作家でごはん!鍛練場
アフリカ

ショートショート

【 プレミアムリーチ 】

目まぐるしく変化する液晶画面。数百台のスピーカーから垂れ流される音声と店内BGMが生み出す喧騒。パチンコは、余分な思考を遮断するのには適している。
「出てないな」
いつも通りの台に座る私に剛志が缶珈琲を手渡して隣の空台に腰を降ろした。
閑散とした店内。剛志は数回店内を見渡してからパチンコ台の上部にあるデータ機を操作して首を振ると私に向き直った。
「この後、飲みに行くか?」
訊きながら後ろの席に目をやる剛志。同じシマの動向が気になるのは私も同じだ。
「今夜はやめとく」
私が答えると剛志は暫く私が打つ玉の流れを眺めた後で席を立った。
数回飲みに行った程度の関係で名前と勤める会社を知っている。
ただ、それだけ。それだけだ。
それでもその方がいい。
表層を撫でるだけの関係。暇を潰すための関係。それ以上になる必要もない。
私は、ハンドルを握り直して煙草に火を着けた。
液晶画面の向こうで水着姿の女の子がリーチと叫んだ。大当たりの前兆。仰々しい演出が続いて手元のハンドルが震える。リーチと叫んだのと同じ音声が今度はラッキーと連呼する。
台の中心部にある羽根と呼ばれるパネルが開いて銀色のパチンコ玉が次々に吸い込まれていく。
私は静かに目を閉じた。
「少しだけでいいから心を譲って欲しい」
昼間に同僚の福添が言った言葉が脳裏をかすめたからだ。
だが、妻帯者である福添に自分の気持ちを譲り渡したとして、そこに一体なにが生まれるというのだろう。
それは正しく空虚で意味のないことでしかない。
福添は自分の都合のいいときに寂しさを紛らわす温もりが欲しいだけだ。
「私を好きだと言うけど、その好きって言葉にどんな意味があるの?」
その質問に福添は答えなかった。
初めから意味などないのだから答えられるハズもない。
漠然と考えながら煙草を口元に運ぶと既に灰となり燃え尽きていた。
男なら腐るほど言い寄ってくる。
その殆どが都合良く何かから逃げるための言い訳として私を利用しようとする。仕事や家庭の呪縛から一瞬だけ逃げ出せる場所を私に求めてくる。
だから私もその男達を利用する。
私の中の退屈なものを男達に消費させる。それは高価な買い物であったり、食事であったり、ドライブであったり、形態は違えど私は私のペースを守って男達を利用する。
利用するといってもお互いに欲しいものを与えられているなら、それが悪い関係性だとは思わない。食事やドライブに付き合い、求められるなら抱擁も唇も許す。
それでも、誰とも最後の一線を越えることはない。それで手を引く男ならそれはそれで構わない。それは、自分の中にあるルールのようなものでさえある。
だが、福添は私の思惑を否定するように、私の内面を欲しがっている。子供のように拗ねたり、女々しく好きだと漏らす。
「面倒臭いのはイヤなんだよね」
私は、誰にも聞こえないように呟いて目の前で滑るように回転する数字を眺めた。
『只今、クリスマスイベントを開催しております。店員が抽選箱をお持ちしますので参加下さい』
店内アナウンスがBGMを割って聴こえてくる。
十二月のイベント。ここ数年は憂鬱な日でしかない。言い寄る男達もこのイベントだけは家族の為にと、大して期待されているハズもないケーキをぶら下げて家路を急ぐ。
私は離婚によって失くしたものの価値にすがりついたりするのは嫌いだし、彼以上の男を必死に見積もるつもりもない。
私は私のままで自由な時間を楽しんでいる。
それは疑いようもない事実の筈だ。
それでも、いつもより数倍も閑散とした店内でパチンコ台を睨み付けている自分も嫌いだ。
『只今、クリスマスイベントを開催しております。店員が……』
繰り返されるアナウンスに紛れて真っ赤なサンタの衣装を着た店員がシマの角に立ったのが視界の端に入る。
昨年は衣装に拘っていたりはしなかった。駐車場で彼女を待たせているような若いバイトが、にこやかにドライヤーや電動髭剃り等の然して必要でもない景品が当たるクジを抽選箱から引かせていた。
少しだけ意識を逸らした瞬間に『スーパーリーチ』と液晶画面が叫ぶ。
私は視線を、そこに戻した。
色とりどりの魚の群れが画面を駆け抜ける。
「プレゼントを、お持ちしました」
近付いてきたサンタの気配が私の肩を叩く。
「あぁ、抽選は後で引くから」
私は視線を動かすことも出来ずに画面に食い入る。次回の当選確率が大幅に上がる奇数のプレミアムリーチだ。見逃すことはできない。
「抽選じゃないよ。イベントなんて嫌いだって言ってたから、プレゼントだけでもって思って持って来たんだよ。それと、好きの意味なんていくら考えても出てこなかった。ただ……愛してる。に、なる直前って、沢山、好きなんだと思うんだよ。それが溢れてるんだと思うんだよね……」
聞き覚えのある声。パチンコ台のガラスに反射する決していい男ではない中年のサンタ。手には小さなプレゼントの箱を握り締めている。
そんな真っ赤な衣装をどこで借りて来たのだろう。店内に入って私を見付けるまで小心者のサンタが奇異の視線を集めながら右往左往する姿が思い浮かばれて可笑しくなる。
不器用なサンタが大事そうに握り締めている箱の中身は一体なんなのだろう。
私の好きなアクセサリーを必死に聞き出そうとして、出来なくて、困り果てていた顔を思い出して、また、可笑しくなる。
無意識に微笑んでいることに気付いて液晶画面を睨み付ける。
「面倒臭いのはイヤなんだよね……」
呟いて、微笑みは消えているかが気になる。
閑散とした店内。
数百台のスピーカーと店内BGMが生み出す喧騒が広い店内に響き渡っている。
プレミアムリーチはいまだに続いている。
私は液晶画面から目を逸らせない。






【 おわり 】
………………………………………………


【 断片的な、愛してる 】


一番柔らかい部分で触れる彼女の敏感な場所。
それを切っ掛けに、小さく途切れる切なくて荒くて短い吐息。
指先で撫でて感じる湿度と、温かくて冷えた場所が解れていく感覚。
ソフトクリームが溶け落ちそうで、それを舐めとる時のような淡い焦燥感。
甘酸っぱくて能動的な香り。
加速度的に上昇する呼吸から漏れる湿度の高い体温。
湿った肌が縺れて擦れて生まれる粘度の高い音。
セックスの快感が、単なる粘膜の摩擦だけではないと感じる瞬間には、それが必要。
ブチ込んで、擦り付けて、突き上げて獲られる快感を否定することなんて出来ないけど、俺はきっと彼女の全てが欲しいんだ。
だから、彼女の生み出すこと全てが欲しいんだ。
バカなんだよ。
隆司は、私の眼を見ながら臆することもなくサラリと言った。
断片的だけど体温を感じさせるようなその言葉を、私はなぜか全て否定したくて堪らなかった。
手にしている空になったばかりのグラスを乱暴にカウンターに置いて「同じもの」と隆司を睨み付ける。
「ロックグラス?」
隆司の華奢な身体から発せられたとは思えない太い声に頷く。
アイスボールを放り込んだ腰の低いグラスに手際よくウォッカを注ぐと、グレープフルーツを切り分けてそれを絞り入れる隆司。
「でもさ、智美さんて。隆司のことなんて好きじゃないんでしょ?」
意地の悪い質問。智美さんは、隆司や私と同じ歳だけど、私達とは決定的に違う。
隆司がどれだけ想いよりを寄せても、決して叶わない。
智美さんは、この店のオーナーの妻だ。
そして、隆司はずっと前から自分が弄ばれているだけなのだと理解している。理解しながらも離れられないでいる。
私は取り出した煙草に火を着けながら、カクテルを作る為にマドラーに絡み付く隆司の細く長い指先を見詰めた。
「多分ね……」
隆司が言いながらグラスを押し出す。
ブルドッグ。有名なカクテルのスノースタイルを取っ払ったシンプルな味。グレープフルーツの芳香が強く残った爽やかな飲み口が、最近のお気に入りだ。
「そんなの、つまらなくない?」
私は、そのグラスにまとわりついた結露を指先で撫でながら言った。
爪の隙間から染み込んだ水滴から冷たく広がる感覚が、現実を少しだけ薄めていくような気がする。
「そうかな?」
いつものように否定しようとする隆司に苛つく。
私の目の前にあった空のグラスを、シンクにさげて俯き加減にそれを洗う隆司に苛つく。
隆司を好きでもないくせに隆司の心の全てを奪っている智美さんに苛つく。
「つまらないよ」
私はカクテルを舐めるように一口飲んでから答えた。
「好きだから仕方ない…よ…」
隆司は消えそうな声で答えるしかできないのかも知れない。
私は、もう一口飲んでから追い討ちをかける。隆司の逃げ道を全て閉じ込める。
「智美さん。一度でも、愛してるって言ってくれた?」
「好きだとは言ってくれるよ……」
チェックメイトと叫んでしまいたい程の完璧な一手に隆司は苦しそうに答えた。
他に言葉があるとは思えない。
それでも私は胸の奥のが微かに痛むのを感じる。
「それって、どんな好きなのかな?」
言ってから更に募る苛立ちに舌打ちしたくなる。吸いかけの煙草を灰皿に押し付けて、新しいものを咥えると隆司が火を差し出した。
「俺も愛してるなんて言ったことないし」
「苦しくないの?」
「そりゃ、生きてきた中で今が一番苦しいよ。そしてそれは半年前よりもずっと苦しいよ。多分、昨日より今日。今日より明日が苦しい。そんなの分かってるから」
想いは募る。決して都合良く消化されてなくなったりはしない。
隆司の智美さんへの想いは、私の苛立ちのように毎秒増しているに違いない。
「なら、どうして?」
私は自分の声色が尖ることに注意しながらゆっくりと訊いた。
その方が隆司が嫌がると分かっているから。
「どうしてって……「愛してる」ってのは、二人の想いが重なる瞬間だけに使える言葉なんだよ、きっと」
「意味が分からないよ」
分からないとこはない。私は何よりそれを理解している。隆司が智美さんに夢中な限り私が隆司に愛してるなんてことは言えない。
身体を重ねたこともある友人として俯瞰した意見を伝えることが出来ているように振る舞うことしか出来ない。
「俺は、智美さんが苦しい程に好きだよ。でも、それは俺の気持ちで、彼女の気持ちじゃない」
「当たり前じゃんそんなの」
「だから、愛してるって言えないし」
「もう、諦めたら? ってか、諦めるもなにも初めから無理だって知っててそうしたんでしょ? だったら、隆司自身も遊びのハズだったんでしょ?」
「そうかもね……本気になって苦しむのは俺だけかもな」
鬱々とした表情で空のグラスを磨く隆司を見詰める。
もう少し、あと少し……
私はカウンターから身を乗り出すようにして「あのさ…」と言い掛ける。「諦めるのが、苦しいなら。少しの間だけ。私が代役を演じても良いよ」なんて都合の良い言葉を飲み込む。
「いらっしゃいませ」
カウベルが鳴って入口をみる隆司の眼を観て誰が来たのか理解する。
私は、ロックグラスに浮かぶ丸い氷を指先で回す。
指先から静かに伝わる感覚が凍みていく。


【おわり】

ショートショート

執筆の狙い

作者 アフリカ
49.104.50.58

ショートショートです

狡い女を好きになると
死にそうに苦しくて毎日ゲロ吐いてます

コメント

九丸(ひさまる)
126.179.52.47

拝読しました。
二話とも文章に雰囲気あって好きです。

プレミアムリーチ
男の上澄みを消費している主人公。
「私は離婚によって失くしたものの価値にすがりついたりするのは嫌いだし、彼以上の男を必死に見積もるつもりもない。」
このセリフは強がりなんて読みました。
離婚は相当こたえていて、前の旦那のことは本当に好きだった反動なのかなと。
パチンコ含めて、すべてがただの暇潰しと捉えました。
前の旦那は、全部うめてくれて、懐も相当深そう。でも、別れなんて、どんなに上手くいってようがタイミングでやってくるもの。
福添はすごく狡い男のイメージです。妻帯者でも好きになった相手には純粋になんて読めなくもないですが、主人公の内面を求めているというよりも、ただのゲームのよう。対比で、主人公がとても純粋なイメージです。強がりきれてない。なんかとてもかわいらしい。
だから、題名の『プレミアムリーチ』の意味するところを福添との進展と捉えてしまいました。それとも、読み方が違っていて、上澄み用の男、それに加えて内面を満たしてくれる男(オモチャにする意味合いで)も手に入れたということだろうか? 
でも、やっぱり主人公の純粋を感じてしまうのです。
気になった点を。
最初、主人公の性別分かりにくかったです。『私』とあるので気にすることもないかもしれませんが、地の文の固さかなあ。あと、パチンコのイメージかも。これは僕の先入観故にかも。



『断片的な、愛してる 』
いじらしい女性ですね。周りにもいるので、親近感湧きました。だから、心情がすごく伝わってきます。そして、想いは満たされることなく、きっと、端から見たら不幸な女性と言われるんだろうな。とかイメージしました。二人とも言葉に酔ってるんだなあとか。でも、バカにするとかではなくて、僕は二人ともいじらしいって思ってしまうのです。ちょっと、僕の周りの現状と重ね過ぎているのかもしれません。
気になった点を。
『手にしている空になったばかりのグラスを乱暴にカウンターに置いて「同じもの」と隆司を睨み付ける。
「ロックグラス?」』
隆司がバーテンダー?との情報が時間差でくるような気がします。読み進めていけば分かるのですが。
あと、主人公が同じものとオーダーしているのに、『ロックグラス?』との返しだと、ウィスキー?みたいな強いお酒かと思っていたら、ブルドック。ブルドックって最初からロックグラスのイメージあります。だから違和感ありました。

ニ話とも良かったです。
拙い感想、失礼しました。

上松 煌
220.107.200.89

アフリカさん、こんばんは

 拝見しました。
あなたの昔の作風からはかなり離脱しましたね。
おれはこの新境地のほうが好きです。

 2つのお話しで、まずは【 プレミアムリーチ 】。
漫画やアニメにありそうな、イベントを利用してのアプローチ。
サンタの衣装というのが少し古い&ありきたり。

 ちょっと斜に構えた女。
きっと美人なんでしょうね。
他方、純朴な心を持つサエない男=福添。
家庭を持っているのが難の彼の手に握られた小さな箱。

 いやぁ、男女の見果てぬ夢ですね。


 そして【 断片的な、愛してる 】。
これもよくあるパターンで、他の女に思いを寄せる男に自分の想いを伝えられない女。
じれったいすれ違いがお話しの骨子になっている。

 いらっしゃいませの後にはいってきたのは智美さん。
主人公の女性はまたまたフラストレーションかな?
人を恋うる心の妙味はまだまだ続きそうですね。
「がんばれ、主人公」と密かに応援したくなるおれでした。

カリフラワーの存在価値について考える人
194.102.58.6

 映像的な表現は作品の雰囲気作りに効果的に働いていたように思えます。パチンコ屋店内の描写があったからこそ、会話や二人の距離感によい味わいを付与できたように思えます。比較して、心情などの映像的でない表現は、入念に書かれてはいるのですが、そうすることによる湿度や粘度より先に、くどい割に感じ取るのが難しい、という印象に辿り着きました。映像的な表現はうまくいっているように思えるので、映像的でない込み入った部分を、逆説的に、もっと映像的に表わすように書いてみてはどうでしょうか? 違う切り口が見えると思います。

アフリカ
49.104.29.12

九丸(ひさまる)さん

ありがとうございます
返信遅くなってごめんなさい

二話とも気に入ったとのことありがとうございます。

「私」不器用な感じが出てたら嬉しいです。また、狡いのは福添だと感じてもらえたのならそれも嬉しいです。
今回はなんだか自分を書いてるような気持ちでもやもやしてました。
勿論福添の方ですが。
好きで堪らない。それでも何かを求める資格みたいなのがない。
そんな感覚分かるでしょうか……
「でも、貴方は……」みたいな言い回し。
でも、それは僕も一緒で自由に生きてる女子を好きだと心が死にますね。

だからかな。
二話目もそんな感覚を引っ張ってます。
誰かを愛するって誰かを裏切ったり利用したりするものなのかもな……

とか、

最近はそんななんにもならないことに夢中で書けてないんですよね……

頑張ります

ありがとうございました

アフリカ
49.104.29.12

上松さん
いつもありがとうございます
返信遅くなってごめんなさい

演出方法について

確かにどこかで目にした耳にした感覚。
そうですね…斬新ではなかったと思います。

今回は自分のイライラやモヤモヤを浄化というか落ち着かせるために書いてる部分が大きかったのですが
書き物として注意したのは終わった時の余韻みたいなのが出れば良いな…と思ってました。
だから、気付いてはいると思うのですが繰り返しのぶぶんを頭と尻に持ってきたりもしてます。

音が残る感覚?
視覚、聴覚、触覚、なんなら、味覚でも、良かったのですが

その辺が上手くいってれば嬉しいです

ありがとうございました

アフリカ
49.104.29.12

カリフラワーの存在価値について考える人さん

ありがとうございます

雰囲気が伝わったとのことありがとうございます。

今回は上にも出したのですが終わった時の余韻みたいなのが気になってたりはしました。

それとやっぱり、もっと深くキャラクターに乗り込むようにします。
その場に立つようにしてみます。

勉強になるアドバイス
ありがとうございました

hir
210.133.208.150

 問題や事件が起きるわけでもなく、パチンコをしているだけ。
 ショートショートでもエッセイでもない。ましてやレビューでもない。

 余分な思考を遮断するのには適している。以降が全部、その余分なものである。そんなオチでしょうか。

 喧騒思考遮断閑散暫く、お堅い仕事をしているのならまだしも、女性一人称で漢字の多用は違和感。

 缶珈琲を手渡して > 缶珈琲を受け取る
 私に向き直った > 私を見た
 私が答える > そう答える

 パチンコそっちのけで、ずっと剛志を見つめているよう。暇を潰すための関係とは思えない。

アフリカ
49.106.174.177

hirさん

ありがとうございます

んー(;>_<;)
剛志は物語に全く?関係ないのでした⤵️
でも、頭に名前を持ってきたら確かにそう感じるかも…

反省です

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