作家でごはん!鍛練場
あずま

手紙

智恵美がこの手紙を読む頃には僕はこの世にはいない、なんてテレビの世界だけの話だと思ってたよ。まさか自分がその立場になるなんて驚きだ。今こうして書いてる文章が、自分のいない世界に向けて書いてると思うと不思議な気分だよ。
智恵美に手紙を書くのも久しぶりだね。前はあんなにたくさん書いてたのに、最近はすっかり書いてなかったね。あの時は智恵美に喜んでもらおうと色々と考えて文章を書いて、くさいセリフなんかも平気で書いてたよね。あの頃の手紙の内容を思い出すだけで、恥ずかしさが込み上げてくるよ。
こんなことを話してたら智恵美が働き始めた頃を思い出すね。慣れないスーツを着て、満員電車に揺られながら、いつも緊張した顔で会社に向かっていたよね。初めは微笑ましく見てたけど、しばらくして智恵美の顔に疲れが出始めて、落ち込んだ顔で帰ってくることが続くと、とても不安になったよ。仕事が上手くいってないんじゃないか、上司にいじめられてるんじゃないか、そんなことを考えるだけで胸が張り裂けそうだったよ。だから智恵美が仕事を変えて、笑顔が戻った時は本当に嬉しかったよ。
振り返ると電話も最近めっきり減ってしまったね。毎日電話するのが当たり前だったのに、いつしかしなくなってたな。10円玉をたくさん持って公衆電話に向かいながら、今日はどんなことを言おうかと考えるのが一番楽しい時間だったよ。限られた留守番電話の録音時間だと、智恵美への想いを伝えるのは難しかったよ。想いを全て伝えきれなくて、1日に何十回もメッセージを残したのはさすがに迷惑だったかな。
智恵美があの男といるようになって、僕は毎日地獄だったよ。初めは僕も気にしなかったけど、次第に一緒にいる時間が増えて、まるで恋人のような関係になっていた。僕というものがありながら許せないと思ったけど、僕は心が広いからあの男に関しては何も言わなかったんだよ。でもさすがに智恵美の家にあの男が一晩泊まった時は許せなかったな。知ってる?智恵美とあの男があの夜に何をしていたか、僕は盗聴器で全部聞いていたんだよ。もし知らなかったんなら、あまりに滑稽だね。
さて長くなったけども、そろそろ僕はあっちの世界に行こうと思う。僕の首には、智恵美があの男にプレゼントしようとしたネクタイが巻かれてるよ。あとはネクタイのもう片方を天井に結ぶだけだ。君が生活し続けたこの部屋で、最後を迎えられるなんて夢みたいだ。あ、そうそう、このネクタイももうあの男に渡す必要はないでしょ。だって、あの男は胸に包丁が刺さって、二度と眼を覚ますことはないんだから。
ああ、君がもう僕のことを一生忘れられなくなると思うと、幸せで胸がいっぱいだ。それだけでこの世に生まれてきた意味があったと思えるよ。遠い空から君のことを変わらず見続けているからね。愛してるよ、智恵美。

手紙

執筆の狙い

作者 あずま
1.75.7.11

少し怖いものを書いてみたいと思いました。率直な意見をお願いします。

コメント

大丘 忍
153.186.197.93

とても暗い話ですね。

あずま
1.75.237.212

大丘様

感想ありがとうございます。
とても暗い話になりました。

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