作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

冷感症の女

 玄関のブザーが鳴った。顔を出すと和服の女が立っていた。三十代に入ったばかりと思われるほっそりとした上品な女性である。
「岡林 悟朗先生ですね」
 女は躊躇するように小声で言った。
「岡林 悟朗ですが」
 先生と呼ばれる理由が解らないが、僕も自然に言葉使いが丁寧になる。
「実はご相談があって参ったのですが」
 見知らぬ女であり、相談となれば戸口で立ち話もできない。僕は女を中に招じ入れた。
「さて、どんなご用件でしょう」
 お茶を淹れながら問う。
 女はすぐには答えず、部屋のあちこちを眺めまわす。パソコンのディスプレーに目をやって、
「先生は小説をお書きになるんですね」
 と言葉を外らした。
「まあ、少しはね」
「先生の『腕比べ』という小説を拝見しましたの」
 僕は赤面した。ネット上に発表したあんな小説をこの上品な婦人が読むなんて。きっと低俗なポルノ作家だと軽蔑していることだろう。
「お恥ずかしい」
「いえいえ、実は主人から読むように言われましたの」
「えっ、ご主人から?」
 夫が興味本位に読むことはあるだろう。しかし、それを妻に読ませることがあるだろうか。この夫婦はよほどの好きものかも知れない。
「それでご用件の方は?」
 女は俯いて答えない。僕はしばらく待った。女は何度も話そうとして顔をあげてはすぐに俯いてしまう。
「何か話し難いことでも?」
 用件の心当たりはなかった。法律的なことを相談されても、僕は法律家ではないから詳しいことは知らない。夫婦間のもめ事ならしかるべき弁護士に相談すべきだ。
「あのー」
 僕がいらいらしはじめたころ女がやっと口を開いた。僕は女の目を見つめて次を促す。
「Sポイントって本当にあるんですか?」
 女は顔を伏せたままで言った。予想しない言葉だった。Sポイントとは僕が名づけた腟内のいちばん過敏なポイントのことで、ここを責めると女性はたちまち天国に昇ってしまう。「腕比べ」という小説でこの事を書いている。
「そりゃあ、ありますよ」
「私にもあるでしょうか?」
 女が顔をあげた。
「それは……、あると思いますがね」
 女性であれば、誰にでもSポイントはあるというのが僕の持論である。ただ、男がそれを探り出すかどうかの問題だ。
 女の顔がぽっと赤らんだ。
「私のSポイントを探して頂けるでしょうか?」
 僕は咄嗟に声が出なかった。Sポイントを探し出すにはこの女の膣に指をいれ、更に性交渉を持たなければならない。相手が人妻とあらばややこしくなる。
「ご主人はご承知ですか?」
「これは主人の言いつけですの」
 どうも事情がよく呑込めない。
「実は私は不感症ですの」
 なるほど。不感症の妻の性感を開拓して貰いたいという夫の要望なのだろう。あり得ることだ。
 僕はもう少し詳しく事情を聞くことにした。不感症の原因は複雑で、女側に原因がある場合と男に原因がある場合とがある。それによって対策が違ってくる。
「ご主人のお仕事は?」
「国家公務員で、大蔵省に勤めています」
 東大出のエリート官僚だった。この女も東大を出ている。要するにエリート中のエリート夫婦だ。八年前に見合い結婚して子供が一人あるが、これまで夫婦生活の喜びを感じたことはないそうだ。
「つかぬことをお聞きしますが、童貞と処女での結婚ですか?」
「もちろん、そうですが」
 当たり前の事を聞くなとでも言うように女は不思議そうな顔をした。童貞と処女。しかも二人とも東大出の偏差値秀才。読めてきた。
「すこし立ち入ったことになりますが、夫婦生活の様子をお聞かせ願いますか?」
 女の視線に非難の影が宿っているのを感じた。しかし不感症は何か原因があるはずだ。その原因をはっきり突き止めなければ治すことはできない。
「これは非常に大事な事なんですがね」
 女が僕の誘導に応じて話したことを要約するとこうである。
 女は教師の両親に育てられ、厳しい禁欲的な躾を受けていた。夫も大学受験、公務員試験の勉強一筋の学生時代を過ごしており、二人に共通したことは異性との付き合いが全くなかったということである。新婚初夜で性器の結合に失敗している。女が夫を受け入れなかったからである。
 女には幼少時の性的トラウマは無いことがわかった。性的トラウマがあるとややこしくなり、心理学者の出番となるが、そうでなければ僕の技術でカバー出来る筈だ。
 性交は淫らなことという教育がこの女を性交渉に冷淡な態度をとらせたのだろう。その後、夫を受け入れて、一児を設けたがまだ性の喜びは感じたことはない。義務的にときたま夫を受け入れるだけである。
「夫婦生活のとき、ご主人はどのようにされますか?」
「どのようにって、普通にするだけですよ」
 その普通の基準が問題なのだ。この夫婦の普通とは、いきなり男が性器を挿入して射精するとそれで終わりなのである。この女は性交とはそれが普通であって、快感を伴うものとは思っていなかったようである。
 酒の席で夫の同僚が、女にはオルガスムスがあり、その時の女の乱れかたを面白おかしく話すのを聞いて、夫は自分の妻にはその様なことがないのは、妻が不感症だからだと考えた。不感症を治すには、性感を開拓し、オルガスムスを経験させることが必要である。
「奥さんは性欲、つまり、その、性交したいという欲望はお持ちですか?」
「そんなこと、持ってる筈はありませんわ」
 当然でしょという顔である。つまり、この女にとっては性交したいという欲望、性欲は忌まわしい悪なのだ。
 これは不感症というより冷感症である。不感症と冷感症は同じように使われるが、厳密には違う意味を持っている。性欲はあるが、性交でオルガスムスに至らないのが不感症で、オルガスムスはもちろん、最初から性欲を欠如しているのが冷感症である。この女はまさしく冷感症であった。
 僕は腕組をして考えた。この女の冷感症を治すには一筋縄ではいかない。一度やそこら、僕がSスポットを探したくらいで解決するとは思えない。といって、この女が性の喜びを知らずに一生を過ごさねばならないとしたら気の毒だ。
「多少時間がかかりますが構いませんか?」
「構いません。何度でも通います。今日はロイヤルホテルを予約してありますので」
「ホテルはキャンセルしてここに泊まられたら如何ですか?」
「そんなことは……」
 性感を開拓するには性交渉を持たなければならない。頭でそれを理解していても、男のところに泊まることには抵抗を示す。これが問題点だ。まずこれを打破しなければならない。僕の要請によって女はしぶしぶホテルにキャンセルの電話をした。
「さて、そろそろ始めましょうか。まず、着物を脱いで下さい」
「え? 裸になるんですか?」
 女は意外そうに僕をにらんだ。
「奥さんは、僕の官能小説『腕比べ』を読みましたね」
「読みましたけど」
「どう思いました?」
「どうって」
「いやらしいと思いましたか?」
「だって、あれは小説でしょ」
「これからあの小説のようにするんですよ」
「そんな」
 女はまだ何も理解していないようだ。聴診器でも当てればSポイントがわかるとでも思っているのか。
「あの小説の通りにしなければSポイントは探せませんよ」
 日は暮れていた。
「灯を消して頂けますか」
「灯を消したら駄目なんですがね」
「だって、いつも灯を消してしていましたから」
 暗闇で下半身の下着を脱ぎ、性器だけを結合させる。これじゃあ、性の喜びが分からないのは当然だ。まず、その羞恥心を捨て去ることが必要だ。僕はそのことを説明した。
 女は着物を脱いで布団に横たわった。ほっそりとした体だった。両の手はしっかりと繁みを隠している。僕も裸になり、女の側に横たわった。女の手を繁みから外して僕の股間に導いた。女は僕の勃起に手を触れると、
「こんなに硬いのですか」
と驚いた。
「これは硬ければ硬いほどよいのですよ。ご主人の硬さはいかがですか」
「そんなもの、触った事はありませんわ」
 それも原因の一つだ。
「これからはご主人のモノに触って硬くしてください」
 女はそんな……と呟いたようだった。
まず、乳房に触れてみる。小振りな乳房だ。女が身を固くした。構わず、乳房を揉みながら唇を合わし、舌を滑り込ませる。耳を咬み、首筋に舌を這わせる。掌を上から順番に下まで這わせて過敏帯を探る。いつもの手順だ。あまり反応はない。女の体は石像のようだった。性感帯は全く開発されていないようだ。
 僕は思い切った手段を取ることにした。仰臥した女に逆向きに跨る。69、シックスナインと言われる体位である。目の前にしっかりと両腿を閉じた繁みがある。
「これを口に含んで」
 勃起した肉棒に女の手を添えて口に近づけた。女は手で握っただけで体を固くした。いきなり女の股を開き、繁みに口をつける。舌で土手と突起を撫で回す。
「止めて下さい」
 女が呻いた。閉じようとする足を更に開いて恥部を露出する。女がこれまで経験したことのない恥ずかしい姿態であろう。
「さあ、口に入れて」
 僕は腰を落とした。肉棒の周りを女の舌が濡らした。
しばらく舌を使ったのち、一旦離れて女の横に体を並べる。
「どうですか」
「あんな恥ずかしいことを」
 女は消え入るような声で言った。
「あの程度は普通のセックスではまだ序の口ですよ」
 女は目を見開いて僕を見つめた。冷たいと思っていた女の顔に艶めかしさが漂ったように思った。
「これからは毎回このようにしてくださいよ」
 羞恥心の第一関門は突破したかも知れない。僕は女の体に軽く手を触れ、絶え間ない愛撫を繰り返す。時間は十分にある。まず、皮膚表面の性感帯の開発が必要だ。
 途中で一緒に入浴した。 「ご主人と一緒に入ったことは?」
 女は首を振った。おそらく全裸の姿すら見せたことはないのだろう。石鹸をつけたタオルで女の体を丁寧に洗う。これも愛撫のうちだ。
「そこは私がやります」
 股間を洗おうとしたとき、女が手で隠した。
「いや、これがいちばん大事なことですから」
 女は諦めたらしく、手をのけた。僕は手に石鹸をたっぷりつけて肉襞の間に指を滑り込ませる。女が腰を振った。僕はこれを反応であるとみた。背中側から肛門に軽く触れる。女は声をあげて尻を浮かした。肛門の周りをゆっくりと刺激してみる。女の息がはずんできた。この女、肛門付近が性感帯らしい。
 風呂から出てまた手での愛撫を続ける。
夜は更けていた。
「さて、もう寝ましょうか」
「これで終わりですの?」
「今日のところはね。明日次をやりましょう」
 僕は女と肌を接して眠った。まもなく女の安らかな寝息が聞こえてきた。思いもかけぬ刺激で疲れたのか、あるいはこれまでの緊張がほぐされたのか。女の寝息を聞きながら、明日はどう攻めるべきかを考えた。

「さあ、始めましょうか」
 と言うと、女は素直に着物を脱いだ。前日の荒療治がかなり効いているらしい。僕は女に添い寝して手を動かす。前日のような固さはかなり影を潜めている。入浴すると女は自分から僕の背中を流す。
「ここもやらなければ」
 僕の勃起に女の手を添える。
「これ、どうするんですか」
「まず軽くしごいて下さい」
 女は石鹸をつけた手でゆっくりとしごき始めた。
「あまりやりすぎるとこれで射精してしまいますからね」
「へー? こんな事で?」
 女は不思議そうにして手を休めた。
「今度は口に含んで下さい」
 女は舌の先で亀頭部をなめた。
「もっと口の奥まで一杯に入れるんですよ」
 この女がフェラチオを知らないのは当然であろう。
 今度は僕が女を洗う番だ。肉襞の間に指を入れ、会陰部から肛門を軽く撫でる。やはり肛門の周囲がいちばん過敏であった。肛門性交という手もあるが、やはりオーソドックスな性交で快感を会得させねばなるまい。クリトリスもかなり敏感なようだ。ただクリトリスの刺激にはテクニックを要する。手加減が必要で強すぎると痛いだけで快感は得られない。
「ではSポイントを探しましょうか」
 二人はバスタオルで手早く体を拭いて布団にもどった。
 繁の中を手で探ってみる。風呂場ではかなり刺激してあるので多少は潤っている筈だ。
 割れ目から中にするりと指が滑り込んだ。粘液を入り口にまんべんなく塗り付ける。トンネルの中のざらざらを探る。トンネルの前の壁、つまり恥骨側にざらざらの個所を見つけた。これは俗にPポイントとかTスポットとか呼ばれている場所であろう。指で刺激すると襞が指を締め付ける。いい感じだ。この女は、本当の冷感症ではなく、男によって性感が開発されていなかっただけのようだ。それなら話は簡単だ。
 僕の舌と左手とで体の表面を愛撫し、右手はSポイントを探る。クリトリスには時々軽く触れる。女の体がしなり、うめき声があがる。僕はSポイントと名づけているが、俗に言われているPポイントとは別に膣内に性感ポイントがあるというのが僕の考えだ。探ってみると膣の後壁側にも敏感なポイントがあるのに気が付いた。これは僕がSポイントと名付けている箇所だ。ここは最初から敏感なのではなく、開発すれば敏感になるポイントだ。
「どう? 入れて欲しい?」
「早く入れて下さい」
 女が喘ぎながら言った。
 僕はコンドームをつけて後背位で貫いた。Sポイントは管の後壁にある。SポイントはPポイントとは別の場所にあるのだが、必ずあるとは限りない。Pポイントとは別に敏感な場所がある場合に僕がSポイントと名付けたのだ。この女はSポイントが後壁にあることがわかった。こんな場合は後背位の方が亀頭でSポイントに刺激を与え易い。
 女が尻を振りはじめた。粘膜は僕を強く締め付けている。何のことはない。結構感じるではないか。
 姿勢を変えて正常位で結合する。刺激はゆるやかかも知れないが、この方が安定感があるだろう。
 次は僕があぐらをかき、女を乗せる。前座位という体位である。これは結合が深く、膣だけではなく、クリトリスに強い刺激を与えることができる。また勃起の先っぽが女の子宮頚部を直接刺激する。ここにも重要な性感帯があるのだ。
「このように性交渉には色々のやり方があるんですよ」
 僕は射精を抑制し、女に絶頂感を与えることに専念した。体位ごとに女は絶頂を感じて絶叫した。
 こうして数日後に僕の治療は終わった。
「どうですか。不感症ではないことが分かったでしょう」
 女は顔を赤らめてうなずいた。
「女の性感を開発するのは男の勤めですよ。今まではご主人があまりにも無関心であったということですね。でもその責任は奥さんにもありますが」
「主人でもこんなこと、出来るでしょうか?」
「いきなり僕のようには出来ないでしょうが、ここでした事を参考にしてこれから二人で研究することですね。これまでペニスを膣内に挿入することが性交だと思っていたようですが、女性には前戯が必要なのですよ。これからはご主人と一緒に前戯を研究してください。」
 一週間滞在して帰るときに僕はそう言った。
 しかし、僕には一抹の不安があった。女の夫が、前戯を駆使してこの開発された性感をうまく御することができるかどうか。真面目で勉強一途の秀才にはこれは無理ではなかろうか。とすると、僕は余計なことをしたことになる。もし女が夫の性技に不満を感じたときにどうなるか? 僕は調子に乗って、してはならないことをしてしまったのだろうか? 女だけの性感を開発するのは間違いで、男の方こそ教育すべきではなかろうか?
 だがこれは僕の杞憂だった。
 年賀はがきには次のように書いてあった。
「あれ以来、快適な夫婦生活を堪能しています。友人を紹介しますのでよろしく」
 流石は東大出の秀才夫婦、そっちの覚えも早かったらしい。

    おわり

冷感症の女

執筆の狙い

作者 大丘 忍
153.186.197.93

以前に掲載したことのある「腕比べ」という官能小説の後日編です。「腕比べ」を読んでいなくても構いません。

コメント

加茂ミイル
60.36.87.119

私は、性描写というのは、深い人間関係を描いた上で書かれてこそ感動的だと思うので、
作品の大部分が性描写という構成には過度な生々しさを感じます。
しかし、この作品はこの作品でよく出来ているようにも思えます。
それは、官能小説という一つのジャンルとして見れば、上手に書かれているからだと思います。

大丘 忍
153.186.197.93

加茂ミイル様

おっしゃる通りで、官能小説における行為は、人間関係の後で成立することなので、そこにいたるまでの描写が必要で大切なのですが、本作は冷感症の治療であって、その行為にいたるまでの、色々な関係はありません。したがって、いきなり行為から始めることのしました。

読んで頂き感想を有難うございます。

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