作家でごはん!鍛練場
加茂ミイル

一条家の決断

 街の中心部に、米の小売店があって、それは非常に繁盛していました。
 その店の良質な米を求めて、はるばる遠くの街から訪れる客もいるくらいでした。
 その店の正面には「九条」と書かれた大きな看板が掲げられてありました。それがその店の店名でした。
 
 街の多くの客たちは、その看板を眺めて、満面の笑みを浮かべました。
 彼らは口々にこう言いました。
「この店の名前が九条になってから、この店はとてもいい店になった。この店が繁盛しているおかげでこの街全体が潤う」と。
 しかし、彼らは、もともとこの店の名前が九条ではないことを知っていました。この店は今から半世紀ほど前は「一条」という店名でした。
 この店は江戸時代から続く米屋でしたが、この家系をさらに過去まで遡っていくと、2500年前くらいまで遡れるそうです。そこにはもちろんある種のミッシングリンクも存在するわけですが、多くの人々がこの一条家の長い歴史を信じているようです。
 その一条家は長い間、自分たちの家名に由来する一条という名で事業を展開していたのですが、昭和の半ば頃、突然店名を「九条」に変更したのでした。
 戦後の混乱の中での変更でしたので、多くの人は自分が生きるので精いっぱいで、米屋の屋号の変更など気に留めている余裕はありませんでした。
 しかし、その後日本はものすごいスピードで経済成長を果たし、平和を実現しました。そしてそんな平和が当たり前になり、人々の心にもようやく他人の事柄にまで首を突っ込む余裕が出来き始めた頃、この一条家の抱える矛盾を詮索する動きが世の中に広がって行ったのでした。 

 その動きを受けて、一条家内部では、この店名の是非について議論が生じていました。
 九条の社長は次のように提議しました、
「世間からは、一条家が九条という店名で商売をしているのはおかしいという声が上がっている」
 というのは、実は九条というのは明治時代、一条家のライバルの米屋でした。両家とも非常に商売の才があって、その地域の市場をほぼ独占状態、国の政治にも影響力を及ぼすほどの経済力を身に着けていました。
 大正時代には、一条家と九条家の数名の社員が乱闘騒ぎを起こし、九条家の社員が一名、腹部にナイフを突き立てられて殺害されていました。
 この一条家と九条家は永遠のライバルとして末永く争い続けていくものだと人々は思っていました。
 ところが事態は急変しました。 
 ある夜、九条家に数名の男たちが押し入り、九条家の社長を含めてその家族4人を惨殺したのです。それまで平和だった街は恐怖と不安に包まれました。
 それからさらに、どこからの情報か、九条家が大規模な脱税をしているという情報が当局に流されました。その情報には信ぴょう性が乏しかったのですが、警察は九条家の関係者を逮捕し、それ以降、九条家のビジネスは凋落の憂き目をたどることになったのです。
 その一条家と九条家の血なまぐさい歴史を知っている人々からすれば、一条家が九条の名を掲げて商売をするのはどうにも納得が行かず、どうして憎いはずの敵の名前を自分たちの屋号にするのか、そこには何か裏があるのではないかと勘繰らずにはいられないのでした。そして、あのおぞましい事件の背後には一条家がからんでいるのではないかと。

 そもそも一条家が九条という店名に変えたのは、一条家に米を卸している大財閥からの要請があったからだと言われています。
 それは、一条家が九条という名前を受け継ぐことで、両家の間の融和を世間に印象付けようとした狙いがあるとも言われています。
 確かなことは誰にも分かりません。大財閥がその当時どのような思惑でそのような提案をしたのか、資料が全く残されていないからです。
 
 しかし、世の中は一条家と九条家の歴史を顧みて、一条家が九条の名で商売をしていることに様々な疑惑を呈し、そこにフリーメーソンだのUFOだのと言った存在まで加わるある種の都市伝説にまで発展させ、皆でそれを楽しんでいました。
 米が次第に売れなくなっているこの時期、自分たちの店名に何かしらの陰謀論を想起する世の中の風潮は、一条家にとって非常に好ましくないものでした。
 そこで一条家は店名を九条から一条に変更する方針を打ち出しました。
 ところが、そこに地元の人々からの反対が起こりました。
「半世紀もの長い間、九条という名前で事業を展開していたのに、どうして今それを廃止するのか。九条というバリューネームはこの街の価値をも左右する。店が九条でなくなり、一条になったら、世の中の人はそれが元はあの九条だったということに気づかず、商品を買わなくなるかもしれない。そしてこの街の景気も悪くなるかもしれない。だいたい、一条家には人殺しの疑惑がかけられている。国家機関と癒着して、陰湿なやり方で九条を破産に追い込んだ疑惑まである。そんな店名を掲げるよりは、これまで通り……たとえ、その九条という名が嘘だとしても……この町の繁栄の象徴となった九条という屋号をこれからも守り続けて行くべきではないのか。それはこの街の誇りある歴史と希望に満ちた未来を守ることにもなるはずだ」
 などと、必死で反対運動を起こすのでした。まさに苦情の嵐に見舞われ、頭を抱えた一条家の当主はこう彼らを説得にかかりました。
「元は九条と言いますが、それよりも先に我々の店は一条だったわけです。いったん変えたものを元に戻すだけなんです。それに一条家が一条という名前で事業を展開する方が自然なことだと思いますが」
 しかし、住民たちは聞く耳持ちません。
 
 こうして、一条家と住民たちの対立は長期に渡って展開されています。
 今後どうなるかについて、はっきりした展望は見えていません。

一条家の決断

執筆の狙い

作者 加茂ミイル
60.36.87.119

先ほど湯舟に漬かっている間に思いついたアイデアを手短にまとめてみました。

コメント

かもみー
49.98.173.241

面白いよ、面白いけどさ、続きを書かないとね……

加茂ミイル
60.36.87.119

読み直してみたら、ネームバリューをバリューネームと間違って書いていました。
ネームバリューが正しいんでしたっけ?

加茂ミイル
60.36.87.119

>かもみーさん

ネタとして面白いと言ってもらえれば、今回はそれで満足かなって気分。
続きと言っても、どう続けて行ったらいいか分かんないよ。
「あんこ闘争」というエピソードも付け加えたら良かったかなとか思ったけど、蛇足かなとも思った。
米屋であんこを売るかどうかっていう問題について、一条家の内部で対立が起こるっていう。
しょーもない思いつきばっかりだな。

夜の雨
118.18.72.209

「アイデアを手短にまとめた」という感じで、小説のあらすじにも、似た感じです。
「あらすじにも、似た感じ」というのは、あらすじにしては、わかりにくい書き方になっています。
なぜ、御作がわかりにくいのかというと、中身がてんこ盛りで、それが整理されていないのですよね。
書いてある世界は横溝正史が喜びそうな、そして江戸川乱歩がにやりとして、二人が三途の川の橋のたもとに出ている屋台で酒を飲みながら「これには金田一耕助を探偵として出したら面白くなるんじゃがな」と横溝が言えば「バカ言え、明智小五郎を出すべきだ」と乱歩がせせら笑う。
それを彼らの隣で聞いていたドストエフスキーが「この内容だと探偵一人では話を整理できないので、金田一耕助と明智小五郎お二人で、一条家の闇を紐解いてみればいいじゃないですかね」と、提案する。

こういう世界に近い作品ではないかと思います。
つまり話を整理してわかりやすくし、エピソードの肉付けをする。
文章も荒いですが、湯船につかりながらイメージしたまま書いたのなら、こんな感じかな。
一晩寝かせたら、文章上の問題には気がつくと思います。

はるか
106.154.130.191

 加茂ミイルさま

 拝読しました。
 これってもしかして、憲法改正についてのお話ですか?
 米屋って、米国?
 九条って、恒久平和?
 そういうの、ほのめかしているのですか?
 だとしたら、わかりづらかったような気もしました、そのほのめかしが。
 私の勝手な深読みでしょうか? だとしたら、変な読み方をして、すみませんでした。
 九条だとか、一条だとか、そういう店の名前がどうこう、という発想、というか切り口が斬新で、面白そう! と思ったのですが、先が続いていかないのは、国民投票に関する取り決めが先送りになってるから、ということだったり? しないのかな。しないなら、重ねて書きますが、変な読み方をして、すみませんでした。

加茂ミイル
60.36.87.119

夜の雨様。

実は、一条家の事件というのは、取ってつけたエピソードで、
この作品は平和憲法についてのメタファーの話なんです。
一条家は軍事国家のメタファーで、九条家は平和国家のメタファーという感じです。
メタファーの意味がちゃんと分かっていないかもしれませんが、この使い方であっているでしょうか。
米屋というのは、アメリカのメタファーで、
大財閥というのは、GHQのメタファーでした。
ただ、あまりにも露骨に分かりやすく書いても、言葉と言葉を対応させただけになってつまらないですから、
殺人事件の話を盛り込んだりして、小説っぽくしてみました。
そこが上手く絡まっているかどうか自信がないのですが。

加茂ミイル
60.36.87.119

はるか様。

>これってもしかして、憲法改正についてのお話ですか?

そんなところです。

九条のメタファーに九条家という登場人物を設定したら面白いかなという思いつきからでした。

>米屋って、米国

そうですね。
憲法九条には何と言ってもアメリカの意向が関わっているので、一条家と九条家を米屋にすることで、
戦後の政治的背景を連想させようとしました。

>先が続いていかないのは、国民投票に関する取り決めが先送りになってるから、ということだったり?

そこまで具体的には考えていませんでしたが。
ただ、「九条が存在するから平和なんだ」という考え方について自分なりに疑問を感じたことがこの作品を書くきっかけになったと思います。
九条の存在よりももっと根本的なところに戦争のリアリズムというものがあり、あくまでも国際関係の駆け引きというものは常に存在していると思うんです。
九条の文章は国の憲法ですからそれにその後の国家の行動が縛られるということはあるのですが、それよりももっと重要な力関係というものがあるのではないだろうかという気がしました。
でも憲法が国家の行動を縛るという点では、九条が生まれた瞬間から、九条は実体を持ったパワーとなったのであり、ただの文言以上のリアリズムを身に着けたのかもしれません。

この話の中では、一条家は軍事国家としてのリアリズムを失っていないにも関わらず、九条という名を掲げることで、過去の殺人事件を隠蔽しようとします。
一条家が九条家を殺害したのは、軍事国家が平和を破壊する存在であるということのメタファーかもしれません。
住民は彼らなりに一条家が九条を名乗る矛盾を感じ、何か言わずにいられません。
一条家自身も世の中に対し、名実が一致する形で店名を変えた方が今後の商売には得なのではないかと考えるようになります。
そういったことをいろいろ書いてみました。

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