作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

最後の絵葉書

 病院の別館には、各科の医局、図書室、カンファレンスルーム、院長室、副院長室などが並んでいる。
 廊下を急ぐ相模健一の乾いた靴音が夜の静寂を破ってリズミカルに響いた。
無人であると思った内科医局に灯がともっている。戸を開けると、先輩医師の神崎早苗が書類を見つめていた。声を掛けようとして健一は思わず足を止めた。振り返って健一を見た早苗の目に涙が浮いていると思ったからである。早苗はすぐに目を戻し、机の上の書類を素早く引出しにしまい込んだ。
 健一が黙って自分の机につくと、
「どう、今夜一杯やらない?」
 健一に向かって早苗が手でグラスを持つ真似をした。
 早苗の切れ長の目には、普段の表情が戻っていた。
「ああ、いいですよ」
 早苗は微笑んで、背中まである長い髪をかきあげた。仕事中はその髪をアップに束ねているので、それを見慣れている健一の目には、今の早苗は三十代半ばを過ぎている女には見えなかった。
「じゃあ決まり。九時にホノルルでね」
 早苗は立ち上がり、長い髪を後ろ手にまとめながら足早に立ち去った。女性としては長身の後ろ姿には日頃のたくましさがなく、何となく寂しそうに見えたのは、早苗の涙を見たと思ったからかも知れない。
 勤務時間はとうに過ぎているが、新米医師の健一にはまだやるべき仕事がたくさん残っていた。午後からつきっきりであった重症患者は、一応危機を脱してはいるがまだ油断はできない。今後の症状の変化を予測して、対策を指示しておかねばならない。次の日は祭日であるが、この調子なら一度覗きに来なければなるまいと思った。この病院に赴任して以来、日曜、祭日がない生活には慣れっこになっている。
 ホノルルは市内の繁華街にあるスナックで健一も何度か行ったことがある。気さくな中年のママがいて、感じのよい店である。病院の多くの医師たちもここの常連となっている。
 晩秋の風は冷たく、健一の首筋を撫でていった。
 健一がホノルルに着いたときは九時を少し過ぎていた。早苗はカウンターの中央に座って、手にした水割りのグラスをじっと眺めていた。奥には二人ずれの客がいるだけだった。
「やっと来たのね」
 隣に座った健一に声をかけた目が、涙に濡れている。
 早苗先生が泣いている。健一には信じられない光景であった。

 健一は、医学部を卒業してから六カ月の基礎研修を大学病院で終え、三年前の年末に東海地方にあるS市立病院に研修医として赴任してきた。S市立病院は健一の母校である東京のT大学の有力関連病院である。院長はじめ、主だった幹部医師はほとんどがT大学の出身で占められている。
 市立病院の内科は、内科医長が一人、副医長が二人、医員が五人おり、その中で研修医は健一だけであった。
 赴任した最初の日に、健一は内科副医長の神崎早苗を紹介された。高い鼻筋、よく光る鋭い目、白人のような色の白さ、そしてその顔を支える太い腰回り、一瞬混血かと錯覚するような風貌であった。早苗は健一の十年先輩である。その早苗が自らの希望で健一の研修指導に当たることを知らされた。
 早苗は冷たい表情で値踏みするように健一を観察した。
「あとで医局にきて頂戴。研修プランをたてましょう」
 早苗に見据えられると、身のすくむような緊張感で健一の返事の声がうわずった。研修医とは言いながら、大学病院と違ってここでは一人前の医師として扱われる。期待と不安で心が揺れる。
「相模先生は何を専門にしたいと思うの?」
 医局では早苗と向き合った机を割り当てられて、そこに座った健一に早苗が訊ねた。
「研修が終わって大学に戻らないと何が専門になるかわかりませんが」
 ふん、と早苗が鼻でわらった。
「それは学位論文の研究のことでしょ。臨床医として、消化器とか、血液とか、自分が強い領域を作りたいとは思わないの?」
「それなら」
 健一が口ごもった。
「消化器か循環器が良いかな」
「じゃあ、消化器をやってみるつもりある?」
 早苗が男のように腕を組んで健一を見つめた。
 内科の臨床では消化器疾患が一番多い。胃ガンから胃・十二指腸潰瘍、慢性胃炎など、また肝臓や胆嚢、膵臓など消化器の症状を訴える患者は、日本人では特に多いと言われている。昭和の後半にさしかかった時代である。胃内視鏡の進歩によって、早期胃ガンの診断が可能になり、消化器を専門とするには胃内視鏡の技術が重要視されるようになっていた。  
 健一は大学病院で胃内視鏡に立ち会った時のことを思いだした。若い医師が強引に内視鏡を患者の咽に突っ込み、患者はうめき声を上げて内視鏡を引き抜こうとした。残酷な、健一はそう思って目をそむけた。
「消化器を専門にしたいけど、内視鏡は苦手ですね」
「どうして? 内視鏡をやったことがあるの?」
「やったことは無いけど見たことはあります」
「胃内視鏡の出来ない消化器の専門なんて聞いたことがないわ。これから練習したら良いことでしょ」
 早苗は消化器を専門とし、内視鏡の名手であった。健一はまず胃内視鏡の手ほどきをうけることになった。早苗の側につき、説明しながら操作する早苗の手の動きを健一は見つめた。
「今日は相模先生にやって貰います」
「でも、見学しただけですから、僕にはむりですよ」
「百年見学しても、自分でやってみなければ出来るようにはならないわよ」
 初めての胃内視鏡の操作だった。緊張で強張った手で内視鏡を持ち、これも緊張して体を固くしている患者の咽に内視鏡を通そうとする。患者は苦しそうにゲーと悲鳴をあげ、内視鏡を手で引き抜こうとする。大学病院で咽から血を吹き出した患者の姿が頭をよぎる。健一は助けを求めるように早苗を見た。早苗は僅かに首を振る。
 胃内視鏡検査は、内視鏡本体が患者の咽を通過するときが最初の関門である。熟練者は、患者の首の角度、挿入する内視鏡の角度、嚥下動作のタイミング、これらをうまく合わせて簡単に内視鏡を挿入してしまう。健一は早苗の手技をまねてそのようにしようと努力するがうまくはいかない。内視鏡を挿入する段階でつまずいてしまうと後の観察が難しくなる。
 やっと内視鏡が胃の中に入った。モニターの画面に赤い粘膜がぼやけて見える。内視鏡のレンズが粘膜に接近し過ぎているのである。額から汗を流しながら内視鏡を動かす。胃の全貌がちらりと見えてはすぐにもとの赤い粘膜だけになる。迷路に入り込んだ様に、当てもなく内視鏡のレンズは胃の中をさまよい歩く。
 早苗は言う。
「胃内視鏡が胃の中に入って胃全体を見た瞬間に、どの辺りを見るべきかがわかるのよ」
 健一は内視鏡を入れるだけで精一杯である。全体を観察する余裕はない。ましてや、入った瞬間にどの辺りを見るべきかは見当もつかない。
「そんなこと、どうしてわかるんですか」
「まあ、経験による直感ですね」
どれだけ経験を重ねれば早苗のようにできるのだろうか。健一は早苗の白い指が手品師のようにしなやかに動くのを見ていると、自分は特別不器用で、胃内視鏡の術者としての才能がないのではないかと不安になった。
 胃内視鏡は早苗と健一が交替で行なうことになった。健一に当たった患者を誘導するとき、看護婦は気の毒そうな目付きで患者を見る。健一にはその目付きが拷問のように感じられた。
 内視鏡を終えて医局に戻った。
「僕が下手なために患者を苦しめていると思うとたまりませんね」
「誰だって、はじめから上手な人はいないわ」
 笑ってとりあってくれない。
「もし、胃を突き破るような事故でも起こると……」
「だから、慎重に、丁寧にやるのよ」
「自信ないなあ」
「そりゃあ、私に比べたら相模先生はまだまだ未熟でしょう。練習すれば上手になりますよ。事故のことは心配しなくても良いの。その為に私がそばについて居るんだから」
「でも、患者を練習台にすることは」
「練習をしないで、どうしてうまくなれるの?」
 たたきつけるような口調で、早苗の目が厳しく光った。健一はうろたえた。
「練習台にされた患者が苦しむことは」
 言いかけて健一は言葉を呑込んだ。
 早苗が鋭い目つきで健一を見据えたからである。仕事中でのクールな目つきであった。
 化粧気のない早苗の白い顔が上気して淡いピンクに染まっている。健一はふと、美しい顔だと、話題に関係ないことを考えた。
 早苗の顔がゆるんだ。
「患者を苦しめたくないのなら、早く上手になることね」
 健一は無言でうなずいた。 
 早苗は湯沸器からお湯をとり健一にお茶を入れてくれた。
「外科医の成功は、屍の山の彼方にあるって言葉、知ってる?」
 早苗は湯呑を手にとりながら言った。
「どこかで読んだことがあるけど」
「有名な外科医、ビルロートの言葉よ」
 健一が医学部に入る前に読んだことがある。たしか、『医者の告白』という本だった。そこでも、若い医者が患者を練習台にすることの疑問を投げかけていた。そのときは、何てひどいことを言うもんだと思った記憶がある。
「臨床医学では仕方がないことね」
「そんなに割り切れますか?」
「割り切って考えなきゃあ仕方がないでしょ。もし、相模先生が胃内視鏡を練習しなかったら、いつ出来るようになるの? こんなことは本を読んだだけで自然に出来るようにはならないのよ」
 確かに早苗の言うように、練習しなければ上手にはなれない。現在、手術の名手と言われる外科医でも、始めから手術が上手であったわけではない。多くの患者で練習して上達したのだ。中には、未熟な為に殺した患者がいるかも知れない。これらは明るみに出ることなくその真相はうやむやにされている。内科でも医師が上達するには、患者を経験台にして経験を重ねるしかない。本を読んで知識を蓄えるだけでは実戦の役には立たないことは、臨床の現場で痛感していることである。
 医師は患者を練習台にする事が許されるのか? これが臨床医としての第一歩を踏み出したときからの健一の疑問であった。
 胃内視鏡でも、早苗はぎりぎりまで手助けはしてくれない。これ以上健一に任せると危険であると考えたときは交替してくれるが、一旦手がけた以上は責任をもってやり遂げろというのが早苗の教育方針のようだった。健一が手こずった症例では、終わった後で何故うまく行かなかったかを指摘してくれるが、簡単には途中での手助けをしてくれない。早苗に頼ることでいつまでも一人立ちが出来なくなるからである。
 早苗なら五分で終わることを健一がやれば三十分かかる。その間、患者はゲーゲーと苦しむ。
 終わったあと、患者は健一を睨みつけ、
「二度とこんな検査はごめんだ」
 と捨て台詞を残す。すまなさそうに健一は肩をすくめる。
 三十分かかっていたことが二十分となり、最近ではほとんどの胃内視鏡は十分以内に出来るようになった。操作中、言葉をかけて患者をリラックスさせるコツも覚えた。最近では、早苗がそばについていなくても健一だけで十分に出来るようになっている。
 ある日の夕方、医局にいた健一が呼び出された。
「吐血の患者が救急外来に来ています」
 看護婦の慌てた様子を見てただならぬことと直感した。救急室に入って見ると血塗れになった患者が運び込まれていた。
「血を吐いた!」
 付き添って来た息子と思われる若者が大声で叫んだ。
「大丈夫?」
 看護婦が驚いて声をかけている。
 健一は状況を一目見ると、胃洗浄及び点滴、内視鏡の準備を命じた。内視鏡で出血点を確かめて止血しなければならない。胃出血の内視鏡による止血操作ははじめての経験であった。
 止血するための方法は?
 これまで早苗先生について学んだことが頭の中を駆け巡った。しかし、胃出血を止めた症例は無かった。
「早苗先生は?」
「いま探しています」
 早く、と思った。早くしなければ失血してしまう。
 蒼白な顔をしかめて苦しそうに患者が嘔吐した。茶褐色の吐物に鮮紅色の血液が混じっている。胃からの出血はまだ続いている。
 もはや、早苗を待つことはできなかった。健一は先ず胃洗浄の管を胃内に挿入し、冷水で洗浄した。このまま内視鏡を入れても、胃の中は血液だらけで出血点は見えないと思ったからである。出血点が見つかったらどうする? たしか、本によると出血点の周囲にアドレナリンを胃内視鏡を通じて注射するはずだ。アドレナリンが血管を収縮させて出血が止まると本には書いてあった。
凝固した血液の塊と新鮮血が管から吸引された。かなりの出血がある。
 健一の胃内視鏡を持つ手が緊張する。内視鏡は素早く胃内に挿入され、テレビモニターに胃内の状況が映し出された。
 画面は一面が真っ赤である。出血はまだ続いている。健一はカメラを通じて生理食塩水を注入し、粘膜面を洗った。一瞬血液を噴出している潰瘍底が映った。それはすぐに血液で覆われて見えなくなる。カメラを通して胃内容物の必死の吸引が続く。健一は額に汗を浮かべて内視鏡を操った。洗っても洗っても潰瘍は血液の海に沈んで二度と姿をあらわさない。健一は焦った。手の動きが硬くなってくる。
 いきなり内視鏡を取り上げられた。内視鏡を手にした早苗がモニター画面を睨んでいる。
「もっと生理食塩水を!」
 早苗が叫ぶ。健一は看護婦に代わって、内視鏡のチューブから生理食塩水を注入する。早苗の手が躍動し、潰瘍底が見えた。その僅かな時間に、内視鏡に通された細いチューブの先の針が潰瘍周辺の粘膜をとらえた。
「注入!」
 早苗の声に応じて健一が管に繋がれたアドレナリンの注射器を押す。
アドレナリン液が注入される。出血の勢いが弱まった。次々と的確なアドレナリンの粘膜内注射が行なわれる。やっと出血は止まった。
「血圧は?」
「九十と六十です」
「よし、点滴を早めなさい」
 早苗の声は落ち着いていた。
 止血が完了していることを確かめて早苗は胃内視鏡を抜く。
「これでしばらくは大丈夫でしょう。普通はこれで止血するはずだけど、もし再出血するならすぐに外科の方に回すように連絡しなさい」
 患者は担送車で病室に運ばれた。
 早苗が振り返った。
「吐血の処置で一番大事なことは?」
「まず、氷水で胃洗浄し、内視鏡でアドレナリンを出血部位に注射します」
「それで?」
「止血が完了すれば、外科に回して手術するか、保存的に処置するかを観察します」
 早苗はうなずいた。健一の模範回答に笑顔も見せない。
「一番大切なことが抜けているでしょ」
「大切なこと?」
 健一は首をひねった。正しい処置を述べた筈だ。現に、早苗先生もその通りに処置しているではないか。
「それで間違いないと思いますが」
「間違いないのに、なぜ相模先生は止血できなかったの?」
「それは」
 健一は口篭もった。技術が未熟だからだ。早苗先生と比べれば健一の技術が未熟なのは当然だ。それは健一の責任ではない。
「緊急事態で、一番大切なことは」
 早苗の目が健一を射すくめた。
「慌てないことよ。まず落ち着くこと。冷静に処置すれば、相模先生の技術で十分に処置できます」
 落ち着けだって? やっと一人前に胃内視鏡ができるようになったばかりの健一が、こんな救急時に落ち着くことができるわけはないと思った。でも、もし早苗先生がいなかったら、この患者は健一が救わなければならない。患者の命は医師の手に委ねられている。医師が未熟だからといういい訳は許されない。健一は背筋が凍りつくような緊張をおぼえた。
 胃内視鏡を始めて半年ほど経った頃、健一が早期ガンを発見した。組織検査でも早期ガンが確定された。五十代半ばの男性である。
 内科の診察室で内視鏡の写真を患者に見せた。
「胃に潰瘍があります。これは手術が必要ですね」
 健一はなるべく平静を装ってそう告げた。
「潰瘍ですか。ガンではないんですね」
 患者はほっとしたようである。
「しかし、治療方針としては手術が必要ですよ」
 健一はあわてて手術を強調した。
「手術はまた考えときます」 
 その患者は、ガンでなければと呟きながら退室した。
「どうして早期ガンと言わなかったの」
 患者が居なくなったのを確かめて早苗がとがめる様な口調で言った。
「でも、ガンと告げる訳にはいかないでしょ」
 健一が口ごもる。ガンと診断しても、患者に直接告げることはしない。その当時は内密に家族に告げるのが常識とされていた。ガンの告知の是非である。
「どうして?」
「ガンと言われたときの患者のショックを考えると、言わない方がいいと思います」
 早苗の目が鋭く光った。
「あの患者が潰瘍だと思って手術しなかったらどうするの」
「だから、治療方針は手術だと言ってありますけど」
 早苗の冷やかな目が光を増した。
「潰瘍なら手術の必要はないでしょ」
 健一は表情がこわばるのを感じた。その通りである。胃潰瘍なら内科的治療で十分に治癒する。
「あの患者は手術つもりはありませんよ。組織検査でガンが見つかったといってもう一度来院して貰いなさい」
 早苗の言葉がずっしりとのしかかってくる。健一は黙って診察室を出た。
 翌日、健一は患者に電話して来院するように伝えた。
 患者は緊張した面持ちで椅子に座った。
「実は、その後の細胞診で悪性に近い細胞が見つかったのですが」
「悪性に近いということは、やっぱりガンですか?」
 患者の顔色が変わった。
「いや、まだガンになった訳ではなく、このまま放置するとガンになるかも知れないという段階です」
 どうしても、早期ガンという言葉が口に出せなかった。
「これは早期ガンです。すぐに手術をしなければなりません」
 いつの間にか早苗が健一の後ろに立っていて、患者にはっきりと宣告した。
 患者は息を呑んで二人の医師を見つめた。
「そっちの先生は早期ガンだと言うし、こっちの先生はまだガンになってないと言うし、どちらが本当ですか?」
 悲鳴のような声であった。
「相模先生、本当のことを言ってあげなさい」
 早苗は冷たく言い放って立ち去った。
「実は早期ガンです。すぐに手術が必要です」
 患者は大きく目を見開き、健一を見つめた。手が震え、口から嗚咽が迸り出た。やがて顔を上げて健一を見た顔は涙で濡れていた。
「先生、手術すれば助かりますか。大丈夫でしょうね」 
「手術すれば助かります。この程度なら再発や転移の危険性はありません」
 再発の危険性がないと聞いて、患者は健一に手を合わせた。
「お願いです。どうか助けて下さい。まだ手の掛かる子供や家族がいるんです」
「大丈夫です。早期ガンですから」
 ようやく患者の表情が明るくなった。
 健一は背中から重荷を下ろしたように体が軽くなったように感じた。

 初夏のS市は緑が豊かである。鉛色の空がその緑に深さを重ねている。病院の窓から健一はぼんやりと並木道を見おろしていた。若いカップルがふざけながら通り過ぎていく。
 東京近辺の大病院を中心として、全国の各地に散っていった同級生はどうしているだろうかと思う。東京の空も曇っているだろうか。
 大学の医局で、医局長からS市の病院に行くように言われたとき健一は戸惑った。近くにいくらでも大きい関連病院があるのになぜS市まで行かなければならないのか。それもよりによって自分が。健一はこの人事を恨んだ。
 あれから半年、一度も東京には帰っていない。研修医の生活は予想外に厳しかった。たまには東京に帰って馴染みの飲み屋で一杯やりたいと思う。しかし、早苗の指導は健一の甘い心を打ち砕いた。他の医員が麻雀やゴルフに興じているときも、健一にはそれを許さなかった。暇があれば文献を読め、患者を観察しろ。医師の実力は卒業してからの五年間の勉強で決まる。それが早苗の口癖であった。日曜も祭日もなかった。ああ、早く東京に帰りたい。
「先生、早苗先生が呼んでいますよ」
 看護婦の甲高い声で現実に引き戻された。
 医局では早苗が待ちかまえていた。
「相模先生はガンの告知をどう考えますか」
 ガンは死病である。ガンと宣告されることは死を意味する。だから、医者はガンという診断を極力隠そうとする。ガンと告げるのは、患者の親族の一部だけに限定するのが当時、つまり昭和時代の常識であった。
「ガンは告知すべきではないと思います」
 早苗の挑むような目を避けて健一が面を伏せた。
 胃内視鏡をやっていれば、しばしば胃ガンを発見する。発見した胃ガンを如何に患者に伝えるかが問題点であった。
 ガンと告げられた患者は、驚き、絶望し、何とか助けて下さいと医師の手にすがりつく。手術して助かる可能性が高い早期ガンの場合はまだよい。助かる可能性のない進行ガンの告知をすることは、健一には気の重い仕事であった。あなたの病名はガンで、命はあと三ヶ月です。こんな残酷なことが言えようか。告知しないで済めばそうしたかった。
 告知される患者も苦しい。しかし告知する医師も苦しいということを初めて知った。早苗はそれでも告知すべきだと言う。
「相模先生は告知には反対なのですね」
「手術して助かる早期ガンなら告知してもいいかも知れませんが、末期ガンの告知は反対ですね」
「なぜ?」
 問い返した早苗の目には妥協を許さない厳しさがあった。
 こんな話を聞いたことがある。高齢の高僧が、自分は修業を積んでいるからガンを宣告されても驚かない。だから本当のことを教えて欲しいと医師に言った。医師は、生死を超越した高僧なら真相を告げても大丈夫だろうと考えてガンであることを告知した。その時から高僧は元気を失い、食欲がなくなってたちまち衰弱死したという。修業を積んだと自称する高僧ですら、ガンを告知されるとそれだけの衝撃を受け、死期をはやめることになるのだ。またこんな話もある。初老の女性患者が、胃内視鏡で胃ポリープを発見され、医師はなにげなく胃ポリープがあることを告げた。患者はポリープとはガンであると早合点して、病院の帰りに池で入水自殺をしたのである。聖者でも高僧でもない凡人に、ガン、それも助からない末期ガンを告知することは反対である。
 健一の反論を聞いて早苗は声を落とした。
「でも、いつかは言わなければならないでしょ。告知することで手術の決心がつき助かります。手術のできない手遅れガンの患者は悪くなることはあっても良くなることはないのよ。医師に不信感を持ち、結局は医療自体がやりにくくなるだけです」
「でも、最後までガンとは知らずに死んだ方が患者にとっては幸せだと思いますけど」
「相模先生」
 底から突き上げるような声だった。
「最後まで患者を騙すことが良いことだと思う? 家族も一緒に患者を騙さなければならないのよ。この家族の辛さが先生にはわかる?」
「では、告知を受けた患者の心はどうなるんですか?」
「ガンで助からないと知ったとき、患者は狼狽し、怒ります。なんでよりによって自分がガンにならなければならないのかって、自分の運命を呪うわ。それが過ぎると、あきらめの境地になって、現状を容認しようとする。つまり、死を受容するのね。医師はそこまで患者と共に苦しむだけの覚悟がなければガンの告知は出来ないわ。ガンの告知に反対するのは、医師としての苦しみから逃れようとしていることだわ」
「では、早苗先生なら、ガンの告知をして貰いたいと思いますか?」
「もちろん、告知して貰います」
 早苗の毅然とした言葉に、もはや健一は反論する気は失せていた。
「それは一般論としてそう思っていても、いざ本当にそうなった場合は違うんじゃあないですか」
 ガンであることを知った患者が、生きる望みを失って早く死亡したという話をよく聞く。ガンの告知は決してたて前だけで論じることはできない。
 早苗はふと寂しそうな顔をした。
「一般論でなく、私は告知して貰いますよ」
「でも、告知されたらショックを受けるでしょう」
「当然受けます。それは仕方ありません」
「何か、残酷なような気がしますけどね」
 理屈は早苗のいう通りだが、健一は釈然としない。
 彼は自分がガンになったらどんな気持ちになるか想像してみた。とても早苗のいうように現実を受容することはできないだろうと思った。
「相模先生が、私のガンを診断したとして、それを隠せます? 私は医者ですよ」
「医者に隠すことは難しいでしょうね」
「そうでしょう。隠して欲しいと思っても、すぐに知ってしまいますよ。それなら本当のことを知らせた方が良いとは思わない?」
 医師がガンになったら、当然病状の説明を求めるであろう。医学的に納得のいく説明で無ければ承知しない筈だ。ごまかすことは難しい。また、説明しなくても、症状から大体は推察してしまう。医師が自分で死期を悟ったらどんな気持ちだろうかと健一は思った。でもそれは患者が医師の場合のことだ。少なくとも一般の患者には死期を知らせるべきではなかろう。
「医者が自分の命をあとどれだけと、自分で診断したら悲惨だろうな」
「あとどれだけの命か知ったら、その命をどのように使うか考えることが出来るでしょ」
 そうだろうか。死の宣告を受けた人間が、死ぬまで平静にいられるだろうか。おそらく死ぬ日までの、残り日数を数えながら恐怖の毎日を過ごすに違いない。
「まあ、あまり深刻に考えないことね。こんな事は現実に直面しなければわからないことだから」
 早苗はさらりと話題を変えようとした。
「僕は、ガンの告知は苦手だなあ。早苗先生のように割り切れないなあ」
「嫌でも避けて通れないことが医師には沢山あるの」
 早苗は少し苛立ってきたようである。
「僕は早苗先生ほど強くないからね」
「私が強いと思ってるの?」
 早苗の顔が泣きそうに歪んだ。
「少なくとも、僕よりは……」
 彼女は首を振った。
「私は弱い人間だわ。悲しければ泣くし、くじけることもあります」
 しかし健一には彼女が弱い人間であるとは思えなかった。

 どんな緊急事態でも動じることなく処理し、平然とガンの告知もしている。早苗が泣くことがあるなんて想像もできなかった。その早苗先生が医局で泣いていたのだ。そしてスナックで今もその目は涙で潤んでいる。
 早苗は手にしたグラスをじっと眺めている。普段の男勝りの彼女とは違って、その表情には悲しさが満ちていた。健一はママを見た。ママが目配せをした。何か事情がありそうだ。
「先生、何かあったんですか?」
 たまりかねて健一が訊ねた。
「いいや、何もないの」
 早苗が僅かに顔を向けたが、涙を隠すようにすぐに正面に向きなおった。
「泣いているの?」
 健一が顔をのぞき込む。
 早苗は顔をそむけた。
 手持ち無沙汰となって、仕方なしに健一はグラスの中身を空けた。
「今夜は徹底的に飲もうや」
 早苗が男のような口調で、顔をこちらに向けた。目にすこし涙が残っているが、顔は笑っている。健一はほっとして彼女とグラスを合わせた。
「相模先生は、恋人いるの?」
「ああ、一応います」
 健一は恋人がいることが申し訳ないような気がして小さい声で答えた。東京には恋人の亜紀が帰りを待っている。研修期間は三年少々の予定であるからもうすぐだ。
「どんな人? きれいな人?」
 健一の口がためらった。きれいな人だとのろけるのもはばかられる。
「きれいな人でしょうね。やさしい人?」
 早苗はひとり合点して頬に笑みを浮かべた。
「勝気なところもあるけど」
 勝気な亜紀も早苗と比べれば優しいもんだ。でもそれは口には出せない。
「ま、私に比べれば誰でも優しいわね」
 早苗は一人でうなずいている。
 健一が何か言おうとした。それを遮って、
「そう、若い人はいいわね」
 早苗が笑った。
「早苗先生は恋人は?」
「私には恋人はいないの」
「そうかなあ」
「だって、もうこんなおばさんでしょ」
「先生ほどの美人ならいくらでもいると思うけどなあ」
「あら、内視鏡だけでなく口も上手になったね」
「いや、本当ですよ」
「そう? 私は美人に見える?」
「僕は美人だと思いますけど」
「美人だと言って貰ったのははじめてだわ」
 早苗が豪快に笑った。
「私、まだバージンだと思う?」
 健一は返答に困った。早苗は独身だから処女でないというのは失礼のようだし、処女であるというのは、三十台半ばのこの年頃の女性にとってはもっと失礼なのかも知れない。
「遠慮しなくてもいいの。どっちだと思う?」
「バージンだと思う」
 彼女が男に組み敷かれて喘ぎ声をあげている姿は想像できなかった。
 早苗が噴き出した。
「それでは女と思われてなかったことになるわね」
「いや、そんなつもりでは」
「バージンどころか、セックスフレンドなら二、三人はいるのよ」
 健一は顔を赤らめてうつむいた。そんな健一をからかうように、
「私が淫らな女だと軽蔑する?」
 と早苗は挑むように顔を突き出した。
 健一は首を振った。
「白衣を脱げば、私は只の女よ。時にはセックスもしたくなるわ」
 彼女の視線が宙を漂った。
「先生はなぜ結婚しないのですか?」
 健一が顔をあげて訊ねた。以前から抱いていた疑問であった。 
「結婚するつもりで付き合っていた人とは四年前に別れたの」
「どうして?」
 早苗はそれには答えず、グラスをぐいと空にした。
 今日の涙の原因はその辺りにあったのかと健一は思った。
 早苗の口数が減り、グラスを運ぶ回数が増えた。健一がおろおろしてママを見る。ママが寄ってきて、
「先生、もうほどほどにしたらどうですか」
 と声をかける。
「もっと飲むんだ。もっと飲ませて」
 既に呂律が怪しくなっている。
「早苗先生がこんなに酔うなんて珍しいことね」
 ママも当惑している。
 早苗はカウンターにつっぷした。長い髪が健一の腕に絡まる。
「先生、先生」
 健一が肩を揺すって起こそうとする。
「先生、帰って寝ましょう」
 早苗が僅かに頭をあげた。
「相模先生の下宿で飲みなおそう」
「それより、もう帰りましょう」
「帰るのはいや。それならここで飲む」
 だだっ子のように、酔って聞き分けのない早苗を持て余し、健一は助けを求めるようにママを見た。
「相模先生の所は近いでしょ。醒めるまでそこで休ませたら?」
 ママもお手上げの様子であった。
 健一のアパートは繁華街のはずれにあり、ここから百メートルほどの距離である。
 健一は正体の無い早苗の脇から背中に手を回し、背負うようにして歩いた。その手に彼女の乳房の弾力を感じる。やっとの思いで彼女を部屋に運び込み、ベッドに寝かせた。
「苦しい。これを脱がせて」
 早苗が胸をかきむしる。健一は上着の胸を開けた。彼女はブラジャーを外そうとする。仕方なくブラジャーも外した。形のいい乳房がこぼれ出た。健一は慌てて目を逸らせた。早苗は次にスカートのベルトを緩めようとする。
「これを外して。これを脱がせて」
 譫言のように言う。
 健一は躊躇したのちスカートも脱がせた。早苗は股間を僅かに隠すだけの下着一枚となって健一のベッドに横たわっている。早苗の裸身は透き通るように白くて、それほどゼイ肉のついていない胴のくびれと豊かな腰の膨らみが健一の目を刺激した。早苗の裸体を無遠慮に眺めることは彼女を冒涜することだと考えながら、健一の目は早苗から離れることは出来なかった。恋人の亜紀の裸身が目に浮かぶ。亜紀も膨らんだ腰を持っているが早苗の腰には更にふくよかな脂肪の層がついている。
 健一は早苗がバージンではないと言った意味を考えた。早苗を抱けということだろうか? 本当に抱いてもいいのだろうか? 正体もなく眠り込んでいる女を抱いてもいいのだろうか?
 欲望と理性が激しく戦った。
 健一は妄想を振り払うように、早苗の体に毛布と布団をかけて、自分はソファーに横になった。
 健一が目覚めた時、早苗が難しい顔をしてそばに立っていた。窓はすっかり明るくなっている。健一はあわてて起きあがった。
「事情を説明して頂戴」
 早苗は椅子を引き寄せて腰掛けた。
「どうして、私が裸でこんなところに寝ていたの?」
 早苗はべつに怒っている様子でもなさそうだ。
「あれ? 先生はゆうべのこと、覚えていないの?」
「ぜーんぜん」
「昨夜、先生が飲み過ぎて、どうしても僕の部屋に連れて行けと言うもんだから」
「でも裸にする必要はないでしょ」
「それは」 
 健一は昨夜のいきさつを説明した。
「へー、そんなに私、酔っぱらってたの」
「ほんとに僕は困ったんですよ」
 健一の脳裏に早苗の裸身が浮かぶ。
「それは悪かったね」
 早苗は照れ笑いをした。
 テーブルに両肘を突き、手に顎を乗せて、彼女は健一の顔を見つめる。
「それで……、肝腎なこと、まだ聞いてないわ」
「肝腎なことって?」
「やったの?」
「えっ? なにを?」
「私を抱いたのかってことよ」
「いいえ、とんでもない。抱いてませんよ」
 健一はあわてて否定した。
「ほんとに抱かなかったの?」
 早苗は疑わしそうに見る。
「本当ですよ」
 健一は声を張り上げた。
 早苗はしばらく健一の顔を見つめた。
「どうして抱かなかったの?」
「どうしてと言われたって……」
 健一は返事に窮した。
「私のからだ、そんなに魅力なかった?」
「そんなことはありませんよ。魅力的ですよ」
「じゃあ、抱きたいと思った?」
「思っても、そんなこと出来るわけないでしょ」
「ほんとに抱きたいと思ったんだね」
 健一は仕方なしにうなずいた。
「よし、抱きたいと思ったのなら許してあげる」
 健一を見つめる早苗の目が笑った。
「馬鹿だなあ。抱けばよかったのに」
「え? 抱いてもよかったの?」
「当り前でしょ。女を裸にしておいて抱かないなんて失礼だわ」
「でも、先生は正体なく寝込んでいたから」
「ずいぶん遠慮したもんね」
 健一は無言で頭をかいた。
 早苗が立ち上がった。
「今度はしらふで来たいもんだね」
 そう言って早苗は立ち去った。

 早苗が病院を辞めるらしいという噂を聞いたのはそれから数日後である。健一は、夜まだ医局に一人で残っている早苗を見つけた。
「先生、病院を辞めるって本当ですか?」
健一は早苗の向側に座った。
「ええ、本当よ」
 健一が息を呑む。
「どうして、急に……」
「事情があるの」
 早苗の顔に寂しさが走る。
「辞めてどうするんです」
「両親の所へ行くの」
 健一は首をかしげた。早苗の両親は死んだと聞いている。
「故郷へ帰るんですか?」
「まあ、そんなところかもね」
「帰ってどうするんです? むこうで病院に勤めるんですか?」
 早苗は首を振った。
「では、なぜここを辞めるの? 辞めてどうするんですか?」
 早苗はじっと健一の目をみつめた。健一もその目を見返した。
 彼女が目をそらせた。
「死ぬの」
 早苗が呟くように言った。
 健一は椅子から思わず立ち上がった。
「死ぬって、誰が?」
 うわずった声で聞き返した。
「私」
 早苗がうっすらと笑った。
 突然、健一が大声で笑った。
「先生、からかうのは止めてくださいよ。びっくりするじゃあないですか」
「冗談ではなく本当なの」
 早苗は真面目な顔である。
「では、先生は自殺するつもり?」
 健一は顔がこわばるのを感じた。衝撃が胸を襲う。
「自殺? そうね。多分、そうなるでしょうね」
「その理由を聞かせて貰えませんか?」
 健一には、早苗が自殺する理由は想像できなかった。優秀な頭脳と技術を持った将来性のあるエリート医師である。失恋した位で自殺するほど弱い人ではない。
「四年前からこうなることはわかっていたの」
 早苗が自分の病気に気づいたのが四年前である。何となく体の違和感を感じて血液検査をやってみた。その結果を見て彼女は愕然とした。桁の間違いだろうと思って何度もゼロを数えてみた。間違いない。白血球数が十三万、正常値の二十倍を超えている。細菌感染で白血球が増加するが、これほど白血球が増加する病気は他にはない。血液の塗抹標本を顕微鏡に載せる手が震えた。その視野に禍々しい核を持った細胞が飛び込んできた。幼弱白血球だった。骨髄性白血病。これまで何人も受け持ったことのある白血病患者の終末の苦しみが早苗の脳裏をよぎる。これは悪夢に違いない。
 日を置いて再検してみる。やはり夢ではなかった。念のため、名前を伏せて大学の血液専門の医師に血液標本を送ってみた。診断は慢性骨髄性白血病。自分の診断と一致している。慢性白血病では化学療法もほとんど効かない。数年の内に急性転化する。急性転化すれば二カ月か三カ月の命である。それまで何年の命だろうか。三年か、四年か。
 このことは自分一人の胸に秘めて誰にも言っていない。自分の命はあと数年と覚悟を決めて、恋人にはその理由を告げずに別れた。
「私は、生きる希望を失ったわ。そのとき、自殺しようかと思った。でも、患者には苦しい病気と戦うことを強制しておいて、自分だけ苦しみから逃れて自殺するなんて卑怯だと思ったの」
 健一は早苗の顔を見つめながらうなずいた。彼女の気持ちは良くわかる。もし、予後不良の患者からそのような相談を受けたら、健一だって最後まで希望を捨てずに頑張りましょうと励ますだろう。
「残された命をどう使うか。それを考えたわ。その答えが、あなた、相模先生」
 早苗は出身大学に事情を告げて、優秀な研修医を派遣してくれるように要請した。早苗の恩師はその要請に応えて健一を派遣したのである。
「赴任してきた相模先生を見たとき、私の生きがいを見つけたと思った」
 健一は初対面の時の、凄絶とも思える早苗の顔を思い出した。
 早苗は悲しげな目で天井を見上げた。
「先日、急性転化したことがはっきりしたの。あなたと飲みに行った日」
 健一は早苗が泣いていた理由をやっと悟った。
「私はあと二カ月か長くても三カ月で死ぬわ」
「何とかならないんですか? 化学療法や骨髄移植などは?」
「駄目なことは先生にもわかってるでしょ」
「でも何もしないで、死ぬのを待つのは」 
「もう良いの。私は覚悟してるんだから」
 彼女とガンの告知で論争したことが思い出される。
 早苗先生は、四年前に自分自身にガンの告知をしていたのだ。あと三年か四年の命と知って、その間を精一杯生きてきたのだ。そう思うと健一の心がキリリと締め付けられる。
 健一は早苗の顔を見た。今までになく美しく見えた。この美しい女がまもなく死ぬとは信じられないことであった。夢のようだと思った。
「先生が死ぬなんて信じられない」
「でも事実よ。ここに発病以来の記録があるわ。これを先生にあげる」
 早苗は引出しから数冊の大学ノートと血液標本箱を取り出した。
「これを見れば、慢性骨髄性白血病の経過と、それを知った時の患者の心理がよくわかると思うわ」
 そのノートと血液標本は健一にとってはまたとない研究資料であり、貴重な贈り物であった。
「先生は死ぬのが恐くないのですか?」
 平然としている早苗を見て、健一が思わずそう言った。
 早苗の目から涙がこぼれた。
「恐いとは思わないけど、やっぱり死ぬのは悲しい。もっと生きていたい」
 早苗が手で顔を覆った。
 健一も涙を流しながら、早苗をじっと見つめるだけであった。もはや、慰める術を知らなかった。目の前の早苗の体がもうすぐ地球上から消滅する。そう思っただけで、健一には耐え難い悲しみであった。
「この病院に入院したら?」
 あまり意味があるとは思えなかったが、健一はそう言わずにはいられなかった。早苗の最期を看取ってあげたい。
 早苗が顔をあげた。
「私が死ぬところを、誰にも見られたくはないの。特にこの病院の人には」
 健一はうなずいた。病み衰えた死の直前の姿を見られたくない、その気持ちはよくわかる。この病院での早苗先生は、いつも自信に溢れてさっそうとした医師であった。そのイメージを壊したくはないであろう。
「でも患者には最後まで病気と戦うようにいっているのに、それでは卑怯ではないですか」
 早苗は寂しく微笑んだ。
「そう、患者には最後まで戦って欲しい。でも、私は医者よ。医者が病気に負けて死ぬ姿は他人に見せたくないの。死ぬ時は誰もいない雪原の中で死にたい」
 天寿を全うしての死であれば、早苗先生も受け入れるだろう。しかし、壮年の働き盛りの早苗先生が病気に負けて死ぬところは見られたくない気持ちはわかる。戦国武将が戦いに敗れて、敵に首をとられる前に自刃するような気持ちなのだろうか。
「この三年間、相模先生が私の生きがいだったと思う。ずいぶん厳しいことを言ったけどごめんなさいね」
 早苗は自ら希望して健一の指導を買って出たのだ。自分の学んだものを継承して欲しかったからである。胃内視鏡だけでなく、何事にも早苗の指導は厳しかったことが懐かしく思い出される。健一は担当した症例に関する内外の文献を徹底して読まされた。早苗は健一の診断、治療方針を厳しく批判した。その過程で、健一は早苗が内科医長よりもはるかに博学であることを知らされた。健一にとって、彼女は臨床医学の最初の恩師であった。時には彼女の指導が厳しすぎると恨みに思ったこともあった。
 一度、健一は早苗の束縛から逃れようとしたことがある。
 その日、彼女から渡されていた外国語の文献を読んでいかなかった。
「なぜ読んでこなかったの」
「ちょっと忙しかったから」
「そんな筈はないでしょ。昨日は早く帰ったじゃあないの」
 早苗の口調はこうるさい母親のようであった。
「小説を読んでいましたよ」
 健一がすねたように答えた。
 本屋で面白そうだから買った推理小説である。
「小説?」
 早苗の血相が変わる。
「小説を読む暇があれば医学文献を読みなさい!」
 健一はうんざりした。
「先生。勉強も大切だけど、僕はもっとゆとりが欲しいな」
 めずらしく健一が逆らった。
「時間がないのよ。時間が!」
 早苗のせっぱ詰まったような物言いがなぜかわからぬままに、その時は健一が黙り込んだ。
 そして、健一自身、この三年間、よく勉強してきたと思う。早苗の指導によって、三年間で内科学会総会、内科地方学会など、内科関連学会での症例報告は二十例を超えている。これは新米の臨床医としては破格の回数であった。学会報告するためには、その症例に関して完璧に勉強しておかなければならない。会場から、どんなことを質問されてもそれに答えられる自信がないと学会発表はできない。
 早苗の期待に応えてよく勉強したことが今となっては唯一の救いであった。
 彼女が手を差しだした。
「相模先生とは、ここでお別れの挨拶をしておくわ」
 健一はその手を握った。
「病院から出るときは黙って行くからね」
 健一の目から涙が湧いてきた。
 早苗がもう一度手を握りしめた。
「このことは他の人には内緒ですよ」
 彼女は立ち上がりながらウインクした。
「さあ、回診してこよう」
 そう言っていつものように医局から立ち去った。
 真相を知っているのは健一だけである。健一に対しても、早苗の態度はそれまでと変わらなかった。そして年末にひっそりと早苗は病院を去った。何処へ行ったか誰も知らなかった。
 一月の中ごろ、S市は珍しくうっすらと積雪した。
 早苗から健一に絵はがきが届いた。北海道の雪原を写した絵はがきであった。その絵はがきには、一言、最後の絵葉書です、さようならと書いてあるだけだった。それを見た看護婦たちは、早苗先生は北海道旅行をしているね、良いなあ、と羨ましがっていた。
 健一はその絵はがきを手に取ってじっと眺めた。その絵はがきが何を語っているか、健一だけは知っていた。北海道は早苗先生の故郷である。故郷の雪原に横たわる早苗先生の白い裸身を想像した。早苗先生には、ぼろぼろになってでも、最後まで病気と戦って欲しかったと思う。でもそれは早苗先生の医師としての誇りが許さなかったのだろう。病気に敗れるまえに、自分の最期は自分の手で決着をつけたかったのだろうと思う。敵の刃で殺される前に、自ら命を絶つ戦国武将の心境なのだろう。

 健一は数日の休暇を貰って北海道へ飛んだ。早苗先生を育だて、早苗先生が眠る北海道の雪原に立ってみたかったからである。
 飛行機が離陸した。S市の町が後方に消えて、雪原のような雲の広がりを突き抜けていく。
 早苗の指導を受けるようになってからの三年間の思い出が健一の脳裏を往来する。冷酷なほど厳しい医者だと思っていたが、早苗先生こそ最も人間味のあった指導者だと思う。自分の死が免れないと知ってから、ひたすら健一の教育に情熱を傾けたのだ。あの剛毅な早苗先生が涙を流した夜、自分の生涯を駆け抜けた万感の思いがこみ上げてきたのであろう。
健一には思い当たることがある。健一が早苗の指導を受けるようになって一年ほど経った頃だ。夜遅くまで医局で外国文献と格闘している彼の向かい側で、早苗は論文を書いていた。
「相模先生、お茶でも入れようか」
 時計をみると十二時を回っている。
「いや、僕が入れますから」
 立ち上がろうとした健一を制止して、早苗は湯沸かし器からお茶を入れる。健一が夜遅くまで勉強しているとき、よほどのことがないかぎり早苗は最後まで付き合っていたのだ。
「相模先生、氷雪の門って知っている?」
 早苗が話しかけた。
「たしか、北海道にあったと思いますが」
「そう、稚内にあるの」
 彼女は北海道の北部の出身である。
 北海道最北端の地、はるかに樺太をのぞむ稚内の丘の上に「氷雪の門」が立っている。この氷雪の門に寄り添うように九人の乙女の慰霊碑がある。
「この九人の乙女は、決死隊だったの」
 潤んだような早苗の目が宙をさまよった。
 昭和二十年の八月二十日に、ソ連軍が樺太南端の中心地、真岡に上陸を開始しようとしていた。迎え撃つ日本軍の劣勢は明らかであった。戦火と化した真岡の電話局では九人の乙女が交換台を死守し、最後に「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」と、悲痛な声を残して青酸カリを飲んで自決したという。
「八月二十日なら、ポツダム宣言を受諾して、戦争は終わっていた筈ですが」
「そう、戦争は終わっていたけど、ソ連軍は情け容赦のない攻撃を続けたの」
 戦争終結時にそんな事件があったとは健一は知らなかった。
「私は高校生のころ、稚内で氷雪の門にある記念碑を見て感動したわ。その慰霊碑には、さようなら、という最後の言葉が刻み込まれているの」
「死を覚悟して任務を全うするなんて凄いですね」
「私はその慰霊碑を見たとき、足が震えたわ。私にはとてもそんな強さはないと思った」
 飛行機は海上に出たようである。もうすぐ新千歳空港に到着するだろう。
 早苗先生はなぜ氷雪の門の話をしたのだろうか。
 稚内に行こう。氷雪の門の慰霊碑の前に立ってみよう。早苗先生の心の内が分かるかも知れない。
 新千歳空港に到着すると、健一はすぐに稚内行きの航空機の搭乗手続きをとった。曇り空であるが、飛行には支障のない天候が幸いした。稚内までは一時間足らずだ。空港から稚内公園までのタクシーが荒涼とした雪原を突っ走る。この雪原のどこかに早苗先生が眠っているかも知れない。
 健一は慰霊碑の前に立ってみた。宗谷海峡を超えた寒風が吹きつける。人の背よりやや高い黒っぽい屏風状の石に、交換手の乙女像の銅板が埋め込まれ、「皆さん、これが最後です。さようなら、さようなら」の言葉が刻まれていた。健一は、さようならと声に出して読んでみた。この言葉こそ、早苗先生が健一に残した言葉であった。
 氷雪の門を話したあの夜、早苗先生はきっと、死に直面して弱気になろうとする自分の心をむち打ったに違いない。
 早苗先生は、九人の乙女に劣らず強かったと思う。乙女が敵に陵辱される前に自ら青酸カリで命を絶ったごとく、早苗先生も、最後まで死力を尽くして戦い、病気に蹂躙される前に自分の命を絶ったのだと思う。
 健一の体から力が抜け、涙が流れ落ちて絵はがきを濡らした。健一は絵はがきを引きちぎり、慰霊碑の前にばらまいた。強風が葉書を巻き上げ慰霊碑の上をさまよって雪原の方向に運び去っていった。

    おわり

最後の絵葉書

執筆の狙い

作者 大丘 忍
218.226.234.111

例によって医療ものです。ここにも雪原に眠る場面を想定しております。

コメント

はるか
106.154.130.206

 大丘 忍さま

 拝読しました。

 ワタクシゴトですが、最後の絵葉書、というモチーフを、まさに今、ちょうど記しておりまして、で、久しぶりにこちらを覗いたら、御作がいちばん頭のところにあったわけで、そのためタイトルに縁を感じて、わくわくしながらスクロールさせていただいた次第です。

 読み始めてすぐに、筋の追いやすい話であるな、と思いました。

 けれども、表現に、気になるところが散見されました。

>二人ずれ

 二人連れではないでしょうか? つれる、だから、開くなら、二人づれ、が正しいように思うのです。ずれ、という表記が普通だった時代があるのかもしれませんが、今は、づれ、が妥当かと。

>白人のような色の白さ、そしてその顔を支える太い腰回り

 白人のような白さ、この表現は稚拙であるし、その後に続く、混血、という表現とも絡んで、ちょっと嫌な響き方に感じられました。

 顔を支える腰回り、これは何かを狙って書かれた表現なのでしょうか、首が顔を支える、という表現には違和感がないのですが、腰が顔を支える、という表現を敢えてチョイスする意図がわからず、躓きました。白人のような顔つきにみあった太い腰回り、ということなのだろう、と思うのですが、支える、という言葉を、釣り合うという意味でわざわざチョイスする意図がわかりませんでした。

>医局では早苗と向き合った机を割り当てられて、そこに座った健一に早苗が訊ねた。

 読点の前と後がねじれているように感じられましたが、つまり、後においては、早苗が主語になっているわけですが、前においては、健一が主語になっているわけで、この短い一文の中において、主客を倒置させることにどのような意図があり、効果があるのか、私にはわかりませんでした。意図や効果がないのなら、徒に読み手を躓かせるこのような表現は悪手である、ようにも感じられました。

>健一は早苗の白い指が手品師のようにしなやかに動くのを見ていると、自分は特別不器用で、胃内視鏡の術者としての才能がないのではないかと不安になった。

 例えばこのセンテンスにも私は転ばされてしまうのですが、それはなぜかというと、冒頭の、健一は、という主語を、現状では、見ている、という述語が吸収してしまって、文末の、不安になった、への掛かりが弱くなるからです。健一は~不安になった、がセンテンスの主たる構造なのですから、この場合は読点の位置を以下のように変えることで美しいセンテンスになるのでは? と、私は思います。

 健一は、早苗の白い指が手品師のようにしなやかに動くのを見ていると、自分は特別不器用で胃内視鏡の術者としての才能がないのではないか、と不安になった。

 冒頭の、健一は、という主語のあとに読点を入れて、不器用で、の後の読点を削ります。ないか、の後に読点を入れたこと、こちらは私の趣味なので、スルーしていただいてもよいかと思いますが。
 意味が通じればよい、だとか、国語の教科書じゃないのだから、という声が聞こえてきそうでもありますが、表現は、単なる伝達ではありません、伝わればいい、というものではなく、できうるならば、美しく、研ぎ澄まされた、書き手により愛でられたもの、であってしかるべき、と私は考えます。ですから、蔑ろにされた表現は、すなわち芸術足り得ない、と思うのです、御作は純文学たることを狙っているように感じられましたので、やはり、筆を、芸術的に磨く方向で鍛練されるのがよろしいのではないかと。意図があっての読点でしたら、読み手のリテラシーを嗤ってやってください。

>たたきつけるような口調で、早苗の目が厳しく光った。

 で、という助詞の使い方にまた転ばされてしまいます。なぜ、口調で目が光るのか?

>健一が医学部に入る前に読んだことがある。

 健一が、が、入る、に掛かるのか、読んだ、に掛かるのか、両方に掛かるのか、それを曖昧にしたいのか、なぜそうするのか、意図がわかりません。健一のモノローグとして以下のようにすればそれがいちばん単純なのではないかと、美しいのではいかと、かつ無難なのではないかと。

 医学部に入る前に読んだことがある。

>何てひどいことを言うもんだと思った記憶がある

 何て、と、もんだ、の同時出しに違和感。

 何てひどいことを、と思った記憶がある

 ならば、躓かないし、

 ひどいことを言うもんだ、と思った記憶がある

 で、あっても躓かない。

 何て、は非難を表していて、もんだ、は諦めを伴う受容を表しているので、非難と受容の同時出しに違和感があるわけです。これも、狙った表現であるなら、すみません。ただ、狙いが効果を発揮しませんでした、少なくとも私に対しては。むしろ躓いてしまうのです、気になって、先を読む意欲が奪われてしまうのです。

>本を読んで知識を蓄えるだけで「は」実戦の役に「は」立たないこと「は」、臨床の現場で痛感していることである。

 「」で括らせていただきましたが、は、という助詞の使い方がよろしくないかと。三連発の意図が不明です。リズムもよくないし、躓きました。

 本を読んで知識を蓄えるだけでは実戦の役に立たない。臨床の現場で痛感している。

 と、シンプルに表したほうがリズムもよく読みやすいのでは?

>やっと一人前に胃内視鏡ができるようになったばかりの健一が、こんな救急時に落ち着くことができるわけはないと思った。

 健一が、は、落ち着く、に掛かるのか、思った、に掛かるのか、その両方か、あるいは曖昧にさせたいがための構文なのか、つまり、健一を外から眺めたセンテンスなのか、健一の内側に寄ったセンテンスなのか、そこをミックスしたいのか、そこに何か意図があるのか、わかりませんでした、ただ躓くだけです。このセンテンスの隠された主語が早苗であるならむしろ文章的に問題ないのですが、思った、のが健一であることが直前のモノローグにより示されているわけで、だとすると、どうにも躓かざるを得ない。

 躓きませんか?

 すみません、やめましょう、このような、アゲアシトリともとられかねない指摘を、延々と続けることはやめましょう。アゲアシトリではないのですが。文法的に正しい文章を書くべし、と主張しているわけではないのです、言葉をチョイスする際に、意図をもって、愛をこめて、的確な言葉をチョイスするべきでは、と感じるのです。でないと、意味は通じるのですが、読み手は気持ちよくなれません。特に、御作には、そのような段差が目立って、それが作品の、におい、になってしまっているように私には感じられるのです。

 というわけで、半分くらいまでしか読めませんでした、すみません。

大丘 忍
218.226.234.111

はるか様

発表する前に何回も読んでいるのですが、ご指摘点にはあまり気づきませんでした。気付かなかったことを指摘して頂き非常に参考になりました。

>健一は早苗の白い指が手品師のようにしなやかに動くのを見ていると、自分は特別不器用で、胃内視鏡の術者としての才能がないのではないかと不安になった。

一例ですが、この文章は、

>早苗の白い指が手品師のようにしなやかに動くのを見ていると、健一は自分が特別不器用で、胃内視鏡の術者としての才能がないのではないかと不安になった。

とすれば流れも良かったと思いますね。

>本を読んで知識を蓄えるだけで「は」実戦の役に「は」立たないこと「は」、臨床の現場で痛感していることである。

これは「は」がダブっておりますね。

私はいわゆる美文よりも、わかりやすい文書をと心がけておりますが、ご指摘のような「言葉の使い方」にはもっと注意する必要があると感じました。

丁寧なご指摘をありがとうございます。

九丸(ひさまる)
126.179.174.4

拝読しました。

興味深く読めました。
自分の経験と重なる部分があったからです。二十代半ばに十二指腸潰瘍をこじらせて、腹膜炎をおこして入院したことがありました。その時に休日だったためなのか、初診は研修医の方でした。
回復後の毎年の胃カメラ検査も、なぜかいつもその方でした。そして、当たり前かもしれませんが、毎年上手くなっていってました。それが、なんだか嬉しくて。
さて、上記のような経験をしたせいか、回想部分は本当に入り込めて読めたのですが、まっさらで読んだ時、ちょっと長すぎないかなというのが正直な感想です。全体のバランスからすると、もう少しコンパクトでもいいような。

拙い感想、失礼しました。

大丘 忍
218.226.234.111

九丸(ひさまる) 様

ちょっと長すぎるという感じは、たぶん「氷雪の門」の逸話を付け加えたからでしょう。この氷雪の門の記念碑は、歴史的事実に基づいて稚内に立っていると言われておりますが、私は見たことはありません。話に聞いただけですが、早苗先生の最期を「五十年前の約束」と同じように、「雪原に横たわる」ことにしたかったので付け加えたモノです。おそらくこの部分が蛇足と感じられたのでしょう。胃内視鏡は自分の経験に基づいたものです。

読んで頂き感想をありがとうございます。

ラピス
49.104.19.223

私は大丘さんはセミプロだと思ってますから、安心して読みました。
滅多に読めないプラトニックですね。先の方々の感想に、成る程と同意します。

展開は予想つきました。でも、水戸黄門みたいに予定通りの展開が王道でもあります。
ただ、主人公にとっては彼女ではないから、冷静でいられたのでしょうね。
物語としては、恋人よりも先輩を愛して欲しかったかなあ。

実は以前に交際していた人が骨髄性白血病です。彼は息子さんの骨髄を移植して、今は安定しています。ので、慢性だと思います。
が、急性に転じることもあるのでしょうか?
個人的な質問して、すみません。

大丘 忍
218.226.234.111

ラピス様

骨髄性白血病は、慢性の場合は3年か4年くらいで急性の状態に転化します。こうなると後二、三か月だと言われております。慢性白血病の患者を外来で診ていたことがありますが、やはり三年か四年で急性に転化し間もなく亡くなりました。化学療法はあまり期待できず、骨髄移植が期待できるくらいのものでした。うまく移植に成功すればいいのですが、これもやってみなければわかりません。血液の病気は、早期に発見してもどうにもならないのがありますね。骨髄移植が成功すれば長生きできると思います。

読んで頂き感想をありがとうございます。

中野サル信長
106.173.154.115

よかったですよ、うまいですね。
内視鏡がうまくなるあたりよくかけていました。
公募とか出されてもいいんじゃないですか

大丘 忍
153.186.197.93

中野サル信長 様

読んで頂き有難うございます。内視鏡などは実体験がありますので書き易かったですね。

御廚年成
14.11.161.224

拝読しました。
大兄の御健勝と御健筆を心よりお慶び申し上げます。

私は御作を命の賛歌と読みました。
人として生まれたからには何時か死ぬ。それまでに何が成せるか、何を成すべきかを問う作品ではないでしょうか。
主人公は後輩を一人前に育て上げることに生命を賭し、その完成を見て舞台から去る。すなわち技術をこの世に残したことが、主人公の最後の作品であり、人は何を残してこの世から去るのかを読者に語り掛けているのではないでしょうか。

私事ですが、大兄が医師として生命を見送ったのと同様、私もいくつかの生命を見送ってきました。
中学時代に水を入れたコンドームを「爆弾」と称して校舎の下を通りかかった人に投げ落としたように高所から墜落して破裂した者、クレーン作業では「吊り荷の下に入るな」の大原則を無視し、吊り荷に押しつぶされタバコの箱くらいの厚みになってしまった者、以前拙作で書いたようにミキサーの中に落ちてケチャップに挽肉とトウモロコシを混ぜたようになった者、いろいろ見てきました。私自身も前歯から右半分の歯はありません。鉄骨に直撃されました。だが、その命は地図の上に墓標のように残っております。
重ねて申し上げますが、御作は、命とは何を成すべきものか、そして読者へ「お前は何をこの世に残して死ねるのか」「この世に何を残すために何をしているのか」と問うているのではないでしょうか。


好き勝手申し上げました。
寒くなってまいりました。大兄の御健勝と御健筆を重ねて祈念いたします。

大丘 忍
153.186.197.93

御廚年成 様

患者を練習台にして良いものか。医師になって実際の臨床医として第一線に立った時に思ったことです。
文中でも述べておりますが、患者を練習台にしなければ医師としての技術は向上しません。
私が医師になってすぐに先輩から言われました。「医師になってからの三年間の勉強がその医師の実力を左右する」。この言葉は今でも本当だと信じております。
若い頃考えたこのようなことを、早苗と健一医師を通して伝えたかったものです。
この作意を読み取っていただき有難うございます。

私は八十六歳を過ぎた老人で、新しく書くことが困難になっておりますが、旧作を推敲しなおして、出来るだけ投稿を続けたいと思っております。これからも宜しくお願いたします。

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