作家でごはん!鍛練場
千才森 万葉

恋札めくり ~落ちない夕陽といろは歌~

 秋が暮れ、色を増す山。
 峠の道は、敷き詰められた落ち葉に彩ら、踏み出す度に足下をガサガサと鳴らし立てます。
 雄叫びを上げる山おろし。貴方は思わず懐に手を忍ばせました。
 まだ先は長いのですから、今は体力を抱え込んでいてください。峠を登っていくほどに、風は強く、冷たくなって、貴方の行く手を遮るでしょう。

 貴方は嫌われているのですから。
 この山に。
 いえ、この世界に嫌われているのです。
 変貌を遂げたこの世界は、まだ暴かれることを望んではいないのですよ。


 ***

 世界の全てが変わってしまったのだ。
 恐らく、誰も予想しなかった方向に。
 人間たちの大多数がこの星から逃れていったとき、人間に依存していた神と呼ばれる存在もまた、この星を去って行った。
 そして新たな神が生まれる。
 神は、人を断罪すると言い、この世に存在しないはずの生命体を世界へ解き放った。
 人々は異形のモノたちを恐れ、隠れるように生きることだけで精一杯の人生へと変わってしまった。

 そんな中、ある男が旅に出た。
 世界が変わってしまった原因を突き止めるために。
 それは神に逆らう禁忌。わかっていながら、皆の反対を押し切って街を出て行った。
 こうして男は世界に弾かれた。

 男は歩く。
 全ては次の世代の幸せのために。
 我が子の幸せのために。

 世界の真実にたどり着くことはできないだろう。
 だが、世界の果てならたどり着けるかも知れない。
 男にしか見えない物がある。男にしか知り得ない物もある。

 世界を元に戻すために、男は歩く。


***


『恋札めくり』


 どのくらい登ってきたのか、もうわからなくなりましたね。
 振り返ってみても、麓の明かりが見えることはありません。日の巡りがわからなくなるほど登り続けて、季節は秋も暮れようとしています。
 吹き下ろしの風は、来たる冬の匂いを一足早く伝えに来ています。
 今冬も寒くなりそうな気配。冬に備えて枯れ行く木々は、目を見張るほど赤々とした暖色に燃え上がり、山肌を温めようと必死に木の葉を溢しています。
 周りを眺める余裕ぐらいは欲しいものですね。森が地を照らす大きな陽に当てられて、熟した色香を醸していますよ? なんとも美しいではありませんか。
 それでも貴方は、脇目も振らずに足を進ませるのです。
 恐ろしい、ですか?
 先の見えない景色というのは、それほどまでに恐ろしいものなのですね。
 ガサガサ。
 泣き続ける枯れ葉達は、次第に貴方の心を蝕んで、心身の感を崩していきました。
 ガサガサ。



 なんの変哲も無い道、先も後も見えない道の真ん中で、夕日を背負い登り続けてきた貴方は、初めて膝に手を付きました
 もう、足が棒になっているではありませんか。

 荒く息をつき、肺の空気を入れ替えて、熱の籠もった身体を冷やします。
 額から滴り落ちてくる汗をぬぐって ふと 顔を上げると、すぐ先に豪奢な楼が見えました。
 あら、先程までは確かに無かったかと。

 峠道の脇に立てられているそれは、見間違いを疑う事すら難しい程、立派な構えの楼閣です。
 目に刺さりそうな赤塗の壁と、深い趣を湛える緑石の柱を持ち、色めく秋に逆らうような黒瓦が非常に美しい、二階建ての楼。
 夕の紅にさえ溶けることなく、山の色香を纏った佇まいは、世の煩い事を天へと返さんばかり。
 心身の芯を疲れという病魔に冒されている貴方でさえ、一時呼吸を忘れ、登り続けてきた目的を失念してしまうほど。

 貴方は夢幻をたゆたうように浮かれ、近づいていきました。見えてきた看板には『夢回楼』の金文字。小さく宿場との文字もありますが、どうやら妓楼みたいですね。
 妓楼の様相を呈しているとはいえ、宿は宿。貴方は一晩の寝床を求めて、羽虫のようにふらふらと。
 近づくほど、俗世離れしていることを感じさせられます。壁一面、偽りのない雅な塗りであること。人の気配というもののないこと。そして、こういう場所にはつきものである呼び子の声が無いこと。

 入り口に長く垂れた、薄紅色の暖簾に手を掛けます。暖簾をくぐるまで、人の気配などありませんでしたが、入り口すぐに独り、立っていました。

「いらっしゃいませ。ようこそ、夢回楼(ゆめかいろう)へ」

 出迎えたのは横に肥えた、二重顎の四十男。両手を揉み合わせながら、随分と低い腰、低い声で、出迎えてくれました。

「おや、若旦那。ここへは初めてですかな?」
「ああ。いや、上がりに来たのではない。足を休めに来ただけだ。少し座らせてはくれないか」

 三和土は広く、奥へと繋がる廊下には、極彩色を鏤《ちりば》めた花鳥絵図の屏風が立っています。ここからでは、その奥を見遣ることは叶いませんね。
 高い天井です。天井の高さが積んだ小判の高さを示しているのでしょうか。煤けた梁の影から覗く、片目で奇妙な色のヤモリと目が合いました。

 男はぐいっと顔を寄せます。

「おやおや、四方八方、彼方《かなた》に此方《こなた》、国中の器量良しを、上から数えて揃え集めたこの夢回楼。折角お立ち寄り下さった旦那様を、なんのお構いもしないまま返したとなれば、楼の名の恥でございますよ。どの娘も手慣れた遊女でござい。ごゆっくりなさって下さいな」

 堂に入る誘い文句と、大げさな揉み手。貴方も男性なのですから、ふらりと心が揺るぎませんか?

 しかし、妓楼にしては静かすぎます。
 いえ、衣擦れの音などという艶めかしい音だけではなく、他の誰かの声も、足を擦る音すら聞こえてはきません。

 本来であれば、この場には遊女の姿があってしかるべきなのですよ? お部屋を空かせている遊女達は、入り口や二階の部屋から艶めく眼差しでお客を誘うもの、お客の品定めをするものなのです。
 それとも、遊女の人数が少ないのでしょうか? 深い山の中ですもの、仕方の無いことなのかもしれませんが。

「……いや、持ち合わせもないので。ただ、一息入れたかっただけなのだ。風雨を凌げる場所があれば、どこでも」

 手を横に振りながらそう返すと、男は、げっこうげっこうと笑い声を上げました。

「いえいえ、当楼では、初めての方から揚げ代《あげだい》は戴きません。そのご心配は無用の長物でございますよ?」
 
 変わっていますね。妓楼であれば、身ぐるみを剥がしこそすれ、ビタ一文も負けたりはしないものですけど。貴方は不思議に思いながらも、その理由に興味があった様子で、男に問いかけました。

「ほう。どうしてまた、そんな気っ風《きっぷ》の良いことを?」
「一時の縁はお導き、二度目の逢瀬は言葉で紡ぎ、三度四度と盃交せば、五ついつしか居付くもの」

 節を付けて歌い始めた男は、最後をぴしりと締めて、こう続けたのです。

「私どもはお金だけの縁を求めないのですよ。何度も足を運んでもらえるように、様々な趣向を凝らしております。縁は金では買えぬ物、そうは思いませんか?」

 う~ん。男の言葉は綺麗ですけど、その目は強《したた》かな光を放っていますね。軽佻《けいちょう》な口車に乗るのは、少々危うい気もしますが。
 わかっているのかいないのか、貴方はほうっと感嘆の声を漏らしました。
 懐から手を出して顎を撫でた貴方は、鷹揚に頷きます。

「これはまた、洒落たことを言いますね。一期一会なんて言葉もありますが、私は一度で離れてしまうのは寂しいものだな、と思うのですよ」

 一期一会は、一度きりの逢瀬といった単純な意味だけではありませんけどね。
 でも、男の方は我が意を得たりとばかりに何度も首肯して見せました。

「まさにまさに。今夕《こんゆう》は出会いに恵まれておりますな」

 主人の嬉しそうにお腹を揺らす笑いは、まるで上玉の鴨がやってきたと言っているように見えるのですが……
 二人が向かい合って旧知の仲のように笑った後で、貴方は大きな欠伸を漏らしました。
 それを見た男が、ポンと一つ、手を打ちます。

「ああ、これは不作法を。旦那は寝床をご所望でしたね。もちろん構いません。では早速、こちらでお好きな娘を選んでいただきましょう」

 隣の部屋で顔見せが行われるのかと思ったら、連れてこられたのは緋毛氈が敷かれた縁台の前。縁台の上には、掌ほどの大きさの、黒塗りの札が数十並べられています。
 その札、一枚一枚に歌が綴られているようですね。緋色に黒札。寸分の狂いもなく並べられた様は実に典雅なものです。
 ただ、この前に立ったのはいいのですが、何をすれば良いのかわかりません。貴方は説明を求めるように、男へ視線を送りました。

「当楼では先に顔見せは行わないのですよ。代わりに文《ふみ》を交しあって、夜伽の相手を選んでいただきます。顔で選ぶより、心を通じ合わせてから交える方がしっくりくるものですよ?」

 げっこうげっこうという、なんとも品の無い笑い声をはさんで、こう言いました。

「お好きな歌をお選びくださいな。そして、返歌をお書きください。それを遊女達の下へとお運びしまして、返歌を気に入った者が一晩のお相手をいたします」

 貴方は戸惑ってしまいました。歌なんて書く機会も無く、作法だって知りはしません。
 目があらぬ方向へ泳ぎはじめた貴方に、男は笑って見せた。

「なにも、後世に残そうなどと申し上げるつもりはありませんよ? 傑作を考える必要なんてございません。歌をお読みになって、思ったことをそのまま綴っていただくだけでよろしいのです。あとは、娘達が上手に選びますから」

 難しく考える必要は無さそうです。
 何にしても、まずは札を選ばないと。

『玉響《たまゆら》を鳴き収めるは 晩夏の蜩――

『さらさらと流れる水、水。苔生《こけむ》す川辺《かわべ》に草履をそろりと揃え――

『発《た》つときは、声を掛けて下さいましと、何度も何度も胸を濡らし――

『見ぬ姿を乞《こ》う 長い秋 星は深き 月は遠く――

 うんうん、唸っていると、いつの間にか横手に誰か立っていました。
 遊女かと見間違えましたが、背は貴方の胸までしかないので、まだ11、2の女の童ですね。
 禿《かむろ》でしょうか? 先を期待したくなるほど端麗な容姿です。
 癖の無い素直な御髪は、冷たさを思わせる銀色。真昼の光が拵えた細い帯さえ流れ落ちてしまいそうな、艶のある光沢が上品ですね。
 銀の髪に包まれた顔《かんばせ》もやはり、真珠を思わせる白い幼顔。特に目を引かれるのは、その色違いの瞳でしょう。
 片や金。気品の高い、冴えた輝きを放つ鬱金《うこん》色。
 もう片方は赤。心の深くに沈めても冷めきれない情を表す赤銅《しゃくどう》色。

 赤、黄色、紫など濃い色で拵えた着物に包まれる、白い女児。
 異国の方かもしれません。
 思わず見惚れてしまうほどの魅力で、貴方は強く惹き付けられた様子。輝く容姿がまるで周囲から浮き上がるように視界を埋め、視線を色違いの目々から離せません。引き込まれる天賦《てんぷ》の配色。
 その子は怖がるでもなく、逃げるでもなく、だからといって興味を示すでもなく。ただ黙って貴方を見つめているのです。
 ますで、止まった刻が、何かを産み出そうとするかのように。落ちた影が一幅の画と成り、お互いが共に存在していたこと、この世に残そうとするかのように。

 不意に沸き上がってきた得体の知れない衝動に、とりとめのない思考が追いついてしまい、貴方の心は響き合う音叉のごとく、自然と震えてきました。
 そのの流れに逆らうことなく、徐々に揺れを増していく心。
 子の白い肌に触れたくなり、手がのびて――

――先に手を伸ばしきったのは、少女の方でした。
 すうっと上げた手の、人差し指が伸びて反り、貴方の胸を指し示します。
 そして つい と横へ滑り、次に指し示したのは並べられた札。
 最後に指を持っていった先は、微かに開いた自分のくちびる。人差し指の先だけを柔らかく当てた、二輪咲きの雪椿。
 こてっ と小首を傾げるその姿は、恋も知らない無垢な乙女の星願い、と言ったところでしょうか。
 きっと、遊女の皆様から教わったのでしょうね。

 彼女の伝えたいことが、『札を選んだら渡して』という意味だと気が付いた時、貴方の心を包み込んで溶かそうとしていた、濃密な色香が流れて消えていきました。
 慌てて瞬きをすると、視界には本来の色が戻り、ふわっと視野が広がったのを感じとれます。
 どうやら、少女の持つ雰囲気に飲まれていたみたいですね。

「ああ、すまない。ぼうっとしていたみたいだ。札を選んで返事を書いたら、君に渡せば良いんだね?」

 そう言うと、彼女はこっくりと頷きます。
 その仕草に、貴方はふと溢れた髪の一房に目が向かいました。

「可愛い髪飾りだね」

 左に一房作っているのは、小さな花を模した髪飾りです。根元に小さな緑の茎、黄色いハート型の小さな花びらを五枚に咲かせた花飾り。
 貴方の言葉を受けて、彼女のくちびるが綻びました。
 いい笑顔ですね。
 もっと笑顔が見たいのなら、もう一息。

「自分で選んだのかな?」

 こくりと頷いた少女。

「白銀に輝く天の川を流れてきた可憐な花、かな。左の金色の目とお揃いで引き立っているよ」

 あら、詩的に纏《まと》めましたね。
 彼女も嬉しそう。頬を赤く染めて、照れながら何度も髪飾りに手を伸ばす姿は、年相応で可愛らしいです。

 でも、このまま入り口に留まっていても仕方ありませんよ? 札を選んでお返事を考えなければ。
 一つ一つに目を通し、じっくり選ぶ貴方。でも、総じて品が良く、洒落っ気も利いた歌が多くて、尻込みしてしまいます。
 と、一番左上の端に置かれた札に視線が止まりました。

『嘘つき常の月つつき
 杵つき月まで連れ沿うて」

 何だか語呂の良い歌ですね。
 貴方はさっそくお返事を考え始めました。

『戻れぬ月は寂しかろうに
 泣きつ寝付きの浅き夢』

 筆を執り、札の左に書き添えます。
 少女に渡すと、彼女はじっくりと眺め始めました。しばらくして、一つ頷くと、とてとてと奥に引っ込み、階段を登っていく音が聞こえてきます。
 この入り口で一眠りするのもいいですけど、どうせなら女性に添われて眠りたいでしょう。気に入ってくれる娘がいるといいですね。

 手持ち無沙汰になり、誰も居なくなった三和土《たたき》を見回します。
 隅々まで気の配られた内装は、見ていて心地が良いものです。玄関は掃き清められ、壁に掛けられた異国の湖と、水底に沈んだ古代都市の風景画も、空気を持ち上げるように ふさふさ した緋毛氈にも、日焼けは見られません。
 天井の梁には四季の花の装飾がなされて、どこを眺めても飽きの来ない楼閣です。

 そんなことをしているうちに、少女が戻ってきました。笑顔というほどではないですが、柔らかな表情を見ると、どうやら好ましい報告のようですね。

 立ち上がる貴方の前で、手を差し伸べてくれてました。
 さあ、手を取りましょう。


 屏風の陰、奥へと続く廊下の右にある狭い階段を、小さな手に引かれて上っていきます。
 途中の踊り場で一つ曲がって、更に登ると二階ですね。

 出た先は二階の廊下の真ん中。そこに広がる光景に吃驚《びっくり》して言葉を失いました。
 廊下は左右に長く伸び、廊下の先が緩やかに曲がっているため、全体でどれほどの長さがあるのか全く想像できません。そして、右にも左にも両脇に無数の部屋があるのです。見える範囲だけでも、襖《ふすま》の数は四十を超えてしまいそう。
 外から見た感じでは、建物はこの様な形ではなかったですね。すると、きっと《《そういう場所》》なのでしょう。
 襖と言わず壁と言わず、至る所に壮麗な画が描かれています。

 山であれば、果てなく聳《そび》える山並みが。
 何物にも代えがたい不二の山が。
 静謐な霧を被った山紫水明の小さな山々が。
 湖を抱える懐の深い山が。

 海であれば、地平線の彼方に、異国の地が霞む海原が。
 荒れ狂う波間に見える、頑固な白の埠頭が。
 海鳥が騒ぎ立てる中、命のやりとりが繰り広げられる、自然の営みを育む大海が。

 獣であれば、牙を剥き血を流しながら争う、血の気が多い二頭の熊が。
 広い草原に唯の独りで、天の星々に吠える異国の獅子が。
 人に馴らされ人に使われ、それでも牙を失わない、気高き犬の立ち姿が。
 天寿を全うして土へと還っていく、夫婦鹿の寄り添いあう姿が。

 花であれば、風に舞い上げられた黄色の花びらが人々を俯瞰しながら彼らの暮らしに溶け込んでいく、春の岬が。
 緑の大地に凛と咲く、染めることも染まることも嫌う一輪の紫の華が。
 うち捨てられた家屋を覆った無数の蔓が付ける、真白な花が。
 雪深き山に落ちた深紅の一房が。
 

 狂ったような緻密さで描き込まれた画の数々が、まるで襲ってくるかのように心を揺さぶるのです。


 貴方はまるで、お上りさんのように頭をきょろきょろ。
 大きく開いた眼もきょろきょろ。


 きょろきょろ。
 きょろきょろ。
 きょろきょろ。
 きょろきょろ。


 きょろきょろ。
 きょろきょろ。
 きょろきょろ。
 きょろきょろ。


 襖に描かれた山や海、獣や花が語りかけてきます。

「汝《なんじ》はどこへ向かうのだ?」

 貴方は答えました。

「この世界が変わってしまった謎を解きに、世界の向こう側へ」

 襖はカタカタと笑います。

「左様か。左様か。ならば、この階段を上るがいい」

 左手に上り階段がある事に、今更ながら気が付きました。

「独りきりでこの場所に居るのは寂しかろう。上にあがって、女子《おなご》達と戯れるがいい」

 長く果ての無い廊下。
 華美《かび》な装飾が施されたこの場所で、ぽつんと立っている事が急に恐ろしくなってきました。
 どこを向いても華やかで、みすぼらしい自分の居場所なんて無いように思えてしまうのです。

「怖がることはない。ここは慰めの檻。寂しい心が溶けて消えてしまうまで、温く溺れさせてくれる牢」

 そうかもしれませんね。妓楼とはそういう場所なのでしょう。温もりと、声と匂いで心を溶かし、心身を悦楽に溺れさせてくれる場所。

「汝の望む場所はここにはないぞ。さあ、上へのぼるがいい」

 貴方は思い出しました。
 本当の心が望んでいたのは、高い望みではなく、堕落した快楽の世界。
 何も考えなくてもいい、何も成さなくてもいい。ただただ本能に従って動ける場所だということを。

 望む場所は上にあるそうです。
 上ってみますか?

 一歩を踏み出し掛けた瞬間、思いっきり腕を引っ張られました。心臓がひっくり返りそうになって転びかけながらも、なんとか踏みとどまります。
 右腕を見ると、先導していた少女が、ぎゅっと腕にしがみついています。引っ張られたのは、この子の仕業でしょう。
 銀の髪が目に飛び込んできた時、不可思議な束縛から逃れて、正しい景色を見ることが叶うようになりました。
 彼女は悲しそうな、心配そうな顔で貴方のことを見上げています。

「ああ、すまない。ちょっと風景画に当てられていたようだ」

 しゃがみ込んで彼女に視線の高さを合わせます。貴方は銀色の髪にそっと触れて、落ち着かせるようになで下ろしました。
 それでも、彼女は唇を噛んだまま、悲しそうな目をしてみせるのです。

「もう、大丈夫だよ」

 声を掛けても、表情は変わりません。
 彼女は首に掛かっている紐を手繰《たぐ》り、胸元から小さな袋を抜き出しました。お守り袋のようですね。それを貴方の目の前に突き出します。
 何をさせたいのかわからずに首をかしげてみせると、彼女はお守り袋を自分の鼻に当てて、目を瞑りながら大きく息を吸います。
 そうしてから、もう一度、膝を付いている貴方の前に掲げてみせます。
 もうわかりましたね。どうやら匂いを嗅いで欲しいみたいです。

 一歩、膝を擦って前に出て、彼女の胸元のお守り袋に鼻を近づけます。目を瞑《つむ》って深呼吸をすると、ほのかに甘い香りが鼻に入り込んできました。

 何の匂いでしょうね。
 食べられる限界まで熟させた果実の香り、人の手の入らない深い山にある水辺の匂い。
 手先がピリッと痺れてきました。意識が、危なっかしい ふわふわ した感覚に変じてゆきます。
 それでも、離れがたい悩ましげな香り。彼女は自らの内側にこんな香りを隠し持っていたのでしょうか?


 さらりと髪に触れられました。
 彼女は手櫛をかけるように、差し入れた指の間に貴方の髪を乗せはじめます。
 浮きかけていた意識が鮮明になってきましたね。心がどこか遠くへ飛びかける前に、引き戻されたようです。
 見ると、彼女の表情は穏やかなものに変わっていました。この顔をみるだけで、お守りの効果を信じられそうな気持ちになれそうです。

 手を引かれて長い廊下を歩いて行きます。
 何番目かわからない襖の前で、彼女は立ち止まり、小さな手が離れていきました。

 その襖の画は、石畳に赤い鳥居が立ち並ぶ、静かな参道を描いたものですね。
 一方的な華美《かび》にならず、それ故《ゆえ》、清らかに引き締まった気配が伝わってきます。

「ここかい?」

 こくりと頷いて、じーっと貴方の目を覗き込んだ後、しゃがみ込んで襖を微かに開きました。

 すぅ。
 たしっ。

 すぅ。
 たしっ。

 小さな音を立てて開け閉めすると、中から艶のある声が聞こえてきました。

「はいな」

 小さな声ですが、静かなここではよく通ります。
 少女が、そろりと襖をずらした後、一呼吸置いて、するすると開けていきました。

 あか。

 夕の紅が、部屋を染めています。
 八畳ほど、でしょうか。それほど広くない部屋の天井は低く、こざっぱりとした調度品でまとめられたお部屋。障子の先に見えるのは、木々が生い茂る森。部屋の向きを考えればおかしな事だと、そんな事も ちら と頭をよぎりましたが、それらの考えは、すぐにどこかへ飛んで行ってしまいました。

 部屋の真ん中、三つ指を突いた遊女は、そっと顔を上げ、

「お待ちしておりました。寝月姫《ねつき》、と申します」

 と、鈴を転がすような声で迎えてくれました。

 すっと通った鼻筋に、細められた目、とろりと蕩けるように下がった眦。柔らかそうな頬や耳たぶに、ふっくらと赤く艶めいたくちびるは、思わず触れたくなるほど魅力的です。
 幾重《いくえ》にも重ねた着物は、内側ほど色が薄くなる設えのようで、一番外の金糸の刺繍が縫われた赤い着物から、鎖骨のあたりにちらりと覗く、真白の薄着まで、実に見事な色の重なりを見せています。

 誘われて一歩踏み出すと、後ろで音もなく襖が閉まっていきます。
 立ち上がった女性に手を引かれて、部屋の真ん中に腰を下ろしました。
 障子を閉めて外の音を消した寝月姫さんは、塗り物一式を手にして座ります。目の前に、朱塗りの盃とお銚子が用意され、どうぞお一つと盃を手渡されました。

 でも、貴方はもらい渋りました。
 今、呑んでしまっては、起きたときに夜になりかねないと危惧したのです。今日中にこの山を越えてしまいたい貴方にとって、酒杯は受け取りにくいものでした。

「でも、今日は床ではなく、お膝を所望《しょもう》なのでしょう?」

 お膝というのは、仮眠の事なのでしょう。
 頷うなずいた貴方に、やはり銚子を掲げて彼女は囁きました。

「お酒も飲まずにわたくしの膝へ頭をお乗せになられては、眠りにくいのではありませんか?」

 ちょっと自慢げな上目遣い。
 彼女が放つ色気のせいで、お酒の力を借りでもしないと眠りにくいでしょう、と言っているようです。確かに、目の前に艶やかな肢体があっては眠りにくいかもしれません。
 瞬きする間ぐらいの逡巡を見せた後で、貴方は盃を受け取りました。


 トクトクと鳴る透明な液体は、盃の底に描かれた蝶を舞わせます。おっと、と慌てて口を付ければ、つんと鼻を突く甘い酒精《しゅせい》の匂い。
 久しく飲んでいなかったお酒は、身体の隅まで流れ込み、懐かしい熱を呼び覚まします。
 一度口を付けてしまえば、引き返せなくなるのが上質なお酒の魔力。空けるたびに嬉しそうに微笑まれるのですから、更に引き返せなくなってしまいますね。
 結局、何度も盃を空にしてしまいました。

「旦那様のお名前をうかがってもよろしいですか?」

 ふうっ、と耳に入り込んでくる蜜に濡れた声。

「   」

 答えると、何故か彼女は手を叩いて喜びました。

「まあ、お星様のお名前ですか。わたくしとはご縁がありそうですね。わたくしには月が入っていますもの」

 ご縁に幸がありますよう。手をそっと押さえられて、くちびるが重なります。
 柔らかな祝福。

 遊女の細い指先が、今重なったばかりの貴方のくちびるに伸びてきます。微かに触れた後、つい と横にずれました。

「お髭《ひげ》」

 最近は手入れをおろそかにしていましたから、顎は無精髭で ちくちく するはず。
 そんな感触を楽しむ指先が、やんわりと耳へと沿い上がります。頬を掌で包まれると、くすぐったさと温かさを感じませんか?

「彫りの深いお顔ですね。輪郭は鋭さを持ち、まるで飢えた獣のよう。さぞかし腕の立つお方なのでしょうね」

 頬からするりと衣の合わせ目に伸びる手。
 その冷たさに、ぴくりと身体が反応します。
 
「隆起した胸板は逞しくて。お身体の芯に、硬い力が宿っているのを触れただけで感じられます」

 じっと、彼女と視線が密に交わります。

「太い眉毛の下で輝く黒い瞳は、まるで……」

 言の葉を途中で折ってしまった彼女。。
 そっと目を閉じて、過去を遡るかのような表情を見せました。
 もう戻ることのできない過去なのでしょう。辛く悲しそうで、優しく抱きしめたくなる顔を見せるのです。

「まるで黒水晶のよう」
「黒水晶?」

 貴方はまだ見たことがありませんでしたか。とても光沢のある、真っ黒な水晶のことです。
 あやかしとの相性が良い石。

「はい。闇色の晶《しょう》の中でも特に光を返す石でございます。わたくしの故郷でも僅かながら採れましたが」

 懐かしい。そう呟いた彼女が再び目を開くと、黄色掛かった薄めの瞳は清らかな涙に潤み、飲み込まれるような深みを湛えていました。
 胸を指でいじられたまま、互いの距離が縮まり、今度は一緒にくちびるを逢わせます。
 くちびるの先を吸われるような口づけは、身体より先に心を解かれる、遊び心に富んだ大人の仕草――

 彼女は聞き上手でした。
 遊女というだけでなく、天から授かった才能なのでしょう、言葉扱いが巧みで抵抗無く心の内を引き出されてしまうのです。
 貴方は、生まれ故郷から、この山を登り始めたところまで、色んな話を溢しました。
 その度に、喜怒哀楽を浮かばせて、もっともっと、と誘うのです。

「どうしてこの峠へ?」
「世界の端へ、行きたいんだ」

 そう答えると、彼女は、まあ、と驚いて目を見開きました。

「どうしてそのような」
「世界が変わってしまった謎を解きたいんだ。どうしても、人間が統べていた元の世界に戻さなくては」

 貴方は熱い言葉を吐き出しますが、彼女はそっと目を伏せ、もの悲しそうに囁くのです。

「そのような事は誰かがなさりますよ。貴方様がお身体を酷使してまでなさることではないのではないですか?」

 ここにずっといらして下さいな。

 甘い囁きと意識の混濁で気持ちよくなってきましたね。止まった刻の中で、意識だけが流されていきます。

 そろそろ横になりますか?
 尋ねられた貴方は、うつらうつらしながら、視線を脇へ移していました。
 さきほどから気になっていたのは、和紙で作られた四角い灯籠。

「あら、そちらですか? それは走馬燈ですよ。ご覧になりますか?」

 少々お待ち下さい。

 彼女は走馬燈を飾りのない壁の前に置きました。
 外側の四角い枠を外して、中の蝋燭に燭台から火を移します。
 ぼおっと点いた灯火は ゆらゆら と揺らめいて、次第に盛んな火へと変わっていきます。でも、夕日の入り込んでいるこの部屋では、走馬燈を走らせるのは、些《いささ》か明るすぎる気がします。

 と、寝月姫さんが着物の裾を摺らせながら、障子へと近づいていきます。
 障子に手を掛けると僅《わず》かに空けて、タンと音を立てて閉めました。
 乾いた音が響くと、部屋が すうっ と暗くなっていきます。二度、三度。繰り返す度に、見えるものが少なくなるほどの暗さに。

 とうとう蝋燭の明かりがなければ何も見えなくなるほどの闇になってしまいました。その走馬燈の脇に、そっと腰を落ち着ける寝月姫さん。柔らかく崩した白い足が、着物の合わせ目から覗いています。おいで、撫でて、と誘うよう。
 誘蛾灯に引き寄せられる夜の虫のように。
 ふらふら、ふらふら。
 あら、白く映える遊女の膝にしな垂れて、頭を乗せる貴方の姿はなかなか様になっていますよ?
 貴方の頭が良いところへ落ち着くと、寝月姫さんが走馬燈の蝋燭に、和紙で拵えられた外枠を慎重に被せます。
 襖に灯《ひ》の馬が現れました。


 走馬燈が、彼女の指で音もなく動き出すのです。六角形の枠に、少しずつずれる馬の絵を切り抜き、中の蝋燭で投影《とうえい》される光の絵。静かに回せば、まるで走っているかのように見える幻想的な遊戯箱です。

 ゆっくりと走り出す灯の馬に引かれていって、意識が朦朧としてきませんか?
 夢は現《うつつ》で、現は夢で。
 過去は塗り固められた嘘で、未来は捉えることのできない偽り。


 今はどこぞの幻か。
 ここは誰ぞの夢の中。


 やがて、襖の景色は一面、緑の広がる草原へと変わっていきました。草いきれを吸い込んだ馬は、初めて呼吸をしたかのように、生き生きと走り出します。

 遠くに見える山並みは、雪を残した切り立ち峰《みね》で、裾野の木々との濃淡が美しいグラデーションを見せています。
 やがて筆で風が書き込まれ、空に水色の色水が流し込まれると、いよいよ馬の足が速くなっていきます。
 
 疾駆する栗毛の馬の後ろから、さらなる足音が聞こえてきました。
 後ろから追ってきたのは黒光りする身体の優雅な馬。
 二頭が並ぶと、競うわけでもなく、だからといって足並みを揃えるわけでもなく。つかず離れずの距離を保ちながら走り続けるのです。
 それは、貴方が理想とする距離。

 触れないことで、お互いを意識し続け合える関係。そんな二頭が草原を走り、やがて丘を蹴って、空へと駆け上がっていきます。
 重さを感じさせない透明な空に、どうして浮いているのかさえ説明できない巨大な雲が浮かぶ、不可思議な晴れの空。
 そんな場所に、二頭は揃って消えていったのです。



「こんな時代、こんな星だけど、二人で一緒に居られたら素敵《すてき》だなって思うの」


「この子が生まれたら、どんな名前にしよっか? 空とか大地とか、この星と一緒に生きていける名前がいいな」


「パパ、見て見て? 無花果《いちじく》がこんなに採れたよ? このあたりに生っている物は全部覚えたよ。だから僕ね、今度はね、狩りもしてみたいんだー」


「ハッピーバースデー トゥー ユー
 ハッピーバースデー トゥー ユー
 ハッピーバースデー ディア ――――」


 貴方は確かに幸せでした。
 この変わりゆく星で、幸せを手に入れたのです。
 でも、長くは続きませんでしたね。


「裏の山に人食い蟻《あり》の巣を見つけた」
「ああ……ここも移動しなけれならないか」
「昔はシロアリとか呼ばれて、小さな虫だったみたいだけどな。今じゃ、人類最大の敵だ」


 幸せな時間はやがて終わりを告げます。
 でもこうなったのは、貴方自身のせいでもあるのですよ? 貴方が世界に嫌われなければ現状も違う形になっていたことでしょう。


「世界の果てを見に行きたいだと? なんだそれ、何を考えてるんだ」

「そんなもんありぁあしない。男手はいくらあっても足りないんだ。大人しく村に付いてこい」

「やめて! そんな罰当たりなことを言っては神の祟りをもらってしまうわ!」



 それでも貴方は考えてしまいました。
 なぜ、この星は変わってしまったのか。生態系が変わったのは何故なのか。
 未来のために、この謎は解いておかなければならない。子供のためにも、元の世界へ戻さなければならない。

 そんな事を考えたのです。
 考えてしまったのです。


「パパ、ドコへ行くの?」
「やめて! 家族を置いて行かないで」


 村を捨て家族と離れ、世界の果てを探し歩き、貴方はこの山までたどり着きました。
 この先は恐らく、人間の誰も足を踏み入れたことはないのでしょう。
 それを直感していたのです。
 そう、この先に、世界の果てが――




 《貴方は頑張りました》
 《もう、お疲れでしょう?》
 《そろそろ、ゆるりとお休みになってはいかがですか?》
 《ここには求めてやまなかった安らぎがありますよ。》
 《幸せもあります》
 《今まで味わったことのない、甘い蜜も用意されています》
 《何も心配はいりません。ここでお眠り下さい》
 《いずれ、長い時を経た後に、家族とも逢えるでしょう――》




 …………。
 なんと強い妖力なのでしょうか。
 こんな所まで入り込むなんて。
 それだけ貴方のことを好いているのでしょう。
 どうしますか?
 ずっとここで優しい眠りに溺れていますか?
 きっと彼女がずっと側に居てくれますよ?

 それは紛れもない幸せの形。


 なんて、ね。
 貴方は世界に嫌われたのです。
 そのような安息の終焉を世界が許してくれるはずはないでしょう?


 すぅ
 たしっ

 襖の微かに開いて閉まる音が、貴方の意識を呼び起こすのです。

 すう
 たしっ

 再び。
 意識が浮上してきましたね。貴方は酷く怠さの残るまぶたをこじ開けます。
 頭の下に置かれていた柔らかいものは、寝月姫さんの膝。
 見上げると彼女の横顔がありましたが、その顔は輝くような黄色の毛並みに覆われ、端正な曲線を描いて前に突き出る口を持っていました。ピンと張ったヒゲは、強く張って つんつん しています。
 あれだけ深かみをもった目の色は、陽の光を受けて、今は淡い茶色へと変わっています。艶めいた肢体とは逆さまに、獣らしく純粋に鋭い瞳。
 何を思ってか、口の端をぺろりと舐めた舌は、扇情的な桃色でした。

 貴方が目を覚ましたことに気が付いたようですよ。

「あや、惜《お》しや。起きてしまわれた」

 そう言って貴方の顔に視線を落としたときには、もう元の女性の顔に戻っていました。瞬きの間に変化を終えてみせるなんて、素晴らしい術使いですね。

「随分《ずいぶん》とあの子に好かれとうな。水を差されてしもうた」

 彼女が優しい手つきで髪を梳いてくれます。その感触に浸りながら、手を伸ばして、そっと彼女の頬に手を当てました。
 指は細い毛並みではなく、妙齢《みょうれい》の女性らしい吸い付くような肌の手ざわりを伝えてきます。

「狐、だったのだな。このままだと私は食べられていたのかい?」

 そう問うと、闇の中に花のかんばせが開きました。

「食べてしまうにはもったいのう御心よ。お身体も十分に逞しそうゆえ、あちきが飼い慣らしていたことでしょうな」
「狐が人間を飼うのか?」
「昨今はもう、昔の様ではのうて。力の強いモノが上に立つ。正当な有様ではないのかえ」
「……そうか」

 悲しそうな声を出した貴方の口に、細い指が触れました。
 形をなぞるように彷徨った指先が、するりと口の中に滑り込んできます。

「現世《うつしよ》で味わえる、全ての快楽を餌に与えて進ぜよう」

 目を覗き込まれた途端、視界から景色が消えていきます。思わず、しゃぶってしまった指先は、とろりと溶けて喉の奥、身体の奥に忍び込み――


 すぅ
 たしっ


 不思議な気配が消えましたね。
 身じろぎをする貴方に、彼女が合わせました。

「もう、起きられますか?」

 頭を支えられて身体を起こされると、座っているにもかかわらず頭の重さにふらついてしまいます。
 自身の揺れを抑えられない貴方は寝月姫さんの胸に抱かれるようにして、息を整えます。術に酔ってしまったみたいですね。
 彼女が部屋の外へと声を掛けました。

「蛇緒、入りなさい」

 襖がそろりと滑り、貴方をここに連れてきた少女が姿を見せました。音を立てて貴方の意識を呼んでいたのはこの子なのでしょう。
 名前は『じゃお』というみたいですね。

 じゃおは廊下で三つ指を突いてから、部屋の中に入ってきました。
 そして、そのまま貴方の背中に隠れてしまいます。

「おやおや、随分と。わらわの邪魔立てをするなど今まで無かったこと。懐かれてしもうたようで」

 声音とは裏腹に、彼女の目はなかなか鋭く、袖口で隠した口元には獲物を逃した悔しさが少なからず浮かんでいます。

「悪い気はしないさ。じゃおと言うのだな。可愛らしい女の子ではないか」

 貴方が本心を口にしたところ、後ろの蛇緒がピクリと跳ね上がりました。
 目の前の、少し不満気な女郎の顔が綻び、クスクスと笑う声が響き始めます。

「なんだ、蛇緒。言うておらなかったのかえ? さあ、こちへ。誤解は解いて差し上げねば」

 蛇緒が、今度は大人しく寝月姫の下へと寄りました。寝月姫さんが蛇尾をくるりと反転させて、貴方と向かい合わせに立たせます。
 そして、蛇緒の腰帯に手を掛けて、するりと紐解き、肩から着物を滑り落としました。肩から滑る着物が、腰の辺りで抱え込まれて止まります。
 蛇緒はその間、なすがまま。恥ずかしそうに俯く以外は、特に抵抗も見せませんでした。
 そうして現れた上半身は、やや骨張っていて、引き締まり、硬そうな筋肉が所どころに付いています。

「この子は男の子でございますよ?」

 まあ、勘違いをしていたようですね。
 可愛らしい容姿をしていますから、見間違うのも仕方がありませんが、確かにこう見せつけられては、信じる他ありません。

「旦那様はこういう子がお好みで? 蛇緒はわたくしが手ずから仕込みましたゆえ、きっと満足のいくご奉仕を致しますでしょう」

 寝月姫さんが腰の下に回した手をもぞもぞさせるたびに、蛇緒の身体がぴくぴく反応を示します。
 二人の仲睦まじい様子を見て、貴方は首を横に振りました。

「私はそこまでに器用では無いさ」

 恥ずかしさからか、何かしらの期待からか、顔を赤らめる蛇緒を見ながら、籠絡の手を上手く躱してみせた貴方は、よっとという声と共に立ち上がりました。
 向かったのは障子窓。外の様子が気になりますか?

「陽は、沈んでしまっただろうか?」
「それほど慌てなさらずとも。ごゆっくりなさればよろしゅうに。もう、搦め手から攻めるような真似は致しませんよ」

 蛇緒の着物の前を合わせ、帯を手早く締め直す寝月姫さん。衣擦れの音さえも淀みなく流れていきます。さすがに手慣れていますね。
 外の様子は、幸い、ここへ来たときと全く変わりがありません。

「旦那様が望まない限り、陽が沈むことはございませんよ? よくご存じでしょう」
「それはそうなのだろうが、如何せん私は自分を信じていないのだ。疑り深くもなる」
「左様ですか」

 気のない返事に、寝月姫の方を向くと、彼女は外の景色に目を奪われていました。
 一瞬浮かぶ狐の面《おもて》が、狭い部屋を幽玄の狭間へと変えるのです。

「実に綺麗な景色ではありませんか。夕日が全てを燃やし上げ、端から順に灰へと散らしていく季節。影に追いつかれてしまえば、きっと空と同化してしまうのでしょうね」
「なかなか優雅な言葉を操るのだな」

 あら、と嬉しそうに笑った彼女は、深い胸元から一枚の札を取り出して見せました。

「主様には敵いませんよ」

 そう言って、こちらに向けたのはさっき貴方が綴った恋札。愛おしそうにじっと見つめては、再び懐へと戻しました。

 そんなやりとりをしている内に、蛇緒のお飾りが終わったようですよ。とてとてと寄ってきて、貴方の袖を取りました。
 そろそろ出なければ、陽が堕ちてしまいますね。

「……そうだな、もうお暇するよ」

 そうかえ、残念よの。
 心底、名残惜しそうに呟いては、振り分け荷物を差し出して、合羽を手渡してくれます。

「また、お越しになってくださいな。いつまでもお待ちもうしております」
「ありがとう。あなたの名前を告げれば通してもらえるのかな?」

 そう問うと、彼女は面白そうに笑い声を溢しました。

「いえ、それは叶いません。恋札をめくり、またわたくしを見つけて下さいませ。旦那様ならきっと見つけられるでしょう」


 丁寧な挨拶をもらい、彼女の部屋を後にしました。
 膝を付いてお辞儀をした、蛇緒が続いて出てきます。どこまで続いているのかわからないほど長い廊下は、彼女の手を借りなければ一階へ下りることさえ叶わないでしょう。
 蛇緒の小さな手に手を握られながら、いくつかの部屋の前を素通りしていきます。
 立ち止まったのは並んでいる部屋と特に変わることのない襖の前。描かれているのは空です。どこから見たのでしょう、貴方達の生きている星が遠くに見えますね。

 蛇緒が音もなく、襖を引きます。
 奥は部屋ではなく、下がり階段になっていました。階段を下りながら、貴方は蛇緒に尋ねてみました。

「君の蛇緒という名前には、漢字があるのかい?」

 すると、前を先導していた蛇尾は立ち止まって、掴んでいた貴方の手のひらを表に返しました。そこに、指で字を、つらつらと流していきます。

『蛇緒』

 指文字で判別するには難しい漢字でしたが、不思議と迷うことはありませんでしたね。
 蛇の緒。長寿を願掛けされた、良いお名前です。
 貴方は彼女の手を取りながら、願を掛け直すのです。

「蛇緒。どこまでも幸せが続きますように」

 蛇緒は、目を見開いた後に、嬉しそうに顔を赤らめます。
 手を握って目を瞑り、貴方の想いに浸った後に貴方の後ろへと回り込みました。
 トントンと二段上がると、貴方と目の高さが一緒になります。
 蛇緒の口が開きました。彼が口を開けたところを初めて見ましたね。

「~、~」

 声にならない息が漏れ出てきます。今度は喉に手を当てて、はあぁーと呼気を吐き出しました。
 何かを伝えたがっているのでしょう。しかし、声がうまく出てこないようです。

「いい、無理はしなくても。伝えたい気持ちがあれば、伝わるものだ」

 今のお二人のように手を握り合って見つめあえたなら、声にならない言葉さえ真実として伝わるのでしょうね。
 蛇緒が綺麗な目に力を込めて、自然に声を発しました。

「ジャ」
「じゃ?」
「ジャ~」

 二つに割れた薄紅色の舌先。滑らかなそれとは裏腹に、聞こえてきたのはちょっとざらつきのある鳴き声。
 初めて聞いた声に、貴方は嬉しくなりました。もっと聞きたくて、催促を始めます。

「じゃ~」
「ジャッ、ジャ」
「じゃっ、じゃ」
「ジャ~、ジャ~」
「じゃ~、じゃ~」

 音は通じなくても、深いなにかが通じている様子。実に楽しそうなじゃれ合いです。二段分、二歩の距離が心地よくて、貴方はしばらくの間、彼の声を楽しんでいたのでした。



 しばらく。蛇緒が懐から、獣皮《じゅうひ》に包まれた薄いものを取り出して、手渡してきました。開こうとすると、蛇緒の手がそれを止めます。

「開いてはいけないのかい?」
「ジャッ」
「そうか。お守りかなにかかな?」

 頷いた蛇緒にありがとう、と返して二人は階下へ下りていきました。


 玄関では楼閣の主人が、小さな椅子に窮屈そうに座りながら書き物をしていました。
 貴方に気が付いて、驚いた顔で近づいてきます。

「おや、お早いお帰りで」
「元々、仮眠を取るためだけに寄ったのだから、むしろ時間を過ごしすぎたぐらいだ」
「そうですか、そうですか。それはようございました」

 どうやら、なにか粗相でもあったのだろうかと心配していた様子。杞憂に終わったと知ると、太鼓腹を叩いて喜んだ。

「ごゆっくりできましたかな」
「ああ、ゆっくりさせてもらったよ」

 袖口を引かれました。そちらを向くと、蛇緒がなにやら言いたげな目で見返します。
 気持ちを読み取って言葉を添えます。

「この子にも良くしてもらったからね」

 そう言って頭を撫でると、蛇緒は嬉しそうに微笑むのです。
 不思議な縁ができましたね。

「おや? 蛇緒がお世話を? そうですか、そうですか」

 こちらも嬉しそう。
 身支度を整え、蛇緒に全身を見てもらいます。ねじれていた振り分け荷物の肩紐を直してもらいました。

「もう発たれるので?」

 主人の声に、貴方は頷きました。

「ええ、陽が堕ちる前にこの山を越えてしまいたい」

 すると、主人の大きな目が更に見開かれました。

「日が暮れる前に、でございますか?」
「ああ、日が暮れてしまえばこの山は越えられないのだろう?」

 貴方は視線で問いかけます。
 山は様々なモノが住まう場所。日暮れの後は、あやかしの時間。人間が動き回れる時間ではないのでしょう、と。

「まあ……そうでしょうな」

 いくらあやかしでも、陽の光の下では意識のあるモノを捕らえることはできないのでしょうけど、陽が堕ちてしまえばそれも容易にできてしまいます。
 貴方は今までの旅で、それを学んでいました。

「しかし、この山の陰には何があるというのだ? この麓では生き物が旧来の姿を保ち、不変と言われる時間すら自然の摂理から外れてしまっている。この様な場所は、他に聞いたことがない」

 他の場所のように動植物が異形化せず、時間すら狂ってしまった場所。
 でも、時間が狂ったのは、世界から弾かれた貴方の周りだけなのですよ? 自覚は無いでしょうけど。

「げっこう、げっこう。この山は、名も無い『奥の山』。向こうへ渡り帰ってきた人間はおりませんよ? それでも向かうと仰るのですか?」

 確認に、貴方は大きく頷きます。こればかりは誰に言われようとも止める気は無いのですね。
 やれやれと首を振った男が言いました。

「この先にあるのは空白。それだけでございますよ?」
「空白? 白い大地と言うことかい?」
「いいえ、いいえ。空白は空白。何も――」


「ィジャッッ!!!」


 男の声を遮ったのは、貴方の隣に居た蛇緒。
 鋭く、まるで投げナイフを放ったかのような風切り音で、主人に突き刺さりました。蛇緒の身を覆う気配が濃密な意思を持ち始め、陽炎のように幽らりと立ち上がります。目には見えない不可視の力、触れば恐らく火傷をしてしまうほどの熱量を放つ視線。
 びたりと台詞を止めた主人は、太い腹をぶるぶると振るわせて、顔から脂汗を流し始めます。やがて震えが大きくなり、奥歯がカチカチと鳴り始めました。

 驚いた貴方は蛇緒の顔を覗き込みます。
 視線を感じた蛇緒が顔を上げて、甘えるような表情を見せてくれました。

「ジャ~」

 心地よい声。じゃおが甘い声を出したときには、恐ろしい気配が消え、再び元の空気に転じました。


「げっこう…………げっこう…………」


 主人が力なく鳴きました。
 そしてこちらも元に戻りました。


 最初に、戻ったのです。


「ようこそ、夢回楼へ。おや、旦那。ここへは初めてですかな?」

 ここへ入ったときと同じ台詞。違和感もなく、本当に初めましての対応。

「いや、ここへは道を尋ねに来たのだ。部屋は取らないでおく」
「左様ですか? 揚げ代の心配なら無用の長物。当楼は始めて見えられるお客様から――」

 どうやら、主人は繰りモノのようです。
 本当の主人は誰なのでしょう。



 表に出ると、やはり夕暮れ。
 主人と蛇緒に見送られて、楼を後にします。後ろ髪を引かれる思いとはこのことですね。

 互い違いで色鮮やかに染まる木々は、来たときと変わらない景色を見せてくれています。
 世界から嫌われたものは、世界の理から外れてしまうもの。貴方の時間を制するものはもういないのです。
 下がれば暮れる、進めば暮れない。気分次第で世界が進んでしまうのは恐ろしいものでしょう?
 まして、やり直しが利かないものですから、なお、さらに。

 吹き下ろしの風が、敷き詰められた木の葉をめくり、気まぐれに貴方の視界を奪いに来ます。
 それでなくても、草履は足との間に落ち葉を引っかけて歩きにくく、なかなか前には進めません。足下、表面こそ乾いた葉が敷かれていますけど、そのすぐ陰には足を取りに来る濡れた葉が厚く積もっています。草履に慣れていない足では、なかなか足を進める事は出来ません。
 秋の山風は寒いものです。合羽の前を手で押さえつけ、一歩一歩滑らないように足を出していきます。

 渦を巻いて襲ってくる落ち葉。
 ゴウと、今までで一番の風が吹きました。

 身体を後ろに返されて、思わずかがみ込みそうになります。目を瞑る一瞬に見えたのは、木の葉の色、色、色。

 恐ろしい色。

 生まれてから今まで見てきた全ての色が襲ってきます。そのどれもが、貴方を置き去りにして後ろに流れていきました。
 流されてしまえば、転げ落ちてしまえば楽でしょうに。貴方は今までと同じように、踏ん張って流れに逆らい続けるのです。
 世界には流れがあって、逆らうものを許してはおかないのです。嫌われるのは道理ですよ?

 身を切るような木の葉の群れ。
 それが通りすぎれば、またひっそりとした森に落ち着きます。
 上げた足が地に着くと、沸き上がる違和感。
 視線を落としました。
 履いているのは革の登山靴と丈夫なジーンズ。重ね着した上着は風を通さずに、温もりを抱え込んでいます。
 ようやく、あやかしの領域を抜けて本来の世界に戻りましたね。

 ふと、呼ばれた気がして振り返りました。
 あれほど大きかった楼閣が跡形もなく消えています。
 その場所に立っていたのは、これまた大きな老木。アカガシでしょうか? 老いたとは言え、ねじれもなく天へと向かって伸ばした背筋は、ぶれることのない静謐な気配を漂わせています。
 周りの樹木より一回りも二回りも広く茂った葉の冠は、明確な影を作り出し、根元に集うモノ達に加護を与えているかのよう。これほど見事な大樹なら、寄ってみたくなりますね。

 アカガシの根元に、平たい玄武岩が鎮座しています。
 その上に でん と乗っかっているのは、一匹の蟇《ひきがえる》。
 身を屈め、両手を突いて。
 顔を向けた先は虚空《こくう》。その目は何も見てはいない様子。
 誰に向けるでもない鳴き声を上げていました。

「月光、月光」

 月を呼ぶ蛙。
 アカガシの幹に、縞模様のある細く白い尾が見え、するりと後ろに隠れてしまいました。
 全ては幻。
 そんな言葉が胸中に、浮かんでは消えていきます。
 戻りますか?
 望めばまた、幽玄の楼閣が姿を現すことでしょう。
 歌を詠み合い、温もりを抱いて、今度は蕩けるように酔えるはずです。
 そして、瞬きする間に陽が堕ちる――


 寂しくなってしまった貴方は、ポケットに手を入れて、お守りを取り出しました。
 慎重に獣皮を開くと、中から現れたのは丁寧に折りたたまれた蛇の抜け殻でした。
 透明に近い白色の模様が入る、見たことの無い不思議な文様《もんよう》が浮いています。まるで切り子細工を施したかのような美しさ。
 陽に透かして見たくなりましたが、夕日に焼かれてしまいそうで、そっと獣皮に包み直しました。

 守りたいという想いの形。
 幻の中にも真はあるものです。

 貴方は前を向くのです。
 踏み出した足は、もう迷いません。
 世界の果てを見に行くために。
 真実を取り戻す為に。

 どこかで誰かが鳴きました。貴方もそれに合わせます。

「じゃあ」

 生き抜くために、在るべき姿を取り戻す為。
 貴方は山を越えるのです。

 今日中に越えて下さいね。
 それまで見届けていますよ。


 ***


 匂い立つほど艶やかに
  開いた華さえいつかは散り逝く

 幸せをうそぶいた
  わたしも貴方も常は無し

 在るべくして永遠に立つ
  奥の深山や陽が暮れる
   前に越えて行きましょう

 夢に浸ることさえ出来ず
  酔うことさえも叶いはしない

 それでも歩む貴方を追って
  綴る言の葉 風に舞え

(いろは歌 独自解釈)


 了 

恋札めくり ~落ちない夕陽といろは歌~

執筆の狙い

作者 千才森 万葉
14.9.117.64

前々から書きかけのまま放置していた作品を、ようやく読める感じにまで仕上げられました……ました気がする。
面白いかどうかも気になりますが、この作品は二人称を意識しながら書いた物でして、二人称になっているかどうかを判断して頂きたく思うのです。そもそも、わたしは二人称で書かれた作品を読んだことがないので、自分では判断しかねるので。
まあ、面白く読めるなら、何人称でも良いんですけどね。
本来は、もっと世界観を説明しなければいけないんでしょうけども、これ以上書くのも難しく。あと、遊女の口調はわたしの知識では上手に書けませんでした。すいません。
雰囲気を出すために漢字はあまり開いていませんし、雰囲気がかなり特殊なのですが、最後まで読めるでしょうか?
そんなところを聞いてみたいです。

コメント

櫻井
60.155.199.121

 最後まで読むのが難しかったです。二人称視点、最初は嵌っていたと思います。それはちょうど、地の文が山に入っていく男を、挑発しているかのように見えたからでした。そこは妖しく、緊張感のある文体に仕上がっていました。けれども妓楼に入った辺りから、崩れてきました。結局表現の幅が狭くなってしまうんですよね。似たような語尾の分ばかり読んでいると、やはり読み手はストレスを感じがちです。しかもそれが、自分に呼びかけられているような錯覚を起こさせる、二人称の文体ですから一入です。妙に窮屈で疲れます。

 また、世界観の説明を冒頭の地の文における、設定の羅列として済ませてしまったのも悪印象です。幻惑的な世界観を創るなら、こここそ腕の見せ所だと思います。その後綴られる本編との、温度差をどうしても感じてしまいました。文体が合致しておらず、ミスマッチな印象を受けます。設定は増大な割に、本編は古めかしい情緒を感じさせるものというのも、個人的には微妙に思えます。統一した世界観を見出しづらいです。
 ファンタジー的な作品を書くなら、読者が世界観に没入できるような、工夫をすべきです。ハリーポッターシリーズなど、その点細部まで凝っているでしょう。ファンタジーは世界観の描写7割と言われていますし。
 けどこの作品は、世界観の深化をおざなりにしてしまっているように思えました。二人称云々よりも、こっちの方が大きな問題だと思います。泉鏡花クラスの文体の妙があればまた違ってくるのでしょうが、この作品からはそれは見出せません。二人称の文体のくどさが、作品への没入を妨げます。
 
 最後にもう一つ、人物の内面の描写も、半端な印象を受けました。主人公のバックスクリーンをもっと描いてもらえないと、感情移入しづらいです。「子どもの未来のため」に、それだけでは、焦点がぼやけます。これもまた没入感を削ぐ要素です。

 ただ、二人称視点で作品を書くという難しい行為に、果敢に挑む姿勢は評価に値するかと。一文、一文切り取ってみると、魅力的な表現がたくさんありました。
 結局、そもそものハードルが高すぎたんだと思います。二人称のファンタジー小説をこの文字数で仕上げられるなら、こんなサイトに投稿していないでしょう。とっくにプロとして、デビュー出来ているレベルの筆力ですから。
 
 

u
220.208.9.188

読ませていただきました。

二人称についてです。
てか、私自身詳しくない。二人称小説って多分多くない感じですし、あたしが読んだのは日本の小説3つだけです。

1 芥川賞受賞作 藤野可織『爪と目』
これはかき方が2人称ポイてな感じで、1人称小説ジャンと思った。
選考委員何人かが誉めてたが。
地の文で「あなたは」と主人公と思しき者が再三呼びかけるわけですが、その「あなた」というのは母親のことらしい。
別に「読者」に対して「あなた」と呼びかける類の2人称ではない。?
奇をてらったんでしょうか?
あと純文系では倉橋由美子もかいてるらしいけど未読です。

2 法月倫太郎『2の悲劇』
一部が2人称になっています。  
要するにミスリードを誘う手法でいちおう成功例かも。
ミステリーでは「メタフィクション」とかと並んで昔からよく使うらしい?
あたしミステリ好きなんで、探せばかなりありそうです。
安吾の「不連続」とか筒井の「なんとか荘?」とかメタ。
夢野久作、中井英雄、竹本健治とかがかいていそう?ですww。

3 重松清『疾走』
1000枚ぐらいのエンタメ長編です。
作中ナレーターが「おまえは」「おまえが」と語りかける。
「おまえ」は作中の主人公です。
最後に語り手の視点がわかるんですが、視点者が立ち会えないシーンも書いていて、完全に2人称としては失敗作です。
さすが直木賞作家ですのでお話は面白いです。
3人称で描けばいいのにww。違ったチャレンジしたかったのかなー?

小説に二人称っているのかなー? あまり読んだことない私の素直な意見です。
納得できる海外作品はあるかもしれないですが、でも、翻訳でしか読めないので微妙www。

ということで御作です。
冒頭、SFかな?と思いました。
でも読み進んだらそんな感じじゃなくて、ムード的には「千と千尋」エロバージョンwwwその他諸々www.
あたしファンタジーとか読めないし、感想書き方わかんないので、乏しい知識駆使してww二人称の感想書いた。

御作の2人称は、多分アナタはと主人公に語り掛けているんだろうし、読者には語りかけていない。
アナタとアナウンスしている視点の主は誰なんだろう?
多分、神視点なんですよね。
だったら、3人称で描けばいいと思いました。

文章はお上手ですし、長いお話を構築するセンスはお持ちではないかと思うので。
あたしはこの一遍で終るようなお話ではないと思いました。
連作長編www. 話が現在から過去に飛んだり未来に飛んだり黄泉の国に飛んだり(笑。
そんなお話描けるんじゃない?
本作読む限り本作だけなら需要は厳しい感じがしたので。

拙作に感想いただいていましたネ。後日返します。

御健筆を。

千才森 万葉
14.9.117.64

 ああ、読み返すと誤字がちょこちょこ。この雰囲気で書いての誤字はやっちゃいけない。


 櫻井 さんへ。
 お読みいただきありがとうございます。てか、最後まで読んでいただいて、なんだか申し訳ないです。
 嵌まっていたのが妓楼に入る前までだとしたら、かなり序盤から失敗していた感じですね。語尾の少なさとそれに伴う表現の狭さ・窮屈さは、書いているわたしも感じていました。しかし、途中で止めるわけにも(笑) ですます調なのが更にキツかった。まあ、作者が窮屈に書いたのですから、そりゃあ読者だって快くは読めませんよね。

 世界観の説明は、はい、完全にやっちゃいけないパターンです。わたしも他者の作品でこれを見かけたら突っ込んでます。はい。言い訳をさせてもらえば、この作品は世界観を共通しているお話を集めた短編集の形にする予定をしていたんですよ。それで、この作品は後半に持ってくるはずのもの。短編を読み進めるごとに、少しずつ世界観を理解できていくように書けたらなと思っていました。なので、世界設定の説明を作品に入れにくかったんですねー。
 ちなみに、めちゃくちゃ長いんです。で、収拾を付けられる腕が無くて、これだけ持ってきた感じです。他に3つほど試作品を書いたんですが、全部口調の違う二人称だったりして。語りに自信があったのがこのお話だったので、このお話がこの結果なら、全作作り直しですね。てか、4話程度じゃ全く終わらないな、これ。

 主人公のバックスクリーン。どうしましょうね、出来れば詳しく書きたくないってのが本音です。そこは広げたくないんですけど、まあ、書かないと読めませんよね。当初の予定では、短編ごとに主人公が変わって、この主人公はこれっきりのキャラクターなんですよ。世界の端を見られたかどうかはわからないままって終わり方をしたい。でもなー、無理かぁ。感情移入、これをどう処理するかですね。

 そうですね、結局は『二人称で書く』ってことに無理があったんでしょう。本当に難しかった。大人しく一人称で書こうかと思います。ではでは。

千才森 万葉
14.9.117.64

 u さんへ。
 お読みいただきありがとうございます。
 プロでも二人称で書かれた方が何人もいらっしゃるんですね。てか、文学賞もらってるんですか。それは、なんとも、凄い。自分で調べろって話ですけども。貴重な情報ありがとうございました。
 1,母親に呼びかけているのなら、確かに一人称に分類されそうですね。ただ、どんな書き方なのかは気になります。2,ミステリーでの、一部二人称はわたしも知ってるかも。感覚としては、ドラマの……いや、まてよ、古畑任三郎がその感じを出してたような。あんな感じかな、なるほど。3,視点者を置いた二人称ですか。てか、立ち会えないシーンがあっちゃダメでしょうに。チャレンジに関してはわたしは人様を言えた義理じゃ無いので(笑) めっちゃ苦労しましたけど、面白かったですよ?
 作品全部は読まないと思いますけど、ちらっと読んでみたいなと思います。

 SFですか? ああ、なるほど、確かに。千と千尋のエロバージョンって面白いですね。あの作品ほどのアニメっぽさは意識してなかったのですけど、幻想的な世界観を感じてもらえたのなら幸いです。あ、あとエロスも(笑)
 感想に間違いは無いってのが持論です。書評とかならまだしも、感想なんてのは感じた想いをそのまま書くのが感想ですし。

 はい! ごめんなさい。
 本作品は二人称では無くて、三人称神視点です。多分。
 一応、二人称で書くぞーと勢い込んで書いた手前、二人称で通したかったんです。すいません。当初の設定では神様が語り手だったんですけどね。4人の神様がそれぞれ違うキャラクターを二人称で描くとかなんとか……
 書いてみてわかったんですけど、二人称で書く理由って無いんですよね。わたしは三人称があまり得意では無いので、大人しく一人称で書きたいと思います。

 上の方への返信にも書きましたが、この作品は短編集の一つの予定です。シナリオを読むことがメインではなくて、世界観を味わう作品にしてみたいですね。なので、このお話だけで終わっても、本来意味の無いもの。ただ、短編を名乗るからには、独立させても読めるようなものでなければいけないでしょうし、その点失敗しているんでしょう。
 連作長編は、いや~、いや~。このキャラクターはこれで終わりの予定でして。もし書けたら、ガッツリ長編作品になるでしょうけども。星の歴史を全く考えてないので、今のところ長編の予定は無いかな。

 ああ、お返事はいつでも構いません。ではでは。

九丸(ひさまる)
126.34.50.106

拝読しました。

『世界の全てが変わってしまったのだ。』
入りから、またまた浸ってしまっていたのですが、上記に入っていったんさめてしまいました。
それでも、またすぐに浸れるぐらいの世界観があるので、武器があるっていいなあ、なんて思いました。
二人称はよくわかりません。
だから、不思議な感覚になりましたけど、読めました。でも、少し混乱。
二人称って、ゲームブック? みたいな感じですかね?
読んでいて、そんなことも思ったりしました。

失礼します。

千才森 万葉
14.9.117.64

 九丸(ひさまる) さんへ
 お読みいただきありがとうございます。
 うまく浸ることが出来ましたか? まあ、視点の置き場がわからなくて混乱しますよね。それでも読んでくださって感謝です。自分自身でもまだ確立できていない手法なので、手探りで書いた感が酷いです。『世界の全てが変わってしまったのだ。』からの説明は、明確に失敗でした。反省です。
 ゲームブック!? ああ、なるほど。凄くすっきりしました。そうですね、読者に語りかけていますから二人称と言えるでしょう。となると、二人称の強みはキャラクターになりきることが出来ること、でしょうか。うーん、とりあえず必要ないかな。

 武器は、間違いなくみんなが持ってるんですよ。持論ですけど。
 ただ、持っている武器が、目指しているジョブや強化したいステータスとマッチしていなくて、使えなかったり気がつけないだけで。幸い、わたしは自分の好きなタイプの武器だったというだけです。まーそれも、武器に振り回されているようじゃ意味が無いんですけどね。
 自分の強みが無いって時は、自分の内面をさらけ出してみると意外な武器を持っていることに気がつけたりします。わたしの場合、こういう自己陶酔系の文章を最初は書けなかったんですよね。恥ずかしくて。吹っ切れてから、ようやく色んなものを書けるようになりました。
 二人称の答え、ありがとうございました。ではでは。

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