作家でごはん!鍛練場
ゴイクン

4っつのナンセンス掌編

1 閉じない唇

長年、小学校の校長をしていた父が、退職後、川柳教室に通い始めた。雨の日も風の日も休むことがなかったのは、心の底に若い女先生への思いがあるせい、と私は勘づいていた。教室で褒められた句は、会社からもどって遅い夕食をとる私にうれしそうに読み聞かせてくれたものだ。それから褒めてくれたときの先生の表情や眼差しまで詳しく教えてくれた。息子としては少々複雑な気分だったが、それでもボケずに川柳を詠み続けるのは、歓迎できることだった。
その父が風邪をこじらせて死んだ。暴風雨で交通機関が止まっているのに、先生の顔見たさに遠い教室まで歩いて行ったのが悪かったのだ。父は病院のベッドに仰向けに寝たまま、死ぬ間際まで川柳をぼろぼろこぼしていた。

別れゆくこの世の未練アワのごと

この句が生まれたとき、子供たちは、これがおじいちゃんの辞世の句だ、と囁き合った。けれど、大きく息を吐いてから、紫になった薄い唇が再び開いて、弱々しく次の句が洩れたとき、私は、こっちかな、と思ってしまった。

 三途の川早く早くと手を振る船頭

破調だったからである。あれほど定型にこだわった元校長が、破調の句を詠んだ。そこまでなりふり構わぬ作法に、私はこれを辞世と考えたのだ。船頭を目にしたまま、未練がましくもたつく父は、きっとその背に引きとめる先生の温かい手を感じていたことだろう。
この句が零れ落ちた瞬間、心電図モニターのピッピッという音がとまった。医師が死亡時刻を告げて一礼して去り、看護師がてきぱきと事後処理をして出て行った。
ついさっきまでひっきりなしに流れていた、気の滅入るような川柳が消えて、静寂が病室に落ちた。老母がわあっとベッドに泣き伏した。妻も声を上げて泣いた。子供たちも涙ぐんでいる。
しかし長男である私に、泣いているヒマはなかった。まずは葬儀屋に連絡しなくてはならない。そう考え、私はせかされるようにドアに手を掛けた。その瞬間、背後から弱々しい声が流れて来た。

船賃が五十円とは世知辛い

はっとして父のそばに歩み寄る。色のない唇が幽かに動いていた。そしてそこから夥しい句がどっとこぼれてきたのだ。

船頭が、ごくろうさんとツリ返す
もたもたと歩む黄泉路にカラスがカア

あわてて脈に手をやる。ぴくりとも動かない。心臓に耳を当てても鼓動は聞こえない。間違いなく死んでいる。しかし土から虫が這い出すように、川柳が喉からぞろぞろ湧いてきた。
生き返ったわけではなさそうだから、医者を呼びもどすのに抵抗があった。とにかく、今夜は家に連れ帰ってひっそりと家族で夜伽しなくてはならない。心配なのは、明後日の荼毘の瞬間まで、父がこのまま詠み続けるのではないか、ということだった。
仮に葬儀の席でふいに棺桶が開いて、父がにこにこと顔を突き出し、明るく川柳を詠み始めたら、弔問客は怯え、椅子をひっくり返して、式場を飛び出すだろう。元校長の葬儀として許されることではなかった。

道行はあなたとするもの鬼じゃない
柔らかいあなたの手が闇を拓く

あなたとは先生のことか。いや、そんなことはどうでもいい。とにかくやめさせなければならない。さっき看護師が父の鼻や肛門に綿を詰めたように、私は口の中に脱脂綿を詰めこんだ。頬がぷっくり膨れて、団子を盗み食いしたみたいになった。それでもつぶやきは衰えない。

牙むいて赤き鬼らがお出迎え
歓迎のハグする肌の粘っこさ

父の口に指をねじこんで、脱脂綿を食道の奥に押し込んだ。さすがに声は途絶えた。ほっとして、そばのパイプ椅子に腰を落とす。
これは甘え、川柳の女先生への甘えだろう、と考える。元校長ということで厳めしく抑えていた先生への煩悩を、死んだ今、素直に吐いているのだ。「見て見て、いっぱいできたよ」と先生に訴える父の姿が見えるようだった。
静かになった病室で、ふいに父の声が懐かしくなった。もう一度だけ聞きたいと思って、顔を向けた。
すると唇が動いた。綿が詰まっているはずなのに、やけに明るい声が零れ落ちた。

 鬼なのに女はどれも美しい

先生はどうした? と、私は心うちで叫んでいた。(了)



2 国連戦線異常アリヤ?

東京開催を最後に、オリンピックが開かれることはなかった。大国間の戦争の勃発や小国間の紛争が甚だしく、世はまさに麻のごとく乱れていたのだ。
そんな時期の国連総会で、アフリカの小国から緊急提案があった。不毛の砂漠地帯がようやく緑の草原になったのに、大国のごたごたに巻きこまれて、再び黄色い大地に戻るのは見るに忍びない、ゆえに国家間の諍いがある際は、国連の決めたスポーツで決着をつけるのはどうか、昔、オリンピックというものがあったではないか、とサバンナに風が吹くような声で演説したのである。
不思議なことにどの国も反対しなかった。反対することで生じるごたごたに、うんざりしていたのである。
で、国連がどのスポーツを採用するか、である。
日本は何といっても、最後のオリンピック開催国である。首相は浮き浮きと官房長官を呼んで、「どうかな、相撲を提案してみては」と得意げな声を出すと、官房長官は呆れ顔で、「相撲はモンゴルの国技ですよ。相撲を提案することは反日行為になります」とやんわり否定した。首相は耳の裏を掻いた。
結局、日本は伝統的な流鏑馬を選んだが、国連での採用は期待できなかった。
どれを選ぶかで、各国がプレゼンをした。
韓国は、足技が多彩な「テコンドーガ、チョスムニダ!」と声高に演説した。しかし最近は、女子競技者の増加をかんがみ寝技も認められていた点に、イスラム国からの速攻の反対があった。
ドイツは、イッヒイッヒと咳きこんで、国連の通訳がとまどっているうちに、次のインドの番になった。
インドはクリケットを提案した、すると、パキスタン代表が猛反対して議場を出てしまった。両国のクリケットの試合では常に血を見ていたから、憤懣やるかたないインド議員はターバンを左手でとっさにむしり取って、必死で振り回しながら、途中退場のパキスタンをクソ味噌に罵倒した。ターバンは生まれて一度も髪を切ったことのない信心深い者たちが頭に巻く神聖な布だったが、議員の髪型はベリーショートだった。
ロシアがタバリッシュといって提案したのは、フィギアスケートだった。それを「カチューシャ」の曲で滑るというものだ。特に恋人を待つカチューシャが崖の上に立って、遠くの川面を望むときには、風のように五回転ジャンプするというルールだった。
ベトナムは、チョイ・オーイと叫びながら、セバタクローを演台で実演して、小器用なところを見せたし、アフガニスタンは、山羊の死体を奪い合うブズカシを提案した。昔は山羊だったが、何なら人間を引きずってもかまわない、といって、思い切りブーイングを浴びた。
誰もが驚いたのが、分離独立したばかりのチベットの提案だった。競技は何でもかまわないが、競技しながら空中浮遊し、滞空時間を競うというものだった。ユダヤ教徒やキリスト教徒のためには、水上歩行でもかまわないと提案した。
「世界は一つ、人類皆兄弟」の精神で行う国連会議なので、分離独立した小国、人口が千人を切る国も一回のプレゼンの権利が与えられていた。特に尖閣列島共和国は、漂流者が住みついてできた国で、人口は男3、女2の五人と迷子のオットセイしかいない。カップルになれない男が、北朝鮮訛りのRを強める発音で怒鳴りつけ、演台で取っ組み合いの大喧嘩を始める始末で、プレゼンにも何にもならなかった。
これも21世紀の大分離運動で小国が増えすぎたせいだが、おかげで半年経ってもプレゼンは終わらなかった。
参加した議員たちに、すべての国家の提案が把握できたとは到底思えなかった。それを問うた出口調査で、ほぼ全員、何も理解していないことが判明した。
アメリカがちょうど半年目に、さすがに待ちくたびれてガタンと大きく椅子を蹴って立ち上がり、カバのヨダレのような悪態を四方に撒き散らした。それに中国が噛みついて、サノブ・トランプ、と叫んだが、発音に四声のある北京語の干渉があって通じた気配はなかった。それにロシアが加担し、ついにアメリカが怒鳴り返して、毛深い拳を振るった。
「戦争だ。戦争でカタをつけよう」
戦争準備のために、大国が慌てて出て行ったが、ほとんどの国の議員は動かなかった。寝ていたり、編み物をしていたり、ナンクロをしていたりで、最初から何も聞いていなかったのだ。
 アンゴラの中年の女性大使は、あくびをしながら本国にメールを送った。
――国連戦線、本日モ異常ナシ。(了)


3 窓はみんなのもの

私は山あいの県道沿いの家で暮らしている。一日中横になっているが、どこが悪いわけでもない。要するに何もしたくないだけのことだ。寝るだけの家なので、二階はあるが覗いたことはない。
山の麓は賑やかだ。春を過ぎてもウグイスの鳴き声がうるさいし、夏に入ってからは蝉の声が絶えない。盆近くになれば、道の向こうの清流から蛍が群れなして飛び込んで来て、薄暗い部屋で求婚の乱舞をする。よほど手を伸ばそうかと思うが、恋路の邪魔はやはりよくない。雲が晴れて空に大きな月が現れると、蛍たちは月に向かって飛んで行き、部屋にはしばらく生臭い臭いが残った。
それでも、蛍は歓迎だった。蝉が飛びこんで、壁にたかって鳴くのも歓迎の内に入る。しかし蜂や虻や蛾は遠慮願いたいと思っている。もっともそいつらは顔を出しても、部屋の中を何度か回って、余計な道草を食った、という顔で出て行くだけだからか格別な害はない。
困るのは蛇などの大きな生き物が顔を出すことだ。青大将が長い体をぐるぐる動かして、布団の上を這い回ったとき、目があった瞬間、そいつは蝋燭の芯のような舌でぺろりと口もとを舐めた。それからどこかに消えて行った。畳の下かも知れないし、天井裏かも知れない。
大きなムカデが来たこともある。夜中に私の髪の中にもぐりこんで、そこで朝まで休んでいた。目を開けてハラハラしていたが、そのうち私も寝入ってしまった。ムカデは私の息づかいや鼓動を子守唄として聞いたのだろうか。
 またあるとき、開け放した窓から空き缶が飛んできたことがある。その缶は私の額に当たってゴツンと音を立てたが、投げたやつは、ゴメンとも言わず歩き去った。家の中に人がいるとは思わなかったのだろうか。不快な気分でいると、その後も頻繁に空き缶やペットボトル、様々な家庭ごみが投げ込まれるようになった。この家はゴミ溜めではないと訴えたかったが、不法投棄は罪です、などと紙に書いて窓辺に貼ったりはしない。貼ることで、逆に人たちは面白がって、ごみの大量投棄に発展するかもしれないからだ。ひっそりと自分で片づけて、市のごみ袋に詰めこんだ。すぐに一杯になる。どこに捨てればよいのか知らない。事を大きくしたくなかったので、部屋の隅に積んでおいた。
 しかしそれも、たいしたことじゃない、とすぐに気づいた。ギンギラギンの真っ昼間、大音響立てて軽自動車が飛びこんで来たのだ。窓を壊して畳の一枚目あたりで止まったから、寝ている私に別状はなかったが、さすがにこれには驚いた。驚いたのは運転手も同じで、布団に座って呆然とする私を見て、家に人がいるとは思わなかった、と大笑いして、車を置いたままどこかに行ってしまった。捨てに来たのかもしれない。警察に連絡しようかと考えたが、戦車が砲塔を揺らして突っこんでくることを考えれば、まだましだった。窓はなくなったが、真冬はずいぶん先のことだから、特に困ることはなかった。
するうち台風が来るらしいと知った。テレビもパソコンもないから、村の人々が家の前で世間話をしているのを耳にしてのことだ。
噂どおり天の底が抜けたような豪雨が屋根を叩いた。昼間なのに、外は真っ暗になり、風にあおられた雨が窓のあった場所から轟々と吹きこんで来た。そばの川が氾濫し、部屋に水が溢れた。私は布団にくるまれたまま、洗濯機の衣類のようにぐるぐると濁流に巻かれた。
翌日、日が射して部屋が温もってくると、ドブに似た臭いが畳や壁から滲み出てきた。川水だけでなく、溜まったごみ袋のせいもあったろう。
さすがに一階には住めないと観念して二階に上がった。私は窓を開けて寝た。
するとキャミソール一枚の女が、月に輝きながらそっと入ってきた。金髪で、顔立ちは妖艶で、夢でも何でも私はうれしかった。女は知らない言葉を口から洩らしながら顔を近づけてくる。静かにしていると、私の首筋に熱い息が触れた。指でなぞると、爪先に薄っすらと血が残った。女は入ってきた窓から飛ぶように出て行った。興奮して、眠れなくなったが、私はロマンを感じていた。
翌日も美しい女が来ることを期待して、昼間できるだけ眠るように努めていた。できたら言葉のわかる女を指名したい気分だった。
何となく夜風が冷たくなった。秋が近いのかもしれない。二階にはごみの投棄も車の放棄もない。私は幸せ気分で夜を待っていた。(了)


4 すっぱいブドウ

康史の父親から、ちょっと来てくれ、と電話があった。会社を経営している父親とは真逆で、幼なじみの康史は、いかにも頼りない男。その康史が大学にも行かず、メシもまともに食わず、床について一ヶ月たつというのだ。精密検査しても悪いところはなく、医師の診断は、精神的なものという。心配の父親は、原因を探ってくれ、とおれの肩を強く掴んだのだ。
 最後に言った「礼は、はずむよ」の言葉に背中を押されて、そのまま部屋に入った。康史は、顔を赤くして、ベッドでぐったりしていた。バイトが忙しくて会うのは久しぶりになるが、見るからに異様だ。
 いろいろ問いかけてもラチは開かない。しかし最後に、ほしいものはないか、ときくと、かすかな音が唇から洩れた。
「ブドウ……」
そのことを父親にいうと、「『千両ミカン』の真冬じゃあるまいし、今の時代、ブドウは一年中食える。お安い御用だ」といって、二万円をおれに放り投げつけた。
あちこち回って冷凍したやつを三ケ買って帰ると、康史は寝たまま、甘いなあ、と感心して完食した。よほど腹が減っていたのだろう。
しかし相変らず、目は潤んでいる。違ったようだ。
次に浮かんだのが、康史が四歳のときに病死した母親だった。ディズニーランドに今年中に三回連れていくことを条件に、恋人の春菜に一役頼んだ。
 怪訝な顔で見つめる康史に春菜は近寄り、さっとシャツをまくりあげて、剥き出しになった乳首を康史のかさかさの唇にねじ込んだ。一口舐めて、げえっと吐き出した。
「梅干しみたいだ。まずい」
春奈は、康史の頭を思いきり叩いて立ち上がった。
「ざけんじゃねえよ」
憤然として出て行った。春菜は日ごろから自分の乳房を、「巨峰」と自慢していたから、いくらなんでも梅干しはない。
 精神分析の真似をして、母親の乳首を恋しがっている、と判断した自分のアホさ加減を叱った。
 ブドウが何かわからないまま、それからも毎日通った。そしてようやく水が洩れるような言葉の通いからわかってきたことがある。
寝つくまえのこと、つまり一ヶ月前のことだが、一緒に花見に行った。そこのお洒落なカフェテラスで団子を食ったが、そのとき康史の隣の席に、若くてきれいな女が座っていた。女友だちと花見に来ていたのだ。康史はちらちら、じろじろ見て、徐々に顔を赤らめ、心が上の空になった。その子に一目惚れして、勝手に落語の「崇徳院」をやっていたのだ。つまり、一目惚れの片思い。その日の夜からメシを食わなくなったというから、まず間違いない。
その子はキャミソールを着ていたが、思いだせば絵柄がブドウだった、というお粗末なオチになった。
その子を連れてきてやるよ、と約束して、おれは部屋を飛び出した。
実は、乱れ桜のもと、康史を先に帰してから、おれはその子にメアド交換を申し出たのだった。つまりナンパしようとしたのだ。結果は大失敗だったが、その代わりに一緒にいた春奈をゲットした。
子供の肩叩き券じゃないが、紙に書いたディズニーの毎月券を春菜に渡して、その子を誘って来るように告げた。話すだけで二万円という、キャバクラ並みのアルバイトとしてである。
その子は、にこにこ顔で康史の部屋のドアを開けた。康史はとっさに立ち上がって、そのまま床にひっくり返ってしまった。泡をふくんじゃないかと怯えたが、勝手によろよろと身を起こし、虚ろな眼差しでその子をじっとり見つめた。
それから半時間、二人だけにしておいたが、セクハラオヤジみたいに速攻抱きついても困るから、おれはドアに耳は当てて警戒していた。格別怪しい音はしない。すると、急にマリア・カラスの歌声が響いた。あいつが自分を鼓舞するときに聞くハバネラだった。ガンバレ、と拳を作ってドアから離れ、その拳を春菜の背中に回した。
約束の三十分が過ぎて、その子は出て来た。このバイトまた頼むかもしれない、と言うと、なぜかキュートな顔でVサインした。
二人を帰して部屋に入る。あいつはぼんやり片頬をこすりながら窓の外を眺めていた。
どうだった、と聞くと、「あの子は、カラスを真っ黒いカラスと勘違いして、カラスが歌っているの、ってきいてきたよ」と寂しそうに笑って、「なあ、ブドウは、やっぱりすっぱいに限るな」と付け加えた。(了)

4っつのナンセンス掌編

執筆の狙い

作者 ゴイクン

短いのを4っつ、お願いします。
どれも5枚程度です。
笑って頂けたら、うれしいです。
よろしくお願い致します。

コメント

えんがわ

ああ。どれも面白かったです。
一つ一つ趣向が違いつつ、一人の作家が書いたような作品世界があって、上手いなーって。

ただ、2番目だけは笑えなかったな。
なんか知識はあると思うし、それは納得のいくものなんだけど、どうしても知識の自慢と言っちゃきつ過ぎるけど、知の展示会みたいなニュアンスを勝手に受け止めてしまい、なんか恐縮してしまったです。

3番目も田舎の知識をベースに書いてたんですけど、こちらはそれが好きな感じに聞こえてきた。
やっぱりその空気とか感覚とかまで匂う感じで、その田舎暮らしが活写されるんで、やっぱりなんか大変だなーと思いつつ、あの作者さんの田舎ラブみたいなのがこちらにも勝手ながら伝わってきて、それが好き。

>山の麓は賑やかだ。
特にここからの一連の文は田舎を書いた作品にはありがちな描写だけど、やっぱりそれは本当に田舎にいるからこそ描けるようなものすごいバックボーンを感じて、ああ、良いなと思う。

ここらへんは自分の好み。

一番笑ったのは、最初の地獄俳句編で、それはまぁ老人の達観しれない滑稽さを描いたのかもしれないけれど、年取って死ぬまで子供心、純な部分が残りつつ死んでいくのも人間だよな、ってそこらへんの大往生感が微笑ましく。

それでも作品としては2番目がもっと好き。

最後の4番目はニヤッとしたけど、なんでそうなったのか自分でも分からないので、あまり語らずに。

気分転換になるような楽しい文章でした。ありがとですー。

u

読ませていただきました。1だけww。
↑えんがわ様のコメント1無いのでそれだけ評。あと3っは明日にでも。

あたしはゴイクン様の作は昔から(以前のHNの時から)好きなんです。
長いのも短いのも完結した形でUPしていただける。うれしい!
このサイトおおかたが長編の一部ですとか、書き出しですとかの単発ミタイナの多いです。評価文章上手いです、下手くそですとか以外書きようがない。小説ってそれだけでは判断しようがないよね。ゴイクンさん、大丘さん、上松さん――他にもいらっしゃる(ある程度頻繁にあげていらっしゃる方で、お上手だとあたしが思う方です)ちゃんと読めるのよ最後まで。

ということで「閉じない唇」の短感想。
川柳――川柳の先生って若い女性いるのかなー? マアお父さん定年後なので60歳以上。お父さんから見たら若い女性の範囲は広がるでしょうが。でもナレーター息子ですから。
川柳って、字余り字足らずの破調は嫌うはず。辞世の句――教室に熱心に通っていたお堅い?教員のお父さん、しかも先生にホの字。とてもこんな句を詠むとは思えん。

お母さん生きてるよね。
お母さんとの出会いから結婚。子供(この物語のナレーターとか彼の兄弟)。子育て、諸々の苦労喜びetc。と、順番に詠んでいって(最後に川柳の若い先生が出てきても致し方ないww)いただければ、もっと厚みがあったかもと思いますが、SSなので、あたしの無理な要望でございます。
御健筆を。

ゴイクン

えんがわ さま

早速のご感想、ありがとうございます。畏れ入ります。

>一つ一つ趣向が違いつつ、一人の作家が書いたような作品世界があって、上手いなーって。

ありがとうございます。一つの作品世界がある、とは、過大なお褒めの言葉ですね。きっとアホっぽいところがそうなのかと思ったり。

>2番目だけは笑えなかったな。

その理由に、「知の展示会みたい」というのはザクリときますね。
この理由なら、私はブドウのやつがそうかと思っていたのですが。あれは、落語が基本にあるので、落語が好きじゃない人には、宗徳院といわれても何のこっちゃですけどね。

私は夕食を作るときに、落語か漫才をユーチューブで聞いているのです。それで覚えた落語を使っています。
なので、ブドウのやつはマニアが過ぎるかな、と思っていました。

国連のやつは、一番すらすら書けました。でも、笑ってもらえなくちゃ、話にならないですね。

>やっぱりその空気とか感覚とかまで匂う感じで、その田舎暮らしが活写されるんで、やっぱりなんか大変だなーと思いつつ、あの作者さんの田舎ラブみたいなのがこちらにも勝手ながら伝わってきて、それが好き。

ありがとうございます。別に田舎が好きでも、ゴキブリが好きでもないのですが・笑・仕方ないので、田舎にいます。まあ、私の流刑地みたいですね。そこを気に行って頂いたとしたら、とてもうれしいです。

>一番笑ったのは、最初の地獄川柳編

これもうれしいすね。
死に行くジイサンって、こんな感じかなと思って。
元校長なのに、こんな感じってのを出したかったので、笑ってもらってうれしいですね。
ありがとうございました。こういうのを、たまに書きながら、もう少し長いのも書いています。
少しはうまくなればいいですが、ますますダメになるみたいで。なかなか。

ゴイクン

U さま

ご感想ありがとうございます。

>お母さん生きてるよね。

わああああ、という感じです。
いえいえとっくに亡くなっている(はず)です。という設定でした。
なので、寂しくて、川柳の先生を好きになった、というつもりでした。

>老母がわあっとベッドに泣き伏した。妻も声を上げて泣いた。子供たちも涙ぐんでいる。

なので、ここ、アホみたいな書き方をしたわけですね。老母って息子が書けば、当然実母のことで、死んだ父の奥さん。なのに、私は父のお母さん、つまり80か90近くのお婆さんと考えながら書いたのです。
妻は、当然、息子の奥さんでした。

と自分ではわかっていたのですが、わからないように書いてしまって。まだまだ序の口3段目ですね。冷や汗です^^;

>川柳――川柳の先生って若い女性いるのかなー?

よくわからないのですが、いてもおかしくないことにして・汗

>川柳って、字余り字足らずの破調は嫌うはず。

これもよくわかりません。
でも、うちの公民館で月に一回川柳教室があったので、農繁期に私も行って、少しやりましたが、破調がダメかどうかは、よくわかりませんでした。
でも、破調がダメというのなら、むしろこの話にはあっているかも、で、よかったよかったです、と思っています。
なお、先生は禿げたお爺さんでした^^

なお、私の川柳で一番評判のよかったのは、
>祈るならカボチャにだって神宿る
でした。おそまつ。
ありがとうございました。

九丸(ひさまる)

拝読しました。
上手いから、あっという間に一読。感想を書こうと読み返してみるも、何度でも読めそうで。さらっとした中にも味がしみてるんですかね。
それでも、分からない箇所は調べながら読みました。

閉じない唇
お父様は綺麗な鬼に引かれて地獄に行ってしまうんですかね。
先に逝った奥様が泣いている笑
校長というと、ネットで『校長』と検索すると真っ先にあがる人を思い出しました。教職につく人って、底では女好きが多いイメージ(個人的に周りを見ても。まあ、偏見です)なんで、なんか妙に納得。

国連戦線異常アリヤ?
アリヤになんかあるのかと調べてみましたが、分からなかったので気にせず。
オリンピックの原点もこんな感じですよね。戦争のかわりにスポーツでみたいな。
それでも結局戦争はなくならず。傭兵が最古の職業(娼婦もか?)なんて言われるくらいですから、人類が存在する限りなくならないんですかねえ。
皮肉がきいていて好きです。

窓はみんなのもの
田舎の風景が浮かびました。
父の実家がまさにそんな感じなので。
それにしても、そんなに艶やかなら僕も噛まれてみたいです。今噛んでくるのは先日引き取った仔猫だけ。
言葉の分かる女にちょっと共感しました。夜のお店に行っても、もう二十歳前後の女の子は別言語のようで。もうオッサンなんだと自覚する日々です。

すっぱいブドウ
落語っていいですよね。
僕は『昭和元禄落語心中』というマンガから入ったミーハーですが笑 それでもYouTubeでたまに観てます。いっそ習いたいなんて思ったりもしました。口下手がなおるかなあ、なんて。
彼女の反応をみるに、『一人勝手に崇徳院』じゃなくて、満更でもなかったんでしょうかね? キュートな笑顔でほっぺにキスでもされたんでしょうか。お金だけではない気配がして微笑ましい。
でも、彼には甘過ぎたんですかね。そこで春奈のビンタを思い出して横恋慕。なんて読んでました。刺激に目覚めてしまったとか。
気になった点を。
乳房を『巨峰』に例えていますが、そこから乳首に繋げるのに違和感ありました。個人的にですが、乳房を『巨峰』に例えるかな? ということです。もし、乳首に掛かっているとしたら、大きすぎるしなんて。甘いということなんですかね? 
あと、キャミが二話続いたので、どちらか変えても良いかなと。

四話とも面白かったです。
拙い感想、失礼しました。

はるか

 ゴイクンさま

 拝読しました。まずはひとつめだけ。

 文章について。好みの問題なのかもしれませんが、プロフェッショナルな書き手の文章には感じない類いの違和感を感じてしまうのです。例えば、

>けれど、大きく息を吐いてから、紫になった薄い唇が再び開いて、弱々しく次の句が洩れたとき、私は、こっちかな、と思ってしまった。

 この文章。文法的に間違い、というわけではないのでしょう、たぶんないのだと思うけれども、私にはうまく呑み込めない響きであったりするのです、書店さんで購入する本の中に、この種類の響きを感じることが私はありません。洩れた、がいちばんひっかかるのですが、そこだけでなくやっぱり全体にひっかかる。どうしてなのかな? と思ってよく読むと、ひとつのセンテンスの中に四つの主語がつまっているではありませんか。
 一、大きく息を吐いた、のは、父。
 二、再び開いた、のは、唇。
 三、弱々しく洩れた、のは、次の句。←弱々しく洩れる、というのにも違和感があるのですが、これはまた別の問題ですね。
 四、思ってしまった、のは、私。
 短いセンテンスの中に、父と、唇と、次の句と、私が、主格を競いあっているわけです、このセンテンスの、もっとも主たる主格はどれでしょうか? 構文の軸となる主格はどれでしょうか? もちろん私ですね。「けれど~私は~思ってしまった」というのが基軸だから。それは明確です。ではその次の主格は? 父でしょうか? 父の唇でしょうか? 次の句でしょうか? 父は意識がちゃんとしてないので二番手の座はとれないのでありましょうか、父の唇のほうが父より主体力が強い? では、唇と句の一騎討ちとなりますね。このどちらに軍配があがるのか、あがったほうの主語を、洩れる、ないしは、洩らすが受ければよいかと思われます。「唇が~洩らす」のか、「句が~洩れる」のか。御作では、述語が「洩れた」になっているから、当然にして、句、が、二番手なのでしょう。なるほど、「けれど~私は~思ってしまった」のは、「洩れた句」ゆえにであって、「開いた唇」ゆえにじゃないから、ですね。つまり、このセンテンスは、シンプルにするなら、「次の句が洩れた」ゆえに「私は、こっちかな、と思ってしまった」となる……のでしょうか? 違うような気がします。句が洩れた、から、こっちかな、と思ったんじゃなくて、句がその句であったから、こっちかな、と思ったんだと思います。私をして、こっちかな、と思わせたのは、句の内容ですよね、句が洩れたからでもなくて、唇が開いたからでもなくて。だから、私は~思ってしまった、という基軸が絡むべきなのは、唇が開いた、でもないし、句が洩れた、でもないんじゃないかと思うのです。これがふたつめの違和感。
 みっつめの違和感は、「弱々しく洩れた」の、弱々しく、という箇所です。弱々しく洩らしたり、弱々しく溢したり、って言うのは普通に呑み込めるのですが、弱々しく洩れたり、弱々しく溢れたり、には少し違和感を感じます。弱々しく、というのは、他発的であって、自発的ではないから。力を入れる主体が主語であるときに用いられる副詞なのではないでしょうか? 洩れたの主語は無生物である「次の句」ですから、「次の句」には筋力も声帯も気持ちもないわけですから、強弱を発しうるわけがないのです。だから、弱々しく、という副詞は、「次の句」という主語を受ける述語にかかることに馴染まない、と私は感じるのでありました。私は言語学者でもないし、国語の教師でもありませんから、今書いたことを、私は、厳密な言語学に基づいて記しているわけではありません。いち読者として、読んだセンテンスに違和感を覚え、それがなぜなのか分析してみると、短いセンテンスの中に四つの主語がひしめいていることと、構文の基軸となる主術に絡む対象がそもそもミスチョイスなのではないかということと、無生物が主語の文章に「弱々しく」という副詞が掛かること(擬人化されている主語なら話は別ですよ)、そのあたりに理由があるのでは? と感じた、ということであります。私の感じ方を感想させていただきました。不適切であったらスルーしてしまってください。

>けれど、大きく息を吐いてから、紫になった薄い唇が再び開いて、弱々しく次の句が洩れたとき、私は、こっちかな、と思ってしまった。

 というような、ややこしい文章にしなくとも、同じ内容は、例えば次のように、わかりやすい文章で表すことができますね。

 父は、大きく息を吐いてから、紫に染まった薄い唇を開き、弱々しく次の句を洩らしたのだが、その句の内容を聴いて私は、あるいは、むしろこっちかな、と思ってしまった。

 文章の前半の主語は父、後半の主語は私です、ふたつだけ。弱々しく、は、父の動作に掛かりますので違和感がありません、私が思ってしまったのは、句の内容ゆえにですが、その対象も明示されています。

 と、まあ、わかりやすく、読みやすくするだけなら簡単なわけですけれども、それじゃあゴイクンさんの文体が壊れてしまう、ということもあるかもしれないですね。だから、作家の文章を採点するだなんて野暮なことをしちゃいけないのですが、ここは鍛練の場のようだし、それにプロフェッショナルな作家の文章は、どんなに癖があっても、どんなに凝っていても、ときに非常に読みづらく、呑み込みづらいものであっても、わざとそうしているわけです、わかりやすさや、読みやすさなんかくそくらえで、わかるやつだけわかればいいし、読めないやつには読んでもらわなくてもいい、でも、わかりやすさや読みやすさを犠牲にしてでも私には表現したいものがあり、それはこの文体に依らねばならないのである、と、そう思った上でその文体をチョイスしているのだと思います、そういう筆致なのでそうだとわかります。あるいは、ゴイクンさんも、敢えて、読まれやすくはない文体を意図的にチョイスして何かを表現しているのかもしれないけれども私にはそれが読み取れなかった、ということであります。前に、普通の文章が書ければそれでよいと思っている、と、ゴイクンさんおっしゃっておられたので、文体を意図的にチョイスしてるわけじゃない、ということを想定して書かせていただきました。繰り返しますが、妥当でなかったらスルーしてしまってください。

 つづきます。

はるか

 ゴイクンさま

 つづきました。

 さて、中身について。こちらについても、ちょっとネガティブなことを書いてしまいます。短編ないしは掌編は尺が短い分、無駄を削らなくてはいけないと思います。骨格で語らなくてはいけないと思います。愛しの先生が出てきますが、彼女が効いてないように感じるのは私だけでありましょうか? あと、読んでると突然出てくる子供、それから妻、なんの役割も果たしていない、単なる記号であります、語り手が長男であり、妻帯者であり、子持ちである、という単なる紹介であります、そのためだけに登場する子供であり妻であります。いてもいいけどいなくてもいい存在として扱われています。いえ、愛しの先生も、なんのために出てきたのかわかりません、最後の突っ込みは、作者による自作への突っ込みに読めてしまいました。すべては、死にゆく父が川柳を吐きちらかした、でもってそれがどんどんエスカレートしてゆく、未練なのか、執着なのか、単なる習慣なのか。愛しの先生に対する未練であり執着である、と読みたいところなのですが、その前提となるエピソードがないので、あるいは希薄なので、どうにも思いを重ねづらい。書かれていないことが多すぎるのに、書く必要のないことが書かれている。そういう話じゃないんですよ、ナンセンスストーリーなんです、笑ってもらえたらそれでいいんだし、と、そういうことなのかもしれないけれども、笑える感じでもなかったような。ベトナム物語があんなによかったのに、なんで今回はナンセンスなんざんす? とか、いえ、すみません、つまらないことを書きました、でも、そう思ってしまいました。何か、鍛練としての意図がおありなのでしょうけれども。
 逆さまに言うなら、そこがよかった点かな、とも。何かを壊そうとされていらっしゃるのでしょうか。端正な感じが砕けて、何か新しいものが生じてきつつあるようにも読めました。たくさん書いていらっしゃった方は、ブレイクスルーする壁も厚くて硬いのでありましょう。私なんかは障子にぷすぷす穴を開けるようなことしてるだけですが、ゴイクンさんは電動ドリルで掘削されていらっしゃるのかも、だなんて思ってしまいました。やわじゃないですね。
 わかったような感想を失礼いたしました。私個人の感じ方なので、参考になりそうな部分があったら拾ってやってください。

ゴイクン

九丸さま

こんばんは。返信、遅くなり申し訳ありません。土日は百姓やめて行く所があるので、ついつい。

>上手いから、あっという間に一読。

上手いから、は、別にして、あっという間に一読。この言葉はうれしいです。ナンセンス掌篇なので、読むのにもたもた感があったり、調べる必要があったりすれば、もうダメなので。

>先に逝った奥様が泣いている笑

ほんと、何も考えていなかったのがバレバレですね。
きっと奥さんは鬼のいない天国にいるのでしょう、と今いいわけとして考えました・恥

>教職につく人って、底では女好きが多いイメージ

@爆@ほんまでっか。
そこは何ともいえないですが、たとえば女子高なんかにいれば、逆に女嫌いになったりしないかな。

私の校長のイメージは、特に小学校の校長のイメージは、一車線の高速を70キロで走る人。当然長い列が後ろの山向こうまでできていて、みんなイライラ。しかし、ご本人。法定速度を守って何が悪い。おれは正義だ、という感じで両手でハンドルを握っている。そんな勝手なイメージを抱いています。ただの偏見ですけど^^;
元校長さんがこのサイトにいらしたら、すみません。ぺこり。

>アリヤになんかあるのかと調べてみましたが、

アリヤは何の意味もないです・汗
すみませんでした。本当は、ラストの一文をタイトルにすればよかったですけどね。ついつい適当に。

タイトルにホント無頓着で困っています。でも、私としては、これが一番気に入っています。

>窓はみんなのもの
>田舎の風景が浮かびました。

よかった、よかった。
ほんと田舎なので^^;

>夜のお店に行っても、もう二十歳前後の女の子は別言語のようで。

年に一回か二回ぐらいは、夜の店に行きますけど、20歳前後の女の子なんていませんよ。いるのは、60代かそこらのおば(あ)さん。
客がカラオケで歌うのは、鳥羽一郎の歌とか。まあ、うるさい。
吉育三の津軽の小泊ほどじゃないにしても、まあ、ド田舎です。なお、こんな村いやだの小泊には、太宰の乳母の越野タケさんがいました。金物屋さんです。

>落語っていいですよね。

いいですね。でも、毎回感心します。あんな長いものをよく覚えるもんだと。
私には無理です。今はユーチューブにいっぱいあるので、えっ、この人、こんなに下手だった、と発見して意外な感じがすることもありますし、掘り出しものもありますね。中島らもの自作落語はおかしかったです。

>彼女の反応をみるに、『一人勝手に崇徳院』じゃなくて、満更でもなかったんでしょうかね?

あまり気にしなかったのですが、そうなんですね。なるほど、です。
とにかく2千字に収めることばかり考えていて、自分でもそうだったか、というところがあって、逆におかしいです。

>乳房を『巨峰』に例えていますが、そこから乳首に繋げるのに違和感ありました。

これが、実はすぐにはおっしゃること、理解できなかったのです。で、ようやくわかったのは、巨峰という名前はすごいけど、実際はマスカットだか、ぶどうだかの名前で、当然乳房に比べれば、悲しいほど小さい、ということなんですね。だから、違和感が。

私もきっと巨峰って食べたことあると思いますが、名前に引きずられてしまいました。ここは、別の何か、たとえばジャックフルーツとか、ドリアンとか、スイカとか、そんなのにすべきでした。
巨峰の写真をネットで見ることぐらいすべきでしたね。
お恥ずかしいです^^;

ほんとうはこういうの、自分で気づくべきでしょうが、推敲したつもりでも、思い込んでいるので自分では直せないことが多くて、このような場所はとてもありがたいです。
いつも読んで頂いて、ありがとうございます。それでは。

ゴイクン

はるか さま
 アホっぽいものなのに、読んで頂きありがとうございます。
 私はエンタメ志向なので、こういうのも書くのですが、いろいろ指摘されていますように、ほんとに難しいなあ、と思いますね。

その前に、申し訳ありません。はるかさんの新しいの、読んでいません。
実は急にドライアイになってしまったので、長いものはつらいので、しばらくは短い物のみに、と思っています。
コンタクト用のと同じ目薬をもらって、つけていますが、数日前に急に寝違いというのを10年ぶりか、それとももっと長いぶりかでやってしまったので、首が上に向きません。なので、顔を上に向けて目薬を入れるのは痛くて痛くて拷問みたいですが、まあ、近いうちにどちらも治ることでしょう。
なので、当分は無理かなと思っています。お詫びでした。

さて、

>プロフェッショナルな書き手の文章には感じない類いの違和感を感じてしまうのです。

これ、どう取ればよいのか、悩んでしまいます。
もう、ギョギョギョって目を白黒金色にするしかないですね。プロの文と比較されたら、ひたすらすみません、とぺこぺこするしかないじゃないですか。

確かにプロの人の文章は引っかかるところ少ないです。でも、あれって、編集者とか校訂者とかいるので、チェックが入るのですよね、きっと。
いつだったか、川上未映子さんが、テレビドキュメントで、いっぱい赤い付箋を入れられているのを見ましたよ。あんな感じでしょうね。

なので、何番目かのやつで、巨峰のような乳房って私、書いたのですが、これって、単純に私の無知のせいでした。巨峰という名前があっても、実際は小さいものなのですね。なので、巨峰並の乳房って、洗濯板に小石を置いたようなものなのかも。
そういう失礼な間違いは、プロの場合は、速攻でチェックが入り、人様にそんな無様を見せなくてもすむのだと思います。

松本清張さんは、主人公の名前を間違えて書いたりされたそうですが、当然本では統一されています。
実は、一つ前に投稿したベトナム奥さんのマイの話。これ、応募したときは、名前を間違えて、数か所、別の名前になっていました。変換ミスだったかな。でも、それは落選の理由じゃなかったみたいです。

というので、まあ、「けれど、大きく息を吐いてから、紫になった薄い唇が再び開いて、弱々しく次の句が洩れたとき、私は、こっちかな、と思ってしまった。」という、いわれてみれば、自分でもひどいなあ、と思う文を書いてしまったのを、恥ずかしながら素直に受け入れることにしました。確かに変な文ですね。ご丁寧な分析、ありがとうございました。

 一応、推敲の真似事はしたのですが、ごみ屋敷にいると、ごみの臭いに気づかないようなものでしょうね。

で、ここで言い訳してもいいし、もう一度、ご説ごもっともでもいいのですが、まあ、前に書いたのと同じいいわけを書きます。
と思ったのですが、ずいぶん前に、なぜか、新聞に載せてもらったやつがあるので、コピペします。とにかく、いっぱい書き散らしたものがあるので、こういうときに、使わせてもらうので、失礼でなければいいのですが。

>「小説を書きながら、しきりに悔しいと思うことがある。それは幼い頃の私の読書環境。山間部で農業を営む私の家には、本というものがなかった。両親が読んでいる姿を見たこともない。それゆえ、小学生になっても、学校の図書館以外に本があることを知らなかったし、本そのものに興味もなかった。小学六年間に読んだものといえは、子供用にリライトされた偉人の伝記などわずかである。それは中学でも高校でも同じで、田舎の子だから、農作業の手伝いの合間は、ひたすら野中を走りまわっていた。
 そのように読み書きをなおざりにしたせいで、国語が、作文が、とりわけ漢字が大の苦手で、高2になっても「歩」と「走」の区別はとっさにつかないし、「拝啓」を「拝哲」と書いて平気だった。
 そんな私に転機がきたのは、高3直前の春休み。中学で同級生だった女子にラブレターを書いたのだ。携帯もメールも普及していない時代。むろん直接告白する勇気はないから、手紙である。屋根裏を改造した薄暗い部屋で、辞書を引き引き、便箋9枚にも及ぶ、人生最初の長大な作品を仕上げたのである。しかし一週間待っても返事はこなかった。私はまた長い手紙を送る。結果は同じだった。
 級友たちが受験勉強に頭から飛びこむ桜の季節、私はどうして返事がこないのか、それのみを考え悩んでいた。自分の書いた文面を思い出してみる。ラブレターに書かれていたのは、漢字の少ない日本語で、高校生にしてはあまりに幼い繰り言ばかり、ようやくそれに気づいたのである。
私は、生まれて初めて無知であることの悲しさを知り、愕然とした。即座に受験浪人を決意し、高3の一年、日に一冊ずつ本を読もうと決めたのだ。
 そこで町の本屋さんに行った。ところが棚に並んでいるのは知らないタイトルばかりだ。迷った末に三冊の文庫本をレジに置く。「あしながおじさん」、「赤毛のアン」、それにゴーリキーの「どん底」。
 本気でやる気があるのかという組み合わせだったが、そんな私も町並みの銀杏の葉が黄色に変わる頃には、カフカやカミュに親しんでいたのである。いやそれより、勢いそのままに大学の文学部に進学までしたのだ。(以下略)」

というようなことだったので、こんなチンケな文を平気で書くのです。もしじっくり読まれたら、ベトナムのマイの話も、文章は似たようなものじゃないのかな。
 そうそう、何で上の三冊かといえば、あしながおじさんは、絵が入っていたから。赤毛のアンは、聞いたことがあるから。どん底は、戯曲なので文字数が少なかったから。という小学生のような理由でした^^;これで、高校3年生だったんですよ・笑
(続きます)

ゴイクン

続きました^^

ただご指摘のあった中で、私もよく感じるのは、副詞の面倒くささです。ちょっと置き場所を間違えると、ねっちり睨まれた感じがしますし、女の人に嫌味をいわれたような、変な感じがしますね。って、何のことかわからないような比喩ですが、とにかく私には、副詞は取扱い注意です。たとえば、何かこの文、変だな、と思ったときに私がするのは副詞を削ることです、それできれいになる気がします。
なので、ご指摘の「弱々しく」は無頓着すぎましたね。反省しています。

>まあ、わかりやすく、読みやすくするだけなら簡単なわけですけれども、それじゃあゴイクンさんの文体が壊れてしまう、ということもあるかもしれないですね。

いやいや、壊れません。そんなことないです。むしろ強靭で細身のステキな文になりますよ、きっと・汗

これで何度目かわかりませんが、また書きますと、私はとにかくエンタメ系なのです。なので、一読ですっとわかる文を書きたいのです。それが、実際はそうできていない。それが情けないのですね。

>わかるやつだけわかればいいし、読めないやつには読んでもらわなくてもいい、でも、わかりやすさや読みやすさを犠牲にしてでも私には表現したいものがあり、それはこの文体に依らねばならないのである、と、

怖い怖い、私は、こんなこと一度も考えたことありません。天地神明、八百万の神、ガネーシャの象さんに誓っていいますが、私はそんなややこしいことは、マジで一度も思ったことないです。夢の中でも思ったことないです。
だって、私の通じない文で、ラブレターの返事が来なかったのですからね、私の推測では。

愛読書ならぬ、愛読映画は、世界中のホラーなんですから。そんなアホの私には、そんな大望ないです。ごめんなさい。そんなこといわれたら困ります。畳にもじもじとNO・NO字を書くばかりです。

というか、ついでに書けば、魂の叫びを物語に書こうとする人たちには、数歩も、1キロも、1マイルも離れて行きたい気持ちです。
韜晦でも何でもないですよ。心から、小学校中退のお婆さんでも簡単にわかるような文を、話を書きたいのです。

これは、専門の英国文学で覚えたことです。特に19世紀までの英国文学。
シェイクスピア作も、ほんとエンタメですよ。あの時代の戯曲、どれも、大好きなんですが、それはエンタメのせいなんです。ロミジュリを見ればわかるでしょうね。
たとえ難しいことをいうにしても、小学生でもわかるようにいいます。と言うか、エリザベス時代の芝居を見に来る人って、ほとんどが幼稚園中退なんですよ。それに向けて書いているので、ややこしいはずはないのです。

世界の名作のドストエフスキーだって、そうでしょ。カラマーゾフなんて、意外な犯人は出てくるミステリーですよ。まあ、イヤミスで、東野圭吾風じゃないですけどね。

なので、フランスのエクリチュールとか、アンガージュマンとかに、私は寒気がするのです。
サルトルがいったはずのアンガージュマンって、英語では engagementですよね。つまりエンゲイジリングのエンゲイジ。誰でも使う言葉、それを日本ではどうして妙なカタカナでカッコつけて訳す必要があるのでしょうか。
小学校を4年で中退したおじいさんにはわかりません。

小説書くのは、高踏な作業ではないはず。そういう前提で、私はエンタメ道を歩いて、今回のようにドボンドボンと水たまりにはまっているようなわけです。

>ちょっとネガティブなことを書いてしまいます。

って、ごはんでは、ネガティブ批判は、むしろ褒め言葉と捉えています。ネガティブでも、きちんと説明して頂くのでしたら、それはエール、つまり褒めているようなものと考えます。

何という前向きな姿勢でしょうか。自分で感心しますが、ただの欲張りなエゴイストというだけのことかもしれないですね。それでも、まっいいか、と思っています。こういう精神でなかったら、毎週パカパカで負けているのに、翌週には平気で出かけて行く、という根性は生まれないかもですね^^;

>書かれていないことが多すぎるのに、書く必要のないことが書かれている。そういう話じゃないんですよ、ナンセンスストーリーなんです、笑ってもらえたらそれでいいんだし、と、そういうことなのかもしれないけれども、笑える感じでもなかったような。

これは2千字勝負のつもりでしたので、ご指摘を受けて、具体的に指摘して頂いたのを見れば、ホント、その通りで反論できません。
短い場合は、可能な限り人物を減らすこと、というのは自分でも鉄則にしていたのですが、ああ、やっちゃったですね。
父と子だけでもよかったですね。

ゴイクン劇団は零細な集まりなので、登場人物を極力抑えているのですが、しかも女性の役者さんが少ないので、たいてい主人公の奥さんは最初から死んでいることになっています。
生きていて、ぺちゃくちゃ喋ったら枚数の消費がとんでもないことになるので、そうやっていました。でも、今回の場合は川柳の若い先生は自分では必要と思ったので、登場させたのですが、子供たちやら奥さんとかは必要なかったですね。

一応テーマとしては、ジイサンになっても、死んでも、女性って気になる存在なんですよ、ってことだったのですが。

なので、

>何かを壊そうとされていらっしゃるのでしょうか。

なんて、マジ、怖い言葉です。はるかさんの睨んでいる目が見えるようです。
やめてくださいよ。
何も考えていないですから。ただ面白い話を書きたい、というだけですから。
なんか冷や汗でした。

いっぱい感想頂いて、ありがとうございました。エンタメ街道にいざ邁進、そんな気分で、今後もがんばります。
拙い返信ですみません。再度ありがとうございます。

u

国連戦線異常アリヤ?
昭和のSFかな? 星新一はかかないでしょうけど、筒井康隆なら描いたかもww。
あたしあまり詳しくない。半村良(伝記)広瀬正(時間もの)。以外はこのころのものは読んだことない。それ以前の日本SFは阿部公房なんかを今読んでる。
良いです。

窓はみんなのもの
あたしも田舎暮らしです。ちょっとデフォルメしすぎでしょう?
最後の落ちは願望? うん。ニヤッとする部分でもあるけどね。

すっぱいブドウ
落ちがもう一つやねww。

短評でした。御健筆を。

ゴイクン

Uさま

何度も来てもらって、すみません。

>国連戦線異常アリヤ?
>筒井康隆なら描いたかもww。

そうですね。どっちかというと、このドタバタぶりは筒井康隆風ですね。
SFは昔は好きで、特にSF短編にいいのがあって、よく読んでいました。でも、最近はそういう本が町の書店に一切ないので、読んでいません。早川がないのですよ。つまり置いても、買う人が少ないということでしょうね。

レイブラドレーはお気に入りで、ほぼ全部読んでいます。恐竜が灯台目指して深海から上って来る話は泣きましたね。タイトルは、霧の夜、とかなんとか。

>窓はみんなのもの
>あたしも田舎暮らしです。ちょっとデフォルメしすぎでしょう?

(笑)^^
そうですね。もう無茶苦茶やってます。
実際、そういう家もありそうですしね。廃屋には、ムジナやハクビジンとかが棲みついて、困っているみたいですよ。

>最後の落ちは願望?

願望というより、実際の通りといっていいのかも。つまり、私は夜は話す人もいないので、ユーチューブで映画ばかりみています。
当然女優さんが出ますね。しかも個性派じゃなく、普通にきれいな人が。
そういうわけで、まあ、夜ごとに美女と会っているようなものなのです。

先日若い時期の池内淳子さんの映画を見ていたら、まあ、そっくりなんです。北川景子さんと。びっくりしました。

イランとかの映画にも美形の人が多くて、そういうのも楽しみとして見ています。そんな雰囲気を書きたかったので^^

>落ちがもう一つやねww。

これはわずか五枚に詰めこみすぎでしたね。話もごちゃごちゃしすぎていますし、落語をご存じない場合は、何のこっちゃでしょうね。

実は、この4作、少しはカッコついているのじゃないかと思っていたのですが、ここにアップしてから、自分でも何というヘタッピ―か、自覚させられました。
とてもありがたかったです。

でも、こういうナンセンス物、また書いてみようと思います。懲りずに。
それではありがとうございました。

ラピス

1番目と2番目が印象的でした。
1番は、校長先生の人柄が微笑ましく、話にもニヤリとしました。
私も川柳を習ってみようかなと真面目に思いました!

川柳を習い始めし 乱調の冬

、、、ダメだ。こりゃ。

2番は、相撲がモンゴルの国技てところで笑いました。それぞれの国の特徴が出ていて、さすが国際派〜。

小学生並みの感想で申し訳ないのですが、またの投稿をお待ちしてます。次回は中編以上の本気作だと思ってますから。

ゴイクン

ラピス さま
 読んで頂き、ありがとうございます。

>1番は、校長先生の人柄が微笑ましく、話にもニヤリとしました。

こういって頂き、安心します。
自分では、川柳がちょっと雑だったかな、という気がしていたので、少し自己評価は低かったのですが、でも、他と比べて情は出ているだろうとは感じていました。
なので、やっぱり安心です。
どうぞ、習ってみてください。川柳はマイナーですが、それはそれで、楽しいですよ^^
川柳を習い始めし 乱調の冬、はよくわかりませんでしたが。失礼^^;

>2番は、相撲がモンゴルの国技てところで笑いました。それぞれの国の特徴が出ていて、

これはオフザケですが、でも、書いていて一番楽しかったです。
またこういうのも書いてみたいな、と^^

それでは、どうもありがとうございました。

柴咲

えっ、ゴイクンさんて……あの方だったんですか。作品を読んで初めて気づきました。
そういえば、これまで何十作も読ませていただき、秘かにゴイクンさんの技術をものにしようと企んでみたこともありましたが、あきらめました。文体も作風も自然体すぎるから。
例えていうなら、吠えるだけの弱い剣術家が、指南役でもあるゴイクンさんに挑むようなものでした。隙だらけに見えても、文体にもカメラ位置にもキャラにも、まったく乱れがないので歯が立たない。それで今は、私も自分の自然体で書いています。
 
前置きが長くなりました。
読ませて頂いたので、拙い感想を簡単に書かせてもらいます。
 
「閉じない唇」
病室で、医師から父の死亡宣告を受けた後の話です。
たぶんゴイクンさんは、この奇妙な現象に慌てふためく息子の様子を、読者に楽しんでもらおうと書いたのだと思います。
ですが読者である私の意識は息子を見ておらず、息子になりきっていました。だから少しも楽しくない。次から次にと飛び出してくる川柳に驚き、とまらなかったらどうしようと一緒に慌てていました。その余韻は大きく、すぐに次の作品に移れないほどでした。
 
「国連戦線異常アリヤ?」
失礼な感想になるかもしれませんが、お許しください。
中学生レベルの発想で、じつにばかげた話でした。
ですが、これでもかこれでもかとたたみかけてくるくすぐりに、いちばん噴き出したのはこの作品でした。読後、何も残りませんでしたが、笑いだけは残りました。
 
「窓はみんなのもの」
ものぐさなのか自然体なのか、とにかく世捨て人のような男の話。
男は窓からやってくる様々な訪問者に寛容でした。一種の無常感。すべて自然として受け入れ、文句も言わずに過ごしていく。
そんな男の前に現れたのがキャミソール姿の女。
これは、これまで文句ひとつ言わずに生きてきた男のご褒美かもしれない。もしくは試練。いろいろ推測しましたが、何だかよくわかりません。
でも、そんな男に、最後にはおまけのような楽しい出来事が起きてもいかなと、主人公と一緒に幸せな気分に浸ることができました。
 
「すっぱいブドウ」
ごめんなさい。一読しただけでは、おもしろさがわからない作品でした。
 
感想になっていませんね。すみません。
それから、ようやく続きの物語に集中しはじめたので頻繁にはこれませんが、ときどきは覗いて、ゴイクンさんの新作が投稿されたら読ませて頂こうと思っています。
 
寒くなってきたので、ご自愛くださいね。

ゴイクン

柴咲 さま

読んで頂きありがとうございます。

>えっ、ゴイクンさんて……あの方だったんですか。

トッパジメから、私はハテナハテナです^^ あの方って、どの方でしょうか?
きっと私はそのあの方なのだろうと思いますが、何が何だか。
でも、柴咲さんの作品に感想を入れたような気がしないのですが。後で、呉作を読ませてもらおうかと思います。ホント、すみません。
名前は、食堂かたつむりや少林少女の柴咲さんなので当然覚えてはいますけどね。
ほんと何作も読んで頂いたようで、ありがとうございました。

>たぶんゴイクンさんは、この奇妙な現象に慌てふためく息子の様子を、読者に楽しんでもらおうと書いたのだと思います。

いえいえ、これを書いたのは、いくつになっても、冥途に行っても、元校長なのに男というやつは、困ったものだ、という感じで書きました。その浅ましいけど、かわいさ、ですね。

そしてかわいい女鬼を見たら、川柳の先生を忘れてしまう、男って馬鹿だなあ、というのが主題でした^^

でも、この川柳、もう少し考えればよかったですね。推敲不足でした。
枚数は5枚に決めて、冥途までの旅日記風に書いたので、まず尺不足でした。なかなか大変です、正直。
 
>中学生レベルの発想で、じつにばかげた話でした。

はい、その通りです。でも、高校一年レベルを目標にしたので、中学生は、ちょっとグサリです。
でも、一番噴き出したとおっしゃって頂いて、満足です。
ナンセンスエンタメですので、笑って頂いてナンボなので、何も残らなくていいのです。何も残らないけど、噴きだした、これて私にはM1級の褒め言葉でした。よかったよかった。

>ものぐさなのか自然体なのか、とにかく世捨て人のような男の話。

これって、三年寝太郎の話みたいなもので、常に寝ていたらどうなるか、という展開でしょうか。ほんとは、誰にも三年寝太郎への憧れがあると思うのですよね。御伽草子では、その寝太郎、大金持ちになるのだから。
棚からジャンボの当たりくじって感じですね^^

無常観なのかな。案外寝太郎なので、野心もあったりして。よくわからないです。
でも、田舎ではボタモチは来るかもしれないですね。お祭りとかに。でも、当たりくじは来ない。そして来るのは、塵ばかり。
そういうアホっぽさを書いてみたのですが、
でも、それでは艶がないので、美女が来るという設定です。
確かに褒美かもしれないですけどね。

イメージは吸血鬼映画の女吸血鬼です。
西洋は窓を開けて寝るらしくて、毎晩、美女のところに吸血鬼がきますが、その裏バージョン。来て血を吸う。映画のこの場面はかなりエロく感じますよ。血を吸う行為は、キスと同じなのだという説があって。

 すっぱいブドウは、落語をご存じなければ、確かにわからないと思います。だって、5枚なので、余計な説明ができなかったので、まあ、わかる人にはわかれ、という自棄な気持ちでした。
「崇徳院」は単純だけど、なかなか気にいった落語なので使いました。同じ崇徳院でも、雨月物語の白山の崇徳院は怖いですけどね。なんて、つまらないことを。

 丁寧な感想ありがとうございました。
 今書かれている作品、頑張ってください。
 それでは。

ドリーマー

拝読しました。
うーん、どれも帯に短し襷に長しという感じでした。皆さん、好評価なので、私の感覚がずれているのかもしれません。

閉じない唇
余分な情報が多いように思いました。短い尺なので、冒頭から夜伽のシーンで始めてもいいと思います。
書きたいことが「男ってしょうがないなぁ」ということなら、初めに妻亡き後も学校教育に専念した父親の、堅物を絵に描いたような思い出に触れ、退職後は川柳に勤しんでいた父親の突然の死を悼む主人公の姿を印象付けた方が効果的な気がします。
そんな父親の口(?)から、女性への想いを匂わせる川柳が次々に聞こえて来れば、最初は驚いていた主人公も、その煩悩まみれの川柳の数々に、次第に可笑しみを感じていくんじゃないでしょうか。
川柳の先生が女性だったことも通夜で会うまで知らず、ラストで「そういえば川柳の先生は、なかなか美人だったなぁ」と思い出してニヤリとか。

国連戦線異状アリヤ?
議論は白熱したけれど、結局は何も変わらないというオチですよね。
これ、落語の脚本風に書いたら面白いんじゃないかと思いました。
設定は最初に枕話で説明し、後は会話中心で話を進めていくとか。ラストの女性大使を長屋のおかみさん風キャラにして、「国連会議? いつもと変わりゃしないよ」とLINEさせてもいいかもw

窓はみんなのもの
三年寝太郎より星新一の『おーい でてこーい』を連想しました。
お得意の田舎ものだけあって雰囲気はよく出ていますが、最後にもう一押し欲しかったです。
主人公はどうやって食べているんだろう、と突っ込まないのはお約束として、吸血鬼(?)に血を吸われた(?)主人公のその後が気になりました。
ラストで村に福をもたらす寝太郎とは、違う目線で書かれたのだとは思いますが。

すっぱいブドウ
こちらは少々拍子抜けでした。元ネタを知っていたので、「まさか恋煩いじゃないよね」と思っていたら「まさか」だったので(ちなみに 巨乳を連想する果物 で検索したら 小玉メロン と出てきましたw)。
オチも彼女の音楽的教養の無さにガッカリしたのなら、「ブドウは酸っぱいに限る」では上手く繋がらないのでは? ピーマン(柄ならパプリカ)のように中身が空洞のものに譬えるか、マリア・カラスを出すならハバネラの歌詞に掛けて落とす方がいいように思います(歌詞を検索したら、「だけど私は見た目が好き」というフレーズがあって笑ってしまいましたw)。

好き勝手なことばかり書いてすみません。ではでは、失礼しました^^;

夜の雨

ゴイクンさん「4っつのナンセンス掌編」読ませていただきました。


1 閉じない唇

主人公の父親が小学校を退職した校長という設定がいいですね。
いかにも堅物で清廉潔白というイメージがあります。
しかしいままで自分を押し殺していたせいか、退職後に始めた川柳教室で恋に落ちた。御作ではこの書き方を「雨の日も風の日も休むことがなかったのは、心の底に若い女先生への思いがあるせい、と私は勘づいていた。」とあります。
”教室で褒められた句は、会社からもどって遅い夕食をとる私にうれしそうに読み聞かせてくれたものだ。それから褒めてくれたときの先生の表情や眼差しまで詳しく教えてくれた。”
ういういしい、まるで初恋のようですね。
その父親が亡くなるわけですが、死んでもなお、思いは募るばかり。
ところが、三途の川を渡りあちらの世界の「鬼の女は美しかった」。
川柳教室の先生への思いはどうなった、というオチには笑いました。
変わり身の早さというところでしょうか。


2 国連戦線異常アリヤ?

これは「エーリヒ・マリア・レマルク」の小説「西部戦線異状なし」を別の形で書いたものですね。
この手の作品は多いみたいです。
御作の場合は大国間の戦争の勃発や小国間の紛争が多く、いわゆるスポーツで決着をつけるのはどうかということに関連したエピソードになっています。
しかしこれとて、大国同士のいがみ合いにより戦争が勃発という方向になりました。
しかしほとんどの国は彼らの騒動には興味はなくて「国連戦線、本日モ異常ナシ」。

御作の「国連戦線異常アリヤ?」はすでに国連が、世界が、大国とは決別しているという描き方で、これはこれで面白いのではないかと思います。
いつまでも大国に振り回されるのは、うんざりです。
世界の国々も私たちも同じ意見だにゃあ。


3 窓はみんなのもの

窓から侵入してくるものがだんだんと大げさになってくるという展開です。
ウグイスやセミの鳴き声が窓から入ってくるのはよいしホタルなども結構なのですが、さすがに蛇となると笑えないですね、ムカデもお断りしたいところですが、御作の主人公は心温かいというか広い人物なので、それなりの対応しかとらない。
やはり問題を起こすのは人間で、空き缶や家庭ごみを窓から投げ入れる始末。
そこまでは、まだしも、車が侵入となれば、命モノです。

で、御作のラストは金髪で、顔立ちが妖艶なキャミソール姿の女性が「月に輝きながらそっと入ってきた」となると、二階だし、どうやらあちらの世界の方ではないかと思います。
>>翌日も美しい女が来ることを期待して、昼間できるだけ眠るように努めていた。できたら言葉のわかる女を指名したい気分だった。
何となく夜風が冷たくなった。秋が近いのかもしれない。二階にはごみの投棄も車の放棄もない。私は幸せ気分で夜を待っていた。<<

いやあ、このラストなら、主人公は亡くなっているのではないか、と思ってしまいました。
先日「軽自動車が飛びこんで来たのだ。」とありましたので、この時に亡くなったのかも。
そのあと二階へ行く口実が必要なので、台風を一枚かませて、二階へ。
二階で寝ていると天使の存在が、月夜の光を背にやってきた。

まあ、普通に生きていたという設定でも、お話は十分に良いと思います。
今までの災難は、ラストの美女への伏線でしたということになります。



4 すっぱいブドウ

友人の恋煩いをなかなかのタッチで描いていると思います。
「すっぱいブドウ」というタイトルもよいですね。
友人が恋煩いで寝込んでいるのを最初は理解できないで、果物のブドウを買ってきたりする主人公ですが、また彼女の春菜まで提供しているにもかかわらず、友人の康史を極地から救うことができない。
まあ、春菜の友達が「ブドウ」の絵柄のキャミソールを着ていたという展開で、麗しい女性への恋煩いということがわかり解決へと向かうわけですが。
その彼女を連れてきて康史に逢わすわけですが、彼女はマリア・カラスを鳥の烏と解釈する始末。
康史は盛り上がるとマリア・カラスのハバネラという恋歌をうたう。
彼女にハバネラを聴かしたのだったが、彼女はマリア・カラスを鳥の烏(カラス)と勘違いしたということで、ブドウはすっぱい果物のブドウが良いというラストになりました。
「ブドウ」の絵柄のキャミソールを着ていた彼女よりも、果物のすっぱいブドウがよいという康史でした。

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好みというか、出来が良いのではと思う順番は下記になります。

1 閉じない唇
4 すっぱいブドウ
3 窓はみんなのもの 
2 国連戦線異常アリヤ?

「閉じない唇」こちらの作品が頭一つ抜けていると感じました。
主人公の父親である元小学校の校長の堅物で清廉潔白というイメージから、女性へのまなざしの描き方が、主人公である息子から語られていて良作になっていると思います。
ラストで鬼の女への変化が笑いを誘いました。

「すっぱいブドウ」と「窓はみんなのもの」は、ほとんど同じぐらいかな。
「すっぱいブドウ」はストーリーができていると思います。
「窓はみんなのもの」は、田舎の生活が伝わってきました。主人公の願望がラストで実現しているところもよかったです、オチは楽しくなければ。

「国連戦線異常アリヤ?」がラストになったのは、基本的なストーリがすでにほかの方々に描かれているところにあります。
この手の作品は何度か見かけています。
国連を舞台にしてスポーツで勝負というのは、ありませんでしたが。


それにしても、ゴイクンさんのベトナム以外の作品、掌編といえども見かけないので読めてよかったです。


ありがとうございました。

ゴイクン

ドリーマー さま

読んで頂きありがとうございます。

>どれも帯に短し襷に長しという感じでした。

そうなんですね。ご感想、間違っていないと思います。結果がそれを示しています。

>余分な情報が多いように思いました。

これは、プレバトの夏井先生がいつも仰っていますね。
先日偶然みたら「~もまた」というのにダメ出しされていました。「も」も「また」も同じことですからね。まあ、小説なら17文字じゃないから、もまた、もOKだと思うのですが、それでも余計な情報はいりませんね。
ここにアップしてから、ご指摘を受けて、納得しています。やはり、掌編を書くのは難しいです。

そして出して頂いたアイデア、どれもいいですね。最後に先生が若い先生だったと気づくというのは、さすがですね^^ こういうのを忘れていました。

国連戦線は、自分では気に行っていたのですけどね。でも、もう一つ何かが足りない。
落語風ですか。しかも長屋のおかみさんの登場。なるほどです。
ただ、これもまた情報が多くて、もう少しすっきりさせるべきなんでしょうが、どれも好きなエピソード?で、きっと消せないと思います。

インド人のターバンが取れて、ローカル列車内で、巻き直していたのを見たのですが、ターバンは長いから一人じゃできないのです。誰かに持ってもらって、自分は頭を中心にコマみたいにくるくる回って巻いていました。毎朝こんなことをしているんだと思ったら、げんなりしました。
これも、シーク教徒という少数派の習慣ですけどね。なので、ターバンしているインド人はたいしていません。

またインドのクリケット。ほんと、テレビをつければどっかでクリケット中継をやっていました。クリケット中継か、映画の唄の番組しか、テレビにはないみたいでした。

私も広場でやっているのを何度も見たのですが、まったくわからなかったです。ルールが。
どこが面白いのかという感じですが、インドVSパキスタンの試合は、毎回血を見るとインド人がいっていました。
こういうアホみたいなのを入れたかったのですけどね。でも、ちょっとマイナーすぎたかもしれないですね。

>三年寝太郎より星新一の『おーい でてこーい』を連想しました。

ああ、そうだ、その通りでしたね。
これ、何でも受け入れているとどうなるか、そんなことを考えながら面白がって、自分だけが面白いのでしょうが、どんどん投げこむことだけを考えた結果が、これです。最後の吸血鬼は、ご愛嬌というところでした。

>お得意の田舎ものだけあって雰囲気はよく出ていますが、

まあ、これだけでも、誉めて?もらってありがたいです。
なお、このタイトルは、私が好きな映画「この窓は君のもの」からとりました。

>元ネタを知っていたので、「まさか恋煩いじゃないよね」と思っていたら「まさか」だったので

それは覚悟の上でしたが、それでも面白ければと思った結果、やっぱりそれじゃあダメですね。意外性がないから.千両ミカンのほうがシビアにできたかもしれないですね。

ハバネラの歌詞に「だけど私は見た目が好き」というフレーズがあるとは、知りませんでした。さすがカルメンさん^^
コダマメロンもおかしいですが、大玉でもいいのじゃないでしょうか。肩こるだろうけど^^

お眼鏡にかなうまではいかなかったようですが、これも、教えて頂いたおかげで、こんなのができたわけで。でも、書くうちに少しは上達したらしく、最新のはうまくいったみたいですね。石の上にも三年ですか^^
それでは、失礼します。ありがとうございました。

ゴイクン

夜の雨 さま

読んで頂きありがとうございます。

>閉じない唇

 実は私は大学のナイトスクールで韓国語を習っていたことがあるのです。
 生徒のほとんどは若い女性でしたが、おじいさんが一人いて、いつもボケをかましてくれました。でも、その人、決して休むことはなかったですね。きれいで、テンネン系の女の先生だったので、私もだけど、みんな、楽しみにして毎週、集まっていました。
授業のあとに、みんなで食事に行っていたので、ますます楽しみでした^^
そういうのを、父親に被せてみたわけです。
そういう楽しみがないと、習いごとはなかなか続かないものですね。

>ういういしい、まるで初恋のようですね。

そうなんです。はい、その通りです・汗

>国連戦線異常アリヤ?

これはご指摘の通り、ラストの一文は「西部戦線異状なし」をもじったものです。小説もおもしろかったのですが、モノクロのドイツ映画が特によくて、すっとこのラストは決まりました。

>この手の作品は多いみたいです。

そうなんですか、いや、そうなんでしょうね。
映画なんかでも確かにありそうだ。
よくあるとはあまり考えずに書きましたが、でも、よくあってもそれを面白く料理できるかどうか、そこが大事ですね。
おお、と言わせたい気はありましたが、そうは簡単なものじゃないと、再度、再々度の納得です。

>御作の「国連戦線異常アリヤ?」はすでに国連が、世界が、大国とは決別しているという描き方で、これはこれで面白いのではないかと思います。
いつまでも大国に振り回されるのは、うんざりです。

これは100パー同感ですね。そのように読んで頂いて、有難いです^^

>窓はみんなのもの
>御作の主人公は心温かいというか広い人物なので、それなりの対応しかとらない。

心広いと言うか、横着なんですね。なんせ、三年寝太郎もどきなので。
でも、来たものは何でも受け入れる。文句をいわない。諦観なのかな。
そんなやつを主人公にしました。
そして徐々に窓から入るものが巨大化して、車まで飛びこんでくる。
そういうおかしみを狙ったのですが、思ったほどの効果はなかったみたいで。

>やはり問題を起こすのは人間で、

これは、拙作に関係なくそう思いますね。そう思うことが多くなりました。
地球はどうなるのかな、という気分です。
ウエルズの(元祖)タイムマシーンは、確か未来に行ったら、人の姿はなく、浜辺に蟹が這っていた、というような結末だったように、幽かに幽かに記憶していますが、なんかそんな気がしてしょうがないです。
だって、人間って、あまりに好奇心が強すぎますね。そういう意味では、ただ受け入れるだけで、何もしない主人公は、書いているときは考えもしなかったですが、お釈迦さんみたいな人だったのかもしれないですね。

>御作のラストは金髪で、顔立ちが妖艶なキャミソール姿の女性が「月に輝きながらそっと入ってきた」となると、二階だし、どうやらあちらの世界の方ではないかと思います。
>いやあ、このラストなら、主人公は亡くなっているのではないか、と思ってしまいました。先日「軽自動車が飛びこんで来たのだ。」とありましたので、この時に亡くなったのかも。

わあ、これは全く想定外でした。でも、帳尻は合いますね。確かにそんな感じだ。
このように読んで頂いて、うれしいです。
私としては単純に水戸黄門の印籠みたいな定番のつもりでした。ラストが作れなかったので、吸血鬼を出したまでです。

実は、ジイサンたちが水戸黄門を見て涙するように、私は英国のハマーフィルムという怪奇映画専門の会社の映画、ドラキュラとかフランケンシュタインとか、そんなのが、自分にとっての水戸黄門なのです。
話はわかっている。では、どうやって観客を喜ばすか、ハマーフィルムはそれだけに心を砕いた映画をたくさん作っているのですが、ドラキュラの花嫁という映画では、十字架を作るのに風車を使っているのです。ヴァン・ヘルシング博士が風車に飛びついて、くるりとまわして十字架を作り、その影を受けてドラキュラは死ぬ、というのですが、こんなの見て、喜んでいます。ユーチューブで見ています。

なので、つい女の吸血鬼を気楽に出してしまったわけです。一応は、頭にあったのは血と薔薇という吸血鬼映画でしたけど。これはフランスのレスビアンの吸血鬼でしたが^^;

なので、まだ男は死んではいないというつもりでしたが、夜の雨さんのご指摘のようなのも、納得ですね。いろいろなラストがあっていいと思わされました。
問題はそれを読まれた人が納得して下さるかですね。

>すっぱいブドウ

これは落語が元になっているので、そっちをご存じの方は、話にひねりがないと思われるでしょうね。
で、ブドウはすっぱいのがいい、というサゲは、当然イソップから来ています。キツネがブドウを取ろうとしたのに手が届かまい。それで、負け惜しみに、すっぱいブドウという。それをパロディーにしたつもりでした。
でも、わずか5枚に登場人物が多くて、しかも話の中身も多い。なので、うまくいっていないような気がしました。
本当は落語の千両ミカンや崇徳院なども説明しなくちゃならないのですが、そこまで尺がなかったので、ぶん投げた感じになってしまいました。
でも、きちんと読んで頂いて安心しました。ありがとうございます。

なお、順番をつけて頂いたトップの「閉じない唇」
実は、前にホラー短編に死んでも元気にアピールするオヤジを書いたことがあって、確かベスト50位に入ったと思います。前にネットにあったのですが、今はなぜか消えていますけどね。
なので、みなさんの指摘を考慮しつつ、手直ししてきちんと書き直せたら、よくなるんじゃないか、と思います。川柳もしっかり考えてね。
頭一つ抜けているというお言葉、やっぱりと心強くしました。

その逆に国連物が最下位というのは、自己評価とは大きく違っていて、そうなんだ、と、なぜかおかしかったです。自分では好きなやつだったので。
でも、よくあるように書いてしまったのは反省ですね。

私ね、ここに作品を出して、たとえば10人の方から感想もらったとして、たとえば2人の人が褒めてくれたとします。
ということは、視聴率と同じで、実際は200万ほどの人が、仮に読んでくれていたらですが、それくらいの人が褒めてくれているんだ、と思うのです。統計学ではそうですね。
なので、みなさんからもらうご感想、頭の中で100万倍にして考えます。
推敲の際も、その気持ちで直していきます。

なので、今回頂いたご感想には得るものが多かったです。
ありがとうございました。感謝です。

はるか

 ゴイクンさま

 拝読しました。ふたつめ。

 どたばたしてる感じは伝わってきたのだけれど、何が面白いのか、私にはわかりませんでした。面白がって書かれたのであろうことは伝わってきましたが、それだけに余計に、雪の降る夜のようでした。

 読み方が悪いのかもしれませんが、日本を最後にオリンピックが開催されなくなって、そういえば昔オリンピックなるものがあったよね、というくらいの未来のお話なのですよね? でも、サノバ、トランプですか? え、発音が違いますか? 発音が違うとか、そこ、笑うべきとこですか? うーん、そういうあたり、突っ込んじゃうと、ナンセンスなんですよ、ってことになるのでしょうか?

 粗さがしはやめますが、それから、みっつめ、よっつめの感想を記すのもやめておきますが、ともあれ、よっつの中では、このふたつめがいちばんよかったです。でも笑えない、むしろ、なんか、ひけらかされた感が残るというか、自意識みたいなのが全面に出ていて、白々としてしまうのですよ。筒井康隆さんのどたばたって、傍若無人なようでいて、サービス精神旺盛ですよね、いえ、ゴイクンさんは別に筒井康隆さんを目指してる訳じゃないから、比較されましても、ってなるのでしょうけれども、なんにせよ、読み手にサービスを求めるような文章に読めました。

 字数制限を課した鍛練のようですが、よっつともに、無駄が多すぎるし、逆に書かれてなくて放り出されてる部分もたくさんありそうだし、自己満足感が半端なく漂っていて、っていうのはですね、ひとつめは、書き手の川柳ひけらかし(読者を笑わすための川柳になっていない)、ふたつめは、海外ネタ知識ひけらかし(読者がぜんぜんわからないネタでどうやって読者を笑わせるのか)、みっつめは、田舎暮らしのひけらかし(書き手さんの現状と絡めなきゃ感想だって書きづらそうな)、よっつめの落語の知識ひけらかしにいたっては……、巨峰ですか、こういうのナンセンスギャグっていうんですか、ひけらかしっていうのはサービスの真逆じゃないですか、ひけらかしって意味ではベトナムものもそうですよね、作品に関係ないベトナム知識まで無駄に書き連ねて、臨場感を醸し出す以上のことをしている、自分はかつてベトナムにいてね、と感想欄の仲間にムカシバナシしたいだけにしか読めませんでしたよ、そういう部分についていうならば。それでも、前作にはまだ骨みたいなのがあったし、書き手の汗みたいなものも感じたし、ベトナムネタの鼻につく部分には目を瞑ることができた、でも今回のよっつには、ちょっと、どうなんだろう、ゴイクンさんのことを批判すると、なんだろう、なんとなくこの場にいづらくなりそうな圧を感じなくもないけど、ってことは、この鍛練場では、すでに、ひけらかし文学、とでもいうべきジャンルが、場のニーズによって確立しているのかもしれませんが、私のような新参者はまだその潮流に呑み込まれておらず、ゆえに妥当でない不満を感じてしまっているのかもしれませんが、でも、イソップの少年よろしく叫ぶなら、文章は明らかに下手だ(と思う)し、内容は浅い(今回のナンセンス話ではなくて、前回のベトナム話、浅い、と思うの)です。前回のと今回のしか読んでいないので、あるいは他にすばらしく本気の真作が存在しているのかもしれませんが。普通の読み手は、書き手さんのプライベートやら在り方やらになんて興味持たないと思いますよ、感想欄でお付き合い、というのはわからないでもないけど、作品において書き手の何やらをひけらかされても、普通の読み手は白けます。ともあれ、今回のよっつに関していうなら、マイナスの感想しかありませんでした。

 だなんて、少し怒気を含んだような感想になってしまうのは、ゴイクンさんの、感想に対して正対しない感じに苛立っているからかもしれません。前回のには婉曲に書いたけど、はぐらかされてしまって、今回のには具体的に書いたけど、また茶化されてしまって。他の方の作品には、わりとわかったふうな高さから感想を記されるのに、自作についた感想に対しては、それが真摯なものであっても、茶化して、自分は本気じゃないんです、というふうを見せる、あるいは、言葉を取り違えたかのような頓珍漢な応答を繰り出す。だからいくらか、そうですね、前回は「睨んで」なんて失礼なこと書かれるような睨み方なんて一ミリもしてなかったけど、今回は少しだけ睨んでるかもしれません。ともあれ、そんな怒気を引き算しても、よっつのお話に対する私の評価は変わらないのでありました。
 田舎暮らしをされている、かつてベトナムで働かれていたゴイクンさん、って私は嫌いじゃないけれど、ゴイクンさんの自作に対する感想への姿勢には、穏やかになれないものを感じます。とまれ、それとは切り離しても、今作はよろしくない、と私は感じました。失礼いたしました。

ゴイクン

はるか さま

ご感想、ありがとうございました。土日は仕事があったので、返信遅くなってすみません。って、書くのもダメなんでしょうが、一応はお詫びです。

今回の掌編は、公募に出したものです。ダメでしたが、公募では当然ながらどうしてダメかなんてコメントはない。そこで、みなさんにお聞きしたかったわけです。悪いにしても、どこが悪いのかという点が。

で、いろいろコメントをもらって、なるほどと得心したようなわけです。

笑ってほしかったな、という思いで書いたのですが、ちっともおかしくない。それじゃあ、まあ、ダメですね。それと、トランプを出したのは悪乗りでした。

しかもそこに、ひけらかされた感が残るというのは困ったことです。もちろん自分ではそんな気はなかったので、驚きのコメントでしたが、そう感じる方がいた。それは肝に銘じておきたいと思います。

でも、「自己満足感が半端なく漂っていて」というのは、それはそうかもしれないですが、でも、自己満足の欠片もなければ、書けないし、ここにアップできるわけないので、これは御勘弁を。

そして、「書き手の川柳ひけらかし」「海外ネタ知識ひけらかし」「田舎暮らしのひけらかし」「落語の知識ひけらかし」いっぱいひけらかしているようですが、でも、そのひけらかしは話の背景みたいなもので、そこをダメといわれても困ります。

ただ、いかにも自慢げに我が家のムカデのことなどを書いていると受け取られた、そういう書き方をした、というのであれば、これからそういう点に気をつけていきたいと思います。
困ったな、できるかな、というのが正直なところですけど。

なお、感想欄で、「作品に関係ないベトナム知識まで無駄に書き連ねて」みたいなところですが、実はそんなのイヤだし不要だ、と皆さんがおっしゃるのなら、むしろ私は気が楽になります。

ごはんに来てからずっとそうなのですが、私は返信で無駄話ばかりしています。
うざいなあ、と思われる人も多いでしょうが、これは、つまらない、自己満足風な作品をわざわざ読んでもらい、しかも感想まで頂いた、その方に、木で鼻をくくったような数行の返信では失礼だろうな、と思うからです。

なので、どうでもいい話、ひょっとしたら酒の場でのトリビアになるかな、というような話、そんなのを書いているわけです。

ベトナムの話もそうですが、私が他に威張って話せるのは田舎の家のゴキブリの様子とか、ムカデが髪の中に二匹いるときの気持ち悪さとあ、まあ、そんなことしかないわけで。ああ、競馬の話もありましたね。
でも、サービスになっていなかったわけですね。

>ひけらかし文学、とでもいうべきジャンル

これは実はいいなと思いました。そこまで徹底的にひけらかした、一応は小説みたいなもの、というのができればそれは楽しいかなと思います。
でも、私はエンタメなので、文章ではなく、話で盛り上げる派なので、これは無理でしょうけどね。

まあ、毎度の返信にもならない返信なので、気分悪くされるかもしれないですが、そこは大目に見てください。
いろいろどうもありがとうございました。それでは。

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