作家でごはん!鍛練場
紗野菊

地獄

 乾ききった石と土塊の地面にぶちまけたような赤黒い道だけがある。そこを、私は穴の空いたバケツを引きずって歩いていた。
 足の裏には痛みがある。枯れ木のようにやせ、節くれだった足を尖った石が切り裂くからだ。それでも、私は歩みを止めない。乾きを癒さなくては、飢えを凌がなければ。酩酊然とした頭の中はそれだけだ。ここがどこなのか、いつからこうしているのかは分からなかった。そんな記憶はすでに死に絶えていた。

 痺れ、苦しみ、痛み、乾き、飢え、歩む。

 前には赤黒い道と、餓死した木の手の伸びる血のような曇天しかない。いや、そこには痩せた烏が飛んでいた。ぐるりぐるりと私の上を旋回して、こちらをじっと見ている。早くしなくては、きっとアレが私の死肉を食らうことだろう。

「どこに向かう」

 烏が問う。しかし、私は答えない。答えることができない。行き先など、とうの昔に底の抜けた記憶から零してしまったから。
 それでもこうして歩みを続けるのは、その歩みがいつかどこかへ辿り着くのだと信じてだ。信じて、盲信して。

 ──辿り着くように願う。
 ──縋り付くように願う。

「そうか。それならばおれはお前に付き合おう」

 烏が謂う。どうでもいい。好きにすればいい。ただ、喰われてたまるものか。何があろうと、この歩みは止めない。私は軋む体を動かして進む。

「ふむ。おれの願いが叶うのは、どうやらその意思が死に絶えた時らしい」

 苦々しく呻く烏。潤いを失い霞む瞳にはその表情は映らなかった。だが、そんなことはどうでも良いのだ。

「聞け。その終わりのない地獄から、おれはお前を助けたいだけなのだ。ただ、それ唯一がおれの願いだ」

 歩み始めようとする私に、烏は整然とそう嘯いた。だから私は聞かぬふりをして再び足を進めた。嗚呼、腹が減った。喉が渇いた。最早まともな思考はない。ふらりふらりと正しく歩む事すらままならない。右手に掴むというより引っかかっているような穴空きバケツにすら体は傾いて、下手くそな踊りを舞うように私は進んでいた。

「──憐れだな」

 烏が私を嘲った。鼓膜を叩いた憐憫の響きが鼻につき、私は黙れとそう返す。が、舌の根から枯れ果てていて、言の葉にはならなかった。
 嗚呼、情けない。視界が霞む。血塗れの曇天に浮かぶ影が雲なのか、血の池を巡る魚影のなのか、もうわからなくなってきた。その頃には、何をする為天を仰いだのかを忘れていて、私はまた歩みを進めた。

 痛みすら、疲労すら蒙昧し。たまに潰れた喉から吐く血で舌を湿らせる事にすら安息を得る。全てが乾きと飢えで満たされていく。その満ちていく地獄の苦しみだけを歪んだ原動力にして、私はここまで歩んできたのだった。
 だが、遂にそれも限界を迎え、枯れ果てた身体は地面に落ちた。

「やっと、終わった」

 横たわった私の目の前に烏がいた。烏はそう呟くと、獲物を見据える目で私を値踏みした。私も乾き切った瞳で、烏の潤った瞳を見た。

「よかった、おれの望みはやっと叶う」

 烏は言った。そしてまた口を開く。

「やっと地獄から解放され」

 それを、私は最後までは聞かなかった。

 何かを言いかけた烏の喉笛に、私は喰らいつく。もう動かぬと思っていた体は浅ましくも躍動し、私は目の前の小さな痩せた烏を喰った。
 吹き出す芳醇な血飛沫が乾き切っていた体を癒す。欠けたものを埋める為命を飲み込む。甘美な味わいに舌鼓を打って、動くようになった腕で肉を掴んで、力の戻った顎で肉を骨を砕いて。私は狂おしいほどの喜びに打ち震える。零れ落ちる血液すら残さずに貪り尽くす。小さな命を骨の髄まで飲み尽くす。この幸福を枯れ果てるまで味わい尽くす。

 噛み、砕き、貪り、啜り、しゃぶり、飲み、転がし、喰らい、味わう。

 死んでいた全ての器官が息を吹き返し、力強い脈動が全身を潤した。飢えと渇きから解放されて、鮮明な意識は充足を実感する。私はうちから弾けてしまいそうなほどの歓喜に喝采をあげた。血と臓物を天に撒き散らし、降り注ぐそれを浴びて、絶叫のような笑い声をあげた。

「助けられ、なかった……すまない」

 そういえば、喰われる最中烏は何故かそんなことを言った。それが、鮮明となった意識に反芻した。そして、私は意気揚々と歩みを再開する。空のバケツを持ち直して、忘れ果てた目的地に向けて力強く歩みを進める。考えれば、虫の這うより愚鈍な歩みだったとしても相当な月日を歩き続けた筈だ。それを、この身は気の狂うほどの乾きと飢えの苦痛で覚えている。二度と味わいたくなどない苦痛で。

 だから、私は歩いた。やっと潤った瞳から溢れる雫を拭いもせずに。ただ嗄れた烏の鳴き声のような嗤いを零して。弾むような足取りで黒い道を。

 終わりのない歩みを再開した。

地獄

執筆の狙い

作者 紗野菊
126.199.154.52

羅生門のような雰囲気の作品を書こうと思い、自分なりに書いてみました。

コメント

夜の雨
118.18.72.209

むつかしい作品ですね。
背景が見えてこないので。

主人公の私は今どこにいて、どこに向かって歩いているのでしょうか。

烏(からす)とはいったい何だったのでしょうか。
比喩なら何の比喩かわかるように書いてもらうと、御作を理解しやすいと思います。


「執筆の狙い」を読んだら方向性がわかりました。
逆にいうと、執筆の狙いを読まなければ御作の意味はわかりにくい、ということになります。

>羅生門のような雰囲気の作品を書こうと思い、自分なりに書いてみました。<

芥川龍之介の「羅生門」には哲学があります。
老婆が死んだ女の頭髪を抜いていたのはそれを鬘(かつら)にして売り、生活の糧にする必要があったからです。老婆が生きるにはそれしか方法がなかった。
死んでいる女も生きていた時には蛇の干物を魚の干物として売っていたと老婆が言っています。
その女も生きるためにやっていたのだろう、だから私も生きるために死んだ女の頭髪を盗む。
それを聞いた下人は「じゃあ、俺も」という調子で、老婆の着物をはぎ、持って逃げたという話です。
死んでいる人間から盗むのと、生きている老婆の着ているものを盗むのとは次元が違うと思いますが、一応そういったストーリーで、羅生門には物語があり哲学があります。

しかし御作はわかりにくいです。
おそらく疲れ果てて歩く主人公を烏(からす)が追っているので、主人公はその烏を喰ったということで羅生門と同じ展開にしたつもりかもしれません。
しかしもう少しわかりやすく面白く書いてもよさそうだなぁと思いました。
文章も凝りすぎのように思います。


それでは、頑張ってください。

角田 考
210.146.167.133

まず一つ。鍛錬のために投稿しているんですよね?
読んでもらうためだけに投稿するのなら、それは別の所でやっていただきたい。ここは鍛錬場なので

内容や描写はとても良いと思います。
文章はおおよそ完成されているので指摘するのは細かい部分です。
以下、指摘

・小さなミスが多々ある。以下、そのうちの特に目立ったカ所を記載。""の部分は文章から拝借
→"乾ききった石と土塊の"これは「の」ではなく「を」にすべき
→"潤いを失い霞む瞳にはその表情は"ここは「には」ではなく「に」にすべき

偏差値45
219.182.80.182

うーん、あまりストーリー性を感じませんでしたね。
タイトルを読まなければ、場所も分からない。
それで、どこが面白いのか? 教訓のようなものがあるのか?
見えて来ないかな。

鯛茶漬け美味し
14.133.28.135

拝見させて頂きました
テーマとや世界観はキライじゃないです
主人公の回想録と織り混ぜると、
もっと面白くなるかもしれませんね

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