作家でごはん!鍛練場
まほろ

真夜中の子供

 雪哉(ゆきや)は昨夜のクリスマスコンサートで聴いた『シャコンヌ』を口ずさみながら目を覚ました。それは昨夜初めて聞いた音楽で、口ずさみながら家路をたどり、口ずさみながら風呂に入り、口ずさみながら眠りに落ちた。うつうつと意識が浮かび上がりながら覚醒しつつ、眠りに落ちた時のきっちりその続きから口ずさんでいることを自覚した。また脳内で口ずさみながら顔を洗い、「脳内で歌うことを一言で言い表す動詞が欲しい」と思った。

 雪哉は内定の取れていない大学四年生だ。教養学部という名の、他人からしたら何をしているのかよく分からない学部に所属している。就職活動は諦めた。卒業論文も諦めた。それらの過半は、雪哉の異常な記憶力に起因する。幼い頃から一日の出来事を逐一記憶していた。初めて聞いた曲を歌うことができた。どんなに画数の多い漢字でも、一目見ればすらすらと書けるようになった。一度会った人の顔を忘れず、歴代ローマ教皇の名前を時系列で諳んじることができた。雪哉の記憶力は感情移入したときにより強く発揮されるが、本人にその自覚はなかった。

 雪哉は二十二年前の十二月二日、九州には珍しく猛吹雪の荒れ狂う真夜中に生を享けた。幼い頃より興味の持てるものがなく、ために仕方なく本を読んでいた。小説はよく分からなかったので小学校低学年のうちに読むのをやめた。その後はまた仕方なくポピュラーサイエンス誌と呼ばれるものを読んでいた。どんなに画期的歴史的な発見にも、雪哉が心を動かされることはなかった。その頃雪哉にとって大事だったのは、家業を手伝う折、業務用冷蔵庫に入るときにはどのくらい分厚い手袋を使えばいいのかとか、連続して冷蔵庫の中にいられるのは何分までかとか、そうしたことであった。雪哉が記憶している限り、冷蔵庫の中に連続でいられた最長時間は約八十二分、小学六年のときの記録である。

 学校には中学受験をするという生徒が何人かいたが、彼らは学年の数パーセントを占めるのに過ぎず、小学六年の秋冬にちらほらと欠席しているのが時折話題に上るだけであった。雪哉は、そういえば大分の伯父さんは中学を出てすぐ山に働きに行ったんだぞ、と酔った父親がなぜかえらそうに話していたなあ、と思い出した。

 雪哉の両親は酒も煙草も好んでおり、特に母親は妊娠中も喫煙をやめようとしたことはなかった。一度などは酔い過ぎて失禁した母親の介抱を九歳の雪哉がしたこともある。春の土曜の昼の、よく晴れた日のことだ。父親も父親でたちが悪く、接客業なので他人には頭を下げるのだが、その憂さ晴らしとでも言うかのように酒を飲み酒に飲まれ、雪哉に暴力を振るった。父は母に手を上げたことはなかった。その理由は今でもよく分からない。

 雪哉は県内で一番の公立高校に進学した。母親は働いておらず、父親も職を転々とするばかりで、奨学金を借りなければならなかった。雪哉は工業高校に進学し卒業後に働くと主張したが、それを母親が許さなかった。雪哉の天賦の学力に目をつけ、親戚間から初めての大卒者を出すことができる、そうすれば見栄を張れると目論んだのだろう、と雪哉は見ている。結局雪哉は奨学金を借りることにして進学校に行った。進学した学校ではアルバイトが禁止されていることを知ったとき、十五歳の雪哉はしばし呆然としたものだった。

 父と母は大の病院嫌いで、幼い雪哉が食中毒で発熱しようが、手の指を骨折しようが、病院に連れて行くことはなかった。そのために雪哉の左手の薬指は変形治癒をしている。簡単で退屈な授業の間に薬指をぽきぽきと脱臼させるのがほとんど唯一の暇つぶしだった。定期テストや模試の成績は良かったので、教師も誰も雪哉に文句を言うことがなかった。両親が医療費の愚痴を言うために雪哉は病院へ行けない。もちろんドラッグストアで風邪薬を買うこともできない。母親が十年来新しい服を買っていないほどの貧しい家だ、そんな余裕はない。そんなものだから雪哉に風邪を引くという「贅沢」は許されなかった。家に帰れば母が「あんたは働きもしないで」と罵ってくる。雪哉は端的に「生まれる家を間違えたな」と思う。「親ガチャ」に失敗した。良くも悪くも進学校に通えているのは、チャンスなのか危機なのか。
 雪哉は「吉田さんとこの純ちゃん、何とか検査技師になる専門学校に行きたいからって、学費貯めるためにバイトしてるんだって」「あんたを大学に行かせる余裕はないからね。十八になったら一人で生きな」と言われつつ高校生活を送った。闊達なクラスメイトたちはどの数学の介抱が美しいとか、この大学の物理の研究は面白いとか、そういう高尚な話をしていたが、雪哉はそういう話に入っていけなかった。そのくせ彼らは雪哉よりも長い勉強時間をかけて、低い成績を取っているらしかった。雪哉にはそのあたりの事情もよく分からなかった。

 雪哉が十八になる直前、冬の初めに、今後の進路をどうするのかと担任教師に問い詰められた。雪哉は成績振り分けシステムにより国立理系クラスに入れられていたが、公立高校にさえ奨学金を借りなければ通えない人間だ。「経済的事情から、大学進学は絶望的かと思われます。就職するつもりです」と言ってきたのに、担任教師はそのたび雪哉の言葉を否定した。誰にも彼にも否定されては立つ瀬がない、と思う。雪哉は結局、「ここまで借金したんだから、どうせなら行けるところまで行け。教育ローンでも組んで東京の大学に行ったらどうだ」という父親の一言で、東京にある国立大学を受験した。就職したかったので私立大学は受けなかったし、後期受験も受けなかった。クラスメイトが夜遅くまで予備校に通い詰める中、雪哉は一人授業中に寝ていた。
 九州が春爛漫という時期のある夕に、大学合格通知は届いた。それは顔の赤らんだ父親を少し喜ばせたようだった。母親は泥酔していて何も知らなかったが、後から目を覚ますと近所迷惑になるのではというほど騒ぎ、知る限りの親戚に電話をかけていた。雪哉はまた借金が増えるのか、と小さくため息をついた。

 教育ローンと奨学金とアルバイトを掛け持ちし、雪哉は大学へ進んだ。今度の学校はバイト禁止でなくて良かったと思った。大学の講義に難しいものはなかったが、提出したレポートに「可」の文字がついたときには驚いた。成績って、悪くなること、あるんだな。講義の「予習」も「復習」も、その概念すら知らない子供の感想である。せっかくだから、と入ってみたトレッキングサークルはなかなか面白かった。初心者向けの整備された山道を登り、季節の草花に目を留めては写真を撮るなどするのだ。鳥のさえずりに耳を澄ませ、手作りのおにぎりを美味しくいただき、山の景色を楽しむ。最終的な学部選択にはまだ一年半以上の猶予があったが、やはり自分は理系に進み、極力人と接しない仕事、もっと言うなら山を相手にする仕事などが良いかもしれない、と思えてきた。その小さな希望の通り、一年半の後、雪哉は同大学の農学部森林科学科へと進学する。

 雪哉の大学生活は嵐の前の静けさのように不気味な平穏を保っていた。いつでも穏やかに微笑んでいる級友たち、教養豊かで周囲から尊敬を集める人格を持つ教官たち。家で酔って暴れ、暴言暴力を振るい、挙句には泣き始める両親とは正反対だった。それが雪哉にはどことなく居心地悪く感じられた。この人たちは、家では酒に酔い暴れながら、一歩外に出れば「まともな人間」の真似をして暮らしているのではないか。そう思えてならなかった。また、そういう自分の見方も、誤った思い込みだろうとは分かるのだが、むしろ分かっているだけに、誰にも何も相談できなかった。
 あるとき「不健全な依存とはたった一つか二つ程度のものに命を賭してしまう状態のこと。健全な依存とはたくさんの人やものに頼りながら暮らしている状態のこと」という意味の言葉を本で読んだ。九州の父と母を思い、また自分を省みようと努力した。雪哉には誰かに頼った記憶がない。二歳と三か月以降から記憶を持っているが、着替えにせよ歯磨きにせよ勉強にせよ料理にせよ、雪哉には誰かにものを教わったという体感がなかった。本は読んでいたので、強いて言うならその膨大な数の本の著者たちが自分の親のようなものだろう、とも思った。幼い頃は蔵書の乏しい図書館に辟易していたが、この大学の図書館は、雪哉に確かな満足をもたらしていた。トレッキングサークルと並んで、雪哉の世界でたった二つの宝物である。(未完)

真夜中の子供

執筆の狙い

作者 まほろ
119.239.184.12

この小説を書いた理由:文章力向上のため。小説執筆の勘を取り戻すため。
執筆上の挑戦としては、「内面世界の空虚な人物を一人称で語ってみる」「教育社会学上で得られている知見を小説の中に忍ばせてみる」ことがあります。
ジャンルとしては純文学のつもりです。

コメント

エア
202.127.89.18

拝読させて頂きました。
続きが気になる内容でしたが、説明文が多く本題に入っていない気がしました。

まほろ
106.130.124.59

エアさん

コメントありがとうございます。
本題に入っていないのは、はい、未完なので。
説明文が多いというのは.....「内面世界の空虚な人物が主人公の物語、一人称で書く」という点を考慮してもなお、ということでよろしいでしょうか。
でしたら説明文的だと感じられるのは、主人公の生育環境を説明する必要があるためかもしれません。(教育社会学の知見を小説に取り入れたいので)
ここが直しどころになりそうです。

今気がつきましたが主人公の所属学部の設定に矛盾がありますね。「教養学部の大学四年生」ではなく、「農学部森林科学科の大学四年生」です。

大丘 忍
125.3.255.1

これ、一人称ですか? 三人称のように思えますが。
一人称とか三人称とかの定義は?

まほろ
119.239.184.12

コメントありがとうございます。

その点あいまいですみません。
一人称寄りの三人称、としたほうがより正確ですね。

おけちゃん
61.8.87.55

けっこう面白くて全部読みました。

大学でのサークルや同級生や教官に関する具体的なエピソードがもっと欲しいと思いましたが、この後に差し込まれるのでしょうか。

所属しているのが、最初は教養学部と書いていて、最後は農学部森林科学科と書いてあります。矛盾では?
学部選択の際に進学という表現はやや不自然に感じました。

群青ニブンノイチ
221.22.130.5

全体的なアプローチとして意識された構成、あるいは情報なのでしょうか。
未完で投稿したのは作者の都合でしかないので、読者に理解を求めるのはただの不出来のような気がします。


サブロー君は、釣り目が印象的な男の子です。
お父さんに叱られるので、毎朝7時には起床します。
中学生の頃おばあちゃんにもらった手袋を今でも大切にしています。
飼い犬のゴリアテの散歩が家族の中でサブロー君に与えられた役割でした。
散歩の途中、同級生のゆいなちゃんの家の前を通る瞬間がサブロー君にとって何よりの楽しみでした。
決まってゆいなちゃんの家の塀におしっこをしたがるゴリアテのことが、サブロー君はあまり好きではありませんでした。
それぞれ違う高校に通うようになった今も、そこを通るたびにサブロー君はゆいなちゃんのことや死んでしまったゴリアテのことを思い出して、情けないような、Tシャツのシミを恥じらうような気持ちになるのです。


純文学がどういうものなのかはわかりませんが、読ませてもらった印象に似せたつもりでヘンな文章を書いてみました。
そういう風に読めた、というパロディみたいなつもりです。
失礼でしたらすみません。

読者への期待を抱きすぎではないでしょうか。
魂胆はわからなくもないですが、足りなければ所詮読者を薄情にさせるだけのような気がしてしまいます。
この体裁で書きがるなら、悪いのではなく圧倒的に短すぎるのが最初の課題のような気がします。

まほろ
119.239.184.12

おけちゃんさん
コメントありがとうございます。
けっこう面白いとの言葉、素直に嬉しかったです。
そうですね、サークルについてのエピソードはもう少し挟む予定です。
同級生とのエピソードがなかなか思い浮かばず、今後の課題ですね。具体的なエピソードが1つ2つは欲しいところです。

群青ニブンノイチさん
厳しいご指摘、ありがとうございます。
この未完の文章については、後ほど語り口や設定をいじって書き直すつもりです。

まほろ
119.239.184.12

おけちゃんさん
補足です。
所属学部の矛盾については、はい、自分で気づいてコメントを残してあります。迂闊でした。
主人公が通う大学が東京の某国立大なので、三年生になるときに進振り(進学振り分け)があります。なので「進学」という言葉を使いました。

カリフラワーの存在価値について考える人
194.102.58.6

 なるほど、特異な能力をもった人間の特異な状況を描くことによって、一つの際立った世界を描いてみせる。これは昨今流行の異世界転生小説よろしく、ある種のエンタメを際立たせる常套手段であろう。しかしながら、これは作者が述懐するように、純文学小説であるため、もちろん異世界転生エンタメなどではなく、ひとつの際立ってはいるものの「現実」を謳った小説なのである。
 この小説の最大の問題は、実感の得にくさにある。特異な能力の特異な状況を描く時に、特異な能力もなければ特異な状況にも置かれたことのない我ら一般読者にとって必要なのは、実感するためのなんらかのとっかかりである。しかしながら、つるつるのアイススケートリンクよろしく、この作品にはそれが、まるでないのである。他方、ある面においては、アイススケートリンクとは真逆で、不必要な摩擦が非常に多いといった、グラスリンクの様相を呈するまである。没入感が二重に阻害されるのである。実感の得にくさの要因はいくつか存在する。
 一つは、表層的かつ不必要に思われる情報が非常に多いことにある。このことを説明するために例を挙げよう。「春の土曜の昼の、よく晴れた日」の「土曜の昼」や「二十二年前の十二月十日」の「十二月十日」という記述がある。その仔細に過ぎる情報はその後に続く本筋とは全く関係ないばかりか、読者の頭の中での動き出す小説世界の流れを止める、といった副作用を引き起こす。こういう情報は、読んでいて逐一ひっかかるのである。ひっかかるならば、むしろひっかかるものとして、そのひっかかりに積極的な意味を持たせるならばまだよい。極端な例として、二十二年前の十二月十日午後八時五十五分のことだ、としたらどうだろうか? ここまで徹底するならば、雪哉の驚異的な記憶力とリンクした描写になるため、距離感は三人称、実感は一人称といった効果をにらむことが可能である。
 次に、題材の取り上げ方と個別エピソードの展開の仕方に問題がある。雪哉は特異な人間である。ゆえに、彼の内面と関わる部分での共感の得にくさは必要悪であるので、そのことは認めることとして、彼の状況を描くための小道具がいちいちマニアックなのが問題であるように思える。内部進学のある教養学部というあまりメジャーではない学部を設定したこと、彼の記憶力の特異性を示すエピソードの題材に「ジャコンヌ」なる音楽を選択したこと、彼の幼少時代の興味が業務用冷蔵庫にどれだけ長くいられるかにあったこと、など枚挙に暇がない。なお、田舎者の著者がクリスマスに聴いた曲といえば、田舎でおなじみイオンモールで、うんざりするほど流れていた、ワムやらマライアやらといった喉にパラメータを全フリした人たちの歌う、クリスマスポップミュージックのみであり、ジャコンヌなる格式のありそうな音楽と出会ったことはついぞなかった。話がそれたが、端的に、特異な属性を瑣末なエピソードの中にすら盛りすぎなのである。パステルカラーはパレットを高利的に使わないと、交じり合い黒色へと至るのと同様、マニアックな題材はマニアックな題材に見合った意味をもたせなければ、単に、没入のしにくさに帰着するのみである。例えば、業務用冷蔵庫の中の話は、その特異性ゆえに沸きたつエピソードへと膨らませることができたはずである。吐く息の白さだとか、皮膚が張り付く感覚だとか、感覚に訴えるものでもいいし、また、逆に、業務用冷蔵庫の扉の構造だとか、陳列の様子や、夏の暑い日にそこだけ氷点下の環境が実現できていることの面白さなど何でもよいが、とにかく、特異な状況を、その特異性を逆手にとって、読者になんらかの共感を促す仕掛けを与えて欲しかった次第である。
 「内面世界の空虚な人物を一人称で語ってみる」ための三人称視点での筆致は、おのずと、雪哉と距離をとった筆、淡白なものになるのは、ある意味で、必然といえる。結局のところ、淡白な表現が、読み手の方でも淡白に流れていくという当たり前が生じていることこそが、今作の問題点の総括といえよう。淡白な文章が、読者の琴線に触れ、普遍的な知見、それこそ教育社会学的な知見を、理解ではなく実感としてひきずりだすための工夫が、大局的にも、局所的にも、おそらくは必要なのであろう。
 最後に、ここにのせた冒頭部を例えば、同じ内容で3倍ぐらいに膨らませるだけでも、ずいぶんと印象が異なるであろうことを指摘しておく。描写が足りていないだけでは、という可能性を示唆して、ここに筆を置くことにする。参考になれば、幸いである。

まほろ
119.239.184.12

カリフラワーの存在価値について考える人さん
コメントありがとうございます。
コメントの中に勉強になることがあまりにも多く、この場ですぐに応答をすることができません。すみません。

とにかく「実感、共感が得にくい」のですね。そしてそれは描写の量や性質によってコントロールできるはずだ、と。あるいは共感を得にくいのは必要悪としても、その共感の得にくさを取っ掛かりに、別の共感を得られるよう持っていかなければならないと。(誤読がありましたらご指摘くださると助かります。)

ちなみに、私も(警察庁の統計に載るほど治安の悪い)田舎の生まれ育ちです。「シャコンヌ」は大学に入ってから知りました。雪哉も大学に入ってから知ったという設定です。この辺は要加筆修正ですね。

コメントから、「全体として、ツルツルしているべきところでツルツルしておらず、ザラザラしているべきところでザラザラしていない」というご指摘を受けたように思います。(私がインプットにおいては感覚派なので、この表現についてはご容赦ください。)

厳しいご指摘でしたが、為になり、また励みになりました。
精進して参ります。
どうもありがとうございました。

ちょびひげ
218.228.80.80

かなりの驚きです。
平凡な男の説明過多のどうでもいい話なのに(スミマセン)、
読まされてしまう。
いいなぁと思うのだが、具体的に何処が良かったのか問われると答えられない
不思議な感じです。
この主人公はもう世界に期待していない、諦めている部分が私のツボに入ったのだと思います。
自らの境遇を不幸だと呪いなどせず、淡々と出来事を語っている部分が実に良い。
テンボが良いのか、感情の差し出し方が控えめなのが良いのか、いろいろ考えたけどわかりません。
結局の所、主人公を取り巻く世界との距離感なのかなと漠然と思います。
ポールオースターを読んでいる感覚に陥ったと言うと言い過ぎでしょうか?
自分はこういうのが好きなんだと再確認させられた良い作品でした。

まほろ
119.239.184.12

ちょびひげさん
コメントありがとうございます。
やはり説明過多なのですね。この「説明の多さ」を、何とか昇華するのが今後の課題です。

「読まされる」との言葉が嬉しかったです。
ちなみに、別のコメントを残してくださった方は、雪哉を(「平凡な男」ではなく)特殊な人物だとおっしゃっています。人によって捉え方は様々なのだなと思いました。


>この主人公はもう世界に期待していない、諦めている部分が私のツボに入ったのだと思います。
自らの境遇を不幸だと呪いなどせず、淡々と出来事を語っている部分が実に良い。

この点は特に注意して書いたところでした。この主人公が世界を呪っていてはいけないんです、どうしても。読み取っていただき、嬉しいです。


>結局の所、主人公を取り巻く世界との距離感なのかなと漠然と思います。

メジャーで計ったように、きっちりと主人公と世界との距離を描写したいと思っています。
どうもありがとうございました。

九丸(ひさまる)
126.234.59.70

拝読しました。

文章読みやすいです。
諦めて? さめて? 俯瞰したように自分も周りも見ているような雰囲気が狙いなら、上手くいっていると思います。
でも、説明っぽいのがこの長さで続くと、読まない人もいるかもしれません。
その辺の加減が難しいのでしょうね。
続きは気になります。

気になった点を。
記憶力が良い。
それゆえに、成績も良い。
返済型のやつ借りなくても無償で高校にはいけるだろうし、大学も無償でいける設定だと思うのです。
防衛医科大学、自治医科大学等。条件はありますが、それをクリアすれば返済しなくてもいいし。もちろん医学部以外にもたくさんあると思います。高校を出て働くつもりだったのなら、なおのこと。
ちょっと、この記憶力の設定が中途半端だと感じます。
この点が気になったのは、生い立ちをこれだけ丁寧に書かれているからです。
さらっとなら気にしなかったかもしれませんが。

失礼しました。

はるか
106.154.130.47

 まほろさま

 拝読しました。

 読みやすい文章で、わかりやすい内容で、けれども独特な味わいの感じられる作品でした。

 三人称一元視点、成功していると思われます。一人称にしないで、書き手と語り手の間に少しだけ距離をとったあたり、語り手の、一見普通に見えるけど、少し変わった感性を表すのに一役買っているように思われました。

 よい意味で、AIが綴ったような表現でした。ひどくまっとうであるけど、不自然なまでに脱感情的。語り手は、心から笑ったり、心から泣いたり、心から怒ったりすることがあるのだろうか、と感じました。つづきで、感情を刺激されざるを得ない場面を迎えた語り手がどのような反応をするのか見てみたい、と感じました。この語り手を、心から笑わせたり、泣かせたり、怒らせたりするエピソードがもたらされたら面白いんじゃないか、と、一読者としてはそう思いました。

 欠点、ではなく、個性的という意味での魅力を感じる部分でもあるのですが、テーマを帯びたセンテンスが、次のテーマを帯びたセンテンスへ切り替わるテンポが速いようですね。言い方を変えると、語り手の注意力が、次のことへ、次のことへと、ころころ切り替わっている感じ。ひとつのテーマを、じっくり眺めてる感じがなく、ドライにもクールにも、離人的にさえも感じられます。迷いなく淡々としている。葛藤や対立なくして物語を転がしてゆくことは難しいはずなのに、語り手が、葛藤を葛藤と、対立を対立と捉えないタイプの人で、そのあたりに、この語り手の存在のユニークさがあり、それ即ち作品のユニークさであり、かつ即ち書き手さんの作家性、ということになるかと思われます。

 だなんて、わかったようなことを失礼いたしました。

千織
106.184.21.172

ずば抜けて優秀な人間の苦悩で成程なあと思わされた小説は平野啓一郎先生の「決壊」かな。

今のところ、雪哉の非凡さは感じませんでした。むしろ今どきの社会不適応者青少年の内面とはこのようなものなのかな、ぐらいでしょうか。
あと時代背景が昭和なのか“今”なのか、一体いつの時代の設定なんだろうと思わされたりもしました。
食中毒で死ななかったのは凄い幸運だったんだろうなと思いました。周五郎の小説の中には貧しさゆえに医者に見せることが出来ず食中毒で死ぬ子供の話がありますね。

ちょっと実話でひとつ。
友人(女)の父親は酒乱で暴力を振るうを人だったそうです。母親が主な被害者でしたが彼女も兄も幼い頃は被害を受けたことがあったそうです。彼女のお兄さんはそこそこ優秀だったそうで、まあ、山の手なら都立日比谷高校に匹敵する下町の都立高校に通いましたが、何しろ、酒乱の父親を嫌っていたそうで、ある時、「誰の金で学校に行けてると思ってやがんだ!」と酒乱の父と大喧嘩になった時、家を出ることを決意したのでしょう。一人で決めて、退学届を出して、高校中退して、ささっと地方に寮のある工場に就職を決めて家出同然のように出て行ったそうです。担任が何度も考え直すように説得したそうですけど、兄の意思は固かった。
こういっちゃなんですけどね。なまじ頭が良かったりすると、世の中の仕組みにも長けてしまうので、ある年齢に達すると独立独歩で自立出来ちゃうんですよね。もう今から15年以上前の話ですけどね、これ。
賢い子を持つと親は苦労するよね、と思わされるのは、一を聞いて十を知る子は終点が見えてしまうので、見切りをつけるのも早いんですよね。論理的帰結はこうなるって説明されなくても自分で分かってしまうから。だから、あ、それならこの道を行ってもダメだ、と分かってしまう。切り替えも早いし。決断すると振り返らないから。
あ、これ、本当の意味で賢い子ってことですよ。塾でテクニック学んで成績が良いって類じゃなくて、塾行かなくとも基礎を学んだだけで応用問題をさらっと解いていってしまうという、真に地頭が良いって子の話です。そういう子を持つと親はそれなりにまた困るものなのよね。

\(^o^)/
163.49.211.249

 たいへん興味深く読めました。実は私の書いた作品とよく似てるからです(知的にも人格的にも劣った夫婦の子供が天才という設定など)。他の人たちはいろいろ言ってますが、主人公に感情がないかのような淡々とした書き方は良いと思います。私も自作品でそのように書きました(その結果、狙い通りゾッとする作品に仕上がりましたよ)。それより私が気になったのは父親の職業です。

家業を手伝う折、業務用冷蔵庫に入る

父親も父親でたちが悪く、接客業なので他人には頭を下げるのだが、

雪哉は県内で一番の公立高校に進学した。母親は働いておらず、父親も職を転々とするばかりで、奨学金を借りなければならなかった。

 業務用冷蔵庫がある接客業をしていたはずなのに、唐突に「職を転々とするばかり」とあるので矛盾を感じました。簡単に「父親は事業に失敗してからは職を転々とするばかり」と書けば良いだけの事ですが。それから誤字が一箇所。

闊達なクラスメイトたちはどの数学の介抱が美しいとか、この大学の物理の研究は面白いとか、そういう高尚な話をしていたが、


 東大をモデルにしてるのだと思いますが、入学して一年半も猶予はありません。東大の進振りはもっと早いのです。

まほろ
119.239.184.12

九丸(ひさまる)さん
コメントありがとうございます。
文章についてのお褒めの言葉、素直に嬉しいです。

記憶力の半端さについては、他の方からもご指摘いただいていることもあり、もっと設定を詰めようと思います。
奨学金制度については盲点でした。ご指摘ありがとうございます。


はるかさん
コメントありがとうございます。
お褒めの言葉が素直に嬉しいです。


>三人称一元視点、成功していると思われます。一人称にしないで、書き手と語り手の間に少しだけ距離をとったあたり、語り手の、一見普通に見えるけど、少し変わった感性を表すのに一役買っているように思われました。

 よい意味で、AIが綴ったような表現でした。ひどくまっとうであるけど、不自然なまでに脱感情的。語り手は、心から笑ったり、心から泣いたり、心から怒ったりすることがあるのだろうか、と感じました。つづきで、感情を刺激されざるを得ない場面を迎えた語り手がどのような反応をするのか見てみたい、と感じました。この語り手を、心から笑わせたり、泣かせたり、怒らせたりするエピソードがもたらされたら面白いんじゃないか、と、一読者としてはそう思いました。
──────────────────

この文章の書き手として嬉しく、励まされました。

また、

>テーマを帯びたセンテンスが、次のテーマを帯びたセンテンスへ切り替わるテンポが速いようですね。言い方を変えると、語り手の注意力が、次のことへ、次のことへと、ころころ切り替わっている感じ。ひとつのテーマを、じっくり眺めてる感じがなく、ドライにもクールにも、離人的にさえも感じられます。迷いなく淡々としている。葛藤や対立なくして物語を転がしてゆくことは難しいはずなのに、語り手が、葛藤を葛藤と、対立を対立と捉えないタイプの人で、そのあたりに、この語り手の存在のユニークさがあり、それ即ち作品のユニークさであり、かつ即ち書き手さんの作家性、ということになるかと思われます。

──────────────────
自分では気づかないところにまで踏み込んでいただき、大変ありがたく思います。
私もはるかさんのように、書き手が気づいていない作家性まで読み、言葉にできる読み手になりたい、と思わされました。

いただいたコメントの引用ばかりですみません。本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

まほろ
119.239.184.12

千織さん
コメントありがとうございます。
優秀な人間を描けていないということですね。
挙げてくださった作品を読もうと思います。平野啓一郎氏は「日蝕」で触れており、良い印象があります。
「苦悩」については、この主人公は苦悩しない(できない)タイプなので、とりあえずはこの淡白さでよいかな、と思っております。それでも比較研究のために他人が書いたものを読むのは必須ですね。

何度か食中毒を起こし、病院に連れて行ってもらえなかったというのは、私と兄弟の実話です。けっこうよく聞く話なのですが、そんなにすごい幸運なのでしょうか?本筋と関係ありませんが、気になりました。


\(^o^)/さん
コメントありがとうございます。
大学については公式サイトを参照したのですが、やはり内部事情には疎く...きちんと調べる必要がありますね。貴重なご指摘をありがとうございます。

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