作家でごはん!鍛練場
クリスチアーネ女衒

『タケシのリサイタル』

『タケシのリサイタル』
 妹の部屋をそっと覗き見た。須奈子は背中を丸めて机にかじりつき、どうやら漫画を描いているらしかった。芋色のベレー帽は尊敬しているF先生の真似で、かりかりと休みなくGペンを動かしている。須奈子は僕の妹で漫画を描かせておくにはもったいないほどの美人だ。そのうち金持ちの青年のお嫁さんになるのかと考えると、思わずため息が出てしまう。
 須奈子は僕のため息に振り返った。
「お兄ちゃん、どうしたのよ?」
「須奈子の誕生日が近いからプレゼントは何がいいか聞きにきたんだ。やっぱり画集とかがいいのか?」
「なんでもいいわ」
 須奈子は漫画の原稿をさっと隠して言った。
「読ませてくれよ、きっと面白いんだろ?」
「F先生のなら、そこの本棚にみんな揃っているから、勝手にとっていっていいわよ」
 僕は自分の漫画を簡単には見せようとしない須奈子の態度にプロ意識を感じた。この子はきっといい漫画家になるだろうと思った。
 僕は須奈子の後ろのミカン箱に腰掛け、T先生の漫画をぱらぱらとめくるふりをしつつ、須奈子が原稿に筆を入れるのを盗み見た。
「気が散るから出ていって」
「ああ、そうだよな、ごめんな気がつかなくて」
 部屋を追い出された僕は、母に言いつけられた店番に戻り、テレビを観ながら退屈な時間をすごした。ドラマの中で歌の上手い男が美女に(といっても須奈子ほどではない)自分の歌唱を披露していた。美女は感激して涙を流し、画面は幸せなムードに包まれている。
 なんだ、これくらいでそんなに心が動かされるのか、と僕は思った。僕も歌をたしなみ、ときどきは友達を空き地に集めてリサイタルを行っていたのだ。歌には自信があった。
 そうだ、と僕は手を叩いた。須奈子に歌をプレゼントしよう。
 僕が台所で夕食を作っていた母にその妙案をどう思うかと聞くと、
「タケシ、あんた、客観的に考えな!」と言われた。
「僕は歌がうまいだろう?」
「他の人が聴いてそう思うんなら、そうだろうねえ」
 さっそく友達を集めて空き地でリハーサルを行うことにした僕は、店番を放り出して、友達が集まっていそうな場所を探すべく駆けだした。  

 骨太、静江、馬杉が空き地で談笑をしていて、僕はリサイタルの準備を手伝うように頼みこんだ。すると彼らは夕暮れ時だから帰宅しようと思っていたと言った。しかしここで引き下がるわけにはいかず、僕は彼らの肩にグイっと手を回すと、なあ僕らはソウルメイトだろ? そうだよなあ? と言った。彼らは、心動かされた様子で、しかたないなあタケシのいうことなら、なんでも協力するよと相成った。
 
 僕はジャラジャラした衣装を着て空き地のドラム缶のうえで歌った。いつもはしないことだが、歌いながらみんなの顔色や反応を窺ってみる。母の言った、客観という言葉が引っかかっていたのだ。
 すると、骨太は両手で耳を塞ぎ、馬杉は携帯をのぞきこみ、静江はなぜか腹痛を訴えているようだった。
 一曲目の「俺のテーマ」をうたい終わると、僕はみんなの本心が知りたく思い彼らに感想を求めた。
「正直に言ってくれたまえ」と僕は内心はらはらしながら彼らに聞いた。「僕の歌はまずいのだろうか?」
 彼らは言いにくそうにもじもじしていたが、やがて、
「聞くに堪えない」
「へたくそ」
「公害」
 と、僕が感想を聞いたのを後悔させるような返事が返ってきた。
 馬杉(彼は歌がうまくて学校で有名だった)がいうことには、僕の歌は音程があっていなくて、リズムがめちゃくちゃだということだった。ということはほとんど全部がだめではないか、と僕は戦慄が走る思いで、どうすればもっと上手く歌えるか馬杉に指導を頼んだ。
「でも、僕は人に教えるほどうまくないんだよ」と馬杉は答えた。
 馬杉の肩に僕は手を置き力をこめた。
「ギタギタになりたくはないよな? ソウルメイト」
 僕は一心不乱になって馬杉の力を借りようとしていた。

 一週間後、二度目のリハーサルを行ったところ、僕の歌は馬杉の指導の甲斐あって、かなり上達しているようだった。馬杉も拍手して、上手だ、と褒めてくれた。僕は心躍る思いだった。嬉しかったのだ。
 誕生日まで数日を控えた頃には音楽理論を本で勉強した。僕は須奈子のためにオリジナルのバースデイソングを作ってみんなの前で歌うつもりだったから、理論から外れたことはしたくなかったのだ。母と妹は家で難解な本を熟読している僕を気味悪がった。

 本番の日を迎えた。
 僕はいつものジャラジャラの衣装を着てマイクを片手にドラム缶の上で歌った。拍手が起こった。妹も友達も僕の歌を真剣に聴いている。誰も耳を塞いではいない。僕はいいリサイタルになりそうだと、安心した。
 しかし、途中からみんなが欠伸を噛み殺しているのが分かった。
「どうしたの? お兄ちゃん、いつもみたいに歌ってよ」 
 曲の合間に、須奈子の声が聞こえた。僕は歌うのを中断して空き地の隅の土管の裏で馬杉と会議をした。
「どうしてだ、理想的な歌い方をしているはずなのに、みんなが退屈そうにしているんだ」
「歌に感情がこもってないからだよ」と馬杉は言った。「一曲や二曲ならそれでなんとかもっても、リサイタルを通して聞かせる力はまだないんだ」
「じゃあどうればいいんだ? なんとかしてくれよ」と僕は言った。「リサイタルをここで終わりにするしかないね」
 それは困る、と僕は言った。須奈子のために作った誕生日のオリジナルソングを最後に歌おうと思っていたのだ。僕は頭を抱えてうずくまってしまった。
 そのとき、タケシのやつ歌うまくなったよなあ、と骨太たちが話している声がステージの方で聞こえてきた。やっぱり俺の音楽理論は間違っていない、と僕は思った。馬杉に技術を学んだし、本も読んだのだ。上手くなるなめに努力したのだ。
 でも、どうして?
「それでもさあ、タケシは暴力的だし、嫌なところあるよな、あいつ、むしろ、歌がうまくなった分、イヤミがました気がするよ」と静江が笑っている声がした。
 あの野郎、僕が下手でも上手くても、文句つけやがって。むしゃくしゃしてきた。ふざけやがって! 僕は土管のをひょいと飛び越え、ステージの方へ走っていき、ドラム缶のうえに乗るとマイクロフォンを掴んだ。思い切りを息を吸い込むと、
「ボエーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 ただ叫ぶように声を出した。みんなが耳を塞ぐほどの大声で。僕はもう冷静ではいられなくなっていた。
 しかしひさしぶりに歌いたいように歌うと気持ちがよかった。上手いとか下手とか、そんなことはもうどうでもよかった。
 須奈子の方を真っ直ぐに見た。僕はもう相手の反応を恐れるようなことはしない。どうだ、これが僕の歌だ。
 須奈子は「いつものお兄ちゃんだ」と手を叩いて喜んでいた。
 歌い終わると、僕は須奈子に花束を手渡した。
「誕生日おめでとう、須奈子」
 彼女はベレー帽をとって頭を下げた。
 心の友たちも拍手をして、よおジャイアン、さすがと笑っていた。僕は拳を握りしめ、青空に向かって掲げた。
 思いだしたぞ。
 そうだ、おれはジャイアン、歌が大好きなガキ大将。                   了

『タケシのリサイタル』

執筆の狙い

作者 クリスチアーネ女衒

うまいとかへたとか二の次で書いてみたかった

コメント

鯛茶漬け美味し

読ませていただきました
発想は悪くないと思いました
しかしもう少し凝った方が面白味や深みが出ると思いました
インパクトがもう少し強い浮き沈みがほしかったかもしれません
それとドラム缶の上でリサイタルをするのではなく、それこそみかん箱の上かドラム缶の上で歌う方がイメージしやすかったかもしれませんね。

それと個人的に最後は
“薄紅色のとたん屋根の上にいるたぬきのようなネコが、青空に向かって「ナーゴ~」と泣いていた”で終わってほしいと思いました

クリスチアーネ女衒

鯛茶漬け美味しさん感想ありがとうございました!
やっぱり、いろいろ工夫をすればそれだけ面白みがでますよね!
僕はいま一発書きで書く練習をしているのですが、そのなかでも
創意工夫をこらして書かなくては、と思わせてくれる感想でした。
ありがとうございました。
 女衒小僧

はるか

 クリスチアーネ女衒さま

 拝読しました。
 よくわかりました、メッセージ性の高い作品であると思います。
 けれども、御作、「魂の叫び」というよりは、どちらかというと、「うまい作品」に分類されるタイプの秀作であるかと感じました。ウマスギくんの筆によるものかと思われました。ボエ~感は、あまりないような気がしました。でも、それでいいのだ、と思います。あ、それは、F先生でも、T先生でもなく、A先生でしたか。ありがとうございました。

クリスチアーネ女衒

はるかさんコメントありがとうございます。
また書きます、感想ありがとうございました。

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