作家でごはん!鍛練場
ガヤ・マエデール

純白な悪意

「別れよう」


彼に呼び出されてやってきたカフェのテーブルには、一冊の母子手帳が置かれていた。
その手帳の表紙には、知らない女の名前が記されている。

「誰?」
「職場の人。いつも優しく相談とかのってくれて、家庭的な人なんだ。彼女はとても繊細な子で、このままだときっと一人では生きていけないと思う」


薄々気が付いていた。

こんな風になるとまでは予想していなかったものの、絶望と言うよりも呆れたというのが率直な感想だった。


彼とは10年程前から交際しており、去年のちょうどこの時期ぐらいに婚約し、正式ではないものの、彼の家族とも会っている。

彼の家族は、自営業で花屋を営んでいる両親、IT関係の仕事をしながらも、
休日は花屋を手伝っている5つ程上の兄、そして今、私の前でのこのこと別れを切り出した彼の4人家族である。


その花屋は、たまたま会社の送別会の花束を購入するために入った、とてもこじんまりとした店だった。

そして、その時丁寧に花を見繕ってくれた店員さんが、彼のお兄さんであると知ったのは、だいぶ後の話である。


私に初めて花の美しさを教えてくれたのは、彼のお兄さんだった。


私は、婚約者がいるのに他の女に手を出す程のろくでなしと、真剣に結婚を考えていたのかとついため息が漏れた。

きっとそのため息の中には、このろくでなしを本気で愛していた自分に対する軽蔑のような感情が大いに含まれていた。

「ほら、お前は図太いしさ……。一人でも大丈夫だろ?」
顔色を伺う様に彼は暫しの沈黙を破った。

一人でも大丈夫?
一人で大丈夫ならあなたと結婚なんて考えないでしょ。

こんな嫌悪感を抱いているのに、まだ本当は何かの間違いなんじゃないかって思おうとしないでしょう?

心の中で黒い何かが渦を巻いていた。

ーーこいつの人生をめちゃくちゃにしてやりたい。
私の人生を賭けても。

どれだけ私が2人の将来について悩んだかも知らないくせに。


「そうね。分かった」
手短に返事をすると再び重い沈黙が訪れた。彼はこの重圧に耐えかねたかの様にそそくさと母子手帳を鞄へ入れると財布から千円札を2枚、テーブルの上広げた。

「じゃあ」

今にも椅子から転げ落ちそうな勢いで立ち上がると足早に店を出て行く。テーブルの上にはとっくの昔に冷めたコーヒーと彼が置いていった2000円が並んでいた。
冷たいコーヒーを啜りながら財布を出す。

無駄にポケットが多いせいか使ってない所がいくつかあり、その中の一番奥のポケットへ2000円をしまった。

コーヒーカップの中に映る私は酷く惨めに見えた。


伝票を掴んで、会計を済ませて出た2月の街は肌寒かった。

ーー少なくともこの店に入る前よりも。

バレンタインデーとやらで賑わう街並みの喧騒を何処で遠くに感じながらも、鞄の中でマナーモードにされていた携帯を取り出して、電話帳を開く。
無数にある番号を飛ばして一つの番号で止まった指は、少しの躊躇を振り払うかの様に勢いよく画面を叩いた。

「もしもし、どうしたの?」

暫しのコール音の後に聞こえた声は、とても優しかった。

「今日、泊めてもらえませんか?一人で家にいる気分じゃないんです」



あの日から3ヶ月程過ぎた。
私はあの日と同じカフェの、あの日と同じテーブルの、あの日と同じ席で、目の前にはあの日と同じ様に彼が座っている。

「話って何?」
やはり重圧に耐えかねた彼は、少し早口で話を切り出した。
「挙式の日程は決まった?」
彼の様子も構わず涼しい顔で返すと、
「いや、6月は予約が多いらしくって……。一応後半の方で空いている式場を探して、何件かに絞ってはあるけど……」と何でそんなことを聞くのだろうという顔をしながら、たどたどしく彼は目線を逸らして答えた。

彼の返事を聞きながら鞄をまさぐって小さな化粧箱、少し皺のよった2000円、そして一冊の母子手帳を並べた。

化粧箱の中には、私の指に合う9号の婚約指輪が渡された時と同じ様に納まっていた。

「これ、返すね」
「何……これ」
彼は、表紙に今日の日付で私の名前が記されている手帳を掴んで、驚いた表情で私を見た。
単純でわかりやすい所も、私には無くて好きだった。

ーーもう、そんな事も言えないけれど。

彼と言えば、父親の欄の名前には特に見覚えがあるらしく、口の中でもごもごと何か言っているみたいだが、声にならない様子でただただ私を見つめていた。

そして、やっと捻り出した声で彼は「兄貴」とだけ呟くとがっくりと力無く項垂れた。

私は高笑いしたいのを抑えて彼に優しく微笑みかけた。

「挙式は折角だから同じ日にしましょうね」

ーfinー

純白な悪意

執筆の狙い

作者 ガヤ・マエデール

結婚を前提にしていた彼から別れを切り出されたので色々と「お返し」をしましょう!
くれぐれもこういうヒトにはご注意下さいまし。
これはこれで(いろんな意味で)ハッピーエンドだったりしてね…。

コメント

u

ガヤ・マエデール様 よみました

マア若干の毒も含んでて、(寓話)として、かあーるく読む分には面白い

落ちはこんなに上手くいかんやろー! とは思いますが
それもご愛敬かな

御健筆を

アドミラルアオバ

読ませていただきました。いいですね!こういう話は大好きです。それに、軽く読める程度の長さと、「お返し」のなんといいますか重さ?強さ?もとても印象に残るいい作品だと思います!
いやー女の人って怖いですねぇ…
次の作品もぜひ頑張って下さい!

ガヤ・マエデール

u様、コメントありがとうございます!

あくまでも、世の中の浮気男性諸君に向けた嫌味(?)と皮肉を込めたダークラブと言ったところでしょうか?

この作品が、ネット小説の処女作ですので、現実味が薄いのはご愛嬌でお願い致します^ ^

まだまだ未熟者ですが、他サイトで細々と書いていますので、宜しければご覧ください(*´∀`*)

本当にありがとうございました!

ガヤ・マエデール

アドミラルアドバ様、コメントありがとうございます!

優しいお言葉に感涙が止まりませんm(__)m

まだまだ未熟で、誤字脱字も多いわいですが、これからも頑張っていく所存です(*´∀`*)

ダークサイド多めな小説を、他サイトにて連載しております。
宜しければ覗いて頂けると嬉しいです^ ^

本当にありがとうございました!

群青ニブンノイチ

>こんな嫌悪感を抱いているのに、まだ本当は何かの間違いなんじゃないかって思おうとしないでしょう?


わたしが読めていないだけならとても恥ずかしいのですが、引用した一文の意味がよくわかりません。
よろしければ教えていただきたいです。

何しろ文章が読みずらいですし、一つのセンテンスあるいは場面において、表現しようとしているらしいことはわからないでもないのですが、語り手の視点というか観察のようなものが無軌道にウロウロして、目的に即していないような印象を受けました。
恐らくは表現としての工夫とかそんな結果の迷子、というよりは、未熟がさせる単なる観察の鈍さのように感じさせられるのですが、どうでしょうか。腹が立ったならすみません。


悪意、というなりには恐らくは復讐のようなオチのはずなのですが、これって復讐になっていますか。
ハッピーエンドだったり……、ともおっしゃられていますが、それも何だか腑に落ちない感覚のような気が個人的にはしてしまいます。

何が言いたいのかといえば、書き方の得手不得手とかストーリーとしての見当違いとかそういうことではなく、単純にこういったことをする上での、例えば嗅覚とか、そんな感じのことを言っているつもりなのですが、わかりますか?
面白いとか、あり得ないとかそういったこと以前に、ザルの目が馬鹿になっているというか、文章を書きたがるにあたってそもそもの感覚が何だかおかしい感じであるばかりに、作品以上に作者のパーソナリティを叱られてしまうようなことがこのサイトではよくある気がするのですが、別に作者のことを言っているのではなく、という意味においてなのですが、そういった感じに近いズレのようなものがどうにも書かせてしまうらしい、わかる必要もない意味の分からなさ、のようなものが終始付きまとっている文章のように個人的には感じさせられた、ということです。
上手く伝えられなくてすみません。


書こうとする場面について、観察したがる視点が少しずつおかしな感じにズレている気がします。

ラピス

ご都合主義かなーと思いました。が、結末をグダグタ説明せずに行間で読ませた辺りなどは参考になりました。
個人的には胸がスカッとしましたよ。

\(^o^)/

 面白く読めました。彼の裏切りに対する人生をかけた仕返しになっていると思います。それが正しいとか間違っているとか道徳や倫理観で裁いて、「こんな作品を書くなんて」と作者の人間性を否定するのはまったくのナンセンスなので、私はしません。
 十年前に出会っていた彼の兄とどんな関係だったのか一切説明がないのが却って良い効果を出していると思います。センスを感じました。
 三点、気になったので手直しされることをおすすめします。

こんな嫌悪感を抱いているのに、まだ本当は何かの間違いなんじゃないかって思おうとしないでしょう?
 この一文、文意が不明です。

「マナーモードにされていた携帯」ではなく、「マナーモードにしていた携帯」とするほうがすっきりした文章になります。わざわざ携帯電話に擬人法を用いる必要を感じません。

「今日、泊めてもらえませんか?
文脈からすると、この電話の相手は彼の兄で、両親と(もしかして弟である彼とも)暮らしていると読み取れます。だから「今日、泊めて」は妙です。「近所で一人暮らしをしている兄は仕事が休みの日には実家の手伝いに来ていた」という説明でもあれば違和感を拭えます。

ガヤ・マエデール

群青ニブンノイチ様、コメントありがとうございます!

この作品は小説を書き始めた頃の処女作で、読み返してみると恥ずかしいところも多く、ご指摘頂いた点もその一種だと思われます。

わい自身、指摘して頂かないと右も左も分からない未熟者ですので、ズバズバと言って頂けて、嬉しく思います(*´∀`*)

より良い作品となるように精進させて頂きます!

本当にありがとうございました!

ガヤ・マエデール

ラピス様、コメントありがとうございます!

グダグタと説明がましいのは、性に合わないというか、それだからこその描写の欠落が多いガヤさんですが(笑)、そう言って頂けて嬉しいです!

本当にありがとうございました!

ガヤ・マエデール

\(^o^)/様、コメントありがとうございます!

丁寧なアドバイス、参考になりました!
また、嬉しいお言葉を頂き、感謝感激です(*´∀`*)

より良い作品を作れるよう、しっかりと構成させて頂き、今後の糧にさせて頂きます!

本当にありがとうございました!

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