作家でごはん!鍛練場
千聖

少女と海

「海ってどこまでも深いの?」
「海の水が、とても飲めやしないくらいしょっぱいって本当?」
「全体で見たときと、すくってみた時とで色が変わるのはどうして?」


彼女はしきりに海について僕に尋ねたがった。
そのたびに記憶の中の海を探し出した。覚えていることを見つけては彼女に聞かせた。
地平線から延びる太陽の光が海面を滑り、海は光の粒を弾いてゆく。決まってその光景が頭に浮かんだ。
それほど彼女を魅了するものとは思えなかった。実際僕は彼女に海を見せたくなかった。期待していたほどでもない海を前に落胆する彼女を考えたからだ。

僕が初めて海を見たのはいつだったろうか。
そうして何と思ったろうか。
何て綺麗なんだろうと感動しただろうか。
こういうものかとただ記憶に留めただけか。
初めての気持ちを覚えてはいない。
海に対してある種希望を持つことの前に海を見てしまったからか。そして大抵はそうなんだろうと思う。噂でちょっと耳にしたもの、もしくは未知のものに対して思いを巡らせるよりも前に、その段階を経ずに思いがけず接してしまうのが自然のことなのだろう。実際彼女のように、海について聞いたことしかなく、見たことが無いために海の広がる情景を具体的に想像できない人の方が珍しい。
しかし彼女にはそういった事柄が多く存在した。彼女は世界のほとんどを知らないも同然だった。
彼女は盲目であった。

彼女はとてもよく笑った。
見えないことの苦しみを少しも感じさせない明るさが常だった。
僕ははじめそのことが不思議で仕方なかった。彼女の世界は言うなれば闇だ。科学によると、影が濃ければ濃いほどそれを生み出す光は眩いという。そのことと同じように、彼女の底抜けの明るさの代償が、彼女の盲目なのかもしれないと納得した。
また、こうも考えた。あえてこんな世界を見ないことで、心が綺麗なままでいられたのではないか。僕はこの国が慈愛に満ちているとは思えない。何の下心無しに他人に尽くせる人間がどれほどいるだろうか。そういう場合も可能性として極小あるかもしれないが、人は基本的に性悪だ。他人の幸せに相対するとたちまち濁る瞳を、他人の不幸に相対すると水を飲みこんだかのように輝きを得る瞳を知っている。
彼女はその点に置いても特別だった。他人の楽しみを自分のもののように嬉しがった。性善のまま生まれ、性善のまま過ごした。彼女の瞳は海に弾かれる光の粒よりも美しかった。

僕は目の前で静かに眠る彼女が愛しくなって、清潔にしたタオルで彼女を拭いてあげた。
僕の顔を伝い顎に流れた水分が地面に落ちた。汗なのか何なのかわからないがともかく水分は次々に落下した。
太陽に愛された水の女神は、抱かれるときに消えてなくなるのだろうかという変な空想が頭に浮かんだ。その空想は南中した太陽から降り注ぐ熱気のために蒸発した。
霞んで頼りなく揺らぐ視界で、彼女をジッと見つめた。

盲目は、彼女を愛した神からの贈り物ではなかったか。
綺麗なまま永遠の少女であることを望んだのではないか。そうしてきっと神は彼女に会いたがった。
見つめるだけでは飽き足らず、そばに置いておきたがった。
強い風が吹いた。彼女の墓石からは、海がよく見える。

少女と海

執筆の狙い

作者 千聖
117.109.82.87

まず、読んでくださった方、本当にありがとうございます。

小説を書いてみたいと思って書きました。
初めて書くにあたり、何を書けばいいかわからなかったのでとりあえず友達にテーマを決めてもらい、
「少女」「海」という使い古されたテーマで書きました。
少女の儚さと表現したくて、海を対比に書きました。
濡れたタオル(=彼女に与える水) 滴る水分(=僕から損なわれる水)も対比したつもりです。

小説について右も左もわからないので、
ともかくご指摘やアドバイスをいただきたいです。
コメントをくだされば幸いです。よろしくお願いいたします。

コメント

櫻井
60.155.199.121

 あなた自身使い古されたテーマと形容していますが、確かにありきたりな内容だとは思いました。けれども、王道の作品を高いレベルで書けるというのは、筆者の確かな実力の証左でしょう。作中における語彙の選択や言葉の紡ぎ方は、悪くないものだと感じました。導入を少女の問いかけから始めたのも、巧かったと思います。少なくとも私は、興味を惹かれました。

 ただ個人的に、濡れたタオルと滴る水分は、対比として如何なものかと感じました。対比構造に気づける読者はほとんどいないのでは?タオルで墓石を拭うという行為は、水分を与える為でなく、汚れを洗い落とす為の行為、それが一般的な認識ですから。水を与えるというイメージはなかなかもたれないでしょう。柄杓で水をかけるのなら、まだ分かりますが。
 海と少女の対比についても、分からなくはないのですが、それならば海の持つ複数の性質のうち、普遍性や広大さをもっと作中で強調すべきだったような気がします。
 要するに、対比構造の軸線が不明瞭なのです。それでは、読者に対し効果的な表現とは言えません。

 批判めいたことも書いてしまいましたが、作者の才能は十分に感じられる作品だったかなと。全体的によくまとまった、美しい物語でした。次回作もまた、お待ちしております。

 

千聖
117.109.82.87

>櫻井さん
対比構造が曖昧というご指摘を下さり、ありがとうございます。
確かに、タオルは汚れを落とすもので、それを「水を与える」役に使ったのは変でした。
また、少女の儚さと対比させるためにはもっと海の広大さを強調すべきだというのもその通りだと思いました。
自分では気づかなかったです!ご指摘感謝いたします。

励ましのお言葉まで、ありがとうございます!
勉強させていただきました。次に活かします。

ダミちゃん
141.0.9.232

みじかああい

千聖
117.109.82.87

>ダミちゃんさん

自分でもめっちゃ思いました(笑)
今回は掌編小説でしたが、今後は短編、長編にも挑戦します!
コメントありがとうございました!(^^)

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