作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

傷寒――熱が出たあ!

 何となく体がだるい。塾の教師は休む訳にはいかないので、無理をして出かけたのが悪かった。授業が終わってやっとアパートに帰りつくと、そのまま布団に倒れ込んだ。
 二月はじめの寒い日だったが、それにしてもこの寒さはどうだ。布団にくるまっていても寒い。震えがきて節々は痛むし、首や肩がこる。
 風邪だろう。風邪には早めのパブロンというコマーシャルを思いだした。机の引出しを探したが、バブロンは空っぽだった。町の薬局まで買いにいくのは億劫だ。
 ふと、権田医師の言葉を思いだした。風邪には漢方薬が一番だそうだ。幸い明日は塾の授業はない。明日一番に権田医院に受診しよう。
 明け方、割れるように頭が痛くて目が覚めた。寒けがするのに、体温を測ってみると三十九度の熱がある。こんなに熱があるのにほっておいて大丈夫だろうか。
 九時を待ちかねて権田医院にかけ込んだ。
「鶴崎さん、今日はどうしました?」
 看護師が僕の名前を覚えていた。
「えらい熱がありますねん。風邪です」
渡された体温計を挟む。
「けっ、四十度もある」
 体温計をはずし、その数字を見て僕は悲鳴をあげた。
看護師は僕を別室に連れて行き、鼻に綿棒を入れて鼻汁を採った。
十五分ほどして呼ばれると、
「ほう、かなり熱がありますな」
 権田医師は平気な顔で僕の脈に手を添えた。
 僕は懸命に昨夜からの症状を訴えた。
「はやく、熱が下がるように注射をして下さい」
 権田医師は私の言葉を無視してカルテに書き込んでいる。
 120という数字が見えたが脈拍数らしい。
「タイヨウビョウのショウカンですな」
「タイヨウビョウ? ショウカン?」
 聞いたことのない病名だ。風邪、あるいはインフルエンザではないのか。
「タイヨウビョウとか、ショウカンとか、何のことですか?」
 僕が尋ねるのは当然だろう。
「あ、これは漢方医学用語で、太陽病と書きます」
 権田医師はメモに太陽病と書いて見せた。
「太陽という言葉は、漢方医学ではそもそもの始まりという意味があります」
 それで?
「だから太陽病は、病気の始まりを示しています」
 そりゃあ、昨日から風邪を引いたので、始まったばかりには違いないのだが。
「発熱疾患を、漢方医学では経過に従って、太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病と分類しています。太陽病から始まって、次々と段階が進むということですね。これは今から一千七百年ほど昔、中国の傷寒論(しょうかんろん)という書物に書かれています」
 はあ、と答えて聞くしかない。
「で、傷寒論では、太陽病の段階を二つに分類しています。ショウカンとチュウフウですね」
 権田医師はメモ用紙に傷寒という文字と中風という文字を書いた。
「脈が浮(フ)数(サク)、悪寒・発熱、骨節痛み、頭項強痛、かつ自汗のない状態を傷寒と言います。数(サク)とは数が多いことです。これは傷寒論に書いてあることですがね」
 漢方医学の講義を聞きにきたのではない。はやく、この熱を下げて貰いたくて来たのだ。
「インフルエンザではないのですか」
「いや、インフルエンザですよ。インフルエンザの検査でインフルエンザA型が陽性です。要するにですね。インフルエンザの熱の出始めを、漢方では傷寒と言うのです」
 傷寒でもインフルエンザでもどちらでもいい事だ。早く熱をさげて貰いたい.
「では早く注射をして熱を下げてください」
「注射はしません。熱を下げては駄目なんですよ」
「えっ?」
 病気で発熱しているのに、熱を下げては駄目とは、初めて聞いた。権田医師は薮医者ではないのかと疑った。
「ところで、インフルエンザの時、なぜ発熱するか知っていますか」
 権田医師は僕を試すように言う。
「そりゃあ、風邪を引いたからですよ」
「だから、風邪を引いたら何故熱がでるかということですよ」
「そりゃあ、風邪のウイルスの為でしょ」
 そんなことは当り前で、その理由なんて考えたこともない。
「ウイルスが体内に侵入して風邪という病気が起きる。では、三十六度の時と三十九度の時と、どちらがウイルスは早く増殖すると思いますか」
 僕は知らない。三十九度の方が身体は弱っているから、その方がウイルスの増殖が早いのではないか。当たり前の話だ。
「体温が高い時の方が、ウイルスの増殖は抑制されます」
 全く意外な答えだった。つまり、発熱している方がウイルスは広がりにくいそうだから、それは常識に反するのではないか。
「ウイルスをやっつけるのは薬だと思いますか?」
 権田医師は皮肉っぽく質問した。
 決まってるではないか。だから風邪薬が市販されているのだ。僕がそう答えると権田医師は笑った。
「風邪のウイルスを殺す効果的な薬は今の所ありません。タミフルとか、リレンザとかインフルエンザの特効薬がありますが、これはウイルスが拡大するのを防ぐだけで、ウイルスを殺す作用はありません。ウイルスを殺すのは、マクロファージとか好中球などの白血球を中心とする生体防御機能です。で、この生体防御の働きは、体温が高い方が活発になります。だから、発熱とは、体がウイルスと戦うためにわざわざ体温を上げた現象です」
 では医者に行って薬を貰うのは何故だ。
「市販の売薬も、医者が出す薬も、中心は鎮痛解熱薬です。薬を飲むと、一時的に熱は下がります。体は困るんですね。戦いの最中に熱を下げられると」
 つまり、薬を飲んで熱を下げるのは戦いの邪魔をしていることになる。だから薬の血中濃度が下がると、戦うために再び体は熱を上げる。これまで、薬を飲んでも、熱が下がったと思ったらすぐにまた上がっていたのはこの為だ。
「ではどうしたら良いんですか」
「麻黄湯を出しましょう。まず、帰ったら一包飲みます。布団をかぶって寝て下さい。汗が出なかったら又一包飲みます。こうして汗が出るまで、三時間毎に一包飲み続けます」
 そんな、一千七百年も昔の薬が効くのだろうか。
「熱は下がりますか」
「戦いが一段落すれば、体は熱を下げるために汗を出してくれます。だから、体が熱を下げても良いと判断するまでは熱を下げてはいけません。多分、三回か四回飲めば汗が出るでしょう」
「じゃあ、別に薬を飲まなくても布団をかぶって寝ていれば良い訳でしょ」
「そうですがね。麻黄湯は体温を上げて体がウイルスと戦うのを助けるんですよ」
「では、かえって熱は高くなるんですか」
「そうです。熱を下げる時期がくれば発汗を促して効率よく熱を下げます」
 他に患者が居ないので、権田医師の漢方講義はえんえんと続く。
「タミフルは飲まなくても良いのですか」
「私の経験では、タミフルを使っても使わなくても、麻黄湯だけと同じ事ですがね」
 タミフルが出ると薬代が高価になるので遠慮することにした。
「ところで、インターネットをやっていますか?」
 いきなり話が飛んだ。
「やっていますが」
「では、インターネットで、『傷寒論を斬る』と入力して検索してください。暇ならこれを読んでください。ここら辺りの考え方が詳しく載っていますよ。これはちょと専門的になりますがね。ところで小説のほうはどうなっていますか?」
 権田医師は僕が小説を書いているのを知っている。
「太宰治賞の一次を通過しましがね」
「そりゃあ立派なことですね。頑張ってください」
 解熱剤で熱を下げないのは不安だが、この調子では解熱剤は貰えそうもない。いつもの風邪では、解熱剤を飲んでも三日や四日は熱が下がらないのに、こんなことでは先が思いやられる。今日中に熱が下がらないと、明日の塾は休むことは出来ないのだ。
「あ、インフルエンザですから、解熱しても数日は出勤しないで下さい。職場でインフルエンザウイルスをばらまくことになりますから。必要なら診断書を書きますが」
診断書を書いてもらうことにしたが、数日の休講は痛いが仕方がない。生徒に感染させては大変だ。

 僕はアパートに帰ると、言われた通りに麻黄湯を一包飲んで布団にくるまった。三時間経ったが汗は出ない。熱っぽい感じが強くなる。よほど熱が高いのだろう。また一包飲んだ。熱っぽい感じは益々強くなる。三包目を飲んで少しうつらうつらしていた。
 目が覚めたのは夕方だった。大量に汗をかいている。タオルで体を拭き、ぐっしょりと濡れた下着を取り替える。着替え終って、あれほどの頭痛が嘘のように消えているのに気がついた。体温計を挟んでみる。三七度だった。
 これは驚きだ。権田医師の言った事は本当だった。
 しかし、これまでの風邪では一旦熱が下がってもすぐに熱が上がっていた。だから、今度もそうに違いない。僕は教務主任から嫌みを言われる場面を想像した。こうなった以上、インフルエンザでなかったら這ってでも行かなければならないだろう。
「インフルエンザなので数日休むように言われました」
 教務に電話すると、
「困りましたな。何とか出てこれませんか」
「行けない事は無いのですが、解熱後数日は感染力があるので休むように言われました。診断書は提出します」
 事務員の舌打ちする音が聞こえた。インフルエンザが塾生に広まったら大変なことになるので、これ以上文句は言えまい。
 翌朝、目覚めた時に熱がないことに気がついた。本当に解熱してしまったのかも知れない。何とか午前中に、権田医院に受診した。
「どうです? 三回か四回目に汗が出て熱は下がったでしょう」
 本当にその通りだった。
「太陽病の傷寒の時期に麻黄湯か葛根湯を飲む。これがいちばん早く熱が下がります。寒けがして熱が出たときに、解熱剤を飲むのは最悪です」
 なるほど。確かに僕の場合はそうだった。それなら、なぜ多くの医者は漢方薬を使わないで解熱剤を使うのだろうか。
「大抵の医者は漢方医学を知らないし、風邪の時の発熱の病態生理を知らないからですよ。体温が上がれば薬で下げる。血圧が上がれば薬で下げる。なぜ、そのようになったかを考えないんですね、西洋医学の医者は。その点、漢方医学では体のバランスの乱れ、あるいは生体反応によると考えて、そのバランスを是正することで治そうとしています」
 でも、僕には漢方医学が万能とは思えない。
「それはそうですよ。西洋医学が優れた領域、漢方医学が優れた領域がそれぞれあります。それを上手く使い分けするのが有能な医者ということになりますね」
 とすると、権田医師は有能な医者というわけか。まあ、もう少し付き合っていれば分かるだろう。
 いかつい顔だが、何となく権田医師に親しみを感じるようになった。

家に帰って、インターネットで「傷寒論を斬る」を検索した。読んでみると、素人には分かりにくい難しいことが書いてあった。
何でも、日本の昭和漢方隆盛期を代表する二人の漢方の大家の言い分が違うことが事細かく書いてある。素人の僕にはよく分からないこともあるので、一度暇なときに権田医師を訪れて聞いてみたいと思った。

それにしても麻黄湯が効くのは何故だろう。高熱は下がったが、まだ三七度前後の微熱があるようだし体がだるいので権田医院に受診することにした。
「まだ少し微熱があり、体がだるいのですが」
 権田医師は、どんぐり目をくるりと動かせて言った。
「少陽病の段階に入ったのですよ」
 少陽病? 前のときは太陽病と言ったはずだが。
「あ、少陽病とは、太陽病の次の段階に入ったと言うことですよ」
「え? まだ治りきっていないのですか」
「ボクシングに例えれば、第一ラウンドでノックアウト勝ちすれば終わりますが、少陽病とは第二ラウンドに入ったということです」
「ボクシングなら話が分かりますが、インフルエンザで第二ラウンドと言われても……」
「つまり寒気がして高熱が出る。これは体の生体防御機構とウイルスが戦っている状態ですね。これが第一ラウンドです。第一ラウンドで勝ちましたので、このままで勝負は終わるのですが、体のほうはまだ戦後処理の問題が残る場合があります。そこで第二ラウンドに入ります。これが少陽病というわけです」
 日本語としては理解できるが、実際には何のことかわからない。
 僕が首をかしげたのを見て権田医師が続けた。
「戦後処理ではどうしますか? 戦争で壊された建物や道路の整備が必要ですね。つまり、体で言えば、先ず消化機能を強くして栄養を取り体力を回復させることです。もちろん生体防御力を強化することも必要です。漢方ではこの段階を少陽病と言って、主として柴胡剤を使います。代表的な小柴胡湯には免疫力を強化する作用が証明されております」
「そんな……。二千年も昔にそんなことがわかっていたのですか」
「勿論、その頃は分かっていません。ただ、経験的に柴胡を含む柴胡剤が良いという事を知っただけですが、最近の研究では柴胡剤には免疫力を強化する作用が証明されています」
 漢方医学は経験的医学ということか。なるほど。理屈はどうであれ、薬は効かなければ意味が無いので、その「少陽病」と称する薬のうち柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)を貰って帰ることにした。まだいろいろ聞きたいことがあるが、次の患者が待っているようで看護師が盛んに目配せしている。漢方薬を四日分ほど貰って引き上げることにした。
 それを飲み終わる頃、体調はすっかり回復している。やっぱり漢方薬はよく効くようだ。
 もう一つ嬉しい事があった。応募していた小説が太宰治賞の二次選考を通過していたのだ。
千人超えた応募者で一次選考に通過するのは七十人程だから、これは大したものだと思っている。
 もう少し漢方のことを知りたいと思って、土曜日の診察時間の終わりごろに電話して権田医師の癒合を聞いてみた。権田医師は漢方医学に興味を持った患者がうれしいらしく、土曜日の午後に来るように承知してくれた。
 指定された時間に行くと、
「まだどこか悪いのですか?」
 看護師が不思議そうに尋ねた。二十歳代半頃だと思うが、ポッチャリした感じで僕の好きなタイプだ。
「いや、風邪のほうはすっかり良いのですが、漢方医学の話を聞きたいと思いましてね」
 看護師は診察室を覗いて、どうぞと言ってくれた。
「ほう、漢方医学に興味を持ったとは感心なことですな」
 権田医師は上機嫌で言った。漢方に興味を持つ患者が増えると嬉しいらしい。
 僕は公募の二次選考通過を知らせたかったこともあるが、漢方をテーマに小説を書いたらどうだろうかと思ってみたのである。いわば取材のようなものだった。
「以前に太陽病には、傷寒と中風とがあるとお聞きしましたがその違いは何ですか」
 権田医師は隣の部屋から厚い本を二冊持ってきた。
「漢方医学を学ぶには、先ず傷寒論を学ばねばなりません。これは『傷寒論』という本の解説書ですがね。日本における傷寒論研究者の第一人者である大塚敬雪先生と奥田謙蔵先生の解説書です。もともとの傷寒論の著者である、中国の張仲景は、後漢後期(三世紀初め)頃の人と伝えられていますが、今でいう県知事の様な役目の人だったらしいですな。その頃、中国で大変な疫病が流行り、大勢の人が死にました。それで、張仲景は、各地の治療法を尋ねて回り、それをまとめたのが傷寒論だと言われております。日本の傷寒論学者は、傷寒論は絶対に正しく、且つ理論的で、そこに述べられている事には間違いがないと、えらい信用している様ですが、僕が読んだところでは、これは単に経験の寄せ集めで、理論は全くありません」
 僕にとっては、傷寒論が理論的かどうかは関係なく、傷寒と中風の違いを知りたかったのだが、権田医師が熱心に説くので聞かざるを得なかった。まあ、傷寒論の話を聞いておくのも無駄にはならないだろう。
「傷寒論の原著は条文の様に書いてあるのですが、その条文の解釈が大塚先生の本と奥田先生の本とでは違っている事が沢山あるのですね」
 ここで、権田医師がにやりと笑った。
「違っているとどうなりますか?」
 別に違っていてもかまわないと思うのだが……。
「昭和の漢方医学の二大権威の二人の先生が言っている事が違うと言う事はどう思いますか?」
 僕にはそれが重要な事とは思えなかった。小説の世界でも、「小説とは」と定義させると有名な小説家の言う事にも色々あって、どちらが正しいとは言えないだろう。また、文学賞の審査でも、高名な小説家ばかりの審査員で意見が真っ向から対立することもあるそうだ。
 僕が加入している「作家でごはん」というサイトでも、掲載された素人小説に対して、小説になっていないという感想と、いや立派な小説だと言う感想が入り混じっている。
 僕がそれを言うと、
「小説と医学とは違いますからね。大塚先生と奥田先生の言っている事が違っていると言う事は、どちらかが正しければもう一人の先生は嘘を言っていることになる。傷寒論が理論的であると言っている以上、解釈の違いはそういうことになりますね」
「では、権田先生はどちらの大家の言っている事が正しいと思いますか」
「どちらも正しくありません」
 へー、これは意外な言葉だ。
「何処が正しくないのか説明して貰えますか」
 小説の世界では、読者としての感覚で評価されるだろう。だからこの感覚には個人差があって当然である。つまり、好き嫌いがあっても良い。しかし、理論的と言っている傷寒論という医学書の解釈に違いがあるとすれば、どちらかが間違っていることになる。真理は一つしかない筈だ。
 これは面白いことになった。大塚、奥田の両権威のどちらが間違った事を言っているのか。僕は素人だけど、野次馬として知ってみたい事だ。
「例えば、大塚先生はその著書で『傷寒論を説くには傷寒論をもってしなければならないという日本独自の傷寒論の研究法が誕生するのである』と述べていますが、こんな馬鹿なことが考えられますか。傷寒論を説くには現代医学理論をもってしなければならない、というのが正解です」
 確かにそう思う。理論的に正しいと言う事はちゃんと理論的に証明されたことでなければならない。しかし、二千年近くに書かれた事が理論的に証明されていると考えるのは如何にもおかしい事だ。
 僕の納得がいかない顔を見て権田医師が本を広げた。
「まず、傷寒論の太陽病に関する条文を見せましょう。末尾の数字は大塚先生の本の条文番号です」
 その本には次の様な条文が書かれている。
 太陽の病たる、脈浮、頭項強痛して悪寒す。(一)
「つまり、太陽病は悪寒から始まると言うことですね」
 太陽病、発熱汗出で、悪風、脈緩の者は名づけて中風と為す。(二)
「これが中風の定義です」
 太陽病、或いは己に発熱し、或いは未だ発熱せず、必ず悪寒し、体痛、嘔逆、脈陰陽倶に緊の者は名づけて傷寒と曰う。(三)
「太陽の病たる、脈浮、頭項強痛して悪寒す。これが太陽病の定義です。頭痛がして悪寒がする。インフルエンザや風邪の時の状態ですね」
「僕も悪寒がして高熱が出ましたからこの通りでしたね」
 だから権田医師はいきなり傷寒と言ったのだ。
「中風は次の条文で示されています。つまり、太陽病、発熱汗出で、悪風、脈緩の者は名づけて中風と為す。この条文の、発熱汗出で、悪風、という言葉に注意して下さい。この状態はおかしいとは思いませんか」
 確かに僕の場合は悪寒から始まった。
 僕は医者ではないから何処がおかしいのか良くわからない。首をかしげると、権田医師は当然のような顔で言った。
「あなたがインフルエンザにかかった時の状態を思い出して下さい。熱が出てすぐに汗が出ましたか」
「いや、寒気がして高熱が出ました」
「そうでしょう。それが当然です。次の条文は、太陽病、或いは己に発熱し、或いは未だ発熱せず、必ず悪寒し、体痛、嘔逆、脈陰陽倶に緊の者は名づけて傷寒と曰う」
「高熱が出て悪寒がしましたからこれに近いですね。でも、嘔逆、脈陰陽倶に緊というのは何の事かわかりません」
「嘔逆とはむかついたり吐くことですね。脈はその時僕が見ましたがいわゆる緊の脈でした」
「すると、あの時僕はやはり中風ではなくて傷寒だったわけですね」
「そうです。だから、傷寒ということで麻黄湯を出したのです」
「ちょっと分からないのですが、悪風と悪寒とどう違うのですか」
 権田医師はテーブルをぺたんと叩いた。
「良いところに気が付きましたね。悪寒は鶴崎さんが経験したように寒気がしてガタガタ震える事です。悪風は条文をよく見てください。発熱汗出で、と書いてありますね。熱があったけれど汗が出て熱が下がりましたね。これはその時の状態を示したものです」
「では治りかけた時の状態ですか」
「その通り。発汗は熱を下げるための生体反応です。だから、この条文は出ていた熱が汗が出て下がりかけた時の状態を示しています。つまり、中風とはこの段階の状態です」
「では、どうして中風が病気の始め、つまり太陽病になるのですか」
「まあ一番始め、ということでなくても比較的始めと考えたら良いでしょう」
「でも、この条文を見ると、傷寒ではじまるものと、中風で始まるものと二種類あるように見えますが」
「その通りです。傷寒論の解釈としてそのように言われておりますが、これが間違いなのです。まあ、生体防御のメカニズムが分からなかったのですからそのように解釈したのでしょうが、中風から始まるのではなく、傷寒を経て中風になると僕は考えております」
「では何故、傷寒論には中風と傷寒とは別物のように書いてあるのですか」
「昔、と言っても現在もですが、患者はすぐに医者に受診するわけではありませんね。傷寒の時期に受診する者もあれば解熱しかけた、つまり発汗しかけた段階で受診する者もいる。だからこれを時期的な違いと見ずに別物と考えたのですよ。汗が出た時に風に当たると寒いですね。これが悪風で、発熱の準備状態としての悪寒とは全然別物です。これを二人の大先生は、寒気の程度の違いとしか考えていないのです。第一、発熱する前に汗が出る事はありません」
「では、傷寒の時に麻黄湯を使うのはなぜですか」
「こんな条文があります。太陽病、頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風、汗なくして喘する者は麻黄湯之を主る(二十二)。喘するとは咳が出ることですが、咳は風邪のときには大抵出ますね」
「なるほど。条文に従ったわけですか。しかし、先ほど先生は傷寒の悪寒と中風の悪風を区別して言われましたが、ここではどうして悪寒ではなく悪風になっているのですか」
 権田医師がにやにや笑った。
「そこですよ。傷寒論は各地を回って治療法を集めたものだと言ったでしょう。いわば取材して回ったわけですね。となれば取材源によって表現は違うことがあります。確かに悪風も寒気ですから、人によっては悪寒のことを悪風と呼んだ人が居たかもしれません。張仲景は聞いた通りを書いたのでしょう。だから昭和の漢方大家は困ったのです。悪風は悪寒の程度の軽いものとかなんとか屁理屈をつけて説明しようとしているのです。だから中風の悪風は汗が出てからと書いてありますので、中風の悪風と書くのが正しい言い方で、傷寒では悪寒で無ければなりません。つまり傷寒論は絶対に正しいのではなく、間違いもあるということです。それを認めないのでこじつけ解釈が多くて、現代医学を学んだ僕らが見るとこっけいな解釈をしているわけです。しかし、傷寒論の価値は、そんな屁理屈をこねることではなく、有効な治験例を集めた処方集であるということです」
「葛根湯も風邪の薬として昔から有名ですが」
「葛根湯も傷寒に使います。太陽病、項背強ばること几几、汗無く悪風するは葛根湯之を主る(十八)。太陽と陽明の合病は、必ず自下利す。葛根湯之を主る(十九)。傷寒で背中や肩が凝ることがよくありますが、こんなときに麻黄湯ではなく葛根湯を使います。また葛根湯は下痢を伴うときにも使うことがあります。ここで日本の漢方家が大きな間違いをしているのですね。これは本格的に漢方医学を勉強しないと分からないことですが、漢方医学では体質を、実証体質と虚証体質とに分けて考えますが、実とは体力がある人、虚とは体力が無い人と考えていますがこれが大きな間違いです。麻黄湯は実証の人に使う。葛根湯はそれよりやや虚だが実証に使うと書いてある本が多いのですが、これは大塚、奥田両先生の考えを無批判に踏襲して言っているだけです」
「では権田先生はどのように考えるのですか」
「麻黄湯と葛根湯には麻黄と桂枝が共通して含まれて居ますが、葛根湯には胃腸に対する生薬が含まれているというのが大きな違いです。だから胃腸が少し弱い人には葛根湯という事になります。また、葛根には筋肉の凝りをほぐす作用がありますので、肩こりの強い人に使っても効果がありますね」
「よく風邪気味だから市販の葛根湯を飲んだら治ったという話を聞きますが」
「それは葛根湯が効いたのではなく、もともと普通感冒は薬を飲まなくても一週間もすれば自然に治るのですよ。葛根湯はあくまでも傷寒の薬です。飲み方は麻黄湯と同じで良いのですがね」
 漢方医学の奥は深い。傷寒という病気だけでもこれだけ議論をすることがある。その他の漢方薬を知るには大変な勉強が必要だろう。最後に質問してみた。
「権田先生は誰に漢方医学を習ったのですか」
「それは、近くに漢方医学に詳しい友愛クリニックの瀬川修二という先生が居られてね。もう八十歳くらいになられますかな。その先生がまだ若い頃、近くの漢方に興味がある医師たちに何年間も講義してくれたからですよ。その先生は『傷寒論を切る』という論文をホームページに掲載しています」
 もう一度帰って『傷寒論を切る』やその他の漢方医学解説記事をじっくりと読んでみようと思った。分からないことや専門的なことは権田先生に尋ねればよい。
 僕の気持ちを察したのか、最後に権田先生が言った。
「漢方医学の奥は深い。君に興味があるなら暇なときにいらっしゃい。漢方の話ならいくらでも歓迎だからね」
 権田医師のそばにいた看護師が微笑んでうなずいた。

                   了

傷寒――熱が出たあ!

執筆の狙い

作者 大丘 忍

インフルエンザが猛威をふるっていますね。皆さん、大丈夫ですか。
以前に権田医院シリーズとして掲載していた小説ですが、狙いとしては難しい漢方医学理論を素人に小説風に説明することです。読みやすいことを心がけましたが、難しい漢方医学理論は理解できなくても仕方ありませんね。読んだ方、どの程度理解できたかお知らせください。
「傷寒論を斬る」は、ネットで検索すれば出てきます。

コメント

u

大丘 忍さま よみました
先生の作は全て何のよどみもなく読めて、これといった破綻もなく面白く読ませて戴ているのネ
小説としては纏まっていらっしゃる
でもそれだけ

オトシでしょ? ゴメン ですから
得意のエロ及び男尊女卑に徹し、妄想駆使して、むちゃくちゃな女性に嫌われるような、そんなんあたしはかいてほしい

御健筆を

大丘 忍

素人には(医師にも)難解な漢方医学理論を、小説の形を借りれば多少は解り易くなるのでは、と言う試みです。昔「漢方小説」という題名の小説が某文学賞を受賞したことがありますね。
漢方医学を分かりやすく説明するのも小説技法だと考えました。
得意のエロ、を書いてほしいとのことですが、やはりエロというよりセックスを書く事は人間の本質を書くことで私はすきなのですが、またそのうちに考えておきましょう。

ラピス

なるほどと、為になりました。お医者さまからレクチャーされたようで。
病院に社内報があれば、この話が載ってても遜色はありませんねー。
大丘さんにリクエスト。以前に書かれたキャバレーのような小説が読みたいです。気が向かれましたら、お願いします。
ご健筆を。

大丘 忍

ラピス様

読んで頂き有り難うございます。
医師や薬剤師など、医療関係の方以外には面白くないと思いましたが興味を持っていただき嬉しく思います。漢方薬には漢方薬のいい点がありますね。ただ漢方医学は難しいという先入観があります。これを小説風に書くのが目的でした。
キャバレーのような小説。実はキャバレーには行ったことが無いので想像でしたが、またストーリーのあるものを掲載しようと思っておりますのでよろしく。

高梨

漢方についてのお話でしたね。
三行で十分伝わる内容かもしれません。
太宰治賞の選考に主人公が通ったということもわかりました。
これといって重要なテーマがないかもしれませんが、それはそれでいいかもしれません。

大丘 忍

高梨 様
読んで頂き有難うございます。漢方医学で言う「傷寒」の意味がわかりましたか? それの幾分かでも分かっていただければこの小説?を書いた意味があります。
難しい漢方用語の一部でも理解できたらというのが書いた目的でした。

瀬尾辰治

大丘さん、読みました。
とはいっても、先だって読点に苦労してからは、大丘さんの地の文だけは読んでいます。
(プロが書いたのを読むと、これは説明、これは感想……。とそんな感じで、ほんと簡単に見えますけどね)

石田衣良は、三人称の何タイプかはわかりませんが、読点の打ち方にしても、大丘さんの書き方とちょっと似ていますよ。(地の文は読みよいです)

自分は、書き方も知らずに、三連続で一次選考も通りませんでした。
そんなわけで、桃太郎とか、彼とか、その他いろいろ立場を変えて、大丘さんの地の文で、読点の鍛錬をさせてもらっています。すみません。

読むには読んでいるのですが、時間があればそんなことをしているので、漢方医学の内容までは、あまりわかりませんでした。
以前、知人から黄色い木を貰ったことがありますよ。苦い木でした。
タヌキの油を貰ったこともありました。
それは、切り傷、風邪、なんでも効くと言うてましたが、効いた覚えはなかったような気がしています。
子どもの頃、南天の実のシロップを飲んで、直ぐに風邪は治ったような覚えがありますよ。それとも、治る寸前だったのかもしれないですが。
食べたことはありませんが、イモリの黒焼きも、何かに効くそうですね。

大丘 忍

瀬尾辰治様

読んで頂き感想を有難うございます。漢方医学は難しい理屈なので読んでいただいても分からないかと思います。それを分かりやすくするにはどうしたらいいか。小説風にしたらどうだろうか。これがこの小説の試みでした。しかしいくら小説にしても、やはり太陽病とか中風とか、分かりにくいですね。
小説の書き方として、私はできるだけ分かりやすい平易な文章を心がけております。素人作家の中には、凝った文章がいい小説だと勘違いしているのか、内容は乏しくても凝った文章を書こうとしている方がありますね。それも一つの考え方でしょうが私は文章に凝らず、出来るだけ平易な文章を心がけております。美辞麗句よりも、小説はそれによって何が言いたいのかが読者に伝わる必要があると思うからです。
まあ、小説の書き方は難しいですね。
これからも宜しくお願いいたします。

瀬尾辰治

大丘さん、そうですね。
太陽病、中風、これはピンとこないです。
誰が読んでもわかるように書く。
松本清張も、同じことをテレビで言っていました。自分もその通りだと思います。
自分は、三連続で通らなかったころ、無駄を多く書いていましたねー。それに、書き方は新聞記事のように詰めて書いて、出版社に送ったことでした。
二年ちょっと前まで、書き方も知りませんでしたから。
今年の十月に新しいのを送って、いまは落ちた三連続の一つを書き直しているんですけどね。

大丘さんの地の文ですが、ちょっと近づけたらいいかな、と思うことがあるので書いてみます。(書き方の好みですけどね)
例えばです。
 犬が向こうから歩いてきた。
 向こうから犬が歩いてきた。
 雪が夜の町に降りはじめた。
 夜の町に雪が降りはじめた。
参考になればです。

簡単と思っていた読点ですが、どうしても理解できんのがあるんですよ。
こっちでは区別しているのに、こっちでは区別していない。それはなんで? そんなんです。
時間があるときには、よろしくお願いします。

大丘 忍

瀬尾辰治様

 犬が向こうから歩いてきた。
 向こうから犬が歩いてきた。

 雪が夜の町に降りはじめた。
 夜の町に雪が降りはじめた。

 このなんでもない言い方でも、どちらでも同じとはいえないでしょうね。どちらを選ぶかは、そのときの状況によると思います。小説を書く場合はそこまで考えろと言うことですね。

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