見つかる作品というものに、通読して面白くなかったものは一つとしてなかったような気がしています。
勘違いしてほしくないのは、書き出しが大事とか、その上手下手とかいう意味などではなく、単純にその書き出しのおかげで読者はその作品世界の魔法にかかる、ということなのではないのかと個人的には考えるということです。

上手下手とか、こなれてなめらかとかそういったことはよくわかりませんが、一先ず小説というものは読者が能動的に感受するべくがつがつと理解したがることで、それを当然として要求する作者が雰囲気とか形とか、そういったこなれやなめらかさとかいうことを朗々と標榜したがることなんでしょうか。

フランスと日本、現代と60年代。
イヤな言い方になってしまいますが、そういった単純に対立軸らしく扱いたがる思想の取り方も何だか古臭い気がしますし、まったく否定するわけではありませんが、同じことをするにもやはりもっと現代的なアプローチを作者なりに企んでこそのことのような気がします。
単純に、こういったことをしたがる上でニーズというものを意識している印象を受けませんし、読者という存在に対してコミットする姿勢が希薄、あるいは高慢に満ちているような印象を思いつかされます。

そうげん

はるかさまへ

夜勤仕事からの帰宅後、教えていただいた作品『恋は雨上がりのように』のアニメ版全12話をたったいまYouTubeで見終わりました。こんかいの拙作を受けて紹介していただいたことを抜きにしても、どうなるんだろうと先を見ていく楽しみがありました。ちひろと店長の会話とか、飛べないつばめの話とか、コーヒーサイフォンでコーヒーを淹れる間に書き切らねばならない1分小説の顚末とか、そういうひとつひとつにもいろんな思いを感じました。

群青さんにもコメントをいただいています。この作品はたしかに読んでいて気持ちのすかっとするものでないどころか、ある読み方をすれば苦痛でしかない、ということはわかります。わたしの年齢で、いまの立場を考えて、あと10年後、20年後という時間を考えるときに、いわゆる物語に仮託して気持ちをいっときなりと高揚させることになんの甲斐のあることかと感じています。与えてほしい快感を適度に気持ちよく感じさせてくれるコンテンツは身の回りに溢れかえっています。わたしが小説を手に取る時に、共感などというものは邪魔者でしかありません。書いたものに共感を得たとしても、それは読み手が勝手に幻想をそこに見ているだけにすぎない、だから、展開が思った通りにならなければ、すぐに不満だらけになる。自分の見たいものだけを見せてくれるものを受け入れ続けたい、そういう欲求のとりこでしかないと見ます。

わたしがこの作品で書きたかったのは、今後、どんな料理を作るにせよ、まずは包丁の研ぎ味を鋭くしておく必要がある。日々の手入れが必要という事です。つまり、いくらかなりと、描けるときに少しずつ自分の文章を書く努力をする必要がある。その際に、題材として選んでいるのが、自分の過去であったり、いまの自分のなかにあるものです。自分の所有しているものを題材にして、文章を綴ることで、根本的に人を傷つけたり、不利益を被らせたりしないで済む。そういう形で、習作として、というより、かつらむきをするつもりで、ちょこちょこと書き進めていた文章でした。

はるかさんの作品に、純文学に関して返信したときに、ちょうど自分の中にあるものをある程度開陳したこともあって、それに付随するかたちで、今書いているこの文章も、わたしがはるかさんへ書いたコメントの内容を、付属資料として参照してもらえるかと思って、書きかけながらここに提出いたしました。

と、まずこんなことを書いてしまいました。返信をいかに書かせてください。

>と、そのようなことを、素直に、ストレートに、日記的に表した作品であるな、とか感じました。あるいは、ぜんぜん日記的なものではなく、日記的に思わせるべく創作された小説なのかもしれませんが。ともあれ、一人称語り手の、飾り気のない気持ちが、しっかりと伝わってきたような。

いわゆる物語として、起伏に富んで、読んで面白いものにするならば、仕掛けは豊富にあってこそだと思います。自分が経験したことをベースにしたものを、起伏に富んで、面白いものにしようとすれば、それはあきらかに自分にとって嘘が混じってしまうことになる。心地よい嘘というものがあるかもしれないけれど、フィクションのために自分ではまげたくないものをまげてしまうのは自分の中の道理がゆるしません。

自分の文章を研ぐためだけにつかっている題材だから、虚飾はできるだけ剥いでおきたい。反対に虚飾を用いるならば、題材は幻想文学なり、ファンタジーなりに仮託すると思います。というわけで、過去にあったことにできるだけ近いことを綴っていくことをこの文章に課していたので、日記のような、創作のような、はるかさんの感じられたような印象に近づいたのだと思います。

何度も読み返して思うのは、マルセイユの海が昼の陽射しのもとの地中海であり、大阪南港の海が夜の暗い海だったのだから、もうすこし詳しく対比関係に落とし込めばよかったかもしれない。でも、それを明確な対比関係として際立たせることで、そこに自分なりの虚飾が混じると思うからこそ、執筆の狙いに書いたように「思うままに」書いたと示しました。

>マルセイユや、大阪南港や、語り手の追憶、読み手の目にも映るような鮮やかな追憶でありました。

はるかさんの感想を読んでいると、非常にこまかな点まできっちり読んでくださっていることがわかります。助詞ひとつ、動詞ひとつに、いまはこれしか選べないというこちらの選択の意図まで深く読んでくださっている印象です。言葉はなにひとつ一致させてませんが、

来栖の文章の、ラスト
「ゆるやかに流れる一本の大河のように、こなれて、なめらかになって、記憶に伴う懐かしさに限りない親しみを憶えている。これが加齢によるこなれ方であるとすれば、いまは亡き祖母が、いつも部屋で椅子に座ってひとり考えたり思ったりしていたことの多くはそんな風な懐かしさだったのではないか。もっとこなれて、もっとなめらかな、ゆるやかに流れる大河のような追憶に身を任せていたのではないか。」

の言葉と、

1で示している視点人物の感想、
「仕事終わりに、客が余した25年もののグランクリュワイン、エシェゾーを一杯飲ませてもらった。アルコールよりも、こなれて、まろやかな風味に酔わされた。若いときにはばらばらだったはずの要素が、長い年月のうちに複雑に絡み合い、一体化して、なにか別物に変化していた。単純な言葉でしかいえないのが残念だけれど、風味は芳醇そのものだった。タンニンのしぶみも、赤い花の香りも、酸いも甘いも渾然一体であった。」

は、印象を一致させるようにしています。

「若いときにはばらばらだったはずの要素が、長い年月のうちに複雑に絡み合い、一体化して、なにか別物に変化していた。」

を、項をかえて別の言い方をさせています。

こういう仕掛けは、咀嚼してくださる方にだけ届けばいいとしか思っていません。万人に合わせる気はなくしています。それは共感を得たい、喜ばせてほしい、欲しいものを与えてほしい、つかのまの安らぎを味わわせてほしい、という甘ったれた神経で小説を読む人間から距離を置いていたいという気持ちが、わたしにそうさせます。

この文章からは文章の並びから得られるものを、それぞれの読み手がほしいままに受け取ってくれればいいのだけど、はるかさんには、わたしが読み手に届かせたいものがかなりの部分届いている気がして、うれしいです。

アニメを見ながら、もしこの作品が、主人公のあきらもいなくて、ファミレスの雇われ店長が小説を書くことを諦められずにずっといるというラインがすべての物語だったら、そこにふさがる閉塞感はやはり切実な中年の危機を描くものになるように感じました。でも、アニメはアニメとして独自のものとして楽しんで一気見しました。

さいごにですが、いつもありがとうございます。
読みにくかったでしょうか。文章を研ぐためということを第一に書きました。
読んでくださってありがとうございました。

そうげん

群青ニブンノイチさまへ

感想をくださいまして、ありがとうございます。
気になるコメントが多数ありますので、多少言葉を費やして説明させてください。そのうえでさらに気になることがあれば、返信で教えてくださるとありがたいです。

>二章目の空行は必要ですか。

空行はあけるべき理由があってあけているものであります。こちらの考えを説明するしかできませんが、まずはそれを試みます。はじめの空白行

「 高高度からの太陽の直射を味わうたびに、二十年前に歩いた五月のマルセイユを思い出す。三日間の体験だった。たった半日で首の後ろの白Tの隙間に半月状の日焼けができた。シャワーを浴びるときにひりひりしたあの痛みすら、いまでは懐かしい。

 見上げる遠方の丘の上、バジリカ聖堂の頂点に金色に輝く立像がある。雲一つない蒼穹に、かっと燃える太陽の高さ、輝きは地中海特有のものだ。太陽の光よりも神々しい、立像の金色の光が、ありとあるものを照らすように見えた。心拍数をあげながらせっせと丘を登った。」

の箇所ですが、「高高度からの~」からはじまる段落は、視点は、来栖がこの文章を書いている時点にあります。一方、空白を挟んでからの「見上げる~」からは20年前のフランスにいるその時点をベースにしているので、時制に現在形(20年前を現在形で描く形です)を選んでいます。それは段落が変わってゆけばっまたちがった時制に変化してゆきます。

このひとつめの空白は、時制をぐるっと転換させるときに、詰めてしまうと混乱する可能性があるために注意喚起の一種として置いているものです。

二つ目の空白行は、

「かつては楽しかった街歩きも、いまの味気なさはみじめでみすぼらしい。潤いも楽しみも希薄な生活のなかでは、想像の中で自分を楽しませ、自足するしかない。おのずと、本を読むことが増えた。

 たった一年をそこに過ごしたというだけで、その国に愛着を持った。基礎的なことを知らないからこそ、知ってみたくなった。ならば国の成り立ちや、風土や、習慣や、文化や、芸術について学ぶのがいい。」

空白直前の文章――「おのずと、本を読むことが増えた。」を強調するためです。また、本を読むことが増えたとあるのに、すぐに読んだ本の解説をすることなく、あいだに、「たった一年を~」という文章を挟んでいる。そのために、いったん文章の関係性に距離をあけるためにもこちらの意図として空白行を必要としました。

本を読むときに気にしない人はしませんが、「……」か「……。」かというその「。」がつくつかないで変化する余韻までわたしは読むほうです。空白行もわたしにとって文章のひとつです。文字を自由に組み合わせる、その組み合わせの自由は書き手に任されています。空白行にもそれぞれの書き手にとって必然性があれば、作っていっていいのではないかと思っています。

>同じ意味で、大阪のエピソードも間違っていないようには感じさせられますが、気持ちよくはない、というただそれだけの感覚において配置が美しくないのではないか、と個人的には感じさせられています。

一般の小説でわかりやすい筋道が一本である、原因と結果が対応している、伏線ぽいものがあれば、すべてそれは回収されてこそである。それは作り話のセオリーでしょうか。自分の意識を詳細に辿ってみれば、一つの判断に到るのに、どれだけ多くの要素を参照していますか。たとえば、追憶のありようにしても、テレビのチャンネルをザッピングするように多くの物事が入り組んで、たとえようもない構造体を意識はつくっている。テレビや新聞、ネット記事、SNS、友人との会話、多種多様な趣味、関心ごと、生活、仕事、とんでもない量の情報に囲まれて、生きていれば生きている分だけ経験は蓄積され、未消化のものも積算されてゆく。そんな現代にあって、自分の意識のありように正直になってみれば、考えはなんでもかんでもスマートで美しいものになるわけがない。それでも、筋だけは通すようにして、必要なものを選びながら文章に落としています。でも、配置が美しくないというのは、整理されていないという点についてのことでしょうか。

と、ここまで書きましたが、現実問題として、温かい地中海にいて、そのときに暗い南港の海を思い出すことの不整合についていわれているのでしょうか。それはおそらくわたしの言葉が足らなかったのでしょう。マルセイユにいても、いずれこの楽しみはついえるものとわかっていて、その覚悟が、南港の夜を思い出させた。その接続がうまくいっていないのが、単純に言葉が足らなかったのだと思います。これはわたしのミスですね。

>フランスと日本、現代と60年代。

>単純に、こういったことをしたがる上でニーズというものを意識している印象を受けませんし、読者という存在に対してコミットする姿勢が希薄、あるいは高慢に満ちているような印象を思いつかされます。

さいきん高橋和巳の「邪宗門」を読んだので、その体験がわたしにこれを書かせました。60年代のくだりです。いまはポール・オースターの「ムーン・パレス」を読んでいます。いわゆる一般的な作品は読めなくなっていますので、わたしはイレギュラーな存在なのでしょう、全体からみるならば。

高慢――自分に気概とか覇気が足らないから、うぬぼれてる人間をみると、その鼻を折りたくなるだけと思います。

ありがとうございました。

カリフラワーの存在価値について考える人

 ありのままを語ることが本質的に難しいのは、ありのままが、語られた瞬間にすでに虚飾に満ちてしまうことにある。素顔を晒す、とはすなわち、素顔を見せる観客の存在をすでに示唆してしまっているのである。過去の体験を綴る形式で書かれた作品は、多かれ少なかれ、そのような性質を有しており、なるほど、この作品は、まさしく、追憶の作品であるのだろう。その性質が表現形式に付随した所与のものであるならば、素顔とは何であるかを考えるよりも、むしろ、素顔をどのように晒すのか? を考えるほうがよく、まさしく、ありのままとは対岸に位置する虚飾の方法こそが重要になってくるのである。
 この作品は飾らない生の感慨が確かに描かれているように思える。しかし一方で、飾らない感情を、飾り立てられた筆致でつづることの危うさを、このテキストは示唆してくれているように思える。文章は端正で美しく、特に情景描写に至っては異国フランスの(筆者は残念ながら彼の地には訪れたことがないが)様子がありありと浮かんでくるようで見事であるが、それゆえに、語られる真実の奥に、おためごかされた現実の姿が押し付けられ、歪なものとして見出されてしまうように思える。極論を書けば、達観というニュートラルな思想を整形するために、ニュートラルとは程遠い極めて個人的な力が加えられており、結果として、ニュートラルな考え方がニュートラルに感ぜられないのである。意図せずして、信頼できない語り部の亜流の作品になっており、読者にとっての共感の得にくさの要因はこの点にあるように思える。
 ただ、追憶という形式をとった以上、成長した先の現在の自分が過去を述懐するときに現れる性向(バイアス)として、これは不可避な呪縛なのだろう。であるならば、この作品の本質的な問題は、先述した危うさそのものにあるのでなく、力の押し付ける先、いわば対立軸として用意されたもう一方が、どんな意味であれ、強い形に描けていないところにあるのではないかと思うのである。例えば、過去のフランスの美化された像と現在の日本の凋落した像の対比があるが、それぞれに対する、一方がポジティプで他方がネガティブといった、印象の好悪のアンバランスのことではなく、現在の姿を語る部分が非常に弱く感ぜられる、強弱のアンフェアネスに認められる類のものであるように思える。
 こなれて、なめらかになるということの意味を、再度、考えてみる必要があるように思う。虚飾を打ち消すために虚飾をうまいこと加えるという書き方を、こなれた筆致と呼ぶのだとすれば、真実の歌を奏でるマーメイドは直ちに信頼できない偽の歌姫へと堕してしまうであろう。確かに、この作品の文章には魅力があり、生の感慨が力を宿したものとして感じられるものであった。しかし、それは、この小説とは逆の方向のやり方、虚飾という名のアンフェアネスの突き抜けた中でこそ、より輝くものではなかろうか? とするのはやや言い過ぎにしても、そんな風に感じた次第である。参考になれば幸いである。

u

そうげん様 よみました

文章はお上手。さすが。
でも小説の文章じゃないかな。

疾走感ない。

一番引っかかったの、誰が何を誰に、、、、、。

お上手なのに残念です。

ご健筆を

はるか

 そうげんさま

 再訪いたしました。

 夜勤明け、西の空に、あかあかと満月が浮かんでいましたでしょう?

 朝の六時に目覚めまして、遮光カーテンを通してなお明るく丸い光に誘われまして、カーテンを開けたら満月で、東に昇る朝日の光を真っ向から受け止めて、それは、凛と、あまりに凛々と冴え渡っているので、思わず見とれて、高度を保ったまま白くなってゆくその様子を長いこと見守っておりました。

 報道によれば、令和元年最後の満月、コールドムーンという月だったそうですが、あるいは、そうげんさんは、あの孤高なる光を浴びながら帰宅されたのではないか、などと思い、再訪させていただいた次第です。

 お疲れのところ、『恋は雨上がりのように』を全話いちどに観ていただけたとのこと、紹介させていただいた者として恐縮至極でありますが、無理はなさらないでください、ご自愛ください。

 さて、せっかく再訪させていただいたので、もう少し。

>まずは包丁の研ぎ味を鋭くしておく必要がある。

 はい、同感です。筆を鍛える、鍛えておけば、この先、いろんな書きたいことが書ける。そのとおりですね。
 一にも二にも、まずは自分の文体を、これ以上にはとげないまでに、しっかりと、とぎすませる。それをしないで、ストーリーもなければ、アイディアも伏線もないわけで、世に溢れている商品の物真似を、短絡的に、小手先でなぐさんでみても実にせんなきこと、と、私も思います。

>自分が経験したことをベースにしたものを、起伏に富んで、面白いものにしようとすれば、それはあきらかに自分にとって嘘が混じってしまうことになる。心地よい嘘というものがあるかもしれないけれど、フィクションのために自分ではまげたくないものをまげてしまうのは自分の中の道理がゆるしません。

 ここにも深く同意いたします。
 小説も、嘘を書いちゃいけない、と、私なんかはそう思うんです。フィクションであろうが、ファンタジーであろうが、内面の模様に、事象と事象との角度に嘘があってはならない。小説は所詮作り物なんで、嘘でしかない、というのは間違いだと私も思います。作り物ではあるけど、嘘ではない、それが本来の表現であろうかと。嘘は、人の深いところに整合しません。頭だけで、プロットとか演算して、読み手をひっかけようと捻り出されたそれは、表現足り得ないと思います、たとえ商品足り得たとしてもです。自分の中の、深いところにある模様を、ときには物語をくぐらせこそすれ(村上春樹さんが『みみずくは黄昏に飛びたつ』の中で語っておられることですね)、忠実に再現して見せることこそが、本当の表現なのであって、うわべだけをそれっぽくしつらえたマガイモノとは一線を画する本当のホンモノなのでありましょう。

>若いときにはばらばらだったはずの要素が、長い年月のうちに複雑に絡み合い、一体化して、なにか別物に変化していた。

 腑に落ちました。このこと、これが、小説の中にうまいこと溶け込んでいて、それが味わい深く感じられたのだと思われます。行き届いた配置、嘘のない模様だからこそ、ハーモナイズされた形で、項を越えて呼応しうるのでありますね。

>こういう仕掛けは、咀嚼してくださる方にだけ届けばいいとしか思っていません。万人に合わせる気はなくしています。

 私、思うんですけど、たぶんみんなに、日本語が普通に読めるところのみんなに、あるいは、ちゃんと届いてるんじゃないかと。説明したり、分析したりできる人は限られるのでしょうけれど、味わうことはできているのではないかと。少なくはない方が、そうげんさんの作品を読み、読み通して、感じるべきことを感じて、しかし、この場にいる読み手は書き手でもある読み手なので、いくらかバイアスのかかった受け止め方を、素直ではない受け止め方を、その味わいに対して為してしまうだけなのではないか、と、そんなふうに私は感じていたりします。

>それは共感を得たい、喜ばせてほしい、欲しいものを与えてほしい、つかのまの安らぎを味わわせてほしい、という甘ったれた神経で小説を読む人間から距離を置いていたいという気持ちが、わたしにそうさせます。

 そのような、そうげんさんの真摯なる姿勢、ある種の骨っぽさ、今朝の満月みたいな輝き方が、書き手でもある読み手には、いささか眩しすぎて、だから読み手は不安になる、自分の足許が、不確かになってくる、だから否定したい、安心するためにも否定したい、そんな気持ちにすら追い込まれてしまう、そんな力を、そうげんさんの書かれるものと、書かれる姿勢は持っているのだと私は思います。
 鍛練場に上がっている他の作品についても、こんなの小説じゃない、とか、こんなの純文学じゃない、とか、不自然な否定を、断言口調で、あるいは、ときには疑問形を装ったりなんかして、繰り返す読み手、のふりをした書き手さんが散見されますが、そういう方は、たぶん、自分の姿勢を、執筆姿勢を、そうげんさんのように確定できていなくて、だから不安なんじゃないかな、って私なんかは思うのです。
 ひとさまの作品に対して私たちが言えるのは、本当ならば、私的には面白かったです、あるいは、私的にはつまらなかったです、または、文法的な誤りの指摘、および相互に好意的なる創作的な雑談、くらいのことしかないんじゃないか、と、私は元来感じていたのですけれども、鍛練場だなんて名前がついているからでしょうか、マウントしたり、ディスったり、なんのためだかわかんないけど、そんな行為が横行してたりもするんですね。最初来たとき、私、面食らって、筆を折ろうか、くらいに不安定になったりもしたんですが、その後開き直ったみたいに適応して、気がついたら自分も、そういうネガティブな関係性の波に呑み込まれていたように思います。だから、何をどう言われようがぶれない、そんなふうにお見受けいたしますところの、そうげんさんの真摯なる姿勢は、やっぱり夜明けの満月みたいに眩しいんですよ、私たちにとっては、たぶん。

 だなんて、作品への感想じゃないようなコメントを長々と失礼いたしました。

そうげん

カリフラワーの存在価値について考える人さまへ

まずは感想をくださいまして、ありがとうございます。今回の感想もしっかり考え抜いて書いてくださったことのわかる内容でした。読むたびに、ここまできっちり書いてくださる感想に出会えて、鍛錬場に投稿することのよさを感じた次第です。

>極論を書けば、達観というニュートラルな思想を整形するために、ニュートラルとは程遠い極めて個人的な力が加えられており、結果として、ニュートラルな考え方がニュートラルに感ぜられないのである。意図せずして、信頼できない語り部の亜流の作品になっており、読者にとっての共感の得にくさの要因はこの点にあるように思える。

信頼できない語り部の亜流になっている、というご指摘にはどきっとさせられました。物事のいい面だけを描いてしまったことで、それはおためごかしのように感ぜられる。また言葉の選び方に一定のバイアスがかかってしまっているのは、この小説に限らず、わたしが物を書くときに選択する姿勢の種類がそうさせてしまうところなのかと思います。

いま、先日完結した、岩波文庫の『失われた時を求めて』の新訳の1巻を再読していました。1巻ばかりを何度も読んでいて、いまだに四巻以降に進んだことがないのですが、この作品を読んでいても、やはりカリフラワーさんのおっしゃるニュートラルという言い方について考えさせられます。『失われた時を求めて』は読んでいると、あれほど長く考えを開陳しているのに、とても自然で、とてものびやかで、とてもニュートラルな感じがする。内面に関して、とてもうまい具合にアウトプットされているからなのだと感じます。わたしの今回の書きものは、力みが入りすぎている。そのことを考えながら少しずつ読んでいました。とてもためになるご指摘をくださいまして、ありがとうございました。

>例えば、過去のフランスの美化された像と現在の日本の凋落した像の対比があるが、それぞれに対する、一方がポジティプで他方がネガティブといった、印象の好悪のアンバランスのことではなく、現在の姿を語る部分が非常に弱く感ぜられる、強弱のアンフェアネスに認められる類のものであるように思える。

フランスを20年前、日本を現代として時間的に異なるふたつを比較していること、また自身の年齢に20年の開きがあるというところに、このアンバランスの原因もあるのですが、にしても、単純な場所の比較になってしまっているのは、わたしの書き方のまずさそのものだったと思います。単純な一方が良くて、一方が悪いというような書き方になってしまっているのは、そのとおりなので、ぐうの音も出ません。

>しかし、それは、この小説とは逆の方向のやり方、虚飾という名のアンフェアネスの突き抜けた中でこそ、より輝くものではなかろうか? 

そうですね。虚飾を用いることを是として、いったん受け入れたうえで書くことも必要かもしれません。書き方をいろいろ試してもみたいと思います。ありがとうございました。

そうげん

uさまへ

コメントをくださいまして、ありがとうございます。

小説の文章じゃない――追憶ということでいえば、題材としては、梶井基次郎の『檸檬』のような作品も好きです。ああいう書き方ができるといいなと思います。今回のわたしの作を読み返してみると、説明文のようでもあるし、かなり堅苦しい書き方になっている。いわゆる小説というのが地の文があって、会話文があって、適度にゆるみもあって、気分良く読み進められるものであるとするならば、たしかに一般の小説のようではないといえるでしょう。

ただ小説はどんなふうに書いてもいいと思っていて、一般のテンプレートに拠りたくないという気持ちがわたしにはかなりあります。といいながら、いま書いているものは、uさまのおっしゃるような、いわゆる小説的な書き方を採用したものであるのですが。

>疾走感ない

そうですね。動きがないからだと思います。考えているだけだし、実際に行動をとらせていないからでしょう。しかも2は書かれたものを読んでいるだけという形で、3以降を書いていないので、そのように感じられるのは仕方がないですね。

残念という感想をお持ちになったのに、ちゃんとコメントを書いてくださったことをうれしく思います。ありがとうございました。

群青ニブンノイチ

数日前にあったこのスレ主によるものらしい伝言板への書き込みの内容が少々気になっていたもので、どういったやりとりがなされるものなのか、一読者として些か無関係でもなさそうな気配に引き留められつつ観察しているのですが、肝心なところばかりはピュアな少年が何ごとかに熱心な無駄足を重ねるがごとくじれったい有り様にあるようなので、先んじてお邪魔させていただきました。


>まずは包丁の研ぎ味を鋭くしておく必要がある。

勝手に参加させてください。批判ばかりしているらしいわたしのことですから、よくあることなのでしょう。
>まずは包丁の研ぎ味を鋭くしておく必要がある。 といったようなことをさも高尚のごとく自らの姿勢に対して憚りなく言明出来てしまう辺りのセンスが、そもそも研ぎ澄まされたものとは思えない、といった違和感のようなことをもってわたしはたぶんこの作品について、古臭いとかつまらない、とお伝えしたのだと改めて思わされました。
個人的には、研ぎ澄まされているらしいことを標榜するよりは、自らの鈍さこそをしかと受け止めて観察することこそを重視したいと考えるものですから、相容れないのも無理はないと納得しました。


>自分が経験したことをベースにしたものを、起伏に富んで、面白いものにしようとすれば、それはあきらかに自分にとって嘘が混じってしまうことになる。心地よい嘘というものがあるかもしれないけれど、フィクションのために自分ではまげたくないものをまげてしまうのは自分の中の道理がゆるしません。

>小説も、嘘を書いちゃいけない、と、私なんかはそう思うんです。フィクションであろうが、ファンタジーであろうが、内面の模様に、事象と事象との角度に嘘があってはならない。小説は所詮作り物なんで、嘘でしかない、というのは間違いだと私も思います。作り物ではあるけど、嘘ではない、それが本来の表現であろうかと。嘘は、人の深いところに整合しません。頭だけで、プロットとか演算して、読み手をひっかけようと捻り出されたそれは、表現足り得ないと思います、たとえ商品足り得たとしてもです。

わたしはお二方の考えに否定的な考えでいます。
おっしゃりたいことはわからないでもなく、といった上でのことと理解してほしいです。
まるで算数の話でもしているのかと思わされるほどの違和感を覚えます。ご自身で否定されていることをむしろ忠実に実行されているように見えなくもないところがもはや不可解とさえ、ということです。

嘘、という定義が狂っていませんか。

不愉快に思われてもまったく構いません。
おっしゃられていることはわからなくもないですが、どう好意的に受け止めたとしても小説における嘘などと言うものは、その作品の設定や背景が持つファクトチェックに対する耐久性云々程度の話に過ぎないような気がするのですが、いかがでしょうか。
むしろ、積極的に世界としての嘘を構築しなくて、それを楽しんで楽しませられなくて何が小説なんですか。創作なんですか。
作品に込めるものに嘘のない態度で臨むことはわたしも当然と考えるタチのものですが、その意思を作品そのものの性格として、あるいは目的として落とし込みたがる、さも自己実現か何かのために小説というものに仮託しているかのような言質を知ってか知らずか自らのうのうと標榜して言明して憚らない態度、しかもそれを爪の先ほども自覚する意思がないようなことを反論の如く魂胆と手段において表明出来てしまう辺り、個人的にはやはり所詮濁った何かを察しずにはいられない気がしてしまいます。

個人的な精神論など、創作に向き合う姿勢としてのみ強力に保持すればよいだけのことであって、それを作品そのものの目的やら性質に持ち込んだ上に読み手にそれを理解しろだのわからない奴はただの批判だのとしびれを切れすような有り様について、一体誰がどんな価値を認めたがるというのですか。
そんなものはただ自分が可愛いだけの、実にケチ臭いだけのエゴとしか個人的には受け止めようがないように思えます。

経験として恐らく断言できるものと思うのですが、あなた方が考えているような良心なり忠心のようなものは、世間にとって案外どうでもいいことのように思います。
何故なら、そんなことは当たり前のものとして見過ごして、それに加えて見たこともない、理解出来ないようなことを名のある誰かが認めて推奨して吹聴されて、面白いとその価値を安心して認めてもいいのだと説得されてようやく手に入れたくなるような人がほとんどでしかない、それが世間というものです。

そんな有り様を嘆くのも汚らわしと嫌うのも個人の自由に違いありませんが、所詮ケチ臭いような美徳を貫いてみたところで相手にされなければ、価値を認められなければ存在しないことと何も変わらないのだと、個人的には考えます。

結果以前の美徳なんて、ただケチなだけの態度のように思います。
臆病なだけ。
自分に嘘をついてでも誰かの役に立って、価値を認められて、そうして初めて主張出来るものこそが美徳としてふさわしいもののはずで、あなた方が言っているようなことは投票にも行かないくせに国や政治を嘆く古ぼけたような老人と大差ないように思われても仕方がないような気がします。

とにかく、古臭いです。

KT

合言葉はバイアスですか

そうげん

はるかさまへ

再訪してくださり、ありがとうございます。はるかさんから返ってきます反応は、夜の湖面にうける星明り、月明かりのようなもので、まるで鏡のように澄んだものを感じさせます。無音の夜の静けさのなかに、ほのかな反射光のみが、皓々と輝いているというようなイメージです。

その光を受けながら、今回は、書くことについて、小説特有の「嘘」について、自分は何を書こうとしているのか、について考えてました。群青さんも書かれたことですが、どうも、わたしの言葉の使い方による「嘘」と「虚飾」と、ほかの人がこの言葉を用いる時の用い方、その意味させようとする方向性にずれがあるために、正確な意見交換がしにくくなっている印象をもちました。

古くからあることば――『述べて作らず』をわたしは意味させたくて、自分の言葉をつづったように思います。それを、小説はフィクションだから、つまりは嘘であるという雰囲気の言葉の用いられ方をすると、その人にとっての言葉の用い方は理解できても、わたしの意見と重ねて理解しようとすると、整合性がとれなくなる。人によって、言葉の使い方にはちがったものがあるから、それをこみで言葉と言葉以上のものを受け取らなければ、内容の理解はおぼつかない。この点にこそ、自分と異なる相手の作品なり、発言なりを、十分に捉えられるか否かの分水嶺があるように感じます。

他者の作品に接して、批判というより、非難の口吻のおおい人は、人によってちがったものを意味するもの、こと、に対する受容するだけの寛容さが発生せずに居られる気がします。なぜ文章を書くのか、そこの動機も本来ひとそれぞれであるはずなのに、小説が生み出される根本の動機はひとつのことでしかありえないというような、こわばった定着の仕方をしてしまっている。ふだんから小説をどのように読むかという点にもかかわってくることだと思います。

わたしたちは商業ベースにのっている存在ではありません。生活をかけて、すこしでも金銭を貸せばなければならない、そのためには一人でも多くの財布からお金を捻出させなければならない。そんな切羽詰まったところに置かれた存在ではありません。そもそもデビュー未満の存在であるのに、読者獲得のために、うわべを取り繕って書くことに習熟することに、なんの益があるかと思います。実質的な成果が得られたにせよ、書き手の魂はたぶん死ぬでしょう。そこが嘘をまじえないとわたしが言いたいポイントであって、読者のためを第一義において、書くことこそわが信念という人にとってであれば、それはたぶん「嘘」ではなくなるでしょう。しかしわたしにとってはそれは嘘にあたる。だから、人によってちがった意味をもって扱われている言葉だと思います。

はるかさんが書かれる動機について、作品のコメントなどから拝察するに、嘘ということをどのように捉えられているのかがおぼろげにわかってきます。たぶんわたしに近い考えもしていられるかなと思ったので、今回、言葉をつらねて書いてしまいました。

さいきん思うのは、鍛錬場に集まられる方たちは書き手である人が多いため、いわゆる一般に読者といわれる人とは考え方も、小説に対する姿勢もちがっていると思います。インターネットもあまり使わない、自分ではSNSもあまり使用しない。そういう人も本の読者の中にはかなりあると思います。ものを書くときにはそちらの方にも意識を向けて、鍛錬場のなかに通用する意見だけをうのみにしない姿勢が重要だと思ってます。

はるかさんも、自分なりの書き方、姿勢、貫いていかれるといいなと思ってます。ではありがとうございました。

そうげん

× すこしでも金銭を貸せばなければならない
〇 すこしでも金銭を稼がなければならない

そうげん

群青ニブンノイチさまへ

わたしの用いる「嘘」の言葉の根幹にあるのは、「枉げる」という言葉に近似します。

https://www.weblio.jp/content/%E6%9E%89%E3%81%92%E3%82%8B

ま・げる [0] 【曲げる・枉▼げる】
( 動ガ下一 ) [文] ガ下二 ま・ぐ
① まっすぐな物・平らな物を、まがった状態にする。 《曲》 「針金を-・げる」 「ひざを-・げる」 「アルミ板を直角に-・げる」
② ある意図に基づいて、事実や規則をゆがめる。 「事実を-・げて報道する」 「法を-・げる」
③ 自分の主義・主張をむりに変える。気持ちなどを抑える。 「彼は金のために主義・主張を-・げるような男ではない」 「自説を-・げる」 「勿論(もちろん)節操を-・げて呉れといふては無理になるが/社会百面相 魯庵」 「母具したる者は…といふままに-・げられて/落窪 3」 〔先方の本意には合わないと思うが、そこを何とか変えてほしいという気持ちを込めて、「-・げて御承知願いたい」などと言う〕
④ (「駕(が)を枉げる」の形で)貴人がわざわざ来訪する。 「宮殿に駕を-・げて、民を安んじ/麒麟 潤一郎」
⑤ 〔「質(しち)」と発音が同じ「七」の第二画がまがっていることからか〕 品物を質に入れる。 「当分いらぬ夏綺羅-・げて七十両/浮世草子・好色旅日記」 〔「曲がる」に対する他動詞〕

群青ニブンノイチ

コピペに、辞書ですか。
さっそく文章を諦めたみたいで結構なことです。
釣られて湧き出るハイエナみたいな馬鹿とやっていることが変わりませんね。
それもそれぞれの考え方ということなら結構です。
ずれがある、ですか。
わたしたちはそんな隙間にこそ棲みたがる物好きの集まりではないんですか。
あまり怠けたようなことを言いたがるものではないです。



大層なことおっしゃるわりに、どうしてあなたそんなに言い訳ばかりが多いのですか。
商業ベースだの、お金がどうの、誰が言いましたかそんなこと。
わたしは、誰が、誰に向けて、何のために、何を書くのか、ということを言っているだけです。
その目的意識の在り方について、一意見として言わせてもらったまでです。
ご自身でおっしゃられていること、そのまま当て嵌めてみてください。
嵌りが悪いから、余計な言葉が必要になるんです。
あるいは、余計なことばかり持ち込むから嵌りが悪いのではないですか。

相手にされなければ意味がないと言っているんです。
何もかわりません。

考えが古いですよ、明らかに。
これは助言です。
世の中はどんどんスマートなものになっているのに、どうしてそんな無駄な保身にばかりこだわるんですか。
付いていけない人なんて、笑われる価値もありません。
そんなこと、毎日の生活の中ですら当たり前にわかることでしょう。
まったく理解できません。



>そもそもデビュー未満の存在であるのに、読者獲得のために、うわべを取り繕って書くことに習熟することに、なんの益があるかと思います。実質的な成果が得られたにせよ、書き手の魂はたぶん死ぬでしょう。


呆れるほど馬鹿な戯言ですよね、見ている人全員呆れますよ、絶対。
ダブルスタンダードって、ここでよく言われるアレです。
馬鹿が脊髄反射でよく言うやつです。
相手が必要ないなら、山にこもって木の皮剥いで得意の御託を刻んでいたらいいです。
誰にも批判も非難もされません。
批判、非難ですか。
本当にケチ臭いですね、自分のことばかり。


全てはあなた次第だということを、あなたは頑なに理解しようとしない。
本当に貧しく、古臭い人です。
軽蔑します。


またへんなもの伝言に貼りますか。
がんばってください。

そうげん

群青様へ

無駄が多すぎる。駑馬を吐きたいだけに見える。
漢字一字の定義などいいだすから、嘘、枉のラインで比較すればいいと思うだけ。
あと基本ネガティブの文言に付き合うのが面倒なので、燃料投下を控えただけです。

そうげん

>誰が、誰に向けて、何のために、何を書くのか

「(現時点)自分が、(現時点からその先の未来までの)自分に向けて、日々の積み重ねとして、日本語を書いている」

だけの文章です。今回の本文は。
書けるときに書くのが、自分にとって必要だからという理由のみです。
それに類することはすでにこの感想欄のほかのスレッドで書きました。

そうげん

✰ sougen ✰
@SGN12192770
さっき寝ているときに亡くなった祖母と前の実家の夢を観ました。祥月命日も近づいてるので、起きてすぐに仏壇に手を合わせて「南無南無」と唱えてきました。
午前11:23 · 2019年12月17日·Twitter Web App

たしかにこういうツイートしてるし、古臭いのはいなめないわ。

群青ニブンノイチ

いえ、無駄が多いのではないですよ。
あなたがケチ臭いだけです。
何度も言ってます、大丈夫ですか。しっかりしてください。

何ごともそう感じてしまうあなたのケチ臭さ、ということをずっと言ってるだけなんです。
ですから、そうやって都合よく勘違いしたがって、誤魔化してばかりいたらダメだと言っているんです。
もうそんなのどかな時代ではないですよ、と言っているんです。
利己より利他、近頃の世の中はどんどんスマートになりますし、それを理解しない人には想像以上にシビアなものなのではないですか。
それをちゃんと理解した上で、嘆き悲しんでください、せめて。
わたしたちに役割があるとするならたぶん、そういうことなのではないのですか、例えば。
わたしも人のことは言えたものではないですが、それにしてもあなたこそ自惚れて傲慢。
尊重出来ません。

もうやめますね、キリがないことをすみませんでした。

そうげん

群青様へ

あなたがどんな人かは知りません。
ただあなたがもし子の親なら、
子はたいへんだと思います。
どうぞお元気で。

九丸(ひさまる)

拝読しました。

『客が余した25年もののグランクリュワイン、エシェゾーを一杯飲ませてもらった。アルコールよりも、こなれて、まろやかな風味に酔わされた。若いときにはばらばらだったはずの要素が、長い年月のうちに複雑に絡み合い、一体化して、なにか別物に変化していた。』

ワインにはあけ時があります。
熟成はもちろん、今寝ているのか起きているのか。寝ていても起こす方法はあります。
そうげん様がこの話を書いたのは、書き時だったのでしょうか?
それとも、寝たこを起こす決意表明みたいな感じとか?
上記は単純な興味からきいてみたいと思いました。
感想がだいぶ遅れたので、気づいてもらえたら嬉しいです。

失礼します。

夜の雨

そうげんさん、読みました。

>追憶はどういった形式で描くのが適しているだろうかと思いながら、「思うままに」書いてみることにしました。

たしかに「思うままに」書いていて、方向性が示されていないと思いました。
ネットの辞書によると「追憶」は、昔のことや故人のことをなつかしく思い出すこと。過ぎ去ったことに思いをはせること。過去を思いしのぶこと。
というような意味です。

御作と言えば「+1+」には、現状が書かれていて、「追憶」ではありません。書かれていることは「追憶」への準備段階(前振り)と思います。

「+2+」になり、「この夏も日本は暑かった。」からやっと、縁台を出して腰掛けながらうちわにスイカまでがセットだった、田舎の昼下がりを思い出す。
という具合に、「追憶」らしいものが顔を出す。
>あのころ一緒に腰かけた祖母はもう居ないし、縁台をしまっていた実家そのものが潰えたし、この国の程度を増した暑さがもはやそんな過ごし方を許さない。時代は変わったね、と嘆くことしかできない。<
これで「追憶」が本題に入るかと思うと「マルセイユ」の話に流れが変わる。
せっかく「縁台に一緒に腰かけた祖母の話が出てきた」のに、違う方向に進んでいく。
本来なら、祖母という人物と主人公にどんな交流があったのかを掘り下げていくと、そこに人間ドラマが見えてきて、追憶が形になると思います。

しかし御作は昔の田舎での祖母と主人公の話ではなくて、「二十年前に歩いた五月のマルセイユを思い出す。」ということで、「たった一年をそこに過ごしたというだけで、その国に愛着を持った。」という、マルセイユの三日間の話が書かれています。

だけど、マルセイユでの出来事は観光案内のような内容で、人間関係が描かれていません。
マルセイユでの人間関係の出来事を描くと、御作に厚みが出てくると思います。

>マルセイユの三日間にかぎらず、<
>たった一年をそこに過ごしたというだけで、その国に愛着を持った。<
わかりやすく書いておいたほうが良い。
マルセイユの三日間以外は、どこでどんな生活をしていたのか。
そこで人間関係ができていたのなら、そこから話を書けばよいと思います。

ほかにも読書体験やら文章を書くことから得た体験などが書かれていますが、人間関係が絡んでいないので、書きものとしては薄いものになっていると思います。

それでは、頑張ってください。

\(^o^)/

 滞在していたフランスでの楽しい思い出話のはずが、楽しさが全然伝わってきませんでした。御作を読んで思い浮かべる光景は、映画でいうとヒキの映像ばかりです。それでは観客は飽き始めます。ヨリの映像が思い浮かぶような描写にすると臨場感が出て、生き生きとした魅力的な作品になるでしょう。
 文末が単調で退屈します。工夫しましょう。過去の出来事を思い出す話だから過去形になるのはまあ当然なのですが、小説の場合は現在形も併用して過去の出来事を生き生きと描き出すことができます。
 何箇所か現在形でフランス滞在中の出来事を書いてらっしゃいますが、さらに現在形を増やすと良くなります。ただし、やたらめったら現在形にしてしまうと不自然になるので効果的な箇所でそうしてください。
 漢字変換したほうが良いと思われる言葉がひらがなのままなのがやたらと目について仕方ありませんでした。カギカッコの使い方とか句読点の位置とか、いろいろ不適当な箇所が散見されます。
 内容は盛り上がりがなくて特に引き込まれるものがなく、最後まで読むのにかなり骨が折れました。文章そのものが変だったり説明不足だったりするので気になりました。何度も見直ししましょう。

そうげん

九丸(ひさまる)さまへ

ワインにはあけ時がある。――今回の作品に描いたものは、あけ時がうまく図られていなかった可能性があります。唐突に扉が開いて連絡がつながってしまったようなものかもしれません。それはわたしも書きながら感じていたところで、文末において「自分もいずれそこまでの域に到達することができるだろうか。生きてさえいれば。」と語らせることによって、いまだ追憶を書くという目的、こなれるという目標には到達していないこと、永遠の未完成をあらわすのかもしれない書き方で、いわば言葉を濁している部分であります。

まだあれを書きたい、これを書きたいという気持ちに主導権を取らせながら書いているので、どれを書き、どれを書かないかの余裕ある選択までは到達できていません。ふいに起こされて、戸惑いの中で、寝ぼけながら書いてしまったといえる文章かもしれません。長年寝かせたワインの真価をひきだすには、適切なデキャンタ―ジュが必要でもあって、その酸素に触れさせる作業としての今回のこの文章を書くという行為が、今後のものを書くことへの糧となるのかどうか、自分のなかではいまいちはっきりしない部分でもあります。

味わいのあるコメントをくださいまして、ありがとうございました。

そうげん

夜の雨さまへ

1は主人公の私生活の場面で、2が主人公に文章を読んでほしいといって渡してきた知人の原稿であります。わかりにくくてすみません。

ほかの人の感想にも、人との関係性を描けていないという言葉がありました。人に関心を持つよりも、舞台に関心をもってしまう。仕組み、構成、結構のほうに関心をもってしまう。なぜ、どうして、というものを、運命のほうに寄せてしまいたくなる感覚があります。この小説では他者の痕跡をなるだけ抑え込んでしまって書いていたことを、あとで読み直しながら感じとりました。祖母のことをそれ以上書かなかったのも、この抑圧?抑制?が効きすぎました。

観光案内のようになってしまっている――そうですね。それは確かだと思います。人物を動かすときの道具立てとしてバランスよく書ければいいのだけど、根詰める感じに、言葉を費やしてうねうね書いております。マルセイユは観光だけなので、それほど密に人との交流はなかったにせよ、現実のわたしはこのとき、9人の集団でマルセイユに来ていて、仲の良かった二人で別行動をすることが多かった。食事のことも書けばいいのだし、どんな店に入って、店の人とのやりとりなんかも書けばよかった。でも書かなかった。それは主人公に原稿を手渡した知人の現今の心持ともかなりつながる部分であるのですが、書かなかったことは、あとであれこれいっても始まらないことですね。

感想をくだしましてありがとうございました。
わたしも夜の雨さんの小説をひさしぶりに拝読することができて、うれしかったです。
それでは失礼いたします。

見習いさんH

文章お上手ですね。

二章は来栖さんの原稿でよろしいですよね。
タイトルは無いのかな? 知りたいです。

NHKの『世界ふれあい街歩き』(前、違う番組名だったような……?)みたいな雰囲気で私は楽しめました。かな?

正直、一段落目が苦手で読ませていただけていなかったのですが、二段落目からじょじょに御作の世界に入って行けました。

超私感ですが、楽しく読ませていただきました。

そうげん

\(^o^)/さまへ

頂戴しました意見を参考にして、よりよいものを書けるように励みたいと思います。
ありがとうございました。

そうげん

見習いさんHさまへ

はい。2章は来栖さんの原稿でした。3章以降も書いて出せていれば雰囲気もかわったかもしれませんが、
2章までの投稿になったので、もっともらしいことも伝えるわけにはまいりませんが。

NHKの『世界ふれあい街歩き』はわたしも好きな番組です。
余計なナレーションや演出が少なくって、街を歩いている感覚や
建物や通りの距離感がちゃんとわかるのが好きな理由です。

リアルタイムにちかい、実況のような感覚で各通りや印象を描ければ
雰囲気もかわったかもしれません。現状は、概観を述べるような形式になってしまってます。
中島敦の「光と風と夢」のように、行動に肉薄するように、しかし一歩引いた形で描けると
印象はちがったのでしょう。

たぶん、今回の題材も、もっと描くに適した方向性があったのだと思います。
簡便に筆をとりすぎたように思います。なにはともあれ、ありがとうございました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内